(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023122453
(43)【公開日】2023-09-01
(54)【発明の名称】加速器および加速器を備える粒子線治療システム。
(51)【国際特許分類】
H05H 13/02 20060101AFI20230825BHJP
H05H 7/10 20060101ALI20230825BHJP
G21K 5/04 20060101ALI20230825BHJP
A61N 5/10 20060101ALI20230825BHJP
【FI】
H05H13/02
H05H7/10
G21K5/04 A
G21K5/04 C
A61N5/10 H
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022026174
(22)【出願日】2022-02-22
(71)【出願人】
【識別番号】000005108
【氏名又は名称】株式会社日立製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110000279
【氏名又は名称】弁理士法人ウィルフォート国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】青木 孝道
(72)【発明者】
【氏名】横井 武一郎
(72)【発明者】
【氏名】▲えび▼名 風太郎
(72)【発明者】
【氏名】中島 裕人
【テーマコード(参考)】
2G085
4C082
【Fターム(参考)】
2G085AA11
2G085BA13
2G085BC15
2G085CA06
2G085CA16
2G085CA17
2G085CA22
2G085EA07
4C082AA01
4C082AC05
4C082AE01
(57)【要約】
【課題】効率よくビームを生成することができる加速器および加速器を備える粒子線治療システムを提供すること。
【解決手段】
加速器は、主磁場と周波数変調された高周波電場とにより、イオン源から供給されたイオンを加速してビームを生成する周回軌道型加速器であって、周波数変調が可能であり、イオンを加速する加速高周波を印加する加速高周波印加装置と、加速高周波とは異なる周波数であって、ビームを取出すための取出し高周波を印加する取出し高周波印加装置と、擾乱磁場領域を形成する擾乱磁場領域形成部と、ビーム取り出し用のセプタム電磁石と、を備え、ビームの取り出し中において、イオン源から新たなイオンが供給されて加速される(
図11(1)-(8))。
【選択図】
図11
【特許請求の範囲】
【請求項1】
主磁場と周波数変調された高周波電場とにより、イオン源から供給されたイオンを加速してビームを生成する周回軌道型加速器であって、
周波数変調が可能であり、イオンを加速する加速高周波を印加する加速高周波印加装置と、
前記加速高周波とは異なる周波数であって、前記ビームを取出すための取出し高周波を印加する取出し高周波印加装置と、
擾乱磁場領域を形成する擾乱磁場領域形成部と、
ビーム取り出し用のセプタム電磁石と、を備え、
前記ビームの取り出し中において、前記イオン源から新たなイオンが供給されて加速される
加速器。
【請求項2】
主磁場と周波数変調された高周波電場とにより、イオン源から供給されたイオンを加速してビームを生成する周回軌道型加速器であって、
周波数変調が可能であり、イオンを加速する加速高周波を印加する加速高周波印加装置と、
前記加速高周波とは異なる周波数であって、前記ビームを取出すための取出し高周波を印加する取出し高周波印加装置と、
複数極数の磁場成分を含み、少なくとも4極磁場成分を含む高次磁場よりなる擾乱磁場領域を形成する擾乱磁場領域形成部と、
ビーム取り出し用のセプタム電磁石と、を備え、
あるサイクルで前記イオン源から供給されたイオンが、前記サイクルより前の他サイクルで供給されたイオンであって既に周回しているイオンと略同一のエネルギを持つまで加速される
加速器。
【請求項3】
イオンを加速してビームを生成する加速器であって、
対向して配置される一対の磁石であって、その間に磁場を形成するための磁極を有する前記一対の磁石と、
イオンを前記一対の磁石間へ出力するイオン源と、
前記イオンを加速する加速用電場を形成する加速電極と、
前記加速用電場の周波数を変調するための変調部と、
前記一対の磁石の磁極間に配置され、前記磁極が形成する磁場により周回する前記イオンに対して安定領域からのキック作用を与えるキック部と、
前記イオンに動径方向の擾乱を与える擾乱用電場を発生させる擾乱部と、
前記加速用電場を制御する高周波電場制御部と、
前記加速用電場の振幅値を前記高周波電場制御部に入力する高周波電場振幅決定手段と、
前記擾乱用電場を制御する擾乱強度制御部と、
を備え、
前記一対の磁石によって形成される、異なるエネルギのイオンがそれぞれ周回する環状の複数のイオンの周回軌道が集約する領域と離散する領域を有しており、
前記変調部はある周期によって周期的に電場周波数を変調させ、
前記高周波電場振幅決定手段は、照射するビームのエネルギに応じて電圧振幅を定めるものであり、
前記イオン源は、前記加速用電場の周波数が特定の値となる期間にイオンを出力し、
前記イオンが出力される周波数の値は、取り出されるビームのエネルギに対応する周回周波数とずれており、
前記イオン源から出力されたイオンが、別のサイクルで出力されたイオンであって、既に周回している状態のイオンとエネルギが略同一となるまで加速される
加速器。
【請求項4】
さらに、ビーム量監視手段を備え、
前記ビーム量監視手段によって得られる周回ビーム量に基づいて、前記イオンを出力するか否かを判断する
請求項1に記載の加速器。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか一項に記載の加速器で加速されたイオンを標的に照射する照射装置と、
前記加速器および前記照射装置を制御する制御装置と、
を備える
粒子線治療システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、加速器および加速器を備える粒子線治療システムに関する。
【背景技術】
【0002】
粒子線治療や物理実験などで使用する高エネルギのイオンビームは、加速器を用いて生成される。核子当たりの運動エネルギが200MeV前後のビームを得る加速器には、種類がいくつかある。例えば、サイクロトロンやシンクロトロン、特許文献1に記載されているようなシンクロサイクロトロン、特許文献2に記載されているような可変エネルギ加速器が知られている。サイクロトロンおよびシンクロサイクロトロンの特徴は、静磁場中を周回するビームを高周波電場で加速する点である。サイクロトロンおよびシンクロトロンでは、加速されるにつれてビームはその軌道の曲率半径を増し、外側の軌道に移動し、最高エネルギまで到達した後に取り出される。そのため取り出すビームのエネルギは、基本的には固定される。
【0003】
特許文献1のシンクロサイクロトロンでは、半径Rの略円形の断面を有する一対の強磁性体のポールが、中心軸を一致させて、正中面を挟んで上下に配置されている。一対のポールは、ギャップによって離隔され、このギャップは、正中面に対して実質的に対称なプロファイルを有するキャビティを形成している。ギャップの高さは、ポールの半径方向において変化している。ギャップの高さは、中心軸ではHcenterであり、中心軸から半径R2までの円形の部分では、半径が大きくなるにつれてHcenterから徐々に増大し、半径R2において最大値Hmaxとなる。半径R2より大きい環状の部分は、半径が大きくなるにつれて、そのギャップの高さが徐々に減少し、ポールの縁におけるギャップの高さは、Hedgeである。このようなギャップ形状のキャビティを備えるシンクロサイクロトロンは、ギャップ内の磁場を最小化する一方で、シンクロサイクロトロンのサイズを最小化することができると特許文献1には開示されている。
【0004】
特許文献2には、小型で、かつ可変エネルギのビームの取出しが可能な加速器として、主磁場、および周波数変調した高周波電場によりビームを加速する周回軌道型加速器であって、周波数変調が可能であり、前記ビームを加速する加速高周波を印加する加速高周波印加装置と、前記加速高周波とは周波数が異なり、ビームを取出すための取出し高周波を印加する取出し高周波印加装置と、2極以上の極数の磁場成分を含み、少なくとも4極磁場成分を含む高次磁場よりなる擾乱磁場領域を形成する擾乱磁場領域形成部と、磁性体のシム、およびセプタムコイルを有するセプタム電磁石と、を備えたことを特徴とする加速器が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特表2013-541170号公報
【特許文献2】特開2020-38797号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
粒子線治療では、治療計画などで予め定められた照射線量の許容範囲を超過することなく、照射対象の腫瘍にビームを照射することが求められる。特許文献1のシンクロサイクロトロンを用いる粒子線治療装置では、シンクロサイクロトロンの一運転周期内で加速し取り出しの可能なビーム量を、照射線量の許容範囲に対して十分小さくする必要が有る。よって、特許文献1では、一運転周期に加速する電荷量が加速器の性能で決まる上限より小さくせざるを得ず、照射完了に時間がかかる。
【0007】
特許文献2の可変エネルギ加速器は、取り出しビームのエネルギが可変であるため、治療計画で定められた照射線量に合わせたエネルギのビームを出射できる。よって、可変エネルギ加速器は、シンクロサイクロトロンと比較して、粒子線治療のビーム照射時間を短縮できる。可変エネルギ加速器は、加速器サイズにおいても、サイクロトロンやシンクロサイクロトロンと同等であり、小型である。そのため、可変エネルギ加速器は、粒子線治療装置の加速器として、ビーム照射時間のさらなる短縮が期待されている。しかしながら、特許文献2に記載の加速器の運転方法において、加速器は数ms程度のサイクルで動作する。このサイクル中にイオン源から加速器にイオンを入射する期間と、イオンを加速する期間と、入射したイオンを全量照射してから再度入射するまでの期間などで、イオンビーム(以下、ビーム)を取り出すことができない。
【0008】
本発明はの目的は、効率よくビームを生成することができる加速器および加速器を備える粒子線治療システムを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決すべく、本発明に従う加速器は、主磁場と周波数変調された高周波電場とにより、イオン源から供給されたイオンを加速してビームを生成する周回軌道型加速器であって、周波数変調が可能であり、イオンを加速する加速高周波を印加する加速高周波印加装置と、加速高周波とは異なる周波数であって、ビームを取出すための取出し高周波を印加する取出し高周波印加装置と、擾乱磁場領域を形成する擾乱磁場領域形成部と、ビーム取り出し用のセプタム電磁石と、を備え、ビームの取り出し中において、イオン源から新たなイオンが供給されて加速される。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、効率よくビームを生成し、取り出すことができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図3】周回中のビームエネルギと周回周波数の関係図。
【
図5】周回中のビームエネルギと設計軌道上磁場との関係図。
【
図6】ディー電極に励起される高周波モードの概略図。
【
図13】ビーム量を測定する処理のフローチャート。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、図面に基づいて、加速器を説明する。本実施形態では、イオンを入射(イオンの出力)するプロセス、入射されたイオンを加速するプロセス、加速されたイオン(ビーム)を取り出すプロセス、減速プロセスという時間的に直列なプロセスを並列的に実行する。本実施形態では、入射プロセスおよび加速プロセスを繰り返して実行し、照射エネルギに対応するビームが常に加速器内に補充されている状態を維持する。これにより、本実施形態では、入射プロセス、加速プロセスおよび取り出しプロセスを同時並行して実行することができるため、ビームを照射できない時間を短くし、効率を高めることができる。
【0013】
さらに、本実施形態で述べる加速器を備える粒子線治療システムでは、加速器の制御の面で照射不可能な時間を削減することができ、ビームを照射可能な時間的割合を増加させて、治療時間を短縮することができる。
【0014】
本実施形態に係る加速器1は、
図1~
図13で後述するように、イオンを加速する加速用電場を形成する高周波加速空胴21と、加速用電場の周波数を変調するための回転式可変容量キャパシタ212と、磁極123が形成する磁場により周回するイオンに対して安定領域からのキック作用を与える付加磁場発生用シム311と、付加磁場発生用シム311によってキック作用が与えられたイオンを加速器1から取り出すための擾乱用電場を発生させる擾乱用電極313と、加速用電場を制御する低レベル高周波発生装置42と、擾乱用電場を制御する擾乱高周波制御装置47と、を備え、異なるエネルギのイオンがそれぞれ周回する環状の複数のイオンの周回軌道が集約する領域と離散する領域を有しており、異なるサイクルで入射されたイオンが同時に略同一のエネルギで周回させる。
【実施例0015】
図1~
図13を用いて第1実施例を説明する。本実施例の加速器1は、周波数変調型の可変エネルギ加速器である。この加速器は時間的に一定な磁場を主磁場として持ち、主磁場中を周回する陽子を高周波電場によって加速する円形加速器である。その外観を
図1に示す。
【0016】
図1に示すように、加速器1は、上下に分割可能な電磁石11によって、加速・周回中のビームが通過する領域(以下、ビーム通過領域20(
図2参照)と呼ぶ)内に主磁場を励起する。電磁石11は「一対の磁石」の例である。電磁石11の内側は、図示を省略した真空ポンプによって真空引きされている。
【0017】
電磁石11には、外部とビーム通過領域20とを接続するための貫通口が複数設けられている。例えば、加速されたビームを取り出す取り出しビーム用貫通口111、電磁石11内に配置されたコイル導体を外部に引き出すための引き出し用の貫通口112,113、高周波電力入力用貫通口114等の、各種貫通口が電磁石11の上下の分割接続面の面上に設けられている。
【0018】
高周波電力入力用貫通口114を通じて、イオンを加速してイオンビームとするための加速用電場を形成する高周波加速空胴(加速電極)21が設置されている。「加速高周波印加装置」の例である高周波加速空胴21には、後述のように、加速用のディー電極221(
図2参照)と、加速用電場の周波数を変調するための回転式可変容量キャパシタ(変調部)212とが設置されている。
【0019】
電磁石11の上部の中心からずれた位置に、水素イオンを供給するためのイオン源12が設置されている。イオン源12は、ビーム入射用貫通口115および入射部130(
図2参照)を通して、イオンを加速器1内部の電磁石11間に入射する。入射部130には、貫通口115を通じて、外部からビーム通過領域20へイオンを入射するのに必要な電力が供給されている。
【0020】
加速器1の内部構造について
図1および
図2を用いて説明する。
図2は、電磁石11を上下に分割した面を上から見たときの機器配置を示す図である。
【0021】
図1に示すように、電磁石11の上下部それぞれは、円筒状のリターンヨーク121および天板122を有しており、その内部側には、
図2に示すように、円柱状の磁極123を有している。上下対向した磁極123によって挟まれる円筒状の空間内に、上述のビーム通過領域20がある。この上下の磁極123が互いに対向している面を磁極面と定義する。また磁極面に挟まれた磁極面に平行かつ上下の磁極面から互いに等距離にある面を軌道面と呼ぶ。
【0022】
磁極123とリターンヨーク121の間に形成される凹部には、円環状のコイル13が磁極123の外周側の壁に沿って設置されている。コイル13に電流を流すことによって上下対向する磁極123が磁化し、ビーム通過領域20に後述する所定の分布で磁場が励起される。
【0023】
高周波加速空胴21は、λ/4型の共振モードによって加速ギャップ223にイオンを加速するための加速用高周波電場を励起させる。高周波加速空胴21のうち、加速器1に対して固定的に設置された部分をディー電極221と定義する。高周波加速空胴21は、貫通口114を通じて、ビーム通過領域20の一部領域を囲むディー電極221を形成する。イオンは、ディー電極221とこのディー電極221に対向するように配置される接地電極222とによって挟まれる領域である加速ギャップ223により励起される高周波電場によって加速される。前述のビームの周回周波数に同期するために、高周波電場の周波数は、ビームの周回周波数の整数倍であることが必要である。加速器1では、高周波電場の周波数はビームの周回周波数の1倍としている。
【0024】
磁極123には、磁場の微調整用のトリムコイル33が複数系統設けられている。トリムコイル33は、貫通口112,113を通じて外部電源に接続されている。各系統別に励磁電流を調整することで、後述の主磁場分布に近づけ、安定なベータトロン振動を実現するように、運転前にトリムコイル電流が調整される。
【0025】
上述の加速器1では、イオン源12で生成されたイオンは、入射部130の引き出し電極に印加された電圧によって、低エネルギのイオンの状態でビーム通過領域20に引き出される。入射されたイオンは、高周波加速空胴21によって励起される高周波電場によって、加速ギャップ223を通過する毎に加速され、イオンビームとなる。
【0026】
図2に示すように、ビームを加速器1の外部へ取り出すために、四極磁場や六極以上の多極磁場を励磁する二か所の付加磁場発生用シム(キック部)311と高周波電場を印加する擾乱用電極(擾乱部)313とが、磁極面の一部に電気的に絶縁された状態で設置されている。磁極面の端部の一か所に取り出し用セプタム電磁石312の入射部が設置されている。
【0027】
擾乱用電極313は、微小な振幅の高周波(RF)電場を印加することが可能であり、周回中の粒子を軌道面内方向にキックし、設計軌道から粒子を外れさせる。その軌道が設計軌道から外れた粒子は、付加磁場発生用シム311の近くを通過する。
【0028】
付加磁場発生用シム311による磁場は、ビーム通過領域20中を周回するイオンビームに対して安定領域を制限し、安定領域外に出た粒子を取り出し用セプタム電磁石312へ導入する。一対の付加磁場発生用シム311は、それぞれ逆極性の磁場を磁極123が形成する主磁場に対して重畳励磁する。
【0029】
擾乱用電極313に適当な周波数の高周波電圧を印加することでビームに擾乱を与えると、後に述べる原理により、擾乱用電極313に印加されるRF電場のオン/オフに同期して、ビームのオン/オフ制御が可能となる。これら付加磁場発生用シム311および擾乱用電極313の詳細は後述する。
【0030】
軌道面において主磁場の面内成分がほぼ0となるように、上下の磁極123、コイル13、トリムコイル33、付加磁場発生用シム311、取り出し用セプタム電磁石312、擾乱用電極313の形状と配置が設計されており、軌道面に対して面対称の配置および電流分布となっている。磁極123、ディー電極221、コイル13、トリムコイル33、擾乱用電極313の形状は、
図2に示すように、加速器1を上面側から見たときに、貫通口114の中心部と貫通口112の中心部とを結ぶ線分に対して、左右対称の形状となっている。
【0031】
加速器1内を周回するビームの軌道および運動について述べる。ビームは、ビーム通過領域20中を周回しながら加速される。加速器1から取り出し可能なビームの運動エネルギは、最小70MeV、最大235MeVである。運動エネルギが大きいほどビームの周回周波数は小さくなる。入射直後の運動エネルギのビームは76MHzで、運動エネルギ235MeVに達したビームは59MHzで、ビーム通過領域20中を周回する。これらのエネルギと周回周波数の関係は
図3のようになる。
図3の縦軸は周回周波数を示し、
図3の横軸は運動エネルギを示す。
【0032】
図5に示すように、形成される磁場は、ビームの軌道に沿って一様、かつエネルギが高くなるにつれ磁場が低下していくような分布を作る。つまり、径方向外側の磁場が低下するような磁場を形成する。このような磁場下においては、ビームの軌道面内の動径方向と軌道面とに対して垂直な方向のそれぞれに対して安定にベータトロン振動する。
【0033】
図4に各エネルギの軌道を示す。
図4には複数の周回軌道が示されている。
図4では、最も外側に最大エネルギ252MeVの軌道に対応した半径0.497mの円軌道が存在し、そこから、エネルギ0MeVまで磁気剛性率で51分割した計51本の円軌道が示されている。点線は、各軌道の同一の周回位相を結んだ線であり、この線を等周回位相線と呼ぶ。
【0034】
図4に示すように、加速器1では、ビームの加速に従って、ビームの軌道中心(設計軌道)が軌道面内で一方向に移動する。設計軌道が移動する結果、異なる運動エネルギの軌道が互いに近接している箇所(周回軌道が集約する領域)と、互いに遠隔している領域(周回軌道が離散する領域)とが存在する。つまりビームの設計軌道が偏心している。
【0035】
最も設計軌道同士が近接している設計軌道の各点を結ぶと、すべての設計軌道に直交する線分となる。最も設計軌道同士が遠隔している設計軌道の各点を結ぶと、すべての設計軌道に直交する線分となる。これら二つの線分は、同一直線上に存在する。この直線を対称軸と定義すると、設計軌道の形状は対称軸を通り、軌道面に垂直な面に対して面対称となる。
【0036】
図4に示す等周回位相線は、集約領域から周回位相π/20ごとにプロットされている。ディー電極221とディー電極221に対向する接地電極222との間に形成される加速ギャップ223は、集約点から見て±90度周回した等周回位相線に沿って、設置されている。
【0037】
上記のような軌道構成と軌道周辺での安定な振動とを生じさせるために、加速器1では、設計軌道の偏向半径方向外側に行くにつれて、磁場の大きさが小さくなる主磁場分布としている。設計軌道に沿って磁場は、一定とする。よって、設計軌道は円形となり、ビームエネルギが高まるにつれて、その軌道半径・周回時間は増大する。
【0038】
このような体系では、設計軌道から半径方向へ微小にずれた粒子は、設計軌道に戻すような復元力を受けると同時に、軌道面に対して鉛直な方向にずれた粒子も軌道面に戻す方向へ主磁場から復元力を受ける。すなわち、ビームのエネルギに対して適切に磁場を小さくしていけば、設計軌道からずれた粒子には、設計軌道に戻そうとする向きに常に復元力が働き、設計軌道の近傍を振動することになる。これにより、安定にビームを周回させ加速させることが可能である。この設計軌道を中心とする振動をベータトロン振動と呼ぶ。各エネルギのビームにおける磁場の値を
図5に示した。磁場は、入射部130で最大の5Tとなり、最外周では4.91Tまで低下する。
【0039】
上述の主磁場分布は、コイル13とそれを補助するトリムコイル33とに所定の励磁電流を流して、磁極123が磁化されることにより、励起される。イオンの入射部130で磁場を大きくし、外周に向かって磁場を小さくする分布を形成するために、磁極123が対向する距離(ギャップ)は入射部130において最も小さく、外周に向かって大きくなる形状となる。さらに、磁極123の形状は、ギャップ中心を通る平面(軌道面)に対して面対称の形状であり、軌道面上では軌道面に垂直な方向の磁場成分のみを持つ。さらに、磁場分布の微調整を、磁極面に設置されたトリムコイル33に印加する電流を調整することで行い、所定の磁場分布を励起させる。
【0040】
上述のように、高周波加速空胴21は、加速ギャップ223に電場を励起させる。そのために、外部高周波電源(
図10の低レベル高周波発生装置42およびアンプ43を参照)から入力カプラ211を通じて高周波電力が導入され、ディー電極221と接地電極222の間の加速ギャップ223に高周波電場が励起される。
【0041】
一般に、ディー電極221が励起する電磁場は、電極形状によって定まる特定の共振周波数および空間分布の電磁場となる。特定の周波数と空間分布を持つ電磁場を固有モードと称する。固有モードには複数種類あり、加速のために励起するモードを基本モードと称する。基本モードの電磁場分布と表面電流分布を
図6に示す。
図6には、共振器の外形、太矢印にて電場の分布(E)、点線矢印で磁場の分布(B)、実線矢印で共振器表面の電流分布(j)の概形を示している。基本モードではギャップのいたるところで、ディー電極221から設置電極222に対して同じ向きの電場が生じる。
【0042】
加速器1は、ビームの周回に同期して高周波電場を励起するために、電場の周波数を周回中のビームのエネルギに対応して変調させる。本実施例の共振モードを用いた高周波加速空胴21では、共振の幅よりも広い範囲で、高周波の周波数を掃引する必要がある。そのために、高周波加速空胴21の共振周波数も変更する必要が有る。その制御は、高周波加速空胴21の端部に設置された回転式可変容量キャパシタ212の静電容量を変化させることで実施する。回転式可変容量キャパシタ212は、回転軸213に直接接続された導体板と外部導体(いずれも図示せず)との間に生じる静電容量を、回転軸213の回転角によって制御する。すなわち、ビームの加速に伴って、回転軸213の回転角を変化させる。
【0043】
加速器1のビーム入射から取り出しまでのビームの挙動を述べる。まずイオン源12から低エネルギのイオンが出力され、ビーム入射用貫通口115および入射部130を介してビーム通過領域20へ低エネルギのイオンビームが導かれる。
【0044】
ビーム通過領域20に入射されたビームは、高周波電場による加速を受けながら、そのエネルギが増大するとともに、軌道の回転半径を増加させていく。その後ビームは、高周波電場による進行方向安定性を確保しながら加速される。
【0045】
ビームの重心は、高周波電場が最大となる時刻に加速ギャップ223を通過するのではなく、時間的に高周波電場が減少しているときに加速ギャップ223を通過する。高周波電場の周波数とビームの周回周波数とはちょうど整数倍の比で同期させているため、所定の加速電場の位相で加速された粒子は、次のターンもほぼ同じ位相で加速を受ける。一方、加速位相より早い位相で加速された粒子は、加速位相で加速された粒子よりもその加速量が大きいため、次のターンでは遅れた位相で加速を受ける。逆に有るときに加速位相より遅い位相で加速された粒子は、加速位相で加速された粒子よりもその加速量が小さいため、次のターンでは進んだ位相で加速を受ける。
【0046】
このように、所定の加速位相からずれたタイミングの粒子は、加速位相に戻る方向に動き、この作用によって、運動量と位相からなる位相平面(進行方向)内においても安定に振動することができる。この振動をシンクロトロン振動と呼ぶ。すなわち、加速中の粒子はシンクロトロン振動をしながら、徐々に加速され、取り出しされる所定のエネルギまで達する。安定なシンクトロン振動をする間、個々の粒子は、位相平面上に高周波バケツと呼ばれる安定領域内で回転運動をする。
【0047】
図7に位相平面上の高周波バケツBuの形状とその内部を動く粒子の軌跡との模式図を示す。この高周波バケツBuの運動両方向の幅は加速空胴に印加する電圧振幅の平方根に比例すること、および、高周波バケツBuの面積が単位時間当たりのビームのエネルギ増加(加速速度)に対して単調現象であることは、それぞれ知られている。
【0048】
回転式可変容量キャパシタ212の回転速度によって決まる運転周期下では、加速速度は自然と決まる。したがって、ある電圧振幅以下では高周波バケツBuの面積が0となり、安定なシンクロトロン振動を実現できない。高周波バケツBuの面積が初めて0を超える電圧振幅を臨界電圧Vcと呼ぶことにすると
【0049】
臨界電圧Vcは、加速中のビームエネルギに対して単調増加となる。逆に一定の電圧振幅になるように高周波加速空胴21に対して高周波電力を入力したとき、ビームの加速に伴い、高周波バケツBuの面積は徐々に小さくなる。高周波バケツBuの面積が徐々に小さくなる状況下においては加速中のビームの運動量分散も小さくなる。
【0050】
所定の取り出しビームを目標のエネルギで取り出すために、高周波加速空胴21に印加されている高周波電場が徐々に低くなり目標エネルギに達したところで、高周波電場の振幅が0となるように、制御装置40は外部高周波電源からの出力を制御する。これにより、ビームは、目標エネルギにて安定に周回する。そして、擾乱用電極313に高周波が印加される。
【0051】
その高周波の周波数は、ビームのベータトロン振動の周波数に一致している。ビームは、その進行方向の位置、すなわち擾乱用電極313を通過する時刻に依存する擾乱を受ける。特定の粒子に着目すると、擾乱用電場と周回のベータトロン振動の周波数とが一致しているため、両者は共鳴し、ある粒子のベータトロン振動振幅が増大する。ベータトロン振動振幅が増大し続けると、設計軌道の外側に設置された付加磁場発生用シム311が励起するキック磁場の作用を受けて、急激にベータトロン振動が発散し、設計軌道から見て外側にビームが変位する。その結果、ビームは、取り出し用セプタム電磁石312に導入される。この安定領域と不安定領域との境界を、セパラトリクスと称する。
【0052】
上記目標エネルギに達してから取り出されるまでの間、ビームを構成する個々の粒子は、付加磁場発生用シム311由来の四極磁場と六極以上の多極磁場とによって、ビームの水平方向の位置と傾きで定まる位相空間上において、安定に周回できる領域と不安定に軌道ずれが増大し続ける領域とに分けられた状態で、周回する。
【0053】
セパラトリクスの内側に存在する粒子は、安定にベータトロン振動を続ける。セパラトリクスの外にいる粒子は、付加磁場発生用シム311によるキック作用が周回ごとに蓄積されるため、設計軌道に対して水平方向に大きな変位を生じる。水平方向に大きな変位を生じた粒子は、後述の擾乱用電極313による擾乱用電場と、あらかじめ設置された取り出し軌道322上の取り出し用セプタム電磁石312によって形成される磁場とによって、取り出し軌道322上を通り、加速器1の外へ取り出される。
【0054】
擾乱用電極313に印加される電場が切られると、ビームのベータトロン振動振幅の増大が停止し、安定領域内でビームが周回する。これにより、ビームの取り出しを停止することができる。
【0055】
上記ビームの取り出しのプロセスにおいて、周回中のビームの運動量分散を抑制することは、ビームの空間的な広がりを抑えることができ、セプタム電磁石312などに衝突して失われるビームの量を減らすのに有効である。したがって、前述の高周波バケツの面積は、加速終了時点でなるべく小さくし、周回中のビームの運動量分散を抑制することが望ましい。
【0056】
しかも、加速電場の減衰には、高周波加速空胴21の共振のQ値に基づいて、ある程度の時間がかかる。典型的にはQ値は3000程度であり、高周波加速空胴21への電力入力を停止した時刻から3000周期程度の時間で高周波電圧振幅が小さくなり、高周波バケツが消失する。高周波電圧振幅の減衰中には、高周波バケツの収縮に伴い、高周波バケツからこぼれる時刻によって各粒子の到達エネルギがばらつく。高周波バケツの消失に時間をかけるほど、その時間に比例してその後の周回ビームの運動量分散が広がる。
【0057】
以上より、加速中の高周波電圧振幅は、高周波バケツを形成できるように、そして加速できるビームの電荷量が充分確保できるならば、高周波バケツはなるべく小さく維持することが、取り出し効率の向上や結果的に照射時間の短縮に有効である。
【0058】
しかしながら、高周波振幅の電圧を過少にすると、加速途中で高周波バケツが消失し、ビームを目的のエネルギまで加速できないことも起きえる。たとえば、70MeVまで加速する際の最適な高周波電圧振幅の値が存在する。しかし、その高周波電圧振幅値で235MeVまで加速しようとしても、加速途中で高周波バケツが消失してしまうため、235MeVまで加速できない。
【0059】
すなわち、目標とする到達エネルギに応じて、取り出し効率あるいは照射時間の観点で最適な電圧振幅が存在する。その最適な電圧振幅で高周波を励起することで、取り出し効率の向上あるいは照射時間の短縮を実現できる。本実施例の加速器1は、上述した、到達エネルギと電圧振幅との対応関係を保持する電圧振幅計算装置45を備える。
【0060】
以上、1サイクル中の、ビームの入射から取り出しに関するビームのふるまいについて述べた。加速器1は、以降のサイクルも同様の動作を繰り返す。2サイクル目以降では、すでに加速されたビームが所定のエネルギでビーム通過領域20内を周回中である。この場合、加速済みのビームに対しても、2サイクル目のビームを加速する高周波電場が作用する。しかし、加速済みのビームにとっては、入射直後のビームを加速する高周波はその周波数が周回周波数とマッチしないため、エネルギが微小に振動するに過ぎない。よって、2サイクル目のビームが十分加速済みのビームのエネルギに近づくまでは、加速済みのビームは、ほとんどエネルギや運動の状態を変化させることなく安定に周回しながら一部は取り出されていく。既に周回中のビームを先行ビームと、その後に発生するビームを後続ビームと、呼ぶこともできる。
【0061】
2サイクル目のビーム(後続ビーム)のエネルギが加速済みのビーム(先行ビーム)のエネルギに近接すると、より具体的には位相空間上で2サイクル目のビームを内包する高周波バケツが加速済みのビームが存在している領域に重なり始めると、はじめて加速済みのビームに対して有意な影響が高周波から及ぼされる。
【0062】
図8は、このタイミングでの位相空間上の分布についての模式図である。
図8のグレーに網掛けした領域A1が加速済みの周回ビームが存在する領域であり、ここに2サイクル目のビームを内包する高周波バケツBuが入る。
【0063】
前述の通り、高周波バケツは、運動量分散が小さくなるように適切な形状に制御されており、その運動量方向の高さは周回中のビームよりも小さい。高周波バケツと周回中のビームとが近接すると、周回中のビームは高周波バケツに入ることができず、高周波バケツに押しのけられるように位相空間上の別の位置に移動する。
【0064】
図9に、2サイクル目のビームを加速完了した瞬間の位相空間におけるビームの分布を示す。
図9に示す瞬間では、高周波バケツは、先行ビームがすでに周回している領域を通過し、その影響で先行ビームの分布が乱され、運動量分散が増加している。さらに2サイクル目ビーム(後続ビーム)が高周波バケツの収縮とともにバケツからこぼれ、位相空間上のある領域に配置される。加速済みのビームと新たに加速されたビームとの位相空間上の領域は、このタイミングでは明確な境界をもつ。
図9では、加速済のビーム(先行ビーム)が存在する領域A2をドット柄で示し、新たに加速されたビーム(後続ビーム)の存在領域A3を斜線で示す。このように、周回ビームの運動量分散が増える代わりに、新たなビームを追加することが可能となる。
【0065】
図10および
図11を用いて、上述の原理によってビームを加速し、加速器1の外へ取り出すときの各機器の制御ダイアグラムと運転フローを説明する。
図10に本実施例の加速器1の制御ブロック図を示す。
【0066】
ビームを加速するための構成とその制御系としては、
図10に示すような、高周波加速空胴21に付随する回転式可変容量キャパシタ212と、回転式可変容量キャパシタ212の回転軸213(
図1参照)に接続されるサーボモータ214と、サーボモータ214を制御するモーター制御装置41とがある。さらに、高周波加速空胴21に高周波電力を入力するための入力カプラ211(
図1参照)と、供給する高周波電力を生成する低レベル高周波発生装置42およびアンプ43がある。
【0067】
回転式可変容量キャパシタ212は、モータ制御装置41により制御される。モータ制御装置41は、全体制御装置40により制御される。全体制御装置40は、治療計画データベース60中の治療計画データにより予め定められた指示値に基づいて、モータ制御装置41を制御する。
【0068】
予め定められた回転速度でサーボモータ214が回転すると、これにより回転軸213が回転する。回転軸213の回転角が時間的に変化することで、静電容量を時間的に変調される。これにより、基本モードの共振周波数が変化する。
【0069】
低レベル高周波発生装置42によって発生させた高周波信号をアンプ43によって増幅することで、高周波加速空胴21に入力される高周波を作る。低レベル高周波発生装置42において作る高周波信号の周波数は、前記の基本モードの共振周波数に追従させる。高周波信号の振幅は、治療計画データベース60によって定められており、全体制御装置40より指示される。
【0070】
高調波モード用の低レベル高周波を発生させる装置42によって発生させた高周波信号をアンプ43によって増幅することで、高周波加速空胴21へ入力される高周波電力を作る。高調波モード用低レベル高周波発生装置42により作られる高周波信号の周波数は、前記の高調波モードの共振周波数に追従させ、振幅は、治療計画データベース60によって定められたビームのエネルギを電圧振幅計算装置45が参照し、電圧振幅計算装置45の演算によって定められた振幅値を全体制御装置40より指定される。
【0071】
ビームを加速器1外に取り出すための構成とその制御系としては、
図10に示す、擾乱用電極313に高周波電圧を印加するための高周波電源46と、この高周波電源46を制御する擾乱高周波制御装置47とがある。
【0072】
高周波電源46から擾乱用電極313に出力される電圧値は、擾乱高周波制御装置47によって制御されている。高周波電源46から出力される電圧の指定値は、取り出しビームエネルギと取り出しビームの出力電流とから一意に定まる値として治療計画データベース60内に保存された治療計画データによって定められている。全体制御装置40は、その治療計画データから指定値を取得し、擾乱高周波制御装置47へ指示する。
【0073】
図11および
図12に基づいて、以上のような加速器1の制御系における、ある二種類のエネルギのビームを連続的に取り出す際の各機器の動作(運転方法)を説明する。
図11は、各機器の動作のタイミングチャートである。
図12は、運転の流れをフローチャートである。
【0074】
図11のチャートの縦軸は、上から順に、(1)回転式可変容量キャパシタ212の回転軸213の回転角、(2)高周波加速空胴21の共振周波数、(3)高周波加速空胴21に入力される高周波の周波数、(4)加速ギャップ223における加速用高周波の振幅、(5)イオン源12が出力するビームの電流波形、(6)取り出し可能な周回中の電荷量、(7)擾乱用電極313に入力される擾乱高周波、(8)加速器1から出力されるビーム電流波形、を示している。
図11に示すチャートの横軸はすべて時間である。
【0075】
図11に示すように、回転式可変容量キャパシタ212の回転軸213の回転角によって、高周波加速空胴21の共振周波数は周期的に変化する。それに合わせて、低レベル高周波発生装置42から出力され、高周波加速空胴21へ入力される高周波信号の周波数も同期して変化する。ここで、共振周波数が最大となる時刻から次に最大となる時刻までの期間を運転周期と定義する。
【0076】
図11(5)に示すように、運転周期の開始直後から、イオン源12からビームが出力される。ビームは、安定なシンクロトロン振動が可能な範囲に入射された場合、加速される。これに対し、シンクロトロン振動が安定しない粒子は、加速できずに加速器1内部の構造物に衝突し、失われる。ここまでが
図12に示す入射プロセスである。入射プロセスは、加速電圧の印加を開始するステップS11と、イオン源からイオンを出力するステップS12を含む。
【0077】
図11に戻り、共振周波数が低下するにつれてビームは加速され、所定の取り出しエネルギ近くまで加速される。その後、高周波加速空胴21に入力される高周波の振幅を低下させ始める。この低下の開始タイミングは、イオンビームが目標エネルギになる前の所定のタイミングから開始するようにする。例えば、高周波電力の入力を切ってから加速ギャップ223に生じていた加速用電場が0になるまでに、目標エネルギに到達すると見込まれるエネルギに達するタイミングから低下を開始させることが望ましい。ここまでが
図12における加速プロセスである。加速プロセスは、イオンビームを加速するステップS13と、加速電圧の印加を停止するステップS14を含む。
【0078】
図11に戻り、加速電場の振幅が十分小さくなった時点で、ビームは、所定の取り出しエネルギに達している。加速が完了した時点で、取り出し可能なビーム量はある値になり、これよりビーム取り出しが可能となる。ビームは、付加磁場発生用シム311によって定められたセパラトリクス内を満たすように周回することになる。
【0079】
次いで、擾乱用電極313による擾乱高周波を印加する。ビームを取り出す時間はあらかじめ定められている。周回中の全電荷がすべて取り出されるか、所定の照射線量が照射されるまで擾乱高周波を印加し、ビームを取り出し続ける。
【0080】
この間、高周波加速空胴21に付随のサーボモータ214は回転を続け、共振周波数は変動を続ける。入射の周波数と共振周波数とが一致したら、イオン源から再度ビームを出力し、上記同様にビームを加速しつつ、ビームの取り出しも並行して進める。加速終了のごくわずかな時間(加速高周波振幅が減衰中)のみは、擾乱用高周波をオフして照射ビームのエネルギ変動を抑制する。高周波加速空胴21が作る加速用高周波は、加速プロセス中においてビームの周回周波数と一致しないため、ビームに対する影響はほとんど生じない。よって、ビームは一定のエネルギで周回しながら、印加されている擾乱高周波によって順次取り出されていく。
【0081】
擾乱高周波の強度によってではあるが、
図11(6)に示すように、1回目の加速が終了して以降、加速高周波の振幅が減衰中の期間を除き、常に周回電荷量が追加されているため、いつでもビームのオン/オフの制御が可能である。以上が
図12に示す照射プロセスである。
【0082】
照射プロセスは、取り出し高周波の印加を開始させるステップS15と、取り出し高周波の印加を停止させるステップS16と、照射プロセスが完了したか判定するステップS17と、周回電荷量を測定するステップS18と、次サイクルまでに照射できる電荷量と基準値とを比較するステップS19を含む。ステップS17において、照射プロセスが完了したと判定されると、
図12に示す照射制御処理は終了する。照射プロセスが完了していない場合(S17:NO)、ステップS18へ進む。ステップS19において、次サイクルまでに照射できる電荷量が基準値よりも大きいと判定されると(電荷量>基準値)、ステップS15へ戻る。次サイクルまでに照射できる電荷量が基準値以下であると判定されると(電荷量≦基準値)、ステップS11へ戻る。
【0083】
図11に戻る。ある一つのエネルギでの照射が終了すると、次の運転周期に到達するまでの間に、次の運転周期で取り出すべきイオンビームのエネルギに対応したパターンでの運転が開始される。上記のプロセスを繰り返すことで、任意のエネルギを任意の線量で照射可能な加速器1が実現する。
【0084】
図11に示した2回目の運転周期(後続するビームの運転周期)は、1回目の運転周期(先行するビームの運転周期)とは異なるエネルギを照射する場合のタイミングチャートを示す。
【0085】
ここでは、後続ビームの照射エネルギは、先行ビームの照射エネルギと比較して、より大きい場合を説明する。
図11(4)に示すように、後続ビームの運転が先行ビームの運転と異なるのは、加速高周波の振幅の値とその印加期間である。より大きなエネルギまで加速するには、高周波の印加時間をより長くすることで実現される。前述のとおり、加速後の周回ビームの運動量分散を小さく抑制するために、エネルギ毎に電圧振幅計算装置45によって計算される振幅値が定められている。これにより高周波バケツを不要に大きくすることを避け、周回ビームの運動量分散を抑制できる。さらに、ビームの取り出し効率の増加とビーム照射時間の短縮とを実現できる。
【0086】
上記の説明では、常に、イオンが入射可能なタイミングでイオンの入射を行うことを想定している。照射すべき電荷量と現に周回しているビーム量とを比較して、周回電荷量が十分に大きい場合は、新たなイオンの入射(イオン源12からのイオン出力)をしないことも考えられる。その場合は、加速器1にビーム量の監視手段として、電極型周回ビーム量モニタBM(
図2参照)が設置される。ビーム量モニタBMは、ビーム軌道上の任意の場所に設置される電極であり、電極に励起される電圧および電荷量に比例する信号を取り出すことが可能である。あらかじめ定められた電荷量と比較して大きな電荷量が周回している場合は、イオンの入射をスキップさせる。
【0087】
ビーム量の監視手段は他の方式でもよい。直接ビーム量を計測する必要はない。ビームの取り出し量と擾乱用高周波振幅との比は、周回ビーム量に関連する量であるため、その比からビーム量を推測するなどの方法でもよい。
【0088】
例えば、加速空胴のピックアップ信号取得用のループアンテナ、または、入力カプラからの反射波モニタなどによって、ビーム周回量を計測することも可能である。その場合、ビームの周回周波数とビームのバンチ構造とを考慮してあらかじめ校正されており、ビームのエネルギと加速停止からの経過時間とに基づいた校正テーブルが用意される。
【0089】
図13に、ビーム量を計測する処理のフローチャートを示す。ビーム量計測処理は、例えば、加速電極のピックアップ信号を取得するステップS20、取得した信号の周波数を解析するステップS21、ビーム周波数に対応する信号強度を取得するステップS22、および、周波数特性と加速停止からの経過時間とでビーム量に換算するステップS23を含む。
【0090】
すなわち、ビーム量計測処理では、計測開始の後(S20)、モニタ信号の特定周波数成分の信号を取り出し(S21,S22)、校正テーブルから周回ビーム量に換算する(S23)。これにより、周回電荷量に基づいて、新たなイオンの入射をスキップさせるか否かを判定することができる。
【0091】
高周波加速空胴21は、上述の構成に限定されない。例えば、高周波空胴の変調機構として、回転式可変容量キャパシタ212による静電容量の変化に代えて、透磁率の変化を利用することもできる。空胴内部にフェライト磁性体を設置し、フェライト磁性体の性質である外部磁場による透磁率変化を利用することができる。
【0092】
その場合の高周波加速空胴21の構造を
図14に示す。
図14は、加速空胴の一端が同軸構造となった共振空胴であり、同軸構造部に内胴体と外導体で囲まれた間隙中にフェライト磁性体231が設置されている。フェライト磁性体231にはバイアス電流コイル232が巻かれており、外部の電源に接続されている。バイアス電流コイル232に印加する電流は、高周波周波数から決まる。フェライト磁性体231の透磁率がバイアス電流の値によって決まることから、あらかじめ共振周波数とバイアス電流の関係をテーブル化することが可能である。そこで、この類型の加速空胴を用いる場合、可変容量キャパシタを用いる変調と異なり、バイアス電流の制御によって高周波の周波数を制御する。
【0093】
このように構成される本実施例によれば、イオン入射プロセス、イオン加速プロセス、イオンビームの取出しプロセス、減速プロセスという時間的に直列なプロセスを並列的に実行することができる。本実施例の加速器1は、入射プロセスおよび加速プロセスを繰り返して実行し、照射エネルギに対応するビームが常に加速器内に補充されている状態を維持する。したがって、本実施例の加速器1は、ビームを照射できない時間を短くし、ビーム取り出しの効率を高めることができる。
実施例2を説明する。本実施例を含む以下の実施例では、実施例1との相違を中心に述べる。実施例2は、図示を省略するが、当業者であれば理解でき、実施可能である。
実施例1では、加速核種を水素イオンとしたが、実施例2では、加速核種を炭素イオンとする。実施例2の加速器は、炭素イオンを、核子当り運動エネルギ140MeV~430MeVの範囲での取り出しが可能な周波数変調型の可変エネルギ加速器である。
実施例2の加速器が実施例1の加速器1と異なるのは、軌道半径の大きさと磁場とエネルギの関係、周回周波数とエネルギの関係である。それらは、実施例1に示した加速器1から、ビームの磁気剛性率の比に軌道半径と磁場の積を比例させることで決定することができる。
よって、実施例2の加速器においても、実施例1の加速器1と同様の構成および手法によって、実施例1と同様の作用効果を奏する。すなわち、実施例2の加速器は、周回ビームの運動量分散を抑制することができ、従来技術の運転方法に比べて、取り出し効率を向上でき、粒子線治療に用いた場合の照射時間を短縮できる。