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特開2023-117438熱処理耐炎繊維、熱処理耐炎繊維シート及びそれらの製造方法、並びに黒鉛繊維及び黒鉛繊維シートの製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023117438
(43)【公開日】2023-08-24
(54)【発明の名称】熱処理耐炎繊維、熱処理耐炎繊維シート及びそれらの製造方法、並びに黒鉛繊維及び黒鉛繊維シートの製造方法
(51)【国際特許分類】
   D01F 9/22 20060101AFI20230817BHJP
   D01F 6/18 20060101ALI20230817BHJP
【FI】
D01F9/22
D01F6/18 E
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022020023
(22)【出願日】2022-02-11
(71)【出願人】
【識別番号】000003001
【氏名又は名称】帝人株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100163120
【弁理士】
【氏名又は名称】木村 嘉弘
(72)【発明者】
【氏名】山納 真人
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 慶宜
【テーマコード(参考)】
4L035
4L037
【Fターム(参考)】
4L035AA04
4L035BB03
4L035BB04
4L035BB66
4L035BB89
4L035BB91
4L035LB01
4L035MB02
4L037CS02
4L037CS03
4L037CS04
4L037FA01
4L037FA12
4L037FA20
4L037PA53
4L037PA68
4L037PC05
4L037PG04
4L037PS02
4L037PS11
4L037PS17
4L037PS18
(57)【要約】      (修正有)
【課題】分子鎖の剛直性が高く、低温で黒鉛化しても結晶性の高い黒鉛繊維を製造できる黒鉛繊維の前駆体たる熱処理耐炎繊維を提供する。
【解決手段】耐炎繊維に対して所定条件で熱処理を行うことにより、下記数式(1)
(x-1.3)×(y-65.7)-1.5>0・・・数式(1)
(但し、数式(1)中、xは熱処理耐炎繊維の密度(g/cm)、yは熱処理耐炎繊維の結晶配向度Π002(%)である)
を満たす熱処理耐炎繊維を製造する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記数式(1)
(x-1.3)×(y-65.7)-1.5 > 0 ・・・数式(1)
(但し、数式(1)中、xは熱処理耐炎繊維の密度(g/cm)、yは熱処理耐炎繊維の結晶配向度(%)である)
を満たすことを特徴とする熱処理耐炎繊維。
【請求項2】
前記xが1.45~1.60である請求項1に記載の熱処理耐炎繊維。
【請求項3】
前記yが73.0~79.0である請求項1又は2に記載の熱処理耐炎繊維。
【請求項4】
酸素含有率が16.0~22.0(質量%)である請求項1乃至3の何れか1項に記載の熱処理耐炎繊維。
【請求項5】
単糸直径が4.0~30.0(μm)である請求項1乃至4の何れか1項に記載の熱処理耐炎繊維。
【請求項6】
請求項1乃至5の何れか1項に記載の熱処理耐炎繊維がシート化されて成ることを特徴とする熱処理耐炎繊維シート。
【請求項7】
請求項1乃至5の何れか1項に記載の熱処理耐炎繊維の製造方法であって、
炭素繊維前駆体繊維を酸化性雰囲気下、延伸倍率1.00倍未満、最高到達温度220~320℃で耐炎化処理して耐炎繊維を得た後、
前記熱処理耐炎繊維を酸化性雰囲気下、延伸倍率1.00~1.20倍、温度220~350℃で熱処理を行うことを特徴とする熱処理耐炎繊維の製造方法。
【請求項8】
請求項1乃至5の何れか1項に記載の熱処理耐炎繊維を、不活性雰囲気下、温度2000~3200℃で黒鉛化する黒鉛繊維の製造方法。
【請求項9】
請求項6に記載の熱処理耐炎繊維シートを、不活性雰囲気下、温度2000~3200℃で黒鉛化することを特徴とする黒鉛繊維シートの製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、熱処理が施された熱処理耐炎繊維、熱処理耐炎繊維シート及びそれらの製造方法、並びに黒鉛繊維及び黒鉛繊維シートの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
炭素繊維は、他の繊維と比較して優れた比強度及び比弾性率を有しており、その軽量性及び優れた機械的特性を利用して、樹脂と複合化する補強繊維等として広く工業的に利用されている。
【0003】
従来、炭素繊維は次のように製造されている。先ず、アクリル系繊維等の前駆体繊維を耐炎化処理することにより耐炎繊維が製造される。耐炎化処理は、例えば、酸化性雰囲気下、200~300℃で30~100分間加熱することにより行われる。この耐炎化処理により、アクリル系繊維中のニトリル基の環化反応が生じ、酸素結合量が増加する。次に、得られた耐炎繊維を炭素化することにより炭素繊維が製造される。炭素化は、例えば、不活性雰囲気下、1000~2800℃の焼成炉を用いて温度勾配をかけながら焼成することにより行われる。この炭素繊維を、さらに2000~3200℃で焼成することにより黒鉛繊維が製造される。
【0004】
黒鉛繊維は、優れた電気伝導性を有しており、優れた機械特性と相まって、ナトリウム-硫黄電池や燃料電池等の各種電池材料としての利用も期待されている。各種電池材料に適用するに当たっては、黒鉛繊維をフェルトや不織布等のシート状物に加工して利用することが多い。一般に黒鉛繊維は脆く賦形性が高くないため、炭素化乃至黒鉛化する前の状態、即ち耐炎繊維の状態で賦形される。また、電池材料においては、黒鉛繊維自体の電気抵抗値が低いことが要求されるため、黒鉛繊維自体を高結晶性とする必要がある。黒鉛繊維自体を高結晶性とするためには、高温で長時間焼成する等の方法が採られるが、係る高温で長時間の焼成は、賦形されたシート状物が脆くなり易くなる。
【0005】
特許文献1には、「ポリアクリロニトリル系炭素繊維からなり、圧縮前の厚さに対して、厚さを50%圧縮時の反発力が2~4kg/cmで、除圧後の厚さ復元率が98%以上、かつ炭素繊維フェルト厚さ方向の比抵抗値が0.11Ω・cm以下であることを特徴とする電極材用炭素繊維フェルト」が開示されている。この炭素繊維フェルトは、適度な賦形性を有していることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2001-279566号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の課題は、低温で黒鉛化しても、結晶性が高い黒鉛繊維を製造することができる、黒鉛繊維の前駆体としての熱処理耐炎繊維、熱処理耐炎繊維シート及びその製造方法を提供すること; この熱処理耐炎繊維及び熱処理耐炎繊維シートを黒鉛化して得られる黒鉛繊維及び黒鉛繊維シートを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、鋭意検討した結果、密度と結晶配向度Π002とが所定の関係を具備する熱処理耐炎繊維は、上記課題を解決できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
上記課題を解決する本発明は以下に記載するとおりである。
【0010】
〔1〕 下記数式(1)
(x-1.3)×(y-65.7)-1.5 > 0 ・・・数式(1)
(但し、数式(1)中、xは熱処理耐炎繊維の密度(g/cm)、yは熱処理耐炎繊維の結晶配向度Π002(%)である)
を満たすことを特徴とする熱処理耐炎繊維。
【0011】
〔2〕 前記xが1.45~1.60である〔1〕に記載の熱処理耐炎繊維。
【0012】
〔3〕 前記yが73.0~79.0である〔1〕又は〔2〕に記載の熱処理耐炎繊維。
【0013】
〔4〕 酸素含有率が16.0~22.0(質量%)である〔1〕乃至〔3〕の何れかに記載の熱処理耐炎繊維。
【0014】
〔5〕 単糸直径が4.0~30.0(μm)である〔1〕乃至〔4〕の何れかに記載の熱処理耐炎繊維。
【0015】
上記〔1〕に記載の熱処理耐炎繊維は、密度が高い、又は密度が低くても結晶配向度Π002が高い熱処理耐炎繊維である。密度は1.45~1.60(g/cm)であることが好ましく(上記〔2〕)、結晶配向度Π002は73.0~79.0(%)であることが好ましく(上記〔3〕)、酸素含有率が16.0~22.0(質量%)であることが好ましく(上記〔4〕)、単糸直径が4.0~30.0(μm)であることが好ましい(上記〔5〕)。
【0016】
〔6〕 〔1〕乃至〔5〕の何れかに記載の熱処理耐炎繊維がシート化されて成ることを特徴とする熱処理耐炎繊維シート。
【0017】
上記〔6〕に記載の熱処理耐炎繊維シートは、本発明の熱処理耐炎繊維がフェルト化や抄紙等されて作製された熱処理耐炎繊維シートである。
【0018】
〔7〕 〔1〕乃至〔5〕の何れかに記載の熱処理耐炎繊維の製造方法であって、
炭素繊維前駆体繊維を酸化性雰囲気下、延伸倍率1.00倍未満、最高到達温度220~320℃で耐炎化処理して耐炎繊維を得た後、
前記熱処理耐炎繊維を酸化性雰囲気下、延伸倍率1.00~1.20倍、温度220~350℃で熱処理を行うことを特徴とする熱処理耐炎繊維の製造方法。
【0019】
上記〔7〕に記載の発明は、本発明の熱処理耐炎繊維の製造方法である。本発明の熱処理耐炎繊維は、常法によって製造された耐炎繊維に対して所定の張力をかけながら所定の温度で熱処理を施すことによって製造される。
【0020】
〔8〕 〔1〕乃至〔5〕の何れかに記載の熱処理耐炎繊維を、不活性雰囲気下、温度2000~3200℃で黒鉛化する黒鉛繊維の製造方法。
【0021】
〔9〕 〔6〕に記載の熱処理耐炎繊維シートを、不活性雰囲気下、温度2000~3200℃で黒鉛化することを特徴とする黒鉛繊維シートの製造方法。
【0022】
上記〔8〕及び〔9〕に記載の発明は、本発明の黒鉛繊維又は黒鉛繊維シートの製造方法である。本発明の黒鉛繊維又は黒鉛繊維シートは、本発明の結晶性が高い熱処理耐炎繊維又は熱処理耐炎繊維シートを黒鉛化処理することによって製造される。
【発明の効果】
【0023】
本発明の熱処理耐炎繊維は結晶性が高い。この熱処理耐炎繊維を黒鉛化することにより、結晶性が高い、即ち電気伝導性が高い黒鉛繊維を製造することができる。黒鉛繊維の前駆体である熱処理耐炎繊維の段階において結晶性が高められているので、黒鉛化の条件を緩くしても十分に結晶性が高い黒鉛繊維を製造することができる。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明の熱処理耐炎繊維、熱処理耐炎繊維シート及びそれらの製造方法; 黒鉛繊維及び黒鉛繊維シートの製造方法について詳細に説明する。なお、本発明において、密度は25℃における値を意味する。
【0025】
(1) 熱処理耐炎繊維
本発明の熱処理耐炎繊維は、下記数式(1)
(x-1.3)×(y-65.7)-1.5 > 0 ・・・数式(1)
(但し、数式(1)中、xは熱処理耐炎繊維の密度(g/cm)、yは熱処理耐炎繊維の結晶配向度Π002(%)である)
を満たすことを特徴とする。
(x-1.3)×(y-65.7)-1.5の値は、0.10超であることが好ましく、0.30超であることがより好ましい。(x-1.3)×(y-65.7)-1.5の値の上限は特に限定されないが、3.0未満であってもよく、2.0未満であってもよい。
(x-1.3)×(y-65.7)-1.5の値が0以下である場合、密度又は結晶配向度Π002が低く、そのような熱処理耐炎繊維を前駆体としても結晶性が高い黒鉛繊維を製造することが困難である。
【0026】
熱処理耐炎繊維の密度xは、1.45~1.60(g/cm)であることが好ましく、1.48~1.60(g/cm)であることがより好ましい。1.45(g/cm)未満である場合、上記数式(1)を満たすためには、結晶配向度をかなり高くしなければならないが、熱処理によってそのような結晶配向度を達成するためには熱処理時の延伸倍率を極めて高くしなければならず、工程中で断糸し易くなる。1.60(g/cm)を超える熱処理耐炎繊維は、ドレープ性が低く、賦形性が低い場合がある。そのため、電池材料として使用し難くなる。
【0027】
熱処理耐炎繊維の結晶配向度yは、73.0~79.0(%)であることが好ましく、74.0~78.0(%)であることがより好ましく、74.5~77.5(%)であることが特に好ましい。73.0(%)未満である場合、そのような耐炎繊維を前駆体としても結晶性が高い黒鉛繊維を製造することが困難である。結晶配向度が73.0(%)未満の耐炎繊維を前駆体として、結晶性が高い黒鉛繊維を得るためには、高温で長時間の黒鉛化処理が必要となる。高温で長時間の黒鉛化処理を行うと、得られる黒鉛繊維が脆くなったり、取扱性が低下する場合がある。79.0(%)を超える熱処理耐炎繊維は、ドレープ性が低く、賦形性が低い場合がある。そのため、電池材料として使用し難くなる。
【0028】
熱処理耐炎繊維の酸素含有率は16.0~22.0(質量%)であることが好ましく、16.5~21.5(質量%)であることがより好ましく、17.0~21.0(質量%)であることが特に好ましい。16.0(質量%)未満である場合、そのような耐炎繊維を前駆体としても結晶性が高い黒鉛繊維を製造することが困難である。22.0(質量%)を超える熱処理耐炎繊維は、ドレープ性が低く、賦形性が低い場合がある。
【0029】
熱処理耐炎繊維の単糸直径は4.0~30.0(μm)であることが好ましく、5.0~28.0(μm)であることがより好ましく、6.0~26.0(μm)であることが特に好ましい。6.0(μm)以上であれば、工程中において断糸し難い。26.0(μm)以下であれば、熱処理によって結晶配向度を高め易い。
【0030】
上記の数式(1)を具備する本発明の熱処理耐炎繊維は、原料繊維を常法によって耐炎化して得た耐炎繊維に対し、所定の条件で熱処理を施すことによって製造できる。
【0031】
<原料繊維>
原料繊維としては、アクリロニトリルを単独重合し、又はアクリロニトリルを90(質量%)以上、好ましくは95(質量%)以上含有する単量体組成物を共重合して得られる紡糸溶液を、湿式又は乾湿式紡糸法において紡糸した後、水洗・乾燥・延伸して得られるPAN系繊維を用いることができる。共重合する単量体としては、アクリル酸メチル、イタコン酸、メタクリル酸メチル、メタクリル酸、アクリル酸等のような極性を有する単量体が好ましい。
【0032】
原料繊維は、連続繊維を複数本束ねた原料繊維ストランドやトウとしてもよい。原料繊維ストランドの単繊維数は、製造効率の面では1000~1000000本が好ましく、3000~600000本がより好ましい。
【0033】
<耐炎化>
上記PAN系繊維を前駆体繊維とし、この前駆体繊維を酸化性雰囲気下、延伸倍率1.00倍未満、最高到達温度220~320℃で、10~100分間耐炎化処理される。この耐炎化処理により、PAN系繊維の分子内でニトリル基の環化反応が起き、さらに酸素結合量が増加し、耐炎繊維が得られる。酸化性雰囲気としては、酸素、オゾン、二酸化窒素又は空気中であることが好ましく、コストの関係から空気中であることがより好ましい。
【0034】
延伸倍率としては、0.80以上1.00倍未満であることが好ましい。
【0035】
最高到達温度としては、230~300℃が好ましく、240~280℃がより好ましい。
【0036】
この耐炎化処理によって得られる耐炎繊維の密度は、1.25(g/cm)超、1.45(g/cm)未満であることが好ましい。
【0037】
<熱処理>
上記耐炎繊維は酸化性雰囲気下、具体的には空気中で延伸倍率1.00~1.20倍、最高到達温度220~350℃で、10~100分間熱処理することにより本発明の熱処理耐炎繊維が得られる。
【0038】
延伸倍率としては、1.03~1.17倍であることが好ましい。延伸倍率が1.00倍未満である場合、結晶化度が十分に高くならない場合がある。1.20倍を超える場合、熱処理中に耐炎繊維が断糸し易くなる。
【0039】
熱処理張力にも依るが、最高到達温度としては、230~320℃が好ましく、240~300℃がより好ましい。220℃未満である場合、結晶化度が十分に高くならない場合がある。350℃を超える場合、熱処理中に耐炎繊維が断糸し易くなる。
【0040】
このような熱処理によって、結晶性が高い熱処理耐炎繊維が得られる理由は定かではないが、耐炎繊維分子中のニトリル基の環化反応がさらに促進されて架橋密度が高くなる結果、分子鎖の屈曲性部分が減少して、耐炎繊維の分子鎖が剛直化して初期の配向性が高くなるためと考えられる。そして、黒鉛繊維の原料として、このような初期の配向性が高められた熱処理耐炎繊維を用いることにより、得られる黒鉛繊維の構造の秩序性が高くなり結晶性が高くなる結果、黒鉛繊維の体積抵抗率をより低下させ易くなると考えられる。
【0041】
(2) 黒鉛繊維
上記熱処理耐炎繊維を不活性ガス雰囲気下で炭素化及び黒鉛化することにより、本発明の黒鉛繊維が得られる。不活性雰囲気としては窒素やアルゴン等の不活性ガスが用いられる。不活性ガス中の酸素濃度は、1000体積ppm以下であることが好ましく、500体積ppm以下であることがより好ましい。
【0042】
黒鉛化時の温度は1000~3200℃であり、1200~3000℃であることが好ましく、1500~2800℃であることがより好ましい。
【0043】
黒鉛化の時間は最高温度の保持時間として10秒間~10時間が好ましい。
【0044】
本発明の熱処理耐炎繊維は、熱処理を行うことによって初期の分子配向性が高められているため、比較的低温且つ短時間で黒鉛化することが好ましい。具体的には、1000~2500℃で10秒間~4時間で十分に結晶性が高い黒鉛繊維が得られる。このような比較的緩い条件で十分に結晶性が高い黒鉛繊維が得られるため、黒鉛繊維の損傷が少なく、導電性が確保されやすく、取扱性が優れる。
【0045】
本発明の黒鉛繊維は、体積抵抗率が1.05×10-3[Ω・cm]未満であることが好ましく、1.03×10-3[Ω・cm]未満であることがより好ましい。
【0046】
本発明の黒鉛繊維は、結晶サイズLcが2.20[nm]以上であることが好ましく、2.30[nm]以上であることがより好ましく、2.40[nm]以上であることがより好ましい。Lcが2.20[nm]未満である場合、電気伝導性が低下し易い。
【0047】
本発明の熱処理耐炎繊維シートは、シート状であれば特に限定されないが、織物や不織布、フェルト、マット、紙等が例示される。これらは公知の方法で製造すれば良い。例えば、フェルト化の方法はカードによって開繊し、多層化し、多層化されたウェブをニードルパンチによりフェルト化する方法で作製することができる。
本発明の黒鉛シートは、本発明の熱処理耐炎繊維シートを黒鉛化することによって製造できる。この黒鉛シートは、初期の配向性が高い耐炎繊維を原料としているため、比較的低温で結晶性が高い黒鉛シートとすることができる。そのため、黒鉛繊維の破断が生じ難く、電気伝導性が高い状態が維持され易い。
【実施例0048】
以下、本発明を実施例により具体的に説明する。各実施例、比較例における繊維の物性の評価は、以下の方法によった。
【0049】
[1] 結晶子サイズLc及び結晶配向度Π002
株式会社リガク製X線回折装置RINT2000を用い、繊維軸方向を赤道面に対して垂直方向に試料をセットした試料台を取り付けて以下の条件で測定した。X線源としては、加速電圧40(kV)、電流30(mA)で発生させたCuKα線を使用した。走査範囲2θは10°から40°とした。回折パターンの10°、40°を結ぶ直線をベースラインとした。
上述の方法にて2θ=26°付近に得られる結晶ピークの半値幅から下記数式(2)を用いて計算した。
結晶子サイズLc(nm)=0.9λ/βcosθ・・・数式(2)
但し、λはX線の波長、βは見かけの半値全幅、θは回折角を表す。
上述の方法にて2θ=26°付近に得られる結晶ピークの位置に2θを固定し円周方向にスキャンして得られる強度分布の半値全幅から下記数式(3)を用いて計算した。
結晶配向度Π002=(180-FWHM)×100 / 180 ・・・数式(3)
但し、FWHMは見かけの半値全幅(deg)を表す
【0050】
[2] 密度
アルキメデス法により測定した。アセトン中にて脱気処理し測定した。
【0051】
[3] 酸素含有率
試料を乾燥脱水後、元素分析装置(elementer製 vario EL cube)を用いて炭素、水素、窒素の量を求めた。炭素、水素、窒素、灰分量以外を酸素とした。
【0052】
[4] 体積抵抗率
JIS R7609:2007に準じて測定した。
【0053】
(実施例1)
繊度1.1dtexのPAN系繊維を耐炎化炉を用いて空気中で加熱し酸化処理を行った。延伸倍率は0.8436倍(-15.64%)、最高到達温度は272℃であった。得られた耐炎繊維の単糸直径は10.7(μm)、結晶配向度Π002は72.2(%)、密度は1.41(g/cm)、酸素含有率は14.8(%)であった。この耐炎繊維を260(℃)、張力0.6(cN/dtex)、延伸倍率1.1255倍(+12.55%)で60分間熱処理した。得られた熱処理耐炎繊維の単糸直径は9.7(μm)、結晶配向度Π002は74.7(%)、密度は1.53(g/cm)、酸素含有率は19.6(%)であった。数式(1)で計算される(x-1.3)×(y-65.7)-1.5の値は0.570であった。この熱処理耐炎繊維を窒素雰囲気下、温度2000℃で4時間黒鉛化した。得られた黒鉛繊維の結晶子サイズLcは2.44nm、体積抵抗率は0.905(10-3Ω・cm)であった。結果は表1に示した。
【0054】
(実施例2~7、比較例1~7)
原料となるPAN系繊維の繊度、耐炎化処理条件、熱処理条件を表1又は2に記載するように変更した他は実施例1と同様に熱処理耐炎繊維及び黒鉛繊維を作製した。結果は表1又は2に示した。
【0055】
(比較例7)
熱処理をせず黒鉛化の処理温度を2600℃とした以外は実施例1と同様に耐炎繊維および黒鉛繊維を作製した。結果は表2に示した。
【0056】
【表1】
【0057】
【表2】

【0058】
比較例1は熱処理温度が低過ぎて、ニトリル基の環化反応が不十分であり、密度が十分に高くならなかった。比較例2は、熱処理時の延伸倍率が低く、結晶配向度が十分に高くならなかった。比較例3、4及び7は熱処理を行わなかった。比較例5及び6は熱処理温度が高過ぎて熱処理中に断糸した。そのため、何れの耐炎繊維も数式(1)の要件を満たさなかった。比較例7の黒鉛繊維は高い電気伝導性を示したものの、数式(1)の要件を満たさなかったために2600℃という比較的高い黒鉛化温度を要した。
これに対して、実施例1~7は、所定条件で熱処理を行っているため、何れの熱処理耐炎繊維も数式(1)の関係を具備した。そして、この熱処理耐炎繊維を用いて製造される黒鉛繊維は2000℃という比較的温和な条件で高い電気伝導性を示した。