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特開2023-112361原子炉機器用の合金材料および該合金材料を用いた流路部材
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  • 特開-原子炉機器用の合金材料および該合金材料を用いた流路部材 図1
  • 特開-原子炉機器用の合金材料および該合金材料を用いた流路部材 図2A
  • 特開-原子炉機器用の合金材料および該合金材料を用いた流路部材 図2B
  • 特開-原子炉機器用の合金材料および該合金材料を用いた流路部材 図2C
  • 特開-原子炉機器用の合金材料および該合金材料を用いた流路部材 図3
  • 特開-原子炉機器用の合金材料および該合金材料を用いた流路部材 図4
  • 特開-原子炉機器用の合金材料および該合金材料を用いた流路部材 図5
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023112361
(43)【公開日】2023-08-14
(54)【発明の名称】原子炉機器用の合金材料および該合金材料を用いた流路部材
(51)【国際特許分類】
   C22C 27/06 20060101AFI20230804BHJP
   C22C 30/00 20060101ALI20230804BHJP
   B23K 35/30 20060101ALI20230804BHJP
   G21D 1/00 20060101ALI20230804BHJP
   G21D 1/04 20060101ALI20230804BHJP
【FI】
C22C27/06
C22C30/00
B23K35/30 340Z
G21D1/00 V
G21D1/04
G21D1/00 B
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022014107
(22)【出願日】2022-02-01
(71)【出願人】
【識別番号】000005108
【氏名又は名称】株式会社日立製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110000350
【氏名又は名称】ポレール弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】能島 雅史
(72)【発明者】
【氏名】木村 友則
(57)【要約】
【課題】Co成分フリーでありながら従来のCo基合金材料と同等以上の耐食性を有し、かつ従来のCo基合金材料よりも低コスト化が可能な耐摩耗性の合金材料および該合金材料を用いた流路部材を提供する。
【解決手段】本発明に係る原子炉機器用の合金材料は、質量%で、40%超65%以下のCrと、15%超40%以下のNiと、0%超30%以下のFeと、1%以上8%以下のVと、0.25%以上2%以下のCとを含み、残部が不可避不純物からなる合金組成を有し、マトリックスがフェライト相およびオーステナイト相の二相組織を有し、前記オーステナイト相の領域内にV炭化物相が分散析出していることを特徴とする。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
原子炉機器用の合金材料であって、
40質量%超65質量%以下のCrと、
15質量%超40質量%以下のNiと、
0質量%超30質量%以下のFeと、
1質量%以上7.5質量%以下のVと、
0.2質量%以上2.5質量%以下のCとを含み、
残部が不可避不純物からなる合金組成を有し、
マトリックスがフェライト相およびオーステナイト相の二相組織を有し、前記オーステナイト相の領域内にV炭化物相が分散析出していることを特徴とする合金材料。
【請求項2】
請求項1に記載の合金材料において、
前記Vと前記Cとの含有率比[V]/[C]が3以上5以下であることを特徴とする合金材料。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載の合金材料において、
前記V炭化物相の析出率が5面積%以上25面積%以下であることを特徴とする合金材料。
【請求項4】
請求項1乃至請求項3のいずれか一項に記載の合金材料において、
前記合金組成は、
0.1質量%以上5質量%以下のCu、
0質量%以上2質量%未満のMn、
0.1質量%以上1質量%以下のSi、
0.005質量%以上0.05質量%以下のAl、および
0.02質量%以上0.3%質量以下のSnのうちの少なくとも一種類以上を任意成分として更に含むことを特徴とする合金材料。
【請求項5】
原子炉機器用の流路部材であって、
前記流路部材は、金属基体の上に、請求項1乃至請求項4のいずれか一項に記載の合金材料からなる合金被覆層が形成されていることを特徴とする流路部材。
【請求項6】
請求項5に記載の流路部材において、
前記合金被覆層は、弁箱および弁体の弁座部であることを特徴とする流路部材。
【請求項7】
請求項5に記載の流路部材において、
前記合金被覆層は、エロージョンシールドであることを特徴とする流路部材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、原子炉機器用材料の技術に関し、特に耐摩耗性に優れる合金材料および該合金材料を用いた流路部材に関するものである。
【背景技術】
【0002】
原子力プラントでは高温高圧の流体(水蒸気または水)を流通・循環させることから、流路部材には、当該環境下での高い機械的強度に加えて高い耐食性および高い耐摩耗性が求められる。例えば、流路部材の一つであるバルブ装置の弁箱や弁体の弁座部には、摺動摩擦に対する耐性と、流体の流通に起因するエロージョンへの耐性とが求められる。本発明においては、摺動摩擦耐性およびエロージョン耐性をまとめて耐摩耗性と称する。
【0003】
従来、それら流路部材には、要求される各種特性の観点からCo基合金材料が広く利用されてきた。しかしながら、各種特性に優れるCo基合金材料であっても、使用に伴ってある程度の摩耗が生じ、流体中にCo成分が混入する。流体中に混入したCo成分は、原子炉内で中性子を捕獲すると放射化してCo-60(60Co、半減期5.27年)になることがある。そして、放射化したCo-60が流路部材内に付着・堆積すると、それが放射線源となって原子炉の定期点検作業時などに作業者が被爆する要因になることから好ましくない。
【0004】
そこで、流体中へのCo成分の混入およびCo-60の生成を低減、抑制するための技術開発が行われている。例えば、特許文献1(特開2020-101254)には、弁箱シート部が設けられている弁箱と、弁体シート部が設けられている弁体とを有する弁であって、前記弁箱シート部と前記弁体シート部とのうち一方は、Co基合金の肉盛材で形成され、前記弁箱シート部と前記弁体シート部とのうち他方は、Fe基合金の肉盛材で形成され、前記Co基合金の肉盛材のビッカース硬度が前記Fe基合金の肉盛材のビッカース硬度よりも大きく、かつ、前記Co基合金の肉盛材と前記Fe基合金の肉盛材との間のビッカース硬度の差が、HV50以上であることを特徴とする弁、が教示されている。
【0005】
また、特許文献2(特開2021-55819)には、弁箱シート部が設けられている弁箱と、弁体シート部が設けられている弁体とを有する弁であって、前記弁箱シート部と前記弁体シート部とのうち一方は、Ni基合金の肉盛材で形成され、前記弁箱シート部と前記弁体シート部とのうち他方は、Fe基合金の肉盛材で形成され、前記Ni基合金の肉盛材のビッカース硬度が前記Fe基合金の肉盛材のビッカース硬度よりも大きく、かつ、前記Ni基合金の肉盛材と前記Fe基合金の肉盛材との間のビッカース硬度の差が、HV170以上であることを特徴とする弁、が教示されている。
【0006】
特許文献1、2によると、弁箱シート部および弁体シート部について耐摩耗性および耐エロージョン性を向上可能であって、摺動特性に優れる弁を提供することができる、とされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2020-101254号公報
【特許文献2】特開2021-55819号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1、2の技術では、ビッカース硬さが相対的に低いFe基合金の肉盛材を優先的に摩耗させることによって、対となるCo基合金の肉盛材やNi基合金の肉盛材の摩耗を抑制している。また、耐摩耗性の観点から、Fe基合金の肉盛材のビッカース硬さをHV 380以上と規定している。
【0009】
しかしながら、Fe基合金材料は、通常、高温環境(例えば200℃以上)で材料特性が変化して、耐摩耗性や耐食性が大きく劣化する。また、特許文献1、2で教示されているビッカース硬さ試験は、室温環境における試験であり、高温環境での性状を規定したり予想したりすることができない。言い換えると、使用条件によっては、Fe基合金材料の摩耗が著しく進行して、弁座としての機能を喪失してしまうことが懸念される。
【0010】
また、原子炉機器は工業製品の一種であることから、当然のことながらコスト低減は重要課題のうちの一つである。
【0011】
そこで、本発明の目的は、Co成分フリーでありながら従来のCo基合金材料と同等以上の耐食性を有し、かつ従来のCo基合金材料よりも低コスト化が可能な耐摩耗性の合金材料および該合金材料を用いた流路部材を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
(I)本発明の一態様は、原子炉機器用の合金材料であって、
40質量%超65質量%以下のCr(クロム)と、
15質量%超40質量%以下のNi(ニッケル)と、
0質量%超30質量%以下のFe(鉄)と、
1質量%以上8質量%以下のV(バナジウム)と、
0.25質量%以上2質量%以下のC(炭素)とを含み、
残部が不可避不純物からなる合金組成を有し、
マトリックス(母地組織)がフェライト相およびオーステナイト相の二相組織を有し、前記オーステナイト相の領域内にV炭化物相が分散析出していることを特徴とする合金材料、を提供するものである。
【0013】
本発明は、上記の本発明に係る合金材料(I)において、以下のような改良や変更を加えることができる。
(i)前記Vと前記Cとの含有率比[V]/[C]が3以上5以下である。
(ii)前記V炭化物相の析出率が5面積%以上25面積%以下である。
(iii)前記合金組成は、0.1質量%以上5質量%以下のCu(銅)、0質量%以上2質量%未満のMn(マンガン)、0.1質量%以上1質量%以下のSi(ケイ素)、0.005質量%以上0.05質量%以下のAl(アルミニウム)、および0.02質量%以上0.3%質量以下のSn(スズ)のうちの少なくとも一種類以上を任意成分として更に含む。
【0014】
(II)本発明の他の一態様は、原子炉機器用の流路部材であって、
前記流路部材は、金属基体の上に、上記の合金材料からなる合金被覆層が形成されていることを特徴とする流路部材、を提供するものである。
【0015】
本発明は、上記の本発明に係る流路部材(II)において、以下のような改良や変更を加えることができる。
(iv)前記合金被覆層は、弁箱および弁体の弁座部である。
(v)前記合金被覆層は、エロージョンシールドである。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、Co成分フリーでありながら従来のCo基合金材料と同等以上の耐食性を有し、かつ従来のCo基合金材料よりも低コスト化が可能な耐摩耗性の合金材料および該合金材料を用いた流路部材を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】本発明に係るCr-Ni系合金材料の微細組織の一例を示す走査型電子顕微鏡(SEM)観察像である。
図2A】本発明に係る流路部材の一例である軸受を示す断面模式図である。
図2B】本発明に係る流路部材の他の一例である管継手を示す断面模式図である。
図2C】本発明に係る流路部材を用いた機械装置の一例であるバルブ装置を示す断面模式図である。
図3】本発明に係る合金材料の製造方法の一例を示す工程図である。
図4】試料No. 1の微細組織の一例を示すSEM観察像である。
図5】試料No. 3の微細組織の一例を示すSEM観察像である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明者等は、Coを含まずCrを主成分(最大含有率の成分)とするCr-Ni系合金材料、特にCrを40質量%超含むCr-Ni基合金材料において、合金組成、金属組織形態、および各種特性の関係について鋭意調査検討し、本発明に係る耐摩耗性合金材料を完成させた。
【0019】
なお、市況による価格変動はあるが、Niの材料コストはCoの材料コストの1/3程度であり、Crの材料コストはNiの材料コストの1/5程度である。すなわち、Crを主成分とするCr-Ni系合金材料は、Co基合金材料よりも大幅に材料コストを低減できる利点がある。
【0020】
また、本発明に係る流路部材は、そのサイズが比較的大きい場合、金属基体の上に耐摩耗性合金材料からなる合金被覆層が形成されたものが好ましい。金属基体の材料に特段の限定はないが、流路部材全体に要求される機械的特性やコストの観点から、鉄鋼材料を好適に利用できる。高温での機械的強度がより優先される場合などは、金属基体の材料にNi基合金材料を利用してもよい。合金被覆層の厚さにも特段の限定はなく、最終的な流路部材の用途に応じて適宜選定すればよいが、例えば2 mm以上20 mm以下の範囲が好ましい。
【0021】
一方、サイズが比較的小さい流路部材の場合(例えば、ニードル弁体の場合)、製造コストの観点から、流路部材全体(弁体全体)が耐摩耗性合金材料で構成されていてもよい。
【0022】
以下、本発明の実施形態について図面を参照しながら具体的に説明する。本発明は、ここで取り挙げた実施形態に限定されるものではなく、その発明の技術的思想を逸脱しない範囲で公知技術と適宜組み合わせたり公知技術に基づいて改良したりすることが可能である。
【0023】
[耐摩耗性合金材料の化学組成]
本発明の耐摩耗性合金材料は、上述したように、Crを最大含有率成分とするCr-Ni系合金材料からなり、CrおよびNiの他に、Fe、V、Cを必須成分とし、不可避不純物を含む合金からなる。また、任意成分として、Cu、Mn、Si、Al、およびSnのうちの一種以上を更に含んでもよい。不可避不純物の合計含有率は、0.5質量%以下が好ましく、0.1質量%以下がより好ましい。言い換えると、意図的に含有させる成分の合計は、99.5質量%以上が好ましい。
以下、本発明に係るCr-Ni系合金材料の組成(各成分)について説明する。なお、以下で説明する元素以外の残部成分は、制御が難しい不可避不純物となる。
【0024】
Cr:40質量%超65質量%以下
Cr成分は、本発明のCr-Ni系合金材料の最大含有率成分であり、CoやNiに比して安価であることから従来のCo基合金材料やNi基合金材料よりも材料コストを低減できる利点がある。また、Crを最大含有率成分とすることで、合金被覆層の表面に不動態の酸化被膜が形成し易くなって耐食性が向上する作用効果もある。
【0025】
Cr含有率は、40質量%超が好ましく、45質量%以上がより好ましく、50質量%以上が更に好ましく、55質量%以上が最も好ましい。Cr含有率が40質量%以下になると、コスト低減効果が弱まると共に、耐食性向上の作用効果が不十分になる。一方、Cr含有率が65質量%超になると、合金の融点が高くなり過ぎてCr-Ni系合金材料および合金被覆層の製造性が悪化するため(製造コストが増大するため)、Cr含有量は65質量%以下が好ましい。
【0026】
Ni:15質量%超40質量%以下
Ni成分も、本発明のCr-Ni系合金材料の主要成分の1つであり、マトリックス(母相、母地組織とも言う)中に固溶してマトリックスの延性・靱性の向上に寄与する成分である。また、オーステナイト相の安定化にも寄与する。
【0027】
Ni含有率は、上述したCr含有率よりも低くかつ後述するFe含有率よりも高いことが好ましい。具体的にはNi含有率は、15質量%超が好ましく、18質量%以上がより好ましく、21質量%以上が更に好ましい。Ni含有率が15質量%以下になると、Cr-Ni系合金材料および合金被覆層の延性・靱性が不十分になる。一方、Ni含有率が40質量%超になると、相対的にCr含有率が低下してCr成分の作用効果が損なわれるため、Ni含有率は40質量%以下が好ましい。
【0028】
Fe:0質量%超30質量%以下
Fe成分は、本発明のCr-Ni系合金材料のマトリックスを構成する成分の1つであり、靭性や硬さの確保に寄与する成分である。Fe含有率は、30質量%以下が好ましく、25質量%以下がより好ましく、20質量%以下が更に好ましい。Fe含有率が30質量%超になると、脆性の金属間化合物であるσ相(FeとCrとを基本とする金属間化合物相)が生成し易くなり、延性・靱性が著しく低下する(いわゆるσ相脆化)。一方、Fe成分を全く含まないと(Fe含有率が0質量%になると)、耐摩耗性が不十分になり易い。Fe含有率は、0質量%超が好ましく、10質量%以上がより好ましく、12質量%以上が更に好ましい。
【0029】
V:1質量%以上7.5質量%以下
V成分は、後述するC成分と化合してV炭化物相(例えばVC相、Vサイトの一部を他の元素が置換した複合炭化物相も含むものとする)を生成・析出し、Cr-Ni系合金材料の硬化・耐摩耗性向上に寄与する重要な成分である。また、マトリックス中に固溶したV成分は、靭性の向上に寄与する作用効果もある。
【0030】
V含有率は、1質量%以上が好ましく、1.5質量%以上がより好ましい。V含有率が1質量%未満になると、硬化・耐摩耗性向上が不十分になる。一方、V含有率は、7.5質量%以下が好ましく、5質量%以下がより好ましく、2.5質量%以下が更に好ましい。V含有率が7.5質量%超になると、望まない金属間化合物相が生成して耐食性が劣化すると共に延性および靱性の低下要因になる。
【0031】
また、V含有率は、後述するC含有率との比[V]/[C]が3以上5以下であることが好ましく、3.5以上4.5以下がより好ましい。含有率比[V]/[C]が5超であると、V炭化物相の生成量が不足して、硬化・耐摩耗性向上の作用効果が不十分になる。含有率比[V]/[C]が3未満であると、過剰のC成分がCr炭化物相(例えばCr7C3相、Cr23C6相)を生成・析出させて、耐食性が低下する要因となる。
【0032】
V炭化物相の析出量/析出率は、5面積%以上25面積%以下が好ましく、8面積%以上22面積%以下がより好ましい。析出量/析出率が5面積%未満であると、V炭化物相の生成量が不足して、硬化・耐摩耗性向上の作用効果が不十分になる。析出量/析出率が25面積%超になると、延性および靱性の低下要因になる。
【0033】
C:0.2質量%以上2.5質量%以下
C成分は、上述したV成分と化合してV炭化物相を生成・析出し、Cr-Ni系合金材料の硬化・耐摩耗性向上に寄与する重要な成分である。また、C成分は、マトリックス中に固溶しても硬化に寄与する作用効果もある。
【0034】
C含有率は、0.2質量%以上が好ましく、0.25質量%以上がより好ましい。C含有率が0.2質量%未満になると、V炭化物相の生成量が不足して硬化・耐摩耗性向上が不十分になる。一方、C含有率は、2.5質量%以下が好ましく、1.5質量%以下がより好ましく、0.8質量%以下が更に好ましい。C含有率が2.5質量%超になると、Cr炭化物相を過剰に生成・析出させて、耐食性が低下する要因となる。
【0035】
Cu:0.1質量%以上5質量%以下
Cu成分は、Cr-Ni系合金材料における任意成分(含有してもよいし含有しなくてもよい成分)の一つであり、耐食性の向上に寄与する成分である。Cuを含有する場合、その含有率は0.1質量%以上5質量%以下が好ましい。Cu含有率が0.1質量%未満になると、Cuに基づく作用効果が明確化しづらいだけである(特段の不具合は生じない)。一方、Cu含有率が5質量%超になると、Cu析出物を生成し易くなり、延性および靭性の低下要因になる。
【0036】
Mn:0質量%以上2質量%未満
Mn成分は、Cr-Ni系合金材料における任意成分の一つであり、S(硫黄)やO(酸素)と化合して該化合物の微細粒子を形成し、正の作用効果に寄与しない余剰分のSやOを捕捉・安定化する役割(いわゆる、脱硫・脱酸素の役割)を担う成分である。SやOを捕捉・安定化することにより、腐食性や延性・靭性の向上に寄与する。
【0037】
Mn成分の作用効果を確実に発揮させるためには、Mn含有率は0.05質量%以上が好ましい。一方、Mn含有率は、2質量%以下が好ましく、1質量%以下がより好ましく、0.5質量%以下が更に好ましい。Mn含有率が2質量%超になると、硫化物(例えばMnS)の粗大粒子を形成して耐食性や延性・靭性の低下要因になる。
【0038】
Si:0.1質量%以上1質量%以下
Si成分は、Cr-Ni系合金材料における任意成分の一つであり、脱酸素の役割を担う成分である。Siを含有する場合、その含有率は、0.1質量%以上1質量%以下が好ましい。Si含有率が0.1質量%未満になると、Siに基づく作用効果が明確化しづらいだけである(特段の不具合は生じない)。一方、Si含有率が1質量%超になると、酸化物(例えばSiO2)の粗大粒子を形成して延性および靭性の低下要因になる。
【0039】
Al:0.005質量%以上0.05質量%以下
Al成分は、Cr-Ni系合金材料における任意成分の一つであり、MnやSiと組み合わせることで脱酸素作用の向上に寄与する成分である。Alを含有する場合、その含有率は、0.005質量%以上0.05質量%以下が好ましい。Al含有率が0.005質量%未満になると、Alによる作用効果が明確化しづらいだけである(特段の不具合は生じない)。一方、Al含有率が0.05質量%超になると、酸化物や窒化物(例えば、Al2O3やAlN)の粗大粒子を形成して延性および靱性の低下要因になる。
【0040】
Sn:0.02質量%以上0.3質量%以下
Sn成分は、Cr-Ni系合金材料における任意成分の一つであり、材料表面の不動態皮膜強化の役割を担い、耐食性(例えば、塩化物イオンや酸性の腐食環境に対する耐性)の向上に寄与する成分である。Snを含有する場合、その含有率は、0.02質量%以上0.3質量%以下が好ましい。Sn含有率が0.02質量%未満になると、Snに基づく作用効果が明確化しづらいだけである(特段の不具合は生じない)。一方、Sn含有率が0.3質量%超になると、Sn成分の粒界偏析を生じさせて延性および靱性の低下要因になる。
【0041】
[Cr-Ni系合金材料の微細組織]
図1は、本発明に係るCr-Ni系合金材料の微細組織の一例を示す走査型電子顕微鏡(SEM)観察像である。図1に示したように、本発明のCr-Ni系合金材料は、マトリックスがフェライト相(α相、相対的に淡色の相)とオーステナイト相(γ相、α相よりも濃色の相)との二相組織を有し、オーステナイト相の領域内にV炭化物相(黒色の相)が分散析出している。
【0042】
エネルギー分散型X線分析(EDX)およびX線回折測定(XRD)の結果から、V炭化物相は、VC相と同定された(Vサイトの一部を他の元素が置換している可能性は否定しない)。また、SEM観察像に対する画像解析によりV炭化物相の析出率を調査したところ、15面積%であった。延性および靱性の観点から、オーステナイト相の占有率は20面積%以上が好ましい。
【0043】
[流路部材およびそれを用いた機械装置]
図2Aは、本発明に係る流路部材の一例である軸受を示す断面模式図である。図2Aに示したように、本発明のCr-Ni系合金材料からなる合金被覆層10を転動面に設けた軸受内輪110や軸受外輪120を用いることで、耐摩耗性に優れる軸受100が得られる。なお、図2Aではすべり軸受を示したが、本発明に係る軸受は、それに限定されるものではなく、他の軸受(例えば、転がり軸受)であってもよい。
【0044】
図2Bは、本発明に係る流路部材の他の一例である管継手を示す断面模式図である。流体の流通方向(管軸の方向)が大きく変化したり流体の圧力が大きく変動したりする箇所ではエロージョンが生じ易いことから、図2Bに示したように、管継手200の流路の内壁(流体が接触する壁)に本発明のCr-Ni系合金材料からなる合金被覆層10をエロージョンシールドとして形成することは、好ましい形態の一種である。
【0045】
図2Cは、本発明に係る流路部材を用いた機械装置の一例であるバルブ装置を示す断面模式図である。図2Cに示したように、合金被覆層10を弁座部に設けた弁体310や弁箱320を用いることで、耐摩耗性および耐エロージョン性に優れるバルブ装置300が得られる。なお、図2Cではゲートバルブ装置を示したが、本発明に係るバルブ装置は、それに限定されるものではなく、他のバルブ装置(例えば、バタフライバルブ装置)であってもよい。また、弁体310の回転軸の軸受として軸受100(図2A参照)を用いたり、弁箱320の内面にエロージョンシールドとして合金被覆層10(図2B参照)を形成したりしてもよい。
【0046】
<Cr-Ni系合金材料の製造方法>
つぎに、本発明のCr-Ni系合金材料の製造方法について簡単に説明する。
【0047】
図3は、本発明に係る合金材料の製造方法の一例を示す工程図である。図3に示したように、まず、耐摩耗性合金材料を形成するためのCr-Ni系合金粉末を用意する合金粉末作製工程S1を行う。合金粉末作製工程S1の詳細手順に特段の限定はないが、例えば、所望の合金組成となるように原料を混合・溶解して溶湯20を形成する原料混合溶解素工程S1aと、該溶湯を凝固/固化させてCr-Ni系合金材料を用意する合金凝固素工程S1bとを含む。
【0048】
原料混合溶解素工程S1aは、合金中の不純物成分の含有率をより低減する(合金を精錬する)ため、Cr-Ni系合金の溶湯20を一旦凝固させて原料合金塊を形成する原料合金塊形成素工程の後に、該原料合金塊を再溶解して清浄化溶湯を用意する再溶解素工程を更に含んでいてもよい。合金の清浄度を高められる限り再溶解方法に特段の限定はないが、例えば、真空アーク再溶解(VAR)を好ましく利用できる。
【0049】
合金凝固素工程S1bは、次工程である合金被覆層形成工程S2で用いるのに適した形態のCr-Ni系合金粉末30が得られる限り、詳細手順に特段の限定はないが、例えば、アトマイズ法や液体急冷法や凝固・粉砕法を好適に利用できる。アトマイズ法では、例えば、球形状粒子が得られるガスアトマイズ法や遠心力アトマイズ法が利用できる。液体急冷法では、例えば、ロール急冷法が利用できる。凝固・粉砕法では、例えば、適当なサイズに凝固させた合金塊を機械的に粉砕する方法が利用できる。
【0050】
合金凝固素工程S1bで得られた合金粉末30に対して、所望の粒径範囲に揃えるための分級素工程S1cを実施してもよい。分級素工程S1cは必須の工程ではないが、次工程の合金被覆層形成工程S2での安定性の観点からは、分級素工程S1cを実施することが好ましい。
【0051】
分級する粒径範囲は、合金被覆層形成工程S2の手法に合わせて適宜調整すればよい。例えば、肉盛溶接用や溶射用としては、63μm以上250μm以下の粒径範囲を好適に利用できる。粉末冶金用としては、1μm以上50μm以下の粒径範囲を好適に利用できる。
【0052】
つぎに、合金粉末作製工程S1で得られたCr-Ni系合金粉末30を用いて、金属基体11の上の所望の箇所に合金被覆層10を形成する合金被覆層形成工程S2を行う。所望の合金被覆層10を形成できる限り、合金被覆層形成方法に特段の限定はないが、例えば、肉盛溶接法や溶射法を好適に利用できる。
【0053】
肉盛溶接法に特段の限定はなく、従前の方法(例えば、被覆アーク溶接法、CO2溶接法、MAG(metal active gas)溶接法、MIG(metal inert gas)溶接法、TIG(tungsten inert gas)溶接法、サブマージアーク溶接法、PTA(plasma transferred arc)溶接法)を適宜利用できる。また、溶射法にも特段の限定はなく、従前の方法(例えば、フレーム溶射法、高速フレーム溶射法、アーク溶射法、プラズマ溶射法、コールドスプレー法)を適宜利用できる。
【0054】
一方、前述したように、流路部材のサイズが比較的小さく、流路部材全体を耐摩耗性合金材料で構成する場合、合金被覆層形成工程S2の代わりに、成形体形成工程(図示せず)を行えばよい。成形体形成方法に特段の限定はなく、従前の方法(例えば、金属粉末射出成形(MIM)法、熱間等方圧プレス(HIP)法、金属粉末付加製造(MPAM)法)を適宜利用できる。
【0055】
つぎに、合金被覆層形成工程S2で形成した合金被覆層10または成形体形成工程で形成した成形体に仕上げ整形を施す整形加工工程S3を更に行ってもよい。整形加工方法に特段の限定はなく、従前の方法(例えば、切削加工、研削加工、研磨加工)を適宜利用できる。整形加工工程S3は必須の工程ではないが、最終的な流路部材に要求される形状・寸法精度の観点からは、行うことが好ましい。
【実施例0056】
以下、実験例により本発明をさらに具体的に説明する。なお、本発明はこれらの実験例に限定されるものではない。
【0057】
[実験1]
(試料No. 1~8の作製)
表1に示す名目合金組成となるように、原料を混合し高周波溶解法(溶解温度1500℃以上、減圧Ar雰囲気中)により溶解して溶湯を形成した後に、銅鋳型を用いた金型鋳造法により円柱状の試料(No. 1~8、直径20 mm×長さ50 mm)を作製した。表1において、各成分の含有率(単位:質量%)は、記載の成分の総和が100質量%となるように換算してある。不可避不純物に関しては、合計が0.1質量%以下であることを別途確認した。
【0058】
なお、円柱状試料を用意した理由の一つは、金属基体上への被覆層形成に起因する合金組成の変動リスクを避けて、合金材料そのものの特性を調査するためである。また、鋳型および試料サイズは、その凝固組織が肉盛溶接法による被覆層の凝固組織と同等になるように考慮して選定したものである。
【0059】
【表1】
【0060】
[実験2]
(試料No. 9~14の作製)
表2に示す名目合金組成を有する合金粉末を用意し、実験1と同様にして円柱状の試料(No. 9~14、直径20 mm×長さ50 mm)を作製した。試料No. 9~10は市販の表面改質用Co基合金材料であり、試料No. 11~12は市販の表面改質用Ni基合金材料であり、試料No. 13~14は本発明の規定を外れるCr-Ni系合金材料である。
【0061】
【表2】
【0062】
[実験3]
(試料No. 1~14の性状調査)
弁箱や弁体の弁座部は、高温高圧流体の環境下での耐食性、耐衝撃性、および耐摩耗性(摺動摩擦耐性、エロージョン耐性)が重要になる。また、エロージョンシールドは、高温高圧流体の環境下での耐食性および耐摩耗性が重要になる。そこで、実験1~2で作製した試料No. 1~14から、それぞれ試験片を採取し、各合金材料の性状調査を行った。
【0063】
(1)微細組織観察
微細組織観察は、SEM-EDX装置(株式会社日立ハイテクノロジーズ製、S-4300SE)を用い、VC相の面積率の測定にはGNU画像編集プログラム(GIMP、フリーソフトウェア)を利用した。結晶相の同定にはXRD装置(株式会社リガク製、RINT2500HL)を用いた。
【0064】
図4は試料No. 1の微細組織の一例を示すSEM観察像であり、図5は試料No. 3の微細組織の一例を示すSEM観察像である。前述した図1は、試料No. 2のものである。
【0065】
図4~5の試料No. 1,3は、試料No. 2(図1参照)と同様に、マトリックスがα相(相対的に淡色の相)とγ相(α相よりも濃色の相)との二相組織を有し、γ相の領域内にVC相(黒色の相)が分散析出している。VC相の析出率は、試料No. 1が20面積%で、試料No. 3が11面積%である。合金材料中のV含有率が高くなるとVC相の析出率が高くなることが判る。
【0066】
(2)耐食性試験
原子力プラント用の流路部材は高温高圧流体の環境下で使用されることから、当該環境を模擬するため、オートクレーブによる高温高圧水中腐食試験(温度288℃、圧力8 MPa、1500時間浸漬)を耐食性試験として実施した。試験後、試験片の表面に発生した腐食の最大侵食深さCdを断面SEM観察により測定した。最大侵食深さCdの測定結果が「Cd <15μm」をAグレードとし、「15μm≦Cd <30μm」をBグレードとし、「30μm≦Cd 」をCグレードと評価し、Aグレードを合格と判定した。耐食性試験の結果を後述する表3に示す。
【0067】
(3)耐衝撃性試験
耐衝撃性試験は、JIS Z 2242:2018に基づいて、室温でのシャルピー衝撃試験を実施した。シャルピー衝撃試験の耐衝撃値aの測定結果が「a≧4 J/cm2」をAグレードとし、「2 J/cm2≦a<4 J/cm2」をBグレードとし、「a<2 J/cm2」をCグレードと評価し、Aグレードを合格と判定した。耐衝撃性試験の結果を表3に併記する。
【0068】
(4)耐摺動摩耗性試験
耐摺動摩耗性を評価するために、同じ試料同士を用いた往復摺動摩耗試験を実施した。試験条件は、室温、荷重70 N、摺動速度6mm/s、ストローク15 mm、往復回数100回とし、平均摩擦係数μを測定した。往復摺動摩擦試験による平均摩擦係数μの測定結果が「μ≦0.45」をAグレードとし、「0.45≦μ<0.55」をBグレードとし、「0.55≦μ」をCグレードと評価し、Aグレードを合格と判定した。往復摺動摩耗試験の結果を表3に併記する。
【0069】
(5)耐エロ―ジョン性試験
耐エロ―ジョン性を評価するために、液滴衝撃エロ―ジョン試験を実施した。試験条件は、ノズル口径0.6 mm、水圧100 MPa、流量5 L/min、ノズル先端での流速450 m/s、ノズル先端と試料表面との距離60 mm、試験時間1800 sとした。試験後、高速噴霧流により表面に発生した最大減肉深さEdを断面SEM観察により測定した。液滴衝撃エロ―ジョン試験による最大減肉深さEdの測定結果が「Ed≦40μm」をAグレードとし、「40μm≦Ed<50μm」をBグレードとし、「50μm≦Ed」をCグレードと評価し、Aグレードを合格と判定した。液滴衝撃エロ―ジョン試験の結果を表3に併記する。
【0070】
【表3】
【0071】
表3に示した結果から明らかなように、本発明の実施例となる試料No. 1~8は、耐食性、耐衝撃性、耐摺動摩耗性、耐エロージョン性の全てにおいて、Aグレードと評価されている。これらに対し、本発明の比較例となる試料No. 9~14は、耐食性および耐衝撃性の少なくとも一方でAグレード以外の評価である。なお、試料No. 9~14は、耐食性および耐衝撃性の二項目で共にAグレードがなかったことから、耐摺動摩耗性試験および耐エロージョン性試験を行わなかった。
【0072】
より詳細に見ると、本発明の実施例となる試料No. 1~8は、既存の表面改質用Co基合金材料である試料No. 9~10と同等の耐食性を有していることが確認される。一方、耐衝撃性に関しては、本発明の実施例となる試料No. 1~8は、既存の表面改質用Co基合金材料である試料No. 9~10よりも良好であることが確認される。
【0073】
既存の表面改質用Ni基合金材料である試料No. 11~12は、耐食性および耐衝撃性の二項目で共にCグレード評価である。このことから、試料No. 11~12の表面改質用Ni基合金材料は、原子力プラント用流路部材にはあまり適していないと考えられる。
【0074】
本発明の規定を外れるCr-Ni系合金材料である試料No. 13は、良好な耐食性を有するが、VC相の分散析出がないことから、耐衝撃性がBグレード評価である。本発明の規定を外れる試料No. 14は、V含有率が過大であり、かつ含有率比[V]/[C]も過大であることから、耐食性がCグレード評価であり、耐衝撃性がBグレード評価である。
【0075】
上述した実施形態や実験例は、本発明の理解を助けるために説明したものであり、本発明は、記載した具体的な構成のみに限定されるものではない。例えば、実施形態の構成の一部を当業者の技術常識の構成に置き換えることが可能であり、また、実施形態の構成に当業者の技術常識の構成を加えることも可能である。すなわち、本発明は、本明細書の実施形態や実験例の構成の一部について、発明の技術的思想を逸脱しない範囲で、削除・他の構成に置換・他の構成の追加をすることが可能である。
【符号の説明】
【0076】
10…合金被覆層、11…金属基体、20…溶湯、30…合金粉末、
100…軸受、110…軸受内輪、120…軸受外輪、
200…管継手、
300…バルブ装置、310…弁体、320…弁箱。
図1
図2A
図2B
図2C
図3
図4
図5