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特開2023-121419シミュレーション方法、シミュレーション装置、及びプログラム
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023121419
(43)【公開日】2023-08-31
(54)【発明の名称】シミュレーション方法、シミュレーション装置、及びプログラム
(51)【国際特許分類】
   G16Z 99/00 20190101AFI20230824BHJP
【FI】
G16Z99/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022024766
(22)【出願日】2022-02-21
(71)【出願人】
【識別番号】000002107
【氏名又は名称】住友重機械工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100105887
【弁理士】
【氏名又は名称】来山 幹雄
(72)【発明者】
【氏名】北原 龍之介
【テーマコード(参考)】
5L049
【Fターム(参考)】
5L049DD02
(57)【要約】
【課題】計算負荷の増大を抑制し、かつヒステリシスループの解析を行うことが可能なシミュレーション方法を提供する。
【解決手段】シミュレーション対象の磁性体を構成する複数の原子を粗視化することにより、元の原子数より少ない個数の複数の超粒子の集まりからなる磁性体モデルを生成する。超粒子のそれぞれに磁気モーメントを付与する。磁性体モデルに磁場を与えたときの磁性体モデルの磁化を計算する磁化計算手順を、外部磁場を変化させて複数回実行する。磁化計算手順は、外部磁場及び複数の超粒子の磁気モーメントに基づいて、複数の超粒子のそれぞれに作用する合計の磁場を計算し、超粒子のそれぞれに作用する合計の磁場に基づいて、超粒子のそれぞれの磁気モーメントを変化させ、変化後の磁気モーメントに基づいて磁性体モデルの磁化を計算する時間ステップループを、磁性体モデルの磁化が収束するまで複数回実行する。
【選択図】図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
シミュレーション対象の磁性体を構成する複数の原子を粗視化することにより、元の原子数より少ない個数の複数の超粒子の集まりからなる磁性体モデルを生成し、
前記複数の超粒子のそれぞれに磁気モーメントを付与し、
前記磁性体モデルに外部磁場を与えたときの前記磁性体モデルの磁化を計算する磁化計算手順を、前記外部磁場を変化させて複数回実行するシミュレーション方法であって、
前記磁化計算手順は、
前記外部磁場及び前記複数の超粒子の磁気モーメントに基づいて、前記複数の超粒子のそれぞれに作用する合計の磁場を計算し、前記複数の超粒子のそれぞれに作用する前記合計の磁場に基づいて、前記複数の超粒子のそれぞれの磁気モーメントを変化させ、変化後の前記複数の超粒子の磁気モーメントに基づいて前記磁性体モデルの磁化を計算する時間ステップループを、前記磁性体モデルの磁化が収束するまで複数回実行する手順と、
前記磁性体モデルの磁化が収束した後、前記磁性体モデルの磁化を決定する手順と、
前記外部磁場と、決定された前記磁性体モデルの磁化とを関連付けて記憶する手順と
を含み、
前記磁化計算手順において、直前の前記磁化計算手順の終了時点における前記複数の超粒子の磁気モーメントを、初期条件として与えるシミュレーション方法。
【請求項2】
前記複数の超粒子のそれぞれに作用する前記合計の磁場を計算する手順において、少なくとも結晶磁気異方性相互作用に基づく磁場を、前記合計の磁場に含める請求項1に記載のシミュレーション方法。
【請求項3】
前記磁化計算手順において、前記磁性体モデルの磁化の変化量が規定値以下になったら、その後、前記時間ステップループを複数回実行し、前記磁性体モデルの磁化の変化量が前記規定値以下になった時点以降に行った複数回の前記時間ステップループで計算された前記磁性体モデルの磁化の平均値を、前記磁化計算手順で決定された前記磁性体モデルの磁化とする請求項1または2に記載のシミュレーション方法。
【請求項4】
粗視化条件を含むシミュレーション条件が入力される入力部と、
前記入力部に入力されたシミュレーション条件に基づいて、シミュレーション対象の磁性体に加わる外部磁場と前記磁性体の磁化との関係を求める処理部と、
出力部と
を備え、
前記処理部は、
前記磁性体を構成する複数の原子を、入力された粗視化条件に基づいて粗視化することにより、元の原子数より少ない個数の超粒子の集まりからなる磁性体モデルを生成する機能と、
前記複数の超粒子のそれぞれに磁気モーメントを付与する機能と、
前記磁性体モデルに前記外部磁場を与えたときの前記磁性体モデルの磁化を計算する磁化計算手順を、前記外部磁場を変化させて複数回実行する機能と
を有し、
前記磁化計算手順は、
前記外部磁場及び前記複数の超粒子の磁気モーメントに基づいて、前記複数の超粒子のそれぞれに作用する合計の磁場を計算し、前記複数の超粒子のそれぞれに作用する前記合計の磁場に基づいて、前記複数の超粒子のそれぞれの磁気モーメントを変化させ、変化後の前記複数の超粒子の磁気モーメントに基づいて前記磁性体モデルの磁化を計算する時間ステップループを、前記磁性体モデルの磁化が収束するまで複数回実行する手順と、
前記磁性体モデルの磁化が収束した後、前記磁性体モデルの磁化を決定する手順と、
前記外部磁場と、決定された前記磁性体モデルの磁化とを関連付けて記憶する手順と
を含み、
前記処理部は、前記磁化計算手順において、直前の前記磁化計算手順の終了時点における前記複数の超粒子の磁気モーメントを、初期条件として与えるシミュレーション装置。
【請求項5】
シミュレーション対象の磁性体を構成する複数の原子を粗視化することにより、元の原子数より少ない個数の超粒子の集まりからなる磁性体モデルを生成する機能と、
前記磁性体モデルの複数の超粒子にそれぞれ磁気モーメントを付与する機能と、
前記磁性体モデルに外部磁場を与えたときの前記磁性体モデルの磁化を計算する磁化計算手順を、前記外部磁場を変化させて複数回実行する機能と
をコンピュータに実現させるプログラムであって、
前記磁化計算手順は、
前記外部磁場及び前記複数の超粒子の磁気モーメントに基づいて、前記複数の超粒子のそれぞれに作用する合計の磁場を計算し、前記複数の超粒子のそれぞれに作用する前記合計の磁場に基づいて、前記複数の超粒子のそれぞれの磁気モーメントを変化させ、変化後の前記複数の超粒子の磁気モーメントに基づいて前記磁性体モデルの磁化を計算する時間ステップループを、前記磁性体モデルの磁化が収束するまで複数回実行する手順と、
前記磁性体モデルの磁化が収束した後、前記磁性体モデルの磁化を決定する手順と、
前記外部磁場と、決定された前記磁性体モデルの磁化とを関連付けて記憶する手順と
を含み、
前記磁化計算手順において、直前の前記磁化計算手順の終了時点における前記複数の超粒子の磁気モーメントを、初期条件として与えるプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、シミュレーション方法、シミュレーション装置、及びプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
電磁鋼板等の損失の計算に、主にマクスウェル方程式を基に形状モデル中の磁場分布を解く手法(磁場解析手法)と、磁化ヒステリシスを生じさせる磁性体モデルとを組み合わせた手法が用いられる。
【0003】
磁場解析手法の代表的な手法として、形状モデルをメッシュに分割する有限要素法や有限体積法を用いる手法や、磁気モーメント法と呼ばれる離散的な領域分割による解法が知られている。
【0004】
磁性体モデルは、磁場解析手法で用いるために分割された微小領域に割り当てられ、微小領域中に生じる磁場と複数の磁化、磁気モーメント、スピン等で構成される。これまでの磁性体モデルとして、外部から与えられた磁場に対応した磁化を返すモデルが一般的であり、実験データを基にモデル化したプレイモデル、磁性体モデルをさらに微小なメッシュ領域に分割し、磁気的な連続体として第一原理的に磁化を計算するマイクロマグネティクスモデル等が知られている。
【0005】
プレイモデルを利用する場合、実験データを必要とするため、計算対象が置かれる状況に合わせたデータベースの作成が求められる。しかし、実際には、データベースとして用意できる状況と、実際に計算対象が置かれる状況とは、必ずしも一致しない。このため、計算精度を向上させることが困難である。例えば、モータに使用される電磁鋼板で生じるヒステリシス損失は応力に依存し、モータ内部の圧力分布の計算または評価の精度の影響を強く受ける。
【0006】
マイクロマグネティクス法(特許文献1)では、磁性体を10nm程度の非常に小さなメッシュに分割し、有限要素法によって解析を行う。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特許5556882号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
磁性体のヒステリシス損失を計算するためには、ヒステリシスループを形成する主要因である結晶磁気異方性相互作用の影響を顕在化させるために、磁性体モデルの大きさを、磁区幅である数マイクロメートル以上に設定する必要がある。マイクロマグネティクス法で解析する磁性体モデルの寸法を数マイクロメートル程度にし、この磁性体モデルを10nm程度の非常に小さなメッシュに分割すると、メッシュ数が膨大になり、計算負荷が増大してしまう。
【0009】
本発明の目的は、計算負荷の増大を抑制し、かつヒステリシスループの解析を行うことが可能なシミュレーション方法、シミュレーション装置、及びプログラムを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の一観点によると、
シミュレーション対象の磁性体を構成する複数の原子を粗視化することにより、元の原子数より少ない個数の複数の超粒子の集まりからなる磁性体モデルを生成し、
前記複数の超粒子のそれぞれに磁気モーメントを付与し、
前記磁性体モデルに外部磁場を与えたときの前記磁性体モデルの磁化を計算する磁化計算手順を、前記外部磁場を変化させて複数回実行するシミュレーション方法であって、
前記磁化計算手順は、
前記外部磁場及び前記複数の超粒子の磁気モーメントに基づいて、前記複数の超粒子のそれぞれに作用する合計の磁場を計算し、前記複数の超粒子のそれぞれに作用する前記合計の磁場に基づいて、前記複数の超粒子のそれぞれの磁気モーメントを変化させ、変化後の前記複数の超粒子の磁気モーメントに基づいて前記磁性体モデルの磁化を計算する時間ステップループを、前記磁性体モデルの磁化が収束するまで複数回実行する手順と、
前記磁性体モデルの磁化が収束した後、前記磁性体モデルの磁化を決定する手順と、
前記外部磁場と、決定された前記磁性体モデルの磁化とを関連付けて記憶する手順と
を含み、
前記磁化計算手順において、直前の前記磁化計算手順の終了時点における前記複数の超粒子の磁気モーメントを、初期条件として与えるシミュレーション方法が提供される。
【0011】
本発明の他の観点によると、
粗視化条件を含むシミュレーション条件が入力される入力部と、
前記入力部に入力されたシミュレーション条件に基づいて、シミュレーション対象の磁性体に加わる外部磁場と前記磁性体の磁化との関係を求める処理部と、
出力部と
を備え、
前記処理部は、
前記磁性体を構成する複数の原子を、入力された粗視化条件に基づいて粗視化することにより、元の原子数より少ない個数の超粒子の集まりからなる磁性体モデルを生成する機能と、
前記複数の超粒子のそれぞれに磁気モーメントを付与する機能と、
前記磁性体モデルに前記外部磁場を与えたときの前記磁性体モデルの磁化を計算する磁化計算手順を、前記外部磁場を変化させて複数回実行する機能と
を有し、
前記磁化計算手順は、
前記外部磁場及び前記複数の超粒子の磁気モーメントに基づいて、前記複数の超粒子のそれぞれに作用する合計の磁場を計算し、前記複数の超粒子のそれぞれに作用する前記合計の磁場に基づいて、前記複数の超粒子のそれぞれの磁気モーメントを変化させ、変化後の前記複数の超粒子の磁気モーメントに基づいて前記磁性体モデルの磁化を計算する時間ステップループを、前記磁性体モデルの磁化が収束するまで複数回実行する手順と、
前記磁性体モデルの磁化が収束した後、前記磁性体モデルの磁化を決定する手順と、
前記外部磁場と、決定された前記磁性体モデルの磁化とを関連付けて記憶する手順と
を含み、
前記処理部は、前記磁化計算手順において、直前の前記磁化計算手順の終了時点における前記複数の超粒子の磁気モーメントを、初期条件として与えるシミュレーション装置が提供される。
【0012】
本発明のさらに他の観点によると、
シミュレーション対象の磁性体を構成する複数の原子を粗視化することにより、元の原子数より少ない個数の超粒子の集まりからなる磁性体モデルを生成する機能と、
前記磁性体モデルの複数の超粒子にそれぞれ磁気モーメントを付与する機能と、
前記磁性体モデルに外部磁場を与えたときの前記磁性体モデルの磁化を計算する磁化計算手順を、前記外部磁場を変化させて複数回実行する機能と
をコンピュータに実現させるプログラムであって、
前記磁化計算手順は、
前記外部磁場及び前記複数の超粒子の磁気モーメントに基づいて、前記複数の超粒子のそれぞれに作用する合計の磁場を計算し、前記複数の超粒子のそれぞれに作用する前記合計の磁場に基づいて、前記複数の超粒子のそれぞれの磁気モーメントを変化させ、変化後の前記複数の超粒子の磁気モーメントに基づいて前記磁性体モデルの磁化を計算する時間ステップループを、前記磁性体モデルの磁化が収束するまで複数回実行する手順と、
前記磁性体モデルの磁化が収束した後、前記磁性体モデルの磁化を決定する手順と、
前記外部磁場と、決定された前記磁性体モデルの磁化とを関連付けて記憶する手順と
を含み、
前記磁化計算手順において、直前の前記磁化計算手順の終了時点における前記複数の超粒子の磁気モーメントを、初期条件として与えるプログラムが提供される。
【発明の効果】
【0013】
磁性体を構成する複数の原子を粗視化して複数の超粒子の集まりからなる磁性体モデルを生成することにより、磁場の計算負荷を低減させることができる。外部磁場を変化させて磁性体モデルの磁化を計算することにより、ヒステリシスループを再現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1図1Aは、シミュレーション対象の磁性体を構成する複数の原子を模式的に示す図であり、図1Bは、図1Aに示した磁性体を構成する複数の原子を粗視化することにより生成される磁性体モデルを模式的に示す図である。
図2図2は、超粒子の間の交換相互作用のハミルトニアンを定義するパラメータV、W、Sを説明するための2つの超粒子の模式図である。
図3図3は、実施例によるシミュレーション装置のブロック図である。
図4図4は、実施例によるシミュレーション方法の手順を示すフローチャートである。
図5図5は、磁化計算結果の一例と示すグラフである。
図6図6は、実施例によるシミュレーション方法の磁化計算(ステップS3)の手順を示すフローチャートである。
図7図7は、規格化全磁化M/Mの時間変化の一例を示すグラフである。
図8図8は、本実施例による方法で実際にシミュレーションを行った結果を示すグラフである。
図9図9は、本実施例による方法で実際にシミュレーションを行った他の結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
[磁性体を構成する原子の粗視化]
本願発明の実施例によるシミュレーション方法では、磁性体を構成する複数の原子を粗視化して元の原子数より少ない個数の超粒子の集まりからなる磁性体モデルを生成する。これにより、計算負荷を低減させることができる。まず、図1A及び図1Bを参照して原子を粗視化する手法について説明する。
【0016】
図1Aは、シミュレーション対象の磁性体10を構成する複数の原子11を模式的に示す図である。実際には、磁性体10内で複数の原子11は、結晶構造(単純立方格子、面心立方格子、体心立方格子等)に応じて三次元的に分布しているが、図1Aでは、複数の原子11が二次元的に分布している例を示している。図1Aは、磁性体10内の1つの仮想的な1つの平面上に位置している複数の原子11と考えてもよい。
【0017】
図1Bは、図1Aに示した磁性体10を構成する複数の原子11を粗視化することにより生成される磁性体モデル20を模式的に示す図である。磁性体モデル20は、元の磁性体10の原子数より少ない個数の粗視化された超粒子21の集まりからなる。磁性体10の原子11の持つ原子スピンsに基づいて、複数の超粒子21の各々に磁気モーメントμが付与される。なお、計算において、超粒子21の磁気モーメントμは、例えば長さ1の単位ベクトルとする。
【0018】
i番目の超粒子21に作用する合計の磁場hは、以下の式により求めることができる。
【数1】

ここで、h extは計算領域全体に発生する外部磁場であり、h exchは交換相互作用による磁場であり、h dipは磁気双極子相互作用による磁場であり、h anisは3軸結晶磁気異方性相互作用による磁場であり、h demagは反磁場であり、h thは熱揺動磁場である。
【0019】
外部磁場h extは、計算対象となる領域全体に発生し、シミュレーション条件として与えられる。交換相互作用による磁場h exchは、例えば、特開2021-110997号公報に説明されているように、以下の式で計算することができる。
【数2】

ここで、H exchは、超粒子21の間の交換相互作用のハミルトニアンであり、以下の式で定義することができる。
【数3】

ここで、Jは、磁性体の原子間の交換相互作用の強度を表す交換相互作用強度係数である。μ及びμは、それぞれi番目及びj番目の超粒子21の持つ磁気モーメントである。式(3)の右辺のΣ記号は、i番目の超粒子21に隣り合う全ての超粒子21についての合計を意味する。パラメータV、W、Sについて、図2を参照して説明する。
【0020】
図2は、パラメータV、W、Sを説明するための2つの超粒子21の模式図である。i番目の超粒子21iとj番目の超粒子21jとが、相互に隣り合っている。式(3)の右辺のVは、超粒子21の体積を表す。Sは、i番目の超粒子21iの中心Oからj番目の超粒子21jを見込む立体角Ωの範囲内のi番目の超粒子21iの表面積を表す。Wは長さの次元を持つパラメータである。例えば、Wの値として、i番目の超粒子21iの表面に位置する1原子層の厚さを採用することができる。この場合、Wの値は、磁性体10(図1A)の原子11の直径と等しい。図2において、W・Sの体積に相当する部分にハッチングを付している。
【0021】
磁気双極子相互作用による磁場h dipは、以下の式で計算することができる。
【数4】

ここで、rijハットは、j番目の超粒子21の位置を始点としi番目の超粒子21の位置を終点とするベクトルと平行な単位ベクトルである。|rij|は、j番目の超粒子21からi番目の超粒子21までの距離である。μは、j番目の超粒子21が持つ磁気モーメントである。式(4)の右辺のΣ記号は、i番目の超粒子21以外の全ての超粒子21について合計することを意味する。
【0022】
3軸結晶磁気異方性相互作用による磁場h anisは、以下の式で計算することができる。
【数5】

ここで、e、e、eは磁化容易軸ベクトルであり、Kは磁気異方性定数である。
【0023】
反磁場h demagは、以下の式で計算することができる。
【数6】

ここで、Ndは、超粒子21に対する反磁場定数である。Mは、磁性体モデル20(図1B)の全磁化であり、以下の式で表される。
【0024】
【数7】

ここで、Nは超粒子21の個数であり、式(7)の右辺のΣ記号は、磁性体モデル20(図1B)を構成する全ての超粒子21についての合計を意味する。
【0025】
熱揺動磁場h thの計算方法について、例えば、特開2021-110997号公報に説明されており、以下の式を用いて計算することができる。
【数8】

ここで、hAi thは、原子11に作用する熱揺動磁場であり、以下の式で表される。
【数9】

ここで、kはボルツマン定数、Tは設定温度、Mは飽和磁化定数、Δtは時間刻み幅、Γ(t)は時間的にランダムに変化する三次元方向単位ベクトルである。
【0026】
式(8)のλは粒子拡大率であり、原子11の半径に対する超粒子21の半径の比で定義される。式(8)の関数f(λ)は、以下の式で定義される。
【数10】

ここで、zは、i番目の超粒子21の近傍に位置する超粒子21の個数である。
【0027】
i番目の超粒子21に作用する合計の磁場h(式(1))が求まると、i番目の超粒子21の磁気モーメントμの時間変化は、以下のランダウ-リフシッツ-ギルバート方程式(LLG方程式)で表すことができる。
【数11】

ここで、αは減衰定数であり、γは磁気回転比である。
【0028】
時刻t+Δtにおける磁気モーメントμ(t+Δt)は、時刻tにおける磁気モーメントμ(t)を用いて以下の式で表される。
【数12】
【0029】
[シミュレーション装置]
図3は、実施例によるシミュレーション装置のブロック図である。実施例によるシミュレーション装置は、入力部50、処理部51、出力部52、及び記憶部53を含む。入力部50から処理部51にシミュレーション条件等が入力される。さらに、オペレータから入力部50に各種指令(コマンド)等が入力される。入力部50は、例えば通信装置、リムーバブルメディア読取装置、キーボード等で構成される。
【0030】
処理部51は、入力されたシミュレーション条件及び指令に基づいてシミュレーション計算を行う。処理部51は、中央処理ユニット(CPU)、主記憶装置(メインメモリ)等を含むコンピュータで実現される。コンピュータが実行するシミュレーションプログラムが、記憶部53に記憶されている。記憶部53には、例えばハードディスクドライブ(HDD)、ソリッドステートドライブ(SSD)等が用いられる。処理部51は、記憶部53に記憶されているプログラムを主記憶装置に読み出して実行する。
【0031】
処理部51は、シミュレーション結果を出力部52に出力する。出力部52は、例えば通信装置、リムーバブルメディア書込み装置、ディスプレイ、プリンタ等を含む。
【0032】
[シミュレーション方法]
次に、図4図7を参照して、実施例によるシミュレーション方法について説明する。
図4は、実施例によるシミュレーション方法の手順を示すフローチャートである。まず、処理部51が、入力部50に入力されたシミュレーション条件を取得する(ステップS1)。シミュレーション条件には、原子11を粗視化して超粒子21を生成する粗視化条件、例えば粗視化倍率λ等が含まれる。
【0033】
次に、取得したシミュテーション条件に基づいて、超粒子群の初期化を行う(ステップS2)。例えば、複数の超粒子21ごとに、位置、磁気モーメントの方向、超粒子21に作用する合計の磁場、結晶方位のベクトル情報に初期値を与える。さらに、結晶構造を指定する情報、粗視化倍率λを与える。結晶構造を指定する情報によって、例えば体心立方格子(BCC)、面心立方格子(FCC)等の結晶構造が決定される。結晶構造に応じて、最近傍超粒子数、単位格子当たりの超粒子の個数、格子定数が決まる。最近傍超粒子数により、交換相互作用による磁場h exchを計算するときの式(3)の右辺のΣ記号で合計する超粒子21の個数が決まる。
【0034】
次に、磁場ステップループL1を実行する。磁場ステップループL1では、外部磁場hextの値を固定して磁化計算(ステップS3)と磁化計算結果の保存(ステップS4)とを実行する手順を、外部磁場hextを変化させて複数回実行する。磁化計算(ステップS3)では、式(1)、(2)、(4)、(5)、(6)、及び(8)を用いて、超粒子21のそれぞれに作用する合計の磁場hを計算する。さらに、式(11)、(12)を用いて、超粒子21のそれぞれの磁気モーメントμを更新する。更新後の磁気モーメントμに基づいて、式(7)を用いて全磁化Mを計算する。ステップS4の磁化計算結果の保存では、固定値として与えた外部磁場hextと、計算で求められた全磁化Mとを関連付けて記憶する。
【0035】
図5を参照して、磁場ステップループL1を実行して得られる磁化計算結果について説明する。図5は、磁化計算結果の一例を示すグラフである。横軸は、外部磁場hextを表し、縦軸は全磁化Mを表す。例えば、外部磁場hextをHに設定して磁場ステップループL1を1回実行することにより、全磁化Mが得られる。
【0036】
外部磁場hextをHk+1に変化させ、次の磁場ステップループL1を1回実行することにより、全磁化Mk+1が得られる。このとき、超粒子21の磁気モーメントμを、直前の磁場ステップループL1の計算によって得られた値に設定する。外部磁場hextを変化させ、磁場ステップループL1を複数回実行することにより、ヒステリシスループが得られる。
【0037】
次に、図6及び図7を参照して、磁化計算(ステップS3)の手順について詳細に説明する。図6は、本実施例によるシミュレーション方法の磁化計算(ステップS3)の手順を示すフローチャートである。
【0038】
磁化計算の手順は、時間ステップループLA1を含み、時間ステップループLA1は、超粒子ループLA2を含む。超粒子ループLA2は、式(11)のLLG方程式を数値的に解いて、超粒子21のそれぞれの磁気モーメントμを1タイムステップ分更新する手順である。時間ステップループLA1は、全磁化M(式(7))が収束するまで超粒子21のそれぞれの磁気モーメントμを時間発展させ、収束後の全磁化Mの値を計算する手順である。
【0039】
まず、時間平均カウント数を0に設定する(ステップSA01)。時間平均カウント数は、全磁化Mが収束した後、全磁化Mの時間平均値を計算するための計算の繰り返し回数を指定するパラメータである。次に、磁化平均フラグをOFFに設定する(ステップSA02)。磁化平均フラグは、全磁化Mの1タイムステップ分の変化量が規定値以下になったときにONに設定されるフラグである。
【0040】
次に、超粒子ループLA2について説明する。まず、i番目の超粒子21に作用する合計の磁場hを計算する(ステップSA03)。この計算には、式(1)、(2)、(4)、(5)、(6)、(8)を用いる。次に、i番目の超粒子21の磁気モーメントμの変化量を、式(11)を用いて計算する(ステップSA04)。さらに、i番目の超粒子21の磁気モーメントμを、式(12)を用いて更新する(ステップSA05)。超粒子ループLA2では、ステップSA03からステップSA05までの手順を、すべての超粒子21について実行する。
【0041】
次に、時間ステップループLA1について説明する。超粒子ループLA2が終了すると、規格化全磁化を計算する。規格化全磁化は、式(7)で求まる全磁化Mを、飽和磁化Msで除したものである。飽和磁化Msは、全ての超粒子21の磁気モーメントμが同一方向を向いているときの全磁化である。本実施例において磁気モーメントμの大きさを1に設定しているため、飽和磁化Msは超粒子21の個数Nに等しい。このため、規格化全磁化M/Mは、以下の式で表される。
【数13】

式(13)の右辺のΣ記号は、全ての超粒子21についての合計を意味する。
【0042】
次に、時間平均フラグを判定する(ステップSA07)。すなわち、規格化全磁化M/Mの値が収束済であるか否かを判定する。時間平均フラグがOFF、すなわち規格化全磁化M/Mの値が収束済でない場合、規格化全磁化M/Mの1タイムステップ分の変化量を判定する(ステップSA08)。変化量が基準値ε未満である場合、規格化全磁化M/Mが収束したと判断し、時間平均フラグをONに設定し(ステップSA09)、時間ステップループLA1の次のタイムステップの手順を実行する。規格化全磁化M/Mの変化量が基準値ε以上である場合、時間平均フラグをOFFのままにし、次のタイムステップの手順を実行する。
【0043】
図7は、規格化全磁化M/Mの時間変化の一例を示すグラフである。横軸はタイムステップを表し、縦軸は規格化全磁化M/Mを表す。タイムステップが進むと、規格化全磁化M/Mは振動しながら一定の値に収束する。例えば、タイムステップ数が34の時点で、規格化全磁化M/Mの変化量が基準値ε未満になる。
【0044】
規格化全磁化M/Mが収束し、ステップSA09で磁化平均フラグがONに設定された後のタイムステップの手順では、ステップSA06で規格化全磁化M/Mを計算した後、規格化全磁化M/Msを累積し(ステップSA10)、時間平均カウント数に1を加える(ステップSA11)。図7に示した例では、タイムステップ数が35以降の手順で求められた規格化全磁化M/Mの値が累積される。その後、時間平均カウント数を判定する(ステップSA12)、時間平均カウント数が10未満の場合、次のタイムステップの手順を実行する。
【0045】
時間平均カウント数が10になったら、規格化全磁化M/Mの時間平均を計算する(ステップSA13)。図7に示した例では、タイムステップ数が35から44までの10回分(図7の範囲Tm)の規格化全磁化M/Mの時間平均を計算する。規格化全磁化M/Mの時間平均を計算した後、磁化計算(ステップS3)を終了し、図4の磁場ステップループL1に戻る。収束後の規格化全磁化M/Mの時間平均値が、図5に示したヒステリシスループの全磁化M、Mk+1に相当する。外部磁場h extを変更して次に実行する磁場ステップループL1では、時間ステップループLA1の終了時点における超粒子21の磁気モーメントμを初期条件として設定する。
【0046】
次に、図8図9を参照して、本実施例による方法を用いて磁化を計算した結果について説明する。図8及び図9は、本実施例による方法で実際にシミュレーションを行った結果を示すグラフである。横軸は外部磁場hextを単位[A/m]で表し、縦軸は規格化全磁化M/Mを表す。グラフ中の丸記号は、磁化計算(ステップS3)で与えた外部磁場h extの値を示す。グラフ中に示した矢印は、計算結果の移動順を示す。
【0047】
本シミュレーションでは、複数の超粒子21を磁気ナノ粒子と想定し、交換相互作用による磁場h exchを0とした。超粒子21の個数Nを1000個とし、式(5)の磁化容易軸e、e、eをランダムに配置した。初期条件として、外部磁場hextを400A/mとし、全ての超粒子21の磁気モーメントμの向きを、外部磁場hextの向きと同一にした。このため、初期状態では、規格化全磁化M/Mが1になる。外部磁場を400A/mの状態から反転させ、元の状態に戻るように変化させた。
【0048】
図8は、外部磁場h extを反転させ、その後元に戻したときに得られた計算結果を示す。ヒステリシスループのメジャーループが再現されていることがわかる。図9は、外部磁場h extを反転させる途中に一度折り返して得られた計算結果を示す。ヒステリシスループのマイナーループが再現されていることがわかる。
【0049】
次に、上記実施例の優れた効果について説明する。
磁性体のヒステリシス損を計算するためには、シミュレーションにおいてヒステリシスループを再現しなければならない。ヒステリシスループを形成する主要因である結晶磁気異方性相互作用の影響を発現させるために、磁性体モデルの寸法を、磁区幅である数マイクロメートル以上にしなければならない。
【0050】
上記実施例では、磁性体を構成する複数の原子11(図1A)を粗視化した複数の超粒子21(図1B)で磁性体モデルを形成しているため、計算すべき粒子数が少なくなる。このため、磁性体モデルの寸法を、磁区幅である数マイクロメートル以上に設定しても、計算負荷の増大を抑制し、計算を行うことが可能である。上記実施例による方法を採用することにより、図8及び図9に示したように、ヒステリシスループのメジャーループ及びマイナーループを再現することが可能である。
【0051】
上記実施例では、磁性体の構成元素の調整や、結晶構造を考慮した超粒子の配置が可能である。さらに、磁気ナノ粒子のような点在する磁性体を含むバルク材のヒステリシスループや鉄損、及び磁気特性を解析することが可能である。
【0052】
次に、上記実施例の種々の変形例について説明する。
上記実施例では、時間平均カウント数が10以上になったら(ステップSA10)、規格化全磁化M/Mの時間平均を計算している(ステップSA13)。規格化全磁化M/Mの時間平均を計算する条件としての時間平均カウント数を10以外にしてもよい。
【0053】
上記実施例では、磁場ステップループL1で、1タイムステップ当たりの外部磁場h extの変化幅について、特に限定していない。例えば、外部磁場h extの変化幅として、シミュレーション条件で固定値を与えてもよい。
【0054】
上記実施例では、式(1)に示したように、超粒子21に作用する合計の磁場hに、外部磁場h ext、交換相互作用による磁場h exch、磁気双極子相互作用による磁場h dip、3軸結晶磁気異方性相互作用による磁場h anis、反磁場h demag、及び熱揺動磁場h thを含めているが、ヒステリシスループの形成にほとんど影響を与えない磁場は、計算対象から除いてもよい。ヒステリシスループを再現するために、少なくとも外部磁場h ext及び3軸結晶磁気異方性相互作用による磁場h anisを、超粒子21に作用する合計の磁場hに含めればよい。解析対象の磁性体が一軸結晶磁気異方性を有している場合には、3軸結晶磁気異方性相互作用による磁場h anisに代えて、一軸結晶磁気異方性相互作用による磁場を用いればよい。
【0055】
上述の実施例は例示であり、本発明は上述の実施例に制限されるものではない。例えば、種々の変更、改良、組み合わせ等が可能なことは当業者に自明であろう。
【符号の説明】
【0056】
10 磁性体
11 原子
20 磁性体モデル
21、21i、21j 超粒子
50 入力部
51 処理部
52 出力部
53 記憶部
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9