(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023011462
(43)【公開日】2023-01-24
(54)【発明の名称】耐酸性微生物の検査用試料調製方法
(51)【国際特許分類】
C12Q 1/24 20060101AFI20230117BHJP
【FI】
C12Q1/24
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021115342
(22)【出願日】2021-07-12
(71)【出願人】
【識別番号】000175272
【氏名又は名称】三浦工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099841
【弁理士】
【氏名又は名称】市川 恒彦
(72)【発明者】
【氏名】高井 政貴
(72)【発明者】
【氏名】宮内 佑子
(72)【発明者】
【氏名】小栗 保菜美
【テーマコード(参考)】
4B063
【Fターム(参考)】
4B063QA01
4B063QA18
4B063QQ06
4B063QQ18
4B063QS10
4B063QS15
(57)【要約】
【課題】検水に含まれる耐酸性微生物、例えばレジオネラ属菌を検査する際に必要な信頼性の高い検査用試料を簡単に調製できるようにする。
【解決手段】レジオネラ属菌が耐性を示す酸性領域であるpH3.5に検水のpHを調整する。pH3.5を含む高pH領域において負極性の電荷を有しかつレジオネラ属菌が通過可能なガラス繊維ろ紙等のろ過材に対してpH3.5に調整した検水を通過させると、検水中において正極性に帯電したレジオネラ属菌が静電引力によりろ過材に捕捉される。そして、レジオネラ属菌の等電点である概ねpH4~5より高pHの緩衝液、例えばpH9.5の緩衝液をろ過材に通過させると、ろ過材に捕捉されたレジオネラ属菌は緩衝液のpH環境で負極性に帯電することからろ過材に対して反発し、緩衝液中に溶出する。したがって、ろ過材を通過した緩衝液を確保すると、検査用試料が得られる。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
検水に含まれる耐酸性微生物の検査用試料を調製するための方法であって、
前記耐酸性微生物が耐性を示す酸性領域に前記検水のpHを調整する工程1と、
工程1で調整した前記検水のpH値を含む高pH領域において負極性の電荷を有しかつ前記耐酸性微生物が通過可能なろ過材に対し、工程1においてpHを調製した前記検水を通過させる工程2と、
工程2を経た前記ろ過材に対し、前記耐酸性微生物の等電点より高pHの緩衝液を通過させて確保する工程3と、
を含む耐酸性微生物の検査用試料調製方法。
【請求項2】
工程2と工程3との間において、前記耐酸性微生物の耐熱条件下で前記ろ過材を加熱する、請求項1に記載の耐酸性微生物の検査用試料調製方法。
【請求項3】
工程2と工程3との間において、前記耐酸性微生物が耐性を示す酸性領域でありかつ工程1で調整した前記検水のpHより低pHに調整された酸性液を前記ろ過材に適用する、請求項1または2に記載の耐酸性微生物の検査用試料調製方法。
【請求項4】
前記ろ過材がグラスファイバー若しくはグラスウールまたはこれらの混合繊維または陽イオン交換樹脂を用いて形成されている、請求項1から3のいずれかに記載の耐酸性微生物の検査用試料調製方法。
【請求項5】
工程3において、前記緩衝液としてタンパク質、糖類、アルコール類または界面活性剤を添加したものを用いる、請求項1から4のいずれかに記載の耐酸性微生物の検査用試料調製方法。
【請求項6】
前記耐酸性微生物が細菌、カビまたは酵母である、請求項1から5のいずれかに記載の耐酸性微生物の検査用試料調製方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、微生物の検査用試料を調製するための方法、特に、検水に含まれる耐酸性微生物の検査用試料を調製するための方法に関する。
【背景技術】
【0002】
飲用水や浴用水などの生活用水は、水源や環境などの諸要因により種々の微生物を微量に含むことがあり、その含有量が一定量を超えると感染症等を誘発するおそれがある。例えば、公衆浴場や宿泊施設での循環式の温泉水や浴用水、或いは、クーリングタワーの循環冷却水において屡々検出されるレジオネラ属菌は、耐酸性微生物であってポンティアック熱や重篤な肺炎(レジオネラ肺炎)等の疾病の原因となる病原菌である。そこで、温泉水等の浴用水については、条例によりレジオネラ属菌の規制値が10CFU/100mL未満と規定されるとともに、年に一度のレジオネラ属菌の検査が義務付けられており、また、クーリングタワーの循環冷却水については、別途100CFU/100mL未満の推奨値が設けられるとともに同様の検査が推奨されている。
【0003】
浴用水や循環冷却水のレジオネラ属菌の検査方法として、非特許文献1は、公定法を規定している。公定法では、浴槽水等から採取した検水を濃縮した後に雑菌の殺菌処理をすることで検査用試料を調製する。そして、検査用試料の一定量を選択培地に塗布して5~7日間培養し、湿潤性の青白および灰白の集落が出現した場合は検水に規制値以上のレジオネラ属菌が含まれるものと仮に判断し、確認試験を実施する。確認試験では、選択培地に出現した集落をL-システイン不含培地およびBCYEα培地に塗布して2~7日間さらに培養する。これでBCYEα培地のみに集落が形成された場合、この集落にグラム染色を行い、グラム陰性の桿菌が確認されたものをレジオネラ属菌と確定し、検水に規制値以上のレジオネラ属菌が含まれるものと最終判断する。
【0004】
検水を濃縮して検査用試料を調製する方法として、公定法は、メンブレンフィルタを用いたろ過法または遠心分離法によることを規定している。ろ過法では、孔径が0.2μmまたは0.22μmのポリカーボネート製のメンブレンフィルタを固定したろ過器を用いて検水を吸引ろ過する。次に、ろ過器からメンブレンフィルタを取り外して容器に移し、この容器に滅菌蒸留水を加えて試験管ミキサーにより激しく振り混ぜ、それによってメンブレンフィルタ上の懸濁物をはく離させて均一な懸濁液を得る。そして、この懸濁液を酸処理または熱処理することで雑菌を殺菌し、検査用試料とする。
【0005】
一方、遠心分離法では、検水を複数の遠心管に入れて遠心分離し、各遠心管の上澄み液を除去する。次に、各遠心管内の残液中に沈殿物が再度懸濁するように試験管ミキサーを用いて振とうした後、各遠心管の内容物を1つの遠心管に合わせて集める。そして、この遠心管を再度遠心分離し、上澄み液を除去後の残液に沈殿物が再度懸濁するように試験管ミキサーを用いて振とうする。これにより得られる懸濁液を酸処理または熱処理することで雑菌を殺菌し、検査用試料とする。
【0006】
ろ過法および遠心分離法は、それぞれメンブレンフィルタおよび遠心管に関わる取扱いや処理操作が人手に頼る複雑な作業と工程を要するものであることから、採取した検水を所要の設備の整った施設に運搬して実施する必要がある。また、各調製方法は、作業者の技量によって検査用試料の信頼性が揺らぐ可能性がある。さらに、いずれの調製方法についても自動化すれば検査用試料の信頼性を確保可能であるが、そのような自動化装置は各方法の複雑な工程を反映する必要があることから機構が複雑化するとともに大型化が避けられない。したがって、ろ過法および遠心分離法によれば、公衆浴場や宿泊施設等のその場において、信頼性の高い検査用試料を簡単に調製するのは困難である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】日本工業規格 JIS K 0350-50-10:2006、「工業用水・工場排水中のレジオネラ試験方法」
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、検水に含まれる耐酸性微生物、例えばレジオネラ属菌を検査する際に必要な信頼性の高い検査用試料を簡単に調製できるようにしようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、検水に含まれる耐酸性微生物の検査用試料を調製するための方法に関するものである。この調製方法は、耐酸性微生物が耐性を示す酸性領域に検水のpHを調整する工程1と、工程1で調整した検水のpH値を含む高pH領域において負極性の電荷を有しかつ耐酸性微生物が通過可能なろ過材に対し、工程1においてpHを調製した検水を通過させる工程2と、工程2を経たろ過材に対し、耐酸性微生物の等電点より高pHの緩衝液を通過させて確保する工程3とを含む。
【0010】
工程1においてpHが調整された検水において、耐酸性微生物は正極性の電荷を有する状態で安定に生息するのに対し、耐酸性微生物以外の微生物は検水の酸性環境において生息できず駆除される。工程2において、工程1を経た検水をろ過材に通過させると、ろ過材は負極性に帯電し、検水中において正極性に帯電する耐酸性微生物を静電引力により引き付けて捕捉する。これにより、耐酸性微生物はろ過材に残留し、検水から分離される。そして、工程3においてろ過材に対して緩衝液を通過させると、緩衝液のpH環境により耐酸性微生物は負極性の電荷を得ることから負極性に帯電するろ過材に対して反発し、ろ過材から脱離して緩衝液へ移行する。したがって、工程3においてろ過材を通過した緩衝液を確保すると、耐酸性微生物の検査用試料が得られる。
【0011】
本発明の調製方法の一形態では、工程2と工程3との間において、耐酸性微生物の耐熱条件下でろ過材を加熱する。また、本発明の調製方法の他の形態では、工程2と工程3との間において、耐酸性微生物が耐性を示す酸性領域でありかつ工程1で調整した検水のpHより低pHに調整された酸性液をろ過材に適用する。これらの形態に係る操作は併用することもできる。
【0012】
本発明の調製方法において用いるろ過材は、例えば、グラスファイバー若しくはグラスウールまたはこれらの混合繊維または陽イオン交換樹脂を用いて形成されている。
【0013】
本発明の調製方法は、例えば、工程4において、緩衝液としてタンパク質、糖類、アルコール類または界面活性剤を添加したものを用いる。
【0014】
本発明の方法により検査用試料を調製可能な耐酸性微生物は、例えば、細菌、カビまたは酵母である。
【発明の効果】
【0015】
本発明の調製方法によれば、検水に含まれる耐酸性微生物、例えばレジオネラ属菌を検査する際に必要な信頼性の高い検査用試料を簡単に調製することができる。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明の方法により検査用試料を調製する対象となる水は、特に限定されるものではないが、例えば、河川水、湖沼水および地下水などの環境水、上水、工業用水および下水のほか、循環式の温泉水や浴用水およびクーリングタワーの循環冷却水等の各種の用水である。また、検水に含まれる検査対象の耐酸性微生物は、耐酸性を有する微生物であり、通常、レジオネラ属菌やサルモネラ菌等の細菌、カビまたは酵母である。耐酸性微生物の範疇には好酸性微生物も含まれる。
【0017】
検査用試料の調製では、対象の水から検水を採取し、この検水のpHを検査対象の耐酸性微生物が耐性を示す酸性領域、好ましくは検査対象の耐酸性微生物の等電点より低pHに調整する(工程1)。例えば、検査対象の耐酸性微生物がレジオネラ属菌(一般的な細菌の等電点は概ね4~5であることが知られており、レジオネラ属菌の等電点もこの範囲にある。)の場合、本工程において検水のpHは2~6の範囲内、特に、3.5~4.5の範囲内に調整するのが好ましい。
【0018】
検水のpHは、検水のpHを低下させるための酸性の薬剤を用いて調整することができる。薬剤としては、例えば、塩酸、硫酸、硝酸、リン酸、ホウ酸若しくはフッ化水素酸などの無機酸またはクエン酸、酢酸、ギ酸若しくはシュウ酸などの有機酸を用いることができる。これらの薬剤は、二種以上のものが併用されてもよい。
【0019】
本工程においてpHが調整されることにより、検水に含まれる各種の微生物のうち、耐酸性微生物は正極性の電荷を有する状態で安定に生息するが、耐酸性微生物以外の微生物(以下、「非耐性微生物」ということがある。)は検水の酸性環境において生息できすに駆除される。
【0020】
次に、ろ過材に対し、工程1においてpHを調整した検水を通過させる(工程2)。この工程において用いるろ過材は、工程1で調整した検水のpH値を含む高pH領域において負極性の電荷を有するものである。このようなろ過材は、工程1で調整した検水のpH値を含む高pH領域において負極性に帯電する素材を用いることで形成することができる。そのような素材の例としては、グラスファイバー、グラスウールおよびこれらの混合繊維、石英ウール並びに陽イオン交換樹脂を挙げることができる。これらのうち、グラスファイバー、グラスウール若しくはこれらの混合繊維または陽イオン交換樹脂を用いるのが好ましい。
【0021】
ろ過材は、上述の素材を用いて検水を通水可能に形成されたものであれば、形態が限定されるものではない。例えば、素材をろ紙状等に成形したものでもよいし、本工程において検水を通過させる通水路に素材を充填したものであってもよい。但し、ろ過材は、後記の工程3においてろ過材から耐酸性微生物を溶出させる必要があることから、検査対象の耐酸性微生物が通過可能なように設定する必要がある。例えば、検査対象の耐酸性微生物がレジオネラ属菌であってろ紙状のろ過材を用いる場合、当該ろ過材の補粒子径は0.2μm以上、特に0.4μm以上に設定するのが好ましい。
【0022】
工程1においてpHが調整された検水を本工程においてろ過材に通過させると、ろ過材は検水のpH環境に晒されることで負極性に帯電する。これに対し、ろ過材を通過する検水中の耐酸性微生物は正極性に帯電していることから、静電引力によりろ過材に引き付けられ、ろ過材に捕捉される。この結果、検水中の耐酸性微生物は検水からろ過材上に分離される。
【0023】
本工程の終了後であって次の工程に移る前に、必要により、耐酸性微生物を捕捉したろ過材に対して加熱処理または酸性液の適用処理を施してもよい。これらの処理は、ろ過材において検査対象の耐酸性微生物とともに捕捉された他の微生物の駆除効果を高めることを目的とするものである。
【0024】
ろ過材の加熱処理では、検査対象の耐酸性微生物の耐熱条件下でろ過材を加熱する。例えば、検査対象の耐酸性微生物がレジオネラ属菌の場合、ろ過材の加熱温度は40℃~レジオネラ属菌の耐熱温度未満、特に、60℃未満に設定するのが好ましい。
【0025】
ろ過材に対する酸性液の適用処理では、検査対象の耐酸性微生物が耐性を示す酸性領域にpHが調整されたものであって、当該pHが工程1で調整した検水のpHより低pHの酸性液を用いる。例えば、検査対象の耐酸性微生物がレジオネラ属菌の場合、それが耐性を示す酸性領域の下限pHは2であることから、例えば、工程1において検水のpHを3.5に設定した場合、pHが2~3程度の範囲内に調整された酸性液を用いるのが好ましい。
【0026】
酸性液としては、通常、pHを上述のように調整したものであれば種々のものを用いることができる。例えば、塩酸-塩化カリウム緩衝液、グリシン-塩酸緩衝液、クエン酸緩衝液、酢酸緩衝液またはリン酸緩衝液などをここでの酸性液として用いることができる。
【0027】
次に、ろ過材に対して緩衝液を供給し、ろ過材を通過した当該緩衝液を確保する(工程3)。ここで用いる緩衝液は、検査対象となる耐酸性微生物の等電点よりも高pHに調整したものである。pHをこのように調整可能な緩衝液の例として、リン酸緩衝液、クエン酸緩衝液、炭酸塩緩衝液、重炭酸緩衝液および塩化カリウム-水酸化ナトリウム緩衝液を挙げることができる。
【0028】
この工程においてろ過材に対して緩衝液を通過させると、ろ過材に捕捉された耐酸性微生物は緩衝液のpH環境に晒されることで負極性に帯電し、同じく負極性に帯電しているろ過材に対して反発する。この結果、耐酸性微生物はろ過材から脱離し、緩衝液へ移行する。したがって、ろ過材を通過した緩衝液を確保すると、耐酸性微生物の検査用試料が得られる。
【0029】
この工程では、通常、ろ過材を通過させる緩衝液の総量が多いほどろ過材に捕捉された耐酸性微生物の溶出率(すなわち、ろ過材に捕捉された耐酸性微生物の回収率。)を高めることができる。一方、緩衝液としてタンパク質、糖類、アルコール類または界面活性剤を添加したものを用いると、ろ過材からの耐酸性微生物の溶出を促進することができ、ろ過材に通過させる緩衝液の総量を抑えながら耐酸性微生物の溶出率を高めることができる。
【0030】
上述の添加剤を含む緩衝液において、各添加剤の添加濃度は、通常、後記する範囲になるよう調節するのが好ましい。この範囲より添加濃度が低い場合、添加剤による耐酸性微生物の溶出促進効果が得られにくい可能性がある。また、この範囲より添加濃度が高い場合、検査用試料を用いた耐酸性微生物の分析結果の信頼性が添加剤の影響により損なわれる可能性がある。なお、添加剤は二種類以上のものを併用することができる。
【0031】
緩衝液に添加可能なタンパク質としては、例えば、牛肉エキス、ウシ血清アルブミンおよびウシガンマグロブリンなどが挙げられる。タンパク質は、二種以上のものが併用されてもよい。緩衝液におけるタンパク質の添加濃度は、通常、0.1~5.0W/V%に設定するのが好ましく、1.0~3.0W/V%に設定するのがより好ましい。
【0032】
緩衝液に添加可能な糖類は、特に限定されるものではないが、具体例としてはセドヘプツロースおよびコリオースなどの七単糖ケトース、アロース、タロース、グロース、グルコース、アルトロース、マンノース、ガラクトースおよびイドースなどの六炭糖アルドース、プシコース、フルクトース、ソルボースおよびタガトースなどの六炭糖ケトース、リボース、リキソース、キシロース、アラビノースおよびアピオースなどの五炭糖アルドース、リブロースおよびキシルロースなどの五炭糖ケトース、エリトロースおよびトレオースなどの四炭糖アルドース、エリトルロースなどの四炭糖ケトース、グリセルアルデヒドなどの三炭糖アルドース並びにジヒドロキシアセトンなどの三炭糖ケトースを挙げることができる。糖類は、二種以上のものが併用されてもよい。
【0033】
緩衝液における糖類の添加濃度は、通常、0.1~5.0W/V%に設定するのが好ましく、0.5~3.0W/V%に設定するのがより好ましい。
【0034】
緩衝液に添加可能なアルコール類は、特に限定されるものではないが、具体例としてはメタノール、エタノールおよびイソプロパノールなどの一価の低級アルコール、エチレングリコールなどの二価アルコール、グリセリンなどの三価アルコールを挙げることができる。アルコール類は、二種以上のものが併用されてもよい。緩衝液におけるアルコール類の添加濃度は、通常、5.0~15.0W/V%に設定するのが好ましく、8.0~10.0W/V%に設定するのがより好ましい。
【0035】
緩衝液に添加可能な界面活性剤は、特に限定されるものではなく、石鹸や各種の合成界面活性剤を用いることができる。利用可能な合成界面活性剤の具体例としては、カルボン酸型、スルホン酸型、硫酸エステル型およびリン酸エステル型等のアニオン系界面活性剤、第四級アンモニウム塩型、アルキルアミン塩型およびピリジン誘導体等のカチオン系界面活性剤、アルキルベタイン型、脂肪酸アミドプロピルベタイン型、アルキルイミダゾール型、アミノ酸型およびアミンオキシド型等の両性界面活性剤並びにエステル型、エーテル型、エステルエーテル型、アルカノールアミド型、アルキルグリコシドおよび高級アルコール等のノニオン系界面活性剤を挙げることができる。界面活性剤は、二種以上のものが併用されてもよい。
【0036】
緩衝液における界面活性剤の添加濃度は、通常、0.01~5.0W/V%に設定するのが好ましく、0.1~1.0W/V%に設定するのがより好ましい。
【0037】
本発明の調製方法は、ろ過材を用いた比較的簡単な操作により検水に含まれる耐酸性微生物の検査用試料を調製可能であることから、クーリングタワーの設置場所や公衆浴場等のその場において、信頼性の高い検査用試料を簡単に調製することができ、また、公定法が規定するろ過法および遠心分離法とは異なり、自動化が容易である。なお、クーリングタワー等の設置場所のその場において検査用試料を調製する場合や検査用試料調製の自動化を図る場合、工程3の緩衝液に添加する添加剤としては常温での保存安定性の点で界面活性剤またはアルコール類、特に、界面活性剤を選択するのが好ましい。タンパク質や糖類を添加剤とする場合、腐敗の進行を抑えるためにこれら又はこれらを添加した緩衝液を冷蔵保存する必要があるが、界面活性剤やアルコール類を添加剤とする場合はその必要性に乏しく、保存が容易である。
【0038】
本発明の調製方法により得られた検査用試料は、公定法において規定された方法により検査することができるが、その他の方法により検査することもできる。例えば、検査対象の耐酸性微生物がレジオネラ属菌の場合、検査用試料は、レジオネラ属菌検査用のイムノクロマト試験紙に適用することができる。レジオネラ属菌検査用試料を適用したイムノクロマト試験紙が陽性を呈した場合、検水には規制値以上のレジオネラ属菌が含まれるものと判断することができ、また、当該イムノクロマト試験紙が陰性を呈した場合、検水には規制値以上のレジオネラ属菌が含まれないものと判断することができる。
【0039】
レジオネラ属菌検査用のイムノクロマト試験紙は市販のものを用いることができる。例えば、尿中のレジオネラニューモフィラ血清型1抗原(LPS)検出試薬である「チェックレジオネラ」(SA Scientific, INC.社の商品名)や「Qライン極東レジオネラ」(極東製薬工業株式会社の商品名)などを用いることができる。
【0040】
本発明の調製方法により得られた検査用試料は、公定法やイムノクロマト試験紙を用いる検査方法とは別の検査方法に適用することもできる。例えば、LAMP法(遺伝子検査法)、PCR法(ポリメラーゼ連鎖反応法)またはイムノアッセイ法の一つであるELISA法などに本発明により調製された検査用試料を適用可能である。
【0041】
[実験例]
<試験検水の調製>
BCYEα寒天培地(日水製薬株式会社製)上に生育したレジオネラ属菌(Legionella pneumophila)をリン酸緩衝液(pH7.2)に約100,000CFU/mLとなるように懸濁させた菌液を調製し、この菌液を試験検水とした。試験検水に含まれるレジオネラ属菌の実際の菌数は、BCYEα寒天培地を用いた培養法(36℃・4日間)により確認した。
【0042】
<実験例1>
工程1:
試験検水にpH3.5の50mMクエン酸緩衝液を加えて100倍に希釈し、試験検水のpHを3.5に調整した。そして、BCYEα寒天培地を用いた培養法(36℃・4日間)によりpH調整後の試験検水に含まれるレジオネラ属菌の菌数を確認した。
【0043】
工程2:
ホルダに保持したガラス繊維ろ紙(株式会社アドバンテックの型番「GD-120」/直径25mm、保有粒子径0.9μm、厚さ0.51mm)に工程1でpH調整後の試験検水10mLを200mL/分の流速で通水し、通過水(ろ液)を確保した。
【0044】
工程3:
工程2を経たガラス繊維ろ紙にpH9.5の50mM重炭酸緩衝液10mLを200mL/分の流速で通液し、通過液を確保した。
【0045】
<実験例2>
次の点を除いて実験例1と同様に操作した。
(1)工程2において、0.025gのグラスウール(増田理科工業株式会社製)を充填した内径9mmのカラムに工程1でpH調整後の試験検水10mLを0.33mL/分の流速で通水し、通過水を確保した点。
(2)工程3において、工程2を経たカラムにpH9.5の50mM重炭酸緩衝液10mLを0.33mL/分の流速で通液し、通過液を確保した点。
【0046】
<実験例3>
次の点を除いて実験例1と同様に操作した。
(1)工程2において、0.1gの石英ウール(アズワン株式会社の「Bグレード」)を充填した内径9mmのカラムに工程1でpH調整後の試験検水10mLを0.5mL/分の流速で通水し、通過水を確保した点。
(2)工程3において、工程2を経たカラムにpH9.5の50mM重炭酸緩衝液10mLを0.5mL/分の流速で通液し、通過液を確保した点。
【0047】
<実験例4>
次の点を除いて実験例1と同様に操作した。
(1)工程2において、2.5gの陽イオン交換樹脂(三菱ケミカル式会社製の「UBK10」)を充填した内径9mmのカラムに工程1でpH調整後の試験検水10mLを1.7mL/分の流速で通水し、通過水を確保した点。
(2)工程3において、工程2を経たカラムにpH9.5の50mM重炭酸緩衝液10mLを1.7mL/分の流速で通液し、通過液を確保した点。
【0048】
<実験例5~10>
次の点を除いて実験例1と同様に操作した。
(1)工程2において、ホルダに保持したガラス繊維ろ紙(株式会社アドバンテックの型番「GA-100」/直径25mm、保有粒子径1μm、厚さ0.44mm)に工程1でpH調整後の試験検水10mLを200mL/分の流速で通水し、通過水を確保した点。
(2)工程3において、工程2を経たガラス繊維ろ紙に表1に示す添加剤が同表に示す濃度になるよう添加されたpH9.5の50mM重炭酸緩衝液10mLを200mL/分の流速で通液し、通過液を確保した点。
【0049】
<実験例11~14>
次の点を除いて実験例5~10と同様に操作した。
(1)工程2において試験検水をガラス繊維ろ紙に通水して通過水を確保した後、ガラス繊維ろ紙にpH2.2の50mM塩酸-塩化カリウム緩衝液5mLを200mL/分の流速でさらに通水して5分間放置した後に次の工程3に移行した点。
なお、この変更に当たり、pH2.2の50mM塩酸-塩化カリウム緩衝液中においてレジオネラ属菌が死滅せずに生存することを予め確認した。また、pH2.2の50mM塩酸-塩化カリウム緩衝液の通過液について、BCYEα寒天培地を用いた培養法(36℃・4日間)により確認したレジオネラ属菌の菌数は実質的に0であり、ガラス繊維ろ紙から当該通過液にレジオネラ属菌が漏出していないことを確認した。
(2)工程3において、ガラス繊維ろ紙に表1に示す添加剤が同表に示す濃度になるよう添加されたpH9.5の50mM重炭酸緩衝液10mLを200mL/分の流速で通液し、通過液を確保した点。
【0050】
<評価>
(1)工程2でのレジオネラ属菌捕集率
各実験例の工程2で確保した通過水中に含まれるレジオネラ属菌の菌数をBCYEα寒天培地を用いた培養法(36℃・4日間)により確認した。そして、次の計算式によりガラス繊維ろ紙またはカラムによるレジオネラ属菌の捕集率を算出した。結果を表1に示す。
【0051】
【0052】
(2)工程3でのレジオネラ属菌溶出率
各実験例の工程3で確保した通過液中に含まれるレジオネラ属菌の菌数をBCYEα寒天培地を用いた培養法(36℃・4日間)により確認した。そして、次の計算式によりガラス繊維ろ紙またはカラムからのレジオネラ属菌の溶出率を算出した。結果を表1に示す。
【0053】
【0054】
【0055】
実験例2、3は工程3での溶出率が50%に満たないが、この溶出率は同工程で用いる緩衝液の総量を増量等することで改善可能である。実験例3、4は他の実験例に比べて工程2での捕集率が劣るが、これは工程1で試験検水のpH値を変更したり工程2において試験検水の流量を調節したりすることで改善可能である。実験例5と実験例6~14とを対比すると、工程3で用いる緩衝液に添加剤を添加することで、同緩衝液の総量が同じであっても同工程での溶出率が有意に高まることがわかる。