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特開2023-117729グルコース測定用電極及びそれを含む電気化学センサ
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023117729
(43)【公開日】2023-08-24
(54)【発明の名称】グルコース測定用電極及びそれを含む電気化学センサ
(51)【国際特許分類】
   G01N 27/416 20060101AFI20230817BHJP
   G01N 27/327 20060101ALI20230817BHJP
   G01N 27/30 20060101ALI20230817BHJP
【FI】
G01N27/416 338
G01N27/327 353F
G01N27/327 353B
G01N27/30 B
【審査請求】未請求
【請求項の数】14
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022020449
(22)【出願日】2022-02-14
(71)【出願人】
【識別番号】000141897
【氏名又は名称】アークレイ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002860
【氏名又は名称】弁理士法人秀和特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】松本 浩平
(57)【要約】
【課題】グルコース濃度と応答電流値との間の直線性が向上し、かつ安定して持続測定が可能なグルコースセンサ及びそれに使用しうる電極を提供すること。
【解決手段】電極材料とグルコース酸化還元酵素を含む電極層と、前記酵素電極層を覆う透過制限層と、を有し、前記酵素電極層と前記透過制限層の間に親水性物質を含むグルコース拡散層を有する、電極。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
電極材料とグルコース酸化還元酵素を含む酵素電極層と、
前記酵素電極層を覆う透過制限層と、
を有し、
前記酵素電極層と前記透過制限層の間に、親水性物質を含むグルコース拡散層を有する、電極。
【請求項2】
前記酵素電極層が、前記電極材料としての金属またはカーボンの層と、前記金属またはカーボンの層上に載置された前記グルコース酸化還元酵素による層構造である、請求項1に記載の電極。
【請求項3】
前記酵素電極層が、前記電極材料としての導電性物質と前記グルコース酸化還元酵素の混合物を含む層である、請求項1に記載の電極。
【請求項4】
前記グルコース酸化還元酵素がグルコース脱水素酵素である、請求項1~3のいずれか一
項に記載の電極。
【請求項5】
前記親水性物質が親水性高分子である、請求項1~4のいずれか一項に記載の電極。
【請求項6】
前記親水性物質が、ポリエチレングリコール、ポリビニルピロリドン、ポリビニルアルコールおよびアルギン酸ナトリウムからなる群から選択される1以上である、請求項1~5
のいずれか一項に記載の電極。
【請求項7】
前記親水性物質が架橋処理されている、請求項1~6のいずれか一項に記載の電極。
【請求項8】
前記親水性物質の量が1.19μg/cm以上1.19g/cm以下である、請求項1~7のいずれか一項に記載の電極。
【請求項9】
前記グルコース拡散層の厚さが10nm以上10mm以下である、請求項1~8のいずれ
か一項に記載の電極。
【請求項10】
前記グルコース拡散層が前記酵素電極層上のみに設けられている、請求項1~9のいずれ
か一項に記載の電極。
【請求項11】
前記透過制限層が、セルロースポリマー、ポリウレタンおよびポリビニルピリジンからなる群から選択される1以上を含む、請求項1~10のいずれか一項に記載の電極。
【請求項12】
請求項1~11のいずれか一項に記載の電極を含む、グルコースセンサ。
【請求項13】
グルコース持続測定用である、請求項12に記載のグルコースセンサ。
【請求項14】
電極材料とグルコース酸化還元酵素を含む酵素電極層を形成する工程、
酵素電極層上にグルコース拡散層を積層する工程、及び
前記グルコース拡散層上に透過制限層を積層する工程、
を含む、電極の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はグルコース測定のための電極及びそれを含む電気化学センサ(グルコースセンサ)に関する。
【背景技術】
【0002】
従来の電気化学センサを用いたグルコース持続測定(Continuous Glucose Monitoring
)システムにおいては、基板、電極層、酵素層、透過制限層の少なくとも4層構造を有す
る酵素電極が使用されている。例えば、特許文献1には、電極と分析物検出膜を備え、分析物検出膜が障害層と酵素層を含み、電極と障害層間又は障害層と酵素層間に配置された親水性ポリマー層を含む電気化学的分析物センサが開示されている。
また、特許文献2には、疎水性材料からなる電極表面に、酵素又は酵素基質のいずれか一方を含む親水性高分子膜を成膜したことを特徴とするバイオセンサが開示され、さらに表面を透過制限膜で覆うことが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】WO2010/107941
【特許文献2】特開2002-221508
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
グルコースセンサを用いた血糖値モニタリングにおいては血糖値を正確かつ持続的に安定してモニタリングすることが重要である。したがって、グルコースセンサにおいて、グルコース濃度に対する検出電流値の直線性をより向上させ、かつ、長期間測定しても、検出電流値や直線性が低下しないように電極の安定性を向上させることが求められていた。
そこで、本発明者は、従来の、酵素電極層とそれを覆う透過制限層を有する電極を備えたグルコースセンサの評価を行ったところ、グルコース濃度が増加するにつれて応答電流値の直線性が低下すること、さらには、長期間測定において、徐々に応答電流値が低下することを見出した。
したがって、本発明は、従来の、酵素電極層とそれを覆う透過制限層を有する電極を改良し、グルコース濃度と応答電流値との間の直線性が向上し、かつ安定して持続測定が可能な酵素電極及びそれを備えたグルコースセンサを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者は上記課題を解決するために検討を行った。
まず、本発明者は、従来の、酵素電極層とそれを覆う透過制限層を有する電極における応答電流値の直線性の低下や安定性の低下の原因について検討し、透過制限層のポリマーの構造の不均一性等により酵素電極層の酵素分子の一部しか反応に使用できていないことが応答電流値の直線性の低下の原因ではないかと仮説を立てた。そして、その仮説の下、透過制限層の不均一性に基づく問題を改善するために試行錯誤した結果、電極材料とグルコース酸化還元酵素を含む酵素電極層と、該酵素電極層を覆う透過制限層との間に、親水性物質を含むグルコース拡散層を設けることで、当該グルコース拡散層内でグルコースが均一に拡散され、酵素電極層内の酵素分子全体を反応に使用することができ、その結果、グルコース濃度と応答電流値との間の直線性が向上することを見出した。さらに、酵素電極層と透過制限層の間にグルコース拡散層を設けることで、長期間安定した応答電流値が得られることも見出し、この電極が、正確かつ安定して持続測定が可能なグルコースセンサに使用しうることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0006】
なお、特許文献1では上記の通り、電極と分析物検出膜を備え、分析物検出膜が障害層と酵素層を含み、電極と障害層間又は障害層と酵素層間に配置された親水性ポリマー層を含む電気化学的分析物センサが開示されているが、電極側に親水性ポリマー層を設けることが開示されているのみで、透過制限膜側に親水性ポリマー層を設けることは開示されておらず、透過制限膜を透過したグルコースを酵素層に均一に拡散させるという思想はないし、そもそもこのセンサは障害層の存在を前提としたものである。
また、特許文献2では上記の通り、疎水性材料からなる電極表面に、酵素又は酵素基質のいずれか一方を含む親水性高分子膜を成膜したことを特徴とするバイオセンサが開示され、さらに表面を透過制限膜で覆うことが開示されているが、酵素と親水性高分子を同一層に混合すると電子伝達が阻害され、電流値が低下するという問題がある。
【0007】
本発明の一態様によれば、電極材料とグルコース酸化還元酵素を含む酵素電極層と、前記酵素電極層を覆う透過制限層と、を有し、前記酵素電極層と前記透過制限層の間に、親水性物質を含むグルコース拡散層を有する、電極が提供される。
ここで、電極の一態様では、前記酵素電極層が、前記電極材料としての金属またはカーボンの層と、前記金属またはカーボンの層上に載置された前記グルコース酸化還元酵素による層構造である。
また、電極の他の一態様では、前記酵素電極層が、前記電極材料としての導電性物質と前記グルコース酸化還元酵素の混合物を含む層である。
【0008】
本発明の他の一態様によれば、前記電極を含む、グルコースセンサが提供される。
【0009】
本発明の他の一態様によれば、電極材料とグルコース酸化還元酵素を含む酵素電極層を形成する工程、前記酵素電極層上にグルコース拡散層を積層する工程、及び前記グルコース拡散層上に透過制限層を積層する工程、を含む、電極の製造方法が提供される。
【発明の効果】
【0010】
本発明の電極では、透過制限層と酵素電極層の間に親水性物質を含むグルコース拡散層を設けたことにより、透過制限層を通過したグルコースを均一に拡散させることができ、グルコースが酵素電極層の酵素分子全体に均一に供給されるため、グルコース濃度に対する応答電流値の直線性が向上する。また、本発明の電極では、透過制限層と酵素電極層の間に親水性物質を含むグルコース拡散層を設けたことにより、長期間、高い応答電流値を維持することができる。したがって、本発明の電極は複雑な補正を必要とせず、正確、かつ、長時間の持続測定が可能なグルコースセンサを作製することを可能にする。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】本発明の電極の一態様を示す模式図。
図2】本発明のグルコースセンサを含むグルコース測定システムの一態様(グルコース持続測定装置A)を示す図。
図3】実施例1及び比較例1の電極を含むグルコースセンサを用いたグルコース応答電流値プロットの結果を示すグラフ。
図4】実施例1及び比較例1の電極を含むグルコースセンサを用いたグルコース応答電流値の経時変化を示すグラフ。
図5】実施例1~4の電極を含むグルコースセンサを用いたグルコース応答電流値プロットの結果を示すグラフ。
図6】実施例5及び比較例1の電極を含むグルコースセンサを用いたグルコース応答電流値プロットの結果を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0012】
<電極>
本発明の電極は、
電極材料とグルコース酸化還元酵素を含む酵素電極層と、
前記酵素電極層を覆う透過制限層と、を有し、
前記酵素電極層と前記透過制限層の間に親水性物質を含むグルコース拡散層を有することを特徴とする。
【0013】
<電極材料>
電極材料としては、金属材料や炭素材料が挙げられる。金属材料としては、例えば、金(Au)、白金(Pt)、銀(Ag)及びパラジウム(Pd)などが挙げられる。炭素材料としては、例えば、カーボンが挙げられ、カーボンとしては、例えば、グラファイト、カーボンナノチューブ、グラフェン、メソポーラスカーボンなどが挙げられる。
【0014】
<グルコース酸化還元酵素>
グルコース酸化還元酵素は測定対象物質であるグルコースを酸化還元しうる酵素であればよいが、グルコース脱水素酵素(GDH)及びグルコースオキシダーゼが挙げられる。グ
ルコース酸化還元酵素は、触媒サブユニット又は触媒ドメインとして、ピロロキノリンキノン(PQQ)、フラビンアデニンジヌクレオチド(FAD)のうち少なくとも一方を含むことが好ましい。例えば、PQQを含むグルコース酸化還元酵素として、PQQグルコースデヒドロゲナーゼ(PQQGDH)が挙げられ、FADを含む酸化還元酵素として、FADを含んだαサブユニットを持つシトクロムグルコースデヒドロゲナーゼ(CyGDH)やグルコースオキシダーゼ
(GOD)が挙げられる。
【0015】
また、グルコース酸化還元酵素は、電子伝達サブユニット若しくは、電子伝達ドメインを含むことができる。電子伝達サブユニットとしては、例えば、電子授受の機能を持つヘムを有するサブユニット挙げられる。このヘムを有するサブユニットを含む酸化還元酵素としては、例えば、シトクロムを含むグルコースデヒドロゲナーゼや、PQQGDHとシトクロムとの融合蛋白質(国際公開WO2005/030807号)が挙げられる。
【0016】
<酵素電極層>
酵素電極層は上記のような電極材料とグルコース酸化還元酵素を含む。
【0017】
酵素電極層は、グルコース酸化還元反応を効率よく進行させるために他の任意成分を含んでもよい。他の任意成分としては、導電性物質、架橋剤、糖などから選ばれる1種類以
上が挙げられる。
【0018】
導電性物質としては、導電性高分子や導電性粒子が挙げられる。
導電性高分子としては、水溶性のものが好ましく、例えば、ポリアセチレン、ポリパラフェニレン、ポリアニリン、ポリチオフェン、ポリパラフェニレンビニレン、ポリピロール、ポリアセン、グラフェン、ポリエチレンジオキシチオフェン等が挙げられる。
【0019】
導電性粒子としては、金属製粒子や炭素を材料とした高次構造体が挙げられる。
金属製粒子は、例えば、金、銀、銅、ニッケル、バナジウム、白金、パラジウム、鉄、アルミニウム、チタン、亜鉛、スズ、タングステン、クロムなどが挙げられる。炭素を材料とした高次構造体は、例えば、導電性カーボンブラック、カーボンナノチューブ(CNT)、フラーレンのような、炭素粒子又は炭素微粒子を含むことができる。導電性カーボンブラックとしては、例えば、オイルファーネスブラック、ケッチェンブラック、ブラックパール、アセチレンブラックなどが挙げられる。
【0020】
酵素電極層はまた、架橋剤を含むことができる。架橋剤の種類は、酵素や導電性物質を
架橋できるものであれば特に限定されず、例えば、アルデヒド基、マレイミド基、カルボジイミド基、オキサゾリン基、エポキシ基の少なくとも1つの官能基を含む化合物であってもよい。また架橋剤の形態も限定されず、モノマー、ポリマーの何れの形態であってもよい。
【0021】
酵素電極層はまた、糖を含むことができる。糖の種類は、グルコース酸化還元酵素を安定化できるものであれば特に限定されず、例えば、トレハロース、スクロース、マルトース、マンノース、フルクトース、ラクトース、マルトトリース、ラフィノースなどが挙げられる。
【0022】
本発明の電極の一態様によれば、酵素電極層は、前記電極材料としての金属またはカーボンの層と、前記金属またはカーボンの層上に載置された、前記グルコース酸化還元酵素を含む層と、を含む層構造である。
例えば、基板上に金属またはカーボン(電極材料)の層を形成し、当該金属またはカーボンの層上に、グルコース酸化還元酵素を含む層(酵素層または試薬層とも呼ばれる)を形成することで、酵素電極層を形成することができる。
【0023】
本発明の電極の他の一態様によれば、酵素電極層は、前記電極材料としての導電性物質と前記グルコース酸化還元酵素の混合物を含む層である。
例えば、グルコース酸化還元酵素、導電性物質及びカーボン(電極材料)を含む試薬を混合し、基板上に塗布することで、酵素電極層を形成することができる。
【0024】
<基板>
電極は基板上に設けられることが好ましい。基板としては、電気化学センサに一般的に使用される基板を使用することができ、熱可塑性樹脂、各種の樹脂(プラスチック)や絶縁性材料で形成される基板が挙げられる。熱可塑性樹脂としては、例えば、ポリエーテルイミド(PEI)、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリエチレン(PE)などが挙げられる。各種の樹脂(プラスチック)としては、例えば、ポリイミド樹脂、エポキシ樹脂などが挙げられる。絶縁性材料としては、例えば、ガラス、セラミック、紙などが挙げられる。この中では、絶縁性材料で形成される基板が好ましい。
【0025】
<透過制限層>
透過制限層は酵素電極層を覆っている。透過制限層は、センサ感度がすぐに飽和すること、すなわち、センサが検出可能なグルコースの濃度の上限に至るまでに感度が飽和することを防止するために、グルコース拡散層及び酵素電極層へのグルコースの透過を制限して、グルコース拡散層及び酵素電極層に到達するグルコースの量を調整するために設けられる。
【0026】
透過制限層はグルコースを制限しつつ透過させることができる材料であって、好ましくは不溶性の材料で形成されるが、例えば、親水性基を含むポリマーや多孔質材料で形成される。
具体的には、ポリエチレンコテトラフルオロエチレン、ポリオレフィン、ポリエステル、ポリカーボネート、ポリテトラフルオロエチレン、ポリテトラフルオロエチレンのホモポリマー、コポリマー、及びターポリマー、ポリプロピレン、ポリビニルクロライド、ポリビニリデンフルオライド、ポリブチレンテレフタレート、ポリメチルメタクリレート、ポリエーテルエーテルケトン、ポリウレタン、セルロースポリマー、ポリスルホン、シリコン系ポリマー(ポリシロキサン)や、セルロースアセテート、HEMA (ヒドロキシエチルメタクリレート)及びこれらを含むコポリマー、ポリビニルピリジンなどが挙げられ
る。
この中では、セルロースポリマー、ポリウレタン、およびポリビニルピリジンから選択される1種類以上が好ましい。
透過制限層の厚さは、グルコースを制限しつつ透過させることができる厚さであればよいが、例えば、好ましくは1μm以上100μm以下、より好ましくは5μm以上50μm以下であ
る。
【0027】
<グルコース拡散層>
グルコース拡散層は透過制限層を通過したグルコースを拡散させて、酵素電極層に均一に供給されるようにするために、透過制限層と酵素電極層の間に存在する。グルコース拡散層は親水性物質を含む。グルコース拡散層は、親水性物質を含むことにより、透過制限層と比較して、グルコースを拡散する能力が優れている。
透過制限層を通過するグルコースは均一ではないので、従来の透過制限層だけを利用した電極の場合は、電極表面のうち、グルコースが到達する領域が限られ、このことが酵素電極の一部の酵素しか反応に使用できていない現象を引き起こし、グルコース濃度に対する応答電流値の直線性の低下につながると考えられる。
例えば、透過制限層としてポリウレタンなどのポリマーを使用する場合、ポリウレタンなどのポリマーは親水性部分と疎水性部分を不規則に含んでおり、グルコースはポリマー中の親水性の高い部分を通ると考えられる。酵素層の上に直接当該ポリマーを使用した透過制限層を形成した場合、ポリマーの親水性の高い部分のみをグルコースが通過して、酵素電極層全体にグルコースが広がらず、酵素電極層内の一部の酵素としか反応できない。
これに対し、本発明の電極は、透過制限層と酵素電極層の間に親水性物質を含むグルコース拡散層を含むことにより、透過制限層を通過したグルコースをグルコース拡散層内で均一化させ、その結果、酵素電極層全体にグルコースを均等に到達させることができ、グルコース濃度に対する応答電流値の直線性を向上させることができる。
このような効果を発揮させるためには、グルコース拡散層は、酵素電極層の表面全体を覆うように設けられることが好ましい。
【0028】
親水性物質としては、グルコースを拡散させることができる物質であれば特に制限されず、例えば、親水性高分子やその他の物質が挙げられる。親水性高分子としては、例えば、ポリビニルピロリドン(PVP)、ポリ-N-ビニル-3-エチル-2-ピロリドン、ポリ-
N-ビニル-4,5-ジメチル-2-ピロリドン、ポリアクリルアミド、ポリ-N,N-ジメチ
ルアクリルアミド、ポリビニルアルコール、ポリエチレングリコール、懸垂(pendent)イ
オン性基を有するポリマー、及びこれらのコポリマー又は配合物などが挙げられる。その他の物質としては、例えば、アルギン酸ナトリウム、アクリル酸メチル、キトサン、カルボキシルメチルセルロース、カルボキシルエチルセルロース、アクリル酸ナトリウムなどの親水性高分子以外の親水性物質が挙げられる。
この中では、ポリエチレングリコール、ポリビニルピロリドン、ポリビニルアルコールおよびアルギン酸ナトリウムから選択される1種類以上が好ましい。
【0029】
検体(試料)液によって溶解しないように、グルコース拡散層内の親水性物質は架橋処理されていることが好ましい。
架橋処理は、例えば、架橋剤によって行うことができる。
架橋剤の種類は、親水性物質を架橋して検体液に溶解しないようにできる物質である限り特に制限されず、親水性物質の種類によって適宜選択されるが、例えば、オキサゾリン基を有する架橋剤、エポキシ基を有する架橋剤、カルボジイミド基を有する架橋剤などカルボキシル基を架橋のターゲットとすることのできる架橋剤が挙げられる。
例えば、架橋剤と親水性物質を混合した水溶液を酵素電極層上に塗布した後、加熱やUV照射等で架橋反応を進行させることで、酵素電極層上に架橋処理された親水性物質を含むグルコース拡散層を形成することができる。
【0030】
グルコース拡散層における親水性物質の量は、グルコースを十分拡散させるに足りる量であればよいが、例えば、好ましくは1.19μg/cm以上1.19 g/cm2以下、より好ましくは6 μg/cm2以上119 mg/cm2以下、さらに好ましくは11.9 μg/cm2以上11.9 mg/cm2以下である。
【0031】
グルコース拡散層の厚さは、グルコースを層内で十分拡散させるに足りる厚さであればよいが、例えば、好ましくは10nm以上10mm以下、より好ましくは50nm以上1mm以下、さらに好ましくは100nm以上100μm以下である。
【0032】
<電極の例>
図1を参照して本発明の一態様に係る電極について説明する。
基板(1)上に、金属やカーボンなどの電極材料で構成された電極層(2)が設けられ、電極層(2)上に、グルコース酸化還元酵素を含む酵素層(3)が設けられている。
そして、酵素層(3)を覆うグルコース拡散層(4)が設けられ、グルコース拡散層(4)を覆う透過制限層(5)が設けられている。ここで、酵素層(3)はグルコース酸化還元酵素に加えて、上述したような導電性物質、架橋剤、糖などを含んでもよい。
グルコース拡散層(4)は酵素層(3)全体を覆うように設けられることが好ましく、酵素層(3)上のみに設けられてもよい。
【0033】
なお、酵素と電極材料が混合されて基材上に酵素電極層が形成されている場合は、電極層(2)と酵素層(3)の代わりに、酵素と電極材料を含む一層の酵素電極層が形成され、その上にグルコース拡散層が形成され、さらに、透過制限層が形成される。この場合、酵素電極層は電極材料およびグルコース酸化還元酵素に加えて、上述したような導電性物質、架橋剤、糖などを含んでもよい。また、グルコース拡散層(4)は酵素電極層全体を覆うように設けられることが好ましく、酵素電極層上のみに設けられてもよい。
【0034】
透過制限層(5)上にグルコースを含む液体試料を添加すると、グルコースが透過制限層(5)を透過し、グルコース拡散層(4)に到達する。グルコース拡散層(4)内で、親水性物質の存在により、グルコースは均一に拡散され、均等に酵素層(3)内のグルコース酸化還元酵素分子全体に到達し、酸化(還元)反応が起こる。この反応で生じた電子が電極層(2)に移動し、電極に電圧を印加することにより、液体試料中のグルコース濃度を正確に反映した電流が流れる。グルコース酸化還元酵素と電極材料が混合されて1つ
の酵素電極層を形成している場合は、グルコース拡散層(4)内で親水性物質の存在により均一に拡散されたグルコースは、均等に酵素電極層内のグルコース酸化還元酵素分子に到達し、酸化(還元)反応が起こる。そして、この反応で生じた電子が酵素電極層内の電極材料に移動し、電極に電圧を印加することにより、液体試料中のグルコース濃度を正確に反映した電流が流れる。
【0035】
<電極の作製法の例>
上記したような電極は、例えば、以下のようにして作製される。すなわち、絶縁性基板の片面に、電極材料である金属やカーボン等の層を形成する。例えば、所定の厚さ(例えば100μm程度)のフィルム状の絶縁性基板の片面に、カーボンインクをスクリーン印刷し、所望の厚さ(例えば10μm程度)を有するカーボン膜を形成することが出来る。カーボン層の代わりに、金属材料を物理蒸着(PVD,例えばスパッタリング)、或いは化学蒸着(CVD)によって成膜することによって、所望の厚さ(例えば30nm程度)を有する金属層を形成することもできる。
次に、電極上に酵素層が形成される。例えば、酸化還元酵素と導電性物質を含む溶液が調製され、該溶液は、電極の表面に滴下される。該溶液を電極上で乾燥させることにより固化することで、電極上に酵素層が形成される。
次に、酵素層の上に、親水性物質を含むグルコース拡散層を形成させる。例えば、酵素
層の上に親水性物質の溶液を塗布し、乾燥させることで、酵素層の上に、親水性物質を含むグルコース拡散層を形成させることができる。または、親水性物質の溶液を用いて、スピンコート、ディップコートまたはドロップコートなどにより親水性物質を含むグルコース拡散層を形成させることができる。グルコース拡散層においては、親水性物質を架橋処理することが好ましい。
そして、グルコース拡散層の上に、透過制限層を形成させる。例えば、グルコース拡散層の上にセルロースポリマー、ポリウレタン、ポリビニルピリジン等の溶液を塗布し、乾燥させることで、グルコース拡散層の上に、透過制限層を形成させることができる。または、セルロースポリマー、ポリウレタン、ポリビニルピリジン等の溶液を用いて、スピンコート、ディップコートまたはドロップコートなどにより透過制限層を形成させることができる。
【0036】
<グルコースセンサ>
本発明の電極はグルコースセンサの作用電極として使用できる。すなわち、本発明のグルコースセンサは、本発明の電極を含み、好ましくは、さらに対極となる電極を含む。対極としては、グルコースセンサの対極として一般的に使用できるものであればよいが、例えば、銀/塩化銀電極やカーボン電極を使用することができる。対極についても、物理蒸着(PVD,例えばスパッタリング)、化学蒸着(CVD)やスクリーン印刷によって対極を基板上に形成することができる。グルコースセンサはさらに参照極を含む3電極系としてもよい。
グルコースセンサは、基板上に、作用電極となる本発明の電極と対極となる銀/塩化銀電極やカーボン電極を形成することで作製することができる。
本発明の電極を含むグルコースセンサは、体内埋め込み型のセンサでもよいし、バッチ式のセンサでもよいし、用時測定用のセンサでもよい。
好ましくは、グルコース持続測定用のセンサであり、皮下等に設置される体内埋め込み型のセンサである。
【0037】
本発明のグルコースセンサを用いることにより、試料中に含まれるグルコース濃度を測定することができる。試料はグルコースを含む試料であれば特に制限されず、例えば、生体試料が挙げられる。生体試料としては、例えば、血液、間質液、血漿、リンパ液、脳脊髄液、尿、汗、唾液などが挙げられ、血液、間質液、血漿が好ましい。
【0038】
<グルコースの測定方法>
本発明のグルコース測定方法は、
グルコースセンサにグルコースを含む試料を接触させる工程、
グルコースセンサの電極に電圧を印加し、グルコース酸化還元酵素によるグルコースの酸化還元反応によって流れる電流値を測定する工程、
該電流値に基づいてグルコース濃度を算出する工程を含む。
【0039】
グルコースセンサにグルコースを含む試料を接触させる工程は、グルコースセンサの電極の透過制限層上に試料を接触させることで行うことができる。体内埋め込み型センサの場合、センサを体内に埋め込んで血液や間質液などの試料がグルコースセンサの電極の透過制限層に接触する状態に置く態様も含まれる。
【0040】
グルコースセンサの透過制限層上にグルコースを含む試料を接触させることで、試料中のグルコースが透過制限層を通過し、拡散層で拡散されて、酵素電極層に均一に到達する。
グルコース酸化還元酵素により、グルコースの酸化反応が起こり、電子が電極に引き渡され、電極に電位を印加することで、グルコースの量に応じた電流が電極間に流れる。電流値は試料中のグルコースの濃度に依存することから、測定された電流値をもとに、試料中
のグルコース濃度を算出することができる。
電極に印加する電圧は、例えば、参照電極である銀・塩化銀電極に対して、好ましくは0 mV~800mV、より好ましくは40mV~200mVである。
【0041】
<グルコース測定システム>
本発明の一態様に係るグルコース測定システムは、本発明の電極を含むグルコースセンサと、グルコースセンサの電極に電圧を印加する電源と、応答電流を検出する検出部と応答電流値からグルコース濃度を算出する演算部を少なくとも含む。
【0042】
本発明のグルコースセンサを含むグルコース測定システムの一態様(グルコース持続測定装置A)を、図2を参照して説明する。
図2に示すように、回路基板10は、通信部11、電源12、制御部13、演算部14、記憶部15及び接続部16を含んで構成されている。
接続部16は、センサ部17の本発明の電極、つまり酵素電極層に電気的に接続され、センサ部17に電圧を印加して、応答電流を得るために用いられる。センサ部17は本発明のグルコースセンサに当たる。
【0043】
通信部11は、グルコース持続測定装置Aと外部の情報処理装置との間でのデータ通信を行う。通信部11は、少なくとも送信部を備え、必要に応じて受信部を含んで構成される。データ通信の手段は、例えば、赤外線通信やブルートゥース(登録商標)等の無線通信手段を用いることができる。また、有線によりデータ通信を行うように構成してもよく、この場合、グルコース持続測定装置Aの通信部11にケーブル接続部を設け、外部の情報処理装置等とケーブルで接続することによってデータ通信を行う。
【0044】
なお、外部の情報処理装置としては、例えば、人体にインシュリンを投与するインシュリン供給装置、簡易血糖値測定装置、腕時計型表示装置、パーソナルコンピュータ等が挙げられる。
【0045】
電源12は、回路基板10及びセンサ部17に電力を供給するための直流電源であり、例えば、1~3Vの電力供給電圧の電池を用いることができる。
【0046】
制御部13はグルコース持続測定装置A全体の制御を行う。例えば、電圧印加のタイミング、応答電流のサンプリング、グルコース濃度の演算処理、外部の情報処理装置との通信等を制御する。
【0047】
演算部14は、例えば、グルコース濃度の演算を含むグルコース持続測定装置Aにおける処理で必要な種々の演算を実行する。
【0048】
記憶部15には、後述する検査モード処理ルーチンを実行するためのプラグラム等、制御部13で実行される各種プログラムや、演算部14の演算で使用される校正カーブ、訂正データ、印加電圧パターン等のデータが記憶されている。また、記憶部15には、センサ部17で検出された応答電流、及び演算部14で演算されたグルコース濃度のデータが記憶される。
【0049】
なお、制御部13、演算部14、及び記憶部15は、回路基板10に実装されるCPU又はMPU、ROM、及びRAM等の電子部品によって構成される。
【実施例0050】
以下、実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、本発明は以下の実施例の態様には限定されない。
【0051】
<電極の製造例:実施例1>
ポリエーテルエーテルケトンからなる基板上に金属(金)をスパッタリングして、金属層を形成し、エッチングにより一部の金属を除去することにより、電極パターンを形成した。
【0052】
電極(金属層)上に、以下の試薬(それぞれの終濃度になるように水に溶解)を12nL塗布し、乾燥、加熱することで、酵素層(試薬層)を形成した。
試薬 終濃度
リン酸バッファー 10mM
トレハロース 0.43wt%
GDH 8.5mg/mL
架橋剤 5%
カーボンブラック分散液 0.4wt%
【0053】
次に、電極の酵素層を含む部分を、架橋剤を含む6w/w%ポリビニルアルコール水溶液
に浸漬することで、酵素層をポリビニルアルコールで被覆して酵素層上にグルコース拡散層を形成し、さらに、乾燥、加熱することでグルコース拡散層の架橋処理を行った。
【0054】
次に、電極のグルコース拡散層で被覆された酵素層を含む部分をポリウレタンのジメチルホルムアミド溶液に浸漬することで、グルコース拡散層をポリウレタンで被覆してグルコース拡散層上に透過制限層を形成し、電極を製造した。
【0055】
<電極の製造例:比較例1>
ポリビニルアルコールを含むグルコース拡散層を設けない以外は実施例1と同様にして
、電極を作製した。
【0056】
<電極の評価:実施例1、比較例1>
上記のようにして得られた、実施例1及び比較例1の電極を用い、グルコースを含むリン酸緩衝生理食塩水を検体として、透過制限層上に添加したのち、Ag/AgClの参照電極に
対して150 mVの電圧を印加して、電極に流れる電流値を電気化学測定装置を用いて、測定した。グルコース濃度は、70mg/dlで測定を開始し、約20時間後にグルコース濃度180mg/dlに、さらに1時間後にグルコース濃度500mg/dlとした。その後、14日間測定を続けた。
この評価におけるグルコース濃度70、180、500mg/dlの際の応答電流値プロットを図3
に示し、14日間測定した際の応答値の経時変化を図4に示した。
【0057】
図3から分かるように、実施例1ではグルコースの高濃度側まで応答電流値が直線的に
上昇するのが確認された。一方、比較例1ではグルコース濃度180mg/dlの時点で応答値が
直線的に上昇していないことが確認された。
また、図4から分かるように、実施例1では14日間の測定で応答電流値が測定開始1日後の応答値に対して10%程度減少している一方、比較例1では90%程度減少していることがわかった。
【0058】
<グルコース拡散層におけるポリビニルアルコールの濃度の検討>
ポリビニルアルコール溶液の濃度を約4 w/w %として、グルコース拡散層を形成する以
外は、実施例1と同様にして電極を作製した(実施例2)。
【0059】
ポリビニルアルコール溶液の濃度を約8 w/w %として、グルコース拡散層を形成する以
外は、実施例1と同様にして電極を作製した(実施例3)。
【0060】
ポリビニルアルコール溶液の濃度を約10 w/w %として、グルコース拡散層を形成する以外は、実施例1と同様にして電極を作製した(実施例4)。
【0061】
実施例1及び実施例2、3、4の電極について、グルコースを含むリン酸緩衝生理食塩水を検体としてそれぞれの透過制限層上に添加したのち、Ag/AgClの参照極に対して150 mVの電圧を印加して、電極に流れる電流値を電気化学測定装置を用いて、測定した。グル
コース濃度は、70mg/dlで測定を開始し、約20時間後にグルコース濃度180mg/dlに、さら
に1時間後にグルコース濃度500mg/dlとした。その後、14日間測定を続けた。
この評価におけるグルコース濃度70、180、500mg/dlの際の応答値プロットを図5に示
す。
【0062】
図5から分かるように使用するポリビニルアルコールの濃度が高くなるに従い、グルコースに対する応答電流値も向上することが確認された。これは、グルコース拡散層層の厚みが増したことで、グルコースの拡散が大きくなったためだと推測される。
【0063】
<グルコース拡散層としてアルギン酸ナトリウムを使用した実施例>
検出物質拡散層としてポリビニルアルコールの代わりに6 w/w %アルギン酸ナトリウム
を使用し、塩化カルシウムで架橋した以外は、実施例1と同様に電極を作製した(実施例
5)。
【0064】
実施例5及び比較例1の電極について、グルコースを含むリン酸緩衝生理食塩水を検体
としてそれぞれの透過制限層上に添加したのち、Ag/AgClの参照極に対して150 mVの電圧
を印加して、電極の電流値を電気化学測定装置を用いて測定した。グルコース濃度は、70mg/dlで測定を開始し、その後グルコース濃度180mg/dlに、さらにグルコース濃度500mg/dlとした。
この評価におけるグルコース濃度70、180、500mg/dlの際の電流値プロットを図6に示
す。
【0065】
図6から分かるようにアルギン酸ナトリウムを使用することで、比較例1よりもグルコ
ースに対する応答電流値が向上することが確認され、アルギン酸ナトリウムもグルコース拡散層として使用可能であることが分かった。
【符号の説明】
【0066】
1・・・基板、2・・・電極層、3・・・酵素層、4・・・グルコース拡散層、5・・・透過制限層
A・・・グルコース持続測定装置、10・・・回路基板、11・・・通信部、12・・・電源、13・・・制御部、14・・・演算部、15・・・記憶部、16・・・接続部、17・・・センサ部
図1
図2
図3
図4
図5
図6