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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023011536
(43)【公開日】2023-01-24
(54)【発明の名称】昆虫に対する行動抑制効果評価方法
(51)【国際特許分類】
   A01M 1/20 20060101AFI20230117BHJP
   A01P 7/04 20060101ALI20230117BHJP
   A01N 43/707 20060101ALI20230117BHJP
   A01N 43/713 20060101ALI20230117BHJP
   A01N 43/80 20060101ALI20230117BHJP
   A01N 43/56 20060101ALI20230117BHJP
【FI】
A01M1/20 A
A01P7/04
A01N43/707
A01N43/713
A01N43/80 102
A01N43/56 C
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022111274
(22)【出願日】2022-07-11
(31)【優先権主張番号】63/220,688
(32)【優先日】2021-07-12
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(71)【出願人】
【識別番号】000232564
【氏名又は名称】バイエルクロップサイエンス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100114188
【弁理士】
【氏名又は名称】小野 誠
(74)【代理人】
【識別番号】100119253
【弁理士】
【氏名又は名称】金山 賢教
(74)【代理人】
【識別番号】100124855
【弁理士】
【氏名又は名称】坪倉 道明
(74)【代理人】
【識別番号】100129713
【弁理士】
【氏名又は名称】重森 一輝
(74)【代理人】
【識別番号】100137213
【弁理士】
【氏名又は名称】安藤 健司
(74)【代理人】
【識別番号】100143823
【弁理士】
【氏名又は名称】市川 英彦
(74)【代理人】
【識別番号】100183519
【弁理士】
【氏名又は名称】櫻田 芳恵
(74)【代理人】
【識別番号】100196483
【弁理士】
【氏名又は名称】川嵜 洋祐
(74)【代理人】
【識別番号】100160749
【弁理士】
【氏名又は名称】飯野 陽一
(74)【代理人】
【識別番号】100160255
【弁理士】
【氏名又は名称】市川 祐輔
(74)【代理人】
【識別番号】100182132
【弁理士】
【氏名又は名称】河野 隆
(74)【代理人】
【識別番号】100172683
【弁理士】
【氏名又は名称】綾 聡平
(74)【代理人】
【識別番号】100219265
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 崇大
(74)【代理人】
【識別番号】100146318
【弁理士】
【氏名又は名称】岩瀬 吉和
(74)【代理人】
【識別番号】100127812
【弁理士】
【氏名又は名称】城山 康文
(72)【発明者】
【氏名】中倉 紀彦
【テーマコード(参考)】
2B121
4H011
【Fターム(参考)】
2B121AA12
2B121CC02
2B121CC32
2B121EA26
2B121FA14
2B121FA20
4H011AC01
4H011BB09
4H011BB10
4H011DA15
(57)【要約】
【課題】
吸汁性害虫に対する薬剤の効果、例えばウンカ類に対するピメトロジンの効果を、迅速且つ簡便に評価する方法を提供すること。
【解決手段】
吸汁性害虫に対する薬剤の行動抑制効果を評価する方法であって、(1)前記効果を試験すべき薬剤で処理された植物の樹液を吸汁するのに十分な期間にわたって該植物と接触した昆虫を用意する工程;(2)殺虫剤で処理されていない試験用植物体および該植物体の下部が浸漬するように底部に水を収容した透明な容器に上記(1)の昆虫を接種する工程;(3)上記(2)の昆虫が脱出するのを防ぐために、前記容器の開口部を密閉する工程;および(4)前記容器内の水面に落ちている昆虫の数を観察し、前記試験用植物体に定着している昆虫の数と比較する工程を含む方法が提供される。
【選択図】 なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
吸汁性害虫に対する薬剤の行動抑制効果を評価する方法であって、以下の:
(1)前記効果を試験すべき薬剤で処理された植物の樹液を吸汁するのに十分な期間にわたって該植物と接触した昆虫を用意する工程;
(2)殺虫剤で処理されていない試験用植物体および該植物体の下部が浸漬するように底部に水を収容した透明な容器に上記(1)の昆虫を接種する工程;
(3)上記(2)の昆虫が脱出するのを防ぐために、前記容器の開口部を密閉する工程;および
(4)前記容器内の水面に落ちている昆虫の数を観察し、前記試験用植物体に定着している昆虫の数と比較する工程、
を含む、前記方法。
【請求項2】
前記水面に落ちている昆虫が生存している状態である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記薬剤が弦音器官TRPVチャネルモジュレーターの阻害剤である、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記弦音器官TRPVチャネルモジュレーターの阻害剤がピメトロジン、ピリフルキナゾンまたはアフィドピロペンである、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
前記昆虫がウンカ類の昆虫である、請求項1に記載の方法。
【請求項6】
前記効果を試験すべき薬剤で処理された植物がイネである、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
さらに、前記容器内の水面に落ちている昆虫の数を、前記薬剤で処理された植物の樹液を吸汁した昆虫と薬剤で処理されていない植物の樹液を吸汁した昆虫の間で比較することを含む、請求項1~6のいずれかに記載の方法。
【請求項8】
以下の:
(1)効果を試験すべき薬剤で処理された植物の樹液を吸汁するのに十分な期間にわたって該植物と接触した昆虫を用意する工程;
(2)殺虫剤で処理されていない試験用植物体および該植物体の下部が浸漬するように底部に水を収容した透明な容器に上記(1)の昆虫を接種する工程;
(3)上記(2)の昆虫が脱出するのを防ぐために、前記容器の開口部を密閉する工程;および
(4)前記容器内の水面に落ちている昆虫の数を観察し、前記試験用植物体に定着している昆虫の数と比較する工程、
を含み、ここで、前記工程(1)における効果を試験すべき薬剤が、吸汁性害虫の行動を抑制し得る薬剤であり、且つ、前記薬剤で処理された植物の樹液を吸汁するのに十分な期間にわたって該植物と接触した昆虫が、前記薬剤で処理した圃場で採集されたウンカ類であることを特徴とする、当該圃場で採集されたウンカ類は生存していても飛翔および/または吸汁を含む行動が阻害されていることを示すための方法。
【請求項9】
前記薬剤が弦音器官TRPVチャネルモジュレーターの阻害剤である、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
前記弦音器官TRPVチャネルモジュレーターの阻害剤がピメトロジン、ピリフルキナゾンまたはアフィドピロペンである、請求項9に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、昆虫、特に吸汁性害虫に対する薬剤の行動抑制効果を評価する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
吸汁性害虫は、農作物の茎部、葉部や根部に寄生して樹液を吸汁することで植物の生育を妨げるだけでなく、植物病原体を媒介することもあるため、農業生産に深刻な被害を与え得る。例えば、ウンカ類(トビイロウンカ、セジロウンカ、ヒメトビウンカ等)はイネに寄生して樹液を吸汁することで枯死させたり、イネ縞葉枯病やイネ黒すじ萎縮病を媒介したりすることが知られている。したがって、吸汁性害虫の防除は重要な課題である。
【0003】
ウンカ類の防除には、テトラニリプロールなどのアントラニリックジアミド系殺虫剤やシラフルオフェンなどのピレスロイド系殺虫剤が体系的に用いられている。前者は、筋小胞体のリアノジン受容体に作用して筋収縮を起こすことで殺虫効果を示すと考えられている。後者は、中枢および末梢神経系の神経伝達を阻害することにより殺虫活性を示す。いずれの薬剤の場合も、当該薬剤を散布された植物に定着した昆虫は短時間のうちに麻痺および/または死亡し、植物体から落下する(いわゆる「ノックダウン」)。したがって、一般にそれらの薬剤の効果は圃場においても比較的短時間に観察することができる。
【0004】
また、近年ではピメトロジンなどのピリジンアゾメチン系殺虫剤が吸汁性害虫の防除に用いられてきている。この薬剤は、吸汁性害虫の摂食や産卵などを抑制することが知られている。また、この薬剤は、細胞膜に存在する非選択性のカチオンチャネルであり、運動、聴覚や重力等のセンサーとして機能するTransient Receptor Potential(TRP)チャネルを介して弦音器官(chordotonal organ)に作用すると考えられている(非特許文献1)。一方で、直接的な殺虫活性が低く、行動制御剤として作用するこの薬剤の効果の判定は、前記のテトラニリプロールやシラフルオフェンの場合ほど容易ではない。非特許文献2には、吸汁性害虫(ワタアブラムシ)に対する薬剤の効果の簡易な検定方法として、水道水を滴下したペーパータオルをプラスチックシャーレ内に敷き、次に試験薬剤の溶液に浸責した植物葉片を当該シャーレに入れて、アブラムシ類無麹雌成虫を接種した72~96時間後に当該成虫の生死を判定する方法が記載されている。しかしながら、この方法では、ピメトロジンやピリフルキナゾン(いずれもTRPチャネルモジュレーター。以下「TRPチャネル標的薬剤」という。)およびフロニカミド(弦音期間モジュレーター)での結果のふれが大きかったため、更なる検討が必要であったとされている。
【0005】
また、圃場での効果についても、ピメトロジンなどのTRPチャネル標的薬剤で処理した植物にウンカ類が定着した場合、テトラニリプロールやシラフルオフェンで見られる「ノックダウン」が十分に起きずに、一見すると寄生している個体数は、ピメトロジン処理区での方が未処理区よりも多くなるようなことさえある。しかしながら、そのような場合でも、イネに対する加害は防がれている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】日本農薬学会誌、42巻、1号、63~64頁(2017)
【非特許文献2】九州病害虫研究会報、62巻、82~88頁(2016)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
したがって、本発明は、吸汁性害虫に対する薬剤の効果、例えばウンカ類に対するピメトロジンの効果を、迅速且つ簡便に評価する方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、ピメトロジンを散布した水田でイネに寄生しているウンカ類を採集し、当該ウンカを実験室で新鮮なイネ苗(薬剤処理していない)と共存させたところ、予期せぬことに当該ウンカ類が新鮮なイネ苗に定着できないことを見出した。理論に束縛されることを望むものではないが、本発明者は、この現象が、ピメトロジンのTRPチャネルに対する作用のために、水田ではいったん定着した箇所から離れられなくなってしまうものの、実験室では新たにイネ苗に定着することができなくなってしまうように、ウンカ類が本来の行動パターンを抑制ないし障害されたことによるものと考えている。
【0009】
そして、本発明者は、上記の新たな知見を端緒として、吸汁性害虫に対する薬剤の行動抑制効果を迅速に可視化し、簡便に評価する方法を開発した。すなわち、本発明の第1の態様は、
[1]吸汁性害虫に対する薬剤の行動抑制効果を評価する方法であって、以下の:
(1)前記効果を試験すべき薬剤で処理された植物の樹液を吸汁するのに十分な期間にわたって該植物と接触した昆虫を用意する工程;
(2)殺虫剤で処理されていない試験用植物体および該植物体の下部が浸漬するように底部に水を収容した透明な容器に上記(1)の昆虫を接種する工程;
(3)上記(2)の昆虫が脱出するのを防ぐために、前記容器の開口部を密閉する工程;および
(4)前記容器内の水面に落ちている昆虫の数を観察し、前記試験用植物体に定着している昆虫の数と比較する工程、
を含む、前記方法である。
【0010】
本発明では、薬剤が有する行動抑制効果が迅速に評価され得るので、必ずしも殺虫効果まで確認する必要はない。したがって、本発明の1つの実施形態は、
[2]前記水面に落ちている昆虫が生存している状態である、上記[1]の方法である。
【0011】
本発明の方法は、TRPチャネル標的薬剤、特に弦音器官TRPVチャネルモジュレーターの阻害剤(すなわち、IRAC 分類9に含まれるような薬剤)であり、例えばピメトロジン、ピリフルキナゾンおよびアフィドピロペンの効果を評価するのに適している。したがって、本発明の1つの実施態様は、
[3]前記薬剤が弦音器官TRPVチャネルモジュレーターの阻害剤である、上記[1]または[2]の方法、および
[4]前記弦音器官TRPVチャネルモジュレーターの阻害剤がピメトロジン、ピリフルキナゾンまたはアフィドピロペンである、上記[3]の方法である。
【0012】
本発明の方法は、ウンカ類の防除効果、特にイネにおける防除効果を評価するために用いることができる。したがって、本発明の特定の実施態様は、
[5]前記昆虫がウンカ類の昆虫である、上記[1]~[4]のいずれかの方法、および
[6]前記効果を試験すべき薬剤で処理された植物がイネである、上記[5]の方法である。
【0013】
本発明の方法による評価は、適切な対照群と比較することでいっそう的確なものとすることが可能である。したがって、本発明の1つの実施態様は、
[7]さらに、前記容器内の水面に落ちている昆虫の数を、前記薬剤で処理された植物の樹液を吸汁した昆虫と薬剤で処理されていない植物の樹液を吸汁した昆虫の間で比較することを含む、上記[1]~[6]のいずれかの方法である。
【0014】
前記のとおり、ピメトロジンなどの弦音器官TRPVチャネルモジュレーター阻害剤で処理した圃場内の植物にウンカ類が定着した場合、テトラニリプロールやシラフルオフェンで見られる「ノックダウン」が十分に起きずに、一見すると寄生している個体数は、ピメトロジン処理区での方が未処理区よりも多くなるようなことさえある。すなわち、このような薬剤では処理した圃場では、一見すると生存虫の存在が観察されるので、当該薬剤の効果が低いとの誤った評価をされることがあるが、実際にはそのような生存虫は正常な行動能力を失っており、薬剤は効果をあらわしている。したがって、本発明の第2の態様およびその実施態様は、ピメトロジンなどの薬剤のそのような効果を示すための、以下の方法である。
[8]以下の:
(1)効果を試験すべき薬剤で処理された植物の樹液を吸汁するのに十分な期間にわたって該植物と接触した昆虫を用意する工程;
(2)殺虫剤で処理されていない試験用植物体および該植物体の下部が浸漬するように底部に水を収容した透明な容器に上記(1)の昆虫を接種する工程;
(3)上記(2)の昆虫が脱出するのを防ぐために、前記容器の開口部を密閉する工程;および
(4)前記容器内の水面に落ちている昆虫の数を観察し、前記試験用植物体に定着している昆虫の数と比較する工程、
を含み、ここで、前記工程(1)における効果を試験すべき薬剤が、吸汁性害虫の行動を抑制し得る薬剤であり、且つ、前記薬剤で処理された植物の樹液を吸汁するのに十分な期間にわたって該植物と接触した昆虫が、前記薬剤で処理した圃場で採集されたウンカ類であることを特徴とする、当該圃場で採集されたウンカ類は生存していても飛翔および/または吸汁を含む行動が阻害されていることを示すための方法;
[9]前記薬剤が弦音器官TRPVチャネルモジュレーターの阻害剤である、上記[8]の方法;および
[10]前記弦音器官TRPVチャネルモジュレーターの阻害剤がピメトロジン、ピリフルキナゾンまたはアフィドピロペンである、上記[9]の方法である。
【発明の効果】
【0015】
本発明の方法によれば、吸汁性害虫に対する薬剤の効果、例えばウンカ類に対するピメトロジンの効果を迅速に可視化し、簡便に評価することが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1図1は、本発明の方法に使用する容器の1例を示す模式図である。
図2図2は、本発明の容器の開口部を密閉する工程後の状態の1例を示す写真である。
図3図3は、ピメトロジンを茎葉部に散布したイネ苗で吸汁させたウンカを用いた、本発明の評価方法の1例を示す写真である。写真は、容器の密閉1時間後に撮影した。左側(無処理)は対照であり、ピメトロジンを散布していないイネ苗で吸汁させたウンカの状態である。右側(25ppm)は、ピメトロジンを散布したイネ苗で吸汁させたウンカの状態である。
図4図4は、ピメトロジンを茎葉部に散布したイネ苗で吸汁させたウンカを用いた、本発明の評価方法の1例を示す写真である。写真は、容器の密閉6時間後に撮影した。左側(無処理)は対照であり、ピメトロジンを散布していないイネ苗で吸汁させたウンカの状態である。右側(25ppm)は、ピメトロジンを散布したイネ苗で吸汁させたウンカの状態である。
図5図5は、育苗箱を想定し、ピメトロジンを株本に潅注したイネ苗で吸汁させたウンカを用いた、本発明の評価方法の1例を示す写真である。写真は、容器の密閉2時間後に撮影した。左側(無処理)は対照であり、ピメトロジンを潅注していないイネ苗で吸汁させたウンカの状態である。右側(処理苗)は、ピメトロジンを潅注したイネ苗で吸汁させたウンカの状態である。
図6図6は、圃場(水田)から回収した薬剤処理イネ苗で吸汁させたウンカを用いた、本発明の評価方法の1例を示す写真である。写真は、容器の密閉2時間後に撮影した。左側(無処理)は対照であり、ピメトロジン処理をしていないイネ苗で吸汁させたウンカの状態である。右側(処理苗)は、ピメトロジン処理をしたイネ苗で吸汁させたウンカの状態である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明の方法の第1の工程では、効果を試験すべき薬剤で処理された植物の樹液を吸汁するのに十分な期間にわたって該植物と接触した昆虫が用意される。
【0018】
薬剤
本発明の方法は、吸汁性害虫の行動を抑制ないし障害し得るいかなる薬剤にも適用することができ、典型的にはTRPチャネル標的薬剤に適用することができる。TRPチャネル標的薬剤としては、特に弦音器官TRPVチャネルモジュレーターの阻害剤(IRAC 分類9)が挙げられる。そのような阻害剤としては、例えばピメトロジン、ピリフルキナゾン、アフィドピロペンなどが知られており、これらの薬剤の行動抑制効果を評価することは、本発明の好適な実施形態の1つである。また、本発明の別の実施形態として、フロニカミドなどの弦音器官モジュレーターの行動抑制効果を評価してもよい。さらに本発明の別の実施形態では、吸汁性害虫の行動を抑制ないし障害する可能性がある新規薬剤に対して本発明の方法が適用され得る。
【0019】
昆虫
本発明の方法によりその行動抑制が評価される昆虫は、植物の茎部、葉部および/または根部に寄生して樹液を吸汁することで当該植物を加害する吸汁性害虫である。そのような昆虫としては、モモ、ウメおよびナシなどの果樹類や、馬鈴薯、メロン、スイカ、ズッキーニ、ニガウリ、ウリ類、トマト、ピーマン、トウガラシ類、ナス、イチゴ、オクラおよびミョウガなどの野菜類に対する吸汁性害虫であるアブラムシ類を挙げることができる。別の種類の昆虫としては、キュウリ、トマト、ピーマン、トウガラシ類、ナス、イチゴ、オクラおよびミョウガなどの野菜類に対する吸汁性害虫であるコナジラミ類が挙げられる。さらに別の種類の昆虫としては、イネに対する吸汁性害虫である、トビイロウンカ、セジロウンカおよびヒメトビウンカを含むウンカ類が挙げられる。昆虫としてウンカ類を用いることは、本発明の好適な実施形態である。
【0020】
処理された植物
本発明における、「処理された植物」とは、前記昆虫が寄生し、その樹液を吸汁する植物である。例えば、ウンカ類に対する行動抑制を評価する場合には、当該植物としてイネを用いることができる。
【0021】
前記植物の薬剤による処理は、圃場での場合、その行動抑制効果を評価すべき薬剤を有効成分として含有する市販の農薬を、当該農薬で推奨される方法に従って植物ないし圃場に施用することで実施することができる。また、実験室的に処理する場合には、例えば、その行動抑制効果を評価すべき薬剤の水溶液を前記植物に塗布したり、当該水溶液に浸漬したりすることで実施することができる。その作用がシステミックな場合は、植物の一部(例えば、根部)にのみ薬剤を適用してもよい。
【0022】
昆虫の接触
本発明の方法では、前記「処理された植物」の樹液を吸汁するのに十分な期間にわたって当該植物と接触した昆虫が用いられる。そのような接触期間は、昆虫の種類、処理された植物体の種類および部位などにより異なり、それらに応じて適切な期間を設定すればよい。例えば、ピメトロジンで処理されたイネの樹液をウンカ類に吸汁させる場合は、少なくとも数時間以上、好ましくは12時間以上、より好ましくは1日以上、さらに好ましくは約2日以上、両者を接触させればよい。ピメトロジンで処理されたイネの樹液をいったん吸汁したウンカ類は、当該薬剤の摂食抑制効果のために、それ以上樹液をほとんど吸汁しなくなるが、その後1週間以上生存する場合がある。したがって、ピメトロジンで処理されたイネとの接触期間は1週間以内とすることが好ましい。さらに別の実施形態として、ピメトロジンを施用した水田から捕獲したウンカ類を用いることもできる。
【0023】
本発明の方法の第2の工程では、殺虫剤で処理されていない試験用植物体および該植物体の下部が浸漬するように底部に水を収容した透明な容器に、上記の昆虫が接種される。
【0024】
容器
本発明の方法で使用する容器は、少なくともその内部に収容された試験用植物体が観察できる部分が透明であり、底部に水を溜めることができ、昆虫および試験用植物体を導入するための開口部を有するものであればよい。当該透明な部分(例えば容器の側面)は、容器内部の昆虫が目視により観察できる程度に透明であればよく、若干着色(例えば、褐色)していてもよい。好ましくは、無色透明である。容器の材質としはいかなるものを使用してもよく、例えば、ガラス製やアクリルなどのプラスチック製のものを使用できる。
【0025】
本発明の好適な実施形態では、容器の底部に、典型的には数センチメートル程度の深さの水(通常の水道水や、水耕用の肥料等を含んだ水でもよい。)が溜められる。そうすることで、後述する行動抑制効果の評価の際に、試験用植物体に定着できない昆虫が水面に落ちたままになるので、判定が容易になる。容器の底部は、容器のその他の部分と一体化されていてもよいが、分離されていてもよい。分離されている場合、当該底部と容器のその他の部分(例えば筒部)を使用の際に組み合わせて一体化する(図1を参照)。
【0026】
容器の開口部は、昆虫および後述する試験用植物体を導入できる程度の大きさがあればよい。また、開口部は容器の上面に設けられていてもよいし、側面に設けられていてもよい。試験管などのように上面全体が開口している容器が、作業性の観点から好ましい。容器の大きさは、試験用植物体を収容できる程度のものであればよい。また、その形状に制限はなく、例えば、円筒状、四角柱状、箱型などにすることもできる。本発明に好適に使用できる容器は、例えば筒部の直径が5~10cm程度の大型試験管や大型バイアルに類似した形状を有することができる。
【0027】
試験用植物体
上記の容器には試験用植物体が収容される。当該試験用植物体は、それとともに容器に収容された昆虫がそこに定着できるか否かを観察する目的で用いられる。したがって、本発明の試験用植物体は、昆虫が好んで樹液を吸汁する植物に由来するものであることが好ましい。典型的には、本発明の第1の工程における「処理された植物」と同種の植物が用いられる。例えば、昆虫がウンカ類であり、「処理された植物」がイネであった場合には、試験用植物体もイネ由来のものを用いるのが好ましい。試験用植物体は、前記の容器に収容するのに適した程度の大きさであれば、植物体全体であってもよいし、その一部であってもよい。ただし、昆虫が好んで吸汁する部位を含むことが好ましい。例えば、昆虫がウンカ類であり、試験用植物体がイネに由来する場合、当該植物体は少なくとも茎部および/または葉部を含むことが好ましい。根部はあってもなくてもよい。
【0028】
本発明の試験用植物体は、前記容器に溜められた水にその下部が浸漬するように、当該容器に収容される。そのようにすることで、当該植物体とともに収容された昆虫に行動抑制がない場合には、仮にそのような昆虫がいったん水面に落下したとしても、水面から植物体にたどり着いて定着することができる。一方、行動が抑制ないし障害された昆虫は、水面から植物体をのぼって定着することはない。
【0029】
本発明の試験用植物体は、それとともに容器に収容された昆虫が該植物体に定着できるか否かを観察する目的で用いられるので、殺虫剤で処理されているべきではない。本明細書において、「殺虫剤」との用語は、殺虫活性を有するもののほか、吸汁性害虫の行動を抑制ないし障害する可能性がある如何なる薬剤も含むことを意味する。
【0030】
昆虫の接種
本発明の方法では、上記の試験用植物体を収容した容器に、本発明の第1の工程で用意した昆虫を導入することで、それを接種する。接種に用いる昆虫の数は、昆虫の種類、処理された植物体の種類および部位、使用する容器の大きさなどにより異なり、それらに応じて適切な頭数とすればよい。例えば、1つの容器あたり少なくとも2頭以上、好ましくは5~30頭、より好ましくは10~15頭の昆虫を導入することができる。昆虫の導入は、当業者が適宜実施できる方法により行えばよい。
【0031】
本発明の方法の第3の工程では、上記の昆虫が脱出するのを防ぐために、前記容器の開口部が密閉される。
【0032】
容器の開口部の密閉は、例えば、紙製、布製またはプラスチック製のシートや、ゴム製またはプラスチック製の栓を用いて行うことができる。或いは、気密状態ではなくとも、昆虫が脱出できない程度の目開きのメッシュで開口部を覆ってもよく、そのような実施形態も本発明の密閉に含まれる。プラスチック製の栓を用いることが、作業性の観点から好ましい。さらに、図1に示したように、当該プラスチック製の栓(主栓)は、そのほぼ中央に孔を有することができる。そして、そのような主栓とともに、切れ込みを有する弾性体(例えばスポンジ)で構成された補助栓を用いつつ、その切れ込み部分に試験用植物体の上部を挟んでから主栓の孔に当該補助栓を挿入すると、試験用植物体が容器の中央に、補助栓からぶら下がったようになって、容器の壁面に接することなく収容することができるので、作業性や評価の正確性の観点からも好ましい。
【0033】
上記のようにして昆虫を収容した容器は、通常の室内環境、例えば20~30℃の温度下で静置される。
【0034】
本発明の方法の第4の工程では、上記容器内の水面に落ちている昆虫の数が、試験用植物体に定着している昆虫の数と比較される。
【0035】
容器内の昆虫の観察は、容器を密閉してから所定の時間が経過した後に行うことが好ましい。当該所定の時間は、昆虫の種類、処理された植物体の種類および部位、使用する容器の大きさなどにより異なり、それらに応じて適切に設定すればよい。例えば、ウンカ類に対する行動抑制を評価する場合、容器を密閉してから数十分~数十時間後、好ましくは30分~10時間後、より好ましくは1~6時間後のいずれかの時点で観察する。前述のように、ピメトロジンの作用により行動が抑制ないし障害されたウンカ類は、容器の密閉後に水面に落下して水面上で活発に動くものの、例えば容器の密閉から1~2時間経過後であっても試験用植物体をのぼって定着することはない。その後、それらのウンカ類はやがて疲弊して、動かなくなる。これに対して、行動抑制のないウンカ類が水面に落下した場合でも、容器の密閉から1~2時間のうちに試験用植物体をのぼって定着するようになる。このような昆虫の行動の観察は、前記の所定時間の経過後に目視により直接行うか、静止画をとって行うことができる。或いは、容器の密閉から所定時間にわたって録画した動画により、昆虫の行動を観察してもよい。
【0036】
本発明の方法では、上記のようにして容器内の水面に落ちている昆虫の数と試験用植物体に定着している昆虫の数を比較することで、吸汁性害虫に対する薬剤の行動抑制効果が評価される。その際に、薬剤で処理された植物の樹液を吸汁していない昆虫を対照群とすることが好ましい。そのような対照群としては、薬剤で処理されていない植物の樹液を吸汁した昆虫を使用することも好ましい。当該対照群と比較することで、評価結果をより的確に可視化することが可能になる。
【0037】
以下の実施例により本発明をさらに説明する。本発明は、当該実施例に限定されない。
【実施例0038】
実施例1:茎葉処理した苗で吸汁させたウンカに対する行動抑制効果の評価
この実施例では、薬剤により処理したイネ苗を吸汁したウンカを用いて、ピメトロジンの行動抑制効果を評価する方法を実証した。
(1)昆虫の用意
市販のチェス(登録商標)顆粒水和剤(50%ピメトロジン水和剤、シンジェンタジャパン株式会社)を、有効成分のピメトロジンが25ppmとなるように希釈してイネ苗に散布し、風乾した。実験室で飼育したトビイロウンカ(ピメトロジン感受性系統)の終齢幼虫と成虫をそのイネ苗に接種し、14時間後に生存していた虫を採集した。なお、ピメトロジン処理したイネ苗に接種した虫の多くは接種後1週間以上生存していた。同様の方法で、薬剤を散布していないイネ苗を吸汁した虫を採集し、対照(無処理)区として用いた。
【0039】
(2)試験用植物体への接種
容器は、図1に模式的に示したものを用いた。当該容器の筒部は直径7cmの透明なアクリル製の管であり、底部は直径7cmのプラスチック製のカップであった。主栓は直径7cmのプラスチック製で、中央部分に直径3cmの孔を設けた。補助栓は直径3cmのスポンジで、その一端から中央部に向けて切れ込みを設けた。底部に水を入れて筒部と密嵌することで容器を一体化し、前記(1)で採集した虫を、容器1つあたり約10頭の割合で当該容器に収容した。試験用植物体には薬剤処理をしていないイネ苗を用い、その上部を補助栓の切れ込みに挟んでから主栓の孔に挿嵌した。試験用植物体を容器に入れつつ、主栓で容器を密閉した。このとき、試験用植物体は容器の中心付近で壁面に接することなく略直立し、下部は容器底部の水に浸かるようにした。この時の状態を図2に示した。
【0040】
(3)昆虫の観察
密閉した容器を実験室内で静置し、密閉の1時間後および6時間後に容器内部の昆虫を観察した。対照(無処理)区では、1時間後の観察でイネに定着しているウンカが確認された。6時間後には、水面に落下していたウンカのほとんどもイネ苗をのぼって定着していた。一方、ピメトロジン処理した植物を吸汁したウンカは、1時間後も水面に落ちたままで活発に動いているだけだった。6時間後でも大多数が試験用植物体にたどり着くことなく、水面で動いているか疲弊して動かなくなっていた。それぞれの状態を図3および図4に示した。
【0041】
実施例2:ポット苗を潅注処理したモデル試験
イネの育苗箱を想定して、ポット苗を潅注処理したモデル試験を行った。植物の薬剤処理は、10mlの水に30mgの市販チェス(登録商標)顆粒水和剤(50%ピメトロジン水和剤、シンジェンタジャパン株式会社)を溶かし、その溶液の1mlを直径7cmのカップに植えたイネ苗の株本に潅注することにより行った。これは、1箱あたり1000苗の育苗箱に対して3mg製剤/株の割合で施用することを模したモデルである。潅注2日後に、土壌ごとイネ苗をワグネルポット(0.05m2)に移植した。次いで、移植19日後に、100頭程度のトビイロウンカ(ピメトロジン感受性系統)をポットのイネ苗に接種した。そして、移植2日後に生存している虫を採集した。同様の方法で、薬剤を潅注していないイネ苗を吸汁した虫を採集し、対照(無処理)区として用いた。それらの昆虫を用いたこと以外は、実施例1と同様にして評価試験を行った。
【0042】
試験用植物体に上記の昆虫を接種し、容器の密閉2時間後に容器内部を観察したところ、対照(無処理)区のウンカはイネ苗に定着していたが、ピメトロジン処理した植物を吸汁したウンカはいずれも水面で活発に動いているだけだった。その状態を図5に示した。
【0043】
実施例3:苗を圃場から回収したモデル試験
この実施例では、圃場から回収したイネ苗でウンカを吸汁させた。まず、イネ苗の育苗箱に、1箱当たり50gのヨーバル(登録商標)パワーEV箱粒剤(テトラニリプロール 1.5%、ピメトロジン 3.0%、イソチアニル 2.0%、ペンフルフェン 2.0%含有、バイエルクロップサイエンス株式会社)を均一に散布した。その育苗箱からイネ苗を本田に移植し、次いで移植後約19日目に当該本田から、根部まわりの土壌ごとイネ苗をワグネルポット(0.05m2)に移植した。そして、トビイロウンカ(ピメトロジン感受性系統)をポットのイネ苗に接種し、その2日後に生存している虫を採集した。同様の方法で、薬剤を育苗箱に施用していないイネ苗を吸汁した虫を採集し、対照(無処理)区として用いた。それらの昆虫を用いたこと以外は、実施例1と同様にして評価試験を行った。
【0044】
試験用植物体に昆虫を接種し、容器の密閉2時間後に容器内部を観察したところ、対照(無処理)区のウンカはイネ苗に寄生し定着していたが、ピメトロジン処理した植物を吸汁したウンカは水面で活発に動いているだけだった。その状態を図6に示した。
【符号の説明】
【0045】
1 筒部
2 底部
3 水
4 主栓
5 補助栓
6 試験用植物体
図1
図2
図3
図4
図5
図6