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特開2023-116719安定した表現型を示す疾患モデルブタおよびその作製方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023116719
(43)【公開日】2023-08-22
(54)【発明の名称】安定した表現型を示す疾患モデルブタおよびその作製方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 15/873 20100101AFI20230815BHJP
   A01K 67/027 20060101ALI20230815BHJP
   C12N 15/12 20060101ALI20230815BHJP
   C12N 5/10 20060101ALI20230815BHJP
   C12N 15/54 20060101ALI20230815BHJP
   C12N 15/09 20060101ALI20230815BHJP
【FI】
C12N15/873 Z
A01K67/027 ZNA
C12N15/12
C12N5/10
C12N15/54
C12N15/09 100
【審査請求】有
【請求項の数】1
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023098843
(22)【出願日】2023-06-16
(62)【分割の表示】P 2021122062の分割
【原出願日】2016-03-04
(31)【優先権主張番号】P 2015041923
(32)【優先日】2015-03-04
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】518232087
【氏名又は名称】株式会社ポル・メド・テック
(74)【代理人】
【識別番号】230104019
【弁護士】
【氏名又は名称】大野 聖二
(74)【代理人】
【識別番号】100173185
【弁理士】
【氏名又は名称】森田 裕
(72)【発明者】
【氏名】長嶋 比呂志
(72)【発明者】
【氏名】松成 ひとみ
(72)【発明者】
【氏名】渡邊 将人
(57)【要約】      (修正有)
【課題】安定した表現型を示す疾患モデルブタ及びその作製方法を提供する。また、安定した表現型を示す疾患モデルブタを作製するためのキメラブタ、その生殖腺及びその生殖細胞を提供する。
【解決手段】遺伝子改変された疾患モデルブタを作製する方法であって、(a)遺伝子改変された細胞の核を用いて卵細胞質に核移植することと、(b)得られたクローン胚を雌ブタの胎内で発生させて産仔を得ることと、(c)得られた産仔を交配させて、または有性生殖に供して、遺伝子改変された更なる産仔を疾患モデルブタとして得ることと、を含む方法である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
遺伝子改変された疾患モデルブタを作製する方法であって、
(a)遺伝子改変された細胞の核を用いて卵細胞質に核移植することと、
(b)得られたクローン胚を雌ブタの胎内で発生させて産仔を得ることと、
(c)得られた産仔を交配させて、または有性生殖に供して、該遺伝子改変された更なる産仔を疾患モデルブタとして得ることと、
を含む、方法。
【請求項2】
疾患モデルブタが、糖尿病、高アンモニア血症および拡張型心筋症からなる群から選択される疾患のモデルブタである、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
疾患モデルブタが、糖尿病モデル動物であり、上記(a)において用いられる細胞が、HNF-1αのドミナントネガティブ型変異体を導入することによって遺伝子改変された細胞である、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
疾患モデルブタが、拡張型心筋症モデルブタである、請求項2に記載の方法。
【請求項5】
疾患の表現型が優性形質である、請求項2~4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
請求項1~5のいずれか一項に記載の方法により得られる疾患モデルブタ。
【請求項7】
致死性の遺伝子疾患モデルブタを作製する方法であって、
(i)遺伝子改変された細胞の核を用いて卵細胞質に核移植することと、
(ii)核移植して得られたクローン胚を、遺伝子疾患を発症しないブタの胚とキメラ状態にして、雌ブタの胎内で発生させて産仔を得ることと、
(iii)得られた産仔を交配させて、または得られた産仔の生殖細胞を有性生殖に供し
て、該遺伝子改変を有する雌の産仔を得ることと、
(iv)得られた雌の産仔を雄のブタと交配させて、または有性生殖に供して、致死性の遺伝子疾患モデルブタを得ることと
を含む、方法。
【請求項8】
致死性の遺伝子疾患が、高アンモニア血症である、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
致死性の遺伝子疾患が、拡張型心筋症である、請求項7に記載の方法。
【請求項10】
請求項7~9のいずれか一項に記載の方法により得られる致死性の遺伝子疾患モデルブタ。
【請求項11】
オルニチントランスカルバミラーゼ遺伝子の遺伝子機能が破壊された、高アンモニア血症のモデルブタ。
【請求項12】
オルニチントランスカルバミラーゼ遺伝子の第2エキソンの一部が欠失し、これによりナンセンス変異が生じた、高アンモニア血症のモデルブタ。
【請求項13】
遺伝子機能が破壊されたオルニチントランスカルバミラーゼ遺伝子を有する細胞と、野生型のオルニチントランスカルバミラーゼ遺伝子を有する細胞を体細胞キメラ状態で有する、遺伝子改変ブタ。
【請求項14】
請求項13に記載のブタから有性生殖により得られる、遺伝子機能が破壊されたオルニ
チントランスカルバミラーゼ遺伝子をヘテロで有する雌ブタ。
【請求項15】
請求項14に記載の雌ブタから有性生殖により得られる、高アンモニア血症のモデルである雄ブタ。
【請求項16】
γ-サルコグリカン遺伝子の遺伝子機能が破壊された、拡張型心筋症のモデルブタ。
【請求項17】
γ-サルコグリカン遺伝子の第2エキソンの一部が欠失し、これによりナンセンス変異が生じた、拡張型心筋症のモデルブタ。
【請求項18】
遺伝子機能が破壊されたγ-サルコグリカン遺伝子を有する細胞と、野生型のγ-サルコグリカン遺伝子を有する細胞を体細胞キメラ状態で有する、遺伝子改変ブタ。
【請求項19】
請求項18に記載のブタから有性生殖により得られる、遺伝子機能が破壊されたγ-サルコグリカン遺伝子をヘテロで有する雌ブタ。
【請求項20】
請求項19に記載の雌ブタから有性生殖により得られ、遺伝子機能が破壊されたγ-サルコグリカン遺伝子をホモで有する、拡張型心筋症のモデルである雄ブタ。
【請求項21】
以下の方法により得られる生殖腺または生殖細胞:
(i)遺伝子改変された細胞の核を用いて卵細胞質に核移植することと、
(ii)核移植して得られたクローン胚を、遺伝子疾患を発症しないブタの胚とキメラ状態にして、雌ブタの胎内で発生させて産仔を得ることと、
(iii-a)得られた産仔を成長させ、生殖腺または生殖細胞を得ることと
を含む、方法。
【請求項22】
遺伝子改変された細胞が、オルニチントランスカルバミラーゼ遺伝子の遺伝子機能が破壊された細胞であるか、または、γ-サルコグリカン遺伝子の遺伝子機能が破壊された細胞である、請求項21に記載の生殖腺または生殖細胞。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、安定した表現型を示す疾患モデルブタおよびその作製方法に関する。本発明はまた、安定した表現型を示す疾患モデルブタを作製するためのキメラブタ、その生殖腺およびその生殖細胞に関する。
【背景技術】
【0002】
ブタなどの大型動物では、ゲノム編集技術、遺伝子破壊技術等を用いて特定の遺伝子の機能を修飾した哺乳動物細胞から、体細胞クローニング技術によって遺伝子改変動物を作製することができる(非特許文献1~4)。
【0003】
しかしながら、多くの場合、疾患の責任遺伝子から誘導される表現型が必ずしも安定的に得られるとは限らない。このことは、体細胞クローン技術による遺伝子改変動物の作製の魅力を大きく低減させる原因となっている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Nagashima H. et al., Biology of Reproduction 70: 702-707, 2004
【非特許文献2】Matsunari H. et al., Cloning and Stem Cells, 10: 313-323, 2008
【非特許文献3】Umeyama K. et al, Transgenic Res., 18: 597-706, 2009
【非特許文献4】Umeyama K. et al, Journal of Reproduction and Development, 59:599-603, 2013
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、安定した表現型を示す疾患モデルブタおよびその作製方法を提供する。本発明はまた、安定した表現型を示す疾患モデルブタを作製するためのキメラブタ、その生殖腺およびその生殖細胞を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、体細胞クローニングによって作製した遺伝子改変ブタにおいて表現型が不安定であるという問題があること、および、体細胞に由来するエピジェネティックな影響を排除することによりこの問題が解消し、表現型が安定した遺伝子改変ブタを得ることができることを見出した。本発明者らはまた、オルニチントランスカルバミラーゼ遺伝子の機能を破壊することにより、高アンモニア血症モデルブタを作製できることを見出した。本発明者らはさらに、γ-サルコグリカン遺伝子の機能を破壊することにより、拡張型心筋症のモデルブタを作製できることを見出した。また、これらのモデルブタにおいてエピジェネティックな影響を低減する方法を考案した。さらに本発明者らは、改変する遺伝子が致死的であったとしても、安定した表現型を示す疾患モデルブタを作製するためにキメラ胚を作製することが有用であることを見いだした。本発明はこれらの知見および発明に基づくものである。
【0007】
すなわち、本発明は以下の発明を提供する。
(1)遺伝子改変された疾患モデルブタを作製する方法であって、
(a)遺伝子改変された細胞の核を用いて卵細胞質に核移植することと、
(b)得られたクローン胚を雌ブタの胎内で発生させて産仔を得ることと、
(c)得られた産仔を交配させて、または有性生殖に供して、該遺伝子改変された更なる産仔を疾患モデルブタとして得ることと、
を含む、方法。
(2) 疾患モデルブタが、糖尿病、高アンモニア血症および拡張型心筋症からなる群から選択される疾患のモデルブタである、上記(1)に記載の方法。
(3)疾患モデルブタが、糖尿病モデル動物であり、上記(a)において用いられる細胞が、HNF-1αのドミナントネガティブ型変異体を導入することによって遺伝子改変された細胞である、上記(2)に記載の方法。
(4)疾患モデルブタが、拡張型心筋症モデルブタである、上記(2)に記載の方法。
(5)疾患の表現型が優性形質である、上記(2)~(4)のいずれかに記載の方法。
(6)上記(1)~(5)のいずれかに記載の方法により得られる疾患モデルブタ。
(7)致死性の遺伝子疾患モデルブタを作製する方法であって、
(i)遺伝子改変された細胞の核を用いて卵細胞質に核移植することと、
(ii)核移植して得られたクローン胚を、遺伝子疾患を発症しないブタの胚とキメラ状態にして、雌ブタの胎内で発生させて産仔を得ることと、
(iii)得られた産仔を交配させて、または得られた産仔の生殖細胞を有性生殖に供し
て、該遺伝子改変を有する雌の産仔を得ることと、
(iv)得られた雌の産仔を雄のブタと交配させて、または有性生殖に供して、致死性の遺伝子疾患モデルブタを得ることと
を含む、方法。
(8)致死性の遺伝子疾患が、高アンモニア血症である、上記(7)に記載の方法。
(9)致死性の遺伝子疾患が、拡張型心筋症である、上記(7)に記載の方法。
(10)上記(7)~(9)のいずれかに記載の方法により得られる致死性の遺伝子疾患モデルブタ。
(11)オルニチントランスカルバミラーゼ遺伝子の遺伝子機能が破壊された、高アンモニア血症のモデルブタ。
(12)オルニチントランスカルバミラーゼ遺伝子の第2エキソンの一部が欠失し、これによりナンセンス変異が生じた、高アンモニア血症のモデルブタ。
(13)遺伝子機能が破壊されたオルニチントランスカルバミラーゼ遺伝子を有する細胞と、野生型のオルニチントランスカルバミラーゼ遺伝子を有する細胞を体細胞キメラ状態で有する、遺伝子改変ブタ。
(14)上記(13)に記載のブタから有性生殖により得られる、遺伝子機能が破壊されたオルニチントランスカルバミラーゼ遺伝子をヘテロで有する雌ブタ。
(15)上記(14)に記載の雌ブタから有性生殖により得られる、高アンモニア血症のモデルである雄ブタ。
(16)γ-サルコグリカン遺伝子の遺伝子機能が破壊された、拡張型新緊張のモデルブタ。
(17)γ-サルコグリカン遺伝子の第2エキソンの一部が欠失し、これによりナンセンス変異が生じた、拡張型心筋症のモデルブタ。
(18)遺伝子機能が破壊されたγ-サルコグリカン遺伝子を有する細胞と、野生型のγ-サルコグリカン遺伝子を有する細胞を体細胞キメラ状態で有する、遺伝子改変ブタ。
(19)上記(18)に記載のブタから有性生殖により得られる、遺伝子機能が破壊されたγ-サルコグリカン遺伝子をヘテロで有する雌ブタ。
(20)上記(19)に記載の雌ブタから有性生殖により得られ、遺伝子機能が破壊されたγ-サルコグリカン遺伝子をホモで有する、拡張型心筋症のモデルである雄ブタ。
(21)以下の方法により得られる生殖腺または生殖細胞:
(i)遺伝子改変された細胞の核を用いて卵細胞質に核移植することと、
(ii)核移植して得られたクローン胚を、遺伝子疾患を発症しないブタの胚とキメラ状態にして、雌ブタの胎内で発生させて産仔を得ることと、
(iii-a)得られた産仔を成長させ、生殖腺または生殖細胞を得ることとを含む、方法

(22)遺伝子改変された細胞が、オルニチントランスカルバミラーゼ遺伝子の遺伝子機能が破壊された細胞であるか、または、γ-サルコグリカン遺伝子の遺伝子機能が破壊された細胞である、上記(21)に記載の生殖腺または生殖細胞。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1図1は、遺伝子改変した細胞の核を用いた体細胞クローニングにより得た5匹のブタの血糖値の継時的変化を示す図である。
図2図2は、体細胞クローニングにより得たブタを有性生殖(交配)に供して生産した次世代の子孫における血糖値の継時的変化を示す図である。Tg後代産仔は、体細胞クローニングにより得た遺伝子改変ブタの次世代の子孫を示し、non-Tg後代産仔は、遺伝子改変をしていないブタを示す。
図3図3は、ブタの性染色体(X染色体)上のオルニチントランスカルバミラーゼ(OTC)遺伝子の構造と、ゲノム編集技術を用いたOTC遺伝子の改変手法を示す図である。
図4図4は、改変されたOCT遺伝子の配列を示す。
図5図5は、ブタの第16番染色体上のδ-サルコグリカン(SGCD)遺伝子の構造と、ゲノム編集技術を用いたSGCD遺伝子の改変手法を示す図である。
図6図6は、改変されたSGCD遺伝子の配列を示す。
【発明の具体的な説明】
【0009】
本明細書では、「遺伝子改変された」とは、遺伝子が遺伝子工学的技法により改変され、その機能が少なくとも一部または全部失われたか、あるいはその機能が過剰に亢進したことを意味する。遺伝子改変としては、遺伝子導入によるもの、およびゲノム遺伝子の改変によるものが挙げられる。ブタなどの大動物では、遺伝子改変は、遺伝子改変された細胞の核を体細胞クローニングに供して遺伝子改変された産仔を遺伝子改変動物として得ることができる。
【0010】
本明細書では、「疾患モデルブタ」とは、遺伝子改変がなされたことにより特定の疾患の症状を示すブタを意味する。疾患としては、特に限定されないが例えば、糖尿病、高アンモニア血症および拡張型心筋症が挙げられる。ある態様では、疾患は遺伝性であり得る。
【0011】
本明細書では、「体細胞クローニング」とは、体細胞の核を、あらかじめ核を不活化したか除去した受精卵に導入することにより、該体細胞と同じゲノムを有する個体を得る技術を言う。ブタを含む大動物では、トランスジェニック動物およびノックアウト動物などの遺伝子改変動物を作製する際に、体細胞クローニングを用いることが知られている。体細胞クローニングは、一般的には、皮膚や組織、臓器に分化した体細胞から取り出した核を、核を取り除いた別個体由来の卵細胞(卵細胞質)に移植してクローン胚を作製し、発情同期化させた別の個体である仮親の子宮に移植することにより行うことができる。
【0012】
本明細書では、「交配させる」とは、雄と雌とを交配させることを意味する。本明細書では、「有性生殖に供する」とは、インビボでまたはインビトロで、精子と卵子とを接触させて受精させ、母胎内で発生させて産仔を得ることを意味する。
【0013】
本明細書では、「優性形質」とは、変異型遺伝子と野生型遺伝子とがヘテロであるときに、変異型遺伝子に基づく形質が表現型として発現することを意味する。本明細書では、「劣勢形質」とは、変異型遺伝子と野生型遺伝子とがヘテロであるときには、変異型遺伝子に基づく形質が表現型として発現しないことを意味する。
【0014】
本明細書では、「オルニチンカルバモイルトランスフェラーゼ」は、「オルニチントランスカルバミラーゼ」および「OTC」と同義で用いられる。本明細書では、「γ-サルコグリカン」は、「SGCD」と同義で用いられる。
【0015】
本発明者らは、3型若年発症成人型糖尿病のモデルブタにおいて、体細胞クローニングにより得られた第一世代の産仔は、その表現型が安定しないことを見出した。本発明者らはまた、該第一世代の産仔は、有性生殖により更なる産仔(第二世代)を得ると、第二世代の産仔では、糖尿病の表現型が安定することを見出した。これは、体細胞クローニングによって作出した胚、胎仔または個体に特徴的なエピジェネティックな状態が第一世代の表現型に影響することを示唆するものであり、このエピジェネティックな状態は第二世代では解消され、遺伝子変異に基づく表現型が明確に表れることを示唆するものである。
【0016】
従って、本発明によれば、
遺伝子改変された疾患モデルブタを作製する方法であって、
(a)遺伝子改変された細胞の核を用いて卵細胞質に核移植することと、
(b)得られたクローン胚を雌ブタの胎内で発生させて産仔を得ることと、
(c)得られた産仔を交配させて、または有性生殖に供して、該遺伝子改変された更なる産仔を疾患モデルブタとして得ることと、
を含む、方法が提供される。
【0017】
以下、本発明の方法を工程ごとに説明する。
【0018】
(a)遺伝子改変された細胞の核を用いて卵細胞質に核移植すること
細胞は、周知の遺伝子改変技術により改変することができる。
【0019】
例えば、細胞のゲノムを遺伝子改変する方法としては、TALENなどのゲノム編集技術により編集する方法、並びに、相同組換えにより遺伝子を破壊する方法および外来遺伝子を導入する方法、および、ウイルスベクターを用いて外来遺伝子を導入する方法などのゲノム上の遺伝子を改変する方法が挙げられる。細胞の改変は、ゲノムを改変せずに、細胞にDNA、RNAまたはタンパク質を導入するなどの方法により行ってもよい。
【0020】
TALENは、植物病原菌であるキサントモナス由来のTALE(Transcription Activator-Like Effector)タンパク質の高度に保存されたアミノ酸33~35からなるDN
A結合ドメインとFokIタンパク質のヌクレアーゼドメインを融合したハイブリッド酵素であり、ゲノム編集のツールとして周知である。すなわち、細胞は改変により、外来遺伝子を導入されてトランスジェニックとなっていてもよいし、遺伝子の機能を一部または全部破壊されてノックアウトとなっていてもよい。
【0021】
(a)では、遺伝子改変は遺伝子疾患を生じさせるものである。遺伝子疾患を生じさせるために導入する遺伝子または破壊する遺伝子は、当業者であれば作製する疾患モデルに対応させて適宜選択することができる。
【0022】
糖尿病モデルブタを作製する場合には、特に限定されないが例えば、ドミナントネガティブ変異型HNF-1αを細胞に導入することができる。ドミナントネガティブ変異型HNF-1αとしては、ヒトまたはブタドミナントネガティブ変異型HNF-1αを用いることができ、HNF-1αP291fsinsCを用いることができる。HNF-1αP291fsinsCは、若年発症成人型糖尿病の原因遺伝子として発見され、配列番号3の塩基配列を有し、配列番号4のアミノ酸配列を有するタンパク質をコードする。ヒトHNF-1αは、631アミノ酸を有するタンパク質であるが、HNF-1αP291fsinsCでは、ヒトHNF-1αの塩基番号10
91~1098に8連続するシトシンに1塩基のシトシンが挿入した変異を有し、これに
より、配列番号3に示されるように316番目のコドンが終止コドンとなり、本来のタンパク質よりも短いタンパク質として産生される。このドミナントネガティブ変異体は、過剰発現によりHNF-1αの正常機能を阻害し、糖尿病の表現型を示す。
【0023】
高アンモニア血症モデルブタを作製する場合には、特に限定されないが例えば、オルニチントランスカルバミラーゼ(OTC)遺伝子を破壊することができる。OTC遺伝子は、性染色体であるX染色体上に存在し、10個のエキソンからなると考えられている。OTC遺伝子のコード領域は、ブタの場合、配列番号5の42~1106番に示される通りであり、アミノ酸配列は配列番号6に示される通りである。OTC遺伝子の破壊は、雄の場合には高アンモニア血症を発症し、野生型と変異型のヘテロである雌は、キャリアとなるか、追加的要因により発症する。OTC遺伝子の破壊は、例えば、ナンセンスコドンが発生するように遺伝子を改変することにより行うことができる。例えば、OTC遺伝子の破壊は、第1~第3エキソン、好ましくは第2エキソンを改変して、ナンセンスコドンを発生させればよい。このようなナンセンスコドンは、例えば、TALENおよび部位指定型変異導入などの遺伝子改変技術を用いて発生させることができる。TALENは、他の変異導入技術(ジンクフィンガーヌクレアーゼ(ZFN)やCRISPR/Cas9を用いる方法)と比べ、予期せぬDNAの切断してしまうオフターゲット効果が低いと言われている(Ain et al., J Control Release (2015))。ナンセンスコドンが発生した第2エキソンの配列は、ブタの場合、例えば、配列番号8の通りであり、ここで、第2エキソンの一部が配列番号7の塩基配列の109~113番の塩基が欠失したことにより、配列番号5の塩基配列において64番のコドンがナンセンスコドンに変化して、得られるアミノ酸は配列番号10に示される通りの配列を有することとなる。
【0024】
拡張型心筋症モデルブタを作製する場合には、特に限定されないが例えば、γ-サルコグリカン(SGCD)遺伝子を改変することができる。SGCD遺伝子は、16番染色体上に存在し、8個のエキソンからなると考えられている。SGCD遺伝子のコード領域は、ブタの場合、配列番号11の77~946に示される通りであり、アミノ酸配列は配列番号13に示される通りである。SGCD遺伝子の破壊は、例えば、ナンセンスコドンが発生するように遺伝子を改変することにより行うことができる。例えば、OTC遺伝子の破壊は、第1~第3エキソン、好ましくは第2エキソンを改変して、ナンセンスコドンを発生させればよい。このようなナンセンスコドンは、例えば、TALENおよび部位指定型変異導入などの遺伝子改変技術を用いて発生させることができる。ナンセンスコドンが発生した第2エキソンの配列は、ブタの場合、例えば、配列番号13の通りであり、ここで、第2エキソンの一部が配列番号11の塩基配列の208~211番の塩基が欠失したことにより、配列番号11のアミノ酸配列において50番のコドンがナンセンスコドンに変化して、得られるアミノ酸は配列番号14に示される通りの配列を有することとなる。または、配列番号15に示されるSGCD遺伝子の第2エキソンの147番目より上流1859塩基が欠失して配列番号16に示される配列を生じさせ、これにより、開始コドンを含む領域を欠失させてもよい。
【0025】
また、遺伝子改変は、TALENに限らず、相同組換えや部位指定変異導入法などの他の周知の技術を用いて行ってもよい。
【0026】
このようにして遺伝子改変された細胞は、特に限定されないが例えば、改変された遺伝子のシーケンシングまたは選択マーカーの発現により選択することができる。選択された細胞は、クローン化することが望ましい。
【0027】
その後、遺伝子改変された細胞の核を、体細胞クローニングに供することができる。
【0028】
(b)得られたクローン胚を雌ブタの胎内で発生させて産仔を得ること
得られたクローン胚は、雌ブタの胎内で発生させることができ、これにより遺伝子改変された細胞からなる産仔(遺伝子改変ブタ)を得ることができる。雌ブタは発情同期化させてからクローン胚を子宮に導入することにより、その胎内で妊娠を成立させることができ、クローン胚を発生させることにより、産仔を得ることができる。(b)で得られるブタを第一世代のブタということがある。
【0029】
(c)得られた産仔を交配させて、または有性生殖に供して、該遺伝子改変された更なる産仔を疾患モデルブタとして得ること
産仔が性成熟可能な場合には、性成熟させてから交配させるか、有性生殖に供することにより、遺伝子改変された次世代のブタ(「第二世代のブタ」ということがある)を得ることができる。また、産仔が性成熟前に致死となる場合には、周知の方法により生殖細胞(精子、卵子およびそれらの前駆細胞)または生殖腺を得てから人工授精または体外受精等の方法により、遺伝子改変された次世代のブタを得ることができる。
【0030】
精子は、例えば、精巣から採取してもよいし、精巣組織から受精能を有する精子を誘導して得てもよい。精巣組織から受精能を有する精子を誘導する方法としては、特に限定されないが例えば、精巣組織を免疫不全マウスの皮下に移植することにより、受精能を有する精子を取得できることが知られている。
【0031】
このようにして(c)で得られる産仔は、改変された遺伝子が優性形質である場合(例えば、ドミナントネガティブ変異体を導入した場合)には、疾患を発症し、疾患モデルブタとなる。一方で、改変された遺伝子が劣性形質である場合(遺伝子が性染色体上に存在し、個体が雌である場合を含む)には、個体は、疾患を発症せず、変異遺伝子のキャリアとなる。また、遺伝子改変された遺伝子が劣性であり、かつ、性染色体上に存在する場合には、雄は疾患を発症し、疾患モデルブタになり、雌は疾患を発症せず改変された遺伝子のキャリアになる。そして、改変された遺伝子のキャリアは、キャリア同士で交配させて疾患モデルブタを得ることができる。上記の関係を表1に示す。
【0032】
【表1】
【0033】
従って、得られた産仔が疾患を発症する場合には、これを疾患モデルブタとし、キャリアとなった場合には、キャリアである産仔同士を有性生殖に供して、疾患を発症する産仔を得ることができる。
【0034】
優性の遺伝子変異としては、ドミナントネガティブ型変異を導入した疾患モデルブタや、優性形質を示す遺伝子変異を有する疾患モデルブタなどが挙げられる。このような優性の遺伝子変異を有する産仔は、疾患を発症するモデルブタとなる。このような優性遺伝形質を示す遺伝子変異としては、HNF-1αのドミナントネガティブ型変異体が挙げられ、この変異体を導入されたトランスジェニック動物は、糖尿病を発症するモデルブタとなる。また、X染色体上に存在する遺伝子機能を少なくとも一部喪失させた疾患モデルブタ
においても、産仔は疾患を発症するモデルブタとなる。このようなX染色体上に存在し、
機能を少なくとも一部喪失させると疾患を生じる遺伝子としては、オルニチントランスカルバミラーゼ(OTC)遺伝子が挙げられ、機能を少なくとも一部消失させると高アンモニア血症を発症するモデルブタとなる。
【0035】
産仔が劣性遺伝子変異のキャリアとなった場合には、上記(c)は、
(c)得られた産仔を交配させて、または有性生殖に供して、該遺伝子改変された更なる産仔を、遺伝子変異をヘテロで有する産仔(すなわち、劣性遺伝子変異のキャリア)として得ること、
とし、その後、さらに
(d)劣性遺伝子変異のキャリア同士を有性生殖に供して、遺伝子変異をホモで有する産仔を疾患モデルブタとして得ること
ができる。
【0036】
また、産仔がX染色体上の遺伝子変異のキャリアとなった場合には、上記(c)は、
(c)得られた産仔を交配させて、または有性生殖に供して、該遺伝子改変された更なる産仔を、遺伝子変異をヘテロで有する産仔(すなわち、劣性遺伝子変異のキャリア)として得ること、
とし、その後、さらに
(d)劣性遺伝子変異のキャリア同士を有性生殖に供して、X染色体上の遺伝子変異を有
する雌のキャリアを有性生殖に供して、雄の産仔を疾患モデルブタとして得ること
ができる。
【0037】
常染色体上に存在し、機能を少なくとも一部または全部消失させると疾患を生じる遺伝子としては、γ-サルコグリカン(SGCD)遺伝子が挙げられ、ホモでノックアウトすると、拡張型心筋症を発症するブタとなる。
【0038】
ここで、体細胞クローンにより得られたブタが疾患の影響により性成熟前に致死となる場合は、性成熟前に生きたブタから精巣組織を採取しておき、ここから精子を得て交配に用いることができる。精巣組織から精子を得る方法は周知であり、特に限定されないが例えば、免疫不全マウスの皮下に精巣組織を移植すると、受精能を有する精子が得られることが知られている。本発明では、このような方法により精巣組織から受精能を有する精子を得ることができる。従って、本明細書では、「有性生殖」に供するとは、有性生殖的に産仔を得ていれば特に限定されず、様々な方法により雄と雌とから産仔を得る方法を包含する。
【0039】
上記(c)では、遺伝子変異をヘテロで有する産仔(すなわち、劣性遺伝子変異のキャリア)のうち、雌をキャリアとして得ることができる。そして、雌のキャリアおよび上記(d)によりその産仔として得られる疾患モデルブタは、ヒトにおけるキャリアである母親から誕生するヒト患者の表現型を忠実に再現したモデルとなり得る。本発明では、上記キャリアおよび/または上記(d)によりその産仔として得られる疾患モデルブタが提供される。
【0040】
また、上記(c)では、X染色体上に遺伝子変異を有する雌をキャリアとして得ることができる。そして、雌のキャリアおよび上記(d)によりその産仔として得られる雄の疾患モデルブタは、ヒトにおけるキャリアである母親から誕生するヒトの男児患者の表現型を忠実に再現したモデルとなり得る。本発明では、上記キャリアおよび/または上記(d)によりその産仔として得られる雄の疾患モデルブタが提供される。
【0041】
また、体細胞クローンにより得られたブタが疾患の影響により精巣あるいは卵巣を得る前に致死となる場合であっても、体細胞クローンにより得られたブタの胚と、該遺伝子疾
患を発症しないブタの胚とをキメラ状態にして、発情同期化した借り腹雌に移植して、キメラ個体を作製し、疾患の影響を低減した上で性成熟させ、または生殖腺(例えば、精巣および卵巣)または生殖細胞(精子、卵子およびそれらの前駆細胞)を採取して必要に応じて成熟させ、有性生殖に供することもできる。これにより、キメラ状態で発生および成長する限り、性成熟させ、または生殖腺を採取して必要に応じて成熟させて、有性生殖により、疾患モデルブタまたはキャリアブタを得ることができる。このようにして得た疾患モデルブタまたはキャリアブタは、体細胞クローニングによるエピジェネティックな影響を受けていないと考えられる。
【0042】
従って、本発明によれば、
遺伝子疾患モデルブタを作製する方法であって、
(i)遺伝子改変された細胞の核を用いて卵細胞質に核移植することと、
(ii)核移植して得られたクローン胚を、遺伝子疾患を発症しないブタの胚と混合してキメラ状態にして、雌ブタの胎内で発生させて産仔を得ることと、
(iii)得られた産仔を交配させて、または得られた産仔の生殖細胞を有性生殖に供し
て、該遺伝子改変を有する産仔を得ることと、
を含む、方法が提供される。
【0043】
遺伝子疾患は、致死性の疾患とすることができる。致死性の疾患としては、高アンモニア血症および拡張型心筋症が挙げられる。
【0044】
以下、上記(i)~(iv)を工程ごとに説明する。
【0045】
(i)遺伝子改変された細胞の核を用いて卵細胞質に核移植すること
(i)は、上記(a)と同じであるから、そちらを参照し、ここでの説明は省略する。
【0046】
(ii)核移植して得られたクローン胚を、遺伝子疾患を発症しないブタの胚と混合してキメラ状態にして、雌ブタの胎内で発生させて産仔を得ること
体細胞を用いた核移植(体細胞クローニング)により得られた胚は、遺伝子疾患を発症しないブタの胚と混合し、キメラ状態にして、雌ブタの胎内で発生させて産仔を得ることができる。胚の混合は、初期分割期(1細胞期~桑実期)の胚を用いる場合には、割球を他方の胚に混合し、胚盤胞期の胚を用いる場合には、内部細胞塊を他方の胚に混合することができる。該遺伝子疾患を発症しないブタの胚は、ある態様では、標識された細胞から体細胞クローニングで得られたクローン胚とすることができる。この具体的な態様において、標識は、特に限定されないが例えば、クサビラオレンジおよび緑色蛍光タンパク質(GFP)などの蛍光タンパク質による標識とすることができる。キメラ状態の胚は、例えば、発情同期化した借り腹雌に移植すれば、発生し、キメラ個体として産仔を得ることができる。本発明では、このようにして得られるキメラ個体をも提供する。
【0047】
胚をキメラ状態にする手法は周知であり本発明に用いることができる。例えば、
工程(x):致死性の遺伝子変異を有する核移植胚(クローン胚)と、該遺伝子変異を有さない核移植胚または健常な胚をそれぞれ作製する。ここで、いずれの核移植胚も、一旦凍結保存されたものでもあってもよい。
工程(y):初期分割期(1細胞期~桑実期)の一方の胚に、同じ発生段階の他方の胚から得た割球を注入すると、透明帯内部にて両者の割球を凝集させ、キメラ状態を生じさせ得る。工程(y)では、胚盤胞期の胚を用いることもできる。胚盤胞期の胚を用いる際には、一方の胚盤胞に他方の胚から分離した内部細胞塊の全体あるいは一部を注入することによって、キメラ状態を生じさせ得る。
工程(z):数時間から数日程度の体外培養によってキメラ状態の進行を確認した後、借り腹雌の卵管あるいは子宮内に移植して発育させる。
【0048】
産仔は、遺伝子疾患を発症するブタの細胞と該遺伝子疾患を発症しないブタの細胞とのキメラ個体であるから、該遺伝子疾患の症状は緩和され得る。そして、これにより、キメラ個体を性成熟まで成長させること、または生殖腺(例えば、精巣組織および卵巣組織)および生殖細胞(精子、卵子およびこれらの前駆体)が形成される程度に成長させることが可能となる。
【0049】
本発明のある態様では、工程(ii)により得られるキメラ個体から得られる生殖細胞(精子、卵子およびそれらの前駆細胞)および生殖腺(精巣および卵巣)が提供される。このような生殖細胞や生殖腺は、遺伝子改変が致死的である場合には入手することが困難であった。また、このような生殖腺は、改変された遺伝子を有するクローン胚と、健常な胚とから由来する細胞のキメラである。ある態様では、本発明の生殖細胞(精子、卵子およびそれらの前駆細胞)および生殖腺(精巣および卵巣)は、個体を生存させないか、または生存困難とする遺伝子改変を有する。
【0050】
(iii)得られた産仔を交配させて、または得られた産仔の生殖細胞を有性生殖に供し
て、該遺伝子改変を有する産仔を得ること
(iii)は、上記(c)と同じであるから、上記(c)を参照することとし、ここでの
説明は省略する。産仔が、疾患を発症する場合には、産仔は疾患モデルブタとして得られることとなる。一方で、産仔が疾患を発症しない場合には、産仔はキャリアとして得られることとなる。本発明では、遺伝子変異を有するキャリア(例えば、雌または雄)をも提供する。(iii)により得られた産仔がキャリアとなった場合には、さらに以下(iv)を
行うことができる。
【0051】
(iv)得られた産仔を交配させて、または有性生殖に供して、該遺伝子改変を有する疾患モデルブタを得ることと
(iv)は上記(d)と同じである。すなわち、劣性遺伝子変異のキャリア同士を有性生殖に供して、または、X染色体上の遺伝子変異を有する雌のキャリアを有性生殖に供して、遺伝子変異をホモで有する産仔を、疾患モデルブタとして得ることができる。
【0052】
上記(iii)では、遺伝子変異をヘテロで有する産仔(すなわち、劣性遺伝子変異のキ
ャリア)のうち、雌をキャリアとして得ることができる。そして、雌のキャリアおよび上記(iv)によりその産仔として得られる疾患モデルブタは、ヒトにおけるキャリアである母親から誕生するヒト男性患者の表現型を忠実に再現したモデルとなり得る。従って、本発明では、雌のキャリアおよび/または上記(iv)によりその産仔として得られる疾患モデルブタが提供される。
【0053】
また、上記(iv)では、X染色体上に遺伝子変異を有する雌をキャリアとして得ることができる。そして、X染色体上に遺伝子変異を有する雌のキャリアおよび上記(iv)によりその産仔として得られる雄の疾患モデルブタは、ヒトにおけるキャリアである母親から誕生するヒトの男児患者の表現型を忠実に再現したモデル動物となり得る。X染色体上に遺伝子変異を有するモデルブタであって、雌のキャリアおよび/または上記(iv)によりその産仔として得られる疾患モデルブタが提供される。
【0054】
本発明の別の側面では、本発明は、本発明の方法により得られる遺伝子改変ブタまたは表現型が一定した遺伝子改変ブタの集団が提供される。
【0055】
以下、説明のため、具体的な実施例を示すが、本発明は、実施例に限定されるものではなく、特許請求の範囲に記載された発明の範囲で特定されるものである。
【実施例0056】
実施例1:糖尿病モデルブタの作製とその表現型の分析
本実施例では、Umeyama K. et al., Transgenic Res. 18:697-706 (2009)の記載に基づき、糖尿病モデルブタの作製を試み、その表現型を詳細に分析した。
【0057】
まず、Umeyama K. et al., (2009)の記載に基づいて糖尿病モデルブタを作製した。具
体的には、3型若年発症成人型糖尿病の原因遺伝子として知られるヒトHNF-1αのドミナントネガティブ型変異体(HNF-1αP291fsinsC)のcDNAをヒトCMVの最初期遺
伝子(immediate early gene)のエンハンサーとブタインスリンプロモーターに作動可能に連結し、その下流にヒトHNF-1αP291fsinsC、ポリA付加シグナルおよびニワトリβ-
グロビンインシュレーターを連結させて発現ユニットを構築し、ヒト変異型HNF-1α発現プラスミドを得た。
【0058】
発現プラスミドからヒト変異型HNF-1α発現ユニットを切り出して、精子表面にそのDNAを接触させて顕微授精媒介遺伝子導入によりインビトロで成熟させた卵子にこの発現ユニットを導入した。卵子をブタに戻し、ブタの腎臓、肺および筋肉から細胞を得てその核を卵細胞質に核移植した(方法の詳細はKurome K. et al., Transgenic Research 15:229-240 (2006)を参照)。
【0059】
得られたブタを解析したところ、糖尿病の表現型を示すものが得られた。得られた複数のブタを解析した結果を図1に示す。
【0060】
図1では、5匹のブタについて血糖値とその推移が示されている。各個体は、同一のヒトHNF-1αP291fsinsC遺伝子導入細胞に由来するクローン個体であるが、図1に示される
ように、血糖値の推移は得られたブタごとに大きく異なり、その寿命も大きく異なることが分かった。このため、この糖尿病モデルにはさらなる改良が求められることが明らかとなった。
【0061】
実施例2:安定した糖尿病の表現型を示すモデルブタの作製
本実施例では、実施例1で得られた糖尿病モデルブタから得られた産仔を分析した。
【0062】
実施例1で得られた糖尿病モデルブタをインスリン投与により性成熟させ、精子を採取して人工授精し、発情同期化した借り腹雌に移植して妊娠を成立させ、産仔を得た。得られた産仔の糖尿病の表現型を分析した結果を図2に示す。図2には、複数の産仔の中の代表的な産仔における糖尿病の表現型を示す。
【0063】
図2に示されるように、得られた産仔の随時血糖値は、週齢を通して安定であり、良好な糖尿病モデルとなることが明らかとなった。
【0064】
また、実施例1で得られた糖尿病モデルのうち異なる表現型を示した個体の産仔についても同様に分析したところ、やはり週齢を通して安定であり、良好な糖尿病モデルとなることが明らかとなった(データ掲載省略)。
【0065】
核移植に用いた細胞のエピジェネティックな状態の違いが個体間の表現型の違いに関与している可能性が考えられ、これらの産仔において表現型が安定した理由は、上記エピジェネティックな状態が受精により解消されるためであると考えられる。
【0066】
本実施例により、核移植後に産仔を得ることによって、核移植により得られた動物(例えば、疾患モデル)の表現型を安定させることが可能となることが明らかとなった。
【0067】
上記結果から、体細胞クローニングに用いた細胞のエピジェネティックな状態が、体細胞クローン胚から得られる産仔の表現型に大きく影響することが明らかとなり、このエピジェネティックな影響は、次世代の産仔を得ることにより解消できることが明らかとなった。
【0068】
実施例3:高アンモニア血症モデルブタの作製
本実施例では、高アンモニア血症モデルブタの作製を試みた。
【0069】
オルニチントランスカルバミラーゼ(OTC)の遺伝子破壊を以下のように行った。OTCは、図3に示されるように、X染色体に存在し、10のエキソンからなると考えられている。第2エキソンを標的とするOTC-TALENを構築した(図3)。
【0070】
TALENをコードするmRNAをオスのブタ胎仔繊維芽細胞にエレクトロポレーション法により導入した。その後、細胞の限界希釈により得られた176個のクローンについて、TALENがターゲットとするDNAの配列を解析したところ、43個のクローンで変異が確認された(図4)。得られたクローンのうち、No.69のクローンは、第2エキソンに5塩基の欠失を有していた。以下では、このクローンを用いて高アンモニア血症のモデルブタの作製を行った。なお、No.69のクローンでは、上記5塩基の欠失が終始コドンを生み出し、これによりOTC遺伝子機能を破壊されていると考えられた。
【0071】
No.69のOCT遺伝子破壊クローンの核を用いて、Matsunari et al., Cloning and Stem Cells, Vol. 10, No. 3, 313-323, 2008に記載された方法で体細胞クローニング
を行い、体細胞クローン胚を発情同期化した借り腹雌に移植して妊娠を成立させた。妊娠した雌からは自然分娩および帝王切開によってOTC遺伝子ノックアウトブタが得られた。
【0072】
得られた産仔を分析したところ、これらの産仔は高アンモニア血症を発症していた(表2)。産仔の全身症状は、通常のOTC遺伝子欠損症(OTCD)患者の症状から推定される症状よりも重篤な症状(例えば、痙攣)を示した(表2)。複数の産仔を解析したところ、その表現型は個体ごとに大きく異なった(表2)。
【0073】
【表2】
【0074】
次に、ヒト化クサビラオレンジを発現する細胞から体細胞クローニングにより胚(雌)を作成し、No.69のOCT遺伝子破壊クローンの核を用いて得られた体細胞クローン胚(雄)とをキメラ状態にして発情同期化した借り腹雌に移植して、キメラ個体を作製した。得られたキメラ個体は、雄となった。
【0075】
このキメラ個体は性成熟に達し、OTC遺伝子欠損を有する精子を産生した。
【0076】
得られたキメラ個体を野生型の雌と交配し、第二世代の産仔を得た。産仔のうち、雌個体はX染色体の一方にOTC遺伝子欠損を有し、OTCDキャリアとなるか、別の誘因の影響によりOTCDを発症した。
【0077】
このように、致死性のOTC遺伝子欠損を有する体細胞クローン個体の細胞からクローン胚を作製し、それを健常な胚とのキメラ状態とすることで、致死性の表現型を回避したキメラ個体が得られた。そして、このキメラ個体を有性生殖に供した結果、雌のOTC遺伝子欠損を忠実に再現したブタを作出することに成功した。
【0078】
OTC遺伝子欠損を忠実に再現した雌ブタを交配やその他の有性生殖に供することで第三世代の個体を得ることが可能である。第三世代の個体のうち、OTC遺伝子欠損を有する雄個体は、OTC遺伝子欠損のキャリアである母親から誕生するヒトの男児患者の表現型を忠実に再現したモデル動物となる。
【0079】
また、得られた第三世代の個体は、第一世代において存在するエピジェネティックな影響を排除した病態、すなわち、キャリアである母親から誕生するヒトの男児患者の表現型、を忠実に再現したモデル動物となる。
【0080】
実施例4:拡張型心筋症モデルブタの作製
本実施例では、拡張型心筋症モデルブタの作製を試みた。
【0081】
δ-サルコグリカン遺伝子(SGCD)の破壊を以下のように行った。ブタSGCDは、16番染色体上に存在し、8個のエキソンからなると考えられている。本実施例では、開始コドンを含む第2エキソンを標的とするTALENを構築した(図5)。
【0082】
TALENをコードするmRNAをオスのブタ胎仔繊維芽細胞にエレクトロポレーション法により導入した。その後、細胞の限界希釈により得られた185個のクローンについて、TALENがターゲットとするDNAの配列を解析したところ、67個のクローンで変異が確認された(図6)。得られたクローンのうち、Nos.26のクローンは、第2エキソンに、ナンセンス変異を創出する4塩基の欠失とSGCDの機能に重要な膜貫通ドメインを大きく欠失させる1859塩基の欠失を有していた。また、No.49のクローンは、第2エキソンに、ナンセンス変異を創出する5塩基の欠失とエキソン2を完全に欠失させる713塩基の欠失を有していた。これらのクローンでは、SGCD遺伝子の機能を破壊されていると考えられた。
【0083】
これらのクローンの核を用いて実施例3と同様に体細胞クローン胚を得て、SGCD遺伝子ノックアウトブタを得た。これらの産仔は、出生後4週間で拡張型心筋症に特有の症状を発症した。産仔の全身症状は、通常のSGCD遺伝子欠損症の患者から推定される症状よりも重篤であり、いくつかの個体は、生後数週間で心不全により死亡した。複数の産仔を解析したところ、その表現型は個体ごとに大きく異なった(表3)。
【0084】
【表3】
【0085】
実施例3と同様に、得られた胚とクサビラオレンジを発現する細胞から得た体細胞クローン胚とをキメラ状態にして発情同期化した借り腹雌に移植して、キメラ個体を作製した。得られたキメラ個体は、雄となった。しかし、この雄は性成熟に達する前に死亡した。死因は、鎮静剤等の薬剤投与に伴うストレスによる不整脈であると推定された。該雄が死亡する前に、精巣組織を回収し、凍結保存した。
【0086】
凍結保存した精巣組織を免疫不全マウスの皮下に移植し、受精能を有する精子を取得できることが知られている。従って、得られた精子を野生型の雌の未受精卵と受精させ、第二世代の産仔を得れば、産仔のうち、染色体の一方にSGCD遺伝子欠損を有する雌が得られるはずである。そしてこのような雌は、SGCD遺伝子欠損のキャリアとなる。
【0087】
該キャリアから得られた未受精卵を上記で得られた精子との有性生殖に供することで第三世代の個体を得ることが可能である。第三世代の個体のうち、SGCD遺伝子欠損を有する雄個体は、SGCD遺伝子欠損のキャリアである母親から誕生するヒトの男児患者の表現型を忠実に再現したモデル動物となる。
【0088】
また、得られた第三世代の個体は、第一世代において存在するエピジェネティックな影響を排除した病態、すなわち、キャリアである母親から誕生するヒトの男児患者の表現型、を忠実に再現したモデル動物となる。
【0089】
上記のSGCD遺伝子をヘテロに欠損した第二世代のブタにも、拡張型心筋症の病態が現れる可能性が高い。第二世代のブタは、実施例2に示されるように、体細胞のエピジェネティックな修飾がリセットされているので、ヒトの家族性拡張型心筋症患者により近い病態を示すものと考えられる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
【配列表】
2023116719000001.xml
【手続補正書】
【提出日】2023-07-10
【手続補正1】
【補正対象書類名】特許請求の範囲
【補正対象項目名】全文
【補正方法】変更
【補正の内容】
【特許請求の範囲】
【請求項1】
遺伝子改変された疾患モデルブタを作製する方法であって、
(a)遺伝子改変された細胞の核を用いて卵細胞質に核移植することと、
(b)得られたクローン胚を雌ブタの胎内で発生させて産仔を得ることと、
(c)得られた産仔を交配させて、または有性生殖に供して、該遺伝子改変された更なる産仔を疾患モデルブタとして得ることと、
を含む、方法。