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2023-119400休眠卵を用いた遺伝子組換えカイコの作製方法
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  • -休眠卵を用いた遺伝子組換えカイコの作製方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023119400
(43)【公開日】2023-08-28
(54)【発明の名称】休眠卵を用いた遺伝子組換えカイコの作製方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/07 20100101AFI20230821BHJP
   C12N 1/00 20060101ALI20230821BHJP
   A01K 67/033 20060101ALI20230821BHJP
   C12N 15/09 20060101ALI20230821BHJP
   C12N 15/89 20060101ALI20230821BHJP
【FI】
C12N5/07
C12N1/00 U
A01K67/033 501
C12N15/09 Z
C12N15/89 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022022288
(22)【出願日】2022-02-16
(71)【出願人】
【識別番号】501203344
【氏名又は名称】国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】米村 真之
(72)【発明者】
【氏名】田村 俊樹
(72)【発明者】
【氏名】飯塚 哲也
(72)【発明者】
【氏名】山田 信人
(72)【発明者】
【氏名】酒井 弘貴
(72)【発明者】
【氏名】小林 功
(72)【発明者】
【氏名】内野 恵郎
(72)【発明者】
【氏名】瀬筒 秀樹
【テーマコード(参考)】
4B065
【Fターム(参考)】
4B065AA90X
4B065AB01
4B065AC14
4B065BA02
4B065BA04
4B065BA30
4B065CA46
(57)【要約】
【課題】実用系統の遺伝子組換えカイコを短期間で、かつ少ない労力で作製する技術を開発し、提供することである。
【解決手段】休眠卵をDMSO処理によって休眠打破し、得られた卵に目的の核酸を導入することで遺伝子組換えカイコを作製する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
遺伝子組換えカイコの作製方法であって、
休眠性カイコ系統の個体から受精卵を採取する受精卵採取工程、
前記受精卵採取工程で採取した受精卵に、ジメチルスルホキシドへの接触処理により休眠打破を行う休眠打破工程、
前記休眠打破工程後の卵に、マイクロインジェクション法により目的の核酸を導入する核酸導入工程、及び
前記核酸導入工程後の次世代カイコから遺伝子組換え体を選抜する組換え体選抜工程
を含む、前記作製方法。
【請求項2】
遺伝子組換えカイコの作製方法であって、
単為発生カイコ系統の個体から未受精卵を採取する未受精卵採取工程、
前記未受精卵採取工程で採取した未受精卵に単為発生誘導処理を行う単為発生誘導工程、
前記単為発生誘導工程後の未受精卵にジメチルスルホキシドへの接触処理により休眠打破を行う休眠打破工程、
前記休眠打破工程後の卵に、マイクロインジェクション法により目的の核酸を導入する核酸導入工程、及び
前記核酸導入工程後の次世代カイコから遺伝子組換え体を選抜する組換え体選抜工程
を含む、前記作製方法。
【請求項3】
前記ジメチルスルホキシドへの接触処理時間が10分~1時間である、請求項1又は2に記載の作製方法。
【請求項4】
前記核酸導入工程で標識遺伝子をさらに導入する、請求項1~3のいずれか一項に記載の作製方法。
【請求項5】
前記組換え体選抜工程における選抜が前記標識遺伝子の発現に基づく、請求項4に記載の作製方法。
【請求項6】
前記単為発生誘導処理が未受精卵を45℃~50℃に15分間~20分間曝露する高温処理である、請求項2~5のいずれか一項に記載の作製方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は休眠卵を用いた遺伝子組換えカイコの作製方法に関する。
【背景技術】
【0002】
生物の遺伝子組換え技術は、遺伝子の機能解析や有用タンパク質の生産に関して不可欠である。従来、遺伝子組換えに用いる宿主生物には、主として大腸菌や酵母が利用されてきた。これらの宿主は、培養が容易で、短期間で大量増殖できるという利点を有する反面、タンパク質の大量生産が困難という問題があった。
【0003】
そこで、タンパク質の大量生産に適し、さらに遺伝子組換え技術が確立された宿主生物として、近年、カイコ(Bombyx mori)が脚光を浴びている。カイコは、絹を生産するために古くから産業利用されてきた昆虫であり、幼虫の作る繭から絹糸を短期間に大量に生産することができる。この特性を利用して、遺伝子組換え技術によって絹糸以外の有用タンパク質を大量生産することが可能となり、一部は動物検査薬等として上市されている。現在では、遺伝子組換え技術によって得られた遺伝子組換えカイコ(トランスジェニックカイコ)を用いたヒトの医薬品原薬生産技術の開発が進められている。
【0004】
遺伝子組換えカイコの作製には、トランスポゾンを利用して卵に所望の遺伝子を注射するマイクロインジェクション法が採用されている(非特許文献1)。マイクロインジェクション法では、ドナーDNA、トランスポゾン由来の転移酵素、その他の組換え活性等を胚発生初期の卵に導入して遺伝子組換えカイコを作製する。カイコの卵は、産卵後2時間以内に受精をし、その後、シンシチウムと呼ばれる細胞膜を持たない裸の核が分裂を繰り返しながら卵の表面へと移動する。この期間内、具体的には産卵後2~8時間の卵に所望の遺伝子を導入しなければならない。胚発生が進行するこの期間を過ぎると、形質転換体の出現効率が著しく減少するためである(非特許文献2)。つまり、既存の方法で遺伝子組換えカイコを作製するには、胚発生が停止しない卵に対して、産卵後特定の時間内に目的の遺伝子を導入することが重要となる。
【0005】
ところで、カイコの多くは、通常、年に1回成虫が発生する一化性系統である。一化性系統のカイコは、休眠卵を産卵し、卵で休眠状態となる。この休眠状態は、マイクロインジェクション後も維持されるため、休眠卵に前記遺伝子導入を行っても形質転換体を得ることはできない。そこで、マイクロインジェクション法では休眠状態とならない非休眠卵が使用される。ところが、非休眠卵を産卵する非休眠性系統の多くは絹の生産性等が劣る実験系統であり、産業利用には不適であった。それ故に、従来は、非休眠性系統から得た非休眠卵を用いてマイクロインジェクション法による遺伝子組換えを行った後、得られた遺伝子組換えカイコを休眠性実用系統と交配して、産業利用に適した実用系統に育成する必要があった。
【0006】
前記課題を解決するため、休眠性系統である実用系統から、休眠状態に入らない休眠卵又は非休眠卵(本明細書では、しばしば、これらをまとめて「非休眠卵等」と略記する)を得る方法が開発されている。例えば、外部からの物理的又は化学的刺激により休眠卵の休眠状態への移行を回避し、胚発生を維持させる休眠打破法と、休眠性系統の親カイコを処理して非休眠卵を産卵させる非休眠卵産卵法がある。
【0007】
非特許文献3には、休眠打破法の一つである浸酸処理で得られた休眠状態に入らない休眠卵、すなわち休眠を回避した休眠卵にマイクロインジェクションを行う方法が開示されている。浸酸処理は通常では、産卵24時間後の休眠卵を塩酸溶液に浸漬して、休眠打破を行う方法である。非特許文献3では、産卵後3時間以内に浸酸処理を行った二化性系統休眠卵に対して、マイクロインジェクション法により遺伝子組換え操作を行っている。しかし、この方法は、酸による化学的刺激に加えてマイクロインジェクションという物理的刺激が卵に付与されるため、その後の孵化率が著しく低下し、わずか3.4~4.6%しかないという問題があった。非特許文献3の結果から、Zhaoらが考察するように当該分野では休眠打破法とマイクロインジェクション法の併用は、いずれも卵に過度のストレスを付与するため、遺伝子組換えカイコの作製技術には不適と考えられた。
【0008】
低温暗催青法は、親卵の催青を低温暗条件で行い、羽化した親カイコに非休眠卵を産卵させる方法である(非特許文献4及び非特許文献5)。例えば、非特許文献1では低温暗催青処理した親カイコより得た非休眠卵にマイクロインジェクションを行い、遺伝子組換えカイコを得ている。また、特許文献1では、親卵を低温暗催青処理するだけでなく親幼虫を全明(24時間明期)下で飼育することによって非休眠卵を産卵させ、その非休眠卵にマイクロインジェクションを行うことで組換えカイコを得ることに成功している。ところが、低温暗催青法は、カイコの系統によって非休眠卵の産卵数に著しい差異がみられ、時には全く非休眠を産卵しないという問題があった(特許文献1)。また、この方法で得られた非休眠卵にマイクロインジェクションを行った場合、浸酸法と同様に孵化率が極端に低下するという問題もあった。
【0009】
上記のように従来法では休眠性系統カイコから非休眠卵等を調製することはできても、その後のマイクロインジェクション処理により孵化率が著しく低下するという問題があった。遺伝子組換えは、マイクロインジェクションした一部の卵でしか発生しないことから、マイクロインジェクション後の孵化率が低い場合には、必然的に遺伝子組換えカイコ作製の成功率も低くなる。したがって、遺伝子組換えカイコを効率的に作製するためには、非休眠卵等を得るだけでなく、マイクロインジェクション後の孵化率を維持できる技術が必要とされていた。
【0010】
上記問題を解決するため、特許文献2は、休眠ホルモン抗体を用いて休眠性系統カイコから得た非休眠卵にマイクロインジェクションを行う方法を開示している。休眠ホルモン抗体を用いた方法は、非特許文献6に開示されているように、終齢幼虫~蛹初期の親カイコに休眠ホルモンに対する中和抗体を注射し、雌親カイコの休眠ホルモンを機能的に阻害することで休眠性系統カイコに非休眠卵を産卵させる方法である。その結果、特許文献2の方法であれば、カイコ系統に関わらず、マイクロインジェクション後の孵化率が高くなることを開示している。しかし、この方法も抗体の調製の他、二度にわたる注射を行う必要がある等、労力の面で簡便とは言い難かった。
【0011】
さらに、従来のマイクロインジェクション法によって得られる遺伝子組換えカイコは、導入した目的の遺伝子が同じであっても、それぞれの形質転換体によってゲノム組成が異なるという問題があった。これはトランスポゾン由来の転移酵素活性を利用して遺伝子組換えを行うと目的の遺伝子の挿入がゲノム上のランダムな位置で起こることや、カイコの系統は交配によって遺伝的に不均一な集団として維持されているためである。
【0012】
加えて、カイコは一般に卵の状態で保存されるが、その保存期間は最長で一年である。そのため系統を維持するには毎年飼育を行い、交配をさせ次世代の卵を得る必要がある。長期間にわたって交配を繰り返した場合、同一系統内でも遺伝的安定性を確保することが難しくなる。
【0013】
したがって、従来の技術では、目的の遺伝子の発現量や質が形質転換体の系統ごと、又は個体ごとに異なり、その結果、生産されるタンパク質の品質や生産量が安定しないという問題を生じている。これは高い品質が求められるヒト医薬品の原材料を遺伝子組換えカイコによる大量生産システムで製造する際に特に大きな問題となる。
【0014】
以上のように、遺伝子組換えカイコの作製及びその系統維持には、多大な時間と労力を要し、それに伴いコストも増大する。さらに、時間と労力を使っても得られた遺伝子組換えカイコは遺伝的に不安定という問題を包含する。
【0015】
そこで、遺伝子組換えカイコを短期間で、かつ少ない労力で作製することにより発生するコストを削減できる新しい技術が必要とされている。また、同時に、作製された遺伝子組換えカイコを遺伝的に安定に維持する技術も必要とされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0016】
【特許文献1】特開2003-88274号公報
【特許文献2】特許第6765803号公報
【非特許文献】
【0017】
【非特許文献1】Tamura T., et al. (2000) Nat. Biotechnol.18, 81-84.
【非特許文献2】田村俊樹(2007)遺伝子組換えカイコの作出法の開発と利用(シリーズ21世紀の農学:動物・微生物の遺伝子工学研究、日本農学会編)pp57-76.養賢堂.東京.
【非特許文献3】Zhao AC, et al., 2012, Insect Science, 19: 172-182
【非特許文献4】小瀬川英一, 他, 2000, 日蚕雑, 69(6): 369-375
【非特許文献5】清水勇, 1991, 応動昆, 35: 81-91
【非特許文献6】Shiomi K, et al., 1994, J. Insect Physiol., 40(9):693-699
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0018】
産業利用に適した実用系統の遺伝子組換えカイコを比較的短期間で、かつ少ない労力で作製する技術を開発し、提供すること、また作製された遺伝子組換えカイコを遺伝的に安定に維持する技術を開発し、提供することである。それによって、遺伝子組換えカイコの作製や系統維持に要するコストを削減することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0019】
上記課題を解決するために、本発明者らが鋭意研究を行った結果、休眠卵にジメチルスルホキシド(DMSO)を用いて休眠打破を行い、得られた卵にマイクロインジェクションを実施した場合、30%以上の高い孵化率が得られることを見出した。また、その後の選抜においても、目的とする遺伝子組換えカイコを作製できることが明らかとなった。前述の非特許文献3においても説明したように、従来、休眠打破法とマイクロインジェクション法の併用は、卵を傷つける上に過度のストレスを付与するため遺伝子組換えカイコの作製に不適とされていた。実際、特開2012-044889号公報でも本発明と同様にDMSOを用いた休眠打破法及び化学物質導入方法が開示されているが、「マイクロインジェクション法に関しては、カイコ卵は卵殻が厚く丈夫なため、卵殻を傷つけずに化学物質の導入を行うことは困難」(段落番号0006)として、卵への化学物質の導入は、対象とする化学物質を含有させたDMSO含有液に休眠卵を浸漬又は塗布することにより実現している。このように、休眠打破法とマイクロインジェクション法の組合せは当該分野では禁忌とされていただけに、上記結果は想定外の知見であった。本発明は、当該新たな知見に基づくものであり、以下を提供する。
【0020】
(1)遺伝子組換えカイコの作製方法であって、休眠性カイコ系統の個体から受精卵を採取する受精卵採取工程、前記受精卵採取工程で採取した受精卵に、ジメチルスルホキシドへの接触処理により休眠打破を行う休眠打破工程、前記休眠打破工程後の卵に、マイクロインジェクション法により目的の核酸を導入する核酸導入工程、及び前記核酸導入工程後の次世代カイコから遺伝子組換え体を選抜する組換え体選抜工程を含む、前記作製方法。
(2)遺伝子組換えカイコの作製方法であって、単為発生カイコ系統の個体から未受精卵を採取する未受精卵採取工程、前記未受精卵採取工程で採取した未受精卵に単為発生誘導処理を行う単為発生誘導工程、前記単為発生誘導工程後の未受精卵にジメチルスルホキシドへの接触処理により休眠打破を行う休眠打破工程、前記休眠打破工程後の卵に、マイクロインジェクション法により目的の核酸を導入する核酸導入工程、及び前記核酸導入工程後の次世代カイコから遺伝子組換え体を選抜する組換え体選抜工程を含む、前記作製方法。
(3)前記ジメチルスルホキシドへの接触処理時間が10分~1時間である、(1)又は(2)記載の作製方法。
(4)前記核酸導入工程で標識遺伝子をさらに導入する、(1)~(3)のいずれかに記載の作製方法。
(5)前記組換え体選抜工程における選抜が前記標識遺伝子の発現に基づく、(4)に記載の作製方法。
(6)前記単為発生誘導処理が未受精卵を45℃~50℃に15分間~20分間曝露する高温処理である、(2)~(5)のいずれかに記載の作製方法。
【発明の効果】
【0021】
本発明の遺伝子組換えカイコの作製方法によれば、産業利用に適した実用系統の遺伝子組換えカイコ、又は遺伝子組換えクローンカイコを比較的短期間で、かつ少ない労力で作製する技術を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
図1】本発明の遺伝子組換えカイコの作製方法のフロー図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
1.遺伝子組換えカイコ作製方法
1-1.概要
本発明は遺伝子組換えカイコの作製方法に関する。本発明の作製方法では、休眠卵に浸酸処理以外の休眠打破処理を施して得られた、休眠を回避した休眠卵に目的の核酸を導入することを特徴とする。本発明によれば、産業利用に適した実用系統の遺伝子組換えカイコ、又は遺伝子組換えクローンカイコを比較的短期間で、かつ少ない労力で作製することができる。
【0024】
1-2.定義
本明細書で使用する以下の用語について定義する。
「遺伝子組換え」とは、宿主生物が有する天然の遺伝情報を人為的に改変することをいう。ここでいう遺伝情報の改変とは、遺伝情報の付加、欠失、置換等が挙げられる。遺伝情報の人為的改変は、既存の遺伝子組換え技術によって達成し得る。例えば、プラスミド等のベクターやトランスポゾンを用いて、宿主生物が保有しない遺伝情報を追加する方法、若しくは宿主生物の保有する遺伝情報を破壊する方法等が挙げられる。また、本明細書では、ゲノム編集により宿主生物のゲノム情報を改変するゲノム編集技術も、広義の遺伝子組換えとして包含する。
【0025】
「遺伝子組換えカイコ」(トランスジェニックカイコ)とは、遺伝子組換え技術を用いて作製したカイコの遺伝子組換え体又はその後代をいう。本明細書の遺伝子組換えカイコは、限定はしないがマイクロインジェクション法により外来DNAをカイコ卵に導入して得られる遺伝子組換え体をいう。
【0026】
「クローンカイコ」とは、同一のゲノム組成を有し、遺伝子組成が同じである遺伝的に均質な個体群を構成するカイコ個体をいう。一般には、後述する単為発生系統カイコから得られる未受精卵に対して単為発生誘導処理を行って得られるカイコ個体群がクローンカイコに相当する。
【0027】
本明細書において「遺伝子組換えクローンカイコ」とは、遺伝子組換え体のクローンカイコをいう。遺伝子組換えクローンカイコでは、導入された外来DNAに関してもクローン個体群に属する個体間で同一である。したがって、遺伝子組換えクローンカイコの各個体で生産される外来DNAがコードするタンパク質の品質や発現量は原則として同一である。
【0028】
本明細書において「系統」とは、同一種内において共通する特定の遺伝形質を有する個体集団で、「株(strain)」とほぼ同じ概念である。特定の遺伝子に変異を有する変異体群や、形態又は性質が共通する品種も、本明細書では系統に包含される。本明細書で対象となる生物種は、原則としてカイコである。したがって、特に断りのない限り、本明細書における系統は「カイコ系統」を意味し、各系統に属するカイコ個体を「系統カイコ」という。例えば、後述する休眠性系統は、カイコの休眠性系統、すなわち、「休眠性カイコ系統」であり、この休眠性カイコ系統に属するカイコを「休眠性系統カイコ」という。なお、異なる遺伝形質に着目した場合、一個体は複数の系統に属し得る。例えば、休眠性単為発生系統は、休眠性と単為発生の2つの遺伝形質を有するため、休眠性に着目した場合は休眠系統に属し、単為発生に着目した場合は単為発生系統に属することとなる。
【0029】
本明細書において「休眠(状態)」とは、生物が生活環の中で特定の時期に発生や成長、又は活動を一時的に停止して休止状態となることをいう。
【0030】
本明細書において「休眠(状態)を回避」とは、本来休眠状態となり得る潜在性を有した休眠卵が、後述する休眠打破のような人為的処理によって休眠状態とならずに、発生を継続すること、又は継続可能なことをいう。
【0031】
本明細書において「休眠性(カイコ)系統」とは、卵休眠性という特定の遺伝形質に関して、休眠卵を産卵する個体集団をいう。カイコには一化性系統、二化性系統、多化性系統が存在する。このうち一化性系統の多くが休眠卵を産卵する休眠性カイコ系統となる。「一化性系統」とは、自然条件下で飼育したときに年に1回成虫が発生する系統であり、「二化性系統」とは、年に2回成虫が発生する系統であり、そして「多化性系統」とは、年に複数回成虫が発生する系統である。一般に冬季が存在する温帯域に祖先系統を持つ派生系統の多くは、一化性系統となる。ただし、休眠性カイコ系統であっても後述する非休眠産卵処理によって非休眠卵を産卵するようになる場合がある。休眠性カイコ系統の具体例としては、限定はしないが、例えば、大造、日137号、支146号、日603号、日604号、中604号、中605号、中514号、中515号、中9.0、日9.0、春嶺、鐘月、ひたち、にしき、日502号、支146号、支122号、特支2号、欧7号、特欧4号、及び角支那等が挙げられる。
【0032】
本明細書において「休眠卵」とは、休眠性系統カイコより得られる卵であって、休眠状態に移行する潜在性を有した卵をいう。実際に休眠状態に移行しているか否かは問わない。通常、休眠卵は一般的な飼育条件下で休眠性系統カイコの雌成虫に産卵させることによって得ることができる。休眠卵は、産卵後2日を経過した頃に胚発生を胚子期で中断し、低温耐性を有する休眠状態となる(柳沼利信, 2015, 蚕糸・昆虫バイオテック, 84: 100)。これはカイコが越年のために獲得した環境応答に基づく生活環制御現象の一つと考えられている。それ故に、一般に冬季が存在する温帯域に祖先系統を持つ派生系統では、その多くが休眠性系統である。
【0033】
本明細書において「非休眠性(カイコ)系統」とは、卵期に休眠状態に入らない非休眠卵を産卵する個体集団をいう。一般に冬季が存在しない亜熱帯又は熱帯域に祖先系統を持つ派生系統の多くは1年に複数世代を繰り返す多化性カイコ系統であり、これらは非休眠卵を産卵する非休眠性カイコ系統となる。非休眠性カイコ系統の具体例としては、限定はしないが、マイソール、ニスタリ、ピュアマイソール、アンナン、輪月が挙げられる。
【0034】
本明細書において「休眠打破」とは、休眠卵に様々な人為的処理を施すことで、休眠卵の休眠状態への移行を回避させることをいう。前述のように、休眠性系統カイコの産卵した休眠卵は、通常、産卵後2日目頃に初期胚発生が胚子期で停止して休眠状態となる。しかし、休眠打破によって休眠卵は休眠状態とならずに継続発生するようになる。
【0035】
本明細書において「非休眠卵」とは、休眠状態になる潜在性を有さないカイコ卵をいう。多化性系統から得られる非休眠卵、非休眠産卵処理により休眠性カイコ系統から得られる非休眠卵、特許第6765803号公報に記載の方法で得られる非休眠卵が例示される。なお、休眠打破により休眠を回避した休眠卵は、休眠状態になる潜在性があるため本明細書では非休眠卵とは区別する。
【0036】
本明細書において「非休眠産卵処理」とは、本来休眠卵を産卵する休眠性カイコ系統の個体に特定の処理を施すことによって非休眠卵を産卵するようにすることをいう。前記特定の処理の具体例として、特開2017-085958号公報に記載の方法に記載の低温暗催青処理が挙げられる。
【0037】
本明細書において「単為発生(カイコ)系統」とは、単為発生が高効率で誘導される系統をいう。単為発生カイコ系統では、未受精卵に物理的又は化学的刺激を付与することで単為発生が誘導される。一般に単為発生が可能な性質を有するカイコ系統の多くは休眠性カイコ系統である。それ故に、本明細書では単為発生カイコ系統を「休眠性単為発生(カイコ)系統」とも表記する。単為発生カイコ系統の限定はしないが、例えば、PK1系統、P14系統、及びカンボージュ×日106号の交雑種が挙げられる。
【0038】
「標識遺伝子」とは、選抜マーカーとも呼ばれる標識タンパク質をコードする塩基配列からなるポリヌクレオチドである。
【0039】
「標識タンパク質」とは、標識遺伝子の発現により宿主カイコにない新たな形質を付与し得るタンパク質をいう。標識タンパク質の種類は、当該分野で公知の方法によってその活性を検出可能な限り、特に限定はしない。好ましくは検出に際して、形質転換体に対する侵襲性の低い標識タンパク質である。例えば、蛍光タンパク質、色素合成タンパク質、発光タンパク質、外部分泌タンパク質、外部形態を制御するタンパク質等が挙げられる。蛍光タンパク質、色素合成タンパク質、発光タンパク質、外部分泌タンパク質は、形質転換体の外部形態を変化させることなく特定の条件下で視覚的に検出可能なことから、形質転換体に対する侵襲性が非常に低く、また形質転換体の判別及び選抜が容易なことから特に好適である。
【0040】
本明細書において「蛍光タンパク質」は、特定波長の励起光を照射したときに特定波長の蛍光を発するタンパク質をいう。天然型及び非天然型のいずれであってもよい。また、励起波長、蛍光波長も特に限定はしない。具体的には、例えば、CFP、RFP、DsRed(3xP3-DsRedのような派生物を含む)、YFP、PE、PerCP、APC、GFP(EGFP、3xP3-EGFP等の派生物を含む)等が挙げられる。
【0041】
本明細書において「色素合成タンパク質」は、色素の生合成に関与するタンパク質であり、通常は酵素である。ここでいう「色素」とは、形質転換体に色素を付与することができる低分子化合物又はペプチドで、その種類は問わない。好ましくは個体の外部色彩として表れる色素である。例えば、メラニン系色素(ドーパミンメラニンを含む)、オモクローム系色素、又はプテリジン系色素が挙げられる。
【0042】
本明細書において「発光タンパク質」とは、励起光を必要とすることなく発光することのできる基質タンパク質又はその基質タンパク質の発光を触媒する酵素をいう。例えば、基質タンパク質としてのルシフェリン又はイクオリン、酵素としてのルシフェラーゼが挙げられる。
【0043】
本明細書において「外部分泌タンパク質」とは、細胞外又は体外に分泌されるタンパク質であり、外分泌性酵素の他、フィブロインのような繊維タンパク質やセリシンが該当する。外分泌性酵素には、ブラストサイジンのような薬剤の分解又は不活化に寄与し、宿主に薬剤耐性を付与する酵素の他、消化酵素が該当する。
【0044】
1-3.作製方法
本発明の遺伝子組換えカイコの作製方法のフローを図1に示す。この図で示すように本発明の作製方法は、受精卵採取工程(S0101)、休眠打破工程(S0102)、核酸導入工程(S0103)、組換え体選抜工程(S0104)、未受精卵採取工程(S0105)、及び単為発生誘導工程(S0106)を含む。
【0045】
本発明の遺伝子組換えカイコの作製方法では、受精卵を用いた遺伝子組換えカイコの作製方法と未受精卵を用いた遺伝子組換えカイコの作製方法に大別することができる。上記工程のうち、受精卵採取工程(S0101)、休眠打破工程(S0102)、核酸導入工程(S0103)、及び組換え体選抜工程(S0104)は、受精卵を用いた遺伝子組換えカイコの作製方法において必須工程であり、また休眠打破工程(S0102)、及び核酸導入工程(S0103)、組換え体選抜工程(S0104)、未受精卵採取工程(S0105)、単為発生誘導工程(S0106)は、未受精卵を用いた遺伝子組換えカイコの作製方法において必須工程である。以下、本発明の遺伝子組換えカイコの作製方法における各工程について具体的に説明をする。
【0046】
1-3-1.受精卵採取工程
「受精卵採取工程」(S0101)は、休眠打破工程(S0102)に使用する休眠受精卵を採取するための選択工程である。本工程は、G0カイコ(核酸導入世代)の受精卵、及びそのG1カイコ(核酸導入後第1世代)の受精卵を得るために行われる。この場合に得られる遺伝子組換えカイコは、クローンカイコでない通常の遺伝子組換えカイコである。一方、本工程をG0カイコ(核酸導入世代)の受精卵にのみ行い、そのG1カイコでは、後述する未受精卵採取工程(S0105)で未受精卵を得る場合もある。この場合に得られる遺伝子組換えカイコは、遺伝子組換えクローンカイコとなる。
【0047】
休眠受精卵の調製は、公知の採卵方法に従って交配後の雌成虫個体に自然産卵させればよい。採卵に使用する雌個体には、休眠卵を産卵する休眠性カイコ系統を使用すればよい。休眠性カイコ系統で、かつ交尾後の雌成虫個体が産卵した卵は、原則として休眠受精卵である。
【0048】
採卵方法は、限定はしない。通常、交尾後の雌成虫個体に産卵台紙を与え、その台紙上で産卵させて採卵する方法が採用される。交尾済みの雌成虫個体に産卵台紙を与えた場合、付与後数時間以内に産卵が開始されることが多い。
本工程後に、次の休眠打破工程で使用する休眠受精卵を得ることができる。
【0049】
1-3-2.休眠打破工程
「休眠打破工程」(S0102)は、休眠卵に休眠打破処理を行う工程である。休眠卵に対して人為的に休眠打破処理を行い、それによって休眠を回避した休眠卵を調製する。
【0050】
本工程で使用する休眠卵は、受精卵、未受精卵のいずれであってもよい。ただし、未受精卵の場合、単為発生カイコ系統より後述する未受精卵採取工程(S0105)及び単為発生誘導工程(S0106)を経た休眠卵とする。また、使用する休眠卵は、G0カイコの受精卵又は未受精卵だけでなく、G1カイコの受精卵又は未受精卵も対象となる。
【0051】
前述のように休眠卵は産卵後2日以上経過すると休眠状態に移行してしまい、それ以降の休眠打破は困難となる。したがって、本工程は産卵後、48時間未満、42時間以内、36時間以内、30時間以内、又は24時間以内の卵に対して実施することが望ましい。また、後述の未受精卵採取工程(S0105)に記載のように、単為発生カイコ系統の卵を使用する場合、産卵を介さず解剖等により摘出した卵巣から直接未受精卵を採取し得る。単為発生誘導後、例えば15℃で保護する場合、6日以上経過すると休眠状態に移行してしまうため、本工程は単為発生誘導後、144時間(6日)未満、126時間以内、108時間以内、90時間以内、又は72時間以内の卵に対して実施することが望ましい。
【0052】
本工程で行う休眠打破処理は、特段の断りのない限り、ジメチルスルホキシド(DMSO)への接触処理である。
【0053】
本明細書において「ジメチルスルホキシド(DMSO)への接触処理」(本明細書では、しばしば「DMSO処理」と略称する)とは、DMSO溶液への接触処理によって、休眠卵に化学的刺激を与えて、休眠状態への移行を回避させる方法である。使用するDMSO溶液の濃度は、限定はしないが、90%~100%、92%~100%、94%~100%、96%~100%、又は98%~100%が好ましい。本明細書において「接触」とは、対象物の全部又は一部が他の対象物に接していることをいう。したがって、DMSO溶液への接触とは、例えば、休眠卵のDMSO溶液への浸漬、休眠卵へのDMSO溶液の噴霧又は塗布等が挙げられる。DMSO溶液への接触時間は限定しない。7.5分~1.5時間、10分~1時間、15分~55分、20分~50分、25分~45分、又は30分~40分の範囲内であればよい。DMSO処理後は、DMSOを除去するために休眠卵を水やバッファ等で十分に洗浄することが好ましい。
本工程によって、休眠卵は休眠が回避される。
【0054】
1-3-3.核酸導入工程
「核酸導入工程」(S0103)とは、前記休眠打破工程(S0102)後の卵に目的の核酸を導入する工程である。本工程で使用する卵は、G0カイコの受精卵又は未受精卵である。
【0055】
核酸導入する卵の多くは、前記休眠打破工程(S0102)により休眠を回避した状態となっている。本工程では、休眠打破工程(S0102)後の複数個の卵に核酸導入することが望ましい。
【0056】
本工程において「目的の核酸」とは、目的とする遺伝子組換えカイコを作製するためにカイコに導入すべき核酸である。例えば、DNA、RNAが該当する。より具体的な例として、限定しないが、ドナーDNA/RNA、ヘルパーDNA/RNA、又はガイドDNA/RNA等が挙げられる。好ましくは目的の遺伝子、それを含む発現ベクター及びヘルパープラスミドのようなゲノムへの取り込みを促す核酸である。遺伝子を導入する場合、遺伝子の種類は問わない。例えば、タンパク質や機能性核酸(RNAi分子等)をコードする遺伝子でよい。目的の形質を付与し得る所望の遺伝子を導入することができる。このとき、後述の選抜工程で、目的の核酸が導入された個体を容易に選択できるように、標識遺伝子を導入してもよい。なお、本工程では、必要に応じて核酸と共にペプチド(酵素等のタンパク質を含む)及び/又は低分子化合物を導入することもできる。この場合、核酸との導入順序は問わない。核酸導入より前、核酸導入より後、又は核酸導入と同時のいずれであってもよい。
【0057】
本工程で導入する遺伝子の由来生物種は問わない。宿主であるカイコ由来であってもよいし、他種生物、例えばヒト由来の遺伝子であってもよい。一例として、遺伝子組換えカイコを用いて抗体を生産する場合には、当該外来DNAは、IgG抗体の遺伝子とプロモーターやターミネーター等の遺伝子発現調節領域を含む発現単位とすることができる。
【0058】
本工程は、外来遺伝子をカイコに導入する当該分野で公知の方法によって行うことができる。例えば、発現ベクターが目的のDNAの両端にトランスポゾンの逆位末端反復配列(Handler AM. et al., 1998, Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 95:7520-5)を有するプラスミドの場合であれば、Tamuraらの方法(Tamura T. et al., 2000, Nature Biotechnology, 18, 81-84)、Zhouらの方法(Zhou W. et al., 2012, Insect Science, 19: 172-182)を利用することができる。具体的には、発現ベクターが適当な濃度となるように水やバッファ等の溶媒によって溶解又は希釈して注射液を調製する。この時、注射液にはトランスポゾン転移酵素をコードするDNAを有するヘルパープラスミドを加えておく。前記ヘルパープラスミドとしては、例えば、pHA3PIGが挙げられる。
【0059】
卵への目的の核酸の導入は、限定はしないが、一般には空気圧を利用した特殊な注射装置を用いて行う。例えば、特許第1654050号、又はTamuraらの方法(Tamura T, et al., 2007, J Insect Biotechnol Sericol, 76: 155-159)を利用すればよい。導入する核酸の量は、特に限定しない。核酸の種類、性質、目的に応じて適宜定めればよい。通常は1nL~5nLである。
【0060】
核酸導入後の卵は、孵化するまで適当な条件下、例えば、25℃でインキュベートすればよい。
【0061】
1-3-4.組換え体選抜工程
「組換え体選抜工程」(S0104)は、前記核酸導入工程(S0103)後に発生したカイコから遺伝子組換え体を遺伝子組換えカイコとして選抜する工程である。
【0062】
核酸導入工程を経たG0カイコには遺伝子組換えの生じた体細胞及び生殖細胞が含まれているが、次世代へ継代されるのは生殖細胞に生じた遺伝子組換えである。したがって、本工程はG1カイコで実施される。
【0063】
核酸導入工程(S0103)後の休眠性カイコ系統のG0カイコから受精卵採取工程(S0101)を経て得られたG1受精卵を使用する場合、当該G1受精卵には休眠打破工程(S0102)が実行され、その後、本工程が実施される。本工程後に得られるカイコは、通常の遺伝子組換えカイコである。なお、G1受精卵にはマイクロインジェクションによる遺伝子導入を行わないため、G1受精卵に対する休眠打破処理は、前述のDMSO処理に限定されず、他の公知の休眠打破法も使用することができる。例えば、浸酸処理、遠心処理、及び酸素処理等が挙げられる。
【0064】
核酸導入工程(S0103)後の単為発生カイコ系統のG0カイコから未受精卵採取工程(S0105)を経て得られたG1未受精卵を使用する場合、本工程はG1未受精卵に対し、単為発生誘導工程(S0106)を行い、さらに休眠打破工程(S0102)を行う。その工程後に孵化する個体はクローンカイコである。本工程は、それらの孵化したクローンカイコに対して実行される。したがって、本工程後に得られるカイコは遺伝子組換えクローンカイコとなる。
【0065】
さらに、例外的ケースとして、受精卵採取工程を経たG0カイコであっても、交雑等のG0カイコの作製に使用した親カイコ系統の組合せによっては核酸導入工程(S0103)後のG1卵採取において、採取されるG1卵に高い単為発生率及び非休眠率を期待できる場合がある。このようなケースでは、G0カイコで受精卵採取工程(S0101)を経た場合であっても核酸導入工程(S0103)後のG0雌個体から未受精卵を採取する未受精卵採取工程(S0105)を経由することもできる。得られたG1未受精卵に対して、単為発生誘導工程(S0106)、及び必要に応じて休眠打破工程(S0102)を行った後、本工程を実施することもできる。この場合、本工程後に得られるカイコは遺伝子組換えクローンカイコとなる。
【0066】
遺伝子組換え体の選抜は当該分野で公知の方法によって行えばよい。例えば、核酸導入工程(S0103)で導入した目的の核酸によってもたらされる形質に基づいて選抜すればよい。例えば、目的の核酸が外来遺伝子である場合には、核酸導入工程(S0103)後に発生したカイコからゲノムDNA又はmRNAを調製し、その外来遺伝子の有無、又はその外来遺伝子の発現をPCR等によって確認すればよい。
【0067】
あるいは、核酸導入で用いた発現ベクターが標識遺伝子を含む場合には、その標識遺伝子の発現に基づいて目的の遺伝子組換えカイコを容易に選抜することができる。標識遺伝子の発現によって生産させる標識タンパク質は、宿主カイコが有さない新たな形質を付与し得る。この標識タンパク質の活性に基づいて、導入した目的の核酸を保有している形質転換体を容易に判別することが可能となる。ここで「活性に基づいて」とは、活性の検出結果に基づいて、という意味である。活性の検出は、標識タンパク質の活性そのものを直接的に検出するものであってもよいし、色素のような標識タンパク質の活性によって発生する代謝物を介して間接的に検出するものであってもよい。検出は、化学的検出(酵素反応的検出を含む)、物理的検出(行動分析的検出を含む)、又は検出者の感覚的検出(視覚、触覚、嗅覚、聴覚、味覚による検出を含む)のいずれであってもよい。
【0068】
1-3-5.未受精卵採取工程
「未受精卵採取工程」(S0105)は、原則として、単為発生カイコ系統の個体から未受精卵を採取する工程である。本工程は、親系統に単為発生カイコ系統を使用して遺伝子組換えクローンカイコを作製する場合に、次述の単為発生誘導工程(S0106)と共に実施される。本工程は、単為発生カイコ系統から遺伝子組換えクローンカイコの作製する場合に必須の工程である。
【0069】
また、本工程は、受精卵採取工程を経て得られたG0カイコが単為発生カイコ系統でない場合にも、G0カイコから得られるG1卵が単為発生誘導処理によって高確率で発生し得る場合にも、例外的に実行され得る。
【0070】
したがって、本工程と次述の単為発生誘導工程(S0106)を行う場合、前記休眠打破工程(S0102)で使用する休眠卵は、原則として単為発生カイコ系統の個体から得られた休眠未受精卵であるが、前述のように例外として受精卵採取工程を経た個体から得られた休眠未受精卵又は非休眠未受精卵であってもよい。
【0071】
本工程では、未受精卵が、体内で単為発生可能な状態、すなわち成熟未受精卵にまで発生した成虫雌個体を使用する。
【0072】
未受精卵の採取方法は限定しない。例えば、解剖により採取する方法や自然産卵により採取する方法が挙げられる。
【0073】
解剖により採取する方法は、具体的には、例えば、雌成虫の腹部又は尾部をメス又は解剖用ハサミで切開した後、指で腹部に圧をかけて切開部から卵巣を押し出すように摘出すればよい。摘出した卵巣を水に浸漬することで凝集した卵管を解きほぐすことができる。続いて、目の細かいステンレスのメッシュやガーゼ上に卵巣を配置し、指等で擦ることによって卵管組織と未受精卵を分離する。最後に、水をメッシュにかけ流すことによって水に浮く卵管組織を除去し、底部に残った未受精卵を回収する。この操作を数回繰り返すことで、未受精卵のみを回収することができる。
【0074】
未交尾の雌個体に産卵させる自然産卵により未受精卵を採取することもできる。採卵方法は、限定はしない。例えば、羽化後の雌個体に産卵台紙を与え、その台紙上で産卵させる方法が採用される。具体的には、羽化後の雌個体を0~10℃、好ましくは5℃の低温下に置き、その温度下で1~2日間、最大で1~7日間保存した後、雌カイコを低温下から室温(23~28℃)に移し、そこで産卵台紙を与えて、暗条件下で産卵を開始させることによって達成できる。
【0075】
1-3-6.単為発生誘導工程
「単為発生誘導工程」(S0106)は、前記未受精卵採取工程(S0105)で得られた未受精卵に単為発生誘導処理を行う工程である。本工程は前記未受精卵採取工程(S0105)と一組で実施される工程である。したがって、未受精卵採取工程(S0105)と本工程を経て得られるカイコはクローンカイコである。
【0076】
単為発生誘導処理は、当該分野で公知の方法に従って行えばよく、特に限定はしない。例えば、須貝ら(須貝悦治 他, 1983, 日本蚕糸学雑誌, 第52号第1号: 51-56)、廣川(廣川昌彦, 1990, 福島蚕試研報, 24: 1-6)、及び小瀬川ら(Kosegawa E., et al. 2012, J Insect Biotechnol Sericology, 81: 37-44)に開示の誘導方法を参照することができる。一般には、未受精卵に対して物理的又は化学的な刺激を付与することで、単為発生が誘導される。具体的には、例えば、高温処理が挙げられる。高温処理の具体例として、前記工程で採取した未受精卵を温湯処理により45℃~50℃で15分間~20分間曝露すればよい。その後、12℃~18℃に2日間~6日間保持することが好ましい。
【0077】
本工程後に得られる休眠未受精卵は単為発生誘導済である。しかし、休眠卵であるため孵化はしない。この休眠卵に対して、前述の休眠打破工程(S0102)を行うことで、休眠を回避し、発生が継続するため、やがて孵化するようになる。
【実施例0078】
<実施例1:休眠卵を用いた遺伝子組換えカイコの作製>
(目的)
本発明の遺伝子組換えカイコの作製方法によるマイクロインジェクション後の孵化、及び遺伝子組換えカイコの取得について検証する。
【0079】
(方法)
各実験区では、休眠性カイコ系統である「ありあけ」を2実験区(実験区A及びB)に、二化性系統の「日137」を1実験区(実験区C)に、及び二化性系統の「支146」を1実験区(実験区D)に用いた。これらの系統は、日本の国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構より入手した。
【0080】
各実験区で、上記系統の雌雄蛾を同系統で交配した後、5℃で1~3日間飼育した。採卵時に雌蛾を産卵台紙に移し、産卵させた。ここで得られた卵は、全て休眠卵である。採卵後、DMSO処理を行った。
【0081】
DMSO処理は、実験区ごとに集めた卵をペトリ皿に入れ、100%DMSO(富士フイルム和光純薬社)に浸漬して行った。DMSO処理時間は、25℃のエアインキュベーター内で、実験区A及びBでは45分、実験区C及びDでは15分とした。処理後の卵を水で洗浄した後、風乾した。
【0082】
続いて、DMSO処理後の卵にマイクロインジェクション法により核酸導入を行った。核酸は、実験区A、C及びDではヘルパープラスミドpHA3PIG(Tamura T., et al., 2000, Nat. Biotechnol.18: 81-84)とベクタープラスミドpBac [3xP3-DsRedafm] (Horn and Wimmer,2000, Dev. Genes Evol., 210(12): 630-637)を、実験区BではpHA3PIGとベクタープラスミドpBac [3xP3-EGFPafm](Horn and Wimmer、2000)を産卵4~6時間後のDMSO処理した卵に導入した。インジェクション後の卵を25℃の保湿プラスチックボックス内で孵化するまでインキュベートした。インジェクションした卵数に対する孵化卵の割合を孵化率として算出した。
【0083】
各実験区における孵化後の幼虫は、人工飼料を入れたプラスチックボックスに移し、25~27℃で成虫になるまで飼育した。実験区ごとに得られたG0(インジェクション後0世代)の成虫を兄妹交配して、G1(インジェクション後第1世代)の卵を得た。この時、雌1個体から得られる約300個の卵の集合体を1蛾区とした。G1卵を6NのHClに1時間浸漬して休眠打破を行い、水で洗浄した後、25℃の保湿ボックス内でインキュベートして発生を進行させた。各卵に励起光を照射したときに、単眼で導入したマーカー遺伝子に基づくマーカータンパク質(DsRed又はGFP)の蛍光が検出された場合、蛍光を発した卵をペトリ皿に移した。移された卵から孵化した幼虫を飼育して、遺伝子組換えカイコを樹立した。1個体以上の遺伝子組換えカイコが得られた蛾区を組換え蛾区とし、蛾区に対する組換え蛾区の割合を組換えカイコの取得率(組換え率)として算出した。
【0084】
(結果)
表1に上記結果を示す。
【0085】
【表1】
【0086】
上記結果から、DMSO処理による休眠打破であれば、系統や導入した遺伝子の種類、及びDMSO処理時間に関係なく、マイクロインジェクション後も14.4~62.7%の孵化率が得られた。Zhao AC ら(非特許文献3)の浸酸処理による休眠打破を行った卵にマイクロインジェクションした場合、その後の孵化率がわずか3.4~4.6%であったことと比較して、本発明であれば3~10倍以上の孵化率が得られるという想定外の結果であった。また、孵化した個体について、蛾区ごとに遺伝子組換えカイコの出現を確認した結果、全ての実験区において、約20~40%の蛾区にて遺伝子組換えカイコが得られた。
図1