IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 学校法人東京電機大学の特許一覧 ▶ 学校法人順天堂の特許一覧

特開2023-119382複数の独立した非晶質炭素膜が成膜されている領域を有する担体。
<>
  • 特開-複数の独立した非晶質炭素膜が成膜されている領域を有する担体。 図1
  • 特開-複数の独立した非晶質炭素膜が成膜されている領域を有する担体。 図2
  • 特開-複数の独立した非晶質炭素膜が成膜されている領域を有する担体。 図3
  • 特開-複数の独立した非晶質炭素膜が成膜されている領域を有する担体。 図4
  • 特開-複数の独立した非晶質炭素膜が成膜されている領域を有する担体。 図5
  • 特開-複数の独立した非晶質炭素膜が成膜されている領域を有する担体。 図6
  • 特開-複数の独立した非晶質炭素膜が成膜されている領域を有する担体。 図7
  • 特開-複数の独立した非晶質炭素膜が成膜されている領域を有する担体。 図8
  • 特開-複数の独立した非晶質炭素膜が成膜されている領域を有する担体。 図9
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023119382
(43)【公開日】2023-08-28
(54)【発明の名称】複数の独立した非晶質炭素膜が成膜されている領域を有する担体。
(51)【国際特許分類】
   C12M 1/00 20060101AFI20230821BHJP
【FI】
C12M1/00 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022022263
(22)【出願日】2022-02-16
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.テフロン
(71)【出願人】
【識別番号】800000068
【氏名又は名称】学校法人東京電機大学
(71)【出願人】
【識別番号】502285457
【氏名又は名称】学校法人順天堂
(74)【代理人】
【識別番号】100137512
【弁理士】
【氏名又は名称】奥原 康司
(74)【代理人】
【識別番号】100178571
【弁理士】
【氏名又は名称】関本 澄人
(72)【発明者】
【氏名】大越 康晴
(72)【発明者】
【氏名】福原 武志
【テーマコード(参考)】
4B029
【Fターム(参考)】
4B029AA03
4B029AA07
4B029AA08
4B029AA21
4B029BB11
4B029CC07
4B029GA01
4B029GA08
4B029GB09
(57)【要約】
【課題】本発明の課題は、細胞に対する非晶質炭素膜の有する特性に基づく効果差異を、該細胞の偶発的な培養環境の相違の影響を受けることなく、定性的な形状観察及び/又は定量的な計数等により、簡便且つ再現性高く可能にする評価系を実現することにある。
【解決手段】上記課題は、非晶質炭素膜を成膜した領域と未成膜領域、及び/又は異なる成膜条件にて成膜した複数の独立した非晶質炭素膜成膜領域を有する器具を用いて、該器具内の表面上に細胞を播種及び維持することにより、表面環境のみが異なる、ほぼ同一培養環境下で同時に細胞を培養することで解決する。即ち、該器具を用いて、未成膜領域に囲まれた成膜領域での細胞の静的状況及び/又は動的移動を観察することによって、未成膜面および/又は異なる成膜条件にて成膜された非晶質炭素膜での表面特性が、該表面上にて培養される細胞に如何なる影響を及ぼすかを、播種時の細胞の粗密といった偶発的な細胞培養条件による外乱を受けることなく、複数の表面特性間で直接比較することが可能となる。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
担体であって、該担体の表面に複数の独立した非晶質炭素膜(DLC膜)が成膜されている領域を有することを特徴とする担体。
【請求項2】
前記の成膜領域が、一定の間隔を有する格子状であることを特徴とする請求項1に記載の担体。
【請求項3】
前記担体の成分がガラス及び/又は樹脂であることを特徴とする請求項1又は請求項2のいずれかに記載の担体。
【請求項4】
前記担体がカバーグラスであることを特徴とする請求項1~3のいずれかに記載の担体。
【請求項5】
請求項1~4のいずれかに記載の担体を構成の一部に含む器具。
【請求項6】
前記器具であって、前記担体に成膜した非晶質炭素膜の細胞に対する親和性を比較する目的で使用することを特徴とする請求項5に記載の器具。
【請求項7】
前記器具がカバーグラスであることを特徴とする請求項6に記載の器具。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表面に複数の独立した非晶質炭素膜が成膜されている領域を有することを特徴とする担体に関する。
【背景技術】
【0002】
非晶質炭素膜とは、ダイヤモンドライクカーボン(DLC)膜とも呼ばれ、ダイヤモンド構造に対応するsp結合を有する炭素と、グラファイト構造に対応するsp結合を有する炭素が不規則に混在したアモルファス構造の膜である。高硬度・低摩擦、表面が不活性といった特性を有するため、金属やセラミックス等の無機材料及び高分子樹脂等の有機系材料等からなる基材表面のコーティング材として利用することにより、基材表面に耐摩耗性、耐蝕性及び摺動性等の性質をもたらすことが知られている。
【0003】
非晶質炭素膜は更に生体適合性や化学的安定性といった特性も有することから、医療用デバイスへの表面改質手段としても期待されている。即ち、これらの特性に加え、上記の様に、金属、セラミック、高分子樹脂など、様々な材にコーティングすることで表面硬度や摺動性が向上するため、例えばインプラント(特許文献1)、ステント(特許文献2)やカテーテル(特許文献3)への応用が提案されている。
【0004】
一概に非晶質炭素膜と言っても、その成膜手法によって基本物性(sp構造:ダイヤモンド構造由来構成量、sp構造:グラファイト構造由来構成量、H:水素含有量)が異なる。具体的には該基本物性に基づき、ta-C、ta-C:H、a-C、a-C:H、polymer、graphiticに分類され、これらによって基本的な表面機能が決定される。また、非晶質炭素膜はこれまで、膜全体に対する巨視的な分析によって評価されてきたが、個々の非晶質炭素膜においても、該膜を構成する表面層、バルク層、基板界面層それぞれにおいて、成膜手法によって膜特性が異なることが明らかになっている。これに加えて、非晶質炭素膜は、フッ素、窒素、銀などの第3元素をドープすることにより、更に複雑な膜特性の差異を実現することが可能である。このように、非晶質炭素膜は、その成膜手法やドープの有無などによって、様々な特性を有した膜を成膜出来るため、対象となる非晶質炭素膜が、ある特定の特性、例えば、生体由来物質との親和性に基づくバイオインターフェースとしての特性が如何程であるかを簡便かつ再現性よく判定することが出来るのであれば、非晶質炭素膜を産業上利用する上で、大変有用である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2014-4166
【特許文献2】特開2010-280636
【特許文献3】特開2008-245883
【特許文献4】特開2019-030260
【特許文献5】特表2007-508816
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】大竹 尚登ら他2名、2012年発行、NEW DIAMOND Vol.28、No.3、pp.12-18
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
これまで、非晶質炭素膜の生体由来物質との親和性に基づくバイオインターフェースとしての特性を評価する方法としては、代表的な生体由来物質の一つである細胞に対する親和性を評価すべく、評価対象となる非晶質炭素膜を、ガラスやプラスチック等の何らかの担体の表面に一様に成膜し、該担体を1つずつ独立した細胞培養容器に設置した後、培養細胞を播種し、該細胞の非晶質炭素膜との接着や該膜上での増殖の状況を観察する手法が一般的であった(特許文献2、4及び5)。しかし、一様に成膜された非晶質炭素系薄膜表面上では、本来であれば、該膜上で培養した細胞に対して、接着性等に大きな差異は無いため、該膜上の如何なる領域であっても、細胞はほぼ同等の挙動を示すはずであるが、実際には、細胞培養容器内における局所的な細胞分布(細胞密度の粗密)等により、細胞の機能発現や分化特性にばらつきが生じ易く、該非晶質炭素膜上の何れの領域を以って、該膜の代表的な定性的情報および/又は定量的代表値としてよいか、判断が難しく、客観性を維持することが困難であるのが実情である。
【0008】
また、細胞は様々な生体部位に由来し、該生体部位に起因した機能を有している為、非晶質炭素膜に対しても、該細胞特異的に異なる接着性及び/又は増殖性を有することが予想される。こうした異なる細胞に対する非晶質炭素膜の作用についても、斯様な単一種類の非晶質炭素膜ごとに独立した細胞培養環境を設け、該細胞の性状等について比較するのでは、非晶質炭素膜の細胞機能に対する影響を包括的に評価することは困難である。
【0009】
即ち、一様に成膜された単一の非晶質炭素膜上では、細胞は、偶発的な細胞培養環境による外乱の影響を受けやすく、それ故、異なる成膜条件により成膜された各種の非晶質炭素膜間における様々な細胞に対する膜の特性に基づく効果差異を、簡便且つ定量的に判定するための評価系の確立はなされていなかった。
【0010】
以上の問題点に鑑みて、本発明の課題は、細胞に対する、非晶質炭素膜の有する特性に基づく効果差異を、該細胞の偶発的な培養環境の相違の影響を受けることなく、定性的な形状観察及び/又は定量的な計数等により、簡便且つ再現性高く評価することを可能にする、即ち、同一培養条件で同時に複数の非晶質炭素膜環境での評価を行い得る系を実現することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
発明者らは、非晶質炭素膜の細胞に対する前記評価系を確立する目的で、従来の手法よりも、非晶質炭素膜の成膜領域内における細胞の偶発的な培養環境に影響を受けることなく、成膜条件の異なる該非晶質炭素膜間の細胞に対する影響差異を客観的に評価し得る器具の開発に取り組んだ。
【0012】
即ち、発明者らは、同一培養環境下にて同時に、成膜条件の異なる複数の非晶質炭素膜上に細胞を培養し、比較観察し得る環境を構築すべく、様々な形状及び/又は材質の担体表面に、成膜条件の異なる非晶質炭素膜を互いに近接する領域に成膜し、該膜上に同一種の細胞を同密度にて播種し、極力同一環境に近い条件下で細胞の培養を行う実験を繰り返し実施した。
【0013】
具体的には、ガラスを材質とするカバーグラス表面上に、一定間隔の格子状に非晶質炭素膜を成膜した後、該表面に対し単一種の細胞を均一に播種し、カバーグラスごと1穴の細胞培養容器内にて一定期間細胞培養を行った。更に、該格子状の成膜領域を、異なる成膜条件由来の複数種の非晶質炭素膜によって構成することで、同一細胞培養容器内における各種炭素膜の特性の相違による接着細胞の挙動比較を可能とした。
【0014】
前記の器具を用いることにより、成膜条件の異なる非晶質炭素膜が格子状に隣接した近接領域に成膜され、異なる炭素膜上であることを除いてはほぼ同一培養環境下での培養細胞間の静的な差異を同時に観察することが可能となった。これに加えて、発明者らは、該器具における培養細胞を経時的に観察することにより、細胞が接着および/又は増殖を繰り返す過程において、より好ましい膜環境を求めて移動していく動的な性状を見出すに至った。これにより、いずれの成膜条件に係る非晶質炭素膜表面が、対象となる細胞にとって、接着性及び/又は増殖性等においてより好適な環境であるか、をより明確に判定することが出来る。
【0015】
以上の知見に基づいて、本発明は完成されるに至った。
すなわち、本発明は以下の(1)~(7)に関するものである。
(1)担体であって、該担体の表面に複数の独立した非晶質炭素膜(DLC膜)が成膜されている領域を有することを特徴とする担体。
(2)前記の成膜領域が、一定の間隔を有する格子状であることを特徴とする(1)に記載の担体。
(3)前記担体の成分がガラス及び/又は樹脂であることを特徴とする(1)又は(2)のいずれかに記載の担体。
(4)前記担体がカバーグラスであることを特徴とする(1)~(3)のいずれかに記載の担体。
(5)(1)~(4)のいずれかに記載の担体を構成の一部に含む器具。
(6)前記器具であって、前記担体に成膜した非晶質炭素膜の細胞に対する親和性を比較する目的で使用することを特徴とする(5)に記載の器具。
(7)前記器具がカバーグラスであることを特徴とする(6)に記載の器具。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、非晶質炭素膜を成膜した領域と未成膜領域、及び/又は異なる成膜条件にて成膜した複数の独立した非晶質炭素膜成膜領域を有する器具を用いて、該器具内の表面上に細胞を播種及び維持することにより、表面環境のみが異なる、ほぼ同一培養環境下で同時に細胞を培養することが可能となる。即ち、未成膜領域に囲まれた成膜領域での細胞の静的状況及び/又は動的移動を観察することによって、未成膜面および/又は異なる成膜条件にて成膜された非晶質炭素膜での表面特性が、該表面上にて培養される細胞に如何なる影響を及ぼすかを、播種時の細胞の粗密といった偶発的な細胞培養条件による外乱を受けることなく、複数の表面特性間で直接比較することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】カバーグラス(直径12mm)への1mmx1mm格子状パターンでの非晶質炭素膜の成膜。左図;パターン成膜用マスク。右図;3種類の非晶質炭素膜領域(DLC1~3)及び未成膜領域の説明図。
図2】未成膜領域におけるF2細胞の接着の様子。培養開始4時間後(左上)、12時間後(右上)、1日後(左下)及び6日後(右下)。
図3】非晶質炭素膜(DLC1;窒素含有率0%でのプラズマCVD法による成膜)領域及び周辺領域(未成膜)におけるF2細胞の接着の様子。培養開始4時間後(左上)、12時間後(右上)、1日後(左下)及び6日後(右下)。
図4】非晶質炭素膜(DLC2;窒素含有率40%でのプラズマCVD法による成膜)領域及び周辺領域(未成膜)におけるF2細胞の接着の様子。培養開始4時間後(左上)、12時間後(右上)、1日後(左下)及び6日後(右下)。
図5】非晶質炭素膜(DLC3;窒素含有率60%でのプラズマCVD法による成膜)領域及び周辺領域(未成膜)におけるF2細胞の接着の様子。培養開始4時間後(左上)、12時間後(右上)、1日後(左下)及び6日後(右下)。
図6】未成膜領域におけるNIH-3T3細胞の接着の様子。培養開始1日後(左上)、2日後(右上)、3日後(左下)及び5日後(右下)。
図7】非晶質炭素膜(DLC1;窒素含有率0%でのプラズマCVD法による成膜)領域及び周辺領域(未成膜)におけるNIH-3T3細胞の接着の様子。培養開始1日後(左上)、2日後(右上)、3日後(左下)及び5日後(右下)。
図8】非晶質炭素膜(DLC2;窒素含有率40%でのプラズマCVD法による成膜)領域及び周辺領域(未成膜)におけるNIH-3T3細胞の接着の様子。培養開始1日後(左上)、2日後(右上)、3日後(左下)及び5日後(右下)。
図9】非晶質炭素膜(DLC2;窒素含有率60%でのプラズマCVD法による成膜)領域及び周辺領域(未成膜)におけるNIH-3T3細胞の接着の様子。培養開始1日後(左上)、2日後(右上)、3日後(左下)及び5日後(右下)。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明の第1の形態は、担体であって、該担体の表面に複数の独立した非晶質炭素膜(DLC膜)が成膜されている領域を有することを特徴とする担体である。
【0019】
非晶質炭素膜は様々な成膜方法によって作成され、用途は多岐に渡るが、非晶質炭素膜の物性値としての定義が定まっておらず、定量的な評価指標が存在しないことが生産・利用の障害となっている。それ故に、使用用途に適した非晶質炭素膜を適切に活用するために、該炭素膜の用途と物性値の分類および標準化が求められてきた。これまでに75種類を超える非晶質炭素膜について、sp/sp結合比率および水素含有量、膜密度などの計14種の分析を行い、特にsp/sp結合比率および水素含有量を基準として、±5%の許容範囲でta-C、ta-C:H、a-C、および a-C:H膜の種類に分類されている(非特許文献1)。また、非晶質炭素膜の分類として上記以外にも、水素含有量が多く高分子特性を示すPLC(Polymer like carbon)、黒鉛状の特性を示すGLC(Graphite like carbon)もあり、これらを総括して非晶質炭素膜の分類が行われている。
本発明に係る非晶質炭素膜は、グラファイト構造由来のspおよびダイヤモンド構造由来のsp混成軌道が混在し、水素化された構造を有する炭素膜であればよく、前記の如何なる分類に属するものも含み、特に限定されるものでは無い。
【0020】
本発明に係る非晶質炭素膜の成膜方法には、特に制限はなく、既存の如何なる成膜方法及び/又は新規の方法であってもよい。イオン化蒸着法、スパッタ法、化学気相堆積(CVD)法、DCプラズマCVD法、高周波プラズマCVD法、プラズマイオン注入法、重畳型高周波プラズマイオン注入法、イオンプレーティング法、アークイオンプレーティング法、イオンビーム蒸着法又はレーザーアブレーション法などやこれらを組み合わせてもよく、例えば、イオン化蒸着法、スパッタ法、化学気相堆積(CVD)法、DCプラズマCVD法、高周波プラズマCVD法、プラズマイオン注入法、重畳型高周波プラズマイオン注入法、イオンプレーティング法、アークイオンプレーティング法、イオンビーム蒸着法又はレーザーアブレーション法などやこれらを組み合わせてもよく、好ましくは、スパッタ法、CVD法であり、特に好ましくはCVD法であるが、本発明はこれらの成膜方法によって成膜された非晶質炭素膜に限定されるものではない。
【0021】
また、本発明に係る非晶質炭素膜の原料は、特に限定はしないが、炭化水素系原料ガス(炭素原子と水素原子だけで出来た化合物の総称である炭化水素から構成された原料ガス)を用いてもよく、具体的にはメタン(CH4)、エタン(C26)、プロパン(C38)、ブタン(C410)、ペンタン(C512)、ヘキサン(C614)、ヘプタン(C716)、オクタン(C818)、ノナン(C920)、デカン(C1022)、エチレン(C24)、プロピレン(C36)、ブテン(C48)、ペンテン(C510)、ヘキセン(C612)、アセチレン(C22)、プロピン(C34)、ベンゼン(C66)、トルエン(C65CH3)、ジメチルベンゼン(C6426)、トリメチルベンゼン(C6339)などが挙げられる。また、複数の2重結合、複数の3重結合及び複数のベンゼン環を含んでもよく、これらを組み合わせた炭化水素を用いてもよい。また、これらの炭化水素は単独で用いてもよく、複数を混合して用いてもよい。
【0022】
更に、該原料ガスの組成に加え、成膜時に流入するガス中の窒素、フッ素、酸素、ケイ素、銀等の含有量を調節することで、異なる表面物性を有する非晶質炭素膜を成膜することも可能である。
発明者らは、担体である同一ガラス基板上への、プラズマCVD法による非晶質炭素膜の成膜時に、 3種類(0、40及び60%)の異なる窒素含有率下での成膜を行ったところ(図1)、sp/(sp+sp)、C-N基、C=O基、C-O基、及びO-C-O基の含有比率といった、非晶質炭素膜の基本物性として重要な因子に、各炭素膜で相違があることを確認した(表3)。本発明に係るデバイス(該3種炭素膜が隣接して成膜された同一ガラス基板)を用いることで、斯様に基本物性の異なる非晶質炭素膜表面上の培養細胞を直接、比較観察することが出来、これにより、該基本物性と培養細胞に及ぼす影響との間に存する関連性を検討することが可能となる。
【0023】
なお、成膜される非晶質炭素膜の膜厚は、担体より容易に脱離しなければ如何なる厚さでもよく、特に限定はしないが、好ましくは100nm~300nmとしてもよい。
【0024】
担体とは、他の物質を固定する土台となる物質であり、担体自体は化学的に安定したもので、目的操作を阻害しないものが望ましく、吸着や触媒活性を示す場合もあるが、基本的には担体自体は化学的に安定したもので、目的操作を阻害しないものが望ましい。本発明における担体とは、非晶質炭素膜を成膜した場合に、該膜を安定に固定するものであればよく、成膜された非晶質炭素膜の機能に基づく用途に応じて、如何なる物性を有していてもよい。材質は、特に限定することはないが、例えば、鉄、アルミニウム、銅、ステンレス、ニッケル、タングステン、クロム、チタン等の金属類、金、銀、白金、パラジウム、ロジウム、イリジウム、ルテニウム、オスミウム等の貴金属類、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリエチレンテフタレート、塩化ビニール、ポリスチレン(スチロール樹脂)、ABS樹脂、アクリル(メタクリア)、ポリアミド(ナイロン樹脂)、ポリカポネード、四フッ化エチレン(テフロン)、エチレン酸ビコポリマー等の熱可塑性樹脂類、フィノール樹脂ベークライト、メラミン(デコラ)、不飽和ポリエステル、エポキシ熱硬化性樹脂等の熱硬化性樹脂類、ソーダ石灰ガラス、鉛ガラス、ホウケイ酸ガラス、無アルカリガラス、石英ガラス、リン酸塩ガラス等のガラス類、等が挙げられる。特に細胞等に代表される生体由来物質に対する親和性を評価する場合、該生体由来物質を直接観察出来ることが望まれる為、担体は光を透過し得る材質が好ましく、熱可塑性樹脂類、熱硬化性樹脂類、及びガラス類であり、特に好ましくは、ガラス類である。
【0025】
本発明において、非晶質炭素膜が成膜されている担体表面の領域は、複数の独立した領域でなければならない。ここで「複数の独立した」とは、少なくとも2以上の非晶質炭素膜が成膜された領域が、担体の同一表面上の独立した位置に存在していればよい。ここで「独立した位置に存在する」とは、該非晶質炭素膜の間に未成膜領域が介在していてもよく、又は隙間なく直接接していてもよい。また、複数の非晶質炭素膜は、全てが同一の非晶質炭素膜でなければよく、少なくともその一部に非同一の非晶質炭素膜を含んでいればよい。特に異なる非晶質炭素膜の性状の差異を確認することを目的とする場合、該差異以外は極力環境を同一にすることが望ましい為、各々の非晶質炭素膜の成膜領域の広さや形状を類似させ、更に該領域を隣接又は一定の間隔を空けて配列させることが好ましい。具体的には、成膜領域が互いに一定の間隔を有する略格子状や略円形状に配列している場合が好ましく、特に好ましくは一定の間隔を有する略格子状に配列している場合である。略格子状の配列を形成する略矩形(成膜領域)の縦長及び横長及び該成膜領域を隔てる間隔長は、特に限定はしないが、隣り合う非晶質炭素膜領域表面での環境が、該炭素膜の性状差異以外はほぼ同一であり、かつ、両領域表面を容易に比較観察できる程度に近接していることが望ましい為、略矩形の縦長及び/又は横長は、好ましくは0.5~2mmであり、特に好ましくは1mmであってもよい。また、成膜領域を隔てる間隔長は、好ましくは0.5~2mmであり、更に好ましくは1mmであってもよい。
【0026】
発明者らはカバーグラス(直径12mm)に窒素含有量が異なる3種類の非晶質炭素膜を1mm×1mmの正方形パターンで成膜し(成膜領域の間隔;1mm;図1)、該カバーグラスをpolystyrene製24ウェルマルチプレートのウェル内に設置、該ウェル内にてF2細胞(細胞播種数:2.6×10cell)を6日間培養した。その結果、Arプラズマによる親水化により細胞が安定して接着し、時間経過と共に増殖している未成膜のカバーグラス表面(図2)に対し、窒素混合無しの非晶質炭素膜(DLC1;窒素含有率0%でのプラズマCVD法による成膜)の成膜領域では、細胞播種から1日で該成膜領域周辺の未成膜領域から細胞が成膜領域内に流入し、更に、細胞播種から6日後には、該成膜領域周辺部の細胞は、細胞の移動により細胞密度が疎の状態となり、該成膜領域での細胞の接着および細胞凝集塊が形成された(図3)。
【0027】
これに対し、その他の2種類の非晶質炭素膜(DLC2;窒素含有率40%でのプラズマCVD法による成膜、及びDLC3;窒素含有率60%でのプラズマCVD法による成膜)においては、細胞培養6日目では成膜領域の有無に関わらず細胞が一様に増殖し、細胞凝集は認められなかった。また、DLC2とDLC3を比較すると、DLC3の成膜領域ではDLC2よりも細胞増殖は抑制されながら緩やかに増殖した。このため、細胞播種1日後では、前者の成膜領域の細胞密度は後者よりも比較的低い状態にあり、DLC3での成膜領域周辺(未成膜領域)から成膜領域内への細胞の流入は、DLC2と比べ少なかった(図3、4)。
【0028】
この様に、発明者らは、本発明に係る器具を用いることで、表3に示す様な表面物性の異なる3種の非晶質炭素膜の成膜領域において、該成膜領域への培養細胞の移動や増殖、細胞凝集などの現象に差異が生じることを確認できた。斯様な現象の正確な理解、特に非成膜領域から成膜領域への細胞の移動といった経時的かつ微細な変化は、本発明に係る、複数の独立した非晶質炭素膜の成膜領域を直接比較観察することの出来る用具によって初めて可能となるものであり、当業者の予想を大きく上回る成果である。
【0029】
なお、発明者らはF2細胞以外の培養細胞種(NIH-3T3細胞)でも同様の細胞実験を行った。その結果を図6~9に示す。細胞の種類、播種密度、培養期間等は異なるが、F2細胞での評価(図2~5)と同様の傾向が示された。
このことから、非晶質炭素膜DLC1~3それぞれの表面物性が培養細胞の挙動に及ぼす効果には、細胞種を超えた一定の普遍性のあることが示唆された。
【0030】
本発明に係る担体は、該担体に成膜した非晶質炭素膜の細胞に対する親和性を比較する目的で使用することを特徴としてもよい。ここで細胞とは、ヒトを含む如何なる生物に由来する細胞であってよく、該生物の体内に存在する如何なる細胞をも含む。また、生体に由来する細胞を含んでいるのであれば、特に限定はしないが、単独の細胞、細胞群、組織片等の何れでもよく、単一種であっても、複数種を含んでいてもよい。更に、細胞は組織から直接採取したものであっても、すでに細胞株または細胞種として樹立されているものであってもよい。特に該細胞が、人為的に生体外で培養されている細胞、いわゆる培養細胞である場合、該培養細胞は、特に限定はしないが、器官あるいは臓器を培養する形式(器官培養)でもよく、組織から培養前に酵素及び/または機械的手段により個々に分離した細胞、又は細胞株または細胞種に由来する細胞を用いる形式(細胞培養)でもよい。
【0031】
本発明に係る親和性とは、担体に成膜された非晶質炭素膜が、細胞と容易に結合する性質や傾向を意味するが、単なる結合の強さのみならず、結合を一定期間維持した結果、対象となる細胞に何らかの影響を与える能力も含む。例えば、本出願において、細胞の一例として培養細胞を用い、非晶質炭素膜による該培養細胞の該炭素膜への接着性のみならず、移動、増殖、凝集等といった細胞への生物学的影響の有無及びその程度差異を確認しているが、斯様な影響力は親和性に該当する。
【0032】
本発明の第2の形態は、該発明の第1の形態である担体を構成の一部に含む器具である。担体の表面に複数の独立した非晶質炭素膜が成膜されている領域を有している器具であれば、如何なるものであってもよいが、好ましくは、該非晶質炭素膜の細胞に対する親和性を比較する目的で使用することを特徴とする器具である。斯様な細胞に対する親和性比較を想定した場合、該器具は、細胞培養に関連する器具であってもよい。例えば、スライド、カバーグラス、フラスコ、組織培養用フラスコ、培養皿( ディッシュ) 、組織培養用ディッシュ、マルチディッシュ、マイクロプレート、マイクロウェルプレート、マルチプレート、マルチウェルプレート、チャンバースライド、シャーレ、チューブ、トレイ、培養バック、マイクロキャリア、ビーズ、スタックプレート、スピナーフラスコ又はローラーボトルなどが挙げられるが、これらに限定されるものではなく、また、当業者であれば適宜培養のスケール、培養条件及び培養期間に応じた器具を選択することが可能である。
特に限定はしないが、好ましい器具としてはカバーグラスが挙げられる。カバーグラスとは顕微鏡を用いた観察時にスライドグラスに載せた検鏡被験物を覆う薄い透明板であり、本来はスライドグラス上の被験物を被覆するのに用いる器具であるが、本発明においては、スライドグラスを伴わず、単独で用いてもよい。即ち、カバーグラス表面に複数の独立した非晶質炭素膜を成膜して使用出来るケースであれば、如何なる場面でも用いることが出来る。名称に「グラス」を含んでいるが、必ずしもガラス製である必要は無く、透過性のある材質、例えば樹脂製であってもよい。また、サイズや厚みも特に限定されず、当業者であれば使用条件に応じて適宜、適当なサイズ・厚み・材質等を選択することが可能である。
【実施例0033】
以下に実施例を示す。これらは、あくまでも例示にすぎず、本発明の範囲を限定するものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲において種々の改良及び設計の変更を行ってもよい。
【0034】
1.実験1:カバーグラス表面への格子状非晶質炭素膜の成膜及び表面状態分析
1-1.概要
物性の異なる非晶質炭素膜の培養細胞への影響を評価する上で、従来の手法よりも偶発的な培養環境に依存することなく、より簡便且つ再現性よく細胞への影響を確認し得る器具を開発する目的で、カバーグラス表面に成膜条件の異なる非晶質炭素膜(窒素含有率がそれぞれ0%、40%、60%でのプラズマCVD法による成膜)を格子状に成膜する。併せて、該非晶質炭素膜それぞれの表面状態をXPS分析により測定する。
【0035】
1-2.実験方法
本実験において、窒素含有非晶質炭素膜(DLC)の成膜対象として円形のガラス基板(カバーグラス)を使用した。次に、窒素含有DLCを成膜する前処理として、高周波プラズマCVD法にて、アルゴン(Ar)プラズマ処理を行った。使用したガスはアルゴン(Ar)である。プラズマ生成条件を表1に示す。これは、ガラス基板上へのDLCの接着性が低いことから、ガラス基板上への接着性向上を目的とした処理となる
【表1】
アルゴン(Ar)プラズマ処理後、高周波プラズマCVD法により、窒素含有DLCの成膜を行った。成膜条件を表2に示す。成膜時に、同一ガラス基板上へ3パターン(N:0、40、60%)の窒素含有率での成膜を行った。
【表2】
【0036】
1-3.結果
1mm×1mmの格子状パターンでの3種類の非晶質炭素膜(DLC1~3)の成膜領域と未成膜領域を有するカバーグラス(直径12mm)を作成出来た(図1右図)。また、DLC1~3それぞれの表面状態は以下の通りであった(表3)。
【表3】
【0037】
2.実験2:格子状パターンでの3種類の非晶質炭素膜(DLC1~3)の成膜領域と未成膜領域を有するカバーグラス上での培養細胞(F2細胞)の培養及び観察
2-1.概要
上記実験1にて作成した、格子状に配された3種類の非晶質炭素膜の成膜領域と、未成膜領域を有するカバーグラスを用いて、同一培養液中で同時に細胞培養を行う。これにより、未成膜領域に囲まれた成膜領域を観察することで、該成膜領域と周辺未成膜領域での培養細胞の様子(移動、増殖、凝集等)を直接比較することが可能であるかを確認できる。また、表面物性の異なる非晶質炭素膜(DLC1~3)による成膜領域間での培養細胞への影響についても比較評価が可能であるか確認できる。
【0038】
2-2.実験方法
接着細胞培養用24ウェルプレート(Cat.662160、greiner bio-one;polystyrene製)のウェル内に,実験1において作製したカバーグラスを設置後、D-MEM培養液にて調製したF2細胞2.6×10cell/well(1mL)を播種し、細胞増殖及び細胞接着形態の観察を行った。細胞培養は,インキュベータ内(温度:37度、湿度:100%、CO:5.0%)で培地を交換せず6日間(144時間)実施し、観察は、細胞播種より4、12、24、144時間後の各時点で行った。
【0039】
2-3.結果
実験1において作製したカバーグラスを24ウェルマルチプレートのウェル内に設置し、そのウェル内にてF2細胞(細胞播種数:2.6×10cell)を6日間(144時間)培養した。未成膜領域のカバーグラス表面(図2)では、Arプラズマによる親水化により細胞が安定して接着し、時間経過と共に増殖している様子が確認された。
【0040】
これに対し、DLC1の成膜領域では、細胞播種から1日(24時間)経過時に、該成膜領域に周在する未成膜領域の細胞が該成膜領域内に流入し、増殖および凝集を示した(図3左下)。更に、細胞播種より6日後には、成膜領域周辺部の細胞は、細胞の移動により細胞密度が疎の状態となり、成膜領域内での細胞の接着および凝集塊が形成された(図3右下)。
【0041】
一方、DLC2およびDLC3の成膜領域では、いずれの非晶質炭素膜においても、培養開始6日目で、成膜領域及び周辺未成膜領域に関わらず細胞が一様に増殖し、細胞凝集は認められなかった(図4及び5右下)。特にDLC2の成膜領域では、成膜領域周辺と比べて細胞播種から12時間で細胞増殖は抑制されながら緩やかに増殖した(図4右上)。そして、細胞播種から1日後では、成膜領域周辺(未成膜領域)で増殖した細胞が先にコンフルエント状態になると、細胞密度が疎である成膜領域に細胞が流入し、その後は成膜領域および周辺未成膜領域に関わらず細胞は一様に増殖した(図4左下)。
【0042】
これに対し、DLC3の成膜領域では、成膜領域周辺(未成膜領域)と比べて、DLC2よりも更に細胞増殖は抑制されながら緩やかに増殖した。そのため、細胞播種1日後では、成膜領域周辺はコンフルエント状態となっても、成膜領域の細胞密度は比較的低い状態であり、成膜領域周辺(未成膜領域)から成膜領域内への細胞の流入はDLC1およびDLC2に比して少なかった(図5左下)。しかし、その後は成膜領域および周辺未成膜領域に関わらず、細胞は一様に増殖した(図5右下)。
【0043】
以上の結果より、実験1にて作成した器具を用いて、同一培養液中で同時に細胞培養を行い、該器具内の未成膜領域に囲まれた成膜領域を観察することで、該成膜領域と周辺未成膜領域での培養細胞の様子(移動、増殖、凝集等)を直接比較することが可能であり、また、表面物性の異なる非晶質炭素膜(DLC1~3)による成膜領域間での培養細胞への影響についても比較評価が可能であることが証明された。
【0044】
3.実験3:格子状パターンでの3種類の非晶質炭素膜(DLC1~3)の成膜領域と未成膜領域を有するカバーグラス上での培養細胞(NIH-3T3細胞)の培養及び観察
3-1.概要
上記実験2においてF2細胞を用いて得られた実験結果が、他の細胞種であるNIH-3T3細胞においても同様な結果として得られるか確認する。
【0045】
3-2.実験方法
接着細胞培養用24ウェルプレート(Cat.662160,greiner bio-one;polystyrene製)のウェル内に,実験1において作製したカバーグラスを設置後、D-MEM培養液にて調製したNIH-3T3細胞30,200cell/mL(1mL)を播種し、細胞増殖及び細胞接着形態の観察を行った。細胞培養は、インキュベータ内(温度:37度,湿度:100%,CO:5.0%)で5日間(120時間)実施し、観察は、細胞播種より1日(24時間)、2日(48時間)、3日(72時間)、5日(120時間)後の各時点で行った。
【0046】
3-3.結果
細胞の種類、播種密度、培養期間も異なるが、F2細胞での評価(図2)と同様に、未成膜のカバーグラス表面ではArプラズマによる親水化処理により細胞が安定して接着し、時間経過と共に増殖している様子が確認された(図6)。
【0047】
これに対し、DLC1の成膜領域では、時間経過と共に成膜領域内で細胞が増殖し細胞密度は密になる一方で、該成膜領域に周在する未成膜領域の細胞では、細胞密度が疎になっており、F2細胞での評価と同様の傾向が示された(図7)。
【0048】
一方、DLC2およびDLC3では、F2細胞と同様に、いずれの非晶質炭素膜においても、培養開始5日目で、成膜領域及び周辺未成膜領域に関わらず細胞が一様に増殖し、細胞凝集は認められなかった。特にDLC2の成膜領域では、該成膜領域周辺(未成膜領域)と比べて細胞増殖は抑制されながら緩やかに増殖した。そして、培養3日目では、成膜領域周辺(未成膜領域)で増殖した細胞がコンフルエント状態になると、細胞密度が疎の成膜領域に細胞が流入し、その後は成膜領域および周辺未成膜領域に関わらず、細胞は一様に増殖した(図8左下)。
【0049】
これに対し、DLC3の成膜領域では、成膜領域周辺(未成膜領域)と比して、DLC2よりも更に細胞増殖は抑制された。そのため、培養2日目では、成膜領域周辺は細胞増殖が進行した一方で、成膜領域での細胞増殖は殆ど認められなかった。培養3日目になると、成膜領域周辺(未成膜領域)がコンフルエント状態となったことで、成膜領域内への細胞の流入が始まり、培養5日目では成膜領域内でも細胞は増殖したが、DLC1およびDLC2と比べ、細胞増殖は少なかった。このことから、F2細胞での評価と同様に、DLC3の成膜領域では、細胞の増殖および成膜領域周辺(未成膜領域)からの細胞の流入が抑制される傾向にあると考えられる(図9右下)。
【0050】
以上の結果より、上記実験2においてF2細胞を用いて得られた実験結果が、他の細胞種であるNIH-3T3細胞においても同様な結果として得られることが確認された。
このことから、本発明に係る器具によって、異なる表面物性を有する非晶質炭素膜の培養細胞に対する影響は、培養細胞種によらず、該非晶質炭素膜が有する普遍的な特徴として検出出来ることが示唆された。
【産業上の利用可能性】
【0051】
本発明に係る、担体であって、該担体の表面に複数の独立した非晶質炭素膜が成膜されている領域を有することを特徴とする担体は、該担体を構成の一部に含む器具であって、該器具の用途が細胞培養に関連する器具、例えばカバーグラスとして用いることが出来る。該カバーガラスの表面上で細胞を播種及び維持することにより、成膜された非晶質炭素膜の表面環境のみが異なる、ほぼ同一培養環境下で同時に細胞を培養することが可能となる。本培養系を用いて、未成膜領域に囲まれた非晶質炭素膜の成膜領域での細胞の静的状況及び/又は動的移動を観察することで、未成膜面および/又は異なる成膜条件にて成膜された非晶質炭素膜での表面特性が、該表面上にて培養される細胞に如何なる影響を及ぼすかを、播種時の細胞の粗密といった偶発的な細胞培養条件による外乱を受けることなく、複数の表面特性間で直接比較することが初めて実現し得る。これにより、非晶質炭素膜の、細胞に対する親和性を客観的に判定することが出来、産業上、高い利用可能性を有している。

図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9