(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023120785
(43)【公開日】2023-08-30
(54)【発明の名称】ヒト筋疾患モデル筋組織
(51)【国際特許分類】
C12N 5/071 20100101AFI20230823BHJP
C12N 11/16 20060101ALI20230823BHJP
C12M 1/00 20060101ALN20230823BHJP
【FI】
C12N5/071
C12N11/16
C12M1/00 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022023837
(22)【出願日】2022-02-18
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り (1)2021年6月23日 「第53回日本結合組織学会学術大会講演要旨集」にて公開 (2)2021年6月26日~2021年6月27日 「第53回日本結合組織学会学術大会(順天堂大学 本郷・お茶の水キャンパス(東京都文京区本郷2-1-1))」にて発表
(71)【出願人】
【識別番号】502285457
【氏名又は名称】学校法人順天堂
(74)【代理人】
【識別番号】110000084
【氏名又は名称】弁理士法人アルガ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】中田 智史
(72)【発明者】
【氏名】平澤 恵理
(72)【発明者】
【氏名】山下 由莉
【テーマコード(参考)】
4B029
4B033
4B065
【Fターム(参考)】
4B029AA01
4B029BB11
4B029CC02
4B029CC11
4B029GA01
4B029GA08
4B029GB10
4B033NA16
4B033NB43
4B033NB63
4B033NC12
4B033ND20
4B033NE10
4B033NF06
4B065AA93X
4B065AC20
4B065BA30
4B065CA46
(57)【要約】
【課題】ヒトの生体に近似した筋組織、特に、メカニカルストレス耐性に重要な基底膜構造を有し、ヒトの筋疾患のモデルとなり得る筋組織、その製造法、及びそれを用いた筋疾患の評価方法を提供すること。
【解決手段】動物肉由来骨格筋組織から細胞を除去した脱細胞骨格筋シート中にヒト筋細胞生着しており、当該ヒト筋細胞の筋管が前記脱細胞骨格筋シート中の細胞外マトリックスの方向に配向している、ヒト筋疾患モデル筋組織。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
動物肉由来骨格筋組織から細胞を除去した脱細胞骨格筋シート中にヒト筋細胞が生着しており、当該ヒト筋細胞の筋管が前記脱細胞骨格筋シート中の細胞外マトリックスの方向に配向している、ヒト筋疾患モデル筋組織。
【請求項2】
動物由来骨格筋組織が、非ヒト動物由来骨格筋組織である請求項1記載のヒト筋疾患モデル筋組織。
【請求項3】
ヒト筋細胞が、ヒト多能性幹細胞由来筋細胞である請求項1又は2記載のヒト筋疾患モデル筋組織。
【請求項4】
ヒト筋細胞が、ヒトiPS細胞由来筋細胞である請求項1又は2記載のヒト筋疾患モデル筋組織。
【請求項5】
ヒト筋疾患モデル筋組織が、細胞外マトリックスと骨格筋細胞との相互作用検出モデル及びメカニカルストレスによる筋細胞損傷検出モデルから選ばれるモデルである請求項1~4のいずれか1項記載のヒト筋疾患モデル筋組織。
【請求項6】
動物肉由来骨格筋組織から細胞を除去した脱細胞骨格筋シートを含有する培養容器に、ヒト多能性幹細胞由来筋芽細胞様細胞を播種し、分化させることを特徴とする、当該脱細胞骨格筋シート中にヒト筋細胞が生着しており、当該ヒト筋細胞の筋管が前記脱細胞骨格筋シート中の細胞外マトリックスの方向に配向している、ヒト筋疾患モデル筋組織の製造法。
【請求項7】
動物由来骨格筋組織が、非ヒト動物由来骨格筋組織である請求項6記載のヒト筋疾患モデル筋組織の製造法。
【請求項8】
ヒト多能性幹細胞由来筋芽細胞様細胞が、ヒトiPS細胞由来筋芽細胞様細胞である請求項6又は7記載のヒト筋疾患モデル筋組織の製造法。
【請求項9】
請求項1~4のいずれか1項記載のヒト筋疾患モデル筋組織に、メカニカルストレスを負荷し、それによって生じる筋細胞の反応を測定する、筋細胞損傷の評価方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体の筋組織に近似したヒト筋疾患モデル筋組織、その製造法及びそれを用いるヒト筋疾患の評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
筋ジストロフィー、先天性ミオパチー、骨格筋チャネル病等の骨格筋に異常が生じる筋疾患は、難病に指定されている疾患が多く、その病態は十分に解明されていない。近年、骨格筋疾患患者由来のiPS細胞から分化した筋細胞を用いることにより、筋疾患の病態解明が進められている。しかし、従来の筋細胞培養手法では、細胞の環境が疾患患者の体内とは大きく相違するため、培養細胞による実験結果を生体に直接応用できない場合が多いという問題点があった。したがって、培養環境を生体組織に近づけた新たな培養手法を確立する必要がある。
【0003】
ここで、従来の筋細胞培養手法に不足しているものとしては、メカニカルストレス耐性に重要な基底膜構造が再現できていること、筋細胞へのメカニカルストレスの負荷に対する反応が筋組織と同様であること、筋細胞の損傷発生過程の観察ができることの3点が挙げられる。
このうち、筋細胞にメカニカルストレスの負荷を与えることができる培養器については、例えば特許文献1において、変形可能な材料で形成される矩形箱状の培養器であって、底膜及び該底膜の全周縁から立設する側壁を備え、側壁の内面が多孔質に形成されていることを特徴とする、細胞片へ均一に応力をかけられる培養器が提案されている。しかし、この培養器で培養される筋細胞は、骨格筋から分離された筋細胞であるため、生体の筋組織に存在する形態とは大きく異なるため、筋疾患の病態解明には適用できなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】国際公開第2007/123035号明細書
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Wassenaar, J. W.; Boss, G. R.; Christman, K. L. Decellularized Skeletal Muscle as an in Vitro Model for Studying Drug-Extracellular Matrix Interactions. Biomaterials 2015, 64 (64), 108-114. https://doi.org/10.1016/j.biomaterials.2015.06.033.
【非特許文献2】日本筋学会第第4回学術集会(2018年8月10日)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、従来の培養筋細胞は、基底膜構造を有していないため、当該細胞へのメカニカルストレスへの耐性を正確に評価できず、その結果として、筋疾患の精度の高い病態解析は困難であった。そこで、本発明者らは、メカニカルストレス耐性に重要な基底膜構造の再現する方法の検討を進め、生体組織の細胞外マトリックス(ECM)を残したまま、細胞成分を除去する技術(非特許文献1)を利用し、脱細胞筋シートへマウス筋芽細胞株C2C12を生着させることに成功した(非特許文献2)。しかし、この脱細胞筋シートに生着したC2C12株は、ヒト筋細胞ではなく、種々の筋疾患で生じるメカニカルストレスに対する反応性は不明であった。
従って、本発明の課題は、ヒトの生体に近似した筋組織、特に、メカニカルストレス耐性に重要な基底膜構造を有し、ヒトの筋疾患のモデルとなり得る筋組織、その製造法、及びそれを用いた筋疾患の評価方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
そこで、本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討を重ねてきたところ、動物肉由来骨格筋組織から細胞を除去した脱細胞骨格筋シートを含有する培養容器に、ヒト多能性幹細胞由来筋芽細胞様細胞を播種し、分化させることにより、当該脱細胞骨格筋シート中にヒト筋細胞が生着しており、当該ヒト筋細胞の筋管が前記脱細胞骨格筋シート中の細胞外マトリックスの方向に配向している筋組織が得られること;更にはヒト多能性幹細胞由来筋細胞が筋ジストロフィー患者由来のiPS筋細胞であった場合には、得られた筋組織はメカニカルストレスにより筋組織が損傷していることを示すマーカーの変化が観察され、ヒト多能性幹細胞由来筋細胞が修復患者由来のiPS筋細胞であった場合には、当該メカニカルストレスによる損傷マーカーの変化が観察されないことを確認し、得られた筋組織がヒト筋疾患モデル筋組織として有用であることを見出し、本発明を完成した。
【0008】
すなわち、本発明は、次の発明[1]~[9]を提供するものである。
[1]動物肉由来骨格筋組織から細胞を除去した脱細胞骨格筋シート中にヒト筋細胞が生着しており、当該ヒト筋細胞の筋管が前記脱細胞骨格筋シート中の細胞外マトリックスの方向に配向している、ヒト筋疾患モデル筋組織。
[2]動物由来骨格筋組織が、非ヒト動物由来骨格筋組織である[1]記載のヒト筋疾患モデル筋組織。
[3]ヒト筋細胞が、ヒト多能性幹細胞由来筋細胞である[1]又は[2]記載のヒト筋疾患モデル筋組織。
[4]ヒト筋細胞が、ヒトiPS細胞由来筋細胞である[1]又は[2]記載のヒト筋疾患モデル筋組織。
[5]ヒト筋疾患モデル筋組織が、細胞外マトリックスと骨格筋細胞との相互作用検出モデル及びメカニカルストレスによる筋細胞損傷検出モデルから選ばれるモデルである[1]~[4]のいずれかに記載のヒト筋疾患モデル筋組織。
[6]動物肉由来骨格筋組織から細胞を除去した脱細胞骨格筋シートを含有する培養容器に、ヒト多能性幹細胞由来筋芽細胞様細胞を播種し、分化させることを特徴とする、当該脱細胞骨格筋シート中にヒト筋細胞が生着しており、当該ヒト筋細胞の筋管が前記脱細胞骨格筋シート中の細胞外マトリックスの方向に配向している、ヒト筋疾患モデル筋組織の製造法。
[7]動物由来骨格筋組織が、非ヒト動物由来骨格筋組織である[6]記載のヒト筋疾患モデル筋組織の製造法。
[8]ヒト多能性幹細胞由来筋芽細胞様細胞が、ヒトiPS細胞由来筋芽細胞様細胞である[6]又は[7]記載のヒト筋疾患モデル筋組織の製造法。
[9][1]~[4]のいずれか1項記載のヒト筋疾患モデル筋組織に、メカニカルストレスを負荷し、それによって生じる筋細胞の反応を測定する、筋細胞損傷の評価方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明のヒト筋疾患モデル筋組織は、基底膜-筋細胞膜-細胞骨格のリンク構造を有し、筋細胞が正常であれば、十分なメカニカルストレス耐性を持ち、筋細胞が筋疾患患者由来の筋細胞であれば、筋疾患の性状に応じたメカニカルストレス耐性を示す。従って、本発明の筋疾患モデル筋組織を用いれば、当該筋疾患に応じた筋細胞の損傷発生過程の観察が可能になるため、筋疾患の病態解明がより高度に進められる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】
図1は、本発明の脱細胞骨格筋シートを用いた筋細胞製造法の概略図である。
【
図2】
図2は、脱細胞処理前の鶏胸肉シートの写真である。筋繊維の走行方向は写真の横方向である。
【
図3】
図3は、脱細胞筋シートの写真である。細胞外マトリックスの走行方向は、写真の横方向であり、脱細胞処理前の筋繊維の走行方向に一致している。
【
図4】
図4は、手動伸展装置により伸展された、脱細胞骨格筋シートの写真である。脱細胞骨格筋シートが、ストレッチチャンバーの伸展に伴い、それに近い伸展率を示したことが見て取れる。
【
図5】
図5は、自動伸展装置(ストレックス)により伸展された、脱細胞骨格筋シートの写真である。3時間の伸展後も、シートの剥離が起きなかったことを示している。
【
図6】
図6は、脱細胞骨格筋シート上でマウス筋芽細胞の増殖培養を行ったのち、各種染色を行った写真である。脱細胞骨格筋シートに残存する細胞外マトリックスの主成分COL IV(紫色に染色)の配向に沿って、細胞(緑色に染色)が接着している様子が観察できる。
【
図7】
図7は、増殖培養の後に筋管細胞へ分化誘導を行い6日経った時点での写真である。脱細胞骨格筋シート上での培養では、細胞外マトリックスの主成分COL IV(紫色に染色)の配向に沿って、筋管(緑色に染色)の配向が自発的に揃う様子が確認できる。
【
図8】
図8は、コントロールとして用いた、通常の細胞培養用プレート上で分化培養したマウス筋芽細胞の方向性のヒストグラムである。通常の細胞培養用プレート上で分化培養すると、筋管それぞれの配向性がバラバラになってしまうことが見て取れる。
【
図9】
図9は、脱細胞骨格筋シート上に接着したマウス筋芽細胞の方向性のヒストグラムである。筋管が脱細胞骨格筋シートの配向に沿って指向的に形成されることが見て取れる。
【
図10】
図10は、Duchenne型筋ジストロフィー(Duchenne type Muscular Dystrophy、DMD)患者由来のiPS細胞から誘導され、脱細胞骨格筋シート上で形成された筋管細胞の写真である。DMD患者由来のiPS細胞を用いた場合でも、脱細胞筋シートに残存する細胞外マトリックスに沿って筋管が形成されていることが確認できる。
【
図11】
図11は、伸展刺激による損傷細胞の検出を行うために、伸展刺激後のDMD筋シートに対し、FM1-43FXによる損傷細胞の標識化を行った写真である。伸展刺激を加えたDMD筋シートではFM1-43FX陽性の細胞の増加が見られた。
【
図12】
図12は、培養上清中の損傷マーカーであるクレアチンキナーゼ(CK)濃度変化の測定グラフである。クレアチンキナーゼ濃度は、DMD筋シート(左のグラフ2本)では伸展前後で有意な増加が見られたが、修復筋シート(右のグラフ2本)では伸展前後で有意な変化は見られなかった。
【
図13】
図13は、培養上清中の損傷マーカーであるカリウムイオン濃度変化の測定グラフである。「DMD筋シート」、「修復DMD筋シート」ともに機械的刺激の負荷により培養液中のカリウムイオン濃度の増加が認められた。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の筋組織は、動物肉由来骨格筋組織から細胞を除去した脱細胞骨格筋シート中にヒト筋細胞が生着している。そして、当該ヒト筋細胞の筋管が前記脱細胞骨格筋シート中の細胞外マトリックスの方向に配向している構造を有する。
【0012】
本発明に用いられる動物肉由来骨格筋組織から細胞を除去した脱細胞骨格筋シートは、非ヒト動物肉由来骨格筋組織、すなわち動物肉を縦断方向にせん断してシート状に加工し、次いで当該シート状動物肉を脱細胞処理することにより得られる。
用いられる動物肉は、骨格筋であることが好ましいが、細胞外マトリックスを有し、かつ脱細胞処理が可能であれば、骨格筋以外の横紋筋や、心筋又は平滑筋を用いることもできる。また、骨格筋のなかでは、哺乳類、鳥類の骨格筋が好ましく、食肉として安価に入手可能なものがより好ましい。かかる食肉としては、例えば、鶏肉、豚肉、牛肉、羊肉などの各種畜産肉、ウサギ肉、シカ肉、カモ肉といった狩猟肉が挙げられる。また、魚肉、頭足類や昆虫類などの各種無脊椎動物の肉も利用可能である。
【0013】
動物肉のせん断方向としては、縦断方向、すなわち細胞線維の走行方向に平行な方向が好ましい。後述の脱細胞処理により露出する細胞外マトリックスにも方向性が存在し、かかる細胞外マトリックスの方向性を利用することで、培養細胞の発達にも方向性が生じるからである。すなわち、培養細胞の指向的発達に寄与する細胞外マトリックスを保存する方向であれば、必ずしも縦断方向に限定されず、種々の方向によるせん断が選択可能である。
せん断は、例えば、シートが形成されるように縦断方向にスライスすればよく、例えば0.5mm~2mm程度の厚さのシートが形成されるようにナイフ、包丁、はさみなどによりせん断すればよい(
図1参照)。
【0014】
シート状動物肉の脱細胞処理は、細胞溶解剤を利用した化学的方法が好ましいが、細胞外マトリックスが保存される方法であれば、浸透圧、凍結後融解、高周波などの物理的方法や、微生物などを利用した生物学的方法によってもよい。
脱細胞処理に用いられる細胞溶解剤としては、動物細胞を溶解できる薬剤を含む溶液であればよいが、界面活性剤含有溶液であることが好ましい。また、界面活性剤としては、アニオン界面活性剤、ノニオン界面活性剤などが挙げられるが、アニオン界面活性剤が好ましく、ドデシル硫酸ナトリウム(SDS)がより好ましい。
【0015】
得られた脱細胞骨格筋シートは、湿潤状態のまま培養用容器に入れ、37℃で30分間インキュベートすることにより半乾燥させ、細胞培養用容器に貼り付けることができる。培養用容器に強固に張り付いた脱細胞骨格筋シートは、種々の細胞培養における各種操作によって剥がれることはなく、一方、ピンセットを用いると簡単に剥がすことができるという、手技操作容易性を有している。
脱細胞骨格筋シートは、手動伸展試験においてストレッチチャンバーの進展率に近い値の進展率を示し、自動伸展装置を用いた3時間の周期的伸展によっても剥離しないという優れた伸展性を有する。
【0016】
脱細胞骨格筋シート中に生着させるヒト筋細胞は、ヒト多能性幹細胞由来筋細胞であるのが好ましい。ここで、ヒト多能性幹細胞としては、ヒトiPS細胞、ヒト体細胞性幹細胞、ES細胞が挙げられるが、ヒトiPS細胞が好ましい。従って、ヒト筋細胞としては、ヒトiPS細胞由来筋細胞が好ましい。
【0017】
脱細胞骨格筋シート中にヒト筋細胞を生着させるには、脱細胞骨格筋シートを含有する培養容器に、ヒト多能性幹細胞由来筋芽細胞様細胞を播種し、分化させることが好ましい。脱細胞骨格筋シートを含有する培養容器に、ヒト多能性幹細胞を播種し、当該シート中で筋細胞へ分化誘導するよりも、ヒト多能性幹細胞を予めヒト多能性幹細胞由来筋芽細胞様細胞まで分化誘導しておき、これを脱細胞骨格筋シート中に播種して、分化させるのが生着性の点で好ましい。
また、脱細胞骨格筋シートをラミニン/エンタクチン(Lam/En)複合体処理した後に、ヒト多能性幹細胞由来筋芽細胞様細胞を播種し、分化させることが生着率をさらに向上させる点で好ましい。
なお、幹細胞から筋細胞への分化は、予めMyoD遺伝子発現により骨格筋に分化するように設計されたiPS細胞を用いるのが好ましい。
【0018】
前記の操作により、脱細胞骨格筋シート中に生着したヒト筋細胞は、当該ヒト筋細胞の筋管が前記脱細胞骨格筋シート中の細胞外マトリックスの方向に配向している構造を有する(
図1参照)。この配向性は、抗コラーゲンIV抗体を一次抗体として免疫染色を行い、脱細胞骨格筋シート中の細胞外マトリックスを可視化することにより確認できる。
このように、本発明の脱細胞骨格筋シート中に生着したヒト筋細胞は、基底膜-筋細胞膜-細胞骨格のリンク構造を有し、基底膜を含む細胞外マトリックスと強固に結合した状態であり、生体内における筋組織と同様の形態を有している。従って、本発明の脱細胞骨格筋シート中に生着したヒト筋細胞は、ヒト筋疾患モデル筋組織として有用である。
【0019】
本発明のヒト筋疾患モデル筋組織は、筋細胞が正常であれば、十分なメカニカルストレス耐性を持ち、筋細胞が筋疾患患者由来の筋細胞であれば、筋疾患の性状に応じたメカニカルストレス耐性を示す。より具体的には、ヒト多能性幹細胞由来筋細胞が筋ジストロフィー患者由来のiPS筋細胞であった場合には、得られた筋組織はメカニカルストレスにより筋組織が損傷していることを示すマーカーの変化が観察され、ヒト多能性幹細胞由来筋細胞が修復患者由来のiPS筋細胞であった場合には、当該メカニカルストレスによる損傷マーカーの変化が観察されないことを確認した。
従って、本発明の筋疾患モデル筋組織を用いれば、当該筋疾患に応じた筋細胞の損傷発生過程の観察が可能になるため、筋疾患の病態解明がより高度に進められる。
【0020】
本発明の筋疾患モデル筋組織は、例えば、細胞外マトリックスと骨格筋細胞との相互作用検出モデル、メカニカルストレスによる筋細胞損傷検出モデル及び筋疾患治療候補薬の効果の検証から選ばれるモデルとして有用である。
具体的には、ヒト筋疾患モデル筋組織に、メカニカルストレスを負荷し、それによって生じる筋細胞の反応を測定すれば、筋細胞損傷の評価をすることができる。ここで、生じる筋細胞の反応としては、培養液中のカリウム濃度の増加、培養液中のクレアチンキナーゼ濃度の増加、培養液中の乳酸デヒドロゲナーゼ濃度の増加、培養液中の蛍光物質の細胞内への流入などが挙げられる。
【実施例0021】
次に実施例を挙げて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0022】
(参考例1)
本発明のヒト筋疾患モデル筋組織の製造法の概略を
図1に示す。
最初に、鶏胸肉を縦断方向にシート状(1mm厚)に加工し(
図2)、SDS溶液を用いて脱細胞処理を行い、脱細胞骨格筋シートを作成した(
図3)。次に、作成した脱細胞骨格筋シートを、湿潤状態のまま培養用容器に入れ、37℃で30分間インキュベートすることにより半乾燥させ、細胞培養用容器に貼り付けた。ここで、脱細胞筋シートは、培養用容器に強固に張り付き、後述する細胞培養における各種操作によって剥がれることはなかった。しかし、ピンセットを用いると簡単に剥がすことができるという、手技操作容易性を有していた。
【0023】
上記貼り付けた脱細胞骨格筋シートをPBSで再湿潤化した。その再湿潤化した脱細胞骨格筋シートを、シリコン製ストレッチチャンバー(STREX)に貼り付け、手動伸展装置(STREX)により伸展させた。手動伸展試験において、脱細胞筋シートはストレッチチャンバーの進展率に近い値の進展率を示した(
図4)。
【0024】
次に、別の再湿潤化した脱細胞骨格筋シートを、自動伸展装置(STREX)により伸展させた。自動伸展条件として、20%伸展、周期的伸展(1Hz)3時間を選択した(
図5)。脱細胞骨格筋シートは、かかる3時間の周期的伸展によっても剥離しなかった。
【0025】
上記2つの伸展実験により、脱細胞骨格筋シートは、優れた伸展特性を有することが確認された。
【0026】
(参考例2)
参考例1と同様にして作成した再湿潤化された脱細胞骨格筋シート上に、不死化マウス筋芽細胞C2C12細胞を播種し、増殖培地で2日間培養した。播種密度としては、通常用いられるよりも高い、1x10
4cells/cm
2を選択した。また、増殖培地としては、DMEM(ハイグルコース)+20%FBS+Pen-StrepアムフォテリシンBを選択した。抗コラーゲンIV抗体を一次抗体として免疫染色を行い脱細胞骨格筋シート中の細胞外マトリックスを可視化したところ、上記2日間の培養により、C2C12細胞が脱細胞筋シート上の細胞外マトリックス(ECM)の配向に沿って接着していることが確認された(
図6)。
【0027】
次に、培地を分化培地に変更した。分化培地としては、DMEM(ハイグルコース)+2%Donor Horse Serum+Pen-StrepアムフォテリシンBを選択した。そして、分化培地に生細胞染色薬カルセインAM(10μg/ml)を加え、37℃で1時間インキュベートし、生細胞染色を行った(
図7)。
【0028】
本発明の脱細胞筋シートの適用及び播種の高密度化(1x10
4cells/cm
2)により、脱細胞骨格筋シート上では筋管形成がより促進することが明らかとなった。ここで、通常の細胞培養用プレート上で培養された筋管の配向する角度と、本発明の脱細胞骨格筋シート上で培養した筋管の配向する角度とを比較したところ、プレート上で分化培養されたものは、筋管それぞれの配向性がバラバラになっているが(
図8)、脱細胞骨格筋シート上で培養をされたものは、筋管の配向性が揃っていることが確かめられた(
図9)。これにより、脱細胞骨格筋シートの細胞外マトリックスの配向に沿って、筋管が整列することが実証された。さらに、脱細胞骨格筋シート上での培養は、通常の培養と比較すると、分化12日でも筋管の脱離が起きていないことから、分化形成された筋管の脱離を防ぎながら、より長期間の培養が可能であることがわかった。
【0029】
(実施例1)
Duchenne型筋ジストロフィー(Duchenne type Muscular Dystrophy、DMD)患者から、MyoD遺伝子発現により骨格筋に分化するように設計されたiPS細胞を樹立した。iPS細胞をiMatrix 511コート上で培養し、MyoD強制発現によって筋芽細胞様細胞に分化させた。
【0030】
上記の分化したiPS由来筋芽細胞様細胞を、Strex社のストレッチチャンバーに貼り付けた脱細胞骨格筋シートに播種し、さらに分化させた(
図10)。なお、脱細胞骨格筋シートは、細胞播種前に、Lam/En複合体による修飾処理した。脱細胞骨格筋シートは、1mm厚に薄切した骨格筋を1%SDS溶液、0.01N NaOH溶液、50%エタノール溶液により脱細胞処理することで作成した。DMD患者からのiPS由来筋細胞を導入した脱細胞骨格筋シートを「DMD筋シート」と呼ぶことにする。ストレッチチャンバーでは、DMD筋シートに対し、20%伸展、1Hzの条件で一軸伸展を行い、「筋損傷」を人工的に引き起こした。その筋損傷を、蛍光指示薬FM1-43と培養上清中のクレアチンキナーゼ(CK)の測定により評価した。
【0031】
次に、コントロールとして、ジストロフィン遺伝子変異を修復した「修復DMD iPS細胞」を用い、上記と同様の手法で、「修復DMD筋シート」を作成し、「筋損傷」実験を行い、その評価をした。
【0032】
コントロールである「修復DMD筋シート」では形態学的筋損傷もなく、伸展前後でCKの有意な変化は見られなかった(P=0.48、n=9)。「DMD筋シート」では、伸展前後で有意にCKが増加し(P<0.05、n=8)、FM1-43陽性領域を認めた(
図11、
図12)。機械的刺激の負荷により、「DMD筋シート」においては筋膜損傷が誘導され、CK上昇が認められたと考えられる。
また、「DMD筋シート」、「修復DMD筋シート」ともに機械的刺激の負荷により培養液中のカリウムイオン濃度の増加が認められた(
図13)。これらのことから、遺伝子修復はカリウムイオン漏出する程度の筋損傷には影響がないが、CKが漏出する程度の比較的大きな筋損傷の発生を抑制することが評価できた。