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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023121264
(43)【公開日】2023-08-31
(54)【発明の名称】変異ウイルスの検出方法
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/70 20060101AFI20230824BHJP
   C12Q 1/686 20180101ALI20230824BHJP
   C12Q 1/6888 20180101ALI20230824BHJP
   C12N 15/09 20060101ALI20230824BHJP
【FI】
C12Q1/70
C12Q1/686 Z
C12Q1/6888 Z
C12N15/09 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】30
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022024507
(22)【出願日】2022-02-21
(71)【出願人】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】弁理士法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】四方 正光
【テーマコード(参考)】
4B063
【Fターム(参考)】
4B063QA01
4B063QA13
4B063QA19
4B063QQ03
4B063QQ10
4B063QQ28
4B063QQ52
4B063QR08
4B063QR35
4B063QR56
4B063QR62
4B063QR79
4B063QS25
4B063QS34
4B063QX02
(57)【要約】      (修正有)
【課題】RNAウイルス変異株を、迅速に、かつ偽陰性を生じることなく検出する方法を提供する。
【解決手段】検体中のRNAウイルスを検出する方法であって、
以下の(1)~(5)の存在下でPCRを行う工程;
(1)前記RNAウイルスから逆転写反応により調製されたcDNAおよび内部コントロールDNA
(2)前記RNAウイルスの変異頻度が相対的に低い遺伝子を増幅する1以上のPCRプライマー対および変異頻度が相対的に高い遺伝子を増幅する1以上のPCRプライマー対、ならびに前記内部コントロールDNAを増幅するPCRプライマー対
(3)増幅された前記変異頻度が相対的に低い遺伝子、前記変異頻度が相対的に高い遺伝子および内部コントロールDNAのそれぞれを検出するためのオリゴヌクレオチド蛍光標識プローブ
(4)DNAポリメラーゼおよび逆転写酵素
(5)PCR緩衝液
を含む、前記方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
検体中のRNAウイルスを検出する方法であって、
以下の(1)~(5)の存在下でPCRを行う工程;
(1)前記RNAウイルスから逆転写反応により調製されたcDNAおよび内部コントロールDNA
(2)前記RNAウイルスの変異頻度が相対的に低い遺伝子を増幅する1以上のPCRプライマー対および変異頻度が相対的に高い遺伝子を増幅する1以上のPCRプライマー対、ならびに前記内部コントロールDNAを増幅するPCRプライマー対
(3)増幅された前記変異頻度が相対的に低い遺伝子、前記変異頻度が相対的に高い遺伝子および内部コントロールDNAのそれぞれを検出するためのオリゴヌクレオチド蛍光標識プローブ
(4)DNAポリメラーゼおよび逆転写酵素
(5)PCR緩衝液
増幅された前記変異頻度が相対的に低い遺伝子および前記変異頻度が相対的に高い遺伝子を検出する工程;および、
検出された前記変異頻度が相対的に高い遺伝子の存在量に基づき、前記検体中に変異したRNAウイルスが存在するか否かを判定する工程;
を含む、前記方法。
【請求項2】
前記変異頻度が相対的に低い遺伝子が、前記RNAウイルスのヌクレオカプシドタンパク質をコードする遺伝子(N遺伝子)である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記変異頻度が相対的に高い遺伝子が、前記RNAウイルスのスパイクタンパク質をコードする遺伝子(S遺伝子)である、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
前記RNAウイルスが、新型コロナウイルスである、請求項1~3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
前記S遺伝子増幅用の1以上のPCRプライマー対が、K417N、K417T、N440K、G446S、L452R、S477N、T478K、E484A、E484K、E484Q、Q493K、G496S、Q498R、N501Y、Y505H、A570D、H655Y、N679K、P681R、P681H、V1176Fおよびdel69/70の変異をコードするS遺伝子領域をそれぞれ増幅することのできるPCRプライマー対から選択される、請求項4に記載の方法。
【請求項6】
前記S遺伝子増幅用のPCRプライマー対が、さらに、野生型501NをコードするS遺伝子領域を増幅することのできるPCRプライマー対を含む、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
前記内部コントロールDNAが、概ね50~200bpであって、GC含量が概ね40~60%である、請求項1~6のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
前記PCRを行う工程前に、検体を、水酸化ナトリウムを主成分とする検体処理液と混合する工程をさらに含む、請求項1~7のいずれか1項に記載の方法。
【請求項9】
前記PCRを行う工程前に、検体を、水酸化ナトリウムを主成分とする検体処理液と混合し、得られた混合液を、常温~95℃で3~5分間インキュベーションする工程をさらに含む、請求項1~8のいずれか1項に記載の方法。
【請求項10】
前記検体処理液が、グリコールエーテルジアミン四酢酸および/またはジチオスレイトーを含む、請求項8または9に記載の方法。
【請求項11】
前記検体処理液が、界面活性剤を含む、請求項8~10のいずれか1項に記載の方法。
【請求項12】
前記界面活性剤が、非イオン性界面活性剤である、請求項11に記載の方法。
【請求項13】
前記検体が、生物試料、生物由来試料、環境試料および環境由来試料からなる群から選ばれる、請求項1~12のいずれか1項に記載の方法。
【請求項14】
前記検体が、排泄物試料、排泄物由来試料、嘔吐物および嘔吐物由来試料からなる群から選ばれる、請求項1~12のいずれか1項に記載の方法。
【請求項15】
前記PCR緩衝液が、KCl、MgClおよびdNTPミックス(dATP、dGTP、dCTPおよびdTTPからなる混合物)を含むトリス緩衝液である、請求項1~14のいずれか1項に記載の方法。
【請求項16】
前記PCR緩衝液が、DNAポリメラーゼに吸着する生体由来の負電荷物質およびDNAに吸着する生体由来の正電荷物質であってPCRを阻害する物質に結合し、前記負電荷物質および正電荷物質のPCR阻害作用を中和する物質を含む、請求項1~15のいずれか1項に記載の方法。
【請求項17】
検体中のRNAウイルスを検出するキットであって、
(1)内部コントロールDNA;
(2)前記RNAウイルスの変異頻度が相対的に低い遺伝子を増幅する1以上のPCRプライマー対および変異頻度が相対的に高い遺伝子を増幅する1以上のPCRプライマー対、ならびに前記内部コントロールDNAを増幅するPCRプライマー対;
(3)増幅された前記変異頻度が相対的に低い遺伝子、前記変異頻度が相対的に高い遺伝子および内部コントロールDNAのそれぞれを検出するためのオリゴヌクレオチド蛍光標識プローブ;
(4)DNAポリメラーゼおよび逆転写酵素;ならびに
(5)PCR緩衝液;
を含む前記キット。
【請求項18】
前記変異頻度が相対的に低い遺伝子が、前記RNAウイルスのヌクレオカプシドをコードする遺伝子(N遺伝子)である、請求項17に記載のキット。
【請求項19】
前記変異頻度が相対的に高い遺伝子が、前記RNAウイルスのスパイクタンパク質をコードする遺伝子(S遺伝子)である、請求項17または18に記載のキット。
【請求項20】
前記RNAウイルスが、新型コロナウイルスである、請求項17~19のいずれか1項に記載のキット。
【請求項21】
前記S遺伝子増幅用の1以上のPCRプライマー対が、N501Y、E484K、L452R、E484Q、T478K、P681R、P681H、K417T、A570D、K417N、V1176Fおよびdel69/70の変異をコードするS遺伝子領域をそれぞれ増幅することのできるPCRプライマー対から選択される、請求項20に記載のキット。
【請求項22】
前記S遺伝子増幅用のPCRプライマー対が、さらに、野生型501NをコードするS遺伝子領域を増幅することのできるPCRプライマー対を含む、請求項21に記載のキット。
【請求項23】
前記内部コントロールDNAが、概ね50~200bpであって、GC含量が概ね40~60%である、請求項17~22のいずれか1項に記載のキット。
【請求項24】
さらに、検体と混合するための、水酸化ナトリウムを主成分とする検体処理液を含む、請求項17~23のいずれか1項に記載のキット。
【請求項25】
前記検体処理液が、グリコールエーテルジアミン四酢酸および/またはジチオスレイトーを含む、請求項24に記載のキット。
【請求項26】
前記検体処理液が、界面活性剤を含む、請求項24または25に記載のキット。
【請求項27】
前記界面活性剤が、非イオン性界面活性剤である、請求項26に記載のキット。
【請求項28】
前記内部コントロールDNAが、概ね50~200bpであって、GC含量が概ね40~60%である、請求項17~27のいずれか1項に記載のキット。
【請求項29】
前記PCR緩衝液が、KCl、MgClおよびdNTPミックス(dATP、dGTP、dCTPおよびdTTPからなる混合物)を含むトリス緩衝液である、請求項17~28のいずれか1項に記載のキット。
【請求項30】
前記PCR緩衝液が、DNAポリメラーゼに吸着する生体由来の負電荷物質およびDNAに吸着する生体由来の正電荷物質であってPCRを阻害する物質に結合し、前記負電荷物質および正電荷物質のPCR阻害作用を中和する物質を含む、請求項17~29のいずれか1項に記載のキット。


【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、検体中のRNAウイルスの検出方法であって、ウイルス感染または汚染の有無および変異ウイルスの存在の有無を同時に検出する方法、および当該方法を実行するためのキットに関する。
【背景技術】
【0002】
ウイルス感染症において、ウイルスの感染力、ウイルス感染後の疾患重篤化の可能性およびウイルス感染に対する薬物効果を予測するためには、変異株の出現を検知することは重要である。例えば、RNAウイルスである新型コロナウイルスは、SARSコロナウイルス2型(SARS-CoV-2)と呼ばれ、2019年末には急性呼吸器疾患を引き起こすことが判明した。SARS-CoV-2の初発流行地は中国湖北省武漢市とされているが、その後世界的に流行し、世界各地で、ゲノムRNAを構成する塩基配列が野生株とは異なる変異株の出現が報告されている。これらの変異株の中には、野生株と比較して感染力が増加した変異株が含まれるため、公衆衛生上、変異株の監視は重要である。またSARS-CoV-2に対するワクチンまたはSARS-CoV-2感染症治療薬の効果を予測する上で、変異株を検出することは非常に重要である。
【0003】
SARS-CoV-2に感染したかどうかの判定のために、国立感染症研究所から、PCR(polymerase chain reaction)法によりSARS-CoV-2を検出する方法が公表されている(非特許文献1)。この方法は、RNAウイルスであるSARS-CoV-2を含む検体からウイルス由来のRNAを抽出し、抽出したRNAを、RT(reverse transcription)-PCR(RT-PCR)によりcDNAとして増幅し、SARS-CoV-2を検出する方法である。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】国立感染症研究所 病原体検出マニュアル 2019-nCoV
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
インフルエンザウイルス、エイズウイルスおよびコロナウイルスは、一本鎖のRNAをゲノムとして持つウイルスであるが、これらのウイルスにおいては遺伝子変異の生じる頻度が高いことが報告されている。また、ゲノムの変異において、ウイルスのヌクレオカプシド(Nucleocapsid)タンパク質をコードする遺伝子(N遺伝子)は、通常遺伝子変異が起こりにくいが、ウイルス表面に存在し、感染力と関係するスパイク状のタンパク質(スパイクタンパク質)をコードする遺伝子(S遺伝子)は、変異を生じやすいことが報告されている。例えば、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)では、短期間に多くの変異株が報告されているが、これらはS遺伝子変異に起因する変異株である。
【0006】
RT-PCRおよびPCR産物にハイブリダイズするオリゴヌクレオチドプローブを用いる新型コロナウイルスの検出において、N遺伝子のみを検出対象とするPCRプライマーを用いる場合、基本的にそのウイルスの存在を検出することができるが、変異株であるかどうかの判断は困難である。一方、S遺伝子のみを新型コロナウイルスの検出対象とするPCRプライマーを用いる場合、S遺伝子においてPCRプライマーにより挟み込み、増幅対象とした領域が変異した変異株の存在を検出することができるが、S遺伝子において増幅対象としなかった他の領域が変異した変異株は検出することができない。その結果、ウイルス感染または汚染をも検出することができない。したがって、ウイルス感染または汚染を検出し、かつ該ウイルスが変異株かどうかを判定するためには、先ずN遺伝子の存在を検査し、N遺伝子が陽性であった場合に、さらにS遺伝子の変異の有無および種類を検査しなければならない。
【0007】
このような状況に鑑み、本発明の目的は、ウイルス変異株を、迅速に、かつ偽陰性を生じることなく検出する方法および当該方法を実行するためのキットを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
すなわち、本発明の目的は、以下の発明により達成される。
〔1〕検体中のRNAウイルスを検出する方法であって、
以下の(1)~(5)の存在下でPCRを行う工程;
(1)前記RNAウイルスから逆転写反応により調製されたcDNAおよび内部コントロールDNA
(2)前記RNAウイルスの変異頻度が相対的に低い遺伝子を増幅する1以上のPCRプライマー対および変異頻度が相対的に高い遺伝子を増幅する1以上のPCRプライマー対、ならびに前記内部コントロールDNAを増幅するPCRプライマー対
(3)増幅された前記変異頻度が相対的に低い遺伝子、前記変異頻度が相対的に高い遺伝子および内部コントロールDNAのそれぞれを検出するためのオリゴヌクレオチド蛍光標識プローブ
(4)DNAポリメラーゼおよび逆転写酵素
(5)PCR緩衝液
増幅された前記変異頻度が相対的に低い遺伝子および前記変異頻度が相対的に高い遺伝子を検出する工程;および、
検出された前記変異頻度が相対的に高い遺伝子の存在量に基づき、前記検体中に変異したRNAウイルスが存在するか否かを判定する工程;
を含む、前記方法。
〔2〕前記変異頻度が相対的に低い遺伝子が、前記RNAウイルスのヌクレオカプシドタンパク質をコードする遺伝子(N遺伝子)である、〔1〕に記載の方法。
〔3〕前記変異頻度が相対的に高い遺伝子が、前記RNAウイルスのスパイクタンパク質をコードする遺伝子(S遺伝子)である、〔1〕または〔2〕に記載の方法。
〔4〕前記RNAウイルスが、新型コロナウイルスである、〔1〕~〔3〕のいずれかに記載の方法。
〔5〕前記S遺伝子増幅用の1以上のPCRプライマー対が、K417N、K417T、N440K、G446S、L452R、S477N、T478K、E484A、E484K、E484Q、Q493K、G496S、Q498R、N501Y、Y505H、A570D、H655Y、N679K、P681R、P681H、V1176Fおよびdel69/70の変異をコードするS遺伝子領域をそれぞれ増幅することのできるPCRプライマー対から選択される、〔4〕に記載の方法。
〔6〕前記S遺伝子増幅用のPCRプライマー対が、さらに、野生型501NをコードするS遺伝子領域を増幅することのできるPCRプライマー対を含む、〔5〕に記載の方法。
〔7〕前記内部コントロールDNAが、概ね50~200bpであって、GC含量が概ね40~60%である、〔1〕~〔6〕のいずれかに記載の方法
〔8〕前記PCRを行う工程前に、検体を、水酸化ナトリウムを主成分とする検体処理液と混合する工程をさらに含む、〔1〕~〔7〕のいずれかに記載の方法。
〔9〕前記PCRを行う工程前に、検体を、水酸化ナトリウムを主成分とする検体処理液と混合し、得られた混合液を、常温~95℃で3~5分間インキュベーションする工程をさらに含む、〔1〕~〔8〕のいずれかに記載の方法。
〔10〕前記検体処理液が、グリコールエーテルジアミン四酢酸および/またはジチオスレイトーを含む、〔8〕または〔9〕に記載の方法。
〔11〕前記検体処理液が、界面活性剤を含む、〔8〕~〔10〕のいずれかに記載の方法。
〔12〕前記界面活性剤が、非イオン性界面活性剤である、〔11〕に記載の方法。
〔13〕前記検体が、生物試料、生物由来試料、環境試料および環境由来試料からなる群から選ばれる、〔1〕~〔12〕のいずれかに記載の方法。
〔14〕前記検体が、排泄物試料、排泄物由来試料、嘔吐物および嘔吐物由来試料からなる群から選ばれる、〔1〕~〔12〕のいずれかに記載の方法。
〔15〕前記PCR緩衝液が、KCl、MgClおよびdNTPミックス(dATP、dGTP、dCTPおよびdTTPからなる混合物)を含むトリス緩衝液である、〔1〕~〔14〕のいずれかに記載の方法。
〔16〕前記PCR緩衝液が、DNAポリメラーゼに吸着する生体由来の負電荷物質およびDNAに吸着する生体由来の正電荷物質であってPCRを阻害する物質に結合し、前記負電荷物質および正電荷物質のPCR阻害作用を中和する物質を含む、〔1〕~〔15〕いずれかに記載の方法。
〔17〕検体中のRNAウイルスを検出するキットであって、
(1)内部コントロールDNA;
(2)前記RNAウイルスの変異頻度が相対的に低い遺伝子を増幅する1以上のPCRプライマー対および変異頻度が相対的に高い遺伝子を増幅する1以上のPCRプライマー対、ならびに前記内部コントロールDNAを増幅するPCRプライマー対;
(3)増幅された前記変異頻度が相対的に低い遺伝子、前記変異頻度が相対的に高い遺伝子および内部コントロールDNAのそれぞれを検出するためのオリゴヌクレオチド蛍光標識プローブ;
(4)DNAポリメラーゼおよび逆転写酵素;ならびに
(5)PCR緩衝液;
を含む前記キット。
〔18〕前記変異頻度が相対的に低い遺伝子が、前記RNAウイルスのヌクレオカプシドをコードする遺伝子(N遺伝子)である、〔17〕に記載のキット。
〔19〕前記変異頻度が相対的に高い遺伝子が、前記RNAウイルスのスパイクタンパク質をコードする遺伝子(S遺伝子)である、〔17〕または〔18〕に記載のキット。
〔20〕前記RNAウイルスが、新型コロナウイルスである、〔17〕~〔19〕のいずれかに記載のキット。
〔21〕前記S遺伝子増幅用の1以上のPCRプライマー対が、N501Y、E484K、L452R、E484Q、T478K、P681R、P681H、K417T、A570D、K417N、V1176Fおよびdel69/70の変異をコードするS遺伝子領域をそれぞれ増幅することのできるPCRプライマー対から選択される、〔20〕に記載のキット。
〔22〕前記S遺伝子増幅用のPCRプライマー対が、さらに、野生型501NをコードするS遺伝子領域を増幅することのできるPCRプライマー対を含む、〔21〕に記載のキット。
〔23〕前記内部コントロールDNAが、概ね50~200bpであって、GC含量が概ね40~60%である、〔17〕~〔22〕のいずれかに記載のキット。
〔24〕さらに、検体と混合するための、水酸化ナトリウムを主成分とする検体処理液を含む、〔17〕~〔23〕のいずれかに記載のキット。
〔25〕前記検体処理液が、グリコールエーテルジアミン四酢酸および/またはジチオスレイトーを含む、〔24〕に記載のキット。
〔26〕前記検体処理液が、界面活性剤を含む、〔24〕または〔25〕に記載のキット。
〔27〕前記界面活性剤が、非イオン性界面活性剤である、〔26〕に記載のキット。
〔28〕前記内部コントロールDNAが、概ね50~200bpであって、GC含量が概ね40~60%である、〔17〕~〔27〕のいずれかに記載のキット。
〔29〕前記PCR緩衝液が、KCl、MgClおよびdNTPミックス(dATP、dGTP、dCTPおよびdTTPからなる混合物)を含むトリス緩衝液である、〔17〕~〔28〕のいずれかに記載のキット。
〔30〕前記PCR緩衝液が、DNAポリメラーゼに吸着する生体由来の負電荷物質およびDNAに吸着する生体由来の正電荷物質であってPCRを阻害する物質に結合し、前記負電荷物質および正電荷物質のPCR阻害作用を中和する物質を含む、〔17〕~〔29〕のいずれかに記載のキット。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、検体中のRNAウイルスの存在を、前記RNAウイルスの変異頻度が相対的に低い遺伝子(例えば、新型コロナウイルスのN遺伝子)を増幅することにより検出し、同時に、RNAウイルス変異株の存在を、前記RNAウイルスの変異頻度が相対的に高い遺伝子(例えば、新型コロナウイルスのS遺伝子)を増幅することにより検出するため、RNAウイルスまたはRNAウイルス変異株を、迅速に、かつウイルスの存在について偽陰性を生じることなく検出することができる。例えば、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の存在を、変異頻度が相対的に低い遺伝子であるN遺伝子の増幅により検出し、同時に、感染力と関係し、変異頻度が相対的に高い遺伝子であるS遺伝子の変異領域を増幅することにより変異株を検出するため、目的とする変異株を1回の検査で、短時間で検出することができる。検体に別の新たなSARS-CoV-2変異株が含まれるとしても、N遺伝子は検出されるため、SARS-CoV-2の存在が偽陰性となることはない。また本発明によれば、PCRにおいて内部コントロールDNAが添加されるため、PCRが適切に進行したか否かを判断することができる。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明における検体としては、生物試料、生物由来試料、環境試料および環境由来試料などが挙げられる。生物試料には、細胞、組織および/または臓器の破砕物および抽出液が含まれる。組織または臓器としては、脳、脊髄、骨髄、結膜、角膜、硝子体、心臓、僧帽弁、三尖弁、肺、胸膜、肝臓、脾臓、腹膜、腸、リンパ節および皮膚などが挙げられる。生物試料には、さらに、全血、血漿および血清などを含む血液ならびに血液関連試料、リンパ液、唾液、鼻汁、咽頭拭い液、鼻腔拭い液、汗、涙液、組織液(組織間液、細胞間液および間質液)、体腔液(腹水、胸水、心嚢液、脳脊髄液、関節液および眼房水)、胸腔、腹腔、頭蓋腔もしくは脊柱管内の滲出液(胸水または腹水等)が含まれる。生物試料は、遠心分離し、遠心分離による上清または遠心沈渣を検体としてもよい。生物試料には、前記生体試料を培養液、緩衝液および検体保存液などと混合したものも含まれる。前記緩衝液としては、特に限定されないが、リン酸緩衝液、トリス緩衝液、ホウ酸緩衝液、HEPESなどのグッド(Good)緩衝液が挙げられる。生物由来試料には、前記生体試料に対して、例えばソニケーションなどにより処理をしたものが含まれる。環境試料には、大気、土壌、塵埃、水などを含むあらゆる試料が含まれる。環境由来試料には、前記環境試料に対して、例えばソニケーションなどにより処理をしたものが含まれる。
【0011】
本発明の別の実施態様として、検体としては、排泄物試料、排泄物由来試料、嘔吐物および嘔吐物由来試料などが挙げられる。排泄物試料および嘔吐物試料は、そのまま検体とすることもできるが、蒸留水、生理食塩水または緩衝液により希釈または懸濁してもよい。前記緩衝液としては、特に限定されないが、リン酸緩衝液、トリス緩衝液、ホウ酸緩衝液、HEPESなどのグッド(Good)緩衝液が挙げられる。前記試料の懸濁液は遠心分離し、遠心上清を検体として使用してもよい。排泄物由来試料および嘔吐物由来試料には、拭き取り試料が含まれる。拭き取り試料とは、手指、食器、調理設備、トイレ設備、住宅設備などを綿棒、カット綿などで拭き取ったものをリン酸緩衝液などに溶出させたものである。
【0012】
本発明において、検出対象となるウイルスは、RNAウイルスである。RNAウイルスは、ゲノムとしてRNAを持つウイルスであり、脂質二重層からなる膜であるエンベロープを持つコロナウイルス、インフルエンザウイルス、ヒト免疫不全ウイルス、C型肝炎ウイルス、日本脳炎ウイルスおよびデングウイルスなど、またエンベロープを持たないノロウイルス、ロタウイルスおよびライノウイルスなどが挙げられるが、これらに限定されることはない。コロナウイルスには、SARSコロナウイルス(SARS-CoV)、MERSコロナウイルス(MERS-CoV)および新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)が含まれる。RNAウイルスのゲノムRNAは、逆転写酵素を用いる逆転写反応によりcDNAを生成させることによって「ウイルスから調製されたDNA」となる。RNAウイルスから逆転写反応により得られたcDNAである「ウイルスから調製されたDNA」は、PCRにおいて、標的遺伝子領域の増幅に使用するプライマー対(フォワードおよびリバース)の選択により、特定の塩基配列を増幅し、検出することができる。
【0013】
ウイルスから遺伝子を遊離させるため、検体を、水酸化ナトリウムを主成分とする検体処理液と混合してもよい。さらに検体を、水酸化ナトリウムを主成分とする検体処理液と混合し、得られた混合液を、常温~95℃、好ましくは80~95℃で3分間~5分間インキュベーションしてもよい。なお常温とは通常25℃前後である。本発明の一実施態様において、検体中のコロナウイルスなどのRNAウイルスからRNAを遊離させるためには、検体を、水酸化ナトリウムを主成分とする検体処理液と混合し、常温~95℃、好ましくは80~95℃で3分間~5分間インキュベーションしてもよい。検体処理液は、水酸化ナトリウム以外に、RT(reverse transcription)-PCR処理を効率的に行い、測定精度を高める目的で、グリコールエーテルジアミン四酢酸等の金属キレート剤および/またはジチオスレイトール等の還元剤を含んでもよい。検体処理液と混合した検体または検体処理液と混合し、上記インキュベーション処理した検体は、本発明のPCRを行う工程において、RT-PCRを行うことができる。
【0014】
本発明の一実施態様において、検体中のRNAウイルスから、RNAを遊離させるため、前記検体処理液に界面活性剤を含めてもよい。前記検体処理液に含める界面活性剤としては、陰イオン界面活性剤、陽イオン界面活性剤、両性界面活性剤または非イオン界面活性剤を選択することができる。陰イオン界面活性剤としては、アルキルサルフェート、アルキルエーテルサルフェート、ドキュセート、スルホネートフルオロ界面活性剤、アルキルベンゼンスルホネート、アルキルアリールエーテルホスフェート、アルキルエーテルホスフェート、アルキルカルボキシレート、ラウロイルサルコシンナトリウム、カルボキシレートフルオロ界面活性剤、コール酸ナトリウムおよびデオキシコール酸ナトリウムなどが挙げられるが、これらに限定されない。アルキルサルフェートとしては、ドデシル硫酸ナトリウム(Sodium Dodecyl Sulfate、SDS)およびドデシル硫酸アンモニウムが好ましく、ドデシル硫酸ナトリウムがより好ましい。ドデシル硫酸ナトリウムは、ラウリル硫酸ナトリウム(Sodium Lauryl Sulfate、SLS)とも称される。陽イオン界面活性剤としては、エチルトリメチルアンモニウムブロマイド、ヘキサデシルトリメチルアンモニウムブロミドおよびテトラデシルトリメチルアンモニウムブロミドなどが挙げられるが、これらに限定されない。両性界面活性剤としては、例えば、ベタインおよびアルキルアミノ脂肪酸塩が挙げられるが、これらに限定されない。非イオン性界面活性剤としては、ポリオキシエチレンソルビタンモノラウラート(Tween20(登録商標))、ポリオキシエチレンソルビタンモノオレアート(Tween80(登録商標))、ポリエチレングリコールモノ-4-オクチルフェニルエーテル(TritonX-100(登録商標))、ノニルフェノキシポリエトキシエタノール(NP-40)、Brij-35(登録商標)などが挙げられるが、これらに限定されない。使用する界面活性剤の濃度は、検体中のウイルスからDNAまたはRNAを効率よく遊離させるため、検体との混合時に0.05~5%(w/v)であることが好ましい。前記検体処理液に含める界面活性剤は、好ましくは、非イオン界面活性剤である。前記検体処理液には、さらにプロテイナーゼKを含めてもよい。プロテイナーゼKは、DNAおよびRNA分解酵素を不活化する作用があり、検体との混合時に100~300μg/mLであることが好ましい。
【0015】
前記PCR緩衝液は、KCl、MgClおよびdNTPミックス(deoxyribonucleotide 5’-triphosphate;dATP(deoxyadenosine triphosphate)、dGTP(deoxyguanosine triphosphate)、dCTP(deoxycytidine triphosphate)およびdTTP(deoxythymidine triphosphate)からなる混合物)を含む。前記PCR緩衝液としては、特に限定されず、リン酸緩衝液、トリスヒドロキシメチルアミノメタン(トリス)緩衝液、ホウ酸緩衝液、HEPESなどのグッド(Good)緩衝液が挙げられるが、効率的なPCRまたはRT-PCRを行う観点からトリス塩酸緩衝液が好ましい。PCRを行う工程におけるdNTP、MgCl、KClおよび緩衝液成分については、当業者であれば適切な濃度を設定することができる。例えば、MgClが1.5mM、KClが35mM、dNTPがそれぞれ200μMおよびトリス塩酸が10mMである。dNTPミックスは、前記PCR緩衝液に代えて、前記検体処理液に含めてもよい。
【0016】
本発明の一実施態様において、前記PCR緩衝液は、DNAポリメラーゼに吸着する生体由来の負電荷物質(例えば、ある種の糖および色素等)およびDNAに吸着する生体由来の正電荷物質(例えば、ある種のタンパク質等)であってPCRを阻害する物質に結合し、前記負電荷物質および正電荷物質のPCR阻害作用を中和する物質を含んでもよい。前記PCR緩衝液として、遺伝子増幅用試薬Ampdirect(登録商標、島津製作所)またはAmpdirect Plus(登録商標、島津製作所)を使用してもよい。
【0017】
本発明のPCRを行う工程において、使用されるDNAポリメラーゼは、好熱性細菌由来の耐熱性DNAポリメラーゼであり、Taq、Tth、KOD、Pfuおよびこれらの変異体を使用することができるが、これらに限定されない。DNAポリメラーゼによる非特異的増幅を避けるため、ホットスタートDNAポリメラーゼを使用してもよい。ホットスタートDNAポリメラーゼとしては、例えば、BIOTAQ(登録商標)ホットスタートDNAポリメラーゼが挙げられる。ホットスタートDNAポリメラーゼには、抗DNAポリメラーゼ抗体が結合したDNAポリメラーゼおよび酵素活性部位を熱感受性化学修飾したDNAポリメラーゼがあるが、本発明においてはいずれも使用することができる。
【0018】
本発明の検出方法において、検体中のRNAウイルスからゲノムRNAを遊離させた後、逆転写反応によりcDNAを生成させる。このため、本発明のPCRを行う工程は、逆転写酵素および逆転写反応プライマーの存在下で実行される。すなわちRT-PCRが実行される。逆転写酵素は、RNAを鋳型として、1本鎖のcDNA(相補的DNA)を生成する酵素であり、逆転写反応を触媒する限り特に限定されないが、トリ骨髄芽球症ウイルス(Avian Myeloblastosis Virus、AMV)、モロニーマウス白血病ウイルス(Moloney Murine Leukemia Virus、M-MLV)およびヒト免疫不全ウイルス(Human Immunodeficiency Virus、HIV)などのRNAウイルス由来のRNA依存性DNAポリメラーゼならびにこれらの変異体を使用することができる。逆転写反応プライマーとしては、標的RNAの配列に特異的にハイブリダイズするプライマー、オリゴ(dT)プライマーまたはランダムプライマーを使用することができる。
【0019】
本発明のPCRを行う工程において、PCRは、内部コントロールDNAの存在下で実行される。内部コントロールDNAは、PCRにおいて、RNAウイルスの変異頻度が相対的に低い遺伝子(例えば、SARS-CoV-2のN遺伝子)および変異頻度が相対的に高い遺伝子(例えば、SARS-CoV-2のS遺伝子)をそれぞれ増幅するためのPCRプライマー、ならびに増幅された前記変異頻度が相対的に低い遺伝子および変異頻度が相対的に高い遺伝子のそれぞれを検出するためのオリゴヌクレオチド蛍光標識プローブとハイブリダイズしない配列を有する。このため、内部コントロールDNAは、RNAウイルスから調製されたcDNAとは独立して増幅される。したがって、内部コントロールDNAは、PCRが適切に進行したか否かを判断するための指標として用いることができる。PCRにおいて、内部コントロールDNAが増幅される場合には、PCRが適切に進行していることが示されるが、増幅されない場合には、PCRそのものが進行していないことが示される。このため、検体中にウイルスが含まれているにも関わらず、ウイルス遺伝子が検出されないという誤判定(偽陰性)を避けることができる。
【0020】
内部コントロールDNAの配列は、検体中のRNAウイルスから調製されたcDNAの増幅対象となる配列を考慮して変更してもよく、好ましくは自然界に存在しない配列を人工合成したものである。内部コントロールDNAの鎖長は、増幅効率をよくするため、概ね50~200bpが好ましく、80~120bpがより好ましい。また、内部コントロールDNAのGC含量は、増幅効率の低下を避けるため、概ね40~60%が好ましい。前記鎖長および前記GC含量における「概ね」とは、増幅効率が低下しない場合には、前記鎖長においては50~200bpの範囲外であってもよく、また前記GC含量においては40~60%の範囲外であってもよいことを意味し、当業者であれば容易に決定することができる。
【0021】
本発明のPCRを行う工程において、PCRは、検体中のRNAウイルスの変異頻度が相対的に低い遺伝子(例えば、SARS-CoV-2のN遺伝子)を増幅する1以上のPCRプライマー対、検体中のRNAウイルスの変異頻度が相対的に高い遺伝子(例えば、SARS-CoV-2のS遺伝子)を増幅する1以上のPCRプライマー対および前記内部コントロールDNAを増幅するPCRプライマー対、ならびに増幅された前記N遺伝子を検出するためのオリゴヌクレオチド蛍光標識プローブ、前記N遺伝子以外のウイルス遺伝子を検出するためのオリゴヌクレオチド蛍光標識プローブおよび内部コントロールDNAを検出するためのオリゴヌクレオチド蛍光標識プローブの存在下で実行される。
【0022】
本発明の検出方法において、RNAウイルスの変異頻度が相対的に低い遺伝子を増幅する1以上のPCRプライマー対および変異頻度が相対的に高い遺伝子を増幅する1以上のPCRプライマー対は、標的とする塩基配列にストリンジェントな条件でハイブリダイズするオリゴヌクレオチド(フォワードおよびリバース)である。前記内部コントロールDNAを増幅するPCRプライマー対は、前記内部コントロールDNAの所定の塩基配列にストリンジェントな条件でハイブリダイズするオリゴヌクレオチド(フォワードおよびリバース)である。このストリンジェントな条件とは、PCRにおけるアニーリング、すなわち鋳型DNAにプライマーが結合するステップにおいて、鋳型DNAとプライマーとの結合が特異的である条件をいう。RNAウイルスの変異頻度が相対的に低い遺伝子を増幅する1以上のPCRプライマー対および変異頻度が相対的に高い遺伝子を増幅する1以上のPCRプライマー対は、内部コントロールDNAにハイブリダイズせず、また内部コントロールDNAを増幅するPCRプライマー対は、検体中のRNAウイルスから調製されたDNAにハイブリダイズしない。これらのプライマーは、塩基長として、15~30塩基が好ましい。使用するプライマーの塩基配列は、それぞれのPCRプライマー対による標的遺伝子領域の増幅が、ひとつのPCR反応系において良好に進行するように設計することができる。
【0023】
RNAウイルスの変異頻度が相対的に低い遺伝子を増幅するPCRプライマーとしては、検出対象のRNAウイルスの変異頻度が相対的に低い遺伝子の核酸配列に特異的なプライマーを使用することができる。本発明の一実施態様において、検出対象が新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の場合には、SARS-CoV-2 RNAから逆転写反応により生成したcDNAに対して、変異頻度が相対的に低い遺伝子を増幅するPCRプライマーとしてN遺伝子の配列に特異的なプライマーを使用することができる。プライマーとしては、表1および表2に記載のプライマー対が例示される。例示されたPCRプライマー対の増幅対象は、N遺伝子の二つの領域(N1およびN2)である。国立感染症症研究所の方法(表1)では、NセットのN_Sarbeco_F1(フォワード、配列番号1)およびN_Sarbeco_R1(リバース、配列番号2)ならびにNセット No.2のNIID_2019-nCOV_N_F2(フォワード、配列番号3)およびNIID_2019-nCOV_N_R2(リバース、配列番号4)、またアメリカ疾病対策予防センターの方法(表2)では、N1 Forward Primer(配列番号5)およびN1 Reverse Primer(配列番号6)、ならびにN2 Forward Primer(配列番号7)およびN2 Reverse Primer(配列番号8)が例示される。本発明のPCRを行う工程において、PCRは、N1およびN2領域を増幅するためのプライマー対のいずれか、または両方の存在下で実行される。
【0024】
【表1】
【0025】
【表2】
【0026】
RNAウイルスの変異頻度が相対的に高い遺伝子を増幅するPCRプライマー対としては、検出対象のRNAウイルスの変異頻度が相対的に高い遺伝子の核酸配列に特異的なプライマーを使用することができる。変異頻度が相対的に高いウイルス遺伝子としては、好ましくは、ウイルス表面に存在するスパイクタンパク質をコードする遺伝子(S遺伝子)が挙げられる。スパイクタンパク質は、宿主細胞上の特定の受容体に結合し、ウイルス感染の成立に重要なタンパク質である。ウイルスのヌクレオカプシドタンパク質をコードする遺伝子(N遺伝子)は変異を生じにくいが、S遺伝子は、N遺伝子と比較して変異を生じやすく、ウイルス変異株が出現する原因となる。本発明の一実施態様において、検出対象がSARS-CoV-2の場合には、SARS-CoV-2 RNAから逆転写反応により生成したcDNAに対して、S遺伝子の配列に特異的なプライマーを使用してもよい。
【0027】
SARS-CoV-2の変異株はいくつか報告されている。これらの変異株には、スパイクタンパク質の一部のアミノ酸残基が他のアミノ酸残基に置換された変異株およびスパイクタンパク質の一部のアミノ酸残基が欠失した変異株などが含まれる。前記変異株における変異としては、例えば、K417N、K417T、N440K、G446S、L452R、S477N、T478K、E484A、E484K、E484Q、Q493K、G496S、Q498R、N501Y、Y505H、A570D、H655Y、N679K、P681R、P681H、V1176Fおよびdel69/70から選んでもよく、これらのアミノ酸変異に対応する遺伝子変異をそれぞれ検出することのできるプライマー対を使用することにより、変異株を検出することができる。検出対象となる変異はこれらに限定されるわけではなく、他に報告のある変異および新たに見出された変異についても、変異を特異的に増幅することのできるプライマーを設計することにより検出対象にすることができる。
【0028】
K417N変異は、残基番号417のアミノ酸が、KからNに置換したもの;K417T変異は、残基番号417のアミノ酸が、KからTに置換したもの;N440K変異は、残基番号440のアミノ酸が、NからKに置換したもの;G446Sは、残基番号446のアミノ酸が、GからSに置換したもの、L452R変異は、残基番号452のアミノ酸が、LからRに置換したもの;S477N変異は、残基番号477のアミノ酸が、SからNに置換したもの;T478K変異は、残基番号478のアミノ酸が、TからKに置換したもの;E484A変異は、残基番号484のアミノ酸が、EからAに置換したもの;E484K変異は、残基番号484のアミノ酸がEからKに置換したもの;E484Q変異は、残基番号484のアミノ酸が、EからQに置換したもの;Q493K変異は、残基番号493のアミノ酸が、QからKに置換したもの;G496S変異は、残基番号496のアミノ酸が、GからSに置換したもの;Q498R変異は、残基番号498のアミノ酸が、QからRに置換したもの;N501Y変異は、残基番号501のアミノ酸が、NからYに置換したもの;Y505H変異は、残基番号505のアミノ酸が、YからHに置換したもの;A570D変異は、残基番号570のアミノ酸が、AからDに置換したもの;H655Y変異は、残基番号655のアミノ酸が、HからYに置換したもの;N679K変異は、残基番号679のアミノ酸が、NからKに置換したもの;P681R変異は、残基番号681のアミノ酸が、PからRに置換したもの;P681H変異は、残基番号681のアミノ酸が、PからHに置換したもの;V1176F変異は、残基番号1176のアミノ酸が、VからFに置換したもの:del69/70変異は、残基番号69~70のアミノ酸が欠失したものを意味する。なおアミノ酸は、慣用的な1文字表記による略号で表示される。
【0029】
SARS-CoV-2変異株において、N501Y変異は、アルファ株、ベータ株およびガンマ株などで検出され;E484K変異は、ベータ株およびガンマ株などで検出され;L452R、T478K、P681RおよびE484Qの変異は、デルタ株などで検出され;del69/70変異は、アルファ株などで検出される。また、オミクロン株は、K417N、N440K、G446S、S477N、T478K、E484A、Q493K、G496S、Q498R、N501Y、Y505H、H655Y、N679KおよびP681Hなどの変異が認められている。
【0030】
このような変異株は、スパイクタンパク質をコードするS遺伝子の変異領域を、RT-PCRにより増幅することにより検出される。S遺伝子の変異領域を増幅するPCRプライマーは、当業者であれば容易に設計することができる。例えば、変異した塩基配列部位を中心に15塩基の重複領域を選び、変異部位から3'側に18塩基伸ばした配列をプライマー配列としてもよい。このプライマー設計法は、置換および欠失のいずれの変異に対しても適用することができる。
【0031】
本発明のPCRを行う工程において、PCRを、SARS-CoV-2のS遺伝子増幅用のPCRプライマー対として、変異のない野生株を検出するために、野生型501N(残基番号501のアミノ酸がN)を含む領域を増幅するPCRプライマー対の存在下で実行してもよい。
【0032】
本発明において、PCR産物の検出はリアルタイム測定によって行うことができる。PCR産物のリアルタイム測定は、リアルタイムPCRとも呼ばれる。本発明では、PCR産物を蛍光により検出するため、オリゴヌクレオチド蛍光標識プローブを使用する。RNAウイルスの変異頻度が相対的に低い遺伝子(例えば、SARS-CoV-2のN遺伝子)、RNAウイルスの変異頻度が相対的に高い遺伝子(例えば、SARS-CoV-2のS遺伝子)および内部コントロールDNAを検出するためのオリゴヌクレオチド蛍光標識プローブは、RNAウイルスの変異頻度が相対的に低い遺伝子(例えば、SARS-CoV-2のN遺伝子)、RNAウイルスの変異頻度が相対的に高い遺伝子(例えば、SARS-CoV-2のS遺伝子)および内部コントロールDNAを増幅するPCRプライマー対により増幅されたPCR産物に、それぞれストリンジェントな条件でハイブリダイズする。ストリンジェントな条件とは、PCRにより増幅された核酸断片とオリゴヌクレオチド蛍光標識プローブとの間で、アニーリング時に特異的なハイブリッドが形成され、非特異的なハイブリッドは形成されない条件をいう。本発明において使用するオリゴヌクレオチド蛍光標識プローブは、塩基長として15~25塩基が好ましい。
【0033】
本発明の一実施態様において、SARS-CoV-2 RNAからRT-PCRにより増幅されたN遺伝子の二つの領域(N1およびN2)に対して、表1および表2に記載のオリゴヌクレオチド蛍光標識プローブが例示される。国立感染症症研究所の方法(表1)に基づけば、NセットのN_Sarbeco_F1(フォワード、配列番号1)およびN_Sarbeco_R1(リバース、配列番号2)のプライマー対による増幅産物に対して、オリゴヌクレオチド蛍光標識プローブ(N_Sarbeco_P1、配列番号9)による検出が例示される。またNセット No.2のNIID_2019-nCOV_N_F2(フォワード、配列番号3)およびNIID_2019-nCOV_N_R2(リバース、配列番号4)のプライマー対による増幅産物に対して、オリゴヌクレオチド蛍光標識プローブ(NIID_2019-nCOV_N_P2、配列番号10)による検出が例示される。アメリカ疾病対策予防センターの方法(表2)に基づけば、N1セットのN1 Forward Primer(配列番号5)およびN1 Reverse Primer(配列番号6)のプライマー対による増幅産物に対して、オリゴヌクレオチド蛍光標識プローブ(N1 Probe、配列番号11)による検出が例示される。またN2セットのN2 Forward Primer(配列番号7)およびN2 Reverse Primer(配列番号8)のプライマー対による増幅産物に対して、オリゴヌクレオチド蛍光標識プローブ(N2 Probe、配列番号12)による検出が例示される。
【0034】
蛍光標識プローブとしては、加水分解プローブ、Molecular Beaconおよびサイクリングプローブなどが挙げられるが、これらに限定されない。加水分解プローブは、5'末端が蛍光色素で、また3'末端がクエンチャー物質で修飾されたオリゴヌクレオチドである。加水分解プローブは、PCRのアニーリング時に、鋳型DNAに特異的にハイブリダイズするが、プローブ上にクエンチャーが存在するため、励起光を照射しても蛍光の発生は抑制される。その後の伸長反応ステップで、Taq DNAポリメラーゼのもつ5'→3'エキソヌクレアーゼ活性により、鋳型DNAにハイブリダイズした加水分解プローブが分解されると、蛍光色素がプローブから遊離し、クエンチャーによる蛍光の発生の抑制が解除されて蛍光を発する。この蛍光強度を測定することにより、増幅産物の生成量を測定することができる。前記蛍光色素としては、FAM(6-carboxyfluorescein)、ROX(6-carboxy-X-rhodamine)、Cy3およびCy5(Cyanine系色素)ならびにHEX(4,7,2',4',5',7'-hexachloro-6-carboxyfluorescein)などが挙げられるが、これらに限定されない。前記クエンチャーとしては、TAMRA(登録商標)、BHQ(Black Hole Quencher、登録商標)1、BHQ2、MGB-Eclipse(登録商標)およびDABCYLなどが挙げられるが、これらに限定されない。
【0035】
RNAウイルスの変異頻度が相対的に低い遺伝子(例えば、SARS-CoV-2のN遺伝子)、RNAウイルスの変異頻度が相対的に高い遺伝子(例えば、SARS-CoV-2のS遺伝子)および内部コントロールDNAを検出するためのオリゴヌクレオチド蛍光標識プローブは、相互に異なる蛍光色素を結合することが好ましい。それぞれのプローブに結合する蛍光色素が相互に異なることにより、RNAウイルスの変異頻度が相対的に低い遺伝子(例えば、SARS-CoV-2のN遺伝子)、RNAウイルスの変異頻度が相対的に高い遺伝子(例えば、SARS-CoV-2のS遺伝子)および内部コントロールDNAをそれぞれ増幅するPCRプライマー対によるPCR産物を分別して測定することができる。相互に異なる蛍光色素の組み合わせは、蛍光特性が異なり、蛍光測定において相互に干渉がなければ特に限定されない。前記「干渉」とは、一方の蛍光色素の蛍光測定に対して、他方の蛍光色素が妨害することであり、その結果、正確な蛍光測定値を得ることができなくなることを指す。
【0036】
本発明のPCRを行う工程において、RNAウイルスの変異頻度が相対的に低い遺伝子(例えば、SARS-CoV-2のN遺伝子)の異なる領域を増幅するPCRプライマー対を2以上用いてPCRを実行する場合、該プライマー対によるPCR増幅産物をそれぞれ検出する2以上のオリゴヌクレオチド蛍光標識プローブは、相互に同一の蛍光色素を結合してもよく、相互に異なる蛍光色素を結合してもよい。
【0037】
本発明のPCRを行う工程において、RNAウイルスの変異頻度が相対的に高い遺伝子(例えば、SARS-CoV-2のS遺伝子)を増幅するPCRプライマー対を2以上用いてPCRを実行する場合、該プライマー対によるPCR増幅産物をそれぞれ検出する2以上のオリゴヌクレオチド蛍光標識プローブは、相互に同一の蛍光色素を結合してもよく、相互に異なる蛍光色素を結合してもよい。前記2以上のPCRプライマー対が、それぞれS遺伝子の異なる変異領域を増幅する場合において、それぞれのPCR増幅産物を検出するオリゴヌクレオチド蛍光標識プローブが相互に同一の蛍光色素を結合する場合、変異株の存在を検出できるが、変異株を特定することが困難である場合がある。一方、前記オリゴヌクレオチド蛍光標識プローブが相互に異なる蛍光色素を結合する場合、変異株の存在を検出できることに加えて、変異株を特定することが可能となる。
【0038】
本発明の検出方法では、RNAウイルスの変異頻度が相対的に低い遺伝子の検出と同時に、変異した変異頻度が相対的に高い遺伝子の検出も行うことができる。変異頻度が相対的に高い遺伝子におけるの変異の検出は、用いるPCRプライマー対がその変異領域を増幅することにより可能となる。しかしながら、前記PCRプライマー対が変異領域を増幅しない場合、変異した変異頻度が相対的に高い遺伝子を検出することができず、その結果、変化株を見落とす可能性がある。この場合であっても、本発明の検出方法によれば、1回の検査で、対象とするウイルスの存在を検出することができる。
【0039】
本発明のPCRを行う工程において、RNAウイルスの変異頻度が相対的に高い遺伝子としてS遺伝子を増幅する場合であって、用いるPCRプライマー対を2以上用いてPCRを実行する場合、前記PCRプライマー対は、それぞれ変異株および野生株を検出するプライマー対を使用してもよい。
【0040】
本発明の検出方法において、増幅された変異頻度が相対的に低い遺伝子および変異頻度が相対的に高い遺伝子を検出する工程では、PCR産物をリアルタイム測定し、使用する蛍光色素に対応した蛍光フィルターを用いてPCR産物の増幅曲線がモニタリングされる。増殖曲線は、PCRサイクル数に対する蛍光強度をプロットすることにより作成することができる。Ct値(Threshold Cycle)は、例えば、増殖曲線の立ち上がりの領域において設定した閾値(Threshold)と増幅曲線とが交わる点に対応するPCRサイクル数などとして算出される。算出されたCt値に基づき、検体中に変異ウイルスが存在するか否かを判定することができる。
【0041】
PCR産物のリアルタイム測定は、PCR用プレートのウェルまたはPCR用チューブを用いて行うことができる。PCR用プレートは、例えば96ウェルおよび386ウェルフォーマットのものを使用してもよい。PCR用チューブとしては、用量サイズが0.1~0.5mL程度の単体チューブおよび2~12連ストリップチューブを使用してもよい。PCR用プレートまたはPCR用チューブの材質としては、ポリプロピレンなどが使用できる。チューブ色としては、無着色または白色が好ましい。
【0042】
本発明のキットは、内部コントロールDNA;検体中のRNAウイルスの変異頻度が相対的に低い遺伝子を増幅する1以上のPCRプライマー対および変異頻度が相対的に高い遺伝子を増幅する1以上のPCRプライマー対、ならびに前記内部コントロールDNAを増幅するPCRプライマー対;前記変異頻度が相対的に低い遺伝子、前記変異頻度が相対的に高い遺伝子および内部コントロールDNAのPCR産物をそれぞれ検出するためのオリゴヌクレオチド蛍光標識プローブ;DNAポリメラーゼ、逆転写酵素およびPCR緩衝液を、それぞれ独立して異なる容器に収容してもよい。操作の簡便性のために、内部コントロールDNA、PCRプライマー対、オリゴヌクレオチド蛍光標識プローブ、DNAポリメラーゼ、逆転写酵素およびPCR緩衝液をそれぞれ所定量で混合し、一つの容器に収容してもよい。さらに、キットの使用目的に応じて、キット構成物を2~4個の容器に分散して収容してもよい。
【0043】
本発明のキットには、さらに、検体と混合するための水酸化ナトリウムを主成分とする検体処理液を含んでもよい。
【配列表】
2023121264000001.app