(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023122146
(43)【公開日】2023-09-01
(54)【発明の名称】赤外分光光度計
(51)【国際特許分類】
G01J 3/45 20060101AFI20230825BHJP
G01J 3/02 20060101ALI20230825BHJP
【FI】
G01J3/45
G01J3/02 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022025629
(22)【出願日】2022-02-22
(71)【出願人】
【識別番号】000232689
【氏名又は名称】日本分光株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100092901
【弁理士】
【氏名又は名称】岩橋 祐司
(74)【代理人】
【識別番号】100188260
【弁理士】
【氏名又は名称】加藤 愼二
(72)【発明者】
【氏名】勝俣 友裕
(72)【発明者】
【氏名】杉山 周巳
【テーマコード(参考)】
2G020
【Fターム(参考)】
2G020AA03
2G020CA12
2G020CB42
2G020CC21
2G020CD04
(57)【要約】
【課題】密閉筐体内での結露を回避しながら安全に立ち上げ動作を実行できる赤外分光光度計を提供すること。
【解決手段】赤外分光光度計100は、光学部材を収容した開閉可能な密閉筐体60と、その内部に赤外光を照射する赤外光源10と、密閉筐体60の内部を除湿する除湿剤80と、密閉筐体60の内部の湿度を検出する温湿度センサ82と、赤外光源10への供給電力を制御する光源制御装置50と、を備える。光源制御装置50は、赤外光源10への供給電力を制限しながら赤外光源10を起動し、赤外光源10へ電力を供給する状態で検出される湿度の検出値に基づいて、密閉筐体60内での結露のリスクの有無を判断し、結露のリスクが有る場合は、赤外光源10へ電力を供給する状態で検出される湿度の検出値の上昇率と、除湿剤80による湿度の下降率とのバランスをとりつつ、赤外光源10への供給電力を徐々に増加させる。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
光学部材を収容した開閉可能な密閉筐体と、
前記密閉筐体の内部に赤外光を照射する赤外光源と、
前記密閉筐体の内部を除湿する除湿手段と、
前記密閉筐体の内部の湿度を検出する温湿度センサと、
前記赤外光源への供給電力を制御する制御手段と、
を備え、前記赤外光を前記密閉筐体内の光学部材を介して測定光として取り出し、前記密閉筐体の外部に配置される試料に照射し、該試料からの光の検出値に基づいてスペクトルを取得する赤外分光光度計であって、
前記制御手段は、
前記赤外光源への供給電力を制限しながら該赤外光源を起動し、
前記赤外光源へ電力を供給する状態で検出される前記湿度の検出値に基づいて、前記密閉筐体内での結露のリスクの有無を判断し、
前記結露のリスクが有る場合は、前記赤外光源へ電力を供給する状態で検出される前記湿度の検出値の上昇率と、前記除湿手段による前記湿度の下降率とのバランスをとりつつ、前記赤外光源への供給電力を徐々に増加させることを特徴とする赤外分光光度計。
【請求項2】
請求項1記載の赤外分光光度計において、
前記制御手段は、
前記赤外光源へ電力を供給する状態で検出される前記湿度の検出値の変化率を上昇速度として、また、前記赤外光源へ電力の供給を停止した状態で検出される前記湿度の検出値の変化率を下降速度として取得し、
前記上昇速度および前記下降速度のバランスを保つように前記赤外光源への供給電力を制御し、かつ、前記湿度の検出値が湿度100%よりも低く設定された基準湿度に近づくように前記赤外光源への供給電力を制御することを特徴とする赤外分光光度計。
【請求項3】
請求項1または2記載の赤外分光光度計において、
前記制御手段は、
前記赤外光源へ電力を供給する状態で検出される前記湿度の検出値の変化率、および、前記温湿度センサによる前記密閉筐体内の温度の検出値に基づき、前記密閉筐体内に吸着している水蒸気成分の総量を推定し、
前記赤外光源へ電力の供給を停止した状態で検出される前記湿度の検出値の変化率に基づき、前記除湿手段による除湿速度を推定し、
前記水蒸気成分の総量および前記除湿速度から得られる除湿時間を待ち時間としてユーザに通知することを特徴とする赤外分光光度計。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、赤外分光光度計において結露が生じないように赤外光源を安全起動モードで立ち上げる機能に関する。
【背景技術】
【0002】
フーリエ変換赤外分光光度計(FTIR)は、干渉計を使用して、非分散で測定光の干渉波を検出し、これをコンピュータでフーリエ変換して測定光のスペクトルを取得するものである。赤外光の干渉波を形成することにより、その全波数成分からなる強度信号から各波数成分をフーリエ変換によって算出できる。フーリエ変換分光法は高速測定に向き、赤外分光光度計では主流になっている。
【0003】
この装置で用いる干渉計は、マイケルソン型干渉計が一般的であり、ビームスプリッタ(BS)と2つの反射鏡(固定鏡および可動鏡)を有する。可動鏡は干渉計の光路差を可変にするもので、可動鏡の位置と光路差とは一対一の関係になる。干渉計は、赤外光源からの赤外光から、その光路差に応じた測定光の干渉波を生成する。この干渉波の強度を検出することにより、横軸に光路差、縦軸に強度信号を持ったインターフェログラム(干渉曲線)が得られる。コンピュータは、インターフェログラムデータをフーリエ変換してスペクトルを算出する。
【0004】
従来のFTIRにおいて、ビームスプリッタや窓材などの光学部品には、赤外光の透過性を考慮して臭化カリウム(KBr)製のものが広く用いられるが、それらの光学部品は潮解性があって結露に弱い。そのため、光学部品が大気中の水蒸気に直接晒されて結露しないように、除湿剤と一緒に密閉筐体に収容したり(例えば、特許文献1)、密閉筐体を窒素ガスでパージしたり(特許文献2等)することが行われている。また、密閉筐体の内部に湿度センサを設けて、検出される湿度が基準値よりも高くなったらビームスプリッタのカバーを閉じるような保護装置を備えたものも提案されている(特許文献3等)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】実全平2-101239号公報
【特許文献2】特開平10-332574号公報
【特許文献3】特開昭61-126436号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
近年、FTIRの利用目的の多様化があり、様々な測定実施場所へ持ち出して測定したいというニーズ(可搬性)がある。
【0007】
従来のFTIRの多くは据置タイプであり、通常は、電源を切っても、主電源は切れず、赤外光源へは温度維持のために一定の電流を流し続けるようにしている(常時通電)。次に電源を入れた場合に、光源及び装置筐体の温度が早く安定するからである。しかし、可搬性のFTIRの場合は、運搬のために装置の電源が完全に切れるため、赤外光源に通電することができない期間が生じる。そのため、運搬中に光源及び装置筐体が冷えて、次に赤外光源を起動させる際に、密閉筐体内、特に冷えた光学素子(BS)面で結露が生じるリスクがある。
【0008】
一般に赤外光源の発光部は、金属導線を流れる電流の抵抗熱で導線周囲の発光体が熱せられて黒体輻射することで発光する。その抵抗熱で赤外光源は熱源となり、当然、外周部の温度は上昇する。例えば断熱材など赤外光源に近い部分が吸湿していると、温度上昇に伴って水蒸気が一斉に放出される。この水蒸気が光学素子付近に一定量到達して、光学素子の表面に結露すると、光学素子表面の汚損(潮解性が有る場合は潮解)が生じてしまう。特に光学素子が冷えているときは、その光学素子が光源から発せられた暖かい水蒸気を冷やし、結露が発生しやすい。
【0009】
また、運搬中に多湿環境下に長時間置かれると、密閉構造とはいっても大気の流入を完全に防止できるわけではなく、干渉計内に予期しない水蒸気が入り得る。その他、以下の特殊な事情によって、水蒸気が侵入する場合がある。
・部品交換やメンテナンス等による干渉計室(密閉筐体)の開放
・長期にわたる高湿度環境での使用や保管
・温度変化の激しい環境下での輸送
・操作ミス等
【0010】
密閉筐体に過剰な水蒸気が侵入してしまうと、光源周囲の断熱材、金属隔壁の表面などに吸着されることがある。この吸着した水蒸気は、光源の発熱によって急激に再度干渉計内に放出されることがあり、結露のリスクが高まる。
仮に、密閉筐体内の湿度を確認してから(あるいは、低湿度環境で開放し内部の水蒸気を逃がしてから)、赤外光源を起動したとしても、吸着していた水分量までは把握すること(あるいは除去すること)ができなかった。
【0011】
上記のように、光源及び装置筐体が冷えた状態、特に、密閉筐体への水蒸気の侵入があった状態からの電源投入においては、赤外光源の発熱で筐体内面等に吸着していた水蒸気成分が一斉に放出されて、筐体内の湿度が急上昇し、各所で結露する可能性が高まる。このような場合は、除湿剤や窒素ガスパージ装置の除湿能力では、除湿が追い付けず、筐体内の光学部品の保護が十分とは言えなかった。
【0012】
予め時間をかけて、ゆっくりFTIRを暖めた上で、赤外光源を起動させる等の手順もあるが、測定が可能になるまでの待ち時間が長くなってしまう。
【0013】
このような課題は、FTIRに限らず、発熱体を光源とし、水蒸気を嫌う分光光度計に共通する。
【0014】
本発明の目的は、密閉筐体内での結露を回避しながら安全に立ち上げ動作を実行できる赤外分光光度計を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0015】
発明者らは、水蒸気の発生源が赤外光源(熱源)の付近であり、水蒸気の挙動が密閉された筐体内で比較的短時間に行われるという、特殊な事例について鋭意研究し、本発明の完成に至った。すなわち、本発明に係る赤外分光光度計は、
光学部材を収容した開閉可能な密閉筐体と、
前記密閉筐体の内部に赤外光を照射する赤外光源と、
前記密閉筐体の内部を除湿する除湿手段と、
前記密閉筐体の内部の湿度を検出する温湿度センサと、
前記赤外光源への供給電力を制御する制御手段と、
を備え、前記赤外光を前記密閉筐体内の光学部材を介して測定光として取り出し、前記密閉筐体の外部に配置される試料に照射し、該試料からの光の検出値に基づいてスペクトルを取得する赤外分光光度計であって、
前記制御手段は、
前記赤外光源への供給電力を制限しながら該赤外光源を起動し、
前記赤外光源へ電力を供給する状態で検出される前記湿度の検出値に基づいて、前記密閉筐体内での結露のリスクの有無を判断し、
前記結露のリスクが有る場合は、
前記赤外光源へ電力を供給する状態で検出される前記湿度の検出値の上昇率と、前記除湿手段による前記湿度の下降率とのバランスをとりつつ、前記赤外光源への供給電力を徐々に増加させることを特徴とする。
ここで、前記赤外光源への供給電力の制御を、供給電力の目標値に応じた供給電力のオン・オフのデューティ比制御とし、オン期間に電力が供給され、オフ期間に電力が停止されるようにしてもよい。
【0016】
ここで、「湿度」は、相対湿度を指し、単位を%RHとし、「温度」の単位は℃とする。また、「除湿手段」は、シリカゲル等の除湿剤、除湿機および窒素ガス等のガスパージ装置の少なくとも一つを含むものとする。
【0017】
例えば、露点計算から湿度の閾値(基準湿度)を決めていたとしても、急激な湿度上昇があった場合は、光源制御へのフィードバックより先に水蒸気量が閾値を超えてしまうこともある。また、急激な湿度上昇が起きたあとに、供給電力を遮断した際も、そこから温度が低下するまでは当然放熱にかかる時間が発生するため、水蒸気の発生を止めるには一定の時間がかかってしまう。これに対して本発明の構成では、赤外光源の起動の際、まず、赤外光源への供給電力を制限しながら赤外光源を起動することにしたので、湿度の急上昇を回避することができる。
【0018】
また、本発明の構成によれば、赤外光源への供給電力を制限しながら赤外光源を起動して、その間に検出される湿度に基づいて、密閉筐体内が露点(100%RH)に到達するかどうかを予測する。そして、露点に到達する可能性がある場合は、赤外光源へ電力を供給する状態で検出される湿度の検出値の上昇率と、除湿手段による湿度の下降率とのバランスをとりながら、赤外光源への供給電力を徐々に増加させるという赤外光源の制御を実行する。このような赤外光源の起動制御では、赤外光源への電力供給状態での湿度の上昇率と、除湿手段による湿度の下降率とのバランスがとられるため、筐体内に吸着する水蒸気成分が多く存在しているとしても、筐体内の湿度が急激に増加することを回避して、筐体内での結露のリスクが生じずに済む。
【0019】
この結果、想定外の操作(干渉計の解放や、長期にわたる非通電状態での保管、寒冷地での輸送など)によって干渉計内に水蒸気が吸着してしまった場合でも、結露を回避しながら安全に装置を立ち上げることができる。
【0020】
また、前記制御手段は、
前記赤外光源へ電力を供給する状態で検出される前記湿度の検出値の変化率を上昇速度として、また、前記赤外光源へ電力の供給を停止した状態で検出される前記湿度の検出値の変化率を下降速度として取得し、
前記上昇速度および前記下降速度のバランスを保つように前記赤外光源への供給電力を制御し、かつ、前記湿度の検出値が湿度100%よりも低く設定された基準湿度に近づくように前記赤外光源への供給電力を制御することを特徴とする。
【0021】
除湿手段は、湿度が高いほど除湿手段による吸湿速度が高くなるため、結露が発生しない範囲で密閉筐体内をできる限り高い湿度に保てば、より早く水蒸気を捕捉することができる。そこで、本発明の構成では、制御手段によって、湿度の上昇速度と下降速度のバランスを取りつつ、かつ、設定された基準湿度に近づくように、赤外光源の供給電力を制御するようにしたので、湿度の急上昇を回避しながら、吸湿に要する合計時間の短縮が可能になり、赤外光源をすみやかに所定の温度に到達させることができる。
【0022】
また、前記制御手段は、
前記赤外光源へ電力を供給する状態で検出される前記湿度の検出値の変化率、および、前記温湿度センサによる前記密閉筐体内の温度の検出値に基づき、前記密閉筐体内に吸着している水蒸気成分の総量を推定し、
前記赤外光源へ電力の供給を停止した状態で検出される前記湿度の検出値の変化率に基づき、前記除湿手段による除湿速度を推定し、
前記水蒸気成分の総量および前記除湿速度から得られる除湿時間を待ち時間としてユーザに通知することを特徴とする。
【0023】
この構成によれば、制御手段によって、密閉筐体内の水蒸気成分の総量および前記除湿速度が取得され、これらの値から必要な除湿時間が算出されるので、ユーザに対しておおよその待ち時間を通知することができる。従って、ユーザは、測定作業を効率よく開始することができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【
図1】一実施形態に係るFTIRの概略構成図である。
【
図2】一実施形態に係る赤外光源の起動のフロー図である。
【
図3】一実施形態に係る赤外光源の起動時の湿度の変化を示す模式図である。
【
図4】変形例に係る赤外光源の起動のフロー図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、図面に基づき本発明の好適な実施形態について説明する。本発明の赤外分光光度計は、フーリエ変換赤外分光光度計(FTIR)および赤外顕微装置に適用できる。ここでは、特に、
図1に例示するようなFTIR100に適用した場合を示す。FTIR100は、赤外光源10と、赤外干渉波を形成する干渉計12と、試料を保持する試料ホルダー26と、赤外干渉波を試料に照射して得られた干渉波の強度を検出する赤外検出器14と、赤外検出器14からの検出信号に基づく試料のスペクトル情報を算出するコンピュータ16と、を備える。コンピュータ16は、FTIR100の本体に内蔵されるマイクロコンピュータ、または、別体で設けられたコンピュータ等で構成される。
【0026】
干渉計12の筐体(密閉筐体)60は、開閉可能に構成され、蓋材と筐体本体との間のシール材によって密閉状態が維持される。筐体60には以下の光学機器が内蔵されている。すなわち、筐体60内に、赤外光源10、その赤外光を分割する光束分割部(ビームスプリッタ20)、分割光をそれぞれ反射する固定鏡22、および可動鏡24が配置されていて、異なる光路長の2光束を合成して赤外干渉波を発生させる。可動鏡24は、ビームスプリッタ20に近づく方向と遠ざかる方向の両方向に移動可能に設けられる。
【0027】
出射窓64から出た赤外干渉波は、出射窓64と赤外検出器14の間に設けられた試料ホルダー26内の試料に照射される。赤外検出器14は、試料からの赤外干渉波を受光し、その強度信号を出力する。赤外検出器14からの検出信号は、アンプ14aおよびA/D変換器14bを経て、コンピュータ16に入力される。
【0028】
筐体60に収容される光学部品には、潮解性のある材料からなるビームスプリッタ20や窓材64などがあり、結露の影響をもっとも受ける。また、潮解性を示さない光学部品であっても、表面が結露することで汚損することもある。ミラーやレンズなどは、結露によって表面が曇るため、測定に影響を及ぼすこともある。
【0029】
干渉計12の筐体60には、内部空間に含まれる水蒸気を吸着除去するための除湿剤80と、赤外光源10に近い位置での筐体内の温度および湿度(相対湿度)を常時検出する温湿度センサ82とが収容されている。除湿剤80には例えばシリカゲルを用いる。温湿度センサ82は、温度センサおよび湿度センサの組み合わせでもよい。温湿度センサ80は、通常、温度計(サーミスタなど)と湿度計(電気容量変化型または電気抵抗変化型)の両方を有する。湿度計は、絶対湿度、つまり単位体積当りの水蒸気量(g/m3)を検知する。温湿度センサ80は、温度計の検出温度における飽和水蒸気量(g/m3)をテーブル等から読み出し、検出した水蒸気量と飽和水蒸気量の比から相対湿度(%RH)を算出する。
【0030】
赤外光源10は、金属導線に流れる印加電流の抵抗熱によって発光するセラミックス製の発光体86と、発光体86の周囲に設けられた断熱材88とから構成される。断熱材88(セラミックスファイバー成形体等)は、例えば発光体86の発光方向にコーン状の開口部を有し、コーン状の開口部が筐体60に形成された開口部と一致するように、赤外光源10はシール材を介して筐体60に固定されて、赤外光を直接的に筐体60内に照射する。断熱材88は、光源の温度変動を抑えること、表面温度が高温になるのを防ぐこと、及び、近傍の部品を加熱し過ぎないこと等の目的で設けられている。
【0031】
断熱材88は一般に多孔質であり、大気の水蒸気を吸着し易く、また、断熱材88に吸着した水蒸気は、加熱によって一気に断熱材88から放出される、という特性を示す。本実施形態では、断熱材88のコーン状の開口部が直接、筐体60の内部空間とつながっているため、断熱材88が、光源10の起動時における水蒸気の発生源になり得る。
【0032】
断熱材88に限られず、筐体60の金属隔壁の表面や、収容されている光学部品の金属部分の表面なども、水蒸気成分が吸着し易いため、筐体60内での水蒸気の発生源になり得る。
【0033】
コンピュータ16は、当該コンピュータ16の各構成を制御する制御部40と、赤外検出器14からの検出信号に基づく試料のスペクトル情報の算出およびそのスペクトル解析を実行する演算部42と、演算部42によって実行されるデータ処理プログラム、算出されたスペクトル情報、解析結果、およびバックグラウンド情報などを保持するメモリー44と、を備える。また、コンピュータ16には、表示装置46およびユーザインタフェース48が接続される。
【0034】
赤外光源10への電力供給は光源制御装置50が担う。光源制御装置50は、例えば、FPGAのようなプログラマブルロジックデバイスによって構成され、コンピュータ16からの指令を受けて動作する。光源制御装置50は、外部の交流電源52からの交流電力を所定の直流電力に変換して赤外光源10に供給する。光源制御装置50は、「通常モード」および「安全起動モード」の2通りの方法で赤外光源10を起動できる。安全起動モードでは、湿度の検出値が基準湿度を超えないように赤外光源への供給電力を制御する。また、光源制御装置50の安全起動モードは、目標値の電力を赤外光源10に供給するアナログ制御でもよく、または、目標値に応じた電力供給のオン・オフのデューティ比制御でもよい。
【0035】
<赤外光源の起動方法>
赤外光源10の起動方法について、
図2の処理フロー図(処理フローS1~S7)に基づいて説明する。
【0036】
まず、光源制御装置50は、FTIR100の安全性を確認しながら赤外光源10を起動させる必要がある場合、つまり、赤外光源10の起動に伴って急峻な水蒸気の発生が懸念される場合は、赤外光源10への供給電力を低いレベルからゆっくりと徐々に増加させる(処理フローS1)。ここでの赤外光源10の制御では、温湿度センサ82による湿度の検出値の変動をできるかぎり小さくしたいため、湿度の検出値の変動量をPID制御またはそれに準じて制御するとよい。また、赤外光源10の調整パラメータは、供給する電力値のアナログ制御、またはオン/オフ状態のデューティ比制御が望ましい。
【0037】
処理フローS1と並行して、温湿度センサ82による湿度の経時変化を監視して、筐体60内の湿度の上昇速度を検知する(処理フローS2)。そして、監視している湿度の経時変化と、赤外光源10の制御との時間的相関を得て、湿度が露点(100%RH)に到達するかどうかを予測する(処理フローS3)。監視している湿度の経時変化と、記憶された幾つかの実験データにおける湿度の経時変化との比較によって、この予測を実行してもよい。
【0038】
処理フローS3で、結露のリスクが無いと判定された場合、処理フローS1の赤外光源10の制御を止めて、赤外光源10が測定使用時の温度になるように供給電力を固定値で出力する処理(通常モード)に切り替える。湿度の検出値の変動量をPID制御している場合は、供給電力の出力を100%に固定させるとよい。
一方、処理フローS3で、結露のリスクが有ると判定された場合、赤外光源10への電力供給を一度完全に遮断して、湿度の下降速度を監視し、除湿剤80の吸湿速度として検知する(処理フローS4)。
【0039】
次に、処理フローS5で、検知された吸湿速度が低く、除湿効果が不十分であると判断される場合は、すべての処理フローを中止し、除湿剤の交換を促すメッセージを何らかの手段でユーザに通知する。一方、処理フローS5で、検知された吸湿速度が規定以上であり、除湿効果に問題がないと判断される場合は、処理フローS6に進む。
【0040】
処理フローS6では、結露リスクの判定に用いた湿度の上昇速度(処理フローS2)と、湿度の下降速度(処理フローS4)との関係から、両者のバランスが得られる光源の制御値(単位時間当たりの水蒸気放出量であり、言い換えると、供給電力の指令値の変化量である。)を導出し、この制御値での光源制御を再開する。ここで、水蒸気の放出速度と吸湿速度がバランスした状態を維持できれば、少なくとも水蒸気の急峻な放出を回避することができる。
【0041】
例えば、この光源制御の再開後に、水蒸気の放出が進んで水蒸気成分の吸着量が少なくなれば、それに応じて湿度の検出値が低下するので、水蒸気の放出量が少なくなったとみなされる。その結果、制御値(水蒸気放出量)を元に戻すために、光源温度を上昇させる、つまり供給電力を増加させる処理が進む。
【0042】
また、除湿剤は湿度が高いほど吸湿速度が高くなるため、結露が発生しない範囲で、筐体60内をできるかぎり高い湿度(基準湿度)に保つことで、より早く水蒸気が捕捉される。そこで、初回の湿度上昇と湿度下降とのバランスを取ることで予測される適切な光源制御値を用いて赤外光源10を起動しつつ、湿度の変化を監視して常に目標の湿度(基準湿度)になるようにフィードバックをかけて赤外光源10への供給電力を調整する。これによって、湿度100%に対して一定の湿度マージンを持った湿度(基準湿度)の状態に干渉計内を維持させることができる(処理フローS6)。水蒸気の放出速度と吸湿速度がバランスした状態を維持しつつ、湿度の検出値が許容上限である基準湿度(湿度100%から一定のマージンを差し引いた湿度)を超えないで、できる限り基準湿度に近い値を維持することができれば、結露を回避しながら、赤外光源10を早く安定化させることができる。
【0043】
上記の処理フローS6を簡単に実施する方法として、例えば、微分制御を強めたPID制御を使って、湿度のオーバーシュートを抑制しながら一定湿度を目標値(基準湿度)として赤外光源10を制御することができる。湿度の検出値を目標値にフィードバックしながら赤外光源10を制御することで、徐々に赤外光源10等の吸着水蒸気の総量が減少していき、もとと同じ程度の水蒸気放出量を得ようとすることで、光源温度が徐々に上昇していく。
【0044】
ここまでの処理フローにおいて、事前に実験的に値を得ていれば、初回の湿度の上昇速度(処理フローS2)の値、および、温度の検出値から吸着水分総量が簡易的な精度で予測することができる。そして、筐体内の湿度の下降速度(処理フローS4)の検出値を用いて、吸着水分が除湿剤に吸着されるまでの時間(装置が使用可能になるまでの待ち時間)を予測値としてユーザに通知することができる。さらに、湿度の上昇速度および下降速度の少なくとも一方を再測定し、装置使用可能までの待ち時間を再計算して、最新の待ち時間をユーザに再通知するようにしてもよい。
【0045】
最後に、赤外光源10の温度が一定以上になるなど、何らかの判定値をもとに、結露リスクとなっていた水蒸気吸着の一斉放出の可能性がなくなったと判定できれば、赤外光源10の制御を止めて、測定使用時の温度となるよう固定値出力に切り替える。また、ユーザに装置使用可能となった旨を何らかの手段で通知する(処理フローS7)。
【0046】
図3に本実施形態に係る赤外光源10の起動時の湿度変化の一例を模式的に示す。
【0047】
なお、本実施形態のFTIR100では、除湿手段として除湿剤80を用いているが、これに代えて、又は除湿剤80と共に、除湿機や窒素ガスパージ装置を設けてもよく、同様に本実施形態の効果が得られる。例えば、除湿効果が不十分であるとの判断(処理フローS5)に対して、すべての処理フローを停止し(移動鏡制御も止める)、除湿剤の交換または除湿効率を高める操作(除湿機やガスパージのフロー速度を増加させる操作)を促すメッセージを何らかの手段でユーザに通知するとよい。
【0048】
また、本実施形態では、温湿度センサ82を用いて筐体60内の温度および湿度を監視するようにしたが、結露対策という意味では、本質的に冷えた光学素子の表面に当たって冷やされた空気から飽和した水分が析出、結露するという現象を避けることであるから、光学素子が空気に対して相対的に冷たいかが大きなパラメータになる。そこで、結露を避けたい光学素子の近傍の温度を測定するセンサを追加することで、必要なマージン湿度をより精度よく求めることができる。
【0049】
図4に、変形例に係る赤外光源の起動のフロー図を示す。本実施形態に係る
図2の処理フローよりもシンプルな処理になっている。例えば、処理フローS11での赤外光源10の起動では、処理フローS1のように供給電力を低レベルから徐々に高くしていくという条件がなく、通常フローのように一定電力を供給して赤外光源10を起動させてもよい。そして、処理フローS21のように、必ずしも湿度の上昇速度を検知する必要はなく、何らかの湿度上昇の程度を検知できればよく、メモリー44に記憶されている過去のデータ等との比較によって、結露のリスクの有無を判断してもよい。また、処理フローS41のように、湿度の上昇の程度と、メモリー44等に予め記憶された除湿の程度とのバランスが取れるような制御量を求めて、赤外光源10を制御するようにしてもよい。
【0050】
なお、本実施形態のFTIR100の筐体60は密閉構造であり、通常の使用方法であれば、外部からの水蒸気の侵入はほとんどない。本実施形態の光源起動方法は、単に赤外光源10を一定電力で起動させる(「通常モード」と呼ぶ。)のに比べて、起動時間が長くなる。そのため、必要な場合だけ、この光源起動方法を赤外光源10の起動時に適用させる方がよい。そこで、水蒸気の侵入という特殊な事情が発生したことをコンピュータ16が判定し、そのような事情があった場合だけ、本実施形態の光源起動方法を「安全起動モード」として起動させることができるように、コンピュータ16にモード切替機能を設けるとよい。
上記の水蒸気の侵入という特殊な事情が発生するケースを例示する。
【0051】
(1)電源が完全に遮断されていたときの初回起動
FTIR100は、筐体60内の湿度を低い状態に保持するため、また起動時に光源を高速に安定させるために、使用しないときも通電を続けて、赤外光源10を低温で発熱させておく(常時通電状態)ことが多い。そのため、電源が完全に遮断されるのは、輸送や長期の保管、停電などの特殊な場合であることが多い。よって、コンピュータ16がこれらの完全停電状態からの復帰を認識した際に、「安全起動モード」での起動が自動的に選択されるようにする。
【0052】
(2)筐体60の内部へのアクセスがあったとき
FTIR100は、測定波数帯域変更のために、ユーザがビームスプリッタ20等の光学素子を交換する場合がある。赤外光源10が起動して高温となっている場合は、湿気を多少含んだ外気が流入しても、吸着は発生せず、結露のリスクは高くない。しかし、上記の常時通電状態で、筐体60を開放して光学素子の入れ替えを行うなどの、予期せぬ操作があったときは、侵入した水蒸気が吸着するというリスクが発生する。そのため、常時通電状態になる直前の光学素子を専用のセンサ等で認識しておき、常時通電状態から起動した際に再びセンサ等でその光学素子を認識することで、光学素子が別のものに変わっていることが判定された場合は、コンピュータ16が「安全起動モード」での起動が自動的に選択されるようにする。
【0053】
(3)メンテナンスを実施したとき
エンジニアがFTIR100をメンテナンスする際、密閉筐体60を開放して作業することがある。従って、このメンテナンスを実施した後の再起動時は、「安全起動モード」での起動が自動的に選択されるようにする。例えば、エンジニア自身が起動モードを指定できるようなハードウェアまたはソフトウェアのユーザインタフェース48をFTIR100に構築しておくとよい。
【0054】
安全起動モードではなく通常モードで赤外光源10を立ち上げる際も、本実施形態に示す内容に含まれる簡易な基準(最初の湿度の立ち上がりの程度が基準の程度より大きいかどうか)を用いて、光源制御装置50が予期しないリスクの有無を判断してもよい。例えば、赤外光源10の供給電力を制御しないで、一定電力で起動させる場合にも、湿度を監視して、結露のリスクがあると判断されれば、その時点で一定電力での起動を止める。その後、ユーザへ結露リスクを通知する、自動的に安全起動モードへ移行して再度立ち上げる等の処理を進めるとよい。
また、ユーザの操作ミス等によって、突然の筐体60内の湿度の上昇があったときは、コンピュータ16がユーザに警告を出す等の処理を実行するようにしてもよい。
【符号の説明】
【0055】
10 赤外光源
12 干渉計
14 赤外検出器
20 ビームスプリッタ(光束分割部)
22 固定鏡
24 可動鏡
50 光源制御装置(制御手段)
60 密閉筐体
82 温湿度センサ
86 発光体
88 断熱材
100 フーリエ変換赤外分光光度計(FTIR)