(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023120116
(43)【公開日】2023-08-29
(54)【発明の名称】プライマーセット、ならびにテンサイ黒根病の検診キット及び検診方法
(51)【国際特許分類】
C12Q 1/6895 20180101AFI20230822BHJP
C12Q 1/6844 20180101ALI20230822BHJP
C12N 15/09 20060101ALN20230822BHJP
【FI】
C12Q1/6895 Z ZNA
C12Q1/6844 Z
C12N15/09 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022023335
(22)【出願日】2022-02-17
(71)【出願人】
【識別番号】000231981
【氏名又は名称】日本甜菜製糖株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100145126
【弁理士】
【氏名又は名称】金丸 清隆
(72)【発明者】
【氏名】小田 一登
(72)【発明者】
【氏名】内野 浩克
【テーマコード(参考)】
4B063
【Fターム(参考)】
4B063QA01
4B063QA18
4B063QQ07
4B063QQ42
4B063QR08
4B063QR32
4B063QR62
4B063QS24
4B063QX02
(57)【要約】
【課題】 テンサイ黒根病の病原菌であるアファノミセス・コクリオイデス(Aphanomyces cochlioides)由来の核酸を特異的に増幅するプライマーセット、当該プライマーセットを含むテンサイ黒根病の検診キット、ならびに、当該プライマーセット及び当該検診キットの少なくともいずれかを用いて、被験体から得られた検体においてアファノミセス・コクリオイデスを検出する工程を含むテンサイ黒根病の検診方法を提供する。
【解決手段】 LAMP法により、アファノミセス・コクリオイデス由来の核酸を特異的に増幅する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
LAMP法により、アファノミセス・コクリオイデス(Aphanomyces cochlioides)由来の核酸を特異的に増幅するプライマーセットであって、以下の(a)、(b)、(c)及び(d)のプライマーを含むプライマーセット;
(a)配列番号2の配列により示されるポリヌクレオチドからなるFIPプライマー、
(b)配列番号3の配列により示されるポリヌクレオチドからなるBIPプライマー、
(c)配列番号4の配列により示されるポリヌクレオチドからなるF3プライマー、
(d)配列番号5の配列により示されるポリヌクレオチドからなるB3プライマー。
【請求項2】
前記ポリヌクレオチドがアファノミセス・コクリオイデス(Aphanomyces cochlioides)のリボソームDNAのITS領域に由来する、請求項1に記載のプライマーセット。
【請求項3】
リゾクトニア・ソラニ(Rhizoctonia solani)AG2-2IV由来の核酸及びリゾクトニア・ソラニ(Rhizoctonia solani)AG2-2IIIB由来の核酸を増幅しない、請求項1または請求項2に記載のプライマーセット。
【請求項4】
アファノミセス・クラドガムス(Aphanomyces cladogamus)由来の核酸を増幅しない、請求項1から請求項3のいずれか一項に記載のプライマーセット。
【請求項5】
請求項1から請求項4のいずれか一項に記載のプライマーセットを含む、テンサイ黒根病の検診キット。
【請求項6】
請求項1から請求項4のいずれか一項に記載のプライマーセット及び請求項5に記載の検診キットの少なくともいずれかを用いて、LAMP法により、被験体から得られた検体においてアファノミセス・コクリオイデス(Aphanomyces cochlioides)を検出する工程を含む、テンサイ黒根病の検診方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、LAMP法により、アファノミセス・コクリオイデス(Aphanomyces cochlioides)由来の核酸を特異的に増幅するためのプライマーセット、当該プライマーセットを含むテンサイ黒根病の検診キット、及び、当該プライマーセット等を用いて、LAMP法により、被験体から得られた検体においてアファノミセス・コクリオイデスを検出する工程を含む、テンサイ黒根病の検診方法に関する。
【背景技術】
【0002】
テンサイ黒根病(Aphanomyces root rot)は、アファノミセス・コクリオイデス(Aphanomyces cochlioides)によるテンサイの重要病害の一つである。テンサイ黒根病に罹病したテンサイ(甜菜、サトウダイコン、Beta vulgaris L.)には、主根に浅く細かな亀裂を生じる粗皮症状が発生し、その症状が激しいものでは内部組織が腐敗してしまう(非特許文献1)。
【0003】
アファノミセス(Aphanomyces)属は、「ミズカビ」とも呼ばれ、卵菌類の一種であり、主に卵胞子の状態で植物残渣や土壌中に耐久して生存する(非特許文献2)。例えば、テンサイやホウレンソウなどのヒユ科の他、マメ科、アブラナ科、ナス科など、農作物として栽培されているものを含む広範囲の高等植物の他、原生動物やコイ、フナなどの水生動物にも寄生する。
【0004】
アファノミセス・コクリオイデスが感染したテンサイは、収量の減少とともに品質も低下することから、耕作者にとって、直接、収入の減少につながるとともに、製糖業者にとっても作業効率が低下する大きな要因となり、また、収穫されてから製糖工程に入るまでのパイル貯蔵期間中に、腐敗が進行して品質が低下する場合があり、多方面で大きな問題となっている。さらに、アファノミセス・コクリオイデスは、幼苗の胚軸部が腐敗して苗が立ち枯れる苗立枯病や、主根が腐敗する黒根病の病原菌である他、連作障害の一因でもある。
【0005】
テンサイ黒根病は、高温・多湿の雰囲気下、排水不良などによりテンサイ根への感染を活発に繰り返すとされているが(非特許文献3)、病状が進行した罹病個体に対して特効性を示す薬剤による防除方法は確立しておらず、さらには当該病害の罹患部位が根部であることから、薬剤が十分に行き渡らないといった問題を呈している。
【0006】
そこで、本病害による被害を緩和するために、早期に病害を発見して病状が進行する前に防除することが求められる。例えば、分子生物学的手法としては、PCR法を用いて、感染が疑われる土壌や植物中のアファノミセス・コクリオイデスの存否を検出する方法を挙げることができる(特許文献1)。PCR法による検出法では、土壌や植物などを含む試料から核酸(例えば、DNAまたはmRNAなど)を抽出し、抽出した核酸を鋳型として、原因菌に特異的な塩基配列を有する核酸を、精密な温度制御と迅速な温度変化を要するポリメラーゼ連鎖反応(PCR)に供して、必要に応じて転写、逆転写、増幅などを行った産物を検出することによって、試料における原因菌の有無を検出する。
【0007】
しかしながら、PCR法では温度の制御が不可欠となり、サーマルサイクラーや電気泳動装置が必須となる。また、多段階の工程を経る必要がある他、検出までに時間を要するうえに、操作には一定の技術習得も必要である。
【0008】
その他、本病害を発見する方法として、「アファノミセス選択分離培地」を用いてテンサイの罹病組織から検出する方法を挙げることができる(非特許文献4)。「アファノミセス選択分離培地」とは、アファノミセスが生育する人工培地に、抗生物質などの薬剤を数種類加用して、アファノミセス以外の糸状菌や細菌類の生育を抑制し、アファノミセスの罹病組織からの純粋分離を容易にした培地である。
【0009】
しかしながら、アファノミセス選択分離培地を用いた方法によれば、罹病組織の切片を当該培地上に置いてから検出を終えるまで、4~7日要する。また、当該方法によれば、リゾクトニア属やピシウム属といった雑菌や細菌類の生育は抑制されるものの、フザリウム属や接合菌類など、生育抑制効果が低い菌群も存在することから、判定に際しては、大抵、顕微鏡による形態観察を要してしまう。さらに、培地中の抗生物質の影響を受けて、アファノミセスの生育もある程度は抑制されてしまうと考えられることから、検出精度に限界があると考えられている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】てん菜研究会報,1999,41:67-72
【非特許文献2】てん菜研究会報,2003,45:27-32
【非特許文献3】HARVESON,R.M.and RUSH,C.M.(1993):An Environmentally Controlled Experiment to Monitor the effect Aphanomyces Root rot and Rhizomania on Sugar Beet.Phytopathology,83(11),1220-1223.
【非特許文献4】日植病報,51:16-21
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
そこで、本発明は、テンサイ黒根病の病原菌であるアファノミセス・コクリオイデス(Aphanomyces cochlioides)由来の核酸を特異的に増幅するプライマーセット、当該プライマーセットを含むテンサイ黒根病の検診キット、ならびに、当該プライマーセット及び当該検診キットの少なくともいずれかを用いて、被験体から得られた検体においてアファノミセス・コクリオイデスを検出する工程を含むテンサイ黒根病の検診方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、鋭意研究の結果、テンサイ黒根病の病原菌であるアファノミセス・コクリオイデス(Aphanomyces cochlioides)由来の核酸に特異的に反応するLAMPプライマーを設計し、LAMPプライマーセットを完成させ、そして、当該LAMPプライマーセットを用いたテンサイ黒根病の検診キットや、当該LAMPプライマーセットや当該検診キットを用いた、LAMP法によりテンサイ黒根病を検診する方法を見出し、下記の各発明を完成した。
【0014】
(1)LAMP法により、アファノミセス・コクリオイデス(Aphanomyces cochlioides)由来の核酸を特異的に増幅するプライマーセットであって、以下の(a)、(b)、(c)及び(d)のプライマーを含むプライマーセット;
(a)配列番号2の配列により示されるポリヌクレオチドからなるFIPプライマー、
(b)配列番号3の配列により示されるポリヌクレオチドからなるBIPプライマー、
(c)配列番号4の配列により示されるポリヌクレオチドからなるF3プライマー、
(d)配列番号5の配列により示されるポリヌクレオチドからなるB3プライマー。
【0015】
(2)前記ポリヌクレオチドがアファノミセス・コクリオイデス(Aphanomyces cochlioides)のリボソームDNAのITS領域に由来する、(1)に記載のプライマーセット。
【0016】
(3)リゾクトニア・ソラニ(Rhizoctonia solani)AG2-2IV由来の核酸及びリゾクトニア・ソラニ(Rhizoctonia solani)AG2-2IIIB由来の核酸を増幅しない、(1)または(2)に記載のプライマーセット。
【0017】
(4)アファノミセス・クラドガムス(Aphanomyces cladogamus)由来の核酸を増幅しない、(1)から(3)のいずれか一項に記載のプライマーセット。
【0018】
(5)(1)から(4)のいずれか一項に記載のプライマーセットを含む、テンサイ黒根病の検診キット。
【0019】
(6)(1)から(4)のいずれか一項に記載のプライマーセット及び請求項5に記載の検診キットの少なくともいずれかを用いて、LAMP法により、被験体から得られた検体においてアファノミセス・コクリオイデス(Aphanomyces cochlioides)を検出する工程を含む、テンサイ黒根病の検診方法。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、LAMP法を用いてアファノミセス・コクリオイデス(Aphanomyces cochlioides)由来の核酸を特異的に増幅することができる新規のプライマーセットが提供される。当該プライマーセットを用いることにより、農場現場において、テンサイ黒根病の病原菌であるアファノミセス・コクリオイデスを即時に高感度で検出し得るうえに、感染初期の個体を正確に検診できることから早期に防除や排水対策などを講じることができ、その結果、当該病害の進行を効果的に抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1】アファノミセス・コクリオイデスのリボソームDNAのITS領域の塩基配列における、アファノミセス・コクリオイデス検出用プライマーが認識する塩基配列の位置関係を示す。
【
図2】実施例1におけるLAMP反応後の反応チューブの色の変化を示す写真である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明に係るプライマーセット、テンサイ黒根病の検診キット、及び、テンサイ黒根病の検診方法について詳細に説明する。
【0023】
本発明に係るプライマーセットは、LAMP法により、アファノミセス・コクリオイデス(Aphanomyces cochlioides)由来の核酸を特異的に増幅するプライマーセットであって、以下の(a)、(b)、(c)及び(d)のプライマーを含む;
(a)配列番号2の配列により示されるポリヌクレオチドからなるFIPプライマー、
(b)配列番号3の配列により示されるポリヌクレオチドからなるBIPプライマー、
(c)配列番号4の配列により示されるポリヌクレオチドからなるF3プライマー、
(d)配列番号5の配列により示されるポリヌクレオチドからなるB3プライマー。
【0024】
LAMP(Loop-Mediated Isothermal Amplification)法は、納富らによって開発され、PCR(Polymerase Chain Reaction)法で不可欠とされる温度制御を不要とする核酸の増幅方法であり、日本特許第3313358号公報に報告されている。一般的に、LAMP法は、PCRを用いた方法に比べて短時間で簡易に遺伝子を増幅できるうえ、特異性が高く、サンプル中の不純物の影響も受けにくい。そのため、簡便なサンプルの前処理で目的の核酸の増幅を行うことが可能である。
【0025】
LAMP法は、6つの遺伝子領域を認識する4つのプライマーを用いて、鋳型となるヌクレオチドに当該プライマーの3‘末端をアニールさせて相補鎖合成の起点とするとともに、このとき形成されるループにアニールするプライマーを組み合わせることにより、等温での相補鎖合成反応を可能とする。また、プライマーの3’末端が、常に試料に由来する領域に対してアニールしており、塩基配列の相補的結合によるチェック機構が繰り返し機能することとなり、高感度かつ特異性の高い核酸増幅反応を可能とする。
【0026】
LAMP法では、2本鎖の鋳型DNAの一方の鎖の3‘末端側から順にF3c、F2c、F1c、B1、B2、B3と称する領域をそれぞれ規定し、これらの領域の塩基配列に基づいて設計されるF3プライマー、FIPプライマー、BIPプライマー、B3プライマーと称する4種類で1セットとなるプライマーを使用する。
【0027】
F3プライマーは、F3c領域と相補的な塩基配列であるF3領域の塩基配列を持つように設計する。FIPプライマーは、F2c領域と相補的な塩基配列であるF2領域の塩基配列を3’末端側に持ち、5’末端側にF1c領域の塩基配列と同じ塩基配列を持つように設計する。BIPプライマーは、B2領域の塩基配列を3’末端側に持ち、5’末端側にB1領域と相補的な塩基配列であるB1c領域の塩基配列を持つように設計する。B3プライマーは、B3領域の塩基配列を持つように設計する。
【0028】
これらのプライマーのうち、FIPプライマー、BIPプライマーをインナープライマーと、F3プライマー、B3プライマーをアウタープライマーと称される。ここで、インナープライマーは、標的領域上の特定の塩基配列領域を認識し、かつ合成起点を与える塩基配列を3’末端に有し、同時にこのプライマーを起点とする核酸合成反応生成物の任意の領域に対して相補的な塩基配列を5’末端に有するポリヌクレオチドである。このインナープライマーは、F2領域とF1c領域の間、またはB2領域とB1c領域の間に、塩基数0~50のいずれかの長さの任意の塩基配列を有していてもよい。
【0029】
一方、アウタープライマーは、標的領域上の特定の塩基配列領域の3'末端側に存在する配列領域を認識かつ合成起点を与える塩基配列を有するポリヌクレオチドである。
【0030】
LAMP法によるDNAの増幅反応は、インナープライマーを起点に合成されたDNA鎖を鋳型DNAから一本鎖として剥がすために用いられる2種類のアウタープライマーにより生成する、ステムループ構造を持つダンベル型の構造を起点とし、伸長反応と鎖置換型伸長反応を繰り返すことにより進行する。また、ダンベル構造の5’末端側のループの一本鎖部分に相補的な配列を持つ2種類のループプライマーを用いることにより、DNA合成の起点を増やし、反応時間を短縮することが可能となる。
【0031】
以下、LAMP法によるアファノミセス・コクリオイデス(Aphanomyces cochlioides)の検出について、(1)検体からの核酸の抽出、(2)プライマーセットの設計、(3)核酸の増幅、(4)増幅産物の有無の確認の順に説明する。
【0032】
(1)検体からの核酸の抽出
本発明において、検体としては、アファノミセス・コクリオイデスを含有するものすべてを対象とすることができるが、テンサイ(甜菜、サトウダイコン、Beta vulgaris L.)の根、葉、茎、苗などを用いることが好ましい。特に検出に適しているのはテンサイの根であり、検出率を高めることができる。
【0033】
その他、土壌を検体とすることができる。アファノミセス・コクリオイデスは、土壌中にも広く存在し、土壌を介して感染することから、土壌を検体としてアファノミセス・コクリオイデスの有無を確認することにより、テンサイ黒根病の発生や拡大を未然に防ぐことができる。
【0034】
検体からDNAを調製する方法としては、アファノミセス・コクリオイデスの検出を行うのに十分な精製度及び量のDNAが得られるのであれば特に制限されず、未精製の状態でも使用できるが、さらに分離、抽出、濃縮、精製等の前処理をして使用することもできる。例えば、フェノール及びクロロホルム抽出による精製や、市販の抽出キットを用いた精製によって、核酸の純度を高めて使用することができる。
【0035】
(2)プライマーセットの設計
<プライマーセット>
本発明に係るプライマーセットは、アファノミセス・コクリオイデスに特異的であり、かつ、種保存性が高いリボソームDNAのITS領域(Internal Transcribed Spacers)に基づいて設計される。当該標的領域は、アファノミセス・コクリオイデスの多様性をカバーし得る塩基配列領域である。
【0036】
本発明におけるプライマーは、係る標的塩基配列を増幅対象として設計しうる限り特に限定されるものではなく、PCR法やLAMP法などの核酸増幅方法に用いる際のプライマーとして使用することができるが、LAMPプライマーであることが好ましい。
【0037】
本発明に係るプライマーセットは、次のように設計する。まず、Clustal Xなどのアラインメントソフトを用いて、複数のアファノミセス・コクリオイデスのリボゾームDNAのITS領域における塩基配列のアライメントを行う。次に、得られたアライメント情報をもとに、Primer Explorer V5(栄研化学株式会社製)等のソフトを用いて保存性の高い領域において、F3、F2、F1c、B1c、B2、B3領域を選定し、LAMP法のプライマーを設計する。従って、本発明に係るプライマーセットは、LAMPプライマーセットであることが好ましい。
【0038】
各プライマーにおいては、LAMP法におけるプライマー機能を有する限り、1または数個(例えば、1~10個)の塩基が欠失、置換または付加した塩基配列を有するプライマーを代替的に用いることができる。
【0039】
本発明に係るプライマーセットとして、アファノミセス・コクリオイデスの特異的な塩基配列であり、配列番号1の配列により示される当該菌体のリボソームDNAのITS領域(
図1)をコードする塩基配列を標的とし、その塩基配列の一部と相補的となるように化学合成されたポリヌクレオチドであって、配列番号2~5の配列により示されるプライマーセットを選定した。
【0040】
アファノミセス・コクリオイデス検出用のプライマーセット(塩基配列(5’-3’))
FIP(配列番号2) AGACATCCACTGTTGAAAGTTGTATACTTTATGACTGAACTATCTAGCAT
BIP(配列番号3) GGCTCGCACATCGATGAAGACAACGTTTCGATGACTCACT
F3(配列番号4) ACCGATGTATTTTTTAATCCCTT
B3(配列番号5) CTTCCAGGACTAACCCGA
【0041】
すなわち、本発明に係るプライマーセットは、アファノミセス・コクリオイデス由来の核酸を特異的に増幅するプライマーセットであって、以下の(a)、(b)、(c)及び(d)のプライマーを含むプライマーセットである;
(a)配列番号2の配列により示されるポリヌクレオチドからなるFIPプライマー、
(b)配列番号3の配列により示されるポリヌクレオチドからなるBIPプライマー、
(c)配列番号4の配列により示されるポリヌクレオチドからなるF3プライマー、
(d)配列番号5の配列により示されるポリヌクレオチドからなるB3プライマー。
【0042】
そしてそれ故、前記ポリヌクレオチドは、アファノミセス・コクリオイデスのリボソームDNAのITS領域に由来する。
【0043】
ここで、本発明において、「アファノミセス・コクリオイデス由来の核酸を特異的に増幅する」とは、アファノミセス・コクリオイデス由来の核酸については、通常の条件で核酸増幅反応を行ったときに増幅が可能であるが、アファノミセス・コクリオイデス以外の他の菌体由来の核酸については実質的に増幅しない(増幅したとしても検出限界以下である)ことを意味する。実際のところ、本発明に係るプライマーセットは、アファノミセス・コクリオイデスの近縁種である、アファノミセス・クラドガムス(Aphanomyces cladogamus)由来の核酸を増幅しない。
【0044】
ただし、本発明に係るプライマーセットは、例外として、近縁種のアファノミセス・エウテイケス(Aphanomyces euteiches)由来の核酸を非特異的に増幅する。アファノミセス・エウテイケスは、主にマメ科作物にアファノミセス根腐病を引き起こす菌として知られている。なお、アファノミセス・エウテイケスはテンサイを宿主としないため、テンサイ黒根病の検診において、アファノミセス・エウテイケスが影響を与えることはない。
【0045】
また、本発明に係るプライマーセットは、テンサイ根腐病の原因菌であるリゾクトニア・ソラニ(Rhizoctonia solani)AG2-2IV由来の核酸及びリゾクトニア・ソラニ(Rhizoctonia solani)AG2-2IIIB由来の核酸を増幅しない。このことは、テンサイ黒根病と原因菌の種類が全く異なるにもかかわらず、病徴のみから判別することが困難なテンサイ根腐病と、テンサイ黒根病を判別することができることを示している。
【0046】
(3)核酸の増幅
LAMP法によるDNAの増幅反応においては、検体から抽出された核酸、及びプライマーセット、ならびにDNA増幅試薬として、核酸合成の基質となる4種類のdNTP(dATP、dCTP、dGTP及びdTTP)、鎖置換活性を有する鋳型依存性核酸合成酵素などのDNAポリメラーゼと、酵素反応に好適な条件を与える緩衝液、補助因子としての塩類(マグネシウム塩またはマンガン塩等)、及び酵素や鋳型を安定化する保護剤を、等温で一定時間静置すればよい。
【0047】
酵素活性に適した温度は、60~70℃、好ましくは63~65℃にてDNAの増幅反応を行う。反応時間は、15分以上であればDNAの増幅を検出することができるが、好ましくは30分~120分、より好ましくは60~90分の範囲に設定することができる。
【0048】
核酸合成で使用する酵素は、鎖置換活性を有する鋳型依存性核酸合成酵素であれば特に限定されない。このような酵素としては、例えば、Bst DNAポリメラーゼ(ラージフラグメント)、Bca(exo-)DNAポリメラーゼ、大腸菌DNAポリメラーゼIのクレノウフラグメントなどを挙げることができ、Bst DNAポリメラーゼ(ラージフラグメント)を好適な酵素として挙げることができる。また、上記DNA増幅試薬は、等温核酸増幅法用キットとして市販されており、例えば、Loopamp(登録商標)DNA増幅試薬キット(栄研化学株式会社製)、LAMP法用DNA増幅試薬セット-動物種・植物病検査専用A-(ニッポンジーン)などを使用することができる。
【0049】
DNA増幅するための反応液は以下の組成が一般的に用いられる。
Tris-HCl(pH7~9) 10mM~25mM
KCl 5mM~15mM
MgSO4 5mM~40mM
界面活性剤 0.1%~0.4%
ベタイン 0.5~1M
dNTPs 各1mM~1.5mM
鎖置換型核酸伸長酵素 0.2~0.6U/μL
【0050】
(4)増幅産物の有無の確認
<病原菌の検出>
核酸増幅反応後の溶液において増幅されたDNAの存在を確認する。被験試料中にアファノミセス・コクリオイデスが含まれている場合、核酸増幅反応によりリボソームDNAのITS領域における標的領域上のDNAが増幅される。逆に、被験試料中にアファノミセス・コクリオイデスが含まれていなければ、核酸増幅反応によって正常なDNA増幅は進行しない。
【0051】
核酸増幅反応により増幅されたDNAの有無の判定には公知の技術が適用できる。例えば、目視による判定方法として、核酸合成の副産物であるピロリン酸マグネシウムにより生成される濁度の肉眼での確認や、反応液にあらかじめHNB試薬やマラカイトグリーンを添加すること、目視検出試薬があらかじめ添加されたDNA増幅試薬キットを用いたLAMP反応による該反応液の変色によりDNAの増幅の判定を容易にする方法を挙げることができる。当該DNA増幅試薬キットとして、例えば、WarmStart(登録商標) Colorimetric LAMP 2X Master Mix(New England Biolabs社製)などを挙げることができる。増幅されたDNAの有無の判定方法として他に、リアルタイム濁度測定装置(例えば、栄研化学株式会社製のLoopampEXIA)で光学的に確認する方法や、Loopamp(登録商標)蛍光・目視検出試薬(栄研化学株式会社製)などの蛍光インターカレーターを添加して増幅反応させた液をUV照射して、核酸の増幅を示す発光を目視により検出する方法を挙げることができる。
【0052】
さらに、当該増幅産物の有無の判断は、本発明に係るプライマーセットの代わりに水を加えた陰性対照(ネガティブコントロール)との対比で行うことも好ましい。陰性対照を用いることにより、偽陽性に基づく判断を防止することができる。また、本発明のプライマーセットによってLAMP反応が正常に進行する系となっていることを確認するために陽性対照(ポジティブコントロール)を用いてもよい。
【0053】
次に、本発明に係るプライマーセットは、単独で、またはLAMPに必要な試薬とともに、テンサイ黒根病の検診キットとして提供することができる。LAMPに必要な試薬としては、例えば、上述した鎖置換型核酸伸長酵素、dNTP、Tris-HCl(pH7~9)などの緩衝液、滅菌水、反応生成物の検出に必要な試薬などを挙げることができる。
【0054】
さらに、本発明は、以上に説明した本発明に係るプライマーセットまたはテンサイ黒根病の検診キットの少なくともいずれかを用いて、LAMP法により、被験体から得られた検体においてアファノミセス・コクリオイデス(Aphanomyces cochlioides)を検出する工程を含む、テンサイ黒根病の検診方法に関する。本発明に係る方法により、当該テンサイ黒根病の検診を可能とする。
【実施例0055】
以下、実施例を用いて本発明をより詳細に説明するが、本発明の技術的範囲はこれら実施例に限定されるものではない。
【0056】
〔実施例1〕LAMPプライマーによるアファノミセス・コクリオイデスの検出
(1)プライマーセットの設計
GenBank(https://www.ncbi.nlm.nih.gov/genbank/)からアファノミセス・コクリオイデス(Aphanomyces cochlioides)のリボソームDNAにおけるITS領域の塩基配列データを収集し、Clustal Xを用いたアラインメント解析により、ITS領域上におけるアファノミセス・コクリオイデスの特異的な塩基配列を抽出した。
【0057】
得られたアラインメント情報をもとに、配列番号1の88塩基から302塩基領域を用いLAMP法プライマーを設計した(
図1)。LAMP法プライマーの設計には、Primer Explorer V5(http://primerexplorer.jp/)を用いた。設計したLAMPプライマーを下掲の表1に示す。
【0058】
【0059】
(2)病原菌からのDNA抽出
アファノミセス・コクリオイデスからのDNA抽出は、次の手順により行った。まず、腐敗したテンサイ根の黒変部と健全部の境界部を切り出し、水洗した後、1.5mLのチューブに入れ、ジルコニアビーズと振盪破砕機を用いて組織を破砕した。次に、破砕組織片からNucleospin(登録商標) DNA Plant(タカラバイオ株式会社製)を用いてからDNAを抽出した。
【0060】
(3)LAMP法による病原菌の検出
本実施例(2)で抽出したDNAは、10μg/mLの濃度に調製して鋳型DNA溶液とした。LAMP反応は、下掲の表2の通り、鋳型DNA溶液、WarmStart(登録商標) Colorimetric LAMP 2X Master Mix(New England Biolabs社製)、滅菌蒸留水、及び、上掲の表1に記載の各プライマーセットを混合して調整した反応液を63℃で60分間反応させることにより行った。一方、ネガティブコントロールとして、当該鋳型DNA溶液に代えて滅菌蒸留水を添加したものを用いた。
【0061】
【0062】
(4)DNA増幅の確認
病原菌のDNAの増幅評価は、目視により行った。その結果を
図2に示す。
図2に示す通り、アファノミセス・コクリオイデスから抽出したDNAの反応液では、赤色から黄色に変色(黄色に呈色)したのに対し(
図2の右側)、ネガティブコントロールでは、反応液の色調の変化がなく赤色であった(赤色に呈色;
図2の左側)。これより、ポジティブコントロールでのみDNAの増幅反応が生じたことが示された。
【0063】
〔実施例2〕腐敗テンサイ根を使用した従来の検出方法(アファノミセス選択分離培地による培養物の検鏡による検出法)との検出感度の比較
腐敗テンサイ根35個体を使用して、アファノミセス選択分離培地を用いた検出方法(以下、「従来法」という。)と、実施例1のLAMP法を用いた検出方法(以下、単に「LAMP法」という。)との検出感度を比較した。
【0064】
従来法は、次の手順より行った。腐敗したテンサイ根の黒変部と健全部の境界部分を切り出し、流水と滅菌水で洗浄した。滅菌ろ紙を用いて組織片の水分を十分に取り除いた後、アファノミセス選択分離培地(CMA培地(コーンミール寒天培地))に、殺菌剤としてメタラキシル(フェニルアミド殺菌剤)、チオファネートメチル(メチルベンゾイミダゾールカーバメート殺菌剤)、イプロジオン(ジカルボキシイミド殺菌剤)、クロラムフェニコールを所定量加えた培地)に置床した。4~7日後に菌叢が生えた培地の培養物をCMA培地に移して培養後、検鏡して同定した。従来法とLAMP法の結果を下掲の表3に示す。
【0065】
【0066】
上掲の表3に示すように、従来法では、35個体中5個体がテンサイ黒根病と判定された。一方、LAMP法では、35個体中8個体がテンサイ黒根病と判定された。従来法で陽性と判定された個体が、LAMP法で陰性判定となることはなかった。また、検診にかかる時間は、従来法では早くとも1週間以上を要していたのに対し、LAMP法では1~2日で完了した。
【0067】
以上の結果から、腐敗症状を呈したテンサイ根からDNAを抽出し、LAMPプライマーを用いてLAMP法を行うことで、従来法と比較して精度よく、迅速にテンサイ黒根病の検診を行うことができると示唆された。
【0068】
〔実施例3〕LAMPプライマーによる他の菌体の検出
LAMP法を用いて、アファノミセス・コクリオイデス(Aphanomyces cochlioides)の近縁種である、アファノミセス・クラドガムス(Aphanomyces cladogamus)由来の核酸、アファノミセス・コクリオイデスの近縁種である、アファノミセス・エウテイケス(Aphanomyces euteiches)由来の核酸、テンサイ黒根病と原因菌の種類が全く異なるにもかかわらず、病徴のみから判別することが困難なテンサイ根腐病の原因菌であるリゾクトニア・ソラニ(Rhizoctonia solani)AG2-2IV由来の核酸、同リゾクトニア・ソラニ(Rhizoctonia solani)AG2-2IIIB由来の核酸、及び、その他のリゾクトニア・ソラニ(AG1,AG2-1,AG3,AG4及びAG5)由来の核酸について、増幅が可能であるか否かの検討を行った。その手順は実施例1(1)~(4)に従った。その結果を下掲の表4に示す。
【0069】
【0070】
上掲の表4に示すように、実施例1(1)で設計したプライマーセット、すなわち本発明に係るプライマーセットは、アファノミセス・コクリオイデスの近縁種である、アファノミセス・クラドガムス(Aphanomyces cladogamus)由来の核酸、テンサイ根腐病の原因菌であるリゾクトニア・ソラニ(Rhizoctonia solani)AG2-2IV由来の核酸、リゾクトニア・ソラニ(Rhizoctonia solani)AG2-2IIIB由来の核酸、及び、その他のリゾクトニア・ソラニ(AG1,AG2-1,AG3,AG4及びAG5)由来の核酸のいずれも、増幅しないことが明らかとなった。一方、アファノミセス・コクリオイデスの近縁種である、アファノミセス・エウテイケス(Aphanomyces euteiches)由来の核酸については、非特異的な核酸増幅が確認されたものの、アファノミセス・コクリオイデスの核酸増幅反応と比較して、核酸増幅が進んでおらず、また、反応液の変色の程度も小さいことから、本発明に係るプライマーセットは、例外として、アファノミセス・コクリオイデスの近縁種である、アファノミセス・エウテイケス由来の核酸を非特異的に増幅することが明らかとなった。