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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023011437
(43)【公開日】2023-01-24
(54)【発明の名称】システム、プログラムおよび方法
(51)【国際特許分類】
   A61H 1/00 20060101AFI20230117BHJP
   A61B 5/375 20210101ALI20230117BHJP
   A61B 5/378 20210101ALI20230117BHJP
   A61B 5/38 20210101ALI20230117BHJP
【FI】
A61H1/00
A61B5/375
A61B5/378
A61B5/38
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021115283
(22)【出願日】2021-07-12
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 令和2年7月30日 第43回日本神経科学大会のウェブサイト「https://neuroscience2020.jnss.org/index.html」、「https://confit.atlas.jp/guide/event/neuroscience2020/subject/2P-195/advanced」および「https://confit.atlas.jp/guide/print/neuroscience2020/session/2P-38/detail」を通じて公開 令和2年11月5日および6日 株式会社国際電気通信基礎技術研究所のウェブサイトATRオープンハウス2020「https://www.atr.jp/expo/index.html」および「https://www.atr.jp/expo/zone/exhibition_hall_01.html」を通じて公開
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成29年度国立研究開発法人情報通信研究機構「高度通信・放送研究開発委託研究/脳機能補完による高齢者・障がい者の機能回復支援技術の研究開発」、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】393031586
【氏名又は名称】株式会社国際電気通信基礎技術研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110001195
【氏名又は名称】弁理士法人深見特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】浅井 智久
(72)【発明者】
【氏名】濱本 孝仁
(72)【発明者】
【氏名】今水 寛
【テーマコード(参考)】
4C046
4C127
【Fターム(参考)】
4C046AA11
4C046BB10
4C046EE11
4C046EE25
4C046EE32
4C046EE33
4C046FF32
4C127AA03
4C127DD01
4C127DD02
4C127GG10
4C127GG15
(57)【要約】
【課題】より有効なニューロフィードバックトレーニングの効果を被験者に与え得る新規な構成を提供する。
【解決手段】システムは、被験者の脳波を計測する計測部と、計測された脳波に基づいて、複数の脳波状態のうちいずれの脳波状態であるかを推定する推定部と、被験者を誘導すべきターゲットとなる脳波状態を決定する決定部と、推定された被験者の脳波状態とターゲットとなる脳波状態とを併せて、被験者に提示する提示部とを含む。
【選択図】図7
【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験者の脳波を計測する計測部と、
前記計測された脳波に基づいて、複数の脳波状態のうちいずれの脳波状態であるかを推定する推定部と、
前記被験者を誘導すべきターゲットとなる脳波状態を決定する決定部と、
前記推定された前記被験者の脳波状態と前記ターゲットとなる脳波状態とを併せて、前記被験者に提示する提示部とを備える、システム。
【請求項2】
前記提示部は、前記複数の脳波状態にそれぞれ対応する複数の領域を含む表示を前記被験者に提示する、請求項1に記載のシステム。
【請求項3】
前記提示部は、前記複数の領域に対応付けて、前記推定された前記被験者の脳波状態を第1の表示態様で表示するとともに、前記ターゲットとなる脳波状態を第2の表示態様で表示する、請求項2に記載のシステム。
【請求項4】
前記提示部は、前記推定された前記被験者の脳波状態と前記ターゲットとなる脳波状態とが一致すると、一致したことを前記被験者に提示する、請求項1~3のいずれか1項に記載のシステム。
【請求項5】
前記計測部は、前記被験者が装着した複数の電極を含むキャップを介して、前記被験者の脳波として複数のチャネル成分を計測し、
前記推定部は、
前記被験者の脳波に含まれる各チャネルの信号成分を対応する電極の位置に応じてマッピングすることで空間パターンを決定する手段と、
前記決定された空間パターンと前記複数の脳波状態にそれぞれ対応するテンプレートとの間の空間相関をそれぞれ算出する手段と、
前記算出されたそれぞれの空間相関のうち最も大きい値を示す空間相関に対応する脳波状態を前記被験者の脳波状態と決定する手段とを含む、請求項1~4のいずれか1項に記載のシステム。
【請求項6】
前記推定部は、前記算出されたそれぞれの空間相関のうち最も大きい値を示す空間相関が予め定められたしきい値を超えた場合に限って、対応する脳波状態を有効な脳波状態として決定する、請求項5に記載のシステム。
【請求項7】
前記推定部は、予め定められた時間分の脳波に含まれる各チャネルの平均値から前記空間パターンを決定する、請求項5または6に記載のシステム。
【請求項8】
プログラムであって、コンピュータに
被験者から計測された脳波を取得するステップと、
前記取得された脳波に基づいて、複数の脳波状態のうちいずれの脳波状態であるかを推定するステップと、
前記被験者を誘導すべきターゲットとなる脳波状態を決定するステップと、
前記推定された前記被験者の脳波状態と前記ターゲットとなる脳波状態とを併せて、前記被験者に提示するステップとを実行させる、プログラム。
【請求項9】
被験者から計測された脳波を取得するステップと、
前記取得された脳波に基づいて、複数の脳波状態のうちいずれの脳波状態であるかを推定するステップと、
前記被験者を誘導すべきターゲットとなる脳波状態を決定するステップと、
前記推定された前記被験者の脳波状態と前記ターゲットとなる脳波状態とを併せて、前記被験者に提示するステップとを備える、方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ニューロフィードバックトレーニングを実現するためのシステム、そのシステムに向けられたプログラム、およびそのシステムで実行される方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、脳波(electroencephalogram:以下、「EEG」とも略称する。)を用いて、神経活動を非侵襲で観測する手法が知られている。被験者から計測されたEEGに基づいて当該被験者の神経活動を観測し、当該観測された神経活動に応じて当該被験者をより好ましい方向に誘導するニューロフィードバック(Neuro Feedback:以下、「NF」とも略称する。)トレーニングの手法が開発および提案されている(例えば、非特許文献1および非特許文献2など参照)。
【0003】
長期的なニューロフィードバックトレーニングによって、被験者の認知能力の向上や精神的な疾患の症状改善といった効果を得られる可能性が示されている。
【0004】
なお、EEGに代えて、機能的磁気共鳴画像法(functional Magnetic Resonance Imaging:fMRI)いった血流計測により神経活動を観測する方法も知られている。fMRIにおいては、疾患らしさを示す指標であるバイオマーカとして、安静時の機能的結合性(FC:Functional Connectivity)が用いられる。
【0005】
一方、EEGにおけるバイオマーカとしては、マイクロステートが一般的に用いられている(非特許文献2)。マイクロステートは、EEGに応じて規定される空間的に特徴的な表現である。また、精神疾患についてマイクロステート解析が有用であるとの報告もなされている(非特許文献3)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Anastasiia Belinskaia et al, "Short-delay neurofeedback facilitates training of the parietal alpha rhythm," Journal of Neural Engineering, Volume 17, Number 6, 16 December 2020
【非特許文献2】Laura Diaz Hernandez et al, "Towards Using Microstate-Neurofeedback for the Treatment of Psychotic Symptoms in Schizophrenia," A Feasibility Study in Healthy Participants, Brain Topogr 29, 308-321 (2016). https://doi.org/10.1007/s10548-015-0460-4, 19 November 2015
【非特許文献3】池田俊一郎,西田圭一郎,吉村匡史,北浦祐一,木下利彦,「精神疾患におけるマイクロステート解析の有用性」,一般社団法人 日本臨床神経生理学会 臨床神経生理学,2019年47巻3号,p.163-167,2019年6月1日
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上述したようなニューロフィードバックトレーニングは研究途上であり、より効率的および効果的な作用を被験者に与えるための工夫が研究開発されている。本発明は、より有効なニューロフィードバックトレーニングの効果を被験者に与え得る新規な構成を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明のある実施の形態に従うシステムは、被験者の脳波を計測する計測部と、計測された脳波に基づいて、複数の脳波状態のうちいずれの脳波状態であるかを推定する推定部と、被験者を誘導すべきターゲットとなる脳波状態を決定する決定部と、推定された被験者の脳波状態とターゲットとなる脳波状態とを併せて、被験者に提示する提示部とを含む。
【0009】
提示部は、複数の脳波状態にそれぞれ対応する複数の領域を含む表示を被験者に提示してもよい。
【0010】
提示部は、複数の領域に対応付けて、推定された被験者の脳波状態を第1の表示態様で表示するとともに、ターゲットとなる脳波状態を第2の表示態様で表示してもよい。
【0011】
提示部は、推定された被験者の脳波状態とターゲットとなる脳波状態とが一致すると、一致したことを被験者に提示してもよい。
【0012】
計測部は、被験者が装着した複数の電極を含むキャップを介して、被験者の脳波として複数のチャネル成分を計測してもよい。推定部は、被験者の脳波に含まれる各チャネルの信号成分を対応する電極の位置に応じてマッピングすることで空間パターンを決定する手段と、決定された空間パターンと複数の脳波状態にそれぞれ対応するテンプレートとの間の空間相関をそれぞれ算出する手段と、算出されたそれぞれの空間相関のうち最も大きい値を示す空間相関に対応する脳波状態を被験者の脳波状態と決定する手段とを含んでいてもよい。
【0013】
推定部は、算出されたそれぞれの空間相関のうち最も大きい値を示す空間相関が予め定められたしきい値を超えた場合に限って、対応する脳波状態を有効な脳波状態として決定してもよい。
【0014】
推定部は、予め定められた時間分の脳波に含まれる各チャネルの平均値から空間パターンを決定してもよい。
【0015】
本発明の別の実施の形態に従うプログラムは、コンピュータに、被験者から計測された脳波を取得するステップと、取得された脳波に基づいて、複数の脳波状態のうちいずれの脳波状態であるかを推定するステップと、被験者を誘導すべきターゲットとなる脳波状態を決定するステップと、推定された被験者の脳波状態とターゲットとなる脳波状態とを併せて、被験者に提示するステップとを実行させる。
【0016】
本発明の別の実施の形態に従う方法は、被験者から計測された脳波を取得するステップと、取得された脳波に基づいて、複数の脳波状態のうちいずれの脳波状態であるかを推定するステップと、被験者を誘導すべきターゲットとなる脳波状態を決定するステップと、推定された被験者の脳波状態とターゲットとなる脳波状態とを併せて、被験者に提示するステップとを含む。
【発明の効果】
【0017】
本発明のある実施の形態によれば、より有効なニューロフィードバックトレーニングの効果を被験者に与え得る新規な構成を提供する。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】本実施の形態に従うニューロフィードバックシステムの構成例を示す模式図である。
図2】本実施の形態に従うニューロフィードバックシステムに含まれる処理装置の装置構成を示す模式図である。
図3】本実施の形態に従うニューロフィードバックシステムが推定する脳波状態を説明するための図である。
図4】本実施の形態に従うニューロフィードバックシステムによる脳波状態を推定する処理を説明するための図である。
図5】本実施の形態に従うニューロフィードバックシステムにおいて採用されるテンプレートの一例を説明するための図である。
図6】本実施の形態に従うニューロフィードバックシステムにおける脳波状態の推定方法を説明するための図である。
図7】本実施の形態に従う処理装置の機能構成例を示す模式図である。
図8】本実施の形態に従う処理装置が実行するニューロフィードバックトレーニングに関する処理手順を示すフローチャートである。
図9】本実施の形態に従う処理装置が提供するユーザインターフェイス画面の一例を示す模式図である。
図10】本実施の形態に従う処理装置が提供するヒットしたことを提示するための処理例を示す模式図である。
図11】本実施の形態に従うニューロフィードバックシステムによるニューロフィードバックトレーニングの手順例を示す図である。
図12】本実施の形態に従うニューロフィードバックシステムによる脳波状態の推定結果の一例を示す図である。
図13】本実施の形態に従うニューロフィードバックシステムによるフィードバックのリアルタイム性を評価するための構成例を示す模式図である。
図14】本実施の形態に従うニューロフィードバックシステムによるニューロフィードバックトレーニングの結果の一例を示す図である。
図15】本実施の形態に従うニューロフィードバックシステムによるニューロフィードバックトレーニングの結果の別の一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明の実施の形態について、図面を参照しながら詳細に説明する。なお、図中の同一または相当部分については、同一符号を付してその説明は繰り返さない。
【0020】
[A.ニューロフィードバックシステム]
まず、本実施の形態に従うニューロフィードバックシステムの一例について説明する。
【0021】
図1は、本実施の形態に従うニューロフィードバックシステム1の構成例を示す模式図である。図1を参照して、ニューロフィードバックシステム1は、被験者2が装着したキャップ10を介して計測されるEEGを用いて、被験者2の脳波状態をリアルタイムで推定する。ニューロフィードバックシステム1は、推定された脳波状態に応じて、視覚的および/または聴覚的なフィードバックを被験者2に与えることで、被験者2を理想的な方向に誘導する。
【0022】
ニューロフィードバックシステム1は、主たるコンポーネントとして、計測回路50と、処理装置100と、ディスプレイ20と、スピーカ30とを含む。
【0023】
計測回路50は、被験者2の脳波を計測する計測部に相当する。より具体的には、計測回路50は、被験者2が装着した複数の電極12を含むキャップ10を介して、被験者2の脳波として複数のチャネル成分(EEGに相当する電気信号)を計測する。計測回路50は、例えば、マルチプレクサ52と、ノイズフィルタ54と、A/D(Analog to Digital)変換器56とを含む。
【0024】
マルチプレクサ52は、キャップ10から出力される複数のチャネル(電極12)を順次選択して、ノイズフィルタ54と電気的に接続する。ノイズフィルタ54は、特定の周波数成分だけを通過させるフィルタであり、選択されたチャネルに現れる信号(電気信号)に含まれるノイズ成分を除去する。例えば、通過帯域を0.016~250Hzと設定できる。
【0025】
A/D変換器56は、ノイズフィルタ54から出力される電気信号(アナログ信号)を所定周期毎にサンプリングして、デジタル信号として出力する。
【0026】
処理装置100は、被験者2の脳波状態を推定するとともに、推定された脳波状態に応じたフィードバックを出力する。
【0027】
ディスプレイ20は、被験者2に対して視覚的なフィードバックを与える。スピーカ30は、被験者2に対して聴覚的なフィードバックを与える。
【0028】
図2は、本実施の形態に従うニューロフィードバックシステム1に含まれる処理装置100の装置構成を示す模式図である。処理装置100は、典型的には、汎用的なアーキテクチャに従うコンピュータを採用することができる。図2を参照して、処理装置100は、主たるコンポーネントとして、プロセッサ102と、メモリ104と、入力部106と、ネットワークコントローラ108と、計測インターフェイス110と、ディスプレイコントローラ112と、音声コントローラ114と、ストレージ120とを含む。
【0029】
プロセッサ102は、CPU(Central Processing Unit)やGPU(Graphical Processing Unit)といった演算処理回路からなり、ストレージ120に格納されている各種プログラムに含まれるコードを指定される順序に実行することで、後述する各種機能を実現する。メモリ104は、DRAM(Dynamic Random Access Memory)やSRAM(Static Random Access Memory)などで構成され、プロセッサ102で実行されるプログラムのコードやプログラムの実行に必要な各種ワークデータを保持する。
【0030】
入力部106は、典型的には、マウスまたはキーボードなどで構成され、ユーザからの操作を受付ける。
【0031】
ネットワークコントローラ108は、外部装置(例えば、クラウド上のデータサーバなど)との間でデータを遣り取りする。ネットワークコントローラ108は、有線LAN(Local Area Network)、無線LAN、USB(Universal Serial Bus)、Bluetooth(登録商標)などの任意の通信コンポーネントで構成される。
【0032】
計測インターフェイス110は、計測回路50から出力されるEEG(デジタル信号)を受信する。
【0033】
ディスプレイコントローラ112は、プロセッサ102による処理結果に応じて、ディスプレイ20に画像を表示する。音声コントローラ114は、プロセッサ102による処理結果に応じて、スピーカ30から音声を出力する。なお、画像および音声を同時に出力するコントローラを採用してもよい。
【0034】
ストレージ120は、典型的には、ハードディスクまたはSSD(Solid State Drive)などで構成され、プロセッサ102にて実行される各種プログラム、処理に必要な各種データ、設定値などを保持する。より具体的には、ストレージ120は、OS(Operating System)122と、計測プログラム124と、フィードバックプログラム126とを含む。
【0035】
計測プログラム124は、被験者2のEEGから脳波状態を推定するための処理をプロセッサ102に実行させるためのコードを含む。計測プログラム124は、視覚的および/または聴覚的なフィードバックを被験者2に与えるための処理をプロセッサ102に実行させるためのコードを含む。
【0036】
[B.脳波状態]
本明細書において、「脳波状態」は、EEGから決定あるいは推定される被験者の脳活動の状態を意味する。脳波状態としては、予め複数の状態値を定義できる。本明細書においては、脳波状態の典型例として、「マイクロステート」を採用する。
【0037】
本明細書において、「マイクロステート」は、被験者によらず観測される脳活動の電気的最小単位を意味する。先行研究においては、チャネルの数、前処理手順、被験者などにかかわらず、マイクロステートは4つであることが繰り返し報告されている。そこで、本実施の形態においては、このような先行研究に従って、脳波状態として、4つのマイクロステートを推定する。
【0038】
以下の説明においては、「マイクロステート」を「脳波状態」と称することもある。また、標準的な4つの脳波状態(マイクロステート)をmsA,msB,msC,msDと称することもある。但し、脳波状態(マイクロステート)の数については4つに限定されることなく、最適な数を任意に設定できる。
【0039】
図3は、本実施の形態に従うニューロフィードバックシステム1が推定する脳波状態を説明するための図である。図3(A)には、被験者2が装着したキャップ10を介して計測されるEEGの生信号60(時間波形)の例を示す。図3(A)には、一例として、32個の電極12のそれぞれで計測した生信号60(32チャネル)の例を示す。
【0040】
脳波状態として用いるマイクロステートは、被験者から計測されたEEGにおいてパワー値(電極間(チャネル間)の分散)が局所的に大きくなっているときのトポグラフィーを集積し、集積したトポグラフィーを超空間上で複数グループ(本実施の形態においては、4グループ)にクラスタリングした各重心として観測できる。
【0041】
各マイクロステートは、安定状態(アトラクタ)にある範囲とみなすことができる。マイクロステート間で「脳波状態」が推移していると考えることで、マイクロステートでラベル付けされた脳波状態の遷移の観測、および、各マイクロステートでラベル付けされた脳波状態の持続時間の算出が可能であり、これらの特徴量に基づいて、精神疾患のバイオマーカとしての応用などが期待されている。
【0042】
図3(B)には、時空間的次元(spatio-temporal dimensionality)に対して設定された脳波状態が模式的に示されている。図3(A)に示す時間波形において、パワー値(電極間(チャネル間)の分散)が局所的に大きくなっている任意の計測時点(所定の計測期間を代表する1つの計測時点の場合もある)におけるEEGの各チャネルの値を成分とするベクトル72(この例では、32次元)を超空間70上に定義する。超空間70上に定義される多数のベクトル72をクラスタリングすることで、被験者2の間で共通する4つのクラスタ74A,74B,74C,74D(以下では、「クラスタ74」と総称することもある。)を決定できる。4つのクラスタ74A,74B,74C,74Dが脳波状態msA,msB,msC,msDにそれぞれ対応する。脳波状態msA,msB,msC,msDのそれぞれに対応するクラスタ74A,74B,74C,74Dの重心座標は、32次元のベクトルを意味する。なお、クラスタリングとしては、k平均法や階層的クラスタリングなどの公知の方法を用いることができる。
【0043】
また、被験者2のEEGから任意に算出されるベクトル72がクラスタ74A,74B,74C,74Dのうちいずれかに属してれば、被験者2が安定状態にあるとみなすことができる。
【0044】
したがって、クラスタ74A,74B,74C,74Dの各々に属するベクトル72同士は、互いに類似した特徴を有しており、クラスタ74A,74B,74C,74Dのそれぞれに属するベクトル72同士で類似した特徴を固有空間パターン76A,76B,76C,76D(以下では、「固有空間パターン76」と総称することもある。)とも称す。ここで、固有空間パターン76A,76B,76C,76Dは、各チャネルの信号強度を各チャネルに対応する電極12の位置(すなわち、情報を収集している脳の部位)に応じてマッピングしたものに相当する。
【0045】
それぞれの脳波状態に対応するクラスタ74(固有空間パターン76)は、十分な数の被験者2から安静時のEEGを計測し、計測されたEEGをクラスタリングすることで決定できる。このようなクラスタリングにより決定されたクラスタ74(固有空間パターン76)は、被験者にかかわらず、一般化されたものとみなすことができる。すなわち、各クラスタ74は、脳活動パターンを示すものとなる。
【0046】
本実施の形態に従うニューロフィードバックシステム1は、比較的短時間毎(例えば、100ms周期(10Hz))に脳波状態を逐次推定する。被験者2の脳波状態を比較的短時間毎に推定するために、本実施の形態に従うニューロフィードバックシステム1においては、マイクロステートテンプレートを採用する。
【0047】
図4は、本実施の形態に従うニューロフィードバックシステム1による脳波状態を推定する処理を説明するための図である。図4を参照して、被験者2から計測されるEEGの生信号60に設定された区間(この例では、100ms)に生じる時間波形の集合(以下、「エポック62」とも称す。)から対応する計測空間パターン78が決定される。エポック62をチャネル毎に平均化することで、チャネル毎に対象の区間を代表する1つの値が算出される(すなわち、32チャネルで32個の値)。
【0048】
決定された計測空間パターン78が4つの脳波状態msA,msB,msC,msDのうちいずれに該当するのかを決定するために、マイクロステートテンプレート群80が予め用意される。マイクロステートテンプレート群80は、4つの脳波状態msA,msB,msC,msDにそれぞれ対応するテンプレート82A,82B,82C,82D(以下、「テンプレート82」とも総称する。)を含む。テンプレート82A,82B,82C,82Dの各々は、図3(B)の固有空間パターン76A,76B,76C,76Dに対応する。説明の便宜上、図4には、テンプレート82の実体ではなく、固有空間パターン76を視覚化した画像を描いている。
【0049】
計測空間パターン78とテンプレート82A,82B,82C,82Dの各々との間で、空間相関(類似度)が算出される。図4の例では、空間相関はそれぞれ「0.3」,「0.2」,「0.5」,「0.9」となっている。計測空間パターン78とテンプレート82Dとの空間相関が「0.9」と最も大きく、かつ、絶対値も十分に大きいので、計測空間パターン78は、脳波状態「msD」に相当すると推定できる。
【0050】
このように、本実施の形態に従うニューロフィードバックシステム1においては、4つの脳波状態msA,msB,msC,msDにそれぞれ対応する4つのテンプレート82を予め用意するとともに、所定周期で計測されるEEGから算出される計測空間パターン78との空間相関を算出することで、所定周期毎にいずれの脳波状態であるかを推定する。
【0051】
図5は、本実施の形態に従うニューロフィードバックシステム1において採用されるテンプレートの一例を説明するための図である。図5を参照して、4つの固有空間パターン76A,76B,76C,76Dは、それぞれ脳波状態msA,msB,msC,msDを示す。テンプレート82A,82B,82C,82Dは、それぞれ固有空間パターン76A,76B,76C,76Dをマトリックスの形で記載した一種の空間フィルタに相当する。
【0052】
図5に示す例では、7×7の行列が採用されており、各行列要素の濃淡が設定される値(±5の範囲)の大きさを示す。
【0053】
計測されるEEGの各チャネルの値は、対応する電極12の位置に応じて、計測空間パターン78を示す行列内の特定の位置(行位置×列位置)にマッピングされる。例えば、キャップ10の電極12は、Fp1,Fp2,Fz,F3,F4,F7,F8,F9,F10,FC1,FC2,FC5,FC6,Cz,C3,C4,T7,T8,CP1,CP2,CP5,CP6,Pz,P3,P4,P7,P8,P9,P10,Oz,O1,O2の位置にそれぞれ配置されているとする。なお、レファレンス電極およびグランド電極がFCzおよびFpzの位置にそれぞれ配置されてもよい。
【0054】
計測されるEEGのチャネル数は32であるので、チャネルがマッピングされない行列要素も存在する。そのため、各チャネルのマッピング位置に応じて、テンプレート82の各行列要素の値も決定される。テンプレート82の行列要素の値は、図5に示すクラスタ74A,74B,74C,74Dの重心座標(32次元のベクトル)に基づいて決定される。また、計測空間パターン78のうちチャネルがマッピングされない行列要素に対応するテンプレート82の行列要素については「0」が設定される。
【0055】
計測空間パターン78とテンプレート82の各々との間で空間相関が算出される。
図6は、本実施の形態に従うニューロフィードバックシステム1における脳波状態の推定方法を説明するための図である。図6には、計測空間パターン78とテンプレート82A,82B,82C,82Dの各々との間で算出される空間相関の時間的変化の一例を示す。上述したように、それぞれの空間相関は、エポック62毎(例えば、100ms毎)に算出される。
【0056】
エポック62毎に算出される4つの空間相関のうち最も大きい値を示す空間相関に対応する脳波状態を、当該エポック62における脳波状態として決定してもよい。但し、空間相関の絶対値が小さい場合には、信頼性が低いと考えられるので、空間相関の絶対値についても条件を付加してもよい。より具体的には、上限しきい値86および下限しきい値88を設定し、上限しきい値86を超える場合、または、下限しきい値88を下回る場合に限って、脳波状態として有効に決定してもよい(図6中の決定ポイント84)。
【0057】
上限しきい値86および下限しきい値88は、それぞれ任意に設定されてもよいが、絶対値が同じになるように設定されることが好ましい。
【0058】
なお、空間相関を絶対値で評価するのは、EEGを構成する時間波形の極性の影響を排除するためである。すなわち、いずれかのテンプレート82に対応するEEGの時間波形と逆極性の時間波形が現れると、当該テンプレート82に対する空間相関は、負の大きな値を示す。このような場合であっても、極性が反転しているだけであって、高い空間相関を示すと判断できる。そのため、処理装置100においては、空間相関を絶対値で評価する。
【0059】
このように、脳波状態の推定方法としては、(1)計測空間パターン78とテンプレート82A,82B,82C,82Dの各々との間で算出される4つの空間相関のうち最も大きいもの、かつ、(2)最も大きい空間相関の絶対値が所定のしきい値を超えている場合、に限って、当該最も大きい空間相関に対応する脳波状態を有効な推定結果としてもよい。
【0060】
なお、最も大きい空間相関の絶対値が所定のしきい値を超えない場合には、いずれの脳波状態であるかを有効に決定できないことになる。
【0061】
[C.機能構成]
次に、本実施の形態に従うニューロフィードバックシステム1における処理を実現するための機能構成例について説明する。
【0062】
図7は、本実施の形態に従う処理装置100の機能構成例を示す模式図である。図7に示すコンポーネントは、典型的には、処理装置100のプロセッサ102が計測プログラム124およびフィードバックプログラム126を実行することで実現されてもよい。
【0063】
図7を参照して、処理装置100は、主たるコンポーネントとして、バッファ150と、平均化モジュール152と、マッピングモジュール154と、空間相関算出モジュール156と、最大値選択モジュール158と、しきい値評価モジュール160と、脳波状態推定モジュール162と、フィードバックモジュール164と、ターゲット決定モジュール166とを含む。
【0064】
バッファ150と、平均化モジュール152と、マッピングモジュール154と、空間相関算出モジュール156と、最大値選択モジュール158と、しきい値評価モジュール160と、脳波状態推定モジュール162とは、計測された脳波(EEG)に基づいて、複数の脳波状態のうちいずれの脳波状態であるかを推定する推定部に相当する。
【0065】
バッファ150は、計測回路50から出力されるEEGの生信号(32チャネル)を所定時間分(例えば、100ms)に亘って保持する。
【0066】
平均化モジュール152は、バッファ150に格納されたEEGの生信号について、チャネル毎に時間波形を平均化して平均値を算出する。平均化モジュール152は、チャネル毎の平均値を出力する。
【0067】
マッピングモジュール154は、被験者2の脳波に含まれる各チャネルの信号成分を対応する電極12の位置に応じてマッピングすることで計測空間パターン78を決定する。ここで、マッピングモジュール154は、予め定められた時間分の脳波(EEG)に含まれる各チャネルの平均値から計測空間パターン78を決定する。すなわち、マッピングモジュール154は、平均化モジュール152からのチャネル毎の平均値を所定規則に従ってマッピングすることで、計測空間パターン78を決定する。
【0068】
空間相関算出モジュール156は、計測空間パターン78とテンプレート82A,82B,82C,82Dとの空間相関(空間相関A,空間相関B,空間相関C,空間相関D)をそれぞれ算出する。ここで、テンプレート82A,82B,82C,82Dは、4つの脳波状態にそれぞれ対応する。
【0069】
最大値選択モジュール158および脳波状態推定モジュール162は、算出されたそれぞれの空間相関のうち最も大きい値を示す空間相関に対応する脳波状態を被験者2の脳波状態と決定する。但し、算出されたそれぞれの空間相関のうち最も大きい値を示す空間相関が予め定められたしきい値を超えた場合に限って、対応する脳波状態を有効な脳波状態として決定してもよい。
【0070】
最大値選択モジュール158は、空間相関算出モジュール156が算出した4つの空間相関のうち最も大きい値を示す空間相関を選択して出力する。
【0071】
しきい値評価モジュール160は、最大値選択モジュール158が出力する空間相関(最大の空間相関)を上限しきい値86および下限しきい値88と比較する。しきい値評価モジュール160は、空間相関が上限しきい値86を超える場合、または、下限しきい値88を下回る場合には、有効化信号を脳波状態推定モジュール162へ出力する。
【0072】
脳波状態推定モジュール162は、最大値選択モジュール158が出力している空間相関の識別情報(脳波状態msA,msB,msC,msDのうちいずれに対応する空間相関を出力しているかを示す情報)と、しきい値評価モジュール160からの有効化信号とに基づいて、現在の脳波状態を決定する。なお、しきい値評価モジュール160からの有効化信号が出力されていなければ、いずれの脳波状態であるかを決定できない旨を出力する。
【0073】
ターゲット決定モジュール166は、被験者2を誘導すべきターゲットとなる脳波状態を決定する決定部に相当する。より具体的には、ターゲット決定モジュール166は、予め定められた規則に従って、被験者2を誘導すべきターゲットとなる脳波状態を決定し、フィードバックモジュール164へ与える。
【0074】
フィードバックモジュール164は、推定された被験者2の脳波状態とターゲットとなる脳波状態とを併せて、被験者2に提示する提示部に相当する。より具体的には、フィードバックモジュール164は、脳波状態推定モジュール162から出力される決定された脳波状態の情報、および、ターゲット決定モジュール166からのターゲットとなる脳波状態の情報に基づいて、ディスプレイ20に対して映像信号を出力し、スピーカ30に対して音声信号を出力する。なお、通信インターフェイスとしてHDMI(登録商標)を採用した場合には、映像信号および音声信号は一体化した信号として出力されることになる。
【0075】
また、フィードバックモジュール164は、ターゲットの脳波状態と現在の脳波状態とが一致すると、その旨を被験者2に提示するようにしてもよい。ここで、ターゲットの脳波状態と現在の脳波状態とが一致すると何らかの報酬(例えば、金銭報酬でもよいし、他の報酬であってもよい)を被験者2に提供することを事前に通知しておいてもよい。
【0076】
[D.処理手順]
次に、本実施の形態に従うニューロフィードバックシステム1における処理例について説明する。
【0077】
図8は、本実施の形態に従う処理装置100が実行するニューロフィードバックトレーニングに関する処理手順を示すフローチャートである。図8に示す各ステップは、典型的には、処理装置100のプロセッサ102が計測プログラム124およびフィードバックプログラム126を実行することで実現されてもよい。
【0078】
図8を参照して、処理装置100は、被験者2から計測された脳波(EEG)を取得する処理を実行する。より具体的には、処理装置100は、計測回路50から出力されるEEGの生信号(32チャネル)をバッファリングする(ステップS2)。所定時間分のEEGの生信号がバッファリングされたか否かを判断する(ステップS4)。所定時間分のEEGの生信号がバッファリングされていなければ(ステップS4においてNO)、ステップS2の処理が繰り返される。
【0079】
所定時間分のEEGの生信号がバッファリングされていれば(ステップS4においてYES)、処理装置100は、チャネル毎に時間波形を平均化して平均値を算出する(ステップS6)。そして、処理装置100は、算出したチャネル毎の平均値から計測空間パターン78を算出する(ステップS8)。
【0080】
続いて、処理装置100は、取得された脳波(EEG)に基づいて、複数の脳波状態のうちいずれの脳波状態であるかを推定する処理を実行する。より具体的には、処理装置100は、計測空間パターン78とテンプレート82A,82B,82C,82Dとの空間相関をそれぞれ算出する(ステップS10)。そして、処理装置100は、算出したそれぞれの空間相関のうち最も大きい値を示す空間相関を選択し(ステップS12)、選択された空間相関の絶対値がしきい値を超えるか否かを判断する(ステップS14)。
【0081】
選択された空間相関の絶対値がしきい値を超えていれば(ステップS14においてYES)、処理装置100は、選択した空間相関に対応する脳波状態を現在の状態として決定する(ステップS16)。
【0082】
選択された空間相関の絶対値がしきい値を超えていなければ(ステップS14においてNO)、処理装置100は、いずれの脳波状態であるかを決定できないと判断する(ステップS18)。
【0083】
処理装置100は、被験者2を誘導すべきターゲットとなる脳波状態を決定する(ステップS20)。続いて、処理装置100は、ターゲットの脳波状態と現在の脳波状態とが一致するか否かを判断する(ステップS22)。ターゲットの脳波状態と現在の脳波状態とが一致していれば(ステップS22においてYES)、処理装置100は、ターゲットの脳波状態と現在の脳波状態とが一致していることを被験者2に提示する(ステップS24)。なお、ターゲットの脳波状態と現在の脳波状態とが一致することを、以下では「ヒット」とも称す。
【0084】
ターゲットの脳波状態と現在の脳波状態とが一致していなければ(ステップS22においてNO)、ステップS24の処理はスキップされる。
【0085】
続いて、処理装置100は、ターゲットの脳波状態および現在の脳波状態を被験者2に提示する(ステップS26)。すなわち、処理装置100は、推定された被験者2の脳波状態(現在の脳波状態)とターゲットとなる脳波状態とを併せて、被験者2に提示する。
【0086】
処理装置100は、ニューロフィードバックトレーニングの終了条件が成立したか否かを判断する(ステップS28)。ニューロフィードバックトレーニングの終了条件が成立していなければ(ステップS28においてNO)、ステップS2以下の処理が繰り返される。一方、ニューロフィードバックトレーニングの終了条件が成立していれば(ステップS28においてYES)、処理は終了する。
【0087】
[E.ユーザインターフェイス]
次に、処理装置100が提供するユーザインターフェイス(視覚的および/または聴覚的なフィードバック)の一例について説明する。
【0088】
図9は、本実施の形態に従う処理装置100が提供するユーザインターフェイス画面の一例を示す模式図である。
【0089】
図9(A)を参照して、処理装置100は、4つの脳波状態を含む脳波状態オブジェクト200と、推定された現在の脳波状態を示す現在状態オブジェクト210とをディスプレイ20に表示する。図9(A)に示すように、処理装置100(フィードバックモジュール164)は、複数の脳波状態にそれぞれ対応する複数の領域を含む表示(脳波状態オブジェクト200)を被験者2に提示してもよい。図9(A)に示すようなユーザインターフェイス画面を提供することで、被験者2は、現在の自分の脳波状態がいずれの状態であるかを一見して認識できる。
【0090】
図9(B)を参照して、処理装置100は、ターゲットの脳波状態を示すターゲットオブジェクト220をさらに表示するようにしてもよい。図9(B)に示すように、処理装置100(フィードバックモジュール164)は、脳波状態オブジェクト200が示す複数の領域に対応付けて、推定された被験者2の脳波状態(現在の脳波状態)を第1の表示態様(例えば、図9(B)に示すような丸印)で表示するとともに、ターゲットとなる脳波状態を第2の表示態様(例えば、図9(B)に示すような四角囲み)で表示してもよい。図9(B)に示すようなユーザインターフェイス画面を提供することで、被験者2は、現在の自分の脳波状態がいずれの状態であるかに加えて、いずれの脳波状態になるべきかを一見して認識できる。
【0091】
図9(C)を参照して、処理装置100がいずれの脳波状態であるかを決定できない場合には、現在状態オブジェクト210は表示されない。
【0092】
さらに、いずれの脳波状態であるかを決定できない状態であることを、文字やオブジェクトなどを用いて視覚的に被験者2に通知するようにしてもよいし、音声メッセージや効果音などを用いて聴覚的に被験者2に通知するようにしてもよい。
【0093】
この場合においても、被験者2は、ターゲットの脳波状態になるように意識を傾けようとする。
【0094】
図10は、本実施の形態に従う処理装置100が提供するヒットしたことを提示するための処理例を示す模式図である。
【0095】
図10(A)には、ターゲットの脳波状態と現在の脳波状態とが一致していない状態の一例を示す。図10(B)には、ターゲットの脳波状態と現在の脳波状態とが一致している状態の一例を示す。
【0096】
被験者2による意識を調整する試みによって、現在の脳波状態(現在状態オブジェクト210)が変化してターゲットの脳波状態(ターゲットオブジェクト220)と一致(ヒット)すると、図10(B)に示されるように、ターゲットオブジェクト220内に現在状態オブジェクト210が表示される。
【0097】
このとき、処理装置100(フィードバックモジュール164)は、推定された被験者2の脳波状態(現在の脳波状態)とターゲットとなる脳波状態とが一致すると、一致したことを被験者2に提示してもよい。例えば、スピーカ30からヒットしたことを示す通知音32が出力されてもよい。ヒットに応じて通知音32を出力することで、被験者2は、より多くの通知音32が出力されるように、意識を調整するように試みる。
【0098】
なお、ヒットしたことを被験者2に提示する方法としては、通知音32に限らず、表示色の変更や追加的なオブジェクト表示といった視覚的な方法であってもよい。
【0099】
[F.実験結果]
次に、本実施の形態に従うニューロフィードバックシステム1を用いた実験結果の一例について説明する。
【0100】
(f1:ニューロフィードバックトレーニング)
まず、ニューロフィードバックトレーニングの手順例について説明する。
【0101】
図11は、本実施の形態に従うニューロフィードバックシステム1によるニューロフィードバックトレーニングの手順例を示す図である。図11を参照して、1つのセッション40は、準備フェーズ42とタスクフェーズ44とを含む。
【0102】
準備フェーズ42では、ディスプレイ20に表示されるターゲットの脳波状態と現在の脳波状態とを一致させて、より多くの音が鳴るように促すアナウンスが被験者2に与えられる。
【0103】
タスクフェーズ44は、複数回(例えば、3回)のサブタスク46からなる。サブタスク46の各々においては、ターゲットの脳波状態として、4つの脳波状態msA,msB,msC,msDに加えて、「無」も含めた5つが採用される。これら5つの脳波状態がランダムに切り換えられる。1つの脳波状態が選択される時間長さは、例えば、20sとしてもよい。その結果、1つのサブタスク46に要する時間は、20s×5=100sとなる。
【0104】
タスクフェーズ44において、被験者2は、ディスプレイ20に表示されるターゲットの脳波状態と一致するように意識の調整を試みる。
【0105】
(f2:脳波状態の推定結果)
図12は、本実施の形態に従うニューロフィードバックシステム1による脳波状態の推定結果の一例を示す図である。
【0106】
図12(A)には、しきい値の絶対値を0.8(上限しきい値=0.8,下限しきい値=-0.8)に設定した場合の結果の一例を示し、図12(B)には、しきい値の絶対値を0.1(上限しきい値=0.1,下限しきい値=-0.1)に設定した場合の結果の一例を示す。
【0107】
図12(A)を参照して、しきい値処理前の脳波状態の推定結果(すなわち、最も大きい値を示す空間相関に対応する脳波状態)のタイムチャート302に対して、しきい値308を用いてしきい値処理を行うと、推定結果のタイムチャート304が得られる。
【0108】
なお、タイムチャート302は、準備フェーズ(40秒)およびタスクフェーズ(360秒)の合計400秒分に相当する4000点の推定結果を示す。図12(B)のタイムチャート312も同様である。
【0109】
図12(A)には、ターゲットの脳波状態と現在の脳波状態とが一致(ヒット)した場合のタイムチャート306も示されている。
【0110】
一方、図12(B)を参照して、しきい値処理前の脳波状態の推定結果を示すタイムチャート312に対して、しきい値318を用いてしきい値処理を行うと、推定結果のタイムチャート314が得られる。図12(B)には、ターゲットの脳波状態と現在の脳波状態とが一致(ヒット)した場合のタイムチャート316も示されている。
【0111】
図12(A)のタイムチャート304と図12(B)のタイムチャート314とを比較すると、しきい値の絶対値を小さくすると、脳波状態の推定結果がより頻繁に更新されることになる。そのため、被験者2にとってみると、推定結果がめまぐるしく変化するため、意識を変えづらい可能性がある。そのため、しきい値の絶対値については、0.7~0.8程度に設定することが好ましい。
【0112】
なお、脳波状態の決定に用いるしきい値については、被験者毎に調整するようにしてもよい。
【0113】
(f3:フィードバックのリアルタイム性による効果)
次に、フィードバックのリアルタイム性による効果についての実験例を示す。本実施の形態に従うニューロフィードバックシステム1は、比較的短時間毎(例えば、100ms周期(10Hz))に脳波状態を逐次推定する。
【0114】
図13は、本実施の形態に従うニューロフィードバックシステム1によるフィードバックのリアルタイム性を評価するための構成例を示す模式図である。図13を参照して、処理装置100からディスプレイ20およびスピーカ30へ出力される映像信号および音声信号を遅延させるための遅延部6を設ける。
【0115】
フィードバックのリアルタイム性による効果を検証するために、(1)遅延無し(遅延時間:0s)、(2)1s遅延、(3)20s遅延、の3種類に遅延時間を異ならせた場合のヒット数の変化を評価した。
【0116】
図14は、本実施の形態に従うニューロフィードバックシステム1によるニューロフィードバックトレーニングの結果の一例を示す図である。図14には、4つの脳波状態msA,msB,msC,msDの各々をターゲットに設定するとともに、遅延時間を3種類に異ならせた場合の結果を示す。
【0117】
図14(A)には、被験者の主観としての調整し易さ(controllability)を5段階で回答してもらった結果の一例を示す(「1」が最も易しく、「5」が最も難しい)。また、図14(A)には、被験者が感じた眠気の度合いについても回答してもらった結果の一例を示す。図14(B)には、ヒット数の生データの一例を示す。図14(C)には、図14(A)に示す主観としての調整し易さと、図14(B)に示すヒット数の生データとを対応付けた散布図を示す。なお、図14(A)および図14(B)のエラーバーは、±1SEの範囲を示す。
【0118】
先行研究によれば、若い健康な被験者については、脳波状態msCが最も支配的であるとされている。そのため、脳波状態msCについては、遅延時間の長さにかかわらず、ヒット数は他の脳波状態に比較して多くなっており(図14(B)の「msC」参照)、被験者の主観としても、他の脳波状態に比較して調整し易いと感じている(図14(A)の「msC」参照)。
【0119】
二元配置分散分析(4つのターゲット×3つの遅延時間の条件)を算出したところ、ターゲットの主効果および相互作用は有意であった(F(3,51)=24.2,p<0.0001、および、F(6,102)=2.36,p=0.0355)。遅延の主効果についてもほぼ有意であった(F(2,34)=24.2,p=0.0501)。
【0120】
ライアン法(Ryan's method)を用いてターゲットの主効果を多重比較すると、脳波状態msCは、他の脳波状態msA,msB,msDに対して、大きく増加することが分かった(ps<0.05)。
【0121】
相互作用に関して、脳波状態msCに対する遅延の主効果は有意であった(F(2,136)=7.90,p=0.0006)。ヒット数の合計に関して、遅延の主効果は有意であった(一元配置分散分析:F(2,34)=3.36,p=0.0466)。
【0122】
そのため、被験者の主観としての調整し易さについても、脳波状態msCでは、より易しいと感じている。
【0123】
二元配置分散分析(4つのターゲット×3つの遅延時間の条件)によれば、ターゲットの主効果は有意であった(F(3,51)=7.93,p=0.0002)。一方、遅延および遅延の相互作用は有意ではなかった(F(2,34)=0.49,p=0.6189、および、F(6,102)=0.09,p=0.9969)。
【0124】
また、被験者からの眠気の報告については、3つの遅延時間の条件間で差はなかった(一元配置分散分析:F(2,34)=0.69,p=0.5072)。
【0125】
ニューロフィードバックトレーニングの効果は、被験者がエージェンシー(agency)を感じる度合いに依存すると報告されている。例えば、ある望ましい結果が達成されると、その達成された結果が自身の神経活動によるものでなくても、エージェンシーを感じ得る。
【0126】
本実施の形態に従うニューロフィードバックシステム1を用いたニューロフィードバックトレーニングにおいても、ヒットしたときに与えられる音声などのフィードバックを通じて、被験者がエージェンシーを感じる度合いはヒット数に反映されると考えられる。
【0127】
図14(C)に示すように、遅延時間の大きさにかかわらず、ヒット数と調整し易さとの間には、負の相関関係が存在する。
【0128】
ヒット数は遅延時間の大きさに影響される可能性があるが、調整し易さおよび眠気については、遅延時間の大きさに依存していない。これは、遅延が発生していることに被験者が気付いていなかったことを示している。
【0129】
すなわち、被験者の感じ得るエージェンシーは、遅延時間の気付きと相関関係があり、遅延時間が発生していることに気付いていないことは、被験者の感じ得るエージェンシーが相対的に低い(すなわち、学習意欲が低い)ことを意味する。したがって、遅延時間を異ならせて得られる評価結果の間の相違に基づいて、被験者の学習意欲の度合いを推定できる可能性がある。
【0130】
図15は、本実施の形態に従うニューロフィードバックシステム1によるニューロフィードバックトレーニングの結果の別の一例を示す図である。
【0131】
図15(A)には、遅延時間を異ならせた場合の被験者の相対的なヒット数の結果例を示す。ベースラインは、ターゲットの脳波状態が「無」におけるヒット数(すなわち、脳波状態が推定された数)となっている。しきい値などの被験者毎の設定があるので、一律の基準で標準化することが適切ではないため、被験者毎にベースライン(1.0)を基準とした評価を採用している。
【0132】
図15(A)に示すように、1s遅延および20s遅延の場合に比較して、遅延無しの場合における相対的なヒット数は明らかに増加しており、本実施の形態に従うニューロフィードバックシステム1によるフィードバックのリアルタイム性の効果が明確に現れている。
【0133】
一元配置分散分析によれば、遅延の主効果は有意であった(F(2,34)=4.86,p=0.0139)。この一元配置分散分析においては、ライアン法を用いて、遅延無しと1s遅延との間、および、遅延無しと20s遅延との間の事後有意差を算出した。
【0134】
二元配置分散分析(4つのターゲット×3つの遅延時間の条件)によれば、ターゲットの主効果は有意であった(F(3,51)=3.94,p=0.0128)。一方、遅延または遅延の相互作用は有意ではなかった(F(2,34)=1.05,p=0.3601、および、F(6,102)=1.04,p=0.4032)。
【0135】
図15(B)には、ターゲットの脳波状態毎の相対的なヒット数の結果例を示す。図15(B)に示すように、脳波状態msDの相対的なヒット数は、遅延時間にかかわらず、他の脳波状態msA,msB,msDに比較して大幅に高くなっている(ライアン法を用いた多重比較ではps<0.05)。これは、遅延を与えたニューロフィードバックシステム1の応答性に関する脳波状態間の潜在的な機能性の違いを示唆している。
【0136】
[G.ニューロフィードバックトレーニングの運用]
本実施の形態に従うニューロフィードバックシステム1においては、標準的な4つの脳波状態にそれぞれ対応する4つのテンプレートを被験者間で共通的に利用することが想定されている。そのため、被験者毎にテンプレートを用意する必要はない。但し、被験者毎にしきい値を調整することは可能である。
【0137】
そのため、被験者が医療機関などでニューロフィードバックトレーニングする場合には、図1に示すようなニューロフィードバックシステム1を医療機関に配置するとともに、被験者毎の設定値(しきい値など)を一元管理するデータサーバを用意してもよい。そして、被験者がニューロフィードバックトレーニングする処理装置100に対して、データサーバから被験者毎の設定値(しきい値など)を都度設定するようにしてもよい。このような仕組みを採用することで、いずれの医療機関においても均質化されたニューロフィードバックトレーニングを受けることができる。
【0138】
また、被験者毎の設定値(しきい値など)については、被験者の属性(性別、年齢、身長、体重など)に応じて、予め定められた基準に従って決定してもよいし、設定値を異ならせて計測した結果に基づいて、最適な値を決定するようにしてもよい。
【0139】
[H.利点]
本実施の形態に従うニューロフィードバックシステムは、被験者の脳波状態をリアルタイムで推定し、推定された脳波状態に基づく情報を被験者にフィードバックする。被験者にフィードバックの情報を提示する時間を遅延させた実験結果によれば、被験者自体は、遅延が発生していることに気付いていない(図14(A)に示される被験者の主観としての調整し易さの実験例などを参照)と推察されるものの、遅延時間を短くすることで、ヒット数の合計についてのパフォーマンスを高めることができることが示されている(図14(B)に示されるヒット数の生データなどを参照)。
【0140】
このように、本実施の形態に従うニューロフィードバックシステムは、被験者の脳波状態をリアルタイムで推定し、推定された脳波状態に基づく情報を被験者にフィードバックすることで、より有効なニューロフィードバックトレーニングの効果を被験者に与えることができるであろう。
【0141】
また、本実施の形態に従うニューロフィードバックシステムは、リアルタイムで推定される被験者の脳波状態とターゲットとなる脳波状態とを視覚的に被験者へ提示する。そのため、被験者は、現在の脳波状態を指定されたターゲットの脳波状態と一致するように、意識を調整しようとする試みをより容易に行うことができる。これによって、より有効なニューロフィードバックトレーニングの効果を被験者に与えることができるであろう。
【0142】
今回開示された実施の形態は、すべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は、上記した実施の形態の説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0143】
1 ニューロフィードバックシステム、2 被験者、6 遅延部、10 キャップ、12 電極、20 ディスプレイ、30 スピーカ、32 通知音、40 セッション、42 準備フェーズ、44 タスクフェーズ、46 サブタスク、50 計測回路、52 マルチプレクサ、54 ノイズフィルタ、56 A/D変換器、60 生信号、62 エポック、70 超空間、72 ベクトル、74,74A,74B,74C,74D クラスタ、76,76A,76B,76C,76D 固有空間パターン、78 計測空間パターン、80 マイクロステートテンプレート群、82,82A,82B,82C,82D テンプレート、84 決定ポイント、86 上限しきい値、88 下限しきい値、100 処理装置、102 プロセッサ、104 メモリ、106 入力部、108 ネットワークコントローラ、110 計測インターフェイス、112 ディスプレイコントローラ、114 音声コントローラ、120 ストレージ、124 計測プログラム、126 フィードバックプログラム、150 バッファ、152 平均化モジュール、154 マッピングモジュール、156 空間相関算出モジュール、158 最大値選択モジュール、160 評価モジュール、162 脳波状態推定モジュール、164 フィードバックモジュール、166 ターゲット決定モジュール、200 脳波状態オブジェクト、210 現在状態オブジェクト、220 ターゲットオブジェクト、302,304,306,312,314,316 タイムチャート、308,318 しきい値、msA,msB,msC,msD 脳波状態。
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