(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023113253
(43)【公開日】2023-08-16
(54)【発明の名称】質量分析方法及び質量分析装置
(51)【国際特許分類】
H01J 49/00 20060101AFI20230808BHJP
G01N 27/62 20210101ALI20230808BHJP
H01J 49/42 20060101ALI20230808BHJP
H01J 49/40 20060101ALI20230808BHJP
【FI】
H01J49/00 500
G01N27/62 D
G01N27/62 E
H01J49/00 310
H01J49/42 150
H01J49/40
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022015466
(22)【出願日】2022-02-03
(71)【出願人】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】弁理士法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】前田 一真
【テーマコード(参考)】
2G041
【Fターム(参考)】
2G041CA01
2G041GA09
2G041GA13
2G041GA24
2G041KA01
2G041LA07
2G041LA12
(57)【要約】
【課題】CE値数が異なる場合でも積算マススペクトルのパターンの変化を小さくする。
【解決手段】本発明の一態様は、コリジョンセル(17)と、プロダクトイオンを質量分析する質量分離部(20~23)と、を含む測定部(1)を具備し、MS/MS分析を実行可能である質量分析装置であって、CE値の範囲及びCE値の個数を含む条件に対応して、CES法における複数のCE値を決定するものであって、個数がn+1(但しnは3以上の任意の整数)であるときのn+1個のCE値を、該個数がnであるときのn個のCE値にそれらとは異なる1個のCE値を加えたものとするように、n+1個のCE値を決定するCES法条件決定部(321)と、CEをCES法条件決定部において決定されたn+1個のCE値に順次変化させつつ、各CE値の下でのMS/MS分析を実行するように測定部を制御する分析制御部(30)と、各々得られた異なるCE値の下でのマススペクトルを積算して積算マススペクトルを取得するデータ処理部(33)と、を備える。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
イオンを解離させるコリジョンセルと、解離により生成されたプロダクトイオンを質量分析する質量分離部と、を含む測定部を具備し、MS/MS分析を実行可能である質量分析装置を用い、コリジョンエネルギーを複数段階に変化させつつそれぞれ得られたマススペクトルを積算して積算マススペクトルを取得するコリジョンエネルギースプレッド法を実行する質量分析方法であって、
コリジョンエネルギー値の範囲及びコリジョンエネルギー値の個数を含む与えられた条件に対応して、コリジョンエネルギースプレッド法における複数のコリジョンエネルギー値を決定するステップであって、前記個数がn+1(但しnは3以上の任意の整数)であるときのn+1個のコリジョンエネルギー値を、該個数がnであるときのn個のコリジョンエネルギー値にそれらとは異なる1個のコリジョンエネルギー値を加えたものとするように、前記n+1個のコリジョンエネルギー値を決定するCES法条件決定ステップと、
コリジョンエネルギーを前記CES法条件決定ステップで決定されたn+1個のコリジョンエネルギー値に順次設定しつつ、各コリジョンエネルギー値の下でのMS/MS分析を実行するように前記測定部を制御することにより、それぞれマススペクトルを取得する分析実行ステップと、
を有する質量分析方法。
【請求項2】
前記CES法条件決定ステップでは、前記n個のコリジョンエネルギー値にそれらとは異なる1個のコリジョンエネルギー値を加える際に、値に沿って隣接する2個のコリジョンエネルギー値の間隔が大きいものを優先して、該2個のコリジョンエネルギー値の間に新たなコリジョンエネルギー値を加える、請求項1に記載の質量分析方法。
【請求項3】
前記CES法条件決定ステップでは、前記2個のコリジョンエネルギー値の間に新たなコリジョンエネルギー値を加える際に、該2個のコリジョンエネルギー値の中間値を加える、請求項2に記載の質量分析方法。
【請求項4】
前記CES法条件決定ステップでは、前記2個のコリジョンエネルギー値の間隔が同一であるものが複数ある場合に、相対的にエネルギー値の小さい方に優先的に新たなコリジョンエネルギー値を加える、請求項2又は3に記載の質量分析方法。
【請求項5】
イオンを解離させるコリジョンセルと、解離により生成されたプロダクトイオンを質量分析する質量分離部と、を含む測定部を具備し、MS/MS分析を実行可能である質量分析装置であって、
コリジョンエネルギー値の範囲及びコリジョンエネルギー値の個数を含む与えられた条件に対応して、コリジョンエネルギースプレッド法における複数のコリジョンエネルギー値を決定するものであって、前記個数がn+1(但しnは3以上の任意の整数)であるときのn+1個のコリジョンエネルギー値を、該個数がnであるときのn個のコリジョンエネルギー値にそれらとは異なる1個のコリジョンエネルギー値を加えたものとするように、前記n+1個のコリジョンエネルギー値を決定するCES法条件決定部と、
コリジョンエネルギーを前記CES法条件決定部において決定されたn+1個のコリジョンエネルギー値に順次変化させつつ、各コリジョンエネルギー値の下でのMS/MS分析を実行するように前記測定部を制御する分析制御部と、
前記分析制御部の制御の下でそれぞれ得られた異なるコリジョンエネルギー値の下でのマススペクトルを積算して積算マススペクトルを取得するデータ処理部と、
を備える質量分析装置。
【請求項6】
前記CES法条件決定部は、前記n個のコリジョンエネルギー値にそれらとは異なる1個のコリジョンエネルギー値を加える際に、値に沿って隣接する2個のコリジョンエネルギー値の間隔が大きいものを優先して、該2個のコリジョンエネルギー値の間に新たなコリジョンエネルギー値を加える、請求項5に記載の質量分析装置。
【請求項7】
前記CES法条件決定部は、前記2個のコリジョンエネルギー値の間に新たなコリジョンエネルギー値を加える際に、該2個のコリジョンエネルギー値の中間値を加える、請求項6に記載の質量分析装置。
【請求項8】
前記CES法条件決定部は、前記2個のコリジョンエネルギー値の間隔が同一であるものが複数ある場合に、相対的にエネルギー値の小さい方に優先的に新たなコリジョンエネルギー値を加える、請求項6又は7に記載の質量分析装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、MS/MS分析が可能である質量分析装置、及び該質量分析装置における質量分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
分子量が大きな化合物を同定したりその化合構造を解析したりするために、質量分析の一手法であるMS/MS分析は有用な手法である。MS/MS分析が可能な質量分析装置としては、トリプル四重極型質量分析装置や四重極-飛行時間型質量分析装置(以下「Q-TOF型質量分析装置」と称す)がよく知られている。一般に、これら質量分析装置はコリジョンセルを備えており、所定のエネルギー(コリジョンエネルギー)を有してコリジョンセル内に導入したイオンをコリジョンガスに衝突させ、衝突誘起解離(CID)を生じさせることで該イオンを解離させる。そして、その解離によって生成されたプロダクトイオンを質量分析することでマススペクトル(プロダクトイオンスペクトル)を作成する。
【0003】
化合物における様々な結合部位の結合エネルギーはその部位毎に異なるため、結合部位の切断され易さもその部位毎に異なる。そのため、上記質量分析装置において、コリジョンセルに導入するイオンが有するコリジョンエネルギー(以下「CE」と略す場合がある)を変化させると、同じ化合物由来の同じイオンでも、解離の態様が異なり、得られるプロダクトイオンスペクトルのピークパターンが相違する。
【0004】
一般に、複雑な化学構造を有する化合物を同定したり構造解析したりするには、その化合物に由来する様々な断片の質量が判明したほうが都合がよい。そこで、一つの目的化合物に対してCE値を複数段階に変えながらプロダクトイオンスキャン測定を繰り返し、そうして得られた複数のマススペクトルを積算することで、様々な種類のプロダクトイオンが観測されるマススペクトルを作成するコリジョンエネルギースプレッド法(以下「CES法」という)という分析手法が従来知られている(特許文献1等参照)。こうして作成される積算されたマススペクトル(以下「積算マススペクトル」という)は、異なるCE値の下での解離により生成される様々なプロダクトイオン由来のピークが混在したマススペクトルである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
CES法では様々なCE値の下でのマススペクトルを積算することが望ましいものの、その際のCE値の個数(CE値の変化の段数)はマススペクトルの積算回数や測定時間等の分析条件の制約を受ける。従来の質量分析装置において、CES法の際のCE値は、分析条件の一つとして直接的又は間接的に指定されるCE値の範囲(下限値~上限値)を、スペクトル積算回数やCES法による測定に割り当てられた時間などの制約によって決まるCE値個数で除すことにより決定される。例えば、CE値範囲が20~50Vであって、CE値個数が5である場合、CES法におけるCE値(V)は、20、27.5、35、42.5、50の5段階である。また、同じCE値範囲でCE値個数が4である場合には、CES法におけるCE値(V)は、20、30、40、50の4段階である。なお、CE値の単位はeVを用いることもあるが、慣用的にコリジョンエネルギーを与える電圧で示されることが多いため、ここでは単位をVで統一している。
【0007】
このように、CE値範囲が同じであってもCE値個数つまりは分析条件が異なると、CE値が大きく変わり、その結果、積算マススペクトルのパターンが大きく変化する場合がある。積算マススペクトルはデータベースに基くパターンマッチングなどを利用した化合物の同定に有用であるものの、CE値個数が異なる場合に積算マススペクトルのパターンの変化が大きいと、上述したような化合物同定に支障をきたすおそれがある。また、異なる積算マススペクトルを比較するのが難しいという問題もある。
【0008】
本発明は上記課題を解決するためになされたものであり、その主たる目的は、CES法による積算マススペクトルを取得する際に、CE値個数を変えた場合でも積算マススペクトルのパターンが大きく変化してしまうことを回避することができる質量分析方法及び質量分析装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するためになされた本発明に係る質量分析方法の一態様は、イオンを解離させるコリジョンセルと、解離により生成されたプロダクトイオンを質量分析する質量分離部と、を含む測定部を具備し、MS/MS分析を実行可能である質量分析装置を用い、コリジョンエネルギーを複数段階に変化させつつそれぞれ得られたマススペクトルを積算して積算マススペクトルを取得するコリジョンエネルギースプレッド法を実行する質量分析方法であって、
コリジョンエネルギー値の範囲及びコリジョンエネルギー値の個数を含む与えられた条件に対応して、コリジョンエネルギースプレッド法における複数のコリジョンエネルギー値を決定するステップであって、前記個数がn+1(但しnは3以上の任意の整数)であるときのn+1個のコリジョンエネルギー値を、該個数がnであるときのn個のコリジョンエネルギー値にそれらとは異なる1個のコリジョンエネルギー値を加えたものとするように、前記n+1個のコリジョンエネルギー値を決定するCES法条件決定ステップと、
コリジョンエネルギーを前記CES法条件決定ステップで決定されたn+1個のコリジョンエネルギー値に順次設定しつつ、各コリジョンエネルギー値の下でのMS/MS分析を実行するように前記測定部を制御することにより、それぞれマススペクトルを取得する分析実行ステップと、
を有する。
【0010】
また、上記課題を解決するためになされた本発明に係る質量分析装置の一態様は、イオンを解離させるコリジョンセルと、解離により生成されたプロダクトイオンを質量分析する質量分離部と、を含む測定部を具備し、MS/MS分析を実行可能である質量分析装置であって、
コリジョンエネルギー値の範囲及びコリジョンエネルギー値の個数を含む与えられた条件に対応して、コリジョンエネルギースプレッド法における複数のコリジョンエネルギー値を決定するものであって、前記個数がn+1(但しnは3以上の任意の整数)であるときのn+1個のコリジョンエネルギー値を、該個数がnであるときのn個のコリジョンエネルギー値にそれらとは異なる1個のコリジョンエネルギー値を加えたものとするように、前記n+1個のコリジョンエネルギー値を決定するCES法条件決定部と、
コリジョンエネルギーを前記CES法条件決定部において決定されたn+1個のコリジョンエネルギー値に順次変化させつつ、各コリジョンエネルギー値の下でのMS/MS分析を実行するように前記測定部を制御する分析制御部と、
前記分析制御部の制御の下でそれぞれ得られた異なるコリジョンエネルギー値の下でのマススペクトルを積算して積算マススペクトルを取得するデータ処理部と、
を備える。
【発明の効果】
【0011】
本発明に係る質量分析方法及び質量分析装置の上記態様によれば、CES法を実行する際に、CE値の範囲内におけるCE値個数が異なる場合であっても、共通であるCE値が多いため、積算マススペクトルのスペクトルパターンの相違を小さく抑えることできる。それにより、例えば、積算マススペクトルのデータベースを利用したパターンマッチング等による化合物同定を、高い精度で以て行うことができる。また、異なる試料に対する積算マススペクトル同士の比較が行い易くなる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】本発明の一実施形態であるQ-TOF型質量分析装置の要部の構成図。
【
図2】本実施形態の質量分析装置におけるCE値個数とCE値との関係の一例を示す図。
【
図3】従来の質量分析装置におけるCE値個数とCE値との関係の一例を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明に係る質量分析装置の一実施形態であるQ-TOF型質量分析装置について、添付図面を参照して説明する。
図1は、本実施形態のQ-TOF型質量分析装置の要部の構成図である。
【0014】
図1に示すように、この質量分析装置は、測定部1と、制御・処理部3と、入力部4と、表示部5と、を備える。測定部1は、略大気圧雰囲気であるイオン化室101と、内部が四つに区画された真空チャンバー10と、を含む。真空チャンバー10内には、第1中間真空室102、第2中間真空室103、第1高真空室104、及び第2高真空室105が設けられ、この順に真空度が高くなるように各室は図示しない真空ポンプ(ターボ分子ポンプ及びロータリーポンプ)により真空排気されている。即ち、この測定部1は多段差動排気系の構成である。
【0015】
イオン化室101には、エレクトロスプレーイオン化(ESI:ElectroSpray Ionization)プローブ11が配置され、このESIプローブ11には、例えば図示しない前段に配置された液体クロマトグラフ(LC)のカラム出口から溶出液が供給される。イオン化室101と第1中間真空室102とは、細径の脱溶媒管12を通して連通している。第1中間真空室102と第2中間真空室103とは、スキマー14の頂部に形成されたオリフィスを通して連通している。第1中間真空室102内と第2中間真空室103内にはそれぞれ、多重極型のイオンガイド13、15が配置されている。
【0016】
第1高真空室104内には、四重極マスフィルター16と、内部に多重極型のイオンガイド18が配置されたコリジョンセル17と、が配置されている。また、第1高真空室104と第2高真空室105とに跨って配置された複数の円環状の電極は、イオンガイド19を構成する。第2高真空室105内には、直交加速部20、内部に飛行空間21を形成するフライトチューブ22、及びリフレクトロン23、を含む直交加速方式の飛行時間型質量分離器と、イオン検出器24と、が配置されている。
【0017】
制御・処理部3は、測定部1を制御することで分析を実行するとともに、イオン検出器24で得られた検出信号に基くデータ処理を行うものである。制御・処理部3は、機能ブロックとして、分析制御部30、分析条件設定部31、CES法実行条件決定部32、及びデータ処理部33を含む。CES法実行条件決定部32はさらに下位の機能ブロックとして、CE値個数決定部320及びCE値決定部321を含む。
【0018】
一般に、制御・処理部3の実体はパーソナルコンピューターであり、該コンピューターにインストールされた専用の制御・処理ソフトウェア(コンピュータープログラム)を該コンピューターにおいて実行することにより、上記各機能ブロックが具現化される構成とすることができる。こうしたコンピュータープログラムは、CD-ROM、DVD-ROM、メモリカード、USBメモリ(ドングル)などの、コンピューター読み取り可能である非一時的な記録媒体に格納されてユーザーに提供されるものとすることができる。或いは、インターネットなどの通信回線を介したデータ転送の形式で、ユーザーに提供されるようにすることもできる。或いは、ユーザーがシステムを購入する時点で予めシステムの一部であるコンピューターにプリインストールしておくこともできる。
【0019】
次に、本実施形態の質量分析装置において実施されるMS/MS分析の一つであるプロダクトイオンスキャン測定の際の動作について、概略的に説明する。
【0020】
ESIプローブ11は、導入された液体試料(例えばLCカラムからの溶出液)に片寄った電荷を付与しつつイオン化室101内に噴霧する。噴霧により生成された帯電液滴は周囲の高温のガスに接触し微細化され、該液滴中の溶媒が気化する過程で該液滴中の化合物は気体イオンとなる。生成されたイオンは脱溶媒管12を経て第1中間真空室102へと送られ、イオンガイド13、スキマー14のオリフィス、イオンガイド15を順に経て、第1高真空室104内の四重極マスフィルター16に導入される。
【0021】
四重極マスフィルター16を構成する複数のロッド電極にはそれぞれ、直流電圧にRF(高周波)電圧を重畳した所定の電圧が印加され、その電圧に応じた特定の質量電荷比(m/z)を有するイオンがプリカーサーイオンとして選択される。四重極マスフィルター16を通過したプリカーサーイオンは、四重極マスフィルター16とコリジョンセル17の入口電極との間の直流電位差に応じたコリジョンエネルギーを有してコリジョンセル17に入射する。コリジョンセル17内にはAr等のコリジョンガスが導入され、プリカーサーイオンはコリジョンガスに衝突してCIDにより解離され、各種のプロダクトイオンが生成される。生成されたプロダクトイオンはコリジョンセル17を出て、イオンガイド19を経て直交加速部20まで輸送される。
【0022】
直交加速部20は、入射したイオンをその入射方向(X軸方向)に略直交する方向(Z軸方向)に一斉に射出する。射出されたイオンはそれぞれのm/z値に応じた速度で飛行空間21内を飛行し、リフレクトロン23による反射電場によって
図1中に2点鎖線で示すように折り返されてイオン検出器24に到達する。直交加速部20から同時に出発した各種イオンは、m/z値が小さい順にイオン検出器24に到達して検出される。イオン検出器24は、入射したイオンの量に応じたイオン強度信号を検出信号として制御・処理部3へ出力する。
【0023】
制御・処理部3においてデータ処理部33は、検出信号をデジタル化し、またイオンが直交加速部20から射出された時点を基点とする飛行時間をm/z値に換算することでマススペクトルを作成する。表示部5は、こうして作成されたマススペクトルを画面上に表示する。
【0024】
既に述べたように、上記MS/MS分析におけるコリジョンエネルギーを変化させるとコリジョンセル17での解離の態様が変化し、マススペクトルにおけるマスピークの種類や強度が変化する。CES法はこれを利用した分析手法であり、複数の異なるCE値の下で少なくともそれぞれ1回ずつマススペクトルを取得し、その複数のマススペクトルを積算することで、目的成分由来の様々なイオンが反映された積算マススペクトルを取得する。
【0025】
次に、本実施形態の質量分析装置においてCES法を実施する際の、特徴的な制御及び処理について、
図1に加え
図2を参照して説明する。
図2は、本実施形態の質量分析装置におけるCE値個数とCE値との関係の一例を示す図である。また、
図3は、
図2との対比として示すものであり、従来の質量分析装置におけるCE値個数とCE値との関係の一例を示す図である。
【0026】
ユーザー(オペレーター)は分析に先立って、CES法に要求される分析条件のパラメーター値を入力部4により入力する。分析条件設定部31は、分析条件毎のパラメーター値の入力を受け付ける。この分析条件は、マススペクトルの総積算回数と、CE値の中央値及び振り幅と、を含む。また、CES法の測定のための測定時間や一つのCE値当たりの積算回数も分析条件の一つとすることができる。勿論、こうした分析条件のうちの幾つかのパラメーター値は、ユーザーが変更できない固定値であってもよい。
【0027】
CE値個数決定部320は、マススペクトルの総積算回数、測定時間、一つのCE値当たりの積算回数などに基いて、CES法におけるCE値の設定段数(互いに異なるCE値の個数であり、以下「CE値個数」という)を決定する。例えば、測定時間の制約の下でマススペクトルの総積算回数が10、一つのCE値当たりの積算回数が2である場合には、CE値個数は5である。また、CE値個数決定部320は、CE値の中央値及び振り幅から、CE値を変化させる範囲(以下「CE値範囲」という)を決定する。
図2に示したように、例えばCE値の中央値が35V、振り幅が±15Vである場合には、CE値範囲は20~50Vである。
【0028】
CE値個数とCE値範囲とが決まると、CE値決定部321は次のような手順で複数のCE値を決定する。いま、CE値個数はmであるとする。まず、mが次の(1)式又は(2)式のいずれに当てはまるか判定する。但し、pは(1)式又は(2)式でその値が決定される自然数である。
m=2p+1 …(1)
2p+1<m<2p+1+1 …(2)
ここで、(1)式が成り立つ場合には、ゲインGを次の(3)式で求める。
G=CE値範囲の幅/(m-1) …(3)
m個のCE値は、ゲインGを用いて次の(4)式で求まる。但し、qはm以下の全ての自然数である。
[CE]=CE値範囲の最小電圧値+G×(q-1) …(4)
【0029】
一方、(2)式が成り立つ場合には、超過数H及び二つのゲインG1、G2を次の(5)~(7)式で求める。
H=m-(2p+1) …(5)
G1=CE値範囲の幅/2p …(6)
G2=CE値範囲の幅/2p+1 …(7)
m個のCE値は、超過数H、ゲインG1、G2を用いて次の(8)式及び(9)式で求まる。
q≦H×2の範囲では:
[CE]=CE値範囲の最小電圧値+G2×(q-1) …(8)
q>H×2の範囲では:
[CE]=CE値範囲の最小電圧値+G1×(q-1) …(9)
【0030】
一例として、
図2に示すように、CE値範囲が20~50V(CE値範囲の幅が30V)であり、m=5の場合を考える。
この場合、m=5=2
2+1であるから(1)式が当てはまり、(3)式から、G=30[V]/4=7.5、と求まる。従って、5個のCE値は、(4)式から、20、27.5、35、42.5、50、と求まる。
【0031】
他の例として、
図2に示すように、CE値範囲が20~50Vであり、m=7の場合を考える。
この場合、2
2+1<m=7<2
3+1であるから(2)式が当てはまり、(5)~(7)式から、H=7-(2
2+1)=2、G1=30[V]/4=7.5、G2=30[V]/5=3.75、と求まる。CE値は、q≦2×2=4の範囲では、(8)式から、[CE]=20、23.75、27.5、31.25、35、と求まる。一方、q>4の範囲では、(9)式から、[CE]=42.5、50、と求まる。これらを合わせて、m個のCE値は、20、23.75、27.5、31.25、35、42.5、50である。
【0032】
図2に、上記手順で求まるCE値個数とCE値との関係を示している。
図2から明らかであるように、このCE値の決め方の特徴の一つは、CE値個数が小さいときのCE値は、それよりもCE値個数が大きい場合にも必ず採用されることである。
図3に示した従来例は、CE値の電圧範囲を均等に分割することでCE値を決めた例である。この場合、CE値個数が小さいときのCE値は、それよりもCE値個数が大きい場合にも必ず採用されるとは限らない。例えばCE値個数が6である場合、それよりもCE値個数が小さいときのCE値で共通しているのは、上限値と下限値のみであり、それ以外は全く共通性がないことが分かる。これに対し、
図2に示した本実施形態の一例では、CE値個数が1だけ少ないときのCE値が全て共通していることが分かる。
【0033】
また、このCE値の決め方の他の特徴は、或るCE値個数からその値が1だけ増加する際に、新たなCE値を1個だけ追加することになるが、それは既存の隣接する二つのCE値のちょうど中間値であり、且つ、CE値が小さい方に優先的にその中間値が挿入されるということである。これら特徴の技術的な意義については後述する。
【0034】
上述したようにしてCES法におけるCE値が決定すると、その情報は分析制御部30に送られる。分析制御部30は指定された複数のCE値の下でのMS/MS分析がそれぞれ実行されるように測定部1を制御する。具体的には、測定部1に含まれる図示しない電圧発生部を制御することで、プリカーサーイオンが指定されたコリジョンエネルギーを有してコリジョンセル17に導入されるようにする。
【0035】
データ処理部33は、異なるCE値の下でのMS/MS分析により得られた検出信号を受け取り、各MS/MS分析に対応するマススペクトルを積算することにより積算マススペクトルを求める。この積算マススペクトルには、異なるCE値の下でのCIDにより生成されたプロダクトイオンに対応するマスピークが現れる。データ処理部33はこうした積算マススペクトルを表示部5に表示するとともに、例えば用意されている積算マススペクトルのデータベースに収録されている積算マススペクトルと取得した実測の積算マススペクトルとのパターンの一致度を計算し、その一致度に基いて化合物を同定する。
【0036】
この実施形態の質量分析装置では、上述したような特徴的な手順でCE値が決定されるため、次のような利点つまり技術的意義がある。
MS/MS分析により得られるマススペクトルのスペクトルパターンはCE値に依存する。そのため、CE値個数が異なる場合であってもCE値の共通性が高いと、積算マススペクトルのスペクトルパターンが似通ったものとなる。そのため、例えば上述したように積算マススペクトルのデータベースを利用して化合物同定を行う際に、該データベースに収録されている積算マススペクトルを取得した際のCE値個数と実測の積算マススペクトルを取得したときのCE値個数とが同一でなくても、概ね問題なくパターンマッチングによる同定判定を行うことができる。
【0037】
また、複数の試料に対してそれぞれ得られた積算マススペクトルを比較することで、化合物の同一性や構造の類似性等を判断する際にも、必ずしもCE値個数を揃える必要がないので、分析条件の設定の柔軟性が増すといった利点もある。
【0038】
一方、CE値が相対的に小さい場合と大きい場合とでは、同じCE値の変化量(例えば1V)がCIDによる解離の態様の相違に与える影響が異なる。一般に、CE値が相対的に小さい方が、同じだけCE値が変化してもイオンの解離の態様の変化が大きい。そのため、
図3で示したように、常に隣接するCE値の間隔を一定に維持した場合、CE値が小さな領域で解離が促進されるようなプロダクトイオンの情報が十分に得られない可能性がある。
【0039】
これに対し、本実施形態におけるCE値の決定手順では、
図2から明らかであるように、CE値が相対的に小さな領域に優先的にCE値が割り当てられるため、CE値が小さな領域ではCE値が大きな領域に比べて、隣接するCE値の間隔が狭くなり易い。これにより、従来法に比べれば、様々なプロダクトイオンの情報が漏れなく且つ高い感度で得られ易くなり、積算マススペクトルを利用した化合物同定や構造解析を有利に行うことができる。
【0040】
なお、上記実施形態の説明では、CE値決定部321においてCE値を決定する際に、計算式を用いた演算や判定によって、設定された条件からCE値が導き出されるようにしていたが、そうした計算結果による数値に基くルックアップテーブルを作成し保存しておくようにしてもよい。その場合、設定された条件(例えばCE値個数とCE値範囲)をルックアップテーブルに入力することで、結果であるCE値を出力として得ることができる。勿論、計算式を用いた演算や判定によってCE値を求める場合でも、上述した手順は一例にすぎず、同様の結果を導出可能な手順を用いることができる。
【0041】
また、上記実施形態の質量分析装置はQ-TOF型質量分析装置であるが、トリプル四重極型質量分析装置など、MS/MS分析が可能である他の方式のタンデム型質量分析装置を用いることが可能であることは明らかである。
【0042】
また、上記実施形態や上述した変形例も本発明の一例であって、本発明の趣旨の範囲で適宜修正、変更、追加を行っても本願特許請求の範囲に包含されることは明らかである。
【0043】
[種々の態様]
上述した例示的な実施形態が以下の態様の具体例であることは、当業者には明らかである。
【0044】
(第1項)本発明に係る質量分析方法の一態様は、イオンを解離させるコリジョンセルと、解離により生成されたプロダクトイオンを質量分析する質量分離部と、を含む測定部を具備し、MS/MS分析を実行可能である質量分析装置を用い、コリジョンエネルギーを複数段階に変化させつつそれぞれ得られたマススペクトルを積算して積算マススペクトルを取得するコリジョンエネルギースプレッド法を実行する質量分析方法であって、
コリジョンエネルギー値の範囲及びコリジョンエネルギー値の個数を含む与えられた条件に対応して、コリジョンエネルギースプレッド法における複数のコリジョンエネルギー値を決定するステップであって、前記個数がn+1(但しnは3以上の任意の整数)であるときのn+1個のコリジョンエネルギー値を、該個数がnであるときのn個のコリジョンエネルギー値にそれらとは異なる1個のコリジョンエネルギー値を加えたものとするように、前記n+1個のコリジョンエネルギー値を決定するCES法条件決定ステップと、
コリジョンエネルギーを前記CES法条件決定ステップで決定されたn+1個のコリジョンエネルギー値に順次設定しつつ、各コリジョンエネルギー値の下でのMS/MS分析を実行するように前記測定部を制御することにより、それぞれマススペクトルを取得する分析実行ステップと、
を有する。
【0045】
(第5項)また本発明に係る質量分析装置の一態様は、イオンを解離させるコリジョンセルと、解離により生成されたプロダクトイオンを質量分析する質量分離部と、を含む測定部を具備し、MS/MS分析を実行可能である質量分析装置であって、
コリジョンエネルギー値の範囲及びコリジョンエネルギー値の個数を含む与えられた条件に対応して、コリジョンエネルギースプレッド法における複数のコリジョンエネルギー値を決定するものであって、前記個数がn+1(但しnは3以上の任意の整数)であるときのn+1個のコリジョンエネルギー値を、該個数がnであるときのn個のコリジョンエネルギー値にそれらとは異なる1個のコリジョンエネルギー値を加えたものとするように、前記n+1個のコリジョンエネルギー値を決定するCES法条件決定部と、
コリジョンエネルギーを前記CES法条件決定部において決定されたn+1個のコリジョンエネルギー値に順次変化させつつ、各コリジョンエネルギー値の下でのMS/MS分析を実行するように前記測定部を制御する分析制御部と、
前記分析制御部の制御の下でそれぞれ得られた異なるコリジョンエネルギー値の下でのマススペクトルを積算して積算マススペクトルを取得するデータ処理部と、
を備える。
【0046】
第1項に記載の質量分析方法及び第5項に記載の質量分析装置によれば、CES法を実行する際に、CE値個数が異なる場合であっても共通であるCE値が多いため、積算マススペクトルのスペクトルパターンの相違を小さく抑えることできる。それにより、例えば、積算マススペクトルのデータベースを利用したパターンマッチング等による化合物同定を、高い精度で以て行うことができる。また、異なる試料に対する積算マススペクトル同士の比較が行い易くなる。
【0047】
(第2項)第1項に記載の質量分析方法において、前記CES法条件決定ステップでは、前記n個のコリジョンエネルギー値にそれらとは異なる1個のコリジョンエネルギー値を加える際に、値に沿って隣接する2個のコリジョンエネルギー値の間隔が大きいものを優先して、該2個のコリジョンエネルギー値の間に新たなコリジョンエネルギー値を加えるものとすることができる。
【0048】
(第6項)また第5項に記載の質量分析装置において、前記CES法条件決定部は、前記n個のコリジョンエネルギー値にそれらとは異なる1個のコリジョンエネルギー値を加える際に、値に沿って隣接する2個のコリジョンエネルギー値の間隔が大きいものを優先して、該2個のコリジョンエネルギー値の間に新たなコリジョンエネルギー値を加えるものとすることができる。
【0049】
第2項に記載の質量分析方法及び第6項に記載の質量分析装置によれば、所定のコリジョンエネルギー値範囲内に数個程度以上の数のコリジョンエネルギー値を定める場合に、隣接する2個のコリジョンエネルギー値の間隔が極端に広くなることを避けることができる。それにより、特定のコリジョンエネルギー値付近で解離が促進されて生成されるプロダクトイオンについても、そのプロダクトイオンの情報を十分に反映した積算マススペクトルを取得することができる。
【0050】
(第3項)第2項に記載の質量分析方法において、前記CES法条件決定ステップでは、前記2個のコリジョンエネルギー値の間に新たなコリジョンエネルギー値を加える際に、該2個のコリジョンエネルギー値の中間値を加えるものとすることができる。
【0051】
(第7項)第6項に記載の質量分析装置において、前記CES法条件決定部は、前記2個のコリジョンエネルギー値の間に新たなコリジョンエネルギー値を加える際に、該2個のコリジョンエネルギー値の中間値を加えるものとすることができる。
【0052】
第3項に記載の質量分析方法及び第7項に記載の質量分析装置によれば、所定のコリジョンエネルギー値範囲内に数個程度以上の数のコリジョンエネルギー値を定める場合に、その範囲内でコリジョンエネルギー値が極端に片寄ることを避けることができる。それにより、目的化合物に由来する様々なプロダクトイオンの情報をバランス良く反映した積算マススペクトルを取得することができる。
【0053】
(第4項)第2項又は第3項に記載の質量分析方法において、前記CES法条件決定ステップでは、前記2個のコリジョンエネルギー値の間隔が同一であるものが複数ある場合に、相対的にエネルギー値の小さい方に優先的に新たなコリジョンエネルギー値を加えるものとすることができる。
【0054】
(第8項)第5項又は第6項に記載の質量分析装置において、前記CES法条件決定部は、前記2個のコリジョンエネルギー値の間隔が同一であるものが複数ある場合に、相対的にエネルギー値の小さい方に優先的に新たなコリジョンエネルギー値を加えるものとすることができる。
【0055】
第4項に記載の質量分析方法及び第8項に記載の質量分析装置では、コリジョンエネルギー値が相対的に小さな領域に優先的にコリジョンエネルギー値が割り当てられるため、コリジョンエネルギー値が小さな領域ではコリジョンエネルギー値が大きな領域に比べて、隣接するコリジョンエネルギー値の間隔が狭くなり易い。一般に、コリジョンエネルギー値が小さな領域ほど、コリジョンエネルギー値の変化に対して解離の態様の変化がより敏感に現れる。このため、第4項に記載の質量分析方法及び第8項に記載の質量分析装置によれば、様々なプロダクトイオンの情報が漏れなく且つ高い感度で得られ易くなり、積算マススペクトルを利用した化合物同定や構造解析を有利に行うことができる。
【符号の説明】
【0056】
1…測定部
10…真空チャンバー
101…イオン化室
102…第1中間真空室
103…第2中間真空室
104…第1高真空室
105…第2高真空室
11…ESIプローブ
12…脱溶媒管
13、15、18、19…イオンガイド
14…スキマー
16…四重極マスフィルター
17…コリジョンセル
20…直交加速部
21…飛行空間
22…フライトチューブ
23…リフレクトロン
24…イオン検出器
3…制御・処理部
30…分析制御部
31…分析条件設定部
32…CES法実行条件決定部
320…CE値個数決定部
321…CE値決定部
33…データ処理部
4…入力部
5…表示部