(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023115977
(43)【公開日】2023-08-22
(54)【発明の名称】エレクトレット繊維シートおよびエレクトレット繊維シートの製造方法
(51)【国際特許分類】
D04H 3/14 20120101AFI20230815BHJP
D04H 3/16 20060101ALI20230815BHJP
D04H 3/007 20120101ALI20230815BHJP
【FI】
D04H3/14
D04H3/16
D04H3/007
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022018445
(22)【出願日】2022-02-09
(71)【出願人】
【識別番号】000003159
【氏名又は名称】東レ株式会社
(72)【発明者】
【氏名】林 晋吾
(72)【発明者】
【氏名】田仲 慶紀
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 正士
【テーマコード(参考)】
4L047
【Fターム(参考)】
4L047AA14
4L047AB08
4L047BA09
4L047BB01
4L047CC12
4L047EA05
(57)【要約】
【課題】不織布が形成される前の紡糸中の繊維に対して、水の噴流もしくは水滴流を前記繊維に接触させてエレクトレット繊維シートを得た場合であっても繊維の脱落が少ないエレクトレット繊維シートを提供する。
【解決手段】ポリオレフィン系樹脂繊維で構成されるエレクトレット繊維シートであり、サイクルDSCにおける1st昇温時の結晶化温度が80℃以上130℃以下であり、その熱量ΔHmが3.0J/g以上20J/g以下であり、シート断面100μm×100μmの領域における繊維同士の融着割合が60%以上70%以下であるエレクトレット繊維シート。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリオレフィン系樹脂繊維で構成されるエレクトレット繊維シートであり、サイクルDSCにおける1st昇温時の結晶化温度が80℃以上130℃以下であり、その熱量ΔHmが3.0J/g以上20J/g以下であり、シート断面100μm×100μmの領域における繊維同士の融着割合が60%以上70%以下であるエレクトレット繊維シート。
【請求項2】
前記ポリオレフィン系樹脂繊維の平均単繊維径が0.1μm以上8.0μm以下である、請求項1に記載のエレクトレット繊維シート。
【請求項3】
請求項1または2に記載のエレクトレット繊維シートの製造方法であって、メルトブロー紡糸中の繊維に対して水を吹き付けることでエレクトレット加工を施すことを特徴とする、エレクトレット繊維シートの製造方法。
【請求項4】
請求項1または2に記載のエレクトレット繊維シートの製造方法であって、エレクトレット繊維シートにおける、低結晶性ポリオレフィン樹脂の質量割合が20質量%以上50質量%以下であることを特徴とするエレクトレット繊維シートの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エレクトレット繊維シートおよびエレクトレット繊維シートの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、気体中の花粉や塵等を除去するためのフィルターとして不織布が多く用いられている。
一般に、不織布を用いたフィルターにおいて、捕集効率を高くしつつ、圧力損失を低くすることが困難であることから、不織布をエレクトレット(帯電)加工してエレクトレット繊維シートとし、物理的作用に加えて静電気的作用を利用することにより、フィルターの構成要素として用いた場合に好適な不織布を得る試みがなされている。
【0003】
例えば、水を繊維に接触させて帯電させる方法として、不織布に対して水の噴流もしくは水滴流を、不織布内部まで水が浸透するのに十分な圧力で噴霧させてエレクトレット繊維シートとし、正極性と負極性の電荷を均一に混在させる方法(特許文献1参照)や、不織布をスリット状のノズル上を通過させ、ノズルで水を吸引することにより繊維シートに水を浸透させて、正極性と負極性の電荷を均一に混在させる方法(特許文献2参照)のような、いわゆるハイドロチャージ法が提案されている。
【0004】
また、これらとは異なるハイドロチャージの手法として、不織布が形成される前の紡糸中の繊維に対して、水の噴流もしくは水滴流を前記繊維に接触させるのに十分な圧力で噴霧させてエレクトレット繊維とし、前記エレクトレット繊維からエレクトレット繊維シートを得る方法(特許文献3参照)や、前記水滴径を20μm未満とすることで多大な乾燥エネルギーを必要とせず、エレクトレット繊維及びエレクトレット繊維シートを得る方法(特許文献4参照)が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平6-93547号公報
【特許文献2】特開2000-8259号公報
【特許文献3】特開2002-161467号公報
【特許文献4】国際公開第2003/060216号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
前記先行技術文献(特許文献1~4)によれば、不織布をフィルターの構成要素として用いた場合に捕集効率を高くしつつ、圧力損失を低減することが可能であり、中でも特許文献3、4に記載の方法では、不織布形成後のエレクトレット加工工程を必要とせず、簡便な方法でエレクトレット繊維シートを得ることができる。
【0007】
一方、本発明者らは、これらエレクトレット繊維シートとして特に用いられるメルトブロー不織布は繊維同士の熱融着によって不織布を形成しているが、特許文献3、4のような方法では、紡糸中に吹き付けられる水によって、紡糸時に繊維の冷却が促進され、繊維同士の熱融着が抑制されてしまうため、繊維の脱落が発生し易い欠点があることを発見した。このようなメルトブロー不織布は、プール用紙おむつや医療用ガウン、化学防護服など濡れた状態での使用が想定される用途、さらにはマスク等の洗濯時において、繊維の一部が脱落し、排水を通じて河川や湖沼、海洋に流入する可能性があり、自然環境下において繊維の分解が進みにくいため、繊維の脱落は、近年深刻化しているマイクロプラスチック問題として、水生生物へ多大な影響を及ぼす恐れがある。
【0008】
そこで本発明は、上記の事情に鑑みてなされたものであって、その目的は、不織布が形成される前の紡糸中の繊維に対して、水の噴流もしくは水滴流を前記繊維に接触させてエレクトレット繊維シートを得た場合であっても繊維の脱落が少ないエレクトレット繊維シートを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、鋭意研究を重ねた結果、不織布が形成される前の紡糸中の繊維に対して、水の噴流もしくは水滴流を前記繊維に接触させてエレクトレット繊維シートを得た場合であっても、不織布断面における繊維同士の融着割合を、特定の範囲を満たすようなエレクトレット繊維シートとすることで、後加工による帯電加工工程を経ずとも捕集性能に優れ、且つ繊維脱落の抑制されたエレクトレット繊維シートを提供することができることを見出した。
【0010】
本発明は、これらの知見に基づいて完成に至ったものであり、本発明によれば、以下の発明が提供される。
【0011】
本発明のエレクトレット繊維シートは、ポリオレフィン系樹脂繊維で構成されるエレクトレット繊維シートであり、サイクルDSCにおける1st昇温時の結晶化温度が80℃以上130℃以下であり、その熱量ΔHmが3.0J/g以上20J/g以下であり、シート断面100μm×100μmの領域における繊維同士の融着割合が60%以上70%以下である。
【0012】
本発明のエレクトレット繊維シートを構成するポリオレフィン系樹脂繊維の平均単繊維径は0.1μm以上8.0μm以下であることが好ましい。
【0013】
本発明のエレクトレット繊維シートの製造方法の1つの様態は、メルトブロー紡糸中の繊維に対して水を吹き付けることでエレクトレット加工を施すことを特徴とする。
【0014】
本発明のエレクトレット繊維シートの製造方法の1つの様態は、エレクトレット繊維シートにおける、低結晶性ポリオレフィン樹脂の質量割合が20質量%以上50質量%以下であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、不織布が形成される前の紡糸中の繊維に対して、水の噴流もしくは水滴流を前記繊維に接触させてエレクトレット繊維シートを得た場合であっても、繊維脱落の抑制されたエレクトレット繊維シートが提供される。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】捕集効率および圧力損失を測定する装置を例示する概略側面図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明のエレクトレット繊維シートは、ポリオレフィン系樹脂繊維で構成されるエレクトレット繊維シートであり、サイクルDSCにおける1st昇温時の結晶化温度が80℃以上130℃以下であり、その熱量ΔHmが3.0J/g以上20J/g以下であり、シート断面100μm×100μmの領域における繊維同士の融着割合が60%以上70%以下であることを特徴とする。
【0018】
以下に、その構成要素について詳細に説明するが、本発明はその要旨を超えない限り、以下に説明する範囲に何ら限定されるものではない。
【0019】
(エレクトレット繊維シート)
まず、本発明のエレクトレット繊維シートは、ポリオレフィン系樹脂繊維で構成される。体積抵抗率が高く、吸水性が低いポリオレフィン系樹脂繊維を、エレクトレット繊維シートを構成する繊維として用いることで、繊維シートをエレクトレット加工した際の帯電性および電荷保持性を強くすることができ、これらの効果によって高い捕集効率を達成することができる。
【0020】
本発明において、ポリオレフィン系樹脂繊維に用いるポリオレフィン系樹脂としては、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリブテンおよびポリメチルペンテン等のホモポリマーなどが挙げられる。また、これらのホモポリマーに異なる成分を共重合したコポリマーや、異なる2種以上のポリマーブレンド品等の樹脂を用いることもできる。これらの中でも、帯電保持性の観点から、ポリプロピレン系樹脂およびポリメチルペンテン系樹脂が好ましく用いられる。特に、安価に利用できること、繊維径の細径化が容易という観点から、ポリプロピレン系樹脂が好ましく用いられる。なお、本発明において、「ポリプロピレン系樹脂」あるいは「ポリエチレン系樹脂」などと称する樹脂とは、ポリプロピレン(あるいは、ポリエチレン)のホモポリマー、他成分との共重合体(コポリマー)および異種樹脂とのポリマーブレンドなどの樹脂のうち、ポリプロピレンホモポリマー(ポリエチレンホモポリマー)およびプロピレン単位(エチレン単位)が80質量%以上含有する樹脂のことを指す。他のポリオレフィン系樹脂についても同様である。
【0021】
本発明におけるポリオレフィン系樹脂は、JIS K7210-1:2014「プラスチック-熱可塑性プラスチックのメルトマスフローレイト(MFR)及びメルトボリュームフローレイト(MVR)の求め方-第1部:標準的試験方法」の「8 A法:質量測定法」に基づいて、温度230℃、荷重2.16kg、測定時間10分の条件下で測定したメルトフローレート(MFR)が50g/10分以上2500g/10分以下であることが好ましい。ポリオレフィン系樹脂のメルトフローレートを好ましくは50g/10分以上、より好ましくは150g/10分以上とすることで、エレクトレット繊維シートを構成する繊維の細径化が容易となる。一方、ポリオレフィン系樹脂のメルトフローレートを好ましくは2500g/10分以下、より好ましくは2000g/10分以下とすることで、繊維シートの強度を向上させることができる。
【0022】
本発明のポリオレフィン系樹脂繊維は、エレクトレット繊維シートのエレクトレット性能をより良好にするという観点から、ヒンダードアミン系添加剤または/およびトリアジン系添加剤を少なくとも1種類含有させることができる。
【0023】
ヒンダードアミン系化合物としては、例えば、ポリ[(6-(1,1,3,3-テトラメチルブチル)イミノ-1,3,5-トリアジン-2,4-ジイル)((2,2,6,6-テトラメチル-4-ピペリジル)イミノ)ヘキサメチレン((2,2,6,6-テトラメチル-4-ピペリジル)イミノ)](BASF・ジャパン(株)製、“キマソーブ”(登録商標)944LD)、コハク酸ジメチル-1-(2-ヒドロキシエチル)-4-ヒドロキシ-2,2,6,6-テトラメチルピペリジン重縮合物(BASFジャパン(株)製、“チヌビン”(登録商標)622LD)、および2-(3,5-ジ-t-ブチル-4-ヒドロキシベンジル)-2-n-ブチルマロン酸ビス(1,2,2,6,6-ペンタメチル-4-ピペリジル)(BASFジャパン(株)製、“チヌビン”(登録商標)144)などが挙げられる。
【0024】
また、トリアジン系添加剤としては、例えば、ポリ[(6-(1,1,3,3-テトラメチルブチル)イミノ-1,3,5-トリアジン-2,4-ジイル)((2,2,6,6-テトラメチル-4-ピペリジル)イミノ)ヘキサメチレン((2,2,6,6-テトラメチル-4-ピペリジル)イミノ)](BASFジャパン(株)製、“キマソーブ”(登録商標)944LD)、および2-(4,6-ジフェニル-1,3,5-トリアジン-2-イル)-5-((ヘキシル)オキシ)-フェノール(BASFジャパン(株)製、“チヌビン”(登録商標)1577FF)などを挙げることができる。
【0025】
上記のヒンダードアミン系添加剤および/またはトリアジン系添加剤の添加量は、ポリオレフィン系樹脂繊維の合計質量に対して、好ましくは0.5質量%以上5質量%以下であり、より好ましくは0.7質量%以上3質量%以下である。添加量をこの範囲とすることにより、塵埃捕集特性に優れるエレクトレット繊維シートが得られやすくなる。
【0026】
ヒンダードアミン系添加剤および/またはトリアジン系添加剤の含有量は、例えば、次のようにして求めることができる。すなわち、繊維シートをメタノール/クロロホルム混合溶液でソックスレー抽出後、その抽出物についてHPLC分取を繰り返し、各分取物についてIR測定、GC測定、GC/MS測定、MALDI-MS測定、1H-NMR測定、および13C-NMR測定で構造を確認する。該添加剤の含まれる分取物の質量を合計し、繊維シート全体に対する割合を求め、これをヒンダードアミン系添加剤および/またはトリアジン系添加剤の含有量とする。
【0027】
本発明に用いられるポリオレフィン系樹脂繊維には、本発明の効果を損なわない限り、ポリオレフィン系樹脂繊維中に熱安定剤、結晶核剤、耐候剤、抗菌剤、抗ウィルス剤、防カビ剤および重合禁止剤等の添加剤を添加することができる。
【0028】
また、ポリオレフィン系樹脂繊維はその平均単繊維径が0.1μm以上8.0μm以下であることが好ましい。平均単繊維径を好ましくは0.1μm以上、より好ましくは0.3μm以上、さらに好ましくは0.5μm以上とすることで、繊維シートの強度を向上させることができる。一方、8.0μm以下、より好ましくは7.0μm以下、さらに好ましくは5.0μm以下とすることで、エレクトレット繊維シートの捕集効率を向上させることができる。
【0029】
なお、本発明におけるエレクトレット繊維シートに用いられるポリオレフィン系樹脂繊維の平均単繊維径は、繊維シートの幅方向3点(側端部2点と中央1点)、それを長手方向5cmおきに5点、合計15点から、3mm×3mmの測定サンプルを15個採取し、走査型電子顕微鏡(例えば、株式会社キーエンス社製「VHX-D500」など)で倍率を3000倍に調節して、採取した測定サンプルから繊維表面写真を各1枚ずつ、計15枚を撮影した。写真の中の繊維直径(単繊維径)がはっきり確認できる繊維について単繊維径を測定し、平均した値の小数点以下第2位を四捨五入して得られる値のことを指すこととする。
【0030】
本発明のエレクトレット繊維シートに用いられるポリオレフィン系樹脂繊維は、前記のポリオレフィン系樹脂からなる複合繊維であってもよく、例えば、芯鞘型、偏心芯鞘型、サイドバイサイド型、分割型、海島型、アロイ型などの複合繊維の形態をとってもよい。
【0031】
本発明のエレクトレット繊維シートは、その目付が3g/m2以上100g/m2以下であることが好ましい。エレクトレット繊維シートの目付を3g/m2以上、より好ましくは5g/m2以上、さらに好ましくは10g/m2以上とすることにより、エレクトレット繊維シートの捕集効率を向上させることができる。一方、100g/m2以下、より好ましくは、70g/m2以下、さらに好ましくは50g/m2以下とすることにより、エレクトレット繊維シートをエアフィルターユニットとしてプリーツ成型を施した際のプリーツ山の潰れを抑制することができる。
【0032】
なお、本発明におけるエレクトレット繊維シートの目付は、エレクトレット繊維シートから、タテ×ヨコ=15cm×15cmのサンプルを採取し、そのサンプルの質量を測定して得られた値を1m2当たりの値に換算し、小数点以下第1位を四捨五入して、繊維シートの目付(g/m2)を算出することとする。
【0033】
本発明のエレクトレット繊維シートは、サイクルDSCにおける1st昇温時の結晶化温度が80℃以上130℃以下であり、その熱量ΔHmが3.0J/g以上20.0J/g以下である。
【0034】
まず、サイクルDSCにおける1st昇温時の結晶化温度を80℃以上、好ましくは85℃以上、より好ましくは90℃以上とすることで、程よい強度の結晶化領域ができ、シート強力が十分なエレクトレット繊維シートとすることができる。一方、サイクルDSCにおける1st昇温時の結晶化温度を130℃以下、好ましくは115℃以下、より好ましくは110℃以下とすることで、水の噴流もしくは水滴流と繊維との接触による帯電が促進され、フィルターとして使用した際の高い捕集性能を有するエレクトレット繊維シートとすることができる。
【0035】
そして、サイクルDSCにおける1st昇温時の結晶化の熱量ΔHmが、3.0J/g以上、好ましくは4.0J/g以上、より好ましくは5.0J/g以上とすることで、水の噴流もしくは水滴流と繊維との接触による帯電が促進され、フィルターとして使用した際の高い捕集性能を有するエレクトレット繊維シートとすることができる。一方、サイクルDSCにおける1st昇温時の結晶化の熱量ΔHmを20.0J/g以下、好ましくは17.5J/g以下、より好ましくは15.0J/g以下とすることで、加熱加工時の収縮が小さく、形態安定性が高いエレクトレット繊維シートとすることができる。
【0036】
本発明において、サイクルDSCにおける1st昇温時の結晶化温度、そして、その熱量ΔHmは、以下の方法によって測定・算出される値のことを指す。すなわち、
(i)エレクトレット繊維シートからランダムに5mgの試験片を3つ採取する。
(ii)示差走査熱量計(例えば、TA Instruments社製「Q100」など)を用いて、下記の条件で1st昇温(1回目の昇温)→降温(冷却)をして測定を行う。
・測定雰囲気:窒素流(50ml/分)
・温度範囲:20~200℃
・昇温速度:20℃/分
・降温速度:20℃/分
・試料量:5mg
(iii)結晶化温度については、1st昇温の過程における発熱ピーク頂点温度を読み取る。また、結晶化時の熱量ΔHm(J/g)は、昇温時の80℃以上130℃以下にある発熱ピークから降温時の吸熱カーブを差し引いて算出する。
(iv)3回測定を行い、その算術平均値を、結晶化温度(℃)については、小数点以下第1位で、熱量ΔHm(J/g)については、小数点以下第2位で四捨五入する。
【0037】
本発明において、エレクトレット繊維シートのサイクルDSCにおける1st昇温時の結晶化温度、結晶化の熱量ΔHmは、シート繊維に適切な非結晶部を形成することで制御することができる。具体的には、使用する樹脂の種類を変更したり、エラストマなどの添加剤を加えたり、紡糸中に水を噴霧するなどして紡出したポリマーを急冷することにより制御することができる。
【0038】
また、本発明のエレクトレット繊維シートは、シート断面100μm×100μmの領域における繊維同士の融着割合が60%以上70%以下である。融着割合を60%以上、好ましくは63%以上とすることで、繊維脱落の少ないエレクトレット繊維シートが得られる。一方、融着割合を70%以下、好ましくは67%以下とすることで、フィルターの構成要素としてエレクトレット繊維シートを使用した場合の圧力損失が高くなりすぎることを抑えることができる。
【0039】
本発明において、エレクトレット繊維シートのシート断面100μm×100μmの領域における繊維同士の融着割合は、以下の方法によって測定・算出される値のことを指す。すなわち、
(i)エレクトレット繊維シートからランダムに10mm角の試験片を1つ採取する。
(ii)ミクロトーム(例えば、大和光機工業株式会社製「RX-860 回転式ミクロトーム」)を用いて、シートの厚さ方向と垂直の方向にシート断面を30~50μm切削する。このとき、切削する圧力によって、シートや繊維が変形したり、繊維融着部分が引き剥がされてしまったり、あるいは繊維同士が圧力によって融着してしまうことを抑制するため、シートに水などを含ませ凍結させておくことで、シート本来が有する断面(繊維本数や融着箇所)を正確に観察することができる。同様に、通常用いるようなハサミやカッターで切削した場合は、シートや繊維が変形したり、繊維融着部分が引き剥がされてしまったり、あるいは繊維同士が圧力によって融着してしまうため、シート本来が有する断面を正確に観察できない。繊維シートにポリプロピレンなど疎水性の原材料が用いられている場合は、水に界面活性剤などを添加することでシートに水を含ませ易くできる。
(iii)(ii)で作成した試験片を24時間自然乾燥させ、走査型電子顕微鏡(例えば、株式会社キーエンス社製「VHX-D500」など)で倍率を500~1000倍に調節して、切削したシート断面を観察する。このとき観察されるシート断面100μm×100μmの領域における繊維本数をFa1、隣接する繊維と融着している繊維の本数をFa2としてカウントする。
(iv)上記で観察したシート断面と垂直方向のシート断面も(i)~(iii)と同様の方法で観察し、繊維本数Fb1、隣接する繊維と融着している繊維の本数Fb2を同様にカウントする。
(v)以下式にて繊維融着割合を算出する。
繊維融着割合(%)=(Fa2+Fb2)/(Fa1+Fb1)×100。
【0040】
本発明において、エレクトレット繊維シートのシート断面100μm×100μmの領域における繊維同士の融着割合を60%以上70%以下とするためには、一般にメルトブロー法における主要条件(紡糸温度や熱風温度、捕集距離など)を変更したり、エレクトレット繊維シートの原材料に低結晶性ポリオレフィン樹脂を添加したりすることで調整することが可能となる。
【0041】
低結晶性ポリオレフィン樹脂とは、メソペンタッド分率(mmmm)が60モル%以下、より好ましくは30モル%以上60モル%以下のことを指すものであり、高結晶性ポリオレフィン樹脂とは融点が155℃以上の汎用ポリオレフィンのことを指すものである。
【0042】
エレクトレット繊維シートにおける、低結晶性ポリオレフィン樹脂の質量割合は、繊維シートの製造条件にも依るが20質量%以上50質量%以下が好ましい。20質量%以上とすることで繊維同士の融着を促進させ、繊維脱落を抑制しやすくなる。また、50質量%以下とすることで、繊維同士の融着が過度に発生してしまうことによる、圧力損失の上昇を抑えやすくなる。
【0043】
(エレクトレット繊維シートの製造方法)
続いて、本発明のエレクトレット繊維シートの製造方法の一例を説明する。
【0044】
本発明のエレクトレット繊維シートの製造において、ポリオレフィン系樹脂中にヒンダードアミン系化合物、または/およびトリアジン系化合物、あるいはその他上述した耐候剤などの添加剤を混合させてポリオレフィン系樹脂組成物を作製する。混合させる方法としては二軸押出機などを使用して混合させても良いし、各種添加剤のマスターバッチを用いてチップブレンドを作製した後に押し出しても良い。この時、低結晶性ポリオレフィン樹脂を併せて20質量%以上50質量%以下混合させておくと、メルトブロー法における主要条件や不織布の物性(繊維径や厚さ)などを大きく変更することなく、繊維同士の融着割合を容易に60%以上70%以下に調整することが可能となるため好ましい。
【0045】
続いて、得られたポリオレフィン系樹脂組成物からメルトブロー法を用いて、メルトブロー不織布を形成する。メルトブロー不織布の製造方法としては、所定の孔径を有するメルトブロー用ノズルからポリオレフィン系樹脂組成物を吐出させながら、糸条を形成する。その吐出部に対して一定の角度から熱風を噴射することで糸条を細径化し、その糸条を捕集部に堆積させることでメルトブロー不織布を形成する。
【0046】
メルトブロー不織布にエレクトレット加工を施す方法としては、通常用いられるようなコロナ帯電法や、ハイドロチャージ法を用いることもできるが、不織布形成後のエレクトレット加工工程を必要とせず、簡便な方法でエレクトレット繊維シートを得ることができるという観点から、メルトブロー紡糸中の繊維に対して、水を吹き付けることで、すなわち、水の噴流もしくは水滴流を糸条に接触させるのに十分な圧力で噴射して、エレクトレット加工を施すことが好ましい。なお、ここで言う、「メルトブロー紡糸中の繊維」とは、メルトブロー用ノズルから吐出された糸条と噴射された熱風が接触する箇所よりも下部にある糸条であり、かつ捕集部に到達するまでの糸条のことを指す。
【0047】
前記不織布の乾燥方法は、従来公知の方法がいずれも使用可能である。例えば、熱風乾燥法、真空乾燥法、自然乾燥法等の方法を適用することができる。なかでも熱風乾燥法は、連続処理が可能であるため好ましい。熱風乾燥法の場合、乾燥温度としてはエレクトレットを失活させない程度の温度にする必要がある。好ましくは120℃以下、より好ましくは100℃以下、さらに好ましくは80℃以下にするのがよい。また、熱風乾燥前に予備乾燥として、ニップロール、吸水ロール、サクション吸引等によって、余剰の水分を取り除くようにすると尚よい。
【0048】
用いる水は、液体フィルター等で汚れを除去したものであって、出来るだけ清浄なものを使用することが好ましい。特にイオン交換水、蒸留水、逆浸透膜の濾過水等の純水の使用が好ましい。また、純水としてのレベルは、導電率で103μS/m以下が好ましく、さらに好ましくは、102μS/m以下であるものがよい。
【実施例0049】
次に、実施例に基づき本発明を具体的に説明する。ただし、本発明はこれらの実施例のみに限定されるものではない。なお、各物性の測定において、特段の記載がないものは、前記の方法に基づいて測定を行ったものである。
【0050】
[測定方法]
(1)エレクトレット繊維シートの目付:
タテ×ヨコ=15cm×15cmのエレクトレット繊維シートの質量を、1サンプルについて測定した。得られた値を1m2当たりの値に換算し、小数点以下第1位を四捨五入して、エレクトレット繊維シートの目付(g/m2)を算出した。
【0051】
(2)ポリオレフィン系樹脂繊維の平均単繊維径:
エレクトレット繊維シートの幅方向3点(側端部2点と中央1点)、それを長手方向5cmおきに5点、合計15点から、3mm×3mmの測定サンプルを15個採取し、走査型電子顕微鏡(例えば、株式会社キーエンス社製「VHX-D500」など)で倍率を3000倍に調節して、採取した測定サンプルから繊維表面写真を各1枚ずつ、計15枚を撮影した。写真の中の繊維直径(単繊維径)がはっきり確認できる繊維について単繊維径を測定し、平均した値の小数点以下第2位を四捨五入してポリオレフィン系樹脂繊維の単繊維径(μm)を算出した。
【0052】
(3)結晶化温度、結晶化時の熱量ΔHm
示差走査熱量計(TA Instruments社製Q100)を用いて、下記の条件で1st昇温(1回目の昇温)→降温(冷却)を行い、結晶化温度は昇温過程における発熱ピーク頂点温度を読み取り求めた。また、結晶化時の熱量ΔHm(J/g)は昇温時の80℃以上130以下にある発熱ピークから降温時の吸熱カーブを差し引いて算出した。
・測定雰囲気:窒素流(50ml/分)
・温度範囲 :20~200℃
・昇温速度 :20℃/分
・降温速度 :20℃/分
・試料量 :5mg。
【0053】
(4)繊維同士の融着割合:
回転式ミクロトーム(大和光機工業株式会社製「RX-860」)を用いて、エレクトレット繊維シート10mm角の試験片を凍結後、30μm切削し、24h乾燥させた試験片を走査型電子顕微鏡(株式会社キーエンス社製「VHX-D500」)を用いて1000倍の倍率で観察した。観察したシート断面100μm×100μmの領域における繊維本数をFa1、隣接する繊維と融着している繊維の本数をFa2としてカウントした。上記で観察したシート断面と垂直方向のシート断面も同様の方法で観察し、繊維本数Fb1、隣接する繊維と融着している繊維の本数Fb2を同様にカウントし、以下式にて繊維融着割合(%)を算出した。
繊維融着割合(%)=(Fa2+Fb2)/(Fa1+Fb1)×100。
【0054】
(5)湿摩擦による減量評価:
湿摩擦による減量評価にはJIS L0849:2013「摩擦に対する染色堅ろう度試験方法」に規定される摩擦試験機II型(学振形、以下、学振形摩擦試験機と記載する)を使用した。まず、エレクトレット繊維シートから幅5cm×長さ20cmの試験片5枚を切り出し、80℃に設定した乾燥機中で24時間乾燥させ、各試験片の初期重量:m0を測定した。学振形摩擦試験機の摩擦子に、1分間純水中に浸漬した理研コランダム株式会社製、耐水摩擦紙C34P(粒度P800)を貼り付け、無荷重で試験片を10往復摩擦させた。摩擦後の試験片を再び80℃に設定した乾燥機中で24時間乾燥させ、各試験片の摩擦後の重量:m1を測定した。試験片5枚のm0からm1をそれぞれ減じ、その平均値を湿摩擦による減量(mg)として求めた。
【0055】
(6)エレクトレット繊維シートの捕集効率、圧力損失、QF値:
ここで、本発明におけるエレクトレット繊維シートの捕集効率と圧力損失の測定方法は以下の手順で測定し、算出される値である。
(i)シートの幅方向5カ所で、タテ×ヨコ=15cm×15cmの測定サンプルMをそれぞれ1つずつ(計5つ)採取する。
(ii)
図1の概略側面図に示す捕集効率測定装置を準備する。この捕集効率測定装置は、測定サンプルMをセットするサンプルホルダー1の上流側に、ダスト収納箱2を連結し、下流側に流量計3、流量調整バルブ4およびブロワ5を連結している。また、サンプルホルダー1にパーティクルカウンター6を使用し、切替コック7を介して、測定サンプルMの上流側のダスト個数と下流側のダスト個数とをそれぞれ測定することができるものである。
(iii)ポリスチレン粒子の10%水溶液(例えば、ThermoScientific社製「OptiBind、品番:9100079710290」)を蒸留水で200倍まで希釈し、ダスト収納箱2に充填する。
(iv)測定サンプルMを、サンプルホルダー1にセットし、風量をフィルター通過速度が4.5m/分になるように、流量調整バルブ4で調整し、ダスト濃度を1万~4万個/2.83×10
-4m
3(0.01ft
3)の範囲で安定させる。
(v)測定サンプルMの上流のダスト個数Dおよび下流のダスト個数dをパーティクルカウンター6(例えば、リオン株式会社製「KC-01D」など)で1個の測定サンプル当り3回測定し、JIS K0901:1991の「気体中のダスト試料捕集用ろ過材の形状、寸法並びに性能試験方法」に基づいて、下記の計算式を用いて、0.3~0.5μm粒子の捕集効率(%)を求める。
・捕集効率(%)=〔1-(d/D)〕×100
(ただし、dは下流ダストの3回測定トータル個数を表し、Dは上流のダストの3回測定トータル個数を表す。)
(vi)併せて、測定サンプルMの上流と下流の静圧差を圧力計8で読み取り、測定サンプルMの圧力損失(Pa)を求める。
(vii)5つの測定サンプルMについての捕集効率(%)の平均値を算出し、小数点第4位を四捨五入して得られる値をそのエレクトレット繊維シートの捕集効率(%)とする。
(viii)5つの測定サンプルMについての圧力損失(Pa)の平均値を算出し、小数点第2位を四捨五入して得られる値をそのエレクトレット繊維シートの圧力損失(Pa)とする。
(ix)QF値は上記の通り測定された捕集効率と圧力損失から以下の式で算出され、QF値が高い程、捕集効率が高く、圧力損失が低いことを示している。
・QF値(Pa
-1)=-[ln(1-(捕集効率(%))/100)]/(圧力損失(Pa))。
【0056】
[実施例1]
高結晶性ポリプロピレン樹脂に、ヒンダードアミン系化合物“キマソーブ”(登録商標)944(BASFジャパン株式会社製、表1、2では「C944」と表記)を1質量%含むポリプロピレン系樹脂を用いた。なお、メルトフローレートは1100g/10分である。次いで、このチップを押出機の原料ホッパーに投入し、押出機で溶融、混練しながらギアポンプへ供給した。ギアポンプで計量したポリプロピレン樹脂を、直径が0.3mmの吐出孔が一直線上に配置した口金を用いて、口金下10cmの位置に水噴霧用のノズル型噴射設備を付加し667ml/分/mの水量を噴霧しながら、メルトブロー法により、吐出量が320g/分、ノズル温度が290℃、エア圧力が0.17MPaの条件で噴射し、捕集コンベア速度を調整することによって、目付が20g/m2のエレクトレット繊維シートを得た。得られたエレクトレット繊維シートについて、ポリオレフィン系樹脂の構成、測定結果および評価結果は表1に示す。
【0057】
[実施例2]
実施例1に用いたポリプロピレン樹脂に、低結晶性ポリプロピレン樹脂(出光興産株式会社製 L-MODU(登録商標)「S-600」)を20質量%となるようにチップブレンドして原料ホッパーに投入し、ノズル温度を270℃、エア圧力を0.19MPaとした以外は、実施例1と同様の方法で目付が20g/m2のエレクトレット繊維シートを得た。得られたエレクトレット繊維シートについて、ポリオレフィン系樹脂の構成、測定結果および評価結果は表1に示す。
【0058】
[実施例3]
実施例1に用いたポリプロピレン樹脂に、低結晶性ポリプロピレン樹脂(出光興産株式会社製 L-MODU(登録商標)「S-600」)を40質量%となるようにチップブレンドして原料ホッパーに投入し、ノズル温度を270℃、エア圧力を0.21MPaとした以外は、実施例1と同様の方法で目付が20g/m2のエレクトレット繊維シートを得た。得られたエレクトレット繊維シートについて、ポリオレフィン系樹脂の構成、測定結果および評価結果は表1に示す。
【0059】
[比較例1]
ノズル温度を270℃、エア圧力を0.19MPaとした以外は、実施例1と同様の方法で目付が20g/m2のエレクトレット繊維シートを得た。得られたエレクトレット繊維シートについて、ポリオレフィン系樹脂の構成、測定結果および評価結果は表2に示す。
【0060】
[比較例2]
低結晶性ポリプロピレン樹脂(出光興産株式会社製 L-MODU(登録商標)「S-600」)を10質量%となるようにチップブレンドして原料ホッパーに投入した以外は、実施例2と同様の方法で目付が20g/m2のエレクトレット繊維シートを得た。得られたエレクトレット繊維シートについて、ポリオレフィン系樹脂の構成、測定結果および評価結果は表2に示す。
【0061】
[比較例3]
実施例1に用いたポリプロピレン樹脂に、低結晶性ポリプロピレン樹脂(出光興産株式会社製 L-MODU(登録商標)「S-600」)を70質量%となるようにチップブレンドして原料ホッパーに投入した以外は、実施例3と同様の方法で目付が20g/m2のエレクトレット繊維シートを得た。得られたエレクトレット繊維シートについて、ポリオレフィン系樹脂の構成、測定結果および評価結果は表2に示す。
【0062】
[比較例4]
紡糸中の糸条に水を噴霧しなかった以外は、実施例1と同様の方法で目付が20g/m2のエレクトレット繊維シートを得た。得られたエレクトレット繊維シートについて、ポリオレフィン系樹脂の構成、測定結果および評価結果は表2に示す。
【0063】
【0064】
【0065】
表1から明らかなように、実施例1~3に記載のエレクトレット繊維シートは、湿摩擦による繊維減量が少なく、捕集性能に優れている。一方、繊維同士の融着割合が60%未満である比較例1、2に記載のエレクトレット繊維シートは摩擦による繊維減量が多く、繊維同士の融着割合が70%を超える比較例3に記載のエレクトレット繊維シートは、圧力損失が上昇し、QF値も低下している。また、紡糸中の糸条に水噴霧を行わなかった比較例4に記載のエレクトレット繊維シートは捕集効率が極度に低く、後工程でのエレクトレット加工が必要であった
以上のように、本発明によれば不織布が形成される前の紡糸中の繊維に対して、水の噴流もしくは水滴流を前記繊維に接触させてエレクトレット繊維シートを得た場合であっても、不織布断面における繊維同士の融着割合を、特定の範囲を満たすようなエレクトレット繊維シートとすることで、後加工による帯電加工工程を経ずとも捕集性能に優れ、且つ繊維脱落の抑制されたエレクトレット繊維シートを提供することができる。