IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 学校法人 新潟科学技術学園 新潟薬科大学の特許一覧 ▶ 不二製油株式会社の特許一覧

(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023121315
(43)【公開日】2023-08-31
(54)【発明の名称】油脂酵母の油脂生産制御因子
(51)【国際特許分類】
   C12N 1/19 20060101AFI20230824BHJP
   C12P 7/64 20220101ALI20230824BHJP
   C12N 15/31 20060101ALI20230824BHJP
   C12N 15/09 20060101ALI20230824BHJP
   C12M 1/00 20060101ALI20230824BHJP
   C12R 1/645 20060101ALN20230824BHJP
【FI】
C12N1/19 ZNA
C12P7/64
C12N15/31
C12N15/09 100
C12M1/00 A
C12R1:645
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022024585
(22)【出願日】2022-02-21
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構、「植物等の生物を用いた高機能品生産技術の開発/高生産性微生物創製に資する情報解析システムの開発」の委託事業並びに、「カーボンリサイクル実現を加速するバイオ由来製品生産技術の開発」の委託事業、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】505111982
【氏名又は名称】学校法人 新潟科学技術学園
(71)【出願人】
【識別番号】000236768
【氏名又は名称】不二製油グループ本社株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】高久 洋暁
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 里佳子
(72)【発明者】
【氏名】山崎 晴丈
(72)【発明者】
【氏名】荒木 秀雄
【テーマコード(参考)】
4B029
4B064
4B065
【Fターム(参考)】
4B029AA23
4B029BB07
4B029CC01
4B029GA03
4B029GA08
4B029GB10
4B064AD85
4B064CA19
4B064CC24
4B064DA16
4B065AA72X
4B065AB01
4B065AC14
4B065BA02
4B065CA13
4B065CA46
4B065CA60
(57)【要約】      (修正有)
【課題】酵母における油脂生産制御因子を提供すること。
【解決手段】油脂生産制御因子としての、酵母110315遺伝子の発現及び/又は機能を調節することを含む、油脂産生能が調節された酵母の製造方法、油脂産生能が調節された酵母の製造用試薬、油脂産生酵母、油脂産生用組成物、油脂の製造方法等を提供する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
酵母において、酵母110315遺伝子の発現及び/又は機能を調節することを含む、油脂産生能が調節された酵母の製造方法。
【請求項2】
酵母110315遺伝子の発現及び/又は機能を低下させることを含み、油脂産生能が向上した酵母を製造する、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
酵母110315遺伝子の発現を低下させることを含み、油脂産生能が向上した酵母を製造する、請求項1又は2に記載の製造方法。
【請求項4】
前記酵母が油脂酵母である、請求項1~3のいずれかに記載の製造方法。
【請求項5】
前記酵母がLipomyces属酵母である、請求項1~4のいずれかに記載の製造方法。
【請求項6】
酵母110315遺伝子の発現調節剤及び機能調節剤からなる群より選択される少なくとも1種を含む、油脂産生能が調節された酵母の製造用試薬。
【請求項7】
酵母110315遺伝子の発現抑制剤及び機能抑制剤からなる群より選択される少なくとも1種を含み、油脂産生能が向上した酵母の製造に用いるための、請求項6に記載の製造用試薬。
【請求項8】
酵母110315遺伝子の発現抑制剤を含み、油脂産生能が向上した酵母の製造に用いるための、請求項6又は7に記載の製造用試薬。
【請求項9】
酵母110315遺伝子の発現が低下している状態である、油脂産生酵母。
【請求項10】
請求項9に記載の油脂産生酵母を含有する、油脂産生用組成物。
【請求項11】
請求項9に記載の油脂産生酵母の培養物及び請求項10に記載の油脂産生用組成物からなる群より選択される少なくとも1種から油脂を回収することを含む、油脂の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、油脂酵母の油脂生産制御因子等に関する。
【背景技術】
【0002】
我々の生活に油脂は密接に関わっており、その用途は主に食用用途と工業用用途とに分類される。食用用途では調理の際にサラダ油として、また油脂原料をマーガリンやドレッシング等に加工して使用される食品加工油脂がある。工業用用途では燃料や潤滑油としてそのまま使用される他、化学変換を経てシャンプーやリンス、化粧品等の油脂化成品として使用されている。
【0003】
主要油脂3品(大豆油、菜種油及びパーム油)の油脂の原料は主に菜種、大豆等の種子、パーム、オリーブ等の果肉を圧搾することで得られる植物油である。海外では、油脂の原料となる油糧植物を栽培することで油脂供給が可能である。一方、日本では食用油脂自給率を向上させる為に、日本に適した油脂生産システムの開発が必要である。
【0004】
現在、油脂生産方法は油糧植物からの油脂生産に替えて、微生物を用いた油脂の生産が注目されている。中でも、リポマイセス属酵母等の油脂酵母は高い油脂蓄積能力を有する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2019-146543号公報
【特許文献2】特開2021-132601公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】H. Yamazaki, S. Kobayashi, S. Ebina, S. Abe, S. Ara, Y. Shida, W. Ogasawara, K. Yaoi, H. Araki & H. Takaku: Appl. Microbiol. Biotechnol., 103, 6297 (2019).
【非特許文献2】Takaku, H.; Ebina, S.; Kasuga, K.; Sato, R.; Ara, S.; Kazama, H.; Matsuzawa, T.; Yaoi, K.; Araki, H.; Shida, Y. et al. J. Biosci. Bioeng. 2021, 131, 613-621
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1、非特許文献1、非特許文献2では、リポマイセス属酵母に変異処理を行い、油脂産生能がより高い酵母をスクリーニングしたことが報告されている。しかし、油脂生産制御因子は明らかにされていなかった。特許文献2においては、変異株の遺伝子解析データを活用することにより、油脂の生産性を制御する3つの因子が明らかにされている。油脂の代謝経路は複雑で長いことから、油脂の生産を制御する複数の因子が、これらの経路に関与していることが考えられる。油脂の生産性を制御する新たな因子がさらに明らかになれば、酵母の油脂産生能調節の自由度が高まり、またその因子を積み重ねることにより、より油脂産生能が高い酵母の生産が可能になる。
【0008】
そこで、本発明は、酵母における油脂生産制御因子を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は鋭意研究を進めた結果、酵母110315遺伝子が油脂生産制御因子であること、さらにはこの発現及び/又は機能を調節することにより、油脂産生能を調節できることを見出した。本発明者はこれらの知見に基づいてさらに研究を進めた結果、本発明を完成させた。即ち、本発明は、下記の態様を包含する。
【0010】
項1. 酵母において、酵母110315遺伝子の発現及び/又は機能を調節することを含む、油脂産生能が調節された酵母の製造方法。
【0011】
項2. 酵母110315遺伝子の発現及び/又は機能を低下させることを含み、油脂産生能が向上した酵母を製造する、項1に記載の製造方法。
【0012】
項3. 酵母110315遺伝子の発現を低下させることを含み、油脂産生能が向上した酵母を製造する、項1又は2に記載の製造方法。
【0013】
項4. 前記酵母が油脂酵母である、項1~3のいずれかに記載の製造方法。
【0014】
項5. 前記酵母がLipomyces属酵母である、項1~4のいずれかに記載の製造方法。
【0015】
項6. 酵母110315遺伝子の発現調節剤及び機能調節剤からなる群より選択される少なくとも1種を含む、油脂産生能が調節された酵母の製造用試薬。
【0016】
項7. 酵母110315遺伝子の発現抑制剤及び機能抑制剤からなる群より選択される少なくとも1種を含み、油脂産生能が向上した酵母の製造に用いるための、項6に記載の製造用試薬。
【0017】
項8. 酵母110315遺伝子の発現抑制剤を含み、油脂産生能が向上した酵母の製造に用いるための、項6又は7に記載の製造用試薬。
【0018】
項9. 酵母110315遺伝子の発現が低下している状態である、油脂産生酵母。
【0019】
項10. 項9に記載の油脂産生酵母を含有する、油脂産生用組成物。
【0020】
項11. 項9に記載の油脂産生酵母の培養物及び項10に記載の油脂産生用組成物からなる群より選択される少なくとも1種から油脂を回収することを含む、油脂の製造方法。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、新たに見出された油脂生産制御因子に基づいて、油脂産生能が調節された酵母の製造方法、油脂産生能が調節された酵母の製造用試薬、油脂産生酵母、油脂産生用組成物、油脂の製造方法等を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
図1-1】Transcript Id:110315 の欠失による生育と油脂生産性への影響の解析結果を示す(試験例2)。グルコース5% のS 培地で 30℃、160 rpmで 5 日間培養を行なった。(A) 細胞濃度、(B) 残グルコース量、(C) 培地あたりの TAG 量、(D) 細胞あたりの TAG 量を示す。細胞あたりの TAG 量は、培地あたりの TAG 量 (g/L) /細胞濃度 (× 108 cells/mL) の計算式から算出した。結果は、独立した 3 回の結果の平均を示し、エラーバーは標準誤差を示している。
図1-2】Transcript Id:110315 の欠失による生育と油脂生産性への影響の解析結果を示す(試験例2)。(E) 微分干渉顕微鏡による油脂生産量の観察像を示す。
図2-1】115694 とTranscript Id:110315 の変異型置換または欠失を組み合わせた株の生育と油脂生産性への影響の解析結果を示す(試験例2)。グルコース7% のS 培地で 30℃、160 rpmで 3 日間培養を行なった。(A) 細胞濃度、(B) 残グルコース量、(C) 培地あたりの TAG 量、(D) 細胞あたりの TAG 量を示す。細胞あたりの TAG 量は、培地あたりの TAG 量 (g/L) /細胞濃度 (× 108 cells/mL) の計算式から算出した。結果は、独立した 3 回の結果の平均を示し、エラーバーは標準誤差を示している。
図2-2】115694 とTranscript Id:110315 の変異型置換または欠失を組み合わせた株の生育と油脂生産性への影響の解析結果を示す(試験例2)。(E) 微分干渉顕微鏡による油脂生産量の観察像を示す。
【発明を実施するための形態】
【0023】
本明細書中において、「含有」及び「含む」なる表現については、「含有」、「含む」、「実質的にからなる」及び「のみからなる」という概念を含む。
【0024】
1.定義
本明細書において、「酵母~遺伝子」なる用語は、遺伝子等のデータベース(https://mycocosm.jgi.doe.gov/Lipst1_1/Lipst1_1.home.html)中の、Lipomyces starkeyiにおけるTranscript Id番号(当該用語中の「~(複数桁の数字)」に対応する)で特定される遺伝子、及び当該遺伝子のオーソログ遺伝子を意味する。
【0025】
本明細書中において、「含有」及び「含む」なる表現については、「含有」、「含む」、「実質的にからなる」及び「のみからなる」という概念を含む。
【0026】
本明細書において、アミノ酸配列の「同一性」とは、2以上の対比可能なアミノ酸配列の、お互いに対するアミノ酸配列の一致の程度をいう。従って、ある2つのアミノ酸配列の一致性が高いほど、それらの配列の同一性又は類似性は高い。アミノ酸配列の同一性のレベルは、例えば、配列分析用ツールであるFASTAを用い、デフォルトパラメータを用いて決定される。若しくは、Karlin及びAltschulによるアルゴリズムBLAST(Karlin S, Altschul SF.“Methods for assessing the statistical significance of molecular sequence features by using general scoringschemes”Proc Natl Acad Sci USA.87:2264-2268(1990)、KarlinS,Altschul SF.“Applications and statistics for multiple high-scoring segments in molecular sequences.”Proc Natl Acad Sci USA.90:5873-7(1993))を用いて決定できる。このようなBLASTのアルゴリズムに基づいたBLASTXと呼ばれるプログラムが開発されている。これらの解析方法の具体的な手法は公知であり、National Center of Biotechnology Information(NCBI)のウェブサイト(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/)を参照すればよい。また、塩基配列の「同一性」も上記に準じて定義される。 本明細書中において、「保存的置換」とは、アミノ酸残基が類似の側鎖を有するアミノ酸残基に置換されることを意味する。例えば、リジン、アルギニン、ヒスチジンといった塩基性側鎖を有するアミノ酸残基同士で置換されることが、保存的な置換にあたる。その他、アスパラギン酸、グルタミン酸といった酸性側鎖を有するアミノ酸残基;グリシン、アスパラギン、グルタミン、セリン、スレオニン、チロシン、システインといった非帯電性極性側鎖を有するアミノ酸残基;アラニン、バリン、ロイシン、イソロイシン、プロリン、フェニルアラニン、メチオニン、トリプトファンといった非極性側鎖を有するアミノ酸残基;スレオニン、バリン、イソロイシンといったβ-分枝側鎖を有するアミノ酸残基;チロシン、フェニルアラニン、トリプトファン、ヒスチジンといった芳香族側鎖を有するアミノ酸残基同士での置換も同様に、保存的な置換にあたる。
【0027】
本明細書において、DNA、RNAなどのポリヌクレオチドには、次に例示するように、公知の化学修飾が施されていてもよい。ヌクレアーゼなどの加水分解酵素による分解を防ぐために、各ヌクレオチドのリン酸残基(ホスフェート)を、例えば、ホスホロチオエート(PS)、メチルホスホネート、ホスホロジチオネート等の化学修飾リン酸残基に置換することができる。また、各リボヌクレオチドの糖(リボース)の2位の水酸基を、-OR(Rは、例えばCH3(2´-O-Me)、CH2CH2OCH3(2´-O-MOE)、CH2CH2NHC(NH)NH2、CH2CONHCH3、CH2CH2CN等を示す)に置換してもよい。さらに、塩基部分(ピリミジン、プリン)に化学修飾を施してもよく、例えば、ピリミジン塩基の5位へのメチル基やカチオン性官能基の導入、あるいは2位のカルボニル基のチオカルボニルへの置換などが挙げられる。さらには、リン酸部分やヒドロキシル部分が、例えば、ビオチン、アミノ基、低級アルキルアミン基、アセチル基等で修飾されたものなどを挙げることができるが、これに限定されない。また、ヌクレオチドの糖部の2´酸素と4´炭素を架橋することにより、糖部のコンフォーメーションをN型に固定したものであるBNA(LNA)等もまた、好ましく用いられ得る。
【0028】
2.油脂産生能が調節された酵母の製造方法
本発明は、その一態様において、酵母において、酵母110315遺伝子の発現及び/又は機能を調節することを含む、油脂産生能が調節された酵母の製造方法(本明細書において、「本発明の酵母製造方法」と示すこともある。)に関する。以下に、これについて説明する。
【0029】
酵母は、油脂を産生可能な酵母である限り、特に制限されない。酵母としては、より好ましくは油脂酵母が挙げられる。油脂酵母は、油脂蓄積性が高い酵母である限り特に制限されない。例えば、油脂酵母は、高い油脂含有率、例えば20%(w/w)以上、好ましくは30%(w/w)以上、より好ましくは40%(w/w)以上、さらに好ましくは50%(w/w)以上、よりさらに好ましくは60%(w/w)以上の油脂含有率を達成できる酵母である。油脂酵母として、具体的には、例えばRhodosporodium toruloides等のRhodosporodium属酵母、Lipomyces starkeyi等のLipomyces属酵母、Cryptococcus albidus等のCryptococcus属酵母、Rhizopus arrhizua等のRhizopus属酵母、Yarrowia lipolytica等のYarrowia属酵母等が挙げられる。これらの中でも、好ましくはRhodosporodium属酵母、Lipomyces属酵母、Cryptococcus属酵母等が挙げられ、より好ましくはLipomyces属酵母等が挙げられ、さらに好ましくはLipomyces starkeyi等が挙げられる。
【0030】
酵母110315遺伝子の塩基配列及びアミノ酸配列は公知である、或いは公知の酵母110315遺伝子の塩基配列及びアミノ酸配列に基づいて(例えば、これらとの同一性解析等により)容易に決定することができる。一例として、Lipomyces starkeyiの酵母110315遺伝子のアミノ酸配列としては、配列番号2で示されるアミノ酸配列が挙げられ、Lipomyces starkeyiの酵母110315遺伝子のタンパク質をコードする塩基配列としては、配列番号3で示される塩基配列が挙げられる。
【0031】
本明細書において、酵母110315遺伝子を「対象遺伝子」と示すこともある。
【0032】
対象遺伝子には、自然界において生じ得る変異体も含まれる。対象遺伝子は、コードするタンパク質の性質が著しく損なわれない限りにおいて、置換、欠失、付加、挿入等の塩基変異を有していてもよい。変異としては、該mRNAから翻訳されるタンパク質においてアミノ酸置換が生じない変異やアミノ酸の保存的置換が生じる変異が好ましい。
【0033】
対象遺伝子は、例えば、それによりコードされるタンパク質のアミノ酸配列が、同種動物の野生型の対象遺伝子によりコードされるタンパク質のアミノ酸配列と、例えば95%以上、好ましくは98%以上、より好ましくは99%以上の同一性を有する、遺伝子である。また、対象遺伝子は、例えば、それによりコードされるタンパク質のアミノ酸配列が、同種動物の野生型対象遺伝子によりコードされるタンパク質のアミノ酸配列と同一であるか又は該アミノ酸配列に対して1もしくは複数個(例えば2~10、好ましくは2~5、より好ましくは2~3個、さらに好ましくは2個)が置換、欠失、付加、又は挿入されたアミノ酸配列である、遺伝子である。
【0034】
対象遺伝子の「発現及び/又は機能を調節する」とは、対象遺伝子の発現量や、対象遺伝子の機能(すなわち、本来有する機能)を調節すること(亢進させること、又は低下させること)であり、その限りにおいて特に制限されない。対象遺伝子の「発現」は、対象遺伝子のmRNAの発現、及び対象遺伝子のタンパク質の発現の両方を包含するが、好ましくは対象遺伝子のタンパク質の発現である。「亢進」は、本発明の酵母製造方法で得られた酵母(培養のある時点の酵母、好ましくは培養開始からより早期(例えば1日経過時)の酵母)から得られたサンプルにおける対象遺伝子の活性及び/又は発現量が、本発明の酵母製造方法に供する前の元となる酵母から得られたサンプルにおける対象遺伝子の活性及び/又は発現量よりも高い(例えば1.5倍、2倍、3倍、4倍、5倍等である)ことを示す。「低下」は、本発明の酵母製造方法で得られた酵母(培養のある時点の酵母、好ましくは培養開始からより早期(例えば1日経過時)の酵母)から得られたサンプルにおける対象遺伝子の活性及び/又は発現量が、本発明の酵母製造方法に供する前の元となる酵母から得られたサンプルにおける対象遺伝子の活性及び/又は発現量よりも低い(例えば1/2、1/5、1/10、1/20、1/50、1/100、1/200、1/500、1/1000、1/2000、1/5000、1/10000以下である)ことを示す。なお、対象遺伝子の活性及び/又は発現量は、公知の方法に従って測定することが可能である。
【0035】
対象遺伝子の発現及び/又は機能を調節する方法としては、特に制限されず、公知の方法に従った又は準じた方法を採用することができる。対象遺伝子の発現及び/又は機能を亢進させる場合は、例えば、対象遺伝子の発現カセットを導入する、対象遺伝子の発現制御領域を改変する(例えばプロモーターをより活性の高いプロモーターに置換する、転写活性化エレメントを導入する等)等の方法が挙げられる。発現カセットのプロモーターや置換後のプロモーターとして採用し得る高活性プロモーターとしては、特に制限されないが、例えばTDH3プロモーター、GAL10プロモーター、CMVプロモーター、EF1プロモーター、SV40プロモーター、MSCVプロモーター、CAGプロモーター等、さらには転写活性化エレメント及びコアプロモーターを人為的に組合わせた人工プロモーター等が挙げられる。対象遺伝子の発現及び/又は機能を低下させる場合は、例えば、対象遺伝子を欠損させる、対象遺伝子のタンパク質コード領域に変異を導入する(例えば、コード領域の途中で終止コドンを導入する、フレームシフトを起こす変異を導入する等)、対象遺伝子のスプライシング調節領域に変異を導入する(例えば、スプライシング制御のシスエレメントに変異を導入する)、対象遺伝子の発現制御領域に変異を導入する(例えば、転写活性化エレメントに変異を導入する等)等の方法が挙げられる、これらの中でも、好ましくは遺伝子欠損が挙げられる。上記は、より具体的には、公知の遺伝子工学的手法に従って又は準じて、例えばCRISPR/Casシステム、TALENシステム、siRNA、miRNA、形質転換等の手法を利用して、実行することができる。
【0036】
本発明の酵母製造方法は、好ましくは、酵母110315遺伝子の発現及び/又は機能を低下させることを含む。これにより、油脂産生能が向上した酵母を製造することができる。
【0037】
本発明の酵母製造方法は、さらに好ましくは、酵母110315遺伝子の発現を低下させることを含む。これにより、油脂産生能が向上した酵母を製造することができる。
【0038】
3.油脂産生能が調節された酵母の製造用試薬
本発明は、その一態様において、酵母110315遺伝子の発現調節剤及び機能調節剤からなる群より選択される少なくとも1種を含む、油脂産生能が調節された酵母の製造用試薬(本明細書において、「本発明の酵母製造用試薬」と示すこともある。)に関する。以下に、これについて説明する。なお、本項において記載の無い事項については、上記「2.油脂産生能が調節された酵母の製造方法」の記載が援用される。
【0039】
3-1.対象遺伝子発現調節剤
対象遺伝子発現調節剤は、対象遺伝子タンパク質又は対象遺伝子 mRNAの発現を調節可能なものである限り、特に制限されず、例えば対象遺伝子発現抑制剤、対象遺伝子発現促進剤等を包含する。対象遺伝子発現調節剤は、1種単独で用いることもできるし、2種以上を組み合わせて用いることもできる。
【0040】
3-1-1.対象遺伝子発現抑制剤
対象遺伝子発現抑制剤としては、対象遺伝子タンパク質、対象遺伝子 mRNAなどの発現量を抑制し得るものである限り特に制限されず、例えば対象遺伝子特異的small interfering RNA(siRNA)、対象遺伝子特異的microRNA(miRNA)、対象遺伝子特異的アンチセンス核酸、これらの発現ベクター; 対象遺伝子特異的リボザイム; CRISPR/Casシステムによる対象遺伝子遺伝子編集剤などが挙げられる。
【0041】
3-1-1-1.siRNA、miRNA、アンチセンス核酸、リボザイム
対象遺伝子特異的siRNAは、対象遺伝子の発現を特異的に抑制する二本鎖RNA分子である限り特に制限されない。一実施形態において、siRNAは、例えば、18塩基以上、19塩基以上、20塩基以上、又は21塩基以上の長さであることが好ましい。また、siRNAは、例えば、25塩基以下、24塩基以下、23塩基以下、又は22塩基以下の長さであることが好ましい。ここに記載するsiRNAの長さの上限値及び下限値は任意に組み合わせることが想定される。例えば、下限が18塩基であり、上限が25塩基、24塩基、23塩基、又は22塩基である長さ;下限が19塩基であり、上限が25塩基、24塩基、23塩基、又は22塩基である長さ;下限が20塩基であり、上限が25塩基、24塩基、23塩基、又は22塩基である長さ;下限が21塩基であり、上限が25塩基、24塩基、23塩基、又は22塩基である長さの組み合わせが想定される。
【0042】
siRNAは、shRNA(small hairpin RNA)であっても良い。shRNAは、その一部がステムループ構造を形成するように設計することができる。例えば、shRNAは、ある領域の配列を配列aとし、配列aに対する相補鎖を配列bとすると、配列a、スペーサー、配列bの順になるようにこれらの配列が一本のRNA鎖に存在するようにし、全体で45~60塩基の長さとなるように設計することができる。配列aは、標的となる対象遺伝子をコードする塩基配列の一部の領域の配列であり、標的領域は特に限定されず、任意の領域を候補にすることが可能である。そして配列aの長さは19~25塩基、好ましくは19~21塩基である。
【0043】
対象遺伝子特異的siRNAは、5’又は3’末端に、付加的な塩基を有していてもよい。該付加的塩基の長さは、通常2~4塩基程度である。該付加的塩基は、DNAでもRNAでもよいが、DNAを用いると核酸の安定性を向上させることができる場合がある。このような付加的塩基の配列としては、例えばug-3’、uu-3’、tg-3’、tt-3’、ggg-3’、guuu-3’、gttt-3’、ttttt-3’、uuuuu-3’などの配列が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0044】
siRNAは、3'末端に突出部配列(オーバーハング)を有していてもよく、具体的には、dTdT(dTはデオキシチミジンを表わす)を付加したものが挙げられる。また、末端付加がない平滑末端(ブラントエンド)であってもよい。siRNAは、センス鎖とアンチセンス鎖が異なる塩基数であってもよく、例えば、アンチセンス鎖が3'末端及び5'末端に突出部配列(オーバーハング)を有している「asymmetrical interfering RNA(aiRNA)」を挙げることができる。典型的なaiRNAは、アンチセンス鎖が21塩基からなり、センス鎖が15塩基からなり、アンチセンス鎖の両端で各々3塩基のオーバーハング構造をとる。
【0045】
対象遺伝子特異的siRNAの標的配列の位置は特に制限されるわけではないが、一実施形態において、5’-UTR及び開始コドンから約50塩基まで、並びに3’-UTR以外の領域から標的配列を選択することが望ましい。選択された標的配列の候補群について、標的以外のmRNAにおいて16-17塩基の連続した配列に相同性がないかどうかを、BLAST(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/BLAST/)などのホモロジー検索ソフトを用いて調べ、選択した標的配列の特異性を確認することが好ましい。特異性が確認された標的配列について、AA(もしくはNA)以降の19-21塩基にTTもしくはUUの3’末端オーバーハングを有するセンス鎖と、該19-21塩基に相補的な配列及びTTもしくはUUの3’末端オーバーハングを有するアンチセンス鎖とからなる2本鎖RNAをsiRNAとして設計してもよい。また、siRNAの前駆体であるshRNAは、ループ構造を形成しうる任意のリンカー配列(例えば、5-25塩基程度)を適宜選択し、上記センス鎖とアンチセンス鎖とを該リンカー配列を介して連結することにより設計することができる。
【0046】
siRNA及び/又はshRNAの配列は、種々のwebサイト上に無料で提供される検索ソフトを用いて検索が可能である。このようなサイトとしては、例えば、以下を挙げることができる。
Ambionが提供するsiRNA Target Finder(http://www.ambion.com/jp/techlib/misc/siRNA_finder.html)pSilencer(登録商標)Expression Vector用インサートデザインツール(http://www.ambion.com/jp/techlib/misc/psilencer_converter.html)RNAi Codexが提供するGeneSeer(http://codex.cshl.edu/scripts/newsearchhairpin.cgi)。
【0047】
siRNAは、mRNA上の標的配列のセンス鎖及びアンチセンス鎖をDNA/RNA自動合成機でそれぞれ合成し、適当なアニーリング緩衝液中、約90~約95℃で約1分程度変性させた後、約30~約70℃で約1~約8時間アニーリングさせることにより調製することができる。また、siRNAの前駆体となるshRNAを合成し、これを、RNA切断タンパク質ダイサー(dicer)を用いて切断することにより調製することもできる。
【0048】
対象遺伝子特異的miRNAは、対象遺伝子の翻訳を阻害する限り任意である。例えば、miRNAは、siRNAのように標的mRNAを切断するのではなく、標的の3’非翻訳領域(UTR)に対合してその翻訳を阻害してもよい。miRNAは、pri-miRNA(primary miRNA)、pre-miRNA(precursor miRNA)、及び成熟miRNAのいずれでもよい。miRNAの長さは特に制限されず、pri-miRNAの長さは通常数百~数千塩基であり、pre-miRNAの長さは通常50~80塩基であり、成熟miRNAの長さは通常18~30塩基である。一実施形態において、対象遺伝子特異的miRNAは、好ましくはpre-miRNA又は成熟miRNAであり、より好ましくは成熟miRNAである。このような対象遺伝子特異的miRNAは、公知の手法で合成してもよく、合成RNAを提供する会社から購入してもよい。
【0049】
対象遺伝子特異的アンチセンス核酸とは、対象遺伝子のmRNAの塩基配列と相補的もしくは実質的に相補的な塩基配列又はその一部を含む核酸であって、該mRNAと特異的かつ安定した二重鎖を形成して結合することにより、対象遺伝子タンパク質合成を抑制する機能を有する核酸である。アンチセンス核酸はDNA、RNA、DNA/RNAキメラのいずれでもよい。アンチセンス核酸がDNAの場合、標的RNAとアンチセンスDNAとによって形成されるRNA:DNAハイブリッドは、内在性リボヌクレアーゼH(RNase H)に認識されて標的RNAの選択的な分解を引き起こす。したがって、RNase Hによる分解を指向するアンチセンスDNAの場合、標的配列は、mRNA中の配列だけでなく、対象遺伝子遺伝子の初期翻訳産物におけるイントロン領域の配列であってもよい。イントロン配列は、ゲノム配列と、対象遺伝子遺伝子のcDNA塩基配列とをBLAST、FASTAなどのホモロジー検索プログラムを用いて比較することにより、決定することができる。
【0050】
対象遺伝子特異的アンチセンス核酸の標的領域は、該アンチセンス核酸がハイブリダイズすることにより、結果として対象遺伝子タンパク質への翻訳が阻害されるものであればその長さは制限されない。対象遺伝子特異的アンチセンス核酸は、対象遺伝子をコードするmRNAの全配列であっても部分配列であってもよい。合成の容易さや抗原性、細胞内移行性の問題などを考慮すれば、約10~約40塩基、特に約15~約30塩基からなるオリゴヌクレオチドが好ましいが、これらに限定されるものではない。より具体的には、対象遺伝子遺伝子の5’端ヘアピンループ、5’端非翻訳領域、翻訳開始コドン、タンパク質コード領域、ORF翻訳終止コドン、3’端非翻訳領域、3’端パリンドローム領域又は3’端ヘアピンループなどをアンチセンス核酸の好ましい標的領域として選択しうるが、それらに限定されるものではない。
【0051】
対象遺伝子特異的アンチセンス核酸は、対象遺伝子遺伝子のmRNAや初期転写産物とハイブリダイズしてタンパク質への翻訳を阻害するだけでなく、二本鎖DNAであるこれらの遺伝子と結合して三重鎖(トリプレックス)を形成し、RNAへの転写を阻害し得るもの(アンチジーン(antigene))であってもよい。
【0052】
対象遺伝子特異的siRNA、対象遺伝子特異的miRNA、及び対象遺伝子特異的アンチセンス核酸などは、対象遺伝子遺伝子のcDNA配列もしくはゲノミックDNA配列に基づいてmRNAもしくは初期転写産物の標的配列を決定し、市販のDNA/RNA自動合成機を用いて、これに相補的な配列を合成することにより調製することができる。また、各種修飾を含むアンチセンス核酸も、いずれも公知の手法により、化学的に合成することができる。
【0053】
対象遺伝子特異的siRNA、対象遺伝子特異的miRNA、又は対象遺伝子特異的アンチセンス核酸の発現カセットについては、対象遺伝子特異的siRNA、対象遺伝子特異的miRNA、又は対象遺伝子特異的アンチセンス核酸が発現可能な状態で組み込まれているポリヌクレオチドである限りにおいて特に限定されない。典型的には、該発現カセットは、プロモーター配列、及び対象遺伝子特異的siRNA、対象遺伝子特異的miRNA、又は対象遺伝子特異的アンチセンス核酸のコード配列(必要に応じて、さらに転写終結シグナル配列)を含むポリヌクレオチド、必要に応じて他の配列を含む。プロモーターは、特に制限されず、例えばCMVプロモーター、EF1プロモーター、SV40プロモーター、MSCVプロモーター、hTERTプロモーター、βアクチンプロモーター、CAGプロモーターなどのRNA polymerase II(polII)系プロモーター; マウス及びヒトのU6-snRNAプロモーター、ヒトH1-RNase P RNAプロモーター、ヒトバリン-tRNAプロモーターなどのRNA polymerase III(polIII)系プロモーターなどが挙げられ、これらの中でも、短いRNAの転写を正確に行うことができるという観点から、polIII系プロモーターが好ましい。また、薬剤により誘導可能な各種プロモーターも使用することができる。他の配列としては、特に制限されず、発現ベクターが含み得る公知の配列を各種採用することができる。このような配列の一例としては、例えば複製起点、薬剤耐性遺伝子などが挙げられる。また、薬剤耐性遺伝子の種類及びベクターの種類は上述のものを例示できる。
【0054】
対象遺伝子発現抑制剤の別の例としては、対象遺伝子特異的リボザイムなどが挙げられる。「リボザイム」とは、狭義には、核酸を切断する酵素活性を有するRNAを意味するが、本願では配列特異的な核酸切断活性を有する限りDNAをも包含する。リボザイム核酸として最も汎用性の高いものは、ウイロイドやウイルソイドなどの感染性RNAに見られるセルフスプライシングRNAがあり、ハンマーヘッド型やヘアピン型などが知られている。ハンマーヘッド型は約40塩基程度で酵素活性を発揮し、ハンマーヘッド構造をとる部分に隣接する両端の数塩基ずつ(合わせて約10塩基程度)をmRNAの所望の切断部位と相補的な配列にすることにより、標的mRNAのみを特異的に切断することが可能である。このタイプのリボザイム核酸は、RNAのみを基質とするので、ゲノムDNAを攻撃することがないという利点を有する。対象遺伝子遺伝子のmRNAが自身で二本鎖構造をとる場合には、RNAヘリカーゼと特異的に結合し得るウイルス核酸由来のRNAモチーフを連結したハイブリッドリボザイムを用いることにより、標的配列を一本鎖にすることができる[Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 98(10): 5572-5577 (2001)]。さらに、リボザイムを、それをコードするDNAを含む発現ベクターの形態で使用する場合には、転写産物の細胞質への移行を促進するために、tRNAを改変した配列をさらに連結したハイブリッドリボザイムとすることもできる[Nucleic Acids Res., 29(13): 2780-2788 (2001)]。
【0055】
3-1-1-2.遺伝子編集剤
対象遺伝子遺伝子編集剤は、標的配列特異的ヌクレアーゼシステム(例えばCRISPR/Casシステム)により、対象遺伝子遺伝子の発現を抑制可能なものである限り特に制限されない。対象遺伝子遺伝子の発現抑制は、例えば対象遺伝子遺伝子の破壊、対象遺伝子遺伝子のプロモーターの改変による該プロモーターの活性抑制により可能である。
【0056】
対象遺伝子遺伝子編集剤としては、例えばCRISPR/Casシステムを採用する場合は、典型的には、対象遺伝子遺伝子又はそのプロモーターを標的とするガイドRNA発現カセット、及びCasタンパク質発現カセットを含むベクター(対象遺伝子遺伝子編集用ベクター)を用いることができるが、これに限定されない。この典型例以外にも、例えば対象遺伝子遺伝子又はそのプロモーターを標的とするガイドRNA及び/又はその発現カセットを含むベクターと、Casタンパク質発現カセット及び/又はその発現カセットを含むベクターとの組み合わせを、対象遺伝子遺伝子編集剤として用いることが可能である。
【0057】
ガイドRNA発現カセットは、酵母内でガイドRNAを発現させる目的で用いられるポリヌクレオチドである限り特に制限されない。該発現カセットの典型例としては、プロモーター、及び該プロモーターの制御下に配置されたガイドRNA全体又は一部のコード配列を含むポリヌクレオチドが挙げられる。なお「プロモーターの制御下に配置」とは、換言すれば、ガイドRNAコード配列が、該配列の転写がプロモーターによって制御されるように配置されていることを意味する。具体的な配置の態様としては、例えばプロモーターの3´側直下にガイドRNAコード配列が配置されている態様(例えば、プロモーター3´末端の塩基からガイドRNAコード配列の5´末端の塩基までの間の塩基対数(bp)が、例えば100 bp以下、好ましくは50 bp以下である態様)が挙げられる。
【0058】
ガイドRNA発現カセットのプロモーターとしては、特に制限されず、pol II系プロモーターを使用することもできるが、比較的短いRNAの転写をより正確に行わせるという観点から、pol III系プロモーターが好ましい。pol III系プロモーターとしては、特に制限されないが、例えばマウス及びヒトのU6-snRNAプロモーター、ヒトH1-RNase P RNAプロモーター、ヒトバリン-tRNAプロモーターなどが挙げられる。また、薬剤により誘導可能な各種プロモーターも使用することができる。
【0059】
ガイドRNAコード配列は、ガイドRNAをコードする塩基配列である限り特に制限されない。
【0060】
ガイドRNAは、CRISPR/Casシステムにおいて用いられるものであれば特に制限されず、例えばゲノムDNAの標的部位(例えば対象遺伝子遺伝子、そのプロモーターなど)に結合し、且つCasタンパク質と結合することにより、Casタンパク質をゲノムDNAの標的部位に誘導可能なものを各種使用することができる。
【0061】
本明細書において、標的部位とは、PAM(Proto-spacer Adjacent Motif)配列及びその5´側に隣接する17~30塩基長(好ましくは18~25塩基長、より好ましくは19~22塩基長、特に好ましくは20塩基長)程度の配列からなるDNA鎖(標的鎖)とその相補DNA鎖(非標的鎖)からなる、ゲノムDNA上の部位である。
【0062】
PAM配列は、利用するCasタンパク質の種類によって異なる。例えば、S. pyogenes由来のCas9タンパク質(II型)に対応するPAM配列は5´-NGGであり、S. solfataricus由来のCas9タンパク質(I-A1型)に対応するPAM配列は5´-CCNであり、S. solfataricus由来のCas9タンパク質(I-A2型)に対応するPAM配列は5´-TCNであり、H. walsbyl由来のCas9タンパク質(I-B型)に対応するPAM配列は5´-TTCであり、E. coli由来のCas9タンパク質(I-E型)に対応するPAM配列は5´-AWGであり、E. coli由来のCas9タンパク質(I-F型)に対応するPAM配列は5´-CCであり、P. aeruginosa由来のCas9タンパク質(I-F型)に対応するPAM配列は5´-CCであり、S. Thermophilus由来のCas9タンパク質(II-A型)に対応するPAM配列は5´-NNAGAAであり、S. agalactiae由来のCas9タンパク質(II-A型)に対応するPAM配列は5´-NGGであり、S. aureus由来のCas9タンパク質に対応するPAM配列は、5´-NGRRT又は5´-NGRRNであり、N. meningitidis由来のCas9タンパク質に対応するPAM配列は、5´-NNNNGATTであり、T. denticola由来のCas9タンパク質に対応するPAM配列は、5´-NAAAACである。
【0063】
ガイドRNAはゲノムDNAの標的部位への結合に関与する配列(crRNA(CRISPR RNA)配列といわれることもある)を有しており、このcrRNA配列が、非標的鎖のPAM配列相補配列を除いてなる配列に相補的(好ましくは、相補的且つ特異的)に結合することにより、ガイドRNAはゲノムDNAの標的部位に結合することができる。
【0064】
なお、「相補的」に結合とは、完全な相補関係(AとT、及びGとC)に基づいて結合する場合のみならず、ストリンジェントな条件でハイブリダイズすることができる程度の相補関係に基づいて結合する場合も包含される。ストリンジェントな条件は、Berger and Kimmel (1987, Guide to Molecular Cloning Techniques Methods in Enzymology, Vol. 152, Academic Press, San Diego CA) に教示されるように、複合体或いはプローブを結合する核酸の融解温度(Tm)に基づいて決定することができる。例えばハイブリダイズ後の洗浄条件として、通常「1×SSC、0.1% SDS、37℃」程度の条件を挙げることができる。かかる条件で洗浄してもハイブリダイズ状態を維持するものであることが好ましい。特に制限されないが、より厳しいハイブリダイズ条件として「0.5×SSC、0.1%SDS、42℃」程度、さらに厳しいハイブリダイズ条件として「0.1×SSC、0.1%SDS、65℃」程度の洗浄条件を挙げることができる。
【0065】
具体的には、crRNA配列の内、標的配列に結合する配列は、標的鎖と例えば90%以上、好ましくは95%以上、より好ましくは98%以上、さらに好ましくは99%以上、特に好ましくは100%の同一性を有する。なお、ガイドRNAの標的部位への結合には、crRNA配列の内、標的配列に結合する配列の3´側の12塩基が重要であるといわれている。このため、crRNA配列の内、標的配列に結合する配列が、標的鎖と完全同一ではない場合、標的鎖と異なる塩基は、crRNA配列の内、標的配列に結合する配列の3´側の12塩基以外に存在することが好ましい。
【0066】
ガイドRNAは、Casタンパク質との結合に関与する配列(tracrRNA(trans-activating crRNA)配列といわれることもある)を有しており、このtracrRNA配列が、Casタンパク質に結合することにより、Casタンパク質をゲノムDNAの標的部位に誘導することができる。
【0067】
tracrRNA配列は、特に制限されない。tracrRNA配列は、典型的には、複数(通常、3つ)のステムループを形成可能な50~100塩基長程度の配列からなるRNAであり、利用するCasタンパク質の種類に応じてその配列は異なる。tracrRNA配列としては、利用するCasタンパク質の種類に応じて、公知の配列を各種採用することができる。
【0068】
ガイドRNAは、通常、上記したcrRNA配列とtracr RNA配列を含む。ガイドRNAの態様は、crRNA配列とtracr RNA配列を含む一本鎖RNA(sgRNA)であってもよいし、crRNA配列を含むRNAとtracrRNA配列を含むRNAとが相補的に結合してなるRNA複合体であってもよい。
【0069】
Casタンパク質発現カセットは、代謝改善対象の生物内でCasタンパク質を発現させる目的で用いられるポリヌクレオチドである限り特に制限されない。該発現カセットの典型例としては、プロモーター、及び該プロモーターの制御下に配置されたCasタンパク質コード配列を含むポリヌクレオチドが挙げられる。なお「プロモーターの制御下に配置」とは、ガイドRNA発現カセットにおける定義と同様である。
【0070】
Casタンパク質発現カセットのプロモーターとしては、特に制限されず、例えばpol II系プロモーターを各種使用することができる、pol II系プロモーターとしては、特に制限されないが、例えば例えばTDH3プロモーター、GAL10プロモーター、CMVプロモーター、EF1プロモーター、SV40プロモーター、MSCVプロモーター、CAGプロモーターなどが挙げられる。また、薬剤により誘導可能な各種プロモーターも使用することができる。
【0071】
Casタンパク質コード配列は、Casタンパク質のアミノ酸配列をコードする塩基配列である限り特に制限されない。
【0072】
Casタンパク質は、CRISPR/Casシステムにおいて用いられるものであれば特に制限されず、例えばガイドRNAと複合体を形成した状態でゲノムDNAの標的部位に結合し、該標的部位を切断できるものを各種使用することができる。Casタンパク質としては、各種生物由来のものが知られており、例えばS. pyogenes由来のCas9タンパク質(II型)、S. solfataricus由来のCas9タンパク質(I-A1型)、S. solfataricus由来のCas9タンパク質(I-A2型)、H. walsbyl由来のCas9タンパク質(I-B型)、E. coli由来のCas9タンパク質(I-E型)、E. coli由来のCas9タンパク質(I-F型)、P. aeruginosa由来のCas9タンパク質(I-F型)、S. Thermophilus由来のCas9タンパク質(II-A型)、S. agalactiae由来のCas9タンパク質(II-A型)、S. aureus由来のCas9タンパク質、N. meningitidis由来のCas9タンパク質、T. denticola由来のCas9タンパク質、F. novicida由来のCpf1タンパク質(V型)などが挙げられる。これらの中でも、好ましくはCas9タンパク質が挙げられ、より好ましくはストレプトコッカス属に属する細菌が内在的に有するCas9タンパク質が挙げられる。各種Casタンパク質のアミノ酸配列、及びそのコード配列の情報は、NCBIなどの各種データベース上で容易に得ることができる。
【0073】
Casタンパク質は、野生型の2本鎖切断型Casタンパク質であってもよいし、ニッカーゼ型Casタンパク質であってもよい。また、Casタンパク質は、その活性を損なわない限りにおいて、アミノ酸配列の変異(例えば、置換、欠失、挿入、付加など)を有していてもよいし、公知のタンパク質タグ、シグナル配列、酵素タンパク質などのタンパク質が付加されたものであってもよい。タンパク質タグとしては、例えばビオチン、Hisタグ、FLAGタグ、Haloタグ、MBPタグ、HAタグ、Mycタグ、V5タグ、PAタグなどが挙げられる。シグナル配列としては、例えば細胞質移行シグナルなどが挙げられる。
【0074】
対象遺伝子遺伝子編集用ベクターは、他の配列を有していてもよい。他の配列としては、特に制限されず、発現ベクターが含み得る公知の配列を各種採用することができる。このような配列の一例としては、例えば複製起点、薬剤耐性遺伝子などが挙げられる。
【0075】
薬剤耐性遺伝子としては、例えばクロラムフェニコール耐性遺伝子、テトラサイクリン耐性遺伝子、ネオマイシン耐性遺伝子、エリスロマイシン耐性遺伝子、スペクチノマイシン耐性遺伝子、カナマイシン耐性遺伝子、ハイグロマイシン耐性遺伝子、ピューロマイシン耐性遺伝子などが挙げられる。
【0076】
ベクターの種類は、特に制限されず、例えば動物細胞発現プラスミドなどのプラスミドベクター; レトロウイルス、レンチウイルス、アデノウイルス、アデノ随伴ウイルス、ヘルペスウイルス、センダイウイルスなどのウイルスベクター; アグロバクテリウムベクターなどが挙げられる。
【0077】
対象遺伝子遺伝子編集剤は、公知の遺伝子工学的手法に従って容易に作製することができる。例えば、PCR、制限酵素切断、DNA連結技術、in vitro転写・翻訳技術、リコンビナントタンパク質作製技術などを利用して作製することができる。
【0078】
3-1-2.対象遺伝子発現促進剤
対象遺伝子発現促進剤は、細胞中の対象遺伝子量を増加させることができる限りにおいて特に制限されない。
【0079】
対象遺伝子発現促進剤としては、例えば対象遺伝子の発現カセットが挙げられる。対象遺伝子の発現カセットは、対象遺伝子が発現可能な状態で組み込まれている限りにおいて特に限定されない。典型的には、対象遺伝子の発現カセットは、プロモーター配列、及び対象遺伝子コード配列(必要に応じて、さらに転写終結シグナル配列)を含むポリヌクレオチドを含む。発現カセットは、ベクターの形態であることもできる。
【0080】
発現ベクターは、特に制限されず、例えば動物細胞発現プラスミド等のプラスミドベクター; レトロウイルス、レンチウイルス、アデノウイルス、アデノ随伴ウイルス、ヘルペスウイルス、センダイウイルス等のウイルスベクター等が挙げられる。
【0081】
プロモーターは、特に制限されず、例えばTDH3プロモーター、GAL10プロモーター、CMVプロモーター、EF1プロモーター、SV40プロモーター、MSCVプロモーター、CAGプロモーター等が挙げられる。また、薬剤により誘導可能な各種プロモーターも使用することができる。
【0082】
発現ベクターは、上記以外にも、発現ベクターが含み得る他のエレメントを含んでいてもよい。他のエレメントとしては、例えば複製基点や薬剤耐性遺伝子等が挙げられる。薬剤耐性遺伝子は、特に制限されないが、例えばクロラムフェニコール耐性遺伝子、テトラサイクリン耐性遺伝子、ネオマイシン耐性遺伝子、エリスロマイシン耐性遺伝子、スペクチノマイシン耐性遺伝子、カナマイシン耐性遺伝子、ハイグロマイシン耐性遺伝子、ピューロマイシン耐性遺伝子等が挙げられる。
【0083】
対象遺伝子の発現ベクターは、公知の遺伝子工学的手法に従って容易に得ることができる。例えば、PCR、制限酵素切断、DNA連結技術等を利用して作製することができる。
【0084】
対象遺伝子発現促進剤の別の例としては、対象遺伝子の転写活性化因子及びその発現ベクター、対象遺伝子の転写を活性化できる低分子化合物等が挙げられる。発現ベクターの態様については、上記対象遺伝子の発現ベクターと同様である。
【0085】
3-2.対象遺伝子機能調節剤
対象遺伝子機能調節剤は、対象遺伝子タンパク質又は対象遺伝子 mRNAの機能を調節可能なものである限り、特に制限されず、例えば対象遺伝子機能抑制剤、対象遺伝子機能促進剤等を包含する。対象遺伝子機能調節剤は、1種単独で用いることもできるし、2種以上を組み合わせて用いることもできる。
【0086】
対象遺伝子機能調節剤としては、例えば対象遺伝子タンパク質に対する中和抗体等が挙げられる。中和抗体は、対象遺伝子に結合することにより対象遺伝子タンパク質が有する活性を阻害する性質を有する抗体を言う。
【0087】
抗体には、ポリクローナル抗体、モノクローナル抗体、キメラ抗体、一本鎖抗体、またはFabフラグメントやFab発現ライブラリーによって生成されるフラグメントなどのように抗原結合性を有する上記抗体の一部が包含される。対象遺伝子のアミノ酸配列のうち少なくとも連続する、通常8アミノ酸、好ましくは15アミノ酸、より好ましくは20アミノ酸からなるポリペプチドに対して抗原結合性を有する抗体も、本発明の抗体に含まれる。
【0088】
中和抗体としては、例えば対象遺伝子タンパク質における他の分子(例えば核酸、タンパク質、基質等)との結合部位のアミノ酸配列に対して抗原結合性を有する抗体が好ましい。結合部位は公知の情報に基づいて決定すること、及び/又は公知の情報に基づいて推測すること(例えば、ドッキングモデル構築等により)が可能である。
【0089】
これらの抗体の製造方法は、すでに周知であり、本発明の抗体もこれらの常法に従って製造することができる(Current protocols in Molecular Biology , Chapter 11.12~11.13(2000))。具体的には、本発明の抗体がポリクローナル抗体の場合には、常法に従って大腸菌等で発現し精製した対象遺伝子を用いて、あるいは常法に従って当該対象遺伝子の部分アミノ酸配列を有するオリゴペプチドを合成して、家兎等の非ヒト動物に免疫し、該免疫動物の血清から常法に従って得ることが可能である。一方、モノクローナル抗体の場合には、常法に従って大腸菌等で発現し精製した対象遺伝子、あるいは対象遺伝子の部分アミノ酸配列を有するオリゴペプチドをマウス等の非ヒト動物に免疫し、得られた脾臓細胞と骨髄腫細胞とを細胞融合させて調製したハイブリドーマ細胞の中から得ることができる(Current protocols in Molecular Biology edit. Ausubel et al. (1987) Publish. John Wiley and Sons. Section 11.4~11.11)。
【0090】
抗体の作製に免疫抗原として使用される対象遺伝子は、公知の遺伝子配列情報に基づいて、DNAクローニング、各プラスミドの構築、宿主へのトランスフェクション、形質転換体の培養および培養物からのタンパク質の回収の操作により得ることができる。これらの操作は、当業者に既知の方法、あるいは文献記載の方法(Molecular Cloning, T.Maniatis et al., CSH Laboratory (1983), DNA Cloning, DM. Glover, IRL PRESS (1985))などに準じて行うことができる。
【0091】
具体的には、対象遺伝子が所望の宿主細胞中で発現できる組み換えDNA(発現ベクター)を作製し、これを宿主細胞に導入して形質転換し、該形質転換体を培養して、得られる培養物から、目的タンパク質を回収することによって、本発明抗体の製造のための免疫抗原としてのタンパク質を得ることができる。また対象遺伝子の部分ペプチドは、公知の遺伝子配列情報に従って、一般的な化学合成法(ペプチド合成)によって製造することもできる。
【0092】
また本発明の抗体は、対象遺伝子の部分アミノ酸配列を有するオリゴペプチドを用いて調製されるものであってよい。かかる抗体の製造のために用いられるオリゴ(ポリ)ペプチドは、機能的な生物活性を有することは要しないが、対象遺伝子と同様な免疫原特性を有するものであることが望ましい。好ましくはこの免疫原特性を有し、且つ対象遺伝子のアミノ酸配列において少なくとも連続する8アミノ酸、好ましくは15アミノ酸、より好ましくは20アミノ酸からなるオリゴ(ポリ)ペプチドを例示することができる。
【0093】
かかるオリゴ(ポリ)ペプチドに対する抗体の製造は、宿主に応じて種々のアジュバントを用いて免疫学的反応を高めることによって行うこともできる。限定はされないが、そのようなアジュバントには、フロイントアジュバント、水酸化アルミニウムのようなミネラルゲル、並びにリゾレシチン、プルロニックポリオル、ポリアニオン、ペプチド、油乳剤、キーホールリンペットヘモシアニン及びジニトロフェノールのような表面活性物質、BCG(カルメット-ゲラン桿菌)やコリネバクテリウム-パルヴムなどのヒトアジュバントが含まれる。
【0094】
対象遺伝子機能調節剤としては、上記対象遺伝子中和抗体以外にも、対象遺伝子アンタゴニスト、対象遺伝子アゴニスト、対象遺伝子ドミナントネガティブ変異体等を使用することが可能である。また、対象遺伝子機能調節剤として中和抗体等のタンパク質を採用する場合は、それに代えて、その発現カセットを採用することもできる。発現カセットについては、上記「3-1.対象遺伝子発現調節剤」における定義と同様である。
【0095】
3-3.その他
本発明の酵母製造用試薬は、油脂産生能が調節された酵母の製造のために使用される。具体的には、本発明の酵母製造用試薬は、酵母に導入することにより、酵母内の対象遺伝子の発現等を調節し、或いは外来遺伝子を発現させ、それにより油脂産生能が調節された酵母を製造するために使用される。
【0096】
本発明の酵母製造用試薬は、好ましくは、酵母110315遺伝子の発現抑制剤及び機能抑制剤からなる群より選択される少なくとも1種を含み、油脂産生能が向上した酵母の製造に用いるための、試薬である。
【0097】
本発明の酵母製造用試薬は、より好ましくは、酵母110315遺伝子の発現抑制剤を含み、油脂産生能が向上した酵母の製造用いるための、試薬である。
【0098】
本発明の酵母製造用試薬は、上記した必須成分のみからなるものでもよいが、該必須成分に加えて、含有する必須成分の種類、後述の剤形、使用態様等に応じて種々の他の成分を含んでいてもよい。本発明の製造用剤中の必須成分(乾燥重量)の含有割合は、後述の剤形、使用態様等に応じて適宜決定することができるが、例えば0.0001~100質量%の範囲を例示することができる。他の成分としては、例えば基剤、担体、溶剤、分散剤、乳化剤、緩衝剤、安定剤、賦形剤、結合剤、崩壊剤、滑沢剤、増粘剤、保湿剤、着色料、香料、キレート剤等が挙げられる。本発明の製造用剤の形態は特に制限されず、例えば乾燥形態、溶液形態等であることができ、さらにキット形態であってもよい。キットは、必要に応じて核酸導入試薬、緩衝液等、酵母培養に必要な他の材料、試薬、器具等を適宜含んでいてもよい。
【0099】
4.油脂産生酵母、油脂産生組成物、油脂の製造方法
本発明は、その一態様において、酵母110315遺伝子の発現が低下している状態である、油脂産生酵母(本明細書において、「本発明の油脂産生酵母」と示すこともある。)、に関する。
【0100】
また、本発明は、その一態様において、本発明の油脂産生酵母を含有する、油脂産生用組成物(本明細書において、「本発明の油脂産生用組成物」と示すこともある。)、に関する。
【0101】
さらに、本発明は、その一態様において、本発明の油脂産生酵母の培養物及び本発明の油脂産生用組成物からなる群より選択される少なくとも1種から油脂を回収することを含む、油脂の製造方法(本明細書において、「本発明の油脂製造方法」と示すこともある。)、に関する。
【0102】
以下に、これらについて説明する。なお、本項において記載の無い事項については、上記「2.油脂産生能が調節された酵母の製造方法」の記載が援用される。
【0103】
本発明の油脂産生酵母は、本発明の酵母製造方法によって得られ得る酵母であり、その限りにおいて特に制限されない。
【0104】
本発明の油脂産生酵母は、さらに、変異が加えられていてもよい。例えば、本発明の油脂産生酵母は、脂肪酸変換経路において変異が加えられていてもよい。より具体的には、例えばC16/C18脂肪酸エロンゲース、Δ9デサチュラーゼ、Δ9エロンゲース、Δ8デサチュラーゼ、Δ5デサチュラーゼ、Δ15デサチュラーゼ、Δ17デサチュラーゼ等について、外来性遺伝子の導入、内在性遺伝子又はそのプロモーターの改変等の変異により、脂肪酸変換経路において変異が加えられていてもよい。これにより、例えば多価不飽和脂肪酸含有率、好ましくはDHAやEPA等の高付加価値を有する多価不飽和脂肪酸の含有率をさらに高めることが可能である。
【0105】
本発明の油脂産生用組成物は、本発明の油脂産生酵母を含有する限りにおいて特に制限されない。本発明の油脂産生用組成物は、例えば本発明の油脂産生酵母の培養物、本発明の油脂産生酵母の懸濁液であることができる。
【0106】
培養は、炭素源を含有する培養液を用いて従来公知の手法によって行うことができる。炭素源としては、糖類、糖アルコール及び酸性糖あるいはこれらを含むバイオマスを、特に限定されることなく用いることができる。ここで、本発明において「バイオマス」とは、上記炭素源を含む再生可能材料を意味するものとする。
【0107】
糖類としては単糖類、オリゴ糖類及び多糖類が挙げられる。オリゴ糖類は二~十糖類を指称するものとし、これらはホモオリゴ糖類であってもヘテロオリゴ糖類であってもよい。また、多糖類はオリゴ糖類よりも単糖単位数の大きな糖類を指称するものとし、これらはホモ多糖類であってもヘテロ多糖類であってもよい。具体的には、単糖類としてはL-アラビノース、D-キシロース、D-リボース等のペントース、D-グルコース、D-ガラクトース、D-フラクトース、D-マンノース等のヘキソース、L-ラムノース等の6-デオキシヘキソース等が挙げられる。オリゴ糖類としてはスクロース、マルトース、ラクトース、セロビオース、トレハロース、メリビオース等の二糖類、ラフィノース等の三糖類等が挙げられる。多糖類としては澱粉、セルロース、グリコーゲン、デキストラン、マンナン、キシラン等が挙げられる。上記糖類は単独で用いても適宜組み合わせて用いてもよい。上記組み合わせ中には澱粉加水分解物等も含まれる。また糖類としては糖類を主成分として含有する原料、例えば廃糖蜜、おから等も用いることができる。
【0108】
糖アルコールとしては、D-ソルビトール、D-マンニトール、ガラクチトール、マルチトール等が挙げられる。酸性糖としては、グルクロン酸、ガラクチュロン酸等が挙げられる。
【0109】
培地中の炭素源の量は、特に限定されないが、通常3~15%(w/w)程度とされる。
【0110】
培地は、炭素源の他に、窒素源、無機物その他の栄養素を含んでいてもよい。窒素源としては、アンモニア、塩化アンモニウム、硫酸アンモニウム、炭酸アンモニウム、酢酸アンモニウム、硝酸ナトリウム、尿素等の無機有機窒素化合物が使用できる。さらに窒素源としては、ペプトン、肉エキス、酵母エキス、コーン・スティープ・リカー、カゼイン加水分解物、フィッシュミールもしくはその消化物、脱脂大豆粕もしくはその消化物などの窒素含有天然物も使用できる。無機物としては、リン酸一カリウム、リン酸二カリウム、硫酸マグネシウム、塩化ナトリウム、硫酸第一鉄、塩化第一鉄、硫酸マンガン、塩化カルシウム、炭酸カルシウム、硫酸亜鉛、硫酸銅、ホウ酸・モリブデン酸アンモニウム、ヨウ化カリウム等が使用できる。
【0111】
培養条件の一態様は次の通りである。培養は振盪培養あるいは深部攪拌培養など好気的条件下で行う。培養温度は一般には20~35℃が好ましいが、菌が生育する温度であれば他の温度条件でもよい。培養中の培地のpHは、通常、4.0~7.2とされる。培養期間は、特に制限されず、例えば2~10日間である。
【0112】
得られた培養物、及び該培養物中の細胞は、オレイン酸、パルミチン酸、ステアリン酸、リノール酸、パルミトレイン酸等の油脂を含有する。
【0113】
培養物からの油脂の回収は、公知の方法に従って又は準じて行うことができる。例えば、圧搾、フレンチプレス、ボールミル等により回収することができる。
【0114】
細胞内に蓄積された油脂は、例えば必要に応じて培養物から液体画分を除去し、得られた細胞から公知の方法に従って又は準じて油脂含有抽出物を得ることによって、回収することができる。液体画分の除去は、遠心分離及び静置沈降等の操作や、セパレータ、デカンター及びフィルタレーション等の装置などによって行うことができる。
【0115】
細胞外に分泌された油脂は、例えば培養物、或いは必要に応じて培養物から細胞を除去して得られた液体画分に溶媒を添加して、油脂を該溶媒中に溶解させることによって、回収することができる。溶媒としては、油脂を溶解し、水との混和性がないか乏しい常温で液状の有機溶媒、例えばハロゲン化低級アルカン(クロロホルム、塩化メチレン、四塩化炭素、1,2-ジクロロエタン)、n-ヘキサン、エチルエーテル、酢酸エチル、芳香族炭化水素(ベンゼン、トルエン、キシレン)等が好適に用いられる。抽出溶媒の添加量は培養物中またはその液体分画中に生成蓄積した油脂を十分に回収できる量であればよく特に限定されない。
【実施例0116】
以下に、実施例に基づいて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例によって限定されるものではない。
【0117】
試験例1.油脂蓄積変異株の取得
油脂蓄積変異株を取得のため、変異原性物質エチルメタンスルホン酸又はUVをL. starkeyi CBS1807株に作用させ、変異を誘発させた変異株群を培養し、Percoll密度勾配遠心法で分画した。油の密度は水よりも低いことから、油脂高蓄積細胞と油脂低蓄積細胞の密度が異なり、油脂高蓄積細胞は低密度画分に、油脂低蓄積細胞は高密度画分に分画されることが予想される。低密度画分を分取後に培養し、密度勾配遠心法で再分画することを繰り返すことにより油脂高蓄積変異細胞の濃縮が可能となる(特許文献1)。
【0118】
その後、それぞれの濃縮画分の溶液を培地プレートに撒き、コロニーとして単離した。得られたコロニーを液体培養し、(1)油脂を蛍光染色後、フローサイトメトリーによる油脂生産性評価、(2)顕微鏡観察による脂肪球の大きさの評価、(3)油脂定量の3つを組み合わせ、油脂蓄積変異株のスクリーニングを行った。その結果、野生株と比較して高い油脂生産性をもつ油脂高蓄積変異株E15, E47, A42, K13, K14を取得した(非特許文献1)。野生株と油脂高蓄積変異株の比較培養において、培養1日目では野生株と油脂高蓄積変異株E15, E47, A42, K13, K14の細胞内の脂肪球の大きさはあまり変わらなかったが、培養3日目では全ての油脂高蓄積変異株の細胞内の脂肪球が野生株よりも大きく、特にE15とK14が際立っていた。
【0119】
培養3日目において、油脂高蓄積変異株E15, E47, A42, K13, K14の細胞あたりのTAG生産量は、それぞれ野生株の2.0, 1.4, 1.5, 1.9, 2.3倍で、E15及びK14が2倍以上であった(非特許文献1)。
【0120】
また、本研究では油脂生産能が一番高かったE15株へ変異を誘発し、さらに油脂生産性が向上した変異株の取得を試み、先と同様の濃縮とスクリーニングを経て、培地あたりの油脂蓄積量が野生株の約3.5倍、E15株の約2倍に向上した変異株E15-11, E15-15, E15-25を取得した。
【0121】
さらに、先行技術(特許文献2)において見出された油脂生産制御因子 Transcript Id:115694 (115694) 遺伝子のうちE15-11、E15-15、E15-25由来のミスセンス変異 (g.3413 A>G) を Δlslig4株の野生型 115694 遺伝子に対して置換した株(m115694) をエレクトロポレーション法により取得した。新たな油脂高蓄積変異株取得のため、UVをm115694株に作用させ、変異を誘発させた変異株群を培養し、Percoll密度勾配遠心法で分画した。油の密度は水よりも低いことから、油脂高蓄積細胞と油脂低蓄積細胞の密度が異なり、油脂高蓄積細胞は低密度画分に、油脂低蓄積細胞は高密度画分に分画されることが予想される。低密度画分を分取後に培養し、密度勾配遠心法で再分画することを繰り返すことにより油脂高蓄積変異細胞の濃縮が可能となる。その後、濃縮画分の溶液を培地プレートに撒き、コロニーとして単離した。得られたコロニーを液体培養し、油脂定量による油脂蓄積変異株のスクリーニングを行った。その結果、m115694 と比較して高い油脂生産性をもつ新規油脂高蓄積変異株 m115694-19を取得した。
【0122】
試験例2.比較ゲノム解析を活用した油脂の生産性を制御する因子の獲得
油脂の生産性を向上させる因子を獲得するために、Δlslig4 株の野生型 115694 遺伝子に対して置換した株 (m115694)と油脂蓄積変異株m115694-19のゲノム塩基配列比較による変異遺伝子抽出を行った。比較ゲノム解析を実施するにおいて、ナンセンス変異、フレームシフト変異、スプライシング異常、ミスセンス変異に注目した。その結果、Transcript Id: 110315(https://mycocosm.jgi.doe.gov/Lipst1_1/Lipst1_1.home.html)が変異遺伝子として見出された。油脂蓄積変異株m115694-19において見出された変異型Transcript Id: 110315は、ナンセンス変異を示した。このナンセンス変異は、具体的には、110315遺伝子のDNA配列(配列番号1:イントロンを含む。開始コドンから終始コドンまで。)の1270 番目の塩基がTからAに置換された変異である。
【0123】
試験例3.110315遺伝子の欠失株の解析
野生株(WT)及びΔlslig4株をコントロール株として、110315 欠失 (Δlslig4Δ110315) 株における TAG 生産との関連性を明らかにするために、これらの株を作製した。株の作製は、特許文献2に記載の方法を参照して行った。得られた株及びコントロール株それぞれを、200 mL バッフルフラスコに 75 mL スケールの S 培地 (0.5% (NH4)2SO4, 0.1% KH2PO4, 0.01% NaCl, 0.1% 酵母エキス, 0.05% MgSO4・7H2O, 0.01% CaCl2・2H2O, 5% Glucose)の培地30℃、160 rpm の条件で 5日間培養し、その表現型を解析した。
【0124】
結果を図1-1及び図1-2、並びに表1に示す。細胞濃度において、Δlslig4Δ110315 は、Δlslig4の約 0.9 倍の最終細胞濃度だった。また、培地中のグルコース消費量は、培養 3 日目までは全ての株が同程度の消費量を示していたが、培養 5 日目では、Δlslig4Δ110315はWT 及びΔlslig4 と比較して多く消費していた。Δlslig4Δ110315は親株である Δlslig4 株と比較して培養 3 日目以降、1.3 -1.5 倍 TAG を高生産していた。顕微鏡観察においても、培養 3 日目から Δlslig4Δ110315 は Δlslig4 と比較して細胞内に大きな脂肪球を有しており、TAG を高生産していることが確認できた。蓄積した TAG の脂肪酸組成解析を実施したところ、Δlslig4Δ110315 は Δlslig4 と比較して、パルミチン酸の含有量が 約3-4% 増加、オレイン酸の含有量が約 2-3% 減少していたものの、いずれの株も主要な脂肪酸種は、パルミチン酸とオレイン酸から構成されていた。
【0125】
以上より、酵母において、酵母110315遺伝子の発現及び/又は機能を調節することは、油脂産生能を調節できることが分かった。
【0126】
【表1】
【0127】
試験例4.115694遺伝子の変異と110315 遺伝子の変異及び/又は欠失を組み合わせた株の解析
m115697 株をコントロール株として、m115697 株の110315 遺伝子への油脂高蓄積変異株 m115697-19 由来の変異導入(m115697/110315(m115697-19)) または m115697 株の 110315 遺伝子の欠失 (m115697Δ110315) における TAG 生産との関連性を明らかにするために、これらの株を作製した。株の作製は、特許文献2に記載の方法を参照して行った。得られた株及びコントロール株それぞれを、200 mL バッフルフラスコに 75 mL スケールの S 培地 (0.5% (NH4)2SO4, 0.1% KH2PO4, 0.01% NaCl, 0.1% 酵母エキス, 0.05% MgSO4・7H2O, 0.01% CaCl2・2H2O, 7% Glucose) を 30℃、160 rpm の条件で 3日間培養し、その表現型を解析した。
【0128】
結果を図2-1及び図2-2、並びに表2に示す。培養 1、3 日目ともに 110315 遺伝子の変異または欠失は、コントロールと比較して細胞濃度が低下していた。また、m115694-19 と m1115694/110315(m115697-19) は、同様な細胞増殖挙動を示していた。培地中のグルコース消費量は、培養 0 から 1 日目にかけては、同程度の消費量であったが、培養 1 から 3 日目にかけて m115694-19 と m1115694/110315(m115697-19) が僅かに多くのグルコースを消費した。培養 1 日目から 3 日目にかけて全株で培地中の TAG 量の増加が確認されたが、115694 の変異または欠失は、特に TAG 量の増加が大きく、m115694-19 と m1115694/110315(m115697-19) は、m115694 の約 1.4 倍、m115697Δ110315 は約1.3 倍の TAG 生産量を示した。最も細胞濃度が低かった m115697Δ110315 の細胞あたりの TAG 量は、培養 1、3 日目ともに最も高く、それぞれ m115694 の約 1.9、1.8 倍を示していた。m115694 に対して細胞濃度が低く、グルコース消費量は同程度であったことから、グルコースを生育よりも TAG 生産に優先的に利用していることが考えられる。また、m115694-19 と m1115694/110315(m115697-19) は細胞あたりの TAG 量に関しても同程度の生産量を示していた。顕微鏡観察において、m115694-19 、m1115694/110315(m115697-19) 及び m115697Δ110315 は m115697 よりも大きい脂肪球を有する細胞を多く確認できた。蓄積した TAG の脂肪酸組成解析を実施したところ、いずれの株も主要な脂肪酸種は、パルミチン酸とオレイン酸から構成されており、上記の脂肪酸種に関しても大きな変化は確認されなかった。
【0129】
以上より、先行技術を利用した 115694 遺伝子と油脂高蓄積変異株m115694-19 由来の110315 変異または 110315 の欠失による組み合わせは、TAG 生産量をさらに向上させることが明らかとなった。
【0130】
【表2】
図1-1】
図1-2】
図2-1】
図2-2】
【配列表】
2023121315000001.app