(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023117892
(43)【公開日】2023-08-24
(54)【発明の名称】ヘプシジン結合ペプチド
(51)【国際特許分類】
C07K 14/81 20060101AFI20230817BHJP
A61K 38/12 20060101ALI20230817BHJP
A61K 38/10 20060101ALI20230817BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20230817BHJP
A61P 7/06 20060101ALI20230817BHJP
A61P 9/10 20060101ALI20230817BHJP
A61P 9/00 20060101ALI20230817BHJP
A61P 9/12 20060101ALI20230817BHJP
A61P 11/00 20060101ALI20230817BHJP
A61P 13/12 20060101ALI20230817BHJP
C07K 7/64 20060101ALN20230817BHJP
【FI】
C07K14/81 ZNA
A61K38/12
A61K38/10
A61P43/00 111
A61P43/00 105
A61P7/06
A61P9/10 101
A61P9/00
A61P9/12
A61P11/00
A61P13/12
C07K7/64
【審査請求】有
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022020696
(22)【出願日】2022-02-14
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.TWEEN
(71)【出願人】
【識別番号】522058718
【氏名又は名称】公益財団法人 鷹揚郷
(74)【代理人】
【識別番号】100080791
【弁理士】
【氏名又は名称】高島 一
(74)【代理人】
【識別番号】100136629
【弁理士】
【氏名又は名称】鎌田 光宜
(74)【代理人】
【識別番号】100125070
【弁理士】
【氏名又は名称】土井 京子
(74)【代理人】
【識別番号】100121212
【弁理士】
【氏名又は名称】田村 弥栄子
(74)【代理人】
【識別番号】100174296
【弁理士】
【氏名又は名称】當麻 博文
(74)【代理人】
【識別番号】100137729
【弁理士】
【氏名又は名称】赤井 厚子
(74)【代理人】
【識別番号】100151301
【弁理士】
【氏名又は名称】戸崎 富哉
(74)【代理人】
【識別番号】100201558
【弁理士】
【氏名又は名称】亀井 恵二郎
(72)【発明者】
【氏名】坪井 滋
【テーマコード(参考)】
4C084
4H045
【Fターム(参考)】
4C084AA02
4C084AA07
4C084BA01
4C084BA08
4C084BA18
4C084BA26
4C084CA53
4C084CA56
4C084DC50
4C084NA14
4C084ZA361
4C084ZA421
4C084ZA451
4C084ZA551
4C084ZA591
4C084ZA811
4C084ZB211
4C084ZC411
4H045AA10
4H045AA20
4H045AA30
4H045BA16
4H045BA17
4H045BA18
4H045BA32
4H045DA56
4H045EA20
4H045FA34
(57)【要約】
【課題】調製が簡易で製造コストが低額あり、ヘプシジンとの結合特異性が高く、重篤な副作用を伴わない、新規のヘプシジン阻害物質の開発。
【解決手段】環状のヘプシジン結合ペプチドであって、該ペプチドが、N末端ペプチド環状化領域、ヘプシジン結合領域、及び、C末端ペプチド環状化領域からなり、ここで、該N末端ペプチド環状化領域が0~10アミノ酸長であり、該C末端ペプチド環状化領域が0~10アミノ酸長であり、該ヘプシジン結合領域がWDMWPSMDWKAE(配列番号1)で表されるアミノ酸配列である、ペプチド。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
環状のヘプシジン結合ペプチドであって、該ペプチドが、
N末端ペプチド環状化領域、ヘプシジン結合領域、及び、C末端ペプチド環状化領域からなり、ここで、
該N末端ペプチド環状化領域が0~10アミノ酸長であり、該C末端ペプチド環状化領域が0~10アミノ酸長であり、該ヘプシジン結合領域がWDMWPSMDWKAE(配列番号1)で表されるアミノ酸配列である、ペプチド。
【請求項2】
N末端ペプチド環状化領域が1~10アミノ酸長であり、C末端ペプチド環状化領域が1~10アミノ酸長である、請求項1記載のヘプシジン結合ペプチド。
【請求項3】
N末端ペプチド環状化領域が1~5アミノ酸長であり、C末端ペプチド環状化領域が1~5アミノ酸長である、請求項1記載のヘプシジン結合ペプチド。
【請求項4】
N末端ペプチド環状化領域が少なくとも1つのシステイン残基を含み、且つ、C末端ペプチド環状化領域が少なくとも1つのシステイン残基を含み、ここで、N末端ペプチド環状化領域に存在するシステインとC末端ペプチド環状化領域に存在するシステインとが、ジスルフィド結合を形成することにより環状化されている、請求項2又は3記載のヘプシジン結合ペプチド。
【請求項5】
N末端ペプチド環状化領域中のジスルフィド結合の形成に関与するシステインがN末端ペプチド環状化領域のN末端には存在せず、且つ、C末端ペプチド環状化領域中のジスルフィド結合の形成に関与するシステインがC末端ペプチド環状化領域のC末端には存在しない、請求項4記載のヘプシジン結合ペプチド。
【請求項6】
N末端ペプチド環状化領域のN末端に存在するアミノ酸のアミノ基がアセチル化されており、C末端ペプチド環状化領域のC末端に存在するアミノ酸のカルボキシル基がアミド化されている、請求項5記載のヘプシジン結合ペプチド。
【請求項7】
請求項1~6のいずれか1項記載のヘプシジン結合ペプチドを含む、医薬組成物。
【請求項8】
ヘプシジンの過剰産生を伴う疾患の治療又は予防用である、請求項7記載の医薬組成物。
【請求項9】
ヘプシジンの過剰産生を伴う疾患が、感染症性貧血、慢性炎症性貧血、鉄剤不応性鉄欠乏性貧血、腎性貧血、がん性貧血、がん化学療法誘発性貧血、神経炎症性疾患に関連する貧血、アテローム性動脈硬化症、心血管疾患、及び肺動脈高血圧症からなる群から選択される、請求項7記載の医薬組成物。
【請求項10】
腎不全の治療又は予防用である、請求項7記載の医薬組成物。
【請求項11】
請求項1~6のいずれか1項記載のヘプシジン結合ペプチドを含む、ヘプシジン中和剤。
【請求項12】
請求項1~6のいずれか1項記載のヘプシジン結合ペプチドを含む、フェロポーチン分解抑制剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヘプシジンに特異的に結合するペプチドとその医薬への応用に関する。
【背景技術】
【0002】
生体内の鉄の大部分はマクロファージや腸管上皮細胞などの細胞内に貯蔵されている。生体における正常な血中鉄量の調節は細胞膜に存在するフェロポーチンと呼ばれる鉄輸送タンパク質により調節されている。
【0003】
血中の鉄量が少ないときは、フェロポーチンを介して細胞中の鉄が血中へ移行する。血中の鉄量が多いときには、肝臓からヘプシジンが分泌される。ヘプシジンはフェロポーチンに結合し、フェロポーチンを細胞内リソゾームへと誘導することにより、フェロポーチンの分解を促進する。その結果、細胞から血中への鉄の供給が抑制される。
【0004】
今日、上述した鉄のホメオスタシスを司るヘプシジン-フェロポーチンシステムの異常に起因した疾患が報告されているが、特に、ヘプシジンの過剰産生を伴う疾患が多数報告されている。ヘプシジンの過剰産生を伴う疾患においては血中のヘプシジン濃度が不適切に高くなり、フェロポーチンの分解が必要以上に促進され、細胞から血中への鉄の供給が不足する。結果として、ヘプシジンの過剰産生を伴う疾患に罹患する患者は重篤な貧血状態を伴う。
【0005】
このような背景から、ヘプシジンの機能阻害をターゲットとした貧血治療薬の開発が進められている。例えば、特許文献1には、ヘプシジンに特異的に結合するモノクローナル抗体とこれを用いた哺乳動物における貧血等の治療方法が開示されている。また、特許文献2には、ヘプシジンに特異的に結合し、ヘプシジン-フェロポーチンシステムを阻害できる核酸(NOX-H94)が開示されている。さらに、ヘプシジンの遺伝子発現の阻害をターゲットとした貧血治療薬についても複数報告されている(特許文献3~5)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】米国特許出願公開第2008/213277号
【特許文献2】米国特許出願公開第2012/053234号
【特許文献3】米国特許出願公開第2008/260736号
【特許文献4】米国特許出願公開第2020/085823号
【特許文献5】米国特許出願公開第2016/122409号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上述の通り、ヘプシジンの発現や機能の阻害に依拠した貧血治療手段はこれまでに複数報告されている。しかしながら、これらの阻害剤は、(1)高分子であるため調製が困難で製造コストが高額となる、(2)ヘプシジンへの特異性が十分ではない、(3)重篤な副作用を伴う、等の諸問題を有していた。従って、これらの問題を一挙に解決し得る新規の手段の開発が強く望まれている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、上記課題に対して鋭意検討した結果、ファージディスプレイ法を用いたスクリーニングによって同定された特定のアミノ酸配列が、比較的短い配列であるにもかかわらず、ヘプシジンに特異的に結合することや、当該アミノ酸配列を利用して作成したペプチドが、ヘプシジンによるフェロポーチン分解促進作用を極めて効率よく阻害することを見出し、かかる知見に基づいてさらに研究を進めることによって本発明を完成するに至った。
すなわち、本発明は以下の通りである。
【0009】
[1]
環状のヘプシジン結合ペプチドであって、該ペプチドが、
N末端ペプチド環状化領域、ヘプシジン結合領域、及び、C末端ペプチド環状化領域からなり、ここで、
該N末端ペプチド環状化領域が0~10アミノ酸長であり、該C末端ペプチド環状化領域が0~10アミノ酸長であり、該ヘプシジン結合領域がWDMWPSMDWKAE(配列番号1)で表されるアミノ酸配列である、ペプチド。
[2]
N末端ペプチド環状化領域が1~10アミノ酸長であり、C末端ペプチド環状化領域が1~10アミノ酸長である、[1]記載のヘプシジン結合ペプチド。
[3]
N末端ペプチド環状化領域が1~5アミノ酸長であり、C末端ペプチド環状化領域が1~5アミノ酸長である、[1]記載のヘプシジン結合ペプチド。
[4]
N末端ペプチド環状化領域が少なくとも1つのシステイン残基を含み、且つ、C末端ペプチド環状化領域が少なくとも1つのシステイン残基を含み、ここで、N末端ペプチド環状化領域に存在するシステインとC末端ペプチド環状化領域に存在するシステインとが、ジスルフィド結合を形成することにより環状化されている、[2]又は[3]記載のヘプシジン結合ペプチド。
[5]
N末端ペプチド環状化領域中のジスルフィド結合の形成に関与するシステインがN末端ペプチド環状化領域のN末端には存在せず、且つ、C末端ペプチド環状化領域中のジスルフィド結合の形成に関与するシステインがC末端ペプチド環状化領域のC末端には存在しない、[4]記載のヘプシジン結合ペプチド。
[6]
N末端ペプチド環状化領域のN末端に存在するアミノ酸のアミノ基がアセチル化されており、C末端ペプチド環状化領域のC末端に存在するアミノ酸のカルボキシル基がアミド化されている、[5]記載のヘプシジン結合ペプチド。
[7]
[1]~[6]のいずれか記載のヘプシジン結合ペプチドを含む、医薬組成物。
[8]
ヘプシジンの過剰産生を伴う疾患の治療又は予防用である、[7]記載の医薬組成物。
[9]
ヘプシジンの過剰産生を伴う疾患が、感染症性貧血、慢性炎症性貧血、鉄剤不応性鉄欠乏性貧血、腎性貧血、がん性貧血、がん化学療法誘発性貧血、神経炎症性疾患に関連する貧血、アテローム性動脈硬化症、心血管疾患、及び肺動脈高血圧症からなる群から選択される、[7]記載の医薬組成物。
[10]
腎不全の治療又は予防用である、[7]記載の医薬組成物。
[11]
[1]~[6]のいずれか記載のヘプシジン結合ペプチドを含む、ヘプシジン中和剤。
[12]
[1]~[6]のいずれか記載のヘプシジン結合ペプチドを含む、フェロポーチン分解抑制剤。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、ヘプシジンの過剰産生を伴う疾患を治療又は予防することができる。また、本発明によれば、腎不全を治療又は予防することもできる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】
図1は、本発明のヘプシジン結合ペプチドの模式図である。
図1において、N末端ペプチド環状化領域とC末端ペプチド環状化領域は同じ長さで示されているが、これらのアミノ酸長は異なっていてもよく、また、本発明のヘプシジン結合ペプチドは、N末端ペプチド環状化領域及びC末端ペプチド環状化領域のいずれか又は両方を有していなくてもよい。
【
図2】
図2は、ヘプシジン-フェロポーチンシステムの概略(A及びB)、ヘプシジンの過剰産生を伴う疾患において貧血が生じる作用機序の概略(C)、及び、本発明のヘプシジン結合ペプチドにより貧血が改善される際の作用機序の概略を示す図(D)である。
【
図3】
図3は、本発明のペプチドとヘプシジンとの分子間相互作用を、バイオ・レイヤー干渉法を用いて測定した結果を示す図である。本発明のペプチドがヘプシジンに特異的に結合することが確認された。
【
図4】
図4は、本発明のヘプシジン結合ペプチド(HBP)を腎性貧血モデルマウスへ投与したときの薬理学的効果を示す図である。(A)試験スケジュール。アデニン硫酸塩(AdS)をマウスに3週間(11回)投与し腎不全を誘導した(対照マウスにはH
2Oを投与した)。HBPは、Day15からDay21に投与した(対照はvehicle(PBS)を投与した)。(B)マウスのヘモグロビン値(Hb)。AdSによって腎不全を誘導されたマウスではヘモグロビン値が有意に低下した(腎性貧血状態)。「*」は有意差があったことを示す。(C~E)本発明のHBP投与による腎性貧血の改善を示す。本発明のHBPの投与により、腎性貧血モデルマウスにおいて、ヘモグロビン値(Hb)、赤血球数(RBC)、ヘマトクリット値(HCt)が有意に上昇しており、これはモデルマウスにおける貧血の改善を意味する。
【
図5】
図5は、本発明のヘプシジン結合ペプチド(HBP)を腎性貧血モデルマウスへ投与したときの血液生化学データを示す図である。(A)尿素窒素(BUN)(腎機能の指標)。(B)クレアチニン(CRE)(腎機能の指標)。(C)血清鉄量(血液中の鉄の総量の指標)。(D)トランスフェリン飽和度(血中の鉄とトランスフェリンとの結合量の指標)。(E)血清フェリチン量(鉄の生体内での貯蔵状態の指標。腎不全においては鉄が過剰に貯蔵されるため本指標が上昇する)。(F)C-リアクティブプロテイン(CRP)量(生体内の炎症状態の指標。腎不全において上昇する)。(G)血清ヘプシジン量(腎不全において上昇する)。(H)血清エリスロポエチン量(腎不全の改善に伴い上昇する)。
【
図6】
図6は、本発明のヘプシジン結合ペプチドのフェロポーチン量に対するインビトロ試験結果を示す図である。
【
図7】
図7は、本発明のヘプシジン結合ペプチドの細胞内又はマウス血清中の鉄量に対する効果を確認した結果を示す図である。(A)フェロポーチン(FPN)を発現するヒト肝癌由来細胞(HepG2)に本発明のヘプシジン結合ペプチドを添加したときの細胞内鉄量。細胞内鉄量は、細胞内の鉄貯蔵タンパク質であるフェリチン(Ferritin)の量で表される。フェリチン量はELISAによって測定した。(B)HepG2で行った実験をFPN-EGFPを発現するサル腎臓由来線維芽細胞(COS-1)を用いて行った結果を示す。HepG2とCOS-1において同様の結果が得られた。「*」は有意差があったことを示す。(C)本発明のヘプシジン結合ペプチドを投与したマウス(C57/BL6)の血清中の鉄量の変化を示す図である。マウスにヘプシジンと本発明のヘプシジン結合ペプチドを同時に投与すると、ヘプシジンの作用による血清中の鉄量の減少が抑制された。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明を詳細に説明する。尚、本明細書に記載されるペプチドは、ペプチド標記の慣例に従って左端がN末端(アミノ末端)、右端がC末端(カルボキシル末端)である。
【0013】
1.ヘプシジン結合ペプチド
本発明は、環状のヘプシジン結合ペプチドであって、該ペプチドが、N末端ペプチド環状化領域、ヘプシジン結合領域、及び、C末端ペプチド環状化領域からなり、ここで、該N末端ペプチド環状化領域が0~10アミノ酸長であり、該C末端ペプチド環状化領域が0~10アミノ酸長であり、該ヘプシジン結合領域がWDMWPSMDWKAE(配列番号1)で表されるアミノ酸配列である、ペプチド(以下、「本発明のペプチド」、「本発明のHBP」、又は単に「HBP」等と称することがある)を提供する。
【0014】
本発明のペプチドは、N末端ペプチド環状化領域、ヘプシジン結合領域、及びC末端ペプチド環状化領域の3つの領域から構成される。
【0015】
N末端ペプチド環状化領域とC末端ペプチド環状化領域は、いずれも0~10アミノ酸長で構成され得る。N末端ペプチド環状化領域とC末端ペプチド環状化領域のアミノ酸長は同じであってもよく、異なっていてもよい。尚、N末端ペプチド環状化領域又はC末端ペプチド環状化領域が0個のアミノ酸で構成されるとは、本発明のペプチドが、N末端ペプチド環状化領域又はC末端ペプチド環状化領域を有さないことを意味する。
【0016】
一態様において、N末端ペプチド環状化領域は、1~10アミノ酸長であり、好ましくは1~5アミノ酸長であり、より好ましくは2~4アミノ酸長であり得る。また、C末端ペプチド環状化領域は、1~10アミノ酸長であり、好ましくは1~5アミノ酸長であり、より好ましくは2~4アミノ酸長であり得る。別の一態様において、N末端ペプチド環状化領域及びC末端ペプチド環状化領域は、1~10アミノ酸長であり、好ましくは1~5アミノ酸長であり、より好ましくは2~4アミノ酸長であり得る。さらに別の一態様において、N末端ペプチド環状化領域及びC末端ペプチド環状化領域は、いずれも3アミノ酸長であり得る。
【0017】
N末端ペプチド環状化領域及びC末端ペプチド環状化領域を構成するアミノ酸の種類は特に限定されず、あらゆるアミノ酸であってよい。アミノ酸は天然のアミノ酸であってもよく、非天然アミノ酸であってもよい。
【0018】
本発明のペプチドは、N末端ペプチド環状化領域に含まれるアミノ酸とC末端ペプチド環状化領域に含まれるアミノ酸が共有結合により結合し、環状ペプチドの形態をとる。
【0019】
N末端ペプチド環状化領域に含まれるアミノ酸とC末端ペプチド環状化領域に含まれるアミノ酸によるペプチドの環化は、本発明のペプチドが環を形成できる限りどのような形態であってもよい。例えば、本発明のペプチドは、N末端ペプチド環状化領域のN末端のアミノ酸のアミノ基と、C末端ペプチド環状化領域のC末端アミノ酸のカルボキシル基とのアミド結合により環化されていてもよい。本発明のペプチドがN末端ペプチド環状化領域及び/又はC末端ペプチド環状化領域を有しないときは、ヘプシジン結合領域のN末端のアミノ酸(W)のアミノ基及び/又はヘプシジン結合領域のC末端のアミノ酸(E)のカルボキシル基が環化に関与していてもよい。或いは、N末端ペプチド環状化領域及びC末端ペプチド環状化領域のいずれにもシステイン(C)が存在する場合は、2つのシステインのスルフヒドリル基を介したジスルフィド結合により環化されていてもよい。或いは、N末端ペプチド環状化領域において、側鎖にアミノ基を有するアミノ酸(リジン(K)等)が存在する場合は、当該アミノ基と、C末端ペプチド環状化領域のC末端のアミノ酸のカルボキシル基とのアミド結合による環化により環化されていてもよい。或いは、本発明のペプチドは、チオエーテル結合やCuAAC(copper(I)-catalyzed azide alkyne cycloaddition)等による環化など、自体公知の方法により環化されていてもよい。好ましい一態様において、本発明のペプチドは、N末端ペプチド環状化領域及びC末端ペプチド環状化領域のいずれにもシステイン(C)を有し、当該2つのシステインが形成するジスルフィド結合により環化されている。また、さらに好ましい一態様において、本発明のペプチドは、N末端ペプチド環状化領域及びC末端ペプチド環状化領域のいずれにもシステイン(C)を有しており、ここで、N末端ペプチド環状化領域中のジスルフィド結合の形成に関与するシステインがN末端ペプチド環状化領域のN末端には存在せず、且つ、C末端ペプチド環状化領域中のジスルフィド結合の形成に関与するシステインがC末端ペプチド環状化領域のC末端には存在しない。
【0020】
本発明のペプチドにおいて、ヘプシジン結合領域は、(N末端側)WDMWPSMDWKAE(C末端側)(配列番号1)で表されるアミノ酸配列からなる12アミノ酸で構成される。このアミノ酸配列は、ファージディスプレイ法を用いて本発明者により同定されたアミノ酸配列である。興味深いことに、この12アミノ酸で構成されるペプチドは、線状ではヘプシジンに結合しないが、環状化した場合にヘプシジンに特異的に結合する。
【0021】
本発明のペプチドにおいて、本発明のペプチドを構成する任意のアミノ酸は、所望の効果を奏する限り、修飾されていてもよい。修飾の種類としては、特に限定されず、自体公知の方法を用いることができる。例えば、修飾としては、例えば、リン酸化、アミド化、アセチル化、メチル化、エステル化等が挙げられるがこれらに限定されない。例えば、本発明のペプチドを構成する何れかのアミノ酸の側鎖上の置換基(例えば-OH、-SH、アミノ基、イミダゾール基、インドール基、グアニジノ基等)が適当な保護基(例えば、ホルミル基、アセチル基などのC1-6アルカノイル基などのC1-6アシル基等)で保護されていてもよい。或いは、本発明のペプチドを構成するアミノ酸の一部又は全部をD体のアミノ酸に置換してもよい。或いは、本発明のペプチドを構成するアミノ酸の一部又は全部を同位体標識されたアミノ酸に置換してもよい。
【0022】
N末端ペプチド環状化領域のN末端に存在するアミノ酸と、C末端ペプチド環状化領域のC末端に存在するアミノ酸(換言すれば、本発明のペプチドのN末端とC末端のアミノ酸)がペプチドの環化に関与しない態様において、これらの各末端のアミノ酸が修飾されていることが好ましい場合がある。好ましい一態様において、本発明のペプチドは、N末端ペプチド環状化領域のN末端に存在するアミノ酸と、C末端ペプチド環状化領域のC末端に存在するアミノ酸が、ペプチドの環化に関与せず、且つ、N末端ペプチド環状化領域のN末端に存在するアミノ酸のアミノ基がアセチル化されており、C末端ペプチド環状化領域のC末端に存在するアミノ酸のカルボキシル基がアミド化されている。
【0023】
尚、本発明のペプチドのC末端は、カルボキシル基(-COOH)、カルボキシレート(-COO-)、アミド(-CONH2)、又はエステル(-COOR)の何れであってもよい。
【0024】
ここで、エステルにおけるRとしては、例えば、メチル、エチル、n-プロピル、イソプロピル、n-ブチル等のC1-6アルキル基;例えば、シクロペンチル、シクロヘキシル等のC3-8シクロアルキル基;例えば、フェニル、α-ナフチルなどのC6-12アリール基;例えば、ベンジル、フェネチル等のフェニル-C1-2アルキル基;α-ナフチルメチル等のα-ナフチル-C1-2アルキル基等のC7-14アラルキル基;ピバロイルオキシメチル基等を用い得るがこれらに限定されない。
【0025】
好ましい一態様において、本発明のペプチドは、以下のアミノ酸配列を有する。
【0026】
ACSWDMWPSMDWKAEGCG
【0027】
上述のアミノ酸配列において、「ACS」がN末端ペプチド環状化領域であり、「WDMWPSMDWKAEG」がヘプシジン結合領域であり、「GCG」がC末端ペプチド環状化領域である。下線を付した2つのCにおいてジスルフィド結合が形成され、ペプチドが環化されている。N末端のAのアミノ基はアセチル化されており、C末端のGのカルボキシル基はアミド化されている。
【0028】
本発明のペプチドは公知の一般的なペプチド合成のプロトコール(例えば、固相合成法(Fmoc法若しくはBoc法)又は液相合成法等)に従って製造することができる。
【0029】
2.医薬組成物
本発明はまた、本発明のペプチドを含む、医薬組成物(以下、「本発明の医薬組成物」と称することがある)を提供する。
【0030】
本発明の医薬組成物中における本発明のペプチドの含有量は、通常、組成物全体の0.001~100重量%、好ましくは0.05~99重量%、さらに好ましくは0.1~90重量%であるが、これらに限定されない。
【0031】
本発明の医薬組成物は、本発明のペプチドに加えて、医薬上許容される担体を含んでもよい。
【0032】
医薬上許容される担体は、剤形によって適宜選択すればよく、例えば、ショ糖、デンプン等の賦形剤、セルロース、メチルセルロース等の結合剤、デンプン、カルボキシメチルセルロース等の崩壊剤、ステアリン酸マグネシウム等の滑剤、クエン酸、メントール等の芳香剤、安息香酸ナトリウム、亜硫酸水素ナトリウム等の保存剤、クエン酸ナトリウム等の安定剤、メチルセルロース、ポリビニルピロリドン等の懸濁剤、界面活性剤等の分散剤、水、生理食塩水等の希釈剤、ベースワックス等が挙げられるが、これらに限定されない。
【0033】
本発明の医薬組成物は、経口または非経口的に対象に投与することができる。ペプチドが胃の中で分解され得るので非経口的に投与することが好ましい。経口投与に好適な製剤としては、液剤、カプセル剤、サシェ剤、錠剤、懸濁液剤、乳剤等を挙げることができる。非経口的な投与(例えば、皮下注射、筋肉注射、局所注入、腹腔内投与等)に好適な製剤としては、水性及び非水性の等張な無菌の注射液剤があり、これには抗酸化剤、緩衝液、制菌剤、等張化剤等が含まれていてもよい。また、水性および非水性の無菌の懸濁液剤が挙げられ、これには懸濁剤、可溶化剤、増粘剤、安定化剤、防腐剤等が含まれていてもよい。当該製剤は、アンプルやバイアルのように単位投与量或いは複数回投与量ずつ容器に封入することができる。また、有効成分及び医薬上許容される担体を凍結乾燥し、使用直前に適当な無菌のビヒクルに溶解又は懸濁すればよい状態で保存することもできる。
【0034】
本発明のペプチドは、ヘプシジンに特異的に結合し、その生物学的活性(即ち、フェロポーチンをリソゾームに誘導し、分解を促進する活性)を阻害することができる。従って、本発明のペプチドを有効成分として含む本発明の医薬組成物は、ヘプシジンの過剰産生を伴う疾患の治療又は予防に好適に使用され得る。
【0035】
ヘプシジンの過剰産生を伴う疾患としては、例えば、貧血が挙げられ、より具体的には、感染症性貧血、慢性炎症性貧血、鉄剤不応性鉄欠乏性貧血、腎性貧血、がん性貧血、がん化学療法誘発性貧血、神経炎症性疾患に関連する貧血等が挙げられるが、これらに限定されない。また、ヘプシジンの過剰産生を伴う疾患としては、敗血症、うっ血性心不全、腎不全、糖尿病、関節リウマチ、アテローム性動脈硬化症、クローン病、C型肝炎、ウイルス感染症、動脈硬化症、肝硬変、肝炎、膵炎、心血管疾患、肺動脈高血圧症等が挙げられるがこれらに限定されない。一態様において、ヘプシジンの過剰産生を伴う疾患は、感染症性貧血、慢性炎症性貧血、鉄剤不応性鉄欠乏性貧血、腎性貧血、がん性貧血、がん化学療法誘発性貧血、神経炎症性疾患に関連する貧血、アテローム性動脈硬化症、心血管疾患、又は、肺動脈高血圧症であり得る。
【0036】
一態様において、本発明の医薬組成物は、腎不全の治療又は予防に好適に用いられ得る。本発明の医薬組成物により治療又は予防される腎不全は、慢性腎不全であり得る。
【0037】
本発明の医薬組成物の投与対象は、ヘプシジンの過剰産生を伴う疾患に罹患し得る哺乳動物であれば特に制限されない。かかる哺乳動物としては、例えば、マウス等のげっ歯類、イヌ等のペット、ブタ、ウマ、ウシ等の家畜、ヒト、サル、オランウータン、チンパンジー等の霊長類等が挙げられる。一態様において、投与対象はヒトであり得る。
【0038】
本発明の医薬組成物の投与量は、投与する対象、投与方法、投与形態等によって異なり得るが、当業者であれば、自体公知の方法を用いて本発明の医薬組成物の治療有効量又は予防有効量を決定することができる。
【0039】
本発明の医薬組成物は、ヘプシジンの過剰産生を伴う疾患に対する既存の治療剤又は予防剤と併用して使用することもできる。
【0040】
また、本明細書における「組成物」との用語は「剤」と言い換えることができる。
【0041】
尚、本明細書における疾患の「治療」には、疾患の治癒のみならず、疾患の寛解及び疾患の程度の改善も含まれ得る。
【0042】
また、本明細書における疾患の「予防」には、疾患の発症を防ぐことに加えて、疾患の発症を遅らせることが含まれる。加えて、本明細書における疾患の「予防」には、治療後の該疾患の再発を防ぐこと、または治療後の該疾患の再発を遅らせることも含まれ得る。
【0043】
3.ヘプシジンの過剰産生を伴う疾患の治療又は予防方法
本発明はまた、ヘプシジンの過剰産生を伴う疾患を罹患する対象に対して、治療有効量又は予防有効量の本発明のペプチド又は本発明の医薬組成物を投与することを含む、ヘプシジンの過剰産生を伴う疾患の治療又は予防方法(以下、「本発明の方法」と称することがある)を提供する。
【0044】
本発明の方法における、対象、ヘプシジンの過剰産生を伴う疾患、投与量、投与タイミング等は、上述したものと同様である。
【0045】
4.ヘプシジン中和剤
本発明はまた、本発明のペプチドを含む、ヘプシジン中和剤(以下、「本発明の中和剤)と称することがある)を提供する。
【0046】
本発明のペプチドは、ヘプシジンに特異的に結合し、その生物学的活性を阻害することができる。従って、本発明のペプチドは、ヘプシジンの中和剤として使用され得る。
【0047】
本発明の中和剤は、本発明のペプチドを有効成分として含む。本発明の中和剤における本発明のペプチドの含有量は、通常、剤全体の0.001~100重量%、好ましくは0.05~99重量%、さらに好ましくは0.1~90重量%であるが、これらに限定されない。
【0048】
本発明の中和剤は本発明のペプチド以外の成分を含有していてもよい。かかる成分としては、例えば、上述した医薬上許容される担体であってよい。
【0049】
ところで、生体内においてヘプシジンはフェロポーチンに結合し、フェロポーチンを細胞内リソゾームへと誘導することにより、フェロポーチンの分解を促進する。本発明の中和剤は、ヘプシジンのフェロポーチン分解促進作用を阻害することができるので、本発明の中和剤は、一態様において、「フェロポーチンの分解抑制剤」としても使用することができる。
【0050】
以下の実施例において本発明を更に具体的に説明するが、本発明はこれらの例によってなんら限定されるものではない。
【実施例0051】
[参考例1]ファージディスプレイ法を用いたヘプシジン結合ペプチドのスクリーニング
ヘプシジンに特異的に結合する新規ペプチド配列を同定するために、ファージディスプレイ法によりスクリーニングを行った。ファージディスプレイ法には、M13ファージ表面のマイナータンパク質pIIIに、12個のアミノ酸から成るペプチドが呈示されたPh.D-12ファージライブラリー(New England Biolab社製)を用いた。ヘプシジンに結合性を持つペプチドのアミノ酸配列を、以下の(1)~(4)の手順で同定した。
【0052】
(1)ヘプシジンの固定化
ターゲット物質としてビオチン化ヘプシジン(Bachem社製)を用い、ストレプトアビジン-アガロースビーズ(Thermo Scientific社製)と混和し、ビオチン-ストレプトアビジン結合により、ヘプシジンをアガロースビーズに固定化した(以下、ヘプシジン固定化ビーズという)。
【0053】
(2)パニング
1x1011個のファージを含むPh.D-12ファージライブラリーとヘプシジン固定化ビーズを混和し、60分間撹拌したのち、TBS-Tバッファー(0.1% Tween20 in Tris-buffered Saline(pH8.0)、以下同じ)で8回洗浄した。この操作により、ヘプシジンに結合性を有するペプチドを呈示したファージがヘプシジン固定化ビーズに結合し、その他のほとんどのファージは除去される。
【0054】
次に、0.2 mMビオチン液を加えて30分間反応させてファージとヘプシジンの複合体をアガロースビーズから溶出させ、この上澄み液をファージ溶出液とした。
【0055】
(3)ファージの増幅
ファージは、New England Biolab社が提供するプロトコールにしたがって増幅された。ファージ溶出液を大腸菌(ER2738)懸濁液に加えて感染させ、4.5時間振とう培養し(37℃)、ファージを増幅した。増幅後、遠心分離によって上澄み液を回収し、この上澄み液にPEG液(20%ポリエチレングリコール6000、2M NaCl)を加えてファージのみを沈殿させ、沈殿物(ファージ)を0.2mLのTBSバッファーに溶解し、ファージ精製液を得た。このファージ精製液を使用して再びパニング・増幅・精製の操作を同様にして5回繰り返して行った。5回目はパニングでファージを溶出する段階までを行い、ファージ溶出液を得た。
【0056】
(4)ファージに呈示されたペプチドのアミノ酸配列
5回目のパニングで得られたファージ溶出液を大腸菌(ER2738)懸濁液に加えて感染させ、アガー培地にまき、プラークを形成させた。総計64個のプラークのファージDNAを解析した。各プラークから得られたファージ懸濁液を大腸菌(ER2738)に感染させ、4.5時間振とう培養してファージを増幅させた後、PEG液と1Mヨウ化ナトリウム溶液でファージDNAを精製し、呈示されたペプチド部分のDNA塩基配列を調べた。この塩基配列からペプチドのアミノ酸配列を決定した。64個のプラークのファージDNAの解析から得られたペプチドのアミノ酸配列のうち、最も高い頻度で出現するアミノ酸配列、WDMWPSMDWKAE(配列番号1)が、ヘプシジンに特異的に結合する可能性が示された。
【0057】
[参考例2]ヘプシジン結合ペプチドの作成
参考例1で得られた12アミノ酸のN末端側に、アラニン(A)、システイン(C)、セリン(S)を付加し、C末端側にグリシン(G)、システイン(C)、グリシン(G)を付加した、18アミノ酸からなるペプチドを作製した。
ACSWDMWPSMDWKAEGCG
【0058】
上述のアミノ酸配列において、下線を付した2つのCにおいてジスルフィド結合が形成されており、当該ペプチドは環状化している。また、N末端のAのアミノ基はアセチル化されており、C末端のGのカルボキシル基はアミド化されている。尚、本ペプチドの製造は株式会社スクラムに委託した。ペプチドはFmoc固相合成法により合成され、高速液体クロマトグラフィーにより精製された。作製されたペプチドがヘプシジンに結合することを確認するために、Pall Fortebio社のオクテットK2装置を用いたバイオ・レイアー干渉法(Bio-Layer Interferometry:BLI)による分子間相互作用測定を行った。ストレプトアビジン・センサーチップ(Pall Fortebio社)にビオチン化ヘプシジンを吸着させた後、センサーチップを2.5、4、6、8又は10μMに希釈した当該ペプチドの溶液に浸し、分子間相互作用を測定した。その結果、当該ペプチドは、ヘプシジンに特異的に結合することが確認された(
図3)。この結合の解離定数は、2.9x10
-8Mであった。かかるペプチドを用いて、以下の試験を行った。
【0059】
[実施例1]腎性貧血モデルマウスにおける本発明のヘプシジン結合ペプチド(HBP)の効果
マウス(C57/BL6マウス 7週齢(株式会社日本クレア))にアデニン硫酸塩(AdS、富士フイルム和光純薬株式会社)を3週間、11回投与し、腎不全を誘導した。対照マウスにはAdSの代わりにH
2Oを投与した。AdS投与マウス、対照マウス両方に対してヘプシジン結合ペプチド(HBP)を投与した。HBP投与は、AdS投与開始から15日目から21日目まで行われた(7回)。HBP投与の対照実験として、HBPの溶媒であるリン酸バッファー(PBS)を投与した。試験スケジュールを
図4Aに示す。尚、使用したマウス数はつぎのとおりである。未処理群(n=7)、対照マウスH
2O投与群及びPBS投与群(n=8)、対照マウスH
2O投与群及びHBP投与群(n=5)、腎不全マウスAdS投与群及びPBS投与群(n=7)、腎不全マウスAdS投与群及びHBP投与群(n=10)。
【0060】
22日目にマウスから血液を採取し、ヘモグロビン(Hb)、赤血球数(RBC)、ヘマトクリット(HCt)、尿素窒素(BUN)、クレアチニン(CRE)、血清鉄量(Serum Iron)、トランスフェリン飽和度(TSAT)、血清フェリチン量(Ferritin)、C-リアクティブプロテイン(CRP)、血清ヘプシジン量、血清エリスロポエチン量(EPO)を決定した。尚、BUNとCREは、腎機能の指標であり、腎不全では値が上昇する。また、TSATは、血中に存在する鉄がどの程度トランスフェリンと結合しているかを示す指標である。血清鉄量とTSATは、血液中にどの程度利用可能な鉄が存在するかを示し、腎不全においてこれらの値は低下する。血清鉄量とTSATの低下が貧血の原因となる。また、血清フェリチン量は、体内における鉄の貯蔵量を反映する指標である。腎不全においては値が上昇する。CRPは、生体内の炎症状態を反映する指標である。腎不全においては値が上昇する。また、腎不全では肝臓からヘプシジンが過剰に分泌される。その結果、腎性貧血が引き起こされる。結果を、
図4B~Eと
図5A~Hに示す。
【0061】
図4Bに示されるとおり、AdSが投与され腎不全が誘導されたマウスでは、有意にヘモグロビン値が低下しており、腎性貧血状態に至っていることが確認できた。また、
図4C~Eに示されるとおり、本発明のHBP(ヘプシジン結合ペプチド)を投与された腎性貧血状態のマウスは、対照と比較して、ヘモグロビン値、赤血球数、ヘマトクリット値が有意に上昇した。また、
図5A~Hに示されるとおり、本発明のHBPを投与した腎不全が誘導されたマウスでは、貧血の改善及び腎不全の改善を示す結果が確認された。以上の結果から、本発明のHBPは、貧血及び腎不全をはじめとするヘプシジンの過剰産生を伴う疾患の治療又は予防に効果を有することが実証された。
【0062】
[実施例2]フェロポーチン量に対する本発明のHBPの効果
本発明のHBPが、フェロポーチンの分解を促進させるというヘプシジンの作用を阻害することを確認するため、以下に述べるインビトロの実験を行った。本発明のHBPの添加による細胞内のフェロポーチンの量の変化をインビトロの実験系で確認した。ヒトのフェロポーチン(FPN)にEGFPを融合させたタンパク質(FPN-EGFP)をコードする発現ベクターを導入することでFPN-EGFPを発現させたヒト胎児腎細胞(HEK293)に対して、ヒトのヘプシジン(株式会社ペプチド研究所)及び本発明のHBPを添加した場合のフェロポーチンの量(FPN-EGFP量)を、抗フェロポーチン抗体を用いたウエスタンブロッティングにより定量した。結果を
図6に示す。尚、
図6のレーン5において添加されたペプチド(cont.)は、本発明のHBPではなく、HBPとは無関係のコントロールペプチドである。コントロールペプチドは、ヘプシジンの活性を阻害しない。また、レーン6~10は、レーン1~5のそれぞれのタンパク質標品中のβアクチン(actin)量を抗アクチン抗体を用いたウェスタンブロッティングにより調べたものであり、各レーンのタンパク質総量が等しいことを示す。
【0063】
HEK293細胞にFPN-EGFPを発現させた(レーン2)。上記細胞にヘプシジンを添加すると、ヘプシジンの作用によりフェロポーチンの量(FPN-EGFP量)は低下した(レーン3)。上記細胞にヘプシジンと本発明のHBPを同時に添加すると、HBPがヘプシジンの活性を阻害するため、FPN-EGFP量の低下が抑制された(レーン4)。コントロールペプチドをヘプシジンと同時に添加しても、FPN-EGFP量の低下は抑制されなかった(レーン5)。
【0064】
図6に示されるとおり、本発明のHBPを添加することにより、ヘプシジンを添加しても細胞のフェロポーチン量の低下が抑制された。
【0065】
[実施例3]鉄量に対する本発明のHBPの効果
本発明のHBPが、ヘプシジンの作用の阻害を通して細胞内外の鉄量の変化を引き起こすことを確認するために、以下に述べる実験を行った。本発明のHBPの添加による細胞内および生体内の鉄量の変化をインビトロ及びインビボの実験系で確認した。
【0066】
(インビトロ)
内在的にフェローポーチン(FPN)を発現するヒト肝癌由来細胞HepG2に対して本発明のHBP及びヘプシジンを添加し、細胞内の鉄量を確認した。細胞内の鉄量は、鉄貯蔵タンパク質であるフェリチン(Ferritin)の量を測定することにより決定した。フェリチンの量は、ELISAによって測定した。結果を
図7Aに示す。尚、コントロールペプチドは、実施例2で用いたものと同様のものであり、図中の「*」は有意差があったことを示す。
また、同様の実験を、FPN-EGFPをコードする発現ベクターを導入することでFPN-EGFPを発現させたサル腎臓由来線維芽細胞(COS-1)を用いて行った。結果を
図7Bに示す。尚、コントロールペプチドは、実施例2で用いたものと同様のものであり、図中の「*」は有意差があったことを示す。
【0067】
両細胞とも、ヘプシジンのみを添加すると、フェロポーチンの分解が促進されるため、細胞内の鉄量は増加した。HBPをヘプシジンと同時に添加すると、ヘプシジンの活性が阻害されるため、細胞内鉄量の増加が抑制された。コントロールペプチドはヘプシジンの活性を阻害しないため、細胞内鉄量の増加は抑制されなかった。
【0068】
(インビボ)
マウス(C57/BL6)に対して本発明のHBP及びヘプシジンを添加して血清中の鉄量を確認した。血清中の鉄量は、マウス体内の細胞から細胞外に排出された鉄量を意味する。結果を
図7Cに示す。尚、コントロールペプチドは、実施例2で用いたものと同様のものであり、図中の「*」は有意差があったことを示す。
【0069】
マウスにヘプシジンを投与すると、マウス体内の細胞のフェロポーチンの分解が促進されるため、血中の鉄量は減少した。HBPをヘプシジンと同時に投与すると、ヘプシジンの活性が阻害されるため、血中鉄量の減少が抑制された。コントロールペプチドはヘプシジンの活性を阻害しないため、血中鉄量の減少は抑制されなかった。
【0070】
インビトロ、インビボのいずれの実験結果においても、本発明のHBPがヘプシジンの作用を阻害することによって、細胞内の鉄量を減少させ、マウス血中の鉄量を増加させることが示された。
本発明によれば、ヘプシジンの過剰産生を伴う疾患を治療又は予防することができる医薬組成物を低コストで製造できる。従って、本発明は医薬分野において極めて有用である。