(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023114677
(43)【公開日】2023-08-18
(54)【発明の名称】内視鏡治療用キット及び生体吸収性シート
(51)【国際特許分類】
A61B 17/00 20060101AFI20230810BHJP
【FI】
A61B17/00 500
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022017121
(22)【出願日】2022-02-07
(71)【出願人】
【識別番号】504173471
【氏名又は名称】国立大学法人北海道大学
(74)【代理人】
【識別番号】100095407
【弁理士】
【氏名又は名称】木村 満
(74)【代理人】
【識別番号】100202913
【弁理士】
【氏名又は名称】武山 敦史
(74)【代理人】
【識別番号】100222922
【弁理士】
【氏名又は名称】和田 朋子
(74)【代理人】
【識別番号】100132883
【弁理士】
【氏名又は名称】森川 泰司
(72)【発明者】
【氏名】大野 正芳
(72)【発明者】
【氏名】大西 俊介
(72)【発明者】
【氏名】黒川 孝幸
【テーマコード(参考)】
4C160
【Fターム(参考)】
4C160CC02
4C160DD55
4C160DD65
4C160MM43
(57)【要約】
【課題】内視鏡治療により生じた創部を容易に閉鎖することが可能な内視鏡治療用キット及び生体吸収性シートを提供する。
【解決手段】内視鏡治療用キット1は、生体吸収性材料で形成され、縮小した状態と展開した状態との間で変形可能な生体吸収性シート2と、生体吸収性シート2を粘膜に付着させるアルギン酸塩を収容した第1のシリンジ3と、を備える。第1のシリンジ3には、水溶性のアルギン酸塩の水溶液又は粉末が収容されてもよい。水溶性のアルギン酸塩は、アルギン酸ナトリウムであってもよい。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体吸収性材料で形成され、縮小した状態と展開した状態との間で変形可能な生体吸収性シートと、
前記生体吸収性シートを粘膜に付着させる水溶性のアルギン酸塩を収容した第1の容器と、
を備える内視鏡治療用キット。
【請求項2】
前記第1の容器には、水溶性のアルギン酸塩の水溶液又は粉末が収容されている、
請求項1に記載の内視鏡治療用キット。
【請求項3】
前記水溶性のアルギン酸塩は、アルギン酸ナトリウムである、
請求項1又は2に記載の内視鏡治療用キット。
【請求項4】
前記第1の容器には、アルギン酸ナトリウムの水溶液が収容され、
前記水溶液中のアルギン酸ナトリウムの濃度は、重量比で1%~6%の範囲内である、
請求項1に記載の内視鏡治療用キット。
【請求項5】
前記水溶性のアルギン酸塩をゲル化するカルシウム化合物が溶解したカルシウム水溶液を収容した第2の容器をさらに備える、
請求項1から4のいずれか1項に記載の内視鏡治療用キット。
【請求項6】
前記生体吸収性シートは、乳酸とカプロラクトンとの共重合体からなる多孔質材料で形成されているシート基材を備える、
請求項1から5のいずれか1項に記載の内視鏡治療用キット。
【請求項7】
生体吸収性材料で形成され、縮小した状態と展開した状態との間で変形可能な多孔質材料で形成されたシート基材と、
前記シート基材の表面に設けられ、前記シート基材を粘膜に付着させる水溶性のアルギン酸塩の層と、
を備える生体吸収性シート。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、内視鏡治療用キット及び生体吸収性シートに関する。
【背景技術】
【0002】
粘膜と筋層との間にある粘膜下層に薬剤を注入し、粘膜にある病変部を浮かせた状態で切除する内視鏡的粘膜下層剥離術(Endoscopic submucosal dissection:ESD)が広く行われている。ESDでは、他の内視鏡治療と同様に穿孔や後出血といった合併症がまれに生じることがある。このような合併症に対処するため、内視鏡クリップを用いた処置が行われているが、術者に高度な技量が要求されると共に、大きな創部を処置することは困難である。そこで、創部に生体吸収性シートを貼り付ける処置に注目が集まっている。例えば、特許文献1には、ポリグリコール酸(Polyglycolic Acid:PGA)を材料としたPGAシートを創部に貼り付ける処置が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1に開示されているようなPGAシートについては、胃ESD後の後出血予防に関する前向き試験で否定的な結果も報告されており、創部における組織の再生を十分に促すことができないおそれがある。また、PGAシートには、内視鏡的なデリバリーが困難であり、創部を被覆するのに術者に高度な技術が要求されるため、内視鏡的切除術以上に時間を要するという問題もある。
【0005】
本発明は、このような背景に基づいてなされたものであり、内視鏡治療により生じた創部を容易に閉鎖することが可能な内視鏡治療用キット及び生体吸収性シートを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成するために、本発明の第1の観点に係る内視鏡治療用キットは、
生体吸収性材料で形成され、縮小した状態と展開した状態との間で変形可能な生体吸収性シートと、
前記生体吸収性シートを粘膜に付着させる水溶性のアルギン酸塩を収容した第1の容器と、
を備える。
【0007】
前記第1の容器には、水溶性のアルギン酸塩の水溶液又は粉末が収容されてもよい。
【0008】
前記水溶性のアルギン酸塩は、アルギン酸ナトリウムであってもよい。
【0009】
前記第1の容器には、アルギン酸ナトリウムの水溶液が収容され、
前記水溶液中のアルギン酸ナトリウムの濃度は、重量比で1%~6%の範囲内であってもよい。
【0010】
前記水溶性のアルギン酸塩をゲル化するカルシウム化合物が溶解したカルシウム水溶液を収容した第2の容器をさらに備えてもよい。
【0011】
前記生体吸収性シートは、乳酸とカプロラクトンとの共重合体からなる多孔質材料で形成されているシート基材を備えてもよい。
【0012】
上記目的を達成するために、本発明の第2の観点に係る生体吸収性シートは、
生体吸収性材料で形成され、縮小した状態と展開した状態との間で変形可能な多孔質材料で形成されたシート基材と、
前記シート基材の表面に設けられ、前記シート基材を粘膜に付着させる水溶性のアルギン酸塩の層と、
を備える。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、内視鏡治療により生じた創部を容易に閉鎖することが可能な内視鏡治療用キット及び生体吸収性シートを提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】本発明の実施の形態に係る内視鏡治療用キットの構成を示す概略図である。
【
図2】(a)は、本発明の実施の形態に係る生体吸収性シートの構成を示す平面図であり、(b)は、(a)の生体吸収性シートを丸めた様子を示す斜視図である。
【
図3】(a)~(d)は、いずれも本発明の実施の形態に係る内視鏡治療用キットを用いて術者が実施する処置の手順を示す図である。
【
図4】(a)~(d)は、いずれも実施例1におけるブタの胃の内部の様子を内視鏡により撮影した図である。
【
図5】(a)は、実施例1における病理組織標本を顕微鏡により撮影した図であり、(b)は、(a)の破線の枠部をさらに拡大した拡大図である。
【
図6】実施例2における生体吸収性シートの様子を撮影した図である。
【
図7】(a)は、実施例2におけるブタの胃から採取した組織片に穿孔が形成された様子を撮影した図であり、(b)は、(a)の組織片の穿孔に生体吸収性シートを貼り付けた様子を撮影した図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の実施の形態に係る内視鏡治療用キット及び生体吸収性シートを、図面を参照しながら詳細に説明する。各図面では、同一又は同等の部分に同一の符号を付す。
【0016】
内視鏡治療用キットは、ESDのような内視鏡処置具を用いた処置で生じた創部を保護し、創部における組織の再生を促進する処置に用いるキットである。創部には、術中穿孔のような術中に発生する創部と、後出血、遅発性穿孔のような術後合併症による創部(後創部)が含まれる。後創部は、例えば、病変部を切除した部分の周辺に生じた潰瘍面が原因で生じることがある。また、内視鏡治療用キットは、内視鏡処置後の消化管(例えば、食道)の狭窄予防にも適用し得る。内視鏡治療用キット1を用いることで内視鏡下での創部の処置が可能になるため、創部の縫合等のために外科手術を行う必要がなくなり、患者への負担を低減できる。
【0017】
図1は、実施の形態に係る内視鏡治療用キット1の構成を示す概略図である。内視鏡治療用キット1は、生体吸収性シート2と、アルギン酸ナトリウム水溶液を収容した第1のシリンジ3と、カルシウム水溶液を収容した第2のシリンジ4と、を備える。生体吸収性シート2、第1のシリンジ3及び第2のシリンジ4は、それぞれ滅菌された状態で包材5により保護されている。第1のシリンジ3は、第1の容器の一例であり、第2のシリンジ4は、第2の容器の一例である。
【0018】
図2(a)は、実施の形態に係る生体吸収性シート2の構成を示す平面図であり、
図2(b)は、
図2(a)の生体吸収性シート2を丸めた様子を示す斜視図である。生体吸収性シート2は、創部に貼り付けられると、時間の経過に伴い全部又は一部が体内に吸収されると共に、創部における組織の再生を促進する。生体吸収性シート2は、創部の凹凸に合わせて変形し得る程度の柔軟性を備える。生体吸収性シート2は、内視鏡下での術者の視認性を高めるために染料で着色されていることが好ましい。
【0019】
生体吸収性シート2は、内視鏡用鉗子による創部への貼り付けを考慮すると、
図2(a)に示すように円形であることが好ましい。生体吸収性シート2の直径は、任意であるが、内視鏡挿入部のチャンネルでのデリバリーを考慮すると、例えば、5mm~20mmの範囲内であることが好ましく、10mm程度であることがさらに好ましい。生体吸収性シート2の厚さは、生体吸収性シート2を構成する材料の弾性特性にもよるが、凹凸を有する創部への貼り付けや内視鏡挿入部のチャンネルでのデリバリーを考慮すると、例えば、50μm~100μmの範囲内であることが好ましい。
【0020】
生体吸収性シート2は、シート基材21と、シート基材21に取り付けられ、シート基材21を補強する補強部材22と、を備える。
【0021】
シート基材21は、創部に貼り付けられた状態で、創部における組織の再生を促進する多数の細孔を備える多孔質材料のシート、例えば、スポンジ状シートで形成されている。スポンジ状シートは、例えば、生体吸収性のポリマー材料を溶媒に溶かしたポリマー溶液を容器に流し入れて凍結乾燥し、凍結乾燥により得られたシートを真空中で熱セットすることで作成される。網目の細かさを考慮すると、ポリマー溶液におけるポリマー材料の濃度は、例えば、重量比で1%~5%の範囲内であることが好ましい。
【0022】
シート基材21は、例えば、乳酸(Lactic Acid:LA)-カプロラクトン(Caprolactone:CL)の共重合体で形成されている。乳酸とカプロラクトンとの共重合比は、例えば、40:60~60:40の範囲内であり、好ましくは50:50である。乳酸とカプロラクトンとの共重合体は、PGAのような他の生体吸収性材料と比較して、化学的に変化が起きにくく目が細かいため、創部に貼り付けた状態で網目内における粘膜細胞の増殖が促進される。
【0023】
補強部材22は、シート基材21を補強する細長形状の部材である。補強部材22は、生体吸収性材料、例えば、PGAで形成されている。補強部材22は、例えば、互いに間隔を空けてそれぞれ一定方向に延びるようにシート基材21に取り付けられている。補強部材22は、例えば、補強部材22をシート基材21に巻き付けることで、シート基材21に取り付けられている。補強部材22の巻き付け回数は、任意であるが、例えば、10回~20回の範囲内である。
【0024】
生体吸収性シート2は、上記の構成を備えるため、例えば、
図2(a)に示す展開した状態から
図2(b)に示すように内視鏡挿入部のチャンネルの筒型形状に合わせて丸めた状態に変形させたり、逆に
図2(b)に示す丸めた状態から
図2(a)に示す展開した状態に復帰させたりできる。生体吸収性シート2を丸めた状態や折り畳んだ状態に保持するには、内視鏡用鉗子で生体吸収性シート2を把持すればよい。
以上が、生体吸収性シート2の構成である。
【0025】
図1に戻り、第1のシリンジ3に収容されたアルギン酸ナトリウム水溶液は、アルギン酸ナトリウムを水に溶解させた粘度のある水溶液である。アルギン酸ナトリウムは、アルギン酸のカルボキシル基がNaイオンと結合した中性塩である。アルギン酸ナトリウム水溶液の粘度は、アルギン酸ナトリウムの濃度に応じて対数的に変化する。アルギン酸ナトリウム水溶液にCaイオンを加えると、Caイオンが2つのカルボキシル基にまたがって塩を作ろうとするため、イオン架橋が起こり、ゲル化(ゾル・ゲル転移)が進行する。
【0026】
発明者らが鋭意実験を繰り返した結果、生体吸収性シート2を創部へ付着させるには、アルギン酸ナトリウムの濃度が重量比で少なくとも1%必要であるのに対し、後述する散布チューブのチャンネル内を流動させるには、アルギン酸ナトリウムの濃度が重量比で最大でも6%以下に押さえることが好ましいことが判明した。したがって、生体吸収性シート2の粘膜への付着に用いるアルギン酸ナトリウムの濃度は、重量比で1%~6%の範囲内であることが好ましい。また、アルギン酸ナトリウム水溶液の粘度は、生体吸収性シート2の創部への付着と散布チューブのチャンネル内における流動とを考慮すると、例えば、アルギン酸ナトリウムの濃度1%(重量比)、温度20℃の環境下において、20mPa・s~400mPa・sの範囲内であることが好ましい。
【0027】
アルギン酸ナトリウムは、内視鏡挿入部のチャンネルに挿通可能な散布チューブを用いて体内に供給すればよい。散布チューブは、ノズルと、ノズルが先端に設けられたシースと、シースの基端部に設けられたルアー口金を備える。ルアー口金に接続された第1のシリンジ3からアルギン酸ナトリウム水溶液が供給されると、散布チューブのノズルからアルギン酸ナトリウムが散布される。アルギン酸ナトリウムを高濃度にする場合には、散布チューブのノズルを取り外し、アルギン酸ナトリウムがシースから直接流出するように構成すればよい。また、散布チューブは、アルギン酸ナトリウム水溶液の粘度を考慮すると、できる限り内径の大きなものを選択することが好ましい。
【0028】
第2のシリンジ4に収容されたカルシウム水溶液は、アルギン酸ナトリウムのゲル化を促進するCaイオンを含む水溶液である。Caイオンを含む水溶液は、水溶性のカルシウム化合物、例えば、塩化カルシウム、乳酸カルシウムを水に溶かした水溶液である。Caイオンを含む水溶液は、例えば、病院内で入手が容易なカルシウム製剤を粉砕し、水で希釈することで得られる。アルギン酸ナトリウムのゲル化を促進するには、モル数が大きいことが好ましいため、塩化カルシウム製剤を用いることが好ましい。塩化カルシウムの濃度は、体内で散布可能な範囲で任意であるが、例えば、重量比で5%程度である。カルシウム水溶液は、アルギン酸ナトリウム水溶液と同様に散布チューブを用いて体内に散布すればよい。
以上が、内視鏡治療用キット1の構成である。
【0029】
次に、
図3を参照して、実施の形態に係る内視鏡治療用キット1を用いた創部の処置方法の流れを説明する。以下、内視鏡挿入部(図示せず)が患者の胃の内部に挿入され、ESDに由来する穿孔部が患者の胃壁に形成されているものとする。
【0030】
まず、散布チューブ6を内視鏡挿入部のチャンネルに挿通し、患者の胃の内部に到達させる。次に、
図3(a)に示すように、散布チューブ6からアルギン酸ナトリウムを放出し、穿孔を含む創部にまんべんなく塗布する。その後、散布チューブ6を内視鏡挿入部のチャンネルから引き抜く。
【0031】
次に、円筒状に丸めた状態の生体吸収性シート2の端部を内視鏡用鉗子7で把持し、内視鏡挿入部のチャンネルに挿通することで、生体吸収性シート2を胃の内部にまで到達させる。
【0032】
次に、
図3(b)に示すように、内視鏡用鉗子7の先端部を創部に近づけ、内視鏡用鉗子7を用いて創部に生体吸収性シート2を貼り付ける。このとき、内視鏡用鉗子7から生体吸収性シート2を解放するだけで、生体吸収性シート2を展開された状態に戻すことができる。次に、展開された状態の生体吸収性シート2を内視鏡用鉗子7で再び把持し、アルギン酸ナトリウムが塗布された創部に貼り付ける。その後、内視鏡用鉗子7を内視鏡挿入部のチャンネルから引き抜く。
【0033】
次に、新しい散布チューブ6を内視鏡挿入部のチャンネルに挿通し、胃の内部に到達させる。次に、
図3(c)に示すように散布チューブ6からカルシウム水溶液を噴霧し、生体吸収性シート2にまんべんなく塗布する。アルギン酸ナトリウムとCaイオンとが反応するとアルギン酸のゲル化が促進され、生体吸収性シート2が創部に強固に付着する。これにより創部を速やかに止血すると共に、長期間にわたって創部を食物や胃液から保護できる。その後、散布チューブ6を内視鏡挿入部のチャンネルから引き抜く。
【0034】
創部に貼り付けられた生体吸収性シート2のシート基材21は、表面や内部に多数の細孔を備え、多数の細孔が粘膜細胞の足場として機能する。このため、創部への貼り付けから時間が経過すると、
図3(d)に示すように生体吸収性シート2内で細胞が増殖し、徐々に分解する生体吸収性シート2と入れ替わるように穿孔を塞ぐ組織が再生する。生体吸収性シート2のうち穿孔部の周辺に位置する部分は、組織の再生が進行する穿孔部から自然に脱落し、排せつ物と共に体外に排出される。
以上が、内視鏡治療用キット1を用いた創部の処置方法の流れである。
【0035】
以上説明したように、実施の形態に係る内視鏡治療用キット1は、生体吸収性材料で形成され、縮小した状態と展開した状態との間で変形可能な生体吸収性シート2と、生体吸収性シート2を粘膜に付着させるアルギン酸ナトリウムを収容した第1のシリンジ3と、を備える。このため、創部を生体吸収性シート2で覆う前に第1のシリンジ3から供給されるアルギン酸ナトリウムを事前に塗布することで、生体吸収性シート2を創部に強固に付着できる。このため、生体吸収性シート2が臓器の蠕動運動や消化液に晒されても創部に付着した状態を安定的に維持でき、結果として5mm~6mm程度の大きな穿孔であっても閉鎖させることができる。
【0036】
実施の形態に係る内視鏡治療用キット1は、アルギン酸ナトリウムをゲル化するカルシウム水溶液を収容した第2のシリンジ4をさらに備える。このため、第2のシリンジ4から噴霧されるカルシウム水溶液中のCaイオンがアルギン酸ナトリウム水溶液と反応することで、生体吸収性シート2を創部により強固に付着できる。
【0037】
本発明は上記実施の形態に限られず、以下に述べる変形も可能である。
【0038】
(変形例)
上記実施の形態では、生体吸収性シート2、第1のシリンジ3及び第2のシリンジ4を1つの包材5で滅菌包装していたが、本発明はこれに限られない。例えば、生体吸収性シート2、第1のシリンジ3及び第2のシリンジ4をそれぞれ個別の包材で滅菌包装してもよい。
【0039】
上記実施の形態では、アルギン酸ナトリウム水溶液を第1のシリンジ3に、カルシウム水溶液を第2のシリンジ4に収容していたが、本発明はこれに限られない。アルギン酸ナトリウム水溶液、カルシウム水溶液を安定的に保管できれば、シリンジ以外の容器に収容してもよい。
【0040】
上記実施の形態では、生体吸収性シート2が円形であったが、本発明はこれに限られない。例えば、生体吸収性シート2は、正方形、長方形又は楕円形であってもよい。
【0041】
上記実施の形態では、シート基材21に有効成分を添加していなかったが、本発明はこれに限られない。例えば、シート基材21を足場にした細胞増殖を促進する有効成分を含む薬剤をシート基材21に添加してもよい。
【0042】
上記実施の形態では、シート基材21の全てが生体吸収性材料で形成されていたが、本発明はこれに限られない。例えば、シート基材21の編み込みの一部に生体非吸収性の糸、例えば、ナイロン糸を編み込んでもよい。また、上記実施の形態では、補強部材22が生体吸収性材料で形成されていたが、本発明はこれに限られない。例えば、補強部材22を非吸収性材料で形成してもよい。
【0043】
上記実施の形態では、補強部材22が同一方向に等間隔で延びていたが、本発明はこれに限られない。例えば、シート基材21に対して複数の補強部材22を格子状に配置してもよく、シート基材21の位置に応じて同一方向に延びる補強部材22の間隔を変化させてもよい。
【0044】
上記実施の形態では、生体吸収性シート2がシート基材21と補強部材22とで構成されていたが、本発明はこれに限られない。例えば、シート基材21の組織に接触する面と反対側に追加シートを取り付けてもよい。追加シートは、例えば、PGAシートであってもよい。
【0045】
上記実施の形態では、シート基材21に補強部材22が取り付けられていたが、本発明はこれに限られない。シート基材21の弾性特性が良好であれば、シート基材21への補強部材22の取り付けを省略してもよい。
【0046】
上記実施の形態では、アルギン酸ナトリウムで生体吸収性シート2を創部に付着できるため、内視鏡用クリップは不要であったが、本発明はこれに限られない。創部の大きさや状態によってはアルギン酸ナトリウムによる付着に加えて内視鏡用クリップを併用してもよい。
【0047】
上記実施の形態では、アルギン酸ナトリウムを水溶液としていたが、本発明はこれに限られない。例えば、アルギン酸ナトリウムの粉末を準備し、ノズルを外した散布チューブ6及びアルギン酸ナトリウムの粉末を収容したシリンジを用いて体内にアルギン酸ナトリウムの粉末を散布してもよい。アルギン酸ナトリウムの粉末は、アルギン酸ナトリウム水溶液と異なり粘度を有しないため、体内への供給が容易である。
【0048】
上記実施の形態では、アルギン酸ナトリウムを創部に塗布した後、創部に生体吸収性シート2を貼り付けていたが、本発明はこれに限られない。例えば、生体吸収性シート2のシート基材21の表面にアルギン酸ナトリウムを予め塗布し、アルギン酸ナトリウム層を形成してもよい。
【0049】
上記実施の形態では、生体吸収性シート2を粘膜に付着させるのにアルギン酸ナトリウムを用いていたが、本発明はこれに限られない。アルギン酸ナトリウム以外の水溶性のアルギン酸塩、例えば、アルギン酸カリウム、アルギン酸アンモニウム、アルギン酸エステルを用いてもよい。これらのアルギン酸塩も、カルシウム水溶液中のCaイオンに反応することで、イオン架橋を生じさせるアルギン酸カルシウムを生成する。
【0050】
上記実施の形態では、散布チューブ6からカルシウム水溶液を噴霧していたが、本発明はこれに限られない。例えば、内視鏡挿入部の灌流用チャンネルからカルシウム水溶液を直接供給してもよい。
【0051】
上記実施の形態では、生体吸収性シート2を胃の穿孔部や後創部といった創部に適用していたが、本発明はこれに限られない。例えば、生体吸収性シート2を食道、小腸、大腸の創部に適用してもよい。また、ESDの合併症を処置する場合に限られず、内視鏡用処置具を用いた他の処置において合併症が発生した場合に適用してもよい。
【0052】
上記実施の形態では、患者の臓器に生じた穿孔を閉鎖する処置を実施していたが、本発明はこれに限られない。上記の処置を、ヒトを除く動物に適用してもよい。具体的には、動物の創部にアルギン酸ナトリウムを塗布し、アルギン酸ナトリウムが塗布された創部に生体吸収性シート2を貼り付け、創部に貼り付けられた生体吸収性シート2にカルシウム水溶液を噴霧すればよい。
【0053】
上記実施の形態は例示であり、本発明はこれらに限定されるものではなく、特許請求の範囲に記載した発明の趣旨を逸脱しない範囲でさまざまな実施の形態が可能である。実施の形態や変形例で記載した構成要素は自由に組み合わせることが可能である。また、特許請求の範囲に記載した発明と均等な発明も本発明に含まれる。
【0054】
以下、実施例を挙げて本発明を具体的に説明する。ただし、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0055】
(実施例1)
実施例1では、ブタの胃に人為的に形成された穿孔部に新規シートを貼り付け、穿孔部に組織が再生するかどうかを観察した。新規シートは、乳酸:カプロラクトン(50:50)の共重合体でスポンジ状に形成されたシート基材を直径1cmの円形に切断し、このシート基材にナイロン糸を格子状に巻き付け、表面に6%アルギン酸ナトリウム水溶液(株式会社キミカ製)を塗布したものである。なお、ナイロン糸を格子状に巻き付けたのは、シート基材が分解する様子を確認しやすくするためである。
【0056】
まず、
図4(a)に示すようにブタの胃に直径5mm~6mm程度の穿孔を形成し、次に、
図4(b)に示すようにブタの胃に形成された創部に新規シートを貼り付けた。新規シートは直径1cm円形に形成されているため、内視鏡の鉗子口を通じて使用することが可能であり、体内での操作性も良好であった。貼り付けから3日後、7日後に内視鏡で創部を観察した。また、7日後にブタを犠牲にして組織片を採取し、創部の病理学的な検討を行った。比較のために、PGAシートを創部に貼り付け、同様の検討を行った。新規シートを用いた新規シート群は11例であるのに対し、PGAシートを用いた対照群は1例であった。
【0057】
以下に実験結果を示す。
図4(c)及び(d)は、それぞれ貼り付け3日後、7日後の創部の様子を内視鏡で撮影した図である。新規シートの組成やアルギン酸ナトリウムの濃度に多少のばらつきがあるもの、新規シート群では、3日後に創部に残存したものが全体の64.7%、7日後に創部に残存したものが全体の23.5%であった。内視鏡用クリップによる処置でも1週間後には内視鏡用クリップのほとんどが脱落することから、少なくとも内視鏡用クリップと同等程度の付着力を確保できることが確認できた。
【0058】
新規シート群では、創部への貼り付け時に穿孔を塞ぎきれなかった1例を除き、貼り付け7日後に10例でブタの生存を確認した。採取した病理組織に対してHE(Hematoxylin Eosin)染色を行い、顕微鏡で観察したところ、
図5(a)及び(b)に示すように、穿孔部の筋層は再生していなかったが、創部に層状の炎症細胞浸潤や血管新生が観察された。他方、対照群1例では、貼り付け7日後にブタが衰弱しており、内視鏡で観察すると、腹腔内の炎症も強く、穿孔部の漿膜側には脾臓が強く癒着していた。組織片を新規シート群と同様の手法で病理学的に観察したところ、PGAシートが組織に吸収された痕跡や血管新生は確認できなかった。
【0059】
(実施例2)
実施例2では、新規シートを創部により強固に固定するため、アルギン酸ナトリウムとカルシウム水溶液とを組み合わせて用いる手法を検討した。実施例2では、乳酸:カプロラクトン(50:50)の共重合体でスポンジ状に形成されたシート基材21にPGAからなる補強部材22を20回巻き付け、直径1cmの円形に切断した新規シートを使用した。この新規シートの一例を
図6に示す。
【0060】
実施例2では、まず、ブタの胃から6つの組織片を採取し、採取した組織片に人為的に穿孔を作成した。次に、
図7(a)に示すようにそれぞれを個別のシャーレに載せ、各シャーレをトレー内に並べた。6つの試験片のうち3つの組織片は手順Aで、他の3つの組織片は手順Bで実験を行った。手順Aでは、新規シートにアルギン酸ナトリウム水溶液を塗布したもの創部に貼り付けた後、5%塩化カルシウム水溶液1mlを振りかけた。手順Bでは、新規シートに5%塩化カルシウム水溶液を塗布したものを創部に貼り付けた後、アルギン酸ナトリウム水溶液1mlを振りかけた。アルギン酸ナトリウムの濃度は、それぞれ1%、2%、6%とした。
図7(b)に示すように手順A、Bを経た組織片を放置し、貼り付け1週間後に付着力が残存するかを観察した。
【0061】
以下に実験結果を示す。手順Aでは、いずれも新規シートを把持して組織片を持ち上げることができた。このとき、アルギン酸ナトリウムの濃度が高いほど新規シートが組織片に強固に付着し、いずれも十分な付着力が残存していることが確認できた。他方、手順Bでは、新規シートを把持したところ、いずれも新規シートも簡単に外れた。
【符号の説明】
【0062】
1 内視鏡治療用キット
2 生体吸収性シート
21 シート基材
22 補強部材
3 第1のシリンジ
4 第2のシリンジ
5 包材
6 散布チューブ
7 内視鏡用鉗子