(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023123213
(43)【公開日】2023-09-05
(54)【発明の名称】表面被覆切削工具
(51)【国際特許分類】
B23B 27/14 20060101AFI20230829BHJP
C23C 16/36 20060101ALI20230829BHJP
【FI】
B23B27/14 A
C23C16/36
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022027153
(22)【出願日】2022-02-24
(71)【出願人】
【識別番号】000006264
【氏名又は名称】三菱マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100208568
【弁理士】
【氏名又は名称】木村 孔一
(74)【代理人】
【識別番号】100204526
【弁理士】
【氏名又は名称】山田 靖
(74)【代理人】
【識別番号】100139240
【弁理士】
【氏名又は名称】影山 秀一
(72)【発明者】
【氏名】中村 大樹
(72)【発明者】
【氏名】浅利 翔太
【テーマコード(参考)】
3C046
4K030
【Fターム(参考)】
3C046FF09
3C046FF10
3C046FF13
4K030AA03
4K030AA09
4K030AA13
4K030AA17
4K030AA18
4K030BA02
4K030BA18
4K030BA41
4K030BB02
4K030BB03
4K030CA03
4K030CA11
4K030EA03
4K030FA10
4K030HA01
4K030JA09
4K030JA10
4K030JA11
4K030LA22
(57)【要約】 (修正有)
【課題】Ni基耐熱合金等の難削材の切削加工に供しても満足できる耐摩耗性等の切削性能を発揮する被覆工具の提供。
【解決手段】工具基体と該工具基体の表面の被覆層を有する表面被覆切削工具であって、
(a)被覆層はTiAlCN層を含み、
(b)TiAlCN層はNaCl型面心立方構造の結晶粒を80~100面積%含有し、
(c)TiAlCN層は(Ti1-xAlx)(CyN1-y)(x、yの平均含有量であるxavgyavgは、それぞれ、xavgが0.75~0.95、yavgが0.000~0.010)であり、
(d)TiAlCN層内のNaCl型面心立方構造を有する結晶粒の内、その粒内における前記xの平均含有量であるxGavgが(xavg-0.10)以下である結晶粒が5~15面積%である、表面被覆切削工具。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
工具基体と該工具基体の表面の被覆層を有する表面被覆切削工具であって、
(a)前記被覆層はTiAlCN層を含み、
(b)前記TiAlCN層はNaCl型面心立方構造の結晶粒を80~100面積%含有し、
(c)前記TiAlCN層は(Ti1-xAlx)(CyN1-y)(x、yの平均含有量であるxavgyavgは、それぞれ、xavgが0.75~0.95、yavgが0.000~0.010)であり、
(d)前記TiAlCN層内のNaCl型面心立方構造を有する結晶粒の内、その粒内における前記xの平均含有量であるxGavgが(xavg-0.10)以下である結晶粒が5~15面積%である、
ことを特徴とする表面被覆切削工具。
【請求項2】
前記xが0.00~0.30である領域αの個々の面積が100~50000nm2であることを特徴とする請求項1に記載された表面被覆切削工具。
【請求項3】
前記工具基体の表面に平行な方向に20μm、前記被覆層の厚さ方向に平均厚さ分の長さとする四角形領域を一辺が1μmの正方形に区分に分割したとき、前記xが0.00~0.30である領域αが存在する区分が全ての区分のうち15~100個数%を占めることを特徴とする請求項1または2に記載された表面被覆切削工具
【請求項4】
前記NaCl型の面心立方構造を有する結晶粒は、平均粒子幅Wが0.10~2.00μm、平均アスペクト比Aが2.0~5.0であることを特徴とする請求項1~3のいずれかに記載された表面被覆切削工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表面被覆切削工具(以下、被覆工具ということがある)に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年の切削加工装置の高性能化はめざましく、一方で切削加工に対する省力化および省エネ化、さらに低コスト化の要求は強く、これにより、例えば、Ni耐熱合金等の難削材の切削加工条件はより厳しいものとなってきている。
【0003】
一方、被覆工具として、AlとTiの複合窒化物(以下、TiAlNということがある)層やAlとTiの複合炭窒化物(以下、TiAlCNということがある)層を含む被覆層を、炭化タングステン(以下、WCで示す)基超硬合金等の工具基体の表面に、蒸着法により、被覆形成した被覆工具が知られている。
そして、この被覆工具の切削性能を改善するために、多くの提案がなされている。
【0004】
例えば、特許文献1には、工具基体上に接合層とTiAlN層を有し、両層の間にTiNおよびh-AlNの混合層とfcc-TiAlN層との割合が変化する勾配層を有する被覆工具が記載され、該被覆工具は耐摩耗性に優れるとされている。
【0005】
また、例えば、特許文献2には、被覆層が立方晶TiAlCNと六方晶AlNを含有し、該立方晶TiAlCNが、0.1μm以上の結晶子サイズを有するfcc-Ti1-xAlxCyNz(ここで、x>0.75、y=0~0.25、z=0.75~1)であり、粒界領域内に非晶質炭素を0.01~20質量%で含有している被覆工具が記載され、該被覆工具は耐酸化性に優れるとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特表2011-500964号公報
【特許文献2】特表2013-510946号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、前記事情や前記提案を鑑みてなされたものであって、Ni基耐熱合金等の難削材の切削加工に供しても満足できる耐摩耗性等の切削性能を発揮する被覆工具を得ることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の実施形態に係る表面被覆切削工具は、
工具基体と該工具基体の表面の被覆層を有し、
(a)前記被覆層はTiAlCN層を含み、
(b)前記TiAlCN層はNaCl型面心立方構造の結晶粒を80~100面積%含有し、
(c)前記TiAlCN層は(Ti1-xAlx)(CyN1-y)(x、yの平均含有量であるxavg、yavgは、それぞれ、xavgが0.75~0.95、yavgが0.000~0.010)であり、
(d)前記TiAlCN層内のNaCl型面心立方構造を有する結晶粒の内、その粒内における前記xの平均含有量であるxGavgが(xavg-0.10)以下である結晶粒が5~15面積%である。
【0009】
さらに、前記実施形態に係る表面被覆切削工具は、以下の(1)~(3)の1以上を満足してもよい。
【0010】
(1)前記xが0.00~0.30である領域αの個々の面積が100~50000nm2であること。
【0011】
(2)前記工具基体の表面に平行な方向に20μm、前記被覆層の厚さ方向に平均厚さ分の長さとする四角形領域を一辺が1μmの正方形に区分に分割したとき、前記xが0.00~0.30である領域αが存在する区分が全ての区分のうち15~100個数%を占めること。
【0012】
(3)前記NaCl型の面心立方構造を有する結晶粒は、平均粒子幅Wが0.10~2.00μm、平均アスペクト比Aが2.0~5.0であること。
【発明の効果】
【0013】
前記実施形態に係る表面被覆切削工具は、Ni基耐熱合金等の難削材の切削加工に供しても満足できる耐摩耗性等の切削性能を発揮する。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明者は、前述の目的を達成する被覆工具を得るべく鋭意検討を行った。その結果、TiAlCN層を構成するNaCl型面心立方構造の結晶粒の中に、その結晶粒の内部にAl含有量が低い領域を有すものが所定割合で存在するとき、同層の耐摩耗性が向上するという知見を得た。
【0015】
以下では、本発明の実施形態に係る表面被覆切削工具について説明する。
なお、本明細書および特許請求の範囲において、数値範囲を「A~B」(A、Bは共に数値)で表現するときは、その範囲は、「A以上、B以下」と同義であって、上限値(B)および下限値(A)を含んでおり、上限値(B)にのみに単位の記載があるとき、上限値(B)と下限値(A)の単位は同じである。
【0016】
1.被覆層
本実施形態に係る表面被覆切削工具は、被覆層としてTiAlCN層を有している。
【0017】
(1)平均厚さ
TiAlCN層の平均厚さは、1.0~23.0μmであることが好ましい。その理由は、平均厚さが1.0μm未満では、平均厚さが薄いため長期の使用にわたっての耐摩耗性を十分確保することができないことがあり、一方、その平均厚さが23.0μmを超えると、TiAlCN層の結晶粒が粗大化しやすくなり、チッピングを発生しやすくなることがあるためである。平均厚さは、5.0~15.0μmがより好ましい。
【0018】
ここで、TiAlCN層の平均厚さは、例えば、集束イオンビーム装置(FIB:Focused Ion Beam system)、クロスセクションポリッシャー装置(CP:Cross section Polisher)等を用いて、TiAlCN層を任意の位置の縦断面(インサートでは、工具基体の表面の微小な凹凸を無視し平らな面として扱ったとき、この面に対して垂直な面、ドリルのような軸物工具では、軸心に対して垂直な断面)で切断して観察用の試料を作製し、その縦断面を走査型電子顕微鏡(SEM:Scanning Electron Microscope)を用いて複数箇所(例えば、5箇所)で観察して、平均することにより得ることができる。
【0019】
(2)NaCl型面心立方構造の結晶粒
TiAlCN層において、後述するxGavgが(xavg-0.10)以下であるかどうかに関わりなく、NaCl型の面心立方構造を有する結晶粒の面積割合は、縦断面において80面積%以上であることが好ましい。その理由は、80面積%以上であれば、前述の目的達成ができるためである。上限は100面積%(すべての結晶粒がNaCl型の面心立方構造を有すること)であってもよい。この面積割合は、より好ましくは90面積%以上である。
【0020】
なお、NaCl型面心立方構造である結晶粒の面積割合は、後述する粒界の判定の結果を利用し、次のように定義される。
NaCl型面心立方構造である結晶粒の面積割合(面積%)=
(NaCl型面心立方構造である結晶粒の面積)/(NaCl型面心立方構造である結晶粒の面積+六方晶結晶構造である結晶粒の面積)×100
【0021】
(3)TiAlCN層の平均組成
TiAlCN層は、(Ti1-xAlx)(CyN1-y)であり、
TiとAlの合量に占めるAlの含有量(以下、「Al含有量」という)xの平均値xavgが、CとNとの合量に占めるCの含有量(以下、「C含有量」という)yの平均値yavgが、それぞれ、0.75≦xavg≦0.95、0.000≦yavg≦0.010(ただし、x、y、xavg、yavgはいずれも原子比)を満足することが好ましい。
【0022】
なお、(Ti1-xAlx)と(CyN1-y)との比は特に限定されるものではないが、(Ti1-xAlx)を1とする場合、(CyN1-y)の比は0.8~1.2とすることが好ましい。その理由は、(Ti1-xAlx)に対する(CyN1-y)の比が前記範囲内であれば、確実に前述の目的が達成できるためである。
また、TiAlCN層は微量のOやCl等の不可避的不純物(意図しないで含まれる不純物)を含んでいても前述の目的の達成を損なうことはない。
【0023】
前記のxavg、yavgの範囲が好ましい理由は、以下のとおりである。
Al含有量の平均xavgが0.75未満であると、TiAlCN層は硬さが劣るため、
Ni基耐熱合金等の難削材の切削に供したとき、耐摩耗性が十分でなく、一方、0.95を超えるとTiAlCN層における六方晶の結晶粒の面積割合が20%を超えてしまい、耐摩耗性が低下するためである。xavgは、より好ましくは、0.80≦xavg≦0.90である。
【0024】
C含有量については、前記範囲であれば、耐チッピング性を保ちつつ硬さを向上させることができるためである。yavgは、より好ましくは、0.006≦yavg≦0.010である。
【0025】
TiAlCN層のAl含有量の平均xavgは、オージェ電子分光法(AES:Auger Electron Spectroscopy)を用い、縦断面を研磨した試料(被覆工具)において、電子線を縦断面側から照射し、被覆層の厚さ方向(工具基体の表面に垂直な方向)全長にわたって少なくとも5本の線分析を行って得られたオージェ電子の解析結果を平均したものである。
【0026】
また、C含有量の平均yavgは、二次イオン質量分析(SIMS:Secondary Ion Mass Spectrometry)により求める。すなわち、表面を研磨した試料(被覆工具)において、TiAlCN層の表面側からイオンビームを例えば70μm×70μmの範囲に照射し、イオンビームによる面分析とスパッタイオンビームによるエッチングとを交互に繰り返すことにより深さ方向の組成測定を行う。まず、TiAlCN層について層の深さ方向へ例えば0.5μm以上侵入した箇所から0.1μm以下のピッチで少なくとも0.5μmの深さの測定を行ったデータの平均を求める。さらに、これを少なくとも試料表面の5箇所において繰返し算出した結果を平均してC含有量の平均yavgとして求める。
【0027】
(4)粒内のAl含有量が低いNaCl型面心立方構造の結晶粒の割合
TiAlCN層のNaCl型の面心立方構造を有する結晶粒であって、その粒内のAl含有量xGavgが(xavg-0.10)以下である結晶粒が全ての結晶粒の面積割合に占める割合が、5~15面積%であることが好ましい。この面積割合が好ましい理由は、5面積%未満であると、TiAlCN層に圧縮応力の付与が小さく、硬さ向上の効果が見込めないためであり、一方、15面積%を超えると、結晶粒の歪みが大きくなりすぎ、格子欠陥が多くなり、硬さが低下することがあるためである。
【0028】
ここで、結晶粒内とは後述する結晶粒界の特定方法によって粒界を特定し、その粒界から粒内に1nm以上入り込んだ領域をいう。xGavgの測定方法は、少なくとも10個のNaCl型の面心立方構造を有する結晶粒を含む観察視野を5視野定義し、この5視野に対しTEMを用いたネルギー分散型X線分光法(EDS:Energy Dispersive X-ray Spectrometry)(例えば、ビーム径1nm)を用いて、各視野内の個々の結晶粒に対し面分析を行い、それぞれの結晶粒内におけるxを測定し、それを平均する。
【0029】
(5)領域α
Al含有量xが0.00~0.30であるAl含有量xの低い領域(Tiの濃化領域)である領域αが存在し、領域αの1つ当たりの面積は100~50000nm2であることがより好ましい。その理由は、この面積が100nm2未満であると、切削加工時における粒界を通じた酸素のTiAlCN層内部への拡散が抑制できず、耐酸化性が低下することがあり、一方、50000nm2以上であると、結晶粒の歪みが大きくなり過ぎ、格子欠陥が多くなり、硬さが低下することがあるためである。
【0030】
また、前記工具基体の表面に平行な方向に20μm、工具基体の表面と垂直な方向に被覆層の平均厚さ分の長さの範囲の四角形の断面領域を一辺が1μmの正方形に区分に分割したとき、前記領域αが存在する区分(区分内全体にAlTiCN層が存在しないものは除外する)が全ての区分のうち15~100個数%を占めることがより好ましい。
その理由は、15個%未満であると、TiAlCN層に圧縮応力の付与が小さく、硬さ向上の効果が見込めず、切削加工時における粒界を通じた酸素のTiAlCN層内部への拡散が抑制できず、同層の耐酸化性が低下することがあるためである。
【0031】
ここで、工具基体の表面とは、前記縦断面の観察像における、工具基体と被覆層(後述の下部層があるときは下部層。以下同様)の界面粗さの基準線とする。すなわち、工具基体がインサートのような平面の表面を有するときは、前記縦断面においてTEMを用いたEDS(例えば、ビーム径1nm)により元素マッピングを実施し、得られた元素マップに対して公知の画像処理を行うことで被覆層と工具基体の界面を定め、こうして得られた被覆層と工具基体との界面の粗さ曲線について、平均直線を算術的に求め、これを工具基体の表面とする。そして、この平均直線に対して、垂直な方向を工具基体に垂直な方向(被覆層の厚さ方向)とする。
【0032】
また、工具基体がドリルのように曲面の表面を有する場合であっても、被覆層の厚さに対して工具径が十分に大きければ、測定領域における被覆層と工具基体との間の界面は略平面となることから、同様の手法により工具基体の表面を決定することができる。すなわち、例えばドリルであれば、軸方向に垂直な断面の被覆層の縦断面においてTEMを用いたEDS(例えば、ビーム径1nm)により元素マッピングを実施し、得られた元素マップに対して公知の画像処理を行うことで被覆層と工具基体の界面を定め、こうして得られた被覆層と工具基体との界面の粗さ曲線について、平均直線を算術的に求め、これを工具基体の表面とする。そして、この平均直線に対して、垂直な方向を工具基体に垂直な方向(被覆層の厚さ方向)とする。
【0033】
(6)平均粒子幅Wと平均アスペクト比A
TiAlCN層のNaCl型の面心立方構造を有する結晶粒の平均粒子幅Wと平均アスペクト比Aは、ぞれぞれ、0.10~2.00μm、2.0~5.0であることがより好ましい。
【0034】
その理由は次のとおりである。
平均粒子幅Wは、0.10μmよりも小さい微粒結晶になると、粒界の増加によりチッピングの発生起点が多くなり、TiAlCN層の耐チッピング性が低下することがあり、一方、2.00μmよりも大きくなると、粗大に成長した粒子の存在により、靱性が低下することがあるためである。
【0035】
また、平均アスペクト比Aは、2.0よりも小さい粒状結晶になると切削時に被覆層の表面に生じるせん断応力に対してその界面が破壊起点となりやすくなってしまいチッピングの原因となることがあり、一方、5.0を超えると、切削時に刃先に微小なチッピングが生じ、隣り合う柱状結晶組織に欠けが生じた場合に、被覆層表面に生じるせん断応力に対しての抗力が小さくなりやすく、柱状結晶組織が破断することで一気に損傷が進行し、大きなチッピングを生じることがあるためである。
【0036】
(7)その他の層
(7-1)選択的に設ける層
被覆層として、前記TiAlCN層を含む被覆層はNi基耐熱合金等の難削材の切削加工において、十分な耐チッピング性、耐摩耗性を有するが、前記被覆層とは別に、Tiの炭化物層、窒化物層、炭窒化物層、炭酸化物層および炭窒酸化物層のうちの1層または2層以上からなり、0.1~20.0μmの合計平均厚さを有するTi化合物(化学量論的な組成の化合物に限定されない)層を含む下部層を工具基体に隣接して設けた場合、および/または、少なくとも酸化アルミニウム(化学量論的な組成の化合物に限定されない)層を含む層が1.0~25.0μmの合計平均厚さで被覆層の上部層としてTiAlCN層の上に設けられた場合には、これらの層が奏する効果と相俟って、より一層優れた耐チッピング性、耐摩耗性を発揮することができる。
【0037】
ここで、下部層の合計平均厚さが0.1μm未満では、下部層の効果が十分に奏されず、一方、20.0μmを超えると下部層の結晶粒が粗大化しやすくなり、チッピングを発生しやすくなる。また、酸化アルミニウム層を含む上部層の合計平均厚さが1.0μm未満では、上部層の効果が十分に奏されず、一方、25.0μmを超えると上部層の結晶粒が粗大化しやすくなり、チッピングを発生しやすくなる。
【0038】
(7-2)意図せずに生じる層
成膜ガスの切り換え時に、意図せずに、TiAlCN層、下部層、上部層とは違う層がごくわずかであるが製造されることがある。
【0039】
2.工具基体
(1)材質
工具基体は、この種の工具基体として従来公知の基材であれば、前述の目的を達成することを阻害するものでない限り、いずれのものも使用可能である。一例を挙げるならば、超硬合金(WC基超硬合金、WCの他、Coを含み、さらに、Ti、Ta、Nb等の炭窒化物を添加したものも含むもの等)、サーメット(TiC、TiN、TiCN等を主成分とするもの等)、セラミックス(炭化チタン、炭化珪素、窒化珪素、窒化アルミニウム、酸化アルミニウムなど)、または、cBN焼結体のいずれかであることが好ましい。
【0040】
(2)形状
工具基体の形状は、切削工具として用いられる形状であれば特段の制約はなく、インサートの形状、ドリルの形状が例示できる。
【0041】
3.粒界の特定方法等の決定(測定)方法
次のようにして、TiAlCN層を構成する結晶粒の結晶粒界を求め、結晶粒を特定する。すなわち、透過型電子顕微鏡(TEM:Transmission Electron Microscope)に付属する結晶方位解析装置を用いて、工具基体表面に垂直な表面研磨された縦断面において、前記縦断面の法線方向に対して例えば0.5~1.0度に傾けた電子線をPrecession(歳差運動) 照射しながら、電子線を任意のビーム径および間隔でスキャンし、連続的に電子回折パターンを取り込み、個々の測定点の結晶方位を解析する。工具基体表面に平行な方向に幅50μm、縦は被覆層の平均厚さ分の観察視野に対して結晶粒界を判定する。
【0042】
なお、本測定に用いた電子回折パターンの取得条件は例えば加速電圧200kV、カメラ長20cm、ビームサイズ2.4nmで、測定ステップは5.0nmであるが、これに限定されない。このとき、測定した結晶方位は測定面上を離散的に調べたものであり、隣接測定点間の中間までの領域をその測定結果で代表させることにより、測定面全体の方位分布として求めるものである。なお、これら測定点で代表させた領域(以下、ピクセルということがある)として、正方形状のものを例示できる。
【0043】
このピクセルのうち隣接するもの同士の間で5度以上の結晶方位の角度差がある場合、または隣接するピクセルの片方のみがNaCl型の面心立方構造を示す場合は、これらピクセルの接する前記領域の辺を粒界とする。そして、この粒界とされた辺により囲まれた部分を1つの結晶粒と定義する。ただし、隣接するピクセル全てと5度以上の方位差がある、あるいは、隣接するNaCl型の面心立方構造を有する測定点がないような、単独に存在するピクセルは結晶粒とせず、2ピクセル以上が連結しているものを結晶粒として取り扱う。このようにして、粒界判定を行い、結晶粒を特定する。
【0044】
(1)NaCl型面心立方構造である結晶粒の面積割合
このようにして特定したNaCl型面心立方構造の結晶粒が観察視野に占める面積割合を求め、NaCl型面心立方構造である結晶粒の面積割合とする。
【0045】
(2)個々の領域αの面積の求め方
前述の手順により特定された少なくとも10個のNaCl型の面心立方構造を有する結晶粒を含む観察視野(少なくとも10個の結晶粒は、その粒内の全てが観察視野内にある)を定義し、TEMを用いたEDS(例えば、ビーム径1nm)により、面分析を行う。そして、前記観察視野の5視野に対して、前記xが0.30以下である領域(領域α)と前記xが0.30を超える領域とで2種類に色分けをする。次に、画像処理を行い、個々の領域αの面積を求める。
【0046】
(3)領域αが存在する区分の求め方
前記TiAlCN層の工具基体表面の縦断面に対して、測定範囲を、工具基体の表面に平行な方向に20μm、工具基体の表面と垂直な方向に被覆層の平均厚さ分の長さの範囲の四角形を観察視野として5視野定義し、該観察視野のそれぞれを1μm四方ずつの区分に分割する。各観察視野に対して、前述のとおりTEMを用いたEDS(例えば、ビーム径1nm)による元素マッピングを実施し前記xが0.30以下である領域(領域α。この区分の中に一部だけ含まれる領域αも対象とする)と前記xが0.30を超える領域とで2種類に色分けをする。画像処理により前記1μm四方ずつの区分のうち領域αが存在する区分を同定し、該区分のうち領域αが存在する区分の割合を求める。この個数割合を平均して個数割合とする。
【0047】
(4)結晶粒の平均粒子幅Wと平均アスペクト比Aの求め方
結晶粒の平均粒子幅Wと平均アスペクト比Aの算出方法について説明する。まず、工具基体の表面に平行な方向に50μm、工具基体の表面と垂直な方向に被覆層の平均厚さ分の長さの範囲の四角形を観察視野として定義し、前述のとおりに、粒界の判定を行って結晶粒を特定する。次に、画像処理を行い、ある結晶粒iに対して工具基体の表面と垂直方向(厚さ方向)の最大長さHi、工具基体の表面と水平方向の最大長さである粒子幅Wi、および面積Siを求める。結晶粒iのアスペクト比AiはAi=Hi/Wiとして算出する。このようにして、観察視野内の少なくとも20以上(i=1~20以上)の結晶粒の粒子幅W1~Wn(n≧20)を基に[数1]により面積加重平均し、前記結晶粒の平均粒子幅Wとする。また、同様にして前記結晶粒のアスペクト比A1~An(n≧20)を求め、[数2]により面積加重平均して、前記結晶粒の平均アスペクト比Aとする。
【0048】
【0049】
【0050】
4.製造方法
本発明のTiAlCN層の成膜方法は、例えば、以下のとおりである。NH3とN2とH2からなるガス群Aと、AlCl3、TiCl4、N2、CH4、C2H4、H2からなるガス群Bと、からなる2種の反応ガス(反応ガス(1)と反応ガス(2))をそれぞれ所定の位相差で供給することによって得ることができる。
【0051】
前記2種の反応ガス組成を例示すると、以下のとおりである。なお、反応ガス組成は、それぞれ、ガス群Aとガス群Bの組成和を100体積%としたものであり、以下、%と略記する。
【0052】
反応ガス(1)
反応ガス組成(体積%):
ガス群A:NH3 1.89~4.96%、H2 63.1~76.8%、
ガス群B:AlCl3 0.68~1.27%、TiCl4:0.05~0.32%、
N2 0.00~10.9%、H2 残
反応雰囲気圧力:4.0~5.0kPa
反応雰囲気温度:700~850℃
ガス供給周期:4.0~30.0秒
1周期当たりのガス供給時間:0.3~0.5秒
ガス群Aとガス群Bの供給の位相差:0.1~0.3秒
【0053】
反応ガス(2)
反応ガス組成(体積%):
ガス群A:NH3 2.02~6.00%、H2 63.8~76.7%、
ガス群B:AlCl3 0.62~1.14%、TiCl4 0.05~0.31%、
N2 0.00~9.45%、CH4 0.11~6.28%、
C2H4 0.11~4.90%、H2:残
反応雰囲気圧力:4.0~5.0kPa
反応雰囲気温度:700~850℃
ガス供給周期:4.0~30.0秒
1周期当たりのガス供給時間:0.3~0.5秒
ガス群Aとガス群Bの供給の位相差:0.1~0.3秒
反応ガス(1)と反応ガス(2)の位相差:2.0~15.0秒
【実施例0054】
次に、実施例について説明する。
ここでは、本発明の被覆工具の具体例として、工具基体としてWC基超硬合金を用いたインサート切削工具に適用したものについて述べるが、工具基体として、前記の他の材質のものを用いた場合であっても同様であるし、ドリル、エンドミルに適用した場合も同様である。
【0055】
原料粉末として、WC粉末、TaC粉末、NbC粉末、Cr3C2粉末およびCo粉末を用意し、これら原料粉末を、表1に示される配合組成に配合し、さらにワックスを加えてアセトン中で24時間ボールミル混合し、減圧乾燥した後、98MPaの圧力で所定形状の圧粉体にプレス成形し、この圧粉体を5Paの真空中、1420℃に1時間保持の条件で真空焼結し、焼結後、ISO規格CNMG120412のインサート形状をもったWC基超硬合金製の工具基体A~Cを製造した。なお、各原料粉末には微量の不可避不純物が含まれていた。
【0056】
次に、これら工具基体A~Cの表面に、CVD装置を用いて、表2、表4に示す成膜条件によりTiAlCN層をCVDにより形成し、表7に示される本発明被覆工具1~16を得た。
【0057】
成膜条件は、表2、表4に示しているが、概ね次のとおりである。
反応ガス(1)
反応ガス組成(体積%):
ガス群A:NH3 1.91~4.96%、H2 63.1~76.7%、
ガス群B:AlCl3 0.68~1.27%、TiCl4:0.05~0.32%、
N2 0.00~10.8%、H2 残
反応雰囲気圧力:4.0~4.8kPa
反応雰囲気温度:700~850℃
ガス供給周期:4.0~30.0秒
1周期当たりのガス供給時間:0.3~0.5秒
ガス群Aとガス群Bの供給の位相差:0.1~0.3秒
【0058】
反応ガス(2)
反応ガス組成(体積%):
ガス群A:NH3 2.04~5.97%、H2 63.9~76.6%、
ガス群B:AlCl3 0.62~1.14%、TiCl4 0.05~0.31%、
N2 0.00~9.44%、CH4 0.14~6.26%、
C2H4 0.12~4.88%、H2:残
反応雰囲気圧力:4.0~4.8kPa
反応雰囲気温度:700~850℃
ガス供給周期:4.0~30.0秒
1周期当たりのガス供給時間:0.3~0.5秒
ガス群Aとガス群Bの供給の位相差:0.1~0.3秒
反応ガス(1)と反応ガス(2)の位相差:2.0~15.0秒
【0059】
ここで、実施例2、5、7、8、12、14~16は、表6に示すように下部層および/または上部層を表5に示す成膜条件により成膜した。
【0060】
また、比較のために、これら工具基体A~Cの表面に、CVD装置を用いて、表3、表4に示す成膜条件を示す形成記号a~iでTiAlCN層をCVDにより形成し、表7に示される比較例1~16を得た。
ここで、比較例2、5、7、8、9、12、14~16は、表6に示すように下部層および/または上部層を表5に示す成膜条件により成膜した。
【0061】
【0062】
【0063】
【0064】
【0065】
【0066】
【0067】
表において、「-」は該当する層がないことを示している。
【0068】
【0069】
表7において、
☆領域αが存在する区分の個数割合とは、被覆層において工具基体の表面に平行な方向に20μm、工具基体の表面と垂直な方向に被覆層の平均厚さ分の長さの四角形領域を一辺が1μmの正方形に区分したとき、領域αが存在する区分の割合を、
「個々の領域αが100~50000nm2にあるか」の欄で「〇」は個々の領域αが100~50000nm2を満たすことを、「×」は個々の領域αが100~50000nm2を満たさないことを、「-」はNaCl型面心立方構造を有する結晶粒において領域αが存在しないことを、
それぞれ表す。
また、実施例1~8、比較例1~8について、電子線回折によりTiAlCN層を構成する結晶粒の結晶粒界を求める際には、前記ピクセルを正六角形状とした。
【0070】
続いて、実施例1~16および比較例1~16について、前記各種の工具基体A~C(ISO規格CNMG120412形状)をいずれもカッタ径80mmの合金鋼製カッタ先端部に固定治具にてクランプした状態で、以下に示す、切削加工試験1および2を実施し、切刃の逃げ面摩耗幅を測定した。表8、9に、切削加工試験1、切削加工試験2の結果をそれぞれ示す。なお、比較例については、チッピング発生が原因で切削時間終了前に寿命に至ったため、寿命に至るまでの時間を示す。
【0071】
切削加工試験1(湿式高速連続切削試験)
被削材: Ni-19Cr-19Fe-3Mo-0.9Ti-0.5Al-5.1 (Nb+Ta)合金(数字は質量%を示す)
切削速度: 130 m/min
切り込み: 0.30 mm
一刃送り量:0.11 mm/rev
切削時間: 14分
【0072】
切削加工試験2(湿式高速断続切削試験)
被削材: Ni-19Cr-19Fe-3Mo-0.9Ti-0.5Al-5.1 (Nb+Ta)合金(数字は質量%を示す)の長さ方向等間隔8本縦溝入り丸棒
切削速度: 40 m/min
切り込み: 0.25 mm
一刃送り量:0.10 mm/rev
切削時間: 5分
【0073】
【0074】
【0075】
表8、9において、比較例の「寿命に至る切削時間(分)とは、チッピング発生が原因で寿命に至るまでの切削時間(分)を示している。
【0076】
表8、9に示す結果から明らかなように、実施例は、いずれも難削材(Ni基耐熱合金)の高速切削加工に供しても、被覆層の剥離、溶着、チッピングがなく、優れた耐久性を有することがわかる。
これに対して、比較例は、いずれも高速切削加工時の負荷によりチッピングが発生し、短時間の工具寿命であった。