(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023011911
(43)【公開日】2023-01-24
(54)【発明の名称】未分化維持培地添加剤
(51)【国際特許分類】
C12N 1/00 20060101AFI20230117BHJP
C12N 5/10 20060101ALI20230117BHJP
C12N 5/0735 20100101ALI20230117BHJP
【FI】
C12N1/00 F
C12N5/10
C12N1/00 G
C12N5/0735
【審査請求】有
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022179759
(22)【出願日】2022-11-09
(62)【分割の表示】P 2019509902の分割
【原出願日】2018-03-27
(31)【優先権主張番号】P 2017063842
(32)【優先日】2017-03-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000000066
【氏名又は名称】味の素株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】899000079
【氏名又は名称】慶應義塾
(74)【代理人】
【識別番号】100136629
【弁理士】
【氏名又は名称】鎌田 光宜
(74)【代理人】
【識別番号】100080791
【弁理士】
【氏名又は名称】高島 一
(74)【代理人】
【識別番号】100125070
【弁理士】
【氏名又は名称】土井 京子
(74)【代理人】
【識別番号】100121212
【弁理士】
【氏名又は名称】田村 弥栄子
(74)【代理人】
【識別番号】100174296
【弁理士】
【氏名又は名称】當麻 博文
(74)【代理人】
【識別番号】100137729
【弁理士】
【氏名又は名称】赤井 厚子
(74)【代理人】
【識別番号】100151301
【弁理士】
【氏名又は名称】戸崎 富哉
(72)【発明者】
【氏名】古関 琴衣
(72)【発明者】
【氏名】岡元 訓
(72)【発明者】
【氏名】遠山 周吾
(72)【発明者】
【氏名】藤田 淳
(72)【発明者】
【氏名】福田 恵一
(72)【発明者】
【氏名】染谷 将太
(57)【要約】 (修正有)
【課題】多能性幹細胞を効率的に増殖することが可能な培地、及び当該培地を用いて多能性幹細胞を効率的に増殖する方法を提供する。
【解決手段】L‐トリプトファン又はL‐トリプトファン誘導体を176μM以上の濃度で含む、多能性幹細胞培養用の培地とする。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
L‐トリプトファン又はL‐トリプトファン誘導体を176μM以上の濃度で含む、多能性幹細胞培養用の培地。
【請求項2】
培地中のL‐トリプトファン又はL‐トリプトファン誘導体を176μM~1408μMの濃度で含む、請求項1記載の培地。
【請求項3】
無血清培地である、請求項1又は2記載の培地。
【請求項4】
多能性幹細胞が誘導多能性幹細胞である、請求項1~3のいずれか1項記載の培地。
【請求項5】
トリプトファン誘導体が、トリプトファンとアミノ酸がペプチド結合したジペプチドである、請求項1~4のいずれか1項記載の培地。
【請求項6】
ジペプチドが、L‐アラニル‐L‐トリプトファンである、請求項5記載の培地。
【請求項7】
請求項1~6のいずれか1項記載の培地中で多能性幹細胞を培養することを含む、多能性幹細胞の培養方法。
【請求項8】
多能性幹細胞を増殖するための方法である、請求項7記載の方法。
【請求項9】
請求項1~6のいずれか1項記載の培地及び多能性幹細胞を含む、多能性幹細胞培養調製物。
【請求項10】
以下の工程を含む、多能性幹細胞の培養方法:
(1)L‐トリプトファン又はL‐トリプトファン誘導体を含む培地中で、多能性幹細胞を培養すること;
(2)得られた多能性幹細胞培養物に、L‐トリプトファン又はL‐トリプトファン誘導体を添加し、(1)で消費された培地中のL‐トリプトファン又はL‐トリプトファン誘導体の一部又は全部を補うこと;及び
(3)L‐トリプトファン又はL‐トリプトファン誘導体が添加された多能性幹細胞培養物を、引き続き培養に付すこと。
【請求項11】
L‐トリプトファン又はL‐トリプトファン誘導体を含む培地が、無血清培地である、請求項10記載の方法。
【請求項12】
トリプトファン誘導体が、トリプトファンとアミノ酸がペプチド結合したジペプチドである、請求項10又は11記載の方法。
【請求項13】
ジペプチドが、L‐アラニル‐L‐トリプトファンである、請求項12記載の方法。
【請求項14】
L‐トリプトファン又はL‐トリプトファン誘導体を含む、多能性幹細胞の増殖を促進するための培地添加剤。
【請求項15】
トリプトファン誘導体が、トリプトファンとアミノ酸がペプチド結合したジペプチドである、請求項14記載の培地添加剤。
【請求項16】
ジペプチドが、L‐アラニル‐L‐トリプトファンである、請求項15記載の培地添加剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、未分化状態を維持しながら多能性幹細胞を効率的に増殖するための培地、及び当該培地を用いた多能性幹細胞の増殖方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
ES細胞(Embryonic stem cell)や誘導多能性幹細胞(iPS:induced pluripotent stem cell)などの多能性幹細胞は、その優れた増殖性や多分化能から、再生医療等での使用が期待されている。特にiPS細胞は、作製・入手が比較的容易であること、作製に際しての倫理的制約が少ないこと、さらには移植の際の拒絶反応の観点から、非常に優れた再生医療の材料と目されている。
【0003】
多能性幹細胞を用いて再生医療を行う場合、疾患の治療や治療法の開発研究に、多量の多能性幹細胞が必要となる。このため、多量の多能性幹細胞の供給を可能とするような、多能性幹細胞培養方法を開発及び改良することが重要となる。中でも、要となるのが培地の改良である。多量の細胞を培養するためには、多量の培地が必要となる。例えば、106個のiPS細胞を培養して1010程度の心筋細胞を作製し、患者一人に移植する場合、一人の患者あたり100リットルもの培地が必要となり、培地にかかる費用は少なく見積もってもおよそ100,000ドルに達する。培地にかかる費用を抑える方法の1つは、単位培地体積あたりの培養することが可能な細胞数を増やすことである。つまり、より高効率かつ低コストの効果的な多能性幹細胞培養用培地のニーズが存在する。
【0004】
通常、培地には必須アミノ酸が添加されている。例えば、幹細胞培養用培地であるmTeSR1培地(非特許文献1、2、3)やEssential-8培地(非特許文献4)は、ダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)/F12培地を基礎培地とし、bFGFやインスリン等のいくつかの因子を加えたものである。このDMEM/F12培地中のアミノ酸の含有量は、血液中の遊離アミノ酸量をもとに設定されており、9.0200mg/LのL‐トリプトファンが含まれている。これまで多くの培地が開発されてきたが、培地中のアミノ酸組成についてはほとんど改良されてこなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2004-135672号公報
【特許文献2】特開2007-228815号公報
【特許文献3】US2010/0317104A1
【特許文献4】WO2011/100286A2
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Ludwig TE et.al.Nat. Methods 3(8):637-46;2006
【非特許文献2】Ludwig TE et.al.Nat.Biotechnol 24(2):185-7;2006
【非特許文献3】Masters et.al.Human Cell Culture.Dordrecht:Springer Netherlands;2007
【非特許文献4】Chen G et.al.Nat.Methods 8(5)424-9;2011
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、多能性幹細胞を効率的に増殖することが可能な培地、及び当該培地を用いて多能性幹細胞を効率的に増殖する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記目的を達成すべく、多能性幹細胞の培養過程における、培地中のアミノ酸量変化に注目した。その結果、多能性幹細胞の培養過程において培地中のL‐トリプトファン量が急速に減少し、培地に含まれる全アミノ酸中でL‐トリプトファンが最も早く枯渇することを見出した。ここで、必須アミノ酸であるL‐トリプトファンは他のアミノ酸に比べても培地処方濃度が低く(非特許文献1、2、3、4)、多能性幹細胞の大量増殖時にいち早く不足し、細胞増殖を制限する要因となることが予測された。そこで、本発明者らは、培地中のL‐トリプトファン量を増加させたり、培養の途中でL‐トリプトファンを添加して消費されたL‐トリプトファンを補うことにより、多能性幹細胞の増殖を促進できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち、本発明は以下の通りのものである。
[1]L‐トリプトファン又はL‐トリプトファン誘導体を176μM以上の濃度で含む、多能性幹細胞培養用の培地。
[2]培地中のL‐トリプトファン又はL‐トリプトファン誘導体を176μM~1408μMの濃度で含む、[1]の培地。
[3]無血清培地である、[1]又は[2]の培地。
[4]多能性幹細胞が誘導多能性幹細胞である、[1]~[3]のいずれかの培地。
[5]トリプトファン誘導体が、トリプトファンとアミノ酸がペプチド結合したジペプチドである、[1]~[4]のいずれかの培地。
[6]ジペプチドが、L‐アラニル‐L‐トリプトファンである、[5]の培地。
[7][1]~[6]のいずれかの培地中で多能性幹細胞を培養することを含む、多能性幹細胞の培養方法。
[8]多能性幹細胞を増殖するための方法である、[7]の方法。
[9][1]~[6]のいずれかの培地及び多能性幹細胞を含む、多能性幹細胞培養調製物。
[10]以下の工程を含む、多能性幹細胞の培養方法:
(1)L‐トリプトファン又はL‐トリプトファン誘導体を含む培地中で、多能性幹細胞を培養すること;
(2)得られた多能性幹細胞培養物に、L‐トリプトファン又はL‐トリプトファン誘導体を添加し、(1)で消費された培地中のL‐トリプトファン又はL‐トリプトファン誘導体の一部又は全部を補うこと;及び
(3)L‐トリプトファン又はL‐トリプトファン誘導体が添加された多能性幹細胞培養物を、引き続き培養に付すこと。
[11]L‐トリプトファン又はL‐トリプトファン誘導体を含む培地が、無血清培地である、[10]の方法。
[12]トリプトファン誘導体が、トリプトファンとアミノ酸がペプチド結合したジペプチドである、[10]又は[11]の方法。
[13]ジペプチドが、L‐アラニル‐L‐トリプトファンである、[12]の方法。
[14]L‐トリプトファン又はL‐トリプトファン誘導体を含む、多能性幹細胞の増殖を促進するための培地添加剤。
[15]トリプトファン誘導体が、トリプトファンとアミノ酸がペプチド結合したジペプチドである、[14]の培地添加剤。
[16]ジペプチドが、L‐アラニル‐L‐トリプトファンである、[15]の培地添加剤。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、多能性幹細胞の細胞増殖を促進させることが可能となるため、多能性幹細胞を効率よく大量に培養することができる。本培地の使用による具体的な効果としては、従来の培地に比べて短期間に目標細胞数を得られること、大量培養に特化した培養設備への変更なしに、既存の設備のままの培養でも目標細胞数を得られることなどが期待できる。従って、多能性幹細胞の培養にかかる人的コスト及び金銭的コストを大幅に削減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】L‐トリプトファンを最終濃度44μM、176μM、352μM、704μM、1408μMになるように添加したEssential-8培地中での、ヒト誘導多能性幹細胞201B7の細胞被覆率(%)。6ウェルプレートに、1ウェルあたり13,000個の201B7細胞をシングルセルで播種し、6日間培養した。L‐トリプトファンを上記の濃度となるように添加した時間を0時間とし、24、48、72、96、120時間後に細胞被覆率を計測した。L‐トリプトファン濃度依存的に増殖促進効果を示す結果が得られた。
【
図2】L‐トリプトファンを最終濃度44μM、176μM、352μM、704μM、1408μMになるように添加したmTeSR1培地中での、ヒト誘導多能性幹細胞201B7の細胞被覆率(%)。6ウェルプレートに、1ウェルあたり13,000個の201B7細胞をシングルセルで播種し、6日間培養した。L‐トリプトファンを上記の濃度となるように添加した時間を0時間とし、24、48、72、96、120時間後に細胞被覆率を計測した。L‐トリプトファン濃度依存的に増殖促進効果を示す結果が得られた。
【
図3】L‐トリプトファンを最終濃度44μM、176μM、352μM、704μM、1408μMになるように添加したTeSR2培地中での、ヒト誘導多能性幹細胞201B7の細胞被覆率(%)。6ウェルプレートに、1ウェルあたり13,000個の201B7細胞をシングルセルで播種し、6日間培養した。L‐トリプトファンを上記の濃度となるように添加した時間を0時間とし、24、48、72、96、120時間後に細胞被覆率を計測した。L‐トリプトファン濃度依存的に増殖促進効果を示す結果が得られた。
【
図4】L‐トリプトファンを最終濃度44μM、176μM、352μM、704μM、1408μMになるように添加したmTeSR1培地中での、ヒト誘導多能性幹細胞253G4の細胞被覆率(%)。6ウェルプレートに、1ウェルあたり40,000個の253G4細胞をシングルセルで播種し、6日間培養した。L‐トリプトファンを上記の濃度となるように添加した時間を0時間とし、24、48、72、96、120時間後に細胞被覆率を計測した。L‐トリプトファン濃度依存的に増殖促進効果を示す結果が得られた。
【
図5】L‐トリプトファンを最終濃度44μM、176μM、352μM、704μM、1408μMになるように添加したmTeSR1培地中での、ヒト胚性幹細胞H9の細胞被覆率(%)。6ウェルプレートに、1ウェルあたり10,000個のH9細胞をシングルセルで播種し、6日間培養した。L‐トリプトファンを上記の濃度となるように添加した時間を0時間とし、24、48、72、96、120時間後に細胞被覆率を計測した。L‐トリプトファン濃度依存的に増殖促進効果を示す結果が得られた。
【
図6】L‐トリプトファンを最終濃度44μM、176μM、352μM、704μM、1408μMになるように添加した10%FCSを添加したDMEM培地中での、ヒト胎児腎臓由来細胞293Tの細胞被覆率(%)。6ウェルプレートに、1ウェルあたり10,000個の293T細胞をシングルセルで播種し、6日間培養した。L‐トリプトファンを上記の濃度となるように添加した時間を0時間とし、24、48、72、96、120時間後に細胞被覆率を計測した。L‐トリプトファン濃度依存的な増殖促進効果を示す結果は得られなかった。
【
図7】L‐キヌレニンを最終濃度50μM、100μM、200μM、500μM、1000μMになるように添加したmTeSR1培地中での、ヒト誘導多能性幹細胞201B7の細胞被覆率(%)。6ウェルプレートに、1ウェルあたり20,000個の201B7細胞をシングルセルで播種し、6日間培養した。L-キヌレニン添加時を0とし、0、24、48、72、96、120時間後に細胞被覆率を計測した。L-キヌレニン50-500μM添加区において増殖促進効果を示す結果が得られた。
【
図8】キヌレン酸を最終濃度50μM、100μM、200μM、500μM、1000μMになるように添加したmTeSR1培地中での、ヒト誘導多能性幹細胞201B7の細胞被覆率(%)。6ウェルプレートに、1ウェルあたり20,000個の201B7細胞をシングルセルで播種し、6日間培養した。キヌレン酸添加時を0とし、0、24、48、72、96、120時間後に細胞被覆率を計測した。キヌレン酸50-500μM添加区において増殖促進効果を示す結果が得られた。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明は、細胞の細胞増殖を促進する培地(以下、これを本発明の培地ともいう)、細胞の増殖を促進する方法(以下、これを本発明の方法ともいう)、及び細胞増殖促進用の培地添加剤を提供する。
【0013】
(1)L‐トリプトファン又はL‐トリプトファン誘導体
L‐トリプトファン(2-アミノ-3-(インドリル)プロピオン酸)は、タンパク質を構成する必須アミノ酸の一種である。
本明細書中、L‐トリプトファンは、L‐トリプトファンの塩を包含する。L‐トリプトファンの塩としては、例えば、塩酸塩、臭化水素酸塩、硫酸塩、ヨウ化水素酸塩、硝酸塩、リン酸塩等の無機酸塩、クエン酸塩、シュウ酸塩、酢酸塩、ギ酸塩、プロピオン酸塩、安息香酸塩、トリフルオロ酢酸塩、マレイン酸塩、酒石酸塩、メタンスルホン酸塩、ベンゼンスルホン酸塩、またはパラトルエンスルホン酸塩等の有機酸塩;ナトリウム塩、カリウム塩、カルシウム塩、マグネシウム塩、アンモニウム塩等の無機塩基塩、トリエチルアンモニウム塩、トリエタノールアンモニウム塩、ピリジニウム塩、ジイソプロピルアンモニウム塩等の有機塩基塩;アルギニン、アスパラギン酸、グルタミン酸などのアミノ酸塩などが挙げられるが、これらに限定されない。
L‐トリプトファンの塩としては、塩酸塩、ナトリウム塩又はカリウム塩を用いることが好ましい。
【0014】
L‐トリプトファンは、自体公知の方法により入手可能である。例えば、L‐トリプトファンの製造方法としては、特開2012-223092号公報、特開2012-100537号公報、特開2011-167071号公報、特開2010-263790号公報、特開2010-110217号公報に記載の方法などが挙げられるが、これらに限定されない。
また、L‐トリプトファンは、商業的に入手可能なものを用いることもできる。商業的に入手可能なL‐トリプトファンとしては、和光純薬工業社038-23581(型番)、東京化成工業社T0541(型番)、ナカライテスク社13043-92(型番)、MP Biomedicals社ICN1031505(型番)、シグマアルドリッチ社T8941(型番)などが挙げられるが、これらに限定されない。
【0015】
L‐トリプトファン誘導体は、培地中にL‐トリプトファンを提供する限り特に限定されないが、例えば培地に添加した際に加水分解によりL‐トリプトファンを提供する物質などが挙げられる。L‐トリプトファン誘導体としては、トリプトファンとアミノ酸がペプチド結合したジペプチド、トリプトファンのC1-6アルキルエステル、Nアセチルトリプトファンなどが挙げられるがこれらに限定されない。
トリプトファンとアミノ酸が結合したジペプチドの例としては、L‐アラニル‐L‐トリプトファン、L‐アルギニル‐L‐トリプトファン、L‐アスパラギニル‐L‐トリプトファン、L‐アスパラギン酸‐L‐トリプトファン、L‐システイニル‐L‐トリプトファン、L‐グルタミニル‐L‐トリプトファン、L‐グルタミン酸‐L‐トリプトファン、グリシル‐L‐トリプトファン、L‐ヒスチジニル‐L‐トリプトファン、L‐イソロイシル‐L‐トリプトファン、L‐ロイシル‐L‐トリプトファン、L‐リシル‐L‐トリプトファン、L‐メチオニル‐L‐トリプトファン、L‐フェニルアラニル‐L‐トリプトファン、L‐プロリル‐L‐トリプトファン、L‐セリル‐L‐トリプトファン、L‐トレオニル‐L‐トリプトファン、L‐チロシル‐L‐トリプトファン、L‐バリル‐L‐トリプトファン、L‐トリプトファニル‐L‐トリプトファン、L‐トリプトファニル‐L‐アラニン、L‐トリプトファニル‐L‐アルギニン、L‐トリプトファニル‐L‐アスパラギン、L‐トリプトファニル‐L‐アスパラギン酸、L‐トリプトファニル‐L‐システイン、L‐トリプトファニル‐L‐グルタミン、L‐トリプトファニル‐L‐グルタミン酸、L‐トリプトファニル‐グリシン、L‐トリプトファニル‐L‐ヒスチジン、L‐トリプトファニル‐L‐イソロイシン、L‐トリプトファニル‐L‐ロイシン、L‐トリプトファニル‐L‐リシン、L‐トリプトファニル‐L‐メチオニン、L‐トリプトファニル‐L‐フェニルアラニン、L‐トリプトファニル‐L‐プロリン、L‐トリプトファニル‐L‐セリン、L‐トリプトファニル‐L‐トレオニン、L‐トリプトファニル‐L‐チロシン、L‐トリプトファニル‐L‐バリンなどが挙げられるが、これらに限定されない。
トリプトファンのC1-6アルキルエステルとしては、L‐トリプトファンメチルエステル、L‐トリプトファンエチルエステルなどが挙げられるが、これらに限定されない。
本明細書中、L‐トリプトファン誘導体は、L‐トリプトファン誘導体の塩を包含する。L‐トリプトファン誘導体の塩としては、L‐トリプトファンの塩として上述したものを挙げることができる。
多能性幹細胞の培養に用いる場合、L‐トリプトファン誘導体は、L‐アラニル‐L‐トリプトファン、グリシル‐L‐トリプトファンが好ましい。
本明細書中、L‐トリプトファン誘導体は、L‐トリプトファンの代謝物またはその塩を包含する。L‐トリプトファン代謝物としては、多能性幹細胞の培養に用いる場合、L‐キヌレニン、キヌレン酸が好ましい。
【0016】
L‐トリプトファン誘導体は、自体公知の方法により入手可能である。例えば、L‐トリプトファンジペプチドの製造方法としては、一般的な固相合成法などが挙げられるが、これらに限定されない。
また、L‐トリプトファン誘導体は、商業的に入手可能なものを用いることもできる。商業的に入手可能なL‐トリプトファン誘導体としては、和光純薬工業社038-23581(型番)、東京化成工業社T0541(型番)、ナカライテスク社13043-92(型番)、MP Biomedicals社ICN1031505(型番)、シグマアルドリッチ社T8941(型番)などが挙げられるが、これらに限定されない。
【0017】
(2)多能性幹細胞
本明細書中、多能性幹細胞とは、自己複製能及び分化/増殖能を有する未熟な細胞であって、生体を構成する全ての組織や細胞へ分化し得る能力を有する細胞を意味する。多能性幹細胞の例としては、胚性幹細胞(ES細胞)、誘導多能性幹細胞(iPS細胞)(Takahashi K et al.,Cell.2007 Nov 30;131(5):861-72)、精子幹細胞(mGS細胞)(Kanatsu-Shinohara M et al.,Biol Reprod.2007 Jan;76(1):55-62)、胚性生殖細胞(Matsui Y et al.,Cell.1992 Sep 4;70(5):841-7)などが挙げられる。
【0018】
多能性幹細胞は自体公知の方法により、入手できる。例えば、胚性幹細胞(ES細胞)は、哺乳動物の胚盤胞中の内部細胞塊を培養する方法(例えばManipulating the Mouse Embryo:A Laboratory Manual, Fourth Edition 2014 Cold Spring Harbor Laboratory Pressに記載の方法)、体細胞核移植によって作製された初期胚を培養する方法(Wilmut et al.,Nature.1997 Feb 27;385(6619):810-3、Wakayama et al.,Nature.1998 Jul 23;394(6691):369-74、Wakayama T et al.,Science.2001 Apr 27;292(5517):740-3)などが挙げられるが、これらに限定されない。
【0019】
さらに胚性幹細胞は所定の機関から入手することもできる。例えば、ヒトES細胞であるKhES-1細胞、KhES-2細胞およびKhES-3細胞は、京都大学再生医科学研究所より入手可能である。
【0020】
誘導多能性幹細胞の入手方法の例としては、核初期化物質(例えば、Oct3/4,Sox2,c-Myc及びKlf4等)を体細胞へ導入する方法(Takahashi K et al.,Cell.2006 Aug 25;126(4):663-76、WO2007/069666国際公開公報)が挙げられるが、これに限定されない。また、誘導多能性幹細胞は、Takahashi K et al.,Nat Protoc.2007;2(12):3081-9、Aoi et al.,Science.2008 Aug 1;321(5889):699-702、Takahashi,K et al.,Cell.2007 Nov 30;131(5):861-72、Yu,J et al.,Science.2007 Dec 21;318(5858):1917-20、Nakagawa,M et al.,Nat Biotechnol.2008 Jan;26(1):101-6、などに記載の方法に準じて作製することができるが、これらに限定されない。
【0021】
さらに誘導多能性幹細胞は所定の機関から入手することもできる。例えばヒトiPS細胞である253G1細胞、201B7細胞は、iPSアカデミアジャパン株式会社から購入することができる。
【0022】
胚性生殖細胞は、常法に従って始原生殖細胞を単離し、これをLIF、bFGFおよびSCFの存在下で培養することにより誘導することができる。また、mGS細胞はWO2005/100548に記載される方法に準じて、精巣細胞から作製することができる。
【0023】
本発明において用いられる多能性幹細胞は、好ましくは胚性幹細胞又は誘導多能性幹細胞であり、より好ましくは誘導多能性幹細胞である。
【0024】
本発明においては、通常、哺乳動物由来の多能性幹細胞が用いられる。哺乳動物としては、例えば、マウス、ラット、ハムスター、モルモット等のげっ歯類、ウサギ等のウサギ目、ブタ、ウシ、ヤギ、ウマ、ヒツジ等の有蹄目、イヌ、ネコ等のネコ目、ヒト、サル、アカゲザル、マーモセット、オランウータン、チンパンジーなどの霊長類などが挙げられるが、これらに限定されない。本発明においては、好ましくはマウス等のげっ歯類又はヒト等の霊長類由来の多能性幹細胞、より好ましくは、ヒト由来の多能性幹細胞が用いられる。
【0025】
本発明においては、最も好ましくは、ヒト誘導多能性幹細胞が用いられる。
【0026】
(3)多能性幹細胞培養用の培地
本発明の一実施形態として、本発明は、高濃度のL‐トリプトファン又はL‐トリプトファン誘導体を含有する、多能性幹細胞培養用の培地(本明細書中、本発明の培地ともいう)を提供する。本発明の培地を用いることにより、多能性幹細胞を効率的に増殖させることが可能となる。特に、本発明の培地は、未分化状態を維持しながら、多能性幹細胞を増殖し、維持するのに有用である。
【0027】
本発明の培地は、高濃度のL‐トリプトファン又はL‐トリプトファン誘導体を含むことを特徴とする。「高濃度」とは、ヒト血液中の遊離L‐トリプトファン濃度相当のL‐トリプトファン濃度(44μM)を上回ることを意味する。ヒト血液中の遊離L‐トリプトファン濃度相当のL‐トリプトファンを含有する通常の培地を用いて多能性幹細胞の培養を行うと、培地中のL‐トリプトファンの早期の枯渇により、多能性幹細胞の増殖が制限されてしまう。本発明の培地は、高濃度のL‐トリプトファン又はL‐トリプトファン誘導体を含有するので、多能性幹細胞培養時にL‐トリプトファンの枯渇が生じにくく、多能性幹細胞の高い増殖率、及び長期にわたる多能性幹細胞の増殖を達成することができる。
【0028】
本発明の培地中のL‐トリプトファン又はL‐トリプトファン誘導体の濃度は、多能性幹細胞の増殖促進を達成し得る限り特に限定されないが、例えば、本発明の培地中のL‐トリプトファン濃度は176μM以上、好ましくは352μM以上、更に好ましくは704μM以上である。本発明の培地中のL‐トリプトファン又はL‐トリプトファン誘導体濃度の上限値は、理論的にはL‐トリプトファン又はL‐トリプトファン誘導体の飽和濃度であるが、培地へのL‐トリプトファン又はL‐トリプトファン誘導体の溶解性やコストの観点から、培地中のL‐トリプトファン又はL‐トリプトファン誘導体濃度は、好ましくは1408μM以下である。
【0029】
本発明の培地は、多能性幹細胞の増殖を促進させる効果を有する。「多能性幹細胞の増殖を促進させる」とは、本発明の培地中で培養したときに、L‐トリプトファン濃度がヒト血液中の遊離L‐トリプトファン濃度相当(44μM)であること以外は本発明の培地と同一の組成を有するコントロール培地中で培養した時と比較して、多能性幹細胞の増殖が促進されていることを意味する。
【0030】
本発明の培地に含まれる、L‐トリプトファン又はL‐トリプトファン誘導体以外の成分については、多能性幹細胞の増殖促進効果を達成し得る限り特に限定されず、通常の多能性幹細胞の維持培養に使用される組成を適宜採用し得る。
【0031】
本発明の培地は、多能性幹細胞の維持培養が可能な培地にL‐トリプトファン又はL‐トリプトファン誘導体を、上記濃度となるように添加することにより作製することができる。培地の作製には、1種類のL‐トリプトファン又はL‐トリプトファン誘導体を用いてもよく、複数種類のL‐トリプトファン及び/又はL‐トリプトファン誘導体を組み合わせて用いてもよい。
【0032】
本発明の培地は、哺乳動物細胞の培養に通常用いられる培地を基礎培地として調製してもよい。基礎培地としては、多能性幹細胞の増殖促進等の所望の効果を達成し得る限り特に限定されないが、例えば、BME培地、BGJb培地、CMRL 1066培地、Glasgow MEM培地、Improved MEM Zinc Option培地、IMDM培地、Medium 199培地、Eagle MEM培地、αMEM培地、DMEM培地、F-12培地、DMEM/F12培地、IMDM/F12培地、ハム培地、RPMI 1640培地、Fischer’s培地、又はこれらの混合培地など、動物細胞の培養に用いることのできる培地を挙げることができる。また、多能性幹細胞培養用として通常用いられる培地を基礎培地として調製してもよい。市販の幹細胞培養用の基礎培地としては、StemFit(登録商標)AK培地(味の素株式会社)、Essential 8培地(Life Technologies社)、mTeSR1培地(STEMCELL Technologies社)、TeSR2培地(STEMCELL Technologies社)、RHB培地(StemCells,Inc.社)、TeSRTM-E6(STEMCELL Technologies社)、hESF-GRO培地(ニプロ株式会社)、HESF-DIF培地(ニプロ株式会社)、CSTI-7(株式会社細胞科学研究所)、Essential 6培地(Life Technologies社)等が挙げられる。
【0033】
本発明の培地は、化学的に未決定な成分の混入を回避する観点から、好ましくは、含有成分が化学的に決定された培地(Chemically defined medium;CDM)である。本発明の培地は、化学的に未決定な成分の混入を回避する観点から、無血清培地であることが好ましい。本発明における「無血清培地」とは、無調整又は未精製の血清を含まない培地を意味する。本発明では、精製された血液由来成分や動物組織由来成分(例えば、bFGFなどの増殖因子)を含む培地も、無調整又は未精製の血清を含まない限り無血清培地に含まれる。
【0034】
無血清培地は、血清代替物を含有していてもよい。血清代替物としては、例えば、血清アルブミン、トランスフェリン、脂肪酸、コラーゲン前駆体、微量元素、2-メルカプトエタノール又は3’チオールグリセロール、あるいはこれらの均等物などを適宜含有するものを挙げることができる。かかる血清代替物は、例えば、WO98/30679に記載の方法により調製することができる。血清代替物としては市販品を利用してもよい。かかる市販の血清代替物としては、例えば、KnockoutTM Serum Replacement(Life Technologies社:以下、KSRと記すこともある。)、Chemically-defined Lipid concentrated(Life Technologies社)、GlutamaxTM(Life Technologies社)、B27(Life Technologies社)、N2(Life Technologies社)等が挙げられるが、これらに限定されない。
【0035】
通常、本発明の培地は、L‐トリプトファンに加えて、L‐トリプトファン以外の全ての必須アミノ酸(L‐ロイシン、L‐リジン、L‐フェニルアラニン、L‐イソロイシン、L‐スレオニン、L‐ヒスチジン、L‐メチオニン、及びL‐バリン)を含む。
【0036】
本発明の培地は、好ましくは、全ての非必須アミノ酸(L‐アラニン、L‐アルギニン、L‐アスパラギン、L‐アスパラギン酸、グリシン、L‐グルタミン、L‐グルタミン酸、L‐システイン、L‐セリン、L‐チロシン、L‐プロリン)を含む。ここで、L‐グルタミンに代えて、L‐アラニル‐L‐グルタミンを用いてもよい。
【0037】
本発明の培地は、上述の20種のアミノ酸に加えて、L‐シスチン等の天然アミノ酸を含んでいてもよい。
【0038】
本発明の培地は、さらに培地添加物を含有してもよい。培地添加物としては、Y-27632などのROCK(Rho-associated coiled-coil forming kinase/Rho結合キナーゼ)阻害剤、ペニシリン-ストレプトマイシンなどの抗生物質、ビタミン類、L-アスコルビン酸、リン酸L-アスコルビルマグネシウム、ピルビン酸ナトリウム、2-アミノエタノール、グルコース、炭酸水素ナトリウム、HEPES、インスリン、プロゲステロン、セレン酸ナトリウム、プトレシン等が挙げられるが、これらに限定されない。添加物は自体公知の濃度範囲内で含まれることが好ましい。
【0039】
本発明の培地は、脂肪酸を含んでもよい。本発明の培地に含まれる脂肪酸としては、オレイン酸、リノール酸、α-リノレン酸、γ-リノレン酸、パルミチン酸、ステアリン酸、アラキドン酸、イコサペンタエン酸、ドコサヘキサエン酸、酪酸、酢酸、パルミトレイン酸、吉草酸(バレリアン酸)、カプロン酸、エナント酸(ヘプチル酸)、カプリル酸、ペラルゴン酸、カプリン酸、ラウリン酸、ミリスチン酸、ペンタデシル酸、マルガリン酸、クセン酸、エレオステアリン酸、アラキジン酸、8,11-エイコサジエン酸、5,8,11-エイコサトリエン酸、ベヘン酸、リグノセリン酸、ネルボン酸、セロチン酸、モンタン酸、メリシン酸などが挙げられるが、これらに限定されない。本発明の培地に含まれる脂肪酸は飽和脂肪酸であってもよく、不飽和脂肪酸であってもよい。
【0040】
本発明の培地は、その使用目的に応じて、公知の細胞培養に使用される組成を適宜採用し得る。例えば、多能性幹細胞の未分化性を維持させたまま増殖させることを目的とする場合、本発明の培地は、多能性幹細胞の分化を促進させる効果を有する物質を含まないことが好ましく、多能性幹細胞の分化を抑制する効果を有する物質を含むことが好ましい。多能性幹細胞の分化を抑制する効果を有する物質としては、例えば、ヒト多能性幹細胞については、FGF2等を、マウス多能性幹細胞については、白血病阻止因子(LIF)等を挙げることができる。
【0041】
より具体的には、多能性幹細胞の未分化性を維持させたまま増殖促進させるための培地としては、DMEM/F-12培地にL-アスコルビン酸、セレン、トランスフェリン、NaHCO3、インスリン、FGF2及びTGFβ1を添加した培地(Chen G et al.,Nat Methods.2011 May;8(5):424-429)、DMEM/F-12培地に非必須アミノ酸、Lグルタミン、βメルカプトエタノール、インスリン、トランスフェリン、コレステロール、血清アルブミン、ピペコリン酸、塩化リチウム、FGF2及びTGFβ1を添加した培地(Ludwig TE et al.,Nat Methods.2006 Aug;3(8):637-46)、白血病抑制因子、ポリビニルアルコール、L-グルタミン、インスリン、トランスフェリン、セレニウム、2-メルカプトエタノール及び抗生物質を添加したマウス胚性幹細胞維持用の無血清培地(特開2007-228815号公報)、パネキシン、bFGF、PDGF、EGF及びビタミンCとを混合してなる無血清培地(特開2008-148643号公報)、TGF-βを含有することを特徴とする間葉系幹細胞の多分化能維持用培地(特開2010-094062号公報)などが挙げられ、これらの組成を参考に本発明の培地を調製することができる。
【0042】
例えば、本発明の培地は、L-アスコルビン酸、セレン、トランスフェリン、インスリン、FGF2及びTGFβ1を含む基礎培地に、終濃度176μM以上となるようにL-トリプトファン又はL-トリプトファン誘導体を添加して調製することができるがこれに限定されない。
【0043】
本発明の培地のpHは、約6.0~約8.5であることが好ましく、より好ましくは約7.0~約7.5に調整される。培地は、メンブレンフィルター等を用いた濾過滅菌などの滅菌処理を行うことが好ましい。
【0044】
本発明の培地は、接着培養、浮遊培養、包埋培養、組織培養等のいずれの培養方法にも用いることができる。
また、本発明の培地の形態は、本発明の所望の効果が得られる限り特に限定されず、例えば、液体培地、半流動培地、及び固形培地の形態として調製することができる。また、本発明の培地を、粉末状の形態において調製してもよい。粉末状の形態に調製することにより、輸送や保存が極めて容易となり得る。また、使用時に滅菌水及び/又は寒天等を添加することにより、容易に液体状、半液体状、又は固形状の培地を調製することができる。
【0045】
(4)多能性幹細胞の培養方法1
本発明は、上記本発明の培地中で多能性幹細胞を培養することを含む、多能性幹細胞の培養方法(本明細書中、本発明の方法1ともいう)を提供する。
【0046】
本発明の培地を用いることにより、多能性幹細胞を効率的に増殖させることが可能となる。特に、本発明の培地は、未分化状態を維持しながら、多能性幹細胞を増殖し、維持するのに有用である。従って、本発明の方法1は、好ましくは多能性幹細胞を増殖するための方法であり、より好ましくは、未分化状態を維持しながら、多能性幹細胞を増殖又は維持するための方法である。
【0047】
本発明の方法1における、培地中の多能性幹細胞の濃度は、所望の効果を有する限り特に制限されないが、通常100~107個/cm3、好ましくは、101~106個/cm3、より好ましくは102~105個/cm3である。
【0048】
多能性幹細胞の培養は、あらかじめL‐トリプトファン又はL‐トリプトファン誘導体濃度を所望の濃度に調整した上記本発明の培地中に、多能性幹細胞を播種することにより行ってもよく、細胞培養開始後に、培地中にL‐トリプトファン又はL‐トリプトファン誘導体を添加し、L‐トリプトファン又はL‐トリプトファン誘導体濃度を、本発明の培地が要する濃度に調整後、さらに培養を続けることにより行ってもよい。
細胞培養開始後に、L‐トリプトファン又はL‐トリプトファン誘導体を添加する場合、下記に詳述する本発明の培地添加物を用いてもよい。
【0049】
本発明の方法1における培養条件は、本発明の培地が用いられることを除いては、多能性幹細胞の増殖促進等の所望の効果を達成し得る限り特に限定されず、培養の目的に応じて通常の多能性幹細胞の培養に用いられる培養条件を適宜採用し得る。
【0050】
例えば、多能性幹細胞の未分化性を維持させたまま培養する方法としては、実験医学別冊目的別で選べる細胞培養プロトコール(羊土社)などに記載の方法が挙げられる。多能性幹細胞の培養はマウス胎仔繊維芽細胞(MEF)やマウス繊維芽細胞株(STO)などのフィーダー細胞を用いてもよく、フィーダーフリー環境下で行ってもよい。
【0051】
本発明の方法1において、細胞の培養に用いられる培養器は、細胞の培養が可能なものであれば特に限定されないが、フラスコ、組織培養用フラスコ、ディッシュ、ペトリデッシュ、組織培養用ディッシュ、マルチディッシュ、マイクロプレート、マイクロウェルプレート、マルチプレート、マルチウェルプレート、マイクロスライド、チャンバースライド、シャーレ、チューブ、トレイ、培養バック、及びローラーボトルなどが挙げられる。
【0052】
細胞の培養に用いられる培養器は、細胞接着性であっても細胞非接着性であってもよく、目的に応じて適宜選ばれる。
細胞接着性の培養器は、培養器の表面の細胞との接着性を向上させる目的で、細胞外マトリックス(ECM)等の任意の細胞支持用基質又はそれらの機能をミミックする人工物でコーティングされたものであり得る。細胞支持用基質は、幹細胞又はフィーダー細胞(用いられる場合)の接着を目的とする任意の物質であり得る。
【0053】
その他の培養条件は、適宜設定できる。例えば、培養温度は、細胞の増殖促進等の所望の効果を達成し得る限り特に限定されないが、約30~40℃、好ましくは約37℃である。CO2濃度は、約1~10%、好ましくは約2~5%である。酸素濃度は、通常1~40%であるが、培養条件などにより適宜選択される。
【0054】
本発明の方法1において、多能性幹細胞は、接着培養、浮遊培養、組織培養などの自体公知の方法により培養可能である。
【0055】
細胞の増殖促進等の所望の効果を達成し得る限り特に制限されるものではないが、本発明の方法1における多能性幹細胞の培養する期間は、通常2日間以上、好ましくは4日間以上、より好ましくは7日間以上であり、理論的には無限に培養を継続することができる。本発明の培地中で培養した多能性幹細胞を回収し、その一部又は全部を新鮮な本発明の培地中に継代し、引き続き培養を続けることにより、長期間に亘り、未分化状態を維持しながら、多能性幹細胞を増殖又は維持することができる。
【0056】
(5)多能性幹細胞培養調製物
本発明は、上記本発明の培地及び多能性幹細胞を含む、多能性幹細胞培養調製物(本発明の培養調製物)を提供する。
【0057】
本発明の培養調製物における多能性幹細胞は、生存し、増殖している細胞である。
【0058】
本発明の培養調製物における多能性幹細胞は、好ましくは単離されている。「単離」とは、目的とする成分や細胞以外の因子を除去する操作がなされ、天然に存在する状態を脱していることを意味する。「単離された多能性幹細胞」の純度(全細胞数に占める多能性幹細胞の数の百分率)は、通常70%以上、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上、更に好ましくは99%以上、最も好ましくは100%である。
【0059】
本発明の培養調製物において、多能性幹細胞は、例えば、液体状、又は半流動状の本発明の培地中に存在する。一態様において、本発明の培養調製物は、多能性幹細胞の、本発明の培地中の懸濁液である。本発明の培養調製物は、適切な容器中に封入されていてもよい。
【0060】
本発明の培養調製物は、上記本発明の方法1の実施に有用である。
【0061】
(6)多能性幹細胞の培養方法2
以下の工程を含む、多能性幹細胞の培養方法(本発明の培養方法2):
(1)L‐トリプトファン又はL‐トリプトファン誘導体を含む培地中で、多能性幹細胞を培養すること;
(2)得られた多能性幹細胞培養物に、L‐トリプトファン又はL‐トリプトファン誘導体を添加し、(1)で消費された培地中のL‐トリプトファン又はL‐トリプトファン誘導体の一部又は全部を補うこと;及び
(3)L‐トリプトファン又はL‐トリプトファン誘導体が添加された多能性幹細胞培養物を、引き続き培養に付すこと。
【0062】
本発明の培地を、工程(1)において用いてもよい。しかしながら、工程(1)において用いられる培地中のL‐トリプトファン又はL‐トリプトファン誘導体濃度は、多能性幹細胞を増殖させることが可能な濃度(好ましくは、未分化状態を維持しながら、多能性幹細胞を増殖し、維持することが可能な濃度)であれば足り、本発明の培地の様な「高濃度」であることを要しない。工程(1)において用いられる培地中のL‐トリプトファン又はL‐トリプトファン誘導体濃度は、例えば、培養開始時点において10μM以上、好ましくは15μM以上、より好ましくは44μM以上である。
【0063】
工程(1)において用いられる培地の組成は、L‐トリプトファン又はL‐トリプトファン誘導体濃度が、「高濃度」であることを要しない点を除き、本発明の培地と同一である。
【0064】
工程(1)における培養条件は、培地中のL‐トリプトファン又はL‐トリプトファン誘導体濃度が、「高濃度」であることを要しない点を除き、上記本発明の方法1と同一である。
【0065】
工程(1)の培養の結果、多能性幹細胞は増殖し(好ましくは、未分化状態を維持したまま増殖し)、これに伴い、培地中のL‐トリプトファン又はL‐トリプトファン誘導体が消費され、その培地中の濃度が低下する。
【0066】
工程(2)において、工程(1)で得られた多能性幹細胞培養物にL‐トリプトファン又はL‐トリプトファン誘導体を添加するタイミングは、多能性幹細胞の増殖促進等の所望の効果を達成し得る限り特に制限されず、任意のタイミングで添加することができる。例えば、工程(1)において、培地中のL‐トリプトファン又はL‐トリプトファン誘導体濃度が、10μM未満、好ましくは15μM未満、より好ましくは44μM未満にまで減少した段階で、L‐トリプトファン又はL‐トリプトファン誘導体を添加する。或いは、工程(1)において、培地中のL‐トリプトファン又はL‐トリプトファン誘導体濃度が、培養開始時を100%として、50%以下、好ましくは25%以下にまで減少した段階で、L‐トリプトファン又はL‐トリプトファン誘導体を添加する。例えば、工程(1)の培養開始から、2~5日後、好ましくは3~5日後、より好ましくは4~5日後に、L‐トリプトファン又はL‐トリプトファン誘導体を添加することができる。
【0067】
培地に添加するL‐トリプトファン及び/又はL‐トリプトファン誘導体は、1種類のL‐トリプトファン又はL‐トリプトファン誘導体を用いてもよく、複数種類のL‐トリプトファン及び/又はL‐トリプトファン誘導体を組み合わせて用いてもよい。
【0068】
培地に添加されるL‐トリプトファン又はL‐トリプトファン誘導体の量は、多能性幹細胞の増殖促進等の所望の効果を達成し得る限り特に限定されないが、培地中のL‐トリプトファン又はL‐トリプトファン誘導体の濃度が、多能性幹細胞を増殖させることが可能な濃度(好ましくは、未分化状態を維持しながら、多能性幹細胞を増殖し、維持することが可能な濃度)となるように添加する。例えば、培地中のL‐トリプトファン又はL‐トリプトファン誘導体濃度が、176μM以上、好ましくは352μM以上となるように、添加を行う。培地中のL‐トリプトファン又はL‐トリプトファン誘導体濃度が、本発明の培地の様な「高濃度」となるように添加を行ってもよい。一態様において、培地中のL‐トリプトファン又はL‐トリプトファン誘導体濃度が、176μM以上、好ましくは352μM以上、更に好ましくは704μM以上となるように添加を行う。添加後の培地中のL‐トリプトファン又はL‐トリプトファン誘導体濃度の上限値は、理論的にはL‐トリプトファン又はL‐トリプトファン誘導体の飽和濃度であるが、培地へのL‐トリプトファン又はL‐トリプトファン誘導体の溶解性やコストの観点から、培地中のL‐トリプトファン又はL‐トリプトファン誘導体濃度は、好ましくは1408μM以下である。
なお、本明細書における「(1)で消費された培地中のL‐トリプトファン又はL‐トリプトファン誘導体の一部又は全部を補うこと」には、工程(1)において培養当初に添加されていたL‐トリプトファン又はL‐トリプトファン誘導体の量の一部又は全量を補うことに加えて、培養当初に添加されていた量以上のL‐トリプトファン又はL‐トリプトファン誘導体を培地へ添加することも含まれる。
【0069】
ここで、本発明の方法2の特徴は、多能性幹細胞の培養において、培地中に含有されるアミノ酸のうち、最も早く消費され、枯渇するL‐トリプトファンの一部又は全部を、外からのL‐トリプトファン又はL‐トリプトファン誘導体の添加により補う点にあるので、L‐トリプトファン以外のアミノ酸については、L‐トリプトファン又はL‐トリプトファン誘導体と併せて添加してもよいし、添加しなくてもよい。
【0070】
一態様において、工程(2)においては、アミノ酸としては、L‐トリプトファン又はL‐トリプトファン誘導体のみを添加し、他のアミノ酸は添加しない。
【0071】
別の態様において、工程(2)において、L‐トリプトファン又はL‐トリプトファン誘導体と併せて、L‐トリプトファン以外のアミノ酸(L‐ロイシン、L‐リジン、L‐フェニルアラニン、L‐イソロイシン、L‐スレオニン、L‐ヒスチジン、L‐メチオニン、L‐バリン、L‐アラニン、L‐アルギニン、L‐アスパラギン、L‐アスパラギン酸、グリシン、L‐グルタミン、L‐グルタミン酸、L‐システイン、L‐セリン、L‐チロシン、L‐プロリン)又はその誘導体を、添加してもよく、添加しなくてもよい。添加するアミノ酸は、1種類であってもよく、複数種類であってもよい。
【0072】
そして、工程(3)において、L‐トリプトファン又はL‐トリプトファン誘導体が添加された多能性幹細胞培養物を、引き続き培養に付す。工程(3)における培養条件は、工程(1)と同様であってもよいし、本発明の所望の効果が得られる限り、変更されてもよい。本発明の好ましい一態様において、工程(3)における培養条件は、工程(1)と同様である。L‐トリプトファン又はL‐トリプトファン誘導体の添加によりL‐トリプトファンの枯渇が回避されるので、多能性幹細胞は、引き続き、(好ましくは、未分化状態を維持しながら)増殖を続けることができる。
【0073】
本発明の方法2においては、培地全体の交換を要することなく、アミノ酸としてL‐トリプトファン又はL‐トリプトファン誘導体のみ、或いはL‐トリプトファン又はL‐トリプトファン誘導体を含む一部のアミノ酸のみの添加によって、多能性幹細胞の増殖を維持することができるので、低コスト、且つ効率的に、多能性幹細胞を増殖させることができる。
【0074】
(7)培地添加剤
本発明は、L‐トリプトファン又はL‐トリプトファン誘導体を含む培地添加剤(本明細書中、本発明の培地添加剤ともいう)を提供する。本発明の培地添加剤は、上記本発明の方法1または2においてL‐トリプトファン又はL‐トリプトファン誘導体を添加する際に使用することができる。
【0075】
本発明の培地添加剤に含まれるL‐トリプトファン及び/又はL‐トリプトファン誘導体は、1種類のL‐トリプトファン又はL‐トリプトファン誘導体を用いてもよく、複数種類のL‐トリプトファン及び/又はL‐トリプトファン誘導体を組み合わせて用いてもよい。
【0076】
本発明の培地添加剤を、多能性幹細胞の培養用培地に添加することにより、多能性幹細胞の増殖を促進させる効果を有する。本発明の培地添加剤は、好ましくは多能性幹細胞増殖促進用である。
【0077】
本発明の培地添加剤は、所望の効果を損なわない限り、L‐トリプトファン及び/又はL‐トリプトファン誘導体に加え、使用の目的に応じて、血清代替物、培地添加物、脂肪酸をさらに含み得る。これらの血清代替物、培地添加物、脂肪酸は上記に記載のとおりであり、それぞれ自体公知の濃度範囲内で含まれることが好ましい。本発明の培地添加剤は、所望の効果を損なわない限り、L‐トリプトファン及び/又はL‐トリプトファン誘導体に加え、従来から細胞の培養に用いられてきた添加物などを適宜含むことができる。
【0078】
一態様において、本発明の培地添加剤は、アミノ酸としては、L‐トリプトファン又はL‐トリプトファン誘導体のみを含有し、他のアミノ酸は含有しない。
【0079】
一態様において、本発明の培地添加剤は、L‐トリプトファン又はL‐トリプトファン誘導体に加えて、L‐グルタミン、L‐アルギニン、L‐システイン、L‐アスパラギン酸、L‐セリン及びL‐メチオニンからなる群から選択される1、2、3、4、5又は6種のアミノ酸を含有する。この場合、本発明の培地添加剤に含有されるアミノ酸として前記されたアミノ酸以外のアミノ酸については、本発明の培地添加剤に含まれていてもよいし、含まれていなくてもよい。
【0080】
本発明の培地添加剤は、所望の効果を損なわない限り、L‐トリプトファン及び/又はL‐トリプトファン誘導体に加え、さらに、任意の添加剤、例えば、安定化剤、等張化剤、pH調整剤等を適当量含有していてもよい。
【0081】
本発明の培地添加剤は、所望の効果が得られる限り、いかなる剤形であってもよく、例えば、溶液、固形、粉末状等が挙げられる。固形または粉末状である場合は、適切な緩衝液等を使用して所望の濃度になるように溶解し、使用することができる。
培地添加剤が溶液である場合、該溶液のpHは、約5.0~約8.5であることが好ましく、より好ましくは約6.0~約8.0に調整される。培地添加剤が溶液である場合、該溶液は、好ましくは、メンブレンフィルター等を用いた濾過滅菌などの滅菌処理を行う。
【0082】
以下に参考例及び実施例を示して、本発明をより詳細に説明するが、これらは本発明の範囲を限定するものではない。
【0083】
(参考例)
培地中の各アミノ酸量を予め定量した培地を用いて、多能性幹細胞201B7株(iPSアカデミアジャパン社)を5日間培養し、培地中の各アミノ酸量を測定した。多能性幹細胞の培養は、マトリゲル(354277、コーニング社)をコーティングした100mm組織培養用ディッシュ(353003、日本ベクトンディッキンソン社)中に、1,000,000個の細胞を播種し、5% CO2/37℃で培養した。また、培地中に残存するアミノ酸量の測定は、以下の方法により行った。アミノ酸の定量分析は、新保ら(Anal Chem.2009 Jul 1;81(13):5172-9. Multifunctional and highly sensitive precolumn reagents for amino acids in liquid chromatography/tandem mass spectrometry. Shimbo K, Yahashi A, Hirayama K, Nakazawa M, Miyano H.)に報告されているLC-MS/MSシステムで実施した。細胞培養後上清は1.5 mLチューブにとり、測定時までマイナス80℃で保存した。サンプルは蛋白除去処理を実施後、APDS試薬で誘導体化を実施して分析装置にかけた。各サンプル中のアミノ酸濃度は検量線を用いて算出した。その結果、培養開始時に44μMの濃度で含まれていたL-トリプトファンは培養4日目に枯渇した。一方で、その他のアミノ酸は、培養5日後であっても培地中に残存しており、最も少ないものでも約20%程度の残存が確認された。従って、多能性幹細胞の培養においては、L-トリプトファンが全アミノ酸中で最も早く枯渇することが分かった。
【実施例0084】
実施例1:L‐トリプトファンの市販培地3種における増殖促進効果
最初に、L‐トリプトファンによる誘導多能性幹細胞(iPS細胞)の増殖促進効果を3種類の市販培地を用いて評価した。ヒトiPS細胞は、iPSアカデミアジャパン社より購入した201B7株を用い、5% CO2/37℃の条件で行った。
L‐トリプトファン(シグマアルドリッチ社:T8941)は、Essential-8(ライフテクノロジーズ社:A1517001)、mTeSR1(ステムセルテクノロジーズ社:05850)、TeSR2(ステムセルテクノロジーズ社:05860)の培地に所定の濃度になるように添加し、培養に用いることによりその効果を検討した。
【0085】
Essential-8、mTeSR1、TeSR2の培地にL‐トリプトファン(シグマアルドリッチ社:T8941)を最終濃度44、176、352、704、1408μMになるように添加した培地を調製し、L‐トリプトファンの増殖促進効果を検討した。基底膜マトリックスとしてマトリゲル(日本ベクトンディッキンソン社)をコートした6ウェルプレートを用意し、1ウェルあたり13,000個の細胞をシングルセルで播種した。細胞を播種した翌日に上記にて調製した培地を用いて評価を行った。培養期間は6日間とし、L‐トリプトファン添加時を0とし、24、48、72、96、120時間後にIncuCyteを用いて細胞被覆率を計測した。播種時に使用する培地には、最終濃度10μMのY-27632を添加していない培地で培養した。
各々の培地ごとに実験を1連にて行った結果を
図1、2、3に示す。L‐トリプトファン濃度依存的に増殖促進効果を示す結果が得られた。また未分化マーカー(OCT、Nanog、アルカリフォスファターゼ)の発現は高濃度のL-トリプトファン添加による影響は見られなかった(データ示さず)。
【0086】
実施例2:L‐トリプトファンの増殖促進効果-別のヒト誘導多能性幹細胞株を使用した培養結果
次に、L‐トリプトファンによる増殖促進効果をヒト誘導多能性幹細胞(iPS細胞)の別株253G4及びヒト胚性幹細胞H9株を用いて評価した。培地はmTeSR1(ステムセルテクノロジーズ社:05850)を用い、5% CO2/37℃の条件で培養を行った。
L‐トリプトファン(シグマアルドリッチ社:T8941)は、mTeSR1(ステムセルテクノロジーズ社:05850)培地に所定の濃度になるように添加し、培養に用いることによりその効果を検討した。
【0087】
mTeSR1の培地にL‐トリプトファン(シグマアルドリッチ社:T8941)を最終濃度44、176、352、704、1408μMになるように添加した培地を調製し、L‐トリプトファンの増殖促進効果を検討した。基底膜マトリックスとしてマトリゲル(日本ベクトンディッキンソン社)をコートした6ウェルプレートを用意し、1ウェルあたり253G4は40,000個、H9は10,000個の細胞をシングルセルで播種した。細胞を播種した翌日に上記にて調製した培地に置換して評価を行った。培養期間は6日間とし、L‐トリプトファン添加時を0とし、24、48、72、96、120時間後にIncuCyteを用いて細胞被覆率を計測した。播種時に使用する培地には、最終濃度10μMのY-27632を添加していない培地で培養した。
各々の細胞ごとに実験を5連にて行った結果を
図4、5に示す。L‐トリプトファンの濃度依存的増殖促進効果は別のヒト多能性幹細胞でも確認された。
【0088】
実施例3:L‐トリプトファンの増殖促進効果-ヒト胎児腎臓由来細胞株HEK293Tを使用した培養結果
次に、L‐トリプトファンによる増殖促進効果をヒト胎児腎臓由来細胞株HEK293T細胞で評価した。培地はウシ胎児血清を10%添加したDMEM培地(サーモフィッシャーサイエンティフィック社:11965)を用い、5% CO2/37℃の条件で培養を行った。
L‐トリプトファン(シグマアルドリッチ社:T8941)は、10%のウシ胎児血清を添加したDMEM培地(サーモフィッシャーサイエンティフィック社:11965)に所定の濃度になるように添加し、培養に用いることによりその効果を検討した。
【0089】
ウシ胎児血清を10%添加したDMEM培地(サーモフィッシャーサイエンティフィック社:11965)にL‐トリプトファン(シグマアルドリッチ社:T8941)を最終濃度44、176、352、704、1408μMになるように添加した培地を調製し、L‐トリプトファンの増殖促進効果を検討した。6ウェルプレートを用意し、1ウェルあたり10,000個の細胞をシングルセルで播種した。細胞を播種した翌日に上記にて調製した培地に置換して評価を行った。培養期間は6日間とし、L‐トリプトファン添加時を0とし、24、48、72、96、120時間後にIncuCyteを用いて細胞被覆率を計測した。
実験を5連にて行った結果を
図6に示す。L‐トリプトファンの濃度依存的増殖促進効果はヒト胎児腎臓由来細胞株HEK293細胞では確認されなかった。
【0090】
実施例4:L-キヌレニンの市販培地における増殖促進効果
mTeSR1培地にL-キヌレニン(シグマアルドリッチ社:K8625)を最終濃度50、100、200、500、1000μMになるように添加した培地を調製し、増殖促進効果を検討した。播種時から2日間は最終濃度10μMのY-27632を添加した。基底膜マトリックスとしてマトリゲル(日本ベクトンディッキンソン社)をコートした6ウェルプレートを用意し、1ウェルあたり20,000個の細胞をシングルセルで播種した。細胞を播種した翌々日にY-27632を含まない上記の通り調製した培地を用いて評価を行った。L-キヌレニン添加時を0とし、0、24、48、72、96、120時間後にIncuCyteを用いて細胞被覆率を計測した。結果を
図7に示す。
図7に示す通り、L-キヌレニン50-500μM添加区において細胞増殖促進効果を示す結果が得られた。
【0091】
実施例5:キヌレン酸の市販培地における増殖促進効果
mTeSR1培地にキヌレン酸(シグマアルドリッチ社:K3375)を最終濃度50、100、200、500、1000μMになるように添加した培地を調製し、増殖促進効果を検討した。播種時から2日間は最終濃度10μMのY-27632を添加した。基底膜マトリックスとしてマトリゲル(日本ベクトンディッキンソン社)をコートした6ウェルプレートを用意し、1ウェルあたり20,000個の細胞をシングルセルで播種した。細胞を播種した翌々日にY-27632を含まない上記の通り調製した培地を用いて評価を行った。キヌレン酸添加時を0とし、0、24、48、72、96、120時間後にIncuCyteを用いて細胞被覆率を計測した。結果を
図8に示す。
図8に示す通り、キヌレン酸50-500μM添加区において細胞増殖促進効果を示す結果が得られた。