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特開2023-122334光学測定システム、及び光学測定方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023122334
(43)【公開日】2023-09-01
(54)【発明の名称】光学測定システム、及び光学測定方法
(51)【国際特許分類】
   G01J 4/04 20060101AFI20230825BHJP
【FI】
G01J4/04 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022025984
(22)【出願日】2022-02-22
【新規性喪失の例外の表示】新規性喪失の例外適用申請有り
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和2年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CREST)、研究領域「独創的原理に基づく革新的光科学技術の創成」における、研究課題「円偏光発光材料の開発に向けた革新的基盤技術の創成」に関する研究題目「革新的円偏光発光デバイスの創成」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】504203572
【氏名又は名称】国立大学法人茨城大学
(74)【代理人】
【識別番号】100107766
【弁理士】
【氏名又は名称】伊東 忠重
(74)【代理人】
【識別番号】100070150
【弁理士】
【氏名又は名称】伊東 忠彦
(72)【発明者】
【氏名】西川 浩之
(72)【発明者】
【氏名】金坂 青葉
(72)【発明者】
【氏名】田内 大喜
(57)【要約】
【課題】電場ベクトルが互いに逆方向に回転する左円偏光と右円偏光の同時測定を、簡単な構成で、高感度かつ正確に行う。
【解決手段】光学測定システムは、円偏光を測定する光学系と、前記光学系を制御する制御系と、を備え、前記光学系は、空間的に分離された2つの光路で互いに逆方向の左円偏光と右円偏光を同時に測定し、前記制御系は、前記左円偏光と前記右円偏光の測定結果を補正関数で補正して出力し、前記補正関数は、無偏光の光を用いて前記2つの光路で測定された基準値に基づいて前記2つの光路の間の特性ばらつきを補償する。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
円偏光を測定する光学系と、
前記光学系を制御する制御系と、
を備え、
前記光学系は、空間的に分離された2つの光路で互いに逆方向の左円偏光と右円偏光を同時に測定し、
前記制御系は、前記左円偏光と前記右円偏光の測定結果を補正関数で補正して出力し、
前記補正関数は、無偏光の光を用いて前記2つの光路で測定された基準値に基づいて前記2つの光路の間の特性ばらつきを補償する、
光学測定システム。
【請求項2】
前記光学系は、偏光ビームスプリッタと、前記偏光ビームスプリッタの一方の出力側で前記左円偏光の成分を検出する第1検出デバイスと、前記偏光ビームスプリッタの他方の出力側で前記右円偏光の成分を検出する第2検出デバイスと、を含み、
前記補正関数は、前記偏光ビームスプリッタの透過率及び反射率の波長依存性の相違と、前記第1検出デバイスと前記第2検出デバイスの特性ばらつきとを補償する、
請求項1に記載の光学測定システム。
【請求項3】
前記第1検出デバイスは、複数波長で前記左円偏光のスペクトルを検出する第1のマルチチャネル分光器であり、
前記第2検出デバイスは、前記複数波長で前記右円偏光のスペクトルを検出する第2のマルチチャネル分光器であり、
前記補正関数は、前記第1のマルチチャネル分光器と前記第2のマルチチャネル分光器の装置特性のばらつきを補償する、
請求項2に記載の光学測定システム。
【請求項4】
前記制御系は、情報処理装置と、前記情報処理装置に接続されたファンクションジェネレータと、を含み、
前記情報処理装置は、前記第1検出デバイスと前記第2検出デバイスで同時測定を行わせるコマンド信号を前記ファンクションジェネレータに出力し、
前記ファンクションジェネレータは、前記コマンド信号にしたがって、測定開始のトリガ信号を前記第1検出デバイスと前記第2検出デバイスに出力する、
請求項2または3に記載の光学測定システム。
【請求項5】
前記光学系は、
試料と前記偏光ビームスプリッタの間に設けられる1/4波長板と、
前記偏光ビームスプリッタと前記第1検出デバイスの間に配置される第1偏光子と、
前記偏光ビームスプリッタと前記第2検出デバイスの間に配置される第2偏光子と、
をさらに含む請求項2から4のいずれか1項に記載の光学測定システム。
【請求項6】
前記制御系は、前記試料に電圧を印加する電圧計を含み、
前記第1検出デバイスは、前記試料からのエレクトロルミネッセンスに含まれる前記左円偏光を検出し、前記第2検出デバイスは、前記エレクトロルミネッセンスに含まれる前記右円偏光を検出する、
請求項5に記載の光学測定システム。
【請求項7】
前記光学系は、前記試料を光励起する光源をさらに含み、
前記第1検出デバイスは、前記試料からのフォトルミネッセンスに含まれる前記左円偏光を検出し、前記第2検出デバイスは、前記フォトルミネッセンスに含まれる前記右円偏光を検出する、
請求項5に記載の光学測定システム。
【請求項8】
請求項1から7のいずれか1項に記載の光学測定装置を用いた光学測定方法であって、
無偏光の光を用いて前記2つの光路のそれぞれで測定された基準値に基づいて、前記2つの光路の特性ばらつきを補償する前記補正関数を決定し、
前記光学系に試料を設置し、前記2つの光路で、前記試料から出射された円偏光に含まれる前記左円偏光と前記右円偏光を測定し、
情報処理装置で、前記左円偏光と前記右円偏光の少なくとも一方の測定値を前記補正関数で補正し、補正後の測定値を出力する、
光学測定方法。
【請求項9】
偏光ビームスプリッタの一方の出力側で前記左円偏光の成分を検出し、前記偏光ビームスプリッタの他方の出力側で前記右円偏光の成分を検出し、
前記偏光ビームスプリッタの透過率及び反射率の波長依存性の相違と、前記第1検出デバイスと前記第2検出デバイスの特性ばらつきとを補償する補正関数を用いて、検出された前記左円偏光の成分と前記右円偏光の成分の少なくとも一方を補正する、
請求項8に記載の光学測定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、光学測定システム、及び光学測定方法に関し、特に、左右円偏光の同時測定を高精度に行う光学測定に関する。
【背景技術】
【0002】
次世代の光情報通信技術やバイオイメージング技術への応用の観点から、円偏光を発光する化合物または円偏光発光デバイスの開発研究は、今後ますます盛んになると考えられる。それに伴い、溶液、固体、薄膜等の多様な形態の試料からの円偏光発光を、高感度、かつ簡便、安価に測定する装置またはシステムへの需要も増大すると考えられる。
【0003】
円偏光測定の最も簡単な形態は、試料からの光励起による円偏光発光または円偏光発光デバイスからの電流励起による円偏光発光を、1/4波長板で直交する直線偏光に変換し、直交した直線偏光を、偏光子を手動またはモータで回転させることによって、偏光子の透過光として個別に検出する構成である。一方で、光弾性変調器とロックインアンプを用いた高価な測定装置(日本分光株式会社製の円偏光ルミネッセンス測定システムCPL-300)も市販されている。これらの構成または装置では、偏光子の回転方向や、光弾性変調器に印加される電圧の極性を変えることで、左円偏光と右円偏光を交互に検出する。測定対象の光を偏光ビームスプリッタで左円偏光と右円偏光に分離して、同時に検出する構成が知られている(たとえば、特許文献1、及び2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2012-78200号公報
【特許文献2】特開2004-340833号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
左円偏光と右円偏光を交互に検出する構成では、時間の経過による発光強度の低下や揺らぎに起因して、右円偏光と左円偏光の強度差に測定方法に起因する人為的な誤差が生じる。そのため、右円偏光と左円偏光の同時検出が望ましい。特許文献1では、光路内に含まれる光学素子の特性ばらつきについて何ら考慮されていない。特許文献2では、3つの偏光ビームスプリッタを組み合わせて偏光分離部を構成し、試料のない状態で2つの検出器の出力が同じになるように定数を乗算することで、偏光ビームスプリッタの組み合わせの影響を補償している。どのようにして定数を決定するかについては開示されていない。
【0006】
特許文献2は、試料で吸収された左右円偏光の強度差を検出する円二色性の測定を目的としており、試料に吸収されず透過した光を検出する。一方、円偏光発光の測定では左右円偏光の強度差が非常に小さいため、光源からの励起光が検出器に入らないようにしなければならない。そのため特許文献2の装置構成では円偏光発光の測定には対応できない。特に、有機物の試料では、円偏光発光に含まれる左円偏光と右円偏光の割合が50:50に近く、左右円偏光の強度差が非常に小さい。
【0007】
本発明は、電場ベクトルが互いに逆方向に回転する左円偏光と右円偏光の同時測定を、簡単な構成で、高感度かつ正確に行う光学測定システムと光学測定方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
一つの実施形態において、光学測定システムは、円偏光を測定する光学系と、前記光学系を制御する制御系と、を備え、
前記光学系は、空間的に分離された2つの光路で互いに逆方向の左円偏光と右円偏光を同時に測定し、
前記制御系は、前記左円偏光と前記右円偏光の測定結果を補正関数で補正して出力し、
前記補正関数は、無偏光の光を用いて前記2つの光路で測定された基準値に基づいて前記2つの光路の間の特性ばらつきを補償する。
【発明の効果】
【0009】
電場ベクトルが互いに逆方向に回転する左円偏光と右円偏光の同時測定を、簡単な構成で、高感度かつ正確に行う光学測定システムと光学測定方法が実現される。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】左右円偏光の同時測定の必要性を示す図である。
図2】左右円偏光の同時測定の必要性を示す図である。
図3】実施例の光学測定システムの模式図である。
図4図3の光学測定システムの変形例の模式図である。
図5】測定データの補正方法を示す図である。
図6】実施形態の光学測定の効果確認に用いる試料の化学構造と、その円偏光スペクトルを示す図(Chem. Commun., 55, 14115 (2019)から引用)である。
図7図6の試料のフォトルミネッセンス(PL)スペクトルである。
図8】実施形態の光学測定システムで測定した光学異性Eu錯体(Λ-体)の補正前と補正後のスペクトルである。
図9】実施形態の光学測定システムで測定した光学異性Eu錯体(Δ-体)の補正前と補正後のスペクトルである。
図10】光学測定方法のフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
実施形態の光学測定システムと光学測定方法を詳細に説明する前に、図1図2を参照して、左右円偏光の同時測定の必要性を説明する。図1の(A)は、発明者らが作製した試料である有機発光ダイオード(organic light emitting diode:OLED)の発光特性を示す。横軸は時間(ms)、縦軸は輝度(Cd/m)である。試料は、2つの電極の間に有機発光層を配置し、有機発光層とアノードの間に正孔注入層を挿入した簡単な構成である。有機発光層として、図1の(B)の構造のキラルBPP、すなわち(R,R)-BPPと、その鏡像異性体である(S,S)-BPPを用いている。
【0012】
図1のクロスマークはデータ点、破線はフィッティングラインである。左円偏光の強度(I)と右円偏光の強度(I)を交互に測定すると、発光の経時劣化によって、得られる強度が徐々に低下する。発光強度が劣化する状況で、右円偏光と左円偏光の測定に時間差があると、正しく強度差を求めることができない。
【0013】
図2の(A)は、均一な溶液サンプルからの左円偏光と右円偏光の測定のイメージ図、(B)は作製した薄膜デバイスからの左円偏光と右円偏光の測定のイメージ図である。実線は左円偏光の強度、破線は右円偏光の強度を示す。点線は、光弾性変調器に印加される正弦波信号である。均一な溶液サンプルでは、左円偏光と右円偏光の測定に時間差があっても、測定対象の偏光強度は比較的一定であり、その強度差も安定している。しかし、有機薄膜デバイスからの円偏光発光の強度はゆらぎが大きく、平均値からの逸脱が大きい。高速な測定であっても、測定の時間差によって左円偏光と右偏光の強度差のばらつきが大きくなり、測定誤差となる。
【0014】
実施形態では、微小な発光から左円偏光と右円偏光を同時に、かつ、感度良く正確に測定することのできる光学測定技術を提案する。これを実現するために、試料からの円偏光発光に含まれる左円偏光と右円偏光を空間的に分離して、左円偏光と右円偏光を同時測定し、左円偏光と右円偏光の測定結果を補正関数で補正して出力する。補正関数は、無偏光の光を用いて空間的に分離された2つの光路であらかじめ測定された基準値に基づいて決定され、2つの光路の間の特性ばらつきを補償する。以下の記載で、同じ構成要素には同一の符号を付けて、重複する説明を省略する場合がある。
【0015】
<光学測定システム>
図3は、実施形態の光学測定システム1Aの模式図である。光学測定システム1Aは、光学系10Aと、制御系20Aを有する。光学系10Aは、1/4波長板12と、偏光ビームスプリッタ13と、偏光ビームスプリッタ13の一方の出力ポート側に配置される第1のマルチチャネル分光器19-1と、偏光ビームスプリッタ13の他方の出力ポート側に配置される第2のマルチチャネル分光器19-2とを有する。第1のマルチチャネル分光器19-1と第2のマルチチャネル分光器19-2は、互いに逆向きの左円偏光と右円偏光をそれぞれ検出する検出デバイスの一例である。
【0016】
偏光ビームスプリッタ13と第1のマルチチャネル分光器19-1の間に、第1偏光子15と、第1レンズ17の少なくとも一方が挿入されてもよい。偏光ビームスプリッタ13と第2のマルチチャネル分光器19-2の間に、第2偏光子16と、第2レンズ18の少なくとも一方が挿入されてもよい。第1偏光子15と第2偏光子16を用いることで、迷光として入り込んだ他方の円偏光の影響を排除し、空間的に分離されたそれぞれの偏光の純度を高めることができる。第1レンズ17と第2レンズ18は、対物レンズ、集光レンズ等の光学素子であり、分離された偏光を、対応する第1のマルチチャネル分光器19-1と第2のマルチチャネル分光器19-2に効率よく導く。
【0017】
試料台11に置かれた試料30Aに電圧が印加されると、円偏光発光が得られる。試料30Aはたとえば、図1の輝度測定で用いたOLEDと同じ構成の有機薄膜デバイスである。試料30Aからの円偏光発光には、左円偏光CPL1と右円偏光CPL2が含まれている。左円偏光CPL1と右円偏光CPL2は、それぞれ1/4波長板12を通過することでπ/2の位相回転が与えられて、直線偏光LPL1とLPL2に変換される。1/4波長板12として雲母板を使用してもよい。雲母板は360°回転可能であり、試料30Aを回転させなくても簡単な操作で光軸を合わせることができる。
【0018】
偏光ビームスプリッタ13は、偏波面が互いに直交する直線偏光LPL1とLPL2を空間的に分離する。偏光ビームスプリッタ13は、たとえば縦偏波であるS波(SPL)を反射し、水平偏波であるP波(PPL)を透過する。偏光ビームスプリッタ13を透過したP波は、第1偏光子15によって偏光純度が高められ、第1レンズ17で集光されて第1のマルチチャネル分光器19-1に入射する。偏光ビームスプリッタ13で反射されたS波は、第2偏光子16によって偏光純度が高められ、第2レンズ18で集光されて、第2のマルチチャネル分光器19-2に入射する。
【0019】
一般的に、有機薄膜試料からの円偏光発光の場合、左円偏光と右円偏光の強度差が小さい。微小な強度差を検出するには、光学部品での光損失を最小限に押さえ、かつ、偏光の光軸を正確に合わせることが望ましい。この理由で、光学系10Aでは単一の偏光ビームスプリッタ13を用いて、光損失を抑制する。単一の偏光ビームスプリッタ13を用いることは、透過と反射の特性ばらつきの累積を抑制する点でも有利である。1/4波長板12と、第1偏光子15、及び第2偏光子16のそれぞれに自動回転ステージを組み込んでもよい。自動回転ステージを組み込むことで、偏光の光軸を0.005°の精度で合わせることができる。
【0020】
第1のマルチチャネル分光器19-1と第2のマルチチャネル分光器19-2は、制御系20Aによって同期制御され、所定の波長範囲にわたって、左円偏光成分と右円偏光成分を同時に検出する。第1のマルチチャネル分光器19-1と第2のマルチチャネル分光器19-2の露光時間、アベレージング回数、連続測定回数等は、適宜設定可能である。
【0021】
制御系20Aは、電圧計21と、ファンクションジェネレータ22と、情報処理装置23とを含む。情報処理装置23は、パーソナルコンピュータ(PC)、スマートフォン、タブレット端末等である。情報処理装置23は、ケーブルまたはワイヤレスで電圧計21とファンクションジェネレータ22に接続されて、電圧計21とファンクションジェネレータ22の動作を制御する。
【0022】
電圧計21は、たとえば直流電圧・電流発生機能付きデジタルボルトメータである。電圧計21は、試料30Aに所定の定電圧を印加し、電流値を読み出す。電圧印加により、試料30Aからエレクトロルミネッセンスが得られる。ファンクションジェネレータ22は、情報処理装置23から分光測定のトリガコマンドを受信すると、同時検出のトリガ信号を生成して、第1のマルチチャネル分光器19-1と第2のマルチチャネル分光器19-2に送信する。トリガ信号はたとえば、4.0V、2マイクロ秒のマルチチャネル同期パルス信号である。
【0023】
第1のマルチチャネル分光器19-1と第2のマルチチャネル分光器19-2はそれぞれ、ファンクションジェネレータ22からの同期パルス信号に同期して、対応する円偏光成分の受光強度を多波長で測定する。測定結果は情報処理装置23に送られる。後述するように、情報処理装置23は、偏光ビームスプリッタ13の反射率及び透過率と、第1のマルチチャネル分光器19-1及び第2のマルチチャネル分光器19-2の装置特性とを考慮して、補正関数α(λ)で測定データを補正する。
【0024】
図4は、図3のシステムの変形例としての光学測定システム1Bの模式図である。光学測定システム1Bは、光学系10Bと、制御系20Bを有する。光学系10Bは、1/4波長板12、偏光ビームスプリッタ13、第1のマルチチャネル分光器19-1、及び第2のマルチチャネル分光器19-2に加えて、光源14を有する。図3の光学系10Aと同様に、偏光ビームスプリッタ13と第1のマルチチャネル分光器19-1の間に、第1偏光子15と第1レンズ17の少なくとも一方を挿入してもよい。偏光ビームスプリッタ13と第2のマルチチャネル分光器19-2の間に、第2偏光子16と第2レンズ18の少なくとも一方を挿入してもよい。1/4波長板12と、第1偏光子15、及び第2偏光子16のそれぞれに自動回転ステージを組み込んで、偏光の光軸を高精度に合わせてもよい。
【0025】
光源14は、試料30Bの励起用の光源である。試料30Bは、たとえば有機薄膜または溶液試料であり、光源14により光励起されて、円偏光を発光する。光源14を用いることで、試料30BのPLスペクトル測定が可能である。試料の30Bの有機発光層に(R,R)-BPPと(S,S)-BPPが用いられる場合、光源14の励起波長は、BPPの最大吸収波長である500nmである。円偏光の発光に影響しない位置に、励起波長に応じたフィルタを挿入して、励起光の測定光学系への影響を抑制してもよい。
【0026】
制御系20Bは、ファンクションジェネレータ22と、情報処理装置23とを含む。情報処理装置23は、光源14に接続されて、励起光の出力タイミングや、光源パワーを制御してもよい。情報処理装置23は、ファンクションジェネレータ22にも接続され、ファンクションジェネレータ22にマルチチャネル同時検出用のトリガ信号を生成、出力させるコマンドを出力する。
【0027】
第1のマルチチャネル分光器19-1と第2のマルチチャネル分光器19-2は、ファンクションジェネレータ22からのトリガ信号のタイミングで、対応する円偏光成分の強度を同時に検出する。検出結果は、情報処理装置23に送られる。情報処理装置23は、偏光ビームスプリッタ13の反射率及び透過率と、第1のマルチチャネル分光器19-1及び第2のマルチチャネル分光器19-2の装置特性を考慮して、補正関数α(λ)で測定データを補正する。
【0028】
<測定データの補正>
図5は、測定データの補正方法を示す図である。試料30からの円偏光スペクトルを測定する構成を考える。試料30からの円偏光発光に含まれる左円偏光の波長λでの強度をI(λ)、右円偏光の強度をI(λ)とする。
【0029】
波長λでの偏光ビームスプリッタ13の透過率をT(λ)、反射率をR(λ)とする。第1のマルチチャネル分光器19-1の装置関数をf(λ)、第2のマルチチャネル分光器19-2の装置関数をh(λ)とする。第1のマルチチャネル分光器19-1で得られた実測値をI'(λ)、第2のマルチチャネル分光器19-2で得られた実測値をI'(λ)とする。
【0030】
実測値I'(λ)は、左円偏光の真の強度I(λ)と同じであるとは限らない。実測値I'(λ)も、右円偏光の真の強度I(λ)と同じであるとは限らない。さらには、実測値I'(λ)の真の強度I(λ)からのズレと、実測値I'(λ)の真の強度I(λ)からのズレも、同じとは限らない。第1のマルチチャネル分光器19-1と第2のマルチチャネル分光器19-2で用いられている検出器アレイの特性のばらつきや、偏光ビームスプリッタ13の透過率と反射率に波長に依存した違いが存在するからである。
【0031】
波長λでの実測値I'(λ)と真の強度I(λ)との関係は、偏光ビームスプリッタ13の透過及び反射特性と、装置特性を用いると、式(1)、(2)で表される。
【0032】
【数1】
装置関数f(λ)とh(λ)は直接求めることはできない。偏光ビームスプリッタ13の透過率T(λ)と反射率R(λ)は、仕様書に波長ごとの正確な透過率、反射率が記載されている場合はそれを用いてもよいが、装置関数f(λ)とh(λ)が分からないので、ここでは、「T(λ)f(λ)」と「R(λ)h(λ)」をそれぞれ未知として扱う。
【0033】
実測データを補正するために、基準として、無偏光の実測値を用いる。すなわち、円偏光を発光する試料30に替えて、無偏光光源を設置し、偏光ビームスプリッタ13で分離された2つの光を、第1のマルチチャネル分光器19-1と、第2のマルチチャネル分光器19-2で検出する。波長λでの無偏光光源の強度をI(λ)とすると、理想的には、第1のマルチチャネル分光器19-1に入射する光成分の強度IL0(λ)と、第2のマルチチャネル分光器19-2に入射する光成分の強度IR0(λ)は等しくなる(IL0(λ)=IR0(λ))。
【0034】
無偏光光源を用いたときの波長λでの実測値をそれぞれ、I'L0(λ)とI'R0(λ)とする。無偏光の実測値I'L0(λ)と真の強度IL0(λ)の関係、及び実測値I'R0(λ)と真の強度IR0(λ)の関係は、式(3)、(4)で表される。
【0035】
【数2】
この無偏光を用いた関係式(3)、(4)において、真の強度IL0(λ)とIR0(λ)が等しいことから、未知関数である「T(λ)f(λ)」と「R(λ)h(λ)」の比を、実測値I'L0(λ)とI'R0(λ)の比として求めることができる。一例として、T(λ)f(λ)/R(λ)h(λ)がI'L0(λ)/I'R0(λ)と求まり、その値を補正関数α(λ)とおけば、補正関数α(λ)は式(5)で表される。
【0036】
【数3】
【0037】
無偏光の場合、理想状態では、2つに分割された光の実測値の比、すなわちα(λ)は1になるはずである。比率1からのずれは、偏光ビームスプリッタ13の反射率及び透過率と、第1のマルチチャネル分光器19-1及び第2のマルチチャネル分光器19-2の装置関数を反映している。比率1からのズレを補うように補正関数α(λ)を決定する。
【0038】
有機物の試料の場合、左円偏光と右円偏光の強度比は、50:50からごくわずかにずれているが、その強度差は非常に小さい。左右円偏光の非対称性、すなわち円偏光の偏りを表す因子であるg値は
g=2×(I(λ)-IR(λ))/(I(λ)+IR(λ))
と表される。g値に式(1)、(2)を代入し、式(5)を用いると、式(6)となる。
【0039】
【数4】
この例では、補正関数α(λ)で右円偏光の実測値を補正しているが、1/α(λ)で左円偏光の実測値を補正してもよいし、右円偏光と左円偏光の双方を補正してそれらの平均をとってもよい。偏光ビームスプリッタ13の反射率・透過率と、分光検出装置の装置関数を考慮した補正関数α(λ)で実測値を補正することで、2つの光路で同時測定される左円偏光と右円偏光の微小な強度差を精度よく求めることができる。
【0040】
<効果確認>
図6は、実施形態の光学測定の効果確認に用いるユウロピウム(Eu)錯体の標準物質(A)と、その円偏光スペクトル(B)を示す。出典は、Chem. Commun., 55, 14115 (2019)である。Eu錯体は、左巻らせん構造体(Λ)と右巻らせん構造体(Δ)の鏡像異性体をもつ。図6の(B)に示すように、左巻らせん構造体の円偏光スペクトルと、右巻きらせん構造体の円偏光スペクトルは、強度ゼロのラインに対してほぼ対称形をなす。
【0041】
図6の標準物質の溶液試料を用いて、実施形態の光学測定システム1Bで円偏光スペクトルを測定する。図6のEu錯体18μMを、MeOH-MeCN溶液に溶解させた溶液試料を準備する。励起用の光源14として405nmレーザを用い、80mWのパワーで出力する。露光時間は30ミリ秒、積算回数は7200回である。
【0042】
図7は、光学測定システム1Bで測定されたPLスペクトルである。横軸は波長、縦軸は、第1のマルチチャネル分光器19-1と第2のマルチチャネル分光器19-2で検出された左円偏光と右円偏光の実測値を、補正関数α(λ)で補正し、平均をとったものである。580~720nmの波長域にわたって、右巻らせん構造体と左巻らせん構造体で、ほぼ同一のスペクトルが得られる。このPLスペクトル形状は、既報のスペクトル(Chem. Commun., 55, 14115 (2019))とよく整合している。
【0043】
図8は、光学測定システム1Bで測定した左らせん構造体(Λ)の、補正前と補正後のスペクトルである。図8の(A)は、補正関数α(λ)で補正する前のピーク波長近傍のスペクトル、(B)は補正後のピーク波長近傍のスペクトルである。
【0044】
α(λ)による補正前は、580~720nmの全波長域にわたって、左円偏光(実線)のスペクトルと右円偏光(破線)のスペクトルのピーク波形の波長依存性にズレが生じている。これは、偏光ビームスプリッタ13の透過率・反射率や、第1のマルチチャネル分光器19-1と第2のマルチチャネル分光器19-2の装置特性の違いに起因すると考えられる。
【0045】
無偏光光源を用いてあらかじめ求めた補正関数α(λ)で補正することで、測定波長の全領域にわたって、左円偏光と右円偏光のピーク波長が一致し、ピーク波長での強度差を正しく求めることができる。
【0046】
図9は、光学測定システム1Bで測定した右らせん構造体(Δ)の、補正前と補正後のスペクトルである。図9の(A)は、補正関数α(λ)で補正する前のピーク波長近傍のスペクトル、(B)は補正後のピーク波長近傍のスペクトルである。
【0047】
α(λ)による補正前は、580~720nmの全波長域にわたって、左円偏光(実線)のスペクトルと右円偏光(破線)のスペクトルのピーク波形の波長依存性にズレが生じている。
【0048】
得られた測定値を補正関数α(λ)で補正することで、測定波長の全領域にわたって、左円偏光と右円偏光のピーク波長が一致し、ピーク波長での強度差を正しく求めることができる。
【0049】
図10は、実施形態の光学測定方法のフローチャートである。無偏光光源を用いて、空間的に分離された2つの光路の発光強度の特性によるばらつきを補償する補正関数α(λ)を決定する(S11)。上述した光学系10の例では、偏光ビームスプリッタ13を透過し、第1のマルチチャネル分光器19-1で受光される光路と、偏光ビームスプリッタ13で反射されて第2のマルチチャネル分光器19-2で受光される光路である。補正関数α(λ)は、たとえば、偏光ビームスプリッタ13の透過率及び反射率と、第1のマルチチャネル分光器19-1と第2のマルチチャネル分光器19-2の装置関数(検出感度等)とを補償する。
【0050】
光学系10(10Aまたは10B)に試料を設置し、2つの光路で左円偏光成分と右円偏光成分の発光強度を同時に測定する(S12)。次に、情報処理装置23によって、補正関数α(λ)を用いて測定値を補正し(S13)、補正後の測定値を出力する(S14)。この測定方法により、簡単なシステム構成で、左円偏光と右円偏光の同時測定を高感度、かつ正確に行うことができる。
【0051】
実施形態の光学測定システム1A、または1Bでは、円偏光の測定と同時に、試料30からの発光の経時変化をモニタすることができる。一般に、発光強度が弱く、減衰が速い試料やデバイスからの円偏光発光の測定は難しいが、実施形態では、左右の円偏光を第1のマルチチャネル分光器19-1と第2のマルチチャネル分光器19-2で同時に検出するので、時間変動の影響を受けず、左円偏光と右円偏光を高感度で正確に測定可能である。試料30からの発光の経時変化をモニタすることで、測定前後における試料30の劣化状況も同時に計測が可能である。
【0052】
直線偏光子を回転する従来の方法や、光弾性変調器を使用した市販の測定装置では、数十分から1時間程度の測定時間がかかる。これに対し、実施形態の光学測定システム1Aまたは1Bでは、数十秒から数十分の測定時間で、広い波長範囲で円偏光を精度良く測定することができる。きわめて簡単なシステム構成であり、市販されている円偏光測定装置と比較して、コストを1/5以下に抑えられる。
【0053】
従来の円偏光測定方法では測定が困難であった発光強度の時間変化や、化学反応にともなう発光の測定も可能である。また、近赤外領域に感度を持たせた偏光ビームスプリッタ及び検出器アレイを用いることで、近赤外領域の高精度の円偏光測定が可能になり、バイオイメージングへの応用が期待される。
【0054】
実施形態では検出デバイスとしてマルチチャネル分光器を用いたが、本発明の光学測定技術は、波長を掃引するタイプの検出器を用いた測定システムにも適用可能である。その場合も、あらかじめ無偏光光源を用いて2つの検出器間の装置特性のばらつきを推定し、補正関数を求めることができる。
【符号の説明】
【0055】
1A、1B 光学測定システム
10、10A、10B 光学系
13 偏光ビームスプリッタ
14 光源
15 第1偏光子
16 第2偏光子
17 第1レンズ
18 第2レンズ
19-1 第1のマルチチャネル分光器(第1検出デバイス)
19-2 第2のマルチチャネル分光器(第2検出デバイス)
20A、20B 制御系
21 電圧計
22 ファンクションジェネレータ
23 情報処理装置
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10