(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023116763
(43)【公開日】2023-08-22
(54)【発明の名称】インスリン抵抗性改善用組成物
(51)【国際特許分類】
A61K 38/06 20060101AFI20230815BHJP
A61P 3/10 20060101ALI20230815BHJP
A23L 33/18 20160101ALI20230815BHJP
C07K 5/087 20060101ALN20230815BHJP
【FI】
A61K38/06
A61P3/10
A23L33/18
C07K5/087
【審査請求】有
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023101192
(22)【出願日】2023-06-20
(62)【分割の表示】P 2020503640の分割
【原出願日】2019-03-01
(31)【優先権主張番号】P 2018037169
(32)【優先日】2018-03-02
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000173968
【氏名又は名称】一般財団法人糧食研究会
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】大日向 耕作
(72)【発明者】
【氏名】永井 研迅
(72)【発明者】
【氏名】小堤 大介
(57)【要約】
【課題】本発明は、インスリン抵抗性を改善する効果に優れたペプチド、及びその用途を提供することを課題とする。
【解決手段】本発明には、Tyr-Leu-Glyで示されるトリペプチドをインスリン抵抗性改善用組成物の有効成分として使用する。これらの組成物には食品組成物、食品添加用組成物、及び医薬品組成物が含まれる。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
Tyr-Leu-Glyで示されるトリペプチドを含有することを特徴とする、インスリン抵抗性改善用組成物。
【請求項2】
前記インスリン抵抗性改善が、高脂肪食摂取によって生じるインスリン抵抗性の改善である、請求項1に記載するインスリン抵抗性改善用組成物。
【請求項3】
抗糖尿病用組成物である、請求項1に記載するインスリン抵抗性改善用組成物。
【請求項4】
食品組成物、食品添加用組成物または医薬品組成物である、請求項1~3のいずれかに記載するインスリン抵抗性改善用組成物。
【請求項5】
前記食品組成物が、健康食品、機能性食品、栄養補助食品、サプリメント、保健機能食品、特定保健用食品、栄養機能性食品、機能性表示食品、又は病者用食品である、請求項4に記載のインスリン抵抗性改善用組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、インスリン抵抗性を改善する作用を有するペプチドに関する。また本発明は、当該ペプチドを含有する組成物、及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
2012年に厚生労働省によって発表された日本における認知症患者及び軽度認知障害(MCI)患者の推計数はそれぞれ462万人及び400万人であり、その割合は年々増加すると推定されている(非特許文献1)。認知症は、生活を営む上で不可欠な基本的行動(食事、更衣、移動、排泄、整容、入浴など)である日常生活動作(ADL: Activities of Daily Living)の障害の主要因であり(非特許文献2)、高齢者の生活の質、並びにこうした高齢者を介護する家族などの介護者の生活の質を大きく低下させる。したがって、認知症の発症を予防することは、社会的に重要な課題である。
【0003】
大規模疫学調査において、牛乳や乳製品の摂取が認知症の防御因子であることが示されているが(非特許文献3)、その機序は未だ明らかではない。一方で、乳タンパク質由来の特定のペプチドが、記憶学習機能及び/又は認知機能を増強し得ることが報告されている(特許文献1~4)。しかしながら、乳タンパク質であるαs-カゼインを酵素で消化して得られるTyr-Leu-Glyで示されるトリペプチドについては、抗不安作用があることは報告されているが(非特許文献4)、エピソード記憶、空間記憶、及び脳由来神経栄養因子(BDNF:Brain-derived neurotrophic factor)に及ぼす影響は明らかになっていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2017-008104号公報
【特許文献2】特開2012-012358号公報
【特許文献3】特開2015-154773号公報
【特許文献4】特開2012-031139号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】朝田隆ら, 2013, 都市部における認知症有病率と認知症の生活機能障害への対応. 厚生労働科学研究補助金認知症対策総合研究事業, 平成23年度~平成24年度総合研究報告書
【非特許文献2】Yoshida D et al. 2012, J Epidemiol. 22: 222-229.
【非特許文献3】Ozawa M et al., 2014, J Am Geriatr Soc., 62:1224-1230.
【非特許文献4】Mizushige T, Sawashi Y, Yamada A, Kanamoto R, Ohinata K, Characterization of Tyr-Leu-Gly, a novel anxiolytic-like peptide released from bovine αS-casein., FASEB J. 2013 Jul;27(7):2911-7. doi: 10.1096/fj.12-225474. Epub 2013 Apr 11.
【非特許文献5】Lais S.S.Ferreira et al., Insulin Resistance in Alzheimer’s Disease. Frontiers In Neuroscience. November 2018, Vol.12, Article 830, 1-11
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、脳機能のうち特に認知機能の低下を抑制し改善する効果に優れたペプチド、及びその用途を提供することを目的とする。具体的には、本発明は当該ペプチドを有効成分とする認知機能改善用の組成物、特に食品組成物、及び医薬組成物、ならびにその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決するために、高脂肪食負荷による認知機能低下マウスを用いて鋭意検討を重ねていたところ、当該マウスにTyr-Leu-Glyで示されるトリペプチド(以下、「YLGペプチド」または単に「YLG」とも称する)を経口的に投与することで、高脂肪食負荷によるエピソード記憶及び空間記憶の低下がいずれも抑制されて改善することを確認した。また同マウスにYLGペプチドを経口投与することで高脂肪食負荷による海馬神経新生の低下が抑制されて改善することを確認した。同マウスにYLGペプチドを経口投与することにより、神経新生促進に寄与する脳由来神経栄養因子(以下、単に「BDNF」とも称する。)の海馬における遺伝子発現が亢進し改善することから、前記YLGペプチドによる海馬神経新生低下抑制作用は、海馬でのBDNF遺伝子(mRNA)の発現が亢進したことも一因であると考えられる。これらの一連の知見から、本発明者は、YLGペプチドを摂取することで、認知症などの疾病や加齢によって低下する認知機能を改善することが可能であると考え、本発明を完成するに至った。本発明はかかる知見に基づいて完成したものであり、下記の実施形態を包含する。
【0008】
(I)認知機能改善用組成物/BDNF発現亢進用組成物
(I-1)YLGペプチドを含有することを特徴とする、認知機能改善用組成物。
(I-2)YLGペプチドを含有することを特徴とする、海馬におけるBDNF発現亢進用組成物。
(I-3)食品組成物、食品添加用組成物、または医薬品組成物である、(I-1)または(I-2)に記載する組成物。
(I-4)健康食品、機能性食品、栄養補助食品、サプリメント、保健機能食品、特定保健用食品、栄養機能性食品、機能性表示食品、又は病者用食品である、(I-1)または(I-2)に記載の組成物。
【0009】
(II)認知機能改善用組成物の製造方法
(II-1)YLGペプチドを、認知機能の低下を抑制し改善するための組成物に配合することを特徴とする該組成物の製造方法。当該組成物には、BDNF発現亢進用組成物が含まれる。つまり、当該組成物には、BDNFの発現亢進を介して認知機能の低下を抑制し改善するための組成物が含まれる。
(II-2)前記YLGペプチドが食品又は食品素材中に含まれるタンパク質の加水分解によって得られたペプチドである、(II-1)記載の製造方法。
(II-3)前記タンパク質が乳タンパク質である(II-2)記載の製造方法。
(II-4)前記YLGペプチドが、乳タンパク質又はそれを含有する食品もしくは食品素材を微生物由来の酵素剤で酵素処理することによって得られたものである(II-2)記載の製造方法。
(II-5)前記認知機能改善用組成物が、食品組成物、食品添加用組成物、または医薬品組成物である、(II-1)~(II-4)のいずれかに記載する製造方法。
(II-6)前記食品組成物が、健康食品、機能性食品、栄養補助食品、サプリメント、保健機能食品、特定保健用食品、栄養機能性食品、機能性表示食品、又は病者用食品である、(II-5)に記載の製造方法。
【0010】
(III)YLGペプチドの使用
(III-1)認知機能改善用組成物の製造のための、YLGペプチドの使用。
(III-2)海馬におけるBDNF発現を亢進する組成物を製造するための、YLGペプチドの使用。
(III-3)前記組成物が、食品組成物、食品添加用組成物、または医薬品組成物である、(III-1)または(III-2)に記載する、YLGペプチドの使用。
(III-4)前記食品組成物が、健康食品、機能性食品、栄養補助食品、サプリメント、保健機能食品、特定保健用食品、栄養機能性食品、機能性表示食品、又は病者用食品である、(III-3)に記載する、YLGペプチドの使用。
【0011】
(IV)YLGペプチドまたはYLGペプチドを含む組成物
(IV-1)認知機能の低下を抑制し改善するために使用されるYLGペプチドまたはYLGペプチドを含む組成物。当該YLGペプチドまたはYLGペプチドを含む組成物には、認知機能の低下に起因する疾患または症状、例えば認知症(脳血管性認知症、アルツハイマー症)、健忘症(記憶力減退)などの記憶障害を予防またはその症状を改善するために使用されるYLGペプチドまたはYLGペプチドを含む組成物が含まれる。
(IV-2)海馬におけるBDNF発現を亢進するために使用されるYLGペプチドまたはYLGペプチドを含む組成物。
(IV-3)前記組成物が、食品組成物、食品添加用組成物、または医薬品組成物である、(IV-1)または(IV-2)に記載するYLGペプチドまたはYLGペプチドを含む組成物。
(IV-4)前記食品組成物が、健康食品、機能性食品、栄養補助食品、サプリメント、保健機能食品、特定保健用食品、栄養機能性食品、機能性表示食品、又は病者用食品である、(IV-3)に記載するYLGペプチドまたはYLGペプチドを含む組成物。
【0012】
(V)インスリン抵抗性改善用組成物
(V-1)YLGペプチドを含有することを特徴とする、インスリン抵抗性改善用組成物。
(V-2)前記インスリン抵抗性改善が、高脂肪食摂取によって生じるインスリン抵抗性の改善である、(V-1)に記載するインスリン抵抗性改善用組成物。
(V-3)抗糖尿病用組成物である、(V-1)に記載するインスリン抵抗性改善用組成物。
(V-4)食品組成物、食品添加用組成物または医薬品組成物である、(V-1)~(V-3)のいずれかに記載するインスリン抵抗性改善用組成物。(V-5)前記食品組成物が、健康食品、機能性食品、栄養補助食品、サプリメント、保健機能食品、特定保健用食品、栄養機能性食品、機能性表示食品、又は病者用食品である、(V-4)に記載のインスリン抵抗性改善用組成物。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、認知機能の改善効果に優れたペプチド、及びその用途を提供することができる。具体的には、本発明によれば、認知機能の低下を抑制し、認知機能を維持または向上するために好適に使用される組成物、なかでも食品組成物、食品添加用組成物、及び医薬組成物を提供することができる。本発明の認知機能改善用組成物によれば、認知機能、特にエピソード記憶に関係する認知機能、及び/又は空間記憶に関係する認知機能の低下を有効に抑制し改善することができる。
【0014】
また本発明によれば、海馬神経新生の低下を抑制し、海馬神経の新生を維持若しくは亢進するために好適に使用される組成物、なかでも食品組成物、食品添加用組成物、及び医薬組成物を提供することができる。さらに本発明によれば、海馬における脳由来神経栄養因子(BDNF)mRNA発現の低下を抑制し、BDNF発現を維持若しくは亢進するために好適に使用される組成物、なかでも食品組成物、食品添加用組成物、及び医薬組成物を提供することができる。海馬におけるBDNF発現を上昇させると、海馬神経新生の低下が抑制されて、認知機能の低下が抑制され、認知機能の維持または向上に好適に作用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】実験例1(1)で行った行動試験(Object Recognition Test:ORT)の実施内容(馴化(Habituation)試行、獲得試行(Trial 1)、及びテスト試行(Trial 2))を示した図である。
【
図2】上記ORTの結果を示す。図中、CDは普通食群、HFDは高脂肪食群、HFD+YLGは高脂肪食+YLG投与群を意味する(以下、
図4~6も同じ)。結果は、角型オープンフィールドに配置した2つの物体への総アプローチ時間に対する新規物体へのアプローチ時間の割合(%)(縦軸)で示す。
【
図3】実験例1(2)で行った行動試験(Object Location Test:OLT)の実施内容(馴化(Habituation)試行、獲得試行(Trial 1)、及びテスト試行(Trial 2))を示した図である。
【
図4】上記OLTの結果を示す。結果は、角型オープンフィールドに配置した2つの物体への総アプローチ時間に対する新規位置に配置した物体へのアプローチ時間の割合(%)(縦軸)で示す。
【
図5】実験例1(3)で行った臭化デオキシウリジンを用いた海馬神経新生評価試験の結果を示す。結果は海馬歯状回におけるBrdU陽性細胞数で示す。
【
図6】実験例1(4)で行った脳由来神経栄養因子(BDNF) mRNA発現量測定試験の結果を示す。結果は海馬におけるBDNF mRNA発現量で示す。
【発明を実施するための形態】
【0016】
(I)本発明の組成物
本発明の認知機能改善用組成物、及びBDNF発現亢進用組成物は、YLGペプチドを有効成分として含有することを特徴とする。
【0017】
本発明において「認知機能」とは、少なくとも哺乳動物の認知機能を評価する行動試験として知られているエピソード記憶評価試験(Object Recognition Test:ORT)によって評価されるエピソード記憶、または/及び空間記憶評価試験(Object Location Test:OLT)によって評価される空間記憶に関係する認知機能を意味する。また、「認知機能改善」とは、認知機能、特に記憶、具体的にはエピソード記憶または/及び空間記憶に関係する脳機能の低下を抑制し改善することを意味する。なお、本発明において「抑制」という用語には予防または防止の意味が含まれる。また「改善」という用語には、維持または向上の意味が含まれる。つまり、本発明における「認知機能改善」という用語には、認知機能の低下を抑制すること、認知機能の低下を抑制することで認知機能を維持すること、及び認知機能が低下しないように(または認知機能を維持するために)認知機能を向上することのいずれか少なくとも1つが含まれる。また「認知機能改善」には、例えば、いったん低下した認知能力や、低下の兆しがある症状が回復することなども含まれる。
【0018】
また本発明が対象とする「認知機能」には、上記の内容を逸脱しない範囲で記憶学習機能が含まれる。この場合、「認知機能改善」には老年層等において加齢に伴って生じる記憶力や学習能力の低下を抑制し改善することが含まれる。
【0019】
YLGペプチドによる上記作用機序としては、後述する実験例1に示すように、海馬におけるBDNFmRNA発現の低下を抑制するか、またはBDNFmRNA発現を亢進ないし向上する結果として、認知機能の低下を抑制するか、または認知機能を向上させる等の認知機能の増強につながるものと考えられる。またBDNFmRNA発現の低下抑制、亢進または向上する結果として、加齢に伴う記憶の低下を抑制する等の記憶学習機能を向上させる等の認知機能の増強も期待される。その意味で、本発明の認知機能改善用組成物は、海馬におけるBDNF発現を亢進するための組成物(BDNF発現亢進用組成物)ということができる。
【0020】
本発明において「BDNF発現亢進」とは、哺乳類の海馬におけるBDNFのmRNA発現の低下を抑制することを意味し、BDNF発現の低下を抑制すること、BDNF発現の低下を抑制することで海馬内のBDNF量を維持すること、BDNF量が低下しないように(または維持するために)BDNF発現を亢進ないし向上することのいずれか少なくとも1つが含まれる。
【0021】
また、後述する実験例1に示すように、海馬神経新生の低下を抑制する結果として、認知機能の低下の抑制及び改善につながるものと考えられる。また海馬神経新生の低下を抑制する結果として、加齢に伴う記憶の低下を抑制する等の記憶学習機能を向上させる等の認知機能の増強も期待される。
【0022】
さらに、後述する実験例2に示すように、YLGペプチドは高脂肪食摂取によって低下したインスリン抵抗性を改善する作用(糖尿病改善作用)を有する。認知症の一種であるアルツハイマー症は脳のインスリン抵抗性ともいわれており、インスリン感受性とアルツハイマー症とは密接に関係することが知られている(非特許文献5)。このため、YLGペプチドはインスリン抵抗性を改善する結果として、認知機能の低下を抑制し改善しているとも考えられる。
【0023】
本発明に用いるYLGペプチドは、化学合成によって得られたものを用いてもよいし、また乳、大豆、小麦、卵、畜肉、魚肉、魚介などに由来するタンパク質やポリペプチド原料等から化学的もしくは酵素的に加水分解して得られたものを用いてもよい。具体的には、YLGペプチドの配列は、少なくとも、乳タンパク質、特に乳のホエイのαs-カゼインに含まれていることから、これを含有する食品もしくは食品素材を酸加水分解やプロテアーゼによる酵素処理、又は微生物発酵等に供して、当該YLGペプチドを生成させることができる。本発明の組成物としては、その調製物(YLGペプチドを含むタンパク質加水分解物)をそのまま用いてもよいし、濃縮したり、スプレードライや凍結乾燥等により乾燥粉末として用いてもよい。また、必要に応じて不純物、塩、酵素等の除去など、任意の程度の精製を施して用いてもよい。
【0024】
YLGペプチドを構成するアミノ酸は、本発明の効果を奏することを限度として、L型のアミノ酸のみから構成されていてもよいし、D型のアミノ酸のみから構成されていてもよいし、あるいは両者が混在したペプチドのいずれであってもよい。また、天然に存在するアミノ酸のみから構成されていてもよいし、アミノ酸にリン酸化やグリコシル化等、任意の官能基が結合した修飾アミノ酸のみから構成されていてもよいし、あるいは両者が混在したペプチドのいずれであってもよい。また、ペプチドが2以上の不斉炭素を含む場合には、エナンチオマー、ジアステレオマー、あるいは両者が混在したペプチドのいずれであってもよい。
【0025】
さらに、YLGペプチドは、本発明の効果を奏することを限度として、その薬学上許容される塩もしくは溶媒和物の形態を有するものであってもよい。その場合、本発明においてYLGペプチドという用語には、YLGペプチドの薬学上許容される塩およびYLGペプチドの溶媒和物が包含される。ここで薬学上許容される塩には、酸付加塩、金属塩、アンモニウム塩、及び有機アミン付加塩が含まれる。具体的には、例えば、薬学上許容される酸付加塩としては、塩酸塩、硫酸塩、リン酸塩等の無機酸塩:酢酸塩、マレイン酸塩、フマル酸塩、クエン酸塩、メタンスルホン酸塩等の有機酸塩などが挙げられる。薬学上許容される金属塩としては、ナトリウム塩、カリウム塩等のアルカリ金属塩:マグネシウム塩、カルシウム塩等のアルカリ土類金属塩:亜鉛塩などが挙げられる。また、薬学上許容されるアンモニウム塩としては、アンモニウム、テトラメチルアンモニウム等の塩が挙げられる。また、薬学上許容される有機アミン付加塩としては、モルホリン、ピペリジン等の付加塩が挙げられる。
【0026】
本発明の用途に使用されるものであれば、YLGペプチドの使用形態については特に制限はない。例えば、医薬品、医薬品に配合するために用いられる添加物、あるいは食品、食品に配合するために用いられる添加物などとして使用することができる。ここで食品は、飲食物と同義であって、飲料を包含する広い意味で使用される。また、本発明でいう「食品」という用語には、ヒトに対する食品だけでなく、ペットや家畜など動物用の食品(つまり飼料、実験飼料を含む)が含まれる。
【0027】
(A)食品、食品添加物または医薬品への適用
本発明のYLGペプチドまたはそれを含む食品成分(例えば、乳タンパク質の加水分解物)は、前述する通り、認知機能、特にエピソード記憶または/及び空間記憶を改善する作用を有しており、例えば認知機能の低下に起因する疾患又は症状、例えば認知症(脳血管性認知症、アルツハイマー病など)などの疾患又は症状の予防または改善のために使用することができる。また、このような疾患に至らないものの、健忘症状が認められる場合にも使用することができる。健忘は、記憶力減退を指し、記憶障害のひとつである。また本発明のYLGペプチドまたはそれを含む食品成分(例えば、乳タンパク質の加水分解物)は、海馬におけるBDNF発現を亢進することで、BDNF発現や海馬神経新生の低下を抑制する作用を有することから、記憶力や学習能力の低下を抑制し改善するために使用することができる。
【0028】
ヒトや動物に上記YLGペプチドを有効に作用させるためには、本発明の組成物はYLGペプチドを0.00001~100質量%含有する形態であることが好ましく、0.0001~100質量%含有する形態であることがより好ましく、0.001~100質量%含有する形態であることが最も好ましい。また、本発明の組成物は、上記YLGペプチド以外に更に認知機能改善に有効な成分を1種以上含有していてもよい。また、本発明の組成物は、上記YLGペプチド以外の1種以上の有効成分と併用して投与もしくは摂取するようにしてもよい。例えば、当該有効成分としては、認知機能の維持、向上等の効果を有することが既知である化合物又は組成物、具体的には、ドコサヘキサエン酸(DHA)やイチョウ葉エキスなどが挙げられる。また、アミロイドβを減少させる成分として、抗アミロイドβ抗体などが挙げられる。
【0029】
(A-1)食品または食品添加用組成物への適用
本発明の組成物の一使用形態には、食品組成物及び食品添加用組成物が含まれる。食品組成物及び食品添加用組成物の形態は特に制限はされず、液状、半液体状(ペースト状、ゲル状、ゾル状を含む)、固体状のいずれであってもよく、飲料のような形態も包含される。また、食品組成物にはいわゆる健康食品、機能性食品、栄養補助食品、サプリメントを包含し、疾病リスク低減表示を付した食品などの保健機能食品(特定保健用食品、栄養機能性食品、機能性表示食品)、病者用食品も包含される。例えば、乳等の食品素材を微生物発酵に供すことにより上記ペプチドを生成させたヨーグルト、チーズなどの乳製品、麹発酵食品としても良い。また、サプリメントとしては、上記YLGペプチドの乾燥粉末に賦形剤、結合剤等を加え練り合わせた後に打錠することにより製造された錠剤の形態、粉末(散剤)、丸剤、カプセル剤、ゼリー、または顆粒剤等の形態にすることができる。本発明の食品組成物には、YLGペプチドまたはそれを含むタンパク質加水分解物に加えて、食品用(可食性)の、炭水化物、蛋白質、脂質、ビタミン類、ミネラル類、糖質(ブドウ糖等)、天然又は人工甘味剤、クエン酸、炭酸水、果汁、安定剤、保存剤、結合剤、増粘剤、または/及び乳化剤などを適宜配合することができる。
【0030】
本発明の食品組成物が飲料である場合、非アルコール飲料として、例えば、ミネラルウォーター、ニア・ウォーター、スポーツドリンク、茶飲料、乳飲料、コーヒー飲料、果汁入り飲料、野菜汁入り飲料、果汁および野菜汁飲料、炭酸飲料などが挙げられるが、これらに限定はされない。ノンアルコールビール等、アルコール含有量が1%未満のビール飲料であってもよい。ミネラルウォーターは、発泡性および非発泡性のミネラルウォーターのいずれもが包含される。
【0031】
上記非アルコール飲料における茶飲料とは、ツバキ科の常緑樹である茶樹の葉(茶葉)、又は茶樹以外の植物の葉若しくは穀類等を煎じて飲むための飲料をいい、発酵茶、半発酵茶、及び不発酵茶のいずれもが包含される。茶飲料の具体例としては、日本茶(例えば、緑茶、麦茶)、紅茶、ハーブ茶(例えば、ジャスミン茶)、中国茶(例えば、中国緑茶、烏龍茶)、ほうじ茶等が挙げられる。乳飲料とは、生乳、牛乳等またはこれらを原料として製造した食品を主原料とした飲料をいい、牛乳等そのものを材料とするものの他に、例えば、栄養素強化乳、フレーバー添加乳、加糖分解乳等の加工乳を原料とするものも包含される。
【0032】
食品組成物である場合、成人1人1日当たりの好ましい摂取量としては、YLGペプチドの摂取量に換算して0.1mg~5gの範囲を挙げることができる。好ましくは1mg~1gであり、より好ましくは10mg~0.5gである。また、1日食分として小分けされた容器中に本発明の食品組成物を配合する場合、当該容器における食品組成物の配合量は、1日食分当たりのYLGペプチドの摂取量に換算して、YLGペプチドが0.1mg~5gの範囲で含まれる量を挙げることができる。好ましくは1mg~1gであり、より好ましくは10mg~0.5gである。
【0033】
本発明の食品組成物にはさらに他の脳機能改善作用を有するといわれている以下の素材や化合物を組み合わせて配合することができる。
食品成分、例えばイチョウ葉エキス、アラキドン酸(ARA)、ギャバ(GABA)、テアニン、セラミド、カフェイン、カルニチン、α‐グリセリルホスホリルコリン(α-GPC)、バコパモニエラ、DHA結合リン脂質、ホスファチジルセリン(PS)、ホスファチジルコリン、セントジョーンズワート、アスタキサンチン、ナイアシン、ピロロキノリンキノン(PQQ)、コエンザイムQ10(CoQ10)等;不飽和脂肪酸、例えばドコサヘキサエン酸(DHA)、エイコサペンタエン酸(EPA)等;ポリフェノール類、例えばレスベラトロール等;クロロゲン酸等;カテキン類等。これらの素材や化合物の配合量は、効能が確認されている公知の範囲内である。
【0034】
なお、本発明の食品組成物、つまり認知機能の低下を抑制し改善するための食品組成物、及び海馬におけるBDNF発現の低下を抑制し改善しまたは亢進するための食品組成物は、YLGペプチドまたはYLGペプチドを含む組成物(食品添加用組成物)を、上記(認知機能改善、BDNF発現亢進)を目的とする組成物に配合することで製造することができる。当該製造方法は、YLGペプチドまたはYLGペプチドを含む組成物を添加配合する工程を有する以外は、各食品組成物の定法の製造方法に従って実施することができる。また前記YLGペプチドには、前述するように食品又は食品素材中に含まれるタンパク質、好ましくは乳タンパク質、より好ましくはカゼインを加水分解することで得られたYLGペプチドが含まれる。
【0035】
本発明の食品組成物の適用対象者としては、認知機能の低下を抑制し改善する必要がある者が挙げられる。具体的には認知機能の低下に起因する症状(例えば、記憶力減退や学習能力減退等)を有する者、当該症状の兆しがある者、また将来、認知機能の低下に起因する疾患(例えば、脳血管性認知症やアルツハイマー病などの認知症、健忘症等の記憶障害)になるリスクを有する者にも適用することができる。
【0036】
(A-2)医薬への適用
本発明の組成物の一使用形態には、医薬組成物が含まれる。医薬組成物の形態として、例えばYLGペプチドを有効成分として含み、定法に従って担体、賦形剤、結合剤、希釈剤等の薬学上許容される担体または添加剤を混合することにより、医薬用組成物を製造することができ、これを経口的又は非経口的に投与することが可能である。経口用の投与形態としては、顆粒剤、散剤、錠剤、丸剤、カプセル剤、シロップ剤等が挙げられる。また、非経口用の投与形態としては、注射剤、点滴剤、経鼻投与製剤、経腸投与(経管投与)、外用剤等が挙げられる。但し、これらに限られるものではない。好ましくは経口用の医薬組成物である。
【0037】
製薬上許容可能な担体には、賦形剤又は希釈剤が含まれる。例えば、デキストラン類、サッカロース、ラクトース、マルトース、キシロース、トレハロース、マンニトール、ソルビトール、ゼラチン、カルボキシメチルセルロース、カルボキエチルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、アラビアガム、グアーガム、トラガカント、アクリル酸コポリマー、エタノール、生理食塩水、リンゲル液などが挙げられる。
【0038】
上記担体に加えて、必要に応じて防腐剤、安定化剤、結合剤、pH調節剤、緩衝剤、増粘剤、ゲル化剤、抗酸化剤等の添加剤を加えることができる。これらの添加剤は、製薬の際に使用されるものが好ましい。
【0039】
本発明の医薬組成物は、脳機能改善効果を有する他の医薬品と組み合わせて使用してもよい。そのような医薬品には、例えば以下のものが挙げられ、好ましくは市販の医薬品である。認知症治療薬、例えばアセチルコリンエステラーゼ阻害剤(ドネペジル、ガランタミン、リバスチグミン、タクリンなど)、NMDA受容体拮抗薬(メマンチンなど)等。抗不安薬、例えばベンゾジアゼピン系抗不安薬等。これらの医薬品は、本発明の医薬組成物の投与と同時に、投与前に、或いは投与後のいずれかの時点で投与されうる。その用量は、市販の医薬品である場合、医薬メーカーによって指示される用量であることが好ましい。
【0040】
本発明の医薬組成物の投与量としては、投与形態、患者の年齢、体重、治療すべき症状の性質もしくは重篤度等により異なるが、通常の経口投与の成人1人1日当たりの好ましい投与量の範囲としては、YLGペプチドの投与量に換算して0.01mg~1gの範囲を挙げることができる。好ましくは0.1mg~0.5gであり、より好ましくは1mg~100mgである。投与量に関しては、投与経路など種々の条件により、適宜選択すればよい。投与は、被験者に対し、1日1回又は複数回に分けて行うことができる。本明細書で使用される被験者は、通常、ヒトであるが、ヒト以外の哺乳動物、例えばイヌなどのペット動物も含むものとする。
【0041】
適応しうる疾患としては、上記のとおりの、認知機能の低下に起因する症状及び疾患、例えば認知症(脳血管性認知症、アルツハイマー病など)などの疾患又は症状である。つまり、本発明の医薬組成物の適用対象となる患者は、前記疾患又は症状を有する者である。また、本発明の医薬組成物は前記の症状の兆しがあり、その疾患が疑われるか、また将来その疾患になると考えられる患者にも適用することができる。
【0042】
本発明の医薬組成物、つまり認知機能の低下を抑制し改善するための医薬組成物、及び海馬におけるBDNF発現の低下を抑制し改善または亢進するための医薬組成物は、YLGペプチドまたはYLGペプチドを含む組成物を、上記(認知機能改善、BDNF発現亢進)を目的とする医薬組成物に配合することで製造することができる。当該製造方法は、YLGペプチドまたはYLGペプチドを含む組成物を添加配合する工程を有する以外は、各医薬組成物の定法の製造方法に従って実施することができる。また前記YLGペプチドには、前述するように食品又は食品素材中に含まれるタンパク質、好ましくは乳タンパク質、より好ましくはカゼインを加水分解することで得られたYLGペプチドが含まれる。
【実施例0043】
以下に本発明を実験例に基づいて説明する。但し、本発明はかかる実験例に何ら制限されるものではない。
【0044】
実験例1
4週齢の雄性ddYマウスを3群(各群8匹)にわけ、1群には普通食(3.85 kcal/g:タンパク質20 kcal%、炭水化物70 kcal%、脂質10 kcal%)、2群及び3群には60%高脂肪食(5.24 kcal/g:タンパク質20 kcal%、炭水化物20 kcal%、脂質60 kcal%)を給餌して1週間飼育し、そのうち3群には、その期間中、毎日YLGのトリペプチドを、一日あたり10mg/kgの割合で経口投与した。
【0045】
1群:普通食群(CD群)
2群:高脂肪食群(HFD群)
3群:高脂肪食+YLG投与群(HFD+YLG群)
【0046】
給餌開始から6日目(day6)及び7日目(day7)に、認知機能の評価系として知られる2種類の行動試験(エピソード記憶評価試験:Object Recognition Test(ORT)、及び空間記憶評価試験:Object Location Test(OLT))、及び臭化デオキシウリジン(BrdU)を用いた海馬神経新生評価試験を行い、また7日目(day7)に、脳海馬を摘出し、海馬中におけるBDNF mRNA発現量を測定した。
【0047】
(1)エピソード記憶評価試験:Object Recognition Test(ORT):図1参照
(1-1)試験方法
ORTは認知機能の一部であるエピソード記憶を評価する行動試験である。試験は、
図1に示すように、馴化(Habituation)試行、獲得試行(Trial 1)、及びテスト試行(Trial 2)の3つの試行からなる。まず、マウスを角型オープンフィールドに5分間入れ、角型オープンフィールドへ馴化させた。24時間後に、獲得試行(Trial 1)を行った。Trial 1では、同一の2個の物体を角型オープンフィールドに入れて、マウスに自由に探索させた。2つの物体への探索時間の合計が20秒に達した時点で、マウスを角型オープンフィールドから取り出し、1時間後にテスト試行(Trial 2)を行った。Trial 2では、角型オープンフィールドに配置した2個の物体のうち、1個を異なる形状の新規物体に変え、再度マウスを角型オープンフィールドに入れた。Trial 2でマウスのそれぞれの物体へのアプローチ時間を計測した。ORTは、マウスがTrial 1における物体の形状を記憶していれば、Trial 2において変えた新規物体に対して、より長いアプローチ時間を示すことを利用して、認知機能を評価する実験系である。両物体への総アプローチ時間に対する新規物体へのアプローチ時間の割合を指標にして、マウスの認知機能を評価した。給餌開始6日目(day6)に馴化試行、7日目(day7)にTrial 1およびTrial 2を行った。
【0048】
(1-2)試験結果
試験結果を
図2に示す。
図2に示すように、エピソード記憶を評価するObject Recognition Test(ORT)の結果、新規物体へのアプローチの割合が、普通食群(CD群)と比較して、高脂肪食群(HFD群)では低下するものの(認知機能低下)、高脂肪食を摂取しながらも毎日YLGペプチドを経口投与された高脂肪食+YLG投与群(HFD+YLG群)では上昇し、普通食群(CD群)と同レベルまで回復することが明らかとなった(認知機能改善)。このことから、YLGペプチドの経口摂取によって、高脂肪食負荷により低下したエピソード記憶が改善すると考えられる。
【0049】
(2)空間記憶評価試験:Object Location Test(OLT):図3参照
(2-1)試験方法
OLTは認知機能の一部である空間記憶を評価する行動試験である。試験は、
図3に示すように、前記(1-1)に記載するORTの試験方法と同様に、馴化(Habituation)試行、獲得試行(Trial 1)、及びテスト試行(Trial 2)の3つの試行からなるが、Trial 2で一方の物体の位置のみを変える点が異なる。OLTは、マウスがTrial 1における物体の位置を記憶していれば、Trial 2において位置を変えた物体に対して、より長いアプローチ時間を示すことを利用して、認知機能を評価する実験系である。両物体への総アプローチ時間に対する新規位置に配置した物体へのアプローチ時間の割合を指標にして、マウスの認知機能を評価した。給餌開始6日目(day6)に馴化試行、7日目(day7)にTrial 1およびTrial 2を行った。
【0050】
(2-2)試験結果
試験結果を
図4に示す。
図4に示すように、空間記憶を評価するObject Location Test(OLT)の結果、新規位置に配置した物体へのアプローチの割合が、普通食群(CD群)と比較して、高脂肪食群(HFD群)では低下するものの(認知機能低下)、高脂肪食を摂取しながらも毎日YLGペプチドを経口投与された高脂肪食+YLG投与群(HFD+YLG群)では上昇し、普通食群(CD群)と同レベルまで回復することが明らかとなった(認知機能改善)。このことから、YLGペプチドの経口摂取によって、高脂肪食負荷により低下した空間記憶が改善すると考えられる。
【0051】
(3)臭化デオキシウリジンを用いた海馬神経新生評価試験
(3-1)試験方法
給餌開始6日目(day6)に、各群のマウス(n=4)に、臭化デオキシウリジン(BrdU)100mg/kgを腹腔内投与し、24時間後(day7)に4%パラホルムアルデヒドを用いて灌流固定を行った。次に、全脳を摘出し、凍結後、クリオスタットを用いて凍結切片を作製した。作製した凍結切片について、抗BrdU抗体(Abcam)を用いて免疫蛍光染色を行った後、蛍光顕微鏡を用いて海馬歯状回におけるBrdU陽性細胞数をカウントし、海馬神経新生を評価した。ちなみに、認知症患者では海馬神経新生が低下しているものの、アセチルコリンエステラーゼ阻害剤等の認知症治療薬を投与することで海馬神経新生が上昇することが知られている。
【0052】
(3-2)試験結果
試験結果を
図5に示す。
図5に示すように、普通食群(CD群)と比較して、高脂肪食群(HFD群)ではBrdU陽性細胞数が低下し、海馬神経新生の低下が認められたものの(認知機能低下)、高脂肪食を摂取しながらも毎日YLGペプチドが経口投与された高脂肪食+YLG投与群(HFD+YLG群)ではBrdU陽性細胞数が増加し、普通食群(CD群)と同レベルまで回復することが明らかとなった(認知機能改善)。このことから、YLGペプチドの経口摂取によって、高脂肪食負荷により低下した海馬神経新生が亢進増加し、認知機能が改善すると考えられる。
【0053】
(4)脳由来神経栄養因子(BDNF) mRNA発現量測定試験
(4-1)試験方法
給餌開始7日目(day7)に、各群のマウス(n=8)を、麻酔下で解剖し、脳海馬を摘出した。摘出した海馬は、RNA抽出までRNA laterに保存した。定法に従って海馬からRNAを抽出し、cDNAを合成した。その後、定法に従ってRT-PCR法を用いて、海馬における脳由来神経栄養因子(BDNF)mRNA発現量を測定した。なお、海馬におけるBDNF mRNA発現量は、同様に海馬におけるβ-actin mRNA発現量で標準化した。
【0054】
(4-2)試験結果
試験結果を
図6に示す。
図6に示すように、普通食群(CD群)と比較して、高脂肪食群(HFD群)では海馬におけるBDNF mRNA発現量の低下が認められたものの、高脂肪食を摂取しながらも毎日YLGペプチドを経口投与された高脂肪食+YLG投与群(HFD+YLG群)ではBDNF mRNA発現量が増加し、普通食群(CD群)と同レベル以上にまで回復することが明らかとなった。このことからYLGペプチド投与により神経新生に関与するBDNF発現が上昇することを明らかになった。
【0055】
以上の、短期間の高脂肪食負荷により海馬依存性記憶を低下させた認知機能低下モデル動物を用いた試験結果から、高脂肪食負荷による海馬依存性記憶の低下が、牛乳の主要なタンパク質であるαs-カゼインに由来するトリペプチドであるYLGペプチドを経口摂取することで改善することが確認された。この改善には、特に海馬神経新生の亢進、BDNFの発現上昇が寄与していると考えられる。
【0056】
実験例2:グルコース及びインスリン負荷試験
(1)試験方法
(1-1)グルコース負荷試験
12週齢の雄性ddYマウスを3群(n=8)にわけ、1群には普通食(3.85 kcal/g:タンパク質20 kcal%、炭水化物70 kcal%、脂質10 kcal%)、2群及び3群には60%高脂肪食(5.24 kcal/g:タンパク質20 kcal%、炭水化物20 kcal%、脂質60 kcal%)を給餌して1週間飼育し、そのうち3群には、その期間中、毎日YLGペプチドを、一日あたり10mg/kgの割合で経口投与した。
【0057】
1群:普通食群(CD群)
2群:高脂肪食群(HFD群)
3群:高脂肪食+YLG投与群(HFD+YLG群)
【0058】
給餌開始から7日目(day7)に、5時間絶食後に、グルコース(2g/kg/p.o.)を投与した。なお、7日目(day7)のYLGペプチド投与は、グルコース投与の2時間前に行った。グルコース投与直前と投与後15分、30分、及び60分後に尾静脈より採血し、グルコースセンサー(ニプロ株式会社)を用いて血糖値を測定した。
【0059】
(1-2)インスリン負荷試験
前記グルコース負荷試験と同様に、12週齢の雄性ddYマウスを3群(n=6-7)にわけ、同様に1群には普通食、2群及び3群には60%高脂肪食を給餌して1週間飼育し、そのうち3群には、その期間中、毎日YLGペプチドを、一日あたり10mg/kgの割合で経口投与した。給餌開始から7日目(day7)に、5時間絶食後に、インスリン(0.5U/kg/i.p.)を投与した。なお、7日目(day7)のYLGペプチド投与は、インスリン投与の2時間前に行った。インスリン投与直前と投与後15分、30分、及び60分後に尾静脈より採血し、グルコースセンサー(ニプロ株式会社)を用いて血糖値を測定した。
【0060】
(2)試験結果
グルコース負荷試験における血糖値の変化、及びインスリン負荷試験における血糖値の変化を、それぞれ表1及び2に示す。なお、各表に記載する数値は、グルコースまたはインスリン投与直前の血糖値を100とした相対値である。
【0061】
【0062】
表1に示すように、高脂肪食の摂取によって血糖値の上昇が認められたが(HFD群)、YLGペプチドの摂取によってその血糖値の上昇が抑制されることが認められた(HFD+YLG群)。
【0063】
【0064】
表2に示すように、高脂肪食の摂取によって、わずかながらもインスリン抵抗性の誘導が認められたが(HFD群)、YLGペプチドを摂取することでその改善が認められた(HFD+YLG群)。以上のグルコース負荷試験及びインスリン負荷試験の結果から総合して、高脂肪食の摂取によって生じるインスリン抵抗性がYLGペプチドの摂取により改善することが確認された。
【0065】
前記実験例2の結果から、YLGペプチドには低下したインスリン抵抗性を改善し、糖尿病を改善する作用があり、抗糖尿病用組成物の有効成分として有用であると考えられる。このため、本発明によるとYLGペプチドを含有する抗糖尿病用組成物を提供することができる。また本発明によると、抗糖尿病用組成物の製造のためのYLGペプチドの使用:糖尿病を改善するためのYLGペプチドまたはYLGペプチド含有組成物;インスリン抵抗性の被験者に対してYLGペプチドまたはYLGペプチド含有組成物を投与する工程を有する当該被験者インスリン抵抗性の改善方法、または糖尿病改善方法を提供することができる。
【0066】
なお、アルツハイマー症は、脳のインスリン抵抗性ともいわれており、インスリン感受性とアルツハイマー病には密接な関係があることが知られている(非特許文献5)。上記結果に示すように、YLGペプチドにはインスリン抵抗性を改善する作用があることから、YLGペプチドは当該インスリン抵抗性作用を介して、低下した認知機能を改善している可能性も考えられる。