(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023121775
(43)【公開日】2023-08-31
(54)【発明の名称】セラミック組成物、切削工具、及び摩擦攪拌接合用工具
(51)【国際特許分類】
C04B 35/56 20060101AFI20230824BHJP
B23B 27/14 20060101ALI20230824BHJP
B23K 20/12 20060101ALI20230824BHJP
【FI】
C04B35/56 260
B23B27/14 B
B23K20/12 344
【審査請求】有
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023098826
(22)【出願日】2023-06-15
(62)【分割の表示】P 2018242587の分割
【原出願日】2018-12-26
(71)【出願人】
【識別番号】000004547
【氏名又は名称】日本特殊陶業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100142686
【弁理士】
【氏名又は名称】中島 浩貴
(72)【発明者】
【氏名】西 智広
(72)【発明者】
【氏名】沖村 康之
(72)【発明者】
【氏名】光岡 健
(72)【発明者】
【氏名】勝 祐介
(57)【要約】
【課題】セラミック組成物の特性を向上させる。
【解決手段】アルミナ(Al
2O
3)と、炭化タングステン(WC)と、を含有するセラミック組成物である。アルミナ(Al
2O
3)結晶粒子と炭化タングステン(WC)結晶粒子との結晶粒界には、周期表の4~6族の第4~6周期に属する遷移金属原子(タングステン原子(W)を除く)、セリウム原子(Ce)、プラセオジム原子(Pr)、及びテルビウム原子(Tb)からなる群より選択される少なくとも1種の原子を含んで形成された原子層が存在する。原子層Lに含まれる少なくとも1種の原子は、アルミナ(Al
2O
3)結晶粒子側の3つの酸素原子(O)が配位するとともに、炭化タングステン(WC)結晶粒子側の3つの炭素原子(C)が配位して、6配位構造を形成している。
【選択図】
図6
【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルミナ(Al2O3)と、炭化タングステン(WC)と、を含有するセラミック組成物であって、
ジルコニウム原子(Zr)、ハフニウム原子(Hf)、又はチタン原子(Ti)からなる群より選択される少なくとも1種の原子を含んで形成された原子層が、アルミナ(Al2O3)結晶粒子と炭化タングステン(WC)結晶粒子との結晶粒界に存在し、
前記原子層に含まれる前記少なくとも1種の原子は、前記アルミナ(Al2O3)結晶粒子側の3つの酸素原子(O)が配位するとともに、前記炭化タングステン(WC)結晶粒子側の3つの炭素原子(C)が配位して、6配位構造を形成していることを特徴とする、セラミック組成物。
【請求項2】
前記原子層は、前記結晶粒界において、前記炭化タングステン(WC)結晶粒子の(001)面の配列周期に沿って形成されていることを特徴とする請求項1に記載のセラミック組成物。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のセラミック組成物を用いた切削工具。
【請求項4】
請求項1又は2のいずれか1項に記載のセラミック組成物を用いた摩擦攪拌接合用工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はセラミック組成物、切削工具、及び摩擦攪拌接合用工具に関する。
【背景技術】
【0002】
セラミック組成物の特性改善を目的に、種々の技術が開示されている。特許文献1、2は、アルミナの強度、硬度、熱特性改善を目的に、各種炭窒化物との複合化について開示している。
特許文献3は、炭化ケイ素の粒子と酸化アルミニウムの粒子との粒界に希土類元素が存在するセラミックス焼結体を開示している。
特許文献4、5は、アルミナ-炭化タングステン系セラミック組成物を開示している。
特許文献6は、アルミナ-炭化タングステン系セラミック組成物として、次の特徴を有する組成物を開示している。その特徴とは、第1の結晶粒界と第2の結晶粒界との少なくとも一方に、添加化合物を構成する周期表の4~6族に属する遷移金属原子、イットリウム原子(Y)、スカンジウム原子(Sc)及びランタノイド原子から選択される少なくとも1種の原子が分布することである。第1の結晶粒界とは、アルミナ(Al2O3)結晶粒子と炭化タングステン(WC)結晶粒子とが隣接する界面である。第2の結晶粒界とは、2つアルミナ(Al2O3)結晶粒子が隣接する界面である。
特許文献7は、アルミナ-炭化タングステン系セラミック組成物として、次の特徴を有する組成物を開示している。その特徴とは、アルミナ(Al2O3)結晶粒子と炭化タングステン(WC)結晶粒子との結晶粒界に、周期表の4~6族に属する遷移金属原子、イットリウム原子(Y)、スカンジウム原子(Sc)及びランタノイド原子から選択される少なくとも1種の原子によって形成された原子層が、存在していることである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2004―114163号公報
【特許文献2】特開平5―069205号公報
【特許文献3】特開2006―206376号公報
【特許文献4】特開2010―234508号公報
【特許文献5】特開平6―340481号公報
【特許文献6】特開2016―113320号公報
【特許文献7】国際公開第2018/056275号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、これらのセラミック組成物の特性は必ずしも十分でなく、更なる特性の向上が求められていた。
本発明は、上記実情に鑑みてなされたものであり、セラミック組成物の特性を向上させることを目的とし、以下の形態として実現することが可能である。
【課題を解決するための手段】
【0005】
〔1〕アルミナ(Al2O3)と、炭化タングステン(WC)と、を含有するセラミック組成物であって、
周期表の4~6族の第4~6周期に属する遷移金属原子(タングステン原子(W)を除く)、セリウム原子(Ce)、プラセオジム原子(Pr)、及びテルビウム原子(Tb)からなる群より選択される少なくとも1種の原子を含んで形成された原子層が、アルミナ(Al2O3)結晶粒子と炭化タングステン(WC)結晶粒子との結晶粒界に存在し、
前記原子層に含まれる前記少なくとも1種の原子は、前記アルミナ(Al2O3)結晶粒子側の3つの酸素原子(O)が配位するとともに、前記炭化タングステン(WC)結晶粒子側の3つの炭素原子(C)が配位して、6配位構造を形成していることを特徴とする、セラミック組成物。
【0006】
この構成のセラミック組成物は、特定の原子を含んで形成された原子層が、アルミナ(Al2O3)結晶粒子と炭化タングステン(WC)結晶粒子との結晶粒界に存在している。そして、原子層に含まれる原子は、アルミナ(Al2O3)結晶粒子側の3つの酸素原子(O)が配位するとともに、炭化タングステン(WC)結晶粒子側の3つの炭素原子(C)が配位して、6配位構造を形成している。原子層に含まれる原子が、6配位構造を形成することによって、結晶粒界の界面の結合が強化されており、機械特性が極めて良好である。
【0007】
〔2〕前記少なくとも1種の原子は、ジルコニウム原子(Zr)、ハフニウム原子(Hf)、又はチタン原子(Ti)を含むことを特徴とする〔1〕に記載のセラミック組成物。
【0008】
この構成のセラミック組成物は、原子層が、ジルコニウム原子(Zr)、ハフニウム原子(Hf)、又はチタン原子(Ti)を含むことにより、結晶粒界の界面の結合が強化されており、機械特性が極めて良好である。
【0009】
〔3〕前記原子層は、前記結晶粒界において、前記炭化タングステン(WC)結晶粒子の(001)面の配列周期に沿って形成されていることを特徴とする〔1〕又は〔2〕に記載のセラミック組成物。
【0010】
この構成のセラミック組成物では、原子層は、結晶粒界において、炭化タングステン(WC)結晶粒子の(001)面の配列周期に沿って形成され、結晶粒界の界面の結合が強化されており、機械特性が極めて良好である。
【0011】
〔4〕〔1〕~〔3〕のいずれか1項に記載のセラミック組成物を用いた切削工具。
【0012】
この構成の切削工具は、機械特性が極めて良好である。
【0013】
〔5〕〔1〕~〔3〕のいずれか1項に記載のセラミック組成物を用いた摩擦攪拌接合用工具。
【0014】
この構成の摩擦攪拌接合用工具は、機械特性が極めて良好である。
【発明の効果】
【0015】
本発明のセラミック組成物は、結晶粒界の界面の結合が強化されており、機械特性が極めて良好である。
本発明の切削工具は、機械特性が極めて良好である。
本発明の摩擦攪拌接合用工具は、機械特性が極めて良好である。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】本発明以外の結晶界面の原子配置の一例を模式的に示す概念図である。
【
図2】本発明以外の結晶界面の原子配置の一例を模式的に示す概念図である。
【
図3】本発明以外の結晶界面の原子配置の一例を模式的に示す概念図である。
【
図4】本発明の結晶界面の原子配置の一例を模式的に示す概念図である。
【
図5】本発明の結晶界面の原子配置の一例を模式的に示す概念図である。
【
図6】本発明の結晶界面の原子配置の一例を模式的に示す概念図である。
【
図9】摩擦攪拌接合用工具の一例の斜視図等である。
【
図10】摩擦攪拌接合用工具の一例の使用状態を説明する斜視図である。
【
図11】第1原理計算に使用したWC/Al
2O
3界面の結晶構造モデルの概念図である。
【
図12】置換比率が67atm%の場合のモデルを模式的に示す概念図である。
【
図13】原子層の直上で破壊される場合の概念図である。(A)破壊前のセラミック組成物の概念図である。(B)破壊後のセラミック組成物の概念図である。
【
図14】原子層の直下で破壊される場合の概念図である。(A)破壊前のセラミック組成物の概念図である。(B)破壊後のセラミック組成物の概念図である。
【
図16】結晶粒界のHAADF-STEM像である。
【
図17】W原子配列の画像輝度の数値データである。
【
図18】セラミック組成物の調製方法を示す工程図である。
【
図19】XAFSスペクトルのデータと計算データとのフィッティングを示すグラフである。
【
図20】XAFSスペクトルのデータと計算データとのフィッティングを示すグラフである。
【
図21】XAFSスペクトルのデータと計算データとのフィッティングを示すグラフである。
【
図22】XAFSスペクトルのデータと計算データとのフィッティングを示すグラフである。
【
図23】フィッティングの良さ(R-factor)を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明について、項目毎に具体的かつ詳細に説明する。
なお、本明細書において、数値範囲について「~」を用いた記載では、特に断りがない限り、下限値及び上限値を含むものとする。例えば、「10~20」という記載では、下限値である「10」、上限値である「20」のいずれも含むものとする。すなわち、「10~20」は、「10以上20以下」と同じ意味である。
【0018】
1.セラミック組成物
セラミック組成物は、アルミナ(Al2O3)と、炭化タングステン(WC)と、を含有する。
アルミナ(Al2O3)結晶粒子と炭化タングステン(WC)結晶粒子との結晶粒界には、周期表の4~6族の第4~6周期に属する遷移金属原子(タングステン原子(W)を除く)、セリウム原子(Ce)、プラセオジム原子(Pr)、及びテルビウム原子(Tb)からなる群より選択される少なくとも1種の原子を含んで形成された原子層が存在する。
原子層に含まれる少なくとも1種の原子は、アルミナ(Al2O3)結晶粒子側の3つの酸素原子(O)が配位するとともに、炭化タングステン(WC)結晶粒子側の3つの炭素原子(C)が配位して、6配位構造を形成している。
【0019】
(1)原子層を構成する原子
原子層を構成する原子は、周期表の4~6族の第4~6周期に属する遷移金属原子(タングステン原子(W)を除く)、セリウム原子(Ce)、プラセオジム原子(Pr)、及びテルビウム原子(Tb)からなる群より選択される少なくとも1種の原子である。
周期表の4~6族の第4~6周期に属する遷移金属原子として、チタン原子(Ti)、バナジウム原子(V)、クロム原子(Cr)、ジルコニウム原子(Zr)、ニオブ原子(Nb)、モリブデン原子(Mo)、ハフニウム原子(Hf)、タンタル原子(Ta)が好適に例示される。
結晶粒界の界面の結合をより強化するという観点から、原子層を構成する原子には、ジルコニウム原子(Zr)、ハフニウム原子(Hf)、又はチタン原子(Ti)が含まれていることが好ましい。
なお、原子層は、これらの原子のみから構成されてもよいが、他の原子としてタングステン原子(W)を含んでいてもよい。
【0020】
原子層に、タングステン原子(W)が含まれている場合には、タングステン(W)原子層のタングステン原子(W)が、上述の原子層を構成する原子(「置換原子」ともいう)によって、置換されているとも表現することができる。この場合には、原子層は、〔1〕タングステン原子(W)と、〔2〕置換原子と、から構成されている。
そして、原子層の置換比率は、下記式(1)によって定義される。
置換比率(atm%)
=置換原子の個数÷(W原子の個数+置換原子の個数)×100 …式(1)
すなわち、置換比率は、原子層における、W原子及び置換原子の総原子数に対する置換原子の含有割合を意味する。
置換比率は、原子層構成原子(置換原子)の種類によって異なる。
ここでは、好ましい原子層構成原子(置換原子)について、置換比率を例示する。それぞれ示された置換比率とすると、本実施形態の特徴的な6配位構造になりやすいことを、本発明で見出している。
<原子層構成原子(置換原子)>
(Ti原子の場合)
置換比率は、100atm%が好ましい。
(Zr原子の場合)
置換比率は、67atm%以上100atm%以下が好ましい。
(Hf原子の場合)
置換比率は、100atm%が好ましい。
なお、いずれの場合であっても置換比率が100atm%の場合は、原子層は置換原子のみから形成されていることになる。
【0021】
原子層の厚みは、特に限定されない。原子層の厚みは、結晶粒界の界面の結合をより強化するという観点から、原子1個分に相当する厚みが好ましい。
原子層は、結晶粒界において、炭化タングステン(WC)結晶粒子の(001)面の配列周期に沿って形成されていることが好ましい。このように形成されることにより、置換原子は、アルミナ(Al2O3)結晶粒子側の3つの酸素原子(O)が配位するとともに、炭化タングステン(WC)結晶粒子側の3つの炭素原子(C)が配位して、6配位構造を形成しやすくなるので、結晶粒界の界面の結合が強化される。
【0022】
(2)原子層に含まれる少なくとも1種の原子の6配位構造
本発明では、原子層に含まれる少なくとも1種の原子は、アルミナ(Al
2O
3)結晶粒子側の3つの酸素原子(O)が3配位するとともに、炭化タングステン(WC)結晶粒子側の3つの炭素原子(C)が3配位して、6配位構造を形成している。
この概念を、原子層に含まれる少なくとも1種の原子がジルコニウム原子(Zr)の場合を例として説明する。
図1-3は、本実施形態でない4配位構造を示している。
図1は、各原子の配置を示している。
図2は、
図1の結晶界面の拡大図である。
図3は、1つのタングステン原子(W)と、周囲の原子との配位構造を示している。
図1-3では、原子層に含まれる1つのタングステン原子(W)は、アルミナ(Al
2O
3)結晶粒子側の1つの酸素原子(O)が1配位するとともに、炭化タングステン(WC)結晶粒子側の3つの炭素原子(C)が3配位して、四面体形の4配位構造を形成している様子が模式的に示されている。
他方、
図4-6は、本実施形態の6配位構造の一例を示している。
図4は、各原子の配置を示している。
図5は、
図4の結晶界面の拡大図である。
図6は、1つのジルコニウム原子(Zr)と、周囲の原子との配位構造を示している。
図4-6では、原子層に含まれる1つのジルコニウム原子(Zr)は、アルミナ(Al
2O
3)結晶粒子側の3つの酸素原子(O)が3配位するとともに、炭化タングステン(WC)結晶粒子側の3つの炭素原子(C)が3配位して、八面体形(
図6左図)又は三角柱形(
図6右図)の6配位構造を形成している様子が模式的に示されている。
【0023】
(3)セラミック組成物の製造方法
セラミック組成物の製造方法は、特に限定されない。
セラミック組成物は、例えば次の方法で好適に製造される。アルミナ粉末、炭化タングステン粉末、置換原子を含む化合物の粉末、及び溶媒を含むスラリーを調製する。スラリーを乾燥させて混合粉末を作製する。混合粉末をホットプレスによって焼成してセラミック組成物(焼成体)を作製する。
セラミック組成物の製造に用いる各原料粉末の平均粒径は、特に限定されない。
なお、焼成温度を制御することで、原子層における置換原子の置換比率を調整できる。
【0024】
2.切削工具
本発明の切削工具は、上述のセラミック組成物を用いている。
切削工具の形状、大きさは、用途等に応じて適宜変更できる。
切削工具の一例を図示して説明する。
図7は、セラミック組成物201を示している。
図8は、切削工具200を示している。切削工具200は、外径加工用ホルダー202と、これにセットされたセラミック組成物201(インサート)と、セラミック組成物201を押さえる押さえ金203とを備えている。
【0025】
3.摩擦攪拌接合用工具
本発明の摩擦攪拌接合用工具は、上述のセラミック組成物を用いている。
摩擦攪拌接合用工具の形状、大きさは、用途等に応じて適宜変更できる。
摩擦攪拌接合用工具は、摩擦攪拌接合に用いられる工具である。ここで、摩擦攪拌接合について説明する。摩擦攪拌接合では、摩擦攪拌接合用工具の突起部(プローブ部)を回転させながら被接合部材に押し込み、摩擦熱によって被接合部材の一部を軟化させる。そして、軟化した部分を突起部によって攪拌して被接合部材同士を接合する。
摩擦攪拌接合用工具の一例を図示して説明する。
図9(a)~(d)は、摩擦攪拌接合用工具210の正面図、底面図、上面図及び斜視図をそれぞれ示している。摩擦攪拌接合用工具210は、セラミック組成物201により構成されている。摩擦攪拌接合用工具210は、略円柱状の本体部211と、プローブ部212とを備える。プローブ部212は、略円柱状の突起により構成され、本体部211の先端部211eの中心部に形成されている。プローブ部212の軸線は、本体部211の軸線Xと一致する。摩擦攪拌接合用工具210の各寸法は任意の値を採用することができる。
【0026】
図10は、摩擦攪拌接合用工具210の使用状態を例示した説明図である。摩擦攪拌接合用工具210は、図示しない接合装置に取り付けられて使用される。摩擦攪拌接合用工具210のプローブ部212は、接合装置からの加圧を受けて、被接合部材221、222の境界である接合線WLへ回転しながら押し込まれる。その後、プローブ部212が被接合部材221、222に押し込まれた状態のまま、被接合部材221、222は、
図10において白抜きの矢印で示す方向に摩擦攪拌接合用工具210に対して相対的に移動する。これにより、摩擦攪拌接合用工具210は、接合線WLに沿って相対的に移動する。被接合部材221、222は、鋼の板材を用いることができるが、鋼に代えて他の任意の金属を用いてもよい。被接合部材221、222の接合線WL付近は、プローブ部212との間の摩擦熱によって塑性流動する。被接合部材221、222の塑性流動した部分をプローブ部212が攪拌することにより、接合領域WAが形成される。この接合領域WAによって、被接合部材221、222が互いに結合される。
【実施例0027】
実施例により本発明を更に具体的に説明する。
【0028】
1.界面の結合強度のシミュレーション計算
界面の結合強度は、第1原理計算と呼ばれる電子状態のシミュレーション計算を活用した理論的予測にて確認した。
ここで、第1原理計算とは、経験的なフィッティングパラメータ等を一切使用しない電子状態計算の総称であり、単位格子や分子等を構成する各元素の原子番号と座標を入力するだけで、電子状態計算が可能な手法である。
第1原理計算の手法の一つとして、PAW(Projector Argmented-Wave)法と呼ばれる計算方法がある。この手法は、高精度に、かつ、比較的短時間で計算を行うことができるという利点があり、単位格子等を構成する各原子のポテンシャルを予め用意し電子状態計算を行うことで、結晶構造の最適化の計算も可能である。
また、結晶中に多数存在する電子の相互作用を計算するため、密度汎関数法と呼ばれる計算手法を用いる。その密度汎関数法を用いた近似方法の一つとしてGGA(Generalized Gradient Approximation)と呼ばれる方法がある。この方法を用いることで、比較的精度良く電子状態の計算を行うことができる。
これらを内包した第1原理計算パッケージプログラムとして、VASP(the Vienna Ab-initio Simulation Package)と呼ばれるものがある。本実施例での第1原理計算は、全てこのVASPを用いて行った。
第1原理計算を用いて、結晶粒界界面と表面構造の最適化計算及び全エネルギー計算を行った。計算により得られる粒界界面の全エネルギーEt及び表面の全エネルギーEslabの値、更に、界面の断面積Aから、界面の結合強度Wsを算出することができる。界面の結合強度Wsは式(2)により算出した。
WS=1/4A(2Eslab_Al2O3+2Eslab_WC-Et)・・・式(2)
【0029】
図11、
図12に第1原理計算に用いたモデルの例を示す。
図11では、原子層LがAl
2O
3(001)/WC(001)界面に存在している様子が示されている。
図11は、原子層LがM原子(金属原子)からなる場合が示されている。上述のように、M原子を置換原子と見なせば、置換比率100atm%である。
図12は、原子層LがM原子(金属原子)及びタングステン原子(W)からなる場合を示している。
図12の場合は、置換比率67atm%である。
種々のM原子(金属原子)について、異なる置換比率のモデルを用いて第1原理計算を行った。
【0030】
結晶構造最適化計算を行い、式(2)を用いて、結合強度の評価を行った。
結合強度の計算は、
図13に示されるように原子層Lの直上で破壊される場合と、
図14に示されるように原子層Lの直下で破壊される場合を想定して、これらの2通りについて、それぞれ行った。そして、両方の計算結果のうち低い方を、界面の結合強度として採用した。なお、このようにした理由は、実際の材料が破壊される場合は、結合の弱いところから破壊するためである。
表1に、種々の原子層Lが存在する場合について、結合強度(密着強度)の計算結果を示す。この表1において、実験例1~6は比較例を示し、実験例7~9は実施例を示す。
表1における「原子層構成原子」は、原子層Lを構成するW原子以外の原子を意味している。置換比率が100%の場合には、原子層Lは、W原子以外の原子層構成原子のみで構成されている。各実験例の場合について、具体的に、原子層Lを構成する原子を挙げて説明すると、次のようになる。
実験例1:W原子100atm%
実験例2:Ti原子33atm%、W原子67atm%
実験例3:Ti原子50atm%、W原子50atm%
実験例4:Zr原子33atm%、W原子67atm%
実験例5:Hf原子33atm%、W原子67atm%
実験例6:Ta原子100atm%
実験例7:Ti原子100atm%
実験例8:Zr原子67atm%、W原子33atm%
実験例9:Hf原子100atm%
また、この表1において、「酸素原子との配位数」は、原子層Lの構成原子(W以外の構成原子、「M原子」に相当)と、アルミナ(Al
2O
3)結晶粒子側の酸素原子(O)との配位数を示している。例えば、実験例7の場合は、1個のTi原子が、アルミナ(Al
2O
3)結晶粒子側の3個の酸素原子(O)と配位して、3配位となっていることを示している。
また、この表1において、「炭素原子との配位数」は、原子層Lの構成原子(W以外の構成原子)と、炭化タングステン(WC)結晶粒子側の炭素原子(C)との配位数を示している。例えば、実験例7の場合は、1個のTi原子が、炭化タングステン(WC)結晶粒子側の3個の炭素原子(C)と配位して、3配位となっていることを示している。
また、この表1において、「原子層構成原子と周囲原子の配位数」とは、原子層Lの構成原子(W以外の構成原子)と、周囲原子の合計配位数を示している。すなわち、この配位数は、「酸素原子との配位数」と「炭素原子との配位数」の合計になっている。例えば、実験例7の場合は、「3+3=6」となっている。
この表1に記載した配位数は、いずれも第1原理計算から導き出されたものである。
表1の結果から、原子層構成原子と周囲原子の配位数が6の場合には、結合強度が高いことが分かる。また、原子層構成原子が6配位構造をとるための条件として、置換比率を特定の数値範囲に収めることが好ましいことが分かる。例えば、原子層構成原子がZr原子の場合は、置換比率は、67atm%以上100atm%以下が好ましいとわかる。原子層構成原子がTi原子またはHf原子の場合は、置換比率は、100atm%が好ましいとわかる。
なお、実験例1の場合には、原子層構成原子は、W原子のみであり、このW原子の「酸素原子との配位数」と「炭素原子との配位数」を参考までに()内に示している(下記、表3についても同様である)。
【0031】
【0032】
2.セラミック組成物における結晶粒子
図15は、セラミック組成物の模式図である。この模式図では、セラミック組成物における結晶粒子が模式的に表現されている。なお、
図15では、10μm×10μmの視野を表している。
図15に示された様子は、次のようにして観察できる。すなわち、セラミック組成物を切断し、切断面に対して鏡面研磨及びサーマルエッチングを施した後に、切断面を走査型電子顕微鏡(Scanning Electron Microscope, SEM)で観察すると、
図5に示された様子が観察できる。
図15に示されるように、セラミック組成物は、多結晶体であり、複数のアルミナ結晶粒子10と、複数の炭化タングステン結晶粒子20と、複数の置換原子含有結晶粒子30とを備える。アルミナ結晶粒子10は、アルミナから成る結晶粒子である。炭化タングステン結晶粒子20は、炭化タングステンから成る結晶粒子である。置換原子含有結晶粒子30は、置換原子含有化合物から成る結晶粒子である。置換原子含有化合物は、例えば、ジルコニア(ZrO
2)、ハフニア(HfO
2)、チタニア(TiO
2)等である。
【0033】
アルミナ結晶粒子と炭化タングステン結晶粒子とが隣接する界面である結晶粒界の周辺における置換原子の濃度はエネルギー分散型X線分光器(EDS, Energy Dispersive X-ray Spectrometer)で測定できる。これにより、置換原子(添加原子)としてのジルコニウム原子(Zr)等が存在することを確認できる。
【0034】
ここで、原子層Lにおける置換比率の具体的な求め方を説明する。この説明では、Zr置換比率が64atm%の場合を例に挙げて説明する。
図16に、結晶粒界のHAADF-STEM像の一例を示す。HAADF-STEM(High-Angle Annular Dark Field Scanning Transmission Electron Microscopy)は、高角散乱環状暗視野走査透過顕微鏡法のことである。HAADF-STEM像においては、重い元素が明るく示される。構造モデル(
図11~12参照)と比較すると、輝度の高い白い点がタングステン(W)の原子カラムに対応することが分かる。界面近傍のWC粒子において、原子数の差に起因する中間輝度層100が存在することがわかる。中間輝度層100は、原子層Lに相当する層である。
図17は、
図16のW原子配列の画像輝度の数値データを示す。具体的には、W原子配列の第1層~第5層について、画像輝度の数値データが右側のグラフに上から順に示されている。この数値データから、W原子の濃度に応じてピークが検出されていることが確認される。界面近傍のWC粒子の原子層(第1層に相当)は、W原子の一部がジルコニウム原子(Zr)に置換され、輝度ピークが減少していることがわかる。このピークの相対強度を表2にまとめる。表2は、W原子配列の第2層目のピーク強度を100%として算出する。
【0035】
【0036】
表2から、W原子配列の第2層目以降においては、相対ピーク強度が100%からほぼ変化せず、W原子で満たされていることが分かる。
W原子配列の第1層目については、W原子の一部がZr原子で置換され、ピーク強度が減少していることがわかる。
表1の相対ピーク強度からZr原子の置換比率を算出すると、第1層のZr置換比率は、100-36=64(atm%)と計算される。この例では、アルミナ結晶粒子と炭化タングステン結晶粒子との結晶粒界の炭化タングステン粒子側の原子層Lは、Zr原子で64atm%置換されていることが分かる。
以上のように、HAADF-STEM像を用いた画像解析により、原子層Lにおける置換原子の置換比率が求められる。ここでは、Zr原子の場合を説明したが、他の原子でも同様である。
そして、透過型電子顕微鏡(Transmission Electron Microscope,TEM)で観察することによって、W原子層が炭化タングステン(WC)結晶粒子の(001)面の配列周期に沿って形成されていることが確認される。
【0037】
3.セラミック組成物の曲げ強度
(1)セラミック組成物の調製(製造)
図18は、セラミック組成物の調製方法(製造方法)を示す工程図である。まず、セラミック組成物の原料であるアルミナと、炭化タングステンと、置換原子含有化合物と、を用意する(S1)。S1では、先述した各原料を粉末の状態で用意した。具体的には、平均粒径0.5μm程度のアルミナ粉末、平均粒径0.7μm程度の炭化タングステン粉末、下記の置換原子含有化合物粉末を用いた。なお、実験例4,8のジルコニア粉末は、安定化剤としてのイットリア(Y
2O
3)を含まないジルコニア粉末である。粉末の平均粒径は、いずれもレーザー回折式粒度分布測定装置を用いて測定した値である。
<置換原子含有化合物粉末>
実験例1:無し
実験例2:チタニア(TiO
2)粉末、平均粒径0.4μm程度
実験例3:チタニア(TiO
2)粉末、平均粒径0.4μm程度
実験例4:ジルコニア粉末(ZrO
2粉末)、平均粒径0.5μm程度
実験例5:ハフニア(HfO
2)粉末、平均粒径0.5μm程度
実験例6:酸化タンタル(Ta
2O
5)粉末、平均粒径0.5μm程度
実験例7:チタニア(TiO
2)粉末、平均粒径0.4μm程度
実験例8:ジルコニア粉末(ZrO
2粉末)、平均粒径0.5μm程度
実験例9:ハフニア(HfO
2)粉末、平均粒径0.5μm程度
【0038】
次に、用意した原料を秤量し、アルミナ粉末を55vol%、炭化タングステン粉45vol%の割合で混合し、さらに、実験例1以外は置換原子含有化合物粉末を0.8mol%(体積比率にして1vol%未満)添加して混合した(S2)。そして、予備混合粉砕を実施した(S3)。具体的には、ボールミルを用いて、〔1〕アルミナ粉末と〔2〕炭化タングステン粉末と〔3〕ジルコニウムイオンを含む溶液とを〔4〕溶媒ととともに混合しつつ、各粉末の粒子を粉砕した。
〔3〕の溶液は、例えば85%ジルコニウム(IV)ブトキシド1-ブタノール溶液である。〔4〕の溶媒は、例えばエタノールである。予備粉砕を行う時間は、約20時間とした。なお、予備粉砕を行う時間は、特に限定されず、20時間未満であってもよいし、20時間より長くても良い。
【0039】
続いて、混合粉砕によってスラリーを得た(S4)。具体的には、ボールミル内の混合物に、置換原子含有化合物粉末と溶媒とを加えて、更に混合及び粉砕を実施した。これによって、各粒子が分散したスラリーが得られた。置換原子含有化合物粉末を加えて更に混合及び粉砕する時間は、約20時間とした。なお、混合及び粉砕する時間は、特に限定されず、20時間未満であってもよいし、20時間より長くても良い。
次に、スラリーを乾燥させて混合粉末を作製した(S5)。なお、スラリーから混合粉末を得る方法としては、例えば、スラリーを湯煎しつつ乾燥させることによりスラリー中から溶媒を除去して粉体を得て、得られた紛体を篩に通す方法を挙げることができる。
【0040】
最後に、ホットプレスによって混合粉末からセラミック組成物を作製した(S6)。ホットプレスにおいて、カーボン製の型に混合粉末を充填し、その混合粉末を一軸加圧しながら加熱した。これによって、混合粉末が焼結した焼結体であるセラミック組成物を得た。ホットプレス条件は、次の通りである。焼成温度1750℃、焼成時間は2時間、圧力は30MPa,雰囲気ガスはアルゴン(Ar)である。
そして、S1~S5を同様にしながらS6における焼成温度を調整することで、原子層Lにおける置換原子の置換比率を調整して実験例1~9を得た。
【0041】
(2)セラミック組成物の作製
曲げ強度測定には、全長40mm、幅4mm、厚さ3mmの試験片を用いた。日本工業規格JIS R 1601に準拠して、外部支点間距離(スパン)30mmの条件で各試験片の3点曲げ強さを求めた。
【0042】
(3)配位構造の確認
原子層Lに含まれる(金属原子)の配位構造の確認は、XAFS(X-ray Absorption Fine Structure)により行った。
具体的には、次のようにした。セラミック組成物のXAFSスペクトルを測定した。得られたXAFSスペクトルは、多重散乱理論に基づくXAFSスペクトル解析ソフトウェアAthenaおよびAltemisを用いて、データ処理およびフィッティング処理を行った。M原子が取り得る複数種の配位構造を想定し、それぞれについて計算データを求めた。そして、XAFSスペクトルのデータと、各計算データとをフィッティングした。その結果、最も良いフィッティングを示す配位構造を、M原子の配位構造と決定した。なお、フィッティングは、M原子の第一近接原子領域に相当するRadial distanceが、1Å~2Åの範囲で行った。
ここでは、M原子(原子層構成原子)がZr原子であり、置換比率が67atm%の場合を例としてより詳細に説明する。
図19は、酸素原子3配位、炭素原子3配位の6配位構造の場合を示している。実線は、XAFSスペクトルの測定データを、破線は、この6配位構造の場合の計算データをそれぞれ示している。
図19では、XAFSスペクトルのデータと計算データとが良くフィッティングしていることが分かる。
図20は、酸素原子6配位、炭素原子0配位の6配位構造の場合を示している。実線は、XAFSスペクトルの測定データを、破線は、この6配位構造の場合の計算データをそれぞれ示している。
図20では、XAFSスペクトルのデータと計算データとのフィッティングが、
図19の場合よりも悪いことが分かる。
図21は、酸素原子0配位、炭素原子6配位の6配位構造の場合を示している。実線は、XAFSスペクトルの測定データを、破線は、この6配位構造の場合の計算データをそれぞれ示している。
図21では、XAFSスペクトルのデータと計算データとのフィッティングが、
図19の場合よりも悪いことが分かる。
図22は、酸素原子1配位、炭素原子3配位の4配位構造の場合を示している。実線は、XAFSスペクトルの測定データを、破線は、この4配位構造の場合の計算データをそれぞれ示している。
図22では、XAFSスペクトルのデータと計算データとのフィッティングが、
図19の場合よりも悪いことが分かる。
図23では、
図19~
図22の場合のフィッティングの良さをR-factorとして記載している。酸素原子3配位、炭素原子3配位の6配位構造の場合のR-factorが最も小さいことから、M原子がZr原子であり、置換比率が67atm%の場合は、酸素原子3配位、炭素原子3配位の6配位構造となることが分かった。
ここに例示した方法に準じて、種々の原子層構成原子における種々の置換比率の場合の配位構造が決定される。
以上のようにして求めた配位数を下記の表3に示す。
【0043】
(4)曲げ強度の測定結果
曲げ強度の測定結果を表3に示す。この表3において、実験例1~6は比較例を示し、実験例7~9は実施例を示す。表3の結果から、原子層Lに含まれる構成原子(W以外の構成原子)が6配位構造となっている実験例7~9はいずれも曲げ強度が高いことが分かった。
なお、この表3に記載した配位数は、XAFSにより確認している。
【0044】
【0045】
(5)実施例の効果
以上の結果から、アルミナ(Al2O3)結晶粒子と炭化タングステン(WC)結晶粒子との結晶粒界に原子層Lが存在し、原子層Lに含まれるM原子が6配位構造となっている場合には、セラミック組成物の機械特性が極めて良好であることが確認された。
【0046】
<他の実施形態(変形例)>
本発明は上記の実施例や実施形態に限られるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲において種々の態様において実施することが可能である。
上記実施例では、「M原子」を「Zr原子」「Ti原子」「Hf原子」とした例を説明したが、「M原子」を、これらの原子以外の周期表の4~6族の第4~6周期に属する遷移金属原子(タングステン原子(W)を除く)、セリウム原子(Ce)、プラセオジム原子(Pr)、テルビウム原子(Tb)とした場合でも、同様のイオン半径と価数とをとり得るから、同様の効果が得られる。