(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023112622
(43)【公開日】2023-08-14
(54)【発明の名称】推進性能向上装置
(51)【国際特許分類】
B63H 5/16 20060101AFI20230804BHJP
B63H 1/28 20060101ALI20230804BHJP
【FI】
B63H5/16 D
B63H1/28 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022014552
(22)【出願日】2022-02-01
(71)【出願人】
【識別番号】502298192
【氏名又は名称】流体テクノ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100126804
【弁理士】
【氏名又は名称】冨永 博之
(72)【発明者】
【氏名】玉島 正裕
(72)【発明者】
【氏名】杢尾 憲治
(72)【発明者】
【氏名】隅田 大貴
(57)【要約】 (修正有)
【課題】プロペラによる推進装置を備えた船舶において、プロペラ後流における旋回流の発生を防止し、推進効率を向上する。
【解決手段】プロペラの前流に取付けられるフィンにおいて、プロペラが上昇する側でのフィンの取り付け位置を、プロペラが下降する側でのフィンの取り付け位置より上流側にすることで、プロペラに流入する流れを、より効果的に旋回方向と逆向きに矯正し、もって後流における旋回流の発生を低減し、推進効率の向上を図る。
【選択図】
図7
【特許請求の範囲】
【請求項1】
プロペラの回転方向と逆向きの旋回流を発生させるように前記プロペラの前方(船首側)に配置され、前記プロペラの回転軸を中心に放射状に延びる複数のフィンを具備し、
前記複数のフィンのうち、
プロペラ翼が上昇する側のフィンの取り付け位置が、プロペラ翼が下降する側のフィンの取り付け位置より、フィン前縁、フィン後縁共、前方(船首側)にあることを特徴とする
船舶の推進性能向上装置。
【請求項2】
プロペラ翼が上昇する側のフィンと、プロペラ翼が下降する側のフィンの後縁同士の船長方向の距離(l0)がプロペラ直径Dpの1%から8%の範囲にあることを特徴とする
請求項1記載の船舶の推進性能向上装置。
【請求項3】
プロペラ翼が上昇する側のフィンの半径(フィン先端とプロペラ軸心との距離)が、プロペラ半径の60%から115%の範囲にあり、かつ、プロペラ翼が下降する側のフィンの半径(フィン先端とプロペラ軸心との距離)が、プロペラ半径の35%から55%の範囲にあることを特徴とする
請求項1又は2記載の船舶の推進性能向上装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、船舶のプロペラ前方に設けられた推進性能向上装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、急速に進行する地球温暖化を防止するため、全世界的にCO2削減規制があらゆる技術分野において課せられつつあり、船舶においても早急に対策を進める必要がある。船舶は一般的に、化石燃料をもとに内燃機関で発生した動力によりプロペラを回転することで推進力を得ている。従って
CO2削減のための重要な方策として、推進効率の向上による燃料消費量の削減がある。
【0003】
従来から船舶のプロペラ推進効率を向上させるために、プロペラの回転によって後流に生じる旋回流を減少させる手法がある。これは、プロペラ後流に生じる旋回流は、推進力としては全く寄与しないため、その旋回流を減少させることにより、プロペラ推進効率を向上させようとするものである。
【0004】
そこで、プロペラ後流の旋回流の発生を未然に防ぐため、プロペラの前流で、予めプロペラの回転と逆の向きの回転を付与する装置、いわゆるリアクションフィンが採用されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平05-185986号公報
【特許文献2】特開2010-179869号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
船舶の推進効率向上を目的とした、いわゆるリアクションフィンは、船体に沿って尾部に達した流れにおいて、プロペラに流入する前に予めプロペラ回転と逆向きの旋回流を形成することで、損失の要因の一つであるプロペラ後流の旋回流の発生を防止するものである。従ってフィンの効果を有効に得るためには、船体尾部における流れの状況を踏まえた上で、適正なフィンの形状を用いる必要がある。
【0007】
図1にプロペラに流入する流れの様子をプロペラ前面(プロペラ軸に垂直な断面)において示す。
左側の図は、プロペラ回転軸に垂直な断面において、流れの軸方向の成分を船速で無次元化したものであり、回転軸から離れた箇所では流れは船速に一致するが、回転軸の近傍で流れが低下していることがわかる。
右側の図は、プロペラ回転軸に垂直な断面内における流速成分を示したものであり、矢印は流れの向きを、その長さは流速の大きさを示す。プロペラに流入する流れは、船体対称面を境として左右対称であり、船体底部に沿ってきた流れが、船底のせり上がりで水面方向へ上昇し、一方船側に沿ってきた流れが、船幅の絞りによって船体対称面方向へ寄せられ、共に船体対称面付近で左右の流れが合流すると水面から下方へ偏向しプロペラ軸付近に達している。
【0008】
このように、プロペラ前面の流れは船体対称面に関して左右対称な流れであるが、プロペラ軸を通る水平面を境にして上方と下方、またプロペラ回転の径方向では半径の中間部を境にして、先端部と根元側とで、大きく傾向が異なる。
【0009】
特許文献1では、
図4に示すとおりプロペラ上流側にプロペラ軸を中心にほぼ放射状に複数のフィンを設置し、それぞれのフィンの半径(フィン先端からプロペラ軸心までの距離,以下同じ)と取付け角度を調整することでプロペラに流入する流れに回転方向と逆向きの回転を付与しプロペラ後流における旋回流発生の防止を図っている。
ただコストの面から、フィンの長さ方向軸に関する捻りが生じないようにしている。そのため異なる様相を呈するフィン先端部と根元側とのいずれに対しても適切であるとは言い難い。
更にプロペラ軸に水平に取り付けられたフィンは、船体の上下方向の揺動の際大きな荷重がかかるため、構造強度を十分にとる必要があり、特に小型の船舶では実用上適用が困難な場合がある。
【0010】
特許文献2では、
図5に示すとおり特許文献1と同様に、コストの面から、フィンの長さ方向軸に関する捻りが生じないようにしており、そのため異なる様相を呈するフィン先端部と根元側とのいずれに対しても適切であるとは言い難いとの欠点がある。
またプロペラ軸に水平な近傍に取り付けられたフィンの長さを短くすることで流体による荷重を低減し、構造上の対策を容易にして実用性を高め、一方では、船体尾部のスターンフレームに鉛直に整流板を取り付け、プロペラ回転方向と逆向きの流れに偏向することで、フィンの効果と合わせ、プロペラ後流における旋回流発生の防止を図っているが、新たに整流板を設置するためコストが多大になってしまう不利益があった。
【課題を解決するための手段】
【0011】
図1に示すような複雑な船体船尾の流れを、プロペラに流入する前に矯正するためには、流れの状況とプロペラの動きとを考慮しながらフィンを設置する必要がある。特にプロペラが上昇する側では、流れがプロペラの回転と同じ方向の流れるため、これをプロペラの回転と逆の向きに変更することは非常に困難を極める。そこで、本発明の基本的な考え方は、このプロペラが上昇する側でのフィンの取り付け位置をプロペラからできるだけ上流側にすることである。
なお、以下では、プロペラの回転方向が船体後方から見て時計回りである場合について説明する。
【0012】
すなわち、
図1に示す船尾の流れは、船体が船尾において船体が絞られ横断面が小さくなることによって生じる流れであり、プロペラに到達する過程で速度が徐々に増加したものである。プロペラ直前で増加成長してしまった流れの向きを変更することは多大な力が必要になるため、従来の方法では十分な矯正ができず、そのためプロペラ後流における旋回流の発生を完全に防止できるに至らなかった。本発明では、プロペラが上昇する側でのフィンの取り付け位置をプロペラからできるだけ上流側にすることで、プロペラに沿う流れが未だ発達過程の段階でフィンを設置することで、流れの矯正を十分に可能にするものである。
【0013】
一方、プロペラが下降する側では、プロペラ回転と逆向きの流れを生成することが、後流での旋回流発生の防止に繋がるため、
図1に示すこの側での流れを活用することが肝要であり、フィン後縁の船長方向の設置位置は、特許文献1に例示されるように、プロペラ軸心からプロペラ直径D
pの約35%離れた位置でプロペラ前縁からの距離がD
pの15%から35%の値を採用すれば良い。
【0014】
プロペラが上昇する側でのフィンの取り付け位置としては、船体が未だ絞られていない段階では意味が無く、絞りが始まりしばらく後方に進んだ位置が妥当であり、本発明では、後述する距離l0をパラメータにしたシミュレーションによって最適なフィンの取り付け位置を把握した。
【0015】
また、
図1に示すように、プロペラが下降する側の流れについては、プロペラ回転面の外側領域ではプロペラ回転と逆向きの流れであるが、内側ではプロペラ回転と同じ向きとなっている。先に述べたように、プロペラ回転と同じ向きの流れに対しては矯正する必要があるが、逆向きの流れはその必要は無い。そこで、本発明では、プロペラ翼が下降する側に取り付けるフィンの半径を、プロペラ半径の35%から55%の範囲とした。これによりコスト削減にも繋がる。
【0016】
本発明の効果が大きく得られるのは、船体形状が肥大しているか痩せているかを示す方形肥痩係数が0.70以下の船舶である
これは、方形肥痩係数が0.70以下の船舶では、船尾形状の絞りが緩やかなため、本発明の船尾前方に設置したフィンの矯正効果が得られ易いが、それ以上の肥大船では、船尾形状の絞りが急激であるため、絞りによる流れの発達が急速なため矯正効果が及びにくいためである。
【発明の効果】
【0017】
本発明により、船舶の船尾に生じた複雑な流れを、船舶の推進器であるプロペラに流入する直前に矯正し、推進効率に負の影響を及ぼす後流における旋回流の発生を防止可能となる。これにより船舶の運航における省エネルギー化に寄与できる。
【0018】
図2に、本発明による効果を、後述する実施例1を対象にしてCFD(Computational Fluid Dynamics)によるシミュレーションによって得た結果を示す。
本図では、横軸にl
0/D
p(プロペラが上昇する側のフィン後縁とプロペラが下降する側のフィン後縁との船長方向距離l
0をプロペラ直径D
pで無次元化した距離)をとり、縦軸にプロペラの推進効率を示したものである。
尚、ここではプロペラ下降側のフィン後縁とCFDにおいてプロペラをモデル化したプロペラディスク位置(実際のプロペラGL(Generator Line)に相当する位置)との距離l
dをプロペラ直径D
pで無次元化した距離l
d/D
p=0.24とした。
【0019】
本図によるとプロペラの推進効率は、l0/Dpが0から増加するに従い上昇し、0.04付近で最大値を示し、その後下降してl0/Dp=0.09付近で、l0/Dp=0の場合と同じ推進効率まで低下する。従って、距離l0がプロペラ直径Dpの1%から8%の範囲で、最も推進効率の改善を実現できることが分かる。
【0020】
図3左側に本シミュレーションで得られたプロペラに流入する流れのプロペラ軸に垂直な断面における船速で無次元化した軸方向流速分布を、
図3右側にプロペラ回転軸に垂直な断面内における流速分布をそれぞれ示す。
図1の例と比較すると、左側のプロペラ回転軸に垂直な断面における速度分布においては、プロペラ回転軸の近傍での流れの低下が穏やかになり推進効率の改善に寄与していることがわかる。また右側の図のプロペラ回転軸に垂直な断面内における流速分布においては、特にプロペラが上昇する側でフィンなし(
図1)と比べ、プロペラと同じ向きの流れが減少し、プロペラ後流の旋回流の発生防止の効果が現れていることがわかる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図6】本発明の第1の実施例(プロペラ後方から見たフィンの配置)
【
図7】本発明の第1の実施例(船体側面から見たフィンの配置)
【
図8】本発明の第2の実施例(プロペラ後方から見たフィンの配置)
【
図9】本発明の第3の実施例(プロペラ後方から見たフィンの配置)
【
図10】本発明の第3の実施例(船体側面から見たフィンの配置)
【発明を実施するための形態】
【0022】
添付図面を用いて、以下に本発明による推進性能向上装置を実施するための形態を示す。
【実施例0023】
図6に第1の実施例を示す。これは、プロペラボスに放射状に取り付けられたフィンを後方から見たものである。本例では、プロペラが上昇する側のフィンは2枚で、プロペラボス中心高さと同じ位置、及び斜め上方に取付けられ、いずれもその半径は、プロペラ半径と同一である。一方プロペラ下降側フィンは2枚で、プロペラボス中心高さと同じ位置,及び斜め上方に取付けられ、いずれも、その半径はプロペラ半径の55%である。
図7は、実施例1のフィンを船体側面から見た図であり、左が左舷側から、右が右舷側から見た図である。
図7に示す左右舷のフィン後縁の船長方向の距離l
0は、プロペラ直径D
pの4%であり、プロペラ軸心から35%D
pだけ離れた位置における右舷側フィン後縁とプロペラ翼前縁の距離l
dはプロペラ直径D
pの25%である。また、以下の第2及び第3の実施例においても、これらの距離l
0、l
dは同一である。
【0024】
図8に第2の実施例を示す。本実施例は、実施例1と同様にプロペラが上昇する側、プロペラが下降する側共、フィンは、それぞれ2枚で、いずれもプロペラボス中心高さと同じか、より上方に取付けられているが、プロペラが上昇する側の2枚のフィンの半径をプロペラ半径の75%とし、プロペラが下降する側のフィンの半径は、第1の実施例と同じにした例である。
本例のように、プロペラが上昇する側のフィンの半径は、プロペラ半径の100%である必要はなく、60%から115%であれば所定の効果を得ることができる。
【0025】
図9に第3の実施例を示す。本実施例では、プロペラが上昇する側のフィンは3枚で、いずれもプロペラボス中心高さより上方に取付けられ、その半径は、いずれもプロペラ半径の75%である。一方プロペラ下降側のフィンは2枚で、プロペラボス中心高さと同一、及び斜め上方に取付けられ、半径は第1及び第2の実施例と同じである。
図10は、実施例3のフィンを船体側面から見た状況を示す。
【0026】
本例のようにプロペラが上昇する側のフィンは2枚、3枚に限らず、コスト的に問題がなければ、4枚から7枚程度でも効果が得られる。
プロペラが下降する側においても同様にフィンの枚数は2枚から7枚程度でも可能である。
またプロペラが上昇あるいは下降する側において、プロペラボスの下方にも流れの状況に応じてフィンを設置することで推進効率の向上が図られる可能性もある。