(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023119181
(43)【公開日】2023-08-28
(54)【発明の名称】対象物特定方法、及び対象物特定装置
(51)【国際特許分類】
G01N 27/02 20060101AFI20230821BHJP
G01N 27/26 20060101ALI20230821BHJP
C12M 1/34 20060101ALI20230821BHJP
【FI】
G01N27/02 Z
G01N27/26 P
C12M1/34 B
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022021902
(22)【出願日】2022-02-16
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.TWEEN
2.TRITON
(71)【出願人】
【識別番号】304021417
【氏名又は名称】国立大学法人東京工業大学
(71)【出願人】
【識別番号】000004260
【氏名又は名称】株式会社デンソー
(74)【代理人】
【識別番号】100103894
【弁理士】
【氏名又は名称】家入 健
(72)【発明者】
【氏名】山本 貴富喜
(72)【発明者】
【氏名】糠塚 明
(72)【発明者】
【氏名】早川 渓
(72)【発明者】
【氏名】加納 一彦
【テーマコード(参考)】
2G060
4B029
【Fターム(参考)】
2G060AA15
2G060AA19
2G060AF03
2G060AF06
2G060AF07
2G060AF11
2G060AG11
2G060GA01
2G060HC13
2G060KA09
4B029AA07
4B029BB01
4B029BB02
4B029BB13
4B029CC01
4B029FA01
4B029FA03
(57)【要約】
【課題】ウイルス等を迅速かつ正確に特定することが可能な対象物特定方法を提供することである。
【解決手段】本発明の一態様にかかる対象物特定方法は、溶媒に分散された対象物を微小流路に流し、微小流路に設けられた測定電極に交流電圧を印加し、対象物が微小流路を通過した際の対象物の交流特性を測定する。そして、測定された交流特性を用いて合成インピーダンスと位相とを求め、当該求めた合成インピーダンスと位相とを用いて前記対象物を特定する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶媒に分散された対象物を微小流路に流し、
前記微小流路に設けられた測定電極に交流電圧を印加し、前記対象物が前記微小流路を通過した際の前記対象物の交流特性を測定し、
前記測定された交流特性を用いて合成インピーダンスと位相とを求め、当該求めた合成インピーダンスと位相とを用いて前記対象物を特定する、
対象物特定方法。
【請求項2】
前記合成インピーダンスと前記位相とを用いて、前記対象物の抵抗成分、ゼータ電位、及び誘電率に対応するパラメータをそれぞれ求め、
前記求めた抵抗成分、ゼータ電位、及び誘電率に対応するパラメータを用いて前記対象物を特定する、
請求項1に記載の対象物特定方法。
【請求項3】
前記抵抗成分、前記ゼータ電位、及び前記誘電率の各々を軸とする3次元座標上に、前記対象物の抵抗成分、ゼータ電位、及び誘電率に対応するパラメータをマッピングして前記対象物を特定する、請求項2に記載の対象物特定方法。
【請求項4】
前記抵抗成分に対応するパラメータは、前記対象物の大きさに対応するパラメータであり、
前記ゼータ電位に対応するパラメータは、前記対象物の表面電位に対応するパラメータであり、
前記誘電率に対応するパラメータは、前記対象物の構造及び物質の少なくとも一方に対応するパラメータである、
請求項2または3に記載の対象物特定方法。
【請求項5】
前記交流特性である同相成分と当該同相成分と位相がずれた位相成分とを抽出し、
抽出された前記同相成分と前記位相成分とを用いて合成インピーダンスと位相とを求め、
前記合成インピーダンスの時間変化と前記位相の時間変化とを用いて前記対象物を特定する、
請求項1~4のいずれか一項に記載の対象物特定方法。
【請求項6】
前記合成インピーダンスの時間変化を示す波形を用いて前記対象物の抵抗成分およびゼータ電位に対応するパラメータを求める、請求項5に記載の対象物特定方法。
【請求項7】
前記溶媒には更にキャリブレーション用の標準試料が分散されており、
前記対象物と前記標準試料とが分散された溶媒を前記微小流路に流し、
前記対象物が前記微小流路を通過した際の前記対象物の交流特性を測定し、
前記標準試料が前記微小流路を通過した際の前記標準試料の交流特性を測定し、
前記対象物の交流特性を用いて求めた合成インピーダンスおよび位相と、前記標準試料の交流特性を用いて求めた合成インピーダンスおよび位相と、に基づいて前記対象物を特定する、
請求項1~6のいずれか一項に記載の対象物特定方法。
【請求項8】
前記測定電極に印加される交流電圧の周波数が、1kHz以上100MHz以下である、請求項1~7のいずれか一項に記載の対象物特定方法。
【請求項9】
前記溶媒が、イオン液体または水溶液である、請求項1~8のいずれか一項に記載の対象物特定方法。
【請求項10】
前記対象物がウイルス、細菌、及び微生物からなる群から選択される少なくとも一種である、請求項1~9のいずれか一項に記載の対象物特定方法。
【請求項11】
前記微小流路は、前記対象物が1つずつ通過できる幅を有している、請求項1~10のいずれか一項に記載の対象物特定方法。
【請求項12】
溶媒に分散された対象物が流れる微小流路と、
前記微小流路に設けられた測定電極と、
前記測定電極に交流電圧を印加し、前記対象物が前記微小流路を通過した際の前記対象物の交流特性を測定する測定回路と、
前記測定された交流特性を用いて合成インピーダンスと位相とを求め、前記求めた合成インピーダンスと位相とを用いて前記対象物を特定する対象物特定部と、を備える、
対象物特定装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、対象物特定方法、及び対象物特定装置に関する。
【背景技術】
【0002】
ウイルス、微生物、又はウイロイド(以下、単にウイルス等ともいう)の検出方法としては、ポリメラーゼチェーンリアクション(PCR)法や、イムノクロマト法などが知られている。一方、別の検出方法として、電気的計測によるウイルス等のセンシング方法が検討されている。電気的計測法は、一例として、検知対象のウイルス等を水に分散し、当該ウイルス等を粒子として電気的に検出する手法などが挙げられる。感染症等の予防や拡散防止などの観点から、室内、畜舎、野外などの環境中のウイルス等の検出が求められている。このような環境中のセンシングにおいては上記電気的計測法が適している(例えば特許文献1~2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2020-202824
【特許文献2】特開2020-098211
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上述のように、感染症等の予防や拡散防止などの観点から環境中のウイルス等を迅速かつ正確に特定する技術が必要とされている。このような課題に鑑み本発明の目的は、ウイルス等を迅速かつ正確に特定することが可能な対象物特定方法、及び対象物特定装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明の一態様にかかる対象物特定方法は、溶媒に分散された対象物を微小流路に流し、前記微小流路に設けられた測定電極に交流電圧を印加し、前記対象物が前記微小流路を通過した際の前記対象物の交流特性を測定し、前記測定された交流特性を用いて合成インピーダンスと位相とを求め、当該求めた合成インピーダンスと位相とを用いて前記対象物を特定する。
【0006】
本発明の一態様にかかる対象物特定装置は、溶媒に分散された対象物が流れる微小流路と、前記微小流路に設けられた測定電極と、前記測定電極に交流電圧を印加し、前記対象物が前記微小流路を通過した際の前記対象物の交流特性を測定する測定回路と、前記測定された交流特性を用いて合成インピーダンスと位相とを求め、前記求めた合成インピーダンスと位相とを用いて前記対象物を特定する対象物特定部と、を備える。
【発明の効果】
【0007】
本発明により、ウイルス等を迅速かつ正確に特定することが可能な対象物特定方法、及び対象物特定装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】実施の形態にかかる対象物特定装置の構成例を説明するための図である。
【
図2】実施の形態にかかる対象物特定方法を説明するためのフローチャートである。
【
図3】対象物を特定する方法の一例を説明するための図である。
【
図4】対象物の交流特性を説明するための図である。
【
図5】対象物の交流特性を説明するための図である。
【
図6】ロックインアンプ法を用いて交流特性を測定する場合を説明するための図である。
【
図7】ロックインアンプ法を用いて交流特性を測定する場合を説明するための図である。
【
図8】微小流路の他の例を説明するための上面図である。
【
図9】微小流路の他の例を説明するための上面図である。
【
図10】微小流路の他の例を説明するための断面図である。
【
図11】ロックインアンプ法を用いて測定した交流特性を示すグラフである。
【
図12】各種ビーズの測定結果を示すグラフである。
【
図13】ウイルスサイズの標準試料の測定結果を示すグラフである。
【
図14】ウイルスサイズの標準試料の測定結果を示すグラフである。
【
図15】ウイルスサイズの標準試料の測定結果を示すグラフである。
【
図16】T4ファージおよびバキュロウイルスの測定結果を示すグラフである。
【
図17】インフルエンザウイルスの測定結果を示すグラフである。
【
図18】各種ウイルスの測定結果を示すグラフである。
【
図19】乳酸菌および大腸菌の測定結果を示すグラフである。
【
図20】測定サンプルと標準試料の測定結果を示すグラフである。
【
図21】表面が負に帯電している粒子に対して直流バイアス電圧を印加しながら交流測定を実施した場合の測定結果を示すグラフである。
【
図22】ゼータ電位の測定結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態について説明する。
図1は、実施の形態にかかる対象物特定装置の構成例を説明するための図である。
図1に示すように、本実施の形態にかかる対象物特定装置1は、微小流路10、測定電極11a、11b、測定回路12、及び対象物特定部13を備える。本実施の形態にかかる対象物特定装置1は、ウイルス、細菌、微生物などの測定対象物を特定するために用いられる装置である。なお、本実施の形態にかかる対象物特定装置1は、溶媒に分散可能な物体であれば、ウイルス、細菌、微生物以外の対象物を特定可能である。
【0010】
微小流路10は、溶媒に分散された対象物15が流れる流路である。微小流路10は、1つの対象物15が通過できる程度の幅を有している。このような構成とすることで、対象物15の交流特性を1つずつ順番に測定できる。つまり、対象物15が微小流路10を1つずつ順番に通過するので、測定回路12は対象物15の交流特性を1つずつ順番に測定できる。
【0011】
本実施の形態において、溶媒にはイオン液体を用いることができる。また、対象物15は、ウイルス、細菌、微生物などである。なお、対象物15は、溶媒に分散可能な物体であれば、ウイルス、細菌、微生物以外であってもよい。また、本実施の形態では溶媒としてイオン液体以外の液体(例えば、水溶液)を用いてもよい。また、媒体として大気を用いてもよく、この場合は対象物15を大気に分散させてもよい。
【0012】
微小流路10の幅は、測定する対象物15の大きさに応じて決定することができる。例えば、対象物15の粒径が100nm程度のウイルスの場合は、微小流路10の幅を150nm~400nmとすることができる。また、例えば、対象物15の粒径が1μm程度の細菌の場合は、微小流路10の幅を1.5μm~4μmとすることができる。
【0013】
測定電極11a、11bは、微小流路10に設けられており、微小流路10を通過する対象物15に交流電圧を印加可能に構成されている。
図1に示す構成例では、微小流路10を挟むように2つの測定電極11a、11bを設けた例を示したが、測定電極11a、11bを設ける位置は、微小流路10の近傍であってもよく、対象物15に交流電圧を印加できる位置であればどのような位置であってもよい。
【0014】
測定回路12は、測定電極11a、11bに交流電圧を印加し、対象物15が微小流路10を通過した際の対象物15の交流特性を測定するように構成されている。測定回路12は、対象物15の交流特性を測定できる回路であればどのような回路を用いてもよい。測定回路12は、数kHz以上数GHz以下、好ましくは1kHz以上100MHz以下、更に好ましくは1MHz以上10MHz以下の周波数の交流電圧を測定電極11a、11bに印加可能に構成されている。例えば、測定回路12にロックインアンプを用いてもよい。ロックインアンプの詳細については後述する。
【0015】
対象物特定部13は、測定回路12で測定された交流特性を用いて合成インピーダンスと位相とを求め、当該求めた合成インピーダンスと位相とを用いて対象物を特定するように構成されている。本実施の形態では、合成インピーダンスと位相とを用いて、対象物15の抵抗成分、ゼータ電位、及び誘電率に対応するパラメータをそれぞれ求め、当該求めた抵抗成分、ゼータ電位、及び誘電率に対応するパラメータを用いて対象物15を特定してもよい。例えば、対象物特定部13は、パーソナルコンピュータ等を用いて構成してもよい。
【0016】
次に、本実施の形態にかかる対象物特定方法について説明する。本実施の形態にかかる対象物特定方法は、
図1に示した対象物特定装置1を用いて実施することができる。
図2は、本実施の形態にかかる対象物特定方法を説明するためのフローチャートである。以下、
図1、
図2を用いて本実施の形態にかかる対象物特定方法について説明する。
【0017】
対象物15を特定する際は、まず、溶媒に分散された対象物15を微小流路10に流す(ステップS1)。次に、微小流路10に設けられた測定電極11a、11bに交流電圧を印加し、対象物15が微小流路10を通過した際の対象物15の交流特性を測定する(ステップS2)。例えば、測定回路12は、1kHz以上100MHz以下の周波数の交流電圧を測定電極11a、11bに印加する。なお、本実施の形態では、予め測定電極11a、11bに交流電圧を印加しておき、その後、溶媒に分散された対象物15を微小流路10に流してもよい。
【0018】
次に、測定された交流特性を用いて対象物15を特定する(ステップS3)。具体的には、測定された交流特性を用いて合成インピーダンスと位相とを求め、当該求めた合成インピーダンスと位相とを用いて対象物15を特定する。
【0019】
本実施の形態では、合成インピーダンスと位相とを用いて、対象物15の抵抗成分、ゼータ電位、及び誘電率に対応するパラメータをそれぞれ求め、当該求めた抵抗成分、ゼータ電位、及び誘電率に対応するパラメータを用いて対象物15を特定してもよい。例えば、
図3に示すように、抵抗成分、ゼータ電位、及び誘電率の各々を軸とする3次元座標上に、対象物15の抵抗成分、ゼータ電位、及び誘電率に対応するパラメータをマッピングして対象物15を特定してもよい。ここで、抵抗成分に対応するパラメータは、対象物15の大きさに対応するパラメータである。ゼータ電位に対応するパラメータは、対象物15の表面電位に対応するパラメータである。誘電率に対応するパラメータは、対象物15の球殻構造や膜容量などの構造に対応するパラメータや対象物15の物質に対応するパラメータである。
【0020】
対象物15によって、大きさ、表面電位、及び構造が異なるので、これらに対応するパラメータである抵抗成分、ゼータ電位、及び誘電率を求め、
図3に示すような3次元座標上に、対象物15の抵抗成分、ゼータ電位、及び誘電率に対応するパラメータをマッピングすることで、対象物15をA群、B群、C群のように分類することができる。例えば、複数種類の対象物15の測定結果を
図3に示す3次元座標上にマッピングしてデータを蓄積することで、対象物15を特定する際の精度を向上させることができる。
【0021】
また、本実施の形態では、以下の方法を用いて合成インピーダンスと位相とを求めることができる。ウイルス等の対象物15は、抵抗成分と容量成分とを含む電気等価回路で表すことができる。このため、対象物15の交流特性を測定すると、
図4に示すような測定波形が得られる。具体的には、
図4の上図に示すように、抵抗成分に交流電圧が印加されると、同相の測定波形が得られる。また、
図4の下図に示すように、容量成分に交流電圧が印加されると、90°位相が遅れた測定波形が得られる。
【0022】
そして、抵抗成分のインピーダンスZrと容量成分のインピーダンスZcとをベクトル図で表現すると
図5のようになる。
図5において合成インピーダンスZは、インピーダンスZrとインピーダンスZcの合成ベクトルで表すことができる。また、位相θは、抵抗成分に対する容量成分の位相差で表すことができる。このようにして、合成インピーダンスZと位相θとを求めることができる。
【0023】
また、本実施の形態では、ロックインアンプを用いて交流特性である同相成分と当該同相成分と位相がずれた位相成分とを抽出し、抽出された同相成分と位相成分とを用いて合成インピーダンスと位相とを求め、合成インピーダンスの時間変化と位相の時間変化とを用いて対象物を特定してもよい。
【0024】
つまり、本実施の形態では、
図1に示す測定回路12にロックインアンプを用いて、合成インピーダンスと位相とを求めてもよい。
図6、
図7は、ロックインアンプを用いて交流特性を測定する場合を説明するための図である。
図6に示すロックインアンプは、正弦波生成回路21、測定電極11(
図1の測定電極11a、11bに対応)、ミキサー22、ローパスフィルタ(LPF)23を備える。
【0025】
正弦波生成回路21は、sin波(交流電圧)を生成し、生成されたsin波(交流電圧)を測定電極11に供給する。測定電極11にsin波が供給されると、対象物15の測定波形Vs(t)が得られる。このとき得られた測定波形Vs(t)はミキサー22に供給される。また、ミキサー22には参照波形Vr(t)として正弦波生成回路21で生成されたsin波が供給される。測定波形Vs(t)は対象物15の抵抗成分と容量成分とを反映している波形であるので、測定波形Vs(t)の振幅と参照波形Vr(t)の振幅は異なり、測定波形Vs(t)と参照波形Vr(t)の位相はずれている。
【0026】
ミキサー22は、測定波形Vs(t)に参照波形Vr(t)を乗算する。ローパスフィルタ23はミキサー22で乗算された信号に含まれる不要な高周波成分を除去する。ローパスフィルタ23から出力された信号はX+iYで表すことができ、
図7のグラフ30に示すように、X成分及びY成分はそれぞれ複素平面上における実部と虚部に対応する。つまり、X成分は同相成分であり、Y成分は位相成分である。そして、
図7のグラフ30におけるX成分およびY成分から、三角法を用いてVs(t)の強度R(合成インピーダンスに対応する)と位相θに変換する。
図7のグラフ31は、変換後の強度R(合成インピーダンス)の時間変化を示し、
図7のグラフ32は、変換後の位相θの時間変化を示す。
【0027】
本実施の形態では、
図7のグラフ31に示す合成インピーダンスRの時間変化とグラフ32に示す位相θの時間変化とを用いて対象物を特定することができる。具体的には、
図7のグラフ31、32に示すように、対象物15が微小流路10を通過すると、合成インピーダンスRおよび位相θの値が変化する。例えば、このとき変化した合成インピーダンスRの波形33の幅W1および振幅A1、及び位相θの波形34の幅W2および振幅A2を用いて対象物を特定することができる。
【0028】
例えば、合成インピーダンスRの波形33の幅W1を用いて、対象物15のゼータ電位に対応するパラメータを求めることができる。また、合成インピーダンスRの波形33の振幅A1を用いて、対象物15の抵抗成分に対応するパラメータを求めることができる。また、位相θの波形34を用いて、対象物15の誘電率に対応するパラメータを求めることができる。誘電率に対応するパラメータを求める場合、位相θは同相成分から90°ずれている。
【0029】
なお、ウイルス等の対象物15の電気等価回路は単純なRC回路で表すことができるとは限らないため、インピーダンスも複雑化する場合もある。このため、実際には単純にZr(インピーダンスの実部)がR成分でZc(インピーダンスの虚部)がC成分とは限らず、例えば、Zr(インピーダンスの実部)にもキャパシタンスの成分が入ってきたり、Zc(インピーダンスの虚部)にも抵抗成分が入ってきたりする場合もある。
【0030】
以上で説明したように、本実施の形態にかかる発明では、対象物15が微小流路10を通過した際の対象物15の交流特性を測定し、測定された交流特性を用いて合成インピーダンスと位相とを求め、当該求めた合成インピーダンスと位相とを用いて対象物15を特定している。よって、本実施の形態にかかる発明により、ウイルスを迅速かつ正確に特定することが可能な対象物特定方法、及び対象物特定装置を提供することができる。また、本実施の形態にかかる発明において微小流路10は対象物15が1つずつ通過できる幅を有しているので、対象物15を1つずつ測定できる。
【0031】
また、本実施の形態では、対象物15に加えて、キャリブレーション用の標準試料を溶媒に分散してもよい。このように、対象物15に加えて標準試料を溶媒に分散した場合は、対象物15を正確に特定できる。つまり、標準試料は粒径等(ゼータ電位、誘電率を含む)が既知であるので、対象物15の測定結果と標準試料の測定結果とを比較することで、対象物15の粒径等を正確に測定でき、その結果、対象物15を正確に特定できる。また、対象物15と標準試料を同一の条件(デバイス、溶媒、電極の状態など)で測定できるので、対象物15と標準試料を正確に測定できる。また、本実施の形態では、対象物15と標準試料を同時に測定できるので、対象物15と標準試料を別々に測定した場合よりも測定時間を短縮することができる。
【0032】
溶媒に対象物15と標準試料とを分散した場合は、対象物15と標準試料とが分散された溶媒を微小流路10に流し、対象物15が微小流路10を通過した際の対象物15の交流特性を測定する。また、標準試料が微小流路10を通過した際の標準試料の交流特性を測定する。そして、対象物15の交流特性を用いて求めた合成インピーダンスおよび位相と、標準試料の交流特性を用いて求めた合成インピーダンスおよび位相と、に基づいて対象物15を特定する。
【0033】
また、本実施の形態において微小流路10および測定電極11a、11bの形状は、
図1に示した形状に限定されることはない。
図8~
図10は、微小流路の他の例を説明するための図である。
図8に示す構成例では、基板40に導入口41a、微小流路42、及び排出口41bが形成されている。溶媒に分散された対象物は導入口41aから導入された後、微小流路42を通過して、排出口41bから排出される。
図8に示す構成例では、導入口41aと排出口41bが形成されている部分(溶媒が通る孔部とは異なる面)に測定電極43a、43bが形成されている。
図8に示す構成例では、微小流路42を通過している間、交流特性を測定できるので、測定時間を長くすることができる。
【0034】
図9に示す構成例では、基板50に導入口51a、微小流路52、及び排出口51bが形成されている。溶媒に分散された対象物は導入口51aから導入された後、微小流路52を通過して、排出口51bから排出される。
図9に示す構成例では、微小流路52の一部を挟むように測定電極53a、53bを形成している。
図9に示す構成例では、微小流路52の一部を挟むように測定電極53a、53bを形成しているので、微小流路52自体の抵抗成分や容量成分の影響を低減でき、S/N比を向上できる。
【0035】
図10に示す構成例では、基板60に略円形状の孔部を形成して微小流路61を形成している。つまり、
図10の断面図に示すように、基板60に孔部を形成して微小流路61を形成し、基板60の上面側と下面側のそれぞれに測定電極62a、62bを配置している。
図10に示す構成例では、基板60に微小流路61を容易に形成できる。なお、本実施の形態において微小流路の形状は
図1、
図8~
図10に示した形状に限定されることはなく、これら以外の形状としてもよい。
【実施例0036】
次に、本発明の実施例について説明する。
まず、リン酸緩衝生理食塩水(154.0mM NaCl、5.6mM Na
2PO
4、1.07mM KH
2PO
4)と、界面活性剤(0.1% Tween 20またはTrinton-X)と、ウイルス(105~1010個/mL)と、を混合して測定用のサンプル溶液を準備した。微小流路には、
図10に示す微小流路を用いた。微小流路の孔部の直径は、100nm~4000nmとした。また、本実施例では、
図6に示したロックインアンプを用いて対象物(ウイルス)の交流特性を測定した。なお、以下の実施例ではウイルスの代わりに標準試料等も使用した。
【0037】
測定条件は以下のようにした。
・波形:正弦波
・測定周波数:1kHz~1MHz
・印加電圧:0.1~1V
・印加圧力:0.1~1Pa
ここで、印加圧力とは微小流路に溶媒を流す際に印加する圧力である。
【0038】
上記条件で測定した際の測定結果である、R成分(合成インピーダンス)の時間変化と位相成分(位相θ)の時間変化を
図11に示す。
図11に示すように、微小流路を対象物(ウイルス)が通過すると、R成分および位相成分のグラフにおいて、振幅値が変化した。つまり、R成分のグラフでは振幅値が減少し、位相成分のグラフでは振幅値が増加した。そして、上述した方法を用いて、
図11に示したグラフの波形から対象物の粒径を求めた。
【0039】
図12~
図20に、測定結果である対象物の粒径分布を示す。
図12は、各種ビーズの測定結果である。なお、
図12に示す測定結果は、溶媒として水溶液を使用した場合の測定結果である。また、測定周波数は5kHzとした。
図12では、広い粒径範囲、具体的には直径100nm~2000nmの粒径を有するサンプルを測定した。
図12に示すように、各々のサンプルにおいて粒径を正確に測定できた。
【0040】
図13は、ウイルスサイズの標準試料の測定結果である。
図13では、直径100nm、114nm、250nm、350nm、500nmの粒径を有する標準試料を測定した。
図13に示すように、各々の標準試料において測定結果の正確度が97%以上となり、標準試料の粒径を正確に測定できた。
【0041】
図14は、ウイルスサイズの標準試料の測定結果である。
図14では、直径930nm(CPC1000)と直径2000nm(CPC2000)の粒径を有する標準試料を測定した。
図14に示すように、直径930nmの粒子の測定結果は、直径928.4nmとなり、測定誤差は1.6nm(=0.17%)、変動係数(coefficient of variation)は4.3であった。また、直径2000nmの粒子の測定結果は、直径1999.7nmとなり、測定誤差は0.3nm(=0.01%)、変動係数(coefficient of variation)は1.8であった。よって、標準試料の粒径を極めて高精度に測定できた。
【0042】
図15は、ウイルスサイズの標準試料の測定結果である。
図15では、直径100nm、直径153nm、直径200nmの粒径を有する標準試料を測定した。
図15に示す測定結果に示すように、これらの標準試料についても粒径を正確に測定できた。
【0043】
図16は、T4ファージおよびバキュロウイルスの測定結果を示すグラフである。
図16に示すように、T4ファージの平均粒径は107.1nm、バキュロウイルスの平均粒径は171.4nmであった。このように、本発明を用いることで、T4ファージおよびバキュロウイルスの粒径を正確に測定できた。
【0044】
図17は、インフルエンザウイルスの測定結果を示すグラフである。
図16に示すように、H1N1型インフルエンザウイルスの平均粒径は113.3nm、H3N2型インフルエンザウイルスの平均粒径は112.4nmであった。このように、本発明を用いることで、インフルエンザウイルスの粒径を正確に測定できた。
【0045】
図18は、各種ウイルスの測定結果を示すグラフであり、SARS-COV-2ウイルス、インフルエンザA型ウイルス、インフルエンザB型ウイルス、およびT4ファージの測定結果を示している。
図18に示すように、これらのウイルスについてもウイルスの粒径を正確に測定できた。
【0046】
図19は、乳酸菌および大腸菌の測定結果を示すグラフである。
図19に示すように、乳酸菌および大腸菌についても粒径を正確に測定できた。
【0047】
図20は、測定サンプル(インフルエンザウイルス)と標準試料の測定結果を示すグラフである。つまり、
図20は、測定サンプルに加えてキャリブレーション用の標準試料を溶媒に分散した場合の測定結果である。
図20に示すように、標準試料の平均粒径は150nmであった。また、測定サンプルの平均粒径(キャリブレーションした平均粒径)は99.7nmであった。このように、標準試料を用いてインラインキャリブレーションを実施することで、測定サンプル(インフルエンザウイルス)の粒径を正確に測定できた。
【0048】
図21は、表面が負に帯電している粒子に対して直流バイアス電圧を印加しながら交流測定を実施した場合の測定結果を示すグラフである。
図21では、粒径が250nm、表面が「-COOH」で修飾された粒子に対して直流バイアス電圧(x軸)を印加しながら3kHzの条件で交流測定した場合のピーク幅を示している。なお、このピーク幅は、
図7のグラフ31に示した合成インピーダンスRの波形33の幅W1に対応している。
【0049】
多くの場合、ウイルスやエクソソームなどのバイオナノ粒子は負に帯電している。表面が負に帯電(
図21では「-COOH」)している場合、バイアス電圧が「負」に大きくなるほど、電気泳動力が増大して粒子速度が速くなるためピーク幅は減少する。つまり、
図21に示すように、バイアス電圧が小さくなるほどピーク幅が減少する。したがって、所定のバイアス電圧を印加した際のピーク幅からゼータ電位を求めることができる。
【0050】
図22は、ゼータ電位の測定結果を示すグラフである。従来の手法を用いた場合は、印加電圧(バイアス電圧)を変化させるとゼータ電位も変化する場合があった。これに対して本発明にかかる測定方法を用いた場合は、
図22に示すように、印加電圧(バイアス電圧)を50mV、100mV、150mVと変化させても、ゼータ電位の値が安定する。よって、本発明の方法を用いることで、ゼータ電位を高精度に測定できた。
【0051】
すなわち、従来の手法では直流測定を用いていたため、測定感度を上げるために測定電圧を上昇させると、電気泳動の駆動電圧も上昇するため、粒子速度が速くなり測定が困難になるという問題があった。これに対して本発明のように交流測定を用いた場合は、ゼータ電位の測定に交流を用い、電気泳動に直流を用いることで、ゼータ電位の測定と電気泳動とを各々独立して制御できる。よって、電気泳動をゆっくりさせつつ、ゼータ電位の測定感度を上げることで、より正確にかつ安定的にゼータ電位を測定できる。
【0052】
図23、
図24は、誘電率の測定結果を示すグラフである。
図23は、サンプルA~DのインピーダンスのZ’成分、Z’’成分の測定結果である。
図24の上図は、
図23に示した測定結果から得られたインピーダンスの周波数依存を示すグラフである。
図24の下図は、
図23に示した測定結果から得られた位相θの周波数依存を示すグラフである。
【0053】
図23、
図24に示すサンプルAは直径1.06μmのポリスチレン粒子であり、サンプルBは表面がCOOHで修飾されている直径0.99μmのポリスチレン粒子であり、サンプルCは直径0.96μmのシリカ粒子であり、サンプルDは表面がCOOHで修飾されている直径1μmの磁性粒子である。
図23、
図24に示す測定結果から、サンプルAの電気容量は336pF、サンプルBの電気容量は485pF、サンプルCの電気容量は511pF、サンプルDの電気容量は444pFであった。
【0054】
以上、本発明を上記実施の形態に即して説明したが、本発明は上記実施の形態の構成にのみ限定されるものではなく、本願特許請求の範囲の請求項の発明の範囲内で当業者であればなし得る各種変形、修正、組み合わせを含むことは勿論である。