(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023118382
(43)【公開日】2023-08-25
(54)【発明の名称】燃料電池用セパレータ材及び燃料電池用セパレータ材の製造方法
(51)【国際特許分類】
H01M 8/0228 20160101AFI20230818BHJP
H01M 8/0206 20160101ALI20230818BHJP
H01M 8/0215 20160101ALI20230818BHJP
C23C 28/00 20060101ALI20230818BHJP
【FI】
H01M8/0228
H01M8/0206
H01M8/0215
C23C28/00 B
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022021308
(22)【出願日】2022-02-15
(71)【出願人】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】100159499
【弁理士】
【氏名又は名称】池田 義典
(74)【代理人】
【識別番号】100120329
【弁理士】
【氏名又は名称】天野 一規
(74)【代理人】
【識別番号】100159581
【弁理士】
【氏名又は名称】藤本 勝誠
(74)【代理人】
【識別番号】100106264
【弁理士】
【氏名又は名称】石田 耕治
(72)【発明者】
【氏名】森田 晋也
(72)【発明者】
【氏名】田内 裕基
【テーマコード(参考)】
4K044
5H126
【Fターム(参考)】
4K044AA03
4K044AA06
4K044AB02
4K044BA01
4K044BA06
4K044BA10
4K044BB03
4K044BC02
4K044BC14
4K044CA12
4K044CA13
4K044CA41
4K044CA44
5H126AA12
5H126DD05
5H126DD18
5H126EE43
5H126EE45
5H126JJ00
5H126JJ03
(57)【要約】 (修正有)
【課題】耐食性を備え、かつ接触抵抗を低減できる燃料電池用セパレータ材、およびその製造方法を提供する。
【解決手段】燃料電池用セパレータ材は、基材1と、基材1に積層されるコート層2とを備え、コート層2がクロム又はクロム合金を主成分とする金属層21と、二酸化クロムを主成分とする酸化物層22とを有し、酸化物層22がコート層2の最表面に位置しており、酸化物層22の平均厚さが10nm以下であり、さらにコート層2のラマン分光法で測定される560±10cm
-1の範囲のピーク強度PAに対する、670±10cm
-1の範囲のピーク強度PBの比PB/PAが1.5以上である。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と、この基材に積層されるコート層とを備え、
上記コート層が、クロム又はクロム合金を主成分とする金属層と、二酸化クロムを主成分とする酸化物層とを有し、
上記酸化物層が上記コート層の最表面に位置しており、
上記酸化物層の平均厚さが10nm以下である燃料電池用セパレータ材。
【請求項2】
上記コート層のラマン分光法で測定される、560±10cm-1の範囲のピーク強度PAに対する670±10cm-1の範囲のピーク強度PBの比PB/PAが1.5以上である請求項1に記載の燃料電池用セパレータ材。
【請求項3】
基材にクロム又はクロム合金を主成分とする金属層を積層する積層工程と、
上記金属層の表面の酸化によって二酸化クロムを主成分とする酸化物層を形成する形成工程と
を備える燃料電池用セパレータ材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、燃料電池用セパレータ材及び燃料電池用セパレータ材の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に燃料電池は、電解質膜及び一対の電極が接合した膜電極接合体と、この膜電極接合体を挟むように配置されたガス拡散層とを備える単セルを積層して構成される。隣接する単セルの間にはセパレータが配置される。セパレータは、単セルで発生した電力の集電や燃料の供給等を担う。このため、セパレータには、高い導電性、特にガス拡散層との接触抵抗が低いことが求められる。また、単セル内部は酸性環境下にあるため、セパレータには高耐食性も求められる。
【0003】
従来、燃料電池用のセパレータとしてカーボン製セパレータが用いられてきたが、カーボン製セパレータは破損しやすく、かつ加工コストが高いという欠点がある。そこで、近年では、ステンレス、チタン、チタン合金等の基材を用いた金属製セパレータが検討されている。金属製セパレータは一般に耐食性が低いが、例えば基材表面に不動態被膜を形成することで耐食性の向上を図ることができる。しかしながら、基材表面に不動態被膜を形成すると、耐食性が向上する一方で、ガス拡散層との接触抵抗が上昇しやすい。
【0004】
金属製セパレータの高耐食性及び接触抵抗の低減を両立する技術として、特許文献1には、ステンレス鋼板の表面における金属形態のCr及びFeと、金属形態以外のCr及びFeとの比を制御することが記載されている。特許文献2には、表面に凹凸構造を備え、金属以外の形態のFeに対するCrの濃度の比が所定値以上であるステンレス鋼板が記載されている。また、特許文献3には、ステンレス鋼板の表面に金のコーティング膜を形成することが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第6414369号公報
【特許文献2】特許第6763501号公報
【特許文献3】特許第6278158号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1及び特許文献2には、ステンレス鋼板の表面被膜(不動態被膜)の部分的な破壊によって耐食性を維持しつつ接触抵抗を低減することが記載されている。しかしながら、これらの技術を用いると、表面被膜の状態がガス拡散層との接触圧力、ステンレス鋼板の形状等に左右されやすく、品質が安定しないおそれがある。また、特許文献3の技術は、コーティングに貴金属を用いるためコストが増大しやすい。
【0007】
本発明は、このような事情に基づいてなされたものであり、耐食性を備え、かつ接触抵抗を低減できる燃料電池用セパレータ材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するためになされた本発明の一態様に係る燃料電池用セパレータ材は、基材と、この基材に積層されるコート層とを備え、上記コート層が、クロム又はクロム合金を主成分とする金属層と、二酸化クロムを主成分とする酸化物層とを有し、上記酸化物層が上記コート層の最表面に位置しており、上記酸化物層の平均厚さが10nm以下である。
【発明の効果】
【0009】
本発明の一態様に係る燃料電池用セパレータ材は、耐食性を備え、かつ接触抵抗を低減できる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】
図1は、本発明の一実施形態に係る燃料電池用セパレータ材を示す模式的部分断面図である。
【
図2】
図2は、本発明の一実施形態に係る燃料電池用セパレータ材の製造方法を示すフロー図である。
【
図3】
図3は、No.1のラマンスペクトルである。
【
図4】
図4は、No.3のラマンスペクトルである。
【
図5】
図5は、No.1のコート層の表面近傍の断面TEM写真及び電子線回折像である。
【
図6】
図6は、No.3のコート層の表面近傍の断面TEM写真及び電子線回折像である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
[本発明の実施形態の説明]
最初に本発明の実施態様を列記して説明する。
【0012】
本発明の一態様に係る燃料電池用セパレータ材は、基材と、この基材に積層されるコート層とを備え、上記コート層が、クロム又はクロム合金を主成分とする金属層と、二酸化クロムを主成分とする酸化物層とを有し、上記酸化物層が上記コート層の最表面に位置しており、上記酸化物層の平均厚さが10nm以下である。
【0013】
当該燃料電池用セパレータ材は、上記コート層がクロム又はクロム合金を主成分とする上記金属層を有するので、耐食性を備える。また、当該燃料電池用セパレータ材において、上記コート層の最表面に位置する上記酸化物層は、不動態被膜として機能するため、酸性環境下において上記金属層の表面に絶縁性の化合物が形成されることを抑制できる。さらに、上記酸化物層は、半導体的な性質を有する二酸化クロムを主成分とし、かつ平均厚さが10nm以下に制御されているため、上記コート層の最表面から積層方向下方に向けて比較的良好な導電パスを形成できる。このため、当該燃料電池用セパレータ材は、接触抵抗を効果的に低減できる。上記コート層は比較的安価に形成できるため、コスト面でも有利である。なお、「接触抵抗」とは、当該燃料電池用セパレータ材の表面とこの表面が接触する面との間で、界面現象のために電圧降下が生じることを意味する。
【0014】
上記コート層のラマン分光法で測定される、560±10cm-1の範囲のピーク強度PAに対する670±10cm-1の範囲のピーク強度PBの比PB/PAとしては、1.5以上が好ましい。ここで、560±10cm-1の範囲におけるピークは三酸化二クロム(Cr2O3)を、670±10cm-1の範囲におけるピークは二酸化クロム(CrO2)を意味する。このため、上記比PB/PAが上記下限以上であることによって、上記コート層の最表面において、三酸化二クロムに対するニ酸化クロムの占める割合が十分大きく、これによりガス拡散層との接触抵抗をより確実に低減できる。
【0015】
本発明の他の一態様に係る燃料電池用セパレータ材の製造方法は、基材にクロム又はクロム合金を主成分とする金属層を積層する積層工程と、上記金属層の表面の酸化によって二酸化クロムを主成分とする酸化物層を形成する形成工程とを備える。
【0016】
当該燃料電池用セパレータ材の製造方法は、上記積層工程で、上記基材にクロム又はクロム合金を主成分とする上記金属層を積層することによって、上記基材に酸性環境に対する耐食性を付与できる。また、上記形成工程で、半導体的な性質を有する二酸化クロムを主成分とする上記酸化物層を形成することによって、燃料電池用セパレータ材の最表面の接触抵抗を低減できる。
【0017】
なお、本発明において、「主成分」とは、質量換算で最も含有量の大きい成分を意味し、「平均厚さ」とは、任意の10点における積層方向の厚さの平均値を意味する。また、「ラマン分光法」とはJIS-K0137(2010)に準拠して行われるラマン分光分析を意味し、「ピーク強度」とは、ラマンスペクトルのピークの頂点におけるラマン散乱強度からベースライン強度を差し引いた値を意味する。
【0018】
[本発明の実施形態の詳細]
以下、適宜図面を参照しつつ、本発明の実施の形態を詳説する。なお、本明細書に記載されている数値については、記載された上限値と下限値とを任意に組み合わせることが可能である。本明細書では、組み合わせ可能な上限値から下限値までの数値範囲が好適な範囲として全て記載されているものとする。
【0019】
[燃料電池用セパレータ材]
図1の燃料電池用セパレータ材10は、基材1と、基材1に積層されるコート層2とを備える。コート層2は、クロム又はクロム合金を主成分とする金属層21と、二酸化クロムを主成分とする酸化物層22とを有する。酸化物層22は、コート層2の最表面に位置している。酸化物層22の平均厚さは10nm以下である。基材1は例えば板状である。当該燃料電池用セパレータ材10では、基材1の両面にコート層2が積層されている(
図1では、一方側のコート層のみを図示している)。
【0020】
[基材]
基材1としては、導電性を有するものであれば特に限定されないが、加工性の観点から、チタン、チタン合金、ステンレス鋼等の金属系材料を用いるとよい。これらの中でも、コストの観点からステンレス鋼が好ましい。ステンレス鋼としては、例えば、SUS304等のオーステナイト系ステンレス鋼、SUS430等のフェライト系ステンレス鋼、SUS329J1等のオーステナイト・フェライト系(二層相系)ステンレス鋼が挙げられる。ステンレス鋼の中でも、燃料電池セパレータ材に水素ガス等の流路(ガス流路)をプレス成形する観点から、延性に優れるオーステナイト系ステンレス鋼がより好ましい。また、同様の観点から、ステンレス鋼としては、固溶化熱処理を施すことによって延性を改善したステンレス鋼を用いることも好ましい。
【0021】
基材1の平均厚さの下限としては、0.05mmが好ましく、0.10mmがより好ましい。一方、基材1の平均厚さの上限としては、1.00mmが好ましく、0.50mmがより好ましい。基材1の平均厚さが上記下限に満たないと、基材1の強度が不十分となるおそれがある。逆に、基材1の平均厚さが上記上限を超えると、燃料電池内で積層される単セルの密度が不十分となるおそれがある。
【0022】
[コート層]
コート層2は、上述の通り基材1の両面に積層され、金属層21と、コート層2の最表面に位置する酸化物層22とを有する。
図1に示す通り、本実施形態では、金属層21は基材1を直接被覆する。また、酸化物層22は金属層21の直上に位置する。すなわち、コート層2は、金属層21及び酸化物層22の2層構造である。酸化物層22は、二酸化クロムを主成分としており、例えばクロム又はクロム合金を主成分とする層の表面にUV照射等の表面酸化処理を施すことによって形成することができる。このため、酸化物層22が金属層21の直上に位置する構成とすると、金属層21に対する表面酸化処理によって容易に酸化物層22を形成することができる。
【0023】
<金属層>
金属層21は、上述の通りクロム又はクロム合金を主成分とする。クロム合金に含まれるクロム以外の金属元素としては、例えばNi、Fe、Mo、Al等が挙げられる。金属層21の全質量に対するクロム元素の含有量の下限としては、70質量%が好ましく、80質量%がより好ましく、90質量%がさらに好ましい。一方、金属層21の全質量に対するクロム元素の含有量の上限は、例えば100質量%であってもよい。金属層21の全質量に対するクロム元素の含有量が上記下限に満たないと、基材1の腐食及び基材1の溶出を十分に抑制できないおそれがある。
【0024】
金属層21は、当該燃料電池用セパレータ材10の耐食性を確保するため、基材1の両面をそれぞれ被覆率100%で被覆していることが好ましい。
【0025】
金属層21の平均厚さの下限としては、20nmが好ましく、40nmがより好ましく、60nmがさらに好ましい。金属層21の平均厚さが上記下限に満たないと、基材1を十分に被覆することが困難となり当該燃料電池用セパレータ材10の耐食性が低下するおそれがある。一方、金属層21の平均厚さの上限としては、特に限定されないが、例えば10μmとすることができる。また、後述するスパッタリングによって金属層21を形成する場合、金属層21の平均厚さの上限としては、500nmが好ましく、400nmがより好ましく、300nmがさらに好ましい。
【0026】
<酸化物層>
酸化物層22は、上述の通り二酸化クロムを主成分とする。また、酸化物層22は、二酸化クロム以外に酸化クロム(CrO)、三酸化二クロム(Cr2O3)等を含んでいてもよい。
【0027】
コート層2に対するラマン分光法による測定(以降、ラマン分光分析ともいう)で、670±10cm-1の範囲にピークが存在することが好ましい。ここで、670±10cm-1の範囲におけるピークは二酸化クロムを意味する。このように上記範囲にピークが存在することによって、酸化物層22の最表面に二酸化クロムが分布し、これによりガス拡散層との接触抵抗を低減しやすい。なお、酸化物層22はコート層2の最表面に位置しているため、コート層2に対するラマン分光分析は、酸化物層22に対するラマン分光分析とみなすことができる。
【0028】
コート層2に対するラマン分光分析で、560±10cm-1の範囲にピークが存在していてもよい。ここで、560±10cm-1の範囲におけるピークは三酸化二クロムを意味する。この場合、酸化物層22(コート層2)のラマン分光法で測定される、560±10cm-1の範囲のピーク強度PAに対する670±10cm-1の範囲のピーク強度PBの比PB/PAの下限としては、1.5が好ましく、2.0がより好ましく、2.5がさらに好ましい。一方、上記比PB/PAの上限としては、特に限定されないが、例えば30とすることができる。上記比PB/PAが上記下限に満たないと、酸化物層22の最表面において絶縁性の三酸化二クロムに対する二酸化クロムの占める割合が小さく、ガス拡散層との接触抵抗が上昇するおそれがある。なお、ここでのピーク強度PAはラマンスペクトルの560±10cm-1の範囲のピークの頂点におけるラマン散乱強度からベースライン強度を差し引いた値であり、ピーク強度PBはラマンスペクトルの670±10cm-1の範囲のピークの頂点におけるラマン散乱強度からベースライン強度を差し引いた値である。なお、ベースライン強度は、ラマンシフトx[cm-1]、定数y0、A及びaを用いて、下記式1で算出されるラマン散乱強度yの値である。ピーク強度PA及びピーク強度PBの算出においては、それぞれのピークの頂点におけるラマンシフトxに対応するベースライン強度yを用いる。
y=y0+Aexp(-ax) ・・・1
上記式1の定数y0、A及びaは、上記式1で表される曲線(ベースライン)をラマンスペクトルにフィッティングすることによって定める。
【0029】
酸化物層22の平均厚さの下限としては、1nmが好ましく、2nmがより好ましく、3nmがさらに好ましい。一方、上記酸化物層の平均厚さの上限としては、上述の通り10nmであり、8nmが好ましく、6nmがより好ましい。酸化物層22の平均厚さが上記下限に満たないと、酸化物層22が不安定化することによって、ガス拡散層との接触抵抗が上昇するおそれがある。逆に、酸化物層22の平均厚さが上記上限を超えると、酸化物層22の厚さが大き過ぎて、上記コート層の最表面から積層方向下方に向けて導電パスが形成され難くなるおそれがある。なお、酸化物層22の平均厚さは、例えば、断面TEM観察によって測定することができる。
【0030】
<利点>
当該燃料電池用セパレータ材10は、コート層2がクロム又はクロム合金を主成分とする金属層21を有するので、酸性環境下において基材1の腐食及び基材の溶出を抑制できる。すなわち、耐食性を備える。また、当該燃料電池用セパレータ材10において、コート層2の最表面に位置する酸化物層22は、不動態被膜として機能し、酸性環境下において金属層21の表面に三酸化二クロム等の絶縁性の化合物が形成されることを抑制できる。さらに、酸化物層22は、半導体的な性質を有する二酸化クロムを主成分とし、かつ平均厚さが10nm以下に制御されているため、コート層2の最表面から金属層21に向けて比較的良好な導電パスを形成できる。このため、当該燃料電池用セパレータ材10は、ガス拡散層との接触抵抗を効果的に低減できる。コート層2は比較的安価に形成できるため、コスト面でも有利である。
【0031】
[燃料電池用セパレータ材の製造方法]
図2の燃料電池用セパレータ材の製造方法では、
図1の燃料電池用セパレータ材10を製造する。当該燃料電池用セパレータ材の製造方法は、基材にクロム又はクロム合金を主成分とする金属層を積層する積層工程S1と、上記金属層の表面の酸化によって二酸化クロムを主成分とする酸化物層を形成する形成工程S2とを備える。なお、当該燃料電池用セパレータ材の製造方法は、積層工程S1の前に基材製造工程を、積層工程S1と形成工程S2との間に熱処理工程をさらに備えていてもよい。
【0032】
<基材製造工程>
基材製造工程では、板状の上記基材を製造する。上記基材は、
図1の基材1と同様とできる。上記基材製造工程では、加工性の観点から、例えばチタン、チタン合金、ステンレス鋼等の金属系材料を用いて上記基材を製造するとよい。これらの中でも、コストの観点から例えばSUS304等のステンレス鋼が好ましい。上記基材製造工程では、上記金属系材料を、既知の方法によって、鋳造し、好ましくは固溶化熱処理を施した上で、所望の厚さにまで圧延することによって上記基材を製造できる。
【0033】
<積層工程>
積層工程S1では、上記基材の両面に、クロム又はクロム合金を主成分とする上記金属層を積層する。クロム合金に含まれるクロム以外の金属元素としては、例えばNi、Fe、Mo、Al等が挙げられる。
【0034】
積層工程S1で上記基材の表面に積層する上記金属層の平均厚さは、
図1の金属層21と同様とできる。上記金属層を形成するための方法としては、特に限定されないが、例えば、スパッタリング、めっき等の手法を用いることができる。これらの手法の中でも、上記金属層の平均厚さを均一に制御する観点から、スパッタリングが好ましい。スパッタリングとしては、例えばDCマグネトロンスパッタリングを用いることができる。また、スパッタリングを用いる場合、全質量に対するクロム元素の含有量が70%以上の合金又は純クロムをスパッタリングターゲットとすることが好ましい。このようなスパッタリングターゲットを用いることによって、上記基材に耐食性を付与しつつ、後述する形成工程S2で容易に所望の酸化物層を形成することができる。
【0035】
<熱処理工程>
熱処理工程では、積層工程S1で上記金属層が積層された上記基材に、非酸性雰囲気下で熱処理を施す。上記熱処理工程における上記基材の加熱温度としては、300℃以上500℃以下が好ましい。加熱時間は、加熱温度に対応して適宜調整できるが、例えば1時間以上3時間以下とできる。このように熱処理を施すことによって、上記基材に上記金属層を確実に定着させることができる。
【0036】
<形成工程>
形成工程S2では、積層工程S1で形成され、二酸化クロムを主成分とする上記酸化物層を形成する。また、ガス拡散層との接触抵抗の上昇を抑制するため、上記酸化物層の平均厚さを10nm以下に制御する。
【0037】
形成工程S2では、上記金属層の表面に酸化処理を行うことで、上記酸化物層を形成する。酸化処理を行う方法としては、例えば酸素プラズマ処理、大気雰囲気下又は酸素含有雰囲気下でのUV照射や熱処理等が挙げられる。これらの中でも、上記酸化物層の平均厚さ及び組成を適切に制御する観点から、酸素プラズマ処理又はUV照射が好ましい。酸素プラズマ処理を行う場合、酸素濃度を80%以上とし、処理時間を10秒以上10分以下とするとよい。また、UV照射を行う場合、大気あるいは酸素雰囲気下で、1分以上15分以下の間UV照射を行うとよい。上述の条件で、酸素プラズマ処理又はUV照射を行うことで、所望の平均厚さ及び組成の上記酸化物層を得ることが容易となる。
【0038】
<利点>
当該燃料電池用セパレータ材の製造方法は、積層工程S1で、上記基材にクロム又はクロム合金を主成分とする上記金属層を積層することによって、上記基材に酸性環境に対する耐食性を付与できる。上記金属層は、ガス拡散層のような強酸性環境に晒されると、絶縁性の三酸化二クロム等を形成しやすい。これに対し、当該燃料電池用セパレータ材の製造方法では、形成工程S2で二酸化クロムを主成分とする上記酸化物層を予め上記金属層の上に形成することによって、上記金属層に絶縁性の化合物が形成されることを抑制できる。また、二酸化クロムは半導体的な性質を有するため、上記酸化物層が燃料電池用セパレータ材の最表面の接触抵抗を効果的に低減できる。
【0039】
[その他の実施形態]
上記実施形態は、本発明の構成を限定するものではない。従って、上記実施形態は、本明細書の記載及び技術常識に基づいて上記実施形態各部の構成要素の省略、置換又は追加が可能であり、それらは全て本発明の範囲に属するものと解釈されるべきである。
【0040】
上記実施形態では、主に基材として金属系材料を用いる場合を説明したが、燃料電池用セパレータ材の要件に応じて、例えばカーボン系材料といった金属系材料以外の基材を用いることもできる。
【0041】
上記実施形態では、コート層が金属層及び酸化物層の2層構造の場合を説明したが、本発明の構成はこれに限定されない。例えば、基材と金属層との間に他の導電性の層が含まれていてもよい。
【実施例0042】
以下、実施例に基づき本発明を詳述するが、この実施例の記載に基づいて本発明が限定的に解釈されるものではない。本実施例では、以下の手順で燃料電池用セパレータ材を作製し、作製した燃料電池用セパレータ材に対して耐食性試験、接触抵抗試験及びラマン分光分析を行った。
【0043】
[燃料電池用セパレータ材の作製]
平均厚さ0.1mmの板状のステンレス基材(SUS304)の両面に、DCマグネトロンスパッタを用いて、平均厚さ200nmの純クロムの金属層(以下、コート層ともいう)を形成した。DCマグネトロンスパッタは、2mtorrの純アルゴン雰囲気下、パワー密度6.4W/cm2、室温の条件下で行った。金属層を形成後、基材を純窒素雰囲気下、400℃で1時間加熱した。その後、後述する手順を経て、No.1からNo.3の燃料電池用セパレータ材を作製した。
【0044】
No.1では、(株)GSユアサ製のUV照射装置(DUV-800-6)を用いて、大気雰囲気下で上記金属層表面を10分間UV照射した。No.2では、ヤマト科学(株)製の酸素アッシング装置(PR41)を用いて、投入パワー450W、酸素ガス流量30sccmの下で、上記金属層表面に10分間酸素プラズマ処理を行った。No.3では、UV照射及び酸素プラズマ処理のいずれも行わなかった。
【0045】
[耐食性試験]
No.1からNo.3の燃料電池用セパレータ材をそれぞれ、2cm×6cmの試料に切り出し、pH3で、80℃の硫酸水溶液に96時間浸漬した。浸漬後、コート層の溶解が確認されなかったため、No.1からNo.3の燃料電池用セパレータ材はいずれも耐食性を備える。
【0046】
[接触抵抗試験]
上記耐食性試験後のNo.1からNo.3の試料に対し、それぞれ接触圧力16kg/cm2でFuel Cell Earth社製カーボンクロス(Carbon Cloth CC6 Plain)を押し当て、四端子法によって接触抵抗を測定した。No.1、No.2及びNo.3の接触抵抗は、それぞれ9.4mΩcm2、9.7mΩcm2、94.7mΩcm2であった。
【0047】
[ラマン分光分析]
上記耐食性試験後のNo.1からNo.3の試料に対し、ナノフォトン(株)製のレーザーラマン顕微鏡(RAMAN touch)を用いて試料表面を分析した。No.1の分析結果を
図3に、No.3の分析結果を
図4に示す。
図3及び
図4では、実線がラマンスペクトルを示し、点線が上述の式1で表されるベースラインを示している。ベースラインのフィッティングは、ラマンシフト300cm
-1以下、400cm
-1以上800cm
-1以下及び1200cm
-1以上1600cm
-1以下を除いた範囲を用いて行った。
図3では、ラマンシフト674.7cm
-1の位置(
図3の矢印位置)に二酸化クロム由来の明瞭なピークが観察された。
図3では、ラマンシフト560±10cm
-1の位置に複数の微小なピークが観察され、それらのいずれかが三酸化二クロム由来のピークと考えられる。また、ここでは示さないがNo.2の分析結果でも、
図3と同様に二酸化クロム及び三酸化二クロム由来のピークが観察された。一方、
図4では、ラマンシフト559.4cm
-1の位置(
図4の矢印位置)に三酸化二クロム由来の明瞭なピークが観察された。
図4では、ラマンシフト670±10cm
-1の位置に複数の微小なピークが観察され、それらのいずれかが二酸化クロム由来のピークと考えられる。
【0048】
上記耐食性試験後のNo.1の試料の表面を示す断面TEM写真を
図5に、No.3の試料の表面を示す断面TEM写真を
図6に示す。
図5では、深さ約5nmの位置(NBD4)に金属クロムの電子線回折像が確認され、深さ約1nmの位置(NBD5)に金属クロム及び結晶性の二酸化クロムの電子線回折像が確認された。このため、No.1では、最表面に平均厚さ10nm以下の二酸化クロムを主成分とする酸化物層が形成されているものと考えられる。一方、
図6では、金属クロムの電子線回折像(NBD4、NBD4 Ref1)及びアモルファス構造の三酸化二クロム(NBD4 Ref2)が確認され、電子線回折像を取得した範囲では結晶性の二酸化クロムは確認されなかった。
【0049】
上記耐食性試験から、No.1からNo.3はいずれも耐食性を備えていることが確認された。また、上記接触抵抗試験及び上記ラマン分光分析から、No.1及びNo.2では、表面に二酸化クロムが分布していることによって接触抵抗が低減されているものと考えられる。