(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023121011
(43)【公開日】2023-08-30
(54)【発明の名称】粉末冶金用鉄基混合粉および鉄基焼結体
(51)【国際特許分類】
B22F 1/00 20220101AFI20230823BHJP
C22C 38/00 20060101ALI20230823BHJP
C22C 33/02 20060101ALI20230823BHJP
B22F 3/24 20060101ALI20230823BHJP
B22F 3/10 20060101ALI20230823BHJP
【FI】
B22F1/00 V
C22C38/00 304
C22C33/02 A
B22F3/24 B
B22F3/10 E
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022024201
(22)【出願日】2022-02-18
(71)【出願人】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【弁理士】
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】230118913
【弁護士】
【氏名又は名称】杉村 光嗣
(74)【代理人】
【識別番号】100165696
【弁理士】
【氏名又は名称】川原 敬祐
(74)【代理人】
【識別番号】100195785
【弁理士】
【氏名又は名称】市枝 信之
(72)【発明者】
【氏名】芦塚 康佑
(72)【発明者】
【氏名】宇波 繁
【テーマコード(参考)】
4K018
【Fターム(参考)】
4K018AA24
4K018AB01
4K018AB05
4K018AB07
4K018BA02
4K018BA04
4K018BA15
4K018BB04
4K018BC01
4K018BC12
4K018BC19
4K018CA02
4K018CA08
4K018CA11
4K018DA11
4K018DA21
4K018DA29
4K018FA08
4K018KA63
(57)【要約】
【課題】 圧縮性に優れ、かつ、成形圧力が600MPa未満の一般的な製造プロセスにおいても、1200MPa以上の引張強さと、優れた耐衝撃性とを兼ね備えた焼結体を製造することができる粉末冶金用鉄基混合粉を提供する。
【解決手段】 鉄基粉末の粒子表面にMoが拡散付着した部分拡散合金鋼粉と、合金用金属粉末からなる粉末冶金用鉄基混合粉であって、前記鉄基粉末は、所定の成分組成を有し、前記部分拡散合金鋼粉におけるMo含有量が0.20質量%以上1.5質量%以下であり、前記部分拡散合金鋼粉の見掛密度が2.8g/cm3以上3.6g/cm3以下であり、前記合金用金属粉末が所定の見掛密度のCu粉およびNi粉の少なくとも1つを、所定の添加量で含む、粉末冶金用鉄基混合粉。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
鉄基粉末の粒子表面にMoが拡散付着した部分拡散合金鋼粉と、合金用金属粉末からなる粉末冶金用鉄基混合粉であって、
前記鉄基粉末は、
Mn:0.04質量%以上0.15質量%以下、
Si:0.01質量%以上0.10質量%以下、および
残部のFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有し、
前記部分拡散合金鋼粉におけるMo含有量が0.20質量%以上1.5質量%以下であり、
前記部分拡散合金鋼粉の見掛密度が2.8g/cm3以上3.6g/cm3以下であり、
前記合金用金属粉末は、見掛密度:0.5~2.0g/cm3のCu粉と、見掛密度:0.5~2.0g/cm3のNi粉の一方または両方を含み、
前記部分拡散合金鋼粉および前記合金用金属粉末の合計質量に対し、
前記Cu粉の添加量が0~3.0質量%であり、
前記Ni粉の添加量が0~3.0質量%であり、かつ、
前記Cu粉と前記Ni粉の合計添加量が0.5質量%以上である、粉末冶金用鉄基混合粉。
【請求項2】
前記Cu粉および前記Ni粉の合計質量に対する前記Ni粉の質量の比が0.8以下である、請求項1に記載の粉末冶金用鉄基混合粉。
【請求項3】
請求項1または2に記載の粉末冶金用鉄基混合粉を用いた焼結体を浸炭、焼入れ、および焼戻してなる鉄基焼結体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、粉末冶金用鉄基混合粉に関し、とくに、粉末としての圧縮性に優れ、かつ、優れた強度と耐衝撃性を兼ね備えた焼結体を得ることができる粉末冶金用鉄基混合粉に関する。また、本発明は前記粉末冶金用鉄基混合粉を用いて製造される鉄基焼結体に関する。
【背景技術】
【0002】
粉末冶金製品は、一般的に原料粉末を混合し、金型に充填した後、加圧成形して成形体とし、次いで前記成形体を焼結することによって製造される。焼結によって得られた焼結体には、さらに必要に応じてサイジングや切削加工が施される。例えば、鉄系の粉末冶金製品を製造する場合には、原料粉末として、鉄基粉末に、Cu粉、黒鉛粉などの合金用粉末と、ステアリン酸、ステアリン酸リチウム等の潤滑剤とを添加した混合粉を使用することが一般的である。
【0003】
このような粉末冶金技術によれば、複雑な形状の部品を、製品形状に極めて近い形状(いわゆるニアネット形状)でしかも高い寸法精度で製造できることから、切削に要するコストを大幅に削減することができる。そのため、粉末冶金製品は多方面に利用されており、中でも鉄系の粉末冶金製品は、強度に優れることから自動車用部品を始めとする各種の機械部品、構造用部品として幅広く用いられている。
【0004】
しかし、近年、部品の小型・軽量化のため、鉄系の粉末冶金製品には、さらなる高強度化が求められている。
【0005】
引張強さが1000MPaを超える鉄基焼結体を製造するためには、焼結後に浸炭熱処理や光輝熱処理を施す必要がある。特に引張強さが1200MPaを超える鉄基焼結体を製造するためには、高価な合金元素であるNiを4質量%も含む合金粉末を用いる必要があることに加え、600MPaを超える成形圧力が必要とされる。そのため、金型の損耗が激しく、材料コストのみならず製造コストが高いという問題があった。また、600MPa未満の成形圧力でこのような高強度焼結部品を製造する場合、1200℃を超える高温で焼結を行う必要があるため、同様に製造コストが高いという問題があった。
【0006】
一般的な粉末冶金製品の製造過程においては、ベルト炉と呼ばれる連続焼結炉を用いて焼結が行われる。ベルト炉では、メッシュベルト上に部品を乗せた状態で搬送しながら連続的に焼結を行うため、生産性に優れるとともにランニングコストも低いという利点がある。しかし、ベルト炉における焼結温度は最大でも1150℃程度であるため、上述した1200℃を超えるような高温での焼結を行うためには生産性に劣るトレイプッシャー炉を用いる必要がある。また、このような高温で焼結を行う場合には炉体の損耗が激しく、ランニングコストが高くなるという問題もある。
【0007】
上記のような背景から、安価なプロセスで高強度焼結部品を得るための種々の検討が行われている。中でも、焼入性を改善する合金元素を鉄基粉末に添加することによって焼結体の強度を向上させる手法が数多く提案されている。
【0008】
例えば、特許文献1では、Mo:1.5~2.0質量%およびW:3.0~20質量%の少なくとも一方を予合金として含む合金鋼粉が提案されている。
【0009】
また、特許文献2では、重量比で、Mo:0.2~1.5%およびMn:0.05~0.25%を予合金化させた合金鋼粉が提案されている。
【0010】
特許文献3では、Mo:0.1~1.0質量%予合金として含む鉄粉の表面に、CuとNiを粉末の形で拡散付着させた合金鋼粉が提案されている。
【0011】
特許文献4では、0.2~1.5質量%のMoを含む合金鋼粉と、平均粒子径が25μm以下、比表面積が0.30m2/g以上である銅粉を含有する粉末冶金用鉄基混合粉が提案されている。
【0012】
特許文献5では、Mo、Cu、およびNiを予め合金化した予合金鋼粉と、黒鉛粉とを含む粉末冶金用鉄基混合粉が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】特開平01-142002号公報
【特許文献2】特開昭61-295302号公報
【特許文献3】特開昭59-215401号公報
【特許文献4】国際公開第2020/202805号
【特許文献5】特開2018-123412号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
しかし、特許文献1~5で提案されているような従来技術には、以下のような問題があることが分かった。
【0015】
すなわち、特許文献1で提案されている合金鋼粉では、フェライト安定化元素であるMoまたはWを添加することにより、Feの自己拡散速度の速いα単一相が形成され、その結果、焼結を促進させることができる。しかし、この方法ではMo添加量が比較的多いため、合金鋼粉の圧縮性が低く、高い成形密度を得ることができない。
【0016】
また、密度が低下すると、焼結体の耐衝撃性が低下する傾向がある。上述したように粉末冶金製品は自動車用部品を始めとする各種の機械部品、構造用部品に用いられるため、耐衝撃性にも優れていることが求められる。
【0017】
また、特許文献2で提案されている合金鋼粉では、Mo量が1.5質量%以下であるためα相単相とならない。したがって、一般的に用いられているメッシュベルト炉の焼結温度(1120~1140℃)では、粒子間の焼結の進行が促進されないので、焼結ネック部の強度が不十分となる。また、特許文献2では、予合金元素としてMnを添加しているが、焼入れ性向上のためにMn添加量を増加させると粉末の圧縮性が低下するため、十分な強度向上効果を得ることができない。
【0018】
特許文献3で提案されている合金鋼粉では、Moを予合金化するとともにCuとNiを拡散付着させることにより、圧粉成形時の圧縮性と焼結後の部材の強度を両立させている。しかし、特許文献2の合金鋼粉と同様、Moを予合金化した鉄粉の焼結性が良好ではないため、引張強さと疲労強度の向上には限界があった。
【0019】
特許文献4で提案されている混合粉によれば、通常のベルト炉を用いた焼結と浸炭・焼入れ・焼戻し処理によって高強度の焼結部品を得ることができる。しかし、前記混合粉の圧縮性は一般的な鉄基合金粉末と同等であることから、高い引張強さを得るには688MPaといった高圧での成形が必要であり、金型の損耗が大きい。
【0020】
特許文献5で提案されている混合粉によれば、1300MPa以上の引張強さを有する焼結体を得ることができるものの、特許文献4と同様に、690MPaといった高圧での加圧成形が必要なため、金型の損耗が大きい。
【0021】
本発明は、上記の実状に鑑みてなされたものであり、圧縮性に優れ、かつ、成形圧力が600MPa未満の一般的な製造プロセスにおいても、1200MPa以上の引張強さと、衝撃値が13J/cm2以上の優れた耐衝撃性とを兼ね備えた焼結体を製造することができる粉末冶金用鉄基混合粉を提供することを目的とする。ここで、圧縮性とは、混合粉を金型に充填して加圧成形した際の圧縮しやすさを指す。前記圧縮性の指標としては、所定の圧力で成形したときに得られる成形体の密度を用いることができ、前記密度が高い程、圧縮性が優れている。
【0022】
また、本発明は、前記粉末冶金用鉄基混合粉を用いた鉄基焼結体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0023】
本発明は上記課題を解決するためになされたものであり、その要旨構成は以下のとおりである。
【0024】
1.鉄基粉末の粒子表面にMoが拡散付着した部分拡散合金鋼粉と、合金用金属粉末からなる粉末冶金用鉄基混合粉であって、
前記鉄基粉末は、
Mn:0.04質量%以上0.15質量%以下、
Si:0.01質量%以上0.10質量%以下、および
残部のFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有し、
前記部分拡散合金鋼粉におけるMo含有量が0.20質量%以上1.5質量%以下であり、
前記部分拡散合金鋼粉の見掛密度が2.8g/cm3以上3.6g/cm3以下であり、
前記合金用金属粉末は、見掛密度:0.5~2.0g/cm3のCu粉と、見掛密度:0.5~2.0g/cm3のNi粉の一方または両方を含み、
前記部分拡散合金鋼粉および前記合金用金属粉末の合計質量に対し、
前記Cu粉の添加量が0~3.0質量%であり、
前記Ni粉の添加量が0~3.0質量%であり、かつ、
前記Cu粉と前記Ni粉の合計添加量が0.5質量%以上である、粉末冶金用鉄基混合粉。
【0025】
2.前記Cu粉および前記Ni粉の合計質量に対する前記Ni粉の質量の比が0.8以下である、上記1に記載の粉末冶金用鉄基混合粉。
【0026】
3.上記1または2に記載の粉末冶金用鉄基混合粉を用いた焼結体を浸炭、焼入れおよび焼戻してなる鉄基焼結体。
【発明の効果】
【0027】
本発明の粉末冶金用鉄基混合粉は、圧縮性に優れており、高密度の焼結体を得ることができる。また、本発明の粉末冶金用鉄基混合粉によれば、成形圧力が600MPa未満の一般的な製造プロセスにおいても、高い引張強さと優れた耐衝撃性を兼ね備えた焼結体を製造することができる。加えて、本発明の粉末冶金用鉄基混合粉は、Niを含まないか、Niを含む場合であってもその添加量は3.0質量%以下であるため、安価でありながら上記の優れた特性を有している。
【発明を実施するための形態】
【0028】
以下、本発明の実施形態について詳細に説明する。なお、以下の説明は本発明の好適な実施態様を示すものであり、本発明は以下の説明に限定されるものではない。また、成分組成に関する単位「%」は、とくに断らない限り「質量%」を表すものとする。
【0029】
本発明の一実施形態における粉末冶金用鉄基混合粉(以下、単に混合粉という場合がある)は、部分拡散合金鋼粉と合金用金属粉末からなる。ここで、「鉄基混合粉」とは、前記部分拡散合金鋼粉と前記合金用金属粉末の合計質量に対する、該混合粉に含まれるFeの質量の割合が50%以上である混合粉を指すものとする。
【0030】
以下、前記部分拡散合金鋼粉と合金用金属粉末のそれぞれについて説明する。
【0031】
[部分拡散合金鋼粉]
前記部分拡散合金鋼粉(以下、「合金鋼粉」ともいう)としては、鉄基粉末の粒子表面にMoが拡散付着した部分拡散合金鋼粉を使用する。ここで、「鉄基粉末」とは、当該粉末に含まれるFeの質量の割合が50%以上である粉末を指すものとする。
【0032】
前記鉄基粉末としては、Mn:0.04質量%以上0.15質量%以下、Si:0.01質量%以上0.10質量%以下、および残部のFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有する鉄基粉末を使用する。以下、その限定理由を説明する。
【0033】
Mn:0.04~0.15%
Mnは、鉄基粉末中に不可避的不純物として含まれる元素である。Mn含有量が0.15%を超えると、Mn酸化物の生成量が多くなる。Mn酸化物は、粉末冶金用鉄基混合粉の圧縮性を低下させるのみならず、焼結体内部の破壊の起点となるため、焼結体の強度を低下させる。そのため、Mn含有量は0.15%以下、好ましくは0.10%以下とする。一方、圧縮性向上の観点からはMn含有量が低いことが望ましいが、過度の低減は、Mn除去処理に要する時間の増加と、それによる製造コストの上昇を招く。そのため、Mn含有量は0.04%以上とする。
【0034】
Si:0.01~0.10%
Siは鉄基粉末中に不可避的不純物として含まれる元素である。Si含有量が0.10%を超えると、Si酸化物の生成量が多くなる。Si酸化物は、粉末冶金用鉄基混合粉の圧縮性を低下させるのみならず、焼結体内部の破壊の起点となるため、焼結体の強度を低下させる。そのため、Si含有量は0.10%以下、好ましくは0.05%以下とする。一方、圧縮性向上の観点からはSi含有量が低いことが望ましいが、過度の低減は、Si除去処理に要する時間の増加と、それによる製造コストの上昇を招く。そのため、Si含有量は0.01%以上とする。
【0035】
とくに限定されないが、前記鉄基粉末はアトマイズ粉であることが好ましい。前記アトマイズ粉は、ガスアトマイズ粉および水アトマイズ粉のいずれであってもよいが、水アトマイズ粉であることがより好ましい。前記アトマイズ粉は、アトマイズ後に、還元性雰囲気(例えば水素雰囲気)中で加熱してCとOを低減させる処理を施したものであることが好ましい。しかし、前記アトマイズ粉としては、このような熱処理を施していないアトマイズままの鉄基粉末を用いることもできる。
【0036】
前記鉄基粉末の粒子表面には、Moが拡散付着される。本発明では、前記部分拡散合金鋼粉におけるMo含有量を0.20%以上1.5%以下とする。以下、その限定理由を説明する。
【0037】
Mo:0.20~1.5%
Moは、焼入れ性を向上させる元素であり、Niに比べて少量の添加で十分な焼入れ性向上効果を得ることができる。前記部分拡散合金鋼粉におけるMo含有量が0.20%未満であると、Moによる強度向上効果が不十分となる。そのため、前記部分拡散合金鋼粉におけるMo含有量は0.20%以上、好ましくは0.40%以上とする。一方、前記Mo含有量が1.5%を超えると、Moによる焼結体の強度の向上効果が飽和することに加え、合金鋼粉の圧縮性が低下して成形用金型が損耗しやすくなる。そのため、前記部分拡散合金鋼粉におけるMo含有量は1.5%以下、好ましくは1.0%以下とする。
【0038】
このように、本発明では、上述した成分組成を有する鉄基粉末の粒子表面に、0.20~1.5%のMoが拡散付着した部分拡散合金鋼粉を使用する。したがって、本発明の一実施形態における部分拡散合金鋼粉は、鉄基粉末に由来するMnと、鉄基粉末に由来するSiと、拡散付着させたMoとを含み、残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有するということができる。
【0039】
前記不可避的不純物として含まれる成分およびその量はとくに限定されないが、可能な限り低減することが望ましい。例えば、前記不可避的不純物としてNiが含まれる場合、Niは材料コスト増加の原因となるため、Ni含有量を0.1%以下とすることが好ましい。また、前記不可避的不純物としてのC、O、P、S、およびNの含有量は、それぞれ以下の範囲とすることが好ましい。
C:0.01%以下
O:0.20%以下
P:0.025%以下
S:0.025%以下
N:0.05%以下
【0040】
上記のO含有量には、合金鋼粉中に不可避的に生成する酸化物に含まれる酸素の量も包含される。また、前記不可避的不純物として含まれる、上に挙げた以外の元素の合計量は、0.01%以下に抑制することが好ましい。
【0041】
見掛密度:2.8~3.6g/cm3
前記部分拡散合金鋼粉の見掛密度は、粉末冶金用鉄基混合粉の圧縮性に大きな影響を及ぼす重要な特性であり、合金鋼粉の粒子毎の形状や合金鋼粉の粉末全体における粒度分布などの特性によって決定づけられる。合金鋼粉の見掛密度が小さいほど、粉末冶金用鉄基混合粉を金型に充填した際の体積が大きくなる。そしてその結果、プレス成形時における合金鋼粉粒子の加工硬化が大きくなり、粒子の塑性変形が阻害されるため、成形体密度が低くなる。この成形体密度の低下は、前記部分拡散合金鋼粉の見掛密度が2.8g/cm3未満のとき特に顕著となる。そのため、前記部分拡散合金鋼粉の見掛密度は2.8g/cm3以上、好ましくは2.9g/cm3以上とする。一方、前記部分拡散合金鋼粉の見掛密度が3.6g/cm3より高い場合、圧縮性向上効果が飽和するのみならず、成形体の強度が低下することにより、プレス成形後に成形体を金型から抜出す際に割れが生じやすくなる。また、見掛密度を過度に高めようとすると、粒子毎の形状を球形に近づける処理や、合金鋼粉の粒度分布を双峰分布にする処理を行う必要が生じるため、製造コストが増加する。そのため、合金鋼粉の見掛密度は3.6g/cm3以下、好ましくは3.3g/cm3以下とする。前記見掛密度は、JIS Z 2504:2012に準拠して測定することができる。
【0042】
前記部分拡散合金鋼粉の粒径は、特に限定されず、任意の粒径とすることができる。製造の容易さの観点からは、前記部分拡散合金鋼粉の平均粒径を、30μm以上150μm以下とすることが好ましい。水アトマイズ法を利用することにより、上記平均粒径を有する合金鋼粉を工業的に低コストで製造することができる。ここで、平均粒径とは、質量基準におけるメジアン径を指すものとする。平均粒径(D50)は、JIS-Z2510に記載の乾式ふるい分け法で測定した粒度分布から質量基準の積算粒度分布を算出し、その値が50%となる粒径を内挿法で求めることができる。
【0043】
上記部分拡散合金鋼粉の製造方法は特に限定されないが、典型的には、上記鉄基粉末とMo原料粉末とを混合した後、高温で保持して鉄基粉末の表面にMoを拡散付着させることによって製造することができる。
【0044】
前記Mo原料粉末は、後述する拡散付着工程においてMo源として機能する粉末である。前記Mo原料粉末としては、元素としてのMoを含有する粉末であれば任意の粉末を用いることができ、したがって、前記Mo原料粉末としては、金属Mo粉末(Moのみからなる粉末)、Mo合金粉末、およびMo化合物粉末のいずれをも用いることができる。前記Mo合金粉末としては、例えば、Fe-Mo(フェロモリブデン)粉末や、5%以上のMoを含有するFe-Moのアトマイズ粉末を用いることができる。前記アトマイズ粉末はガスアトマイズ粉および水アトマイズ粉のいずれであっても良い。を用いることができる。前記Mo化合物粉末としては、入手の容易さおよび還元反応の容易さから、Mo酸化物を用いることが好ましい。これらのMo原料粉末は、単独で使用しても、複数を混合して使用してもよい。
【0045】
上記鉄基粉末とMo原料粉末とを混合する。前記混合の際には、最終的に得られる部分拡散合金鋼粉におけるMo含有量が上述した範囲となるように、鉄基粉末とMo含有粉末の配合量を調整する。混合方法については、特に制限はなく、例えば、ヘンシェルミキサーやコーン型ミキサーなどを用いて、常法に従い行うことができる。前記混合の際には、鉄基粉末とMo原料粉末との付着性を改善するために、マシン油等を0.1質量%以下の範囲で添加することも可能である。
【0046】
次いで、得られた混合物を、水素雰囲気等の還元性雰囲気にて、800~1000℃で熱処理することにより、Moが金属MoまたはMo含有合金として拡散付着した合金鋼粉が得られる。なお、前記鉄基粉末として、アトマイズままのCおよびOを多く含有する鉄基粉末を使用した場合には、前記熱処理でCとOを低減することができる。鉄基粉末にアトマイズままの鉄粉を用いた方が、拡散付着処理中にCとOが低減されて、鉄基粉末表面が活性になるため、金属MoまたはMo含有合金の拡散による付着が起こりやすく好ましい。
【0047】
上記の手順で得られた部分拡散合金鋼粉は、金属MoまたはMo含有合金と鉄基粉末とが接触する部位において、金属MoまたはMo含有合金中のMoの一部が鉄基粉末粒子中に拡散して、鉄基粉末表面に付着(以下、拡散付着ともいう)している。なお、Mo原料粉末としてMo酸化物粉を用いた場合には、前記の熱処理においてMo酸化物が金属Moの形態に還元される。その結果、金属Mo粉末またはMo含有合金粉末をMo原料粉末として用いた場合と同様に、拡散付着によって部分的にMo含有量が増加した状態が得られる。
【0048】
なお、このようにして熱処理(拡散付着処理を含む)を行なうと、通常は鉄基粉末と金属MoまたはMo含有合金が焼結した状態となるので、所望の粒径に粉砕・分級する。また、必要に応じさらに焼鈍を施すこともできる。
【0049】
[合金用金属粉末]
次に、本発明の粉末冶金用鉄基混合粉のもう一つの成分である合金用金属粉末について説明する。本発明の一実施形態における粉末冶金用鉄基混合粉は、前記合金用金属粉末として、見掛密度:0.5~2.0g/cm3のCu粉と、見掛密度:0.5~2.0g/cm3のNi粉の一方または両方を含む。ここで、合金用金属粉末が見掛密度:0.5~2.0g/cm3のCu粉を含むとは、該合金用金属粉末に含まれているCu粉の見掛密度が0.5~2.0g/cm3であることを意味する。同様に、合金用金属粉末が見掛密度:0.5~2.0g/cm3のNi粉を含むとは、該合金用金属粉末に含まれているNi粉の見掛密度が0.5~2.0g/cm3であることを意味する。
【0050】
そして、前記Cu粉およびNi粉の添加量は、それぞれ下記の条件を満たす必要がある。
・前記Cu粉の添加量が0~3.0質量%である。
・前記Ni粉の添加量が0~3.0質量%である。
・前記Cu粉と前記Ni粉の合計添加量が0.5質量%以上である。
ここで、前記Cu粉の添加量とは、前記部分拡散合金鋼粉および前記合金用金属粉末の合計質量に対する前記見掛密度を有するCu粉の質量の割合と定義される。同様に、前記Ni粉の添加量とは、前記部分拡散合金鋼粉および前記合金用金属粉末の合計質量に対する前記見掛密度を有するNi粉の質量の割合と定義される。そして、前記合計添加量とは、前記Cu粉の添加量と前記Ni粉の添加量の和と定義される。
【0051】
以下、Cu粉およびNi粉の添加量と見掛密度の限定理由を説明する。
【0052】
Cu粉:0~3.0%
Cuは、焼入れ性を向上させる元素であり、Niと比べて安価である点で有利である。しかし、焼結体の製造では一般に1130℃程度で焼結が行われるが、Cuは1083℃で溶融して液相となる。溶融したCuは、焼結体を膨張させて焼結後の密度を低下させる。Cu粉の添加量が3.0%より多いと、この密度低下に起因する焼結体の機械的特性の低下が顕著となる。そのため、Cu粉の添加量は3.0%以下、好ましくは2.0%以下とする。一方、Cu粉の添加量の下限については限定されず、0%であってよい。しかし、Cuによる焼入れ性向上効果を高めるという観点からは、Cu粉の添加量を0.5%以上とすることが好ましく、1.0%以上とすることがより好ましい。
【0053】
Cu粉の見掛密度:0.5~2.0g/cm3
Cu粉の見掛密度は混合粉の粉体特性および焼結特性に影響を及ぼす特性であり、Cu粉の粒子毎の大きさや形状、Cu粉の粒度分布などの特性によって決定づけられる。Cu粉の見掛密度が0.5g/cm3未満であると、粉体の流動性が悪化するため、金型に充填された混合粉の高さが高くなることに加えて、プレス成形時における合金鋼粉粒子の再配列が阻害される。そしてその結果、成形体の密度が低下する。そのため、Cu粉の見掛密度は0.5g/cm3以上、好ましくは1.0g/cm3以上とする。一方、Cu粉の見掛密度が2.0g/cm3より高いと液相焼結時の焼結膨張が大きくなることにより、結果として到達密度が低くなる。そのため、Cu粉の見掛密度は2.0g/cm3以下、好ましくは1.5g/cm3以下とする。前記見掛密度は、JIS Z 2504:2012に準拠して測定することができる。
【0054】
Ni粉:0~3.0%
Ni粉は、合金鋼粉の焼結反応を活性化し、焼結体の気孔を微細化して、焼結体の引張強さおよび耐衝撃性を高める作用を有する。しかし、Ni粉の添加量が3.0%より多いと、焼結体中の残留オーステナイトが著しく増加し、焼結体の強度が低下することに加え、原料コストも増加する。そのため、Ni粉の添加量は3.0%以下、好ましくは2.0%以下とする。一方、Ni粉の添加量の下限については限定されず、0%であってよい。しかし、Niによる焼結反応を活性化する効果を高めるという観点からは、Ni粉の添加量を0.5%以上とすることが好ましく、1.0%以上とすることがより好ましい。
【0055】
なお、前記Ni粉としては、特に限定されることなく任意のNi粉を用いることができる。好適に使用できるNi粉としては、例えば、Ni酸化物を還元して製造したNi粉や熱分解法で製造したカルボニルNi粉等を挙げることができる。
【0056】
Ni粉の見掛密度:0.5~2.0g/cm3
Ni粉の見掛密度は混合粉の粉体特性および焼結特性に影響を及ぼす特性であり、Ni粉の粒子毎の大きさや形状、Ni粉の粒度分布などの特性によって決定づけられる。Ni粉の見掛密度が0.5g/cm3未満であると、粉体の流動性が悪化するため、金型に充填された混合粉の体積が著しく増大することに加えて、プレス成形時における合金鋼粉粒子の粒子再配列が阻害される。そしてその結果、成形体の密度が低下する。そのため、Ni粉の見掛密度は0.5g/cm3以上、好ましくは1.0g/cm3以上とする。一方、Ni粉の見掛密度が2.0g/cm3より高いと焼結後の気孔が大きくなることにより、引張強さや衝撃値といった機械的性質が低下する。そのため、Ni粉の見掛密度は2.0g/cm3以下、好ましくは1.5g/cm3以下とする。前記見掛密度は、JIS Z 2504:2012に準拠して測定することができる。
【0057】
Cu粉と前記Ni粉の合計添加量:0.5%以上
上述したように、CuとNiは、いずれも焼結体の強度を向上させる作用を有する元素である。所望の強度を得るためには、前記Cu粉と前記Ni粉の合計添加量を0.5%以上とする必要がある。
【0058】
Ni粉の質量比:0.8以下
Cu-Ni合金は全率固溶体として知られており、Cu-Ni合金の融点は、Niの比率に応じて100%Cu-0%Niの時の1083℃から0%Cu-100%Niの時の1455℃まで上昇する。Cu粉とNi粉の合計質量に対するNi粉の質量の比(以下、質量比という)が0.8以下であれば、融点の上昇が抑制されるため、Cu粉の液相焼結が阻害されず、焼結促進効果が高くなる。そしてその結果、強度と耐衝撃性をさらに向上させることができる。そのため、Ni粉の質量比は0.8以下とすることが好ましく、0.5以下とすることが好ましい。Ni粉の質量比の下限はとくに限定されないが、より高い焼結密度を得るためには、0.2以上とすることが好ましい。
【0059】
本発明の他の実施形態においては、前記合金用金属粉末は、実質的に、見掛密度:0.5~2.0g/cm3のCu粉と、見掛密度:0.5~2.0g/cm3のNi粉の一方または両方からなるものであってもよい。
【0060】
本発明の他の実施形態における粉末冶金用鉄基混合粉は、上記部分拡散合金鋼粉および合金用金属粉末に加え、さらに任意に他の成分を含有することができる。前記他の成分としては、例えば、炭素粉、潤滑剤、および切削性改善用粉末の少なくとも一つを含有することができる。
【0061】
・炭素粉
炭素粉を添加することにより、焼結体の強度をさらに向上させることができる。前記炭素粉としては、特に限定されず任意の炭素粉を用いることができる。前記炭素粉としては、例えば、黒鉛粉およびカーボンブラックの一方または両方を用いることができる。前記黒鉛粉としては、天然黒鉛粉と人造黒鉛粉のいずれも用いることができる。炭素粉を添加する場合、強度向上効果の点から、該炭素粉の配合量は、前記部分拡散合金鋼粉と合金用金属粉末の合計100質量部に対し、0.2質量部以上とすることが好ましい。一方、該炭素粉の配合量は、前記部分拡散合金鋼粉と合金用金属粉末の合計100質量部に対し、1.2質量部以下とすることが好ましい。
【0062】
・潤滑剤
潤滑剤を含有させることで、成形体の金型からの抜出を容易にすることができる。前記潤滑剤としては、特に限定されることなく任意の潤滑剤を使用することができる。前記潤滑剤としては、例えば、金属石鹸およびアミド系ワックスの一方または両方を用いることができる。前記金属石鹸としては、例えば、ステアリン酸亜鉛、ステアリン酸リチウム等が挙げられる。また、前記アミド系ワックスとしては、例えば、エチレンビスステアリン酸アミド等が挙げられる。
【0063】
前記潤滑剤は、粉末状であることが好ましい。潤滑剤を使用する場合、該潤滑剤の添加量は、上記部分拡散合金鋼粉と合金用金属粉末の合計100質量部に対し、0.3質量部以上1.0質量部以下とすることが好ましい。
【0064】
・切削性改善用粉末
前記切削性改善用粉末としては、特に限定されることなく任意の切削性改善用粉末を用いることができる。前記切削性改善用粉末としては、例えば、MnS粉末および酸化物粉末の一方または両方を用いることができる。切削性改善用粉末を使用する場合、該切削性改善用粉末の添加量は、上記部分拡散合金鋼粉と合金用金属粉末の合計100質量部に対し、0.1質量部以上0.7質量部以下とすることが好ましい。
【0065】
[混合粉の製造方法]
本発明の粉末冶金用鉄基混合粉は、特に限定されることなく任意の方法で製造することができる。例えば、上記合金鋼粉に対して合金用金属粉末を、上記の添加量となるように混合することによって製造することができる。前記混合は、任意の方法で行うことができる。例えば、V型混合機、ダブルコーン型混合機、へンシェルミキサ、ナウターミキサ等を用いて混合することができる。混合時には、Cu粉およびNi粉の偏析防止のために、マシン油等を添加してもよい。あるいは、上記合金鋼粉および合金用金属粉末を、上記添加量となるよう、加圧成形用の金型に充填して混合粉としてもよい。
【0066】
[鉄基焼結体]
本発明の一実施形態における鉄基焼結体は、上記粉末冶金用鉄基混合粉を用いた焼結体を浸炭、焼入れおよび焼戻してなる鉄基焼結体である。
【0067】
本発明の一実施形態における鉄基焼結体は、上記粉末冶金用鉄基混合粉を加圧成形して成形体とし、前記成形体を焼結して焼結体とし、さらに前記焼結体に熱処理を施すことにより製造することができる。以下、各工程について説明する。
【0068】
(加圧成形)
まず、上記粉末冶金用鉄基混合粉を所望の形状に加圧成形して成形体とする。前記加圧成形に際しては、前記粉末冶金用鉄基混合粉に、任意に副原料、潤滑剤、切削性改善用粉末等を配合してもよい。前記加圧成形の方法は、特に限定されず、任意の方法を用いることができ、例えば、混合粉を金型内に充填して、加圧成形する方法が挙げられる。金型に潤滑剤を塗布または付着させることもでき、その際の潤滑剤の量は、上記部分拡散合金鋼粉と合金用金属粉末の合計100質量部に対し、0.3質量部以上1.0質量部以下とすることが好ましい。
【0069】
加圧成形の圧力は、400MPa以上1000MPa以下とすることができる。しかし、圧力が600MPaを超えると、金型の損耗が大きくなって製造コストが増大する。そのため、圧力は400~600MPaとすることが好ましい。本発明の粉末冶金用鉄基混合粉によれば、例えば、成形圧588MPaの条件で、成形体の密度を7.10g/cm3以上とすることができる。
【0070】
(焼結)
焼結の方法は、特に限定されず、任意の方法で行うことができる。焼結温度は、十分に焼結を進行させる点から、1100℃以上とすることができ、1120℃以上とすることが好ましい。一方、焼結温度が高いほど焼結体中のCuやMoの分布が均一となるため、焼結温度の上限は特に限定されないが、製造コストの抑制の点から、焼結温度は1250℃以下が好ましく、1180℃以下がより好ましい。
【0071】
焼結時間は、15分以上50分以下とすることができる。この範囲であれば、焼結不足となり、強度不足となることが回避でき、製造コストも抑制することができる。焼結後の冷却の際の冷却速度は、20℃/分以上40℃/分以下とすることができる。冷却速度20℃/分未満では、十分に焼入れを行うことができず、引張強さが低下し得る。冷却速度40℃/分超では、冷却速度を促進する付帯設備が必要となり、製造コストが増加する。
【0072】
潤滑剤を使用する場合、潤滑剤を分解除去するため、成形体を400℃以上700℃以下の温度範囲で一定時間保持する脱脂工程を焼結前に実施してもよい。
【0073】
上記以外の焼結体の製造条件や設備等は、特に限定されず、任意のものを適用することができる。
【0074】
(熱処理)
得られた鉄基焼結体に対して、さらに熱処理を施すこともできる。熱処理を施すことにより、焼結体の強度をさらに高めることができる。前記熱処理としては、急冷を伴う処理を行うことが好ましく、例えば、浸炭焼入れ、光輝焼入れ、高周波焼入れ、浸炭窒化熱処理等の強化処理を施すことができる。また、急冷後の焼結体には焼き戻し等といった耐衝撃性の回復処理を施しても良い。焼き戻し温度は100~300℃程度とすることが好ましい。
【0075】
本発明の一実施形態における鉄基焼結体は、上記粉末冶金用鉄基混合粉を所望の形状に加圧成形して成形体とし、前記成形体を焼結して焼結体とし、前記焼結体に対して、浸炭、焼入れ、および焼戻しを順次施すことによって得ることができる。
【実施例0076】
次に、実施例に基づいて本発明をさらに具体的に説明する。以下の実施例は、本発明の好適な一例を示すものであり、本発明は、これらによって限定されるものではない。
【0077】
以下の手順で粉末冶金用鉄基混合粉を製造した。
【0078】
まず、水アトマイズ法により、表1~3に示す成分組成を有する鉄基粉末を作製した。前記鉄基粉末に不可避的不純物として含まれるPおよびSの量は、P:0.025質量%未満、S:0.025質量%未満であった。
【0079】
得られた鉄基粉末に、Mo原料粉末としてMoO3粉末を添加し、V型混合器で15分間混合した。その後、水素雰囲気中で熱処理を行って、前記MoO3粉末を還元し、鉄基粉末の粒子表面にMoを拡散付着させた。前記熱処理は、温度900℃、時間60分の条件で行った。
【0080】
前記熱処理の後、粒子同士が焼結されて塊状となっている熱処理体を、ハンマーミルを用いて粉砕し、目開きが180μmの篩で分級して、篩下の粉を採取し、部分拡散合金鋼粉を得た。前記部分拡散合金鋼粉に不純物として含まれるC、O、およびNの量は、C:0.01質量%未満、O:0.20質量%未満、N:0.05質量%未満であった。
【0081】
得られた部分拡散合金鋼粉に、表1~3に示した合金用金属粉末と、黒鉛粉、潤滑剤を添加し、ダブルコーン型混合機を用いて混合して粉末冶金用鉄基混合粉を得た。前記黒鉛粉の添加量は、前記部分拡散合金鋼粉と合金用金属粉末の合計100質量部に対し0.3質量部とした。また、前記潤滑剤としてはステアリン酸亜鉛を使用し、添加量は前記部分拡散合金鋼粉と合金用金属粉末の合計100質量部に対し0.5質量部とした。
【0082】
使用した部分拡散合金鋼粉、Cu粉、およびNi粉の見掛密度は表1~3に記載したとおりであった。前記見掛密度は、JIS Z 2504:2012に準拠して測定した。
【0083】
次に、得られた粉末冶金用鉄基混合粉の特性を評価するために、該粉末冶金用鉄基混合粉を用い、以下の手順で焼結体を製造した。
【0084】
粉末冶金用鉄基混合粉を成形圧588MPaで成形し、10mm×10mm×55mmの直方体形状の成形体とした。得られた成形体の重量を測定し、前記重量を成形体の体積で割ることにより成形体の密度を求めた。得られた成形体の密度は表1~3に記載したとおりであった。
【0085】
次いで、得られた成形体をRX雰囲気(N2-32体積%H2-24体積%CO-0.3体積%CO2)中で焼結(保持温度1130℃、保持時間20分)し、焼結体とした。得られた焼結体にカーボンポテンシャル0.8質量%でガス浸炭(保持温度870℃、保持時間60分)した後、焼入れ(温度60℃、油焼入れ)および焼戻し(保持温度200℃、保持時間60分)を行なった。なお、カーボンポテンシャルは、鋼を加熱する雰囲気の浸炭能力を示す指標であり、その温度で、そのガス雰囲気と平衡に達したときの鋼の表面の炭素濃度で表わす。
【0086】
得られた焼結体の密度を、JIS Z 2501に準拠して測定した。また、焼結体の強度と耐衝撃性を評価するために、引張強さと衝撃値を測定した。引張強さは、JIS Z 2241で規定される引張試験により測定した。前記引張試験は、前記焼結体から採取した、平行部の直径が5mmの試験片を使用し、室温で実施した。前記引張試験で測定された破断前最大応力を引張強さとした。また、衝撃値は、室温でJIS Z 2242に準拠して吸収エネルギーを測定し、該吸収エネルギーを試験片の断面積で除した値を衝撃値とした。測定結果は表1~3に示したとおりであった。
【0087】
表1~3に示した結果から分かるように、本発明の条件を満たす粉末冶金用鉄基混合粉を用いた例では、成形体及び焼結体の密度が高く、粉末の圧縮性に優れていることが分かる。また、本発明の条件を満たす粉末冶金用鉄基混合粉を用いた例では、高い引張強さと衝撃値を兼ね備えた焼結体が得られた。具体的には、引張強さが1200MPa以上であり、衝撃値が13J/cm2以上であった。このように、本発明によれば、成形圧力が600MPa未満の一般的な製造プロセスにおいて、極めて優れた特性の焼結体を製造することができる。これに対して本発明の条件を満たす粉末冶金用鉄基混合粉を用いた例では、圧縮性、強度、耐衝撃性の少なくとも一つが劣っていた。
【0088】
【0089】
【0090】