(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023118025
(43)【公開日】2023-08-24
(54)【発明の名称】腎毒性軽減用組成物
(51)【国際特許分類】
A61K 31/19 20060101AFI20230817BHJP
A61P 13/12 20060101ALI20230817BHJP
A61P 39/02 20060101ALI20230817BHJP
A61K 33/24 20190101ALN20230817BHJP
【FI】
A61K31/19
A61P13/12
A61P39/02
A61K33/24
【審査請求】有
【請求項の数】4
【出願形態】書面
(21)【出願番号】P 2022032993
(22)【出願日】2022-02-14
(11)【特許番号】
(45)【特許公報発行日】2022-11-07
(71)【出願人】
【識別番号】522083662
【氏名又は名称】澤村 悠
(72)【発明者】
【氏名】澤村 悠
【テーマコード(参考)】
4C086
4C206
【Fターム(参考)】
4C086HA12
4C086HA24
4C086HA26
4C086HA28
4C086NA07
4C206AA01
4C206AA02
4C206DA02
4C206MA01
4C206MA04
4C206NA07
4C206NA14
4C206ZA81
4C206ZC37
(57)【要約】
【課題】低コストで、安全面でも問題の無い新たな腎毒性軽減剤を提供することを課題とする。
【解決手段】酪酸を有効成分とする腎毒性軽減用組成物。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
酪酸を有効成分として含有する腎毒性軽減用組成物
【請求項2】
前記組成物が酪酸水溶液である請求項1に記載の腎毒性軽減用組成物。
【請求項3】
前記腎毒性が、生体内に投与された薬剤により生じた腎毒性である請求項1に記載の腎毒性軽減用組成物。
【請求項4】
前記薬剤が白金製剤である請求項3に記載の腎毒性軽減用組成物。
【請求項5】
前記白金製剤がシスプラチンである請求項4に記載の腎毒性軽減用組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酪酸を有効成分とする組成物に関する。さらに詳しく言えば、本発明は生体内に投与された白金製剤により引き起こされる腎毒性を軽減し得る酪酸を有効成分とする腎毒性軽減組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
「シスプラチン」は抗がん剤として幅広くがん患者に使用されている。しかし、重大な副作用として急性腎不全があり、腎機能障害を持つ患者には禁忌とされている他、シスプラチン投与時には十分な水分摂取が強く推奨され、場合によっては利尿薬を用いてでも排泄を促す必要があるほど、シスプラチンの腎臓内蓄積と腎毒性軽減には十分な注意が払われている。シスプラチンの副作用を軽減するために作られた薬として、同じ白金製剤である「カルボプラチン」が存在する。この2剤の違いを簡単に説明すると、シスプラチンは抗腫瘍効果が高いが、副作用が重い、一方カルボプラチンはシスプラチンと比べると抗腫瘍効果は劣るが、副作用は軽い、という特徴がある。またカルボプラチンはシスプラチンと比較して血液毒性、特に血小板減少が強いというデメリットもある。がん患者の中には、延命という観点から少しでも効果の強いシスプラチンを選択するか、あるいはQOL(quality of life)を考慮してカルボプラチンを選択するかの判断に迫られる人も存在する。そこで、シスプラチン投与による腎機能障害を低減させることができる安価で安全な有用成分を見出すことは、がん治療における患者のQOL改善のための喫緊の課題である。
【0003】
このような課題に対し、シスプラチンの腎毒性を軽減しうる化合物を探索する試みは多くなされてはいるが、臨床上実用化されるまでには至らず、結局のところ大量補液を行ったり、利尿薬を投与したりすることが腎障害対応の基本となっている。例えば特許文献1では、グルタチオンモノイソプロピルエステルがシスプラチンの副作用軽減に有効であると記載されているが、成人1日当たりの経口投与量は100mg乃至1000mgとあり、富士フィルム和光純薬株式会社の製品情報によると、グルタチオンモノエチルエステル(還元型)の販売価格は3万円/100mgであるため、費用対効果が見込めず、製品化するまでには至っていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、これまでにも多く見いだされてきた腎毒性軽減剤が、費用対効果の面でなかなか製品化されてこなかったという実情を踏まえ、より低コストで取り入れやすく、安全面でも問題の無い新たな腎毒性軽減剤を提供することを課題とする。
【0006】
本発明は、身体への負担をかけることなく、また低コストで毒性を軽減できる組成物を提供することに関する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、野菜または果物から単離した細菌を腎障害モデルマウスに投与したところ、腎機能の改善がみられることを発見した。このメカニズムを検討したところ、野菜または果物由来細菌が腸内で何らかの物質を産生することで腸内フローラを変化させ、それにより腎機能が改善されたのではという仮説に行き着いた。そこで、腸内細菌が産生する物質として短鎖脂肪酸の1種である「酪酸」を用い、再実験を行ったところ、野菜または果物由来細菌で検証したときと同様に腎機能の改善(腎毒性の軽減)がみられたことから、本発明を完成するに至った。尚、腎機能の改善は、血中且つ尿中クレアチニン測定によって評価した。
【発明の効果】
【0008】
本発明により腎毒性を軽減させる組成物が提供される。特に現代のがん治療において重要な位置づけである白金製剤の副作用の軽減に有効である。本発明により白金製剤によって生じた腎機能障害は、酪酸によって軽減されることが示された。酪酸は比較的安価で手に入る物質である点、本発明での摂取濃度は食品中に含有する濃度と大差なく、安全性も担保されている。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】シスプラチン投与直後の尿中クレアチニン測定の結果を示すグラフである。おおよそ群間でほぼ同程度の値を示している。すなわち、酪酸投与前の腎機能は群間で差が無かったことを表す。
【
図2】解剖直前の尿中クレアチニン測定の結果を示すグラフである。対照群の値に比較して、酪酸群では約50%高値であり、クレアチニンが尿中に排泄されていることを示す。すなわち、腎毒性の低減が確認された。
【
図3】解剖後に行った血中クレアチニン測定の結果を示すグラフである。血中クレアチニン値は低いほど腎機能が保たれていることを示す。対照群より酪酸群で約20%低値であり、[
図2]の結果と照らし合わせても齟齬のない結果である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明に係る組成物は酪酸および/又はその塩類を有効成分とする事を特徴とする。
有効成分としては、酪酸のほか、可食成分として許容できるのであれば、これらの塩類であってもよい。酪酸塩であればナトリウム塩、カリウム塩、カルシウム塩などを用いる事ができる
また、本発明に係る組成物は、本発明の効果を損なわない限り、上述の有効成分以外に、任意の添加剤、任意の成分を含有する事ができる。これらの添加剤、成分は組成物の形態に応じて選択可能であって、以下に述べる飲食品、食品添加物、医薬品等に使用可能なものが用いられる。
【0011】
本発明にかかる組成物は腎毒性を軽減するための飲食品、食品添加物として用いる事ができ、その形態は限定されない。例えば飲食品としては、米飯類、パン類、麺類、クッキー、餅、せんべい、チョコレート等の菓子類などの食品のほか、清涼飲料、乳飲料、スポーツドリンク、栄養飲料などのような飲料、すなわち酪酸を含む水溶液(酪酸水溶液)の形態であってもよい。また、酪酸は熱安定性も高く、調味料として普段の料理に取り入れるといった形態も考えられる。このほか、ゼリー状、ペースト状、カプセル状のサプリメントとして提供する事もあってもよいし、粉状、顆粒状、錠剤の形態での食品添加物としての提供であってもよい。また腎毒性の症状を呈する患者への栄養補助食品、腎毒性予防用の栄養補助食品、サプリメントであっても良い。所定量の酪酸を含む天然素材を用いた加工食品であっても良い。
【0012】
さらに、薬学的に許容できる医薬品、すなわち腎毒性症状の予防薬または治療薬としての提供であっても良い。例えば医薬品の形態としては、錠剤、顆粒剤、カプセル剤、シロップ剤等の内服剤の提供であっても良い。ただ、腎毒性の軽減には水を多く摂取する事が有効であること、摂取の手軽さの観点から、飲料、すなわち酪酸水溶液が最も好ましい。
【0013】
組成物中の有効成分の濃度は具体的に限定されるものではないが、例えば飲料、すなわち水溶液の場合、酪酸を30ppm~6000ppm、好ましくは30~600ppm、さらに好ましくは40~120ppm、さらにより好ましくは50~70ppmを濃度範囲とする事ができる。
【0014】
酪酸は悪臭を持つ物質ではあるが、上記のような低濃度であれば臭いはほとんど感じられず、飲料として摂取することに問題は生じない。
【0015】
本発明の組成物のヒト一日当たりの摂取量(投与量、または使用量という事もできる)は、特に限定されず、年齢、腎毒性の程度、組成物の形態などに応じて適宜設定すればよいが、例えばヒト成人の一日あたりの摂取量としては、飲料すなわち酪酸水溶液の場合では、例えば600ppm酪酸水として約100~200mLとする事ができ、60ppm酪酸水として約1000~2000mLとする事ができる。
【実施例0016】
以下に本発明の組成物を用いた実施例を示し、本発明を説明する。
<方法>
【0017】
1.動物モデルおよびデザイン
6週齢雌性ICRマウス7匹(日本チャールス・リバー株式会社、神奈川)を購入し、初めの1週間は普通飼料(ND:MF、オリエンタル酵母、東京)と水道水を与え、飼育環境に順化させた。7週齢時に2群に分け、57日間飼育した。そのうち、滅菌水を摂取させたものを対照群、滅菌水に60ppm酪酸(富士フィルム和光純薬工業株式会社、製品コード023-05396)を添加した群を酪酸群とし、両群にシスプラチン(富士フィルム和光純薬工業株式会社、製品コード033-20091)をday2に200μL、day40に250μL投与した。なお、飼料は両群普通飼料を与えた。普通飼料の組成およびエネルギーをTable1に示す。食餌および飲料水は自由摂取とし、飼育期間中に体重測定、摂水量測定を1週間に3回行った。また、シスプラチン投与直後と解剖前に採尿を行った。全てのマウスは温度24℃、湿度55%、7~19時は明期、19~7時は暗期サイクルに設定された室内で、1匹ごとにプラスチックケージで飼育した。なお、本動物実験は「奈良女子大学動物実験等に関する指針」ならびに「実験動物の飼育及び保管ならびに苦痛の軽減に関する基準(平成18年4月28日環境省告示第88号)」に即して実施した。
【0018】
2.動物処理
ICRマウスは、屠殺直前体重の約1/1000重量のソムノペンチル(共立製薬)をシリンジ(27G、19mm)で注入した。麻酔下で開腹処置を行い、シリンジ(26G、13mm)を用いて血液を心臓から採取した。これをEDTA入りの1.5mLチューブに入れ、卓上遠心機(テーブルトップマイクロ冷却遠心機3500、久保田商事、東京)で4℃、1700×gで30分間遠心分離し、上清(血漿)を-80℃で凍結保存した。
【0019】
3.尿中クレアチニン排泄量測定
HCl処理尿をボルテックスした後、遠心分離(12000×rpm,5分)した上清を測定に用いた。また、吸光度を予測して20~40倍に希釈した。飽和ピクリン酸溶液、2.5mol/L NaOH、蒸留水を5:2:5の割合で混合し、アルカリ飽和ピクリン酸を調整した。マイクロチューブに標準溶液、またはサンプルを800μL入れ、そこにアルカリ飽和ピクリン酸を560μL加え、攪拌し室温で30~90分間放置した。その後、500nmにおける吸光度を分光光度計で測定し、検量線から回帰直線式と相関係数を算出し、尿中クレアチニン濃度を算出した。
【0020】
4.血中クレアチニン濃度測定
血漿を用いて血中クレアチニン量を測定した。測定にはすべて市販のキットを用いた。また、吸光度の測定にはiMark Microplate Reader(バイオ・ラッド・ラボラトリーズ株式会社、東京)を使用した。測定は3連で行い、平均値を測定値とした。まず、飽和ピクリン酸溶液、2.5mol/L NaOH、蒸留水を5:2:5の割合で混合し、アルカリ飽和ピクリン酸を調整した。0~20μg/mL Cre標準溶液を調製し、各wellに水、Cre標準溶液、血漿サンプルを入れた。アルカリ飽和ピクリン酸を70μL加え、室温に30~90分間放置し、490nmにおける吸光度をマイクロプレートリーダーで測定した。そこから検量線を作成し、サンプルの血漿中クレアチニン濃度を算出した。
【0021】
5.統計処理
各項目の分析結果は平均値±標準誤差(standard error of mean、SEM)で示した。群間の有意差は統計解析ソフトSPSS Statistics21(IBM Corporation、NY、USA)を用いて一元配置分散分析(analysis of variance、ANOVA)及びTukey法(多重比較)にて行った。全ての検定で有意確率P<0.05を統計学的に有意差があるとみなした。
<結果>
【0022】
1.身体所見
初体重は、対照群(23.38±0.60g)、酪酸群(23.33±0.78g)で、群間に有意差は認められなかった。終体重は、対照群(22.41±1.05g)、酪酸群(29.11±0.90g)で、群間に有意差までは認められなかったものの、対照群での体重増加抑制がみられた。
【0023】
2.飼育状況
1日の摂水量は、PCt群(12.87±1.18g/day)、酪酸群(10.98±0.51g/day)、であり、群間に有意差は認められなかった。ただし、マウスが飲水ボトルを一蹴し、出水した分も計測上摂水量に含まれるため、実際には両群ともにこれより少ない可能性は考えられる。なお、対照群のマウス1匹がday50に死亡した。これはシスプラチンによるものと考えられる。
【0024】
3.尿中クレアチニン測定
尿中クレアチニン測定の結果を[
図1][
図2]に示した。それぞれday2(シスプラチン投与直後)、day57(解剖直前)に測定した結果である。day2では群間でほとんど差が見られなかったが、day57では尿中クレアチニン排泄量に大きな差が見られた。
【0025】
4.血中クレアチニン測定
血中クレアチニン測定の結果を[
図3]に示した。これはday61(解剖日)に採取したマウスの血漿を用いて測定した結果である。酪酸群では、尿中への排泄が多い分、血中のクレアチニン量が少ないことが読み取れる。
【0026】
<結果>
シスプラチン投与直後の尿中クレアチニン測定により、両群において腎機能に差がないことが確認された。その後約2か月にわたり酪酸水を投与した群で、尿中クレアチニン排泄量の増加・血中クレアチニン量の低下がみられたことから、酪酸が腎毒性軽減に効果を発揮した。