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特開2023-121774セラミック組成物、切削工具、及び摩擦攪拌接合用工具
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023121774
(43)【公開日】2023-08-31
(54)【発明の名称】セラミック組成物、切削工具、及び摩擦攪拌接合用工具
(51)【国際特許分類】
   C04B 35/56 20060101AFI20230824BHJP
   B23B 27/14 20060101ALI20230824BHJP
   B23K 20/12 20060101ALI20230824BHJP
【FI】
C04B35/56 260
B23B27/14 B
B23K20/12 344
【審査請求】有
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023098825
(22)【出願日】2023-06-15
(62)【分割の表示】P 2018242585の分割
【原出願日】2018-12-26
(71)【出願人】
【識別番号】000004547
【氏名又は名称】日本特殊陶業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100142686
【弁理士】
【氏名又は名称】中島 浩貴
(72)【発明者】
【氏名】西 智広
(72)【発明者】
【氏名】沖村 康之
(72)【発明者】
【氏名】光岡 健
(72)【発明者】
【氏名】勝 祐介
(57)【要約】
【課題】セラミック組成物の特性を向上させる。
【解決手段】アルミナ(Al)と、炭化タングステン(WC)と、を含有するセラミック組成物である。アルミナ(Al)結晶粒子と炭化タングステン(WC)結晶粒子との結晶粒界に、周期表の4~6族に属する遷移金属原子(タングステン原子(W)を除く)、イットリウム原子(Y)、スカンジウム原子(Sc)及びランタノイド原子から選択される少なくとも1種の原子を含んで形成された原子層Lが、存在している。原子層Lに含まれる少なくとも1種の原子が、アルミナ(Al)結晶粒子側の酸素原子(O)と、炭化タングステン(WC)結晶粒子側の炭素原子(C)と、に結合している。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルミナ(Al)と、炭化タングステン(WC)と、を含有するセラミック組成物であって、
ジルコニウム原子(Zr)、ハフニウム原子(Hf)、又はチタン原子(Ti)から選択される少なくとも1種の原子を含んで形成された原子層が、アルミナ(Al)結晶粒子と炭化タングステン(WC)結晶粒子との結晶粒界に存在し、
前記原子層に含まれる前記少なくとも1種の原子が、前記アルミナ(Al)結晶粒子側の酸素原子(O)と、前記炭化タングステン(WC)結晶粒子側の炭素原子(C)と、に結合していることを特徴とする、セラミック組成物。
【請求項2】
前記原子層は、前記結晶粒界において、前記炭化タングステン(WC)結晶粒子の(001)面の配列周期に沿って形成されていることを特徴とする請求項1に記載のセラミック組成物。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のセラミック組成物を用いた切削工具。
【請求項4】
請求項1又は2に記載のセラミック組成物を用いた摩擦攪拌接合用工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はセラミック組成物、切削工具、及び摩擦攪拌接合用工具に関する。
【背景技術】
【0002】
セラミック組成物の特性改善を目的に、種々の技術が開示されている。特許文献1、2は、アルミナの強度、硬度、熱特性改善を目的に、各種炭窒化物との複合化について開示している。
特許文献3は、炭化ケイ素の粒子と酸化アルミニウムの粒子との粒界に希土類元素が存在するセラミックス焼結体を開示している。
特許文献4、5は、アルミナ-炭化タングステン系セラミック組成物を開示している。
特許文献6は、アルミナ-炭化タングステン系セラミック組成物として、次の特徴を有する組成物を開示している。その特徴とは、第1の結晶粒界と第2の結晶粒界との少なくとも一方に、添加化合物を構成する周期表の4~6族に属する遷移金属原子、イットリウム原子(Y)、スカンジウム原子(Sc)及びランタノイド原子から選択される少なくとも1種の原子が分布することである。第1の結晶粒界とは、アルミナ(Al)結晶粒子と炭化タングステン(WC)結晶粒子とが隣接する界面である。第2の結晶粒界とは、2つアルミナ(Al)結晶粒子が隣接する界面である。
特許文献7は、アルミナ-炭化タングステン系セラミック組成物として、次の特徴を有する組成物を開示している。その特徴とは、アルミナ(Al)結晶粒子と炭化タングステン(WC)結晶粒子との結晶粒界に、周期表の4~6族に属する遷移金属原子、イットリウム原子(Y)、スカンジウム原子(Sc)及びランタノイド原子から選択される少なくとも1種の原子によって形成された原子層が、存在していることである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2004―114163号公報
【特許文献2】特開平5―069205号公報
【特許文献3】特開2006―206376号公報
【特許文献4】特開2010―234508号公報
【特許文献5】特開平6―340481号公報
【特許文献6】特開2016―113320号公報
【特許文献7】国際公開第2018/056275号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、これらのセラミック組成物の特性は必ずしも十分でなく、更なる特性の向上が求められていた。
本発明は、上記実情に鑑みてなされたものであり、セラミック組成物の特性を向上させることを目的とし、以下の形態として実現することが可能である。
【課題を解決するための手段】
【0005】
〔1〕アルミナ(Al)と、炭化タングステン(WC)と、を含有するセラミック組成物であって、
周期表の4~6族に属する遷移金属原子(タングステン原子(W)を除く)、イットリウム原子(Y)、スカンジウム原子(Sc)及びランタノイド原子から選択される少なくとも1種の原子を含んで形成された原子層が、アルミナ(Al)結晶粒子と炭化タングステン(WC)結晶粒子との結晶粒界に存在し、
前記原子層に含まれる前記少なくとも1種の原子が、前記アルミナ(Al)結晶粒子側の酸素原子(O)と、前記炭化タングステン(WC)結晶粒子側の炭素原子(C)と、に結合していることを特徴とする、セラミック組成物。
【0006】
この構成のセラミック組成物は、原子層に含まれる少なくとも1種の原子が、アルミナ(Al)結晶粒子側の酸素原子(O)と、炭化タングステン(WC)結晶粒子側の炭素原子(C)と、に結合することによって、結晶粒界の界面の結合が強化されており、機械特性が極めて良好である。
【0007】
〔2〕前記少なくとも1種の原子は、ジルコニウム原子(Zr)、ハフニウム原子(Hf)、又はチタン原子(Ti)を含むことを特徴とする〔1〕に記載のセラミック組成物。
【0008】
この構成のセラミック組成物は、原子層が、ジルコニウム原子(Zr)、ハフニウム原子(Hf)、又はチタン原子(Ti)を含むことにより、結晶粒界の界面の結合が強化されており、機械特性が極めて良好である。
【0009】
〔3〕前記原子層は、前記結晶粒界において、前記炭化タングステン(WC)結晶粒子の(001)面の配列周期に沿って形成されていることを特徴とする〔1〕又は〔2〕に記載のセラミック組成物。
【0010】
この構成のセラミック組成物では、原子層は、結晶粒界において、炭化タングステン(WC)結晶粒子の(001)面の配列周期に沿って形成され、結晶粒界の界面の結合が強化されており、機械特性が極めて良好である。
【0011】
〔4〕〔1〕~〔3〕のいずれか1項に記載のセラミック組成物を用いた切削工具。
【0012】
この構成の切削工具は、機械特性が極めて良好である。
【0013】
〔5〕〔1〕~〔3〕のいずれか1項に記載のセラミック組成物を用いた摩擦攪拌接合用工具。
【0014】
この構成の摩擦攪拌接合用工具は、機械特性が極めて良好である。
【発明の効果】
【0015】
本発明のセラミック組成物は、結晶粒界の界面の結合が強化されており、機械特性が極めて良好である。
本発明の切削工具は、機械特性が極めて良好である。
本発明の摩擦攪拌接合用工具は、機械特性が極めて良好である。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】本発明の一例の界面結合パターン(O-Zr-C結合パターン)を模式的に示す概念図である。
図2】本発明以外の一例の界面結合パターン(O-Zr-W結合パターン)を模式的に示す概念図である。
図3】本発明以外の一例の界面結合パターン(Al-Zr-C結合パターン)を模式的に示す概念図である。
図4】本発明以外の一例の界面結合パターン(Al-Zr-W結合パターン)を模式的に示す概念図である。
図5】セラミック組成物の一例の斜視図である。
図6】切削工具の一例の平面図である。
図7】摩擦攪拌接合用工具の一例の斜視図等である。
図8】摩擦攪拌接合用工具の一例の使用状態を説明する斜視図である。
図9】原子層の直上で破壊される場合の概念図である。(A)破壊前のセラミック組成物の概念図である。(B)破壊後のセラミック組成物の概念図である。
図10】原子層の直下で破壊される場合の概念図である。(A)破壊前のセラミック組成物の概念図である。(B)破壊後のセラミック組成物の概念図である。
図11】結合パターンと界面の密着強度との関係を示すグラフである。
図12】セラミック組成物の断面の模式図である。
図13】結晶粒界のHAADF-STEM像である。
図14】セラミック組成物の調製方法を示す工程図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明について、項目毎に具体的かつ詳細に説明する。
なお、本明細書において、数値範囲について「~」を用いた記載では、特に断りがない限り、下限値及び上限値を含むものとする。例えば、「10~20」という記載では、下限値である「10」、上限値である「20」のいずれも含むものとする。すなわち、「10~20」は、「10以上20以下」と同じ意味である。
【0018】
1.セラミック組成物
セラミック組成物は、アルミナ(Al)と、炭化タングステン(WC)と、を含有する。
そして、アルミナ(Al)結晶粒子と炭化タングステン(WC)結晶粒子との結晶粒界に、周期表の4~6族に属する遷移金属原子(タングステン原子(W)を除く)、イットリウム原子(Y)、スカンジウム原子(Sc)及びランタノイド原子から選択される少なくとも1種の原子を含んで形成された原子層が、存在している。
原子層に含まれる少なくとも1種の原子は、アルミナ(Al)結晶粒子側の酸素原子(O)と、炭化タングステン(WC)結晶粒子側の炭素原子(C)と、に結合している。
【0019】
(1)原子層を構成する原子
原子層に含まれる原子は、周期表の4~6族に属する遷移金属原子(タングステン原子(W)を除く)、イットリウム原子(Y)、スカンジウム原子(Sc)及びランタノイド原子から選択される少なくとも1種の原子である(以後、便宜上、これらの原子を「添加原子」ともいう。)。
結晶粒界の界面の結合をより強化するという観点から、原子層を構成する原子には、ジルコニウム原子(Zr)、ハフニウム原子(Hf)、又はチタン原子(Ti)が含まれていることが好ましい。
なお、原子層は、これらの原子のみから構成されてもよいが、他の原子としてタングステン原子(W)を含んでいてもよい。
【0020】
原子層の厚みは、特に限定されない。原子層の厚みは、結晶粒界の界面の結合をより強化するという観点から、原子1個分に相当する厚みが好ましい。
原子層は、結晶粒界において、炭化タングステン(WC)結晶粒子の(001)面の配列周期に沿って形成されていることが好ましい。このように形成されることにより、添加原子は、アルミナ(Al)結晶粒子側の酸素原子(O)と、炭化タングステン(WC)結晶粒子側の炭素原子(C)と、に結合しやすくなるので、結晶粒界の界面の結合が強化される。
【0021】
(2)原子層に含まれる少なくとも1種の原子の結合パターン
本発明では、原子層に含まれる少なくとも1種の原子が、アルミナ(Al)結晶粒子側の酸素原子(O)と、炭化タングステン(WC)結晶粒子側の炭素原子(C)と、に結合している。
この概念を、原子層に含まれる少なくとも1種の原子がジルコニウム原子(Zr)の場合を例として説明する。
図1-4は、界面の結合パターンを示している。すなわち、図1-4は、界面の原子層Lのジルコニウム原子(Zr)が、アルミナ(Al)結晶粒子側の原子と、炭化タングステン(WC)結晶粒子側の原子と、に結合した様子を模式的に表している。
図1の結合パターンでは、界面の原子層Lのジルコニウム原子(Zr)が、アルミナ(Al)結晶粒子側の酸素原子(O)と、炭化タングステン(WC)結晶粒子側の炭素原子(C)と、に結合している。なお、図1の右図は、左図の部分図である。図1の結合パターンは、ジルコニウム原子(Zr)が、酸素原子(O)と炭素原子(C)と、に結合しており、本明細書では、これを「O-Zr-C結合パターン」ともいう。
図2の結合パターンでは、界面の原子層Lのジルコニウム原子(Zr)が、アルミナ(Al)結晶粒子側の酸素原子(O)と、炭化タングステン(WC)結晶粒子側のタングステン原子(W)と、に結合している。なお、図2の右図は、左図の部分図である。図2の結合パターンは、ジルコニウム原子(Zr)が、酸素原子(O)とタングステン原子(W)と、に結合しており、本明細書では、これを「O-Zr-W結合パターン」ともいう。
図3の結合パターンでは、界面の原子層Lのジルコニウム原子(Zr)が、アルミナ(Al)結晶粒子側のアルミニウム原子(Al)と、炭化タングステン(WC)結晶粒子側の炭素原子(C)と、に結合している。なお、図3の右図は、左図の部分図である。図3の結合パターンは、ジルコニウム原子(Zr)が、アルミニウム原子(Al)と炭素原子(C)と、に結合しており、本明細書では、これを「Al-Zr-C結合パターン」ともいう。
図4の結合パターンでは、界面の原子層Lのジルコニウム原子(Zr)が、アルミナ(Al)結晶粒子側のアルミニウム原子(Al)と、炭化タングステン(WC)結晶粒子側のタングステン原子(W)と、に結合している。なお、図4の右図は、左図の部分図である。図4の結合パターンは、ジルコニウム原子(Zr)が、アルミニウム原子(Al)とタングステン原子(W)と、に結合しており、本明細書では、これを「Al-Zr-W結合パターン」ともいう。
図1-4に示された結合パターンのうち、図1に示された「O-Zr-C結合パターン」が本発明の要件を満たし、その他の図2-4の結合パターンは本発明の要件を満たさない。
【0022】
(3)セラミック組成物の製造方法
セラミック組成物の製造方法は、特に限定されない。
セラミック組成物は、例えば次の方法で好適に製造される。アルミナ粉末、炭化タングステン粉末、添加原子を含む化合物(添加原子含有化合物)の粉末、及び溶媒を含むスラリーを調製する。スラリーを乾燥させて混合粉末を作製する。混合粉末をホットプレスによって焼成してセラミック組成物(焼成体)を作製する。
セラミック組成物の製造に用いる各原料粉末の平均粒径は、特に限定されない。
なお、焼成温度を制御することで、原子層における添加原子の結合状態を調整できる。例えば、同じ雰囲気で焼成する場合、焼成温度をより高温にするにつれて、O-Zr-C結合、Al-Zr-C結合、Al-Zr-W結合へと変化させることができる。
【0023】
2.切削工具
本発明の切削工具は、上述の本発明のセラミック組成物を用いている。
切削工具の形状、大きさは、用途等に応じて適宜変更できる。
切削工具の一例を図示して説明する。図5は、セラミック組成物201を示している。図6は、切削工具200を示している。切削工具200は、外径加工用ホルダー202と、これにセットされたセラミック組成物201(インサート)と、セラミック組成物201を押さえる押さえ金203とを備えている。
【0024】
3.摩擦攪拌接合用工具
本発明の摩擦攪拌接合用工具は、上述の本発明のセラミック組成物を用いている。
摩擦攪拌接合用工具の形状、大きさは、用途等に応じて適宜変更できる。
摩擦攪拌接合用工具は、摩擦攪拌接合に用いられる工具である。ここで、摩擦攪拌接合について説明する。摩擦攪拌接合では、摩擦攪拌接合用工具の突起部(プローブ部)を回転させながら被接合部材に押し込み、摩擦熱によって被接合部材の一部を軟化させる。そして、軟化した部分を突起部によって攪拌して被接合部材同士を接合する。
摩擦攪拌接合用工具の一例を図示して説明する。図7(a)~(d)は、摩擦攪拌接合用工具210の正面図、底面図、上面図及び斜視図をそれぞれ示している。摩擦攪拌接合用工具210は、セラミック組成物201により構成されている。摩擦攪拌接合用工具210は、略円柱状の本体部211と、プローブ部212とを備える。プローブ部212は、略円柱状の突起により構成され、本体部211の先端部211eの中心部に形成されている。プローブ部212の軸線は、本体部211の軸線Xと一致する。摩擦攪拌接合用工具210の各寸法は任意の値を採用することができる。
【0025】
図8は、摩擦攪拌接合用工具210の使用状態を例示した説明図である。摩擦攪拌接合用工具210は、図示しない接合装置に取り付けられて使用される。摩擦攪拌接合用工具210のプローブ部212は、接合装置からの加圧を受けて、被接合部材221、222の境界である接合線WLへ回転しながら押し込まれる。その後、プローブ部212が被接合部材221、222に押し込まれた状態のまま、被接合部材221、222は、図8において白抜きの矢印で示す方向に摩擦攪拌接合用工具210に対して相対的に移動する。これにより、摩擦攪拌接合用工具210は、接合線WLに沿って相対的に移動する。被接合部材221、222は、鋼の板材を用いることができるが、鋼に代えて他の任意の金属を用いてもよい。被接合部材221、222の接合線WL付近は、プローブ部212との間の摩擦熱によって塑性流動する。被接合部材221、222の塑性流動した部分をプローブ部212が攪拌することにより、接合領域WAが形成される。この接合領域WAによって、被接合部材221、222が互いに結合される。
【実施例0026】
実施例により本発明を更に具体的に説明する。
【0027】
1.界面の結合強度のシミュレーション計算
界面の結合強度は、第1原理計算と呼ばれる電子状態のシミュレーション計算を活用した理論的予測にて確認した。
ここで、第1原理計算とは、経験的なフィッティングパラメータ等を一切使用しない電子状態計算の総称であり、単位格子や分子等を構成する各元素の原子番号と座標を入力するだけで、電子状態計算が可能な手法である。
第1原理計算の手法の一つとして、PAW(Projector Argmented-Wave)法と呼ばれる計算方法がある。この手法は、高精度に、かつ、比較的短時間で計算を行うことができるという利点があり、単位格子等を構成する各原子のポテンシャルを予め用意し電子状態計算を行うことで、結晶構造の最適化の計算も可能である。
また、結晶中に多数存在する電子の相互作用を計算するため、密度汎関数法と呼ばれる計算手法を用いる。その密度汎関数法を用いた近似方法の一つとしてGGA(Generalized Gradient Approximation)と呼ばれる方法がある。この方法を用いることで、比較的精度良く電子状態の計算を行うことができる。
これらを内包した第1原理計算パッケージプログラムとして、VASP(the Vienna Ab-initio Simulation Package)と呼ばれるものがある。本実施例での第1原理計算は、全てこのVASPを用いて行った。
第1原理計算を用いて、結晶粒界界面と表面構造の最適化計算及び全エネルギー計算を行った。計算により得られる粒界界面の全エネルギーEt及び表面の全エネルギーEslabの値、更に、界面の断面積Aから、界面の結合強度Wsを算出することができる。界面の結合強度Wsは式(1)により算出した。

=1/4A(2Eslab_Al2O3+2Eslab_WC-Et)・・・式(1)
【0028】
ここで、Al(001)/WC(001)界面にZr原子層が、アルミナ(Al)結晶粒子、または、炭化タングステン(WC)結晶粒子の配列周期に沿って形成された場合、図1-4に示す4つの界面構造モデル(結合パターン)が考えられる。
図1-4に示す各界面構造モデルについて、表面の全エネルギーを計算した。このようにして得られた計算結果と式(2)を用いて界面の結合強度の評価を行った。
【0029】
結合強度の計算は、図9の界面構造モデルの例(「O-Zr-C結合パターン」の例)に示されるように原子層Lの直上で破壊される場合と、図10に示されるように原子層Lの直下で破壊される場合を想定して、これらの2通りについて、それぞれ行った。そして、両方の計算結果のうち低い方を、界面の結合強度として採用した。なお、このようにした理由は、実際の材料が破壊される場合は、結合の弱いところから破壊するためである。
【0030】
図11に、各界面構造モデル(結合パターン)における界面の密着強度(結合強度)の計算結果を示す。なお、「O-Zr-W結合パターン」は、計算によって安定構造が得られず、現実的に得られない構造と考えられる。このため、「O-Zr-W結合パターン」の場合の密着強度は、得られていない。
図11の結果から、「O-Zr-C結合パターン」の場合、すなわち、原子層Lに含まれるZr原子が、アルミナ(Al)結晶粒子側の酸素原子(O)と、炭化タングステン(WC)結晶粒子側の炭素原子(C)と、に結合している場合に高い密着強度を示すことが分かる。
【0031】
2.セラミック組成物における結晶粒子
図12は、セラミック組成物の断面図である。この断面図では、セラミック組成物における結晶粒子が模式的に表現されている。なお、図12では、10μm×10μmの視野を表している。
図12に示された様子は、次のようにして観察できる。すなわち、セラミック組成物を切断し、切断面に対して鏡面研磨及びサーマルエッチングを施した後に、切断面を走査型電子顕微鏡(Scanning Electron Microscope, SEM)で観察すると、図12に示された様子が観察できる。
図12に示されるように、セラミック組成物は、多結晶体であり、複数のアルミナ結晶粒子10と、複数の炭化タングステン結晶粒子20と、複数の添加原子含有結晶粒子30とを備える。アルミナ結晶粒子10は、アルミナから成る結晶粒子である。炭化タングステン結晶粒子20は、炭化タングステンから成る結晶粒子である。添加原子含有結晶粒子30は、添加原子含有化合物から成る結晶粒子である。添加原子含有化合物は、例えば、ジルコニア(ZrO)、ハフニア(HfO)、チタニア(TiO)等である。
【0032】
アルミナ結晶粒子と炭化タングステン結晶粒子とが隣接する界面である結晶粒界の周辺における添加原子の濃度はエネルギー分散型X線分光器(EDS, Energy Dispersive X-ray Spectrometer)で測定できる。これにより、添加原子としてのジルコニウム原子(Zr)等が存在することを確認できる。
【0033】
ここで、原子層Lの観察方法を説明する。この説明では、添加原子がジルコニウム原子(Zr)の場合を例に挙げて説明する。
図13に、結晶粒界のHAADF-STEM像の一例を示す。HAADF-STEM(High-Angle Annular Dark Field Scanning Transmission Electron Microscopy)は、高角散乱環状暗視野走査透過顕微鏡法のことである。HAADF-STEM像においては、重い元素が明るく示される。構造モデルと比較すると、輝度の高い白い点がタングステン(W)の原子カラムに対応することが分かる。界面近傍のWC粒子において、タングステン(W)の原子カラムに対応する白い点よりも輝度の低い中間輝度層100が存在することがわかる。中間輝度層100の輝度が低いのは、タングステン(W)原子の少なくとも一部が、タングステン原子(W)よりも軽いジルコニウム原子(Zr)に置換されているからである。このようにして、タングステン原子(W)を含んで形成された原子層Lの存在が確認される。ここでは、Zr原子の場合を説明したが、他の原子でも同様である。
そして、透過型電子顕微鏡(Transmission Electron Microscope,TEM)で観察することによって、原子層Lが炭化タングステン(WC)結晶粒子の(001)面の配列周期に沿って形成されていることを確認できる。
【0034】
添加原子がアルミナ(Al)結晶粒子側の酸素原子(O)と、前記炭化タングステン(WC)結晶粒子側の炭素原子(C)と、に結合していることはXPS(X-rayPhotoelectron Spectroscopy)分析により確認できる。ここでは、添加原子がジルコニウム原子(Zr)の場合を例に挙げて説明する。XPSによりセラミックス組成物の構成元素を分析すると、Zr-O結合とZr-C結合とを検出できる。本願においては、測定されたZr 3d 5/2、Zr 3d 3/2軌道電子に関するピークについて、セラミック組成物中にZrOとZrCとの化合物が存在していると仮定して、そのZrOやZrCに帰属するピークに波形分離する。波形分離にあたっては、Zr 3d 5/2のピークトップについて、ZrOの結合エネルギーが182eV付近、ZrCの結合エネルギーが180eV付近とする。そして、解析ソフトウェア(MultiPack)を用いてZrOに帰属するピークの面積比とZrCに帰属するピークの面積比とを算出する。
【0035】
3.セラミック組成物の曲げ強度
(1)セラミック組成物の調製(製造)
図14は、セラミック組成物の調製方法(製造方法)を示す工程図である。まず、セラミック組成物の原料であるアルミナと、炭化タングステンと、添加原子含有化合物と、を用意する(S1)。S1では、先述した各原料を粉末の状態で用意した。具体的には、平均粒径0.5μm程度のアルミナ粉末、平均粒径0.7μm程度の炭化タングステン粉末、添加原子含有化合物粉末としての平均粒径0.5μm程度のジルコニア粉末を用いた。なお、ジルコニア粉末は、安定化剤としてのイットリア(Y)を含まないジルコニア粉末である。粉末の平均粒径は、いずれもレーザー回折式粒度分布測定装置を用いて測定した値である。
【0036】
次に、用意した原料を秤量し、アルミナ粉末を55vol%、炭化タングステン粉45vol%、ジルコニア粉末を0.8mol%(体積比率にして1vol%未満)の割合で混合した(S2)。そして、予備混合粉砕を実施した(S3)。具体的には、ボールミルを用いて、〔1〕アルミナ粉末と〔2〕炭化タングステン粉末と〔3〕ジルコニウムイオンを含む溶液とを〔4〕溶媒ととともに混合しつつ、各粉末の粒子を粉砕した。
〔3〕の溶液は、例えば85%ジルコニウム(IV)ブトキシド1-ブタノール溶液である。〔4〕の溶媒は、例えばエタノールである。予備粉砕を行う時間は、約20時間とした。なお、予備粉砕を行う時間は、特に限定されず、20時間未満であってもよいし、20時間より長くても良い。
【0037】
続いて、混合粉砕によってスラリーを得た(S4)。具体的には、ボールミル内の混合物に、添加原子としてのジルコニアと溶媒とを加えて、更に混合及び粉砕を実施した。これによって、各粒子が分散したスラリーが得られた。添加原子としてのジルコニアを加えて更に混合及び粉砕する時間は、約20時間とした。なお、混合及び粉砕する時間は、特に限定されず、20時間未満であってもよいし、20時間より長くても良い。
次に、スラリーを乾燥させて混合粉末を作製した(S5)。なお、スラリーから混合粉末を得る方法としては、例えば、スラリーを湯煎しつつ乾燥させることによりスラリー中から溶媒を除去して粉体を得て、得られた紛体を篩に通す方法を挙げることができる。
【0038】
最後に、ホットプレスによって混合粉末からセラミック組成物を作製した(S6)。ホットプレスにおいて、カーボン製の型に混合粉末を充填し、その混合粉末を一軸加圧しながら加熱した。これによって、混合粉末が焼結した焼結体であるセラミック組成物を得た。ホットプレス条件は、次の通りである。焼成温度1750℃、焼成時間は2時間、圧力は30MPa,雰囲気ガスはアルゴン(Ar)である。
そして、S1~S5を同様にしながらS6における焼成条件を調整することで、原子層Lにおけるジルコニウム原子(Zr)の結合状態(結合パターン)を変化させて、実験例1~3を得た。
【0039】
(2)セラミック組成物の作製
曲げ強度測定には、全長40mm、幅4mm、厚さ3mmの試験片を用いた。日本工業規格JIS R 1601に準拠して、外部支点間距離(スパン)30mmの条件で各試験片の3点曲げ強さを求めた。
【0040】
(3)ジルコニウム原子(Zr))の結合状態の確認
原子層Lに含まれるジルコニウム原子(Zr)の結合状態の確認は、XPS分析により行った。測定されたZr 3d 5/2、Zr 3d 3/2軌道電子に関するピークについて波形分離を行い、ピークの位置から原子層Lに含まれるジルコニウム原子(Zr)の結合状態を確認した。実験例3では、Zr 3d 5/2 (ZrO)の結合エネルギーに対応する181.8eVと182.4eVとにピークが検出され、Zr 3d 5/2 (ZrC)の結合エネルギーに対応する180.1eVにピークが検出された。ZrOに帰属するピークの面積比は合計で98.8%であり、ZrCに帰属するピークの面積比は合計で1.2%であった。このことから、実験例3では「O-Zr-C結合パターン」が形成されていることが分かった。同様にして、実験例1は「Al-Zr-W結合パターン」が形成されていることが分かった。実験例2は「Al-Zr-W結合パターン」が形成されていることが分かった。なお、Zr 3d 5/2 (ZrO)に帰属するピークが2つ存在することから、Zr-Oの結合状態は2種類存在することが分かる。その詳細は定かではないが、例えば結合長の相違などと推察される。
【0041】
(4)測定結果
測定結果を表1に示す。表1の結果から、「O-Zr-C結合パターン」の場合、すなわち、原子層Lのジルコニウム原子(Zr)が、アルミナ(Al)結晶粒子側の酸素原子(O)と、炭化タングステン(WC)結晶粒子側の炭素原子(C)と、に結合している場合に、曲げ強度が高いことが分かった。
【0042】
【表1】
【0043】
(5)実施例の効果
以上の結果から、アルミナ(Al)結晶粒子と炭化タングステン(WC)結晶粒子との結晶粒界に原子層Lが存在し、原子層Lに含まれるジルコニウム原子(Zr)が、アルミナ(Al)結晶粒子側の酸素原子(O)と、炭化タングステン(WC)結晶粒子側の炭素原子(C)と、に結合している場合には、セラミック組成物の機械特性が極めて良好であることが確認された。
【0044】
<他の実施形態(変形例)>
なお、本発明は上記の実施例や実施形態に限られるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲において種々の態様において実施することが可能である。
上記実施例では、原子層Lに含まれる原子がジルコニウム原子(Zr)の例を説明したが、ジルコニウム原子(Zr)以外の周期表の4~6族に属する遷移金属原子(タングステン原子(W)を除く)、イットリウム原子(Y)、スカンジウム原子(Sc)の場合でも、同様の効果が得られる。
【符号の説明】
【0045】
10 …アルミナ結晶粒子
20 …炭化タングステン結晶粒子
30 …添加原子含有結晶粒子
100 …中間輝度層
200 …切削工具
201 …セラミック組成物
202 …外径加工用ホルダー
203 …押さえ金
210 …摩擦攪拌接合用工具
211 …本体部
211e…先端部
212 …プローブ部
221 …被接合部材
222 …被接合部材
L …原子層
WA …接合領域
WL …接合線
X …軸線
図1
図2
図3
図4
図5
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図11
図12
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図14