(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023116826
(43)【公開日】2023-08-23
(54)【発明の名称】抗原結合分子
(51)【国際特許分類】
C07K 16/28 20060101AFI20230816BHJP
C07K 16/46 20060101ALI20230816BHJP
A61K 39/395 20060101ALI20230816BHJP
A61P 37/06 20060101ALI20230816BHJP
G01N 21/78 20060101ALI20230816BHJP
C12N 15/13 20060101ALN20230816BHJP
C12N 15/62 20060101ALN20230816BHJP
【FI】
C07K16/28 ZNA
C07K16/46
A61K39/395 U
A61P37/06
A61K39/395 D
A61K39/395 G
G01N21/78 C
C12N15/13
C12N15/62 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】15
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2020088417
(22)【出願日】2020-05-20
(71)【出願人】
【識別番号】000003311
【氏名又は名称】中外製薬株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100102118
【弁理士】
【氏名又は名称】春名 雅夫
(74)【代理人】
【識別番号】100102978
【弁理士】
【氏名又は名称】清水 初志
(74)【代理人】
【識別番号】100160923
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 裕孝
(74)【代理人】
【識別番号】100119507
【弁理士】
【氏名又は名称】刑部 俊
(74)【代理人】
【識別番号】100142929
【弁理士】
【氏名又は名称】井上 隆一
(74)【代理人】
【識別番号】100148699
【弁理士】
【氏名又は名称】佐藤 利光
(74)【代理人】
【識別番号】100128048
【弁理士】
【氏名又は名称】新見 浩一
(74)【代理人】
【識別番号】100129506
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 智彦
(74)【代理人】
【識別番号】100205707
【弁理士】
【氏名又は名称】小寺 秀紀
(74)【代理人】
【識別番号】100114340
【弁理士】
【氏名又は名称】大関 雅人
(74)【代理人】
【識別番号】100114889
【弁理士】
【氏名又は名称】五十嵐 義弘
(74)【代理人】
【識別番号】100121072
【弁理士】
【氏名又は名称】川本 和弥
(72)【発明者】
【氏名】野中 達也
(72)【発明者】
【氏名】岩柳 有起
(72)【発明者】
【氏名】奥出 咲妃
【テーマコード(参考)】
2G054
4C085
4H045
【Fターム(参考)】
2G054AA08
2G054AB04
2G054CA23
2G054CB01
2G054EA02
2G054FA06
4C085AA13
4C085AA14
4C085BB17
4C085BB18
4C085CC21
4C085DD62
4C085EE01
4C085GG01
4H045AA11
4H045AA30
4H045BA10
4H045BA41
4H045DA76
4H045EA22
4H045EA28
4H045FA72
4H045FA74
(57)【要約】 (修正有)
【課題】自己免疫疾患を含む疾患を治療または予防するためのさらなる治療薬またはその候補の創出。
【解決手段】抗原結合分子は、免疫シナプスに局在する共抑制分子とそのリガンドからなる複合体に特異的に結合することで、免疫シナプスを標的とする。該抗原結合分子は、好ましくは、該共抑制分子に対するアゴニスト活性を有する。該抗原結合分子は、該共抑制分子に対するアゴニスト活性に基づく免疫抑制作用を有する医薬以外に、共抑制分子とそのリガンドからなる複合体の検出にも提供され得る。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1の抗原結合ドメインを含む抗原結合分子であって、
前記第1の抗原結合ドメインが第1の共抑制分子および前記第1の共抑制分子に対する第1の共抑制分子リガンドからなる第1の複合体に特異的に結合し得る、抗原結合分子。
【請求項2】
前記第1の抗原結合ドメインの前記第1の複合体への特異的結合が前記第1の複合体中の前記第1の共抑制分子および前記第1の共抑制分子リガンドのいずれか一方または両方との分子間力による結合である、請求項1に記載の抗原結合分子。
【請求項3】
第1の抗原結合ドメインを含む抗原結合分子であって、
前記第1の抗原結合ドメインが第1の共抑制分子および前記第1の共抑制分子に対する第1の共抑制分子リガンドからなる第1の複合体に結合し得、そして
前記第1の抗原結合ドメインの前記第1の複合体への結合活性が、前記第1の複合体を形成していない第1の共抑制分子および前記第1の複合体を形成していない第1の共抑制分子リガンドのいずれか一方または両方への結合活性よりも高い、抗原結合分子。
【請求項4】
前記第1の抗原結合ドメインの前記第1の複合体への結合が前記第1の複合体中の前記第1の共抑制分子および前記第1の共抑制分子リガンドのいずれか一方または両方との分子間力による結合である、請求項3に記載の抗原結合分子。
【請求項5】
前記結合活性が以下の(a)および(b)のいずれか一方または両方の条件を満たす、請求項3または4に記載の抗原結合分子:
(a) 前記第1の共抑制分子を強制発現し前記第1の共抑制分子リガンドを強制発現していない第1の細胞を用いたフローサイトメトリーにおいて、前記第1の共抑制分子リガンドの細胞外ドメインを含む第1の可溶型ポリペプチドの存在下における前記第1の抗原結合ドメインの前記第1の細胞への結合活性が、前記第1の可溶型ポリペプチドの非存在下に比べて高い;
(b) 前記第1の共抑制分子リガンドを強制発現し前記第1の共抑制分子を強制発現していない第2の細胞を用いたフローサイトメトリーにおいて、前記第1の共抑制分子の細胞外ドメインを含む第2の可溶型ポリペプチドの存在下における前記第1の抗原結合ドメインの前記第2の細胞への結合活性が、前記第2の可溶型ポリペプチドの非存在下に比べて高い。
【請求項6】
前記第1の複合体が存在する免疫シナプスにおいて、前記第1の共抑制分子の下流の第1の細胞内シグナルを活性化し得る、請求項1から5のいずれか一項に記載の抗原結合分子。
【請求項7】
前記第1の細胞内シグナルの活性化により、T細胞の活性化が抑制され得る、請求項6に記載の抗原結合分子。
【請求項8】
前記免疫シナプスが、MHCと前記共抑制分子リガンドを発現している細胞と、前記共抑制分子を発現している前記T細胞の間に形成されたものである、請求項6または7に記載の抗原結合分子。
【請求項9】
第1の共抑制分子を発現し前記第1の細胞内シグナルの強度が測定可能な第3の細胞と、抗原非依存的なT細胞受容体アクチベーターおよび前記第1の共抑制分子リガンドを発現する第4の細胞とが互いに接触可能な状態で用いられ、且つ、前記第3の細胞における前記第1の細胞内シグナルが前記第1の共抑制分子リガンドに対する阻害抗体により部分的に抑制されている条件下で行われる、前記第1の細胞内シグナルの強度の測定系において、前記抗原結合分子の存在下における前記第1の細胞内シグナルの前記強度が、前記抗原結合分子の非存在下に比べて高い、請求項6から8のいずれか一項に記載の抗原結合分子。
【請求項10】
T細胞受容体と前記第1の共抑制分子を発現しており、前記T細胞受容体の下流で活性化し得る第2の細胞内シグナルの強度が測定可能であり、前記第1の細胞内シグナルの活性化によって前記第2の細胞内シグナルが抑制され得る第5の細胞と、抗原非依存的なT細胞受容体アクチベーターおよび前記第1の共抑制分子リガンドを発現する第6の細胞とが互いに接触可能な条件下で用いられ、且つ、
前記第1の共抑制分子リガンドによる前記第5の細胞における前記第2の細胞内シグナルの抑制が前記第1の共抑制分子リガンドに対する阻害抗体により部分的に抑制されている条件下で行われる、前記第2の細胞内シグナルの強度の測定系において、
前記抗原結合分子の存在下における前記第2の細胞内シグナルの前記強度が、前記抗原結合分子の非存在下に比べて低い、請求項6から9のいずれか一項に記載の抗原結合分子。
【請求項11】
前記第1の共抑制分子および前記第1の共抑制分子リガンドの組合せが、PD-1およびPD-L1の組合せ、PD-1およびPD-L2の組合せ、BTLAおよびHVEMの組合せ、TIGITおよびCD155の組合せ、TIGITおよびCD112の組合せ、LAG-3およびMHCクラスII分子の組合せ、CTLA4およびCD80の組合せ、CTLA4およびCD86の組合せ、TIM-3およびgalectin-9の組合せ、TIM-3およびphosphatidylserineの組合せ、TIM-3およびCEACAM-1の組合せ、ならびにTIM-3およびHMGB1の組合せからなる群から選択されるいずれか一つである、請求項1から10のいずれか一項に記載の抗原結合分子。
【請求項12】
前記抗原結合分子が第2の抗原結合ドメインをさらに含む多重抗原結合分子であり、
前記第2の抗原結合ドメインが、第2の共抑制分子リガンドと第2の複合体を形成し得る第2の共抑制分子に特異的に結合し得る、請求項1から11のいずれか一項に記載の抗原結合分子。
【請求項13】
前記第2の抗原結合ドメインの前記第2の共抑制分子への結合が、前記第2の共抑制分子リガンドの前記第2の共抑制分子への結合と競合しない、請求項12に記載の抗原結合分子。
【請求項14】
前記第2の共抑制分子および前記第2の共抑制分子リガンドの組合せが、PD-1およびPD-L1の組合せ、PD-1およびPD-L2の組合せ、BTLAおよびHVEMの組合せ、TIGITおよびCD155の組合せ、TIGITおよびCD112の組合せ、LAG-3およびMHCクラスII分子の組合せ、CTLA4およびCD80の組合せ、CTLA4およびCD86の組合せ、TIM-3およびgalectin-9の組合せ、TIM-3およびphosphatidylserineの組合せ、TIM-3およびCEACAM-1の組合せ、ならびにTIM-3およびHMGB1の組合せからなる群から選択されるいずれか一つの組合せである、請求項12または13に記載の抗原結合分子。
【請求項15】
前記第1の抗原結合ドメインおよび前記第2の抗原結合ドメインが抗体の可変領域またはその対象抗原への結合性のその断片である、請求項12から14のいずれか一項に記載の抗原結合分子。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗原結合分子、共抑制分子アゴニスト、共抑制分子シグナル活性化剤、医薬組成物、共抑制分子とそのリガンドからなる複合体の検出剤、免疫を抑制する方法、および共抑制分子とそのリガンドからなる複合体の検出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
免疫シナプスに存在する分子を薬理学的に標的とした医薬が注目されている(非特許文献1)。そのような分子の中でも共抑制分子を標的とした治療は、がん治療を目的としている。たとえばCTLA-4やPD-1を標的にする抗体が米国食品医薬品局(FDA)により承認されているほか、TIM-3、LAG3、そしてTIGITをブロックする治療の臨床試験が行われている。
【0003】
自己免疫疾患のマウスモデルにおいて共抑制分子に対するアゴニストの有効性が示されているが、ヒト疾患で有効性が示されたアゴニストは未だない(非特許文献2)。
【0004】
共抑制分子の一つであるPD-1に対するアゴニストが試されてきている。
たとえば、PD-1 AB-6と呼ばれる抗体が、PD-1の残基100~105で構成されるPD-1ループを伴うβシートに結合することが開示されている(特許文献1)。該文献には、PD-1 AB-6がPD-1を介したアゴニストを提供するように設計されていることが開示されている。
また、ヒトPD-1に対する特異性を有する物質が、ヒトPD-1シグナルを伝達することができる優れた物質であることが開示されている(特許文献2)。しかしながら、該文献の実施例で用いられたPD-1とCD3に対する反応性を有する二重特異的抗体がPD-1に対してアゴニスト活性を有するか否かは実験的に示されていない。
【0005】
現在、CC-90006と呼ばれるPD-1アゴニスト抗体を用いた、乾癬を対象とした臨床試験のフェーズ1が進められている(非特許文献3)。
最近、PD-1とCD3の両方を標的とする二重特異的抗体であるONO-4685を用いた、自己免疫疾患を対象とした臨床試験のフェーズ1が開始された(非特許文献4,5)。ONO-4685は、同じT細胞に発現しているPD-1とCD3を架橋してPD-1アゴニストとして作用すること、およびPD-1を発現する細胞と別の細胞に発現するCD3を架橋することでT細胞を傷害する作用を有することが期待されている(非特許文献6)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】国際公開第2018/053405号
【特許文献2】国際公開第2004/072286号
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】The immunological synapse as a pharmacological target. Finetti F, Baldari CT., Pharmacol. Res. 2018 Vol. 134, pp.118-133.
【非特許文献2】Immune Checkpoints as Therapeutic Targets in Autoimmunity. Christopher P. et al., Frontiers in Immunology 2018, Vol. 9, Article 2306.
【非特許文献3】U.S. National Librry of Medicine, CrinicalTrials.gov, "Study to Evaluate the Safety, Tolerability, Pharmacokinetics, Pharmacodynamics, and Immunogenicity of CC-90006 in Subjects With Mild to Moderate Plaque-type Psoriasis", CrinicalTrials.gov Identifier: NCT03337022, Recruiting Status: Recruiting, First Posted: November 8, 2017, Last Update Posted: May 28, 2019 (https://clinicaltrials.gov/ct2/show/NCT03337022)
【非特許文献4】U.S. National Librry of Medicine, CrinicalTrials.gov, "Single Ascending Dose Study to Assess the Safety, Tolerability, PK and PD of ONO-4685 in Japanese and Caucasian Healthy Adult Male Subjects", CrinicalTrials.gov Identifier: NCT04079062, Recruiting Status: Recruiting, First Posted: September 6, 2019, Last Update Posted: September 6, 2019 (https://clinicaltrials.gov/ct2/show/NCT04079062)
【非特許文献5】小野薬品工業株式会社(4528)2020年3月期第1四半期決算短信、決算補足資料、2019年8月1日(https://www.ono.co.jp/jpnw/ir/pdf/k_hosoku/2020_1h.pdf)
【非特許文献6】小野薬品工業株式会社(4528)2020年3月期第1四半期決算短信、スクリプト、2019年8月1日(https://www.ono.co.jp/jpnw/ir/pdf/k_setsumei/20190805_1.pdf)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
自己免疫疾患を含む疾患を治療または予防するための医薬が充分に満たされているとはいえない。したがって、自己免疫疾患を含む疾患を治療または予防するためのさらなる治療薬またはその候補が創出されることが期待される。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、自己免疫疾患に対する有効性を潜在的に有する免疫シナプスを標的とした抗原結合分子のコンセプトを創出し、それを実験的に確認した。具体的には、該抗原結合分子は、免疫シナプスに局在する共抑制分子とそのリガンドからなる複合体に特異的に結合することで、免疫シナプスを標的とする。該抗原結合分子は、好ましくは、該共抑制分子に対するアゴニスト活性を有する。該抗原結合分子は、該共抑制分子に対するアゴニスト活性に基づく免疫抑制作用を有する医薬以外に、共抑制分子とそのリガンドからなる複合体の検出にも提供され得る。
【0010】
本明細書における一態様として、以下の発明が提供される。
[1]第1の抗原結合ドメインを含む抗原結合分子であって、
前記第1の抗原結合ドメインが第1の共抑制分子および前記第1の共抑制分子に対する第1の共抑制分子リガンドからなる第1の複合体に特異的に結合し得る、抗原結合分子。
[2]前記第1の抗原結合ドメインの前記第1の複合体への特異的結合が前記第1の複合体中の前記第1の共抑制分子および前記第1の共抑制分子リガンドのいずれか一方または両方との分子間力による結合である、[1]の抗原結合分子。
[3]前記第1の複合体が存在する免疫シナプスにおいて、前記第1の共抑制分子の下流の第1の細胞内シグナルを活性化し得る、[1]または[2]の抗原結合分子。
[4]前記第1の細胞内シグナルの活性化により、T細胞の活性化が抑制され得る、[3]の抗原結合分子。
[5]前記免疫シナプスが、MHCと前記共抑制分子リガンドを発現している細胞と、前記共抑制分子を発現している前記T細胞の間に形成されたものである、[3]または[4]の抗原結合分子。
[6]第1の抗原結合ドメインを含む抗原結合分子であって、
前記第1の抗原結合ドメインが第1の共抑制分子および前記第1の共抑制分子に対する第1の共抑制分子リガンドからなる第1の複合体に結合し得、そして
前記第1の抗原結合ドメインの前記第1の複合体への結合活性が、前記第1の複合体を形成していない第1の共抑制分子および前記第1の複合体を形成していない第1の共抑制分子リガンドのいずれか一方または両方への結合活性よりも高い、抗原結合分子。
[7]前記第1の抗原結合ドメインの前記第1の複合体への結合が前記第1の複合体中の前記第1の共抑制分子および前記第1の共抑制分子リガンドのいずれか一方または両方との分子間力による結合である、[6]の抗原結合分子。
[8]前記第1の複合体が存在する免疫シナプスにおいて、前記第1の共抑制分子の下流の第1の細胞内シグナルを活性化し得る、[6]または[7]の抗原結合分子。
[9]前記第1の細胞内シグナルの活性化により、T細胞の活性化が抑制され得る、[8]の抗原結合分子。
[10]前記免疫シナプスが、MHCと前記共抑制分子リガンドを発現している細胞と、前記共抑制分子を発現している前記T細胞の間に形成されたものである、[8]または[9]の抗原結合分子。
[11]前記結合活性が以下の(a)および(b)のいずれか一方または両方の条件を満たす、[6]から[10]のいずれかの抗原結合分子:
(a) 前記第1の共抑制分子を強制発現し前記第1の共抑制分子リガンドを強制発現していない第1の細胞を用いたフローサイトメトリーにおいて、前記第1の共抑制分子リガンドの細胞外ドメインまたはその一部を含む第1の可溶型ポリペプチドの存在下における前記第1の抗原結合ドメインの前記第1の細胞への結合活性が、前記第1の可溶型ポリペプチドの非存在下に比べて高い;
(b) 前記第1の共抑制分子リガンドを強制発現し前記第1の共抑制分子を強制発現していない第2の細胞を用いたフローサイトメトリーにおいて、前記第1の共抑制分子の細胞外ドメインまたはその一部を含む第2の可溶型ポリペプチドの存在下における前記第1の抗原結合ドメインの前記第2の細胞への結合活性が、前記第2の可溶型ポリペプチドの非存在下に比べて高い。
[12]前記第1の細胞および前記第2の細胞の両方がチャイニーズハムスター卵巣細胞由来である、[10]の抗原結合分子。
[13]第1の抗原結合ドメインを含む抗原結合分子であって、
前記第1の抗原結合ドメインが第1の共抑制分子および前記第1の共抑制分子に対する第1の共抑制分子リガンドからなる第1の複合体に存在するエピトープに特異的に結合し得る、抗原結合分子。
[14]前記エピトープが、前記第1の複合体を形成していない前記第1の共抑制分子のみまたは前記第1の複合体を形成していない前記第1の共抑制分子リガンドのみには存在しない、[13]の抗原結合分子。
[15]前記第1の抗原結合ドメインの前記第1の複合体への特異的結合が前記第1の複合体中の前記第1の共抑制分子および前記第1の共抑制分子リガンドのいずれか一方または両方との分子間力による結合である、[13]または[14]の抗原結合分子。
[16]前記第1の複合体が存在する免疫シナプスにおいて、前記第1の共抑制分子の下流の第1の細胞内シグナルを活性化し得る、[13]から[15]のいずれかの抗原結合分子。
[17]前記第1の細胞内シグナルの活性化により、T細胞の活性化が抑制され得る、[16]の抗原結合分子。
[18]前記免疫シナプスが、MHCと前記共抑制分子リガンドを発現している細胞と、前記共抑制分子を発現している前記T細胞の間に形成されたものである、[16]または[17]の抗原結合分子。
[19]第1の共抑制分子を発現し前記第1の細胞内シグナルの強度が測定可能な第3の細胞と、抗原非依存的なT細胞受容体アクチベーターおよび前記第1の共抑制分子リガンドを発現する第4の細胞とが互いに接触可能な状態で用いられ、且つ、前記第3の細胞における前記第1の細胞内シグナルが前記第1の共抑制分子リガンドに対する阻害抗体により部分的に抑制されている条件下で行われる、前記第1の細胞内シグナルの強度の測定系において、前記抗原結合分子の存在下における前記第1の細胞内シグナルの前記強度が、前記抗原結合分子の非存在下に比べて高い、[3]から[5]、[8]から[10]、および[16]から[18]のいずれかの抗原結合分子。
[20]前記第3の細胞がJurkat細胞由来であり、および前記第4の細胞がチャイニーズハムスター卵巣細胞由来である、[19]の抗原結合分子。
[21]前記第1の細胞内シグナルの前記強度が、前記第1の共抑制分子が活性化したときに生じる、前記第1の共抑制分子の細胞内ドメインと前記細胞内ドメインに直接にまたは間接に相互作用する細胞内タンパク質との近接に基づき測定される、[19]または[20]の抗原結合分子。
[22]前記細胞内タンパク質が脱リン酸化酵素である、[21]の抗原結合分子。
[23]T細胞受容体と前記第1の共抑制分子を発現しており、前記T細胞受容体の下流で活性化し得る第2の細胞内シグナルの強度が測定可能であり、前記第1の細胞内シグナルの活性化によって前記第2の細胞内シグナルが抑制され得る第5の細胞と抗原非依存的なT細胞受容体アクチベーターおよび前記第1の共抑制分子リガンドを発現する第6の細胞とが互いに接触可能な条件下で用いられ、且つ、
前記第1の共抑制分子リガンドによる前記第5の細胞における前記第2の細胞内シグナルの抑制が前記第1の共抑制分子リガンドに対する阻害抗体により部分的に抑制されている条件下で行われる、前記第2の細胞内シグナルの強度の測定系において、
前記抗原結合分子の存在下における前記第2の細胞内シグナルの前記強度が、前記抗原結合分子の非存在下に比べて低い、[3]から[5]、[8]から[10]、および[16]から[22]のいずれかの抗原結合分子。
[24]前記第5の細胞がJurkat細胞由来であり、および前記第6の細胞がチャイニーズハムスター卵巣細胞由来である、[23]の抗原結合分子。
[25]前記第2の細胞内シグナルがNFAT活性である、[23]または[24]の抗原結合分子。
[26]前記第1の共抑制分子および前記第1の共抑制分子リガンドの組合せが、PD-1およびPD-L1の組合せ、PD-1およびPD-L2の組合せ、BTLAおよびHVEMの組合せ、TIGITおよびCD155の組合せ、TIGITおよびCD112の組合せ、LAG-3およびMHCクラスII分子の組合せ、CTLA4およびCD80の組合せ、CTLA4およびCD86の組合せ、TIM-3およびgalectin-9の組合せ、TIM-3およびphosphatidylserineの組合せ、TIM-3およびCEACAM-1の組合せ、ならびにTIM-3およびHMGB1の組合せからなる群から選択されるいずれか一つである、[1]から[25]のいずれかの抗原結合分子。
[27]前記抗原結合分子が第2の抗原結合ドメインをさらに含む多重抗原結合分子であり、
前記第2の抗原結合ドメインが、第2の共抑制分子リガンドと第2の複合体を形成し得る第2の共抑制分子に特異的に結合し得る、[1]から[26]のいずれかの抗原結合分子。
[28]前記第1の複合体が存在する免疫シナプスにおいて、前記第2の共抑制分子の下流の第3の細胞内シグナルを活性化し得る、[27]の抗原結合分子。
[29]前記第3の細胞内シグナルの活性化により、前記第2の細胞内シグナルが抑制され得る、[28]の抗原結合分子。
[30]前記第2の抗原結合ドメインの前記第2の共抑制分子への結合が、前記第2の共抑制分子リガンドの前記第2の共抑制分子への結合と競合しない、[27]から[29]のいずれかの抗原結合分子。
[31]前記第2の共抑制分子および前記第2の共抑制分子リガンドの組合せが、PD-1およびPD-L1の組合せ、PD-1およびPD-L2の組合せ、BTLAおよびHVEMの組合せ、TIGITおよびCD155の組合せ、TIGITおよびCD112の組合せ、LAG-3およびMHCクラスII分子の組合せ、CTLA4およびCD80の組合せ、CTLA4およびCD86の組合せ、TIM-3およびgalectin-9の組合せ、TIM-3およびphosphatidylserineの組合せ、TIM-3およびCEACAM-1の組合せ、ならびにTIM-3およびHMGB1の組合せからなる群から選択されるいずれか一つの組合せである、[27]から[31]のいずれかの抗原結合分子。
[32]前記第1の抗原結合ドメインおよび前記第2の抗原結合ドメインが抗体の可変領域またはその対象抗原への結合性のその断片である、[27]から[31]のいずれかの抗原結合分子。
[33]前記第1の共抑制分子が前記第2の共抑制分子と同じである、または異なる、[27]から[32]のいずれかの抗原結合分子。
[34]前記第1の共抑制分子が前記第2の共抑制分子と同じである場合、前記第1の抗原結合ドメインが結合する前記第1の共抑制分子におけるエピトープは、前記第2の抗原結合ドメインが結合する前記第2の共抑制分子におけるエピトープと異なる、[33]の抗原結合分子。
[35]前記第1の共抑制分子リガンドが前記第2の共抑制分子リガンドと同じである、または異なる、[27]から[34]のいずれかの抗原結合分子。
[36]前記第1の細胞内シグナルが前記第3の細胞内シグナルと同じである、または異なる、[28]または[29]のいずれかの抗原結合分子。
[37]抗体の定常領域をさらに含む、[1]から[36]のいずれかの抗原結合分子。
[38]前記定常領域における少なくとも1残基が、天然型抗体の定常領域の相当する位置のアミノ酸残基とは異なる、[31]の抗原結合分子。
[39][1]から[38]のいずれかの抗原結合分子を含む、共抑制分子アゴニスト。
[40][1]から[38]のいずれかの抗原結合分子を含有する、共抑制分子シグナル活性化剤。
[41][1]から[38]のいずれかの抗原結合分子を含有する、医薬組成物。
[42]免疫の異常亢進に起因する疾患を治療するまたは予防するための、[41]の医薬組成物。
[43][1]から[38]のいずれかの抗原結合分子を含有する、第1の共抑制分子および前記第1の共抑制分子に対する第1の共抑制分子リガンドからなる第1の複合体の検出剤。
[44][1]から[38]のいずれかの抗原結合分子を対象に投与することを含む、免疫を抑制する方法。
[45][1]から[38]のいずれかの抗原結合分子を免疫細胞に接触させることを含む、第1の共抑制分子および前記第1の共抑制分子に対する第1の共抑制分子リガンドからなる第1の複合体の検出方法。
[46][1]から[38]のいずれかの抗原結合分子をコードする核酸を含む細胞を培養することを含む、抗原結合分子の製造方法。
[47]第1の共抑制分子またはその部分ポリペプチドおよび前記第1の共抑制分子に対する第1の共抑制分子リガンドまたはその部分ポリペプチドを含む第3の複合体を免疫した非ヒト動物から、[1]から[38]のいずれかの抗原結合分子を含む血漿または血液を採取することを含む、抗原結合分子の製造方法。
[48]前記第3の複合体が、前記第1の共抑制分子またはその部分ポリペプチドを前記第1の共抑制分子リガンドまたはその部分ポリペプチドにリンカーを介するか、化学結合により直接的に結合させた1分子である、[47]の製造方法。
[49]前記血漿または前記血液から、純度を高めた前記抗原結合分子を含有する組成物を得ることをさらに含む、[47]または[48]の製造方法。
[50]前記抗原結合分子がポリクローナル抗体である、[47]から[49]のいずれかの製造方法。
[51]第1の共抑制分子またはその部分ポリペプチドおよび前記第1の共抑制分子に対する第1の共抑制分子リガンドまたはその部分ポリペプチドを含む第3の複合体を免疫した非ヒト動物から、[1]から[38]のいずれかの抗原結合分子を発現する細胞クローンを単離することを含む、抗原結合分子の製造方法。
[52]前記第3の複合体が、前記第1の共抑制分子またはその部分ポリペプチドを前記第1の共抑制分子リガンドまたはその部分ポリペプチドにリンカーを介するか、化学結合により直接的に結合させた1分子である、[51]の製造方法。
[53]前記細胞クローンから前記抗原結合分子をコードする核酸を抽出し、単離することをさらに含む、[51]または[52]の製造方法。
[54]前記核酸を組み換えることをさらに含む、[53]の製造方法。
[55]前記組み換えられた核酸を他の細胞に導入し、前記抗原結合分子を前記他の細胞に発現させることをさらに含む、[54]の製造方法。
[56]前記発現させた抗原結合分子を含有する組成物を得ることをさらに含む、[55]の製造方法。
[57]前記組成物における前記発現させた抗原結合分子の純度を高めることをさらに含む、[56]の製造方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明における抗原結合分子は、免疫シナプスに局在する共抑制分子とそのリガンドからなる複合体に特異的に結合することで免疫シナプスを標的とし、該共抑制分子に対するアゴニスト活性を有することから、自己免疫疾患を含む疾患を治療または予防するための治療薬またはその候補になり得る。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】
図1は、NanoBRET(登録商標)を使用したSHP-2リクルートメントアッセイ系によって測定された、抗PD-1アームと抗CD3アームを含む二重特異性抗体のPD-1シグナル誘導(SHP-2リクルートメント)活性の評価結果を示す図である。「OKT3//949」はOKT3由来のアームとclone 949由来のアームを含む二重特異性抗体を、「CE115TR//949」はCE115TR由来のアームとclone 949由来のアームを含む二重特異性抗体を意味する。
【
図2】
図2は、T細胞増殖アッセイによる、抗PD-1アームおよび抗ヒトCD3アームを含む二重特異性抗体のヒトCD4陽性T細胞の増殖に対する作用を評価した結果を示す図である。「OKT3/IC17」はOKT3由来のアームおよび抗KLH抗体由来のアームを含む二重特異性抗体を、「OKT3/PD1-17 (7J13)」はOKT3由来のアームおよびPD1-17由来のアームを含む二重特異性抗体を、「OKT3/clone10」はOKT3由来のアームおよびclone10由来のアームを含む二重特異性抗体を、「OKT3/clone949」はOKT3由来のアームおよびclone949由来のアームを含む二重特異性抗体を意味する。これらのうちOKT3/IC17が陰性対照として使用された。
【
図3】
図3は、作製したリンカー融合型ヒトPD-L1/ヒトPD-1複合体タンパク質のデザインを示す図である。左図はヒトPD-L1のN131とヒトPD-1のN33との間にリンカーを挿入したLinker complex#1のデザインを、右図はヒトPD-1のE146とヒトPD-L1のF19との間にリンカーを挿入したLinker complex#2を示している。
【
図4】
図4は、作製したジスルフィド結合導入型ヒトPD-L1 / ヒトPD-1複合体タンパク質のデザインを示す図である。ヒトPD-L1のY56C改変体とヒトPD-1のA132C改変体とを組み合わせたS-S complex#1と、ヒトPD-L1のA18C改変体とヒトPD-1のG90C改変体とを組み合わせたS-S complex#2が作製された。
【
図5-1】
図5は、抗ヒトPD-L1 / ヒトPD-1複合体抗体の特異性評価の結果を示す図である。30クローン(LPB0006, LPB0010, LPB0017, LPB0036, LPB0038, LPC0001, LPC0002, LPC0006, LPC0007, LPC0008, LPC0011, LPC0012, LPC0017, LPC0019, LPC0020, LPC0021, LPC0039, LPC0063, LPD0061, LPD0067, LPD0073, LPD0074, LPD0075, LPD0079, LPE0015, LPE0017, LPE0024, LPE0027, LPE0065, LPE0076, LPB0006, LPB0010, LPB0017, LPB0036, LPB0038, LPC0001, LPC0002, LPC0006, LPC0007, LPC0008, LPC0011, LPC0012, LPC0017, LPC0019, LPC0020, LPC0021, LPC0039, LPC0063, LPD0061, LPD0067, LPD0073, LPD0074, LPD0075, LPD0079, LPE0015, LPE0017, LPE0024, LPE0027, LPE0065, LPE0076)がヒトPD-L1がヒトPD-1に結合した複合体に結合することが示された。
【
図6】
図6は、NanoBRET(登録商標)を使用したSHP-2リクルートメントアッセイ系によって測定された、抗ヒトPD-1抗体(clone949 および PDA0129)のPD-1シグナル誘導(SHP-2リクルートメント)活性の評価結果を示す図である。「129 homo」は実施例9で作製された抗ヒトPD-1抗体PDA0129であり、「949 homo」は、実施例1で作製された抗ヒトPD-1抗体clone 949である。
【
図7】
図7は、NanoBRET(登録商標)を使用したSHP-2リクルートメントアッセイ系によって測定された、抗ヒトPD-L1 / ヒトPD-1複合体抗体(LPC0039およびLPB0006)のPD-1シグナル誘導(SHP-2リクルートメント)活性の評価結果を示す図である。「LPC0039 homo」および「LPB0006 homo」は実施例7で作製された抗ヒトPD-L1 / ヒトPD-1複合体抗体である。
【
図8】
図8は、抗ヒトPD-1抗体(clone 949、PDA0129、clone 10、PD1-17)の、ヒトPD-1とヒトPD-L1との結合に対する阻害活性の評価結果を示す図である。陽性対照としてPD-1阻害抗体である5C4およびPembrolizumabが用いられた。陰性対照としてPD-1とPD-L1のいずれにも結合しないanti-KLH(抗KLH抗体)が用いられた。
【
図9A】
図9は、NanoBRET(登録商標)を使用したSHP-2リクルートメントアッセイ系によって測定された、抗PD-L1/PD-1複合体アームと抗PD-1アームを含む二重特異性抗体のPD-1シグナル誘導(SHP-2リクルートメント)活性の評価結果を示す図である。「LPE0024」「LPB0017」「LPC0039」「LPC0020」「LPC0017」は、実施例7で作製された抗ヒトPD-L1 / ヒトPD-1複合体抗体からのアームを意味し、「949」および「129」は、それぞれ抗ヒトPD-1抗体clone 949およびPDA0129からのアームを意味する。
【
図10】
図10は、抗PD-L1/PD-1複合体アームと抗PD-1アームを含む二重特異性抗体によるNFAT活性の抑制の評価結果を示す図である。「LPB0010」「LPB0017」「LPC0039」「LPE0024」「LPC0011」「LPC0020」「LPC0001」「LPB0010」は、実施例7で作製された抗ヒトPD-L1 / ヒトPD-1複合体抗体からのアームを意味し、「Clone 949」「PDA0129」は抗ヒトPD-1抗体からのアームを意味する。
【
図11】
図11は、本実施例で検討された各分子型コンセプトのデザインおよび各アームの機能を説明する図である。
【
図12】
図12は、本実施例で検討された各分子型コンセプトの作用機序を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
A.定義
本明細書において「共抑制分子」とは、T細胞に発現する膜タンパク質であり、抗原提示細胞に発現する共抑制分子リガンドの特異的結合によりT細胞の活性または活性化を抑制する細胞内シグナルを生じる分子である。
本明細書において「共抑制分子リガンド」とは、抗原提示細胞に発現する膜タンパク質であり、T細胞に発現する共抑制分子への特異的結合により、T細胞に対して、該共抑制分子を介して、該T細胞の活性または活性化を抑制する細胞内シグナルを生じる分子である。
本明細書において「共抑制分子と共抑制分子リガンドからなる複合体」とは、該共抑制分子が該共抑制分子リガンドに結合し得る組合せである場合に、該共抑制分子リガンドが該共抑制分子に結合した状態のそれら分子により形成された複合体のことをいう。
本明細書において「分子間力」とは、主に、ある分子と他の分子の間に働く電磁気学的な力である。分子間力として、イオン間相互作用、水素結合、双極子相互作用、およびファンデルワールス力が例示される。分子間力には、共有結合は包含されない。高分子においては、分子内の別の部分の間に共有結合ではなく分子間力が生じることがある。
本明細書において「結合活性」とは、分子間力の強さを表す際に使用される。ある分子と他の分子との結合活性は、それらの分子間に生じる様々な分子間力の総和により決定される。分子間の結合活性を測定するために、フローサイトメトリー(FCM)、表面プラズモン共鳴(SPR)、バイオレイヤー干渉(BLI)、酵素結合免疫吸着検定法(ELISA)が一般的な手法として採用され得る。
本明細書において、「特異的に結合」とは、たとえば、対象抗原に対する結合活性が他の抗原に対する結合活性よりも高い場合における、該対象抗原に対する結合をいう。本明細書において、「結合活性」は後述の「(b-2) 第2の態様」の「i) 結合活性」で定義される。
本明細書における「分子内の立体構造変化」は、共抑制分子リガンドが共抑制分子に結合することによって生じる、いずれか一方または両方の立体構造の変化(Structure, 2015, Vol.23, pp.2341-2348.およびJ Biol Chem, 2013, Vol.288, pp.11771-11785.を参照)を意味する。生理機能を有するように高次構造を形成したタンパク質は、そのタンパク質の表面に、他のタンパク質との分子間相互作用によってその立体構造に変化を生じさせる可塑的な領域を有することがある。タンパク質の立体構造の変化は、生理機能を有するように高次構造を形成したタンパク質における特定のアミノ酸残基に関する、他のアミノ酸残基との相対的な位置関係の変化を意味する。本明細書においては、特に、共抑制分子リガンドが共抑制分子に結合することによって生じる分子内の立体構造変化を想定する。
本明細書において、抗体の「アーム」とは、自然に存在する抗体と同様な二価抗体における一価を構成する部分を意味する。具体的には当該アームは一の重鎖Fabと一の軽鎖Fabがジスルフィド結合により結合した抗体の部分を指す。アームを含む抗体は二価抗体に限定されず、一価抗体または多価抗体であり得る。
【0014】
本明細書で用語「抗体」は、最も広い意味で使用され、所望の抗原結合活性を示す限りは、これらに限定されるものではないが、モノクローナル抗体、ポリクローナル抗体、多重特異性抗体(例えば、二重特異性抗体)および抗体断片を含む、種々の抗体構造を包含する。
【0015】
「抗体断片」は、完全抗体が結合する抗原に結合する当該完全抗体の一部分を含む、当該完全抗体以外の分子のことをいう。抗体断片の例は、これらに限定されるものではないが、Fv、Fab、Fab'、Fab’-SH、F(ab')2;ダイアボディ;線状抗体;単鎖抗体分子(例えば、scFv);および、抗体断片から形成された多重特異性抗体を含む。
【0016】
本明細書で用語「Fc領域」は、少なくとも定常領域の一部分を含む免疫グロブリン重鎖のC末端領域を定義するために用いられる。この用語は、天然型配列のFc領域および変異体Fc領域を含む。一態様において、ヒトIgG重鎖Fc領域はCys226から、またはPro230から、重鎖のカルボキシル末端まで延びる。ただし、Fc領域のC末端のリジン (Lys447) またはグリシン‐リジン(Gly446-Lys447)は、存在していてもしていなくてもよい。本明細書では別段特定しない限り、Fc領域または定常領域中のアミノ酸残基の番号付けは、Kabat et al., Sequences of Proteins of Immunological Interest, 5th Ed. Public Health Service, National Institutes of Health, Bethesda, MD 1991 に記載の、EUナンバリングシステム(EUインデックスとも呼ばれる)にしたがう。
【0017】
「フレームワーク」または「FR」は、超可変領域 (HVR) 残基以外の、可変ドメイン残基のことをいう。可変ドメインのFRは、通常4つのFRドメイン:FR1、FR2、FR3、およびFR4からなる。それに応じて、HVRおよびFRの配列は、通常次の順序でVH(またはVL)に現れる:FR1-H1(L1)-FR2-H2(L2)-FR3-H3(L3)-FR4。
【0018】
「単離された」抗体は、そのもともとの環境の成分から分離されたものである。いくつかの態様において、抗体は、例えば、電気泳動(例えば、SDS-PAGE、等電点分離法 (isoelectric focusing: IEF)、キャピラリー電気泳動)またはクロマトグラフ(例えば、イオン交換または逆相HPLC)で測定して、95%または99%を超える純度まで精製される。抗体の純度の評価のための方法の総説として、例えば、Flatman et al., J. Chromatogr. B 848:79-87 (2007) を参照のこと。
【0019】
本明細書でいう用語「モノクローナル抗体」は、実質的に均一な抗体の集団から得られる抗体のことをいう。すなわち、その集団を構成する個々の抗体は、生じ得る変異抗体(例えば、自然に生じる変異を含む変異抗体、またはモノクローナル抗体調製物の製造中に発生する変異抗体。そのような変異体は通常若干量存在している。)を除いて、同一でありおよび/または同じエピトープに結合する。異なる決定基(エピトープ)に対する異なる抗体を典型的に含むポリクローナル抗体調製物とは対照的に、モノクローナル抗体調製物の各モノクローナル抗体は、抗原上の単一の決定基に対するものである。したがって、修飾語「モノクローナル」は、実質的に均一な抗体の集団から得られるものである、という抗体の特徴を示し、何らかの特定の方法による抗体の製造を求めるものと解釈されるべきではない。例えば、本発明にしたがって用いられるモノクローナル抗体は、これらに限定されるものではないが、ハイブリドーマ法、組換えDNA法、ファージディスプレイ法、ヒト免疫グロブリン遺伝子座の全部または一部を含んだトランスジェニック動物を利用する方法を含む、様々な手法によって作成されてよく、モノクローナル抗体を作製するためのそのような方法および他の例示的な方法は、本明細書に記載されている。
【0020】
「天然型抗体」は、天然に生じる様々な構造を伴う免疫グロブリン分子のことをいう。例えば、天然型IgG抗体は、ジスルフィド結合している2つの同一の軽鎖と2つの同一の重鎖から構成される約150,000ダルトンのヘテロ四量体糖タンパク質である。N末端からC末端に向かって、各重鎖は、可変重鎖ドメインまたは重鎖可変ドメインとも呼ばれる可変領域 (VH) を有し、それに3つの定常ドメイン(CH1、CH2、およびCH3)が続く。同様に、N末端からC末端に向かって、各軽鎖は、可変軽鎖ドメインまたは軽鎖可変ドメインとも呼ばれる可変領域 (VL) を有し、それに定常軽鎖 (CL) ドメインが続く。抗体の軽鎖は、その定常ドメインのアミノ酸配列に基づいて、カッパ(κ)およびラムダ(λ)と呼ばれる、2つのタイプの1つに帰属させられてよい。
【0021】
用語「可変領域」または「可変ドメイン」は、抗体を抗原へと結合させることに関与する、抗体の重鎖または軽鎖のドメインのことをいう。天然型抗体の重鎖および軽鎖の可変ドメイン(それぞれVHおよびVL)は、通常、各ドメインが4つの保存されたフレームワーク領域 (FR) および3つの超可変領域 (HVR) を含む、類似の構造を有する。(例えば、Kindt et al. Kuby Immunology, 6th ed., W.H. Freeman and Co., page 91 (2007) 参照。)1つのVHまたはVLドメインで、抗原結合特異性を与えるに充分であろう。さらに、ある特定の抗原に結合する抗体は、当該抗原に結合する抗体からのVHまたはVLドメインを使ってそれぞれVLまたはVHドメインの相補的ライブラリをスクリーニングして、単離されてもよい。例えばPortolano et al., J. Immunol. 150:880-887 (1993); Clarkson et al., Nature 352:624-628 (1991) 参照。
【0022】
本明細書で用いられる用語「ベクター」は、それが連結されたもう1つの核酸を増やすことができる、核酸分子のことをいう。この用語は、自己複製核酸構造としてのベクター、および、それが導入された宿主細胞のゲノム中に組み入れられるベクターを含む。あるベクターは、自身が動作的に連結された核酸の、発現をもたらすことができる。そのようなベクターは、本明細書では「発現ベクター」とも称される。
【0023】
B.抗原結合分子
本発明の一局面において、抗原結合分子は第1の抗原結合ドメインを含む。
第1の抗原結合ドメインは、第1の複合体に結合し得る限り、如何なる化学的構造を有していてもよく、たとえば、低分子化合物であってもよく、高分子化合物であってもよい。第1の複合体は、第1の共抑制分子と第1の共抑制分子リガンドからなる。第1の共抑制分子リガンドは、第1の共抑制分子に対するリガンドである。後述される「(b-10)他の態様」欄において、第1の抗原結合ドメインの具体的な態様が例示される。
【0024】
(b-1)第1の態様
一態様において、第1の抗原結合ドメインは、第1の複合体に特異的に結合し得る。
【0025】
該態様において、第1の抗原結合ドメインの第1の複合体への特異的結合は、第1の複合体中の第1の共抑制分子への分子間力による結合であり得、第1の複合体中の第1の共抑制分子リガンドへの分子間力による結合であり得、または第1の複合体中の第1の共抑制分子と第1の共抑制分子リガンドの両方との分子間力による結合であり得る。第1の抗原結合ドメインの第1の複合体への特異的結合は、好ましくは、第1の複合体中の第1の共抑制分子と第1の共抑制分子リガンドの両方との分子間力による結合であり得る。これら様々な結合の態様の存在は、第1の抗原結合ドメインが第1の複合体に特異的に結合している限り、第1の共抑制分子と第1の共抑制分子リガンドのいずれか一方または両方に分子間力が形成され得ることを意味する。
【0026】
該態様において、第1の抗原結合ドメインが第1の共抑制分子および第1の共抑制分子リガンドのいずれか一方と分子間力による結合を形成する場合には、第1の共抑制分子リガンドが第1の共抑制分子に結合したときに第1の共抑制分子および第1の共抑制分子リガンドのいずれか一方または両方に分子内の立体構造変化がある場合が想定される。この場合において、第1の抗原結合ドメインは、これら二つの分子間の結合によって変化した立体構造を特異的に認識する。
たとえば、第1の共抑制分子リガンドが第1の共抑制分子に結合したときに第1の共抑制分子と第1の共抑制分子リガンドの一方の分子内に立体構造変化がある場合には、第1の抗原結合ドメインは、その結合によって変化した立体構造を認識しつつ、そしてその立体構造の変化を生じた第1の共抑制分子または第1の共抑制分子リガンドと分子間力による結合を形成し得る。
一方、第1の共抑制分子リガンドが第1の共抑制分子に結合したときに第1の共抑制分子と第1の共抑制分子リガンドの両方の分子内に立体構造変化がある場合には、第1の抗原結合ドメインは、その結合によって変化した第1の共抑制分子と第1の共抑制分子リガンドのいずれか一方の立体構造を認識しつつ、そしてその立体構造の変化を生じた第1の共抑制分子または第1の共抑制分子リガンドと分子間力による結合を形成し得る。
【0027】
該態様において、第1の抗原結合ドメインが第1の共抑制分子および第1の共抑制分子リガンドの両方と分子間力による結合を形成する場合には、第1の共抑制分子リガンドが第1の共抑制分子に結合したときに第1の共抑制分子および第1の共抑制分子リガンドの分子内に立体構造変化があってもなくてもよい。この場合において仮に立体構造変化を生じるならば、第1の共抑制分子および第1の共抑制分子リガンドのいずれか一方または両方の立体構造に変化を生じ得る。
この場合において、第1の抗原結合ドメインは、第1の複合体に特有な原子の配置を認識し、そして第1の共抑制分子および第1の共抑制分子リガンドの両方と分子間力による結合を形成し得る。この場合における第1の抗原結合ドメインが認識するすべての原子の配置は、第1の複合体を形成していない第1の共抑制分子のみ、または第1の複合体を形成していない第1の共抑制分子リガンドのみには存在しない。
【0028】
(b-2)第2の態様
上述の(b-1)とは別の態様において、第1の抗原結合ドメインは、第1の複合体に結合し得る。
【0029】
該態様において、第1の抗原結合ドメインの第1の複合体への結合活性は、第1の複合体を形成していない第1の共抑制分子への結合活性よりも高い、第1の複合体を形成していない第1の共抑制分子リガンドへの結合活性よりも高い、または第1の複合体を形成していない第1の共抑制分子への結合活性と第1の複合体を形成していない第1の共抑制分子リガンドへの結合活性の両方よりも高い。第1の抗原結合ドメインの第1の複合体への結合活性は、好ましくは、第1の複合体を形成していない第1の共抑制分子への結合活性および第1の複合体を形成していない第1の共抑制分子リガンドへの結合活性の両方よりも高い。
【0030】
該態様において、第1の抗原結合ドメインの第1の複合体への結合は、第1の複合体中の第1の共抑制分子への分子間力による結合であり得、第1の複合体中の第1の共抑制分子リガンドへの分子間力による結合であり得、または第1の複合体中の第1の共抑制分子と第1の共抑制分子リガンドの両方との分子間力による結合であり得る。第1の抗原結合ドメインの第1の複合体への結合は、好ましくは、第1の複合体中の第1の共抑制分子と第1の共抑制分子リガンドの両方との分子間力による結合であり得る。これら様々な結合の態様の存在は、第1の抗原結合ドメインが第1の複合体に結合し、上述の結合活性を有している限り、第1の共抑制分子と第1の共抑制分子リガンドのいずれか一方または両方に分子間力が形成され得ることを意味する。
【0031】
該態様において、第1の抗原結合ドメインが第1の共抑制分子および第1の共抑制分子リガンドのいずれか一方と分子間力による結合を形成する場合には、第1の共抑制分子リガンドが第1の共抑制分子に結合したときに第1の共抑制分子および第1の共抑制分子リガンドのいずれか一方または両方に分子内の立体構造変化がある場合が想定される。この場合において、第1の抗原結合ドメインは、これら二つの分子間の結合によって変化した立体構造を、その結合による変化前の立体構造よりも認識しやすい。
たとえば、第1の共抑制分子リガンドが第1の共抑制分子に結合したときに第1の共抑制分子と第1の共抑制分子リガンドの一方の分子内に立体構造変化がある場合には、第1の抗原結合ドメインは、その結合によって変化した立体構造をその変化前の立体構造よりも認識しやすく、そしてその立体構造の変化を生じた第1の共抑制分子または第1の共抑制分子リガンドと分子間力による結合を形成しやすい。
一方、第1の共抑制分子リガンドが第1の共抑制分子に結合したときに第1の共抑制分子と第1の共抑制分子リガンドの両方の分子内に立体構造変化がある場合には、第1の抗原結合ドメインは、その結合によって変化した第1の共抑制分子と第1の共抑制分子リガンドのいずれか一方の立体構造をそれらの変化前の立体構造よりも認識しやすく、そしてその立体構造の変化を生じた第1の共抑制分子または第1の共抑制分子リガンドと分子間力による結合を形成しやすい。
【0032】
該態様において、第1の抗原結合ドメインが第1の共抑制分子および第1の共抑制分子リガンドの両方と分子間力による結合を形成する場合には、第1の共抑制分子リガンドが第1の共抑制分子に結合したときに第1の共抑制分子および第1の共抑制分子リガンドの分子内に立体構造変化があってもなくてもよい。この場合において仮に立体構造変化を生じるならば、第1の共抑制分子および第1の共抑制分子リガンドのいずれか一方または両方の立体構造に変化を生じ得る。この場合において、第1の抗原結合ドメインは、第1の複合体に特有な原子の配置を第1の複合体を形成していない第1の共抑制分子における原子の配置および第1の複合体を形成していない第1の共抑制分子リガンドにおける原子の配置よりも認識しやすく、そして第1の共抑制分子および第1の共抑制分子リガンドの両方と分子間力による結合を形成しやすい。この場合における第1の抗原結合ドメインが認識するすべての原子の配置は、第1の複合体を形成していない第1の共抑制分子のみ、または第1の複合体を形成していない第1の共抑制分子リガンドのみには存在しない。
【0033】
i) 結合活性
該態様における結合活性は、一般に用いられる分子間の結合活性の測定法を用いればよい。分子間の結合活性の測定法として、フローサイトメトリー(FCM)、表面プラズモン共鳴(SPR)、バイオレイヤー干渉(BLI)、酵素結合免疫吸着検定法(ELISA)が選択され得る。抗原結合分子が第1の抗原結合分子の一つのみを含む場合、抗原結合分子の第1の複合体への結合活性をこれらの測定法により測定した場合、抗原結合分子の第1の複合体へのアフィニティが測定される。抗原結合分子が第1の抗原結合分子の複数を含む場合、抗原結合分子の第1の複合体への結合活性をこれらの測定法により測定した場合、抗原結合分子の第1の複合体へのアビディティが測定される。
【0034】
該態様における結合活性は、フローサイトメトリーにより測定されることが好ましい。結合活性がフローサイトメトリーにより測定される場合、第1の複合体が細胞の表面上に形成されるため、第1の複合体における第1の共抑制分子と第1の共抑制分子リガンドの結合態様が、他の測定法よりも生体内の環境により近づく。フローサイトメトリーにより測定された抗原結合分子の第1の複合体への結合活性は、生体内の環境を反映しやすい。
【0035】
該態様における結合活性を測定するためのフローサイトメトリーの一例としては、第1の共抑制分子を強制発現し第1の共抑制分子リガンドを強制発現していない第1の細胞を用いて行われる。
該例においては、第1の可溶型ポリペプチドの存在下と非存在下において、第1の抗原結合ドメインの第1の細胞への結合活性が測定される。
該例においては、第1の可溶型ポリペプチドの存在下における第1の抗原結合ドメインの第1の細胞への結合活性が、第1の可溶型ポリペプチドの非存在下に比べて高い。
【0036】
第1の細胞は、第1の共抑制分子を強制発現しており、且つ第1の共抑制分子リガンドを強制発現していない動物由来の細胞であれば、如何なる細胞でよい。第1の細胞は、好ましくは実質的に第1の共抑制分子リガンドを発現していない。第1の細胞は、より好ましくは第1の共抑制分子リガンドを発現していない。
第1の細胞は、好ましくは浮遊培養できる細胞である。第1の細胞の種類としては、チャイニーズハムスター卵巣細胞由来の細胞が挙げられる。
【0037】
本例における測定に用いられる第1の抗原結合ドメインは、抗原結合分子に含まれる状態でもよく、抗原結合分子の一部の状態であってもよい。測定に用いられる第1の抗原結合ドメインは、抗原結合分子に含まれないアミノ酸配列が付加されていてもよい。
本例における測定に用いられる第1の可溶型ポリペプチドは、第1の共抑制分子リガンドの細胞外ドメインまたはその一部を含み且つ可溶型である限り、如何なるポリペプチドであってもよい。第1の共抑制分子リガンドの細胞外ドメインは、Ig-V様ドメインおよびIg-C様ドメインを含む。測定に用いられる第1の可溶型ポリペプチドは、少なくとも第1の共抑制分子リガンドのIg-V様ドメインを含んでいればよい。すなわち、測定に用いられる第1の可溶型ポリペプチドは、第1の共抑制分子リガンドのIg-V様ドメインを含み且つ可溶型である限り、如何なるポリペプチドであってもよい。測定に用いられる第1の可溶型ポリペプチドは、好ましくは第1の共抑制分子リガンドのIg-V様ドメインを含み且つ可溶型である。
【0038】
該態様における結合活性を測定するためのフローサイトメトリーのもう一つの例としては、第1の共抑制分子リガンドを強制発現し第1の共抑制分子を強制発現していない第2の細胞を用いて行われる。
該例においては、第2の可溶型ポリペプチドの存在下と非存在下において、第1の抗原結合ドメインの第2の細胞への結合活性が測定される。
該例においては、第2の可溶型ポリペプチドの存在下における第1の抗原結合ドメインの第2の細胞への結合活性が、第2の可溶型ポリペプチドの非存在下に比べて高い。
【0039】
第2の細胞は、第1の共抑制分子リガンドを強制発現しており、且つ第1の共抑制分子を強制発現していない動物由来の細胞であれば、如何なる細胞でよい。第2の細胞は、好ましくは実質的に第1の共抑制分子を発現していない。第2の細胞は、より好ましくは第1の共抑制分子を発現していない。
第2の細胞は、好ましくは浮遊培養できる細胞である。第2の細胞の種類としては、チャイニーズハムスター卵巣細胞由来の細胞が挙げられる。
【0040】
本例における測定に用いられる第1の抗原結合ドメインは、抗原結合分子に含まれる状態でもよく、抗原結合分子の一部の状態であってもよい。測定に用いられる第1の抗原結合ドメインは、抗原結合分子に含まれないアミノ酸配列が付加されていてもよい。
本例における測定に用いられる第2の可溶型ポリペプチドは、第1の共抑制分子の細胞外ドメインまたはその一部を含み且つ可溶型である限り、如何なるポリペプチドであってもよい。第1の共抑制分子の細胞外ドメインは、Ig-V様ドメインを含む。測定に用いられる第2の可溶型ポリペプチドは、少なくとも第1の共抑制分子のIg-V様ドメインを含んでいればよい。すなわち、測定に用いられる第2の可溶型ポリペプチドは、第1の共抑制分子のIg-V様ドメインを含み且つ可溶型である限り、如何なるポリペプチドであってもよい。測定に用いられる第2の可溶型ポリペプチドは、好ましくは第1の共抑制分子のIg-V様ドメインを含み且つ可溶型である。
【0041】
結合活性の具体的な態様として、以下の(a)および(b)のいずれか一方または両方の条件を満たす態様が挙げられる。
(a) 前記第1の共抑制分子を強制発現し前記第1の共抑制分子リガンドを強制発現していない第1の細胞を用いたフローサイトメトリーにおいて、前記第1の共抑制分子リガンドの細胞外ドメインまたはその一部を含む第1の可溶型ポリペプチドの存在下における前記第1の抗原結合ドメインの前記第1の細胞への結合活性が、前記第1の可溶型ポリペプチドの非存在下に比べて高い。
(b) 前記第1の共抑制分子リガンドを強制発現し前記第1の共抑制分子を強制発現していない第2の細胞を用いたフローサイトメトリーにおいて、前記第1の共抑制分子の細胞外ドメインまたはその一部を含む第2の可溶型ポリペプチドの存在下における前記第1の抗原結合ドメインの前記第2の細胞への結合活性が、前記第2の可溶型ポリペプチドの非存在下に比べて高い。
【0042】
該具体的な態様において、(a)の第1の細胞はチャイニーズハムスター卵巣細胞由来であり得る。(b)の第2の細胞はチャイニーズハムスター卵巣細胞由来であり得る。第1の細胞および第2の細胞の両方がチャイニーズハムスター卵巣細胞由来であり得る。
該具体的な態様において、「強制発現」とは、細胞における遺伝子組換えによる外来的なタンパク質の発現である。
フローサイトメトリーは、当業者により通常用いられるものでよく、市販のフローサイトメトリーが用いられ得る。
第1の可溶型ポリペプチドは、第1の共抑制分子リガンドの細胞外ドメインまたはその一部を含むポリペプチドであればよく、そして好ましくは可溶型である。第1の共抑制分子リガンドの細胞外ドメインまたはその一部は、好ましくは第1の共抑制分子リガンドのIg-V様ドメインを含み且つ可溶型である。
第2の可溶型ポリペプチドは、第1の共抑制分子の細胞外ドメインまたはその一部を含むポリペプチドであればよく、そして好ましくは可溶型である。第1の共抑制分子の細胞外ドメインまたはその一部は、好ましくは第1の共抑制分子のIg-V様ドメインを含み且つ可溶型である。
【0043】
上記(a)の態様において結合活性が検出される機序として、初めに、第1の可溶型ポリペプチドの存在下において該第1の可溶型ポリペプチドが第1の細胞に強制発現する第1の共抑制分子に結合することにより、第1の複合体が該第1の細胞表面上に形成される。次いで、第1の抗原結合ドメインを含むポリペプチド(該ポリペプチドは抗原結合分子であってもよい。)が、形成された該第1の複合体に結合する。この結合がフローサイトメトリーで検出される。第1の抗原結合ドメインが第1の複合体に特異的に結合するものであるから、第1の可溶型ポリペプチドの非存在下においてはこの結合は検出されない。
上記(b)の態様において結合活性が検出される機序として、初めに、第2の可溶型ポリペプチドの存在下において該第2の可溶型ポリペプチドが第2の細胞に強制発現する第1の共抑制分子リガンドに結合することにより、第1の複合体が該第2の細胞表面上に形成される。次いで、第1の抗原結合ドメインを含むポリペプチド(該ポリペプチドは抗原結合分子であってもよい。)が、形成された該第1の複合体に結合する。この結合がフローサイトメトリーで検出される。第1の抗原結合ドメインが第1の複合体に特異的に結合するものであるから、第2の可溶型ポリペプチドの非存在下においてはこの結合は検出されない。
【0044】
(b-3)第3の態様
上述の(b-1)および(b-2)とは別の態様において、第1の抗原結合ドメインは、第1の共抑制分子および前記第1の共抑制分子に対する第1の共抑制分子リガンドからなる第1の複合体に存在するエピトープに特異的に結合し得る。
該エピトープは、好ましくは第1の複合体を形成していない第1の共抑制分子のみ、または第1の複合体を形成していない第1の共抑制分子リガンドのみには存在しない。この態様には、第1の複合体を形成していない第1の共抑制分子の一部分と第1の複合体を形成していない第1の共抑制分子リガンドの一部分の両方をエピトープとする場合が包含されるほか、第1の複合体を形成していない第1の共抑制分子には存在しないが第1の複合体を形成している第1の共抑制分子には存在する立体構造をエピトープとする場合および第1の複合体を形成していない第1の共抑制分子リガンドには存在しないが第1の複合体を形成している第1の共抑制分子リガンドには存在する立体構造をエピトープとする場合のような後述する立体構造変化をエピトープとする場合が包含される。
【0045】
該態様において、第1の抗原結合ドメインのエピトープへの特異的結合は、第1の複合体中の第1の共抑制分子への分子間力による結合であり得、第1の複合体中の第1の共抑制分子リガンドへの分子間力による結合であり得、または第1の複合体中の第1の共抑制分子と第1の共抑制分子リガンドの両方との分子間力による結合であり得る。第1の抗原結合ドメインの該エピトープへの特異的結合は、好ましくは、第1の複合体中の第1の共抑制分子と第1の共抑制分子リガンドの両方との分子間力による結合であり得る。これら様々な結合の態様の存在は、第1の抗原結合ドメインが該エピトープに特異的に結合している限り、第1の共抑制分子と第1の共抑制分子リガンドのいずれか一方または両方に分子間力が形成され得ることを意味する。該分子間力は、該第1の抗原結合ドメインと該エピトープの間に生じる分子間力であり得る。
【0046】
該態様において、第1の抗原結合ドメインが第1の共抑制分子および第1の共抑制分子リガンドのいずれか一方と分子間力による結合を形成する場合には、第1の共抑制分子リガンドが第1の共抑制分子に結合したときに第1の共抑制分子および第1の共抑制分子リガンドのいずれか一方または両方に分子内の立体構造変化がある場合が想定される。この場合において、第1の抗原結合ドメインは、これら二つの分子間の結合によって変化した立体構造をエピトープとして特異的に認識する。
たとえば、第1の共抑制分子リガンドが第1の共抑制分子に結合したときに第1の共抑制分子と第1の共抑制分子リガンドの一方の分子内に立体構造変化がある場合には、第1の抗原結合ドメインは、その結合によって変化した立体構造をエピトープとして認識しつつ、そしてその立体構造の変化を生じた第1の共抑制分子または第1の共抑制分子リガンドと分子間力による結合を形成し得る。
一方、第1の共抑制分子リガンドが第1の共抑制分子に結合したときに第1の共抑制分子と第1の共抑制分子リガンドの両方の分子内に立体構造変化がある場合には、第1の抗原結合ドメインは、その結合によって変化した第1の共抑制分子と第1の共抑制分子リガンドのいずれか一方の立体構造をエピトープとして認識しつつ、そしてその立体構造の変化を生じた第1の共抑制分子または第1の共抑制分子リガンドと分子間力による結合を形成し得る。
【0047】
該態様において、第1の抗原結合ドメインが第1の共抑制分子および第1の共抑制分子リガンドの両方と分子間力による結合を形成する場合には、第1の共抑制分子リガンドが第1の共抑制分子に結合したときに第1の共抑制分子および第1の共抑制分子リガンドの分子内に立体構造変化があってもなくてもよい。この場合において仮に立体構造変化を生じるならば、第1の共抑制分子および第1の共抑制分子リガンドのいずれか一方または両方の立体構造に変化を生じ得る。
この場合において、第1の抗原結合ドメインは、第1の複合体に特有な原子の配置をエピトープとして認識し、そして第1の共抑制分子および第1の共抑制分子リガンドの両方におけるエピトープと分子間力による結合を形成し得る。この場合における第1の抗原結合ドメインが認識するエピトープにおけるすべての原子の配置は、第1の複合体を形成していない第1の共抑制分子のみ、または第1の複合体を形成していない第1の共抑制分子リガンドのみには存在しない。
【0048】
(b-4)抗原結合分子の免疫シナプスにおける作用
上述の(b-1)、(b-2)および(b-3)の態様において、抗原結合分子は、第1の複合体が存在する免疫シナプスにおいて、第1の共抑制分子の下流の第1の細胞内シグナルを活性化し得る。
「第1の共抑制分子の下流の第1の細胞内シグナル」とは、第1の共抑制分子を発現する細胞において、第1の共抑制分子が活性化したときに生じる細胞内シグナルを意味する。T細胞において、第1の細胞内シグナルの活性化はT細胞受容体からのシグナルを抑制する機能を有し得る。その結果として、T細胞の活性化が抑制され得る。ここで言うT細胞の活性化とは、T細胞の増殖や活性化型細胞への分化などの免疫が活性化する際に現れるT細胞の表現型のほか、免疫を賦活するサイトカイン産生増加のことである。T細胞としては、特に、CD4(+)FoxP3(-) T細胞、およびCD8(+) T細胞が挙げられる。
【0049】
「免疫シナプス」とは、共抑制分子リガンドを発現している細胞と、共抑制分子を発現している免疫系の細胞とが近接し、接触し、それらの間に形成されるリング状の構造を意味する(Front Immunol 2016 Vol.7 Article 255, Immunology 2011 Vol.133 pp.420-425)。MHCと共抑制分子リガンドを発現している細胞と共抑制分子を発現しているT細胞の間に形成されたシナプスが、免疫シナプスとして例示される。
【0050】
(b-5)第1の細胞内シグナルの強度の測定
一態様において、第1の共抑制分子の活性化により生じた第1の細胞内シグナルの強度は、in vitroの実験により測定され得る。この測定系で、抗原結合分子の存在下における第1の細胞内シグナルの強度が抗原結合分子の非存在下に比べて高い場合に、抗原結合分子によって第1の細胞内シグナルが活性化されたということができる。
【0051】
該態様において、第1の共抑制分子を発現する第3の細胞と、抗原非依存的なT細胞受容体アクチベーターおよび第1の共抑制分子リガンドを発現する第4の細胞とが互いに接触可能な状態で用いられる測定系が、第1の細胞内シグナルの強度の測定系として例示される。該第3の細胞は、第1の共抑制分子の活性化により生じる下流の細胞内シグナルである第1の細胞内シグナルの強度を測定し得る細胞である。
【0052】
該測定系で第3の細胞における第1の細胞内シグナルが第4の細胞における第1の共抑制分子リガンドによって最大限に活性化している状態に至っている場合には、抗原結合分子が第1の細胞内シグナルを活性化したことを確認できない。したがって、該例示において第1の細胞内シグナルの強度の測定は、第4の細胞が発現する第1の共抑制分子リガンドにより第3の細胞における第1の細胞内シグナルの活性化が最大限に達していない条件で行われる。そのような条件とするために、第4の細胞における第1の共抑制分子リガンドに対する阻害抗体を用いることにより、第3の細胞における第1の細胞内シグナルを部分的に抑制する方法が適用され得る。第1の共抑制分子リガンドに対する阻害抗体には、公知の阻害抗体が適用され得る。たとえば、PD-L1に対する阻害抗体としては、YW243.55S70(US2016/0222117 A1を参照;重鎖可変領域配列番号:16および軽鎖可変領域配列番号:17)が用いられ得る。
【0053】
該例示において、第3の細胞はJurkat細胞由来であり得る。第4の細胞はチャイニーズハムスター卵巣細胞由来であり得る。好ましい態様において、第3の細胞がJurkat細胞由来であり、且つ第4の細胞がチャイニーズハムスター卵巣細胞由来である。第4の細胞としては、Promega製のPD-L1を発現する人工抗原提示細胞(#J109A)が例示される。
【0054】
該例示において、第1の細胞内シグナルの強度は、第1の共抑制分子が活性化したときに生じる、第1の共抑制分子の細胞内ドメインと該細胞内ドメインに直接にまたは間接に相互作用する細胞内タンパク質との近接に基づき測定され得る。近接の検出系は、細胞内に存在する分子間の近接を観察でき、その強度を数値化できる検出系である限り、如何なる検出系でもよい。具体的には、NanoBRET(登録商標)が挙げられる。
【0055】
該例示において、第1の共抑制分子の細胞内ドメインに直接にまたは間接に相互作用する細胞内タンパク質は、公知のものであってもよく、実験者により新たに発見されたものであってもよい。脱リン酸化酵素が、該細胞内タンパク質として例示される。具体的には、共抑制分子がPD-1である場合、脱リン酸化酵素はSHP-2が例示される。
【0056】
(b-6)第1の細胞内シグナルによる免疫活性化シグナルの抑制の測定
一態様において、第1の共抑制分子の活性化により生じた第1の細胞内シグナルによって免疫の活性化シグナルが抑制されたか否かはin vitroの実験により確かめられ得る。その実験で、抗原結合分子の存在下における免疫の活性化シグナルの強度が抗原結合分子の非存在下に比べて低い場合に、抗原結合分子によって免疫の活性化シグナルが抑制されたということができる。免疫の活性化シグナルは、好ましくはT細胞におけるT細胞受容体の下流で活性化し得る第2の細胞内シグナルである。
【0057】
該態様において、T細胞受容体および第1の共抑制分子を発現する第5の細胞と、抗原非依存的なT細胞受容体アクチベーターおよび第1の共抑制分子リガンドを発現する第6の細胞とが互いに接触可能な条件下で用いられる測定系が、第2の細胞内シグナルの強度の測定系として例示される。該第5の細胞は、T細胞受容体の活性化により生じる下流の細胞内シグナルである第2の細胞内シグナルの強度を測定し得、第1の細胞内シグナルの活性化によって前記第2の細胞内シグナルが抑制され得る細胞である。第6の細胞は、上述の(b-5)で使われる第4の細胞を利用することができる。
【0058】
該測定系の該第5の細胞において、第2の細胞内シグナルが、第6の細胞の第1の共抑制分子リガンドの結合に起因して生じる第5の細胞の第1の共抑制分子の活性化とそれに続く第1の細胞内シグナルの活性化によって最大限に抑制されている状態に至っている場合には、抗原結合分子が第2の細胞内シグナルを抑制したことを確認できない。したがって、該例示において第2の細胞内シグナルの強度の測定は、第6の細胞が発現する第1の共抑制分子リガンドにより第5の細胞における第2の細胞内シグナルが最大限に抑制されていない条件で行われる。そのような条件とするために、第6の細胞における第1の共抑制分子リガンドに対する阻害抗体を用いることにより、第5の細胞における第2の細胞内シグナルの抑制を部分的に抑制する方法が適用され得る。第1の共抑制分子リガンドに対する阻害抗体には、公知の阻害抗体が適用され得る。たとえば、PD-L1に対する阻害抗体としては、YW243.55S70(US2016/0222117 A1を参照;重鎖可変領域配列番号:16および軽鎖可変領域配列番号:17)が用いられ得る。
【0059】
該例示において、第5の細胞はJurkat細胞由来であり得る。第6の細胞はチャイニーズハムスター卵巣細胞由来であり得る。好ましい態様において、第5の細胞がJurkat細胞由来であり、且つ第6の細胞がチャイニーズハムスター卵巣細胞由来である。第6の細胞としては、Promega社のPD-L1を発現する人工抗原提示細胞(#J109A)が例示される。
【0060】
該例示において、第2の細胞内シグナルの強度は、T細胞受容体シグナルの下流で働く転写因子による転写活性に基づき測定され得る。転写活性の測定系は、T細胞受容体シグナルの下流で働くことが知られている因子の修飾または結合によるものでも、遺伝子の発現量の変動によるものでもよい。該修飾は、特定のタンパク質のリン酸化状態の変動であってもよい。該結合は、特定のタンパク質間の相互作用であってもよい。遺伝子の発現量の該変動は、特定の転写因子が認識するプロモーターに何らかの酵素活性を有するタンパク質をコードする遺伝子を融合させたレポーター遺伝子アッセイでもよい。具体的には、第2の細胞内シグナルが転写因子のNFATの活性である態様において、NFAT応答配列(NFAT response element)下流にルシフェラーゼ(Luciferase)を発現制御できるように融合させたレポーター遺伝子が第5の細胞に導入され、そしてルシフェラーゼと反応した基質が発光されるアッセイが、T細胞受容体シグナルの下流シグナルの強度を測定できるレポーター遺伝子アッセイとして例示される。
【0061】
(b-7)第1の共抑制分子と第1の共抑制分子リガンドの組合せ
一態様において、第1の抗原結合ドメインが特異的に結合し得る第1の複合体中の第1の共抑制分子は、抗原結合分子を得ようとした者がその時点で知り得る範囲の共抑制分子から適宜選択され得る。第1の共抑制分子は、代表的にはPD-1、BTLA、TIGIT、LAG-3、CTLA4、およびTIM-3が挙げられる。
【0062】
一態様において、第1の複合体中の第1の共抑制分子リガンドは、抗原結合分子を得ようとした者がその時点で知り得る範囲の共抑制分子リガンドから適宜選択され得る。第1の共抑制分子リガンドは、代表的にはPD-L1、PD-L2、HVEM、CD155、CD112、MHCクラスII分子、CD80、CD86、galectin-9、phosphatidylserine、CEACAM-1、およびHMGB1が挙げられる。
【0063】
これらの態様において、第1の共抑制分子および第1の共抑制分子リガンドの組合せは、好ましくはPD-1およびPD-L1の組合せ、PD-1およびPD-L2の組合せ、BTLAおよびHVEMの組合せ、TIGITおよびCD155の組合せ、TIGITおよびCD112の組合せ、LAG-3およびMHCクラスII分子の組合せ、CTLA4およびCD80の組合せ、CTLA4およびCD86の組合せ、TIM-3およびgalectin-9の組合せ、TIM-3およびphosphatidylserineの組合せ、TIM-3およびCEACAM-1の組合せ、ならびにTIM-3およびHMGB1の組合せからなる群から選択されるいずれか一つである。
【0064】
(b-8)多重特異性抗原結合分子
一態様において、抗原結合分子は、第2の抗原結合ドメインをさらに含んでいてもよい。その場合、抗原結合分子は、二以上の抗原またはエピトープに結合し得る多重特異性抗原結合分子である。該第2の抗原結合ドメインは、第2の共抑制分子リガンドと第2の複合体を形成し得る第2の共抑制分子に特異的に結合し得る。第2の抗原結合ドメインは、第2の複合体に結合し得ても結合し得ないくてもよい。第1の抗原結合ドメインが第1の複合体に結合することに特徴を有するのに対し、第2の抗原結合ドメインは第2の複合体に結合し得ても結合し得ないくてもよい点で、両ドメインは相違する。第2の抗原結合ドメインは、第2の共抑制分子に対するアゴニスト活性を有することが好ましい。
第2の抗原結合ドメインは、上述の特徴を有する限り、如何なる化学的構造を有していてもよく、たとえば、低分子化合物であってもよく、高分子化合物であってもよい。後述される「(b-10)他の態様」欄において、第2の抗原結合ドメインの具体的な態様が例示される。
【0065】
該態様において、多重特異性抗原結合分子は、第1の複合体が存在する免疫シナプスにおいて、第2の共抑制分子の下流の第3の細胞内シグナルを活性化し得る。第3の細胞内シグナルの強度は、上述の(b-5)における「第1の細胞内シグナルの強度の測定」と同様にして測定され得る。第3の細胞内シグナルの強度を測定する場合には、「第1の細胞内シグナルの強度の測定」における、第1の共抑制分子が第2の共抑制分子に、第1の共抑制分子リガンドが第2の共抑制分子リガンドに、それぞれ置き換えられる。多重特異性抗原結合分子が第2の共抑制分子の下流の第3の細胞内シグナルを活性化し得るのは、第2の抗原結合ドメインが有する第2の共抑制分子に対するアゴニスト活性であることが好ましい。
【0066】
該態様において、該第3の細胞内シグナルの活性化により、第2の細胞内シグナルが抑制され得る。第2の細胞内シグナルの強度は、上述の(b-6)における「第1の細胞内シグナルによる免疫活性化シグナルの抑制の測定」と同様にして測定され得る。
【0067】
該態様において、第2の抗原結合ドメインの第2の共抑制分子への結合は、好ましくは第2の共抑制分子リガンドの第2の共抑制分子への結合と競合しない。
【0068】
(b-9)第2の共抑制分子と第2の共抑制分子リガンドの組合せ
一態様において、第2の抗原結合ドメインが特異的に結合し得る第2の共抑制分子は、多重特異性抗原結合分子を得ようとした者がその時点で知り得る範囲の共抑制分子から適宜選択され得る。第2の共抑制分子は、代表的にはPD-1、BTLA、TIGIT、LAG-3、CTLA4、およびTIM-3が挙げられる。
【0069】
一態様において、第2の共抑制分子と第2の複合体を形成し得る第2の共抑制分子リガンドは、多重特異性抗原結合分子を得ようとした者がその時点で知り得る範囲の共抑制分子リガンドから適宜選択され得る。第2の共抑制分子リガンドは、代表的にはPD-L1、PD-L2、HVEM、CD155、CD112、MHCクラスII分子、CD80、CD86、galectin-9、phosphatidylserine、CEACAM-1、およびHMGB1が挙げられる。
【0070】
これらの態様において、第2の共抑制分子および第2の共抑制分子リガンドの組合せは、好ましくはPD-1およびPD-L1の組合せ、PD-1およびPD-L2の組合せ、BTLAおよびHVEMの組合せ、TIGITおよびCD155の組合せ、TIGITおよびCD112の組合せ、LAG-3およびMHCクラスII分子の組合せ、CTLA4およびCD80の組合せ、CTLA4およびCD86の組合せ、TIM-3およびgalectin-9の組合せ、TIM-3およびphosphatidylserineの組合せ、TIM-3およびCEACAM-1の組合せ、ならびにTIM-3およびHMGB1の組合せからなる群から選択されるいずれか一つである。
【0071】
(b-10)他の態様
他の態様において、第1の複合体中に第1の共抑制分子の一分子が存在していてもよく、第1の共抑制分子の複数の分子が存在していてもよい。第1の複合体中に第1の共抑制分子リガンドの一分子が存在していてもよく、第1の共抑制分子リガンドの複数の分子が存在していてもよい。第1の複合体は、第1の共抑制分子および第1の共抑制分子リガンド以外の分子を含んでいてもよい。
【0072】
他の態様において、第1の抗原結合ドメインは、抗体の可変領域またはその対象抗原への結合性のその断片であり得る。第1の抗原結合ドメインは、好ましくは一の抗体の可変領域またはその対象抗原への結合性のその断片である。該態様における該「一の抗体の可変領域またはその対象抗原への結合性のその断片」は、一のアームであることを意味する。第1の抗原結合ドメインは、一のアームのみで第1の複合体に特異的に結合し得る。そうすることにより、第1の複合体が免疫シナプスに存在するときに、抗原結合分子は該免疫シナプスに局在し得る。
【0073】
他の態様において、第2の抗原結合ドメインは、抗体の可変領域またはその対象抗原への結合性のその断片であり得る。第2の抗原結合ドメインは、好ましくは一の抗体の可変領域またはその対象抗原への結合性のその断片である。該態様における該「一の抗体の可変領域またはその対象抗原への結合性のその断片」は、一のアームであることを意味する。第2の抗原結合ドメインは、一のアームのみで第2の共抑制分子に特異的に結合し得る。そのような結合により、第2の抗原結合ドメインは第3の細胞内シグナルを活性化し得る。
【0074】
第1の抗原結合ドメインおよび第2の抗原結合ドメインの両方が、抗体の可変領域またはその対象抗原への結合性のその断片であることが好ましい。
【0075】
他の態様において、第1の共抑制分子リガンドは、第2の共抑制分子リガンドと同じであってもよく、異なっていてもよい。第1の共抑制分子は、第2の共抑制分子と同じであってもよく、異なっていてもよい。それらの下流シグナルにおいても同様に、第1の細胞内シグナルは、第3の細胞内シグナルと同じであってもよく、異なっていてもよい。第1の共抑制分子が第2の共抑制分子と同じである場合、好ましくは第1の抗原結合ドメインと第2の抗原結合ドメインが結合する共抑制分子内のエピトープは互いに異なる。
【0076】
他の態様において、抗原結合分子は抗体の定常領域をさらに含み得る。抗体の定常領域における少なくとも1残基が、天然型抗体の定常領域の相当する位置のアミノ酸残基と異なっていてもよい。さらなる態様において、抗原結合分子は抗体または抗体断片であり得る。該抗体は、好ましくは単離された抗体である。
【0077】
他の態様において、抗原結合分子は、第1の抗原結合ドメイン、第2の抗原結合ドメインおよび抗体の定常領域以外に、ポリペプチド、糖鎖、または低分子化合物を含み得る。これらの構成は、互いにリンカーや共有結合により連結されていてもよく、分子間力で複合体として存在していてもよい。すべての構成が直接的にまたはリンカーを介して共有結合により結合されていることが好ましい。リンカーの種類は、医薬に用い得るものである限り特に限定されない。
【0078】
(b-11)製法
本発明の別の局面において、上述の抗原結合分子の製造方法が提供される。
一態様において、抗原結合分子の製造方法は、該抗原結合分子をコードする核酸を含む細胞を培養することを含み得る。
【0079】
他の態様において、抗原結合分子の製造方法は、第1の共抑制分子またはその部分ポリペプチドおよび第1の共抑制分子に対する第1の共抑制分子リガンドまたはその部分ポリペプチドを含む第3の複合体を非ヒト動物に免疫することを含み得る。該第3の複合体は、該第1の共抑制分子またはその部分ポリペプチドを該第1の共抑制分子リガンドまたはその部分ポリペプチドにリンカーを介するか、化学結合により直接的に結合させた1分子であり得る。
該リンカーは該第1の共抑制分子またはその部分ポリペプチドを該第1の共抑制分子リガンドまたはその部分ポリペプチドに化学的に結合できるものである限り特に制限されない。該化学結合は第3の複合体を抗原として機能させ得るものである限り特に制限されない。該化学結合の例として共有結合が挙げられる。該化学結合が共有結合であれば、第3の複合体の安定性が高められる。該共有結合は、システイン残基の側鎖に存在するチオール基を利用したジスルフィド結合が挙げられる。
【0080】
該製造方法は、該第3の複合体を免疫した該非ヒト動物から、該抗原結合分子を含む血漿または血液を採取することを含み得る。該製造方法は、該血漿または該血液から、純度を高めた前記抗原結合分子を含有する組成物を得ることをさらに含み得る。
該態様において、該製造方法において、抗原結合分子はポリクローナル抗体であり得る。
【0081】
該製造方法は、第3の複合体を免疫した非ヒト動物から、該抗原結合分子を発現する細胞クローンを単離することを含み得る。該製造方法は、該細胞クローンから前記抗原結合分子をコードする核酸を抽出し、単離することをさらに含み得る。該製造方法は、該核酸を組み換えることをさらに含み得る。該製造方法は、該組み換えられた核酸を他の細胞に導入し、前記抗原結合分子を前記他の細胞に発現させることをさらに含み得る。該製造方法は、該発現させた抗原結合分子を含有する組成物を得ることをさらに含み得る。該製造方法は、該組成物における前記発現させた抗原結合分子の純度を高めることをさらに含み得る。
【0082】
C.抗原結合分子の用途
(c-1)共抑制分子アゴニスト
本発明の別の局面において、共抑制分子アゴニストが提供される。
一態様において、共抑制分子アゴニストは上述の抗原結合分子を含む。該共抑制分子アゴニストは、共抑制分子に対してアゴニストとしての作用を期待して使用された場合のほか、共抑制分子に対するアゴニストとして予期せずに使用したが、該使用の結果として共抑制分子に対してアゴニスト活性を有していたまたは有していることが判明した場合も包含する。
【0083】
(c-2)共抑制分子シグナル活性化剤
本発明の別の局面において、共抑制分子シグナル活性化剤が提供される。
一態様において、共抑制分子シグナル活性化剤は上述の抗原結合分子を含有する。該共抑制分子シグナル活性化剤は、共抑制分子に対してアゴニストとしての作用を期待して使用された場合のほか、共抑制分子に対するアゴニストとして予期せずに使用したが、該使用の結果として共抑制分子に対してアゴニスト活性を有していたまたは有していることが判明した場合も包含する。
【0084】
(c-3)医薬組成物
本発明の別の局面において、医薬組成物が提供される。
一態様において、医薬組成物は上述の抗原結合分子を含有し得る。該医薬組成物は、免疫の異常亢進に起因する疾患を治療するまたは予防するために用いられ得る。免疫の異常亢進に起因する疾患としては、自己免疫疾患が挙げられる。
【0085】
「自己免疫疾患」は、その個体自身の組織から生じかつその個体自身の組織に対して向けられる非悪性疾患または障害のことをいう。本明細書で、自己免疫疾患は、悪性またはがん性の疾患または状態を明確に除外するものであり、特にB細胞リンパ腫、急性リンパ芽球性白血病 (acute lymphoblastic leukemia: ALL)、慢性リンパ球性白血病 (chronic lymphocytic leukemia: CLL)、ヘアリー細胞白血病、および慢性骨髄芽球性白血病を除外する。自己免疫疾患または障害の例は、これらに限定されるものではないが、以下のものを含む:乾癬および皮膚炎(例えば、アトピー性皮膚炎)を含む炎症性皮膚疾患などの炎症性反応;全身性強皮症および硬化症;炎症性腸疾患に関連する反応(例えば、クローン病および潰瘍性大腸炎);呼吸窮迫症候群(成人呼吸窮迫症候群;adult respiratory distress syndrome: ARDSを含む);皮膚炎;髄膜炎;脳炎;ブドウ膜炎;大腸炎;糸球体腎炎;例えば湿疹および喘息ならびにT細胞の浸潤および慢性炎症反応を伴う他の状態などのアレルギー性状態;アテローム硬化;白血球接着不全症;関節リウマチ;全身性エリテマトーデス (systemic lupus erythematosus: SLE) (ループス腎炎、皮膚ループスを含むがこれらに限定されない);糖尿病(例えば、I型糖尿病またはインスリン依存性糖尿病);多発性硬化症;レイノー症候群;自己免疫性甲状腺炎;橋本甲状腺炎;アレルギー性脳脊髄炎;シェーグレン症候群;若年発症糖尿病;ならびに典型的に結核、サルコイドーシス、多発性筋炎、肉芽腫症、および血管炎において見られるサイトカインおよびTリンパ球によって媒介される急性および遅延型過敏症に関連する免疫反応;悪性貧血(アジソン病);白血球の漏出を伴う疾患;中枢神経系 (central nervous system: CNS) 炎症性障害;多臓器損傷症候群;溶血性貧血(クリオグロブリン血症またはクームス陽性貧血を含むがこれらに限定されない);重症筋無力症;抗原‐抗体複合体介在性疾患;抗糸球体基底膜疾患;抗リン脂質症候群;アレルギー性神経炎;グレーブス病;ランバート‐イートン筋無力症候群;水疱性類天疱瘡;天疱瘡;自己免疫性多腺性内分泌障害;ライター病;スティフマン症候群;ベーチェット病;巨細胞性動脈炎;免疫複合体性腎炎;IgA腎症;IgM多発性ニューロパシー;免疫性血小板減少性紫斑病(immune thrombocytopenic purpura: ITP)または自己免疫性血小板減少症。
【0086】
該態様において、医薬組成物は他の成分を含み得る。該他の成分としては、対象疾患に適用される他の有効成分、および薬学的許容される担体が挙げられる。該他の有効成分は、対象疾患に応じて適宜選択され得、特に限定されない。該薬学的許容される担体は、特に限定されず、緩衝液、賦形剤、安定化剤、または保存剤が挙げられる。該医薬組成物には、該他の成分の一種以上が使用され得る。
【0087】
(c-4)複合体の検出剤および検出方法
本発明の別の局面において、第1の共抑制分子および前記第1の共抑制分子に対する第1の共抑制分子リガンドからなる第1の複合体の検出剤が提供される。
一態様において、該検出剤は上述の抗原結合分子を含有し得る。第1の複合体は、目視ではその存在は分からないが、該検出剤によってその存在が明らかにされる。該検出剤が使用される対象は、第1の複合体が存在すると疑われるものであれば特に限定されず、生体、生体内の組織、生体から採取されたサンプル、または生体外に存在する何らかの混合物もしくは細胞であり得る。
【0088】
本発明の別の局面において、第1の共抑制分子および該第1の共抑制分子に対する第1の共抑制分子リガンドからなる第1の複合体の検出方法が提供される。
一態様において、該検出方法は上述の抗原結合分子を免疫細胞に接触させることを含み得る。
該検出方法において、抗原提示細胞が該免疫細胞に近接していてもよい。該免疫細胞は第1の共抑制分子を発現していてもよく、該抗原提示細胞は第1の共抑制分子リガンドを発現していてもよい。該免疫細胞はT細胞であり得る。該検出方法は、生体内に適用されてもよく、生体外で適用されてもよい。該検出方法が生体外で適用される場合には、該免疫細胞は生きたまま該抗原結合分子と接触させてもよく、スライドグラス上に固定化されていてもよい。該検出方法において、該免疫細胞は組織中に存在していてもよく、該免疫細胞以外の一以上の細胞と混在していてもよい。
【0089】
(c-5)免疫を抑制する方法
本発明の別の局面において、免疫を抑制する方法が提供される。
一態様において、該方法は上述の抗原結合分子を対象に投与することを含み得る。対象の体内において、T細胞が抗原提示細胞によって活性化されている場合、またはT細胞が抗原提示細胞によって活性化されることが予期される場合、該抗原結合分子が該対象に投与されることにより、該T細胞の活性化が抑えられ、該対象の免疫が抑制される。
T細胞が抗原提示細胞によって活性化されるとき、該T細胞におけるT細胞受容体の下流シグナルが活性化される。一方、抗原提示細胞に発現する第1の共抑制分子リガンドがT細胞に発現する第1の共抑制分子と結合し第1の複合体を形成する。該抗原結合分子は、該第1の複合体に結合し、第1の共抑制分子の下流シグナルを活性化する。該方法においては、前述の活性化されたT細胞受容体の下流シグナルが、活性化された第1の共抑制分子の下流シグナルによって抑制されることにより、対象の免疫が抑制される機序が想定される。
【0090】
本発明の抗原結合分子によれば、免疫シナプスに局在する共抑制分子とそのリガンドからなる複合体に特異的に結合することで免疫シナプスを標的とし、該共抑制分子に対するアゴニスト活性を有することから、該抗原結合分子は自己免疫疾患を含む疾患を治療または予防するための治療薬またはその候補になり得る。該抗原結合分子は、少なくとも第1の抗原結合ドメインを含むことにより、免疫シナプスにおいて共抑制分子に対するアゴニスト活性を有する。該抗原結合分子は、第1の抗原結合ドメインに加えて、第2の抗原結合ドメインを含む多重抗原結合分子とすることにより、免疫シナプスにおいて共抑制分子に対する顕著なアゴニスト活性を有する。
一方、共刺激分子へのアゴニスト活性を有する抗原結合分子を得ようと企図した場合、上述の抗原結合分子の第1の抗原結合ドメインが特異的に結合する第1の複合体に含まれる第1の共抑制分子および該第1の共抑制分子に対する第1の共抑制分子リガンドは、それぞれ第1の共刺激分子および該第1の共刺激分子に対する第1の共刺激分子リガンドに置き換えられ得る。この場合に得られる抗原結合分子は、第1の共刺激分子および該第1の共刺激分子に対する第1の共刺激分子リガンドからなる第4の複合体に特異的に結合し得る第3の抗原結合ドメインを含む。そのような抗原結合分子は、共刺激分子に対するアゴニスト活性を有し得るから、がんおよび感染症の治療の候補になり得る。この場合、該抗原結合分子は、第3の抗原結合ドメインに加えて、第2の共刺激分子リガンドと第5の複合体を形成し得る第2の共刺激分子に特異的に結合し得る第4の抗原結合ドメインを含む多重抗原結合分子とすることにより、共刺激分子に対する顕著なアゴニスト活性を有することが期待される。
【実施例0091】
(実施例1)抗ヒトPD-1抗体、抗ヒトCD3抗体、および抗ヒトPD-1抗体由来のアームおよび抗CD3抗体由来のアームを含む二重特異性抗体の作製
PD-1の免疫抑制性シグナルを誘導するアゴニストを創製するためには、T細胞受容体とPD-1とを共局在させる必要があると考えられていた(J. Exp. Med. Vol. 209 No. 6 1201-1217)。本発明者らは抗PD-1アームと抗CD3アームからなる二重特異性抗体を作製して、そのPD-1免疫抑制性シグナル誘導能を評価した。
【0092】
ヒトPD-1に結合しその免疫抑制性のシグナルを誘導することが示唆されている3種類の抗ヒトPD-1モノクローナル抗体 PD1-17(重鎖可変領域配列番号:1 および軽鎖可変領域配列番号:2(WO2004/056875を参照)、ならびに重鎖定常領域配列番号:11および軽鎖定常領域配列番号:12)、antibody949(clone 949)(重鎖可変領域配列番号:3および軽鎖可変領域配列番号:4(WO2011/110621を参照)、ならびに重鎖定常領域配列番号:11および軽鎖定常領域配列番号:13)、clone 10(重鎖可変領域配列番号:5 および軽鎖可変領域配列番号:6(WO2010/029435を参照)、ならびに重鎖定常領域配列番号:11、軽鎖定常領域配列番号:13)を当業者公知の方法にて調製した。
【0093】
抗ヒトCD3抗体として、T細胞受容体を構成するCD3ε鎖に結合して、T細胞受容体の活性化シグナルを誘導することが公知である2種類の抗ヒトCD3モノクローナル抗体OKT3(重鎖可変領域配列番号:7(NCBI Accession: 1SY6_H, GI: 49259178)、軽鎖可変領域配列番号:8(NCBI Accession: 1SY6_L, GI: 49259177)、重鎖定常領域配列番号:14、および軽鎖定常領域配列番号:13)、およびCE115TR(重鎖可変領域配列番号:9 、軽鎖可変領域配列番号:10、重鎖定常領域配列番号:14、軽鎖定常領域配列番号:15)を当業者公知の方法にて調製した。
本発明者らは、上記の3種類の抗ヒトPD-1抗体由来のアーム(本明細書では「抗PD-1アーム」ともいう。)、および上記の2種類の抗ヒトCD3モノクローナル抗体由来のアーム(以下「抗CD3アーム」ともいう。)を実験の目的に応じて組み合わせて、当業者公知の方法で抗PD-1アームと抗CD3アームを含む二重特異性抗体を調製した。以下の実施例において、二種類のアームが組合せられた二重特異性抗体は、たとえば、抗ヒトPD-1であるclone 949由来のアームと抗ヒトCD3抗体であるOKT3由来のアームとが組み合わせられた二重特異性抗体は「clone 949/OKT3」、「OKT3/clone 949」、「clone 949//OKT3」または「OKT3//clone 949」と称される。
【0094】
(実施例2)抗PD-1アームおよび抗CD3アームを含む二重特異性抗体のPD-1シグナル誘導活性の評価(SHP-2リクルートメント)
抗CD3アームおよび抗PD-1アームを含む二重特異性抗体のPD-1シグナルの誘導活性は、PD-1のシグナル誘導時にPD-1の細胞内ドメインと相互作用する脱リン酸化酵素であるSHP2の近接(SHP-2リクルートメント)を指標に評価された。評価にはNanoBRET(登録商標) PD-1/SHP2 Interaction Assayシステム(Promega)が用いられた。PD-1シグナルの誘導活性は、PD-1とSHP2の近接時のBRETによる蛍光シグナル(618nm)と、ドナーであるSHP2由来の発光(460nm)の比率で求められた。
アッセイの前日にPD-L1を発現する抗原提示細胞(Promega, #J109A)を10%FBS入りのF-12培地(Gibco, 11765-054)で4.0 x 104 細胞/100mL/wellで96 well plate(Costar, #3917)に播種し、37℃のCO2インキュベータで16~24時間培養した。アッセイ当日にHaloTag(登録商標) nanoBRET(登録商標) 618 Ligand(Promega, #G980A)をOpti-MEM(Gibco, #31985-062)で250倍希釈した。培養していたPD-L1発現抗原提示細胞の培地を除き、希釈したHaloTag(登録商標) nanoBRET(登録商標) 618 Ligandを25 μL/well添加した。PD-L1阻害抗体(YW243.55S70)(US2016/0222117 A1を参照)(本実施例および図面においては「anti-PD-L1」または「PDL1b」と記載されることがある。)0.08 μg/mLを含むOpti-MEMで希釈した評価検体(40, 8, 1.6 μg/mL)を25 μL/wellで添加した。なお、PD-L1阻害抗体(YW243.55S70)の可変領域のアミノ酸配列はUS2016/0222117 A1の記載を参照した(重鎖可変領域配列番号:16、軽鎖可変領域配列番号:17)。該PD-L1阻害抗体において、重鎖定常領域にはヒトIgG1ベースの改変Fc体であるF1332(配列番号:18)、軽鎖定常領域にはヒトκ鎖定常領域であるk0MT(配列番号:19)が用いられた。PD-1/SHP2 Jurkat cell(Promega, #CS2009A01)を5 x 104 細胞/50μL/wellで上記の96 well plateに添加して、よく懸濁した後に37℃の5% CO2 インキュベータで2.5時間培養した。nanoBRET(登録商標) Nano-Glo(登録商標) substrate(Promega, #N157A)をOpti-MEMで100倍希釈し、25 mL/wellで培養した96 well plateに添加し、室温で30分間静置したのちEnvision(PerkinElmer, 2104 EnVision)でEm460mMおよびEm618nmを測定した。
得られた値を以下の式1および式2に当てはめ、 BRET Ratio(mBU)を算出した。
【0095】
【0096】
アッセイの結果を
図1に示す。該図に示されるように、抗PD-1アームと抗CD3アームを含む二重特異性抗体のSHP2リクルートメント、すなわちPD-1シグナルの誘導活性は明確に示されなかった。
【0097】
(実施例3)抗PD-1アームおよび抗CD3アームを含む二重特異性抗体のT細胞増殖アッセイでの評価
抗PD-1アームおよび抗ヒトCD3アームを含む二重特異性抗体がprimary CD4陽性T細胞に対する抑制活性を有するか評価するため、健常人から採取した新鮮血から分取したCD4陽性T細胞に対する抑制活性を抗ヒトCD3アームと抗KLH抗体(本明細書では「IC17」と称される。)由来のアーム(重鎖可変領域配列番号:112、軽鎖可変領域配列番号:113、重鎖定常領域配列番号:11、および軽鎖定常領域配列番号:13)およびを含む二重特異性抗体(
図2において「OKT3/IC17」と称される。)を陰性対照として評価した。評価の当日、健常人から採血した血液と等量のRPMI1640(Nakarai, #30264-56)を混合した後、血液混合用液の15/50量のフィコールを充填した遠沈管に静かに重層した。20℃に設定した遠心機で400g, 35分間遠心した後、フィコールの上層に白血球画分を新規の遠沈管に分取し、RPMI1640(Nakarai, #30264-56)で50mLにメスアップした。20℃の遠心機で500g, 15分間遠心し、細胞(PBMC)ペレットを回収した。回収したPBMCからヒトCD4+ T Cell Isolation Kit(miltenyi, Cat#130-096-533)を用いて該キットの手順に従い、ヒトCD4陽性T細胞を分取した。その後、得られたCD4陽性T細胞を、96 well 丸底plateに7.6 x 10
5 細胞/well添加し、10 ng/mLのIL-2および評価抗体(20, 5, 1.25, 0.31, 0.08 μg/mL)存在下で培養した。5日間培養した後、Cell Titer-Glo(登録商標) Luminescent Cell Viability Assay(promega, G7570)で該キットの手順に従って細胞増殖を評価した。その結果を
図2に示す。
【0098】
図2に示されるように、3種類の抗PD-1アームおよび抗ヒトCD3アームを含む二重特異性抗体を検討した結果、これらの二重特異性抗体は、陰性対照の抗ヒトCD3アームおよび抗KLH抗体由来のアームを含む二重特異性抗体に比べて、ヒトCD4陽性T細胞の増殖をむしろ促進した。この結果から、抗PD-1アームおよび抗ヒトCD3アームを含む二重特異性抗体によってCD4陽性T細胞の増殖を抑制し、CD4陽性T細胞に起因する免疫応答を抑制することは困難であることが示唆された。
【0099】
(実施例4)ヒトPD-1細胞外ドメインタンパク質の作製
GenBankより得たヒトPD-1をコードする遺伝子配列情報(NM_005018)を基に、細胞外ドメイン(P21-Q167)に対して人工分泌シグナル配列であるHMM+38(塩基配列は配列番号20、アミノ酸配列は配列番号21)をN末端に付加した。また、C末端にはリンカー配列、ヒスチジンタグ、リンカー配列、BAPタグ(ビオチン化タグ、GLNDIFEAQKIEWHE)を付加して発現用コンストラクトとした(塩基配列は配列番号22、アミノ酸配列は配列番号23)。上記デザインの遺伝子を合成し哺乳類細胞用の自社構築ベクター(pBEF-OriP)にサブクローニングすることで発現ベクターとした。この発現ベクターをExpi293(登録商標)F細胞(Thermo Fisher)に対してExpiFectamine(登録商標) 293 Transfection Kitを用いて導入することで、一過性にヒトPD-1細胞外ドメインタンパク質を発現させた。得られた培養上清をAKTA(登録商標) Avant25装置(GE Healthcare)およびHiTrap(登録商標) Q HPカラム(GE Healthcare) によるイオン交換クロマトグラフィー、HisTrap(登録商標) HPカラム(GE Healthcare)によるアフィニティクロマトグラフィーにて精製した。ヒトPD-1細胞外ドメインタンパク質を含む画分を限外ろ過膜で濃縮した後に、Superdex(登録商標) 200 increase 10/300カラム(GE Healthcare)を用いたゲル濾過クロマトグラフィー(サイズ排除クロマトグラフィー)によって精製純度をさらに上げるとともに多量体を除去することで、高純度のヒトPD-1細胞外ドメインタンパク質の単量体画分を得た。
【0100】
BAPタグにBiotinが付加されたヒトPD-1細胞外ドメインタンパク質を得るためには、ヒトPD-1細胞外ドメインタンパク質の発現ベクターとともにBiotin ligaseであるBirAの発現ベクターをExpi293(登録商標)F細胞に対してExpiFectamine(登録商標) 293 Transfection Kitを用いて導入することで、目的タンパク質にBiotinを付加させた。上記と同様の手順で、HiTrap(登録商標) Q HPカラム(GE Healthcare) によるイオン交換クロマトグラフィー、HisTrap(登録商標) HPカラム(GE Healthcare)によるアフィニティクロマトグラフィーにて精製した。その後、Biotin付加体の純度を上げる目的でStreptavidin Mutein Matrix(Roche)を使ったアフィニティクロマトグラフィーを行った。ヒトPD-1細胞外ドメインタンパク質を含む画分を限外ろ過膜で濃縮した後に、HiLoad 16/600 Superdex(登録商標) 200 pgカラム(GE Healthcare)を用いたゲル濾過クロマトグラフィー(サイズ排除クロマトグラフィー)によって精製純度をさらに上げるとともに多量体を除去することで、高純度のBiotin付加体ヒトPD-1細胞外ドメインタンパク質の単量体画分を得た。
【0101】
(実施例5)ヒトPD-L1細胞外ドメインタンパク質の作製
GenBankより得たヒトPD-L1をコードする遺伝子配列情報(NM_014143)を基に、細胞外ドメイン(F19-R238)に対して人工分泌シグナル配列であるHMM+38(塩基配列は配列番号20、アミノ酸配列は配列番号21)をN末端に付加し、C末端にはリンカー配列、ヒスチジンタグ、リンカー配列、BAPタグ(ビオチン化タグ、GLNDIFEAQKIEWHE)を付加して発現用コンストラクトとした(塩基配列は配列番号24、アミノ酸配列は配列番号25)。上記デザインの遺伝子を合成し哺乳類細胞用のベクター(pBEF-OriP)にサブクローニングすることで発現ベクターとした。この発現ベクターをFreeStyle(登録商標) CHO細胞(Thermo Fisher)に導入することで、一過性にヒトPD-L1細胞外ドメインタンパク質を発現させた。得られた培養上清をAKTA(登録商標) Avant25装置(GE Healthcare)およびHiTrap(登録商標) Q HP カラム(GE Healthcare) によるイオン交換クロマトグラフィー、HisTrap(登録商標) HPカラム(GE Healthcare)によるアフィニティクロマトグラフィーにて精製した。ヒトPD-L1細胞外ドメインタンパク質を含む画分を限外ろ過膜で濃縮した後に、HiLoad 16/600 Superdex(登録商標) 200 pgカラム(GE Healthcare)を用いたゲル濾過クロマトグラフィー(サイズ排除クロマトグラフィー)によって精製純度をさらに上げるとともに多量体を除去することで、高純度のヒトPD-L1細胞外ドメインタンパク質の単量体画分を得た。
【0102】
BAPタグにBiotinが付加されたヒトPD-L1細胞外ドメインタンパク質の調製は、上記の精製されたヒトPD-L1細胞外ドメインタンパク質をBirA酵素(biotin ligase)の精製タンパク質と混合してBiotin付加反応を行うことで行った。最終濃度として、ヒトPD-L1細胞外ドメインタンパク質が35μM, ATPが10mM、BirA酵素が0.825μM, 50mM Tris-HCl pH8.3, 10mM Mg(OAc)2, 0.05mM Biotinとなるように混合し、4度で16時間程度置くことで反応させた。Slide-A-Lyzer Dialysis Cassettes, 3.5K (Thermo Fisher)を用いた透析により20 mM NaPhospate, 600 mM NaCl, pH7.2に置換することで未反応のBiotinを除去した。その後、Biotin付加体の純度を上げる目的でStreptavidin Mutein Matrix(Roche)を使ったアフィニティクロマトグラフィーを行った。ヒトPD-L1細胞外ドメインタンパク質を含む画分を限外ろ過膜で濃縮した後に、Superdex(登録商標) 200 Increase 10/300 GLカラム(GE Healthcare)を用いたゲル濾過クロマトグラフィー(サイズ排除クロマトグラフィー)によって精製純度をさらに上げるとともに多量体を除去することで、高純度のBiotin付加体ヒトPD-L1細胞外ドメインタンパク質の単量体画分を得た。
【0103】
(実施例6)ヒトPD-L1 / ヒトPD-1複合体タンパク質の作製
(1)リンカー融合型ヒトPD-L1 / ヒトPD-1複合体タンパク質の作製
ヒトPD-L1の免疫グロブリンドメインの可変領域F19-N131とヒトPD-1の免疫グロブリンドメインの可変領域N33-E146との間にリンカー配列を挿入することで、両者の近接化による複合体としての安定化を図った。
図3にそのデザインを示す。ヒトPD-1に関してはフリー・システイン除去のためC93S改変を導入した。ヒトPD-L1のN131とヒトPD-1のN33との間にリンカーを挿入したバージョンをLinker complex#1とした(塩基配列は配列番号:26、アミノ酸配列は配列番号:27)(
図3左)。また、ヒトPD-1のE146とヒトPD-L1のF19との間にリンカーを挿入したバージョンをLinker complex#2とした(塩基配列は配列番号:28、アミノ酸配列は配列番号:29)(
図3右)。どちらの複合体タンパク質に関しても、シグナル配列(HMM+38)をN末端に付加し、C末端にはリンカー配列、ヒスチジンタグ、リンカー配列、BAPタグ(GLNDIFEAQKIEWHE)を付加して発現用コンストラクトとした。この発現ベクターをFreeStyle(登録商標) CHO細胞(Thermo Fisher)に導入することで、一過性にタンパク質を発現させた。得られた培養上清をAKTA(登録商標) Avant25装置(GE Healthcare)およびHiTrap(登録商標) Q HP カラム(GE Healthcare) によるイオン交換クロマトグラフィー、HisTrap(登録商標) HPカラム(GE Healthcare)によるアフィニティクロマトグラフィーにて精製した。ヒトPD-L1 / ヒトPD-1複合体タンパク質を含む画分を限外ろ過膜で濃縮した後に、HiLoad 26/600 Superdex(登録商標) 200 pgカラム(GE Healthcare)を用いたゲル濾過クロマトグラフィー(サイズ排除クロマトグラフィー)によって精製純度をさらに上げるとともに多量体を除去することで、高純度のヒトPD-L1 / ヒトPD-1複合体タンパク質を得た。
【0104】
BAPタグにBiotinが付加されたヒトPD-L1 / ヒトPD-1複合体タンパク質の調製は、上記の精製されたヒトPD-L1 / ヒトPD-1複合体タンパク質をBirA酵素(biotin ligase)の精製タンパク質と混合してBiotin付加反応を行うことで行った。最終濃度として、ヒトPD-L1 / ヒトPD-1複合体タンパク質が25μMもしくは26μM, ATPが10mM、BirA酵素が0.825μM, 50mM Tris-HCl pH8.3, 10mM Mg(OAc)2, 0.05mM Biotinとなるように混合し、4度で16時間程度置くことで反応させた。Slide-A-Lyzer G2 Dialysis Cassettes, 10K (Thermo Fisher)を用いた透析により20 mM NaPhospate, 600 mM NaCl, pH7.2に置換することで未反応のBiotinを除去した。その後、Biotin付加体の純度を上げる目的でStreptavidin Mutein Matrix(Roche)を使ったアフィニティクロマトグラフィーを行った。ヒトPD-L1 / ヒトPD-1複合体タンパク質を含む画分を限外ろ過膜で濃縮した後に、Superdex(登録商標) 200 Increase 10/300 GLカラム(GE Healthcare)を用いたゲル濾過クロマトグラフィー(サイズ排除クロマトグラフィー)によって精製純度をさらに上げるとともに多量体を除去することで、高純度のBiotin付加体ヒトPD-L1 / ヒトPD-1複合体タンパク質の画分を得た。
【0105】
(2)ジスルフィド結合導入型ヒトPD-L1 / ヒトPD-1複合体タンパク質の作製
ヒトPD-L1とヒトPD-1の相互作用しているアミノ酸残基をシステイン残基に置換することで異所的なジスルフィド結合の形成を促し複合体としての安定化を図った。
【0106】
システインに置換する残基は報告されている共結晶の構造データ(PDB:3BIK)を基にした構造モデリングから選択した。分子設計ソフトウエアとしてはDiscovery Studio(ダッソー・システムズ株式会社)のDesign Protein toolsおよびMOE(Chemical Computing Group)のProtein Designの機能を用いた。これらのソフトウエアにより、ヒトPD-L1およびヒトPD-1の間で近接しているC原子を選定するとともに、rotamerを用いたモデリングからシステインに置換することでジスルフィド結合を形成できる残基を選択した。ヒトPD-L1のY56C改変体とヒトPD-1のA132C改変体とを組み合わせたバージョンをS-S complex#1とし、ヒトPD-L1のA18C改変体とヒトPD-1のG90C改変体とを組み合わせたバージョンをS-S complex#2とした。
図4には、ジスルフィド結合導入型ヒトPD-L1 / ヒトPD-1複合体タンパク質のデザインが図示される。発現精製に際して、ヒトPD-L1とヒトPD-1との間のヘテロ二量体の形成効率を高めるとともに精製を容易にする目的で、ヒトPD-L1およびヒトPD-1をヘテロ二量体の形成を促進する技術であるKnobs into Holeの改変を含むFcと融合して発現精製に進めた。
【0107】
ヒトPD-L1の免疫グロブリンドメインの可変領域F19-A132をリンカー配列、BAPタグ(GLNDIFEAQKIEWHE)、リンカー配列、PreScissionプロテアーゼ認識配列(LEVLFQGP)、リンカー配列をつないだものについてヒンジ領域を含むヒトIgG1型のFcドメインのN末端に融合した。FcドメインにはFcγ受容体および補体C1qに対する結合活性を欠損させるための改変(L235R, G236R, S239K)およびヘテロ二量体の形成を促進するためのKnobs into Hole技術のためのHole改変(D356C, T366S, L368A, Y407V)を導入した。PD-L1を含む融合タンパク質のC末端にはリンカー配列を介して精製用のHisタグを付加した。
【0108】
一方、ヒトPD-1の免疫グロブリンドメインの可変領域N33-E146(C93S改変を含む)にリンカー配列、BAPタグ(GLNDIFEAQKIEWHE)、リンカー配列、PreScissionプロテアーゼ認識配列(LEVLFQGP)、リンカー配列をつないだものについてヒンジ領域を含むヒトIgG1型のFcドメインのN末端に融合した。FcドメインにはFcγ受容体および補体C1qに対する結合活性を欠損させるための改変(L235R, G236R, S239K)よびKnob改変(Y349C, T366W)を導入した。PD-1を含む融合タンパク質のC末端にはリンカー配列を介して精製用のFLAGタグを付加した。
【0109】
いずれのタンパク質に関しても、人工分泌シグナル配列であるHMM+38をN末端に付加して発現用コンストラクトとした。
S-S complex#1に用いたhPDL1(Y56C)_BAP_PreSission_hole_His10の塩基配列は配列番号:30に、アミノ酸配列は配列番号:31に示され、hPD1(A132C)_BAP_PreSission_knob_FLAGの塩基配列は配列番号:32に、アミノ酸配列は配列番号:33に示される。S-S complex#2に用いたhPDL1(A18C)_BAP_PreSission_hole_His10の塩基配列は配列番号:34に、アミノ酸配列を配列番号:35に示され、hPD1(G90C)_BAP_PreSission_knob_FLAGの塩基配列は配列番号36に、アミノ酸配列は配列番号:37に示される。
【0110】
上記デザインの遺伝子を合成し哺乳類細胞用のベクター(pBEF-OriP)にサブクローニングすることで発現ベクターとした。この発現ベクターをFreeStyle(登録商標) CHO細胞(Thermo Fisher)に導入することで、一過性にタンパク質を発現させた。
【0111】
得られた培養上清からAKTA(登録商標) 10S装置(GE Healthcare)もしくはAKTA(登録商標) Avant25装置(GE Healthcare)を用いたクロマトグラフィーにより目的タンパク質を精製した。まずはANTI-FLAG M2 Affinity Gel(Sigma-Aldrich)を用いたアフィニティクロマトグラフィーを実施して、次にHisTrap(登録商標) HPカラム(GE Healthcare)によるアフィニティクロマトグラフィーを実施することでヘテロ二量体を形成している画分を得た。このヘテロ二量体のタンパク質に対してPreScission認識配列を切断するTurbo3C protease(Accelagen)を反応させることで、ヒトPD-L1 / ヒトPD-1複合体タンパクとFcドメインとの切り離しを行った。1mgのヒトPD-L1 / ヒトPD-1複合体タンパクに対して80ユニットのTurbo3C proteaseを混合し、その混合液をSlide-A-Lyzer G2 Dialysis Cassettes, 3.5K(Thermo Scientific)に充填し、D-PBS(-)に置換しながら、4℃で16時間程度で切断反応を行った。その後、サンプル中に含まれる切断済みのFcドメインや未切断のFc融合体、Turbo3C protease(Hisタグが付加されている)などの不要物を除去するため、HisTrap(登録商標) HPカラム(GE Healthcare)とHiTrap(登録商標) Protein A HPカラム(GE Healthcare)を直列につないだものにサンプルを通過させた。得られた切断反応済みヒトPD-L1 / ヒトPD-1複合体タンパク質を含む画分を限外ろ過膜で濃縮した後、HiLoad 26/600 Superdex(登録商標) 200 pg(GE Healthcare)を用いたゲル濾過クロマトグラフィー(サイズ排除クロマトグラフィー)によって精製純度をさらに上げるとともに多量体を除去することで、高純度のヒトPD-L1 / ヒトPD-1複合体タンパク質を得た。
【0112】
BAPタグにBiotinが付加されたヒトPD-L1 / ヒトPD-1複合体タンパク質の調製は、上記の精製されたヒトPD-L1 / ヒトPD-1複合体タンパク質をBirA酵素(biotin ligase)の精製タンパク質と混合してBiotin付加反応を行うことで行った。最終濃度として、ヒトPD-L1 / ヒトPD-1複合体タンパク質が21μMもしくは22μM, ATPが10mM、BirA酵素が0.825μM, 50mM Tris-HCl pH8.3, 10mM Mg(OAc)2, 0.05mM Biotinとなるように混合し、4度で16時間程度置くことで反応させた。このサンプルを限外ろ過膜で濃縮した後に、HisTrap(登録商標) HP (GE Healthcare)とSuperdex(登録商標) 200 Increase 10/300 GL(GE Healthcare)を直列につないでサンプルを流すことで不要なBirAを吸着させるとともに、ゲル濾過クロマトグラフィー(サイズ排除クロマトグラフィー)によって精製純度をさらに上げるとともに多量体を除去することで、高純度のBiotin付加体ヒトPD-L1 / ヒトPD-1複合体タンパク質の画分を得た。
【0113】
(実施例7)ウサギからの抗ヒトPD-L1 / ヒトPD-1複合体タンパク質抗体の作製
前述のとおり調製された4種類の各ヒトPD-L1 / ヒトPD-1複合体タンパク質である、Linker complex#1、Linker complex#2、S-S complex#1、およびS-S complex#2を抗原として用い、ウサギからモノクローナル抗体が作製された。12~13週齢のNZWウサギを4種類の抗原それぞれで免疫感作した。抗原タンパク質溶液を等容量のTiterMax Goldアジュバントと混合し、ウサギの皮内に投与した。免疫は1週間以上の間隔を置き4回繰り返し行った。Linker complex#1およびLinker complex#2は初回免疫時に200μg/headを投与し、その後の免疫では100μg/headを投与した。S-S complex#1およびS-S complex#2は全ての免疫時で100μg/headを投与した。最終免疫感作の1週間後、脾臓と血液を免疫感作動物から採取した。
【0114】
脾臓や血液の細胞に含まれる抗原特異的B細胞を濃縮するため、autoMACS Pro Separator(miltenyi Biotec)を用いたMACSによりヒトPD-L1細胞外ドメインタンパク質に対して結合する細胞のネガティブ・セレクションを行った後に、ウサギIgG型抗体を発現するB細胞を濃縮するためのポジティブ・セレクションを実施した。PD-L1細胞外ドメインタンパク質に対するネガティブ・セレクションではAnti-Biotin MicroBeads(Miltenyi Biotech, 130-090-485)に前述のBAPタグにBiotinが付加されたヒトPD-L1細胞外ドメインタンパク質を結合させて用いた。ウサギIgG型抗体を発現するB細胞のポジティブ・セレクションでは、Anti-mouse IgG MicroBeads(Miltenyi Biotech, 130-048-401)にMouse Anti-Rabbit IgG-PE(SouthernBiotech, 4090-9)を結合させて用いた。
【0115】
MACSによる濃縮操作を経た細胞に対して、ヒトPD-L1 / ヒトPD-1複合体タンパク質に特異的な抗体に対するさらなる濃縮をかけるため、セルソーター(FACS aria III、BD)を用いた選別を実施した。4種類の免疫抗原の各々(免疫に用いたヒトPD-L1 / ヒトPD-1複合体タンパク質のBAPタグにビオチンを付加したもの)を結合させて、Streptavidin-APC(Miltenyi Biotech, 130-106-791)による染色を行った。同時に、ヒトIgG1型Fcと融合させたヒトPD-1タンパク質(R&D, 1086-PD)を結合させて、Goat anti-Human IgG Fc Cross-Adsorbed Secondary Antibody, DyLight 488(ThermoFisher, SA5-10134)による染色を行った。Anti-Rabbit IgG-PE(SouthernBiotech, 4090-9)によるIgG型抗体を発現するB細胞の選別も併せて行った。セルソーターを用いて、ヒトPD-L1 / ヒトPD-1複合体タンパク質に結合し、ヒトPD-1タンパク質には結合せず、IgG型抗体を発現するB細胞を回収した。
【0116】
得られたB細胞を1個/ウェルの密度で、細胞12,500個/ウェルのEL4細胞(European Collection of Cell Cultures)および20倍希釈した活性化ウサギT細胞馴化培地と共に384ウェルプレートに播種し、6~12日間培養して、そのB細胞培養上清中の分泌抗体を使った抗体スクリーニングに供した。EL4細胞は、事前にX線照射装置MX-160Labo(mediXtec)にて10Gyの照射量のX線を作用させて培養に供した。
活性化ウサギT細胞馴化培地は、ウサギ胸腺細胞を、フィトヘマグルチニンM(Roche、カタログ番号11082132)、ホルボール12-ミリステート13-アセテート(Sigma、カタログ番号P1585)および2%FBSを含有するRPMI-1640培地中で培養することにより、調製した。培養後、B細胞の培養上清をさらなる評価のために回収し、細胞のペレットを凍結保存した。
【0117】
B細胞培養上清に含まれる分泌抗体を利用し、抗体の結合特性を指標としたスクリーニングを実施した。ヒトPD-1細胞外ドメインタンパク質、ヒトPD-L1細胞外ドメインタンパク質、前述の4種のヒトPD-L1 / ヒトPD-1複合体タンパク質、および陰性対照であるBSAが固相されたMagPlex Microspheres(Luminex)と混合して各種タンパク質に対する結合をフローサイトメーター(iQue Screener, intellicyt)にて確認した。異なるタンパク質は異なる蛍光パターンを有するMagPlex Microspheresに固相することで区別して結合解析を行った。MagPlex Microspheresにストレプトアビジンを固相した後に、ビオチン化された各評価対象タンパク質を固相して評価に用いた。二次抗体にはGoat anti-Rabbit IgG (H+L) Highly Cross-Adsorbed Secondary Antibody, Alexa Fluor 488(Thermo Fisher Scientific, A-11034)を用いた。データ解析はFlowJoソフトウエア(トミーデジタルバイオロジー)を用いて行った。この実験結果から、陰性対照のBSAやヒトPD-1細胞外ドメインタンパク質およびヒトPD-L1細胞外ドメインタンパク質には結合せず、各ヒトPD-L1 / ヒトPD-1複合体タンパク質のみに結合する抗体を産生するB 細胞を選抜した。
【0118】
選択されたB細胞のRNAを、ZR-96 Quick-RNAキット(ZYMO RESEARCH、カタログ番号R1053)を用いて凍結保存細胞ペレットから精製した。調製されたRNAを用いて抗体重鎖可変領域をコードするDNAを逆転写PCRにより増幅し、Fcγ受容体および補体C1qに対する結合活性を欠損させたヒトIgG1重鎖定常領域であるF1332(配列番号:18)をコードするDNAとインフレームになるように再結合させた。また、抗体軽鎖可変領域をコードするDNAを逆転写PCRにより増幅し、ウサギ由来の抗体軽鎖可変領域の場合は改変型のヒトκ型軽鎖定常領域であるk0MTC(配列番号:38)をコードするDNAとインフレームとなるように再結合させた。上述のように再結合させた抗体の重鎖および軽鎖のコード配列を有する発現ベクターを調製し、重鎖と軽鎖の発現ベクターの比が1:1になるように混合したものをExpi293(登録商標)F細胞(Thermo Fisher)に対してExpiFectamine(登録商標) 293 Transfection Kitを用いて導入することで、抗体を一過性に発現させた。得られた培養上清からProtein Aを利用したアフィニティ精製により精製抗体を調製してその後の評価に用いた。
表1に、作製された抗ヒトPD-L1 / ヒトPD-1複合体タンパク質抗体の30クローンの重鎖および軽鎖それぞれの可変領域および定常領域の配列番号を示す(抗体配列のシグナルペプチドと可変領域との境目については、GENETYX-SV/RCソフトウェア(Ver.15.0.3)のSignal Peptide prediction機能を用いた予測結果に従った。)。
【0119】
【0120】
(実施例8)抗ヒトPD-L1 / ヒトPD-1複合体抗体の特異性評価
実施例7で作製された抗ヒトPD-L1 / ヒトPD-1複合体タンパク質抗体の30クローンの、細胞表面上で形成させたヒトPD-L1 / ヒトPD-1複合体に対する結合特異性の評価を行った。結合の評価はフローサイトメーター(iQue Screener, intellicyt)を用いて行った。細胞や添加するタンパク質の希釈、ならびに洗浄操作にはD-PBS(-)にBSAを最終濃度0.1%になるように添加した溶液(FACS bufferと呼ぶ)を用いた。評価のためにDXB11s細胞を親株として(parent/CHO)、全長ヒトPD-L1遺伝子(塩基配列は配列番号:110、アミノ酸配列は配列番号:111)を導入することで細胞膜表面上にヒトPD-L1を強制発現させた安定発現株(hPD-L1/CHO)、および全長ヒトPD-1遺伝子(塩基配列は配列番号:108、アミノ酸配列は配列番号:109)を導入することで細胞膜表面上にヒトPD-1を強制発現させた安定発現株(hPD-1/CHO)を準備した。ヒトPD-L1 / ヒトPD-1複合体タンパク質を細胞表面上であらかじめ形成させるために、hPD-L1/CHOは10μg/mLの可溶型ヒトPD-1細胞外ドメイン(ECD)タンパク質と混合し、hPD-1/CHOは10μg/mLの可溶型ヒトPD-L1細胞外ドメイン(ECD)タンパク質と混合して30分以上氷上に置いた。384ウェルのV底プレート(Greiner)に20μg/mLに調製した精製抗体を10μL/wellで添加したのちに、上述のあらかじめヒトPD-L1 / ヒトPD-1複合体を形成させた細胞溶液を1ウェルあたり30000細胞になるように10μL/wellで添加した。4℃で30分間インキュベーションして抗体を結合させたのち、遠心操作後に上清を吸引除去した。続けて50μL/wellのFACS bufferを添加した上で遠心操作後に上清を吸引除去する洗浄操作を2回繰り返した。結合を検出するための2次抗体にはGoat Anti-Human IgG Fc Cross-Adsorbed Secondary Antibody.DyLight 650(Thermo Fisher Scientific, SA5-10137)を用いた。
【0121】
ヒトPD-L1 / ヒトPD-1複合体タンパク質の細胞表面上での形成効率は、可溶型ヒトPD-1細胞外ドメインタンパク質および可溶型ヒトPD-L1細胞外ドメインタンパク質に付加されたビオチンを利用して、Streptavidin-APC(Miltenyi Biotec, 130-106791)を添加して検出することで確認した。
データ解析はFlowJoソフトウエア(トミーデジタルバイオロジー)を用いて行った。
得られた結合データを
図5および表2に示す。PD-L1 / PD-1複合体に対して高い結合選択性を有する複数の抗体が得られた。
【0122】
【0123】
(実施例9)抗ヒトPD-1抗体の調製
ヒトPD-1に結合しその免疫抑制性のシグナルを誘導しうる複数の抗ヒトPD-1抗体を調製した。実施例1に記載したPD1-17、antibody949(clone 949)、clone 10に、PDA0129(重鎖可変領域配列番号:99 、軽鎖可変領域配列番号:100 、重鎖定常領域配列番号:18、軽鎖定常領域配列番号:38)を加えた、4クローンの抗ヒトPD-1抗体を当業者公知の方法で調製した。
【0124】
実施例11に記載のリガンド結合阻害活性の評価に供するため、陽性対照としてヒトPD-1とヒトPD-L1との結合を阻害することが公知の抗ヒトPD-1モノクローナル抗体5C4(重鎖可変領域配列番号:101 および軽鎖可変領域配列番号:102(WO2006/121168を参照)、ならびに重鎖定常領域配列番号:105および軽鎖定常領域配列番号:15)およびPembrolizumab(重鎖可変領域配列番号:103 および軽鎖可変領域配列番号:104(WO2016/137850を参照)、ならびに重鎖定常領域配列番号:105および軽鎖定常領域配列番号:15)も併せて当業者公知の方法で調製した。
【0125】
(実施例10)抗ヒトPD-L1 / ヒトPD-1複合体抗体のPD-1シグナル誘導活性の評価(SHP-2リクルートメント)
抗ヒトPD-1抗体(clone949 および PDA0129)がPD-1シグナルの誘導活性を有するかを、実施例2と同様の手順で、PD-1のシグナル誘導時にPD-1の細胞内ドメインと相互作用する脱リン酸化酵素であるSHP2の近接を指標に評価した。
アッセイの結果を
図6に示す。2種類の抗ヒトPD-1抗体が明確なSHP2リクルートメント誘導活性、すなわちPD-1シグナルの誘導活性を有しないことが示唆された。
【0126】
実施例7で作製された抗ヒトPD-L1 / ヒトPD-1複合体抗体がPD-1シグナルの誘導活性を有するかを、実施例2と同様の手順で、PD-1のシグナル誘導時にPD-1の細胞内ドメインと相互作用する脱リン酸化酵素であるSHP2の近接を指標に評価した。
アッセイの結果を
図7に示す。抗ヒトPD-L1 / ヒトPD-1複合体抗体が、上述した抗ヒトPD-1抗体(clone949 および PDA0129)と異なり、SHP2リクルートメントを誘導する活性、すなわちPD-1シグナルの誘導活性を有することが示された。
【0127】
(実施例11)抗ヒトPD-1抗体のリガンド結合阻害活性の評価
実施例9で調製された抗ヒトPD-1抗体(PD1-17、clone 949、clone 10、およびPDA0129)の、ヒトPD-1とヒトPD-L1との結合に対する阻害活性を評価した。阻害活性の評価は、ヒトPD-1発現細胞に結合する可溶型ヒトPD-L1細胞外ドメイン(ECD)タンパク質の結合強度が、抗ヒトPD-1抗体の存在下で減弱されるかを指標に行った。結合の評価はフローサイトメーター(iQue Screener, intellicyt)を用いて行った。細胞や添加するタンパク質の希釈、ならびに洗浄操作にはD-PBS(-)にBSAを最終濃度0.1%になるように添加した溶液(FACS bufferと呼ぶ)を用いた。評価には前述の全長ヒトPD-1遺伝子(塩基配列は配列番号:108、アミノ酸配列は配列番号:109)を導入することで細胞膜表面上にヒトPD-1を強制発現させた安定発現株(hPD-1/CHO)を用いた。一連の染色操作はV-Bottom 96 Well Cell Culture Plate(costar, 3894)を用いて行った。FACS bufferにて20, 4, 0.8μg/mLの各濃度に希釈した抗体溶液(100μL/well)を、3 x 10
6 細胞/mLに調製したhPD-1/CHO細胞50μL/well(150000 細胞/well)と混合して氷上で30分間置くことで抗体を結合させた。その後、10μg/mLのビオチン化された可溶型ヒトPD-L1細胞外ドメイン(ECD)タンパク質と混合して15分氷上に置いた。遠心操作後に上清を吸引除去し、続けて200μL/wellのFACS bufferを添加した上で遠心操作後に上清を吸引除去する洗浄操作を2回繰り返した。結合を検出するためのStreptavidin-APCは1000倍希釈したものを100μL/wellで添加して氷上で30分間インキュベートした。遠心操作後に上清を吸引除去し、続けて200μL/wellのFACS bufferを添加した上で遠心操作後に上清を吸引除去し、最終的に50μL/wellのFACS bufferで懸濁してiQue Screener,による結合データ取得を行った。取得されたデータの解析はFlowJoソフトウエア(トミーデジタルバイオロジー)を用いて行った。
図8に示されるとおり、PD1-17およびclone 10はヒトPD-L1のヒトPD-1への結合を阻害する抗体であり、一方clone 949およびPDA0129は該結合を阻害しない抗体であった。
【0128】
(実施例12)抗ヒトPD-L1 / ヒトPD-1複合体抗体を利用したPD-1アゴニスト抗体の作製
本発明者らは、上記で作製された抗ヒトPD-L1 / ヒトPD-1複合体抗体を元に、PD-1に対するアゴニスト活性がより強力な、さらなる抗体分子型を検討した。具体的には、内因性のPD-L1 / PD-1複合体が形成されてその免疫抑制性制御の機能が発揮される免疫シナプスやTCRミクロクラスターの局所において、PD-L1によって誘導されるPD-1の免疫抑制性シグナルをさらに増強し得る分子型コンセプトを検討した。本発明者らは、抗PD-L1/PD-1複合体アームおよび抗PD-1アームを含む二重特異性抗体が該分子型コンセプトを満たすと考え、その評価を行った。
【0129】
デザインされた二重特異性抗体の元となる抗ヒトPD-1抗体は、実施例9に記載のPD1-17、antibody949(clone 949)、clone 10、PDA0129の4クローンを用いた。表3に、実施例11で示されたこれら抗ヒトPD-1抗体の、ヒトPD-L1のヒトPD-1への結合に対する阻害活性の有無がまとめられている。
【0130】
【0131】
該二重特異性抗体の元となる抗PD-L1 / PD-1複合体抗体は、実施例7で作製された30クローン(表1)から選択して用いた。表4に、作製された二重特異性抗体における抗PD-1アームおよび抗PD-L1 / PD-1複合体アームの組み合わせのうち、特に後の実施例で用いられた組み合わせを示す。
【0132】
【0133】
表5に、上記で作製された抗PD-1アームおよび抗PD-L1 / PD-1複合体アームを含む二重特異性抗体の元となる抗体の重鎖および軽鎖のそれぞれの可変領域および定常領域の配列番号を示す(抗体配列のシグナルペプチドと可変領域との境目については、GENETYX-SV/RCソフトウェア(Ver.15.0.3)のSignal Peptide prediction機能を用いた予測結果に従った。)。
【0134】
【0135】
【0136】
(実施例13)抗PD-L1/PD-1複合体アームと抗PD-1アームを含む二重特異性抗体のPD-1シグナル誘導活性の評価(SHP-2リクルートメント)
抗PD-L1/PD-1複合体アームと抗PD-1アームを含む二重特異性抗体がPD-1シグナルの誘導活性を有するかを、実施例2と同様の手順で、PD-1のシグナル誘導時にPD-1の細胞内ドメインと相互作用する脱リン酸化酵素であるSHP2の近接を指標に評価した。
アッセイの結果を
図9に示す。抗PD-L1/PD-1複合体アームと抗PD-1アームを含む二重特異性抗体がSHP2リクルートメントを誘導する活性、すなわちPD-1シグナルの誘導活性を有することが示された。特にantibody949 (clone 949)およびPDA0129といったPD-1とPD-L1との結合を阻害しない特性を有する抗PD-1抗体由来のアームを用いた二重特異性抗体を使うと、SHP2リクルートメントの誘導活性が顕著に高いことが分かった。
【0137】
(実施例14)NFAT活性の抑制を指標としたPD-1シグナル誘導活性の評価
抗PD-L1/PD-1複合体アームと抗PD-1アームを含む二重特異性抗体によって誘導されるPD-1シグナルが免疫抑制性の機能を有するかを、免疫活性化を担うT細胞受容体シグナルの下流で働く転写因子NFATの活性を指標に評価した。PD-1/PD-L1 Blockade Bioassayシステム(Promega)を用い、NFAT response element下流でLuciferaseの発光反応が起こることを利用して評価を行った。本アッセイではPD-L1 aAPC/CHO-K1細胞上のTCR stimulatorがPD-1 Effector Cell上のTCRの活性化シグナルを誘導することで、NFAT活性化が起こりレポーター遺伝子であるLuciferaseの発光が観察されるが、PD-L1によるPD-1シグナルの誘導によってNFATの活性化はほぼ完全に抑えられている。ところが、PD-L1阻害抗体の添加によってPD-1シグナル誘導が阻害されるとNFAT活性化が起こる。本発明者らは事前に本アッセイにおいてはPD-L1阻害抗体であるYW243.55S70を添加する最終濃度を40ng/mLにした時に約30%のPD-L1阻害がかかることを見出し、その条件下において二重特異性抗体がNFAT活性化の抑制を誘導するかを評価した。
【0138】
反応はRound well 384 Well White Flat Bottom Polystyrene TC-Treated Microplate(Corning, 3826)を用いて行った。まずPD-L1 aAPC/CHO-K1細胞を2.5 x 105 細胞/mLに調整したものを30μL/wellで添加して37℃の5% CO2の条件で一晩インキュベートして付着させ、その後培養上清を除去した後にYW243.55S70の最終濃度が40ng/mLとなるように各濃度の二重特異性抗体と混合した抗体溶液を10μL/wellで添加した。室温で15分間静置した後に、PD-1 Effector Cellを4.6875 x 105 細胞/mLに調製したものを10μL/wellで添加して37℃の5% CO2の条件にて6時間インキュベートした。Bio-Glo Luciferase Assay System(Prmega, G7940)のLuciferase基質溶液を20μL/wellにて添加して室温で5分間静置した後にLuciferaseの発光をマイクロプレートリーダーEnVision Xcite(PerkinElmer)にて測定した。
【0139】
図10に評価の結果が示される。作製された抗PD-L1/PD-1複合体アームおよび抗PD-1アームを含む二重特異性抗体は、前述のNanoBRET(登録商標)を使用したSHP-2リクルートメントアッセイ系で確認されたSHP2リクルートメント活性を有するだけでなく、本アッセイにより示されたようにNFAT活性を抑制する機能を有することも確認された。
【0140】
(実施例15)各分子型コンセプトのデザインおよび各アームの機能、ならびにそれらの作用機序
上述の実施例で検討されたPD-1アゴニスト抗体の具体的な抗体分子のデザインおよび各アームの機能を
図11に、推定された作用機序を
図12に示す。
抗ヒトPD-L1 / ヒトPD-1複合体抗体(
図11上および
図12左)の両アームは、免疫シナプスへのターゲッティング機能に加えてPD-L1のPD-1への相互作用を増強する機能を有することにより、実施例10で示されたようなPD-1に対するアゴニスト作用を発揮すると推定された。この作用機序は、PD-L1のPD-1への相互作用を増強し得る抗複合体抗体だけでなく、他の共抑制分子リガンドの他の共抑制分子への相互作用を増強し得る抗複合体抗体にも適用され得る。
抗PD-L1/PD-1複合体アームおよび抗PD-1アームを含む二重特異性抗体(
図11下および
図12右)において、抗PD-L1/PD-1複合体アームは、少なくとも免疫シナプスへのターゲッティング機能を有していればよく、PD-L1のPD-1への相互作用を増強する機能を有していても有していなくてもよい。該二重特異性抗体において、抗PD-1アームは、PD-1に対するアゴニスト作用を発揮すると推定された。この作用機序は、PD-L1のPD-1への相互作用を増強し得る抗複合体アームだけでなく、他の共抑制分子リガンドの他の共抑制分子への相互作用を増強し得る抗複合体アームにも適用され得る。