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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023112918
(43)【公開日】2023-08-15
(54)【発明の名称】医療用吸引デバイス
(51)【国際特許分類】
   A61M 1/00 20060101AFI20230807BHJP
【FI】
A61M1/00 161
A61M1/00 140
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022014943
(22)【出願日】2022-02-02
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 公開者名: 横江 巧也 開催日: 令和3年12月3日 集会名、開催場所 第34回日本内視鏡外科学会総会・医工学連携委員会企画セッション1「シリーズ:外科医による医療機器開発 その壱 若手から取り組む医工連携」神戸国際会議場(神戸市中央区港島中町6-9-1) 刊行物名:「第34回日本内視鏡外科学会総会・医工学連携委員会企画セッション1 プログラム」 [刊行物等] 公開者名:横江 巧也 開催日: 令和3年12月3日 集会名、開催場所 第34回日本内視鏡外科学会総会・医工学連携委員会企画セッション1「シリーズ:外科医による医療機器開発 その壱 若手から取り組む医工連携」神戸国際会議場(神戸市中央区港島中町6-9-1) 刊行物名:「第34回日本内視鏡外科学会総会・医工学連携委員会企画セッション1「シリーズ:外科医による医療機器開発その壱 若手から取り組む医工連携」MEC1-8 高粘性流体用 吸引装置の開発」 [刊行物等] 公開者名: 横江 巧也 開催日: 令和3年12月20日 掲載アドレスhttps://www.congre.co.jp/jses2021/on-demand.html 刊行物名:「第34回日本内視鏡外科学会総会・医工学連携委員会企画セッション1「シリーズ:外科医による医療機器開発その壱 若手から取り組む医工連携」MEC1-8 高粘性流体用 吸引装置の開発」 [刊行物等] 公開者名: 横江 巧也 掲載日: 令和3年10月29日 掲載アドレスhttps://www.micenavi.jp/jses2021/archives/library 刊行物名:「第34回日本内視鏡外科学会総会 全抄録927頁 MEC1-8 粘性が高い体液に用いるため、流体力学を利用した吸引装置の開発」 [刊行物等] 公開者名: 横江 巧也 掲載日: 令和3年10月29日 掲載アドレスhttps://www.micenavi.jp/jses2021/search/detail_program/id:739 刊行物名:「第34回日本内視鏡外科学会総会 抄録 1頁 MEC1-8 粘性が高い体液に用いるための、流体力学を利用した吸引装置の開発」
(71)【出願人】
【識別番号】500409219
【氏名又は名称】学校法人関西医科大学
(74)【代理人】
【識別番号】100157325
【弁理士】
【氏名又は名称】伊藤 太一
(72)【発明者】
【氏名】横江 巧也
(72)【発明者】
【氏名】北 正人
【テーマコード(参考)】
4C077
【Fターム(参考)】
4C077AA15
4C077DD19
4C077DD21
(57)【要約】
【課題】腹腔鏡下の手術において、高粘度の体内貯留液を短時間で効率良く吸引除去する。
【解決手段】体中の貯留液を吸引、回収する医療用吸引デバイス1であって、先端23近傍に開口25が開設され、基端22が吸引装置50に接続可能に構成され、先端23が体中に挿入される吸引管20と、先端33にノズル34を有し、基端32が溶液の送液装置40に接続可能に構成され、先端33が吸引管20の開口25まで延伸される送液管30とを備え、吸引管20は、先端23近傍に、送液管30のノズル34から射出される溶液によって、開口25から体中の貯留液を管20内方に引き込む貯留液引き込み部211と、管内方に引き込まれた貯留液と射出された溶液とを混合させて、貯留液が溶液中に分散された乳化物を形成し、乳化物を吸引管の基端22の方向に向けて移送される混合部212とを有する。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
体中の貯留液を吸引、回収するための医療用吸引デバイスであって、
先端近傍に開口が開設され、基端が吸引装置に接続可能に構成され、少なくとも先端が体中に挿入される吸引管と、
先端にノズルを有し、基端が溶液の送液装置に接続可能に構成され、先端が前記吸引管の前記開口まで延伸される送液管とを備え、
前記吸引管は、
先端近傍において、前記送液管の前記ノズルから射出される前記溶液によって、前記開口から体中の貯留液を管内方に引き込む貯留液引き込み部と、
管内方に引き込まれた貯留液と射出された前記溶液とを混合させて、前記貯留液が前記溶液中に分散された乳化物を形成するとともに、形成された前記乳化物を前記吸引管の基端の方向に向けて移送される混合部とを有する
医療用吸引デバイス。
【請求項2】
前記貯留液引き込み部は、
周面に上設された前記送液管の先端前方に位置し、前記吸引管の周面に開設された前記開口縁が、周面から半径方向に所定長さ以上切り込まれ、体中の貯留液が進入可能な切り欠き部と、
前記切り欠き部に対し、基端側に形成され前記吸引管の周面まで滑らかに傾斜し、上設された前記送液管の前記ノズルから射出される前記溶液が、前記切り欠き部に進入した前記貯留液に衝突する位置関係を構成するスロープを含む
請求項1に記載の医療用吸引デバイス。
【請求項3】
前記切り欠き部に進入した前記貯留液は、前記送液管の先端から射出される前記溶液の流れに基づくベンチュリ―効果によって、さらに管内方に引き込まれる
請求項2に記載の医療用吸引デバイス。
【請求項4】
前記送液管は、前記吸引管の周面及び前記スロープ上に上設されており、
先端から前記スロープ上に位置する範囲が前記吸引管の内方に向けて傾斜している
請求項2又は3に記載の医療用吸引デバイス。
【請求項5】
前記混合部は、前記吸引管の先端に位置し、前記吸引管の先端方向に向けて半球凸状に膨らんで管を閉じ、前記送液管の管軸の延長線と交わる位置関係にある曲面状端部を含む
請求項2~4の何れか1項に記載の医療用吸引デバイス。
【請求項6】
管内方に引き込まれた貯留液と射出された前記溶液とは前記曲面状端部の曲面に沿って渦を形成することにより前記乳化物を形成し、形成された前記乳化物の移送方向を前記吸引管の基端の方向に変換する
請求項5に記載の医療用吸引デバイス。
【請求項7】
前記吸引管の基端に前記吸引装置によって付勢される陰圧は、
前記送液装置が前記溶液を送液する陽圧よりも絶対値が大きい
請求項1~6の何れか1項に記載の医療用吸引デバイス。
【請求項8】
さらに、前記吸引装置による吸引/停止、及び前記送液装置による送液/停止を独立して切り替え可能であって、術者が操作可能なスイッチを備える
請求項1~7の何れか1項に記載の医療用吸引デバイス。
【請求項9】
体中の貯留液は卵巣嚢腫である
請求項1~8の何れか1項に記載の医療用吸引デバイス。
【請求項10】
体中の貯留液を吸引、回収するための医療用吸引デバイスであって、
先端近傍に開口が開設され、基端が吸引装置に接続可能に構成され、少なくとも先端が体中に挿入される吸引管と、
先端にノズルを有し、基端が溶液の送液装置に接続可能に構成され、先端が前記吸引管の前記開口まで延伸される送液管とを備え、
前記吸引管は、
周面に上設された前記送液管の先端前方に位置し、前記吸引管の周面に開設された前記開口縁が、周面から半径方向に所定長さ以上切り込まれ、体中の貯留液が進入可能な切り欠き部と、
前記切り欠き部に対し、基端側に形成され前記吸引管の周面まで滑らかに傾斜し、上設された前記送液管の先端から射出される前記溶液が、前記切り欠き部に進入した前記貯留液に衝突する位置関係を構成するスロープと、
前記吸引管の先端に位置し、前記吸引管の先端方向に向けて半球凸状に膨らんで管を閉じ、前記送液管の管軸の延長線と交わる位置関係にある曲面状端部とを有する
医療用吸引デバイス。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、腹腔鏡下または腹腔鏡補助下の手術において、病変や術野中の貯留液を吸引除去する医療用吸引デバイスに関し、特に、卵巣嚢腫の内容液など、高粘度の体内貯留液の吸引除去に用いる医療用吸引デバイスに関する。
【背景技術】
【0002】
医療分野において低侵襲化を目的として、腹腔鏡下または腹腔鏡補助下の術式が選択されるケースが拡大している。卵巣嚢腫、腹膜炎、腹腔内出血など、病変や術野に液体貯留を来す疾患は多く、手術では貯留液を吸引除去(ドレナージ)することが必要となる。
【0003】
従来、体内の貯留液の吸引除去には、先端に穴が空いた吸引嘴管を吸引チューブ回路によって外部の吸引装置に接続して、貯留液体を吸引して除去する方法が採られていた(例えば、特許文献1~4)。例えば、卵巣嚢腫の手術では、腹腔内で卵巣から卵巣嚢腫を単離した後に、卵巣腫瘍の内容物を吸引除去する操作により、虚脱した卵巣腫瘍を剥離して、卵巣腫瘍を体外に搬出することが可能となる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平7-313513号公報
【特許文献2】特開平9-192214号公報
【特許文献3】特開2000-000245号公報
【特許文献4】特開2000-354624号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところが、例えば、卵巣嚢腫には脂肪や高粘度の貯留液などを内部に貯留するものがあり、また、腹膜炎では高粘度の膿汁が、腹腔内出血でも半凝固状態の血液が多量かつ広範囲に貯留している場合がある。このような症例では、吸引嘴管を用いて貯留液体を吸引して除去する従来の方法では、貯留液の粘度のため吸引速度が極端に遅かったり、吸引除去する操作の途中で吸引チューブ回路の閉塞を来し、複数回にわたる器具の交換が生じたり、手術切開創が拡大したり液体回収が不完全となる場合があり、手術時間が増加し効率化の妨げとなっていた。また、同様に、腹膜炎、腹腔内出血等の手術においても吸引除去工程に手術時間の多くを取られることがあった。
【0006】
本開示は、上記課題に鑑みてなされたものであり、腹腔鏡下または腹腔鏡補助下の手術において、高粘度の体内貯留液を短時間で効率良く吸引除去することができる医療用吸引デバイスを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記目的を達成するため、本開示の一態様に係る医療用吸引デバイスは、体中の貯留液を吸引、回収するための医療用吸引デバイスであって、先端近傍に開口が開設され、基端が吸引装置に接続可能に構成され、少なくとも先端が体中に挿入される吸引管と、先端にノズルを有し、基端が溶液の送液装置に接続可能に構成され、先端が前記吸引管の前記開口まで延伸される送液管とを備え、前記吸引管は、先端近傍において、前記送液管の前記ノズルから射出される前記溶液によって、前記開口から体中の貯留液を管内方に引き込む貯留液引き込み部と、管内方に引き込まれた貯留液と射出された前記溶液とを混合させて、前記貯留液が前記溶液中に分散された乳化物を形成するとともに、形成された前記乳化物を前記吸引管の基端の方向に向けて移送される混合部とを有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0008】
本開示の一態様に係る医療用吸引デバイスによれば、簡易かつ安価な構成によって、腹腔鏡下または腹腔鏡補助下の手術において、高粘度の体内貯留液を短時間で効率良く吸引除去する医療用吸引デバイスを実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】実施の形態に係る医療用吸引デバイス1を含む吸引システム100の術中の使用状態を表す模式図である。
図2】(a)は、医療用吸引デバイス1の平面図、(b)は右側面図である。
図3】(a)は、医療用吸引デバイス1の先端部の平面図、(b)は先端部の右側断面図、(c)は正面図である。
図4】医療用吸引デバイス1の作用、機能を説明するための先端部の側断面図である。
図5】(a)は、医療用吸引デバイス1の実施例2を斜め前方から写した写真、(b)は、医療用吸引デバイス1の実施例に用いた吸引装置、送液装置の写真である。
図6】(a)は、医療用吸引デバイス1の実施例1の平面図、(b)は左側面図である。
図7】(a)は、医療用吸引デバイス1の実施例2の平面図、(b)は左側面図である。
図8】(a)は、医療用吸引デバイスの比較例の左側面図、(b)は平面図である。
図9】(a)~(e)は、従来の医療用吸引デバイスを用いた手術の方法を表す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
≪発明を実施するための形態に至った経緯≫
卵巣嚢腫には脂肪や高粘度の貯留液などを内部に貯留するものがあり、また、腹膜炎では高粘度の膿汁が、腹腔内出血でも半凝固状態の血液が多量かつ広範囲に貯留している場合がある。このように、病変や術野に液体貯留を来す疾患は多く、手術では貯留液体を吸引除去することが必要となる。
【0011】
例えば、卵巣に生じる腫瘍のうち、内容物が入った嚢胞を卵巣嚢腫と呼ぶ。その内容物は血性、漿液性、貯留液性等、多岐に及ぶ。多量の内容を含む症例では、卵巣腫瘍のサイズは新生児頭大に及ぶ場合もある。卵巣嚢腫は急性腹症の原因にもなり得る為、手術により嚢腫を切除することが多い。この場合、手術には患者の整容性や美容面を考慮し、腹腔鏡下または腹腔鏡補助下の術式が選択されることがある。
【0012】
図9(a)~(e)は、従来の医療用吸引デバイスを用いた手術の方法を表す模式図である。図9(a)に示すように、卵巣嚢腫は、卵巣内部に様々な液体が貯留し腫大した状態であり、腹壁にトロッカーを挿入し腹腔鏡手術が行われる(図9(b))。腹腔鏡手術では、吸引嘴管を卵巣嚢腫に突き刺した状態で(図9(b))、塩化ビニルチューブなどの吸引チューブ回路によって外部の陰圧タンクなどの吸引装置に接続して、嚢腫の内容物である貯留液を吸引し(図9(c))、腫瘍を虚脱させ(図9(d))、正常な卵巣組織から嚢腫を剥離し除去する(図9(e))方法が採られる。卵巣内の貯留液を吸引除去することは、卵巣の張力を減らすという点と、体外への搬出を容易にするという点で医療上重要である。
【0013】
このとき、卵巣内容物の粘度が問題となる。例えば、チョコレート嚢腫や貯留液性嚢胞、奇形腫等のような高粘度の内用物を内包する腫瘍においては、この内容物の除去が既存のデバイスでは困難な場合がある。また、大径の医療用吸引デバイスを使用した場合でも、吸引に時間を要し、特に大型の卵巣嚢腫核出術では、吸引除去工程に手術時間の多くを取られ手術全体における律速段階の一つとなることがある。さらに、吸引除去が困難であるという理由で、全腹腔鏡下手術から腹腔鏡補助下手術を選択し手術創部を拡大する場合もある。
【0014】
特に、嚢腫の内容物が高粘度の貯留液性や脂肪性である場合には、嚢腫の内容物を吸引困難な症例が起こりえる。例えば、脂肪を多く含み体温より低い気温で容易に半固形に凝固する液体に対しては、吸引回路の閉塞を来すという問題がある。
【0015】
また、貯留液性嚢腫では、内容物の粘性抵抗が吸引圧力より大きくなり除去が困難となる状態も起こりえる。また、奇形種に代表される脂肪性嚢腫に含まれる動物性脂肪は、冷却すると固まり除去がより難しくなる。
【0016】
また、ラパロの気腹による腹腔内温度の低下、吸引回路の冷却により、嚢腫内容物の凝固等が起こりえる。このように、卵巣内容液が固体のようなふるまいをする場合には、手術時間の延長、手術創部の拡大を余儀なくされる場合があった。
【0017】
このように、吸引嘴管を用いて貯留液体を吸引して除去する従来の方法では、貯留液の粘度のため吸引速度が極端に遅かったり、吸引除去する操作の途中で吸引チューブ回路の閉塞を来し、複数回にわたる器具の交換が生じたり、手術切開創が拡大したり液体回収が不完全となる場合があり、手術時間が増加し効率化の妨げとなっていた。
【0018】
そこで、発明者らは、腹腔鏡下または腹腔鏡補助下の手術において、吸引圧力を患者に対し適応的に設定された圧力を保ちながら、高粘度の貯留液を体内から回収して短時間で効率良く吸引除去するために、吸引回路内部で貯留液を凝固不可能な状態にすることができれば、貯留液を滞りなく吸引することできることを想起し、当該状態を実現するための方法について鋭意検討を行い、以下の実施の形態に至ったものである。
【0019】
≪本発明を実施するための形態の概要≫
本開示の実施の形態に係る医療用吸引デバイスは、体中の貯留液を吸引、回収するための医療用吸引デバイスであって、先端近傍に開口が開設され、基端が吸引装置に接続可能に構成され、少なくとも先端が体中に挿入される吸引管と、先端にノズルを有し、基端が溶液の送液装置に接続可能に構成され、先端が前記吸引管の前記開口まで延伸される送液管とを備え、前記吸引管は、先端近傍において、前記送液管の前記ノズルから射出される前記溶液によって、前記開口から体中の貯留液を管内方に引き込む貯留液引き込み部と、管内方に引き込まれた貯留液と射出された前記溶液とを混合させて、前記貯留液が前記溶液中に分散された乳化物を形成するとともに、形成された前記乳化物を前記吸引管の基端の方向に向けて移送される混合部とを有することを特徴とする。
【0020】
係る構成により、先端の形状によって実現される簡易かつ安価な構成によって、腹腔鏡下または腹腔鏡補助下の手術において、高粘度の体内貯留液を短時間で効率良く吸引除去する医療用吸引デバイスを実現することができる。
【0021】
また、別の態様では、上記の何れかの態様において、前記貯留液引き込み部は、周面に上設された前記送液管の先端前方に位置し、前記吸引管の周面に開設された前記開口縁が、周面から半径方向に所定長さ以上切り込まれ、体中の貯留液が進入可能な切り欠き部と、前記切り欠き部に対し、基端側に形成され前記吸引管の周面まで滑らかに傾斜し、上設された前記送液管の前記ノズルから射出される前記溶液が、前記切り欠き部に進入した前記貯留液に衝突する位置関係を構成するスロープを含む構成としてもよい。
【0022】
係る構成により、吸引管の切り欠き部、スロープを含む貯留液引き込み部によって、医療用吸引デバイスでは、先端近傍において、送液管の前記ノズルから射出される溶液によって、開口から体中の貯留液を管内方に引き込むことができる。
【0023】
また、別の態様では、上記の何れかの態様において、前記切り欠き部に進入した前記貯留液は、前記送液管の先端から射出される前記溶液の流れに基づくベンチュリ―効果によって、さらに管内方に引き込まれる構成としてもよい。
【0024】
係る構成により、ベンチュリ―効果によって、溶液とともに曲面状端部の方向に移送された貯留液の空隙に生じる負圧によって新たな貯留液が切り欠き部から管内に引き込まれるといったサイクルを形成でき、より効果的に開口から体中の貯留液を管内方に引き込むことができる。
【0025】
また、別の態様では、上記の何れかの態様において、前記送液管は、前記吸引管の周面及び前記スロープ上に上設されており、先端から前記スロープ上に位置する範囲が前記吸引管の内方に向けて傾斜している構成としてもよい。
【0026】
係る構成により、吸引管の先端近傍の外周とスロープの先端側との間には凹部が形成され、この凹部に入り込んだ貯留液は、吸引デバイスを動かす術者の動作によって削られ、削られた貯留液は送水によるベンチュリ―効果も合わさり、吸引管の内方に引き込まれる構成を実現できる。
【0027】
また、別の態様では、上記の何れかの態様において、前記混合部は、前記吸引管の先端に位置し、前記吸引管の先端方向に向けて半球凸状に膨らんで管を閉じ、前記送液管の管軸の延長線と交わる位置関係にある曲面状端部を含む構成としてもよい。
【0028】
係る構成により、曲面状端部の方向に移送される貯留液及び溶液は曲面状端部に曲面に沿って渦流を形成し吸引の際に乳化を促進するとともに、貯留液及び溶液の移送方向は吸引管の基端の方向に変換させることができる。
【0029】
さらに、別の態様では、上記の何れかの態様において、管内方に引き込まれた貯留液と射出された前記溶液とは前記曲面状端部の曲面に沿って渦を形成することにより前記乳化物を形成し、形成された前記乳化物の移送方向を前記吸引管の基端の方向に変換する構成としてもよい。
【0030】
係る構成により、射出された溶液と渦流によって管内方に引き込まれた貯留液が裁断され、さらに渦流によって裁断された貯留液と射出された溶液とが混合されて、貯留液が溶液中に分散された乳化物が形成され、同時に、渦流によって、形成された乳化物は吸引管の基端の方向に向けて排液流として移送されることができる。
【0031】
また、別の態様では、上記の何れかの態様において、前記吸引管の基端に前記吸引装置によって付勢される陰圧は、前記送液装置が前記溶液を送液する陽圧よりも絶対値が大きい構成としてもよい。
【0032】
係る構成により、裁断された貯留液を含む溶液は、曲面状端部に衝突した後に、吸引管の基端の方向に移送されることができる。その際、送液流は送液管の外にオーバーフローすることなく、送水圧によって送液されるとともに、吸引圧によって吸引管の基端の方向に移送が加速される。
【0033】
また、別の態様では、上記の何れかの態様において、さらに、前記吸引装置による吸引/停止、及び前記送液装置による送液/停止を独立して切り替え可能であって、術者が操作可能なスイッチを備えた構成としてもよい。
【0034】
従来、吸引装置による吸引圧力の付勢や解除、送液装置による送液の開始や停止を制御するスイッチは手術室の外部にあり、吸引装置による吸引/停止、及び送液装置による送液/停止は、術者が手術室の外に指示することにより行う必要があり作業が煩雑であった。
【0035】
これに対し、係る構成により、術者が単独で吸引装置による吸引/停止、及び送液装置による送液/停止を操作することにより迅速な操作が容易となり、瞬時の動作切り替えが可能となる。
【0036】
また、吸引装置による吸引/停止、及び送液装置による送液/停止を独立して切り替え可能とすることにより、吸引管が閉塞した場合に、即座に送液のみを停止することが可能となり、閉塞後の送水によって開口から術野に溶液が溢れ出ることを抑制できる。
【0037】
また、別の態様では、上記の何れかの態様において、体中の貯留液は卵巣嚢腫の内容液である構成としてもよい。
【0038】
係る構成により、卵巣嚢腫核出術において、吸引除去工程に手術時間の多くを取られ手術全体における律速段階の一つとなることを抑制できる。また、吸引除去が困難であるという理由で、全腹腔鏡下手術から腹腔鏡補助下手術を選択し手術創部を拡大することを抑制できる。
【0039】
また、別の態様では、上記の何れかの態様において、体中の貯留液を吸引、回収するための医療用吸引デバイスであって、先端近傍に開口が開設され、基端が吸引装置に接続可能に構成され、少なくとも先端が体中に挿入される吸引管と、先端にノズルを有し、基端が溶液の送液装置に接続可能に構成され、先端が前記吸引管の前記開口まで延伸される送液管とを備え、前記吸引管は、周面に上設された前記送液管の先端前方に位置し、前記吸引管の周面に開設された前記開口縁が、周面から半径方向に所定長さ以上切り込まれ、体中の貯留液が進入可能な切り欠き部と、前記切り欠き部に対し、基端側に形成され前記吸引管の周面まで滑らかに傾斜し、上設された前記送液管の先端から射出される前記溶液が、前記切り欠き部に進入した前記貯留液に衝突する位置関係を構成するスロープと、前記吸引管の先端に位置し、前記吸引管の先端方向に向けて半球凸状に膨らんで管を閉じ、前記送液管の管軸の延長線と交わる位置関係にある曲面状端部とを有する構成としてもよい。
【0040】
係る構成により、腹腔鏡下または腹腔鏡補助下の手術において、高粘度の体内貯留液を短時間で効率良く吸引除去することができる医療用吸引デバイスを実現できる。
【0041】
≪実施の形態≫
本実施の形態に係る医療用吸引デバイス1について、図面を用いて説明する。なお、図面は模式図であって、その縮尺は実際とは異なる場合がある。また、以下の説明は、本開示の一態様に係る構成及び作用・効果を説明するための例示であって、本開示の本質的部分以外は以下の形態に限定されない。また、以下の説明を含め、本明細書、特許請求の範囲における上下とは相対的な位置関係を示すものであり、図面において紙面上方向を「上」方向、紙面下方向を「下」方向とする。しかしながら、必ずしも絶対的な(鉛直方向における)上下の位置関係とは一致しない。また、本明細書、特許請求の範囲において、数値範囲を示す際に用いる符号「~」は、その両端の数値を含む。
【0042】
<医療用吸引デバイス1を含む吸引システム100の全体構成>
医療用吸引デバイス1(以下、「吸引デバイス」とする)は、医師等が腹腔鏡下または腹腔鏡補助下の手術において、手術対象部位や術野中の貯留液を吸引除去するための医療器具であり、手術中の患者及び医師等の負担軽減と手術の効率化の観点から、高粘度の体内貯留液の吸引除去の容易化ならびに効率化を図るものである。
【0043】
図1は、実施の形態に係る吸引デバイス1を含む吸引システム100の術中の使用状態を表す模式図である。吸引デバイス1を用いて、体内の貯留液として卵巣嚢腫の内用液を吸引回収する例を示した模式図である。
【0044】
図1に示すように、吸引システム100は、吸引デバイス1、トロッカー10、送液装置40、送液チューブ41、吸引装置50、吸引チューブ51を含み、これらの構成要素が接続されて送液チャンネル及び排液チャネルが形成された吸引システム100を構成する。
【0045】
トロッカー10は、腹腔鏡下または腹腔鏡補助下の手術において、先端を腹壁に挿入して手術対象部位への管路を確保することにより、吸引デバイス1を含む処置具の手術対象部位へのアクセスを容易にするための案内手段である。本例では、トロッカー10は、腹壁から卵巣嚢腫に挿入され、卵巣嚢腫の内用液を吸引回収するための案内手段として機能する。
【0046】
吸引デバイス1は、手術対象部位に挿入されて、体内の貯留液を吸引除去するための医療器具である。吸引デバイス1は、例えば、図1に示すように、吸引チューブ51を介して吸引装置50に接続された吸引管20と、送液チューブ41を介して送液装置40に設続された送液管30とを備えた2チャンネル構造をなす。両者が並設されて一体的に成型された構造としてもよい。
【0047】
送液装置40は、吸引デバイス1に接続され、手術対象部位に溶液を供給することにより体内の貯留液の乳化を図るための送液手段である。送液装置40は、例えば、手術室外部の送液設備や、持ち運び可能な加圧バックなどから構成してもよい。例えば、加圧バッグで300mHg程度に加圧された生理食塩水を吸引管内部で細いジェット流として放出する構成としてもよい。
【0048】
送液チューブ41、塩化ビニルチューブなどからなり吸引デバイス1と送液装置40とを接続して送液チューブ回路を構成する。
【0049】
吸引装置50は、吸引デバイス1に接続され、手術対象部位に陰圧を付勢することにより体内の貯留液を吸引除去するための吸引手段である。吸引装置50は、例えば、手術室外部の陰圧タンク(手術室吸引装置:例えば、-0.04~-0.07MPa)などから構成してもよい。
【0050】
また、吸引装置50によって吸引管20の基端22に付勢される陰圧は、送液装置40が溶液を送液する陽圧よりも絶対値が大きく構成されている。例えば、手術室吸引装置の陰圧を約-0.04~約-0.05Paとしたとき、送液装置の陽圧は最大約+0.04MPaとしてもよい。
【0051】
吸引チューブ51は、塩化ビニルチューブ、樹脂、金属などからなり吸引デバイス1と吸引装置50とを接続して吸引チューブ回路を構成する。
【0052】
<吸引デバイス1の各部構成>
次に、吸引デバイス1の各部構成について説明する。図2(a)は、医療用吸引デバイス1の平面図、(b)は右側面図である。図3(a)は、医療用吸引デバイス1の先端部の平面図、(b)は先端部の右側断面図、(c)は正面図である。
【0053】
吸引デバイス1は、例えば、図2(a)(b)に示すように、吸引チューブ51に接続される吸引管20と、送液チューブ41に設続される送液管30とを備えた2チャンネル構造をなす。本例では、吸引管20の周面上に送液管30が上設された構造を採る。
【0054】
(吸引管20)
吸引管20は、樹脂材料からなる管状部材である。少なくとも先端23がトロッカー10を介して体中に挿入される。長尺状の管部21の先端23近傍に開口25が開設され、基端22が吸引チューブ51に接続可能に構成されている。開口25の大きさは、直径において、例えば、5mm以上12mm以下の範囲から手術対象部位の種類や大きさ、貯留液の容量に基づき選択してもよい。本例では、吸引管20は、卵巣嚢腫に挿入され、卵巣嚢腫の内用液を吸引回収するための管として機能する。
【0055】
また、吸引管20は、周面に開設された開口25の縁が、周面から半径方向に所定長δ以上切り込まれた切り欠き部211aと、切り欠き部211aに対し、基端22側に形成され周面まで滑らかに傾斜したスロープ211bを有している。スロープ211bは、先端23方向が吸引管20の内方に向けて吸引管20の管軸に対し角度θ(以後、「傾斜角θ」と記す場合がある)だけ傾斜した斜面を構成している。この吸引管20の切り欠き部211aとスロープ211bとは、貯留液引き込み部211として機能する。
【0056】
また、吸引管の先端23に位置し、先端23方向に向けて半球凸状に膨らんで管を封止する曲面状端部27を含む混合部212を有している。この曲面状端部27は、送液管30の先端近傍における軸線30clと交わる位置関係をなしている。
【0057】
切り欠き部211aとスロープ211bからなる貯留液引き込み部211、混合部212の詳細及び機能については後述する。
【0058】
管部21の基端22近傍に枝管接続部29や操作者の持ち手部(不図示)を有していてもよい。
【0059】
吸引管20には、例えば、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート、ポリエチレンナフタレート、ポリアミド、ポリイミド、ポリアセタール等の樹脂材料を用いることができる。
【0060】
また、管部21の管の径は、外径において、例えば、3mm以上16mm以下、より好ましくは、5mm以上12mm以下の範囲から手術対象部位の種類や大きさ、貯留液の容量に基づき選択される。また、長さは、50mm以上400mm以下、より好ましくは、150mm以上320mm以下の範囲から選択されてもよい。しかしながら、管径、材質は、上記した寸法、材質等に限定されないことは言うまでもない。本例では、管部21の外形を、5mm、又は12mm、内径を3mm、又は10mmとした。
【0061】
(送液管30)
送液管30は、吸引管20の管部21の周面に上設され、先端が吸引管20の開口25の基端32側近傍まで延伸される樹脂材料からなる管状部材である。吸引管20とともに少なくとも先端33がトロッカー10を介して体中に挿入される。長尺状の管部31の先端33の孔から所定長さの範囲がノズル34として機能し、基端32が送液チューブ41に接続可能に構成されている。本例では、送液管30は、吸引管20とともに卵巣嚢腫に挿入され、卵巣嚢腫の内用液を吸引回収するための溶液を供給する管として機能する。
【0062】
また、送液管30は、ノズル34が吸引管20のスロープ211b上に上設されており、先端33からスロープ211b上に位置する範囲が吸引管20の内方に向けて吸引管20の管軸に対し角度θだけ傾斜している。
【0063】
送液管30には、吸引管20と同じ樹脂材料を用いることができる。また、管部31の管の径は、外径において、例えば、0.3mm以上2.0mm以下、より好ましくは、0.5mm以上1.5mm以下の範囲から手術対象部位の種類や大きさ、貯留液の容量に基づき選択される。また、長さは、吸引管20より短く、例えば、120mm以上300mm以下の範囲から選択されてもよい。しかしながら、管径、材質は、上記した寸法、材質等に限定されないことは言うまでもない。
【0064】
<吸引デバイス1の動作について>
(貯留液引き込み部211の機能)
次に、吸引デバイス1の動作について説明する。図4は、医療用吸引デバイス1の作用、機能を説明するための先端部の側断面図である。
【0065】
上述のとおり、吸引管20の切り欠き部211aは、周面に開設された開口25の縁が、周面から半径方向に所定長δ以上切り込まれた構成をなしており、切り欠き部211aの基端22側に形成され周面まで滑らかに管軸に対し角度θだけ傾斜したスロープ211bが形成されている。
【0066】
切り欠き部211aの深さを周面から半径方向に所定長δ(以後、「深さδ」と記す場合がある)以上と、管径に対し後述するように相対的に大きく構成し、基端22側にスロープ211bを設けたことにより、体中の貯留液COLを切り欠き部211aの底付近まで進入させることができ、貯留液COLを深さδだけ吸引管20の周面から管内方に進入させることができる。
【0067】
ここで、切り欠き部211aの深さδは、例えば、2mm以上5mm以下としてもよい。あるいは、管径に対し、10%以上50%以下、より好ましくは、20%以上30%以下の範囲としてもよい。
【0068】
また、切り欠き部211aの基端22側に形成されスロープ211bには、送液管30のノズル34が上設されているので、ノズル34から射出される溶液SFLによる噴射を、切り欠き部に進入した貯留液COLに衝突させることができる。
【0069】
上述のとおり、スロープ211bは、先端23方向が吸引管20の内方に向けて吸引管20の管軸に対し角度θだけ傾斜した斜面を構成しており、スロープ211b上に上設されている送液管30のノズル34も同様に吸引管20の内方に向けて吸引管20の管軸に対し角度θだけ傾斜して配されており、その結果、上述のとおり、ノズル34の軸線30clは吸引管20の曲面状端部27と交わる位置関係を構成している。さらに、図4に示すように、ノズル34の軸線30clが吸引管20の曲面状端部27における軸線23clと曲面状端部27の交点X0において交わる構成としてもよい。
【0070】
ここで、スロープ211bの傾斜角θは、例えば、12度以上15度以下としてもよく、スロープの長さは、例えば、5mm以上30mm以下としてもよい。
【0071】
これにより、切り欠き部に進入した貯留液COLは、送液流SFLによってノズル34から射出される溶液によって吸引管20の曲面状端部27の方向に力を受けて、貯留液COLは溶液とともに曲面状端部27の方向に移送され、その空隙に生じる負圧によって新たな貯留液COLが切り欠き部から管内に引き込まれるといったベンチュリ―効果に基づくサイクルを形成することができる。
【0072】
以上のとおり、吸引管20の切り欠き部211a、スロープ211bは、先端近傍において、送液管30の前記ノズル34から射出される溶液によって、開口25から体中の貯留液COLを管内方に引き込む貯留液引き込み部211として機能する。
【0073】
(混合部212の機能)
吸引管の曲面状端部27は、上述のとおり、先端23において、先端23方向に向けて半球凸状に膨らんで管を封止する曲面形状を有している。これにより、曲面状端部27の方向に移送される貯留液COL及び溶液は曲面状端部27に曲面に沿って渦流EFLを形成し、貯留液COL及び溶液の移送方向は吸引管20の基端22の方向に変換させられる。
【0074】
このとき、射出された溶液と渦流EFLによって管内方に引き込まれた貯留液COLが裁断され、さらに渦流EFLによって裁断された貯留液COLと射出された溶液とが混合されて、貯留液COLが溶液中に分散された乳化物、すなわち、貯留液COLを分散質とし溶液を分散媒とするエマルジョンが形成される。同時に、渦流EFLによって、形成された乳化物は吸引管20の基端22の方向に向けて排液流EFLとして移送される。
【0075】
すなわち、送液管30の先端の軸線30clと交わる位置関係をなす曲面状端部27は、渦流EFLを生じさせることにより、貯留液COLが溶液中に分散された乳化物を形成して吸引管20の基端22方向に向けて移送させる混合部212をして機能する。
【0076】
混合部212によれば、裁断された貯留液COLを含む溶液は渦状の回転を伴い、曲面状端部27に衝突した後に、その回転を保ちつつ吸引管20の基端22の方向に移送される。この回転運動により送液流SFLは送液管30の外にオーバーフローすることなく、送水圧によって送液される。さらに、吸引圧を加えることで、この回転運動が加速されるという効果も得られる。
【0077】
このように、吸引の際に乳化を行うことで、吸引回路内部で貯留液を凝固不可能な状態にすることができれば、貯留液を滞りなく吸引することできる。
【0078】
<評価試験>
以下、実施の形態に係る医療用吸引デバイス1の実施例と比較例を用いて評価試験により性能評価を行った。以下、その結果について説明する。
【0079】
(実施例1、2)
吸引デバイス1の実施例として、3Dプリンターを用いて、吸引嘴管の原寸大・使用可能なプロトタイプを作成し評価を行った。具体的には、2チャンネル構造(送水・吸引)で先端に水が高圧・高速で循環する吸引嘴管を作成し、かつ、先端を側孔の空いた鋭匙の形状とした。
【0080】
腹腔鏡手術は、腹壁にトロッカーと呼ばれる筒状のデバイスを挿入し、その内腔をアクセスポートとして、腹腔内に機器を出し入れする。その規格は内腔5mmまたは12mmであり、一般的な腹腔鏡手術器具はこの直径で作られている。
【0081】
そのため、実施例についてもこの規格に則り、外径5mm及び12mmの吸引デバイス1の試作器を作成し、それぞれ実施例1、2とした。
【0082】
図5(a)は、吸引デバイス1の実施例1の平面図、(b)は左側面図であり、吸引デバイス1の実施例1は、先端231近傍に開口251が開設された5mm型の吸引管201の周面に送液管301が上設された構成である。図6(a)は、吸引デバイス1の実施例2の平面図、(b)は左側面図であり、吸引デバイス1の実施例2は、先端232近傍に開口252が開設された12mm型の吸引管202の周面に送液管302が上設された構成である。
【0083】
また、図7(a)は、医療用吸引デバイス1の実施例2を斜め前方から写した写真、(b)は、医療用吸引デバイス1の実施例に用いた吸引装置、送液装置の写真である。
【0084】
この実施例1、2を光造形式3Dプリンターを用いて作成した。材料は光凝固レジンを用いている。筒状をしており、先端は試験管のような外方に凸形状をした曲面形状をしている。先端の側面には実施例2、1(外径12mm、5mm)でそれぞれ直径6mm、直径4.5mmの開口を開設している。さらに、開口から基端の方向に向けて、管軸に対し傾斜角12~15度の範囲で先端が下方に傾いたスロープを有している。また、スロープの長さは実施例2、1(外径12mm、5mm)でそれぞれ20mm、8mmとした。
【0085】
実施例2、1の動作手順について説明する。
【0086】
[送液管、ノズル]
送液管は実施例2、1(外径12mm、5mm)でそれぞれ直径1.5mm/0.5mmのスリットとして形成している。このスリットに先端を潰し狭小化した注射針を設置してノズルとしている。ノズルは前述の傾斜を有するスロープに沿って曲げられて設置されており、開口縁にあたる部位から溶液として水が出るようになっている。
【0087】
このノズルに加圧した水を接続すると、水は細いジェット水流として開口縁から発射され、半球状になっている曲面状端部の中心部に当たる。
【0088】
[吸引管、切り欠き部]
吸引管の先端近傍の外周とスロープの先端側との間には、スロープの傾斜角によって1~2mmの高さの差が生じ凹部が形成される。この凹部に入り込んだ貯留液は、吸引デバイスを動かす術者の動作によって削られる。削られた貯留液は送水によるベンチュリ―効果も合わさり、吸引管の内方に引き込まれる。
【0089】
[吸引管、曲面状端部]
吸引管の内方に引き込まれた貯留液は送られた水のジェットと混合されて、半球状の曲面状端部の中心に衝突する位置関係にある。そしてその半球状の曲面状端部の内腔に沿う形で吸引管の方向へ向けて移送される内面形状を有する。
【0090】
[吸引管]
吸引管の内腔は実施例2、1(外径12mm、5mm)でそれぞれ8mm、3mmである。実施例1(外径5mm)の先端部から吸引路への移行部は、先端に向けて細くなるテーパー構造を採用した。
【0091】
(比較例)
医療用吸引デバイスの比較例を用いて評価試験により性能評価を行った。図8(a)は、医療用吸引デバイスの比較例の左側面図、(b)は平面図である。図8(a)(b)に示すように、吸引デバイスの比較例は、先端23x近傍に開口25xが開設された12mm型の吸引管20xの周面に送液管30xが上設された構成であるが、比較例では、スロープを有しない点で実施例1、2と相違する。比較例の構造を3Dモデリングし、プリンターで出力しサンプルを作成し、実施例と同様に、カッテージチーズとラードを混合した物質を用いて評価試験1を行った。
【0092】
(試験結果)
[評価試験1]
先ず、奇形腫モデルとして、チーズとラードの混合物を作成し、卵巣腫瘍(卵巣成熟嚢胞性奇形腫)の内容物のモデル(奇形腫モデル)とし、評価試験1を行った。
【0093】
実際の腹腔鏡手術で使用するポンプ式加圧バッグ(加圧した空気の圧により生理食塩水の点滴バッグを加圧し、ソフトチューブを用いて術野に送水する装置)及び手術室吸引装置と同様の圧力(-0.04~-0.05MPa)に設定した真空ポンプを使用した。
【0094】
加圧バッグ内の室温(18℃)の生理食塩水を0.04MPaまで加圧し、実施例1、2の吸引デバイスの送水路にソフトチューブを用いて接続した。
【0095】
吸引側については真空ポンプ、吸引瓶、吸引デバイスの吸引管の順に接続した。
【0096】
奇形腫モデルを入れたガラスコップを用意し、その中に稼働させた実施例1、2の吸引デバイスを挿入することで効率の良い吸引操作が可能かについて調べる実験を行った。
【0097】
実施例1、2によれば、送水された水は設計どおりに先端部内腔の中央に衝突し、開口部から外へ漏れることなく吸引路の方向へ向かった。この状態で真空ポンプを作動させると、送水された水が吸引側へ戻る速度が加速した。次に、この状態で奇形腫モデルにデバイスを接触させると、機器のスロープで削られた部位は内腔へ引き込まれ、ソフトチューブにより吸引ボトル内まで吸引された。このとき、水により乳化された状態で吸引ボトル内に存在しており、ソフトチューブの中間で固まって閉塞する状態になることはなかった。
【0098】
(比較例)
一方、スロープを有しない点で実施例1、2と相違する比較例では、加圧水の流路は器機の外へ多くが漏れ、期待する効果を得ることができなかった。
【0099】
[評価試験2]
次に、実際の臨床検体(卵巣腫瘍の内容物)を使用して実験を行った。事前に患者の同意を得た後に、破棄する予定の卵巣奇形腫の内容物を用いて、モデル実験と同様の操作を行った。実際の奇形腫の内容物はモデルと比べて高い温度で容易に凝固する様子であり、実験を行った室温(18℃)では固体化していた。既存のラパロ用吸引鉗子、開腹手術用の医療用吸引デバイスを用いた実験では、いずれも吸引管および吸引回路の閉塞が生じた。
【0100】
これに対し、実施例1,2によれば、スロープ形状の部位を用いたデバイスを前後に動かす動作と、送水の効果により凝固した卵巣腫瘍内容物を吸引することが可能であった。このように、実施例1,2によれば、低価格かつ単純な装置で、従来型の吸引デバイスでは困難であった操作が可能であった。
【0101】
(考 察)
以上の結果から、以下の事項が推定される。
【0102】
実施例1、2において、送液管のノズルの形状を上記構成とし、開口部に向けてスロープを採用したことにより、水流の方向を実現することが可能となった。
【0103】
実施例1、2において、吸引管の切り欠き部の形状を上記構成とし、開口とスロープによる凹部形状を有する切り欠き部を採用したことにより、半固形の貯留液を削り取り貯留液を引き込むことが可能となった。
【0104】
実施例1、2において、吸引管の曲面状端部の形状を上記構成としたことにより、吸引管の内方に引き込まれた貯留液は送られた水のジェットと混合されて、半球状の曲面状端部の中心に衝突し、半球状の曲面状端部の内腔に沿う形で吸引管の方向へ向けて移送される。
【0105】
相対的に閉塞が生じやすい外径5mmの実施例1において、吸引管を先端に向けて細くなるテーパー構造を採用したことにより、機器の先端部のみで閉塞が生じる構造とすることにより、吸引をやめることで容易に閉塞を解除できる。なお、実験においては、実施例1、2共に閉塞は認められなかった。
【0106】
(効 果)
評価試験1、2により、以下の効果を確認した。
【0107】
ラード、カッテージチーズなどの、実際の手術時の状況より、より高粘度・半固体状態である物質でのモデル実験で、従来型吸引管と比較し効率良く、途中で回路が閉塞すること無く内容物を吸引せしめた。
【0108】
手術で得られた摘出標本を用いて、実際の手術で最も吸引困難である皮脂成分主体の卵巣嚢腫内容物の吸引実験を行ったが、同様の結果が得られた。
【0109】
以上の結果から、1)~4)が確認された。
【0110】
1)陰圧のかかった先端の鋭匙で、粘調・半固形の液体を吸引嘴管内に削るように吸い込むことが可能となった。
【0111】
2)先端に送水・加圧された水により、削り込んだ粘調・半固形の液体を粉砕し乳化することが可能となった。
【0112】
3)乳化した粘調・半固形の液体を、同時に先端から吸引除去することが可能となった。
【0113】
4)吸引された粘調・半固形の液体は乳化されているため、従来の塩化ビニルチューブなどの中でも閉塞せず通過し、外部のタンクなどに吸引・排液されることが確認された。
【0114】
<まとめ>
以上、説明したように、実施の形態に係る医療用吸引デバイス1は、体中の貯留液を吸引、回収するための医療用吸引デバイス1であって、先端23近傍に開口25が開設され、基端22が吸引装置50に接続可能に構成され、少なくとも先端23が体中に挿入される吸引管20と、先端33にノズル34を有し、基端32が溶液の送液装置40に接続可能に構成され、先端33が吸引管20の開口25まで延伸される送液管30とを備え、吸引管20は、先端23近傍において、送液管30のノズル34から射出される溶液によって、開口25から体中の貯留液を管20内方に引き込む貯留液引き込み部211と、管20内方に引き込まれた貯留液と射出された溶液とを混合させて、貯留液が溶液中に分散された乳化物を形成するとともに、形成された乳化物を吸引管20の基端22の方向に向けて移送される混合部212とを有することを特徴とする。
【0115】
係る構成により、医療用吸引デバイス1では、動作部等を含まず先端形状のみによって実現可能な簡易かつ安価な構成によって、腹腔鏡下または腹腔鏡補助下の手術において、高粘度の体内貯留液を短時間で効率良く吸引除去する吸引デバイスを実現することができる。これより使い捨て可能な手術用吸引デバイスを実現できる。
【0116】
また、貯留液引き込み部211は、周面に上設された送液管30の先端23前方に位置し、吸引管20の周面に開設された開口25の縁が、周面から半径方向に所定長さδ以上切り込まれ、体中の貯留液が進入可能な切り欠き部211aと、切り欠き部211aに対し、基端22側に形成され吸引管10の周面まで滑らかに傾斜し、上設された送液管30のノズル34から射出される溶液が、切り欠き部211aに進入した貯留液に衝突する位置関係を構成するスロープ211bを含む構成としてもよい。
【0117】
係る構成により、吸引管20の切り欠き部211a、スロープ211bを含む貯留液引き込み部211によって、医療用吸引デバイス1では、先端近傍において、送液管30の前記ノズル34から射出される溶液によって、開口25から体中の貯留液COLを管内方に引き込むことができる。
【0118】
また、混合部212は、吸引管20の先端23に位置し、吸引管20の先端方向に向けて半球凸状に膨らんで管を閉じ、送液管30の管軸clの延長線と交わる位置関係にある曲面状端部27を含む構成としてもよい。
【0119】
係る構成により、医療用吸引デバイス1では、射出された溶液と渦流EFLによって管内方に引き込まれた貯留液COLが裁断され、さらに渦流EFLによって裁断された貯留液COLと射出された溶液とが混合されて、貯留液COLが溶液中に分散された乳化物が形成され、同時に、渦流EFLによって、形成された乳化物は吸引管20の基端22の方向に向けて排液流EFLとして移送されることができる。
【0120】
≪変形例≫
以上、本開示の具体的な構成について、実施形態を例に説明したが、本開示は、その本質的な特徴的構成要素を除き、以上の実施の形態に何ら限定を受けるものではない。例えば、実施の形態に対して各種変形を施して得られる形態や、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で各実施の形態における構成要素及び機能を任意に組み合わせることで実現される形態も本開示に含まれる。
【0121】
以下では、そのような形態の一例として、変形例について説明する。
(1)上記実施の形態では、吸引デバイス1は、吸引管20は吸引チューブ51を介して吸引装置50に接続され、送液管30は送液チューブ41を介して送液装置40に設続され、吸引圧力の付勢や解除、送液の開始や停止を制御するスイッチは医療用吸引デバイス1には設けられていない構成であった。
【0122】
しかしながら、変形例に係る吸引デバイスでは、吸引装置による吸引/停止、及び送液装置による送液/停止を独立して切り替え可能であって、術者が操作可能なスイッチを備えた構成としもよい。ここで、術者が操作可能なスイッチとしては、吸引管に簡易なスイッチを設けた構成を用いることができる。あるいは、術者が操作可能なフットスイッチ等、別のスイッチを用いてもよい。
【0123】
従来、吸引装置50による吸引圧力の付勢や解除、送液装置40による送液の開始や停止を制御するスイッチは手術室の外部にあり、吸引装置による吸引/停止、及び送液装置による送液/停止は、術者が手術室の外に指示することにより行う必要があり作業が煩雑であった。
【0124】
これに対し、変形例に係る吸引デバイスでは、術者が単独で吸引装置による吸引/停止、及び送液装置による送液/停止を操作することができる。そのため、例えば、吸引管が閉塞した場合などに迅速な操作が容易となり、瞬時の動作切り替えが可能となる。
【0125】
また、吸引装置による吸引/停止、及び送液装置による送液/停止を独立して切り替え可能とすることにより、何らかの理由によって吸引管が閉塞した場合に、即座に送液のみを停止することが可能となり、閉塞後の送水によって開口から術野に溶液が溢れ出ることを抑制できる。
(2)上記実施の形態に係る吸引デバイス1では、送液管30は、吸引管20の管部21の周面に上設して配される構成としている。しかしながら、送液管30は、トロッカー10の挿通可能に、吸引管20と並設されていればよく吸引管20の内壁に延在して配される構成としてもよい。また、両者が並設されて一体的に成型された構造としてもよい。
(3)上記実施の形態では、吸引デバイス1について、卵巣嚢腫核出術を例に、実施の形態を示した。しかしながら、本発明に係る吸引デバイスの用途は、卵巣嚢腫核出術に限定されるものではなく、卵巣嚢腫、腹膜炎、腹腔内出血など、病変や術野に液体貯留を来し、体内の貯留液を吸引除去して行うことが必要な手術に対し、広く活用することができる。
【0126】
≪補足≫
以上で説明した実施の形態は、いずれも本発明の好ましい一具体例を示すものである。実施の形態で示される数値、形状、材料、構成要素、構成要素の配置位置及び接続形態、工程、工程の順序などは一例であり、本発明を限定する主旨ではない。また、実施の形態における構成要素のうち、本発明の最上位概念を示す独立請求項に記載されていないものについては、より好ましい形態を構成する任意の構成要素として説明される。
【0127】
また、上記の方法が実行される順序は、本発明を具体的に説明するために例示するためのものであり、上記以外の順序であってもよい。また、上記方法の一部が、他の方法と同時(並列)に実行されてもよい。
【0128】
また、発明の理解の容易のため、上記各実施の形態で挙げた各図の構成要素の縮尺は実際のものと異なる場合がある。また本発明は上記各実施の形態の記載によって限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲において適宜変更可能である。
【0129】
また、各実施の形態及びその変形例の機能のうち少なくとも一部を組み合わせてもよい。
【産業上の利用可能性】
【0130】
本開示の一態様に係る医療用吸引デバイスは、腹腔鏡下または腹腔鏡補助下の手術において、病変や術野中の貯留液を吸引除去する手段として広く利用することができる。
【符号の説明】
【0131】
1 医療用吸引デバイス
10 トロッカー
20、201、201、20x 吸引管
21 管部
211 貯留液引き込み部
211a 引き込み部
211b スロープ
212 混合部
22 基端
23、231、232、23x 先端
25、251、252、25x 開口
27 曲面状端部
28 枝管
29 枝管接続部
30、301、302、30x 送液管
31 管部
32 基端
33 先端
34 ノズル
40 送液装置
41 送液チューブ
50 吸引装置
51 吸引チューブ
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9