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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023119144
(43)【公開日】2023-08-28
(54)【発明の名称】負イオン源及び負イオン生成方法
(51)【国際特許分類】
   H01J 27/08 20060101AFI20230821BHJP
   H01J 37/08 20060101ALI20230821BHJP
【FI】
H01J27/08
H01J37/08
【審査請求】未請求
【請求項の数】13
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022021830
(22)【出願日】2022-02-16
(71)【出願人】
【識別番号】505374783
【氏名又は名称】国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】松原 章浩
(72)【発明者】
【氏名】國分 陽子
【テーマコード(参考)】
5C101
【Fターム(参考)】
5C101DD03
5C101DD14
5C101DD22
5C101DD23
5C101DD34
(57)【要約】
【課題】高い負イオン生成効率を達成可能な負イオン源及び負イオン生成方法を提供する。
【解決手段】試料が導入される導入口106と、導入口106と連通し、放電によりプラズマが生成されるプラズマ生成領域113と、生成されたプラズマと試料との反応により解離または励起した粒子が負イオン化される負イオン生成領域114と、負イオン生成領域114と連通し、生成された負イオンが外部に引き出される引出口107と、を備える筐体108を有し、負イオン生成領域114には、高周波加熱により熱電子を生成する熱電子放出物質116が充填されている。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料が導入される導入口と、前記導入口と連通し、放電によりプラズマが生成されるプラズマ生成領域と、生成された前記プラズマと前記試料との反応により解離または励起した粒子が負イオン化される負イオン生成領域と、前記負イオン生成領域と連通し、前記生成された負イオンが外部に引き出される引出口と、を備える筐体を有し、
前記負イオン生成領域には、加熱により熱電子を生成する熱電子放出物質が充填されている、
ことを特徴とする負イオン源。
【請求項2】
請求項1に記載の負イオン源であって、
電磁波を生成し、該電磁波を前記筐体に照射する電磁波照射部をさらに有する、
ことを特徴とする負イオン源。
【請求項3】
請求項2に記載の負イオン源であって、
前記電磁波照射部は、第1の電磁波を生成する第1の電磁波発振器及び該第1の電磁波を前記プラズマ生成領域まで伝搬させる第1の導波部、並びに第2の電磁波を生成する第2の電磁波発振器及び該第2の電磁波を前記負イオン生成領域まで伝搬させる第2の導波部、を有する、
ことを特徴とする負イオン源。
【請求項4】
請求項1から3のいずれか一項に記載の負イオン源であって、
前記プラズマ生成領域と前記負イオン生成領域との境界に設けられた隔壁をさらに有し、
前記隔壁は、前記粒子が通過可能な開口を有する、
ことを特徴とする負イオン源。
【請求項5】
請求項4に記載の負イオン源であって、
前記隔壁は、前記熱電子放出物質と同じ材質から構成されている、
ことを特徴とする負イオン源。
【請求項6】
請求項4または5に記載の負イオン源であって、
前記隔壁の表面には、少なくとも前記開口を覆うメッシュ部材が配置されている、
ことを特徴とする負イオン源。
【請求項7】
請求項1から6のいずれか一項に記載の負イオン源であって、
前記負イオン生成領域の前記引出口側には、一端に前記引出口と連通するとともに前記筐体の内径よりも小さい径の引出口側開口を有し、他端に前記筐体と同一の内径の負イオン生成領域側開口を有する収束部材が設けられている、
ことを特徴とする負イオン源。
【請求項8】
請求項1から7のいずれか一項に記載の負イオン源であって、
前記熱電子放出物質は六ホウ化ランタンである、
ことを特徴とする負イオン源。
【請求項9】
請求項2または3に記載の負イオン源であって、
前記電磁波の周波数は短波、超短波、またはマイクロ波の周波数帯である、
ことを特徴とする負イオン源。
【請求項10】
請求項1から9のいずれか一項に記載の負イオン源であって、
前記試料は二酸化炭素又は水素である、
ことを特徴とする負イオン源。
【請求項11】
請求項1から10のいずれか一項に記載の負イオン源であって、
前記熱電子放出物質は小片の集合体であり、該小片は粒状である、
ことを特徴とする負イオン源。
【請求項12】
請求項11に記載の負イオン源であって、
前記小片の平均粒子径は、0.01mm以上10.0mm以下である、
ことを特徴とする負イオン源。
【請求項13】
請求項1から12のいずれか一項に記載の負イオン源を用いて負イオンを生成する方法であって、
前記プラズマ生成領域及び前記負イオン生成領域に電磁波を照射し、
前記試料を前記導入口から前記プラズマ生成領域内に導入し、
生じた前記粒子を前記負イオン生成領域に通過させる工程を含む、
ことを特徴とする負イオン生成方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、負イオン源及び負イオン生成方法に関し、より具体的には、加熱によって熱電子を生成する熱電子放出物質を利用した負イオン源及び負イオン生成方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、イオンビーム分析、加速器質量分析、ポジトロン断層法(PET)等の医療用放射線分野、及び半導体集積回路の製作プロセス等の産業分野において、負イオンビームを生成するための負イオン源が利用されてきた。特に、負イオンは、正イオンと比較して負電荷から中性あるいは正電荷への荷電変換効率を高エネルギーにおいて高く保てるため、近年ますます研究開発が進められている。
【0003】
このような負イオン源に関する従来技術としては、例えば以下のようなものが挙げられる。
非特許文献1においては、六ホウ化ランタン(LaB)をフィラメント形状に焼結させたものに電流を流して加熱を行い、それを陰極としたアーク放電によりプラズマを発生させて負イオンを作り出す、フィラメント駆動型の負イオン源が記載されている。
【0004】
特許文献1においては、核融合プラズマの加熱装置の一つである中性ビーム入射装置に用いることを想定した負イオン源として、LaBのような仕事関数の低いセラミックスを負イオン生成用の荷電変換器として利用することが記載されている。
【0005】
特許文献2には、磁場中のプラズマチャンバ内にマイクロ波及びガスを供給し、このガスをプラズマチャンバ内でイオン化し、このイオンを外部に導出するようにしたイオン源において、プラズマチャンバに連通して設けられガスを導入するためのガス導入管と、ガス導入管の先端に設けられた熱電子発生材料とを備えたイオン源が記載されている。
【0006】
また、非特許文献2には、プラズマ生成領域と負イオン生成領域を空間的に分けた負イオン生成機構が記載されている。この生成機構においては、電子サイクロトロン共鳴による数eVの比較的高密度のプラズマでまず正イオンを生成し、この正イオンを加速させてビームライン中のガスセルに導き、ガスセル中のガス原子との衝突による荷電変換で負イオンを生成している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2019-75264号公報
【特許文献2】特開平5-128977号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Plasma Fusion Res.95(2019) p.340-344
【非特許文献2】Nucl.Instr.Meth.Phys.Res.B,361(2015) p.229-232.
【非特許文献3】最新マイクロ波エネルギーと応用技術編集委員会編、「最新 マイクロ波エネルギーと応用技術」、産業技術サービスセンター、2014年11月. p.89-92、907-910
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
特許文献1及び2、並びに非特許文献1に記載の負イオン生成方法においては、電子温度が数eVのプラズマ中で負イオンを生成して引き出している。ところが、イオン化されるガスに含まれる物質の電子親和力は1eV前後であることを考えると、生成した負イオンとプラズマ電子の衝突により電子脱離が生じ、負イオンの損失が無視できないものとなっている。
【0010】
これを抑制するためには、非特許文献2のように、プラズマ領域で正イオンを生成した後、このプラズマ領域とは異なるガスセル内に正イオンを導き、負イオン化することが考えられる。
【0011】
しかしながら、非特許文献2においては、ガスセルを用いた場合の負イオン生成効率は10%程度未満と低いことに加え、負イオンとガスセル内のガス原子との衝突により負イオンの角度分散が増大し、生成した負イオンの引出効率も低下するという別の問題が生じる。
【0012】
さらに、従来技術においては例えば非特許文献1のようにアーク放電用電極としてLaBの熱電子放出物質をフィラメント状に形成したものを用いていた。これはフィラメント形状の熱電子放出物質に電流を流すことで熱電子放出物質を加熱するためである。したがって、熱電子放出物質の形状は電気回路の一部を担う電線のように導通状態が確保された形状に制限される。負イオンの生成効率を高めるために多量の熱電子を取り出すには熱電子放出物質の表面積を大きくすることが好ましい。しかしながら、フィラメント形状を保持しつつ熱電子放出物質を薄く長くあるいは細く長くして表面積を稼ぐことは困難であったことに加えて、電流を定常的に流すことによってフィラメントが断線する恐れもあった。
【0013】
以上のように、従来の負イオン源においては、種々の要因から十分な負イオン生成効率を得られないという課題が存在した。
【0014】
本発明は、上記課題に鑑みてなされたものであり、その目的は、生成された負イオンの損失を抑制するとともに十分な負イオン生成面積を確保し、結果として高い負イオン生成効率を達成可能な負イオン源及び負イオン生成方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上記の課題を解決するために、本発明の一実施例に係る負イオン源は、試料が導入される導入口と、導入口と連通し、放電によりプラズマが生成されるプラズマ生成領域と、生成されたプラズマと試料との反応により解離または励起した粒子が負イオン化される負イオン生成領域と、負イオン生成領域と連通し、生成された負イオンが外部に引き出される引出口と、を備える筐体を有し、負イオン生成領域には、加熱により熱電子を生成し得る熱電子放出物質が充填されている。
【0016】
また、本発明の一実施例に係る負イオン生成方法は、上記の負イオン源を利用するものであって、プラズマ生成領域及び負イオン生成領域に電磁波を照射し、試料を導入口からプラズマ生成領域内に導入し、生じた解離粒子及び励起粒子を負イオン生成領域に通過させる工程を含む。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、熱電子放出物質における熱電子の生成が従来よりも格段に促進され、かつ生成された負イオンの損失も抑制されるため、負イオンの生成効率を大幅に向上させることが可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】本発明に係る負イオン源が適用される負イオンビーム生成装置の構成を示す概略図。
図2】本発明に係る負イオン源主要部の構成を示す概略図。
図3】本発明に係る負イオン源の主要部と電磁波キャビティの位置関係の例を示す概略図。
図4】本発明に係る負イオン源が適用される負イオンビーム生成装置の他の例の構成を示す概略図。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、図面を用いて実施例を説明する。
【0020】
図1は、本発明の一実施例に係る負イオン源が適用された負イオンビーム生成装置1の全体構成を示す概略図である。なお、本実施例においては、試料として質量分析分野で用いられる二酸化炭素のガス試料を使用し、炭素を含むイオンのマススペクトル(12C、13C及び12CH等)を測定する例について説明する。なお、試料としては、二酸化炭素のガス試料以外にもイオンビーム分析及び医療用放射線分野で有用な水素のガス試料の他、多種のガス試料を用いることも可能である。また、液体試料や固体試料についても、例えば噴霧、スパッタリング、レーザーアブレーション等を利用して細かい粒子とすることにより本発明を適用可能である。
【0021】
図1に示す負イオンビーム生成装置1は、負イオンを生成する負イオン源100と、負イオンを負イオンビームとして引き出す引出部200と、負イオンビームに含まれる炭素を含むイオンのマススペクトルを測定する測定部300と、を有する。また、負イオン源100に二酸化炭素ガスを供給するための二酸化炭素ガスボンベ401が二酸化炭素ガス導入管402を介して二酸化炭素ガス供給源403に接続されており、二酸化炭素ガス供給源403から負イオン源100内に二酸化炭素ガスが供給される。また、負イオンビーム生成装置1は、キャビティ404内に載置されている。キャビティ404の水平方向の寸法L1は例えば850mmである。
【0022】
負イオン源100は、負イオンが生成される負イオン源主要部101と、負イオン源主要部101に電磁波を照射する電磁波照射部102と、を有する。負イオン源主要部101は、電磁波照射部102から照射された電磁波によってプラズマが生成され、このプラズマと二酸化炭素ガスとの反応によって生じた粒子に熱電子が付着することにより負イオンが生成されるものであるが、その詳細については後述する。
【0023】
電磁波照射部102は、電磁波を生成する電磁波発振器103と、生成された電磁波を負イオン源主要部まで伝搬させる電磁波導波部104と、筐体に照射される電磁波を閉じ込める役割を果たす電磁波キャビティ105と、を有する。
【0024】
電磁波発振器103は、例えばマグネトロンを有する発振器を採用できる。本実施例においては、効率よく熱電子放出物質を加熱するために電磁波としてマイクロ波周波数帯の周波数を有する電磁波を使用する。マイクロ波の周波数は例えば2.45GHzである。ただし、周波数はこれに限られず、効率よく熱電子放出物質を加熱することが可能な周波数帯であればよい。その周波数帯は、後述する熱電子放出物質の粒子径と密接に対応しており、これを基に算出すれば概ね10MHz~10GHzとなる。この周波数帯は、短波帯、超短波帯、及びマイクロ波帯に対応する。
【0025】
電磁波導波部104は、通常、電力モニター、チューナー、サーキュレーターで構成される。電磁波導波部104の材質は、電磁波を減衰させずに伝搬させることが可能であれば材質や形状が限定されるものではないが、例えばアルミニウム合金製の筒状部材によって構成することができる。
【0026】
電磁波キャビティ105は、マイクロ波を閉じ込めることが可能なものであれば、材質や形状が限定されるものではないが、電磁波をキャビティ内に保持し、電磁波の減衰を抑止するために、電磁波を効率的に反射するような材質・形状であることが好ましく、例えばアルミニウムのような導電率の高い直方体状筐体を使用することが代表的な方法である。また、電磁波キャビティ105内に効率的に電磁波を閉じ込めるために、電磁波が共振し易い形状とすることが好ましく、例えば移動可能なプランジャー1051を設けることによって電磁波キャビティ105を構成する一部の壁面を移動可能とし、電磁波キャビティ105内の容積や形状を調整可能とすることが好ましい。
【0027】
引出部200は、負イオン源100において生成された負イオンを電界によって加速させ、負イオンビームとして引き出して測定部300に放出する。引出部200の構成についても後述する。
【0028】
測定部300は、磁場偏向器301と、チャンバー303と、チャンバー内に配置されたファラデーカップ302と、チャンバー内を減圧するための真空排気系304と、を有する。
【0029】
測定部300が行う処理について説明する。引出部200によって引き出された負イオンビームが磁場のかかった磁場偏向器301を通過すると、イオンの質量(m)電荷(q)比(m/q)に応じた曲率半径によってそれぞれ異なった方向に曲げられる。そして、真空排気系304によって真空引きされたチャンバー303内に、所望のイオンの想定軌道に基づいて設置されたファラデーカップ302によってそれらの電流が測定される。磁場強度を変えながらファラデーカップ302の電流を測定することでマススペクトルが測定される。
【0030】
次に、本発明の実施例に係る負イオン源主要部101及び引出部200について、図2図3を用いて詳細に説明する。なお、以下の説明では、電磁波キャビティ105として矩形導波管型を採用した場合を想定する。電磁波キャビティ105内での電磁波伝搬モードとしてはTransverse Electric(TE)モードとし、伝搬方向にz方向を、導波管の矩形断面の長辺方向にx方向を、短辺方向にy方向をとるものとする。さらに、電場の腹の数がx方向で1個、y方向で0個、z方向で2個ある場合の共振モードをTE102とする。また電磁波の周波数は2.45GHzとする。試料ガスとしては二酸化炭素のガス試料とする。熱電子放出物質としては六ホウ化ランタン(LaB)とする。
【0031】
[負イオン源主要部101の構成]
図2に示すように、負イオン源主要部101は、固定部材120によってチャンバー303内に固定され、二酸化炭素が導入される導入口106及び負イオンが外部に引き出される引出口107を有する筐体108と、引出口107に配設された生成電極109とを有する。
【0032】
筐体108内はさらに、隔壁112及び隔離メッシュ110によって、試料ガスが導入される導入口106と連通し、プラズマが生成されるプラズマ生成領域113と、生成された負イオンが引き出される引出口107と連通し、負イオンが生成される負イオン生成領域114と、に分割されている。
【0033】
その内部にプラズマ生成領域113及び負イオン生成領域114を有する筐体108は、電磁波の照射により内部に励起電磁場を生成可能なように、電磁波の吸収が弱く融点が高い誘電体で構成されることが好ましく、例えば石英管を採用できる。なお、本実施例においては筐体108の電磁波キャビティ105内の長さL2は54.6mmになる。
【0034】
図3は、筐体108と電磁波キャビティ105との位置関係、及びある時点における電磁波キャビティ105内に生成される電磁場を示す概略図である。筐体108の軸方向はy方向(導波管矩形断面の短辺に平行)とする。
【0035】
また、筐体108の、電磁波キャビティ105におけるx-z面上の位置は、本実施例では、x方向については長辺の長さをaとしたときの半分(a/2)の位置、z方向については電磁波の共振モードTE102で規定される電磁波キャビティ105のz方向の長さL3(伝搬波長λの1個分)の半分(λ/2)の位置とする。本実施例のようにマイクロ波の周波数を2.45GHzとした場合、伝搬波長λは例えば約15cmである。この位置はマイクロ波の変動磁場の強度が最大となる位置である。したがって、後述するように本実施例では熱電子放出物質を主としてマイクロ波磁場で加熱する。六ホウ化ランタン(LaB)は導電性物質(導電率はステンレス程度)である。したがって、効率的に加熱するためにはマイクロ波磁場を用いることが好ましい。
【0036】
キャビティ共振モードTE102の電磁場は、導波管中央面(x=a/2)で見ると、±y方向に電場EFが形成され、±x方向に磁場MFが形成されている。なお、図示の磁場MFは、電場EFが最大になってから1/4周期後に最大となった様子を示している。
【0037】
また、筐体108の形状及び寸法については特に限定されないが、筐体108として石英管を採用する場合、石英管の体積を大きくするとその分電磁波のエネルギーが石英管に吸収されてしまいプラズマの生成効率が悪化するため、使用する電磁波のエネルギーや熱電子放出物質の種類・量等種々の要素を考慮して設計することが好ましい。
【0038】
再び図2を参照する。プラズマ生成領域113と負イオン生成領域114とを分割する隔壁112は、その中央近傍に、プラズマ生成領域内に導入された二酸化炭素がプラズマとの反応によって解離・励起した粒子、例えば炭素原子及び酸素原子が通過可能な開口115を有している。
【0039】
開口115は、筐体108の負イオン生成領域内に充填される熱電子放出物質116が開口115を通って負イオン生成領域からプラズマ生成領域に移動することを抑制するために、後述する熱電子放出物質の平均粒子径より小さい空隙を持つ隔離メッシュ110を有する。
【0040】
開口115の大きさは、上述のようにプラズマによって解離あるいは励起された粒子が通過可能であれば適宜設計可能である。ただし、開口115のサイズが大きくなり開口115の縁が管壁に近づくと、開口115の縁近傍を通過して負イオン生成領域内に入り込む試料ガスの粒子が増加する。すると、これらの粒子は管中央の比較的高温高密度のプラズマを通過せず、解離・励起されない可能性が高くなる。解離・励起されていない粒子は負イオン生成に寄与しないためその数を抑制する必要があり、このような観点から開口115の大きさは最大でも管内直径の半分程度とすることが好ましい。
【0041】
また、開口115と接して設けられた隔離メッシュ110の材質としては、例えば高融点のセラミックスも可能であるが、後述するように本実施例では熱電子放出物質の粒子径が20μm~30μm程度になるため、この粒子径より小さい空隙を多数生成できる隔離メッシュ110として高融点金属であるタングステン製とすることが好ましい。
【0042】
本実施例では、石英管をy方向に挿入しているため、隔離メッシュ110の面はy方向に垂直(つまりx-z面に平行)となる。筐体108のx-z面での位置は、前述のように電磁波キャビティ105のx-z平面上でほぼ中央(a/2、λ/2)である。この位置での磁場の方向はx-z面と並行であり、ほとんどがx成分である。したがって隔離メッシュ110を貫く磁場の大きさ(つまり隔離メッシュ110の断面積と磁場の積)を最も小さくでき、隔離メッシュ110によるマイクロ波の吸収を最も抑制することができる。この配置は、隔離メッシュ110の加熱を抑え、プラズマ生成の制御性、熱電子放出物質の加熱の制御性を高める上で好ましい。なお、本実施例において隔離メッシュ110は、隔壁112の負イオン生成領域114側の表面上に設けられているが、プラズマ生成領域113側の表面上に設けてもよい。
【0043】
隔壁112は、プラズマとの間で物理的/化学的干渉を生じない材質、例えば筐体108と同じ材料の石英等によって構成されるが、より大きな負イオン生成面積を確保する観点から熱電子放出物質と同じ材質によって構成されることが好ましい。
【0044】
隔壁112はまた、プラズマ生成領域113内に挿入された管状部材117によって固定されている。管状部材117は、筐体108の内径より小さい径を有するとともに隔壁112側の端部は少なくとも隔壁112の開口115と連通している。なお、管状部材117については筐体108と同一の材質によって形成されていることが好ましい。この場合、筐体108は管状部材117によってプラズマ生成領域113で二重構造を有することとなる。
【0045】
プラズマ生成領域113は、その領域内の気体が電磁波に加熱されることによってプラズマが生成される空間である。なお、本実施例において筐体108は外気に対して密閉されており、したがって生成されるプラズマは真空中でのプラズマである。
【0046】
負イオン生成領域114は、プラズマ生成領域113において解離・励起した粒子が電子を与えられて負イオンが生成される領域である。負イオンが生成される仕組みについては後述する。
【0047】
そして本実施例においては、負イオン生成領域114には熱電子放出物質116として六ホウ化ランタン(LaB)の小片集合体が充填されている。熱電子放出物質116としては、電子放出のし易さを示す仕事関数が低いこと、化学的に安定であること、融点が高いこと、導電率が高いこと、などが求められる。LaBの化学的安定性や融点などは従来用いられることの多かったタングステンと同程度であるが、タングステンの仕事関数の4.5eVに比べ、LaBの仕事関数は2.5eVとはるかに優れており、熱電子放出物質として好適である。
【0048】
また、電子源として従来はセシウムも用いられることが多かったが、セシウムは非常に反応性に富んでおり、自然発火しやすいなど化学的安定性に問題があった。なお、六ホウ化ランタン(LaB)以外には、化合物12CaO・7Alの結晶、及びこれと同等の結晶構造を有する同型化合物であるC12A7エレクトライドを採用できる。また、仕事関数が低いなどの熱電子放出物質として適切な材料があれば、LaBやC12A7エレクトライドの代替となる材料にすることができる。
【0049】
本実施例において負イオン生成領域114に充填されている小片状物質は粒状である。小片状物質の平均粒子径については、例えば0.01mm~10.0mm程度にすることが好適であるが、筐体108のサイズや解離・励起粒子との反応性等種々の要素を考慮して設計可能である。なお、小片は粒状が好ましいが、その形状は粒状に限定されず、解離・励起した粒子との接触面積が大きくなる形状であればよい。粒状形状以外には、粉末状、板状、筒状等の形状が採用できる。本実施例における六ホウ化ランタン(LaB)を含む低仕事関数の物質は導電体であることを踏まえ、非特許文献3に記されている知見をもとにすれば、粒子径の目安を次のように得ることができる。導電体の場合、加熱効率が最も高くなる粒子径は、導電体への電磁波の浸透長(表皮厚さともいう)のマイクロ波周波数領域で2倍程度とされる。電磁波の浸透長(δとする)は、δ=[2/(σωμ)]0.5と表される。ここで、σは導電率、μは真空の透磁率(4π×10-7H/m)、ωは電磁波の角周波数であり、周波数fを用いるとω=2πfである。本実施例では、LaBの導電率σ=8.3×10(Ωm)-1とマイクロ波の周波数f=2.45GHzを用いると、δ=11μmとなる。したがって粒子径の目安としてその2倍である22μm(0.022mm)が得られる。この結果を基に本実施例においては、LaBの粒子径としては、LaBの入手しやすさも考慮して20μm~30μm(0.02mm~0.03mm)と設定され、最も好ましい平均粒子径といえる。なお、平均粒子径の測定は、走査型電子顕微鏡観察によるものとする。
【0050】
また、負イオン生成領域114の引出口側には、収束部材118が配設されている。収束部材118は、負イオン生成領域114で生成された負イオンを正確に外部に引き出すためのものであり、その引出口107側の端部は少なくとも引出口107と連通し、他端は、負イオン生成領域114の径と略同一の径を有している。収束部材118により、負イオン生成領域114内の負イオンが引出口107に向かって移動するように誘導される。なお、引出口107の径は、小さければ小さいほど引き出される負イオンビームを正確に引き出すことが可能になるが、狭いほど負イオンビームを引き出す効率も低下するため、1~2mm程度に設定することが好適である。
【0051】
また、引出口107には、筐体108の負イオン生成領域内に充填される熱電子放出物質116が引出口107を通って負イオン生成領域から引出部200に移動することを抑制するために、熱電子放出物質の前述の平均粒子径より小さい空隙を持つ電極メッシュ111が設けられている。
【0052】
電極メッシュ111は、負イオンの引出電極の役割を果たすため導電体により構成されることが好ましい。電極メッシュ111の電位はチャンバー303外部の大気側から調節可能なように配線される(不図示)。本実施例では、電極メッシュ111は構造上引出口107と接し、電磁波キャビティ105と電気的に接続している。このため、電極メッシュ111の電位は電磁波キャビティ105の電位と同一である。
【0053】
電極メッシュ111は、高温に加熱された熱電子放出物質に接するため、タングステンのような高融点金属が好適である。
【0054】
[引出部200の構成]
引出部200は、生成電極109と対向する引出電極201と、引出電極201を取り囲むように配設された永久磁石202と、負イオンビーム406が放出される放出口203と、を有する。引出電極201は、チャンバー303から電気的に絶縁されており、生成電極109に対して正の電圧が印加されている。永久磁石202は、負イオンビーム406に含まれる電子を除去するために用いられる。
【0055】
[負イオンビーム生成の原理]
本実施例において負イオンビームが生成される原理について説明する。まず、次のようにしてプラズマ生成領域113においてプラズマ119が生成される。電磁波照射部102から照射され、電磁波導波部104内を伝搬した電磁波は電磁波キャビティ105内に閉じ込められ定在波が形成される。この中に筐体108を前述のように配置することで筐体108の内部に励起電磁場が生成される。この励起電磁場によって放電が生じて筐体108内の気体に電離が発生する。本実施例では筐体108を電磁波キャビティ中において磁場が最大となる位置に配置しているため、主として変動する磁場による誘導起電力により、数万℃のプラズマ119を生成する。
【0056】
プラズマ119が生成された状態で二酸化炭素ガス405をプラズマ生成領域113に導入すると、二酸化炭素分子が炭素原子と酸素原子とに、あるいは一酸化炭素分子と酸素原子とに解離する。または二酸化炭素分子及び一酸化炭素分子の励起状態が生成される。これらの解離あるいは励起した粒子は次いで隔壁112の開口115を通って負イオン生成領域114へと導入される。
【0057】
負イオン生成領域114においてもプラズマ生成領域113と同様に、電磁波照射部102から伝搬された電磁波によって励起電磁場が形成され、この励起電磁場によって熱電子放出物質116が1200℃程度まで加熱され、熱電子放出物質の電子の束縛が緩む状態に、あるいは電子のエネルギーが真空準位を超えて放出される状態になる。すなわち、熱電子放出物質は加熱によって熱電子を生成・放出する。なお、これらの状態にある電子は熱的電子(Thermal electron)と呼ぶこともある。生成・放出された熱電子は反応性に富み、負イオン生成領域114において解離・励起粒子に付着する電子となる。本実施例では、熱電子放出物質116の加熱は変動する磁場による渦電流が元になる。この渦電流によってジュール加熱が生じる。非特許文献3によれば、電磁波浸透長は個々の導電性粒体では前述のように数μm~数十μmであるが、その粒体の集合体すなわちマクロスケールでは数cmに及ぶことが知られている。したがって、本実施例の場合、熱電子放出物質116のマクロスケールの大きさは最大でも数cm程度に制限される。
【0058】
そして、上述の通りプラズマ生成領域113から導入されてきた解離・励起原子が負イオン生成領域内114を通過する際に、熱電子放出物質116の表面またはその近傍に遊離している電子が解離・励起原子に付着して負イオン化される。また、プラズマ生成領域113から導入されてきた励起分子に対しては、熱電子放出物質116の表面またはその近傍の熱電子が励起分子に付着することより解離が生じるとともに負イオンが生成される。
【0059】
生成された負イオンは、引出口107に配設された生成電極109に対して正の電圧が印加された引出電極201によって速度及びエネルギーを付与された負イオンビーム406となる。そして、永久磁石202によって測定の妨害となる電子が除去された後、放出口203を通って測定部300へと放出される。
【0060】
なお、質量分析における炭素-14(14C)測定の観点からは、プラズマ生成領域113内で生成されるプラズマは、14Cの測定を妨害するほぼ同質量の分子(12CH13CH)を解離・除去することにも寄与する。これに加えて、励起した電子付着分子の解離過程を経て負イオンが作られることにも役立つ。なお本実施例において負イオンを測定対象とする理由は、14Cをその同重体である窒素-14(14N)と分離するためである(14Nは負イオン化しないため、14Cと分別可能となる)。
【0061】
以上本発明の実施例について説明した。本実施例のように、負イオン生成領域114を、熱電子放出物質116の小片集合体で充填することによって、熱電子放出物質116の小片のそれぞれが励起電磁場によって加熱され、熱電子放出物質に弱く束縛された熱電子を作り出す、あるいは熱電子を放出することになる。したがって、従来のようにフィラメント状の熱電子放出物質を使用していた場合に比べて、熱電子放出物質が露出する面積が大きくなり、これに伴い粒子に付着しうる熱電子の数が大幅に増加することになる。この熱電子の増加に伴い、プラズマ生成領域113で生成された解離・励起粒子が負イオン生成領域114内で熱電子と付着して負イオン化される負イオン化効率が大幅に向上する。
【0062】
さらに、本実施例においては、高温のプラズマによって二酸化炭素を解離・励起するためのプラズマ生成領域113と、解離・励起粒子を負イオン化させる負イオン生成領域114とを分離した構成としている。これにより、生成した負イオンが高温のプラズマによって電離して負イオンが損失されることを抑制できる。なお、負イオン生成領域114においても熱電子放出物質116とプラズマとの間に成り立ちうる熱平衡状態から想定される、比較的低温(1000℃~2000℃程度)のプラズマが生成される可能性があるが、この低温プラズマの電子温度が低いため、生成された負イオンを電離させることはほとんどないと考えられる。なお、本実施例では、プラズマの生成方法として電磁波キャビティを用いた高周波放電を用いているが、この他、直流放電、レーザーアブレーションなどの様々な方法が適用可能である。
【0063】
また、本発明の構成によれば熱電子放出物質により、従来の負イオン源で用いられる電子源としてのセシウムを使用する必要がない。セシウムは反応性に富み空気中で自然発火するため、安全性の観点からも本発明は有用である。
【0064】
なお、上述の実施例においては試料として二酸化炭素を用いた例を説明したが、二酸化炭素以外にも、ボロン、リン、ヒ素などを試料として採用することもできる。これらは半導体製造プロセスの中のイオン注入で使用され、通常使用される正イオンと比較して半導体表面の損傷を抑制することが期待できる。
【0065】
図4は、図1を用いて説明した負イオンビーム生成装置1において、電磁波照射部102を別の構成としたものである。図4における電磁波照射部102’は、第1の電磁波を生成する第1の電磁波発振器103a、該第1の電磁波をプラズマ生成領域113まで伝搬させる第1の導波部104a、及び第1の電磁波をプラズマ生成領域113に対して閉じ込める第1の電磁波キャビティ105aと、第2の電磁波を生成する第2の電磁波発振器103b、該第2の電磁波を負イオン生成領域114まで伝搬させる第2の導波部104b、及び第2の電磁波を負イオン生成領域に対して閉じ込める第2の電磁波キャビティ105bと、を有する点が図1に記載した電磁波照射部102と異なる。なお、その他の構成については図1と同様であり、説明を省略する。また、第1及び第2の電磁波キャビティ105a及び105b内には、キャビティ内の体積を調整可能にするためのプランジャー1051a及び1051bが設けられている。
【0066】
上記構成はすなわち、プラズマ生成領域113に照射する電磁波及び負イオン生成領域114に照射する電磁波を別個に制御可能であることを意味する。これにより例えば、電磁波の周波数を同一(例えば2.45GHz)として、出力を異ならせる(例えば第1の電磁波発振器の最大出力を1kW、第2の電磁波発振器の最大出力を1.5kW)ことによって、プラズマ生成領域113においては解離・励起に対して、負イオン生成領域114においては熱電子の生成及び電子付着に対して最適な入力パワーに調節することが容易になる。
【0067】
以上図面を用いて本発明の実施例について説明した。本発明の技術的範囲は上記実施の形態に記載の範囲には限定されるものではなく、本発明の主要な特徴から逸脱することなく、様々な変形例が含まれる。そのため、前述の実施例は単なる例示に過ぎず、限定的に解釈してはならない。また、各実施例の構成の一部について、他の構成の追加・削除・置換をすることが可能であって、すべて本発明の範囲内のものである。
【符号の説明】
【0068】
100 負イオン源、101 負イオン源主要部、102 電磁波照射部、103 103a 103b 電磁波発振器、104 電磁波導波部、104a 104b 電磁波導波部、105 105a 105b 電磁波キャビティ、106 導入口、107 引出口、108 石英管(筐体)、112 隔壁、113 プラズマ生成領域、114 負イオン生成領域、115 開口、116 熱電子放出物質、117 管状部材、118 収束部材、119 プラズマ、200 引出部、201 引出電極、202 永久磁石、203 放出口、300 測定部、301 磁場偏向器、302 ファラデーカップ、303 チャンバー、304 真空排気系、401 二酸化炭素ガスボンベ、402 二酸化炭素ガス導入管、403 二酸化炭素ガス供給源、404 キャビティ、405 二酸化炭素ガス(試料ガス)、406 負イオンビーム
図1
図2
図3
図4