(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023112312
(43)【公開日】2023-08-14
(54)【発明の名称】耐食性オーステナイト系ステンレス鋼の加工方法
(51)【国際特許分類】
B23K 26/356 20140101AFI20230804BHJP
B23K 26/122 20140101ALI20230804BHJP
C21D 7/00 20060101ALI20230804BHJP
【FI】
B23K26/356
B23K26/122
C21D7/00 B
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022014026
(22)【出願日】2022-02-01
(71)【出願人】
【識別番号】000191009
【氏名又は名称】新東工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100113435
【弁理士】
【氏名又は名称】黒木 義樹
(74)【代理人】
【識別番号】100161425
【弁理士】
【氏名又は名称】大森 鉄平
(74)【代理人】
【識別番号】100190470
【弁理士】
【氏名又は名称】谷澤 恵美
(72)【発明者】
【氏名】斉藤 悠太
(72)【発明者】
【氏名】小林 祐次
【テーマコード(参考)】
4E168
【Fターム(参考)】
4E168AC02
4E168DA40
4E168DA45
4E168DA46
4E168DA47
4E168FB09
4E168JA02
(57)【要約】
【課題】十分な圧縮残留応力を付与することができる耐食性オーステナイト系ステンレス鋼の加工方法を提供する。
【解決手段】耐食性オーステナイト系ステンレス鋼の加工方法は、オーステナイト系ステンレス鋼からなる被加工材Wを準備する工程と、被加工材Wの表層Waを塑性加工することなく、表層Waに圧縮残留応力を付与する工程と、を含む。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
オーステナイト系ステンレス鋼からなる被加工材を準備する工程と、
前記被加工材の表層を塑性加工することなく、前記表層に圧縮残留応力を付与する工程と、を含む、
耐食性オーステナイト系ステンレス鋼の加工方法。
【請求項2】
前記付与する工程は、レーザアブレーション及びキャビテーションの少なくとも一方により生じる衝撃波を利用して行われる、
請求項1に記載の耐食性オーステナイト系ステンレス鋼の加工方法。
【請求項3】
前記付与する工程は、レーザ光のパワー密度を1GW/cm2以上20GW/cm2以下として前記レーザアブレーションを発生させる、
請求項2に記載の耐食性オーステナイト系ステンレス鋼の加工方法。
【請求項4】
前記付与する工程は、レーザ光のパルス幅を150fsec以上30nsec以下として前記レーザアブレーションを発生させる、
請求項2又は3に記載の耐食性オーステナイト系ステンレス鋼の加工方法。
【請求項5】
前記付与する工程は、前記被加工材を冷却した状態で行われる、
請求項1~4のいずれか一項に記載の耐食性オーステナイト系ステンレス鋼の加工方法。
【請求項6】
前記付与する工程は、前記被加工材を液体中に配置した状態で行われる、
請求項1~4のいずれか一項に記載の耐食性オーステナイト系ステンレス鋼の加工方法。
【請求項7】
前記付与する工程は、前記表層におけるマルテンサイト相の変化量が±10%以下となるように行われる、
請求項1~6のいずれか一項に記載の耐食性オーステナイト系ステンレス鋼の加工方法。
【請求項8】
前記付与する工程により付与される圧縮残留応力は、500MPa以上である、
請求項1~7のいずれか一項に記載の耐食性オーステナイト系ステンレス鋼の加工方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、耐食性オーステナイト系ステンレス鋼の加工方法に関する。
【背景技術】
【0002】
オーステナイト系ステンレス鋼の耐食性を向上させる方法として、ショットピーニングやバニシング加工により圧縮残留応力を付与する方法が挙げられる。ショットピーニングやバニシング加工では、メディアの衝突やツールの押込みにより加工誘起マルテンサイト変態が発生し、オーステナイト相が耐食性に劣るマルテンサイト相に変態する。したがって、相対的に耐食性が低下する。
【0003】
特許文献1には、オーステナイト系ステンレス鋼の表面を塑性加工して少なくともその表面に圧縮残留応力を生成させる方法が開示されている。この方法では、歪誘起マルテンサイト変態の起こる上限温度よりも高い温度で塑性加工が行われる。これにより、マルテンサイト相の生成を伴わずに、表面に圧縮残留応力を付与することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1に記載の加工方法では、高い温度で塑性加工を行うため、十分な圧縮残留応力を付与することができない。
【0006】
そこで、本開示は、十分な圧縮残留応力を付与することができる耐食性オーステナイト系ステンレス鋼の加工方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本開示の一態様に係る耐食性オーステナイト系ステンレス鋼の加工方法は、オーステナイト系ステンレス鋼からなる被加工材を準備する工程と、被加工材の表層を塑性加工することなく、表層に圧縮残留応力を付与する工程と、を含む。
【0008】
ショットピーニングやバニシング加工といった塑性加工が伴う加工では、大きな圧縮残留応力が付与されるものの、加工誘起マルテンサイト変態が生じる。本開示の一態様に係る耐食性オーステナイト系ステンレス鋼の加工方法では、被加工材の表層を塑性加工させない。したがって、被加工材の表層に加工誘起マルテンサイト変態を生じさせることなく、圧縮残留応力を付与することができる。耐食性に劣るマルテンサイト相が抑制されるので、耐食性を維持したまま、十分な圧縮残留応力を付与することができる。
【0009】
付与する工程は、レーザアブレーション及びキャビテーションの少なくとも一方により生じる衝撃波を利用して行われてもよい。この場合、衝撃波による塑性変形は、結晶粒の内部に塑性歪を生じさせるものの、塑性加工ではないため、結晶粒の変形や微細化が生じない。よって、耐食性を維持したまま、十分な圧縮残留応力を付与することができる。
【0010】
付与する工程は、レーザ光のパワー密度を1GW/cm2以上20GW/cm2以下としてレーザアブレーションを発生させてもよい。この場合、パワー密度を1GW/cm2以上とすることにより、レーザアブレーションを確実に発生させることができる。パワー密度を20GW/cm2以下とすることにより、被加工材の表面損傷が抑制される。
【0011】
付与する工程は、レーザ光のパルス幅を150fsec以上30nsec以下としてレーザアブレーションを発生させてもよい。この場合、レーザアブレーションを確実に発生させることができる。
【0012】
付与する工程は、被加工材を冷却した状態で行われてもよい。この場合、被加工材の温度上昇が抑制されるので、付与される圧縮残留応力が低下することが抑制される。
【0013】
付与する工程は、被加工材を液体中に配置した状態で行われてもよい。この場合、被加工材を容易に冷却することができる。
【0014】
付与する工程は、表層におけるマルテンサイト相の変化量が±10%以下となるように行われてもよい。この場合、耐食性に劣るマルテンサイト相の変化量が抑制されるので、耐食性を維持することができる。
【0015】
付与する工程により付与される圧縮残留応力は、500MPa以上であってもよい。この場合、十分な圧縮残留応力を付与することができる。
【発明の効果】
【0016】
本開示によれば、十分な圧縮残留応力を付与することができる耐食性オーステナイト系ステンレス鋼の加工方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】
図1は、レーザ照射装置を示す構成図である。
【
図2】
図2は、気中キャビテーション装置を示す構成図である。
【
図3】
図3は、液中キャビテーション装置を示す構成図である。
【
図4】
図4は、電界放出形走査電子顕微鏡(FE-SEM)によるSEM像である。
【
図5】
図5は、電子後方散乱回折(EBSD)法に基づく解析結果から得られたフェーズマップである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、添付図面を参照して、本発明の実施形態について詳細に説明する。なお、説明において、同一要素又は同一機能を有する要素には、同一符号を用いることとし、重複する説明は省略する。
【0019】
実施形態に係る耐食性オーステナイト系ステンレス鋼の加工方法は、オーステナイト系ステンレス鋼の表層を塑性加工することなく、当該表層に圧縮残留応力を付与し、圧縮残留応力が付与された耐食性オーステナイト系ステンレス鋼を製造する方法である。実施形態に係る加工方法は、準備工程と、残留応力付与工程と、を含む。
【0020】
準備工程は、オーステナイト系ステンレス鋼からなる被加工材W(
図1参照)を準備する工程である。被加工材Wとして使用されるオーステナイト系ステンレス鋼は、例えば、SUS304(JIS規格)である。SUS304は、オーステナイト系ステンレス鋼の中でも比較的安価な鋼材である。
【0021】
残留応力付与工程は、被加工材Wの表層Wa(
図1参照)を塑性加工することなく、表層Waに圧縮残留応力を付与する工程である。ここで、表層Waとは、被加工材Wの表面からの深さが、例えば100μm以下の領域である。塑性加工とは、結晶粒の変形や微細化を生じさせる加工である。残留応力付与工程は、表層Waにおけるマルテンサイト相の変化量が±10%以下となるように行われる。残留応力付与工程により表層Waに付与される圧縮残留応力は、500MPa以上であり、550MPa以上であってもよい。
【0022】
残留応力付与工程は、レーザアブレーション及びキャビテーションの少なくとも一方により生じる衝撃波を利用して行われる。レーザピーニング及びキャビテーションピーニングは、ショットピーニングやバニシング加工と同様に金属材料内部に圧縮残留応力を付与する方法である。ショットピーニングやバニシング加工では、メディアやツールを金属材料表面に物理的に接触させるのに対し、レーザピーニング及びキャビテーションピーニングでは、このような物理的な接触がない。
【0023】
レーザピーニング及びキャビテーションピーニングでは、衝撃波を用いることにより、被加工材Wの結晶状態を変化させずに、被加工材Wを塑性変形させることができる。衝撃波による塑性変形は、塑性加工ではないため、結晶粒の変形や微細化は生じない。衝撃波による塑性変形は、結晶粒の内部に塑性歪を生じさせる。よって、誘起マルテンサイト変態を発生させず、材料組織をオーステナイト相としたままで圧縮残留応力を付与することができる。
【0024】
残留応力付与工程は、被加工材Wを冷却した状態で行われる。冷却方法としては、例えば、水冷及び空冷が挙げられる。水以外の液体及び空気以外の気体を用いて冷却が行われてもよい。残留応力付与工程は、例えば、被加工材Wを液体中に配置した状態で行われる。残留応力付与工程は、例えば、常温で行われる。
【0025】
図1は、残留応力付与工程に用いられるレーザ照射装置を示す構成図である。
図1に示されるように、レーザ照射装置10は、レーザ発振器11と、反射ミラー12,13と、集光レンズ14と、水槽15と、保持部16と、制御装置17と、を備える。レーザ発振器11は、レーザ光Lを発振する装置である。反射ミラー12,13は、レーザ発振器11で発振されたレーザ光Lを集光レンズ14まで伝送する。集光レンズ14はレーザ光Lを被加工材Wの加工位置に高密度に集光させる。水槽15は水等の透明な液体18で満たされている。保持部16は、被加工材Wを保持し、被加工材Wを水槽15内に配置する。保持部16は、アクチュエータ又はロボットである。
【0026】
レーザ照射装置10は、制御装置17によって制御される。制御装置17は、例えばPLC(Programmable Logic Controller)又はDSP(Digital Signal Processor)などのモーションコントローラとして構成される。制御装置17は、CPU(Central Processing Unit)などのプロセッサと、RAM(Random Access Memory)及びROM(Read Only Memory)などのメモリと、タッチパネル、マウス、キーボード、ディスプレイなどの入出力装置と、ネットワークカードなどの通信装置とを含むコンピュータシステムとして構成されてもよい。制御装置17は、メモリに記憶されているコンピュータプログラムに基づくプロセッサの制御のもとで各ハードウェアを動作させることにより、制御装置17の機能を実現する。
【0027】
レーザ照射装置10を用いて残留応力付与工程を実施する場合、まず、保持部16に被加工材Wを設置する。次に、保持部16により被加工材Wを水槽15内に移動させ、被加工材Wを液体18中に配置する。次に、被加工材Wを液体18により冷却した状態で、被加工材Wに対してレーザ光Lを照射する。レーザ光Lは、短パルスレーザ光である。レーザ光Lのパルス幅は、150fsec以上30nsec以下である。レーザ光Lのパルス幅は、4nsec以上10nsec以下であってもよい。
【0028】
レーザ光Lは、レーザ発振器11により発振された後、反射ミラー12,13からなる光学系により集光レンズ14まで伝送される。レーザ光Lは、集光レンズ14により高密度に集光され、液体18を介して被加工材Wの表面に照射される。レーザ光Lのパワー密度は、1GW/cm2以上20GW/cm2以下に設定される。レーザ光Lのパワー密度は、3GW/cm2以上15GW/cm2以下に設定されてもよい。
【0029】
レーザ光Lの照射点に対応する被加工材Wの表層Waでは、以下のようにしてレーザピーニングによるピーニング効果が生じる。まず、レーザ光Lが被加工材Wの表面に照射されると、被加工材Wの表面でレーザアブレーションが発生し、プラズマが発生する。大気中であれば、照射点の材料が気化する。被加工材Wにおける照射点は液体18で覆われているので、プラズマの膨張が抑制される。これにより、プラズマが高圧となり、プラズマの圧力によって衝撃波が発生する。衝撃波が伝搬することによって、被加工材Wの内部に塑性変形域が生じる。塑性変形域では、未変形部からの拘束により圧縮残留応力が生じる。上述のように、衝撃波による塑性変形は、塑性加工ではないため、結晶粒の変形や微細化は生じない。
【0030】
レーザ光Lの照射は、保持部16の操作と対応し、被加工材Wにおける照射点をずらしながら行われる。保持部16は、レーザ光Lが照射される度に、被加工材Wを移動させ、被加工材Wにおける照射点を移動させる。これにより、被加工材Wにおいてレーザ光Lが照射される面積を確保することができる。
【0031】
図2は、残留応力付与工程に用いられる気中キャビテーション装置を示す構成図である。
図2に示されるように、気中キャビテーション装置20は、第1ノズル21と、第2ノズル22と、制御装置(不図示)と、を備える。第2ノズル22は、第1ノズル21よりも小径で、第1ノズル21内に配置されている。第1ノズル21及び第2ノズル22は、それぞれノズル先端が被加工材Wの表面を向くように、被加工材W上に配置されている。制御装置は、気中キャビテーション装置20を制御している。制御装置は、例えば、レーザ照射装置10の制御装置17と同様の構成を有している。
【0032】
第1ノズル21は、被加工材Wの表面に対し、水等の液体23を低速で噴射する。第2ノズル22は、被加工材Wの表面に対し、水等の液体24を高速で噴射する。第2ノズル22の先端では、キャビテーション気泡が発生する。キャビテーション気泡は、液体23の低速噴流と液体24の高速噴流とのせん断層25で成長する。このような気泡を伴ったキャビテーション噴流を被加工材Wの表面に噴射することにより、キャビテーション気泡の崩壊時に生じる衝撃波が被加工材Wに伝達される。この結果、被加工材Wの表層Waでは、ピーニング効果が生じる。すなわち、結晶組織が高密度転移し、圧縮残留応力が付与される。キャビテーションピーニングでは、気泡の発生、成長、崩壊がピーニング効果に大きな影響を与える。液体23,24が噴射されない被加工材Wの裏面は、空冷されてもよい。
【0033】
図3は、残留応力付与工程に用いられる液中キャビテーション装置を示す構成図である。
図3に示されるように、液中キャビテーション装置30は、水槽31と、ノズル32と、制御装置(不図示)と、を備える。水槽31は水等の液体33で満たされている。水槽31の内部には、被加工材Wが配置されている。ノズル32の先端は、水槽31内に配置され、被加工材Wの表面を向いている。制御装置は、液中キャビテーション装置30を制御している。制御装置は、例えば、レーザ照射装置10の制御装置17と同様の構成を有している。
【0034】
ノズル32は、被加工材Wの表面に対し、水等の液体34を高速で噴射する。ノズル32の先端では、キャビテーション気泡が発生する。キャビテーション気泡は、液体34の高速噴流と液体33とのせん断層35で成長する。このような気泡を伴ったキャビテーション噴流を被加工材Wの表面に噴射することにより、キャビテーション気泡の崩壊時に生じる衝撃波が被加工材Wに伝達される。この結果、被加工材Wの表層Waでは、ピーニング効果が生じる。
【0035】
以上説明したように、実施形態に係る加工方法では、被加工材Wの表層Waを塑性加工させない。したがって、被加工材Wの表層Waに加工誘起マルテンサイト変態を生じさせることなく、圧縮残留応力を付与することができる。耐食性に劣るマルテンサイト相が抑制されるので、耐食性を維持したまま、十分な圧縮残留応力を付与することができる。
【0036】
水素被爆域で鋼を使用すると鋼に水素が浸入する水素脆化が発生する。マルテンサイト相では、転移密度が大きく、水素脆化が発生し易い。オーステナイト相では、転位密度が小さく、水素脆化が発生し難い。例えば、SUS304を被加工材Wとして実施形態に係る加工方法で加工し、水素脆性を劣化させずに残留応力を付与することで、SUS316(JIS規格)と同等の耐食性を有する鋼材を得ることができる。
【0037】
上述のように、特許文献1に記載の加工方法では、歪誘起マルテンサイト変態の起こる上限温度よりも高い温度で加工を行う必要がある。このため、十分な圧縮残留応力を付与することができないという問題以外にも、加熱に時間がかかったり、加熱ムラに起因して残留応力がばらついたりするという問題がある。これに対し、本実施形態に係る残留応力付与工程は、常温で実施されるので、上述の問題を解決することができる。
【0038】
残留応力付与工程は、レーザアブレーション及びキャビテーションの少なくとも一方により生じる衝撃波を利用して行われる。衝撃波による塑性変形は、結晶粒の内部に塑性歪を生じさせるものの、塑性加工ではないため、結晶粒の変形や微細化が生じない。よって、被加工材Wの表層Waに、耐食性を維持したまま、十分な圧縮残留応力を付与することができる。
【0039】
残留応力付与工程は、レーザ光Lのパワー密度を1GW/cm2以上20GW/cm2以下としてレーザアブレーションを発生させる。パワー密度を1GW/cm2以上とすることにより、レーザアブレーションを確実に発生させることができる。パワー密度を20GW/cm2以下とすることにより、被加工材Wの表面損傷が抑制される。レーザ光Lのパワー密度は、3GW/cm2以上15GW/cm2以下であってもよい。パワー密度を3GW/cm2以上とすることにより、レーザアブレーションをより確実に発生させることができる。パワー密度を15GW/cm2以下とすることにより、被加工材Wの表面損傷が更に抑制される。
【0040】
残留応力付与工程は、レーザ光のパルス幅を150fsec以上30nsec以下としてレーザアブレーションを発生させる。これにより、レーザアブレーションを確実に発生させることができる。レーザ光Lのパルス幅は、4nsec以上10nsec以下であってもよい。これにより、レーザアブレーションをより確実に発生させることができる。
【0041】
残留応力付与工程は、被加工材Wを冷却した状態で行われる。レーザ照射装置10を用いた残留応力付与工程は、被加工材Wが液体18により冷却された状態で行われる。気中キャビテーション装置20を用いた残留応力付与工程は、被加工材Wが、少なくとも液体23,24により冷却された状態で行われる。液中キャビテーション装置30を用いた残留応力付与工程は、被加工材Wが液体33,34により冷却された状態で行われる。このため、被加工材Wの温度上昇が抑制される。被加工材Wの温度が高いほど、付与される圧縮残留応力は低下する。被加工材Wの温度上昇が抑制されるので、付与される圧縮残留応力が低下することが抑制される。
【0042】
レーザ照射装置10を用いた残留応力付与工程は、被加工材Wを液体18中に配置した状態で行われる。液中キャビテーション装置30を用いた残留応力付与工程は、被加工材Wを液体33中に配置した状態で行われる。これにより、被加工材Wを容易に冷却することができる。
【0043】
残留応力付与工程は、表層Waにおけるマルテンサイト相の変化量が±10%以下となるように行われる。このように耐食性に劣るマルテンサイト相の変化量が抑制されるので、被加工材Wの耐食性を維持することができる。
【0044】
残留応力付与工程により付与される圧縮残留応力は、500MPa以上である。これにより、被加工材Wに十分な圧縮残留応力を付与することができる。
【0045】
本発明は必ずしも上述した実施形態に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲で様々な変更が可能である。
【0046】
以下、実施例について説明する。
【0047】
実施例として、レーザピーニングにより圧縮残留応力を付与した試料を作製した。具体的には、まず、被加工材として、SUS304からなる試料を準備し、水を張った水槽中に配置した。レーザ照射装置を用い、スポット径を0.7mm、パワー密度を4.2GW/cm2、パルスエネルギーを100mJ、及び、照射密度を0.3Pulses/mm2としてレーザピーニングを行った。
【0048】
比較例として、レーザピーニングの代わりに、ショットピーニングにより圧縮残留応力を付与した試料を作製した。ショットピーニングは、アモルファス質の丸い金属球からなるメディア(RCW06PM)を用い、噴射圧力を0.2MPa、噴射量を9.0kg/min、カバレージを300%以上、アークハイトを0.361mmAとして行われた。
【0049】
(残留オーステナイト体積量の測定)
誘起マルテンサイト変態の発生について検証するために、実施例に係る試料、比較例に係る試料、及び、未処理状態の試料に対し、試料表層の残留オーステナイト体積量の測定を行った。測定は、パルステック工業株式会社製の残留応力測定装置μ-X360を用い、cosα法により行った。Cr管球を用い、照射径をφ1.0mm、コリメータ径をφ1.0mm、及び、測定角度を0度とした。測定結果を表1に示す。
【表1】
【0050】
表1に示されるように、ショットピーニング施工後の比較例では、未処理状態と比較して約40%誘起マルテンサイト変態が生じている。これに対し、レーザピーニング施工後の実施例では、未処理状態と比較して誘起マルテンサイト変態が生じていない。実施例のオーステナイト体積量が、未処理状態のオーステナイト体積量よりもわずかに増加しているのは、測定誤差によるものと考えられる。
【0051】
(組織観察)
誘起マルテンサイト変態の発生について、目視的に検証するために、実施例に係る試料に対し、電界放出形走査電子顕微鏡(FE-SEM)による組織観察を行った。具体的には、試料を切断し、その表面と断面を日本電子株式会社製のショットキー電界放出形走査電子顕微鏡JSM-7200Fを用いて観察した。
【0052】
図4は、FE-SEMによるSEM像である。
図4の点線よりも左側には、レーザピーニング施工面とその下の組織の断面とが示されている。
図4の点線よりも右側には、未処理面とその下の組織の断面とが示されている。
図4に示されるように、SEM像は、レーザピーニング施工部と未処理部との間で差異がないことが確認できる。
【0053】
図5は、EBSD法に基づく解析結果から得られたフェーズマップである。
図5では、FCC構造が淡色で示され、セメンタイト、BCC構造、及び炭化クロムが濃色で示されている。ここでのFCC構造はオーステナイト相であり、BCC構造はマルテンサイト相である。
図5に示されるように、レーザピーニング施工部及び未処理部のいずれにおいても、解析範囲の大部分がオーステナイト相で占められている。これにより、レーザピーニング施工をしても誘起マルテンサイト変態が発生していないことがわかる。また、結晶粒41の大きさ、及び、黒線で示される結晶粒界42の状態は、レーザピーニング施工部と未処理部との間で差異がないことが確認できる。
【0054】
(残留応力測定)
実施例に係る試料に対し、試料表層の残留応力測定を行った。測定は、パルステック工業株式会社製の残留応力測定装置μ-X360を用い、cosα法により行った。Cr管球を用い、照射径をφ1.0mm、コリメータ径をφ1.0mm、及び、測定角度を35度とした。
【0055】
図6は、残留応力分布を示すグラフである。
図6の横軸は、表面からの深さ(μm)であり、
図6の縦軸は、残留応力(MPa)である。圧縮側は負の値で示され、引張側は正の値で示されている。
図6に示されるように、表面近傍で-550MPa以下の残留応力、すなわち、550MPa以上の圧縮残留応力が発生している。この値は、特許文献1に記載の加工方法により付与される残留応力よりも圧縮側に100MPa以上大きく、応力腐食割れに強く作用し、応力腐食割れが新たに発生することを抑制できると考えられる。
【符号の説明】
【0056】
18,23,24,33,34…液体、L…レーザ光、W…被加工材、Wa…表層。