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特開2023-117547溶接装置およびガスシールドアーク溶接方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023117547
(43)【公開日】2023-08-24
(54)【発明の名称】溶接装置およびガスシールドアーク溶接方法
(51)【国際特許分類】
   B23K 9/12 20060101AFI20230817BHJP
   B23K 9/073 20060101ALI20230817BHJP
   B23K 9/173 20060101ALI20230817BHJP
   B23K 9/09 20060101ALI20230817BHJP
【FI】
B23K9/12 306
B23K9/073 525
B23K9/173 C
B23K9/09
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022020165
(22)【出願日】2022-02-14
(71)【出願人】
【識別番号】000000262
【氏名又は名称】株式会社ダイヘン
(74)【代理人】
【識別番号】110001195
【氏名又は名称】弁理士法人深見特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】門田 圭二
(72)【発明者】
【氏名】田中 利幸
【テーマコード(参考)】
4E001
4E082
【Fターム(参考)】
4E001AA03
4E001BB06
4E001BB09
4E001DD02
4E001DD04
4E082AA01
4E082AB01
4E082BB01
4E082EF23
(57)【要約】
【課題】溶接品質が向上した、消耗電極ワイヤを用いるガスシールドアーク溶接方法および溶接装置を提供する。
【解決手段】本実施の形態のガスシールドアーク溶接方法では、垂下特性を有する溶接電源装置10が、溶接電源として使用される。溶接電圧Vwに基づいて消耗電極ワイヤ2の送給速度WFをワイヤ送給速度制御装置16が制御することにより、アーク長が目標アーク長に制御される。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶接トーチと、
定電流特性または垂下特性を有する溶接電源装置と、
前記溶接トーチに消耗電極ワイヤを送給する送給装置と、
前記送給装置を制御する制御装置とを備え、
前記制御装置は、溶接電圧に基づいて前記消耗電極ワイヤの送給速度を制御することにより、アーク長を目標アーク長に制御する、溶接装置。
【請求項2】
前記制御装置は、パルス溶接を実行する場合には、所定のパルス回数における前記溶接電圧の平均値に応じて前記消耗電極ワイヤの送給速度を決定し、送給速度の更新を繰り返す、請求項1に記載の溶接装置。
【請求項3】
前記制御装置は、前記溶接電圧の増加に対して増加するように前記送給速度を決定する、請求項1または2に記載の溶接装置。
【請求項4】
消耗電極ワイヤを用いるアーク溶接方法であって、
定電流特性または垂下特性を有する溶接電源装置によって溶接電圧を溶接トーチに印加するステップと、
前記溶接電圧に基づいて、前記消耗電極ワイヤの送給速度を制御することにより、アーク長を目標アーク長に制御するステップとを備える、ガスシールドアーク溶接方法。
【請求項5】
前記アーク長を目標アーク長に制御するステップは、パルス溶接を実行する場合には、所定のパルス回数における前記溶接電圧の平均値に応じて前記消耗電極ワイヤの送給速度を決定し、送給速度の更新を繰り返すステップを含む、請求項4に記載のガスシールドアーク溶接方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、消耗電極ワイヤを用いるガスシールドアーク溶接方法および溶接装置に関する。
【背景技術】
【0002】
消耗電極ワイヤを用いるガスシールドアーク溶接においては、一般に、溶接電源として後述する定電圧特性の電源を用い、消耗電極ワイヤを一定速度で送給するように制御が行なわれる。この方式によれば、被溶接物と溶接トーチとの間の距離が一定の場合、溶接電流はワイヤ送給速度に見合う溶融速度となる値に定まるために、ワイヤ送給速度を一定にすることにより、溶接電流は略一定となる。
【0003】
この時、被溶接物と溶接トーチとの間は、送給される固体ワイヤ部とアーク放電部に分けられ、定電圧特性の電源を用いる場合、被溶接物と溶接トーチとの間にかかる電圧は、各部の電流経路長さに対応する抵抗値によって分配されることとなる。固体ワイヤ部の長さは突き出し長さ、アーク放電部の長さはアーク長と呼ばれ、前述の通り溶接電流が略一定となれば、それに見合うようそれぞれの長さの比は一つに決まる。
【0004】
定電圧電源では、アーク長が何かしらの外乱によって変化した場合であっても、溶接電流が電源の特性に従って変化することによって、ワイヤの溶融量が変化してアーク長が回復する。このような定電圧電源の性質は、アーク長の自己制御作用として知られている。
【0005】
図10は、アーク長の自己制御作用を説明するための概念図である。図11は、定電圧特性を有する電源の電流電圧特性とアーク長が変化した場合のアーク特性とを重ねて示したグラフである。ここで、アーク特性とは前記アーク放電部の電流と電圧の関係を示しており、アーク長に応じて変化する。
【0006】
「定電圧特性」は、出力電流(溶接電流)の変化に対し、出力電圧が一定または変化がごく小さい出力電流と出力電圧との間の関係を示す特性をいう。たとえば、「定電圧特性」の溶接電源は、細い溶接ワイヤを使う消耗電極式アーク溶接のように、アーク長の自己制御作用を利用して、溶接出力を制御する際に使用される。
【0007】
電圧を一定に制御するのが定電圧特性を有する電源であるが、実際には、図11に示す出力特性のように、電流が増加すると電圧はわずかに低下し、電流が減少すると電圧がわずかに増加する。炭酸ガス溶接およびマグ溶接に用いる溶接電源はこのような特性を有する。このような溶接電源の特性は、たとえば、電流が流れると内部抵抗で電圧降下を起こす電池と同様な特性である。
【0008】
ワイヤ送給速度WFは一定であるとする。そして、現時点で図10の中央の図のように、ワイヤ送給速度WFとワイヤ溶融速度MRとが釣り合っているとする(WF=MR)。ワイヤ溶融速度は電流によって決まる。a,bを係数、Iを溶接電流とすると、ワイヤ溶融速度MRは、MR=a×I+b×Iで示される。
【0009】
ここで、アーク長LがLに対してL,Lに変化した場合を考える。ただしL<L<Lとする。図10の左側の図に示すように、アーク長LがLに長くなったときは、図11に示されるアーク特性との交点から溶接電流はIへ減少する。しかし、電流Iの低下によりワイヤ溶融速度MRが図10の矢印で示すMRに低下するため、アーク長Lは、図10の中央の図のようにアーク長Lに戻ろうとする。
【0010】
逆に、図10の右側の図に示すように、アーク長LがLへ短くなったときは、アーク特性との交点から溶接電流はIへと増大する。しかし、電流Iの増加によりワイヤ溶融速度MRが図10の矢印で示すMRに増加するため、アーク長Lは、図10の中央の図のようにアーク長Lに戻ろうとする。
【0011】
このように、定電圧電源を用いたワイヤ送り一定速度の溶接方法では、アーク長を制御するために電流の変化を許容し、溶接電流を増減させることでワイヤ溶融速度を変化させ、アーク長を制御する。アーク長が一定に制御されると、アークの大きさが一様となり、母材への入熱範囲も一様になる。
【0012】
溶接品質を一定にするという観点では、アークから母材への入熱分布を一定とするためにアーク長の変化に加えて、電流そのものの変化も望ましくない。しかし、従来制御では電流変化によってアーク長を一定に制御するため、その両方を満足することができない。このような、従来の溶接方法を改善した溶接方法を実行する溶接装置が、特開平07-051854号公報(特許文献1)に開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】特開平07-051854号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
特開平07-051854号公報に開示された技術は、電極ワイヤの突き出し量の変化に対し、電流を設定通りとするためにワイヤ送給量を自動調整する制御技術に関する。この技術では、電圧設定そのままではアーク長が変わってしまうことに対し、電圧設定も併せて自動調整することによって、突き出し量の変化に対し電流を設定通りに出力しつつアーク長の維持も同時に達成している。
【0015】
上記の技術は、出力電流の平均値が設定電流からずれた場合に、ワイヤ送給量と電圧設定を調整している。したがって、溶接ワイヤの突き出し量の変化が発生した場合に、電流の平均値を安定化させる。しかし、平均値を算出する期間は、溶接現象(たとえば溶滴移行)の周期に比べて長い時間である。したがって、一瞬で大きく溶接負荷が変動する磁気吹きなどの場合には、電流の平均値が設定値に収束するまでに時間が必要となり、その間に溶接品質である溶け込み深さの変化を生じることが課題となる。特に、薄板の溶接など溶接速度が高速の場合、収束までに溶融池が移動する距離が大きいため、溶け込み深さの変化の影響が顕著となる。
【0016】
本発明は、上記のような問題点を解決するためになされたものであり、その目的は、溶接品質が向上した、消耗電極ワイヤを用いるガスシールドアーク溶接方法および溶接装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本開示は、溶接装置に関する。溶接装置は、溶接トーチと、定電流特性を有する溶接電源装置と、溶接トーチに消耗電極ワイヤを送給する送給装置と、送給装置を制御する制御装置とを備える。制御装置は、溶接電圧に基づいて消耗電極ワイヤの送給速度を制御することにより、アーク長を目標アーク長に制御する。
【0018】
好ましくは、制御装置は、パルス溶接を実行する場合には、所定のパルス回数における溶接電圧の平均値に応じて消耗電極ワイヤの送給速度を決定し、送給速度の更新を繰り返す。
【0019】
好ましくは、制御装置は、溶接電圧の増加に対して増加するように送給速度を決定する。
【0020】
本開示は、他の局面では、消耗電極ワイヤを用いるアーク溶接方法に関する。溶接方法は、定電流特性を有する溶接電源装置によって溶接電圧を溶接トーチに印加するステップと、溶接電圧に基づいて消耗電極ワイヤの送給速度を制御することにより、アーク長を目標アーク長に制御するステップとを備える。
【0021】
好ましくは、アーク長を目標アーク長に制御するステップは、パルス溶接を実行する場合には、所定のパルス回数における溶接電圧の平均値に応じて消耗電極ワイヤの送給速度を決定し、送給速度の更新を繰り返すステップを含む。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、消耗電極ワイヤを用いるガスシールドアーク溶接方法を実行する際に、溶接品質を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
図1】本実施の形態に係る溶接装置の構成を示すブロック図である。
図2】本実施の形態で用いられる溶接装置の特性を説明するための図である。
図3】ワイヤ送給速度制御装置が決定するワイヤ送給速度と溶接電圧との関係を示す図である。
図4】定電圧電源における波形を示す検討例の図である。
図5】本実施の形態における波形を示す図である。
図6】短絡溶接における波形を示す検討例の図である。
図7】本実施の形態の溶接方法の短絡溶接における波形を示す図である。
図8】一般的なパルス溶接のワイヤ送給速度について示した検討例の図である。
図9】第2の応用例の波形を示す図である。
図10】アーク長の自己制御作用を説明するための概念図である。
図11】定電圧特性を有する電源の電流電圧特性とアーク長が変化した場合のアーク特性とを重ねて示したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明の実施の形態について、図面を参照しながら詳細に説明する。以下では、複数の実施の形態について説明するが、各実施の形態で説明された構成を適宜組み合わせることは出願当初から予定されている。なお、図中同一または相当部分には同一符号を付してその説明は繰り返さない。
【0025】
図1は、本実施の形態に係る溶接装置の構成を示すブロック図である。図1に示す溶接装置1は、消耗電極ワイヤ2を用いるガスシールドアーク溶接を行なう溶接装置である。
【0026】
溶接装置1は、溶接電源装置10と、ワイヤ送給装置3と、溶接トーチ4とを備える。
溶接電源装置10は、電流検知部12と、電圧検知部18と、溶接電流設定部13と、溶接電圧設定部15と、溶接電流制御装置14と、溶接電源11と、ワイヤ送給速度制御装置16と、モータドライバ17とを含む。溶接電源装置10は、後述するように、定電流特性を有する電源である。
【0027】
溶接トーチ4は、消耗電極ワイヤ2に電圧を与えるためのコンタクトチップを含む。溶接電源11は、電流Iwを供給し、コンタクトチップと母材6との間の溶接電圧Vwを検出して結果的にワイヤ送給速度WFを変調している。
【0028】
図示しないシールドガス供給部によって、シールドガスが溶接トーチ4に供給される。シールドガスは、たとえば、アルゴン、COなどおよびこれらを含む混合ガスが用いられる。
【0029】
ユーザーが溶接の目標電流Isetを溶接電流設定部13に設定し、目標電圧Vsetを溶接電圧設定部15に設定する。
【0030】
ワイヤ送給装置3は、ローラ31と、モータ32とを含む。ワイヤ送給速度制御装置16は、目標電流Isetおよび目標電圧Vsetに基づいて、ワイヤ送給速度の初期値を決定する。その後、ワイヤ送給速度制御装置16は、電圧検知部18で検出された溶接電圧Vwに基づいて、ワイヤ送給速度WFを決定する。溶接電圧Vwが無負荷の初期電圧に設定された状態でワイヤ送給装置3により送給されることで消耗電極ワイヤ2の先端が母材6に接触するとアーク20が発生し、その後アーク長Lが一定になるようにワイヤ送給速度WFが制御される。
【0031】
近年、ワイヤ送給装置は性能が向上し、ワイヤ送給速度の加速度の上限値が上がり、制御可能な制御周期が短くなっている。そこで、本実施の形態では、溶滴移行の周期が最小で数ms程度であるので、その1/10より短い、例えば100μs周期以下でワイヤ送給速度を変化させることによって、定電流特性または垂下特性の電源を用いる場合の瞬間的な負荷変化に対しても、電流変化を最小にしつつアーク長を維持する。
【0032】
図2は、本実施の形態で用いられる溶接装置の特性を説明するための図である。比較例として定電圧特性の電源を使用する一般的な溶接装置の例を図2の左欄に示し、本実施の形態の溶接装置の特性を図2の右欄に示す。比較例の溶接装置は、上記の「定電圧特性」の電源を使用し、送給速度WFは一定に制御されている。このため、図10図11で説明した自己制御作用によって、アーク長が一定に保たれる。しかし、溶接電流は変動してしまう。
【0033】
これに対し、本実施の形態の溶接装置は、上記の「定電流特性(垂下特性を含む)」の電源を使用し、送給速度WFは電圧Vwに応じて変動するように制御されている。
【0034】
図3は、本実施の形態の溶接装置において、電圧の変化と送給速度の変化の関係を説明するための図である。図1の溶接電源装置10は、溶接時に使用される範囲は、図3の上段のような特性を有する。溶接電源装置10は、電流Iwを略一定に保つように動作するので、アーク長が変化すると電圧Vwが大きく変化する。
【0035】
図3の下段には、ワイヤ送給速度制御装置が決定するワイヤ送給速度と溶接電圧との関係が示されている。ワイヤ送給速度制御装置16は、電圧Vwの増減に対応して、ワイヤ送給速度WFを決定する。電圧Vwが上昇すると、ワイヤ送給速度WFも上昇させる。逆に、電圧Vwが低下すると、ワイヤ送給速度WFも低下させる。電圧Vwに対して、ワイヤ送給速度WFは増加するように設定される。
【0036】
ここで、溶接電流制御装置14、及びワイヤ送給制御装置16におけるアーク長制御の概念を説明する。
【0037】
溶接電流制御装置14では、設定電流Iset、設定電圧Vset、出力電圧V(溶接電圧Vwと等価)より、溶接電流Iwが以下の式によって示される外部特性線によって決定される。
Iw=(Vset-Vw)/R+Iset
ここで、Rは図3の上図のグラフに示される溶接電源の外部特性の傾きを示す。Rが大きいほど垂下特性であることを示し、Rが概ね0.10[V/A]より大きければ垂下特性とみなされる。そしてRが概ね0.5[V/A]以上であれば定電流特性とみなされる。
【0038】
図3の下段に示されるように、設定送給速度WFsetはVsetに基づいて決定される。ワイヤ送給速度制御装置16では、溶接電圧Vw、設定電圧Vsetより、以下の式によってワイヤ送給速度WFが決定される。
WF=WFset+S×(Vw-Vset)
初期設定送給速度WFset、速度勾配Sは、設定電流Iset、ワイヤ径、ワイヤ材質、シールドガスの成分などによって適切な値が設定される 。
【0039】
以下に、電圧Vwが変動した場合にワイヤ送給速度WFがそれに伴って変動する状況の一例を説明する。
【0040】
まず、ワイヤ溶融速度とワイヤ送給速度が釣り合い、アーク長が安定した状態を考える。そのときのアーク長をL0、電圧をV0、電流をI0、ワイヤ送給速度をWF0とする。ここで、外乱によりアーク長がL0からL1に長くなった場合、図3の上図で矢印M1に示すように、出力電圧がVsetからV1に増加する。すると、ワイヤ送給速度制御装置16は、出力電圧がV1に増加したため、図3の下図で矢印M2に示すように、ワイヤ送給速度をWF0から電圧V1に対応するワイヤ送給速度WF1まで増加させる。
【0041】
このとき、溶接電流Iwはほぼ一定に制御されるため、送給速度>溶融速度となり、アーク長がL1から短くなる。その結果、矢印M3に示すように、アーク電圧VwがV1から低下する。そして、矢印M4に示すようにアーク電圧が下がることに伴って送給速度も減少する。
【0042】
そして、ワイヤ送給速度=ワイヤ溶融速度となるアーク電圧Vw=V0まで戻る。外乱でアーク長がL0からL2に短くなった場合は上記の逆となる。
【0043】
ここで、ワイヤ送給速度制御装置の性能について検討する。ワイヤ送給速度の調整で既存の定電圧特性でのアーク長の自己制御作用と同様のレベルで制御できるか否かは、ワイヤ送給速度の加速度と制御周期とに依存する。
【0044】
一般的な定電圧電源を用いたアーク長制御では、100μs程度の制御周期であればアーク長の維持が可能である。
【0045】
ワイヤ溶融速度と電流とは対応関係にあるが、電流が300Aから400Aまで100μsで変化したとする。この電流変化に対応するワイヤ溶融速度は、一例では、0.3mm/msから0.467mm/msまで変化させる必要がある。この場合、ワイヤ溶融速度は0.167mm/ms/100μsの加速度で変化することとなる。
【0046】
近年高性能化したワイヤ送給装置では、この加速度は実現可能であり、電流変調によるアーク長の変化速度に十分対応できる。
【0047】
本実施の形態の溶接方法および溶接装置を用いて溶接する場合について、以下に検討する。一般的な定電圧電源および一定速度のワイヤ送給の組合せによる溶接方法の検討例と本実施の形態の溶接方法とを比較する。
【0048】
図4は、一般的な定電圧電源および一定速度のワイヤ送給の組合せによる溶接方法において安定期間と外乱によってアーク長が伸びた場合と短くなった場合の、溶接電圧、溶接電流、ワイヤ送給速度の挙動を波形で示している。アークが安定している期間はアーク長の変動がないため溶接電流、電圧ともに変化しない。溶接トーチを持つ作業者の手振れなどにより、瞬間的にアーク長が長くなったとすると電圧の上昇に対し定電圧電源では電流が大きく減少する。電流減少によってワイヤ溶融速度が低下するため、アーク長は短くなっていく。アーク長が短くなるにつれて溶接電圧が降下すると、定電圧電源では電流もあわせて低下していく。溶接電流は、最終的に一定速度で送給されるワイヤ送給速度と釣り合うワイヤ溶融速度となる溶接電流、すなわち安定時の溶接電流に戻ってくるためアーク長も安定時のアーク長に戻る。アークが短くなった場合は、溶接電流、電圧ともにアークが長くなった場合と逆の挙動を示すが、アーク長が安定時のアーク長に戻ってくる点は同様である。
【0049】
図5は、本実施の形態において安定期間と外乱によってアーク長が伸びた場合と短くなった場合の、溶接電圧、溶接電流、ワイヤ送給速度の挙動を波形で示している。アークが安定している期間はアーク長の変動がないため溶接電圧、ワイヤ送給速度ともに変化しない。溶接トーチを持つ作業者の手振れなどにより、瞬間的にアーク長が長くなったとすると電圧の上昇に対し定電流特性または垂下特性の電源では電流はほぼ変化しない。一方で、溶接電圧の上昇に応じてワイヤ送給速度も上昇する。電流が変化しないためワイヤ溶融速度も変化しないが、ワイヤ送給速度が上昇するために、アーク長は短くなっていく。アーク長が短くなるにつれて溶接電圧が降下すると、ワイヤ溶融速度もあわせて低下していく。ワイヤ送給速度は、最終的にワイヤ溶融速度と釣り合う速度に戻ってくることでアーク長も安定時のアーク長に戻る。
【0050】
次に本実施の形態の溶接方法および溶接装置を用いて短絡溶接を実行する場合について、以下に検討する。一般的な定電圧電源および一定速度のワイヤ送給の組合せによる溶接方法の検討例と本実施の形態の溶接方法とを比較する。ここで短絡溶接とは、周期的な短絡移行によって溶接が進行する溶接の形態である。アーク熱によって溶接ワイヤ先端に形成された溶滴が、溶融池に移行する溶滴移行現象において、ワイヤに懸垂したまま溶融池と接触して移行することを短絡移行という。なお、本実施の形態は、周期的な短絡移行だけでなく単発の短絡移行においても有効である。
【0051】
図6は、短絡溶接における波形を示す検討例の図である。図6に示すように、アーク期間では、定電圧特性の電源によって溶接電圧Vwが略一定に制御される。しかし、短絡期間では、短絡によって溶接電圧は急降下すると共に電流が急増する。溶接電流Iwは増加減少を繰り返すが、溶接ケーブルおよび溶接電源装置のリアクトル成分により電流波形は図6に示すようになる。
【0052】
図7は、本実施の形態の溶接方法の短絡溶接における波形を示す図である。図7に示すように、アーク期間および短絡期間共に、定電流特性の電源によって溶接電流Iwは、略一定に制御される。しかし、短絡期間では、短絡によって溶接電圧は急降下する。このとき、図3に示した関係に基づいて、時刻t1,t3における電圧降下時にワイヤ送給速度WFは低下する。逆に、短絡期間からアーク期間に移行するときは、時刻t2,t4における電圧上昇時にワイヤ送給速度WFは増加する。
【0053】
本実施の形態の溶接方法および溶接装置によれば、短絡溶接時に、短絡周期Tに同期した周期でワイヤ送給速度WFが制御されるため、定電流で溶接電源を制御した場合に、アーク長も略一定に制御される。このため、従来に比べて電流が一定となり、溶け込み深さの変化を最小とすることができる。特に従来技術と比較して高速溶接でも溶け込み一定を維持することが可能となる。なお、短絡周期Tは、1~数ms程度であり、ワイヤ送給速度WFを制御する周期は、少なくとも1ms以下、好ましくは短絡周期の10分の1程度の100μsとするとよい。
【0054】
[応用例]
本実施の形態の溶接方法は、パルス溶接にも応用が可能である。図8は、一般的なパルス溶接のワイヤ送給速度について示した検討例の図である。パルス溶接では、設定電流にしたがって、電流波形パターンと、ピーク電流、ベース電流、パルスピーク時間、パルスベース時間などの各パラメータの標準値とを決定する。
【0055】
送給速度WFを固定値とする一般的なパルス溶接では、アーク長が略一定となるように、所定のパルス回数における溶接電流と溶接電圧の平均値が定電圧の外部特性に沿うように、各パラメータを標準値から都度変更しながら、電流を出力する。一例としては、パルスピーク電流およびパルスベース電流を固定値とし、パルスピーク期間を固定値とし、溶接電流と溶接電圧の平均値が外部特性に沿うようにパルスベース期間を可変とする周波数変調制御がある(図示せず)。別の例としては、図8に示すパルスピーク期間、パルスベース期間を固定値とし、溶接電流と溶接電圧の平均値が外部特性に沿うようにパルスピーク電流やパルスベース電流またはその両方を可変とする周波数固定のピーク・ベース電流変調制御がある。
【0056】
上述の実施の形態をパルス溶接に適用しても、短絡溶接と同様にアーク長を制御しながら溶接可能である。以下、図9を用いて説明する。
【0057】
図9は、本実施の形態の応用例のパルス溶接のワイヤ送給速度について示した図である。図9では、図8に示した一般的なパルス溶接と同様に、設定電流にて決定された電流波形パターン、各パラメータに従った溶接電流を出力する。
【0058】
図9に示す例では、パルス溶接において電流出力のパターン(パルスピーク電流値、パルスベース電流値、パルスピーク期間、パルス印加周期)は、固定されている。そして、ワイヤ送給速度制御装置16は、図9の破線矢印に示すように、所定のパルス回数(1回以上)におけるパルスピーク期間の電圧Vwとパルスベース期間の電圧Vwの平均電圧に応じて、その次のタイミングの送給速度WFを決定する。なお、図9では、1回のパルスピーク期間の電圧Vwとその後に続く1回のパルスベース期間の電圧Vwの合計期間の平均電圧に応じて、その次のタイミングの送給速度WFを決定している。この場合が、最も細かくアーク長が調整されるので好ましいが、1回以上のパルス回数であれば、2回、3回など、複数のパルス回数の期間の平均電圧に応じて送給速度WFを決定しても良い。このようにしても、パルス溶接のアーク長制御における波形の変調によって生じる溶接不安定のリスクを軽減することができる。
【0059】
本実施の形態で説明したワイヤ送給速度の制御によるアーク長制御では電流変化を従来よりも小さくできる。このため、パルス溶接において、パルス波形および周期を完全に固定することが実現できる。図8に示した送給一定のアーク長制御では、外乱でアーク長が長くなると電流が小さくなるため、パルス溶接のパルス波形を周波数変調で制御すれば、ベース電流期間が伸びて磁気吹きのリスクが高くなる。ピーク・ベース電流変調で制御すれば、ベース電流が小さくなると同じく磁気吹きリスクが高まり、ピーク電流が小さくなると溶滴移行が不安定化する。これに対して、図9に示すように、パルスピーク期間の送給速度とパルスベース期間の送給速度とが溶融速度の変化に合わせて変化するため、本実施の形態の応用例では、パルス波形を完全に固定できる。このため、パルス溶接のアーク長制御における波形の変調によって生じる溶接不安定のリスクを軽減することができる。
【0060】
(まとめ)
本開示は、図1に示す溶接装置1に関する。溶接装置1は、溶接トーチ4と、定電流特性または垂下特性を有する溶接電源装置10と、溶接トーチ4に消耗電極ワイヤ2を送給する送給装置3と、送給装置3を制御するワイヤ送給速度制御装置16とを備える。ワイヤ送給速度制御装置16は、溶接電圧Vwに基づいて消耗電極ワイヤ2の送給速度WFを制御することにより、アーク長を目標アーク長に制御するように構成される。
【0061】
このような構成とすることによって、溶接電流は、定電流特性または垂下特性によって概ね電源の外部特性に沿って制御され、溶接電圧Vwの瞬時値にしたがって送給速度を変化させることによってアーク長は所定のアーク長に制御される。
【0062】
好ましくは、ワイヤ送給速度制御装置16は、溶接電圧Vwの瞬時値に応じて変化可能であるように、少なくとも1ミリ秒以下の周期で消耗電極ワイヤ2の送給速度WFを制御する。
【0063】
好ましくは、図7に示すように、ワイヤ送給速度制御装置16は、短絡期間とアーク期間とを繰り返す短絡溶接を実行する場合には、送給速度が、短絡期間とアーク期間とで異なるように送給装置を制御する。この場合には、溶接電流は、作業者が設定した電流値にしたがって決定される固定の電流出力パターンとなる。一方、溶接電圧は、瞬時値は変動するが、平均値が設定電圧になるべく制御される。そして、送給速度は、電圧の瞬時値でなく、所定期間における電圧の平均値にしたがって可変する。その結果アーク長は、所定のアーク長に制御される。
【0064】
また、好ましくは、図9に示すように、ワイヤ送給速度制御装置16は、パルス溶接を実行する場合には、所定のパルス回数における溶接電圧Vwの平均値に応じて前記消耗電極ワイヤの送給速度WFを決定し、送給速度WFの更新を繰り返す。
【0065】
好ましくは、図3に示すようにワイヤ送給速度制御装置16は、溶接電圧の増加に対して増加するように送給速度を決定する。したがって、送給速度は、図5においては、短絡期間よりもアーク期間の方が高くなっている。
【0066】
本開示は、他の局面では、消耗電極ワイヤ2を用いるアーク溶接方法に関する。本実施の形態のアーク溶接方法は、定電流特性または垂下特性を有する溶接電源装置10によって溶接電圧Vwを溶接トーチ4に印加するステップと、溶接電圧Vwに基づいて消耗電極ワイヤ2の送給速度WFを制御することにより、アーク長を目標アーク長に制御するステップとを備える。
【0067】
好ましくは、アーク長を目標アーク長に制御するステップは、図7に示すように、短絡期間とアーク期間とを繰り返す短絡溶接を実行する場合に、短絡期間とアーク期間とで異なるように送給速度WFを設定するステップを含む。
【0068】
また好ましくは、アーク長を目標アーク長に制御するステップは、図9に示すように、パルス溶接を実行する場合には、所定のパルス回数における前記溶接電圧の平均値に応じて前記消耗電極ワイヤの送給速度を決定し、送給速度の更新を繰り返すステップを含む。
【0069】
好ましくは、アーク長を目標アーク長に制御するステップは、図3に示すように溶接電圧Vwの増加に対して増加するように送給速度WFを決定するステップを含む。
【0070】
本実施の形態の溶接方法および溶接装置によれば次のような効果が得られる。すなわち、電流が一定となり、溶け込み深さの変化を最小とすることができる。特に従来技術と比較して、高速溶接でも溶け込み一定を維持することが可能である。また、応用技術では、パルス溶接のアーク長制御における波形の変調によって生じる溶接不安定のリスクを軽減することができる。
【0071】
今回開示された実施の形態は、すべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は、上記した実施の形態の説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0072】
1 溶接装置、2 消耗電極ワイヤ、3 送給装置、4 溶接トーチ、5 コンタクトチップ、6 母材、10 溶接電源装置、11 溶接電源、12 電流検知部、13 溶接電流設定部、14 溶接電圧制御部、15 溶接電圧設定部、16 ワイヤ送給速度制御装置、17 モータドライバ、18 電圧検知部、20 アーク、31 ローラ、32 モータ。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11