(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023115805
(43)【公開日】2023-08-21
(54)【発明の名称】抗体固定ニトロセルロース膜の製造方法及び抗原結合性増強方法
(51)【国際特許分類】
G01N 33/544 20060101AFI20230814BHJP
【FI】
G01N33/544 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022018218
(22)【出願日】2022-02-08
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.TRITON
2.TWEEN
(71)【出願人】
【識別番号】504255685
【氏名又は名称】国立大学法人京都工芸繊維大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】熊田 陽一
(72)【発明者】
【氏名】脇田 美咲
(57)【要約】
【課題】抗原結合性が増強した抗体固定ニトロセルロース膜、抗原結合性増強方法及び抗原結合性を指標として抗体をスクリーニングする方法等を提供することを目的とする。
【解決手段】以下の工程を含有する、抗体固定ニトロセルロース膜の製造方法:(1)抗体を含むアルカリ性溶液をニトロセルロース膜に接触させる工程、及び(2)前記工程(1)においてアルカリ性溶液と接触させたニトロセルロース膜を乾燥させる工程。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の工程を含有する、抗体固定ニトロセルロース膜の製造方法:
(1)抗体を含むアルカリ性溶液をニトロセルロース膜に接触させる工程、及び
(2)前記工程(1)においてアルカリ性溶液と接触させたニトロセルロース膜を乾燥させる工程。
【請求項2】
前記アルカリ性溶液のpHが9~14である、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
抗体が、VHH、scFv、sc(Fv)2、ダイアボディー(Diabody)、Fab及びF(ab’) 2からなる群より選択される少なくとも1種である、請求項1または2に記載の製造方法。
【請求項4】
抗原結合性が増強された抗体固定ニトロセルロース膜を製造するための方法である、請求項1~3のいずれか一項に記載する製造方法。
【請求項5】
以下の工程を含有する、抗体固定ニトロセルロース膜の抗原結合性増強方法:
(ア)抗体を含むアルカリ性溶液をニトロセルロース膜に接触させる工程、及び
(イ)前記工程(ア)においてアルカリ性溶液と接触させたニトロセルロース膜を乾燥させて、抗体固定ニトロセルロース膜を得る工程。
【請求項6】
以下の工程を含有する、抗原結合性を指標として抗体をスクリーニングする方法:
(A)候補抗体を含むアルカリ性溶液をニトロセルロース膜に接触させる工程、
(B)前記工程(A)においてアルカリ性溶液と接触させたニトロセルロース膜を乾燥させて、候補抗体固定ニトロセルロース膜を得る工程、及び
(C)前記工程(B)で得た候補抗体固定ニトロセルロース膜上の候補抗体と抗原とを接触させる工程。
【請求項7】
更に、(D)前記工程(C)の接触後、前記ニトロセルロース膜に固定された候補抗体の抗原結合レベルと、基準抗体の抗原結合レベルとを比較する工程を含む、請求項6に記載の抗体をスクリーニングする方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
抗体固定ニトロセルロース膜の製造方法、抗原結合性増強方法及び抗原結合性を指標として抗体をスクリーニングする方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
ニトロセルロース(nitrocellulose; NC)膜は、イムノクロマトグラフィ、ELISA法(Enzyme-Linked Immunosorbent Assay;酵素免疫測定法)、ウエスタンブロッティング等の免疫学的手法において抗体固定化用担体として従来知られている。なかでも、イムノクロマトグラフィは比較的迅速、簡便に抗体抗原反応結果が得られる点で有用であり、例えばインフルエンザ検査等のPOCT検査(Point of Care Testing;臨床現場即時検査)でも利用されている。
【0003】
しかし、POCT検査等のイムノクロマトグラフィを利用した抗原抗体反応検査においては、NC膜に抗体が固定されているものの、その抗体は一部の種類の完全長抗体(whole抗体)に限られており、また、単鎖抗体(scFv)や単ドメイン抗体(VHH)等の組み換え抗体を利用した例はほとんどない。更に、抗体はその立体構造が失われやすく、NC膜に固定させたからといって全ての抗体がNC膜上で活性を維持できる訳ではなく、従って、NC膜に抗体を固定させる際には高濃度の抗体含有溶液をNC膜に適用する必要があった。POCT検査等は検査コストが高いといわれているが、このことが検査コストの増大の一因にもなっている(非特許文献1)。また、NC膜におけるタンパク質吸着メカニズムは未だ不明な点も多く、より良い手段の開発が求められている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】〆谷直人、POCT(point of care testing)の現状と今後の課題、医機学 Vol. 80, No. 4, p. 37-44 (2010)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
抗原結合性が増強した抗体固定ニトロセルロース膜、抗原結合性増強方法及び抗原結合性を指標として抗体をスクリーニングする方法等を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは鋭意検を重ねた結果、抗体を含むアルカリ性溶液とNC膜と接触させることによって抗体をNC膜に固定したところ、該NC膜において高感度に抗原を検出できることを見出した。本発明は該知見に基づき更に検討を重ねて完成されたものであり、本開示は例えば下記に代表される発明を包含する。
項1.以下の工程を含有する、抗体固定ニトロセルロース膜の製造方法:
(1)抗体を含むアルカリ性溶液をニトロセルロース膜に接触させる工程、及び
(2)前記工程(1)においてアルカリ性溶液と接触させたニトロセルロース膜を乾燥させる工程。
項2.前記アルカリ性溶液のpHが9~14である、項1に記載の製造方法。
項3.抗体が、VHH、scFv、sc(Fv)2、ダイアボディー(Diabody)、Fab及びF(ab’) 2からなる群より選択される少なくとも1種である、項1または2に記載の製造方法。
項4.抗原結合性が増強された抗体固定ニトロセルロース膜を製造するための方法である、項1~3のいずれか一項に記載する製造方法。
項5.以下の工程を含有する、抗体固定ニトロセルロース膜の抗原結合性増強方法:
(ア)抗体を含むアルカリ性溶液をニトロセルロース膜に接触させる工程、及び
(イ)前記工程(ア)においてアルカリ性溶液と接触させたニトロセルロース膜を乾燥させて、抗体固定ニトロセルロース膜を得る工程。
項6.以下の工程を含有する、抗原結合性を指標として抗体をスクリーニングする方法:
(A)候補抗体を含むアルカリ性溶液をニトロセルロース膜に接触させる工程、
(B)前記工程(A)においてアルカリ性溶液と接触させたニトロセルロース膜を乾燥させて、候補抗体固定ニトロセルロース膜を得る工程、及び
(C)前記工程(B)で得た候補抗体固定ニトロセルロース膜上の候補抗体と抗原とを接触させる工程。
項7.更に、(D)前記工程(C)の接触後、前記ニトロセルロース膜に固定された候補抗体の抗原結合レベルと、基準抗体の抗原結合レベルとを比較する工程を含む、項6に記載の抗体をスクリーニングする方法。
【発明の効果】
【0007】
抗体を含むアルカリ性溶液をNC膜に接触させ、これを乾燥させることにより、抗体をNC膜に固定することができる。このようにしてNC膜に抗体を固定化させることにより、抗原結合性が増強された抗体固定NC膜を容易に提供することができる。また、抗原結合性が増強されていることから、様々な候補抗体のスクリーニングが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】
図1は、抗体固定NC膜における抗原結合性を示す図である。
【
図2】
図2は、抗体固定NC膜における抗原結合性を示す図である。
【
図3】
図3は、イムロクロマトグラフィを用いた試験の概略図である。
【
図4】
図4は、イムロクロマトグラフィによる抗原結合性を示す図である。
【
図5】
図5は、イムロクロマトグラフィによる抗原結合性を示す図である。
【
図6】
図6は、イムロクロマトグラフィによる抗原結合性を示す図である。
【
図7】
図7は、抗体固定NC膜における検出限界について試験した図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本開示に包含される実施形態について更に詳細に説明する。なお、本開示において「含有する」は、「実質的にからなる」、「からなる」という意味も包含する。
【0010】
抗体固定ニトロセルロース膜の製造方法
本開示は、以下の工程を含有する、抗体固定ニトロセルロース膜の製造方法を包含する:
(1)抗体を含むアルカリ性溶液をニトロセルロース膜に接触させる工程、及び
(2)前記工程(1)においてアルカリ性溶液と接触させたニトロセルロース膜を乾燥させる工程。
【0011】
工程(1)
本開示の抗体固定ニトロセルロース膜の製造方法は、(1)抗体を含むアルカリ性溶液をニトロセルロース膜に接触させる工程を含有する。本開示において抗体固定ニトロセルロース膜は、抗体が固定されたニトロセルロース膜を意味する。
【0012】
ニトロセルロース(NC)膜は、従来公知のイムノクロマトグラフィ等の免疫学的手法において抗体の固定化用担体として使用されているものであれば制限されない。この限りにおいてNC膜の厚みや形状等も制限されない。本開示を制限するものではないが、NC膜の厚みとして、例えば80~500μm程度が挙げられ、好ましくは80~400μm程度等が例示される。また、本開示を制限するものではないが、NC膜の平均孔径として、例えば0.2~5μm程度が挙げられ、好ましくは0.45μm~5μm程度が例示される。本開示において平均孔径は製品カタログに従う値である。NC膜は商業的に入手可能であり、例えばHigh-Flow plus HF180(メルク株式会社製)等が例示される。
【0013】
本開示においてNC膜に固定される抗体は制限されず、単鎖抗体(scFv)、単ドメイン抗体(VHH)、完全長抗体(whole抗体)、sc(Fv)2、ダイアボディー(Diabody)、Fab、F(ab’) 2 等のいずれであってもよい。本開示を制限するものではないが、抗体として、好ましくは単鎖抗体、単ドメイン抗体等が例示される。これらは1種単独で使用してもよく、2種以上を組み合わせて使用してもよい。
【0014】
抗体は、本開示の効果を妨げない範囲で、蛍光標識、酵素標識、金属標識(金コロイド等)、ビオチン標識、PEG(ポリエチレングリコール)標識、ポリマー(有色ラッテクス等)標識等によって標識されていてもよく、標識されていなくてよい。インフルエンザ検査などの従来の臨床現場即時検査手法では、抗体は標識されずに(無修飾で)NC膜に固定されていることから、手間やコスト等の観点から、本開示において好ましくは該抗体は標識することなくNC膜に固定される。
【0015】
前記工程(1)で使用される、抗体を含むアルカリ性溶液は、本開示の効果が得られる限りそのpHは制限されないが、好ましくはpH9~14が例示され、より好ましくはpH9~13.5が例示される。また、抗体を含むアルカリ性溶液のpHとして更に好ましくは10~13、11~13、12~13等が例示される。また、pHは、NC膜に固定させる抗体に応じてpH9~14の範囲において適宜決定すればよい。pHは、25℃でpHメータ(商品名LAQUA、堀場製作所社製)を用いて測定した値であり、NC膜と接触させる際のpHを意味する。
【0016】
アルカリ性溶液としては、本開示を制限するものではないが、水酸化ナトリウム水溶液、水酸化カリウム水溶液、塩化カリウム-水酸化ナトリウム緩衝液(KCl-NaOH buffer)、グリシン-水酸化ナトリウム緩衝液(Glycine-NaOH buffer)等の公知の溶液が例示される。これら以外にも、アルカリ領域に緩衝能をもつ公知のグッドバッファー(Good's 緩衝剤)を用いて常法に従い調製した緩衝液が例示される。本開示を制限するものではないが、該緩衝剤として、Tricine(トリシン)、Bicine(ビシン)、TAPS(N-Tris(hydroxymethyl)methyl-3-aminopropanesulfonic acid)、CHES(N-Cyclohexyl-2-aminoethanesulfonic acid)、CAPSO(3-(Cyclohexylamino)-2-hydroxy-1-propanesulfonic acid)、CAPS(N-Cyclohexyl-3-aminopropanesulfonic acid)等が例示される。
【0017】
本開示を制限するものではないが、一般的な例を挙げると水酸化ナトリウム水溶液は、水酸化ナトリウムと水とを混合することにより調製される緩衝液である。水酸化カリウム水溶液は、水酸化カリウムと水とを混合することにより調製される緩衝液である。塩化カリウム-水酸化ナトリウム緩衝液は、水に塩酸と水酸化ナトリウムを混合することにより調製される緩衝液である。グリシン-水酸化ナトリウム緩衝液は、グリシンを水に溶解し、水酸化ナトリウムでpH調整を行って調製される緩衝液である。Tricine緩衝液は、Tricineを水に溶解し、水酸化ナトリウムでpH調整を行って調製される緩衝液である。Bicine緩衝液、TAPS緩衝液、CHES緩衝液、CAPSO緩衝液、CAPS緩衝液は、Tricineをこれらの緩衝剤にそれぞれ代える以外は、Tricine緩衝液と同様にして調製される緩衝剤である。これらに代表されるように、本開示においてアルカリ性溶液は、従来公知の手順に従い、水と緩衝剤等を混合し、pHを所望の値に調整することにより作製される。これらの溶液において緩衝剤の濃度は制限されないが、通常、10~200mM、好ましくは10~100mM、より好ましくは10~50mMが例示される。
【0018】
該溶液は1単独で使用してもよく2種以上を組み合わせて使用してもよい。
【0019】
アルカリ性溶液には、本開示の効果を損なわない範囲で、トレハロース、マンニトール、ソルビトール等の単糖類、二糖類等の糖類;イオン性界面活性剤(デオキシコール酸ナトリウム、ドデシル硫酸ナトリウム(SDS)等)、両性界面活性剤(CHAPS(3-(3-cholamidepropyl) dimethylammonio-1-propanesulpHonate)等)、非イオン性界面活性剤(Triton X-100、Tween 20等)等の界面活性剤等の従来のタンパク質の固定化に用いられ添加剤を配合してもよく、配合しなくてもよい。配合する場合、これらは1種単独で使用してもよく、2種以上を組み合わせて使用してもよい。また、その配合量も、使用する添加剤の種類に応じて例えば0~5w/v%、0.0001~2w/v%、0.01~1w/v%、0.02~0.5w/v%等の範囲など、従来の手順に従い適宜決定すればよい。
【0020】
抗体とアルカリ性溶液とを混合することにより、抗体を含むアルカリ性溶液が得られる。アルカリ性溶液中の抗体量は、本開示の効果が得られる限り制限されないが、例えば、アルカリ性溶液中、抗体の含有量は好ましくは5μg/ml以上が例示され、より好ましくは10μg/ml~10mg/ml、更に好ましくは30μg/ml~2mg/ml、特に好ましくは100μg/ml~1mg/ml等が例示される。本開示では、抗体を固定したNC膜を用いることにより効率よく抗原を結合できることから、アルカリ性溶液中の抗体の含有量が10μg/ml以下など、抗体は比較的低濃度であってもよい。
【0021】
抗体を含むアルカリ性溶液とNC膜との接触は、これらが接触する限り如何なる手段で行ってもよく制限されない。該接触は、例えば、抗体を含むアルカリ性溶液をNC膜に滴下する、抗体を含むアルカリ性溶液にNC膜を浸漬する、インクジェット供給(塗布等)、キャピラリー供給(塗布等)等のいずれであってもよい。また、接触はNC膜の全体に対して行ってもよく、一部分に対してのみ行ってもよく、NC膜上の抗原と反応させたい場所に応じて適宜決定すればよい。接触の温度も制限されず、簡便である点から、室温(25℃)等の温度で行うことができる。また、抗体を含むアルカリ性溶液のNC膜への接触量も適宜設定すればよい。本開示を制限するものではなく、アルカリ性溶液中の抗体量にもよるが、例えば、後述の実施例に示すようなクロマトグラフィ用ストリップに使用されるNC膜に、キャピラリー塗布により長さ5mmの直線を引くことでアルカリ性溶液が適用される場合、抗体を含むアルカリ性溶液のNC膜への接触量は、該5mmの直線あたり0.2~2μLが好ましく例示され、より好ましくは0.3~1μLが例示される。
【0022】
工程(2)
本開示の抗体固定ニトロセルロース膜の製造方法は、(2)前記工程(1)においてアルカリ性溶液と接触させたニトロセルロース膜を乾燥させる工程を含有する。
【0023】
乾燥は、自然乾燥であってもよく、恒温槽等の温度や風速等が調製可能な装置を用いてもよい。乾燥温度も制限されず、25~80℃で行うことができ、好ましくは25~70℃、更に好ましくは30~50℃が例示される。このようにして、抗体が固定されたNC膜(抗体固定NC膜)が得られる。このことから本開示においてNC膜への抗体の固定は吸着により生じている(吸着固定)といえる。
【0024】
なお、このようにして得られた抗体固定NC膜に対して、ブロッキング処理を行ってもよく、行わなくてもよい。ブロッキングは、従来公知の手順に従えばよく、例えばBSA(Bovine Serum Albumin;ウシ血清アルブミン)またはカゼインを0.1~5%程度含有する中性緩衝液等を用いたブロッキングが例示される。
【0025】
NC膜に固定される抗体は、抗原抗体反応により抗原と連結可能な抗体であれば制限されず、抗インフルエンザ抗体(A型、B型等)、抗ノロウィルス抗体、抗ヒト絨毛性ゴナトロピン抗体、抗大腸菌O-157抗体、抗SARS抗体(SARS-CoV-2抗体等)、抗ロタウィルス抗体、抗アデノウィルス抗体、抗サイトメガロウィルス抗体、抗レジオネラ抗体、抗ヘリコバクター・ピロリ抗体等のウイルスや細菌等に対する抗体が例示され、また、トロポニンT、トロポニンI、CK-MB(クレアチンキナーゼ-MB)、ミオグロビン、LH(黄体形成ホルモン)、大腸菌ベロ毒素等に対する抗体等のいずれの抗体であってもよい。本開示を制限するものではないが、抗体として好ましくは、抗インフルエンザ抗体(抗インフルエンザA型抗体、抗インフルエンザB抗体等)等が例示される。これらは1種単独で使用してもよく、2種以上を組み合わせて使用してもよい。
【0026】
このようにして製造された本開示の抗体固定NC膜は、抗原を接触させることにより使用される。抗原との接触は、前述の通りNC膜に固定された抗体と抗原とが接触する限り制限されない。例えば、該接触は、抗原を含む溶液を抗体固定NC膜に滴下する;抗原を含む溶液に抗体固定NC膜を浸漬する;抗原を含む溶液を抗体固定NC膜の一部に接触させ、接触部からの抗原の浸透によってNC膜に固定した抗体と接触させる;インクジェット供給(塗布等):キャピラリー供給(塗布等)等のいずれであってもよい。また、該接触は抗体固定NC膜の全体に対して行ってもよく、一部分に対してのみ行ってもよく、NC膜上の抗体と反応させたい場所等に応じて適宜決定すればよい。抗原として好ましくは、前記抗体に対応する抗原が例示される。
【0027】
該接触の温度も制限されず、簡単であることから室温(25℃)等で行うことができる。また、本開示の効果が得られる限り、抗原を含む溶液中の抗原量も制限されない。また、本開示の効果が得られる限り、抗原を含む溶液のNC膜への接触量も制限されず、該溶液中の抗原量等を考慮して適宜決定すればよいが、一例として、例えば後述の実施例に示すイムノクロマトグラフィ用ストリップを用いる場合、該溶液の接触量として0.1~10μL、0.2~5μL、0.3~2μL、0.5~1μL等が挙げられる。ストリップ以外を用いる場合は、該値を参考にして適宜決定すればよい。このように接触させることにより、NC膜に固定された抗体と該抗体に対応する抗原とを結合させることができる。該接触後、乾燥は行ってもよく、行わなくてもよい。
【0028】
本開示を制限するものではないが、抗原量を調整してもよく、その場合、例えば抗体が抗インフルエンザウイルス抗体の場合は、溶液中の抗原量は1pfu/mL以上、10pfu/mL以上、20~500pfu/mL、80~300pfu/mL、80~200pfu/mL等が例示される。溶液中の抗原量は、必要であれば該値に基づいて適宜設定すればよい。
【0029】
なお、このように本開示の抗体固定NC膜は、通常、抗原と接触させて使用されるが、抗原の存在が疑わしい溶液(試料)をNC膜に適用して、該溶液と、NC膜に固定された抗体とを接触させてもよい。このような場合、一般的には、該溶液に抗原が存在するか否かを確かめるために行われる点から、該溶液には、必ずしも抗原が存在している必要なない。
【0030】
NC膜に固定した抗体と結合した抗原の検出は、従来公知の手法に従い行えばよい。本開示を制限するものではないが、例えば、蛍光物質、酵素、金属(金コロイド等)、ビオチン、アビジン、ストレプトアビジン、PEG(ポリエチレングリコール)標識、ポリマー(カラー(有色)ラッテクス等)標識等の標識物質、二次抗体等の物質を利用した従来公知の抗原抗体反応検出手順に従い検出することが例示される。これらの物質は、1種単独で使用してもよく、2種以上を組み合わせて使用してもよく、公知の手順に従いえばよい。また、該検出方法の好ましい例としては、イムノクロマトグラフィ、ELISA法(酵素免疫測定法)等が挙げられ、また、イムノクロマトグラフィ等においても簡便に検出できる観点からカラーラテックス、金コロイド等を用いる方法が例示され、このような方法の例示として本開示を制限するものではないが、後述の実施例に示すカラーラテックスを用いた方法等が挙げられる。
【0031】
抗体を固定させたNC膜自体は、従来、インフルエンザ等の迅速(簡易)検査等にも利用されているところ、このような検査においては、通常、まず、抗体固定NC膜上の抗体と接触しない場所に抗原(試料)を置き、抗体との接触前に抗原と、標識物質(金コロイド等)や二次抗体といった物質とを直接または間接的に連結させ、次いで、得られた連結体を構成する抗原と、抗体固定NC膜上の抗体とを接触、結合させて、抗原を検出する手段が用いられている。本開示はこのような手段にも好ましく用いることができ、このため、従来公知の迅速(簡易)検査等に従って検出を簡便にする点からは、抗体との結合前に、検出等を容易にする標識物質等の物質で抗原を標識しておくことが好ましく例示される。このように、NC膜に固定された抗体と抗原は、直接結合していてもよく、間接的に結合していてもよく、好ましくは直接結合する。
【0032】
このようにして、抗体に結合した抗原を検出することができる。該検出は、従来の手順と同様に、該抗原抗体反応の結果を目視で確認しても良く、該結果を確認可能な任意の装置等を用いて行ってもよい。なお、本開示において検出は測定の意味を包含し、必要であれば、従来の方法に従い抗原と抗体との結合量を測定してもよい。これにより、抗体固定NC膜を用いて抗原を検出(抗原量を測定)することができる。
【0033】
後述の実施例から理解できる通り、抗体を含むアルカリ性溶液をNC膜に接触させることにより得た抗体固定NC膜を用いた場合、抗体を含む中性溶液(pH7)をNC膜に接触させることにより得た抗体固定NC膜を用いた場合よりも、高感度に抗原を検出することができる。中性溶液を用いる手法は、NC膜に抗体を固定させるための従来の一般的な手法である。本分野では、抗体の立体構造の変化等をなるべく生じさせず、より安定させた状態で抗体をNC膜に固定することが望ましいと従来考えられており、この観点からNC膜への抗体の固定化には中性溶液を用いることが良いとされてきた。それにもかかわらず、驚くべきことに、本発明者らは、中性溶液を用いた場合よりもむしろアルカリ性溶液を用いた場合に、抗体固定NC膜において抗原結合性が向上することを見出した。このことから、本開示はまた、前記工程(1)及び(2)を含有する、抗原結合性が増強された抗体固定NC膜を製造するための方法を提供するといえる。
【0034】
なお、本開示において、抗原結合性が増強されたとは、より少量の抗原であっても検出できることを意味し、すなわち抗原検出の高感度化を意味する。
【0035】
また、従来、イムノクロマトグラフィを利用したPOCT検査等の迅速(簡易)検査等においては、血液、唾液、尿、鼻汁、喀痰、便、粘膜(鼻腔粘膜、口腔粘膜等)等からの採取物、水道水、食品(飲料含む)等(綿棒ぬぐい検体等を含む)が試料として使用されてきた。該試料が液状でない場合は、通常、適宜溶媒に懸濁等されて試料として用いられている。本開示においても従来と同様に使用すればよく、また、このように様々な試料を対象とできる。
【0036】
このことから、本開示の抗体固定NC膜は、抗原抗体反応を利用する診断や分析等において広く使用することができ、従って、前記抗体固定NC膜は診断キットや分析キット等の一部として、好ましく使用することができる。また、本開示を制限するものではないが、本開示の抗体固定NC膜は、ELISA法をはじめとする種々の免疫学的手法において広く使用でき、特に、イムノクロマトグラフィ用ストリップ(テストストリップ)を構成する抗体固定NC膜として使用されること、また、プロテインチップ、抗体チップ等として使用されることが好ましく例示される。
【0037】
抗体固定ニトロセルロース膜の抗原結合性増強方法
前述の通り作製された本開示の抗体固定NC膜は、抗原結合性が増強されている。このことから、本開示はまた、以下の工程を含有する、抗体固定ニトロセルロース膜の抗原結合性増強方法を包含するといえる:
(ア)抗体を含むアルカリ性溶液をニトロセルロース膜に接触させる工程、及び
(イ)前記工程(ア)においてアルカリ性溶液と接触させたニトロセルロース膜を乾燥させて、抗体固定ニトロセルロース膜を得る工程。
【0038】
工程(ア)は、前記工程(1)と同様に説明される。
【0039】
工程(イ)は、工程(2)と同様にしてアルカリ性溶液と接触させたニトロセルロース膜を乾燥させることにより、抗体固定ニトロセルロース膜を得る工程である。このことから、アルカリ性溶液と接触させたニトロセルロース膜の乾燥は、前記工程(2)と同様に説明され、また、これにより抗体固定ニトロセルロース膜を得ることについても前記「抗体固定ニトロセルロース膜の製造方法」と同様に説明される。また、必要に応じて前述の通りブロッキング処理を行ってもよい。
【0040】
本開示の抗原結合性増強も前記「抗体固定ニトロセルロース膜の製造方法」と同様に説明される。該増強は、本開示の方法に従い製造した抗体固定NC膜と、該方法において抗体を含むアルカリ性溶液に代えて、抗体を含む中性溶液(pH7)を用いる以外は同様にして製造した抗体固定NC膜とに対して、それぞれ同様にして抗原を接触させた場合、中性溶液を用いて製造した抗体固定NC膜における抗原抗体結合量よりも、本開示のアルカリ性溶液を用いて製造した抗体固定NC膜における抗原抗体結合量のほうが多いことを意味する。または、該増強は、このように中性溶液を用いて製造した抗体固定NC膜よりも、本開示のアルカリ性溶液を用いて製造した抗体固定NC膜のほうが、より少量の抗原であっても検出できる(検出限界値が低い)ことを意味する。
【0041】
前記比較は、抗体固定NC膜において検出される抗原の有無やその量に基づき行い、その手段(抗体と抗原との接触、抗原の検出(測定)等)は、前記「抗体固定ニトロセルロース膜の製造方法」と同様にして説明される。また、該比較は、これらを比較できる限り制限されず、抗体との抗原との結合性を把握できる限り、絶対量(絶対値)に基づいても相対量(相対値)に基づいてもよい。また、該比較は、前述の通り比較できる制限されないが、通常、アルカリ性溶液を用いて製造した抗体固定NC膜と中性溶液を用いて製造した抗体固定NC膜を用いる点が異なる以外、使用する抗体、抗原、接触、乾燥等の各種条件は実質的に同条件で実施される。本開示を制限するものではないが、好ましくは、後述の試験例1に記載する手順や試験例2に記載する手順に従い、該比較が行われる。
【0042】
本開示によれば、このように抗体結合NC膜において抗原結合性を増強できることから、より高感度で抗原を検出することができる。
【0043】
抗体のスクリーニング方法
本開示はまた、次の工程を含有する、抗原結合性を指標として抗体をスクリーニングする方法を包含する:
(A)候補抗体を含むアルカリ性溶液をニトロセルロース膜に接触させる工程、
(B)前記工程(A)においてアルカリ性溶液と接触させたニトロセルロース膜を乾燥させて、候補抗体固定ニトロセルロース膜を得る工程、及び
(C)前記工程(B)で得た候補抗体固定ニトロセルロース膜上の候補抗体と抗原とを接触させる工程。
【0044】
前述の通り、従来、NC膜は抗体固定用担体として汎用性が高いとはいえず、その利用が非常に限定的であったものの、本開示の方法により得た抗体固定NC膜によれば、NC膜を用いながらも、より高感度で抗原を検出することができる。特に、該抗体固定NC膜によれば、より少ない抗原量であっても抗原を検出できることが分かった。
【0045】
このように、該抗体固定NC膜は、抗体をNC膜に固定させて抗原抗体反応を行う上で優れており、また、簡便に抗原と抗体を接触させることができる。このことから、該抗体固定NC膜は、該膜上における抗原結合性を指標とした抗体のスクリーニングに有用であるといえる。特に、該抗体固定NC膜は、NC膜に固定させた場合に有用な抗体のスクリーニングに有用であるといえる。
【0046】
本開示の抗体をスクリーニングする方法は、(A)候補抗体を含むアルカリ性溶液をニトロセルロース膜に接触させる工程を含有する。
【0047】
候補抗体は、天然抗体であってもよく人工的に作製された抗体のいずれであってもよく、また、公知の抗体であっても新たに作製された抗体であってもよい。また、候補抗体は、単鎖抗体(scFv)、単ドメイン抗体(VHH)、完全長抗体(whole抗体)、sc(Fv)2、ダイアボディー(Diabody)、Fab、F(ab’) 2 等のいずれであってもよい。候補抗体はこのように説明でき、それ以外において前記工程(A)は、前記工程(1)と同様にして説明される。
【0048】
また、本開示のスクリーニング方法は、(B)前記工程(A)においてアルカリ性溶液と接触させたニトロセルロース膜を乾燥させて、候補抗体固定ニトロセルロース膜を得る工程を含有する。該工程(B)は、候補抗体を用いる以外は、前記工程(2)と同様にしてアルカリ性溶液と接触させたニトロセルロース膜を乾燥させることにより、候補抗体固定ニトロセルロース膜を得る工程であり、前述と同様に説明される。また、必要に応じて前述の通りブロッキング処理を行ってもよく、行わなくてもよく、ブロッキングは前述と同様に説明される。
【0049】
また、本開示の抗体をスクリーニングする方法は、(C)前記工程(B)で得た抗体固定ニトロセルロース膜上の候補抗体と抗原とを接触させる工程を含有する。該接触は、該候補抗体の抗原結合性を把握できる限り制限されず、候補抗体を用いる以外は、前記「抗体固定ニトロセルロース膜の製造方法」欄に示す抗体と抗原との接触手順と同様に説明される。
【0050】
該接触後、ニトロセルロース膜に固定された候補抗体の抗原結合レベルに基づいて、該候補抗体が抗体として有用であるかどうかを決定することができ、特に、NC膜に結合させて使用する抗体として有用であるかどうかを決定することができる。また、該レベルに基づいて該候補抗体が抗体として有用であるかどうかを決定するにあたり、基準となる抗原結合レベルと比較して、有用であるかどうかを決定してもよい。
【0051】
このことから、本開示のスクリーニング方法は、更に、(D)前記工程(C)の接触後、前記ニトロセルロース膜に固定された候補抗体の抗原結合レベルと、基準抗体の抗原結合レベルとを比較する工程を含んでも良い。
【0052】
該基準レベルは適宜決定すればよく、本開示を制限するものではないが、本開示のスクリーニング方法の一実施形態として、例えば、既に望ましい抗体であることが知られている抗体をNC膜に固定して抗原と接触させた場合の該抗体の抗原結合レベルを基準レベル(基準抗体の抗原結合レベル)としてもよい。この場合、候補抗体NC膜に固定たさせた場合の該候補抗体の抗原結合レベル(試験レベル)が基準レベルと同じかより高い場合は、該候補抗体は、抗体として有用である可能性が高いと決定し、試験レベルが基準レベルよりも低い場合は、該候補抗体は、抗体として有用である可能性が低いと決定してもよい。特に、試験レベルが基準レベルと同じかより高い場合は、該候補抗体は、NC膜に固定する抗体として有用である可能性が高いと決定し、試験レベルが基準レベルよりも低い場合は、該候補抗体は、NC膜に固定する抗体として有用である可能性が低いと決定してもよい。
【0053】
また、本開示のスクリーニング方法の一実施形態として、既に有用ではない抗体であることが知られている抗体をNC膜に固定して抗原と接触させた場合の抗体の抗原結合レベルを基準レベル(基準抗体の抗原結合レベル)としてもよく、この場合、候補抗体をNC膜に固定させた場合の候補抗体の抗原結合レベル(試験レベル)が基準レベルと同じかより低い場合は、該候補抗体は、抗体として有用ではない(特に、NC膜に固定する抗体として有用ではない)可能性が高いと決定し、試験レベルが基準レベルよりも高い場合は、該候補抗体は、抗体として有用(特に、NC膜に固定する抗体として有用ではない)である可能性が高いと決定してもよい。
【0054】
抗原結合レベルは、NC膜に固定された抗体(候補抗体)の抗原との結合レベル(結合の程度)であり、すなわち抗原結合性を意味する。このことから、本開示のスクリーニング方法は、このような決定工程を更に含んでもよい。
【0055】
また、このように前記レベルは抗原結合性を意味することから、前記レベルは、前述と同様に、従来公知の手法に従い検出(測定)すればよく、前記前記「抗体固定ニトロセルロース膜の製造方法」欄に示す抗体に結合した抗原の検出と同様に説明される。また、該比較は、得られた検出値(測定量)の絶対値に基づくものであってもよく、相対値に基づくものでもよく、レベルを比較できる限り制限されない。
【0056】
また、該比較は、これらを比較できる限り制限されないが、通常、試験レベルの取得に使用される候補抗体と、基準レベルの取得に使用される抗体とが異なる以外、実質的に同条件で行われることが好ましく例示される。また、本開示を制限するものではないが、該比較は、検出の有無(検出量)に基づくものであってもよく、検出限界値に基づくものであってもよい。
【0057】
このように、本開示の抗体のスクリーニング方法によれは、抗原結合性を指標として有用な抗体を簡便にスクリーニングすることができる。
【0058】
従来、NC膜においては使用される抗体が一部の完全長抗体に限られており、また、メカニズムは不明であるもののNC膜上に抗体が固定されているにもかかわらず、その検出感度(抗体の抗原結合性)が比較的低いという問題があった。この原因は未だ明らかになっていない。このことから、今日においても、例えば、より多くの抗体をNC膜に固定させることを目的として、抗体固定NC膜の製造時に、高濃度の抗体含有中性溶液をNC膜と接触させるなどの対応がなされている。本開示の方法によれば、より高感度に抗原を検出できることから、これらの問題の軽減に有用である。
【0059】
また、抗体を固定させたNC膜自体は、従来、インフルエンザ、妊娠、便潜血判定等の迅速(簡易)検査等にも利用されているところ、本開示による抗原結合性の増強によって抗原検出感度を向上できることから、本開示は、より少量の抗体であっても抗原の検出が可能になるという利点を有する。また、後述の実施例に示す通り、本開示の方法は、完全長抗体だけでなく、単鎖抗体、単ドメイン抗体等にも有用であることから、NC膜を利用する免疫学的手法において使用可能な抗体の選択肢の増加をもたらす。
【0060】
特に、本開示の方法を用いることで、従来、迅速検査等において事実上使用できなかった単鎖抗体や単ドメイン抗体といった抗体フラグメントであっても、積極的に、かつ、抗体への修飾等の追加作業を必須とすることなく、NC膜へ固定化することができ、イムノクロマトグラフィに用いることが可能となる。これは、例えば、POCT検査等の迅速検査コストの大幅な削減につながり、POCT検査の普及に大きく貢献する。また、POCT検査の普及は、新興国等の医療設備の十分ではない国における防疫体制の強化にも有用である。
【実施例0061】
以下、例を示して本開示の実施形態をより具体的に説明するが、本開示の実施形態は下記の例に限定されるものではない。
【0062】
試験例1
1-1)抗体固定NC膜の製造手順
(1)100mMの各pH bufferを常法に従い調製した(表1)。具体的には、Gly-HCl buffer (表中、Gly-HCl)は、グリシン(Gly)を超純水に溶解し、塩酸でpH調整を行うことにより調製した。Acetate buffer (表中、Acetate)は、超純水に酢酸ナトリウムと酢酸とを混合することにより調製した。Mes-NaOH buffer(表中、Mes-NaOH)は、Mes(2-Morpholinoethanesulfonic acid, monohydrate)を超純水に溶解し、水酸化ナトリウムpH調整を行うことにより調製した。Tris-HCl buffer(表中、Tris-HCl)は、Tris(Tris(hydroxymethyl)aminomethan)を超純水に溶解し、塩酸でpH調整を行うことにより調製した。Gly-NaOH buffer(表中、Gly-NaOH)は、グリシンを超純水に溶解し、水酸化ナトリウムでpH調整を行うことにより調製した。KCl-NaOH buffer(表中、KCl-NaOH)は、超純水に塩酸と水酸化ナトリウムを混合することにより調製した。pHは、25℃でpHメータ(商品名LAQUA、堀場製作所社製)を用いて測定した。以下、pHの測定は同様に行った。
(2)糖類または界面活性剤と超純水とを混合し、糖類溶液及び界面活性剤溶液を合計4種調製した (20 w/v%トレハロース水溶液、20 w/v%デオキシコール酸Na水溶液、 2 w/v% SDS(Sodium dodecyl sulfate)水溶液、 2 w/v% CHAPS(3-(3-cholamidepropyl) dimethylammonio-1-propanesulpHonate)水溶液)。これを以下、添加剤液とする。
(3)前記(1)で得たbufferと前記(2)で得た添加剤液とを適宜混合し、後述の
図1に示す通り、各pH1~13域につき5種の溶液を調製した。溶液中の糖類または界面活性剤の濃度は、デンカ株式会社の抗体固相化条件を参照して決定した。図中、「添加剤なし」は、前記(2)に示す添加剤液を配合せず調製した溶液である。
【0063】
このようにして得た溶液に、抗体濃度100μg/mlとなるよう抗A型インフルエンザ抗体Ant-NP-A VHHクローン(以下、VHH1)を混合し、得られた抗体含有溶液をNC膜(商品名High-Flow plus HF180(メルク株式会社製))上に2μlずつ滴下し、室温(25℃)で自然乾燥した。このようにして抗体固定NC膜(VHH1固定NC膜)を得た。
【0064】
また、VHH1とは異なる抗A型インフルエンザ抗体Ant-NP-A VHHクローン(以下、VHH2)を用いる以外は前述と同様にして、VHH2固定NC膜を得た。なお、VHH2において用いた抗体含有溶液では、添加剤なし及び添加剤としてデオキシコール酸ナトリウムのみとした。
【0065】
【0066】
1-2)抗原との接触、検出手順
(1)VHH1固定NC膜、VHH2固定NC膜をそれぞれ2% BSA-PBS(2%ウシ血清アルブミン含有PBS(137mmol/l NaCl, 10mmol/l Na
2HPO
4, 2.68mmol/l KCl, 2mmol/l KH
2PO
4, pH7.4))中に浸し、室温(25℃)で1時間振盪することでブロッキングを行った。次いで、これらのNC膜をPBST(0.1% Tween 20を含むPBS)で5回洗浄した。このようにして得た各NC膜を、スキャナーGT-X830(エプソン株式会社製)にてスキャンした。スキャンにより得られた画像が、
図1、
図2の右側写真(吸着性)である。
(2)次いで、前述のようにして得た各NC膜上に、0.2 % BSA-PBST(0.2%ウシ血清アルブミン、0.1% Tween 20含有PBS)で203 pfu/mlに希釈したA型不活化インフルエンザウイルスを15 mlずつ滴下により接触させ、室温で1時間振盪を行った。
(3)次いで、前記NC膜をPBSTで5回洗浄後、0.2 % BSA-PBSTで1μg/mlに希釈したビオチン化完全長抗体(Whole)抗体を15 mlずつ各NC膜上に滴下により接触させ、室温で1 時間振盪を行った。
(4)次いで、前記NC膜をPBSTで5回洗浄後、0.2 % BSA-PBSTで200μg/mlとなるように希釈したHRP(Horseradish peroxidase)標識ストレプトアビジンを15 mlずつ各NC膜上に滴下により接触させ、室温で1時間振盪を行った。
(5)次いで、各NC膜をPBSTで5回洗浄後、TMB(3,3',5,5'-テトラメチルベンジジン)で発色した。
(6)乾燥後、スキャナーGT-X830(エプソン株式会社製)にて前記NC膜をスキャンした。
【0067】
1-3)結果
VHH1を用いた結果を
図1に示し、VHH2を用いた結果を
図2に示す。
図1及び2のいずれにおいても、右側の写真は、前記1-2)の(1)で得られた、抗原と接触させる前の抗体固定NC膜の写真(吸着性)を示し、左側の写真は、抗原(A型不活化インフルエンザウイルス)と接触後の抗体固定NC膜の写真(抗原結合性)を示す。
【0068】
図1の右側写真に示す通り、抗原との接触前においては、アルカリ性溶液を用いた場合だけでなく、中性溶液、酸性溶液を用いた場合においても、前記抗体含有溶液の滴下部を示すスポットが認められた。一方、
図1の左側写真に示す通り、抗原との接触後では、中性溶液または酸性溶液(比較例A(pH8以下))を用いた場合よりも、アルカリ性溶液(実施例A(pH9以上))を用いた場合のほうが色の濃いスポットが多数認められた。各スポットの色の濃さは、抗体の抗原結合性と相関性があり、スポットの色が濃いほど、その部分に抗原が多く存在ことを意味し、抗体の抗原結合性が高いことを意味する。従来、抗体のNC膜への固定においては、抗体を含む中性溶液が一般的に用いられている。このため、中性溶液を用いたスポットにおいて最も抗原結合性が高いことが予想されたが、驚くべきことに、アルカリ性溶液を用いた場合に、中性溶液を用いた場合よりも、抗原結合性が高い傾向が認められ、すなわち高感度で検出することができた。このように、抗体のNC膜への固定において、抗体を含むアルカリ性溶液を用いることにより、抗原検出活性が増強されることが理解できた。
【0069】
試験例2
2-1)抗体固定NC膜の製造手順
【0070】
[イムノクロマトグラフィ用のストリップの作製]
図3に示す通り、パッキングシートに吸収帯、NC膜、コンジュゲートパッド、サンプルパッドの順に貼り合わせた。
[イムノクロマトグラフィによる抗原の検出]
本試験例では、試験例1で用いたVHH1、VHH2と共に合計12の抗A型インフルエンザ抗体Ant-NP-A VHHクローンを用いた。前記試験例1の表1の組成と同様に調製したpH7およびpH13のbufferに抗体濃度が100、50または25μg/mlとなるように抗体をそれぞれ混合し、抗体含有溶液を調製した。次いで、前述のように作製したイムノクロマトグラフィ用ストリップのNC膜上に、抗体含有溶液を2μl滴下し、室温で自然乾燥させた。これによりVHH固定NC膜を作製した。pH13のBufferを用いて作製した各VHH固定NC膜を実施例1~12(VHH1~VHH12)とした。pH7のBufferを用いて作製した各VHH固定NC膜を比較例1~12(VHH1~VHH12)とした。
【0071】
2-2)抗原との接触、検出手順
(1)検体浮遊液に不活化A型インフルエンザウイルスが56.7pfu/mlとなるように添加し、さらに終濃度0.004%になるように市販の赤色ラテックス標識抗体を混合し抗原含有溶液を調製した。
(2)前縦のようにして得たVHH固定NC膜(ストリップ)のサンプルパッド部分に前記(1)で得た溶液を浸し、約20分かけて反応溶液を展開させた。
(3)乾燥後、スキャナーGT-X830にてスキャンした。
【0072】
2-3)結果
結果を
図4に示す。全ての種類のVHHにおいて、中性溶液(pH7)を用いて抗体をNC膜に固定させた場合(比較例1~12)と比較して、アルカリ性溶液を用いて抗体をNC膜に固定させた場合(実施例1~12)のほうが、抗原結合性が高かった。このことからも、アルカリ性溶液を用いて得た抗体固定NC膜では、中性溶液を用いて得た抗体固定NC膜よりも、該NC膜における抗原結合性を増強できることが確認された。このことからも、アルカリ性溶液を用いて得た抗体固定NC膜では抗原検出感度を向上できることが分かった。
【0073】
試験例3
3-1)抗体固定NC膜の製造手順、抗原との接触、検出手順
前記試験例2と同様にして抗体固定NC膜(ストリップ)を製造した。抗原の種類を1種類の完全長抗体(whole抗体)、2種類のAnt-NP-A scFv(scFv1、scFv2)に変更し、抗原濃度を0pfu/mlまたは56.7pfu/mlとする以外は、試験例2と同様にして試験を行った。
【0074】
3-2)結果
結果を
図5に示す。whole抗体、scFvを用いた場合であっても、VHHを用いた場合と同様に、アルカリ性溶液を用いて抗体をNC膜に固定させた場合(実施例13~15)において、中性溶液を用いた場合(比較例13~15)よりも、高い抗原結合性が認められた。試験例2及び3の結果から、アルカリ性溶液を用いて得た抗体固定NC膜における抗原結合性の増強、ひいては高感度での検出は、VHH、whole抗体、scFv等の抗体の種類にかかわらず、いずれであっても認められることが確認された。
【0075】
試験例4
4-1)抗体固定NC膜の製造手順
(1)前記試験例1と同様にして前記表1に従い、100mMの各pH bufferを調製した。
(2)各pH bufferを用いて100μg/mlに調製した抗A型インフルエンザ抗体クローンVHH1、VHH3、scFv 2の各溶液を、前記試験例2の2-1)と同様にして作製したイムノクロマトグラフィ用ストリップのNC膜上に2μl滴下により接触させ、室温で自然乾燥した。pH9以上を実施例B、pH8以下を比較例Bとする。
【0076】
4-2)抗原との接触、検出手順
(1)検体浮遊液に不活化A型インフルエンザウイルスが56pfu/mlとなるように添加し、さらに終濃度0.004 %になるように市販の赤色ラテックス標識抗体を混合し、抗原含有溶液を調製した。
(2)前述のようにして得た抗体固定NC膜(ストリップ)のサンプルパッドに前記(1)で得た溶液を浸し、約20分かけて反応溶液を展開させた。
(3)乾燥後、スキャナーGT-X830にてスキャンした。
【0077】
4-3)結果
VHH3のスキャンの結果を
図6に示す。
図6から、酸性溶液または中性溶液を用いて抗体をNC膜に固定させた場合(比較例B)と比較して、アルカリ性溶液を用いて抗体をNC膜に固定させた場合(実施例B)のほうが、抗原結合性が高くなる傾向が認められた。結果には示さないが、VHH1、scFvを用いた場合も同様の傾向が認められた。このことからも、NC膜への抗体固定時にアルカリ性溶液を用いることにより検出感度を向上できることが理解できた。
【0078】
試験例5
5-1)抗体固定NC膜の製造手順
前記試験例から、中性溶液を用いて抗体をNC膜に固定した場合よりも、アルカリ性溶液を用いて抗体をNC膜に固定化することにより、抗原検出感度が上昇することが明らかとなった。そこで、8クローンのVHHを用いて、次の通り、抗原濃度を更に低減させて試験を行った。
(1)Anti-NP-A VHHの8クローンを、前記pH 13のbufferを用いて100μg/mlに調製し、抗体含有溶液を作製した。
(2)前述と同様にして作製したイムノクロマトグラフィ用ストリップのNC膜上に、前記(1)で得た抗体含有溶液を2μl添加し、風乾後、NC膜上にさらに2μl添加した。
(3)前記(2)の操作を繰り返し2回行なうことで各VHHをNC膜上に積層させた(VHH固定化量:1.2μg/各スポット)。このようにして得た各VHH固定NC膜をそれぞれ実施例16~23とした。
【0079】
5-2)抗原との接触、検出手順
(1)検体浮遊液に不活化A型インフルエンザウイルス量が54~0pfu/mlとなるように添加し、さらに終濃度0.004 %になるように市販の赤色ラテックス標識抗体を混合し、抗原含有溶液を調製した。
(2)前述のように調製したVHH固定ストリップに、前記(1)の抗原含有溶液を浸し、約20分かけて反応溶液を展開させた。
(3)乾燥後、スキャナーGT-X830にてスキャンした。
【0080】
5-3)結果
結果を
図7に示す。
図7に示す通り、各実施例において抗原量54pfu/ml、更には28pfu/mlという非常に低濃度の抗原含有溶液を用いた場合であっても、抗体を検出することができた。また、クローンにもよるが、3.5pfu/mlという著しく低濃度の抗原含有溶液であっても抗体を検出することができた。また、結果には示さないが1.75 pfu/mlであっても検出することができた。このことから理解できる通り、抗原結合性の増強は、より高効率で抗原を検出する上で有用であるといえる。