IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 一般社団法人M.S.I.の特許一覧

特開2023-120511保温材及びその製造方法、並びに、保温性繊維製品
<>
  • 特開-保温材及びその製造方法、並びに、保温性繊維製品 図1
  • 特開-保温材及びその製造方法、並びに、保温性繊維製品 図2
  • 特開-保温材及びその製造方法、並びに、保温性繊維製品 図3
  • 特開-保温材及びその製造方法、並びに、保温性繊維製品 図4
  • 特開-保温材及びその製造方法、並びに、保温性繊維製品 図5
  • 特開-保温材及びその製造方法、並びに、保温性繊維製品 図6
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023120511
(43)【公開日】2023-08-30
(54)【発明の名称】保温材及びその製造方法、並びに、保温性繊維製品
(51)【国際特許分類】
   D03D 1/00 20060101AFI20230823BHJP
   A41D 31/06 20190101ALI20230823BHJP
【FI】
D03D1/00 Z
A41D31/06 100
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022023429
(22)【出願日】2022-02-18
(71)【出願人】
【識別番号】521203049
【氏名又は名称】一般社団法人M.S.I.
(74)【代理人】
【識別番号】100121784
【弁理士】
【氏名又は名称】山田 稔
(72)【発明者】
【氏名】熊谷 吉郎
(72)【発明者】
【氏名】稲垣 貢哉
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 雅博
【テーマコード(参考)】
4L048
【Fターム(参考)】
4L048AA06
4L048AA14
4L048AA19
4L048AA24
4L048AA34
4L048AB01
4L048AB06
4L048AB11
4L048BC06
4L048CA10
4L048CA15
4L048DA02
(57)【要約】
【課題】動物由来の材料を使用することなく、キルティング素材とする必要がなく、薄くて軽く洗濯も容易で、優れた保温性を有する保温材及びその製造方法、並びに、この保温材を使用した保温性繊維製品を提供する。
【解決手段】目付が20~200g/mの範囲内にあり、経糸又は緯糸のいずれか一方の打ち込み本数が200~900本/25.4mmの範囲内にあり、且つ、厚みが0.3~7.0mmの範囲内にある高密度織物であって、JIS L1096:2010 保温性A法(恒温法)に準拠して測定した保温率の値が35%以上である保温材を保温性繊維製品に使用する。なお、この保温材は、織物の製織工程後に経糸方向又は緯糸方向のいずれか一方に圧縮する圧縮工程から製造する。
【選択図】図6
【特許請求の範囲】
【請求項1】
目付が20~200g/mの範囲内にあり、経糸又は緯糸のいずれか一方の打ち込み本数が200~900本/25.4mmの範囲内にあり、且つ、厚みが0.3~7.0mmの範囲内にある高密度織物であって、
JIS L1096:2010 保温性A法(恒温法)に準拠して測定した保温率の値が35%以上であることを特徴とする保温材。
【請求項2】
前記織物を構成する経糸及び緯糸は、繊度が1~30dtexの化学繊維からなるフィラメント糸であることを特徴とする請求項1に記載の保温材。
【請求項3】
前記織物を構成する経糸及び緯糸は、糸番手が綿番手にして80~300番手の天然繊維又は化学繊維からなる紡績糸であることを特徴とする請求項1に記載の保温材。
【請求項4】
請求項1~3のいずれか1つに記載の保温材と表面素材とを積層して構成され、
JIS L1096:2010 保温性A法(恒温法)に準拠して測定した保温率の値が45%以上であることを特徴とする保温性繊維製品。
【請求項5】
織物を製織する製織工程と、
製織後の前記織物を経糸方向又は緯糸方向のいずれか一方に圧縮する圧縮工程とからなり、
圧縮工程後の目付が20~200g/mの範囲内にあり、圧縮方向における織物の単位長さ当たりの打ち込み本数が200~900本/25.4mmの範囲内にあり、且つ、厚みが0.3~7.0mmの範囲内であって、
JIS L1096:2010 保温性A法(恒温法)に準拠して圧縮工程後に測定した保温率の値が35%以上であることを特徴とする保温材の製造方法。
【請求項6】
前記圧縮工程における圧縮方向における織物の圧縮率の値が30%以上であることを特徴とする請求項5に記載の保温材の製造方法。
【請求項7】
前記織物を構成する経糸及び緯糸は、繊度が1~30dtexの化学繊維からなるフィラメント糸であることを特徴とする請求項6に記載の保温材の製造方法。
【請求項8】
前記織物を構成する経糸及び緯糸は、糸番手が綿番手にして80~300番手の天然繊維又は化学繊維からなる紡績糸であることを特徴とする請求項6に記載の保温材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、保温材に関するものであり、特に薄く軽量で保温性に優れた保温材及びその製造方法に関するものである。また、この保温材を使用した保温性繊維製品に関するものである。
【背景技術】
【0002】
保温性繊維製品は、防寒対策用の衣服などにも広く用いられている。保温性繊維製品は、一般に表面層と裏面層としての繊維素材の間に中間層としての保温材を積層して構成されている。このような保温性繊維製品の代表的なものとして、ダウンジャケットがある。これは、中間層の保温材(中綿)として水鳥などの羽(フェザー)や羽毛(ダウン)を採用し、保温性を高めたものである。羽や羽毛の周りの空気が断熱効果を発揮して、着用している人の熱が外部に伝わりにくくなり保温性が高まる。
【0003】
しかし、ダウンジャケットは、保温材としての羽毛が内部で移動したり偏ったりしないように保温性繊維製品にステッチを施したキルティング素材としなければならない。また、普通に水洗いすると羽毛の保温性が低下するので、洗濯が容易ではない。更に、一羽の水鳥から採取できる羽毛の量が限られていることから、非常に高価である。これに加えて、近年においては、動物愛護の点からも敬遠される傾向にあるという問題があった。
【0004】
一方、羽毛を用いない保温材として、例えば、化学繊維の中綿や不織布などを用いる場合もある。化学繊維の中綿の場合には、羽毛と同様に保温性繊維製品にステッチを施したキルティング素材としなければならない。また、これらの化学繊維は、羽毛ほど高価ではないが、保温性が劣る場合が多く厚手の素材を使用しなければならない。そのため、全体の重量が重くなり、着用者が活動しにくくなるという問題があった。
【0005】
一方、下記特許文献1には、羽毛や化学繊維の中綿・不織布などを使用しないで、軽く保温性が高い保温材が提案されている。この保温材は、2枚の布の間にスペーサーを入れて空気層を形成し、この空気層の効果で保温性を確保しようとしたものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平11-299584号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ところで、上記特許文献1の保温材においては、簡単な構造からなり、構成される空気層の中の空気は比較的内部に留まりやすいとする。しかし、スペーサーの厚みが数mm程度あり、対流の少ないデッドエアーを構成するものではなく保温効果が低いと考えられる。
【0008】
そこで、本発明は、以上のことに対処して、動物由来の材料を使用することなく、キルティング素材とする必要がなく、薄くて軽く洗濯も容易で、優れた保温性を有する保温材及びその製造方法、並びに、この保温材を使用した保温性繊維製品を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題の解決にあたり、本発明者らは、鋭意研究の結果、羽毛や化学繊維の中綿・不織布などに替えて、デッドエアーを含む特殊な高密度織物を保温性繊維製品の保温材として採用することにより、上記目的を達成できることを見出し本発明の完成に至った。
【0010】
即ち、本発明に係る保温材は、請求項1の記載によると、
目付が20~200g/m2の範囲内にあり、経糸又は緯糸のいずれか一方の打ち込み本数が200~900本/25.4mmの範囲内にあり、且つ、厚みが0.3~7.0mmの範囲内にある高密度織物であって、
JIS L1096:2010 保温性A法(恒温法)に準拠して測定した保温率の値が35%以上であることを特徴とする。
【0011】
また、本発明は、請求項2の記載によると、請求項1に記載の保温材であって、
前記織物を構成する経糸及び緯糸は、繊度が1~30dtexの化学繊維からなるフィラメント糸であることを特徴とする。
【0012】
また、本発明は、請求項3の記載によると、請求項1に記載の保温材であって、
前記織物を構成する経糸及び緯糸は、糸番手が綿番手にして80~300番手の天然繊維又は化学繊維からなる紡績糸であることを特徴とする。
【0013】
また、本発明に係る保温性繊維製品は、請求項4の記載によると、
請求項1~3のいずれか1つに記載の保温材と表面素材とを積層して構成され、
JIS L1096:2010 保温性A法(恒温法)に準拠して測定した保温率の値が45%以上であることを特徴とする。
【0014】
また、本発明に係る保温材の製造方法は、請求項5の記載によると、
織物を製織する製織工程と、
製織後の前記織物を経糸方向又は緯糸方向のいずれか一方に圧縮する圧縮工程とからなり、
圧縮工程後の目付が20~200g/m2の範囲内にあり、圧縮方向における織物の単位長さ当たりの打ち込み本数が200~900本/25.4mmの範囲内にあり、且つ、厚みが0.3~7.0mmの範囲内であって、
JIS L1096:2010 保温性A法(恒温法)に準拠して圧縮工程後に測定した保温率の値が35%以上であることを特徴とする。
【0015】
また、本発明は、請求項6の記載によると、請求項5に記載の保温材の製造方法であって、
前記圧縮工程における圧縮方向における織物の圧縮率の値が30%以上であることを特徴とする。
【0016】
また、本発明は、請求項7の記載によると、請求項6に記載の保温材の製造方法であって、
前記織物を構成する経糸及び緯糸は、繊度が1~30dtexの化学繊維からなるフィラメント糸であることを特徴とする。
【0017】
また、本発明は、請求項8の記載によると、請求項6に記載の保温材の製造方法であって、
前記織物を構成する経糸及び緯糸は、糸番手が綿番手にして80~300番手の天然繊維又は化学繊維からなる紡績糸であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0018】
上記構成によれば、本発明に係る保温材は、目付が20~200g/m2の範囲内にあり、経糸又は緯糸のいずれか一方の打ち込み本数が200~900本/25.4mmの範囲内にあり、且つ、厚みが0.3~7.0mmの範囲内にある高密度織物である。また、JIS L1096:2010 保温性A法(恒温法)に準拠して測定した保温率の値が35%以上である。このことにより、動物由来の材料を使用することなく、キルティング素材とする必要がなく、薄くて軽く洗濯も容易で、優れた保温性を有する保温材を提供することができる。
【0019】
また、上記構成によれば、織物を構成する経糸及び緯糸は、繊度が1~30dtexの化学繊維からなるフィラメント糸であってもよい。また、別の構成によれば、織物を構成する経糸及び緯糸は、糸番手が綿番手にして80~300番手の天然繊維又は化学繊維からなる紡績糸であってもよい。このことにより、上記作用効果をより具体的且つ効果的に発揮することができる。
【0020】
また、上記構成によれば、本発明に係る保温性繊維製品は、請求項1~3のいずれか1つに記載の保温材と表面素材とを積層して構成され、JIS L1096:2010 保温性A法(恒温法)に準拠して測定した保温率の値が45%以上である。このことにより、動物由来の材料を使用することなく、キルティング素材とする必要がなく、薄くて軽く洗濯も容易で、優れた保温性を有する保温材を使用した保温性繊維製品を提供することができる。
【0021】
また、上記構成によれば、本発明に係る保温材の製造方法は、織物を製織する製織工程と、製織後の織物を経糸方向又は緯糸方向のいずれか一方に圧縮する圧縮工程とから製造される。また、圧縮工程後の目付が20~200g/m2の範囲内にあり、圧縮方向における織物の単位長さ当たりの打ち込み本数が200~900本/25.4mmの範囲内にあり、且つ、厚みが0.3~7.0mmの範囲内である。更に、JIS L1096:2010 保温性A法(恒温法)に準拠して圧縮工程後に測定した保温率の値が35%以上である。このことにより、動物由来の材料を使用することなく、キルティング素材とする必要がなく、薄くて軽く洗濯も容易で、優れた保温性を有する保温材の製造方法を提供することができる。
【0022】
また、上記構成によれば、圧縮工程における圧縮方向における織物の圧縮率の値が30%以上であることが好ましい。また、上記構成によれば、織物を構成する経糸及び緯糸は、繊度が1~30dtexの化学繊維からなるフィラメント糸であってもよい。また、別の構成によれば、織物を構成する経糸及び緯糸は、糸番手が綿番手にして80~300番手の天然繊維又は化学繊維からなる紡績糸であってもよい。これらのことにより、上記作用効果をより具体的且つ効果的に発揮することができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
図1】本実施形態に係る保温材を製造する際の原布の構成を示す織物組織図である。
図2】製織工程において、図1の織物組織図で製織した織物(原布)を経糸に沿った方向(緯糸断面方向)から見た織物概要図である。
図3】本実施形態に係る保温材を製造する圧縮工程を示す作業概要図である。
図4図2の織物(原布)を経糸方向に圧縮した織物(想像上の形状)を経糸に沿った方向(緯糸断面方向)から見た織物概要図である。
図5図2の織物(原布)を経糸方向に圧縮した織物(実際の形状)を経糸に沿った方向(緯糸断面方向)から見た織物概要図である。
図6図5の織物(圧縮途中)を経糸方向に更に圧縮した織物(本発明の形状)を経糸に沿った方向(緯糸断面方向)から見た織物概要図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明を実施形態及び実施例により具体的に説明する。なお、本発明は、下記の実施形態及び実施例にのみ限定されるものではない。
【0025】
一般に防寒衣服などに使用される保温性繊維製品は、例えば、ダウジャケットのように表地(表面層)と裏地(裏面層)との間に、保温性機能を有する保温材(中間層)を挟む形で構成されるものが多い。本実施形態は、保温性繊維製品の中間層に使用される保温材及びその製造方法について説明する。また、表面層を構成する素材と裏面層を構成する素材との間に、本実施形態に係る保温材を中間層として使用する保温性繊維製品についても説明する。
【0026】
なお、本実施形態に係る保温材及び保温性繊維製品は、用途を防寒衣服に限定するものではなく、断熱材その他の産業資材としても使用することができる。また、用途によっては、中間層に保温材を1枚又は複数枚使用するようにしてもよい。また、1枚の保温材と他の機能素材とを組み合わせて中間層を構成するようにしてもよい。同様に、保温材のみを1層で使用し、又は2層構造の一方に保温材を使用することもできる。
【0027】
本実施形態に係る保温性繊維製品を構成する表地(表面層)及び裏地(裏面層)については、特に限定するものではなく、用途に応じて素材、構造、機能などを適宜選定すればよい。例えば、ダウジャケットのような撥水加工したナイロン素材やポリエステル素材などを使用してもよい。また、コートのようにウール素材、アクリル素材、綿素材などを使用してもよい。また、織物又は編物であってもよく、不織布やコーティング素材などであってもよい。
【0028】
本実施形態に係る保温材は、保温性繊維製品の中間層を構成し、優れた保温性機能を有している。この保温材は、経糸及び緯糸が製織された高密度織物である。高密度織物とは、織物密度が極めて高く、経糸と緯糸との交差状態が密で、糸間の隙間が殆どない織物をいう。なお、本実施形態においては、使用する糸の繊度又は番手と、経糸と緯糸の打ち込み本数で高密度織物を特定する。なお、織物の種類は特に限定するものではなく、平織、綾織、朱子織などいずれでもよいが、織組織が密になる点から平織を使用することが好ましい。
【0029】
また、経糸及び緯糸に使用する糸は、フィラメント糸又は紡績糸のいずれであってもよい。また、経糸及び緯糸の一方をフィラメント糸、他方を紡績糸としてもよい。ここで、フィラメント糸は、化学繊維の長繊維であれば特に限定するものではない。例えば、ポリアミド繊維、ポリエステル繊維、アクリル系繊維などの合成繊維、アセテート繊維などの半合成繊維、レーヨン繊維などの再生繊維などの長繊維であってもよい。なお、これらの長繊維は、モノフィラメントでもマルチフィラメントでもよいが、マルチフィラメント糸であることが好ましい。
【0030】
また、フィラメント糸の繊度は、特に限定するものではないが、例えば、1~30dtexの範囲内、好ましくは5~20dtexの範囲内、より好ましくは5~10dtexの範囲内にあることがよい。更に、マルチフィラメント糸の場合、総繊度が1~30dtexで単糸繊度が0.1~3.0dtexの範囲内、好ましくは総繊度が5~20dtexで単糸繊度が0.1~1.5dtexの範囲内、より好ましくは総繊度が5~10dtexで単糸繊度が0.1~0.8dtexの範囲内にあることがよい。
【0031】
一方、紡績糸は、天然繊維又は化学繊維からなるものであれば特に限定するものではない。天然繊維としては、綿、麻などの植物繊維、羊毛などの動物繊維などの短繊維であってもよい。また、化学繊維としては、例えば、ポリアミド繊維、ポリエステル繊維、アクリル系繊維などの合成繊維、アセテート繊維などの半合成繊維、レーヨン繊維などの再生繊維などの短繊維であってもよい。また、紡績糸の糸番手は、特に限定するものではないが、例えば、綿番手にして80~300番手の範囲内、好ましくは150~300番手の範囲内にあることがよい。
【0032】
フィラメント糸の総繊度が1~30dtexの範囲内、又は、紡績糸の糸番手が綿番手にして80~300番手の範囲内にあることにより、経糸と緯糸の打ち込み本数を多くしても、薄くて高密度の織物を構成することができる。このことにより、保温材を構成する各糸間の隙間が非常に小さくなり、この部分に含有される空気がデッドエアーとなって保温性能を向上させる(詳細は後述する)。
【0033】
次に、保温材の打ち込み本数について説明する。なお、本発明においては、織物の打ち込み本数を製織時の緯糸の打ち込み本数という狭義に介するのではなく、保温材としての織物の単位長さ当たりの糸の本数(経糸又は緯糸のいずれにも対応)と広義に介する。なお、保温材の打ち込み本数は、本実施形態における保温性能を左右するものであって、経糸又は緯糸のいずれか一方の打ち込み本数を製織時よりも増加させることが好ましい(詳細は後述する)。例えば、一方の糸(例えば、緯糸)の打ち込み本数が200~900本/25.4mmの範囲内、好ましくは300~800本/25.4mmの範囲内にあることがよい。なお、緯糸の打ち込み本数を多くした場合には、他方の糸(この場合は、経糸)の打ち込み本数は、特に限定するものではないが、通常の高密度織物と同様に200~400本/25.4mmの範囲内であってもよい。
【0034】
このとき、保温材の厚みは、0.3~7.0mmの範囲内、好ましくは0.3~5.0mmの範囲内、より好ましくは0.3~2.0mmの範囲内にあることがよい。また、保温材の目付は、20~200g/mの範囲内、20~100g/mの範囲内、30~70g/mの範囲内にあることがよい。
【0035】
次に、このように構成した保温材及び保温性繊維製品の保温率について説明する。本実施形態においては、JIS L1096:2010 保温性A法(恒温法)に準拠して保温率を測定する。まず、表面層及び裏面層と積層せずに保温材のみを1枚使用して測定した保温率の値は35%以上となる。また、表面層及び裏面層の間に中間層として保温材を1枚積層した3層構造の保温性繊維製品の保温率の値は、45%以上であることが好ましく、特に45%~60%の範囲内、又はそれ以上であれば更に良好と考えられる。
【0036】
これらのことにより、本実施形態に係る保温材を中間層に使用することにより、動物由来の材料を使用することなく、キルティング素材とする必要がなく、薄くて軽く洗濯も容易で、優れた保温性を有する保温材及び保温性繊維製品を提供することができる。
【0037】
次に、本実施形態に係る保温材をその製造方法により説明する。本発明において、保温材は、製織工程と圧縮工程とから製造される。
【0038】
《製織工程》
図1は、本実施形態に係る保温材を製造する際の原布の構成を示す織物組織図である。図1において、保温材の原布10は、マルチフィラメント糸からなる経糸11と、同じくマルチフィラメント糸からなる緯糸12とが1本ずつ交互に浮沈しながら交差する平織物である。ここでは、計算のため仮に、経糸11及び緯糸12に同じ総繊度7dtex(単糸繊度0.29dtex)のポリアミド繊維(ナイロン6)を使用することとする。また、原布の打ち込み本数(製織時のもの)は、経糸307本/25.4mm、緯糸214本/25.4mmとする。
【0039】
このような糸使いにおいて、総繊度:7dtexのポリアミド・マルチフィラメント糸の太さは、概算で直径D:0.0344mmとなる。これらから、経糸11については、ピッチ11a:0.0827mm、経糸間の隙間11b:0.0483mm、経糸の太さ11cとなる(図1参照)。一方、緯糸12については、ピッチ12a:0.1187mm、緯糸間の隙間12b:0.0843mm、緯糸の太さ12cとなる(図1参照)。ここでは、このような原布10を製織する。
【0040】
図2は、製織工程において、図1の織物組織図で製織した織物(原布)を経糸に沿った方向(緯糸断面方向)から見た織物概要図である。図2において、経糸11は、緯糸12に対して約30°の角度で交差する。この状態においては、糸間の隙間が大きく十分な保温性能を発揮することができない。そこで、原布10を圧縮して高密度の織物とする必要がある。
【0041】
《圧縮工程》
次に、製織後の原布10を圧縮する圧縮工程について説明する。図3は、本実施形態に係る保温材を製造する圧縮工程を示す作業概要図である。図3は、圧縮原理を理解しやすいように、操作概要を示している。実際には、圧縮装置による工業生産を行うが、ここでは装置について省略する。
【0042】
図3において、原布10の下端部10aを圧縮装置20の巻取器21に固定した状態で、原布10の上端部10bの各経糸11の上端末が固定されている。このように各経糸11が固定された状態で、原布10に押込器22が取り付けられている。この押込器22は、板状であり長辺の片方に等間隔の切り込みが入れられた櫛のような構造をしている。切り込みと切り込みの間の歯の部分には、各経糸11が挿入されている。
【0043】
この状態で押込器22を駆動部23(図示矢印)によって、各経糸11に沿って下方に押し下げる。このことにより、原布10の上端部10bから下端部10aに向けて緯糸12のみを押し下げて圧縮された圧縮織物10cとなる。なお、圧縮率の値は、特に限定するものではないが、30%以上であることが好ましく、特に30%~60%の範囲内、又はそれ以上であれば更に良好と考えられる。
【0044】
このように、原布10の圧縮は、経糸11に交差する緯糸12を経糸方向に圧縮して緯糸間の隙間12bを小さくすることである。このことにより、所定長の経糸を原布から引き抜くようにして、原布の長さ(経糸方向の長さ)を縮めていく。なお、このとき全ての経糸の所定長を縮めてもよく、或いは一定の間隔を開けて一部の経糸のみの所定長を縮めるようにしてもよい。全ての経糸の所定長を縮めた場合には、織物全体に緯糸方向に細かな畝が形成される。一方、一定の間隔を開けて一部の経糸の所定長を縮めた場合には、縮めた経糸の部分には緯糸方向に細かな畝が形成され、縮めなかった経糸の部分には緯糸方向に大きな畝が形成される。
【0045】
図4は、図2の織物(原布)を経糸方向に圧縮した織物(想像上の形状)を経糸に沿った方向(緯糸断面方向)から見た織物概要図である。図4の圧縮した織物13において、経糸11は、緯糸12の外周に沿って密着している。つまり、緯糸間の収縮した隙間12dは、緯糸12の直径D:0.0344mmに近付いている。しかし、現実には、このように圧縮することはできない。それは、使用する経糸(この場合は、ナイロン糸)の剛性の影響を受けるからと考えられる。
【0046】
図5は、図2の織物(原布)を経糸方向に圧縮した織物(実際の形状)を経糸に沿った方向(緯糸断面方向)から見た織物概要図である。図5の圧縮した織物14において、緯糸間の収縮した隙間12eは、緯糸12の直径D:0.0344mmに近付いている。しかし、経糸11は、その剛性の影響を受けて曲げに反発する。その結果、経糸11は、緯糸12の外周に沿って密着することなく、経糸11と緯糸12との間に空隙14aを形成するものと思われる。このことにより、空隙14aの内部の空気は、経糸11と緯糸12に囲まれて、デッドエアーとなり保温性能に大きく寄与するものと考えられる。
【0047】
図6は、図5の織物(圧縮途中)を経糸方向に更に圧縮した織物(本発明の形状)を経糸に沿った方向(緯糸断面方向)から見た織物概要図である。図6の圧縮した織物15において、緯糸間の収縮した隙間12fは、緯糸12の直径D:0.0344mmよりも小さくなる。ここでも、経糸11は、その剛性の影響を受けて曲げに反発するものと思われる。また、隣り合う緯糸12どうしが上下にずれて緯糸間の収縮した隙間12fが更に小さくなる。その結果、経糸11は、緯糸12の外周に沿って密着することなく、経糸11と緯糸12との間にさらに大きな空隙15a及び15bを形成するものと思われる。このことにより、空隙15a及び15bの内部の空気は、経糸11と緯糸12に囲まれて、デッドエアーとなり保温性能に更に大きく寄与するものと考えられる。
【0048】
次に、本実施形態に係る保温材及び保温性繊維製品について、実施例により具体的に説明する。なお、本発明は、下記の実施例にのみ限定されるものではない。
【実施例0049】
《製織工程》
本実施例の製織工程においては、図1の織物組織図で示した平織物(原布)を保温材の原布として製織した。経糸及び緯糸には、総繊度7dtex(単糸繊度0.29dtex)のポリアミド繊維のマルチフィラメント糸を使用した。また、原布の打ち込み本数は、経糸307本/25.4mm、緯糸214本/25.4mmとした。製織した原布は、目付23g/m、厚み0.1mmであった。
【0050】
《圧縮工程》
次に、製織した保温材の原布を織物の経糸方向に圧縮した。まず、原布の全ての経糸を固定し、原布全体を縮めていく。この操作により、全ての経糸が原布の一方の端部から抜け出るようになるが、経糸を全て引き抜くことはない。この操作により、原布の経糸方向の長さが圧縮されて細かな畝が形成された保温材が得られた。圧縮後に、保温材の両端部の経糸を織物に固定して、細かな畝を維持した。なお、この操作は、機械的に行ってもよく、専用の器具を使用して手作業で行ってもよい。
【0051】
本実施例においては、原布の圧縮率を変化させた2水準の保温材(実施例1及び2)を作製した。2水準の保温材の圧縮率を下記の式、
圧縮率(%)=〔(原布の長さ-保温材の長さ)÷原布の長さ〕×100
で示す。この式で計算した2水準の保温材の圧縮率は、
実施例1(100cmを40cmに圧縮):圧縮率=60%(2.5倍に圧縮)
実施例2(100cmを70cmに圧縮):圧縮率=30%(1.4倍に圧縮)
のようになった。なお、60%圧縮した実施例1の保温材は、目付57.5g/m、厚み1.0mmであった。また、30%圧縮した実施例2の保温材は、目付32.9g/m、厚み0.7mmであった。
【0052】
《保温性繊維製品の作製》
作製した2水準の保温材を中間層に用いて、2水準の保温性繊維製品(3層構造)を作製した。なお、各保温性繊維製品の表面層及び裏面層には、圧縮前の保温材の原布を使用した。なお、比較例として、保温材の原布を中間層に用いた3層構造の素材、及び、4種類の市販の防寒衣服(ポリエステル布帛+ダウン+ポリエステル布帛、ナイロン布帛+ライトダウン+ナイロン布帛、ナイロン布帛+ポリエステル不織布+ナイロン布帛、スキーウェア)を使用した。ここで、ライトダウンとは、ダウン80%+フェザー20%の中綿をいう。
【0053】
《性能評価》
次に、得られた本実施例の保温材及び保温性繊維製品と比較例の防寒衣服などの性能を評価した。評価は、JIS L1096:2010 保温性A法(恒温法)に準拠して、各試料の保温率(%)を測定した。使用素材(原布、実施例1の保温材、実施例2の保温材)、3層構造の保温性繊維製品(実施例3、実施例4)、及び、各比較例の保温率の測定結果を表1に示す。
【0054】
【表1】
【0055】
表1において、まず、実施例1,2の保温材(試料(2)(3))の保温性は、単独での測定で原布(試料(1))の保温性を大きく上回っていた。なお、保温性は、圧縮率に伴って大きくなる。また、3層構造の実施例3,4(試料(4)(5))においては、薄くて軽量な保温性繊維製品でありながら大きな保温性を発現していた。これも、中間層の保温材の圧縮率に伴って大きくなる。
【0056】
一方、比較例においては、3層構造の原布(試料(6))の保温性は、原布(試料(1))を3枚重ねているにも拘らず、原布(試料(1))の保温性の3倍にも満たない。これは、素材の保温性に影響を与える空気の断熱層の構造的な欠陥と思われる。また、市販の防寒衣服(試料(7)(8)(9)(10))は、市場で評価されているものであり大きな保温性を有している。しかし、これらの市販品は、その目付や厚みが3層構造の実施例3,4(試料(4)(5))に比べ、比較にならないほど大きなものである。これらを勘案すると、本実施形態に係る3層構造の実施例3,4(試料(4)(5))の保温効果と可能性がいかに大きなものであるか理解できる。
【0057】
これまで説明したように、本発明によれば、動物由来の材料を使用することなく、キルティング素材とする必要がなく、薄くて軽く洗濯も容易で、優れた保温性を有する保温材及びその製造方法、並びに、この保温材を使用した保温性繊維製品を提供することができる。
【0058】
なお、本発明の実施にあたり、上記実施形態及び実施例に限らず次のような種々の変形例が挙げられる。
(1)上記実施例においては、原布の圧縮率を60%と30%の2水準に変化させた。しかし、これに限定するものではなく、更に大きく圧縮するようにしてもよい。この場合には、保温材の保温性が更に向上し、比較例で使用した市販の防寒衣服と同等或いはそれ以上の保温性がある3層構造の保温性繊維製品となる。なお、その場合でも、本発明に係る保温性繊維製品の目付や厚みは、市販の防寒衣服に比べ薄くて軽いものとなる。
(2)上記実施例においては、中間層として1枚の保温材を使用して3層構造の保温性繊維製品を作製した。しかし、これに限定するものではなく、中間層に複数枚の保温材を使用して保温性繊維製品を作製してもよい。この場合には、使用する保温材の枚数によって、比較例で使用した市販の防寒衣服と同等或いはそれ以上の保温性が得られる。。なお、その場合でも、本発明に係る保温性繊維製品の目付や厚みは、市販の防寒衣服に比べ薄くて軽いものとなる。
(3)上記実施例においては、原布の経糸及び緯糸に同じナイロン繊維のマルチフィラメント糸を使用した。しかし、これに限定するものではなく、経糸及び緯糸に異なる種類の糸を使用してもよい。また、ナイロン繊維ではなく、ポリエステル繊維など他の繊維を使用してもよい。更に、マルチフィラメント糸ではなく、経糸及び緯糸の一方又は両方にモノフィラメント糸を使用してもよい。また、短繊維からなる紡績糸を使用してもよい。
(4)上記実施例においては、原布の経糸の全てを使用して生地を圧縮した。しかし、これに限定するものではなく、一定の間隔を開けて一部の経糸のみを縮めるようにしてもよい。この場合には、縮めた経糸の部分には緯糸方向に細かな畝が形成され、縮めなかった経糸の部分には緯糸方向に大きな畝が形成される。
【符号の説明】
【0059】
10…原布、13~15…織物、
10a…原布の下端部、10b…原布の上端部、10c…圧縮織物、
11…経糸、11a…経糸のピッチ、11b…経糸間の隙間、11c…経糸の太さ、
12…緯糸、12a…緯糸のピッチ、12b,12d,12e,12f…緯糸間の隙間、12c…緯糸の太さ、14a,15a,15b…空隙、
20…圧縮装置、21…巻取器、22…押込器、23…駆動部。
図1
図2
図3
図4
図5
図6