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特開2023-115740異常検知装置、異常検知方法およびプログラム
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023115740
(43)【公開日】2023-08-21
(54)【発明の名称】異常検知装置、異常検知方法およびプログラム
(51)【国際特許分類】
   B22D 11/16 20060101AFI20230814BHJP
【FI】
B22D11/16 104R
B22D11/16 104B
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022018133
(22)【出願日】2022-02-08
(71)【出願人】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000637
【氏名又は名称】弁理士法人樹之下知的財産事務所
(72)【発明者】
【氏名】北田 宏
【テーマコード(参考)】
4E004
【Fターム(参考)】
4E004MA05
4E004MC12
4E004NA01
4E004NB01
(57)【要約】
【課題】プラントにおける連続測定信号に正常時とは異なる特徴が継続的に現れる異常を確実に予知して操業のトラブルを事前に検知する。
【解決手段】対象プラントで過去の異常発生前の一定時間に測定された物理量の、異常発生時点を終点とし、第1の時間だけ遡った時刻を始点とする時間分の時系列を第1のデータベクトルとして、当該第1のデータベクトルを複数の物理量について並べた第1のデータ行列の時間を表す方向において物理量の間に共通する特徴を抽出する特徴データ算出部と、対象プラントで新たに測定された物理量の第1の時間分の時系列を第2のデータベクトルを第1のデータ行列と同じ順序で並べた第2のデータ行列から抽出された特徴と第1のデータ行列に共通する特徴との類似度を算出する異常度算出部と、類似度の時間変化が所定の条件を満たす場合に対象プラントの異常を検知する異常検知部とを備える異常検知装置が提供される。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
対象プラントで過去の異常発生前の一定期間に測定された物理量の、前記対象プラントにおける異常発生時点を終点とし、前記異常発生時点から所定区間分の第1の時間だけ遡った時刻を始点とする時系列を第1のデータベクトルとして、当該第1のデータベクトルを複数の物理量について並べた第1のデータ行列を作成し、前記第1のデータ行列の時間を表す方向において前記物理量の間に共通する特徴を抽出する特徴データ算出部と
前記対象プラントで新たに測定された前記物理量の前記第1の時間分の時系列を第2のデータベクトルとして、前記第1のデータ行列と同じ順序で並べて第2のデータ行列を作成し、前記第2のデータ行列から抽出された特徴と前記特徴データ算出部により抽出された前記特徴との類似度を算出する異常度算出部と、
前記類似度の時間変化が所定の条件を満たす場合に前記対象プラントを異常と判定する異常検知部と
を備える異常検知装置。
【請求項2】
前記第1のデータベクトルおよび前記第2のデータベクトルは、前記第1の時間よりも短い第2の時間分の小区間に連続して測定された前記物理量を示し、前記第1のデータ行列および前記第2のデータ行列は前記第1の時間分の区間の範囲内で前記第2の時間分の小区間を時間シフトさせた前記第1のデータベクトルまたは前記第2のデータベクトルによって構成される、請求項1に記載の異常検知装置。
【請求項3】
前記特徴データ算出部は、前記第1のデータ行列を特異値分解することによって前記第1のデータ行列の時間を表す方向において前記物理量の間に共通する特徴を抽出し、
前記異常度算出部は、前記第2のデータ行列を特異値分解することによって前記第2のデータ行列の特徴を抽出する、請求項1または請求項2に記載の異常検知装置。
【請求項4】
前記特徴データ算出部は、前記第1のデータ行列の特異値分解の結果によって重要度が高いことが示される基底ベクトルの線形結合を用いて再構成された前記第1のデータ行列を前記第1のデータ行列の時間を表す方向において前記物理量の間に共通する特徴を示すテンプレートとし、
前記異常度算出部は、前記第2のデータ行列の特異値分解の結果によって重要度が高いことが示される基底ベクトルの線形結合を用いて再構成された前記第2のデータ行列と前記テンプレートとの類似度を算出する、請求項3に記載の異常検知装置。
【請求項5】
前記特徴データ算出部は、複数の前記テンプレートを生成し、
前記異常度算出部は、複数の前記テンプレートのそれぞれと前記第2のデータ行列との類似度のうち最大のものを選択する、請求項4に記載の異常検知装置。
【請求項6】
前記対象プラントは、連続鋳造機であり、
前記異常は、凝固シェルの凝固不良によるブレークアウトであり、
前記物理量は、前記連続鋳造機の鋳型温度を含み、
前記第1のデータベクトルおよび前記第2のデータベクトルは、前記鋳型内で深さ方向に配列された測温装置によって取得される前記鋳型温度に基づく値を含む、請求項1から請求項5のいずれか1項に記載の異常検知装置。
【請求項7】
前記鋳型温度は、測温値を溶鋼温度、鋳造速度、鋳型幅および測温位置の深さで回帰するモデルを用いて算出された標準温度と測温値との差である換算温度である、請求項6に記載の異常検知装置。
【請求項8】
前記第1のデータベクトルおよび前記第2のデータベクトルは、前記鋳型の対向する面にそれぞれ配置された前記測温装置の間の温度偏差および平均温度を含む、請求項6または請求項7に記載の異常検知装置。
【請求項9】
対象プラントで過去の異常発生前の一定時間に測定された物理量の、前記対象プラントにおける異常発生時点を終点とし、前記異常発生時点から所定の区間分の第1の時間だけ遡った時刻を始点とする時系列を第1のデータベクトルとして、当該第1のデータベクトルを複数の物理量について並べた第1のデータ行列を作成し、前記第1のデータ行列の時間を表す方向において前記物理量の間に共通する特徴を抽出するステップと、
前記対象プラントで新たに測定された前記物理量の前記第1の時間の区間分の時系列を第2のデータベクトルとして、前記第1のデータ行列と同じ順序で並べて第2のデータ行列を作成し、前記第2のデータ行列から抽出された特徴と前記第1のデータ行列の時間を表す方向において前記物理量の間に共通する特徴との類似度を算出する異常度算出部と、
前記類似度の時間変化が所定の条件を満たす場合に前記対象プラントの異常を検知するステップと
を含む異常検知方法。
【請求項10】
対象プラントで過去の異常発生前の一定時間に測定された物理量の、前記対象プラントにおける異常発生時点を終点とし、前記異常発生時点から第1の区間分の時間だけ遡った時刻を始点とする時間分の時系列を第1のデータベクトルとして、当該第1のデータベクトルを複数の物理量について並べた第1のデータ行列を作成し、前記第1のデータ行列の時間を表す方向において前記物理量の間に共通する特徴を抽出する特徴データ算出部と、
前記対象プラントで新たに測定された前記物理量の前記第1の区間分の時系列を第2のデータベクトルとして、前記第1のデータ行列と同じ順序で並べて第2のデータ行列を作成し、前記第2のデータ行列から抽出された特徴と前記第1のデータ行列の時間を表す方向において前記物理量の間に共通する特徴との類似度を算出する異常度算出部と、
前記類似度の時間変化が所定の条件を満たす場合に前記対象プラントの異常を検知する異常検知部と
を備える異常検知装置としてコンピュータを機能させるためのプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、異常検知装置、異常検知方法およびプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
連続鋳造機では、凝固シェルの成長不良(凝固不良)が継続した後に、溶鋼が凝固シェルを破って流出するブレークアウトが生じる場合がある。ブレークアウトの発生は、鋳造の停止、鋳片の引き抜き、流出した溶鋼地金の除去、セグメント交換等を伴うため正常な操業に戻るまでには長い時間を要し、生産性を低下させる要因になる。従って、凝固不良が発生していることをブレークアウトに至る前に検知することが重要である。ブレークアウトの発生は、凝固シェルの破断に至る前に鋳型短辺に設置した温度計(熱電対等)により測定された測温値が長時間にわたり上昇することを検出することにより事前に検知することができる。これは、プラントにおける連続測定信号に正常時とは異なる特徴が継続的に現れることが異常時の特徴である例といえる。しかしながら、鋳型の温度のような連続測定信号には様々な周期のノイズが含まれるため、上記のような場合に継続的に現れている異常時の特徴を検出することは必ずしも容易ではない。
【0003】
上記のような状況下でブレークアウトを検知するための技術の例として、特許文献1では、正常状態で得た鋳型温度の測温データから感度係数ベクトルを算出し、新たな測温データにおける感度係数ベクトルに垂直な方向の成分の大きさを逸脱度と定義し、逸脱度が閾値を超える温度計が存在する領域が一定の大きさ以上であることを条件としてブレークアウトを予知する方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2012-139713号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1の方法では、n本の温度計(熱電対等)により測定された測温値について非連動性の評価値を算出して、その評価値がある閾値を超えた場合に初めてその熱電対に対して温度変化の隣接性の判定をしてブレークアウトを検出している。しかし、n本の熱電対の測温値において連動したノイズが観察される場合には、特許文献1の方法では非連動性の評価値が大きくならないため、逸脱度が閾値を超えることがなく、ブレークアウトを事前に検出することが困難である。
【0006】
そこで、本発明は、プラントにおける連続測定信号に正常時とは異なる特徴が継続的に現れることが異常時の特徴である場合に、そのような異常を確実に予知して操業のトラブルを事前に検知することが可能な異常検知装置、異常検知方法およびプログラムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明のある観点によれば、対象プラントで過去の異常発生前の一定時間に測定された物理量の、上記対象プラントにおける異常発生時点を終点とし、上記異常発生時点から所定の区間分の第1の時間だけ遡った時刻を始点とする時系列を第1のデータベクトルとして、当該第1のデータベクトルを複数の物理量について並べた第1のデータ行列を作成し、上記第1のデータ行列の時間を表す方向において上記物理量の間に共通する特徴を抽出する特徴データ算出部と、上記対象プラントで新たに測定された上記物理量の上記第1の時間分の時系列を第2のデータベクトルとして、上記第1のデータ行列と同じ順序で並べて第2のデータ行列を作成し、上記第2のデータ行列から抽出された特徴と上記第1のデータ行列の時間を表す方向において上記物理量の間に共通する特徴との類似度を算出する異常度算出部と、上記類似度の時間変化が所定の条件を満たす場合に上記対象プラントの異常を検知する異常検知部とを備える異常検知装置が提供される。
【0008】
本発明の別の観点によれば、対象プラントで過去の異常発生前の一定時間に測定された物理量の、上記対象プラントにおける異常発生時点を終点とし、上記異常発生時点から所定の区間分の第1の時間だけ遡った時刻を始点と時系列を第1のデータベクトルとして、当該第1のデータベクトルを複数の物理量について並べた第1のデータ行列を作成し、上記第1のデータ行列の時間を表す方向において上記物理量の間に共通する特徴を抽出するステップと、上記対象プラントで新たに測定された上記物理量の上記第1の時間分の時系列を第2のデータベクトルとして、上記第1のデータ行列と同じ順序で並べて第2のデータ行列を作成し、上記第2のデータ行列から抽出された特徴と上記第1のデータ行列の時間を表す方向において上記物理量の間に共通する特徴との類似度を算出する異常度算出部と、上記類似度の時間変化が所定の条件を満たす場合に上記対象プラントの異常を検知するステップとを含む異常検知方法が提供される。
【0009】
本発明のさらに別の観点によれば、対象プラントで過去の異常発生前の一定時間に測定された物理量の、上記対象プラントにおける異常発生時点を終点とし、上記異常発生時点から所定の区間分の第1の時間だけ遡った時刻を始点する時間分の時系列を第1のデータベクトルとして、当該第1のデータベクトルを複数の物理量について並べた第1のデータ行列を作成し、上記第1のデータ行列の時間を表す方向において前記物理量の間に共通する特徴を抽出する特徴データ算出部と、上記対象プラントで新たに測定された上記物理量の上記第1の時間分の時系列を第2のデータベクトルとして、上記第1のデータ行列と同じ順序で並べて第2のデータ行列を作成し、上記第2のデータ行列から抽出された特徴と上記第1のデータ行列の時間を表す方向において上記物理量の間に共通する特徴との類似度を算出する異常度算出部と、上記類似度の時間変化が所定の条件を満たす場合に上記対象プラントの異常を検知する異常検知部とを備える異常検知装置としてコンピュータを機能させるためのプログラムが提供される。
【0010】
上記の構成によれば、対象プラントに異常が発生する前兆を含み得る第1の特徴と、対象時刻の対象プラントの状態を表す第2の特徴を抽出し、これらの第1の特徴と第2の特徴の類似度に基づき対象プラントの異常を検知(予知)するため、対象プラントにおいて測定された物理量(測定結果)に正常時とは異なる特徴が継続的に現れることが異常時の特徴である場合には、その異常を確実に予知して操業のトラブルを事前に検知することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】本発明の第1実施形態に係る異常検知装置の構成を示すブロック図である。
図2】特徴抽出データ行列の作成におけるデータベクトルの定義の例を示す図である。
図3】特徴抽出データ行列の作成におけるデータベクトルの定義の別の例を示す図である。
図4】特徴抽出データ行列の定義の例を示す図である。
図5】テンプレート作成処理を示すフローチャートである。
図6】異常検知処理を示すフローチャートである。
図7】本発明の第2実施形態が適用される連続鋳造機の鋳型部分を示す図である。
図8】鋳造中の鋳型銅板の測温装置である熱電対を含めた垂直方向断面図である。
図9】本発明の第2実施形態に係る異常検知装置の構成を示すブロック図である。
図10A】連続鋳造機の鋳型短辺において凝固不良によってブレークアウトが発生する直前までの測温値および鋳造速度の時間チャートである。
図10B】連続鋳造機の鋳型短辺において凝固不良によってブレークアウトが発生する直前までの測温値および鋳造速度の時間チャートである。
図11A図10Aおよび図10Bに示したデータを用いて算出した温度偏差および鋳造速度の時間チャートである。
図11B図10Aおよび図10Bに示したデータを用いて算出した平均温度および鋳造速度の時間チャートである。
図12A図11Aに示された温度偏差から特徴抽出データ行列を抽出する処理を模式的に示した図である。
図12B図11Bに示された平均温度から特徴抽出データ行列を抽出する処理を模式的に示した図である。
図13】実施例において選択されたテンプレートを示す図である。
図14A】凝固不良によるブレークアウトが発生する直前の左側の鋳型短辺における換算温度の時間チャートである。
図14B】凝固不良によるブレークアウトが発生する直前の右側の鋳型短辺における換算温度の時間チャートである。
図15A図14Aおよび図14Bに示したデータから算出した鋳型短辺の温度偏差の時間チャートである。
図15B図14Aおよび図14Bに示したデータから算出した鋳型短辺の平均温度の時間チャートである。
図16図14Aから図15Bに示したデータを用いた左側の鋳型短辺での異常度の算出結果を示す図である。
図17図14Aから図15Bに示したデータを用いた右側の鋳型短辺での異常度の算出結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下に添付図面を参照しながら、本発明の好適な実施形態について詳細に説明する。なお、本明細書および図面において、実質的に同一の機能構成を有する構成要素については、同一の符号を付することにより重複した説明を省略する。
【0013】
<第1実施形態>
図1は、本発明の第1実施形態に係る異常検知装置の構成を示すブロック図である。異常検知装置100は、時間的に連続して操業される装置または設備における異常の検知を目的とし、CPU(Central Processing Unit)、記憶装置、通信装置、入出力手段などを備え、プログラムに従って各種の演算を実行するコンピュータである。プログラムは、記憶装置に格納されるか、またはリムーバブル記憶媒体に格納されて異常検知装置100に読み込まれる。CPUがプログラムに従って動作することによって実装される機能部分として、異常検知装置100は、データ取得部110、特徴データ算出部120、異常度算出部130および異常検知部140を備える。なお、上記の機能部分は、PLC(Programmable Logic Controller)であってもよいし、ASIC(Application Specific Integrated Circuit)などの専用のハードウェアによって実装されてもよい。
【0014】
(データ取得部)
本実施形態において、検知対象の装置または設備を対象プラント10とする。対象プラント10には、対象プラント10の少なくとも一つの状態を表す物理量を連続的に測定する計測装置が設置されている。データ取得部110は、操業中の対象プラント10の状態を表す物理量の測定結果を所定の周期でサンプルしたデータと、その対象プラント10の操業に関わる測定結果をサンプリングした時刻における設定値(操業条件値など)とを対応づけて、時刻tにおけるレコードとして取得する。これらのデータを、以下の説明では操業データともいう。そして、データ取得部110は、操業データ(時刻tのレコード)を取得する毎に、当該操業データをデータベース20に格納する。そのため、データベース20には、現在(時刻t)および過去(時刻tより前)の操業データが蓄積される。
【0015】
(特徴データ算出部)
特徴データ算出部120は、データベース20に格納された過去の操業データから、対象プラント10で過去の異常発生時(異常発生前の一定期間を含む期間)に測定された物理量(測定結果)が含まれている操業データを取得する。なお、過去に異常が発生したときの対象プラント10の操業データをみると、測定された物理量の一部が,異常が発生する前兆となりうる通常とは異なる特徴を長時間示したのちに操業のトラブルに至ることが多い。そのため、過去に異常が発生したときの操業データのうち、異常発生前の一定期間において測定された物理量(測定結果)が含まれている操業データを対象として、異常が発生する前兆を含み得る第1の特徴を抽出する。具体的には、特徴データ算出部120は、異常発生前の所定の小区間に測定された物理量の時刻ごとの測定結果をそれぞれ要素としたデータベクトル(第1のデータベクトル)yijを作成する。複数の物理量(項目)について測定された場合には、物理量ごとにデータベクトルyijが作成される。そして、特徴データ算出部120は、前述の小区間を過去に遡る方向に所定時刻分(後述するシフト定数dに相当し、例えば、1時刻分)ずつシフトして、それら小区間ごと(かつ物理量ごと)にデータベクトルyijを作成する。また、特徴データ算出部120は、作成した複数のデータベクトルyijを小区間ごとにまとめて並べたデータ行列(第1のデータ行列)Yを作成し、当該データ行列Yを時系列で並べた特徴抽出データ行列Yを作成する。このとき、特徴データ算出部120は、当該特徴抽出データ行列Yの時間を表す方向において各物理量の間で共通する特徴を上記の第1の特徴として抽出する。例えば、特異値分解を用いた演算(後述する)により、特徴抽出データ行列Yから各物理量(例えば、列ごと)の間で共通する特徴を抽出すればよい。ここで、特徴抽出データ行列Yは、以下で説明するように、対象プラント10における異常発生時点を終点とし、異常発生時点から所定の遡り時間(第1の時間)だけ遡った時点を始点として、上述のデータ行列Y(すなわち、データベクトルyij)を時系列で並べた行列である。なお、異常発生時点から所定の遡り時間だけ遡った時点を始点として異常発生時点を終点とする期間を、以下では遡り期間と称する。
【0016】
図2は、特徴抽出データ行列Yの作成におけるデータベクトルyijの定義の例を示す図である。図2に示すグラフおいて、横軸は時間であり、縦軸は対象プラント10の状態を表すm個の物理量(項目)についての測定結果(図2に示す例では4つの測定結果x,x,x,xが示されている)である。また、図2に示すグラフは、時刻tにおいて対象プラント10で異常が発生したときの例である。このとき、上述したデータベクトルは、式(1)のyij(1≦i≦m,1≦j≦N)として示すように、予め決定されたm個の物理量(項目)のデータを、時間シフトの順序を表す正の整数jについて、時刻「t-(j-1)d-M+1」から「t-(j-1)d」までの時間的に連続するM個のレコードから算出される。iは測定した物理量(項目)を識別するための変数であり、Nは上述の遡り期間を考慮して決定される。図2および後述の図4に示された例において、m=4である。dは時間シフト定数で、異常データで共通の特徴を取り出すために設定する正の整数である。
【0017】
【数1】
【0018】
図3は、特徴抽出データ行列Yの作成におけるデータベクトルyijの定義の別の例を示す図である。図3に示すグラフおいて、横軸は時間であり、縦軸は対象プラント10の状態を表すm個の物理量(項目)についての測定結果(図3に示す例では4つの測定結果x,x,x,xが示されている)である。また、図3に示すグラフは、時刻tにおいて対象プラント10で異常が発生したときの例である。上記の図2の例との違いとして、図3の例では、N=1である。この場合、図2に示した小区間は遡り期間に一致する。
【0019】
図4は、特徴抽出データ行列Yの定義の例を示す図である。式(2)および式(3)に示すように、時間シフトj-1(j=1,…,N)についてデータベクトルyij(i=1,…,m)を左から並べた行列をデータ行列Yとする。データ行列Yをj=1,…,Nについて列方向に並べた行列を特徴抽出データ行列Yとする。つまり、特徴抽出データ行列Yは、M個のレコードに対応する上記の小区間(第2の時間)に連続して測定された物理量を表すデータベクトルyijを、上記の遡り時間の範囲内で時間シフトさせたものによって構成される。ここで、M個のレコードに対応する小区間は、上記の遡り期間よりも短い。N’=mNとすると、YはM行N’列の行列である。
【0020】
【数2】
【0021】
上記のように、本実施形態では、対象プラント10の異常を精度よく検知するために、特徴データ算出部120は、過去の操業データを格納したデータベース20から、検知対象の異常が発生する直前でその異常の前兆を表す第1の特徴が顕著に表れる区間(例えば、上述の遡り期間)の操業データを用いて、特徴抽出データ行列Yを作成する。なお、操業データの各レコード項目が、異なる物理量に対応している場合や、同じ物理量でも計測装置の位置が異なる場合には、項目毎の平均値およびばらつきが異なる場合がある。そのような場合は各項目から平均値を差し引く中心化処理や、中心化後の値を各項目の標準偏差で割る基準化処理などの前処理を施してもよい。
【0022】
上述した特徴抽出データ行列Yは、異常検知に対するノイズとなる短周期のデータ変動が重畳しているため、特徴データ算出部120は、特異値分解を用いて異常検知に不要なノイズ成分を除いたテンプレートを作成する。特異値分解は、上述した特徴抽出データ行列Yを、式(4)で示されるように3つの行列の積として分解することを意味する。ここで、行列Sは特異値行列とよばれるp行p列の対角行列(p=min(M,N’))である。行列Sの対角成分(左上から順にσ,σ,…,σ)は特異値と呼ばれ、σ≧σ≧…≧σ≧0である。行列UはM行p列、行列VはN’行p列の直交行列であり、各々が式(5)に示される条件を満たす。なお、Iはp行p列の単位行列である。以下の説明では、行列Sを特異値行列、行列Uを左特異ベクトル行列、行列Vを右特異ベクトル行列ともいう。
【0023】
【数3】
【0024】
左特異ベクトル行列Uの各列は、特徴抽出データ行列Yの定義における各列ベクトルy11,y12,…,yMNの線形結合による表現に用いる直交基底ベクトルであり、操業データの時間方向に共通の特徴を重要性の高い順に表す。また、式(2),(3)に示されたデータ行列Yは、右特異ベクトル行列Vの(j-1)m+1列目からjm列目を取り出した行列V を用いて式(6)のように表すことができる。式(6)における行列の積SV を行列Wで表すと、行列Wはp行m列であり、式(6)は式(7)のように書き換えられる。行列Wのi列目のk番目の成分は、データ行列Y のi列目を左特異ベクトル行列Uの線形結合で表した場合においてk番目の基底ベクトルに対する荷重係数である。以下の説明では、行列Wを係数行列ともいう。
【0025】
【数4】
【0026】
左特異ベクトル行列Uの左から順にq列目までを取り出した行列Uを、特徴抽出データ行列Yにおいて、操業データの時間方向に共通の特徴を重要性の高い順にq個取り出したものとする。式(7)において、左特異ベクトル行列Uを行列Uに置き換えるとともに係数行列Wの1行目からq行目を取り出した行列Wqjを用いて、q次の特徴データ行列Yqjを式(8)で定義する。行列Yqjはデータ行列Yを重要度の高いq個の基底ベクトルの線形結合を用いて再現したものであり、行列Wqjは各基底ベクトルに対する荷重係数を列方向に並べた係数行列である。行列Yqjは実績データからノイズを除き、異常が発生する前に前兆として現れるの典型的な特徴(第1の特徴)を表すもの(長さM)であり、異常発生時データのテンプレート(以下では「テンプレート行列」と称する場合もある)とみなすことができる。本実施形態において、異常発生時データのテンプレートである行列YqjはNs(≦N)個が用意される。例えば、対象プラント10に関する事前の知識により、異常発生前に前兆として現れる特有のデータの特徴をよく表している行列YqjをテンプレートとしてNs個選択してもよい。
【0027】
【数5】
【0028】
(異常度算出部)
異常度算出部130は、データ取得部110により対象プラント10で新たに時刻tにおける物理量(項目)iについての測定結果が取得されると、その時刻t前の所定の小区間(時刻t-M+1から時刻tまでの区間)に測定された物理量の時刻ごとの測定結果をそれぞれ要素としたデータベクトル(第2のデータベクトル)y(t)を作成する。さらに、異常度算出部130は、物理量(項目)iごとに作成したデータベクトルy(t)を並べたデータ行列(第2のデータ行列)Y(t)を作成する。ここで、異常度算出部130は、作成したデータ行列Y(t)から抽出された特徴、すなわち対象時刻(例えば時刻t)の対象プラント10の状態を表す第2の特徴と、特徴データ算出部120により算出された第1の特徴(上記のテンプレート行列Yqj)との類似度を算出する。この類似度は、対象プラント10において異常が発生している可能性を示す異常度ともいえる。なお、データベクトルy(t)、およびデータ行列Y(t)は、式(9),(10)のように示される。
【0029】
【数6】
【0030】
以下では、特徴データ算出部120が生成したNs個のテンプレート行列Yqjに対するデータ行列Y(t)の類似性を表す指標s(t)を算出する方法を説明する。類似性の指標として、例えば式(11)に示す指標cのように同じサイズの行列A,Bの同一成分の積和trace(AB)を用いることができる。traceは正方行列の対角成分の和を意味し、ベクトルの内積にあたる。指標cは、A=Bのとき1になり、A=-Bのとき-1になる。この指標cを上記の指標s(t)の算出に用いると、指標s(t)は式(12)のようになる。なお、式(12)の指標s(t)は、Y(t)=Yqjのとき1になり、Y(t)=-Yqjのとき0になるように正規化されている。式(13)に示すように、異常度算出部130は、s(t)(j∈Js)のうち最大のものを、異常発生時データのテンプレートである行列Yqjとの類似度s(t)、すなわちデータ行列Y(t)の異常度として選択する。なお、Jsは、テンプレート行列Yqjのテンプレート番号(上述の時間シフトの順序を示す番号)jの集合を表す。
【0031】
【数7】
【0032】
(異常検知部)
異常検知部140は、異常度算出部130によって算出された類似度の時間変化が所定の条件を満たす場合、具体的には、類似度が所定の閾値hsよりも大きい状態が所定時間ts以上の時間にわたって継続された場合に、近い将来において対象プラント10に異常が発生することを検知(予知)する。例えば、異常検知部140は、異常発生の予知を示す異常検知結果(警報等)を出力する。
【0033】
本実施形態に係る異常検知装置100は、以上のような構成を有する。次に、本実施形態に係る異常検知装置100の動作について説明する。図5は、テンプレート作成処理を示すフローチャートである。図6は、異常検知処理を示すフローチャートである。
【0034】
<テンプレート作成処理>
まず、図5に示すテンプレート作成処理について説明する。テンプレート作成処理は、所望のタイミングで実施されればよいが、例えば、対象プラント10の稼働中において定期的に実施されてもよいし、対象プラント10の休止中に実施されるようにしてもよい。テンプレート作成処理において、特徴データ算出部120は、最初に上述の特徴抽出データ行列Yを作成する(ステップS101)。次に、特徴データ算出部120は、特徴抽出データ行列Yを特異値分解する(ステップS102)。具体的には、特徴データ算出部120は、特徴抽出データ行列Yを、式(4)で示されるように3つの行列の積として分解する。次に、特徴データ算出部120は、大きい特異値に対応する基底の線形結合を算出する(ステップS103)。これは上記で説明した行列Yqjである。特徴データ算出部120は、この行列Yqjをテンプレート化する(ステップS104)。ここで、テンプレート化とは、上述のテンプレート行列Yqjを作成し、所定の記憶装置にそのテンプレート行列Yqjを保存する処理を指す。
【0035】
<異常検知処理>
次に、図6に示す異常検知処理について説明する。異常検知処理は、例えば、対象プラント10の稼働中において常時繰り返し実施されるようにしてもよいし、対象プラント10の稼働中において間欠的に(所定の間隔で)実施されてもよい。異常検知処理において、異常度算出部130は、最初に上述のデータ行列Y(t)を作成する(ステップS201)。次に、異常度算出部130は、データ行列Y(t)から抽出された特徴と、特徴データ算出部120によって算出された特徴、つまりテンプレートとの類似度を算出する(ステップS202)。異常検知部140は、類似度が所定の閾値hsよりも大きい状態が所定時間ts以上の時間にわたって継続された場合に(ステップS203)、近い将来において対象プラント10に異常が発生することを検知する(ステップS204)。
【0036】
以上のように、本実施形態に係る異常検知装置100は、上記のテンプレート作成処理を実行することにより、対象プラント10において過去に異常が発生したときの操業データのうち、異常発生前の一定期間において測定された物理量(測定結果)が含まれている操業データを対象として、異常が発生する前兆を含み得る第1の特徴(テンプレート行列Yqj)を抽出している。また、本実施形態に係る異常検知装置100は、上記の異常検知処理を実行することにより、対象プラント10で新たに測定された物理量が含まれている操業データから、対象時刻の対象プラント10の状態を表す第2の特徴(データ行列Y(t)そのものでもよい)を抽出し、上記の第1の特徴との類似度に基づき対象プラント10に異常が発生することを検知(予知)する。そのため、本実施形態に係る異常検知装置100は、対象プラント10において測定された物理量(測定結果)に正常時とは異なる特徴が継続的に現れることが異常時の特徴である場合に、そのような異常を確実に予知して操業のトラブルを事前に検知することが可能になる。
【0037】
また、本実施形態に係る異常検知装置100の特徴データ算出部120は、異常発生前の一定期間(対象プラント10における異常発生時点から所定の遡り時間だけ遡った時点を始点として異常発生時点を終点とする期間)を小区間に区分けして、当該小区間に測定された物理量(時系列に並べられた物理量)を含む第1のデータベクトルyijを当該小区間ごとに作成し、当該各物理量の間で共通する特徴を上記の第1の特徴として抽出している。また、異常度算出部130は、対象プラント10で新たに測定された物理量を含む第2のデータベクトルy(t)を当該物理量ごとに作成して並べた第2のデータ行列Y(t)を上記の第2の特徴として作成し、上記の第1の特徴との類似度を算出している。それから、異常検知部140は、算出された類似度の時間変化が所定の条件を満たす場合に対象プラント10の異常を検知(予知)している。このような行列演算により、本実施形態に係る異常検知装置100は、対象プラント10の異常を簡単な計算によって検知(予知)できる。
【0038】
<第1実施形態の変形例>
上記の実施形態では、ノイズが除かれていない行列Y(t)そのものを用いて対象プラント10の異常度を算出しているが、これに限定されない。例えば、上記のテンプレート行列Yqjと同様に、データ行列Y(t)についてもq個の重要度の高い特徴を用いて近似した(すなわち、ノイズが除かれた)再現データ行列Y(t)を用いて異常度を算出してもよい。以下では再現データ行列Y(t)の算出手順を説明する。データ行列Y(t)は、上記で式(4),(5)を参照して説明した特徴抽出データ行列Yの特異値分解における左特異ベクトル行列U、特異値行列Sおよびデータ行列Y(t)によって定まるm行p列の行列V(t)を用いて、式(14)のように表される。ここで、式(5)に示したようにUU=Iなので、式(15)の関係が成り立つ。
【0039】
【数8】
【0040】
式(16)に示すように、左特異ベクトル行列Uを左から順にq列目までを取り出した行列Uと、残りのq+1列目からp列目までの行列U’に分割する。さらに、式(17)に示すように、特異値行列Sを左上からq行q列の対角行列Sと(p-q)行(p-q)列の対角行列S’に分割する。
【0041】
【数9】
【0042】
また、行列V(t)についても、左からq列目までのV(t)とq+1列目からp列目までのV’(t)に分割する。式(18)には、転置したV(t)を分割する場合が示されている。式(15)の右辺に式(17),(18)を代入すると、式(19)のようになる。さらに、式(19)の両辺に式(16)のU’を同じ大きさの零行列で置き換えた[U 0]を乗じると、式(16)より、左辺は式(20)のようになり、右辺は式(21)のようになる。式(21)は、式(14)の右辺と同様に、重要度の高いq個の左特異ベクトル行列の線形結合を用いて左辺のデータ行列を再現したものとみなせる。これをq次の再現データ行列Y(t)と表すと、式(20),(21)より、式(22)に示すように再現データ行列Y(t)はデータ行列Y(t)および行列Uによって算出できる。
【0043】
【数10】
【0044】
q次の再現データ行列Y(t)は、式(8)に示した異常発生時データのテンプレート行列Yqjと同様に、操業データからノイズを除いた特徴を示すものであるため、操業データそのものを用いる場合に比べて、操業データに含まれるノイズによるテンプレートとの類似度のばらつきが小さくなる。従って、例えば異常発生時データの特徴が正常時とは大きく異なる場合、上記のような再現データ行列Y(t)は異常データの識別精度を向上させるために有効である。
【0045】
<第2実施形態>
(連続鋳造機の凝固不良検知における実施形態)
次に、第2実施形態について説明する。第2実施形態に係る異常検知装置100は、上述した第1の実施形態に係る異常検知装置100を用いて連続鋳造機の凝固不良検知を行う。
【0046】
図7は、本実施形態が適用される連続鋳造機の鋳型部分を示す図である。図示されるように、連続鋳造機では、鋳型1内に浸漬ノズル2から溶鋼を供給する。溶鋼は、浸漬ノズル2の中心軸対称位置の2か所の吐出孔3から流出する。図示された例において鋳型1は直方体型であり、水平な開口部から、垂直方向に冷却銅板が開口部を囲んで設置される。図示された例において、吐出孔3は開口部形状の短辺方向の銅板(鋳型短辺)を向いて設置される。
【0047】
上記のような連続鋳造機では、鋳型1内で、溶鋼が反対側から水冷されている鋳型銅板にパウダーフラックスを介して接することで抜熱され、銅板側から凝固する。望ましい凝固シェルの厚みの鋳造方向プロファイルは、操業安定性や品質の面から決定される。しかしながら、浸漬ノズル2で鋳型1内に溶鋼を供給する連続鋳造機では、2つの吐出孔3から流出する溶鋼流量の偏り(鋳型内偏流)のために、偏った側の吐出孔3に対応する鋳型短辺に接する凝固シェルに吐出流が直接衝突する。これによって、凝固シェルへの熱供給が局所的に上昇して鋳型銅板からの冷却による抜熱に対して過剰になり、衝突部の凝固シェルの成長が遅れる凝固不良が発生する可能性がある。
【0048】
図7には、鋳型内偏流による短辺凝固シェル部の凝固不良が模式的に示されている。鋳型1に向かって左側の吐出孔3に詰まりがあり、右側の吐出孔3からの溶鋼流量が左側にくらべて多くなる偏流状態であることを、両側の吐出孔3付近から延びる2つの矢印の長さで示している。このような場合において、上記のように凝固シェルに吐出流が直接衝突する右側短辺の領域5では凝固不良が発生し、凝固不良によって凝固シェルの成長が遅れた部位が鋳型1から引き抜かれたときに内部の未凝固溶鋼の静圧で破断することによって溶鋼が凝固シェル外に流出するブレークアウトに至る可能性がある。
【0049】
図8は、鋳造中の鋳型銅板の測温装置である熱電対を含めた垂直方向断面図である。図8に示されるように、鋳型はめっきをした銅板6を筒状に組み合わせることによって形成されている。銅板6の外側に冷却水7を流すことによって、銅板6を介して溶鋼から抜熱され、鋳型内面に凝固シェル8が形成される。なお、凝固シェル8と銅板6との間にはモールドフラックス9が介在している。図7にも示された鋳型の測温装置4は、例えば熱電対、または光ファイバを用いたFBG(Fiber Bragg Grating)測温装置などの測温素子であり、鋳型の銅板面における温度分布を測定する。図8の例では、銅板6の溶鋼に接する面と反対側から穴をあけて測温装置4として熱電対を埋め込むことによって銅板6の溶鋼に接する面に近い位置での温度を測定する。銅板6に接する凝固シェル8に凝固不良が発生している場合、溶鋼吐出流の流量が過剰であることによる熱供給の増加と凝固シェルが薄くなることによる熱抵抗の低下のために、測温装置4によって測定される温度が正常時よりも上昇する傾向がある。
【0050】
図9は、本発明の第2実施形態に係る異常検知装置の構成を示すブロック図である。上述したような連続鋳造機の例を図1に示した異常検知装置100の構成に対応付けると、対象プラント10は連続鋳造機であり、データ取得部110は対象プラント10の状態を表す物理量として測温装置4(鋳型測温部10Aとして図示されている)からの温度測定信号を所定の周期でサンプルしたデータと、対象プラント10の操業に関わる設定値(操業条件値など)として鋳造速度などの鋳造条件データとを対応づけて、時刻tにおけるレコードとして取得する。図9の例において、データ取得部110は換算温度算出部110Aおよび特徴データ算出部110Bとして実装される。また、特徴データ算出部120は、異常データ抽出処理120A、換算温度算出部120B、および特徴データ算出部120Cとして実装される。異常度算出部130は、左短辺凝固異常度算出部130Aおよび右短辺凝固異常度算出部130Bとして実装される。異常検知部140は、左短辺凝固不良検知部140Aおよび右短辺凝固不良検知部140Bとして実装される。以下では、連続鋳造機の鋳型短辺で発生する凝固不良を検知(予知)する例について説明する。
【0051】
図10Aおよび図10Bは、連続鋳造機の鋳型短辺において凝固不良によってブレークアウトが発生する直前までの、鋳型短辺に設置された熱電対(上記の測温装置4)の測温値および鋳造速度の時間チャートである。図10Aには鋳型の左側短辺の測温値が示され、図10Bには鋳型の右側短辺の測温値が示されている。鋳造速度の時間チャートは図10Aおよび図10Bで共通である。鋳型の左側短辺でブレークアウトが発生した場合の測温値は、上から1段目から4段目までのすべてにおいて約600secにわたり上昇している。しかしながら、十数秒程度の短周期の変動が重なっているため、単純に測温値を時間微分しただけでは上記のような長時間にわたる温度上昇を見逃す可能性がある。ローパスフィルタなどで短周期の変動を平滑化した後に時間微分を計算することも考えられるが、この場合は時間微分値が小さくなり、正常状態との区別が困難である可能性がある。
【0052】
(特徴データ算出)
そこで、本実施形態に係る異常検知装置200では、図9に示すように、特徴データ算出部120Cが、両方の鋳型短辺について、凝固不良によるブレークアウトが発生した操業における測温値の特徴抽出の処理を実行する。より具体的には、特徴データ算出部120Cは、鋳型短辺で鋳型の深さ方向に配列された熱電対の測温値について、上記で式(1)~式(8)を参照して説明したような特徴抽出の処理を実行する。
【0053】
鋳型内での凝固不良は、溶鋼の材質、温度、鋳造速度、および鋳型幅等に関わらず発生する可能性がある。しかしながら、操業データとして取得される測温値は、同じ測温位置のデータであっても上記のような条件の違いによって値が変動する。そこで、測温値を操業条件、具体的には溶鋼温度、鋳造速度、鋳型幅および測温位置の深さで回帰するモデルを用いて標準温度を算出する。図9に示す換算温度算出部110A,120Bでは操業データとして取得される測温値と各熱電対の標準温度との差を換算温度として算出し、この換算温度について特徴抽出の処理を実行する。
【0054】
さらに、本実施形態では、吐出流の偏流側短辺での測温値だけがブレークアウト発生前に上昇するという傾向を特徴抽出に反映するために、両短辺間で同じ深さにある熱電対による測温値同士を用いて、両者の温度偏差ydiおよび平均温度ymiを式(23)および式(24)のように定義する。ここで、Ti_rightは右側短辺のi段目換算温度であり、Ti_leftは左側短辺のi段目換算温度である。
【0055】
【数11】
【0056】
凝固不良によるブレークアウト発生時の鋳型短辺における測温値の特徴は、一方の側の短辺における測温値が反対側の短辺に比べて継続的に上昇することである。この特徴を上記の温度偏差ydiおよび平均温度ymiを用いて表現すると、温度偏差ydiが増加または減少の一方向に継続的に変化すること、および平均温度ymiが温度偏差ydiの変化速度の絶対値に比べて小さい速度で上昇することである。式(23)の定義による場合、右側短辺で凝固不良が発生すると温度偏差ydiは継続的に増加し、左側短辺で凝固不良が発生すると温度偏差ydiは継続的に減少する。
【0057】
特徴データ算出部120Cは、データベース20から検索した操業データから算出される、ブレークアウト発生時の鋳型短辺における測温値の温度偏差ydiおよび平均温度ymiの各々について、上述した式(1)から式(3)の手順にしたがって特徴抽出データ行列Y,Yを作成する。この処理は、図5を参照して説明したステップS101の処理に対応する。ただし、特徴抽出データ行列Y,Yの作成にあたっては、データベクトルを時間方向に並べた特徴抽出データ行列Yの数値の変化方向が同じになるように、適切にデータベクトルの符号を反転させる。さらに、特徴データ算出部120Cは、式(25)および式(26)に示されるように、特徴抽出データ行列Y,Yの特異値分解を実行する。この処理は、図5を参照して説明したステップS102の処理に対応する。
【0058】
【数12】
【0059】
ここで、式(25)および式(26)における左特異ベクトル行列U,Uに対する係数行列をW=S およびW=S と定義する。また、左特異ベクトル行列U,Uの左から順にq列目までを取り出した行列Uqd,Uqm、および係数行列W,Wの左から順にq列目までを取り出した行列Wqd,Wqmを用いて、q次の特徴データ行列Yqd,Yqmを式(27)および式(28)で定義する。なお、特徴データ行列Yqd,Yqmにおいても、操業データの項目数mごとに分割し、(j-1)m+1列目からjm列目の列ベクトルからなる行列を各々Yqdj,Yqmjで表す。
【0060】
【数13】
【0061】
凝固不良によるブレークアウト発生時の鋳型短辺における測温値の特徴は、温度偏差ydiが増加または減少の一方向に継続的に変化し、かつ平均温度ymiが温度偏差ydiの変化速度の絶対値に比べて小さい速度で上昇することである。そこで、後述するように左短辺凝固異常度算出部130Aおよび右短辺凝固異常度算出部130Bで用いる異常発生時データのテンプレートとしては、温度偏差の特徴データ行列Yqdjの中から一方向に変化する特徴がよく表れているものを選択し、平均温度については同じjに対応する特徴データ行列Yqmjを選択する。選択されたjの集合をJsとする(j∈Js)。テンプレート番号jのテンプレート行列Yqjは、特徴データ行列Yqdj,Yqmjを列方向に並べて式(29)のように定義される。この処理は、図5を参照して説明したステップS103の処理に対応する。特徴データ算出部120Cは、図5を参照して説明したステップS104と同様に行列Yqjをテンプレート化する。
【0062】
【数14】
【0063】
上記の特徴データ行列Yqdjの選択については、例えば以下のようにすることができる。式(30)に示すように特徴抽出データ行列Yの各列ベクトルが左基底ベクトルudilと荷重係数wdlkとの線形結合とすると、荷重係数の第1成分wd1k の荷重係数2乗値の合計に対する比率rdkが式(31)のように定義できる。ただし、wdijは行列Wの(i,j)成分を表す。
【0064】
【数15】
【0065】
式(32)に示すように特徴抽出データ行列Yの時間シフトjに対応するデータ行列jに関してrdkを平均したRdjは、データ行列Ydjを構成するベクトルである温度偏差ydiが共通して一方向に変化していることを表す指標であるため、Rdjが大きい順にjをあらかじめ定めた個数だけ選択したデータ行列Ydjを、温度偏差の異常時テンプレートとすることができる。短辺偏差データのテンプレートは前記Yqdj(j=1,…,N’)からj∈Kdに該当するkを選択する。
【0066】
【数16】
【0067】
(異常度算出)
左短辺凝固異常度算出部130Aおよび右短辺凝固異常度算出部130Bでは、連続鋳造機の操業中に逐次サンプリングされる鋳型短辺における測温値のデータから、上記の式(23)および式(24)に示した温度偏差ydiおよび平均温度ymiの算出、データ行列作成ならびに式(22)に示したq次の再現データ行列の作成を繰り返す。時刻tにおいては、温度偏差および平均温度のデータ行列Y(t),Y(t)について、q次の再現データ行列Yqd(t),Yqm(t)を式(33)および式(34)のように算出する。この処理は、図6を参照して説明したステップS201の処理に対応する。さらに、再現データ行列Yqd(t),Yqm(t)を列方向に並べた行列Y(t)を式(35)のように定義して、上記で式(12)および式(13)を参照して説明したように異常度s(t)を算出する。この処理は、図6を参照して説明したステップS202の処理に対応する。なお、上記の式(29)のテンプレート行列Yqjでは2つのうち片側の短辺で発生する凝固不良しか検知できないため、式(29)の右辺で行列Yqdjの符号を反転した別のテンプレート行列Y2qjを式(36)に示すように定義し、左短辺凝固異常度算出部130Aでは式(35)を用いて、また右短辺凝固異常度算出部130Bでは,式(36)を用いて異常度s(t)を同様に算出する。
【0068】
【数17】
【0069】
(異常検知)
左短辺凝固不良検知部140Aおよび右短辺凝固不良検知部140Bは、左短辺凝固異常度算出部130Aおよび右短辺凝固異常度算出部130Bによって算出された異常度s(t),s(t)のいずれかが、所定時間tsよりも長い時間にわたって所定の閾値hsよりも大きい状態が継続された場合に、凝固不良異常検知を示す警報等を出力する。この処理は、図6を参照して説明したステップS203,S204の処理に対応する。上記の条件が左短辺に関する異常度s(t)で満たされた場合は左短辺凝固不良検知部140Aが、また右短辺に関する異常度s2(t)で満たされた場合は右短辺凝固不良検知部140Bがそれぞれ異常を検知する。どちらの凝固不良検知部が異常を検知するかによって、凝固不良が発生したのがどちら側の短辺であるかを特定することができる。
【実施例0070】
以下では、連続鋳造機の凝固不良を検知する場合の実施例について説明する。本実施例では測温装置である熱電対を鋳型の深さ方向に4段、等間隔で設置した。従って、鋳型の片側の短辺について、データ項目数m=4である。また、本実施例では凝固不良によるブレークアウト発生時の実例データを2ケース用いてテンプレートを作成した。具体的には、まず、測温値を溶鋼温度、鋳造速度、鋳型幅および測温位置の深さで回帰するモデルを用いて標準温度を算出し、操業データとして取得される測温値と各熱電対の標準温度との差を換算温度として算出した。
【0071】
図11Aおよび図11Bは、上記で図10Aおよび図10Bに示した凝固不良によるブレークアウト発生時のデータを用いて算出した鋳型の左側および右側の短辺の温度偏差、平均温度および鋳造速度の時間チャートである。図11Aには温度偏差が示され、図11Bには平均温度が示されている。鋳造速度の時間チャートは図11Aおよび図11Bで共通である。図12Aおよび図12Bは、図11Aおよび図11Bに示された温度偏差および平均温度から特徴抽出データ行列Y,Yを抽出する処理を模式的に示した図である。本実施例では、操業データを1sec周期でサンプリングし、特徴抽出データ行列Y,Yの時間長を120sec(M=120)とした。また、左特異ベクトル行列U,Uの左から順にq列目までを取り出した行列Uqd,Uqmを作成するときのq=2とした。
【0072】
図13は、実施例において選択されたテンプレートを示す図である。温度偏差の特徴データ行列Yqdjの中から一方向に変化する特徴がよく表れているものを選択し、平均温度については同じjに対応する特徴データ行列Yqmjを選択する。本実施例において、j=1,2,・・・,6である。
【0073】
図14Aおよび図14Bは、検知対象の操業データで凝固不良によるブレークアウトが発生する直前の左側および右側の鋳型短辺における換算温度の時間チャートである。なお、検知対象の操業データは、テンプレートとは別の、過去の操業においてブレークアウトが発生したときの操業データである。時間チャートは、左側の鋳型短辺で凝固不良によるブレークアウトが発生した時刻を時刻0として示されている。換算温度の時間チャートからは、時刻-100sec前後から左短辺の温度が上昇していることが読み取れる。図15Aおよび図15Bは、図14Aおよび図14Bに示したデータから算出した鋳型短辺の温度偏差および平均温度の時間チャートである。温度偏差の時間チャートからは、-100sec以降で特に3段目と4段目で顕著な下降傾向が見られる。また、平均温度の時間チャートでも、-100sec以降に上昇傾向が見られる。
【0074】
図16は、図14Aから図15Bに示したデータを用いた異常度の算出結果を示す図である。本実施例では、上記のように選択されたテンプレートを用いて、左側の鋳型短辺での凝固不良を検知する異常度s(t)の算出を2secごとに繰り返した。異常検知条件になる異常度s(t)の閾値hs=0.8、継続時間ts=16secに設定したところ、本データに対してはブレークアウト発生の8sec前に条件を満たし(図16に示す(1)から(2)までの間、異常度s(t)が閾値を超える状態が継続された)、異常が検知されることによって警報等の出力が可能になることが判明した。8secの余裕があれば、例えば鋳造速度を低下させることで凝固不良部分を健全化させ、ブレークアウトを予防することが可能である。
【0075】
図17は、図16の例と同様にして、右側の鋳型短辺での凝固不良を検知する異常度s(t)を算出した結果を示す図である。異常度s(t)については、閾値hs=0.8を超える区間はあるが、継続時間ts=16sec超えて異常度s(t)が閾値を超えた状態が継続された区間はなく(図17に示す(1)、(2)および(3)で閾値を超えた異常度s(t)は、いずれも16sec未満で閾値を下回っている)、正常な状態に対して誤検知が発生しないことが判明した。
【0076】
以上、添付図面を参照しながら本発明の好適な実施形態について詳細に説明したが、本発明はこれらの例に限定されない。本発明の属する技術の分野の当業者であれば、請求の範囲に記載された技術的思想の範疇内において、各種の変更例または修正例に想到し得ることは明らかであり、これらについても、当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。
【符号の説明】
【0077】
1…鋳型、2…浸漬ノズル、3…吐出孔、4…測温装置、5…領域、6…銅板、7…冷却水、8…凝固シェル、9…モールドフラックス、10…対象プラント、20…データベース、100…異常検知装置、110…データ取得部、120…特徴データ算出部、130…異常度算出部、140…異常検知部。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10A
図10B
図11A
図11B
図12A
図12B
図13
図14A
図14B
図15A
図15B
図16
図17