(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023114945
(43)【公開日】2023-08-18
(54)【発明の名称】耐震用スリットの改修工法、および同工法で改修された耐震用スリット構造
(51)【国際特許分類】
E04G 23/02 20060101AFI20230810BHJP
E04B 1/62 20060101ALI20230810BHJP
E04B 2/84 20060101ALI20230810BHJP
【FI】
E04G23/02 E
E04B1/62 C
E04B2/84 F
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022017563
(22)【出願日】2022-02-07
(71)【出願人】
【識別番号】522051410
【氏名又は名称】有限会社フジワラボーリング工業
(74)【代理人】
【識別番号】100129159
【弁理士】
【氏名又は名称】黒沼 吉行
(72)【発明者】
【氏名】藤原 大輔
(72)【発明者】
【氏名】原島 智浩
【テーマコード(参考)】
2E001
2E176
【Fターム(参考)】
2E001DH34
2E001EA01
2E001FA03
2E001HA01
2E001HA32
2E001HD01
2E001HE01
2E001HF12
2E001QA01
2E176AA02
2E176BB01
2E176BB27
2E176BB36
(57)【要約】
【課題】 建築物や工作物に既に施工されている耐震用スリットに対して、特に幅や深さを変更する為の耐震用スリットの改修工法を提供すると共に、当該工法によって耐震用スリットを改修した建築物を提供する。
【解決手段】 建築物または工作物における壁体に設けられた既存の耐震用スリットの改修工法であって、既存の耐震用スリットは溝状に形成されており、当該溝内に充填されている充填物を除去する充填物除去工程と、充填物を除去した既存の耐震用スリット内に防水加工を施す防水工程と、防水工程後において、当該既存の耐震用スリットの幅を拡張させて切削する切削工程とからなる、既存の耐震用スリットの改修工法とする。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
建築物または工作物における壁体に設けられた既存の耐震用スリットの改修工法であって、
既存の耐震用スリットは溝状に形成されており、当該溝内に充填されている充填物を除去する充填物除去工程と、
充填物を除去した既存の耐震用スリット内に防水加工を施す防水工程と、
防水工程後において、当該既存の耐震用スリットの幅を拡張させて切削する切削工程とからなる、既存の耐震用スリットの改修工法。
【請求項2】
前記充填物除去工程後、前記防水工程の前に、既存の耐震用スリットにおける底部の壁厚を測定する、残存壁厚測定工程を含み、
前記防水加工は、溝状に存在する既存の耐震用スリットの底部と、当該既存の耐震用スリットの上下端部に対して防水加工を施す、請求項1に記載の既存の耐震用スリットの改修工法。
【請求項3】
前記切削工程は、既存の耐震用スリットを基準として切削範囲を設定する、請求項1又は2に記載の既存の耐震用スリットの改修工法。
【請求項4】
建築物または工作物における壁体に設けられた耐震用スリット構造であって、
壁体に対して溝状のスリットとして形成されており、
当該溝状のスリットの底面には、当該スリットの長さ方向に延伸する溝部が設けられている、耐震用スリット構造。
【請求項5】
壁体に耐震用スリットを設けた建築物であって、
当該耐震用スリットが請求項4に記載の耐震用スリット構造である、建築物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は耐震用スリットの改修工法、同工法で改修された耐震用スリット構造、および同工法で耐震用スリットが改修された建築物に関し、特に既存の耐震用スリットに対して、その幅を広げることにより耐震性を向上させる耐震用スリットの改修工法、同工法で改修された耐震用スリット構造、および同工法で耐震用スリットが改修された建築物に関する。
【背景技術】
【0002】
1981年(昭和56年)の建築基準法の改正により新耐震基準が設けられ、これ以降に建築申請が出された鉄筋コンクリート造の建物には、耐震スリットが設けられている。かかる耐震スリットを設けることにより、垂壁や腰壁等による柱の拘束を解除することができ、柱自体の靱性を上げ、耐震強度を高めることができる。かかる耐震スリットは、耐震用スリット材を設ける事によって施工されることもあれば、既存の建築物に対しては、グラインダーやコアドリルなどの工具を用いてスリットを穿設して形成されることもある。
【0003】
従来、このようなスリットの穿設については、特許文献1(特開2002-36232号公報)が提案されている。この文献では、溝状あるいは貫通孔状をなす耐震補強用のスリット部を、機械加工だけで簡単に形成できるようにする技術を提案しており、棒状の切削工具が装着された切削機本体と、この切削機本体を切削面にほぼ平行な平面内で移動させる位置移動機構と、前記切削機本体を切削面に対し遠近方向に移動させる送り機構とを備えた切削加工装置を用い、少なくとも前記いずれか一方の機構を駆動させ、切削面に所定形状の貫通孔または凹部を切削加工する切削加工方法を提案している。
【0004】
また特許文献2(特開2019-11596号公報)では、コンクリート建造物にコアドリルを使用してスリットを形成する際に生じるバリ取りや、形成されたスリット内で露出した鉄筋の撤去作業を軽減させるスリットの形成方法を提案している。具体的には、壁体に矩形のスリットを形成するスリットの形成方法において、壁体に形成するスリットの長辺両側面位置に形成するスリットの深さを有する切込を入れる工程と、コアドリルで前記切込の間をスリットの深さで穿孔し、前記切込と切込とを所定の間隔をあけながら穿孔した孔で連結していく工程と、前記切込の間に所定の間隔で残された壁体を除去する工程とを備えるスリットの形成方法を提案している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2002-36232号公報
【特許文献2】特開2019-11596号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記の通り従前においてもコンクリート構造物に対して耐震用のスリットを設ける技術は提案されている。しかしながら、従前において提案されているこれらの技術は、壁体に対して新規に耐震用のスリットを設ける技術であり、既に施工されている耐震用スリットを改修する技術ではなかった。一方で、既存の耐震用スリットでは、耐震強度の更なる向上を目指す上では、当該建築物の構造や壁体の材質などに応じて、耐震用スリットの幅や深さなどを改修した方が望ましい場合もある。
【0007】
そこで本発明は、既に施工されている耐震用スリットに対して、特に幅や深さを変更する為の耐震用スリットの改修工法を提供すると共に、当該工法によって耐震用スリットを改修した建築物を提供するものである。
【0008】
更に建築物に既設した耐震用スリットに対して改修を行う際には、当該耐震用スリットが設けられている部分は、壁体の強度が低下していることも考えられる。そして壁体が経年劣化している場合には、改修工事によって耐震用スリットの底部が崩壊することも危惧される。更に既設の耐震用スリットには、施工後に受けた地震の影響等によって亀裂が生じている可能性も否定できない。
【0009】
そこで本発明は、既に耐震用スリットを設けた壁体であっても、壁体の損壊を阻止し、亀裂を補修しながらも、その改修を行う事のできる耐震用スリットの改修工法を提供すると共に、当該工法によって耐震用スリットを改修した建築物を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題の少なくとも何れかを解決するために、本発明では既存の耐震用スリットに対する改修工法と、耐震用スリット構造を提供する。
【0011】
即ち本発明では、建築物または工作物における壁体に設けられた既存の耐震用スリットの改修工法であって、既存の耐震用スリットは溝状に形成されており、当該溝内に充填されている充填物を除去する充填物除去工程と、充填物を除去した既存の耐震用スリット内に防水加工を施す
と、防水工程後において、当該既存の耐震用スリットの幅を拡張させて切削する切削工程とからなる、既存の耐震用スリットの改修工法を提供する。既存の耐震用スリットは建築物または工作物に対して耐震性を向上させるために設けられているスリットであって、鉛直方向に延伸するスリットの他、水平方向に延伸するスリットも対象とすることができる。
【0012】
前記防水工程における防水加工は、溝状に存在する既存の耐震用スリットの底部と、当該既存の耐震用スリットの上下端部に対して防水加工を施すことにより行うことができる。更に必要に応じて、凹状に形成されている既存の耐震用スリットの側面にも防水加工を施すことができる。またこの防水工程に関連し、既存の耐震用スリットに亀裂などの損傷が生じている場合には、当該損傷を補修することもできる。
【0013】
また本発明に係る耐震用スリットの改修工法において、前記充填物除去工程後、前記防水工程の前に、既存の耐震用スリットにおける底部の壁厚を測定する、残存壁厚測定工程を含むことができる。当該底部における壁厚は既存の耐震用スリットにおける残存の壁の厚さである。また既存の耐震用スリットが劣化している場合には、その強度を確認することもできる。
【0014】
また前記切削工程は、既存の耐震用スリットを基準として切削範囲を設定することもできる。即ち、既存の耐震用スリットを中心として幅方向に拡張させるか、既存の耐震用スリットの左右縁部を基準として幅方向に拡張させることができる。
【0015】
そして本発明では前記課題の少なくとも何れかを解決するために、耐震性を向上させることのできる耐震用スリット構造を提供する。即ち、建築物または工作物における壁体に設けられた耐震用スリット構造であって、壁体に対して溝状のスリットとして形成されており、当該溝状のスリットの底面には、当該スリットの長さ方向に延伸する溝部が設けられている耐震用スリット構造を提供する。そして本発明では、当該耐震用スリット構造を備えた建築物または工作物を提供する。
【発明の効果】
【0016】
本発明の耐震用スリットの改修工法は、防水工程後において、当該既存の耐震用スリットの幅を拡張させて切削する切削工程を実施する。この為、既に施工されている耐震用スリットに対して、特に幅や深さを変更する為の耐震用スリットの改修工法を提供することができ、また当該工法によって耐震用スリットを改修した建築物を提供することができる。
【0017】
特に、充填物を除去した既存の耐震用スリット内に防水加工を施す防水工程を実施することにより、切削工程を実施する際の水が室内側に侵入することを阻止することができる。更に、既存の耐震用スリットに亀裂などが生じている場合であっても、当該防水工程を実施することにより、亀裂から室内や壁体内への水の侵入を阻止することができる。
【0018】
また本発明の耐震用スリットの改修工法において、前記充填物除去工程後、前記防水工程の前に、既存の耐震用スリットにおける底部の壁厚を測定する、残存壁厚測定工程を含む場合には、既存の耐震用スリットにおける残存の壁厚を正確に把握する事ができる。その結果、既に耐震用スリットを設けた壁体であっても、壁体の損壊を阻止しながらもその改修を行う事のできる耐震用スリットの改修工法と、この工法によって耐震用スリットを改修した建築物を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】本実施の形態における改修対象となる既存の耐震用スリットを示す略図
【
図2】本実施の形態における耐震用スリットの改修状態を示す斜視図であり、(A)対象となる既設の耐震用スリット、(B)改修後の耐震用スリット
【
図3】本実施の形態における耐震用スリットの改修工事の作業工程と、その概要を示すフロー図
【
図4】他の実施の形態における耐震用スリットの改修工事の作業工程と、その概要を示すフロー図
【
図6】切削工程によって形成した溝の形状を示す斜視図
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、図面を参照しながら、本実施の形態にかかる既存の耐震用スリット50の改修工法と、改修した耐震用スリット構造を具体的に説明する。特に本実施の形態では、建築物等における耐震用スリットの改修工法について具体的に説明するが、工作物に施工された耐震用スリットの改修工法として実施することもできる。また、以下では主として縦方向(鉛直方向)に延伸するスリットの例で説明するが、横方向(水平方向)に延伸するスリットで実施することも可能である。
【0021】
図1は本実施の形態における改修対象となる既存の耐震用スリット50を示す略図である。この耐震用スリット50は、柱等の主要な構造部材と、袖壁、垂れ壁、腰壁などの雑壁を切り離すことで、主要な構造部材のせん断破壊を回避する為に設けられている。よって、
図1に示す様に袖壁や腰壁の他、垂れ壁に設けることもできる。当該耐震用スリット50は上下方向に延伸する溝として形成することができ、その他にも左右方向に延伸する溝として形成することもできる。
【0022】
本実施の形態に係る耐震用スリットの改修工法は、既存の耐震用スリット50に対して、その幅を広げるか、或いは深さを深くするために実施することができ、その他にも既存の耐震用スリット50の溝の形状や延伸方向の向きを変更する為に施工することもできる。
【0023】
改修対象となる既存の耐震用スリット50は、多くの場合、当該耐震用スリット50を構成する溝幅が3cm~4cmとして形成されており、また溝の深さは当該溝を切削した後に残る壁の厚さ(即ち「残存壁厚」)が、3cmとなる深さに形成されている。当然のことながら、施工している建築物や工作物の構造や用途次第では、当該耐震用スリット50を構成する溝幅や深さも異なることが予想されるが、少なくとも耐震性を向上できる耐震用スリットに改修する為に、本実施の形態に係る改修工法を実施することができる。
【0024】
図2は本実施の形態における耐震用スリットの改修状態を示す斜視図であり、(A)対象となる既設の耐震用スリット、(B)改修後の耐震用スリット10を示している。この
図2に示す実施の形態では、特に既設の耐震用スリット50の幅を拡張させる改修状態を示している。即ち、既存の耐震用スリット50では、建築物の揺れに際して当該耐震用スリット50が密着してしまい、その結果、柱等の主要な構造部材の変形を制限することも考えられる。そこで当該既設の耐震用スリット50の溝幅を拡張させることで、振幅の大きな揺れや、柱等の主要な構造部材が長い場合であっても、構造部材と雑壁との切り離しを確実に行うことができる。当該改修後の耐震用スリット10の溝幅については、建築物や施工部位の構造や材料にもよるが、例えば35mm以上、80mm以下、望ましくは40mm以上、55mm以下の範囲となる様に拡張することができる。特に既設の耐震用スリット50の近くに鉄筋や配管などが存在する場合には、当該部位を回避する方向に拡張させることができ、必ずしも直線状に延伸する溝として拡張する必要はない。
【0025】
また
図2に示す実施の形態では、耐震用スリットの深さについては特に改修を行っていない状態を示しているが、必要に応じて溝の深さも改修することができる。即ち、既存スリット50における残存壁厚が厚い場合には、揺れた時に、主要な構造部材と雑壁との切り離しが難しい場合も想定される。そこで当該切り離しを確実に行うことができる様に、当該耐震用スリット50の底部における残存壁厚を減少させることもできる。この為に、当該耐震用スリットの改修工事を行う際には、既存スリット50における残存壁厚を測定することが望ましい。
【0026】
図3は本実施の形態における耐震用スリットの改修工事の作業工程と、その概要を示すフロー図である。本実施の形態に係る改修工事を行う際には、改修対象となる既存の耐震用スリット50に施されている既存シール51を撤去し、当該耐震用スリットの溝内に充填されている充填材52を除去する。かかる充填材52としては、当該耐震用スリットの溝内に充填されている発泡樹脂製のスリット材や、不織布付きブチルゴムシート等の防水材、又はロックウール板をポリエチレンフィルムで包装した耐火材などがあり、当該充填物除去工程では、当該耐震用スリット内に充填されている材料を除去する。これにより、当該耐震用スリット50の溝内は露出し、当該溝内にクラックが発生しているか否か等、現在の状況を確認することができる。
【0027】
そして既存の耐震用スリット50の溝底が露出することから、当該溝底における残存壁厚を測定することも可能となる。かかる既存躯体における残存壁厚の測定には、図示するようテストピース53を採取する他、非破壊検査等によって行うことができ、実測可能な状態である場合には、実測によって残存壁厚を測定することができる。但し当該残存壁厚の測定は、既存の施工資料から残存壁厚が明らかな場合などには省略することもできる。
【0028】
そして既存躯体における残存壁厚を測定した結果などから、残存壁厚が3cm以上である場合には、耐震性を向上させるために、溝底も切削することが望ましい。即ち、本実施の形態にかかる改修方法では、既存の耐震用スリット50における底部の残存壁厚を測定していることにより、耐震性を向上させるための改修工事を実現することができる。
【0029】
また当該残存壁厚の測定のためにテストピースを採取したり、溝底に孔を穿った場合であっても、その後に防水工程を行う事から、改修のための切削工程を実施しても、切削時に使用する水が室内側に侵入する事態を阻止することができる。
【0030】
当該防水工程は、少なくとも耐震用スリットの溝底部に対して行い、望ましくは当該耐震用スリットの上下端部に対しても行う。更に当該防水加工は溝状に凹んでいる既存スリットの側面に対しても行うことができる。かかる防水処理は、各種防水材を施工する他、シーラント剤などの防水剤12を塗布する事などによって行うことができる。前記充填物除去工程で露出した耐震用スリットの溝内に、クラック(亀裂)54が存在したり、経年劣化によって溝底面が欠損している場合には、
図3中に「亀裂補修工程」として示す様に、底打ちシールやウレタン防水剤12などを必要に応じて施工する。また既存スリットの溝の底面が欠損している場合には、ポリエチレン発泡体等からなるバックアップ材を装着することも望ましい。なお、当該溝の底面の破損が大きい場合には、バックアップ材が入る大きさまで、既存の耐震用スリット50を壊し、底打ちシールを設置したり、ウレタン防水加工を施すこともできる。
【0031】
そして既存の耐震用スリット50に対する防水工程、及び必要に応じて亀裂補修工程を実施した後に、当該既存の耐震用スリット50を拡張させる切削工程を実施する。かかる切削工程は既存の切削工具20を用いて行うことができる。特に本実施の形態では、既存躯体の壁面に設置したレールに沿って移動することができる回転工具21と、この回転工具の先端に設けた切削ビット22によって行うことができる。かかる切削工具20を用いることにより、レールを敷設した方向に切削工具20を正確に移動させることができる。そして当該切削工具20に設けた切削ビット22を溝内に進退自在として、任意の位置に固定できるようにすれば、切削する溝の深さも正確な値で切削することができる。
【0032】
特に本実施の形態では、既存スリット50の中心に合わせて両側の壁面を切削する両側切削工程を実施するか、或いは既存スリットの片側の壁面だけを切削する片側切削工程を選択して実施することができる。
【0033】
即ち、両側切削工程では、既存スリット50の幅方向中央に切削ビット22の回転中心を合わせて移動させることにより、既存スリット50において対向して存在する壁面の両方を同時に切削し、スリット幅を拡張することができる。この時、既存スリット50の溝幅が30mmである場合に、少なくとも直径35mm以上の切削ビット22を使用する事が必要であり、望ましくは直径40mm又は50mmの切削ビット22を使用する。このように両側切削工程を行った場合には、既存スリット50の両側面が切削加工されることから、側壁の劣化部分も削り取ることができる。
【0034】
そして両側切削工程が完了した段階では、既存のスリット50における底面部が凹んでいる凹条を備えた底面を形成することができる。かかる凹条の存在により、地震等で揺れた際には、当該凹条と改修工事で切削した溝底との間の強度の違いから、必然的に強度が弱い凹条部分に応力を集中させることができ、その崩壊を確実に行うことができる。よって地震などで揺れが生じた際には、溝底を確実に崩壊させて、柱等の主要な構造部材と、袖壁、垂れ壁、腰壁などの雑壁を確実に切り離すことができる。これにより当該改修工事を行った建築物や工作物の耐震性能を大幅に向上させることができる。
【0035】
以上の様に両側切削工程を完了した耐震用スリット10の溝内には、必要に応じて防水工程を施し、またバックアップ材などの充填材11を充填して、充填仕上げ工程を実施する。特に両側切削工程によって、既存のスリット50の壁面は両側が切削除去されていることから、新たに出現した壁面に対して防水材料やバックアップ材などの充填材11を設置する事ができ、これらの保持力を高めることができる。また、両側切削工程を行った耐震用スリット10の溝底には、溝の長さ方向に延伸し、幅方向に段差を有する凹凸部が存在することから、バックアップ材などの充填材11のズレ等を阻止することができる。
【0036】
一方、片側切削工程では、既存のスリット50の幅方向一方の壁面だけを切削する。この為、切削ビット22の回転中心は、既存のスリット50の幅方向中心から偏心させた位置を移動させて切削加工を行う。この時、既存のスリット50の幅よりも外径が大きな切削ビット22を使用する場合には、当該切削ビット22を既存スリット50の何れかの壁面に沿うように移動させることもでき、その結果、既存スリット50の両側の壁面を切削することもできる。
【0037】
また、この片側切削工程を実施する場合には、既存のスリット50の溝幅と同じか、これよりも小さい外形の切削ビット22を使用することもできる。具体的には、既存のスリット50の溝幅が30mmである場合に、外径30mm以下の切削ビット22を用いて、既存スリット50の溝幅を拡張することができる。また既存のスリット50における片側の壁面だけを切削加工することから、切削ビット22に対する抵抗も大幅に減じることができ、作業効率を高めることもできる。
【0038】
以上の様に片側の壁面の切削工程が完了した段階では、既存のスリット50における底面部が一段低くなった段差状の底面を形成することができる。この場合でも、当該段差状になっている底面は、残存壁厚が相違する事から強度が異なり、揺れた時の応力は一段低くなっている既存のスリット50の底部に集中し、耐震用スリット10の溝底の崩壊を確実に行うことができる。
そして片側切削工程を完了した耐震用スリット10の溝内には、前述の通り、必要に応じて防水工程を施し、またバックアップ材などの充填材11を充填して、充填仕上げ工程を実施する。特に、片側切削工程を行った耐震用スリット10の溝底には、溝の幅方向に段差が生じており、これが溝の長さ方向に延伸して存在することから、バックアップ材などの充填材11のズレ等を阻止することができる。
【0039】
図4は他の実施の形態における耐震用スリット50の改修工事の作業工程と、その概要を示すフロー図である。この図に示す実施形態では特に切削工程を2段階で実施している。即ち当該切削工程は、第1切削工程と第2切削工程を実施しており、第1切削工程では既存の耐震用スリット50における片側の壁面を切削し、第2切削工程では他方の壁面を切削している。そしてこれら第1切削工程と第2切削工程では、既存の耐震用スリット50の溝底も切削しており、その結果、改修後の耐震用スリット10の溝底には、中央部に既存の耐震用スリット50の底部が突出し、凸条として存在する。かかる凸条の存在により、地震等で揺れた際には、当該凸条と改修工事で切削した溝底との間の強度の違いから、必然的に強度が弱い改修工事で切削した溝底に応力を集中させ、その崩壊を確実に行うことができる。また当該凸条の存在により、耐震用スリット10の溝底が崩壊する際には、溝底全体が纏まった状態で崩壊させることができる。よって地震などで揺れが生じた際には、溝底を確実に崩壊させて、柱等の主要な構造部材と、袖壁、垂れ壁、腰壁などの雑壁を確実に切り離すことができる。これにより当該改修工事を行った建築物や工作物の耐震性能を大幅に向上させることができる。
【0040】
なお、当該改修工事を行う建築物や工作物の構造や耐震用スリットの形成状態、或いは材質次第では、施工後の耐震用スリット10の溝底を凹状に凹ませることもできる。この場合、既存の耐震用スリット50の溝底が最も深い位置に存在し、掘削工程で施工する溝の深さは、当該既存の耐震用スリット50の溝底には至らない深さとすることができる。その結果、既存の耐震用スリット50の溝底部において最も残存壁厚が薄くなり、当該部位が優先的に崩壊することができる。
【0041】
そして以上の様に切削工程を完了した耐震用スリット10の溝内には、必要に応じて防水工程を施し、またバックアップ材などの充填材11を充填して、充填仕上げ工程を実施する。かかる充填仕上げ工程では、前記切削工程で形成した耐震用スリット10の溝底には溝の長さ方向に延伸し、幅方向に段差を有する凹凸部分や段状部分が存在することから、バックアップ材などの充填材11のズレ等を阻止することができる。
【0042】
以上の工程で施工した耐震用スリット10は、溝幅が拡張されていることから、地震等における揺れが発生した場合には、柱等の主要な構造部材と、袖壁、垂れ壁、腰壁などの雑壁との間に幅広の空間を確保することができ、構造部材の変形の自由度を高めることができることから、せん断応力を大幅に向上させて、耐震性能の向上を図ることができる。更に、溝の深さも深く施工した場合には、残存壁厚も薄くなり、また溝底に凹凸部分や段状部分を形成した場合には、応力を集中させて、より確実に耐震用スリット10を崩壊させることができる。これにより、当該既存の耐震用スリット50の改修工法を実施して形成した耐震用スリット10の構造は、これを設けた建築物や工作物の耐震性能を大幅に向上させることができる。
【0043】
図5は前記切削工程の実施状態を示す正面図である。特に
図5(A)では既存のスリット50の幅方向中心に沿って切削ビット22を移動させる例を示しており、その結果、既存のスリット50は左右両側の壁面を切削することができる。また
図5(B)では既存のスリット50の幅方向片側の壁面に沿って切削ビット22を移動させる例を示しており、その結果、他方の壁面を切削することができる。特に既存のスリット50の近傍に鉄筋や配線などが存在する場合において、当該設備を避ける為に、溝幅を拡張する方向を調整することができる。そして
図5(C)は、前記
図5(B)と同様に、片側の壁面を切削するものではあるが、特に小径の切削ビット22を使用した状態を示している。この図に示す様に、既存のスリットの改修工事に際しては、既存のスリットの溝幅以下の切削ビット22であっても使用することができる。
【0044】
以上の様に切削工程では、既存の耐震用スリット50や工作物を基準として、その幅方向の何れかの壁面を切削加工することになる。その際、切削ビット22による切削部位には冷却のため、或いは粉塵の放出を阻止する為に水を供給して行うことが望ましい。その結果、当該切削時に発生するノロ水は既に存在する耐震用スリット(既存の耐震用スリット50)を通って、その下部に流れ落ちることになる。そこで当該ノロ水は少なくとも既存の耐震用スリット50の下部において排出することが望ましい。なお、当該切削に際しては切削ビット22に水を供給しないで行うことも可能である。その際、切削したガラは既存の耐震用スリット50の下部に落下することから、当該部位においてガラの除去を行うことが望ましい。
【0045】
図6は前記切削工程によって形成した溝の形状を示す斜視図である。
図6(A)は前記
図3における両側切削工程を実施した結果形成される耐震用スリット10であり、
図6(B)は前記
図3における片側切削工程を実施した結果形成される耐震用スリット10であり、
図6(C)は前記
図4における二段階の切削工程を実施した結果形成される耐震用スリット10である。これら何れの実施形態においても、溝底の幅方向に深さが異なっており、段差15、凹条16又は凸条17が形成され、これがスリットの長さ方向に延伸して存在する。当該耐震用スリット10の底面に、このような段差または凹凸を形成することにより、残存壁の幅方向において強度の違いを生じさせ、応力の集中により穴底部の崩壊を確実に行うことができる。
【産業上の利用可能性】
【0046】
本発明の耐震用スリットの改修工法は建築物や工作物に施工されている既存の耐震用スリットの改修工事に利用する事ができ、この工法によって改修された耐震用スリット構造は、建築物や構造物における耐震性を向上させるための耐震用スリットとして利用することができる。
【符号の説明】
【0047】
10 耐震用スリット
11 充填材
20 切削工具
21 回転工具
22 切削ビット
50 既存の耐震用スリット
51 既存シール
52 充填材
53 テストピース
54 クラック