IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 東レ株式会社の特許一覧

特開2023-121920炭素繊維抄紙体の製造方法、抄紙機、炭素繊維抄紙体、炭素シート、ガス拡散電極および燃料電池
<>
  • 特開-炭素繊維抄紙体の製造方法、抄紙機、炭素繊維抄紙体、炭素シート、ガス拡散電極および燃料電池 図1
  • 特開-炭素繊維抄紙体の製造方法、抄紙機、炭素繊維抄紙体、炭素シート、ガス拡散電極および燃料電池 図2
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023121920
(43)【公開日】2023-09-01
(54)【発明の名称】炭素繊維抄紙体の製造方法、抄紙機、炭素繊維抄紙体、炭素シート、ガス拡散電極および燃料電池
(51)【国際特許分類】
   D21H 13/50 20060101AFI20230825BHJP
   H01M 4/88 20060101ALI20230825BHJP
   H01M 4/86 20060101ALI20230825BHJP
   H01M 4/96 20060101ALI20230825BHJP
   D21D 5/00 20060101ALI20230825BHJP
   D21G 9/00 20060101ALI20230825BHJP
   D04H 1/4242 20120101ALI20230825BHJP
   C01B 32/05 20170101ALI20230825BHJP
   H01M 8/10 20160101ALN20230825BHJP
【FI】
D21H13/50
H01M4/88 C
H01M4/86 M
H01M4/96 M
D21D5/00
D21G9/00
D04H1/4242
C01B32/05
H01M8/10 101
【審査請求】未請求
【請求項の数】13
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022025277
(22)【出願日】2022-02-22
(71)【出願人】
【識別番号】000003159
【氏名又は名称】東レ株式会社
(72)【発明者】
【氏名】渡邉 忠敬
(72)【発明者】
【氏名】榛葉 陽一
(72)【発明者】
【氏名】若田部 道生
【テーマコード(参考)】
4G146
4L047
4L055
5H018
5H126
【Fターム(参考)】
4G146AA01
4G146AB05
4G146AB06
4G146AC30A
4G146AD17
4G146AD23
4G146BA01
4G146BA41
4G146CB02
4G146CB05
4G146CB10
4G146DA01
4G146DA07
4G146DA47
4L047AA03
4L047AB02
4L047BA21
4L047CC08
4L047EA22
4L055AF03
4L055AH29
4L055AH36
4L055AH37
4L055CB60
4L055CE00
4L055CE01
4L055EA15
4L055EA40
4L055FA30
4L055GA01
4L055GA50
5H018AA06
5H018BB00
5H018BB01
5H018BB03
5H018BB05
5H018CC06
5H018DD05
5H018DD06
5H018DD08
5H018EE05
5H018EE18
5H018EE19
5H018HH01
5H018HH05
5H126BB06
(57)【要約】
【課題】特に長径の小さい鉄系異物の含有量が少ない炭素繊維抄紙体を提供する。
【解決手段】スラリ供給口、ヘッドボックス、抄紙ワイヤーを備えた抄紙機を用いて炭素繊維を含むスラリを抄紙する炭素繊維抄紙体の製造方法であって、当該抄紙機が、当該スラリ中の鉄系異物を磁力により除去可能な機構を有することを特徴とする炭素繊維抄紙体の製造方法。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
スラリ供給口、ヘッドボックス、抄紙ワイヤーを備えた抄紙機を用いて炭素繊維を含むスラリを抄紙する炭素繊維抄紙体の製造方法であって、前記抄紙機が、前記スラリ中の鉄系異物を磁力により除去可能な機構を有することを特徴とする炭素繊維抄紙体の製造方法。
【請求項2】
前記鉄系異物を磁力により除去可能な機構として、磁性体からなる機構が前記ヘッドボックスに配置されていることを特徴とする請求項1に記載の炭素繊維抄紙体の製造方法。
【請求項3】
前記磁性体からなる機構として、磁性体からなるパンチングプレートが前記ヘッドボックス内に配置されていることを特徴とする請求項2に記載の炭素繊維抄紙体の製造方法。
【請求項4】
前記磁性体からなる機構として、磁性体からなるスライスが前記ヘッドボックス内の前記抄紙ワイヤー上部に配置されていることを特徴とする請求項2または3に記載の炭素繊維抄紙体の製造方法。
【請求項5】
前記磁性体からなる機構として、マグネットプレートが前記ヘッドボックス壁面に配置されていることを特徴とする請求項2~4のいずれかに記載の炭素繊維抄紙体の製造方法。
【請求項6】
前記抄紙機が、前記鉄系異物を磁力により除去可能な機構として、電磁石を用いた機構を有することを特徴とする請求項1~5のいずれかに記載の炭素繊維抄紙体の製造方法。
【請求項7】
スラリ供給口、ヘッドボックス、抄紙ワイヤーを備えた、炭素繊維を含むスラリを抄紙して炭素繊維抄紙体を製造する抄紙機であって、前記スラリ中の鉄系異物を磁力により除去する機構を有することを特徴とする抄紙機。
【請求項8】
前記鉄系異物を磁力により除去可能な機構として、磁性体からなる機構を前記ヘッドボックスに有することを特徴とする請求項7に記載の抄紙機。
【請求項9】
前記鉄系異物を磁力により除去する機構として、電磁石を用いた機構を有することを特徴とする請求項7または8に記載の抄紙機。
【請求項10】
長径が20~100μmの鉄系異物の含有量が40個/m以下である炭素繊維抄紙体。
【請求項11】
請求項10に記載の炭素繊維抄紙体と結着材からなることを特徴とする炭素シート。
【請求項12】
請求項11に記載の炭素シートの少なくとも片面に微多孔層を有するガス拡散電極。
【請求項13】
請求項12に記載のガス拡散電極を構成部材として含む燃料電池。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、燃料電池、特に固体高分子型燃料電池に用いられる炭素繊維抄紙体の製造方法およびこれに用いられる抄紙機、また当該製造方法によって製造される炭素繊維抄紙体、当該炭素繊維抄紙体からなる炭素シート、当該炭素シートに微多孔層を有するガス拡散電極、当該ガス拡散電極を含む燃料電池に関するものである。
【背景技術】
【0002】
水素を含む燃料ガスをアノードに供給し、酸素を含む酸化ガスをカソードに供給して、両極で起こる電気化学反応によって起電力を得る固体高分子型燃料電池は、一般的に、セパレータ、ガス拡散電極、触媒層、電解質膜、触媒層、ガス拡散電極、セパレータを順に積層して構成されている。ガス拡散電極には、セパレータから供給されるガスを触媒層へと拡散するための高いガス拡散性と、電気化学反応に伴って生成する水をセパレータへ排出するための高い排水性、および発生した電流を取り出すための高い導電性が必要である。そのため、導電性多孔質基材を用い、その表面に微多孔層を形成したガス拡散電極が広く用いられている。多孔質基材としては、例えば、炭素繊維抄紙体、炭素繊維織物およびフェルトタイプの炭素繊維不織布などの炭素繊維を含む多孔体が好適に用いられ、中でも厚さを薄くすることが可能な炭素繊維抄紙体が多孔体として好適に用いられる。
【0003】
ガス拡散電極に要求される機能の一つとして、燃料電池セルの耐久性向上が挙げられる。燃料電池内で水素と酸素が反応して発電する際に水が生じるが、副生成物として過酸化水素が生成する。このとき、燃料電池セル内部に鉄系異物が存在していると、鉄系異物由来の鉄イオン(Fe2+、Fe3+)が触媒となって過酸化水素が分解し、ラジカルが発生する。ラジカルは電解質膜に使われるパーフルオロスルホン酸を分解するので、発電性能が低下する。このような発電性能低下を抑制するため、ガス拡散電極においては鉄系異物量の低減が求められる。
【0004】
炭素シートおよびガス拡散電極中の鉄系異物量の低減のためには、製造時あるいは製造後に金属探知機を用いて鉄系異物の存在箇所を特定して当該箇所を取り除く手法が一般的である。しかし、金属探知機の導入によるコストアップや、検出箇所を排除することによる製品ロスが起こる等のデメリットがあり、製造時における鉄系異物の混入を抑制する炭素シートおよびガス拡散電極の製造方法が必要となる。
【0005】
炭素シートおよびガス拡散電極の製造は多くの工程を有するが、なかでも川上の工程である炭素繊維抄紙体を抄紙する工程は、大量の水を使用することおよびモーター駆動の撹拌設備やポンプ等の送液設備を使用することから水由来、設備由来の鉄系異物の混入リスクが高い工程である。また、当該抄紙工程で鉄系異物が混入した場合、その後の工程を経るうちに鉄系異物が基材内部に入り込み炭素繊維に覆われてしまうことで、鉄系異物の検出、除去がともに困難となるため、抄紙工程の段階で鉄系異物を混入させない製造方法が必要であった。
【0006】
例えば、抄紙体を製造する抄紙工程において鉄系異物を除去するために、繊維を分散させたスラリを貯蔵するタンクに異物除去機能を持たせる方法が提案されている(特許文献1)。
【0007】
また、抄紙に使用する水(用水)を抄紙工程に送水する際に磁性フィルタを通して鉄系異物を除去して抄紙体への混入を防ぐ方法が提案されている(特許文献2)
また、繊維を分散する前に、金属異物除去工程を加えることで抄紙体への混入を防ぐ方法が提案されている(特許文献3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2016-132848号公報
【特許文献2】特開2013-187138号公報
【特許文献3】特開2020-165019号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、特許文献1~3に記載の方法においては、水あるいは原料由来の鉄系異物を除去できるが、繊維を分散したスラリの調製や配管を通してのスラリの移送などの抄紙までの工程における設備由来の鉄系異物を除去することはできず、抄紙体に鉄系異物が混入するリスクを低減することができなかった。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は上記の課題を解決するため、スラリ供給口、ヘッドボックス、抄紙ワイヤーを備えた抄紙機を用いて炭素繊維を含むスラリを抄紙する炭素繊維抄紙体の製造方法であって、当該抄紙機が、当該スラリ中の鉄系異物を磁力により除去可能な機構を有することを特徴とする炭素繊維抄紙体の製造方法を提供する。
【0011】
また、本発明は、スラリ供給口、ヘッドボックス、抄紙ワイヤーを備えた、炭素繊維を抄紙して炭素繊維抄紙体を製造する抄紙機であって、炭素繊維を含むスラリ中の鉄系異物を磁力により除去する機構を有することを特徴とする抄紙機を提供する。
【0012】
また、本発明は、長径が20~100μmの鉄系異物の含有量が40個/m以下である炭素繊維抄紙体、当該炭素繊維抄紙体と結着剤からなることを特徴とする炭素シート、当該炭素シートの少なくとも片面に微多孔層を有するガス拡散電極、および当該ガス拡散電極を構成部材として含む燃料電池を提供する。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、特に長径の小さい鉄系異物の含有量が少ない炭素繊維抄紙体を提供でき、電解質膜の化学劣化が抑制された耐久性の高い燃料電池を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】本発明の抄紙機概略図
図2】本発明の抄紙機の側方からの断面図および上面図
【発明を実施するための形態】
【0015】
[炭素繊維抄紙体]
本発明の炭素シートは、多孔質である炭素繊維抄紙体からなる。炭素繊維抄紙体からなる炭素シートは多孔質であり、セパレータから供給されるガスを触媒へと拡散するための優れたガス拡散性と電気化学反応に伴って生成する水をセパレータへ排出するための高い排水性を両立することができる。また、炭素繊維抄紙体は、電解質膜の面直方向の寸法変化を吸収する特性に優れており、炭素繊維抄紙体からなる炭素シートを用いたガス拡散電極を燃料電池用に用いた場合、ガス拡散電極の厚さを薄くしても電解質膜やセパレータの温湿度膨張による性能変動を抑制することが可能である。
【0016】
本発明の炭素繊維抄紙体に用いる炭素繊維としては、ポリアクリロニトリル(PAN)系、ピッチ系およびレーヨン系などの炭素繊維が挙げられる。中でも、機械強度に優れていることから、PAN系炭素繊維とピッチ系炭素繊維が、本発明において好ましく用いられる。また、炭化工程により炭素繊維となる耐炎糸を用いてもよい。また、レーヨン繊維、アクリル繊維、セルロース繊維など従来公知の天然繊維や合成繊維を混合してもよい。
【0017】
本発明に用いる炭素繊維は、単繊維の平均直径が3~20μmの範囲内であることが好ましく、5~10μmの範囲内であるとより好ましい。単繊維の平均直径が3μm以上であると、細孔の径が大きくなり排水性が向上し、フラッディングを抑制することができる。一方、単繊維の平均直径が20μm以下であると、好ましい炭素シート、ガス拡散電極の厚さ範囲に制御することが容易となる。
【0018】
本発明の炭素繊維抄紙体に用いる炭素繊維の単繊維の平均長さは3~20mmの範囲内にあることが好ましく、5~15mmの範囲内であるとより好ましい。単繊維の平均長さが3mm以上であると、炭素シート、ガス拡散電極の機械強度、導電性および熱伝導性が優れたものとなる。一方、単繊維の平均長さが20mm以下であると、均質な炭素シート、ガス拡散電極が得られる。
【0019】
炭素繊維抄紙体中には金属を含んだ異物が含まれることがある。異物として含まれる各種金属の中では鉄イオン(Fe2+、Fe3+)が最も電解質膜の劣化、ひいては発電性能の低下を促進しやすい(本発明においては上記鉄イオンを含む異物のことを鉄系異物と呼称する)。そのため、一般的には、炭素繊維抄紙体から炭素シートあるいはガス拡散電極を製造した後、金属探知機を用いて鉄系異物の場所を特定し、当該箇所を取り除く必要が生じてしまい、製品ロスが引き起こされるため、炭素繊維抄紙体中の製造時点で鉄系異物の含有量が少ないことが望ましい。ここで、含有量を少なくすべき鉄系異物の長径の下限は、長径が20μm未満の鉄系異物は電解質膜の劣化を引き起こす懸念が小さいことから20μm、上限は実際に炭素繊維抄紙体中に含まれ得る鉄系異物の大きさを考慮すると100μmである。すなわち、長径が20~100μmの範囲の鉄系異物の含有量が少ないことが望ましく、製造後の鉄系異物除去による、炭素シートあるいはガス拡散電極のロスを考慮すると、炭素繊維抄紙体中の当該鉄系異物の含有量は40個/m以下であることが望ましい。
【0020】
[抄紙機]
本発明の抄紙機は、スラリ供給口、ヘッドボックス、抄紙ワイヤーを備えた、炭素繊維抄紙体を製造する装置であり、湿式抄紙法によって炭素繊維を水溶液に分散させたスラリから炭素繊維を分離してシート化することで炭素繊維抄紙体を形成する抄紙機であることが好ましい。炭素繊維を分散させる水溶液としては、消泡剤、界面活性剤、増粘剤を含むことが好ましい。
【0021】
具体的な一例について図を用いて説明する。スラリを貯蔵する原料タンク4からポンプ5、配管を通じてスラリ供給口から抄紙機に入ったスラリはヘッドボックス1と呼ばれる箱状の装置に送られ、流れ方向に対して幅方向にスラリ中の炭素繊維が均一分配されるような流体制御を受けつつ、ヘッドボックス1出口の開口部へ流れていく。開口部は、連続駆動しているプラスチックメッシュである抄紙ワイヤー2に通じており、ヘッドボックス1内部のスラリは抄紙ワイヤー2の上に供給される。抄紙ワイヤー2の裏には液体吸引装置である脱水ボックス3が設置されており、抄紙ワイヤー2越しにスラリを吸引することでスラリ中の炭素繊維が抄紙ワイヤー2上に積層していくとともに、抄紙ワイヤー2の駆動方向に向けて搬送されることで抄紙体の前駆体である湿体が連続して形成される。
【0022】
湿式抄紙法に用いられる抄紙機には、長網式抄紙機、円網式抄紙機、傾斜式抄紙機があるが、そのなかでもスラリ中の炭素繊維濃度を薄くすることで再凝集を抑制可能な傾斜式抄紙機を用いるのが特に好ましい。
【0023】
[炭素繊維抄紙体の製造方法]
本発明の炭素繊維抄紙体としては、炭素繊維を水溶液に分散させて作製したスラリを湿式抄紙法にてシート化した炭素繊維抄紙体が好ましい。炭素繊維を分散させる水溶液としては、消泡剤、界面活性剤、増粘剤を含むことが好ましい。炭素繊維を上記水溶液に分散させることでスラリを得ることができ、上記抄紙機によって湿体を得ることができる。
【0024】
上記湿体には、炭素繊維抄紙体として形状を維持するためにバインダ樹脂が付与されることが一般的である。当該付与のためには、例えば湿体にバインダ樹脂を塗布する方法等がとられ、その場合は市販されている各種塗布装置を用いることができる。塗布方式としては、スプレーコーター、カーテンコーター、ダイコーターなどの方式を使用することができる。上に例示した塗布方法はあくまでも例示であり、必ずしもこれらに限定されるものではない。
【0025】
バインダ樹脂が付与された湿体を乾燥させることで炭素繊維抄紙体を得ることができるが、乾燥温度は100~180℃であることが好ましい。乾燥方式としては、一般的に用いられる多筒ドライヤー、ヤンキードライヤー、熱風乾燥などの乾燥方式を使用することができる。上に例示した乾燥方法はあくまでも例示であり、必ずしもこれらに限定されるものではないが、耐熱ベルト、耐熱メッシュ、耐熱フェルトなどで支持しながら搬送して熱風乾燥させると安定して搬送しつつ乾燥でき、好ましい。
【0026】
[鉄系異物の除去]
上記のように炭素繊維抄紙体を抄紙する際に、炭素繊維が積層する前に鉄系異物を磁力により除去可能な機構で鉄系異物を除去することで炭素繊維抄紙体内部への鉄系異物の混入を防ぐことができる。鉄系異物を磁力により除去可能な機構としては、磁性体からなる機構や電磁石を用いた機構が挙げられる。当該鉄系異物を磁力により除去可能な機構を設置する箇所については、抄紙機に設置されていれば良いが、炭素繊維が抄紙ワイヤーに到達して積層が始まる直前のヘッドボックスに設置することが好ましい。マグネットブロックやマグネットバーなどをヘッドボックス内のスラリ流路の途中に設置してもよいが、流速の乱れが生じることがあるので、ヘッドボックスに設置可能で、磁性体で構成することができ、炭素繊維の流れを妨げない機構として磁性体で作製されたパンチングプレート、スライス、マグネットプレート等が好ましく用いられる。
【0027】
パンチングプレートは、ヘッドボックス内部に設けられた規則的に並んだ複数の孔の空いた金属板であり、スラリを流れ方向に対して横方向に広げる際に、流量を均一にすることで幅方向の目付ばらつきを抑える機能を有する。パンチングプレートを磁性体で作製することで、パンチングプレートを通過するスラリ中の鉄系異物を捕集することができる。ヘッドボックス内を当該スラリが流れる向きと垂直に設置すると、鉄系異物の捕集をより効率的に行えるので好ましい。炭素繊維を含んだスラリを流す際、孔が小さいと炭素繊維が詰まり易くなり、孔が大きいと鉄系異物の除去率が低下することから、孔の径は繊維長の2~3倍であることが好ましい。また、パンチングプレートに設けた孔の数を多くして開孔率が高くなると、孔と孔の間にあるフレームが細くなり、フレームに炭素繊維が引っ掛かって絡まりの原因となる。また、開孔率が低くなるとヘッドボックス内部の流れが不規則となり、抄紙体としたときに幅方向の目付ばらつきが大きくなる。このことから、開孔率は40~60%であることが好ましく、より好ましくは45~55%である。また、パンチングプレートを脱着可能な構造とした場合、付着した鉄系異物を容易に取り除くことができるためメンテナンス性にも優れるので好ましい。
【0028】
スライスはヘッドボックス内の抄紙ワイヤーの上部に設置された整流板である。抄紙ワイヤーと同じ幅であり、抄紙ワイヤーに対して一定の角度を持ってヘッドボックスに固定することでくさび状の流路を形成し、スラリ流速を制御する目的で設置される。スライスがヘッドボックス内の液面と接触する面はフラットであることから、スライスを磁性体で作製することで、スラリの流れを妨げることなく、鉄系異物を除去することができる。また、スライスをジャッキ操作などで上下に動かせる構造とすることにより、抄紙後に容易に付着した鉄系異物を取り除くことが可能である。ここで、スライスそのものを磁性体で設計する代わりに、スライスが液面と触れる面あるいは液面に触れない面にマグネットシートを貼り付けてもよい。
【0029】
ヘッドボックス内側の壁面にマグネットプレートを設置することでスラリ中から鉄系異物を除去することも可能である。この場合、ヘッドボックスの抄紙ワイヤー手前の箇所にマグネットプレートを設けることで繊維積層前にスラリ中の鉄系異物を除去することができる。マグネットプレートを脱着可能な構造にすれば、抄紙後にマグネットプレートを外すことで付着した鉄系異物を取り除くことが可能である。また、マグネットプレートをヘッドボックス外側の壁面に設置してもよく、この場合、鉄系異物はヘッドボックス壁に直接貼り付くので、抄紙終了後にマグネットプレートを外せば、鉄系異物はヘッドボックス壁から剥がれるので、通常の抄紙機の洗浄時に容易に取り除くことができ、好ましい。
【0030】
磁性体の種類としては、フェライト磁石、ネオジム磁石、アルニコ磁石等の材質が上げられるが、これらに限定されるものではない。また、スライスの液面に触れない面やヘッドボックスの外側の面に電磁石を設置してもよく、この場合は、抄紙終了後に通電を切り磁性を解除することにより、貼り付いていた鉄系異物が剥がれるので洗浄が容易になり好ましい。
【0031】
[炭素シートの製造方法]
炭素シートは炭素繊維抄紙体と結着材からなることが好ましく、これにより機械強度向上と電気抵抗低減が図られる。炭素シートの製造方法としては、炭素繊維抄紙体に樹脂を付与する樹脂含浸工程、加圧により厚さを調節する加圧工程、樹脂を付与した炭素繊維抄紙体を炭化させる焼成工程、焼成後に撥水加工を施す撥水工程を含むことが好ましい。
【0032】
以下に好ましい形態として、製造方法の例を記載するが、本発明は以下の記載に制限されるものではない。
【0033】
[樹脂含浸工程]
本発明の炭素シートを製造する方法として、炭素繊維抄紙体に結着材となる樹脂組成物を含浸させることは好ましい態様の一つである。
【0034】
本発明において、炭素シート中の結着材は、炭素シート中の炭素繊維以外の成分を指し、主に炭素繊維同士を結着させる役割を果たす。結着材としては、炭素繊維抄紙体に含浸される樹脂組成物またはその炭化物が挙げられる。なお本発明においては、炭素繊維抄紙体に、結着材となる樹脂組成物を含浸したものを「予備含浸体」と呼称することがある。
【0035】
本発明において、予備含浸体を作製する際に用いる樹脂組成物は、樹脂成分に溶媒などを必要に応じて添加したものである。ここで、樹脂成分とは、熱硬化性樹脂や熱可塑性樹脂などの樹脂を含み、さらに、必要に応じて炭素粉末や界面活性剤などの添加物を含むものである。
【0036】
上記樹脂組成物に含まれる樹脂成分の炭化収率は40質量部以上であることが好ましい。炭化とは、酸素を遮断した状態で物質を燃焼させたときに炭素分が残る状態であり、炭化収率とは元の樹脂成分の質量に対して残る炭素分の割合で示される。炭化収率が40質量部以上であると、炭素シートが機械特性、導電性および熱伝導性に優れたものとなりやすい。樹脂組成物に含まれる樹脂成分の炭化収率には特に上限はないが、通常60質量部程度である。
【0037】
上記樹脂組成物中の樹脂成分を構成する樹脂としては、フェノール樹脂、エポキシ樹脂、メラミン樹脂およびフラン樹脂などの熱硬化性樹脂などが好ましい。中でも、炭化収率が高いことから、フェノール樹脂が特に好ましく用いられる。また、必要に応じて炭素粉末を添加してもよい。
【0038】
本発明において、炭素繊維抄紙体に樹脂組成物を含浸する方法としては、溶媒を添加した樹脂組成物に炭素繊維抄紙体を浸漬する方法、溶媒を添加した樹脂組成物を、炭素繊維抄紙体に塗布する方法、および樹脂組成物からなる層を剥離用フィルム上に形成し、当該樹脂組成物からなる層を、炭素繊維抄紙体に転写する方法などが用いられる。中でも、生産性が優れることから、溶媒を添加した樹脂組成物に炭素繊維抄紙体を浸漬する方法が特に好ましく用いられる。さらに、浸漬する方法の場合、予備含浸体の全体に一様に樹脂組成物を付着させることができ、得られる炭素シートの全体に一様に結着材を付着させることができるので、炭素シートの強度をさらに向上させることができる。
【0039】
[加圧工程]
本発明においては、予備含浸体を加熱加圧することで、予備含浸体中の樹脂組成物を部分的に架橋させ、炭素シートを目的の厚さ、密度に調節することができる。加熱加圧する方法としては、加熱された熱板やロール、ベルトなどで加圧する方法を用いることができる。この加熱加圧装置の前後に巻き出し、巻き取り装置を設けることで、連続的に長尺の予備含浸体を加熱加圧することができる。予備含浸体中の樹脂組成物の架橋を進める目的で、熱風などで追加の加熱処理を加えてもよい。
【0040】
[焼成工程]
本発明において、炭素繊維抄紙体に樹脂組成物を含浸して予備含浸体とした後、樹脂組成物を炭化するために、不活性雰囲気下で焼成を行う。この焼成は、バッチ式の加熱炉を用いることもできるし、連続式の加熱炉を用いることもできる。
【0041】
焼成の最高温度は1300~3000℃の範囲内であることが好ましい。最高温度が1300℃以上であると、予備含浸体中の樹脂成分の炭化が進み、炭素シートが導電性と熱伝導性に優れたものとなる。一方、最高温度が3000℃以下であると、加熱炉の運転コストが低くなる。
【0042】
本発明において、予備含浸体を炭化したものを、「炭素繊維焼成体」と記載することがある。つまり炭素繊維焼成体とは炭素シートに該当する。また、以下に示す撥水加工がされる前の炭素繊維焼成体も、撥水加工がされた後の炭素繊維焼成体も、いずれも炭素シートに該当するものとする。
【0043】
[撥水加工]
本発明において、排水性を向上させる目的で、炭素繊維焼成体に撥水加工を施すことが好ましい。撥水加工は、炭素繊維焼成体に撥水剤を塗布し熱処理することにより行うことができる。なお、撥水加工することにより、結着材として撥水剤を含む炭素シートとすることができる。
【0044】
撥水剤としては、耐腐食性が優れることから、フッ素系のポリマーを用いることが好ましい。フッ素系のポリマーとしては、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、テトラフルオロエチレン-ヘキサフルオロプロピレン共重合体(FEP)、およびテトラフルオロエチレン-パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体(PFA)などが挙げられる。
【0045】
[ガス拡散電極]
次に、本発明のガス拡散電極について説明する。
【0046】
本発明のガス拡散電極は、片面に微多孔層を有する上記炭素シートである。
【0047】
微多孔層は、上記炭素シートの少なくとも片面に、導電性フィラーを含む塗液を塗布することによって形成することができる。導電性フィラーとしては物理的・化学的に安定なことから炭素粉末を用いるのが好ましい。塗液は、水や有機溶媒などの分散媒に導電性フィラーを分散させたものであり、界面活性剤などの分散助剤を含有させることもできる。分散媒としては水が好ましく、分散助剤にはノニオン性の界面活性剤を用いることが好ましい。また、微多孔層の排水性を向上させる目的で撥水剤を含有させることもできる。
【0048】
塗液の炭素シートへの塗布は、市販されている各種の塗布装置を用いて行うことができ、塗布後、乾燥設備によって塗液を乾かすことも好ましい。
【0049】
[膜電極接合体]
本発明において、上記ガス拡散電極を、両面に触媒層を有する固体高分子電解質膜の少なくとも片面に接合することにより、膜電極接合体を形成することができる。その際、触媒層側にガス拡散電極の微多孔層を付けた面を配置することにより、より生成水の排水性が向上しやすくなることに加え、触媒層とガス拡散電極の接触面積が増大し、接触電気抵抗を低減させることができ、好ましい。上記触媒層は、固体高分子電解質と触媒担持炭素を含む層からなる。触媒としては通常白金が用いられる。
【0050】
[燃料電池]
上記のようにして作製した膜電極接合体の両側にガスケットを介してセパレータで挟んだものを複数個積層することによって固体高分子型燃料電池を製造することができる。
【実施例0051】
次に、実施例によって、本発明について具体的に説明する。
【0052】
<炭素繊維抄紙体の作製>
イオン交換水100質量部に対し、消泡剤KM-73(信越化学工業(株)製)0.01質量部、増粘剤“ノプテックス(登録商標)”E-R060(サンノプコ(株)製)0.01質量部、界面活性剤“アルコックス(登録商標)”CP-B1(明成化学工業(株)製)0.01質量部を添加し、分散機にて10分撹拌して分散用の水溶液を調製した。
【0053】
次に、6mmの長さにカットしたPAN系炭素繊維“トレカ(登録商標)”T300(東レ(株)製)(平均単繊維径:7μm)を分散用の水溶液100質量部に対し、0.15質量部投入し、分散機にて5分撹拌してスラリを調製した。当該スラリから炭素繊維抄紙体を抄紙する工程について図1および図2を用いて説明する。得られたスラリを原料タンク4に充填し、ポンプ5を用いてスラリを抄紙機のヘッドボックス1へ送液し、所定の速度で進行する抄紙ワイヤー2上にスラリを流し入れながら、炭素繊維を抄紙した。抄紙機は傾斜式抄紙機を使用し、抄紙ワイヤー2の地面に対する傾斜角度が20度のものを使用した。このとき、抄紙ワイヤー2下部に設けた脱水ボックス3により、スラリ中の水を排出することにより抄紙ワイヤー2上への炭素繊維の積層を促した。
【0054】
さらに、バインダ樹脂としてポリビニルアルコールの10質量%水溶液を抄紙機から出た湿体に塗布し、180℃で2分間加熱して乾燥させ、長尺の炭素繊維抄紙体を作製した。ポリビニルアルコールの塗布量は、炭素繊維抄紙体100質量部に対して22質量部であった。
【0055】
<炭素繊維抄紙体における鉄系異物の含有量の測定方法>
250mm×200mmに切り出した炭素繊維抄紙体サンプルを、X線異物解析装置((株)日立ハイテクサイエンス製EA8000A)を用いて、透過X線(20kV、35mA)にて観察し、撮影した画像に写る鉄系異物のうち、長径が20~100μmであるものの数を計数した。なお、ここでいう長径とは、撮影した画像における鉄系異物の長径を指し、鉄系異物が円形、楕円形以外のものについては、鉄系異物の外周上の任意の2点をつないだ距離の最大値を長径として計測した。作製した炭素繊維抄紙体の異なる30箇所の部位にて、上記の大きさのサンプルを切り出し、長径が20~100μmである鉄系異物の個数を計数し、その平均個数を1平米当たりに換算して算出した。本測定方法にて炭素繊維抄紙体中の鉄系異物の含有量を測定した際、40個/m以下であれば合格とした。
【0056】
(実施例1)
上記<炭素繊維抄紙体の作製>の通りに炭素繊維抄紙体を作製した。この際に、ヘッドボックス1内に、脱着可能なネオジム磁石製のパンチングプレート6および内壁側面に脱着可能なネオジム磁石製のマグネットプレート9、抄紙ワイヤー上方にスラリ液面へ着液する角度が可変なネオジム磁石製のスライス7を設置した。なお、パンチングプレート6の孔の径は15mmで開口率は50%のものを用い、またスライス7のスライス浸漬角度8はスラリに浸漬しつつ流れを妨げない5度とした。得られた炭素繊維抄紙体における鉄系異物の含有量は15個/mであった。
【0057】
(実施例2~7)
抄紙工程において、ヘッドボックス1内に設置するパンチングプレート6の材質、マグネットプレート9を設置したか否か、およびスライス浸漬角度8を表1に示すようにした以外は実施例1と同様に炭素繊維抄紙体を作製した。なお、スラリの液面にスライス7底面が接触したときのスライス浸漬角度8は0度であるが、浸漬しない実施例ではスライス7をスラリ液面から浮かせた状態(スライス浸漬角度8が-5度になる状態)に固定して抄紙した。得られた炭素繊維抄紙体における鉄系異物の含有量を表1に示す。
【0058】
(比較例1)
抄紙工程において、ヘッドボックス1内に非磁性ステンレス製のパンチングプレートを設置し、マグネットプレートは設置せず、スライス浸漬角度を-5度にした以外は実施例1同様に炭素繊維抄紙体を作製した。得られた炭素繊維抄紙体における鉄系異物の含有量は186個/mであり、合格基準を満たさなかった。
【0059】
【表1】
【符号の説明】
【0060】
1 ヘッドボックス
2 抄紙ワイヤー
3 脱水ボックス
4 原料タンク
5 ポンプ
6 パンチングプレート
7 スライス
8 スライス浸漬角度
9 マグネットプレート
図1
図2