(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023119239
(43)【公開日】2023-08-28
(54)【発明の名称】シミュレーション方法、シミュレーション装置、及びプログラム
(51)【国際特許分類】
G06Q 10/04 20230101AFI20230821BHJP
【FI】
G06Q10/04
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022022003
(22)【出願日】2022-02-16
(71)【出願人】
【識別番号】000002107
【氏名又は名称】住友重機械工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100105887
【弁理士】
【氏名又は名称】来山 幹雄
(72)【発明者】
【氏名】松村 裕也
【テーマコード(参考)】
5L049
【Fターム(参考)】
5L049DD02
(57)【要約】
【課題】所望の空間解像度を確保し、かつ計算負荷の増大を抑制することが可能なシミュレーション方法を提供する。
【解決手段】解析対象の空間を少なくとも2つの計算領域に区分する。2つの計算領域のそれぞれについて、2つの計算領域の境界面を介して接続され、相手側の計算領域の一部と重なる重なり領域を定義する。2つの計算領域及び2つの重なり領域に複数の粒子を配置する。2つの計算領域のそれぞれの粒子について、境界面を介して接続された重なり領域内の粒子からの作用を加味して運動方程式を解くことにより、各粒子の位置及び速度を更新する。2つの重なり領域のそれぞれの粒子について、相手側の計算領域の対応する領域内の温度及び速度を境界条件としてランジュバン方程式を解くことにより、各粒子の位置及び速度を更新する。
【選択図】
図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
解析対象の空間を少なくとも2つの計算領域に区分し、
前記2つの計算領域のそれぞれについて、前記2つの計算領域の境界面を介して接続され、相手側の計算領域の一部と重なる重なり領域を定義し、
前記2つの計算領域及び前記2つの重なり領域に複数の粒子を配置し、
前記2つの計算領域のそれぞれの粒子について、前記境界面を介して接続された前記重なり領域内の粒子からの作用を加味して運動方程式を解くことにより、各粒子の位置及び速度を更新し、
前記2つの重なり領域のそれぞれの粒子について、相手側の計算領域の対応する領域内の温度及び速度を境界条件としてランジュバン方程式を解くことにより、各粒子の位置及び速度を更新するシミュレーション方法。
【請求項2】
前記ランジュバン方程式を解くことによって前記2つの重なり領域のそれぞれの各粒子の位置及び速度を更新した後、前記2つの重なり領域のそれぞれについて、温度が相手側の計算領域の対応する領域内の温度に近づくように速度スケーリング法により温度制御を行う請求項1に記載のシミュレーション方法。
【請求項3】
分子動力学法またはくりこみ群分子動力学法を用いて解析を行うシミュレーション装置であって、
解析対象の空間を少なくとも2つの計算領域に区分する情報を含むシミュレーション条件が入力される入力部と、
処理部と、
出力部と
を備え、
前記処理部は、
入力されたシミュレーション条件に基づいて、解析対象の空間を前記2つの計算領域に区分し、
前記2つの計算領域のそれぞれについて、前記2つの計算領域の境界面を介して接続され、相手側の計算領域の一部と重なる重なり領域を定義し、
前記入力部に入力されたシミュレーション条件に基づいて、前記2つの計算領域のそれぞれに複数の粒子を配置し、
前記2つの計算領域のそれぞれの粒子について、前記境界面を介して接続された前記重なり領域内の粒子からの作用を加味して運動方程式を解くことにより、各粒子の位置及び速度を更新する第1更新手順と、前記2つの重なり領域のそれぞれの粒子について、相手側の計算領域の対応する領域内の温度及び速度を境界条件としてランジュバン方程式を解くことにより、各粒子の位置及び速度を更新する第2更新手順とを繰り返し、
前記第1更新手順と前記第2更新手順とを繰り返して得られた解析結果を前記出力部に出力するシミュレーション装置。
【請求項4】
分子動力学法またはくりこみ群分子動力学法を用いて解析を行う手順をコンピュータに実行させるプログラムであって、
解析対象の空間を少なくとも2つの計算領域に区分する情報を含むシミュレーション条件を取得する手順と、
解析対象の空間を前記2つの計算領域に区分する手順と、
前記2つの計算領域のそれぞれについて、前記2つの計算領域の境界面を介して接続され、相手側の計算領域の一部と重なる重なり領域を定義する手順と、
取得したシミュレーション条件に基づいて、前記2つの計算領域のそれぞれに複数の粒子を配置する手順と、
前記2つの計算領域のそれぞれの粒子について、前記境界面を介して接続された前記重なり領域内の粒子からの作用を加味して運動方程式を解くことにより、各粒子の位置及び速度を更新する第1更新手順と、前記2つの重なり領域のそれぞれの粒子について、相手側の計算領域の対応する領域内の温度及び速度を境界条件としてランジュバン方程式を解くことにより、各粒子の位置及び速度を更新する第2更新手順とを繰り返す手順と、
前記第1更新手順と前記第2更新手順とを繰り返して得られた解析結果を出力する手順と
を実行させるプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、シミュレーション方法、シミュレーション装置、及びプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
分子動力学法を用いたコンピュータシミュレーションが行われている。分子動力学法では、シミュレーションの対象となる系を構成する粒子の運動方程式が数値的に解かれる。シミュレーション対象の系に含まれる粒子数が増加すれば、必要な計算量が増大する。
【0003】
下記の特許文献1に、くりこみ変換の手法を用いたシミュレーション方法が開示されている。くりこみ変換されて粒子数が減少した(粗視化した)粒子系について分子動力学法による計算を行うことにより、シミュレーションに必要な計算量を減らすことができる。くりこみ変換の手法を用いて粗視化した粒子の挙動を、分子動力学法を用いて解析する手法は、くりこみ群分子動力学法という。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
くりこみの階数を増やして計算対象の粒子数を削減することにより、計算負荷を低減させることができるが、空間解像度が低下してしまう。逆に、高い空間解像度で解析するためには、くりこみの階数を減らして、粒子数の削減量を少なくしなければならない。このため、くりこみの階数を多くした場合と比べて、計算負荷が増大してしまう。
【0006】
本発明の目的は、所望の空間解像度を確保し、かつ計算負荷の増大を抑制することが可能なシミュレーション方法、シミュレーション装置、及びプログラムを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の一観点によると、
解析対象の空間を少なくとも2つの計算領域に区分し、
前記2つの計算領域のそれぞれについて、前記2つの計算領域の境界面を介して接続され、相手側の計算領域の一部と重なる重なり領域を定義し、
前記2つの計算領域及び前記2つの重なり領域に複数の粒子を配置し、
前記2つの計算領域のそれぞれの粒子について、前記境界面を介して接続された前記重なり領域内の粒子からの作用を加味して運動方程式を解くことにより、各粒子の位置及び速度を更新し、
前記2つの重なり領域のそれぞれの粒子について、相手側の計算領域の対応する領域内の温度及び速度を境界条件としてランジュバン方程式を解くことにより、各粒子の位置及び速度を更新するシミュレーション方法。
【0008】
本発明の他の観点によると、
分子動力学法またはくりこみ群分子動力学法を用いて解析を行うシミュレーション装置であって、
解析対象の空間を少なくとも2つの計算領域に区分する情報を含むシミュレーション条件が入力される入力部と、
処理部と、
出力部と
を備え、
前記処理部は、
入力されたシミュレーション条件に基づいて、解析対象の空間を前記2つの計算領域に区分し、
前記2つの計算領域のそれぞれについて、前記2つの計算領域の境界面を介して接続され、相手側の計算領域の一部と重なる重なり領域を定義し、
前記入力部に入力されたシミュレーション条件に基づいて、前記2つの計算領域のそれぞれに複数の粒子を配置し、
前記2つの計算領域のそれぞれの粒子について、前記境界面を介して接続された前記重なり領域内の粒子からの作用を加味して運動方程式を解くことにより、各粒子の位置及び速度を更新する第1更新手順と、前記2つの重なり領域のそれぞれの粒子について、相手側の計算領域の対応する領域内の温度及び速度を境界条件としてランジュバン方程式を解くことにより、各粒子の位置及び速度を更新する第2更新手順とを繰り返し、
前記第1更新手順と前記第2更新手順とを繰り返して得られた解析結果を前記出力部に出力するシミュレーション装置が提供される。
【0009】
本発明のさらに他の観点によると、
分子動力学法またはくりこみ群分子動力学法を用いて解析を行う手順をコンピュータに実行させるプログラムであって、
解析対象の空間を少なくとも2つの計算領域に区分する情報を含むシミュレーション条件を取得する手順と、
解析対象の空間を前記2つの計算領域に区分する手順と、
前記2つの計算領域のそれぞれについて、前記2つの計算領域の境界面を介して接続され、相手側の計算領域の一部と重なる重なり領域を定義する手順と、
取得したシミュレーション条件に基づいて、前記2つの計算領域のそれぞれに複数の粒子を配置する手順と、
前記2つの計算領域のそれぞれの粒子について、前記境界面を介して接続された前記重なり領域内の粒子からの作用を加味して運動方程式を解くことにより、各粒子の位置及び速度を更新する第1更新手順と、前記2つの重なり領域のそれぞれの粒子について、相手側の計算領域の対応する領域内の温度及び速度を境界条件としてランジュバン方程式を解くことにより、各粒子の位置及び速度を更新する第2更新手順とを繰り返す手順と、
前記第1更新手順と前記第2更新手順とを繰り返して得られた解析結果を出力する手順と
を実行させるプログラムが提供される。
【発明の効果】
【0010】
2つの計算領域の一方でくりこみの階数を減らすことにより、所望の空間解像度を確保することができる。他方の計算領域でくりこみの階数を多くすることにより、計算負荷の増大を抑制することができる。重なり領域において、相手側の計算領域の対応する領域内の温度及び速度を境界条件としてランジュバン方程式を解くことにより2つの計算領域における計算を連成させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】
図1は、本実施例によるシミュレーション方法の解析対象を示す模式図である。
【
図2】
図2は、2つの計算領域を連成させて解析する手法を説明するための模式図である。
【
図3】
図3は、本実施例によるシミュレーション装置のブロック図である。
【
図4】
図4は、本実施例によるシミュレーション方法の手順を示すフローチャートである。
【
図5】
図5は、本実施例によるシミュレーションの対象となる解析モデルを示す模式図である。
【
図6】
図6は、実際にシミュレーション行った解析モデルを示す模式図である。
【
図7】
図7は、流体の温度のx方向の分布の解析結果を示すグラフである。
【
図8】
図8は、流体の速度のx方向の分布の解析結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
図1~
図5を参照して、一実施例によるシミュレーション方法及びシミュレーション装置について説明する。
【0013】
図1は、本実施例によるシミュレーション方法の解析対象を示す模式図である。解析空間10の1つの面が壁面20に接している。解析空間10が、境界面12によって、壁面20に接する計算領域10Aと、その他の計算領域10Bとに区分されている。2つの計算領域10A、10Bのそれぞれに複数の粒子11A、11Bを配置する。粒子11A、11Bは、くりこみ変換の手法を用いて粗視化されたものである。
【0014】
壁面20に接する計算領域10Aにおけるくりこみの階数は、他方の計算領域10Bにおけるくりこみの階数より少ない。すなわち、計算領域10Aの粗視化後の粒子11Aは、計算領域10Bの粗視化後の粒子11Bより小さい。壁面20に接する計算領域10Aにおけるくりこみの階数を少なくすることにより、所望の空間解像度が確保される。他方の計算領域10Bにおいてくりこみの階数を多くすることにより、計算負荷の増大が抑制される。
【0015】
2つの計算領域10A、10Bにおいて運動方程式を解く際に、境界面12の両側で物理量が連続するように、2つの計算領域10Aと計算領域10Bとのそれぞれで運動方程式を解く際に、計算を連成させなければならない。
【0016】
2つの計算領域10A、10Bのそれぞれの複数の粒子11A、11Bに適用される運動方程式(ニュートンの運動方程式)は、以下の式で表される。
【数1】
ここで、r
iは、i番目の粒子の位置ベクトルであり、tは時間であり、F
iはi番目の粒子に作用する力であり、mは粒子の質量である。i番目の粒子に作用する力は、粒子間相互作用ポテンシャルによる力、重力等を含む。粒子間相互作用ポテンシャルとして、例えば、レナード-ジョーンズ(Lennard-Jones)ポテンシャルを用いることができる。
【0017】
次に、
図2を参照して、2つの計算領域10A、10Bを連成させて解析する手法について説明する。
【0018】
図2は、2つの計算領域10A、10Bを連成させて解析する手法を説明するための模式図である。
図2では、境界面12で区分された2つの計算領域10A、10Bを、境界面12に平行な方向にずらして示している。2つの計算領域10A、10Bのそれぞれについて、境界面12を介して接続された重なり領域10Aov、10Bovを定義する。重なり領域10Aov、10Bovは、それぞれ相手側の計算領域10B、10Aの一部と重なる。重なり領域10Aovに重なる計算領域10B内の領域を、境界条件送信領域10Bsdといい、重なり領域10Bovに重なる計算領域10A内の領域を、境界条件送信領域10Asdということとする。
【0019】
重なり領域10Aov、10Bovにも、それぞれ計算領域10A、10Bの粒子11A、11Bと同様の粗視化された粒子11A、11Bを配置する。重なり領域10Aov、10Bov内の粒子11A、11Bについては、式(1)に示したニュートンの運動方程式を解かない。その代わりに、相手側の計算領域10B、10Aの対応する領域内の温度及び速度を境界条件としてランジュバン(Langevin)方程式を数値的に解く。ランジュバン方程式は、以下の式で表される。
【数2】
ここで、γは摩擦係数であり、v
iは、i番目の粒子の速度ベクトルであり、u
BCは速度境界条件であり、F
Rは、平均が0、分散δ
2が以下の式で表されるランダム力である。
【数3】
ここで、k
Bはボルツマン定数であり、T
BCは温度境界条件であり、dtは時間刻み幅である。
【0020】
重なり領域10Aov、10Bovのそれぞれでランジュバン方程式を解く際の速度境界条件u
BCとして、相手側の境界条件送信領域10Bsd、10Asd内の粒子11B、11Aの速度ベクトルの平均値を用いる。温度境界条件T
BCは、以下の式で計算することができる。
【数4】
ここで、v
iは、i番目の粒子の速度の大きさであり、Nは、境界条件送信領域10Asdまたは10Bsd内の粒子数である。重なり領域10Aov、10Bovのそれぞれでランジュバン方程式を解く際に、式(4)の右辺のΣ記号は、相手側の境界条件送信領域10Bsdまたは10Asd内の全ての粒子についての合計を意味する。
【0021】
本実施例では、ランジュバン方程式(式(2))に与えられる速度境界条件u
BC及び温度境界条件T
BCが計算中に変動するため、温度制御が不安定になることがある。そこで、速度スケーリング法を併用することにより、温度制御を補助する。速度スケーリング法による速度の補正は、以下の式を用いて行う。
【数5】
ここで、v
iは、温度制御前のi番目の粒子の速度ベクトルであり、v’
iは、温度制御後のi番目の粒子の速度ベクトルである。Tは、重なり領域10Aov、10Bovのそれぞれの温度制御前の温度である。式(5)を用いて速度の補正を行うことにより、重なり領域10Aov、10Bovの温度が、それぞれ相手側の計算領域10B、10Aの境界条件送信領域10Bsd、10Asdの温度に近づく。
【0022】
図3は、本実施例によるシミュレーション装置のブロック図である。本実施例によるシミュレーション装置は、入力部40、処理部41、出力部42、及び記憶部43を含む。入力部40から処理部41にシミュレーション条件等が入力される。さらに、ユーザから入力部40に各種指令(コマンド)等が入力される。入力部40は、例えば通信装置、リムーバブルメディア読取装置、キーボード、ポインティングデバイス等で構成される。
【0023】
処理部41は、入力されたシミュレーション条件及び指令に基づいてシミュレーションを実行する。さらに、シミュレーション結果を出力部42に出力する。シミュレーション結果には、例えば、シミュレーション対象物を構成する粒子の位置及び速度の時間変化等を表す情報が含まれる。処理部41は、例えばコンピュータの中央処理ユニット(CPU)を含む。本実施例によるシミュレーション方法の各手順をコンピュータに実行させるためのプログラムが、記憶部43に記憶されている。出力部42は、通信装置、リムーバブルメディア書込み装置、ディスプレイ等を含む。
【0024】
図4は、本実施例によるシミュレーション方法の手順を示すフローチャートである。処理部41(
図1)が記憶部43(
図1)に格納されているプログラムを実行することにより、
図4に示した各ステップの処理が実行される。
【0025】
処理部41が、入力部40に入力されたシミュレーション条件を取得する(ステップS1)。シミュレーション条件には、解析対象物を定義する情報、境界条件、初期条件等が含まれる。シミュレーション対象物を定義する情報には、解析対象物の密度、粘度等の物性値が含まれる。境界条件には、解析空間10(
図1)の形状及び大きさを指定する情報、解析空間10を2つの計算領域10A、10B(
図1)に区分するための情報、計算領域のそれぞれにおけるくりこみの階数、重なり領域(例えば、重なり領域10Aov、10Bov(
図1))を定義するための情報等が含まれる。初期条件には、複数の粒子11A、11B(
図2)を計算領域10A、10B、重なり領域10Aov、10Bovに配置するための情報等が含まれる。
【0026】
シミュレーション条件を取得すると、処理部41は解析空間10を2つの計算領域10A、10Bに区分する(ステップS2)。その後、2つの計算領域10A、10Bのそれぞれに、境界面12を介して接続され、相手側の計算領域10B、10Aの一部の領域と重なる重なり領域10Aov、10Bov(
図2)を定義する(ステップS3)。次に、取得した初期条件に基づいて、計算領域10A及び重なり領域10Aovに複数の粒子11A(
図2)を配置し、計算領域10B及び重なり領域10Bovに複数の粒子11Bを配置する(ステップS4)。複数の粒子11A、11Bには、初期条件で指定された速度を与える。
【0027】
次に、2つの計算領域10A、10Bの複数の粒子11A、11Bについて式(1)に示した運動方程式を数値的に解き、位置及び速度を、1タイムステップ分だけ更新する(ステップS5)。このとき、計算領域10A内の粒子11Aは、重なり領域10Aov内の粒子11Aから、相互作用ポテンシャルに基づく力を受ける。同様に、計算領域10B内の粒子11Bは、重なり領域10Bov内の粒子11Bから、相互作用ポテンシャルに基づく力を受ける。
【0028】
次に、重なり領域10Aov、10Bovのそれぞれの相手側の計算領域10B、10A内の境界条件送信領域10Bsd、10Asdの温度及び速度を計算する(ステップS6)。温度は、式(4)を用いて計算することができる。速度は、領域内の複数の粒子の速度の平均値である。
【0029】
次に、ステップS6で求められた温度を温度境界条件TBCとして用い、速度を速度境界条件uBCとして用いて、重なり領域10Aov、10Bovのそれぞれの粒子11A、11Bについて、式(2)に示したランジュバン方程式を数値的に解き、粒子11A、11Bの位置及び速度を、1タイムステップ分だけ更新する(ステップS7)。次に、重なり領域10Aov、10Bovのそれぞれの粒子11A、11Bに対して式(5)に基づいて温度制御を行う(ステップS8)。
【0030】
解析終了条件が満たされるまで、ステップS5からステップS8までの手順を繰り返す(ステップS9)。解析終了条件が満たされると、解析結果を出力部42に出力する(ステップS10)。
【0031】
次に、上記実施例の優れた効果について説明する。
上記実施例では、解析空間10を2つの計算領域10A、10Bに区分し、一方の計算領域10Aのくりこみ階数を他方の計算領域10Bのくりこみ階数より少なくしている。このため、計算領域10Aにおいて、計算領域10Bより高い空間解像度で解析を行うことができる。また、一方の計算領域10Bのくりこみ階数を、他方の計算領域10Aのくりこみ階数より多くしている。このため、解析空間10の全域を計算領域10Aのくりこみ階数を用いて粗視化する場合と比べて、粒子数を削減することができる。その結果、計算負荷を軽減させることができる。
【0032】
さらに、上記実施例では、境界条件送信領域10Bsdの物理量(温度と速度)が、ランジュバン方程式を介して、相手側の重なり領域10Aovの粒子11Aに引き継がれる。同様に、境界条件送信領域10Asdの物理量(温度と速度)が、相手側の重なり領域10Bovの粒子11Aに引き継がれる。このため、2つの計算領域10A、10Bにおける計算を連成させることができる。
【0033】
次に、
図5を参照して、他の実施例によるシミュレーション方法およびシミュレーション装置について説明する。以下、
図1~
図4を参照して説明した実施例と共通の構成については説明を省略する。
【0034】
図5は、本実施例によるシミュレーションの対象となる解析モデルを示す模式図である。本実施例では、重なり領域10Aovに、境界面12とは反対側の面を介してバッファ領域10Abufが接続されている。バッファ領域10Abufは、相手側の計算領域10Bの一部の領域と重なる。同様に、重なり領域10Bovにも、バッファ領域10Bbufが接続されている。
【0035】
バッファ領域10Abuf、10Bbufには、それぞれ計算領域10A、10Bの粒子11A、11Bと同様の粗視化された粒子11A、11Bが配置される。バッファ領域10Abuf、10Bbufの粒子11A、11Bについては、計算領域10A、10Bの粒子11A、11Bと同様に、ステップS5で運動方程式を解くことにより、位置及び速度を更新する。
【0036】
次に、本実施例の優れた効果について説明する。本実施例では、重なり領域10Aov、10Bovの端面に、それぞれバッファ領域10Abuf、10Bbufが接続されているため、重なり領域10Aov、10Bovの各粒子11A、11Bについてランジュバン方程式を解く際の端面の影響を低減させることができる。
【0037】
次に、
図6~
図8を参照して、
図5に示した実施例によるシミュレーション方法を用いて、温度勾配を持つクエット流れの無次元解析を行った結果について説明する。
【0038】
図6は、シミュレーションの解析モデルを示す模式図である。相互に平行に置かれた2枚の平板30A、30Bの間の解析空間10に流体が満たされている。平板30A、30Bの相互に対向する面に垂直な方向をx方向とするxyz直交座標系を定義する。一方の平板30Aが静止しており、他方の平板30Bが一定の速度でz方向に移動する。
【0039】
2枚の平板30A、30Bの中間位置を境界面12とし、解析空間10を2つの計算領域10A、10Bに区分する。静止している平板30Aの温度Tを1.5とし、他方の平板30Bの温度Tを2.0、移動速度vを0.5とした。粗視化粒子の直径を1とし、平板30A、30Bの間の距離Lを60.0とした。重なり領域10Aov、10Bov、及びバッファ領域10Abuf、10Bbuf(
図5)のそれぞれのx方向の寸法を、それぞれ5.0とした。
【0040】
各計算領域10A、10Bの粒子間ポテンシャルとして、レナード-ジョーンズポテンシャルを用い、計算領域10A、10Bのそれぞれの粒子数Nを4000とし、時間刻み幅dtを0.005とし、摩擦係数γを2とした。解析空間10のy方向及びz方向の寸法は15.0とし、z方向に直交する面、及びy方向に直交する面に対して周期境界条件を適用した。流れ場が定常状態になるまで、計算を行った。
【0041】
図7及び
図8は、それぞれ流体の温度及び速度のx方向の分布の解析結果を示すグラフである。
図7及び
図8の横軸は、x方向の位置x/Lを表し、
図7の縦軸は温度を表す、
図8の縦軸は速度のz方向成分を表す。位置x/Lが0.5の境界面12の両側に、それぞれ重なり領域10Aov、10Bovが定義され、さらにその外側に、それぞれバッファ領域10Abuf、10Bbufが定義されている。
【0042】
図7及び
図8の四角記号は、計算領域10A、重なり領域10Aov、及びバッファ領域10Abuf内の粒子11Aから求めた温度及び速度を示し、丸記号は、計算領域10B、重なり領域10Bov、及びバッファ領域10Bbuf内の粒子11Bから求めた温度及び速度を示す。
【0043】
図7及び
図8に示したように、重なり領域10Aovと計算領域10Bとが重なっている箇所、及び重なり領域10Bovと計算領域10Aとが重なっている箇所において、温度及び速度共に、ほぼ等しくなっていることがわかる。これは、2つの重なり領域10Aov、10Bovにおいて、物理量の交換と、境界条件に基づく制御が適切に行われていることを示す。また、温度及び速度共に勾配がみられることから、2つの計算領域10A、10Bにおける計算が連成していることがわかる。
【0044】
次に、上記実施例の変形例について説明する。
上記実施例では、解析空間10を2つの計算領域10A、10Bに区分しているが、3つ以上の計算領域に区分してもよい。
図1~
図4に示した実施例では、2つの計算領域10A、10Bに、くりこみ群分子動力学法を適用する例について説明したが、一方の計算領域にくりこみを行わない分子動力学法を適用してもよい。例えば、計算領域10A(
図1)についてはくりこみを行わず、分子動力学法を適用し、計算領域10B(
図1)についてのみくりこみを行い、くりこみ群分子動力学法を適用してもよい。
【0045】
上述の各実施例は例示であり、異なる実施例で示した構成の部分的な置換または組み合わせが可能であることは言うまでもない。複数の実施例の同様の構成による同様の作用効果については実施例ごとには逐次言及しない。さらに、本発明は上述の実施例に制限されるものではない。例えば、種々の変更、改良、組み合わせ等が可能なことは当業者に自明であろう。
【符号の説明】
【0046】
10 解析空間
10A、10B 区分された計算領域
10Abuf、10Bbuf バッファ領域
10Aov、10Bov 重なり領域
10Asd、10Bsd 境界条件送信領域
11A、11B 粒子
12 境界面
20 壁面
30A、30B 平板
40 入力部
41 処理部
42 出力部
43 記憶部