(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023122970
(43)【公開日】2023-09-05
(54)【発明の名称】中性子導管および中性子実験装置
(51)【国際特許分類】
G21K 1/00 20060101AFI20230829BHJP
G21K 1/093 20060101ALN20230829BHJP
G21K 1/06 20060101ALN20230829BHJP
G21K 1/10 20060101ALN20230829BHJP
【FI】
G21K1/00 N
G21K1/093 D
G21K1/06 B
G21K1/10 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022026757
(22)【出願日】2022-02-24
(71)【出願人】
【識別番号】504139662
【氏名又は名称】国立大学法人東海国立大学機構
(74)【代理人】
【識別番号】100105924
【弁理士】
【氏名又は名称】森下 賢樹
(72)【発明者】
【氏名】清水 裕彦
(72)【発明者】
【氏名】北口 雅暁
(57)【要約】
【課題】装置の組み上げにおいて高い設置精度を必要とせず、低コストで高効率に中性子ビームを輸送することのできる技術を提供する。
【解決手段】中性子ビームを輸送するための中空状の中性子導管1は、内壁10の少なくとも一部が、長手方向に沿ってN極とS極とが交互に配置された複数の磁石12を含む。
【選択図】
図6
【特許請求の範囲】
【請求項1】
内壁と中空部とを備えた、中性子ビームを輸送するための中空状の中性子導管であって、
前記内壁の少なくとも一部が、長手方向に沿ってN極とS極とが交互に配置された複数の磁石を含むことを特徴とする中性子導管。
【請求項2】
前記内壁よりも半径方向の内側に中性子吸収膜を備えることを特徴とする請求項1に記載の中性子導管。
【請求項3】
前記磁石が存在する部分において、長手方向と直交する断面内で前記磁石が前記内壁の周方向に沿って閉じていることを特徴とする請求項1または2に記載の中性子導管。
【請求項4】
前記磁石が存在する部分において、前記磁石は、長手方向と直交する断面内で前記内壁の周方向に沿って正多角形をなすことを特徴とする請求項3に記載の中性子導管。
【請求項5】
前記磁石が存在する部分において、前記磁石は、長手方向と直交する断面内で前記内壁の周方向に沿って円形をなすことを特徴とする請求項3に記載の中性子導管。
【請求項6】
前記中空部の内部に前記長手方向に沿った追加磁場を形成するためのソレノイドコイルを備えることを特徴とする請求項1から5のいずれかに記載の中性子導管。
【請求項7】
中性子ビームを生成する中性子源と、前記中性子ビームを計測する計測装置と、一端で前記中性子源に接続され他端で前記計測装置に接続された請求項1から6のいずれかに記載の中性子導管と、を備えることを特徴とする中性子実験装置。
【請求項8】
前記中性子源は原子炉を含んで構成されることを特徴とする請求項7に記載の中性子実験装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、中性子導管および中性子実験装置に関する。
【背景技術】
【0002】
中性子ビームを輸送するためのデバイスとして、鏡面反射を用いた中性子導管が知られている(例えば、非特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】「中性子輸送」、田村格良、日本中性子科学会「波紋」Vol.28、No.4、2018
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
例えば非特許文献1に記載された技術では、平面反射ミラーを管状に組上げ、それを繋げて設置することにより中性子導管を形成している。このとき全反射を利用するため、ミラーのアラインメント誤差が積み重なって輸送効率が減少する。このため、組み上げ精度および設置の際の中性子導管同士のアラインメントおよび軸ズレの抑制が必要となる。さらに、反射時の中性子波動の位相の乱れに起因する非鏡面反射を抑制するため、導管内面の精密加工や研磨が必要である。このように従来の技術では、高効率の中性子ビーム輸送が難しく、かつ装置全体が高価となることが問題となっていた。
【0005】
本開示はこうした状況に鑑みてなされたものであり、その目的は、装置の組み上げにおいて高い設置精度を必要とせず、低コストで高効率に中性子ビームを輸送することのできる技術を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するために、本開示のある態様の中性子導管は、内壁と中空部とを備えた、中性子ビームを輸送するための中空状の中性子導管であって、内壁の少なくとも一部が、長手方向に沿ってN極とS極とが交互に配置された複数の磁石を含む。
【0007】
この態様によると、装置の組み上げにおいて高い設置精度を必要とせず、低コストで高効率に中性子ビームを輸送することのできる中性子導管を実現できる。
【0008】
本開示の別の態様は、中性子実験装置である。この装置は、中性子ビームを生成する中性子源と、中性子ビームを計測する計測装置と、一端で中性子源に接続され他端で計測装置に接続された上記の中性子導管と、を備える。
【0009】
この態様によると、装置の組み上げにおいて高い設置精度を必要とせず、低コストで高効率に中性子ビームを輸送することのできる中性子実験装置を実現できる。
【0010】
なお、以上の構成要素の任意の組合せ、本開示の表現を方法、装置、システム、記録媒体、コンピュータプログラムなどの間で変換したものもまた、本開示の態様として有効である。
【発明の効果】
【0011】
本開示によれば、装置の組み上げにおいて高い設置精度を必要とせず、低コストで高効率に中性子ビームを輸送することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】研究用の中性子実験装置を上から見た模式図である。
【
図3】複数の磁石をN極とS極とが交互になるように基材の上に配置したときの、磁場中の中性子を示す模式図である。
【
図4】N極とS極とが交互になるように磁石を配置したときの磁力線の様子を示す模式図である。
【
図5】
図4の磁石配置における磁場分布を示すグラフである。
【
図6】第1の実施の形態に係る中性子導管を示す模式的図である。
【
図7】第3の実施の形態に係る中性子導管の長手方向と直交する断面を示す模式図である。
【
図8】第4の実施の形態に係る中性子導管の長手方向と直交する断面を示す模式図である。
【
図9】第5の実施の形態に係る中性子導管の長手方向と直交する断面を示す模式図である。
【
図10】第6の実施の形態に係る中性子導管の磁石の配置を示す模式的図である。
【
図11】
図10のように磁石を配置したときの磁力線の様子を示す模式図である。
【
図12】
図10のように磁石を配置したときのときの磁場分布を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
具体的な実施の形態を説明する前に、先ず基礎となる知見を述べる。中性子は電荷を持たないため、高い物質透過力を持つ。このような中性子による中性子ビームは、バルク材料や工業生産物全体の情報を引き出すことのできる量子ビームである。また中性子は、原子と同じオーダーの質量を持つため、試料内の動的情報に感度が高い。さらに中性子は、磁気双極子モーメントを持つため、試料内の磁気情報を引き出すこともできる。こうした特性を利用することにより、低速中性子ビームは、基礎物理、物質研究から産業利用までの広範な利用が拡大している。こうしたことから、中性子利用機会の拡充が望まれている。
【0014】
国内では、J-PARCやJRR3などの大型中性子施設に加えて、中小規模の中性子源の増加やもんじゅサイトにおける新規研究炉建設計画など、拡大する中性子需要に応じた動きが活発化している。特に、限られた中性子発生量でも十分な利用特性を達成できる基盤技術の飛躍的高度化は、現状を根本的に改善するものである。注目すべき基盤技術は、中性子減速体系、中性子ビーム輸送、中性子検出、データ解析方法など多岐にわたるが、以下の説明では、最も効果が大きいと考えられる低速中性子ビーム輸送に焦点を当てる。
【0015】
低速中性子は核反応で生じたMeV領域の中性子を、減速体で熱中性子及び冷中性子領域(10-3e~10-2eV)にまで減速することによって得られる。位相空間密度が低いことから、低速中性子源は広がった光源になる。従って、高効率ビーム輸送光学が不可欠となる。
【0016】
図1を用いて、研究用の中性子実験装置における中性子ビーム輸送を説明する。
図1は、原子炉40を含む中性子源30と、中性子導管1と、計測装置50と、からなる中性子実験装置100の模式的な上面図である。中性子は、原子炉の炉心に位置する中性子源で、原子核反応によって生成される。生成された中性子は、減速材の中で散乱を繰り返して低エネルギー中性子となる。この低エネルギー中性子は、ビームとして遮蔽体外に導かれ、中性子ビームとして利用される。中性子ビームは、中性子導管を用いて数10メートルの距離を輸送され、計測装置に到達する。計測装置では、この中性子ビームを利用した様々な実験、計測がされる。
【0017】
このとき、従来使われている中性子導管は、中空管の内壁で中性子ビームを全反射させて輸送するデバイスである。一般に中性子は、物質中では原子核ポテンシャルを原子体積で平均した仕事関数を感じる。これはフェルミポテンシャルと呼ばれ、その値は概ね0.25μeV程度である。物質表面において、法線方向の中性子エネルギーがフェルミポテンシャル未満になると、中性子は全反射と呼ばれる鏡面反射を受ける。全反射を受ける中性子の法線方向速度は7m/s程度である。計測に用いられる中性子の速度は500m/s~1000m/sなので、全反射の最大の入射見込み角(反射臨界角は)φc~0mrad程度といった小さな角度となる。
【0018】
図1に示される例では、直線的な中性子導管を複数連結させ、これを遮蔽体領域で10mrad程度曲げている。これにより中性子ビームを、全体で約40m輸送している。典型的な導管の口径は2cm程度である。この場合、10mradのビーム発散で輸送されると、中性子ビームは水平方向に平均20回程度反射する。従って、1回の反射率をRとすると、全体の輸送効率はR
20となる。すなわち、R
20≧50%を達成しようとすると、R≧97%が必要となる。
【0019】
中性子導管は、実際には平面反射ミラーを管状に組上げ、それを繋げることにより設置される。このとき全反射を利用するため、ミラーのアラインメント誤差が積み重なって輸送効率は低下する。このため、組上精度および設置の際の中性子導管同士のアラインメント及び軸ズレの抑制が必要となる。さらに反射時の中性子波動の位相の乱れに起因する非鏡面反射を抑制するため、導管内面の精密加工や研磨が必要となる。その結果、従来の中性子導管では、高効率の中性子ビーム輸送が難しく、かつ装置全体が高価となることが問題となっていた。例えば、上記のような典型的な平面反射ミラーをベースとした中性子導管を製造し、十分なアラインメントを取るためには、1mあたり数百万円といったコストが必要とされている。
【0020】
こうした課題に対し、本発明者らは鋭意検討を重ねた結果、中性子導管内に勾配磁場を形成することにより、装置の組み上げにおいて高い設置精度を必要とせず、低コストで高効率に中性子ビームを輸送することが可能となることを見出した。以下、その原理について説明する。
【0021】
中性子は、スピン1/2を持つ。中性子は電荷を持たないが、中性子の内部構造に起因する異常磁気双極子能率を持っている。中性子の磁気双極子能率の向きは、スピンと反平行である。
【0022】
磁場Bの中を運動する中性子の運動方程式は、以下で表される。
【数1】
【数2】
ただし、
【数3】
【数4】
【数5】
である。ここで、m
nは中性子の質量、μ
nは中性子の双極子磁気能率、σ
nは中性子スピンに平行な単位ベクトル、γ
nは磁気回転比である。式(4)から、中性子スピンは磁場の方向を軸として、Larmor歳差運動をすることが分かる。Larmor歳差の角振動数をω
Lとおくと、
【数6】
である。ただしsは中性子軌道に沿った座標で
【数7】
である。z軸方向に速度vで進む中性子ビームを考える場合、
【数8】
と見積もってもよいことが多い。ここで
【数9】
とおく。Γが1に比べて十分大きい場合は、磁場の方向があまり変化しないうちに十分な回数歳差運動が起こり、中性子スピンは磁場の回転に追随する。逆にΓが1に比べて小さい場合には、歳差運動がほとんど起こらないうちに磁場が回転してしまい、中性子スピンは磁場の回転に追随できない。中性子スピンが磁場の回転に追随する場合、中性子スピンは「断熱的」に輸送されるという。Γは、その値が大きければ大きいほど、より断熱的であることを表す指標と考えられるので、「断熱パラメータ」と呼ばれる。
【0023】
一定の大きさの磁場が一定角速度で回転しているときに、中性子の偏極度p
n,0が無限の未来で偏極度p
n,∞になったとする。
図2は、このときのε
∞=p
n,∞/p
n,0をΓの関数として求めたものである。ここから、Γの値と中性子偏極度が磁場に追随する割合との間の大まかな関係が把握できる。中性子は実際には非一様磁場の中を運動するので、中性子軌跡に沿って磁場の回転角速度ω
BおよびLarmor歳差角速度ω
Lが、ともに変化する。よってΓの値が小さい領域を通過しても、その領域を通過する時間が十分短ければ、中性子偏極度が磁場に追随しているとみなせる場合もある。
【0024】
Γの値が中性子軌道に沿って十分大きい場合は、中性子スピンが磁場に対して常に平行または反平行に固定されているものとみなして軌道計算することができる。その場合、運動方程式(1)、(2)は、
【数10】
と書ける。複号は、-が中性子スピンが磁場に平行な場合、+が中性子スピンが磁場に反平行な場合に対応する。非偏極中性子が入射する場合、実用的には、磁場に侵入した時点で中性子スピンの磁気量子数が量子化されて、半数が平行、残りの半数が反平行になったものとみなして、これら2つの成分の軌道を求めることができる。
【0025】
中性子スピンσnと磁場Bとの相互作用ポテンシャルUは、U=|μn|σn・Bである。ただし核磁子をμNとすると、μn~-1.91μNである。非一様磁場Bの中を中性子が運動するとき、中性子から見た磁場は変化する。この磁場変化が極端に大きくない限り、スピンは磁場方向の変化に追随する。このとき局所磁場に対するスピンの向きは保存され、磁場の大きさの勾配に比例した力を受ける。その結果、スピンと磁場とが平行な中性子(正極性中性子)は反発され、反平行な中性子(負極性中性子)は引き寄せられる。
【0026】
ここで、
図3に示されるように、複数の磁石をN極とS極とが交互になるように基材の上に配置し、これらの磁石に対して基材と反対側に中性子吸収膜を配置する構成を考える。この構成に対して、非偏極中性子ビームが入射したとする。すると最初に、実質的にすべての負極性中性子は、磁石に引き寄せられ、磁石の手前の中性子吸収膜に吸収される。逆に、実質的にすべての正極性中性子は、磁石で反射される。その後、スピン輸送が断熱的である限り、正極性中性子ビームは「反射率」100%で反射される。本発明者らは、この現象を利用することにより、正極性中性子ビームを無損失で輸送できることに気が付いた。
【0027】
図4に、高さ1cmの磁石をN極とS極とが交互になるように配置したときの磁力線の様子を示す。
図5に、
図4の磁石配置における半周期1.5cmでの磁石表面から1mmのpath上の磁場分布を示す。
【0028】
[第1の実施の形態]
図6に、第1の実施の形態に係る中性子導管1を模式的に示す。中空状の中性子導管1は、内壁10と、中性子ビームが通過する中空部20と、を備える。内壁10の少なくとも一部は、中性子導管1の長手方向に沿ってN極とS極とが交互に配置された複数の磁石12と、含む。
【0029】
非偏極中性子ビームを、中性子導管1の一端から他端に向けて、中空部20の内部に入射する。すると前述のように、最初に当該非偏極中性子ビーム内の実質的にすべての負極性中性子は、磁石12に引き寄せられる。逆に、実質的にすべての正極性中性子は、磁石12で反射される。このようにして正極性中性子ビームは、磁石12による反射を繰り返しながら、中性子導管1の他端まで、実質的に無損失に輸送される。これは、いわば磁気的輸送光学系による中性子ビーム輸送ということができる。
【0030】
磁石12は、例えばネオジム磁石であってもよい。ネオジム磁石の表面残留磁束密度は1T程度であり、そのポテンシャルは正極性及び負極性中性子に対して±60neV程度である。これは、例えばニッケルの持つ仕事関数の1/4程度にしかならないので、一見、利用できないようにも思われる。しかし、反射率は100%で、反射回数には制限がないので、多数回反射で輸送すればポテンシャルの低さを相殺することができる。他数回反射を利用する際のデメリットは、口径を狭くする必要があることにある。しかし実際には、従来の中性子導管の口径およびビーム発散の全てが利用されているとは限らない。中性子小角散乱や中性子反射率計などの場合、中性子導管で輸送された中性子ビームは、コリメータ系で切り出して計測装置に入力される。その結果、計測装置側のアクセプタンスは、本実施の形態による磁気的輸送光学系のエミッタンスで十分である場合が多い。
【0031】
磁石12については、隣接する磁石同士の間隔に特段の制限はないが、間隔が短いほど中性子の輸送効率がよいことが分かっている。好ましい実施の形態では、隣接する磁石同士は密着している。
【0032】
本実施の形態における、磁気勾配を利用した「反射」現象は、徐々に変化するポテンシャルによる中性子ビームの偏向である。これは、系が平均的にアラインされていれば、局所的なポテンシャルの乱れによる軌道の乱れが蓄積されることがないという際立った特徴を持つ。また複数の導管同士で相互に軸ズレがあったとしても、その境界付近での磁場は連続的につながる。従って、従来の中性子導管に比べ、設置精度を大きく下げることができる。このように本実施の形態によれば、装置の組み上げにおいて高い設置精度を必要とせず、低コストで高効率に中性子ビームを輸送することができる。
【0033】
[第2の実施の形態]
ある実施の形態では、中性子導管1は、内壁10よりも半径方向の内側に、中性子吸収膜を備えてもよい。この実施の形態によれば、最初に磁石12に引き寄せられた負極性中性子を中性子吸収膜を用いて吸収することができる。
【0034】
[第3の実施の形態]
ある実施の形態では、磁石12が存在する部分において、中性子導管1の長手方向と直交する断面内で、磁石12は内壁10の周方向に沿って閉じていてもよい。すなわち磁石12が存在する断面で見たときに、当該磁石12は内壁10を完全に取り囲んでいる。
図7に、この実施の形態に係る中性子導管1の長手方向と直交する断面を示す。この断面では、磁石12は、中性子導管1の半径方向の内側にN極が、外側にS極が配置されている。この断面で見たとき、磁石12は中性子導管1の内壁10を完全に取り囲んでいる。断面の形は任意である。
【0035】
この実施の形態によれば、磁石12は内壁10を完全に取り囲んでいるので、より高効率に中性子ビームを輸送することができる。
【0036】
[第4の実施の形態]
ある実施の形態では、磁石12が存在する部分において、中性子導管1の長手方向と直交する断面内で、磁石12は内壁10の周方向に沿って正多角形をなしていてもよい。
図8に、この実施の形態に係る中性子導管1の長手方向と直交する断面を示す。この断面では、磁石12は、中性子導管1の半径方向の内側にN極が、外側にS極が配置されている。この断面で見たとき、磁石12は中性子導管1の内壁10を完全に取り囲んでいる。断面の形は正方形である。しかし断面の形は正方形に限定されず、正三角形、正五角形、正六角形といったように、任意の正多角形であってもよい。
【0037】
この実施の形態によれば、磁石12が中性子導管1の長手方向と直交する断面内で回転対称性を持つので、より高効率に中性子ビームを輸送することができる。
【0038】
[第5の実施の形態]
ある実施の形態では、磁石12が存在する部分において、中性子導管1の長手方向と直交する断面内で、磁石12は内壁10の周方向に沿って円形をなしていてもよい。
図9に、この実施の形態に係る中性子導管1の長手方向と直交する断面を示す。この断面では、磁石12は、中性子導管1の半径方向の内側にN極が、外側にS極が配置されている。この断面で見たとき、磁石12は中性子導管1の内壁10を完全に取り囲んでいる。断面の形は円形である。
【0039】
この実施の形態によれば、磁石12が中性子導管1の長手方向と直交する断面内で完全に等方的となっているので、さらに高効率に中性子ビームを輸送することができる。
【0040】
[第6の実施の形態]
ある実施の形態では、内壁10を構成する磁石12の各々は長手方向に沿ってN極とS極とが配置された直方体である。これらの磁石12の各々は、当該磁石12の長手方向の軸回りに90度ずつ回転させながら互いに隣接して設置されることにより、内壁10を構成している。
図10に、この実施の形態に係る中性子導管1の磁石12の配置を模式的に示す。この場合、磁石12は、中性子導管1の長手方向に沿ってN極とS極とが交互に配置されるが、1/4回転×4回の周期で元の配置に戻る。
【0041】
図11に、
図10のように磁石12を配置したときの磁力線の様子を示す。
図12に、このときの磁場分布を示す。
【0042】
この実施の形態によれば、特に磁石12が例えばネオジム磁石のような比透磁率が1に近い磁石で構成される場合、より高効率に中性子ビームを輸送することができる。
【0043】
[第7の実施の形態]
ある実施の形態では、中性子導管1は、中空部20の内部に長手方向に沿った追加磁場を形成するためのソレノイドコイルを備えてもよい。中性子ビームは、磁場がまったく存在しない領域を通過すると、スピンが逆転することがある。また、中性子導管1の内部には、磁石12に起因する磁場が存在しない領域にも、地磁気等に起因する不規則な磁場が存在する。このような場合、中性子ビームのスピンは不安定となる。これに対して、中空部20の内部に長手方向に沿った追加磁場を与えることにより、中性子ビームのスピンを安定に保つことができる。
【0044】
この実施の形態によれば、中性子導管1内で輸送される中性子ビームのスピンを安定に保つことで中性子の損失を防ぐことができるので、より高効率に中性子ビームを輸送することができる。
【0045】
[第8の実施の形態]
図1に、第8の実施の形態に係る中性子実験装置を模式的に示す。この中性子実験装置は、中性子ビームを生成する中性子源30と、中性子ビームを計測する計測装置50と、一端で中性子源30に接続され他端で計測装置に接続された上記のいずれかに記載の中性子導管と、を備える。
図1には中性子源が原子炉を含んで構成される例を示すが、これに限定されず、中性子源は例えば加速器等を含んで構成されてもよい。計測装置は、試料と反応後の中性子ビームの様々な物理的特性(例えば、中性子の波長や、散乱された角度による中性子の散乱強度など)を計測する。これにより、試料内の原子や分子の運動や、試料の結晶構造に関する情報を得ることができる。こうした計測装置は、学術研究等の狭義の中性子実験に用いられるものに限定されず、弾性散乱、非弾性散乱、中性子ラジオグラフィー、即発ガンマ線分析、中性子捕獲医療といったような、応用上または産業上様々な用途で用いられるものを広くカバーする。
【0046】
この実施の形態によれば、装置の組み上げにおいて高い設置精度を必要とせず、低コストで高効率に中性子ビームを輸送することのできる中性子実験装置を実現できる。
【0047】
[本開示の各態様]
本開示のある態様の中性子導管は、内壁と中空部とを備えた、中性子ビームを輸送するための中空状の中性子導管中性子導管であって、内壁の少なくとも一部が、長手方向に沿ってN極とS極とが交互に配置された複数の磁石を含む。
【0048】
この態様によれば、装置の組み上げにおいて高い設置精度を必要とせず、低コストで高効率に中性子ビームを輸送することのできる中性子導管を実現できる。
【0049】
ある態様では、中性子導管は、内壁よりも半径方向の内側に中性子吸収膜を備える。
【0050】
この態様によれば、最初に磁石に引き寄せられた負極性中性子を中性子吸収膜を用いて吸収することができる。
【0051】
ある態様では、中性子導管は、磁石が存在する部分において、長手方向と直交する断面内で磁石が内壁の周方向に沿って閉じている。
【0052】
この態様によれば、磁石が内壁を完全に取り囲んでいるので、より高効率に中性子ビームを輸送することができる。
【0053】
ある態様では、磁石が存在する部分において、中性子導管の長手方向と直交する断面内で、当該磁石は内壁の周方向に沿って正多角形をなす。
【0054】
この態様によれば、磁石が中性子導管長手方向と直交する断面内で回転対称性を持つので、より高効率に中性子ビームを輸送することができる。
【0055】
ある態様では、磁石が存在する部分において、中性子導管の長手方向と直交する断面内で、当該磁石は内壁の周方向に沿って円形をなす。
【0056】
この態様によれば、磁石が中性子導管の長手方向と直交する断面内で完全に等方的となっているので、さらに高効率に中性子ビームを輸送することができる。
【0057】
ある態様では、中性子導管は、中空部の内部に長手方向に沿った追加磁場を形成するためのソレノイドコイルを備える。
【0058】
この態様によれば、中性子導管内で輸送される中性子のスピンを安定に保つことにより中性子の損失を防ぐことができるので、高効率に中性子ビームを輸送することができる。
【0059】
本開示のある態様の中性子実験装置は、中性子ビームを生成する中性子源と、中性子ビームを計測する計測装置と、一端で中性子源に接続され他端で計測装置に接続された上記のいずれかに記載の中性子導管と、を備える。この場合、中性子導管および計測装置は、中性子源に対して複数設けられていてもよい。
【0060】
この態様によれば、装置の組み上げにおいて高い設置精度を必要とせず、低コストで高効率に中性子ビームを輸送することのできる中性子実験装置を実現できる。
【0061】
ある態様では、中性子源は原子炉を含んで構成される。
【0062】
この態様によれば、原子炉を利用して中性子を生成する中性子実験装置を実現できる。
【0063】
以上、本開示を実施例を基に説明した。この実施例は例示であり、それらの各構成要素や各処理プロセスの組合わせに、色々な変形例が可能なこと、またそうした変形例も本開示の範囲にあることは当業者に理解されるところである。
【0064】
例えば第7の実施の形態において、追加磁場を形成するためのソレノイドコイルは、中性子導管1の中空部20の内部に配置されてもよいし、中性子導管1の外部に配置されてもよい。こうした変形により、構成の自由度を上げることができる。
【0065】
以上、実施の形態及び変形例を説明した。実施の形態及び変形例を抽象化した技術的思想を理解するにあたり、その技術的思想は実施の形態及び変形例の内容に限定的に解釈されるべきではない。前述した実施の形態及び変形例は、いずれも具体例を示したものにすぎず、構成要素の変更、追加、削除等の多くの設計変更が可能である。実施の形態では、このような設計変更が可能な内容に関して、「実施の形態」との表記を付して強調している。しかしながら、そのような表記のない内容でも設計変更が許容される。
【符号の説明】
【0066】
1・・中性子導管、10・・内壁、12・・磁石、20・・中空部、30・・中性子源、40・・原子炉、50・・計測装置、100・・中性子実験装置。