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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023120710
(43)【公開日】2023-08-30
(54)【発明の名称】Fe-Ni-Cr系合金製造物
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20230823BHJP
   C22C 38/54 20060101ALI20230823BHJP
   C22C 30/00 20060101ALI20230823BHJP
   B33Y 70/00 20200101ALI20230823BHJP
   B33Y 80/00 20150101ALI20230823BHJP
   B22F 9/08 20060101ALN20230823BHJP
   B22F 10/28 20210101ALN20230823BHJP
   B22F 3/24 20060101ALN20230823BHJP
【FI】
C22C38/00 302Z
C22C38/54
C22C30/00
B33Y70/00
B33Y80/00
B22F9/08 A
B22F10/28
B22F3/24 B
【審査請求】有
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022023714
(22)【出願日】2022-02-18
(71)【出願人】
【識別番号】000006208
【氏名又は名称】三菱重工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000350
【氏名又は名称】ポレール弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】穐山 恭大
(72)【発明者】
【氏名】今野 晋也
【テーマコード(参考)】
4K017
4K018
【Fターム(参考)】
4K017AA04
4K017BA03
4K017BA06
4K017BB04
4K017BB06
4K017BB08
4K017BB09
4K017BB13
4K017CA07
4K017FA15
4K018AA08
4K018AA24
4K018AA30
4K018BA04
4K018BA16
4K018BB04
4K018CA44
4K018EA51
4K018EA60
4K018FA08
4K018KA12
(57)【要約】
【課題】従来技術のオーステナイト鋼鋳造品やオーステナイト鋼焼結材と同等以上の10万時間クリープ耐用温度を示すFe-Ni-Cr系合金製造物を提供する。
【解決手段】本発明に係るFe-Ni-Cr系合金製造物は、25~50質量%のNiと、12~25質量%のCrと、3~6質量%のNbと、0.2~1.6質量%のTiと、0.5質量%以下のZrと、0.001~0.05質量%のBと、0.001~0.2質量%のNとを含み、残部がFeおよび不可避不純物からなる化学組成を有し、母相結晶粒の平均粒径が10~200μmの多結晶体であり、前記母相結晶粒の中に、平均サイズが1μm以上5μm以下の偏析セルが形成しており、前記母相結晶粒の中に、TiN相粒子が1~2μmの平均粒子間距離で析出していることを特徴とする。
【選択図】図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
Fe-Ni-Cr系合金製造物であって、
25質量%以上50質量%以下のNiと、
12質量%以上25質量%以下のCrと、
3質量%以上6質量%以下のNbと、
0.2質量%以上1.6質量%以下のTiと、
0.5質量%以下のZrと、
0.001質量%以上0.05質量%以下のBと、
0.001質量%以上0.2質量%以下のNとを含み、
残部がFeおよび不可避不純物からなる化学組成を有し、
母相結晶粒の平均粒径が10μm以上200μm以下の多結晶体であり、
前記母相結晶粒の中に、平均サイズが1μm以上5μm以下の偏析セルが形成しており、
前記母相結晶粒の中に、TiN相粒子が1μm以上2μm以下の平均粒子間距離で析出している、
ことを特徴とするFe-Ni-Cr系合金製造物。
【請求項2】
請求項1に記載のFe-Ni-Cr系合金製造物において、
前記母相結晶粒の結晶粒界上にラーベス相の粒子が析出していることを特徴とするFe-Ni-Cr系合金製造物。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載のFe-Ni-Cr系合金製造物において、
前記化学組成が、
25質量%以上45質量%以下のNiと、
12質量%以上20質量%以下のCrと、
3質量%以上5質量%以下のNbと、
0.3質量%以上1.3質量%以下のTiと、
0.4質量%以下のZrと、
0.001質量%以上0.02質量%以下のBと、
0.001質量%以上0.1質量%以下のN
とを含み、
残部がFeおよび不可避不純物からなることを特徴とするFe-Ni-Cr系合金製造物。
【請求項4】
請求項1又は請求項2に記載のFe-Ni-Cr系合金製造物において、
前記化学組成が、
30質量%以上40質量%以下のNiと、
15質量%以上20質量%以下のCrと、
3.5質量%以上4.5質量%以下のNbと、
0.5質量%以上1.1質量%以下のTiと、
0.3質量%以下のZrと、
0.001質量%以上0.02質量%以下のBと、
0.001質量%以上0.1質量%以下のNとを含み、
残部がFeおよび不可避不純物からなることを特徴とするFe-Ni-Cr系合金製造物。
【請求項5】
蒸気タービン部材であって、
請求項1乃至請求項4のいずれか一項に記載のFe-Ni-Cr系合金製造物からなることを特徴とする蒸気タービン部材。
【請求項6】
請求項5に記載の蒸気タービン部材において、
前記蒸気タービン部材が、ケーシング部材またはロータディスクであることを特徴とする蒸気タービン部材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Fe基合金材料の技術に関し、特にFe-Ni-Cr系合金材料から製造したFe-Ni-Cr系合金製造物に関するものである。
【背景技術】
【0002】
省エネルギー(例えば、化石燃料の節約)および地球環境保護(例えば、CO2ガスの排出削減)の観点から火力発電プラントの効率向上(例えば、蒸気タービンにおける効率向上)が強く望まれている。蒸気タービンの効率を向上させる有効な手段の一つとして、主蒸気温度の高温化がある。
【0003】
主蒸気温度の高温化を可能にするためには、蒸気タービンの高温部材(例えば、タービン動翼、タービン静翼、ロータディスク、ケーシング部材、ボイラー部材)が、主蒸気温度の高温化に耐えかつ要求される機械的特性(例えば、クリープ特性、引張特性)を満たす必要がある。そのため、耐熱合金材料の開発も重要な課題の一つである。
【0004】
耐熱合金材料の有力候補としてNi基合金材料がある。ただし、Ni基合金材料は、従来の600℃級蒸気タービンで用いられてきたFe基合金材料に比して材料コストやプロセスコストが高くなる。そのため、耐用温度の高いFe基合金材料の研究開発が行われてきた。
【0005】
例えば、特許文献1(特開2017-088963)には、優れた強度と鋳造性を両立するオーステナイト鋼およびそれを用いたオーステナイト鋼鋳造品が開示されている。
【0006】
また、特許文献2(WO 2020/105496 A1)には、Ni基合金と同等以上の強度を有し、かつ酸素の影響を受けにくいオーステナイト鋼焼結材および該オーステナイト鋼焼結材を用いたタービン部材が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2017-088963号公報
【特許文献2】国際公開第2020/105496号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
近年、複雑形状を有する最終製品をニアネットシェイプで製造する技術として、積層造形法(Additive Manufacturing、AM法)が注目され、耐熱合金部材へ適用する研究開発が活発に行われている。AM法による耐熱合金部材の製造は、複雑形状を有する部材であっても直接的に造形できることから、製造ワークタイムの短縮や製造歩留まりの向上(製造コストの低減)に寄与できる。
【0009】
特許文献1に記載のオーステナイト鋼鋳造品や特許文献2に記載のオーステナイト鋼焼結材は、Alloy 625やAlloy 718などの析出強化型Ni基合金材料と比べて、同等以上の機械的特性(例えば、高温0.2%耐力、10万時間クリープ耐用温度)を示す。しかしながら、特許文献1では鋳造時に鋳型を用いること、特許文献2では熱間等方圧加圧法(Hot Isostatic Pressing、HIP法)を適用する際に粉末を充填するカプセルが必要であり、複雑な形状を製造する場合、鋳型やHIP用カプセルを用意することが難しい。
【0010】
したがって、本発明の目的は、従来技術のオーステナイト鋼鋳造品やオーステナイト鋼焼結材と同等以上の10万時間クリープ耐用温度を示すFe-Ni-Cr系合金製造物を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
(I)本発明の一態様は、Fe-Ni-Cr系合金製造物であって、
25質量%以上50質量%以下のNi(ニッケル)と、
12質量%以上25質量%以下のCr(クロム)と、
3質量%以上6質量%以下のNb(ニオブ)と、
0.2質量%以上1.6質量%以下のTi(チタン)と、
0.5質量%以下のZr(ジルコニウム)と、
0.001質量%以上0.05質量%以下のB(ホウ素)と、
0.001質量%以上0.2質量%以下のN(窒素)とを含み、
残部がFeおよび不可避不純物からなる化学組成を有し、
母相結晶粒の平均粒径が10μm以上200μm以下の多結晶体であり、
前記母相結晶粒の中に、平均サイズが1μm以上5μm以下の偏析セルが形成しており、
前記母相結晶粒の中に、TiN相粒子が1μm以上2μm以下の平均粒子間距離で析出している、
ことを特徴とするFe-Ni-Cr系合金製造物を提供するものである。
【0012】
本発明は、上記のFe-Ni-Cr系合金製造物(I)において、以下のような改良や変更を加えることができる。
(i)前記母相結晶粒の結晶粒界上にラーベス相(Fe2Nb相)の粒子が析出している。
(ii)前記化学組成が、25質量%以上45質量%以下のNiと、12質量%以上20質量%以下のCrと、3質量%以上5質量%以下のNbと、0.3質量%以上1.3質量%以下のTiと、0.4質量%以下のZrと、0.001質量%以上0.02質量%以下のBと、0.001質量%以上0.1質量%以下のNとを含み、残部がFeおよび不可避不純物からなる。
(iii)前記化学組成が、30質量%以上40質量%以下のNiと、15質量%以上20質量%以下のCrと、3.5質量%以上4.5質量%以下のNbと、0.5質量%以上1.1質量%以下のTiと、0.3質量%以下のZrと、0.001質量%以上0.02質量%以下のBと、0.001質量%以上0.1質量%以下のNとを含み、残部がFeおよび不可避不純物からなる。
【0013】
(II)本発明の更に他の一態様は、蒸気タービン部材であって、
上記のFe-Ni-Cr系合金製造物からなることを特徴とする蒸気タービン部材を提供するものである。
【0014】
本発明は、上記の蒸気タービン部材(II)において、以下のような改良や変更を加えることができる。
(iv)前記蒸気タービン部材が、ケーシング部材またはロータディスクである。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、従来技術のオーステナイト鋼鋳造品やオーステナイト鋼焼結材と同等以上の10万時間クリープ耐用温度を示すFe-Ni-Cr系合金製造物を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】本発明に係るFe-Ni-Cr系合金製造物の製造方法の工程例を示すフロー図である。
図2】時効処理工程S4で得られるFe-Ni-Cr系合金製造物の微細組織の一例を示す走査型電子顕微鏡(SEM)観察像である。
図3】時効処理工程S4で得られるFe-Ni-Cr系合金製造物の微細組織の他の一例を示すSEM観察像である。
図4】本発明のFe-Ni-Cr系合金製造物からなるケーシング部材の一例を示す斜視模式図である。
図5】本発明のFe-Ni-Cr系合金製造物からなるロータディスクの一例を示す斜視模式図である。
図6】参照例1の焼結体の微細組織の一例を示すSEM観察像である。
図7A】700℃での0.2%耐力比(参照例3基準)と負荷400 MPaでの10万時間クリープ耐用温度比(参照例2基準)との関係を示すグラフである。
図7B】700℃での0.2%耐力比(参照例3基準)と負荷200 MPaでの10万時間クリープ耐用温度比(参照例2基準)との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
[本発明の基本思想]
本発明では、特許文献2に記載のオーステナイト鋼焼結材の合金組成をベースとし、10万時間クリープ耐用温度を更に向上させる技術、特に母相結晶粒内での析出強化の可能性について鋭意研究を行った。
【0018】
具体的には、N含有率を所定の範囲に制御した合金粉末を作製し、当該合金粉末を用いて積層造形(付加製造とも言う)することにより、特殊な微細組織を有する付加製造体が得られること、そして当該付加製造体に所定の熱処理を施すことにより、母相結晶粒内にTiN粒子を微細分散析出させられることを見出した。本発明は、当該知見に基づいて完成されたものである。
【0019】
以下、図面を参照しながら、本発明に係る実施形態を製造手順に沿って説明する。
【0020】
[Fe-Ni-Cr系合金製造物の製造方法]
図1は、本発明に係るFe-Ni-Cr系合金製造物の製造方法の工程例を示すフロー図である。図1に示したように、本発明に係るFe-Ni-Cr系合金製造物の製造方法は、概略的に、出発材料となるFe-Ni-Cr系合金粉末を用意する合金粉末用意工程S1と、用意したFe-Ni-Cr系合金粉末を用いて所望形状の付加製造体(AM体)を形成する選択的レーザ溶融工程S2と、形成したAM体に対してTiN粒子を生成・析出させる熱処理を行う溶体化処理工程S3および時効処理工程S4を有する。工程S3および工程S4でそれぞれ得られるAM-溶体化処理物品およびAM-時効処理物品は、本発明に係るFe-Ni-Cr系合金製造物の一形態となる。
【0021】
なお、必要に応じて、工程S4で得られたAM-時効処理物品に対して、表面処理層(例えば、熱遮蔽被覆:TBC)を形成したり表面仕上げをしたりする仕上工程S5を更に行ってもよい。工程S5は、必須の工程ではないが、Fe-Ni-Cr系合金製造物の形状や使用環境を考慮して適宜行えばよい。工程S5を経たAM-時効処理物品も、本発明に係るFe-Ni-Cr系合金製造物の一形態となる。表面処理層の形成が熱処理を伴うものであり、かつ当該熱処理温度が工程S4の温度条件に合致する場合は、工程S4と工程S5とを同時に行うことに相当する。
【0022】
以下、各工程をより詳細に説明する。
【0023】
(合金粉末用意工程)
本工程S1は、所定の合金組成を有するFe-Ni-Cr系合金粉末を用意する工程である。該合金組成は、25質量%以上50質量%以下のNiと、12質量%以上25質量%以下のCrと、3質量%以上6質量%以下のNbと、0.2質量%以上1.6質量%以下のTiと、0.5質量%以下のZrと、0.001質量%以上0.05質量%以下のBと、0.001質量%以上0.2質量%以下のNとを含み、残部がFeおよび不可避不純物からなることが好ましい。
【0024】
N含有率を好ましい範囲内に制御することにより、最終的な合金製造物において母相結晶粒内にTiN粒子が微細分散析出する。その結果、合金製造物の良好な機械的特性(高い10万時間クリープ耐用温度)に貢献することができる。
【0025】
合金粉末を用意する方法・手法としては、例えば、所望の組成となるように原料を混合・溶解・凝固して母合金塊(マスターインゴット)を作製する母合金塊作製素工程(S1a)と、該母合金塊から合金粉末を形成するアトマイズ素工程(S1b)とを行うことが好ましい。N含有率およびO含有率の制御は、アトマイズ素工程S1bで行うことが好ましい。アトマイズ方法は、基本的に従前の方法・手法を利用できる。例えば、アトマイズガス媒体として不活性ガス(例えば、Ar(アルゴン)ガス、N2ガス)を用いたガスアトマイズ法や遠心力アトマイズ法を好ましく用いることができる。
【0026】
合金粉末の粒径は、次工程の選択的レーザ溶融工程S2におけるハンドリング性や合金粉末床の充填性の観点から、5μm以上100μm以下が好ましく、10μm以上70μm以下がより好ましく、10μm以上50μm以下が更に好ましい。合金粉末の粒径が5μm未満になると、次工程S2において合金粉末の流動性が低下し(合金粉末床の形成性が低下し)、AM体の形状精度が低下する要因となる。一方、合金粉末の粒径が100μm超になると、次工程S2において合金粉末床の局所溶融・急速凝固の制御が難しくなり、合金粉末の溶融が不十分になったりAM体の表面粗さが増加したりする要因となる。
【0027】
上記のことから、合金粉末の粒径を5μm以上100μm以下の範囲に分級する合金粉末分級素工程(S1c)を行うことは、好ましい。なお、本発明においては、得られた合金粉末の粒径分布を測定した結果、所望の範囲内にあることを確認した場合も、本素工程S1cを行ったものと見なす。
【0028】
つぎに、合金組成について説明する。
【0029】
N:0.001質量%以上0.2質量%以下
N成分は、TiN相粒子を生成するための必須成分である。母相結晶粒内にTiN相粒子を微細分散析出させることによって、最終的な合金製造物で機械的特性の向上に貢献する。
【0030】
N含有率は、0.001質量%(10 ppm)以上0.2質量%(2000 ppm)以下が好ましい。N含有率が0.001質量%未満になると、TiN相粒子の生成量が不十分になり、機械的特性の向上の作用効果が得られない。ただし、特許文献2とほぼ同じになるだけであり、負の問題は生じない。一方、N含有率が0.2質量%超になると、機械的特性の低下要因になる。N含有率は、0.001質量%以上0.1質量%以下がより好ましい。
【0031】
O:0.003質量%以上0.05質量%以下
O成分は、通常は不純物として扱われ、できるだけ低減しようとする成分であるが、本発明においては、母相結晶粒の過度な粗大化を抑制に寄与する成分である。O成分は、母相結晶粒の粒界領域で酸化物皮膜や酸化物粒子を生成すると考えられる。
【0032】
O含有率は、0.003質量%以上0.05質量%以下が好ましい。O含有率が0.003質量%未満になると、酸化物皮膜や酸化物粒子の生成量が不十分になり、母相結晶粒の粗大化抑制の作用効果が得られない。ただし、特許文献2とほぼ同じになるだけであり、負の問題は生じない。一方、O含有率が0.05質量%超になると、機械的特性の低下要因になる。
【0033】
Ti:0.2質量%以上1.6質量%以下
Ti成分は、TiN相粒子を生成するための必須成分である。上述したように、母相結晶粒内にTiN相粒子を微細分散析出させることによって、最終的な合金製造物で機械的特性の向上に貢献する。また、後述する金属間化合物相(δ相:Ni3Nb相)の生成を助長する作用もある。δ相粒子も母相結晶粒内に析出することで、粒内強化に寄与する。
【0034】
Ti含有率は、0.2質量%以上1.6質量%以下が好ましい。Ti含有率を0.2質量%以上とすることで、機械的特性の向上に貢献するTiN析出量を確保できる。一方、Ti含有率が1.6質量%超になると、Ti酸化物相が生成・析出し易くなって機械的特性の低下要因になる。Ti含有率は、0.3質量%以上1.3質量%以下がより好ましく、0.5質量%以上1.1質量%以下が更に好ましい。
【0035】
Ni:25質量%以上50質量%以下
Ni成分は、母相となるオーステナイト相(γ相)を安定化する成分である。また、δ相を構成する成分でもある。δ相が生成し母相結晶粒内に析出することで、粒内強化に寄与する。γ相安定の観点から、Ni含有率は、25質量%以上50質量%以下が好ましく、25質量%以上45質量%以下がより好ましく、30質量%以上40質量%以下が更に好ましい。
【0036】
Cr:12質量%以上25質量%以下
Cr成分は、耐酸化性および耐水蒸気酸化性を向上させる成分である。Cr含有率は、12質量%以上25質量%以下が好ましい。Cr含有率を12質量%以上とすることで、十分な耐酸化性および耐水蒸気酸化性を得ることができる。一方、Cr含有率が25質量%超になると、望まない金属間化合物相(例えばσ相:FeとCrとをベースとする金属間化合物相)が析出し、延性や靱性の低下を招く(いわゆるσ相脆化)。Cr含有率は、12質量%以上20質量%以下がより好ましく、15質量%以上20質量%以下が更に好ましい。
【0037】
Nb:3質量%以上6質量%以下
Nb成分は、δ相およびラーベス相(Fe2Nb相)を生成するための必須成分である。δ相は、前述したように、主に母相結晶粒内に析出して粒内強化に寄与する。ラーベス相は、主に母相結晶粒の粒界上に析出して粒界強化に寄与する。Nb含有率は、3質量%以上6質量%以下が好ましい。Nb含有率を3質量%以上とすることで、クリープ特性の向上に貢献する。一方、Nb含有率が6質量%超になると、δ相およびラーベス相の析出粒子が過剰に粗大化して、それぞれの作用効果が失われる。Nb含有率は、3質量%以上5質量%以下がより好ましく、3.5質量%以上4.5質量%以下が更に好ましい。
【0038】
Zr:0.5質量%以下
Zr成分は、母相結晶粒の粒界上に析出するラーベス相の生成を助長する成分である。Zr成分は、必須成分ではないため含有させなくてもよいが、含有させる場合、Zr含有率は、0.5質量%以下が好ましく、0.4質量%以下がより好ましく、0.3質量%以下が更に好ましい。
【0039】
B:0.001質量%以上0.05質量%以下
B成分は、母相結晶粒の粒界割れの抑制に効果のある成分であると共に、母相結晶粒の粒界上に析出するラーベス相の生成を助長する成分でもある。B含有率は、0.001質量%以上0.05質量%以下が好ましい。B含有率を0.001質量%以上とすることでそれらの作用効果が得られる。一方、B含有率が0.05質量%超になると、局所的に融点の低下が起こり易くクリープ特性が劣化する。B含有率は、0.001質量%以上0.02質量%以下がより好ましい。
【0040】
(選択的レーザ溶融工程)
選択的レーザ溶融工程S2は、用意したFe-Ni-Cr系合金粉末を用いて選択的レーザ溶融(SLM)法により所望形状のAM体を形成する工程である。具体的には、Fe-Ni-Cr系合金粉末を敷き詰めて所定厚さの合金粉末床を用意する合金粉末床用意素工程(S2a)と、合金粉末床の所定の領域にレーザ光を照射して該領域のFe-Ni-Cr系合金粉末を局所溶融・急速凝固させるレーザ溶融凝固素工程(S2b)と、を繰り返してAM体を形成する工程である。
【0041】
本工程S2においては、最終的なFe-Ni-Cr系合金製造物で望ましい微細組織を得るために、合金粉末床の局所溶融・急速凝固を制御してAM体の微細組織を制御する。
【0042】
レーザ光の出力P(単位:W)およびレーザ光の走査速度S(単位:mm/s)は、基本的にレーザ装置の構成に依存するが、例えば「10 ≦P≦ 1000」および「10 ≦S≦ 7000」の範囲内で選定すればよい。P/S(単位:W・s/mm=J/mm)は局所入熱量に相当し、局所入熱量の制御は冷却速度の制御に相当する。
【0043】
(溶体化処理工程)
溶体化処理工程S3は、形成したFe-Ni-Cr系合金AM体の母相結晶粒の中にTiN相粒子を微細分散析出させる熱処理工程である。溶体化処理の温度は、1000℃以上1300℃以下が好ましい。溶体化処理における保持時間に特段の限定はなく、被熱処理体の体積/熱容量や温度を考慮して適宜設定すればよい。溶体化処理後の冷却方法にも特段の限定はなく、水冷、油冷、空冷、炉冷のいずれでも構わない。
【0044】
溶体化処理を施すことにより、偏析セルの境界領域に偏析していた成分が境界上で(境界に沿って)拡散・化合してTiN相粒子を形成し始め、母相結晶粒の全体(結晶粒内および結晶粒界上)に微細に分布した状態になる。
【0045】
TiN相粒子の生成・析出と同時に母相結晶粒の再結晶が生じるが、含有O成分に起因する酸化物皮膜や酸化物粒子によって母相結晶粒の過度の粗大化が抑制される。また、母相結晶粒の再結晶によって、SLM工程S2の急速凝固の際に生じる可能性のあるAM体の残留内部ひずみを緩和することができ、合金製造物の使用時における望まない変形を防止することができる。工程S3で得られるAM-溶体化処理物品は、本発明に係るFe-Ni-Cr系合金製造物の一形態となる。
【0046】
(時効処理工程)
時効処理工程S4は、溶体化処理物品に対して時効処理を施す工程である。時効処理条件としては、600℃以上1000℃以下の温度範囲が好ましい。時効処理における保持時間に特段の限定はなく、被熱処理体の体積/熱容量や温度を考慮して適宜設定すればよい。時効処理後の冷却方法にも特段の限定はなく、水冷、油冷、空冷、炉冷のいずれでも構わない。
【0047】
図2は、時効処理工程S4で得られるFe-Ni-Cr系合金製造物の微細組織の一例を示す走査型電子顕微鏡(SEM)観察像である。当該観察試料は、Fe-Ni-Cr系合金製造物の断面を研磨した後、王水エッチングしたものである。
【0048】
Fe-Ni-Cr系合金製造物は、母相結晶粒の中に、平均サイズが1μm以上5μm以下の偏析セルが形成している。なお、偏析セルのサイズとは、基本的に長径と短径との平均と定義するが、長径と短径とのアスペクト比が3以上の場合は、短径の2倍を採用するものとする。
【0049】
また、母相結晶粒の粒界上にFe2Nb相(ラーベス相)の粒子が析出している。母相結晶粒のサイズは、最終的な合金製造物の機械的特性の観点から、平均粒径10μm以上200μm以下に制御されることが好ましい。
【0050】
本発明では、合金構成成分の一部が細胞壁のような境界領域に偏析して細胞状の微細組織を形成しているものを偏析セルと称する。偏析セルの境界領域と内部とでエッチング速度が異なっていることから(均等にエッチングされていないことから)、合金構成成分に何かしらの偏析があることは明らかである。
【0051】
走査透過型電子顕微鏡-エネルギー分散型X線分析装置(STEM-EDX)を用いて偏析セルの組成分布を調査したところ、Fe-Ni-Cr系合金の構成成分の一部(少なくともTi成分およびN成分)が偏析セルの境界領域(微小セルの外周領域、細胞壁のような領域)に偏析していることを確認した。
【0052】
図3は、時効処理工程S4で得られるFe-Ni-Cr系合金製造物の微細組織の他の一例を示すSEM観察像である。当該観察試料は、Fe-Ni-Cr系合金製造物の断面を研磨した後、シュウ酸エッチングを行ったものである。
【0053】
図3に示したように、当該微細組織は、平均粒径10μm以上200μm以下の母相結晶粒の中にTiN相粒子が1μm以上2μm以下の平均粒子間距離で析出している。また、粒界上にラーベス相粒子が析出していることが確認される。なお、シュウ酸エッチングは、王水エッチングに比して腐食性/酸化性が低いため母相結晶粒内の偏析セルの確認は困難となるが、母相結晶粒界や析出粒子の確認には適したエッチングである。
【0054】
(仕上工程)
前述したように、仕上工程S5は、工程S4を経たAM-時効処理物品に対して、表面処理層を形成したり表面仕上げをしたりする工程である。本工程S5は必須の工程ではないが、Fe-Ni-Cr系合金製造物の用途・使用環境に応じて適宜行えばよい。表面処理層の形成や表面仕上げに特段の限定はなく、従前の方法を適宜利用できる。本工程S5を経たAM-時効処理物品も、本発明に係るFe-Ni-Cr系合金製造物の一形態となる。
【0055】
[Fe-Ni-Cr系合金製造物からなる蒸気タービン部材]
図4は、本発明のFe-Ni-Cr系合金製造物からなるケーシング部材の一例を示す斜視模式図であり、図5は、本発明のFe-Ni-Cr系合金製造物からなるロータディスクの一例を示す斜視模式図である。本発明のFe-Ni-Cr系合金製造物は、従来のオーステナイト鋼焼結材と同等以上の10万時間クリープ耐用温度を示すことから、蒸気タービン部材としてケーシング部材10(図4参照)やロータディスク11(図5参照)に好適である。
【実施例0056】
以下、実験例により本発明をさらに具体的に説明する。なお、本発明はこれらの実験例に限定されるものではない。
【0057】
[実験1]
(実施例1~2および参照例1~3の作製)
後述する表1に示す化学組成を有するFe-Ni-Cr系合金粉末(実施例1、2および参照例1)を用意した(合金粉末用意工程S1)。具体的には、原料を混合した後、真空高周波誘導溶解法により溶解・鋳造して母合金塊(質量:約2 kg)を作製する母合金塊作製素工程S1aを行った。次に、該母合金塊を再溶解して、ガスアトマイズ法により合金粉末を形成するアトマイズ素工程S1bを行った。
【0058】
実施例1では、アトマイズ素工程S1bをN2ガス雰囲気中で行った。実施例2および参照例1では、アトマイズ素工程S1bをAr(アルゴン)雰囲気中で行った。得られた各合金粉末に対して、合金粉末の粒径を制御するための合金粉末分級素工程S1cを行って粉末粒径を15~45μmの範囲に分級した。
【0059】
実施例1および実施例2の合金粉末を用いてSLM法によりAM体を形成した(選択的レーザ溶融工程S2)。SLM条件は、レーザ光の出力Pを95 W、合金粉末床の厚さhを25μmとし、レーザ光の走査速度Sを600 mm/sとした。得られたAM体に対して1160℃で溶体化処理を施した(溶体化処理工程S3)。次に、溶体化処理物品に対して、900℃で時効処理を施し(時効処理工程S4)、実施例1および実施例2のFe-Ni-Cr系合金製造物の試料を作製した。
【0060】
一方、参照例1の合金粉末を用いて、特許文献2の記載に沿って熱間等方圧プレス(温度:1160℃、圧力:100 MPa)を行って、参照例1の焼結体の試料を作製した。
【0061】
また、従来の析出強化型Ni基合金材料の例として、市販のAlloy 718(鍛造材)およびAlloy 625(鋳造材)を用意し、実施例1および実施例2と比較した。Alloy 718およびAlloy 625の化学組成を表1に併記する。
【0062】
【表1】
【0063】
[実験2]
(微細組織観察)
実施例1のFe-Ni-Cr系合金製造物の試料、および参照例1の焼結体の試料から、それぞれ微細組織観察用の試験片を採取し、SEMによる断面組織観察を行った。図2および図3は、実施例1のFe-Ni-Cr系合金製造物のSEM観察像であり、図6は、参照例1の焼結体の微細組織の一例を示すSEM観察像である。参照例1の試料は、焼結体の断面を研磨した後、シュウ酸エッチングを行ったものである。
【0064】
図2図3および図6を比較すると、凝固体である実施例1(図2~3)と固相焼結体である参照例1(図6)とは、母相結晶粒内でのTiN相粒子の分散析出の有無の点で全く異なっていることが確認される。参照例1の固相焼結体では、ラーベス相粒子が母相結晶粒界に沿って連なるように(数珠つなぎ状に)析出しているが、母相結晶粒内でのTiN相粒子の分散析出は認められない。なお、図6には示していないが、TiN粒子は母相結晶粒界で析出していることが確認された。
【0065】
これに対し、実施例1の凝固体では、母相結晶粒の粒界上に析出しているラーベス相粒子の数量が相対的に低くなっている代わりに、母相結晶粒内でTiN相粒子の微細分散析出が認められる。すなわち、実施例1と参照例1とは、製造方法の差異から、微細組織に大きな差異があることが確認された。なお、実施例2においても、実施例1と同様の微細組織となることが確認された。
【0066】
[実験3]
(機械的特性の測定)
実験1で作製した実施例1および参照例1~3の試料に対して、0.2%耐力および10万時間クリープ耐用温度の測定を行った。0.2%耐力の測定はJIS G 0567に基づいて行い、クリープ試験はJIS Z 22761に基づいて行った。
【0067】
図7Aは、参照例3を基準とした700℃での0.2%耐力比(MPa/MPa)と参照例2を基準とした負荷400 MPaでの10万時間クリープ耐用温度比(℃/℃)との関係を示すグラフであり、図7Bは、参照例3を基準とした700℃での0.2%耐力比(MPa/MPa)と参照例2を基準とした負荷200 MPaでの10万時間クリープ耐用温度比(℃/℃)との関係を示すグラフである。
【0068】
なお、一般的に、0.2%耐力とクリープ耐用温度とはトレードオフの関係にある(0.2%耐力が高くなるとクリープ耐用温度は低くなり、クリープ耐用温度が高くなると0.2%耐力は低くなるという挙動を示す)と言われている。すなわち、図7Aおよび図7Bにおいて、グラフの右上方向はクリープ耐用温度、0.2%耐力がともに大きいものであり、より望ましい機械的特性となる。
【0069】
図7A図7Bに示したように、本発明の実施例1は、700℃での0.2%耐力が参照例3よりも高く参照例1~2と同等レベルにあり、10万時間クリープ耐用温度が参照例1~3のいずれよりも高くなっている。言い換えると、本発明の実施例1は、参照例1~3よりもグラフの右上方向(少なくとも右方向)にあると言え、機械的特性が大きいと言える。
【0070】
上述した実施形態や実験例は、本発明の理解を助けるために説明したものであり、本発明は、記載した具体的な構成のみに限定されるものではない。例えば、実施形態の構成の一部を当業者の技術常識の構成に置き換えることが可能であり、また、実施形態の構成に当業者の技術常識の構成を加えることも可能である。すなわち、本発明は、本明細書の実施形態や実験例の構成の一部について、発明の技術的思想を逸脱しない範囲で、削除・他の構成に置換・他の構成の追加をすることが可能である。
【符号の説明】
【0071】
10…ケーシング部材、11…ロータディスク。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7A
図7B