(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023119610
(43)【公開日】2023-08-29
(54)【発明の名称】波形算出システム、波形算出方法および波形算出方法のプログラム
(51)【国際特許分類】
G01S 7/52 20060101AFI20230822BHJP
【FI】
G01S7/52 U
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022022535
(22)【出願日】2022-02-17
(71)【出願人】
【識別番号】000000295
【氏名又は名称】沖電気工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001461
【氏名又は名称】弁理士法人きさ特許商標事務所
(72)【発明者】
【氏名】森下 到
【テーマコード(参考)】
5J083
【Fターム(参考)】
5J083AA05
5J083AB20
5J083AC40
5J083AE03
5J083FA01
(57)【要約】
【課題】時間経過に伴うターゲットおよびソーナーの移動による相対距離の変化に忠実な受波波形を算出する波形算出システム、波形算出方法および波形算出方法のプログラムが望まれている。
【解決手段】波形算出システムは、ソーナーによって受波された、ターゲットから送波された音圧である受波波形を算出する波形算出システムであって、ターゲットからソーナーに対して送波する送波時刻毎に、ターゲットとソーナーとの間の相対距離を算出するとともに、送波時刻毎の音波伝搬を表すインパルス応答を、対応する送波時刻におけるターゲットからの送波波形に畳み込んで受波波形を算出する制御装置と、算出された送波時刻毎の相対距離に基づき、送波時刻毎のインパルス応答を算出するインパルス応答算出装置とを備える。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ソーナーによって受波された、ターゲットから送波された音圧である受波波形を算出する波形算出システムであって、
前記ターゲットから前記ソーナーに対して送波する送波時刻毎に、前記ターゲットと前記ソーナーとの間の相対距離を算出するとともに、前記送波時刻毎の音波伝搬を表すインパルス応答を、対応する前記送波時刻における前記ターゲットからの送波波形に畳み込んで受波波形を算出する制御装置と、
算出された前記送波時刻毎の前記相対距離に基づき、前記送波時刻毎の前記インパルス応答を算出するインパルス応答算出装置と
を備える波形算出システム。
【請求項2】
前記送波時刻毎の前記インパルス応答に、対応する前記送波時刻における前記送波波形を乗算して瞬時受波波形を算出する瞬時受波波形算出装置をさらに備え、
前記制御装置は、
前記受波波形に前記瞬時受波波形を累積して、新たな受波波形を算出する
請求項1に記載の波形算出システム。
【請求項3】
時間経過による前記相対距離の変化と群速度とに基づき定まる遅延変化量を算出する遅延変化量算出装置をさらに備え、
前記制御装置は、
前記遅延変化量が設定値以上である場合に、前記インパルス応答の変化が大きいと判断し、
前記インパルス応答算出装置は、
前記インパルス応答の変化が大きいと判断された場合に、前記インパルス応答を算出する
請求項1または2に記載の波形算出システム。
【請求項4】
前記遅延変化量算出装置は、
前記相対距離の変化量を前記群速度で除算して前記遅延変化量を算出する
請求項3に記載の波形算出システム。
【請求項5】
前記遅延変化量算出装置は、
前記相対距離の変化量を、算出した前記インパルス応答の振幅が最大となる時刻における群速度である推定群速度で除算して前記遅延変化量を算出する
請求項3に記載の波形算出システム。
【請求項6】
ソーナーによって受波された、ターゲットから送波された音圧である受波波形を算出する波形算出方法であって、
前記ターゲットから前記ソーナーに対して送波する送波時刻毎に、前記ターゲットと前記ソーナーとの間の相対距離を算出し、
算出された前記送波時刻毎の前記相対距離に基づき、前記送波時刻毎のインパルス応答を算出し、
前記送波時刻毎の前記インパルス応答を、対応する前記送波時刻における前記ターゲットからの送波波形に畳み込んで受波波形を算出する
波形算出方法。
【請求項7】
ソーナーによって受波された、ターゲットから送波された音圧である受波波形を算出する波形算出方法のプログラムであって、
前記ターゲットから前記ソーナーに対して送波する送波時刻毎に、前記ターゲットと前記ソーナーとの間の相対距離を算出し、
算出された前記送波時刻毎の前記相対距離に基づき、前記送波時刻毎のインパルス応答を算出し、
前記送波時刻毎の前記インパルス応答を、対応する前記送波時刻における前記ターゲットからの送波波形に畳み込んで受波波形を算出する
処理をコンピュータに行わせる波形算出方法のプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ソーナーで受信する音波の音圧である波形を算出する波形算出システム、波形算出方法および波形算出方法のプログラムに関するものである。
【背景技術】
【0002】
海洋中を伝搬する音波を受波することによってターゲットの存在を検出するためにソーナーが用いられている。ソーナーは、海洋中のターゲットから放射された音波を受波してターゲットの存在を検出するパッシブソーナーと、ソーナー音源から送波した音波がターゲットで散乱した散乱波を受波してターゲットの存在を検出するアクティブソーナーとに分類される。従来、このようなソーナーの性能を評価するために、ソーナーでの受波音圧の時系列である受波波形を模擬することが行われている。
【0003】
ターゲットとソーナーとの位置関係が時間変化しない場合、ターゲットからソーナーまでの音波伝搬は、線形時不変なシステムとみなすことができる。パッシブソーナーの受波波形を模擬する場合、ソーナーでの受波波形は、インパルスを送波したときの受波波形であるインパルス応答と、ターゲットから放射された音波の送波波形との畳み込みによって得られる。インパルス応答は、各種の音波伝搬モデルを使って計算した相対距離での音圧の周波数特性を逆フーリエ変換することによって得られる。このとき、音波伝搬モデルとして、例えばノーマルモードモデル(非特許文献1参照)、および放物型方程式モデル(非特許文献2参照)等が用いられる。
【0004】
また、電子計算機などのコンピュータを使って受波波形を模擬する場合には、離散化されたインパルス応答が離散逆フーリエ変換によって算出され、算出結果と離散化された送波波形との畳み込みによって離散化された受波波形が算出される。
【0005】
一方、ソーナーの性能評価のためには、ターゲットとソーナーとが共に移動している状態での受波波形を模擬する必要がある。このとき、ターゲットとソーナーとの相対距離が変化することにより、インパルス応答も変化することから、ターゲットからソーナーまでの音波伝搬は、時不変のシステムとみなすことができない。
【0006】
そこで、一般的な時変フィルタの考え方を受波波形の模擬に適用し、ターゲットとソーナーとの相対距離の変化によるインパルス応答の変化を含んだ受波波形を畳み込みにより算出する方法が提案されている。この算出方法は、ある受波時刻において、相対距離に対するインパルス応答を送波波形に畳み込むことで、当該受波時刻での瞬時音圧である受波波形を算出する。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】F. B. Jensen 他, “5 Normal Modes,” in Computational Ocean Acoustics (Second Edition), 2011
【非特許文献2】F. B. Jensen 他, “6 Parabolic Equations,” in Computational Ocean Acoustics (Second Edition), 2011
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、上記の算出方法では、ある受波時刻における相対距離に対する1つのインパルス応答を畳み込んでいる。そのため、異なる時刻に送波された音が異なる相対距離を伝搬し、ソーナーで同時に受波される現象を表すことができないという問題点がある。そのため、時間経過に伴うターゲットおよびソーナーの移動による相対距離の変化に忠実な受波波形を算出する波形算出システム、波形算出方法および波形算出方法のプログラムが望まれている。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明に係る波形算出システムは、ソーナーによって受波された、ターゲットから送波された音圧である受波波形を算出する波形算出システムであって、前記ターゲットから前記ソーナーに対して送波する送波時刻毎に、前記ターゲットと前記ソーナーとの間の相対距離を算出するとともに、前記送波時刻毎の音波伝搬を表すインパルス応答を、対応する前記送波時刻における前記ターゲットからの送波波形に畳み込んで受波波形を算出する制御装置と、算出された前記送波時刻毎の前記相対距離に基づき、前記送波時刻毎の前記インパルス応答を算出するインパルス応答算出装置とを備えるものである。
【0010】
また、本発明に係る波形算出方法は、ソーナーによって受波された、ターゲットから送波された音圧である受波波形を算出する波形算出方法であって、前記ターゲットから前記ソーナーに対して送波する送波時刻毎に、前記ターゲットと前記ソーナーとの間の相対距離を算出し、算出された前記送波時刻毎の前記相対距離に基づき、前記送波時刻毎のインパルス応答を算出し、前記送波時刻毎の前記インパルス応答を、対応する前記送波時刻における前記ターゲットからの送波波形に畳み込んで受波波形を算出するものである。
【0011】
また、本発明に係る波形算出方法のプログラムは、ソーナーによって受波された、ターゲットから送波された音圧である受波波形を算出する波形算出方法のプログラムであって、前記ターゲットから前記ソーナーに対して送波する送波時刻毎に、前記ターゲットと前記ソーナーとの間の相対距離を算出し、算出された前記送波時刻毎の前記相対距離に基づき、前記送波時刻毎のインパルス応答を算出し、前記送波時刻毎の前記インパルス応答を、対応する前記送波時刻における前記ターゲットからの送波波形に畳み込んで受波波形を算出する処理をコンピュータに行わせるものである。
【発明の効果】
【0012】
以上のように、本発明によれば、送波時刻毎のインパルス応答を、対応する送波時刻における送波波形に畳み込んで受波波形を算出することにより、ソーナーとターゲットとの間の相対距離の時間変化に応じてインパルス応答が算出される。これにより、時間経過に伴うターゲットおよびソーナーの移動による相対距離の変化に忠実な受波波形を算出することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】送波波形に畳み込まれる系列の作成について説明するための概略図である。
【
図2】実施の形態1に係る波形算出システムの構成の一例を示すブロック図である。
【
図3】
図2の波形算出システムの構成の一例を示すハードウェア構成図である。
【
図4】
図2の波形算出システムの構成の他の例を示すハードウェア構成図である。
【
図5】実施の形態1に係る波形算出システムによる波形算出処理の流れの一例を示すフローチャートである。
【
図6】実施の形態2に係る波形算出システムの構成の一例を示すブロック図である。
【
図7】実施の形態2に係る波形算出システムによる波形算出処理の流れの一例を示すフローチャートである。
【
図8】実施の形態3に係る波形算出システムの構成の一例を示すブロック図である。
【
図9】実施の形態3に係る波形算出システムによる波形算出処理の流れの一例を示すフローチャートである。
【
図10】実施の形態4に係る波形算出システムの構成の一例を示すブロック図である。
【
図11】実施の形態4に係る波形算出システムによる波形算出処理の流れの一例を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の実施の形態について、図面を参照して説明する。本発明は、以下の実施の形態に限定されるものではなく、本発明の主旨を逸脱しない範囲で種々に変形することが可能である。また、本発明は、以下の各実施の形態に示す構成のうち、組合せ可能な構成のあらゆる組合せを含むものである。また、各図において、同一の符号を付したものは、同一のまたはこれに相当するものであり、これは明細書の全文において共通している。
【0015】
実施の形態1.
本実施の形態1に係る波形算出システムについて説明する。本実施の形態1に係る波形算出システムは、ソーナーで受波するターゲットからの音圧の波形を模擬するものである。
【0016】
[従来の受波波形の算出]
まず、本実施の形態1に係る波形算出システムについて説明する前に、従来からある受波波形の算出方法について説明する。
【0017】
まず、背景技術の項でも説明したように、ターゲットとソーナーとの位置関係が時間変化しない場合、ターゲットからソーナーまでの音波伝搬は、線形時不変なシステムとみなすことができる。ソーナーとしてパッシブソーナーを想定し、ソーナーの受波波形を模擬する場合、時刻tにおける受波波形x(t)は、式(1)で表すことができる。すなわち、受波波形x(t)は、インパルスを送波したときの受波波形であるインパルス応答h(t,r)と、ターゲットから放射された音波の送波波形s(t)との畳み込みによって得られる。式(1)において、「r」はターゲットとソーナーとの間の相対距離を示す。
【0018】
【0019】
インパルス応答h(t,r)は、ノーマルモードプログラムなどの音波伝搬モデルを用いて算出した相対距離rでの音圧の周波数特性p(f,r)を、式(2)で示されるように逆フーリエ変換することによって得られる。式(2)において、「f」は音波の周波数を示す。
【0020】
【0021】
また、電子計算機等のコンピュータを用いた受波波形の模擬では、離散化されたインパルス応答h(tk,r)(k=0,1,2,・・・,K-1)が、式(3)で示されるように離散逆フーリエ変換によって算出される。式(3)において、「K」はインパルス応答の時刻サンプル数を示し、「N」は送波波形および受波波形の時刻サンプル数を示す。また、「tk」はインパルス応答h(tk,r)のサンプル時刻を示し、「fn」は音圧の周波数特性p(fn,r)のサンプル周波数を示す。
【0022】
【0023】
そして、算出した離散化されたインパルス応答h(tk,r)と、離散化された送波波形s(τμ)(μ=0,1,2,・・・,N-1)との畳み込みにより、式(4)に示されるように離散化された受波波形x(tm)(m=0,1,2,・・・,N-1)が算出される。式(4)において、「tm」は受波波形x(tm)のサンプル時刻である受波時刻を示す。また、「μ」は送波時刻のインデックスを示し、「τμ」は送波波形s(τμ)のサンプル時刻である送波時刻を示す。
【0024】
【0025】
式(3)および式(4)において、予め決めた時刻のサンプリング間隔を「Δt」とした場合、インパルス応答h(tk,r)のサンプル時刻tkは、「tk=kΔt」と表すことができる。また、受波時刻tmは「tm=mΔt」、送波時刻τμは「τμ=μΔt」、周波数特性p(fn,r)のサンプル周波数fnは「fn=n/(KΔt)」と、それぞれ表すことができる。
【0026】
なお、ここでは、インパルス応答h(tk,r)のサンプル時刻tkは、0以上の値を有するものとして定義する。これは、式(3)から得られるインパルス応答h(tk,r)がターゲットからソーナーまでの音波伝搬の周波数特性を表すとともに、伝搬に要する時間に相当する遅延を表すフィルタとなっているためである。さらには、ターゲットとソーナーとが異なる位置に存在している限り、音波の伝搬に要する時間は、常に0より大きいためである。
【0027】
ここで、式(4)における右辺の加算範囲の下限値μ(L)および上限値μ(U)について説明する。ターゲットからソーナーまで音波が伝搬する場合には、直接波の他に海面や海底で反射する経路等の複数の経路が存在する。この場合の伝搬時間は経路毎に異なるため、ソーナーでは、それぞれの経路に対応する複数の時刻にインパルス応答を受波することになる。したがって、インパルス応答の時刻サンプル数Kは、サンプル時刻の最大値「(K-1)Δt」に、複数の経路を介して受波することによる遅延が十分含まれる程度であればよい。
【0028】
一方、送波波形s(τμ)および受波波形x(tm)の時刻サンプル数Nは、ユーザが所望する時間だけの大きさが必要である。そして、インパルス応答の時刻サンプル数Kと、送波波形の時刻サンプル数Nとの間には、通常、「K<N」の関係がある。また、上述したように、インパルス応答は、サンプル時刻tkが「tk≧0」となる範囲の値しか持たない。
【0029】
したがって、インパルス応答h(t,r)を「-∞<t<∞」の範囲で考える場合、「t<0」および「t>tK-1=(K-1)Δt」となる時刻tに対しては、インパルス応答h(t、r)は、「h(t,r)=0」とする。このことは、式(4)において「tm-τμ<0(つまり、m-μ<0)」または「tm-τμ>tK-1(つまり、m-μ>K-1)」となるmおよびμに対しては右辺の加算は行わないことによって実現される。
【0030】
以上のことから、式(4)における右辺の加算範囲の下限値μ(L)は、「μ(L)=max(0,m-K+1)」となり、上限値μ(U)は、「μ(U)=min(m,N-1)」となる。ここで、関数「max(X,Y)」は、2つの変数XおよびYのうちの大きい変数による値を出力する関数である。また、関数「min(X,Y)」は、2つの変数のうちの小さい変数による値を出力する関数である。
【0031】
ところで、ソーナーの性能評価を行うためには、ターゲットとソーナーとが共に移動している状態での受波波形を模擬する必要がある。このとき、相対距離rが時々刻々と変化することによってインパルス応答h(tk,r)も変化するため、ターゲットからソーナーまでの音波伝搬は、時不変のシステムとみなすことができない。
【0032】
このような場合には、一般的な時変フィルタの考え方を受波波形の模擬に適用する。すなわち、受波波形は、式(5)に基づき算出される。式(5)において、「rtm」は、受波時刻tmに対応する相対距離である。これにより、受波時刻tm毎に異なるインパルス応答h(tk,rtm)が畳み込まれ、相対距離の変化によるインパルス応答の変化を含んだ受波波形が算出される。
【0033】
【0034】
このように、式(5)は、ある受波時刻tmにおいて、送波波形s(τμ)(μ=μ(L),μ(L)+1,・・・,μ(U))に相対距離rtmに対するインパルス応答h(tk,rtm)を畳み込んで受波時刻tmでの瞬時音圧である受波波形x(tm)を算出する式となっている。
【0035】
ここで、ターゲットからソーナーまでの音波伝搬を考えると、送波時刻τμのそれぞれの時刻にターゲットから送波された瞬時音圧である送波波形s(τμ)がソーナーまで伝搬する相対距離は、送波時刻のインデックスμによって異なる。これは、送波時刻が経過するに従って、ターゲットとソーナーとが移動しているからである。
【0036】
これに対して、式(5)の算出式は、ある受波時刻tmにおける相対距離rtmに対する1つのインパルス応答を畳み込んでいる。そのため、異なる時刻に送波された音が異なる相対距離を伝搬し、ソーナーで同時に受波される現象が表すことができないものとなっている。
【0037】
そこで、本実施の形態1に係る波形算出システムでは、時間経過に伴うターゲットおよびソーナーの移動による相対距離の変化に忠実な受波波形を算出する。
【0038】
[波形算出方法の原理]
次に、本実施の形態1に係る波形算出方法の原理について説明する。上述したように、式(5)の算出式は、ある受波時刻tmに受波される瞬時音圧の受波波形x(tm)を算出する際に、ターゲットでの送波時刻τμに対する送波波形s(τμ)にインパルス応答を畳み込むものとなっている。
【0039】
これに対して、ターゲットからソーナーまでの音波伝搬を考えると、送波波形s(τμ)に畳み込むインパルス応答は、ターゲットとソーナーとの間の相対距離の変化を表したものとする必要がある。したがって、本実施の形態1では、式(5)の算出式におけるインパルス応答の2つの変数のうち、変数rtmを、式(6)に示すように、変数rτμに置き替える。式(6)において、「rτμ」は送波時刻τμに対応する相対距離を示す。
【0040】
【0041】
式(6)は、ある受波時刻tmでの瞬時音圧x(tm)を算出する場合に、相対距離rτμに対する「μ(U)-μ(L)+1」個のインパルス応答h(tk,rτμ)からそれぞれ係数h(tm-τμ,rτμ)を1つずつ取り出して作成した系列を送波波形s(τμ)に畳み込むものとなっている。
【0042】
図1は、送波波形に畳み込まれる系列の作成について説明するための概略図である。
図1において、横方向に並んだ丸印は、「μ=μ
(L),μ
(L)+1,・・・,μ
(U)」のそれぞれに対するインパルス応答の系列を示す。送波波形s(τ
μ)に畳み込む系列は、これらの「μ
(U)-μ
(L)+1」個のインパルス応答から黒丸の値を1つずつ取り出すことによって作成される。このようにすることで、ターゲットから異なる時刻に送波された音が異なる相対距離を伝搬してソーナーで同時に受波される現象を表すことができる。
【0043】
ここで、式(6)に示す畳み込みを行う場合には、受波時刻tmを「m=0,1,・・・,N-1」と変化させながら、それぞれのmで右辺の和を計算する。この場合には、「μ=μ(L),μ(L)+1,・・・,μ(U)」に対応する「μ(U)-μ(L)+1」個のインパルス応答h(tk,rτμ)を保持しておく必要がある。
【0044】
次に、μを「μ=1,2,・・・,N-1」と変化させながら、それぞれのμに対して式(7)で表される算出を行う。式(7)において、「ξμ(tm)」は、送波時刻τμに送波された瞬時音圧s(τμ)が相対距離rτμだけ伝搬し、ソーナーで受波された受波波形を示す。なお、以下では、この受波波形を「瞬時受波波形」と称して説明する。そして、得られた瞬時受波波形ξμ(tm)を用いて、予め0で初期化した受波波形x(tm)の記憶領域に、式(8)に示すように蓄積する。
【0045】
【0046】
【0047】
ここで、式(7)におけるmの範囲が「μ≦m≦min(μ+K-1,N-1)」であるのは、インパルス応答h(t,rτμ)が「t0=0≦t≦tK-1」を満足する時刻tに対してのみ値を持ち、それ以外では値が「0」と考えるためである。式(7)および式(8)により、受波波形x(tm)を算出する際に保持するインパルス応答h(tk,rτμ)は、それぞれのインデックスμに対しての1つの系列でよい。
【0048】
[波形算出システム100の構成]
図2は、本実施の形態1に係る波形算出システムの構成の一例を示すブロック図である。
図2に示すように、波形算出システム100は、制御装置10、インパルス応答算出装置20および瞬時受波波形算出装置30を備えている。このような波形算出システム100は、ソフトウェアを実行することにより各種機能を実現するマイクロコンピュータ等の演算装置、もしくは各種機能に対応する回路デバイス等のハードウェアで構成されている。
【0049】
制御装置10は、海洋環境条件、シナリオ、および送波時刻τμにおける送波波形の瞬時音圧s(τμ)が入力される。制御装置10は、インパルス応答算出装置20および瞬時受波波形算出装置30との間で各種データのやりとりを行うとともに、受波波形x(tm)を算出する。制御装置10の具体的な動作については、後述する。
【0050】
海洋環境条件は、海洋中の音速プロファイルおよび水深を示す情報である。また、音速プロファイルは、複数の深度と音速との組(zl,cl)で表される音速の深度特性である。シナリオは、ターゲットとソーナーとの時刻毎の位置を示す情報である。
【0051】
インパルス応答算出装置20は、制御装置10から海洋環境条件および相対距離rτμが入力される。インパルス応答算出装置20は、入力された海洋環境条件および相対距離rτμに基づき、インパルス応答h(tk,rτμ)を算出する。そして、インパルス応答算出装置20は、算出したインパルス応答h(tk,rτμ)を制御装置10に対して出力する。
【0052】
瞬時受波波形算出装置30は、制御装置10からインパルス応答h(tk,rτμ)および送波波形の瞬時音圧s(τμ)が入力される。瞬時受波波形算出装置30は、入力されたインパルス応答h(tk,rτμ)および送波波形の瞬時音圧s(τμ)に基づき、瞬時受波波形ξμ(tm)を算出する。そして、瞬時受波波形算出装置30は、算出した瞬時受波波形ξμ(tm)を制御装置10に対して出力する。
【0053】
図3は、
図2の波形算出システムの構成の一例を示すハードウェア構成図である。波形算出システム100の各装置によって実行される各種機能がハードウェアで実行される場合、
図2の波形算出システム100は、
図3に示すように、処理回路21で構成される。
図2の波形算出システム100において、制御装置10、インパルス応答算出装置20および瞬時受波波形算出装置30によって実行される各機能は、処理回路21により実現される。
【0054】
各機能がハードウェアで実行される場合、処理回路21は、例えば、単一回路、複合回路、プログラム化したプロセッサ、並列プログラム化したプロセッサ、ASIC(Application Specific Integrated Circuit)、FPGA(Field-Programmable Gate Array)、またはこれらを組み合わせたものが該当する。波形算出システム100は、制御装置10、インパルス応答算出装置20および瞬時受波波形算出装置30の各部の機能それぞれを処理回路21で実現してもよいし、各部の機能を1つの処理回路21で実現してもよい。
【0055】
図4は、
図2の波形算出システムの構成の他の例を示すハードウェア構成図である。波形算出システム100の各装置によって実行される各種機能がソフトウェアで実行される場合、
図2の波形算出システム100は、
図4に示すように、プロセッサ22およびメモリ23で構成される。波形算出システム100において、制御装置10、インパルス応答算出装置20および瞬時受波波形算出装置30の各機能は、プロセッサ22およびメモリ23により実現される。
【0056】
各機能がソフトウェアで実行される場合、波形算出システム100において、制御装置10、インパルス応答算出装置20および瞬時受波波形算出装置30の機能は、ソフトウェア、ファームウェア、またはソフトウェアとファームウェアとの組み合わせにより実現される。ソフトウェアおよびファームウェアは、プログラムとして記述され、メモリ23に格納される。プロセッサ22は、メモリ23に記憶されたプログラムを読み出して実行することにより、各部の機能を実現する。
【0057】
メモリ23として、例えば、RAM(Random Access Memory)、ROM(Read Only Memory)、フラッシュメモリ、EPROM(Erasable and Programmable ROM)およびEEPROM(Electrically Erasable and Programmable ROM)等の不揮発性または揮発性の半導体メモリ等が用いられる。また、メモリ23として、例えば、磁気ディスク、フレキシブルディスク、光ディスク、CD(Compact Disc)、MD(Mini Disc)およびDVD(Digital Versatile Disc)等の着脱可能な記録媒体が用いられてもよい。
【0058】
このように、波形算出システム100は、ハードウェア、ソフトウェア、ファームウェアまたはこれらの組み合わせによって、上述した各機能を実現することができる。
【0059】
[波形算出システム100の動作]
図5は、本実施の形態1に係る波形算出システムによる波形算出処理の流れの一例を示すフローチャートである。まず、ステップS1において、制御装置10は、受波波形x(t
m)の値をすべて0で初期化する。
【0060】
ステップS2において、制御装置10は、入力されたシナリオに基づき、時刻τμに対応する相対距離rτμを算出する。ここで、制御装置10は、式(9)に基づき相対距離rτμを算出する。式(9)において、Pμ
(T)は、時刻τμに対応するターゲットの水平位置を表すベクトルを示す。また、Pμ
(S)は、時刻τμに対応するソーナーの水平位置を表すベクトルを示す。このとき、ソーナーの水平位置Pμ
(S)は時刻τμでの位置でもよいし、時刻τμに送波された音波を受波する位置としてもよい。
【0061】
【0062】
次に、制御装置10は、入力された海洋環境条件と、算出した相対距離rτμとをインパルス応答算出装置20に対して出力する。ステップS3において、インパルス応答算出装置20は、制御装置10から入力された海洋環境条件および相対距離rτμに基づき、インパルス応答h(tk,rτμ)を算出する。
【0063】
具体的には、インパルス応答算出装置20は、入力された海洋環境条件を用い、音波伝搬モデルによって相対距離rτμに対する音圧の周波数特性p(fn,rτμ)を算出する。そして、インパルス応答算出装置20は、式(3)に基づいてインパルス応答h(tk,rτμ)を算出する。インパルス応答算出装置20は、算出したインパルス応答h(tk,rτμ)を制御装置10に対して出力する。
【0064】
制御装置10は、インパルス応答h(tk,rτμ)を受け取ると、入力された送波波形の瞬時音圧s(τμ)と、インパルス応答算出装置20から受け取ったインパルス応答h(tk,rτμ)とを瞬時受波波形算出装置30に対して出力する。
【0065】
ステップS4において、瞬時受波波形算出装置30は、制御装置10から入力された送波波形の瞬時音圧s(τμ)およびインパルス応答h(tk,rτμ)に基づき、瞬時受波波形ξμ(tm)を算出する。具体的には、瞬時受波波形算出装置30は、式(7)に基づき、入力された送波波形の瞬時音圧s(τμ)とインパルス応答h(tk,rτμ)とから瞬時受波波形ξμ(tm)を算出する。瞬時受波波形算出装置30は、算出した瞬時受波波形ξμ(tm)を制御装置10に対して出力する。
【0066】
ステップS5において、制御装置10は、瞬時受波波形算出装置30から受け取った瞬時受波波形ξμ(tm)を受波波形x(tm)の記憶領域に加算する。すなわち、制御装置10は、式(10)に示すように、受波波形x(tm)に瞬時受波波形ξμ(tm)を加算した結果を改めて受波波形x(tm)とおくことにより、受波波形x(tm)の記憶領域を更新する。
【0067】
【0068】
ステップS6において、制御装置10は、すべての送波時刻のインデックスμについて、ステップS2~ステップS5の処理を行ったか否かを判断する。すべての送波時刻のインデックスμについて処理を行っていない場合(ステップS6:No)、制御装置10はインデックスμをインクリメントし、処理がステップS2に戻る。そして、すべての送波時刻のインデックスμについてステップS2~ステップS5の処理が行われる。
【0069】
一方、すべての送波時刻のインデックスμについて処理が行われた場合(ステップS6:Yes)、すなわち、送波時刻τμのそれぞれの時刻毎にステップS2~ステップS5の処理が行われた場合には、一連の処理が終了する。
【0070】
このように、式(10)に示す加算が送波時刻のインデックスμのそれぞれ「μ=0,1,・・・,N-1」に対して行われる。これにより、それぞれのインデックスμに対する瞬時受波波形ξμ(tm)が受波波形x(tm)の記憶領域に累積され、式(8)に示す計算が実現される。
【0071】
なお、この場合の瞬時受波波形ξμ(tm)は、式(7)によって算出されたサイズNの系列であるが、式(7)で0以外の値が得られるmの範囲は「μ≦m≦min(μ+K-1,N-1)」であり、その後に式(10)によって加算される範囲も同じである。
しがたって、瞬時受波波形ξμ(tm)の記憶領域のサイズをインパルス応答の長さと同じKとし、式(10)の加算の範囲を「μ≦m≦min(μ+K-1,N-1)」としてもよい。
【0072】
このように、
図5に示す処理が行われることにより、瞬時受波波形算出装置30において式(7)に基づき算出された瞬時受波波形ξμ(t
m)は、制御装置10において式(10)に基づき累積される。そして、式(6)に示す畳み込みが実現されることにより、受波波形x(t
m)が算出される。
【0073】
以上のように、本実施の形態1に係る波形算出システム100は、送波時刻毎のインパルス応答を、対応する送波時刻における送波波形に畳み込んで受波波形を算出する。これにより、ソーナーとターゲットとの間の相対距離の時間変化に応じてインパルス応答が算出される。そのため、時間経過に伴うターゲットおよびソーナーの移動による相対距離の変化に忠実な受波波形を算出することができる。
【0074】
また、波形算出システム100は、式(7)および式(10)によって受波波形を算出することにより、ある受波時刻に対する畳み込みにおいて、畳み込まれるインパルス応答を送波時刻における相対距離の変化に対応したものにすることができる。そのため、ターゲットから異なる時刻に送波された音が、異なる相対距離を伝搬してソーナーで同時に受波される現象を表現することができる。
【0075】
実施の形態2.
次に、本実施の形態2について説明する。本実施の形態2では、ターゲットとソーナーとの相対距離の変化による遅延の変化が大きい場合にのみ、インパルス応答を算出する点で、実施の形態1と相違する。なお、本実施の形態2において、実施の形態1と共通する部分には同一の符号を付し、詳細な説明を省略する。
【0076】
上述した実施の形態1では、送波時刻τμのそれぞれのインデックスμ毎にインパルス応答h(tk,rτμ)を算出している。ここで、ターゲットおよびソーナーのそれぞれの移動速度が小さく、相対距離rτμの変化が小さい場合には、インパルス応答h(tk,rτμ)の変化も小さいと考えることができる。そのため、このような場合には、すべてのインデックスμに対してインパルス応答h(tk,rτμ)を算出する必要はない。
【0077】
そこで、本実施の形態2では、相対距離の変化による遅延、すなわちターゲットからソーナーまでの伝搬時間の変化を推定し、遅延の変化が大きい場合にのみ、インパルス応答h(tk,rτμ)を算出する。そして、算出したインパルス応答h(tk,rτμ)を保存インパルス応答h(0)(tk)として保持しておき、遅延の変化が小さい場合には、保持した保存インパルス応答h(0)(tk)をインパルス応答h(tk,rτμ)として使用する。
【0078】
あるインデックスμに対する遅延の変化を示す遅延変化量ΔTは、式(11)に基づき算出される。式(11)において、「rτμ」は送波時刻τμにおける相対距離を示す。また、「r(0)」は、送波時刻τμよりも前にインパルス応答の変化が大きいと判断されてインパルス応答を算出した送波時刻における相対距離を示す。以下では、「r(0)」を「基準相対距離」と称して説明する。
【0079】
【0080】
式(11)において、右辺の分子「|rτμ-r(0)|」は、時間経過による相対距離の変化の大きさを表し、この相対距離の変化の大きさを群速度gで除算したものが遅延変化量ΔTと定義されている。ここで、群速度とは、音速の水平成分を示し、例えば一定の音速cの媒質中をふ角θで伝搬する経路の群速度はccosθと表される。「θ=0」の水平に近いふ角で伝搬する経路ほど群速度は大きくなり、その値は音速に近づく。
【0081】
本実施の形態2では、遅延変化量ΔTが予め設定された許容量よりも大きい場合には、送波時刻τμにおいてあらためてインパルス応答h(tk,rτμ)を算出する。一方、遅延変化量ΔTが許容量よりも小さい場合には、以前にインパルス応答の変化が大きいと判断されて算出し、保持した保存インパルス応答h(0)(tk)を送波時刻τμでのインパルス応答h(tk,rτμ)の代わりに使用する。このようにすることで、すべてのインデックスμに対してインパルス応答を算出する必要がないため、計算量を削減することができる。
【0082】
なお、インパルス応答には、複数の経路に相当する遅延が含まれており、遅延の変化は複数の経路のそれぞれに対して存在する。ここでは、群速度gとして音速cが用いられることにより、複数の経路のうち受波波形に対する影響が大きい水平に近い角度で伝搬する経路の遅延変化量ΔTを推定する。
【0083】
[波形算出システム200の構成]
図6は、本実施の形態2に係る波形算出システムの構成の一例を示すブロック図である。
図6に示すように、波形算出システム200は、制御装置11、インパルス応答算出装置20、瞬時受波波形算出装置30および遅延変化量算出装置40を備えている。このような波形算出システム200は、ソフトウェアを実行することにより各種機能を実現するマイクロコンピュータ等の演算装置、もしくは各種機能に対応する回路デバイス等のハードウェアで構成されている。
【0084】
制御装置11は、海洋環境条件、シナリオ、および送波時刻τμにおける送波波形の瞬時音圧s(τμ)が入力される。制御装置11は、インパルス応答算出装置20、瞬時受波波形算出装置30および遅延変化量算出装置40との間で各種データのやりとりを行うとともに、受波波形x(tm)を算出する。制御装置11の具体的な動作については、後述する。
【0085】
遅延変化量算出装置40は、制御装置11から基準相対距離r(0)、群速度gおよび相対距離rτμが入力される。遅延変化量算出装置40は、入力された基準相対距離r(0)、群速度gおよび相対距離rτμに基づき、遅延変化量ΔTを算出する。そして、遅延変化量算出装置40は、算出した遅延変化量ΔTを制御装置11に対して出力する。
【0086】
[波形算出システム200の動作]
図7は、本実施の形態2に係る波形算出システムによる波形算出処理の流れの一例を示すフローチャートである。なお、実施の形態1における処理と共通する処理については、同一の符号を付し、詳細な説明を省略する。
【0087】
制御装置11は、ステップS1の処理を実行した後、ステップS11において、基準相対距離r(0)を「r(0)=∞」で初期化するとともに、群速度gを「g=c」で初期化する。ステップS11の処理をソフトウェアで実行する場合、一般に、プログラム言語では「∞(無限大)」を意味する定数が定義されている。したがって、制御装置11は、基準相対距離r(0)を初期化する際に、予め定義された定数を用いればよい。音速cは、例えば、複数の深度と音速の組で表される音速プロファイル(zl,cl)(l=0,1,2,・・・,L-1)の音速値の平均としてもよいし、音速値の最大値または最小値としてもよい。また、音速cは、例えば、「c=1500m/s」といった音速の一般的な値を用いてもよい。
【0088】
初期化した基準相対距離r(0)および群速度gは、後述するステップS12で遅延変化量ΔTを算出する際に使用される。このとき、算出される遅延変化量ΔTの値は、音速cに設定される値によって変化するが、海洋中の音速は、およそ1450m/sから1550m/sの間の値をとる。そのため、設定される音速cによる遅延変化量ΔTの変化は、高々その値の10%程度であり、遅延変化量ΔTの算出精度としては十分である。
【0089】
ステップS2の処理の後、制御装置11は、基準相対距離r(0)および群速度g、ならびに、ステップS2で算出した相対距離rτμを遅延変化量算出装置40に対して出力する。ステップS12において、遅延変化量算出装置40は、入力された基準相対距離r(0)、群速度gおよび相対距離rτμに基づき、遅延変化量ΔTを算出する。そして、遅延変化量算出装置40は、算出した遅延変化量ΔTを制御装置11に対して出力する。
【0090】
ステップS13において、制御装置11は、入力された遅延変化量ΔTが大きいか否かを判断する。具体的には、制御装置11は、予め設定された定数αに基づき、式(12)を用いて遅延変化量ΔTの大きさを判断する。
【0091】
【0092】
遅延変化量ΔTが式(12)を満たす場合、すなわち、遅延変化量ΔTが定数α以上である場合(ステップS13:Yes)、制御装置11は、インパルス応答の変化が大きいと判断する。そして、処理がステップS3に移行し、制御装置11は、インパルス応答h(tk,rτμ)を算出する。
【0093】
一方、遅延変化量ΔTが式(12)を満たさない場合、すなわち、遅延変化量ΔTが定数α未満である場合(ステップS13:No)、制御装置11は、インパルス応答の変化は小さいと判断する。そして、処理がステップS4に移行する。このとき、制御装置11は、すでに保持している保存インパルス応答h(0)(tk)をインパルス応答h(tk,rτμ)として使用する。
【0094】
このように、定数αは遅延変化量ΔTの許容値を表し、インパルス応答を算出する際の計算量と、算出される受波波形の精度との間のトレードオフを調整する働きを有する。定数αを大きくするほど、式(12)を満足する機会が減るため、インパルス応答を算出する回数が減って計算量は少なくなるが、インパルス応答の変化に対する受波波形x(tm)の精度が低下する。一方、定数αを小さくするほど、計算量は増加するが、インパルス応答の変化に対する受波波形x(tm)の精度の低下が抑えられる。
【0095】
ここで、例えば時刻のサンプリング間隔Δtを用いて、「α=Δt」となるように定数αを設定した場合には、遅延変化量ΔTがインパルス応答h(tk,rτμ)のサンプリング間隔Δtより小さければ、インパルス応答の変化を無視できると判断することになる。また、例えば送波波形の周波数帯域の上限fmaxに対して「α=1/fmax」とした場合、遅延変化量ΔTが送波波形の振動の1周期の時間長よりも小さければ、インパルス応答の変化を無視できると判断することになる。
【0096】
ステップS3の処理の後、ステップS14において、制御装置11は、ステップS3においてインパルス応答算出装置20で算出されたインパルス応答h(tk,rτμ)を、保存インパルス応答h(0)(tk)として保持する。次いで、ステップS15において、制御装置11は、基準相対距離r(0)を「r(0)=rτμ」によって更新する。
【0097】
以下、実施の形態1と同様に、ステップS4~ステップS6の処理が実行される。なお、最初の時刻(μ=0)の際には、遅延変化量算出装置40から出力される遅延変化量ΔTは、式(11)によって算出されるが、基準相対距離r(0)が「∞」で初期化されていることから、遅延変化量ΔTも∞となり、式(12)の条件が必ず成立する。そのため、「μ=0」に対するインパルス応答h(tk,rτμ)が必ず算出され、この算出結果が保存インパルス応答h(0)(tk)に設定されている。
【0098】
以上のように、本実施の形態2に係る波形算出システム200は、式(11)によって遅延の変化の大きさを算出し、その遅延変化量ΔTが大きい、つまりインパルス応答の変化が大きいと判断されるときにのみインパルス応答h(tk,rτμ)を算出する。これにより、インパルス応答の算出回数を減らすことができ、計算量を削減することができる。
【0099】
実施の形態3.
次に、本実施の形態3について説明する。本実施の形態3では、ターゲットとソーナーとの相対距離の変化による遅延の変化が大きい場合にのみ、インパルス応答を算出する点で、実施の形態1と相違し、遅延変化量ΔTの算出方法が実施の形態2と相違する。なお、本実施の形態3において、実施の形態1および2と共通する部分には同一の符号を付し、詳細な説明を省略する。
【0100】
実施の形態2では、遅延変化量ΔTを算出する際に用いられる群速度gとして、音速プロファイルから算出した値を用いた。これは、ターゲットからソーナーまでの音波伝搬の複数の経路のうち、受波波形に与える影響が最も大きい経路が水平に近いふ角で伝搬する経路であると仮定したものである。
【0101】
しかしながら、受波波形に与える影響が最も大きい経路が、水平に近いふ角で伝搬する経路とは限らない。そこで、実施の形態3では、算出したインパルス応答h(tk,rτμ)に現れる遅延に基づき、水中の伝搬を模擬した結果から推定した推定群速度g(0)を用いて遅延変化量ΔTを算出する。
【0102】
ターゲットからソーナーまでの音波伝搬の複数の経路のうち、受波波形に対して最も影響の大きい経路の1つとして、インパルス応答の振幅が最大となる時刻に相当する経路が考えられる。本実施の形態3では、インパルス応答の振幅が最大となる時刻に基づき群速度を推定し、推定群速度g(0)を得る。
【0103】
[波形算出システム300の構成]
図8は、本実施の形態3に係る波形算出システムの構成の一例を示すブロック図である。
図8に示すように、波形算出システム300は、制御装置12、インパルス応答算出装置20、瞬時受波波形算出装置30および遅延変化量算出装置40を備えている。このような波形算出システム300は、ソフトウェアを実行することにより各種機能を実現するマイクロコンピュータ等の演算装置、もしくは各種機能に対応する回路デバイス等のハードウェアで構成されている。
【0104】
制御装置12は、海洋環境条件、シナリオ、および送波時刻τμにおける送波波形の瞬時音圧s(τμ)が入力される。制御装置12は、インパルス応答算出装置20、瞬時受波波形算出装置30および遅延変化量算出装置40との間で各種データのやりとりを行うとともに、受波波形x(tm)を算出する。制御装置12の具体的な動作については、後述する。
【0105】
本実施の形態3において、遅延変化量算出装置40は、制御装置12から基準相対距離r(0)、推定群速度g(0)および相対距離rτμが入力される。遅延変化量算出装置40は、入力された基準相対距離r(0)、推定群速度g(0)および相対距離rτμに基づき、遅延変化量ΔTを算出し、算出した遅延変化量ΔTを制御装置12に対して出力する。
【0106】
[波形算出システム300の動作]
図9は、本実施の形態3に係る波形算出システムによる波形算出処理の流れの一例を示すフローチャートである。なお、実施の形態1および2における処理と共通する処理については、同一の符号を付し、詳細な説明を省略する。
【0107】
制御装置12は、ステップS1の処理を実行した後、ステップS21において、基準相対距離r(0)を「r(0)=∞」で初期化するとともに、推定群速度g(0)を、実施の形態2における群速度gと同様に「g(0)=c」で初期化する。
【0108】
ステップS2の処理の後、制御装置12は、基準相対距離r(0)および推定群速度g(0)、ならびに、ステップS2で算出した相対距離rτμを遅延変化量算出装置40に対して出力する。ステップS22において、遅延変化量算出装置40は、入力された基準相対距離r(0)、推定群速度g(0)および相対距離rτμに基づき、遅延変化量ΔTを算出する。そして、遅延変化量算出装置40は、算出した遅延変化量ΔTを制御装置12に対して出力する。
【0109】
また、本実施の形態3では、ステップS15で基準相対距離r(0)が更新された後、ステップS23において、制御装置12は、推定群速度g(0)を更新する。具体的には、まず、制御装置12は、算出したインパルス応答h(tk,rτμ)の中から「|h(tk,rτμ)|」が最大となるインデックスkを抽出する。このとき抽出されたインデックスkを、「k^」とする。
【0110】
インデックスk^の抽出は、「k=0」から「k=K-1」まで順次、「|h(tk,rτμ)|」の大きさを確認することで実施できる。また、多くのプログラム言語では、配列の中で値が最大となるインデックス番号を抽出する標準的な関数があるため、この関数を用いてインデックスk^を抽出してもよい。
【0111】
インデックスk^が抽出されると、制御装置12は、式(13)に基づき、推定群速度g(0)を更新する。式(13)によって更新された推定群速度g(0)は、インパルス応答の中で受波波形に対する影響が最も大きい経路でターゲットからソーナーまで伝搬する音波の速度を意味する。
【0112】
【0113】
なお、本実施の形態3では、上述したように、実施の形態2における群速度gに代えて推定群速度g(0)が用いられる。そのため、ステップS12において、遅延変化量算出装置40は、式(14)を用いて遅延変化量ΔTを算出する。式(14)に示す遅延変化量ΔTの算出式は、式(11)における分母の群速度gを推定群速度g(0)に置き替えたものである。
【0114】
【0115】
以上のように、本実施の形態3に係る波形算出システム300は、遅延変化量算出装置40で遅延変化量ΔTを算出する際に用いられる群速度をインパルス応答h(tk,rτμ)の振幅が最も大きい遅延tk^を用いて式(13)で算出する推定群速度g(0)とする。これにより、ターゲットからソーナーまでの複数の伝搬経路のうち受波波形に対して最も影響の大きい経路の群速度を得ることができ、影響の大きな経路が水平に近い角度で伝搬しない場合でも、受波波形x(tm)を精度よく算出することができる。
【0116】
実施の形態4.
次に、本実施の形態4について説明する。本実施の形態4では、相対距離の変化に加えて音速プロファイルの時間変化が遅延変化量ΔTに与える影響を考慮する点で、実施の形態1~3と相違する。なお、本実施の形態4において、実施の形態1~3と共通する部分には同一の符号を付し、詳細な説明を省略する。
【0117】
実施の形態4では、送波時刻τμに対して時間変化する音速プロファイル、つまり深度と音速との組(zl,cl(τμ))を考える。この場合、遅延変化量ΔTは、式(15)に基づき算出される。
【0118】
【0119】
式(15)では、右辺の絶対値記号の中の第1項と第2項とで分母の群速度の値が異なる。式(15)において、第2項の分母「g(0)」は、実施の形態3における推定群速度g(0)である。また、第1項の分母「gτμ」は、送波時刻τμでの群速度を示す補正群速度であり、式(16)に基づき推定群速度g(0)を補正したものである。式(16)において、「c(0)」は推定群速度g(0)を算出した送波時刻での音速を示す基準音速であり、「cτμ」は送波時刻τμでの音速である。
【0120】
【0121】
この補正群速度gτμは、送波時刻τμでの音速が推定群速度g(0)を算出した送波時刻での音速から変化している場合、群速度は音速の変化の比と同一の比で変化するものとして算出される。これは、一定音速の媒質の場合に群速度が音速に正比例していることを利用したものである。
【0122】
ここで、送波時刻τμでの音速cτμは、例えば式(17)に基づき、送波時刻τμでの音速プロファイルの音速cl(τμ)の深度インデックスlに関する平均値とする。なお、送波時刻τμでの音速cτμは、これに限られず、例えば時間に対する音速プロファイル(zl,cl(τμ))の各点を通る関数c(z,τμ)(0≦z≦zL-1)を考え、式(18)に基づき算出してもよい。
【0123】
【0124】
【0125】
このように、遅延変化量ΔTは、式(15)および式(16)を用いて推定することにより、音速の変化による群速度の変化が加味される。そして、相対距離の変化だけでなく、群速度の変化によっても遅延が変化することを表すことができる。
【0126】
[波形算出システム400の構成]
図10は、本実施の形態4に係る波形算出システムの構成の一例を示すブロック図である。
図10に示すように、波形算出システム400は、制御装置13、インパルス応答算出装置20、瞬時受波波形算出装置30および遅延変化量算出装置41を備えている。このような波形算出システム400は、ソフトウェアを実行することにより各種機能を実現するマイクロコンピュータ等の演算装置、もしくは各種機能に対応する回路デバイス等のハードウェアで構成されている。
【0127】
制御装置13は、海洋環境条件、シナリオ、および送波時刻τμにおける送波波形の瞬時音圧s(τμ)が入力される。制御装置13は、インパルス応答算出装置20、瞬時受波波形算出装置30および遅延変化量算出装置41との間で各種データのやりとりを行うとともに、受波波形x(tm)を算出する。なお、本実施の形態4において、制御装置13に入力される音速プロファイルは、送波時刻τμに対して変化する複数の深度と音速との組(zl,cl(τμ))で表される音速の深度特性である。
【0128】
遅延変化量算出装置41は、制御装置13から基準相対距離r(0)、推定群速度g(0)、相対距離rτμおよび補正群速度gτμが入力される。遅延変化量算出装置41は、入力された基準相対距離r(0)、推定群速度g(0)、相対距離rτμおよび補正群速度gτμに基づき、遅延変化量ΔTを算出し、算出した遅延変化量ΔTを制御装置13に対して出力する。
【0129】
[波形算出システム400の動作]
図11は、本実施の形態4に係る波形算出システムによる波形算出処理の流れの一例を示すフローチャートである。なお、実施の形態1~3における処理と共通する処理については、同一の符号を付し、詳細な説明を省略する。
【0130】
ステップS21の処理の後、制御装置13は、ステップS31において、基準音速c(0)を初期化する。基準音速c(0)を初期化する値は、実施の形態3で推定群速度g(0)を初期化する値と同様であるものとする。
【0131】
また、ステップS2の処理の後、制御装置13は、送波時刻τμにおける音速プロファイルに基づき、音速cτμおよび補正群速度gτμを算出する。制御装置13は、例えば、送波時刻τμにおける音速プロファイルの音速値cl(τμ)の平均値を音速cτμとして算出する。また、制御装置13は、音速cτμおよび基準音速c(0)に基づき、式(16)を用いて推定群速度g(0)を補正した補正群速度gτμを算出する。
【0132】
次に、制御装置13は、基準相対距離r(0)、推定群速度g(0)および相対距離rτμ、ならびに、ステップS32で算出した補正群速度gτμを遅延変化量算出装置41に対して出力する。ステップS33において、遅延変化量算出装置41は、入力された基準相対距離r(0)、推定群速度g(0)、相対距離rτμおよび補正群速度gτμに基づき、遅延変化量ΔTを算出する。そして、遅延変化量算出装置41は、算出した遅延変化量ΔTを制御装置13に対して出力する。
【0133】
また、ステップS13において、遅延変化量ΔTが式(12)を満たし、遅延変化量ΔTが定数α以上である場合(ステップS13:Yes)、制御装置13は、ステップS34において、インパルス応答h(tk,rτμ)を算出する。このとき、インパルス応答算出装置20に入力する海洋環境条件のうちの音速プロファイルは、送波時刻τμでの音速プロファイル(zl,cl(τμ))となる。
【0134】
さらに、ステップS23の処理の後、制御装置13は、ステップS35において、基準音速c(0)を「c(0)=cτμ」によって更新する。
【0135】
以上のように、本実施の形態4に係る波形算出システム400は、遅延変化量ΔTを算出するための群速度が送波時刻τμに対して変化することに対応することによって、相対距離だけではなく音速プロファイルの時間変化によっても遅延が変化することを表すことができる。そして、音速プロファイルが時間変化する場合にも精度のよい受波波形x(tm)を算出することができる。
【0136】
以上、本発明の実施の形態1~4について説明したが、本発明は、上述した実施の形態1~4に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内で様々な変形または応用が可能である。従来技術および実施の形態1~4では、ターゲットから放射される音波をパッシブソーナーで受波したときの受波波形の模擬について説明したが、これはこの例に限られない。例えば、この波形算出システムは、あらゆる水中音源と、水中音源から放射される音波を受波するあらゆる受波器との組み合わせに対して適用することができる。具体的には、例えば、波形算出システムが水中音響通信の性能を評価する際の受波波形の模擬に用いられる場合には、パッシブソーナーにおけるターゲットが送信機となり、ソーナーが受信機となる。
【0137】
本実施の形態1~4では、ソーナーとしてパッシブソーナーを想定した場合について説明したが、これに限られず、波形算出システム100、200、300および400は、例えばアクティブソーナーを想定した場合にも適用することができる。アクティブソーナーにおいて、音波はソーナー音源からターゲットまで伝搬し、ターゲットで散乱した後、散乱した音波がターゲットからソーナー受波器まで伝搬する。したがって、式(3)で逆フーリエ変換する音圧の周波数特性p(fn,r)は、アクティブソーナーの場合、式(19)で表される。式(19)において、「rS→T」はソーナー音源からターゲットまでの距離を示し、「rT→R」はターゲットからソーナー受波器までの距離を示す。また、「S(fn)」は、ターゲットにおける散乱特性を示す。
【0138】
【0139】
このとき、遅延変化量ΔTの算出で用いられる相対距離rτμは、ソーナー音源からターゲットまでの距離rS→Tと、ターゲットからソーナー受波器までの距離rT→Rとの和であり、式(20)で示される。
【0140】
【0141】
なお、従来技術および本実施の形態1~4では、説明を容易とするために、インパルス応答h(tk,rτμ)がターゲットおよびソーナーのそれぞれの位置には依存せず、相対距離rだけに依存することとしている。このことは、音速プロファイルおよび水深が位置に依存しない場合に成立する。
【0142】
例えば、音速プロファイルおよび水深が位置に依存する場合には、ターゲットの位置とソーナーの位置とを結んだ距離と深度との関係を示す2次元断面上の音速プロファイルおよび水深を使用するとよい。具体的には、例えば非特許文献2に示すような距離依存型の伝搬モデルを使用して音圧の周波数特性p(fn,r)を計算し、その結果からインパルス応答を算出すればよい。
【0143】
これにより、異なる送波時刻に送波された音が、異なる海洋環境中を異なる相対距離を伝搬し、ソーナーで同時に受波される現象を表現することができる。ただし、実施の形態2~4における遅延変化量ΔTの算出においては、遅延の変化に対して相対距離の変化の影響が含まれるが、位置の変化の影響は無視することになる。
【符号の説明】
【0144】
10、11、12、13 制御装置、20 インパルス応答算出装置、21 処理回路、22 プロセッサ、23 メモリ、30 瞬時受波波形算出装置、40、41 遅延変化量算出装置、100、200、300、400 波形算出システム。