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特開2023-115783連続鋳造用鋳型、連続鋳造機、及び連続鋳造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023115783
(43)【公開日】2023-08-21
(54)【発明の名称】連続鋳造用鋳型、連続鋳造機、及び連続鋳造方法
(51)【国際特許分類】
   B22D 11/04 20060101AFI20230814BHJP
   B22D 11/108 20060101ALI20230814BHJP
【FI】
B22D11/04 311E
B22D11/108 F
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022018185
(22)【出願日】2022-02-08
(71)【出願人】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000637
【氏名又は名称】弁理士法人樹之下知的財産事務所
(72)【発明者】
【氏名】塚口 友一
(72)【発明者】
【氏名】中野 将
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼平 信幸
【テーマコード(参考)】
4E004
【Fターム(参考)】
4E004AA05
4E004AA06
4E004MA01
4E004MB14
4E004MC22
4E004NA01
4E004NC01
(57)【要約】
【課題】理想に近い鋳型内熱流束制御を実現するものであり、モールドフラックスを用いた鋼の連続鋳造プロセスに適用する連続鋳造用鋳型、連続鋳造機、及び連続鋳造方法を提供する。
【解決手段】冷却スリット3形状(幅および深さ),鋳型冷却水流路前面の鋳型表面からの距離、鋳型銅板2の熱伝導率、鋳型冷却水流速、鋳型冷却水温、のいずれかもしくは複数の因子を鋳型上部と鋳型下部とで異ならせることによって、鋳型上部である溶鋼湯面近傍の冷却能力を鋳型下部の冷却能力よりも高めたことを特徴とする、連続鋳造用鋳型1。連続鋳造用鋳型1を備えた連続鋳造機。前記連続鋳造機を使用し、モールドフラックスとして、溶融し10℃/minの冷却速度で冷却し凝固させたときに結晶化率が面積率で20%以上であるモールドフラックスを組み合わせて適用することを特徴とする連続鋳造方法。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
モールドフラックスを用いた鋼の連続鋳造プロセスに適用する水冷銅鋳型であって、鋳型冷却水路(冷却スリット)形状(幅および深さ),鋳型冷却水路端の鋳型表面からの距離、鋳型銅板の熱伝導率、鋳型冷却水流速、鋳型冷却水温、のいずれかもしくは複数の因子を鋳型上部と鋳型下部とで異ならせることによって、鋳型上部である溶鋼湯面近傍の冷却能力を鋳型下部の冷却能力よりも高めたことを特徴とする、連続鋳造用鋳型。
【請求項2】
連続鋳造機の設定鋳造速度Vcに応じて(1)式で求められる熱流束Qを与えたとき、(2)式によって算出される鋳型表面温度Tが、鋳型上部において鋳型下部よりも20℃以上低いことを特徴とする、請求項1に記載の連続鋳造用鋳型を備えた連続鋳造機。
【数1】

【数2】
Re=Vd/(η/ρ) (3)
Pr=ηC/λ (4)
d=4A/L (5)
ここで、Q:熱流束[W/m]、Vc:設定鋳造速度[m/min]、T:鋳型表面温度[℃]、T:冷却水温度[℃]、X:鋳型冷却水路端の鋳型表面からの距離[m]、λ:鋳型銅板熱伝導率[W/(m・K)]、λ:冷却水熱伝導率[W/(m・K)]、A:鋳型冷却水路(冷却スリット)断面積[m]、L:鋳型冷却水路(冷却スリット)周長[m]、
Re:鋳型冷却水路(冷却スリット)内冷却水レイノルズ数[-]、
Pr:鋳型冷却水路(冷却スリット)内冷却水プラントル数[-]、
d:相当直径[m]、
:鋳型冷却水路(冷却スリット)内の冷却水流速[m/s]、η:水の粘度[Pa・s]、ρ:水の密度[kg/m]、C:水の比熱[J/(kg・K)]
【請求項3】
請求項1に記載の連続鋳造用鋳型を用いた連続鋳造機又は請求項2に記載の連続鋳造機を使用し、モールドフラックスとして、溶融し10℃/minの冷却速度で冷却し凝固させたときに結晶化率が面積率で20%以上であるモールドフラックスを組み合わせて適用することを特徴とする連続鋳造方法。
【請求項4】
前記凝固させたモールドフラックスの主結晶がカスピダインであり、1300℃における粘度が1.5poise未満のモールドフラックスを適用することを特徴とする、請求項3に記載の連続鋳造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、連続鋳造用鋳型、連続鋳造機、及び連続鋳造方法に関するもので有り、特に、モールドフラックスを用いた鋼の連続鋳造プロセスに適用する連続鋳造用鋳型、前記連続鋳造用鋳型を備えた連続鋳造機、及びこれらを用いて行う連続鋳造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
鋼の連続鋳造プロセスでは、中間容器であるタンディッシュからの溶鋼を、浸漬ノズルを用いて水冷銅鋳型へ供給し、鋳型内湯面に供給したモールドフラックスを鋳型内の潤滑・湯面の保温・鋳型内熱流束(鋳片表面冷却)制御に用いる方法が広く実用化されている。鋳型内熱流束(鋳片表面冷却)制御に関しては、鋳片表面割れを防止する観点から緩冷却化が指向される場合が多く、その手段として、<1>鋳型銅板の熱伝導率を下げて鋳型表面(鋳片側稼働面)温度を上げ鋳片表面との温度差を低減して伝導伝熱を緩和する方法と、<2>鋳型と鋳片の間隙に流入した溶融フラックスが形成するフラックスフィルムの結晶化を促進し、輻射伝熱遮蔽効果および微小空隙形成による伝導伝熱阻害効果を得て、熱流束を緩和する方法、の2つが知られている。
【0003】
<1>に該当する公知技術には、特許文献1(鋳型上部に低熱伝導率のシートを配置する方法)、特許文献2(鋳型上部の冷却スリットを溶鋼側表面から後退させる方法)、特許文献3(鋳型上下で冷却水系を分離し上部の冷却を緩和する方法)、特許文献4(鋳型上部に空孔を配置する方法)、特許文献5(鋳型の水平方向に複数の冷却水系を設け上部の冷却を緩和する方法)、特許文献6(鋳型上部表面に低熱伝導率の溶射層を設ける方法)、特許文献7(鋳型上部に発熱体を埋設する方法)など多くの事例がある。これらの技術は伝導伝熱だけを考慮した場合には一定の効果が期待できるものの、鋳型表面温度の上昇は、モールドフラックスの結晶化を阻害することから<2>の方法にとっては逆効果となりうる点が問題である。鋳型表面温度の上昇はさらに、鋳型表面への鋳片の焼き付きや鋳型表面の亀裂あるいは鋳型銅板の変形などの問題を誘起することから実用化には高いハードルがある。
<2>に該当する公知技術には、以下のようなものがある。特許文献8や特許文献9には、フラックスフィルム中にカスピダインを晶析出させて鋳型内熱流束を低下させる方法が開示されている。あるいは、特許文献10には、単体の融点が高いペロヴスカイトを少量晶析出させて、それを核に用いて主な結晶であるメリライトの析出を促進する方法が開示されている。これらの方法は鋳片表面の緩冷却化および割れ防止に効果があり、幅広く実用化されている。一方、その結晶化の制御はモールドフラックスの組成設計に頼っており、鋳型表面温度の制御と組み合わせて結晶化制御の自由度を高め、その効果を最大化するという思想はなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開昭61-195742号公報
【特許文献2】特開昭61-195746号公報
【特許文献3】特開平01-143742号公報
【特許文献4】特開平02-197352号公報
【特許文献5】特開平02-200353号公報
【特許文献6】特開平08-267182号公報
【特許文献7】特開2000-202583号公報
【特許文献8】特開平11-320058号公報
【特許文献9】特開2000-158105号公報
【特許文献10】特開2010-214387号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】日本機械学会編,「JSME テキストシリーズ 伝熱工学」
【非特許文献2】花尾ら著「亜包晶鋼スラブの高速連続鋳造用モールドフラックス」鉄と鋼 Vol.88(2002) No.1 p23-28
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上述のように、鋳型内熱流束(鋳片表面冷却)を制御することは鋳片表面割れを防止する観点から重要であり、それには上記<1>や<2>に記載の複数手段の適用が可能でありそれぞれ一定の効果が期待できるにも関わらず、従来はこれら2つの手段機構の相互作用が論じられることなくそれぞれ単体での発明にとどまっていた。
【0007】
本発明は、そのような事態から脱却し、鋳型単体の冷却機能とモールドフラックスフィルムを介した鋳型内熱流束制御の相互作用を考慮しつつ、両者を適正に組み合わせて実施することにより、従来よりも理想に近い鋳型内熱流束制御を実現するものであり、モールドフラックスを用いた鋼の連続鋳造プロセスに適用する連続鋳造用鋳型、前記連続鋳造用鋳型を備えた連続鋳造機、及びこれらを用いて行う連続鋳造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
即ち、本発明の要旨とするところは以下のとおりである。
[1]モールドフラックスを用いた鋼の連続鋳造プロセスに適用する水冷銅鋳型であって、鋳型冷却水路(冷却スリット)形状(幅および深さ),鋳型冷却水路端の鋳型表面からの距離、鋳型銅板の熱伝導率、鋳型冷却水流速、鋳型冷却水温、のいずれかもしくは複数の因子を鋳型上部と鋳型下部とで異ならせることによって、鋳型上部である溶鋼湯面近傍の冷却能力を鋳型下部の冷却能力よりも高めたことを特徴とする、連続鋳造用鋳型。
[2]連続鋳造機の設定鋳造速度Vcに応じて(1)式で求められる熱流束Qを与えたとき、(2)式によって算出される鋳型表面温度Tが、鋳型上部において鋳型下部よりも20℃以上低いことを特徴とする、[1]に記載の連続鋳造用鋳型を備えた連続鋳造機。
【数1】

【数2】

Re=Vd/(η/ρ) (3)
Pr=ηC/λ (4)
d=4A/L (5)
ここで、Q:熱流束[W/m]、Vc:設定鋳造速度[m/min]、T:鋳型表面温度[℃]、T:冷却水温度[℃]、X:鋳型冷却水路端の鋳型表面からの距離[m]、λ:鋳型銅板熱伝導率[W/(m・K)]、λ:冷却水熱伝導率[W/(m・K)]、A:鋳型冷却水路(冷却スリット)断面積[m]、L:鋳型冷却水路(スリット)周長[m]、
Re:鋳型冷却水路(冷却スリット)内冷却水レイノルズ数[-]、
Pr:鋳型冷却水路(冷却スリット)内冷却水プラントル数[-]、
d:相当直径[m]、
:鋳型冷却水路(冷却スリット)内の冷却水流速[m/s]、η:水の粘度[Pa・s]、ρ:水の密度[kg/m]、C:水の比熱[J/(kg・K)]
【0009】
[3][1]に記載の連続鋳造用鋳型を用いた連続鋳造機又は[2]に記載の連続鋳造機を使用し、モールドフラックスとして、溶融し10℃/minの冷却速度で冷却し凝固させたときに結晶化率が面積率で20%以上であるモールドフラックスを組み合わせて適用することを特徴とする連続鋳造方法。
[4]前記凝固させたモールドフラックスの主結晶がカスピダインであり、1300℃における粘度が1.5poise未満のモールドフラックスを適用することを特徴とする、[3]に記載の連続鋳造方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明を実施すれば、モールドフラックスフィルムの結晶化を適正に制御し、鋳型内の熱流束を理想状態に近付け、鋳片の凝固を健全化することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】連続鋳造用鋳型の部分断面を示す平面断面図である。
図2】連続鋳造中の鋳型内断面を示す概略図である。
図3】連続鋳造用鋳型の部分断面を示す側面断面図である。
図4】連続鋳造用鋳型の部分断面を示す側面断面図である。
図5】連続鋳造用鋳型の部分断面を示す側面断面図である。
図6】連続鋳造用鋳型の部分断面を示す側面断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明は、鋼の連続鋳造において、モールドフラックスを用い、鋳型と鋳片の間隙に流入した溶融フラックスが形成するフラックスフィルム中に晶析出する結晶が輻射伝熱遮蔽および微小空隙形成によって伝導伝熱を阻害する効果を最大限に引き出し、鋳片表面を緩冷却する鋳型内熱流束制御技術に関する。
【0013】
鋼の連続鋳造に用いる連続鋳造用鋳型1は、図1に示すように、溶鋼に接する側の材料として熱伝導に優れる銅を用いた鋳型銅板2を配置し、鋳型銅板2の背面側から水冷し、定常状態における鋳型表面温度を概ね300℃以下に保つことにより、鋳型表面への鋳片の焼き付きや銅素材の軟化あるいは変形を防止している。スラブ連鋳機やブルーム連鋳機など比較的大断面の鋳型は、通常、鋳型銅板2の背面側に細長い上下方向の溝を形成し、この溝と鋳型銅板2の背面のバックフレーム4とによって冷却水路を形成する。この冷却水路は冷却スリット3と呼ばれる。図6の側面断面図に示すように、下側給排水路9から供給された冷却水が、冷却スリット3内を流れ、上側給排水路8から排出される。図1の平面断面図に示すように、冷却スリット3を幅方向に多数配置して冷却水に接する表面積を高め、十分な冷却能力を得ている。公知技術に記したように、鋳片表面割れを防止する観点から、鋳型上下方向に冷却能力を異ならせる発想は従前から数多くあり、いずれも鋳型上部の冷却能力を鋳型下部よりも低くすることによって鋳型上部の初期凝固シェルを緩冷却化しようとしている。その目的のため、前述のとおり、<1>鋳型銅板の熱伝導率を下げて鋳型表面(鋳片側稼働面)温度を上げ鋳片表面との温度差を低減して伝導伝熱を緩和する方法と、<2>鋳型と鋳片の間隙に流入した溶融フラックスが形成するフラックスフィルムの結晶化を促進し、輻射伝熱遮蔽効果および微小空隙形成による伝導伝熱阻害効果を得て、熱流束を緩和する方法、の2つの方向で対策が講じられていた。
【0014】
ところが、連続鋳造中において初期凝固シェルの成長速度や鋳型内での熱流束を実測したところ、モールドフラックスとして結晶化しやすいものを用い、かつ鋳型上部の冷却能力を下げて鋳型表面温度を上げると、狙いとは逆に初期凝固シェルを強冷却してしまう場合があることがわかった。鋳型-鋳片間隙のモールドフラックスフィルムの結晶化が阻害されたものと推定される。また逆に、鋳型上部の冷却能力を上げて鋳型表面温度を下げると、初期凝固シェルを緩冷却できる場合があることがわかった。鋳型-鋳片間隙のモールドフラックスフィルムの結晶化が促進されたものと推定される。本発明者は、この冷却のパラドックスとも言うべき現象を見出し、その現象を利用することによって、従来技術の問題点を解消しつつ、より理想に近い鋳型内熱流束制御を実現する方法を考案した。
【0015】
以下に、前記した本発明の構成にそって本発明の特徴を説明する。
まず、連続鋳造鋳型における鋳型上部と鋳型下部について説明する。鋳型上部とは鋳型Cu板上端から200mmもしくは300mmまでの範囲、を意味する。鋳型下部とは、鋳型上部よりも下の鋳型Cu板下端までの範囲の内、少なくとも鋳型Cu板上端から600mmよりも下の範囲を意味する。
【0016】
本発明の第1発明は、モールドフラックスを用いた鋼の連続鋳造プロセスに適用する水冷銅鋳型であって、鋳型冷却水路(スリット)形状(幅および深さ),鋳型冷却水流路前面の鋳型表面からの距離、鋳型銅板の熱伝導率、鋳型冷却水流速、鋳型冷却水温、のいずれかもしくは複数の因子を鋳型上部と鋳型下部とで異ならせることによって、鋳型上部である溶鋼湯面近傍の冷却能力を鋳型下部の冷却能力よりも高めたことを特徴とする、連続鋳造用鋳型、である。
【0017】
第1の発明に係る連続鋳造用鋳型においては、モールドフラックスフィルムが結晶化することによって生じる緩冷却すなわち鋳片から鋳型への熱流束を低減する効果を最大限に引き出すことを目的に、鋳型上部溶鋼湯面近傍の冷却能力を鋳型下部の冷却能力よりも高めるのである。
【0018】
従来、前記定めた鋳型上部と鋳型下部を含めて鋳型の上下方向全体に渡ってモールドフラックスフィルムの結晶化に伴う緩冷却効果を享受したいのであれば、鋳型上部から鋳型下部まで全体の冷却能力を引き上げればよいのである。それに対して本発明において、鋳型上部の冷却能力を鋳型下部の冷却能力よりも高めるのは以下の理由による。
【0019】
鋳型は、溶鋼を冷やし固めて鋳片を形成する場であることから、元来強冷却が要求されるのである。ゆえに鋳片表面割れ防止のために緩冷却が必要といっても、無限の緩冷却化は元来の鋳型機能を否定することに繋がり、その意味で緩冷却化は必要最小限にとどめるべきである。鋳片表面割れ防止に求められる緩冷却化は鋳型上部の溶鋼湯面近傍、具体的には溶鋼湯面から下方向に50mmないし200mmよりも上部でのみ求められるものである。それよりも下部ではむしろ過度な緩冷却化を避けることを指向するべきである。
【0020】
上記モールドフラックスフィルムを介した冷却のパラドックス現象から、鋳型上部溶鋼湯面近傍の冷却能力を高めることによってモールドフラックスフィルムの結晶化が促進され、かえって凝固シェルからの抜熱量を低減できる可能性が見いだされた。その一方、鋳型下部の冷却能力は低下させることによってモールドフラックスフィルムの過度の結晶化を抑制することにより、かえって凝固シェルからの抜熱量を増大できる可能性がある。このような現象が実現できるのであれば、鋳型上部溶鋼湯面近傍における適度な緩冷却化と鋳型下部における十分な熱流束の維持に繋がる。そこで、上記第1の発明に係る連続鋳造用鋳型を用い、モールドフラックスとして結晶化しやすいものを用いて鋼の連続鋳造を行ったところ、従来の連続鋳造鋳型を用いた場合と比較し、鋳型上部における鋳片の冷却を緩和し、鋳型下部における鋳片の冷却を増大できることが判明した。詳細は後述の実施例で詳述する。本発明の第1の発明に係る連続鋳造用鋳型を用いた連続鋳造方法によれば、鋳型上部溶鋼湯面近傍の銅板表面温度が低く抑えられるので、鋳型表面への鋳片の焼き付きや鋳型表面の亀裂ならびに鋳型銅板の変形が抑制されるという副次的な効果も生じる。
【0021】
本発明では、鋳型冷却水路(冷却スリット)形状(幅および深さ),鋳型冷却水流路前面の鋳型表面からの距離、鋳型銅板の熱伝導率、鋳型冷却水流速、鋳型冷却水温、のいずれかもしくは複数の因子を鋳型上部と鋳型下部とで異ならせることによって、鋳型上部である溶鋼湯面近傍の冷却能力を鋳型下部の冷却能力よりも高めるものとする。これらの手段は、低コストで実現可能であり、かつ本発明にとって十分な効果を有することが、その理由である。
【0022】
本発明が上記モールドフラックスフィルムを介した冷却のパラドックス現象を利用する観点から、本発明はモールドフラックスを用いる連続鋳造に限って適用される。
【0023】
本発明の第2発明は、連続鋳造機の設定鋳造速度Vcに応じて前記(1)式で求められる熱流束Qを与えたとき、前記(2)式によって算出される鋳型表面温度Tが鋳型上部において鋳型下部よりも20℃以上低いことを特徴とする、第1発明に記載の連続鋳造用鋳型を備えた連続鋳造機、である。
【0024】
第2発明では、上記第1発明の連続鋳造用鋳型を備えた連続鋳造機であって、第1発明に記した発明の内容を、より具体的に規定する。本発明において、モールドフラックスの結晶化に影響を及ぼすのは、鋳型表面温度である。鋳型表面から冷却水にかけての熱伝導および熱伝達の挙動については、以下のように計算することができる。
【0025】
図1に示すように、連続鋳造用鋳型1は通常、鋳型銅板2の背面側に幅W,深さDの冷却スリット3を有し、冷却スリット3内に5~10m/sの速度で冷却水を流す。図6に示すように、一般的には冷却スリット3は上下方向に延び、冷却水は下から上へと流される。鋳型幅方向のスリット間隔はここでは特に規定しないが、鋳型表面温度ムラが許容できる程度に密に配置するのが常識である。具体的には、スリット幅Wの3倍を超えない範囲である。構造上の制約から部分的に上記範囲を超える場合もあるが、全体の冷却能力に対する影響は小さい。
【0026】
鋳型表面から冷却水路に接する面までの間の熱伝達は、鋳型銅板材質の有する熱伝導率によって支配される。ここで、鋳型表面に薄い(通常、数10μm~100μm程度)メッキ層が存在する場合もあるが、その影響は無視することができる。このとき、下記(6)式で定める鋳型表面から冷却水路に接する面までの間の熱伝達係数hは、下記(7)式となる。
=(1/h)Q+T (6)
=λ/X (7)
ここで、T:鋳型表面温度、Q:熱流束、T:冷却水流路に接する鋳型表面温度、λ:鋳型銅板熱伝導率,X:鋳型冷却水路端7(冷却スリット3端)から鋳型表面6までの距離(図1参照)である。
【0027】
鋳型冷却水と鋳型銅板との間の熱伝達(下記(8)式で定める鋳型-冷却水間の熱伝達係数h)は、Nu:ヌッセルト数を用いて、
=(1/h)Q+T (8)
=Nu×λ/d (9)
と定義される。このヌッセルト数の定め方として、管内乱流熱伝達に関する多くの実験式がある。連続鋳造鋳型の冷却挙動について実験を行ったところ、種々の実験式の中で、Dittus-Boelterの実験式
Nu=0.023Re0.8Pr0.4 (10)
(例えば非特許文献1参照)を用いて上記(9)式に代入して鋳型-冷却水間の熱伝達係数hを求めることで精度よく計算できることがわかった。ここで、Re:レイノルズ数は前述の(3)式、Pr:プラントル数は前述の(4)式で定義される。(8)式のλ:水の熱伝導率である。(3)式(9)式のd:相当直径については、前記(5)式で相当直径dを定めた。なお、ヌッセルト数は伝導熱伝達に対する対流熱伝達の大きさ、レイノルズ数は乱流の激しさ、プラントル数は速度境界層厚さと温度境界層厚さの比を示す無次元数である。
【0028】
(3)式で定めるレイノルズ数において、V:スリット内の冷却水流速、d:相当直径、ν:水の動粘度、さらにν=η/ρ、η:水の粘度、ρ:水の密度であり、(4)式で定めるプラントル数において、η:水の粘度、λ:水の熱伝導率、C:水の比熱である。また、(5)式で定める相当直径dについては、A:冷却流路(スリット)の面積、L:冷却流路(スリット)周長=2(W+D)のように冷却水路断面形状によらず求められる。このとき、鋳型冷却水と鋳型銅板との間の熱伝達係数hは、(9)式に(5)式を代入して、
=Nu×λ/(4A/L) (11)
となる。
【0029】
鋳型表面から鋳型冷却水までの熱伝達は下記(12)式で表される。熱伝達係数hm-wは、上記鋳型表面から冷却水路に接する面までの間の熱伝達係数hと鋳型-冷却水間の熱伝達係数hを用いて、(8)式を(6)式に代入してTを消去することにより、下記(13)式のように求めることができる。
=(1/hm-w)Q+T (12)
1/hm-w=1/h+1/h (13)
【0030】
これらの関係を用い、上記(12)式に(13)式を代入し、(12)式のhに(7)式を代入し、(12)式のhに(9)式、(11)式を代入すると、鋳片から冷却水へ移動する熱量すなわち熱流束Qに対して、鋳型表面温度Tが前記(2)式のように求まる。
【0031】
(2)式中の熱流束Qには、鋳造速度に対する経験式である前記(1)式を用いる。(1)式のQは、鋳型のメニスカス部分から鋳型下端までの平均熱流束を意味する。鋳造中の鋳型内熱流束は鋳型上部と下部とで異なる(鋳片表面温度が高い鋳型上部において熱流束が大きい)が、ここでは鋳型上部と鋳型下部との冷却能力の差異を評価するので、Qは鋳型部位によらず鋳造速度のみに依存する(1)式の値を用いる。
【0032】
(1)式の設定鋳造速度Vcには、連続鋳造機の設計鋳造速度範囲内の値を用いて評価する。ここで設計鋳造速度範囲内の値とは、使用する連続鋳造機の代表的な鋳造速度であり、鋳片厚みと連続鋳造機の機長から計算される最大鋳造速度の0.7~0.8倍の鋳造速度を意味している。
【0033】
上記第2発明においては、連続鋳造用鋳型を備えた連続鋳造機であって、(2)式によって算出される鋳型表面温度Tが、鋳型上部において鋳型下部よりも20℃以上低いことを特徴とする。その条件が満たされるとき、モールドフラックスとして結晶化しやすいものを用いて鋼の連続鋳造を行った場合、鋳型上部においてモールドフラックスフィルムの結晶化が促進され鋳片表面を緩冷却化できる。同時に鋳型下部におけるモールドフラックスフィルムの過度な結晶化が抑制され凝固シェルの成長を促進することができる。加えて、鋳型表面への鋳片の焼き付き防止、鋳型表面の亀裂防止、ならびに鋳型銅板の変形抑制といった効果が得られる。
【0034】
本発明の第3発明は、上記本発明の第1発明に示した連続鋳造用鋳型あるいは第2発明に示した連続鋳造機に、モールドフラックスとして、溶融し10℃/minの冷却速度で冷却し凝固させたときに結晶化率が面積率で20%以上であるモールドフラックスを組み合わせて適用することを特徴とする連続鋳造方法、である。
【0035】
図2に示すように、浸漬ノズル5から連続鋳造用鋳型1内に溶鋼10が供給される。連続鋳造用鋳型1内の溶鋼10表面に供給したモールドフラックス11は、溶鋼10の表面で溶融してフラックス溶融層12を形成し、連続鋳造用鋳型1と凝固シェル13との間に流入してモールドフラックスフィルム14となり、モールドフラックスフィルム14は、鋳片と鋳型との間隙に存在し、全体の厚みが0.1~1mm程度であり、鋳型側が凝固した固相フィルム15、鋳片側は液相フィルム16という2層構造である。固相フィルム15中には結晶が晶析出する場合と、ガラス状に固化している場合がある。
【0036】
本発明は、モールドフラックスフィルムの結晶化が輻射伝熱の遮蔽効果と伝導伝熱の抑制効果を有することから生じる、本発明者らが見いだした冷却のパラドックス現象を利用したものである。そのため、モールドフラックスフィルム中に結晶が晶析出するものを用いることでその効果が発揮される。そこで、モールドフラックスとして、溶融し10℃/minの冷却速度で冷却し凝固させたときに結晶化率が面積率で20%以上であるモールドフラックスを用いることとした。同条件で凝固させたときに結晶化率が面積率で50%以上であるとより好ましい。凝固させた試料についてSEM-EDSによって結晶粒ごとに結晶の種類を定め、合計の結晶面積率%を結晶化率とした。
モールドフラックスの塩基度(CaO/SiO)質量比が1.0前後の所定の値よりも高ければ、結晶化率を上記本発明の好適範囲とすることができる。
【0037】
一方、モールドフラックスとして結晶化温度が高いものを用いると、鋳片表面温度が下がる鋳型下部において、モールドフラックスフィルム中に液相部分が残存せず、モールドフラックスフィルム全体が結晶化した固相フィルム1層という状態になる場合がある。このような場合、モールドフラックスフィルム全体の流動性や空隙充填性が失われ、鋳片の冷却が不安定になるおそれがある。そのため、モールドフラックスとして、結晶化温度が鋳型下端部における鋳片表面温度よりも低いものを用いると好ましい。これにより、全体が結晶化した固相フィルム1層という状態になるのを避けるという意味である。鋳型下端部における鋳片表面温度は鋳造速度によって変化する。連続鋳造中の定常状態における鋳造速度をVc’としたとき、モールドフラックスの結晶化温度が1250℃以下かつ下記(14)式
結晶化温度の上限値(℃)=1170+Vc’(m/min)×50 (14)
より好ましくは1200℃以下かつ下記(15)式
結晶化温度の上限値(℃)=1150+Vc’(m/min)×30 (15)
を満たすこととするとよい。
ここで結晶化温度(凝固温度と同じ温度)は、溶融状態から10℃/minで冷却した際に溶融フラックスが結晶化(凝固)する温度であり、粘度測定の場合は粘度の急激な上昇(凝固温度を表記する場合が多い)、熱分析の場合は結晶化に伴う発熱ピーク(結晶化温度と表記する場合が多い)、を指標に定めることができる。
モールドフラックスの結晶化率を上記本発明の好適範囲とするように調整することに加え、モールドフラックス中のアルカリ金属元素やフッ素の含有量等を増大することにより、モールドフラックスの結晶化温度を上記好適範囲に調整することができる。
【0038】
本発明の第4発明は、上記本発明の第3発明の連続鋳造方法において、前記凝固させたモールドフラックスの主結晶がカスピダインであり、1300℃における粘度が1.5poise未満のモールドフラックスを適用することを特徴とする。
【0039】
本発明は、モールドフラックスとして結晶化しやすいものを用い、鋳型上部の鋳型表面温度を下げてフラックスフィルムの結晶化を促進しようとするものであるから、鋳型内湯面上で溶融した後、鋳片と鋳型との間隙に流入したフラックスフィルムは急冷却される。そのとき、フラックスフィルムの結晶化速度が遅いと、結晶化しやすいモールドフラックスを使用しているとはいえ、ガラス状に固化して結晶化が遅れるので、本発明の目的を十分には達することができない。モールドフラックスが溶融状態から凝固して生成する結晶のうち、カスピダイン(3CaO・2SiO・CaF)が結晶化速度の速い結晶として知られている。そこで好ましくは、カスピダインを主結晶とするモールドフラックスを適用する。ここで、モールドフラックスを溶融し10℃/minの冷却速度で冷却し凝固させた試料についてX線回折評価を行い、最もピーク高さが高い結晶を主結晶として定める。かつ溶融モールドフラックスの粘度を小さくして(具体的には1300℃における粘度が1.5poise未満)拡散速度を高めることが望ましい。それが第4の発明の意味である。1300℃における粘度は1.0poise未満であるとさらに好ましい。第4の発明の要件を満たすことによって、本発明の効果が確実に発揮される。
モールドフラックスの塩基度(CaO/SiO)質量比が1.0前後の所定の値よりも高く、かつモールドフラックス中のF含有量が5質量%以上であれば、結晶化率を上記本発明の好適範囲とした上でカスピダインを主結晶とすることができる。
【0040】
なお、本発明では、上記本発明の第1発明に示した連続鋳造用鋳型あるいは第2発明に示した連続鋳造機を用い、フラックスフィルムとして、溶融し10℃/minの冷却速度で冷却し凝固させたときに結晶を晶析出しないか、もしくは晶析出する結晶量が少ないモールドフラックスを用いることによって、緩冷却化の必要がない鋼種を鋳型上部における凝固シェルの成長を促進して鋳造することも可能である。あるいは本発明を応用して、同じモールドフラックスを用いる場合にも、鋳型の冷却状態を変えることによってフラックスフィルムの結晶化程度を制御して、1銘柄のモールドフラックスを幅広い鋼種や鋳造条件に適合されることも可能である。このように、本発明は、鋳型冷却能とモールドフラックスの組合せによって鋳型内熱流束のバリエーションを増やして幅広い鋼種や鋳造条件に適合した操業を可能とする。
【実施例0041】
以下に鋳型の実施例および比較例を示して、本発明の形態を具体的に説明する。
【0042】
<実施例1>
図1に示すように、銅板の背面側に上下方向に延びる冷却スリットを有する連続鋳造用鋳型を用い、冷却スリットの形状や冷却条件を種々変更し、(1)式で定める熱流束Qが与えられたときの、(2)式で定める鋳型表面温度Tを算出した。ここで、鋳型上部と鋳型下部とで条件を異ならせた。算出に用いた鋳型の条件、鋳造条件について、表1、表2に示す。なお、表1、表2の実施例A~比較例Fで用いた鋳型を、それぞれ「鋳型A」~「鋳型F」と呼ぶ。
【0043】
【表1】
【0044】
【表2】
【0045】
実施例Aは、図3に示すように、銅板の鋳造方向長さ0.90mの鋳型を用い、鋳型銅板の上端から湯面高さまでの距離を0.10mとなるよう設計した連続鋳造機を用いている。そして、冷却水路前面から鋳型表面までの距離Xを、鋳型上部(鋳型銅板上端から0.05m~0.20mの間)ではX=0.011m,鋳型下部(鋳型銅板上端から0.50m~0.90mの間)ではX=0.018mと異ならせている。その結果、鋳造速度1.6m/minとして(1)式で定める鋳型内熱流束Qを与えた場合に(2)式で算出する鋳型表面温度Tが、鋳型上部で141.3℃,鋳型下部で172.0℃となり、31℃の差であり、本発明の第1発明および第2発明の要件を満たす実施例である。実施例Aにおいては、鋳型冷却水を鋳型の下から上に流しているので、鋳型冷却水温は鋳型上部の平均値が37℃,鋳型下部の平均値が32℃と鋳型上部の方が高い条件となる。なお、鋳型銅板上端からの距離が0.20m~0.50mの範囲においては、冷却水路前面から鋳型表面までの距離Xが0.011m~0.018mへとなだらかに変化する設計としている。
【0046】
実施例Bは、図4に示すように、銅板の鋳造方向長さ0.90mの鋳型を用い、鋳型銅板の上端から湯面高さまでの距離を0.12mとなるよう設計した連続鋳造機を用いている。そして、冷却水路であるスリットの深さDを、鋳型上部(鋳型銅板上端から0.04m~0.25mの間)ではD=0.014m、と鋳型下部(鋳型銅板上端から0.60m~0.90mの間)ではD=0.028mとし、鋳型上部は鋳型下部の半分とすることで流路断面積を半減し、冷却水の流速Vが倍増する設計とした。その結果、鋳造速度2.1m/minとして(1)式で定める鋳型内熱流束Qを与えた場合に(2)式で算出する鋳型表面温度Tが、鋳型上部で174.8℃,鋳型下部で215.0℃となり、40℃の差であり、本発明の第1発明および第2発明の要件を満たす実施例である。実施例Bにおいては、鋳型冷却水を鋳型の下から上に流しているので、鋳型冷却水温は鋳型上部の平均値が37℃,鋳型下部の平均値が30℃と鋳型上部の方が高い条件となる。なお、鋳型銅板上端からの距離が0.25m~0.60mの範囲においては、冷却水路であるスリットの深さDが0.014m~0.028mへとなだらかに変化する設計としている。
【0047】
実施例Cは、図5に示すように、銅板の鋳造方向長さ1.10mの鋳型を用い、鋳型銅板の上端から湯面高さまでの距離を0.10mとなるよう設計した連続鋳造機を用いている。そして、鋳型銅板の熱伝導率λを、図5の境界位置17をはさんで、鋳型上部(鋳型銅板上端から0.05m~0.20mの間)と鋳型下部(鋳型銅板上端から0.20m~1.10mの間)との間で異ならせ、鋳型銅板の熱伝導率λが鋳型下部に対し鋳型上部の方が大きくなる設計とした。その結果、鋳造速度2.5m/minとして(1)式で定める鋳型内熱流束Qを与えた場合に(2)式で算出する鋳型表面温度Tが、鋳型上部で172.8℃,鋳型下部で220.9℃となり、48℃の差であり、本発明の第1発明および第2発明の要件を満たす実施例である。実施例Cにおいては、鋳型冷却水を鋳型の上から下に流す設計(図5参照)とすることによって、鋳型冷却水温は鋳型上部の平均値が31℃,鋳型下部の平均値が39℃と鋳型上部の方が低い条件となることも、鋳型上部の表面温度を鋳型下部の表面温度に対して下げるのに有効に作用する。
【0048】
比較例Dおよび比較例Eは、図6に示すように、鋳型の冷却に関わる構造(鋳型冷却水路形状,鋳型冷却水流路前面の鋳型表面からの距離、鋳型銅板の熱伝導率、鋳型冷却水流速)が鋳型上部から鋳型下部まで同じである、通常の鋳型を示す比較例である。比較例Dおよび比較例Eにおいて、冷却水温に関しては、鋳型冷却水を鋳型の下から上に流す通常の設計であり、その影響で、鋳型冷却水温は鋳型上部の平均値が鋳型下部の平均値に対し高くなっている。その結果、鋳造速度1.6m/min相当の鋳型内熱流束Qを与えた場合の鋳型表面温度計算値は、鋳型上部の値が鋳型下部の値よりも若干ではあるが大きくなっている。
【0049】
比較例Fは、銅板の鋳造方向長さ1.10mの鋳型を用い、鋳型銅板の上端から湯面高さまでの距離を0.10mとなるよう設計した連続鋳造機を用いている。そして、鋳型銅板の熱伝導率λについて、鋳型上部(鋳型銅板上端から0.05m~0.20mの間)を鋳型下部(鋳型銅板上端から0.20m~1.10mの間)に比較して小さくする設計とする比較例である。その結果、鋳造速度2.5m/minとして(1)式で定める鋳型内熱流束Qを与えた場合に(2)式で算出する鋳型表面温度Tは、鋳型上部の値が鋳型下部の値よりも大きくなる。比較例Fおいては、鋳型冷却水を鋳型の下から上に流す通常の設計であり、鋳型冷却水温は鋳型上部の平均値が鋳型下部の平均値よりも高い条件となる。そのことも、鋳型上部の表面温度を鋳型下部の表面温度に対して上げるのに寄与している。比較例Fのような鋳型は、鋳型上部の鋳型表面温度が過度に高くなりやすく、鋳型表面への鋳片の焼き付き、鋳型表面の亀裂発生、および鋳型銅板の変形に対し不利である。
【0050】
<実施例2>
次に、実際に連続鋳造機を用いて連続鋳造を行った結果を示す。
【0051】
組成を表3に示す溶鋼を、鋳型に関わる鋳造条件が前記表1の実施例A(鋳型A使用),比較例D(鋳型D使用)およびE(鋳型E使用)である連続鋳造機を用いて鋳造した。鋳型断面寸法は、幅1250mm,厚み250mm、溶鋼過熱度は鋳型注入直前で25℃、鋳造速度は1.6m/minという条件である。それぞれの実施例および比較例を表5のA-2、D-2、E-2、表6のA-3、A-4、D-3とする。
【0052】
モールドフラックスには、表4の仕様のものを用いた。表4に示す化学組成は、溶融時に燃焼または熱分解により失われる炭素や酸化炭素を除いた組成であり、溶融後の組成を代表する値である。分析で得られたCa分がすべてCaOであり、分析で得られたNa分がすべてNaOであるとして表4に示している。表4中における結晶化温度は、炉内の黒鉛ルツボ内で一旦溶融したモールドフラックスを、10℃/minの冷却速度で炉内雰囲気温度を下げながら凝固させた際に、結晶化に伴う発熱が最大となる温度(温度低下の傾きが最も小さくなる温度、もしくは発熱による温度上昇の傾きが最も大きくなる温度)をモールドフラックス温度の測定結果から読み取って定めた。モールドフラックスを上記条件で凝固させ、凝固させた試料についてSEM-EDSによって結晶粒ごとに結晶の種類を定め、合計の結晶面積率%を結晶化率とした。また凝固させた試料についてX線回折評価を行い、最もピーク高さが高い結晶を主結晶として定め、表4に記載した。
【0053】
表4のFlux-1は第3発明、第4発明の要件を満たし、Flux-2は第3発明の要件を満たしている。
【0054】
【表3】
【0055】
【表4】
【0056】
【表5】
【0057】
【表6】
【0058】
熱流束は、鋳型内に設置した、高さ方向に複数点、深さ方向に2点の熱電対の測温値から、該当する鋳型領域の平均熱流束を見積もった値を用いた。その熱流束の比較例D-2の鋳型上部における値を100として指数化して、表5の「鋳型熱流束指数」に示している。熱電対を用いた熱流束の測定値が時間変動する場合には、その変動曲線の極大点の値を結んで平均値とした。熱流束の測定値が時間変動する場合、その変動要因は、凝固シェルの異常収縮によって鋳型と鋳片との距離が離れることや、モールドフラックスフィルムの固相と鋳型との間に空隙が生じることである。それらの変動要因は熱流束を低下させる方向に作用するので、鋳型-モールドフラックスフィルム系本来の熱流束を評価するには、変動曲線の極大値で評価するのがよいのである。また、熱流束を評価する領域は、鋳型内の湯面高さよりも下の実効領域とした。具体的には、鋳型上部では湯面高さである鋳型銅板上端から0.10mを起点に鋳型銅板上端から0.20mまでとした。
【0059】
表面の凹凸の大きさをレーザー距離計で計測し、計測距離の標準偏差を凝固不均一度とした。比較例D-2における凝固不均一度を100として指数化したものを表5の「凝固不均一度指数」に示している。
【0060】
ここでは、まず通常の鋳型とモールドフラックスの組み合わせである比較例D-2から説明する。D-2は鋳型構造上の冷却能力は鋳型上部から下部まで一定である鋳型Dを用い、カスピダインを主結晶としてフラックスフィルム中に晶析出する表4のFlux-1に示すモールドフラックスを用い、表3に示す組成の亜包晶鋼を鋳造した比較例である。比較例D-2においては、鋳型内熱流束は凝固シェル表面温度の高い鋳型上部において大きく、凝固シェル表面温度が低下する鋳型下部において小さい、通常の熱流束分布を示した。
【0061】
比較例D-2では、得られた鋳片の表面に亜包晶鋼特有の凝固収縮の大きさに起因する凹凸が見られた。比較例D-2で見られた凝固の不均一は、モールドフラックスフィルムの結晶化が不十分で鋳型上部における熱流束が十分に低下しなかったことに起因すると考えた。
【0062】
それに対し、本発明の第3発明および第4発明の要件を満たす鋳型AとFlux-1を用いた実施例A-2では、鋳型上部の冷却能力を強化してモールドフラックスフィルムの結晶化を促進した結果、鋳型上部の鋳型熱流束指数は86まで低下し、凝固不均一度指数は31まで改善した。鋳型下部の冷却能力は比較例D-2と同じではあるものの、鋳型上部で結晶化を促進したモールドフラックスフィルムの影響で、鋳型下部の鋳型熱流束指数は比較例D-2に対して若干低下した。
【0063】
また、第3発明の要件を満たす鋳型AとFlux-2を用いた実施例A-3では、実施例A-2と同様の作用が生じたものの、モールドフラックスの粘度が高く結晶化率が小さいことから、鋳型上部の鋳型熱流束指数が実施例A-2に比べるとやや高く、凝固不均一度は比較例D-2に比べると改善されたものの実施例A-2には及ばない結果となった。なお、モールドフラックスの粘度が高く結晶化率が小さくとも鋳型下部までフラックスフィルムが移動する間には結晶化が進行し、Flux-1とFlux-2の結晶化温度が同程度であることが相まって、鋳型下部については実施例A-2と同程度の鋳型熱流束指数となった。
【0064】
比較例E-2は、鋳型Aの鋳型上部の冷却構造を鋳型下部まで延長して適用した全面強冷却の鋳型Eを用いた比較例である。その結果、鋳型上部の鋳型熱流束指数は86と実施例A-2と同じであった。一方、鋳型下部ではフラックスフィルムの結晶化が過度に進行し鋳型熱流束指数が27まで低下した。このとき、鋳型下部では熱流束の変動も大きくなった。これは、フラックスフィルムの過度の結晶化に起因してフラックスフィルムと鋳型の間に時折空隙が発生したと推定した。比較例E-2の凝固不均一度指数は67と実施例A-2に比べると改善効果が不十分であった。これは、鋳型下部におけるフラックスフィルムの過度の結晶化が熱流束の低下を招いたことによって凝固シェルの成長が妨げられたことや、フラックスフィルムの過度の結晶化に起因すると思われる熱流束の変動が凝固シェルの均一な成長を阻害したことに起因すると考えた。
【0065】
比較例A-4およびD-3においては、モールドフラックスとして、本発明の第3発明の要件を満たさないFlux-3を用いている。このため、鋳型単体の冷却特性がそのまま鋳片を冷却する特性として表れ、鋳型上部の冷却能が高い鋳型Aを用いた場合(比較例A-4)が、鋳型上部の冷却能が鋳型Aよりも低い鋳型Dを用いた場合(比較例D-3)に比べて鋳型上部の熱流束が大きく、その結果として、凝固不均一度指数も大きくなっている。また、第3発明の要件を満たさないFlux-3を用いたことにより、比較例D-3の鋳型上部から下部に渡る全体の熱流束は比較例D-2に対して大きくなっており、そのこともまた、不均一凝固を促進する要因となっている。
【0066】
本発明の第4発明の要件を満たすモールドフラックスは、表4のFlux-1に記載のものに限定されるわけではなく、例えば非特許文献2に記載のようなモールドフラックスを用いても構わない。あるいは同様の効果は、特許文献10に記載のような、本発明の第4発明の要件を満たさないが第3発明の要件を満たすモールドフラックス(例えば表4のFlux-2)を用いても発揮され得る。ただし、なるべく結晶化率が高いフラックスであって、できれば結晶化速度が大きい(冷却速度増大時の結晶化温度低下が小さい)モールドフラックスを用いるのが好ましい。
【符号の説明】
【0067】
1 連続鋳造用鋳型
2 鋳型銅板
3 冷却スリット
4 バックフレーム
5 浸漬ノズル
6 鋳型表面
7 鋳型冷却水路端
8 上側給排水路
9 下側給排水路
10 溶鋼
11 モールドフラックス
12 フラックス溶融層
13 凝固シェル
14 モールドフラックスフィルム
15 固相フィルム
16 液相フィルム
17 境界位置
図1
図2
図3
図4
図5
図6