(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023113854
(43)【公開日】2023-08-16
(54)【発明の名称】悪性腫瘍治療用ワクチン
(51)【国際特許分類】
A61K 39/00 20060101AFI20230808BHJP
A61K 39/395 20060101ALI20230808BHJP
A61K 48/00 20060101ALI20230808BHJP
A61P 35/00 20060101ALI20230808BHJP
A61P 37/02 20060101ALI20230808BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20230808BHJP
C07K 16/28 20060101ALN20230808BHJP
C12N 15/12 20060101ALN20230808BHJP
C12N 15/09 20060101ALN20230808BHJP
【FI】
A61K39/00 H
A61K39/395 D
A61K48/00
A61P35/00
A61P37/02
A61P43/00 105
C07K16/28
C12N15/12
C12N15/09 100
C12N15/09 110
【審査請求】有
【請求項の数】3
【出願形態】OL
【外国語出願】
(21)【出願番号】P 2023093815
(22)【出願日】2023-06-07
(62)【分割の表示】P 2019570941の分割
【原出願日】2018-06-19
(31)【優先権主張番号】102017005815.6
(32)【優先日】2017-06-20
(33)【優先権主張国・地域又は機関】DE
(71)【出願人】
【識別番号】519311411
【氏名又は名称】インテレクソン・ゲーエムベーハー
(74)【代理人】
【識別番号】100098394
【弁理士】
【氏名又は名称】山川 茂樹
(72)【発明者】
【氏名】ヴュルフェル,ヴォルフガング
(57)【要約】 (修正有)
【課題】悪性腫瘍を治療するための方法を提供する。
【解決手段】悪性腫瘍の回避機構を妨害するための方法であって、(a)前記悪性腫瘍の細胞を有する組織サンプルにおける組織適合性抗原の悪性腫瘍特異的発現パターンを決定すること、を含む前記悪性腫瘍及び前記免疫系間の前記個々の伝達構造の確認と、(b)免疫担当細胞に対し、抑制作用を発揮することができる前記組織サンプルの前記細胞が有する前記発現パターンの少なくとも一部をマスク又は除去することと、を含み、前記発現パターンが決定される前記組織適合性抗原は、HLA-E、F、及び/又はGを含み、マスク又は除去される前記発現パターンの前記少なくとも一部は、HLA-E、F、及び/又はGを含む、方法である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
悪性腫瘍を有する個体を治療するための薬剤を調製する方法であって、
(a)前記悪性腫瘍の細胞を有する組織サンプルにおける組織適合性抗原(ヒト白血球型
抗原、HLA)の悪性腫瘍特異的発現パターンを決定すること、
を含む前記悪性腫瘍及び前記免疫系間の前記個々の伝達構造の確認と、
(b)免疫担当細胞に対し、抑制作用を発揮することができる前記組織サンプルの前記細
胞が有する前記発現パターンの少なくとも一部をマスク又は除去すること、及び
前記発現パターンの一部がマスク又は除去されているそれらの細胞を溶解して、これによ
り注入用の細胞膜又は細胞膜の断片を得ること、
を含む特異的免疫応答を引き起こす個々のワクチンの調製と、
からなる方法。
【請求項2】
前記発現パターンが決定される前記組織適合性抗原は、胎児HLA群、特にHLA-E
、F、及び/又はGを含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
マスク又は除去される前記発現パターンの前記一部は、前記胎児HLA群、特にHLA
-E、F、及び/又はGを含む、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記発現パターンの前記少なくとも一部は抗体によりマスクされる、請求項1から3の
いずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
前記発現パターンの前記少なくとも一部は遺伝子操作技術により除去される、請求項1
から4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
前記細胞は機械的又は生化学的細胞破壊方法により、特に低張溶解により溶解される、
請求項1から5のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
前記組織サンプルの前記細胞複合体は解離されて単個細胞懸濁液が得られる、請求項1
から6のいずれか一項に記載の方法。
【請求項8】
請求項1から7のいずれか一項に記載の方法により調製される細胞膜。
【請求項9】
悪性腫瘍を治療するための薬剤として、特に前記免疫系の前記特異的活性化のためのワ
クチンとしての請求項8に記載の細胞膜の使用。
【請求項10】
前記免疫系の特異的活性化又は応答を引き起こすため、前記組織サンプルを採取した前
記生物に対し、細胞膜又は前記細胞膜の少なくとも断片を含有するワクチンとしての請求
項9に記載の使用。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は悪性腫瘍を治療するワクチンを提供する分野に関する。
【背景技術】
【0002】
切除、化学療法、及び放射線療法など、悪性腫瘍疾患を治療する古典的な治療法に加え
、免疫応答を開始するワクチンの投与、又は悪性腫瘍に結合する抗体(抗体断片)の投与
に基づいた能動又は受動免疫療法の使用が増加している。悪性腫瘍を治療する薬剤は高度
に選択的であるべきであり、任意の耐性を生じさせるべきではない。
【0003】
免疫学的療法の目的として、例えば新抗原を使用してよい。新抗原は実際に抗原性であ
る(従って免疫担当細胞における応答を引き起こす)タンパク質又はタンパク質様分子で
あり、悪性変性の一部として生じるゲノムの新突然変異に基づくものである。これらの例
としては、MHC-I(主要組織適合遺伝子複合体、クラスI)により提示される新抗原
の場合、T細胞の応答、特にCD8+T細胞の応答、又はMHC-II(主要組織適合遺
伝子複合体、クラスII)により提示される新抗原の場合、CD4+T細胞を誘発する新
抗原が挙げられる。
【0004】
RNA分析、質量分析、又はシークエンシングなどによる個々の悪性腫瘍における新突
然変異の検出に基づき、例えば樹状細胞との体外培養により、個々のワクチンを発生、作
製することができる。しかし、特に新突然変異は新抗原として発現するのは不確かである
ため、及び新抗原は癌遺伝子又はスプライシング変異体由来であり、新突然変異に基づか
ないため、この検出は難しく、誤りが起こりやすい場合がある。高い個体性、及び場合に
より無秩序な細胞組織化は、腫瘍性疾患においてでさえ、例えば転移癌の新抗原及び原発
性腫瘍の新抗原間に違いをもたらす。
【0005】
それにも関わらず、腫瘍性疾患は免疫応答を回避する機構を有している。そのような所
謂回避機構の1つは、ヒトの細胞対話に機能するMHC(主要組織適合遺伝子複合体)、
特に組織適合性抗原群(ヒト白血球抗原)に基づくものである。文字通り、HLAの略語
はコード遺伝子又はこれらの遺伝子により発現するタンパク質を明示するのに用いてよい
。以下で用いられるようなHLA群の概念は、細胞表面において遺伝子により発現する表
面タンパク質を指す。
【0006】
一般に、HLA群は以下の4つのクラスに分割することができる。
(i)HLA群A、B及びC(MHC-I):すべての成熟及び体細胞を本質的に特定す
る;
(ii)HLA群D(DRB、DQB等;MHC-II):免疫担当細胞に対する抗原の
提示において重要な部分を担う;
(iii)HLA群E、F及びG:特に所謂浸潤先端における胚細胞を特定する;
(iv)HLA群H、以下参照:所謂偽遺伝子。
【0007】
悪性腫瘍細胞は、その表面に特徴的な「胎児」HLA群(つまりHLA-E、HLA-
F及び/又はHLA-G)を発現することができる。「胎児」HLA群は、生物自体の非
特異的及び/又は特異的免疫防御による攻撃を回避する悪性腫瘍細胞に寄与することがで
きる。細胞表面におけるこれらの特徴的なHLA群の発現の結果として、後者は免疫担当
細胞に対応する受容体を活性化することができるようになる。これらは一般的に、活性化
後、ナチュラルキラー細胞におけるキラー細胞免疫グロブリン様受容体(KIR)又はリ
ンパ球における白血球免疫グロブリン様受容体(LILR)などの免疫担当細胞の機能を
抑制する受容体である。
【0008】
従って、特に胚細胞(特に胎盤及び栄養膜細胞)における抗原HLA-E、F及びGは
、母体の免疫系が細胞を攻撃するのを妨げる。このように、胎児は免疫応答を回避するこ
とができる。この回避機構は妊娠の免疫制御の骨格を構成する。拒絶反応は起こらず、遺
伝的に半外来(父方の異質部分50%)又は外来胚(単細胞ドナー又は胎児ドナー又は代
理母の場合、100%)について、正常満期出産を行うことができる。
【0009】
非常に様々な組織の悪性腫瘍はこの胚の回避機構を用いることができ、免疫防御を抑制
又は少なくする。悪性腫瘍は一部の治療方針を妨げる、つまり攻撃に基づく方針を抑制す
ることもできる。この理由のため、回避機構を考慮すること、悪性腫瘍を治療する際に免
疫系を組み込むことは有利となり得る。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
この背景を考慮して、本発明は薬剤を調製する方法、悪性腫瘍を治療するための細胞膜
、及びこのような細胞膜の使用を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
この目的は独立請求項に記載の方法、細胞膜及びその使用により達成される。従属請求
項には好ましい実施形態を記載する。
【0012】
本発明による悪性腫瘍を治療するための薬剤を調製する方法は、悪性腫瘍及び免疫系間
の個々の伝達構造を確認することと、特異的免疫応答を引き起こす個々のワクチンを調製
することとを含む。
【0013】
悪性腫瘍及び免疫系間の個々の伝達構造を確認するため、悪性腫瘍の細胞を有する組織
サンプルにおける組織適合性抗原(ヒト白血球抗原、HLA)の悪性腫瘍特異的発現パタ
ーンが決定される。
【0014】
病理組織学的に同一として分類される腫瘍又は転移癌さえ、ある位置から別の位置に個
体間又は個体内で異なる発現パターンを有する場合がある。化学治療薬又はホルモン拮抗
薬の投与などの治療は、発現パターンにさらに影響する場合がある。個々の発現パターン
の決定は、これらの差に対処する。
【0015】
悪性腫瘍細胞という用語は、原発性悪性腫瘍の転移細胞も含む。本発明による方法は、
転移癌の任意の個体差、特に組織適合性抗原の個々の発現パターンを扱うため、いくつか
、特に好ましくはすべての転移癌に個別に実施するのが好ましい。
【0016】
特異的免疫応答を引き起こすように設計される個々のワクチンを調製するため、免疫担
当細胞に対し、抑制作用を発揮することができる組織サンプルの細胞が有する発現パター
ンの少なくとも一部は、マスク又は除去される。組織適合性抗原をマスク、つまり遮断又
は除去し、これにより免疫系側受容体がこれらのHLA群に結合することを妨げることで
、免疫系に対する抑制作用を妨げることができる。
【0017】
さらに、発現パターンの一部がマスク又は除去されているそれらの細胞が溶解されて、
注入用の細胞膜又は細胞膜の断片が得られる。同時に、この溶解により、破壊された悪性
腫瘍細胞はもはや危険ではない。
【0018】
請求項2に記載の実施形態において、発現パターンが決定される組織適合性抗原は、「
胎児」HLA群、特にHLA-E、F及び/又はGを含む。
【0019】
請求項3に記載の実施形態において、発現パターンのマスク又は除去される一部は、胎
児HLA群、特にHLA-E、F及び/又はGを含む。
【0020】
請求項4に記載の実施形態において、発現パターンの少なくとも一部は抗体によりマス
クされる。抗体マスキングは、マスクされた組織適合性抗原が免疫担当細胞の抑制性受容
体に結合するのを妨げることができ、このようにして悪性腫瘍の回避機構を妨害する。こ
のような抗体の例としては、抗HLA-E抗体、抗HLA-F抗体、及び抗HLA-G抗
体が挙げられる。あるいは、組み合わされた抗体又は多価抗体を用いてよい。
【0021】
請求項5に記載の実施形態において、発現パターンの少なくとも一部は遺伝子操作技術
により除去される。遺伝子操作技術による除去は、除去された組織適合性抗原が免疫担当
細胞の抑制性受容体に結合するのを妨げることができ、これにより悪性腫瘍の回避機構を
妨害する。
【0022】
このような遺伝子操作技術の一例はCRISPR-Casである。免疫抑制性の組織適
合性抗原をコードする遺伝子又はDNA断片が切除され、その結果、組織サンプルの細胞
はもはやこれらのHLA群を発現することができない。他の例としては、ジンクフィンガ
ーヌクレアーゼ、転写活性化因子様エフェクターヌクレアーゼ(TALEN)、又は修飾
ホーミングエンドヌクレアーゼに基づく技術が挙げられる。
【0023】
請求項6に記載の実施形態において、細胞は機械的又は生化学的細胞破壊方法により、
特に低張溶解により溶解される。例えば、細胞を低浸透圧溶液で破裂させてよい。このよ
うに、特にワクチン形状で注入するために、高い抗原作用を有する細胞膜又は細胞膜断片
を得ることができる。
【0024】
請求項7に記載の実施形態において、組織サンプルの細胞複合体は解離されて単個細胞
懸濁液が得られる。解離は例えばトリプシン又はコラゲナーゼを用いて酵素的に実施して
よい。
【0025】
さらに、本発明は本発明による方法により調製される細胞膜を提供する。
【0026】
特に、細胞膜は組織適合性抗原の発現パターンを有してよく、免疫系の抑制性応答を抑
制することができる一部はマスク又は除去されている。調製された細胞膜は、免疫系の特
異的活性化により悪性腫瘍を治療するワクチンとしての使用に好適である。
【0027】
さらに、本発明は悪性腫瘍を治療するための薬剤として、本発明による細胞膜の使用を
提供する。特に、免疫系の特異的活性化用ワクチンとして細胞膜をインビボで用いてよい
。
【0028】
いくつかの実施形態において、免疫担当細胞、特にT細胞をインビトロで「訓練する」
、つまり新抗原を活性化し、その後訓練つまり活性化された免疫担当細胞を生物に再注入
するのに細胞膜を用いることができる。インビトロ活性化のため、免疫担当細胞を除き、
細胞膜又はワクチンに曝し、活性化後に注入して戻してよい。
【0029】
請求項10に記載の実施形態は、組織サンプルを採取した生物に、細胞膜又は細胞膜の
少なくとも断片を有するワクチンとして細胞膜を使用することを含み、免疫系の特異的活
性化又は応答を引き起こす。特に、その使用はワクチンの注入を含んでよい。
【0030】
いくつかの実施形態において、細胞膜の使用は局所的又は全身的に行ってよい。局所的
使用は例えば悪性腫瘍又はその近辺への注入を含む。全身性使用は例えば以下の、経口、
経鼻、舌下、直腸、皮下、静脈内、経皮等のうちの1つの方法による投与を含む。
【0031】
いくつかの実施形態において、その使用はチェックポイント阻害薬、及び/又はカルメ
ットゲラン桿菌(BCG)、フロイントアジュバント、もしくは水酸化アルミニウムなど
の伝統的なアジュバントの使用をさらに含んでよく、免疫応答を高める。
【0032】
以下の例示的実施形態の説明において添付図が参照される。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【
図1】
図1は一例示的実施形態による薬剤を調製する方法のフローチャートを示す。
【
図2】
図2は一実施形態による方法を実施する手順の概略図を示す。
【
図3】
図3は別の実施形態による方法を実施する手順の概略図を示す。
【
図4】
図4は一実施形態による細胞膜の概略図を示す。
【
図5】
図5は一実施形態による細胞膜の使用を示す。
【発明を実施するための形態】
【0034】
図1は悪性腫瘍を治療するための薬剤を調製する方法10のフローチャートを示す。方
法10は組織サンプルを採取する工程12により開始する。方法10は発現パターンを決
定する工程14と、発現パターンの免疫抑制部分をマスク又は除去する工程16と、細胞
を溶解することにより細胞膜を調製する工程18と、を含む。
【0035】
組織サンプルの採取12において、治療を受ける悪性腫瘍の少なくとも細胞が摘出され
る。組織サンプルを例えば外科手術又はバイオプシーにより得てよい。
【0036】
発現パターンの決定14において、組織サンプルにおける組織適合性抗原の悪性腫瘍特
異的発現パターンが決定される。発現パターンの決定は、公知の組織適合性抗原(又はそ
れらの一部)に限定してよく、つまり限られた数の所定のタンパク質のみを含んでよい。
これにより、数及び組成が限定されないか、又は推測的に公知ではない新抗原の決定より
も特異的で、扱い易く発現パターンを決定することができる。
【0037】
発現パターンの決定は、発現レベルの定量を含むことが好ましい。発現パターン又は発
現レベルは、例えばRNAシークエンシング、DNAマイクロアレイ、定量PCR(ポリ
メラーゼ連鎖反応)、発現プロファイリング、SAGE法(遺伝子発現連鎖解析)等の公
知の方法により決定してよい。
【0038】
発現パターンの免疫抑制部分のマスク又は除去16において、免疫担当細胞に対し、抑
制作用を発揮することができる組織サンプルの細胞が有する発現パターンの少なくとも一
部はマスク又は除去される。いくつかの実施形態において、発現パターンの免疫抑制部分
に加えて、発現パターンの他の部分がマスク又は除去されてもよい。
【0039】
マスク又は除去されなければ、抑制作用を有する組織適合性抗原は例えば免疫担当細胞
のKIR受容体(キラー細胞免疫グロブリン様受容体)、NKG2受容体及びLIL-R
受容体(白血球免疫グロブリン様受容体)に結合する。抑制作用を有する組織適合性抗原
の例としては、特に胎児群HLA-E、HLA-F及びHLA-Gが挙げられる。
【0040】
抑制作用は免疫担当細胞における組織適合性抗原(リガンド)及び受容体間の受容体-
リガンド結合により与えられる。発現した組織適合性抗原の抑制部分をマスク又は除去す
ることにより、免疫担当細胞に対する抑制作用が妨げられるか、又は少なくとも低減され
る。
【0041】
また、他の組織適合性抗原、特にクラスI及びIIの古典的HLA群(つまり、HLA
-A~C又はHLA-D)がマスク又は除去されてもよく、これにより調製されるワクチ
ンに対する免疫応答を高める。しかし、これに関して、新抗原のいくつかがMHC-I(
HLA群A、B及びC)を必要とし、いくつかの新抗原がMHC-II(HLA群DQB
、DRB等)を必要とするため、すべての組織適合性抗原がすべての細胞において除去又
はマスクされるべきではないことに留意する。
【0042】
細胞溶解による細胞膜の調製18において、発現パターンの一部がマスク又は除去され
ている細胞が溶解される。注入用の細胞膜(又は細胞膜の断片)はこのようにして得られ
る。細胞の溶解により注入後に細胞をさらに分解及び増殖することができず、これにより
実質的な免疫応答を引き起こす。
【0043】
組織サンプルを採取する工程12、及び発現パターンを決定する工程14は、悪性腫瘍
及び免疫系間の個々の伝達構造を確認する。特に、これは悪性腫瘍が免疫応答を回避する
ために使用する任意の回避機構を明らかにすることができる。
【0044】
マスク又は除去工程16及び溶解工程18は、特異的免疫応答を引き起こす個々のワク
チンを調製する。ワクチンの調製は特にインビトロで、すなわち細胞膜の注入前に行われ
る。悪性腫瘍及び免疫系間の個々の伝達構造を事前に確認し、ワクチンを個別に作製する
こともできる。
【0045】
摘出された悪性腫瘍細胞により表面タンパク質として発現し、悪性腫瘍に特徴的である
任意の新抗原は、抑制性の組織適合性抗原のマスク又は除去により作用されないか、又は
少なくとも著しく作用されない。従って、新抗原は調製された細胞膜にも存在する。新抗
原を有する細胞膜が注入されるとき、免疫系はこれらの新抗原に、特にマスクにより抑制
性の組織適合性抗原の抑制作用を受けることなく応答し、免疫応答を開始する。
【0046】
図2は方法を実施する手順の概略図である。左上から始まり、時計回りに、本方法を実
施する手順における異なる時間の一連の概略図を示す。
【0047】
ある個体20は悪性腫瘍22を有する。転移癌を含む他の例示的実施形態を実施するこ
ともできるが、図示するのは原発性腫瘍である。悪性腫瘍22は例えば悪性黒色腫でよい
。通常、悪性黒色腫は多数の新抗原を有する。
【0048】
悪性腫瘍22の細胞26を含む組織サンプル24は個体20から採取されている。組織
サンプル24、特に悪性腫瘍22の摘出細胞26における組織適合性抗原の発現パターン
28が決定される。ここで図示するのは、この決定は、組織サンプル24の細胞26が、
例えば3つの異なる群の組織適合性抗原の発現パターン28を発現することを示す。
【0049】
この場合、3つの組織適合性抗原はHLA-E、HLA-A及びHLA-F群のタンパ
ク質である。HLA-E及びHLA-F群のタンパク質は免疫担当細胞に対する抑制作用
を発揮することができる。
【0050】
例えば、HLA-Fはリンパ球をLIL受容体に結合することができ、リンパ球の活性
を軽減することができる。同様に、HLA-Eは例えばNKG2受容体に結合することが
でき、ナチュラルキラー細胞の活性を軽減することができる。このように、HLA-E及
びHLA-F群は、免疫応答を弱めるか、又は抑えることができる発現パターン28の部
分29を形成する。
【0051】
これに関連して抑制作用は免疫調節作用に関係し、免疫担当細胞の細胞毒性を低減又は
妨げる。例えば免疫受容抑制性チロシンモチーフ(ITIM)、つまり細胞質リン酸化に
より、このシグナル経路を引き起こすことができる。
【0052】
HLA-A群のタンパク質は本質的に免疫担当細胞に対する抑制作用を発揮することが
できない。
【0053】
発現パターン28に加えて、悪性腫瘍の細胞26は表面に、悪性変性の過程で生じる新
突然変異に基づいた特徴的な新抗原33も含む。これらの新抗原の決定は必要ではないが
、新抗原33をここに模式的に示す。
【0054】
次の工程において、免疫担当細胞に対し、抑制作用を発揮することができる発現パター
ン28の部分29は、抗体36によりマスクされる。このように、この場合、抑制部分2
9は、HLA-Aではなく、HLA-E及びHLA-Fの組織適合性抗原である。
【0055】
他の実施形態において、クラスI又はIIの古典的HLA群(この場合、例えばHLA
-A)はマスクされてもよく、これにより調製されるワクチンに対する免疫応答を高める
。図示した例では、いくつかの新抗原はMHC-I(HLA群A、B及びC)を必要とす
るため、HLA-Aはマスクされていない。このように、示される例示的実施形態におい
て、提示された新抗原による免疫系の特異的活性化を確実に行うため、すべての細胞にお
いてすべての組織適合性抗原がマスクされているとは限らない。
【0056】
HLA-E群を抗HLA-E抗体によりマスクすることができる。HLA-F群を抗H
LA-F抗体によりマスクすることができる。他の例示的実施形態において、二価抗体(
抗HLA-E/F)を代わりに用いてよい。抗体36によりマスク後、HLA-E及びH
LA-F群のタンパク質はもはや免疫担当細胞の対応するLIL及び/又はNKG2受容
体に結合することができず、従って免疫担当細胞に対する抑制作用を発揮しない。
【0057】
抑制作用を有する組織適合性抗原をマスクする抗体をこのように使用することで、免疫
担当細胞に存在する受容体への組織適合性抗原の結合が妨げられるか、低減される。抗体
は組織適合性抗原に対する高い親和性を示すのが好ましく、特に免疫受容体の親和性に匹
敵する、より大きい、又は実質的に大きい親和性を示すのが好ましい。親和性は抗体の拡
散及び/又は拮抗する転移を妨げるのに十分大きいのが好ましい。
【0058】
発現パターン28の免疫抑制部分29がマスクされると、(発現パターンの一部がマス
クされている)細胞26は溶解されて、注入用の細胞膜32が得られる。組織適合性抗原
の発現パターン28に加えて、細胞膜32は悪性腫瘍に特徴的な新抗原33、並びに発現
パターン28の抑制部分29をマスクする抗体36を示す。
【0059】
細胞膜32の注入(図示せず)は、悪性腫瘍細胞26を有する組織サンプル24が採取
された個体20について実施してよい。
【0060】
図3はさらなる方法を実施する手順の概略図を示す。左上から始まり、時計回りに、本
方法を実施する手順における異なる時間の一連の概略図を示す。
【0061】
図3に示す方法の順序において、
図2に示す方法と同様に、悪性腫瘍22の細胞26を
有する組織サンプル24は個体20から採取され、少なくとも1つの細胞26における組
織適合性抗原の発現パターン28が決定される。細胞26は悪性腫瘍に特徴的な新抗原3
3を有する。
【0062】
しかしながら、
図2に示す方法とは対照的に、
図3によれば、発現パターンが決定され
ると、免疫担当細胞に対する抑制作用を発揮することができる発現パターンの部分29は
、遺伝子操作技術により除去される。
【0063】
図2に示す例示的実施形態と同様に、いくつかの新抗原がMHC-Iを必要とするため
、HLA-Aもここで示す例では除去されていない。従って、示される例示的実施形態で
は、提示された新抗原による免疫系の特異的活性化を確実に行うため、すべての細胞から
すべての組織適合性抗原が除去されるとは限らない。
【0064】
図示した例において、CRISPR/Cas手順により除去することができる。HLA
-E及びHLA-F群の組織適合性抗原をコードするDNA断片が細胞26のゲノムから
切除され、このようにして修飾された細胞が培養される。これにより、摘出された悪性腫
瘍細胞と実質的に同一であるが、組織適合性抗原の免疫抑制部分29(破線の外形により
模式的に示される部分29)を発現しない細胞26が調製される。特に、これらの細胞は
少なくとも悪性腫瘍に特徴的な新抗原33を発現する。
【0065】
抑制部分29が除去されている細胞26が溶解されて、注入用の細胞膜が得られる。部
分29の除去により、細胞膜32が免疫系に対する抑制作用を発揮しないか、又は少なく
とも抑制作用を低減する。しかしながら、細胞膜はやはり注入後に免疫応答を引き起こす
ことができる新抗原33を含む。
【0066】
図4は本発明に記載の方法により、悪性腫瘍(図示せず)から調製された細胞膜32に
基づくワクチン34の概略図を示す。これは例えば
図2の例示的実施形態により調製され
た細胞膜でよい。
【0067】
細胞膜32は組織適合性抗原の発現パターン28を有する。免疫系の抑制性応答を抑制
することができる発現パターン28の部分29は、抗体36によりマスクされている。こ
れにより、免疫系に対する発現パターン28の部分29の抑制作用を妨げるか又は少なく
とも低減することができる。
【0068】
発現パターン28に加えて、細胞膜32はさらに新抗原33を有する。新抗原は、悪性
変性の過程で生じる悪性腫瘍細胞のゲノムの新突然変異に基づくタンパク質である。新抗
原は悪性腫瘍に特徴的であり、免疫系応答を引き起こすことができる(免疫応答が抑制さ
れていなければ)。
【0069】
図示した細胞膜32は、免疫系の特異的活性化により悪性腫瘍を治療するためのワクチ
ン34として使用するのに好適である。
【0070】
図5は悪性腫瘍を治療するワクチン34として、
図4に記載の細胞膜32を使用する概
略図を示す。細胞膜32は、治療を受ける悪性腫瘍の細胞を有する組織サンプルから調製
されている。
【0071】
ワクチンとして使用するため、組織適合性抗原の発現パターンの抑制部分29をマスク
するのに結合した抗体36、及び新抗原33を有する細胞膜32が、悪性腫瘍を患う生物
に注入される。
【0072】
生物の免疫担当細胞は、細胞膜32により提示されるいくつかのタンパク質を外来抗原
として認識する。生物により認識されない新抗原33が細胞膜で発現し、提示されるなら
、対応する免疫応答、例えば抗体の形成及び/又はT細胞の活性化が起こる。免疫抑制性
の組織適合性抗原が「可視」でないため、この免疫応答は遮断されない。
【0073】
ここに図示した例では、本発明により調製される細胞膜32は特に免疫系30との2つ
の相互作用を示す。第1に、悪性腫瘍に特徴的な新抗原33は、これらの悪性腫瘍特有新
抗原に対する適応免疫応答を引き起こす。
【0074】
第2に、組織適合性抗原の部分29は抗体36によりマスクされているため、免疫応答
に対するその抑制作用は妨げられるか、又は少なくとも低減される。マスクされていない
状態では、部分29が特に新抗原33に対する免疫系30による応答を抑制することがで
きる。
【0075】
生物の免疫系30は免疫応答を引き起こす。概略図において、免疫系30は免疫担当細
胞30a、30b、具体的には抗原提示細胞(APC)30a及びCD8+T細胞30b
を含む。
【0076】
(抗原提示細胞30a及びT細胞30bの形状でここに模式的に示される)適応免疫応
答に基づき、免疫系30は内在する新抗原33を有する任意の細胞38を認識することが
できる。これらは、特に細胞膜32形状のワクチンを得るのに用いた組織サンプルの悪性
腫瘍細胞を含む。ワクチンを個々に調製することにより、例えば精巧なシークエンシング
により最初に新突然変異又は新抗原を決定することはなく、悪性腫瘍において実際に発現
する新抗原33に免疫応答を向けることができる。
【0077】
免疫応答は例えばT細胞受容体を有するCD8+T細胞30bにより実行される。細胞
傷害性T細胞30bは、新抗原33又は新抗原33の部分ペプチドを提示する抗原提示細
胞30aにより活性化されている。活性化T細胞30bが新抗原33により悪性腫瘍細胞
38を認識する場合、悪性腫瘍細胞のアポトーシスを開始する(悪性腫瘍細胞38の破線
の外形により表される)。
【手続補正書】
【提出日】2023-06-07
【手続補正1】
【補正対象書類名】特許請求の範囲
【補正対象項目名】全文
【補正方法】変更
【補正の内容】
【特許請求の範囲】
【請求項1】
悪性腫瘍の回避機構を妨害するための方法であって、
(a)前記悪性腫瘍の細胞を有する組織サンプルにおける組織適合性抗原の悪性腫瘍特異的発現パターンを決定すること、
を含む前記悪性腫瘍及び前記免疫系間の前記個々の伝達構造の確認と、
(b)免疫担当細胞に対し、抑制作用を発揮することができる前記組織サンプルの前記細胞が有する前記発現パターンの少なくとも一部をマスク又は除去することと、
を含み、
前記発現パターンが決定される前記組織適合性抗原は、HLA-E、F、及び/又はGを含み、
マスク又は除去される前記発現パターンの前記少なくとも一部は、HLA-E、F、及び/又はGを含む、方法。
【請求項2】
前記発現パターンの前記少なくとも一部は抗体によりマスクされる、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記発現パターンの前記少なくとも一部は遺伝子操作技術により除去される、請求項1に記載の方法。
【外国語明細書】