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特開2023-123344アルミニウム合金材、及びその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023123344
(43)【公開日】2023-09-05
(54)【発明の名称】アルミニウム合金材、及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 21/12 20060101AFI20230829BHJP
   C22C 21/06 20060101ALI20230829BHJP
   C22C 21/00 20060101ALI20230829BHJP
   C22C 21/02 20060101ALI20230829BHJP
   C22F 1/057 20060101ALI20230829BHJP
   C22F 1/047 20060101ALI20230829BHJP
   C22F 1/04 20060101ALI20230829BHJP
   C22F 1/043 20060101ALI20230829BHJP
   C22F 1/00 20060101ALN20230829BHJP
【FI】
C22C21/12
C22C21/06
C22C21/00 M
C22C21/00 N
C22C21/02
C22F1/057
C22F1/047
C22F1/04 A
C22F1/043
C22F1/00 650A
C22F1/00 681
C22F1/00 683
C22F1/00 682
C22F1/00 684C
C22F1/00 691B
C22F1/00 691C
C22F1/00 692A
C22F1/00 692B
C22F1/00 694B
【審査請求】有
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022182576
(22)【出願日】2022-11-15
(11)【特許番号】
(45)【特許公報発行日】2023-08-01
(31)【優先権主張番号】P 2022027200
(32)【優先日】2022-02-24
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】110002000
【氏名又は名称】弁理士法人栄光事務所
(72)【発明者】
【氏名】宮村 剛夫
(72)【発明者】
【氏名】田中 敏行
(72)【発明者】
【氏名】小磯 尚大
(57)【要約】
【課題】優れた高温クリープ強度を備えたアルミニウム合金材、及びその製造方法を提供する。
【解決手段】Cu:1.5~6.0質量%、Mg:1.0~4.0質量%、Fe:0.5~2.0質量%、Ni:0.5~2.0質量%、Si:0.1~3.0質量%、Mo:0.05~0.7質量%、Ti:0.01~0.3質量%、を含み、残部がAl及び不可避的不純物の合金組成からなる、アルミニウム合金材、及びアルミニウム合金材の製造方法。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
Cu:1.5~6.0質量%、
Mg:1.0~4.0質量%、
Fe:0.5~2.0質量%、
Ni:0.5~2.0質量%、
Si:0.1~3.0質量%、
Mo:0.05~0.7質量%、
Ti:0.01~0.3質量%、
を含み、残部がAl及び不可避的不純物の合金組成からなる、アルミニウム合金材。
【請求項2】
Cu:1.9~3.0質量%、
Mg:1.3~3.0質量%、
Fe:0.9~1.3質量%、
Ni:0.9~1.3質量%、
Si:0.25~0.8質量%、
Mo:0.05~0.5質量%、
Ti:0.04~0.09質量%、
を含み、残部がAl及び不可避的不純物の合金組成からなる、アルミニウム合金材。
【請求項3】
前記Si及び前記Moの含有量が、
Si:0.1~0.6質量%、
Mo:0.3~0.7質量%、
である、請求項1又は2に記載のアルミニウム合金材。
【請求項4】
前記Si及び前記Moの含有量が、
Si:0.35~0.8質量%、
Mo:0.05~0.55質量%、
である、請求項1又は2に記載のアルミニウム合金材。
【請求項5】
前記アルミニウム合金材は、160℃、250MPaにおける最小クリープ速度が8.5×10-10/sec以下である、請求項1又は2に記載のアルミニウム合金材。
【請求項6】
請求項1又は2に記載の合金組成からなるアルミニウム合金材の製造方法であって、前記合金組成からなる溶湯の溶解調整、鋳造、均質化処理、熱間加工、溶体化処理、焼入れ、時効処理をこの順に行うアルミニウム合金材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルミニウム合金材、及びその製造方法に関する。以下、アルミニウムを単にAlとも言う。
【背景技術】
【0002】
自動車のターボチャージャー用インペラーや産業機械(例えば、ターボ分子ポンプ、真空ポンプ、拡散ポンプ)用ポンプローターなどの100℃を超える高温の使用環境となるAl合金製部品には、高温特性に優れたAl合金材が用いられる。また、自動車や産業機械などの高性能化に伴い耐熱Al合金に求められる耐熱強度も上昇しており、優れた高温クリープ強度が求められている。
【0003】
従来、これらの所謂耐熱性Al合金材には、AA規格乃至JIS規格の 2000系(以下、単に2000系と言う)Al合金が用いられている。この種のAl合金としては、2219、2618合金などのAl-Cu(-Mg)系の2000系アルミ合金などがある。しかし、これらの2000系Al合金は、120℃を越える高温では、長時間使用すると強度の低下が著しい。
【0004】
このため、アルミニウム合金の耐熱強度を向上させる従来技術が検討されている。
例えば、特許文献1は2000系アルミ合金に相当するAl-Cu-Mg系合金にAgに加え、さらにMn、Crを添加して固溶させることによりクリープ強度を向上させる技術である。
特許文献2はAl-Cu-Mg系合金の晶出物を鋳造時の冷却速度で制御し、優れたクリープ強度を得る技術である。
特許文献3はZrやTiを添加して晶出した金属間化合物を亜結晶粒界上に微細に分散させてクリープ強度を向上させる技術である。
特許文献4はAl-Cu系合金の添加元素と結晶粒径を粗大にすることによって高温クリープ強度を向上させた技術である。
特許文献5は、高温特性(耐熱性、高温疲労強度、高温下での耐クリープ特性および高温耐力)に優れたAl合金を提供する技術であり、Si、Cu、Mn、Mg、Ti、Agを所定量含有すると共に、Zrを所定量未満に規制し、残部がAlおよび不可避的不純物からなるAl合金を開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2013-142168号公報
【特許文献2】特開2021-134414号公報
【特許文献3】特開2017-043802号公報
【特許文献4】特開2020-066785号公報
【特許文献5】特開2013-014835号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
従来の2000系アルミ合金の高温クリープ強度を向上させる技術は、多くがAgなどの貴金属を使用するものであり、耐熱強度は上昇するものの合金コストの増加が著しいという問題がある(特許文献2、5)。
また、FeやNiなどの晶出物を形成する元素の添加量を規定した従来技術では十分なクリープ強度が得られない(特許文献2)。また、ZrやTiなどの酸化傾向の高い遷移金属を添加する技術は、高温強度を向上させるが、大型部品向けの凝固速度の遅い鋳造で作られる場合には効果が十分に発揮されないという問題がある(特許文献5)。
つまり、Agなどの高級な貴金属を添加元素として用いずに、アルミニウム合金を大型部品に適用した場合であっても、高温におけるクリープ強度を従来のものに比べ大幅に向上させる技術が必要とされている。
【0007】
そこで本発明は、優れた高温クリープ強度を備えたアルミニウム合金材、及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、例えば2618合金に代表されるAl-Cu-Mg組成からなるアルミニウム合金材に優れた高温クリープ強度を付与するため鋭意研究開発した結果、SiとMoを添加することによって前記課題を解決できることを見出し、本発明を完成するに至った。
すなわち、本発明は、以下の通りである。
〔1〕
Cu:1.5~6.0質量%、
Mg:1.0~4.0質量%、
Fe:0.5~2.0質量%、
Ni:0.5~2.0質量%、
Si:0.1~3.0質量%、
Mo:0.05~0.7質量%、
Ti:0.01~0.3質量%、
を含み、残部がAl及び不可避的不純物の合金組成からなる、アルミニウム合金材。
〔2〕
Cu:1.9~3.0質量%、
Mg:1.3~3.0質量%、
Fe:0.9~1.3質量%、
Ni:0.9~1.3質量%、
Si:0.25~0.8質量%、
Mo:0.05~0.5質量%、
Ti:0.04~0.09質量%、
を含み、残部がAl及び不可避的不純物の合金組成からなる、アルミニウム合金材。
〔3〕
前記Si及び前記Moの含有量が、
Si:0.1~0.6質量%、
Mo:0.3~0.7質量%、
である、〔1〕又は〔2〕に記載のアルミニウム合金材。
〔4〕
前記Si及び前記Moの含有量が、
Si:0.35~0.8質量%、
Mo:0.05~0.55質量%、
である、〔1〕又は〔2〕に記載のアルミニウム合金材。
〔5〕
前記アルミニウム合金材は、160℃、250MPaにおける最小クリープ速度が8.5×10-10/sec以下である、〔1〕又は〔2〕に記載のアルミニウム合金材。
〔6〕
〔1〕又は〔2〕に記載の合金組成からなるアルミニウム合金材の製造方法であって、前記合金組成からなる溶湯の溶解調整、鋳造、均質化処理、熱間加工、溶体化処理、焼入れ、時効処理をこの順に行うアルミニウム合金材の製造方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、優れた高温クリープ強度を備えたアルミニウム合金材を提供できる。
また、本発明に係るアルミニウム合金材の製造方法によって、優れた高温クリープ強度を備えたアルミニウム合金材を製造できる。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明の実施形態に係るアルミニウム合金材を実施するための形態について、詳細に説明する。なお、数値範囲を示す「~」とは、その前後に記載された数値を下限値及び上限値として含む意味で使用される。
【0011】
<アルミニウム合金材>
本実施形態に係るアルミニウム合金材は、アルミニウム合金として所定の合金組成を備えており、優れた高温クリープ強度を備えたアルミニウム合金材(アルミニウム合金部品)を製造するために用いられる。
本発明の第一の実施形態に係るアルミニウム合金材は、
Cu:1.5~6.0質量%、
Mg:1.0~4.0質量%、
Fe:0.5~2.0質量%、
Ni:0.5~2.0質量%、
Si:0.1~3.0質量%、
Mo:0.05~0.7質量%、
Ti:0.01~0.3質量%、
を含み、残部がAl及び不可避的不純物の合金組成からなる。
【0012】
また、本発明の第二の実施形態に係るアルミニウム合金材は、
Cu:1.9~3.0質量%、
Mg:1.3~3.0質量%、
Fe:0.9~1.3質量%、
Ni:0.9~1.3質量%、
Si:0.25~0.8質量%、
Mo:0.05~0.5質量%、
Ti:0.04~0.09質量%、
を含み、残部がAl及び不可避的不純物の合金組成からなる。
【0013】
本発明の第三の実施形態に係るアルミニウム合金材は、上記第一の実施形態又は第二の実施形態に係るアルミニウム合金材におけるSi及び上記Moの含有量が、
Si:0.1~0.6質量%、
Mo:0.3~0.7質量%、
であることが好ましい。
【0014】
また、本発明の第四の実施形態に係るアルミニウム合金材は、上記第一の実施形態又は第二の実施形態に係るアルミニウム合金材におけるSi及び上記Moの含有量が、
Si:0.35~0.8質量%、
Mo:0.05~0.55質量%、
であることが好ましい。
【0015】
本発明の実施形態に係るアルミニウム合金材の合金組成は、AA2618アルミニウム合金に代表されるAl-Cu-Mg組成に、SiとMoを添加することによって上記の範囲としてもよい。
本発明の実施形態に係るアルミニウム合金材は、SiとMoを特定量含むことによって、σ相(AlCuMg)という新たな析出相が導入でき、高温でのクリープ強度を大きく向上できることを見出したものである。
【0016】
〔合金組成〕
以下、前記合金組成について説明する。
【0017】
(Cu:1.5~6質量%)
Cuは、本発明の実施形態に係るアルミニウム合金材が高温クリープ強度を発現するために必須な元素の1つである。
Cuは、Mgと共に添加することで、アルミニウム合金材を製造する際の溶体化後の時効中にS相(AlCuMg)からなる微細析出物を形成し、S相の析出強化によって高温クリープ強度を向上させる。
かかる効果を得る観点から、Cu含有量は1.5~6.0質量%の範囲とする。Cu含有量が1.5質量%未満の場合には、高温クリープ強度向上の効果が十分に得られない。Cu含有量が6.0質量%を超える場合には、鋳造段階でAl-Cu系の粗大晶出物を形成し、溶体化に多大な時間を要してしまう。Cu含有量の下限値は、好ましくは1.9質量%以上、より好ましくは2.2質量%以上である。また、Cu含有量の上限値は、好ましくは4.5質量%以下、より好ましくは3.0質量%以下である。
【0018】
(Mg:1.0~4.0質量%)
Mgは、本発明の実施形態に係るアルミニウム合金材における高温クリープ強度を発現するために必須な元素の1つである。
Mgは、Cuと共に添加することで、アルミニウム合金材を製造する際の溶体化後の時効中にS相(AlCuMg)からなる微細析出物を形成して、高温クリープ強度を向上させる。
かかる効果を得る観点から、Mg含有量は1.0~4.0質量%の範囲とする。Mg含有量が1.0質量%未満の場合には、高温クリープ強度向上の効果が十分に得られない。Mg含有量が4.0質量%を超える場合には、粗大なMgSiが増加して靭性が低下する。Mg含有量の下限値は、好ましくは1.2質量%以上、より好ましくは1.3質量%以上である。また、Mg含有量の上限値は、好ましくは3.5質量%以下、より好ましくは3.0質量%以下である。
【0019】
(Fe:0.5~2.0質量%)
Feは、Niと共にAlFeNiなどのAl-Fe-Ni系化合物を形成し、結晶粒径の過度な粗大化を抑制する作用と、結晶粒界近傍での変形を抑制して高温クリープ強度をやや高める作用がある。
かかる効果を得る観点から、Fe含有量は、0.5~2.0質量%の範囲とする。Fe含有量が0.5質量%未満の場合には、結晶粒径の粗大化を抑制する効果を十分に得ることができない。Fe含有量が2.0質量%を超える場合には、晶出物が過度に増加して、延性や靭性などの強度以外の特性を損なってしまう。なお、Fe含有量の下限値は、好ましくは0.7質量%以上であり、より好ましくは0.9質量%以上である。また、Fe含有量の上限値は、好ましくは1.6質量%以下、より好ましくは1.3質量%以下である。
【0020】
(Ni:0.5~2.0質量%)
Niは、Feと共にAlFeNiなどのAl-Fe-Ni系化合物を形成し、結晶粒径の過度な粗大化を抑制する作用と、結晶粒界近傍での変形を抑制して高温クリープ強度をやや高める作用がある。
Ni含有量は、0.5~2.0質量%の範囲とする。Ni含有量が0.5質量%未満の場合には、前記効果を十分に得ることができない。Ni含有量が2.0質量%を超える場合には、晶出物が過度に増加して、延性や靭性などの強度以外の特性を損なってしまう。なお、Ni含有量の下限値は、好ましくは0.7質量%以上であり、より好ましくは0.9質量%以上である。また、Ni含有量の上限値は、好ましくは1.6質量%以下、より好ましくは1.3質量%以下である。
【0021】
(Si:0.1~3.0質量%)
Siは、本発明の実施形態に係るアルミニウム合金材の高温クリープ強度を、従来のAl-Cu-Mg系アルミニウム合金の高温クリープ強度よりも向上させるために必須となる重要な元素の1つである。
Siは、時効初期にクラスターを形成し、クラスターの周囲に形成される圧縮応力を駆動力としてCuを引き寄せ、σ相(AlCuMg)の核生成を促進させる作用がある。
本発明者らの検討により、本発明の実施形態に係るアルミニウム合金材は、Siを特定量含有することにより、Si単独の作用によって高温クリープ強度の向上作用を得ることができるが、SiとMoとを共に特定量含有することで、σ相の形成量を増加させ、高温クリープ強度を更に向上し得ることを見出した。
Si含有量は、0.1~3.0質量%の範囲とする。Si含有量が0.1質量%未満の場合には、σ相が十分に安定化されず、σ相析出の効果は十分に得られない。Si含有量が3.0質量%を超える場合には、極めて脆いダイヤモンド構造のSi相が形成されてしまい、延性・靭性を損なう問題が生じる。なお、Si含有量の下限値は、好ましくは、0.25質量%以上、0.3質量%以上、0.35質量%以上、0.4質量%以上である。また、Si含有量の上限値は、好ましくは1.5質量%以下であり、さらに好ましくは0.8質量%以下、より好ましくは0.75質量%以下、よりさらに好ましくは0.6質量%以下である。
【0022】
(Mo:0.05~0.7質量%)
Moは、本発明の実施形態に係るアルミニウム合金材の高温クリープ強度を、従来のAl-Cu-Mg系アルミニウム合金の高温クリープ強度よりも向上させるために必須となる重要な元素である。
Moは極めて拡散係数の遅い元素であり、且つ、Siとの親和性が高い(化合物やクラスターを作りやすい)元素である。このため、安定して固溶状態にあるMoは、Siクラスターの形成を促進させ、σ相の形成量を増加させることで、Si添加によって得られるσ相の析出強化作用を最大化し、高温クリープ強度を大きく向上させる。
Mo含有量は0.05~0.7質量%とする。Mo含有量が0.05質量%未満の場合には、σ相が十分に形成されず、σ相析出の効果は十分に得られない。Mo含有量が0.7質量%を超える場合には、粗大なAl-Mo-Mg系の晶出物が増加するため、高温クリープ強度を低下させる問題が生じる。なお、Mo含有量の下限値は、好ましくは0.05質量%以上、より好ましくは0.1質量%以上、より好ましくは0.15質量%以上、更に好ましくは0.2質量%以上である。Mo含有量の下限値は、0.3質量%以上であってもよい。また、Mo含有量の上限値は、好ましくは、0.6質量%以下、0.55質量%以下、0.5質量%以下、0.4質量%以下である。
【0023】
本発明の他の実施形態に係るアルミニウム合金材は、Si含有量が0.1~0.6質量%であって、Mo含有量が0.3~0.7質量%であることが好ましい。
また、本発明のさらに他の実施形態に係るアルミニウム合金材は、Si含有量が0.35~0.8質量%であって、Mo含有量が0.05~0.55質量%、であることが好ましい。
Si含有量及びMo含有量を上記の範囲とすることにより、高温クリープ強度向上の効果がより得やすくなる。
【0024】
(Ti:0.01~0.3質量%)
Tiは結晶粒の微細化に有効な元素である。
Ti含有量は0.01~0.3質量%の範囲とする。Ti含有量が0.01質量%未満の場合には、微細結晶粒組織を安定させる効果が十分に得られない。Ti含有量が0.1質量%を超える場合には、粗大なTi系化合物などが形成され、高温クリープ強度が低下する。Ti含有量の下限値は、好ましくは0.02質量%以上であり、より好ましくは0.04質量%以上である。Ti含有量の上限値は、好ましくは0.15質量%以下であり、より好ましくは0.09質量%以下である。
【0025】
(残部:Al及び不可避的不純物)
本発明の実施形態に係るアルミニウム合金材の残部は、Al及び不可避的不純物である。不可避的不純物は、実操業上、使用する原料等に由来したり、原料の溶解時に不可避的に混入する不純物である。不可避的不純物としては、例えば、Zn、Mn、Cr、Zr、V等が挙げられる。
これらは、本発明の効果を妨げない範囲で1種又は2種以上含有されていてもよい。上記に例示したZn、Mn、Cr、Zr、Vの含有量は、それぞれ0.15質量%以下であることが好ましく、本発明の実施形態に係るアルミニウム合金材がZn、Mn、Cr、Zr、Vをそれぞれ0.15質量%以下含有していても本発明の効果に影響は生じない。
【0026】
〔最小クリープ速度〕
本発明の実施形態に係るアルミニウム合金材は、160℃、250MPaにおける最小クリープ速度が8.5×10-10/sec以下であることが好ましい。
【0027】
最小クリープ速度は、JIS Z 2271:2010に準じて1軸引張の高温クリープレート試験により求めることができる。高温クリープレート試験は、試験条件を温度が160℃、応力が250MPaとし、試験温度に1.5時間以上保持した後、試験応力を負荷して試験を行う。
高温クリープレート試験で得られた試験時間とクリープ伸びの「傾き」に相当するクリープ速度を算出して、最も小さなクリープ速度を最小クリープ速度とすることができる。最小クリープ速度は値が小さいものほど優れた高温クリープ強度を意味している。
【0028】
以上に説明したように、本発明の実施形態に係るアルミニウム合金材は、所定の合金組成としたことにより、優れた高温クリープ強度を得ることができる。
【0029】
<アルミニウム合金材の製造方法>
次に、本発明の実施形態に係るアルミニウム合金材の製造方法の一実施形態について説明する。なお、以下の製造方法に関する説明において、既に説明した事項については詳細な説明を省略する。
本実施形態に係るアルミニウム合金材の製造方法は、前記した合金組成からなるアルミニウム合金材の製造方法であって、前記合金組成からなる溶湯の溶解調整、鋳造、均質化処理、熱間加工、溶体化処理、焼入れ、時効処理をこの順に行う。
すなわち、本実施形態に係るアルミニウム合金材の製造方法は、
Cu:1.5~6.0質量%、
Mg:1.0~4.0質量%、
Fe:0.5~2.0質量%、
Ni:0.5~2.0質量%、
Si:0.1~3.0質量%、
Mo:0.05~0.7質量%、
Ti:0.01~0.3質量%、
を含み、残部がAl及び不可避的不純物の合金組成からなるアルミニウム合金材の製造方法であって、
前記合金組成からなる溶湯の溶解調整、鋳造、均質化処理、熱間加工(塑性加工)、溶体化処理、焼入れ、時効処理をこの順に行う、アルミニウム合金材の製造方法である。
【0030】
本発明に係るアルミニウム合金の製造方法、つまり、上記溶湯の溶解調整、鋳造、均質化処理、熱間加工、溶体化処理、焼入れ及び時効処理は、例えば、AA2618アルミニウム合金からなるアルミニウム合金材に対して行われている一般的な条件で行うことができる。
また、以下では、熱間加工として鍛造の場合を例に説明するが、熱間加工としては、鍛造、押出し、圧延、転造、プレス成形等のいずれでもよい。
例えば、溶湯の溶解調整は、700~900℃で行える。
均質化処理は450~550℃で行える。ただし、Cu濃度が概ね2.7%以上の場合は共晶融解を生ずるおそれあるため、均質化処理の温度は前記範囲の中で低く設定することが望ましい。
鍛造は200~500℃で行える。溶体化処理は500~550℃で行える。
焼入れは温度90~100℃の水又は油を用いて行うことができるが、常温(25℃程度)の水又は一般熱処理油で行うこともできる。
時効処理は170~220℃で行える。
【0031】
つまり、本製造方法は、T6処理又はT61処理で行えるが、好ましくはT61処理で行う。本製造方法はこのような製造条件とすることにより、本実施形態に係るアルミニウム合金材を製造できる。なお、本製造方法はここで例示した一般的な条件に限定されない。
【0032】
本実施形態に係るアルミニウム合金材の製造方法は、以上説明したとおりであるが、上記各工程において、明示していない条件については、従来公知の条件を用いればよく、各工程での処理によって得られる効果を奏する限りにおいて、その条件を適宜変更できる。
【0033】
[アルミニウム合金部品]
本実施形態に係るアルミニウム合金材は、熱間加工してニアネット形状を得た後、切削加工することにより、エンジン、コンプレッサー、ターボチャージャー用インペラーなどの回転部品や直動部品(アルミニウム合金部品)を製造することができる。
【0034】
以上説明したように、本明細書には次の事項が開示されている。
【0035】
〔1〕
Cu:1.5~6.0質量%、
Mg:1.0~4.0質量%、
Fe:0.5~2.0質量%、
Ni:0.5~2.0質量%、
Si:0.1~3.0質量%、
Mo:0.05~0.7質量%、
Ti:0.01~0.3質量%、
を含み、残部がAl及び不可避的不純物の合金組成からなる、アルミニウム合金材。
〔2〕
Cu:1.9~3.0質量%、
Mg:1.3~3.0質量%、
Fe:0.9~1.3質量%、
Ni:0.9~1.3質量%、
Si:0.25~0.8質量%、
Mo:0.05~0.5質量%、
Ti:0.04~0.09質量%、
を含み、残部がAl及び不可避的不純物の合金組成からなる、アルミニウム合金材。
〔3〕
前記Si及び前記Moの含有量が、
Si:0.1~0.6質量%、
Mo:0.3~0.7質量%、
である、〔1〕又は〔2〕に記載のアルミニウム合金材。
〔4〕
前記Si及び前記Moの含有量が、
Si:0.35~0.8質量%、
Mo:0.05~0.55質量%、
である、〔1〕又は〔2〕に記載のアルミニウム合金材。
〔5〕
前記アルミニウム合金材は、160℃、250MPaにおける最小クリープ速度が8.5×10-10/sec以下である、〔1〕~〔4〕のいずれかに記載のアルミニウム合金材。
〔6〕
〔1〕~〔5〕のいずれかに記載の合金組成からなるアルミニウム合金材の製造方法であって、前記合金組成からなる溶湯の溶解調整、鋳造、均質化処理、熱間加工、溶体化処理、焼入れ、時効処理をこの順に行うアルミニウム合金材の製造方法。
【実施例0036】
以下に、実施例、比較例を挙げて本発明をさらに具体的に説明するが、本発明は、これらの実施例に限定されるものではなく、その趣旨に適合し得る範囲で変更を加えて実施することも可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0037】
(実施例及び比較例)
アルミニウム合金からなる溶湯を寸法170mm×110mm×28mmの鋳型に流し込み鋳造する「造塊法」により、表1及び表2の組成(残部:Alおよび不可避的不純物)からなる質量約1.6kgの小型鋳塊を作製した。
各元素の濃度はプラズマ発光分光分析法を用いて分析した。
鋳塊は、均質化処理として500℃に12時間保持した後、そのままリヒート1回を含むハンマー鍛造によって寸法40mm×40mmの角材に成形し、T61処理として530℃×6時間保持後の90℃浸漬水冷、200℃×22時間の時効処理からの自然冷却を経てNo.1~11のアルミニウム合金材を作製し供試材とした。
【0038】
(最小クリープ速度の測定)
機械特性の評価として、JIS Z 2271:2010に準じて1軸引張の高温クリープレート試験を実施した。
【0039】
試験はシングル式クリープ試験機を用いて実施し、ダイヤルゲージ式の伸び計を併用することで試験中のクリープ伸びも測定した。
試験片は、前記角材から切り出した全長80mmの丸棒形状であり、ゲージ部がφ6mm×長さ30mmの鍔付き、掴み部はM12のネジ形状である。
試験条件は温度が160℃、応力が250MPaとし、試験温度に1.5時間以上保持した後、試験応力を負荷して試験を開始した。
クリープレート試験で得られた試験時間とクリープ伸びの「傾き」に相当するクリープ速度を算出して、最も小さなクリープ速度を最小クリープ速度として求めた。最小クリープ速度は値が小さいものほど優れた高温クリープ強度を意味しており、最小クリープ速度が8.5×10-10/sec以下を合格(〇)とし、それを超えるものを不合格(×)とした。尚、この合否基準は同一条件で使用した場合、従来材よりもおよそ1.7倍の寿命を意味する閾値に相当する。
【0040】
上記の結果を表1及び表2に示す。
【0041】
【表1】

【0042】
表1に示すように、本発明の実施例に該当するNo.1~4のアルミニウム合金材は、高温クリープ強度が優れていた。No.5~7のアルミニウム合金材は、Moの含有量が本発明の規定する範囲を外れた比較例である。No.5~7のアルミニウム合金材は、σ相の形成が促進されずに析出強化が十分に作用せず、最小クリープ速度が高くなった、すなわち高温クリープ強度が劣る結果になったと推察される。
【0043】
【表2】
【0044】
表2に示すように、本発明の実施例に該当するNo.8~9のアルミニウム合金材は、高温クリープ強度が優れていた。No.10のアルミニウム合金材は、Moの含有量が本発明の規定する範囲を外れた比較例である。No.10のアルミニウム合金材は、Mo濃度が不足したため、σ相の十分な析出に至らず、最小クリープ速度が高くなった、すなわち高温クリープ強度が劣る結果になったと推察される。No.11のアルミニウム合金材は、Siの含有量が本発明の規定する範囲を外れた比較例である。No.11のアルミニウム合金材は、Si濃度が過剰であったことにより、Al-Cu-Mg組成からなるアルミニウム合金材が元来有するS相などの微細析出組織が阻害され、ベースとなる強化機構が損なわれたことにより、最小クリープ速度が高くなった、すなわち高温クリープ強度が劣る結果になったと推察される。
【0045】
本発明の実施形態に係るアルミニウム合金材は、所定の合金組成を備えることにより、優れた高温クリープ強度を備えたアルミニウム合金材を提供できることが明らかとなった。
【手続補正書】
【提出日】2023-04-10
【手続補正1】
【補正対象書類名】特許請求の範囲
【補正対象項目名】全文
【補正方法】変更
【補正の内容】
【特許請求の範囲】
【請求項1】
Cu:1.5~6.0質量%、
Mg:1.0~4.0質量%、
Fe:0.5~2.0質量%、
Ni:0.5~2.0質量%、
Si:0.1~3.0質量%、
Mo:0.05~0.7質量%、
Ti:0.01~0.3質量%、
を含み、残部がAl及び不可避的不純物の合金組成からなる、アルミニウム合金材。
【請求項2】
Cu:1.9~3.0質量%、
Mg:1.3~3.0質量%、
Fe:0.9~1.3質量%、
Ni:0.9~1.3質量%、
Si:0.25~0.8質量%、
Mo:0.05~0.5質量%、
Ti:0.04~0.09質量%、
を含み、残部がAl及び不可避的不純物の合金組成からなる、アルミニウム合金材。
【請求項3】
前記Si及び前記Moの含有量が、
Si:0.1~0.6質量%、
Mo:0.3~0.7質量%、
である、請求項に記載のアルミニウム合金材。
【請求項4】
前記Si及び前記Moの含有量が、
Si:0.35~0.8質量%、
Mo:0.05~0.55質量%、
である、請求項に記載のアルミニウム合金材。
【請求項5】
前記アルミニウム合金材は、160℃、250MPaにおける最小クリープ速度が8.5×10-10/sec以下である、請求項1又は2に記載のアルミニウム合金材。
【請求項6】
請求項1又は2に記載の合金組成からなるアルミニウム合金材の製造方法であって、前記合金組成からなる溶湯の溶解調整、鋳造、均質化処理、熱間加工、溶体化処理、焼入れ、時効処理をこの順に行うアルミニウム合金材の製造方法。
【手続補正書】
【提出日】2023-06-26
【手続補正1】
【補正対象書類名】特許請求の範囲
【補正対象項目名】全文
【補正方法】変更
【補正の内容】
【特許請求の範囲】
【請求項1】
Cu:1.5~6.0質量%、
Mg:1.0~4.0質量%、
Fe:0.5~2.0質量%、
Ni:0.5~2.0質量%、
Si:0.1~3.0質量%、
Mo:0.05~0.7質量%、
Ti:0.01~0.3質量%、
を含み、残部がAl及び不可避的不純物の合金組成からな温度160℃、応力250MPaの試験条件にて、JIS Z 2271に準拠する1軸引張の高温クリープレート試験を行ったときの最小クリープ速度が8.5×10 -10 /sec以下である、アルミニウム合金材。
【請求項2】
Cu:1.9~3.0質量%、
Mg:1.3~3.0質量%、
Fe:0.9~1.3質量%、
Ni:0.9~1.3質量%、
Si:0.25~0.8質量%、
Mo:0.05~0.5質量%、
Ti:0.04~0.09質量%、
を含み、残部がAl及び不可避的不純物の合金組成からな温度160℃、応力250MPaの試験条件にて、JIS Z 2271に準拠する1軸引張の高温クリープレート試験を行ったときの最小クリープ速度が8.5×10 -10 /sec以下である、アルミニウム合金材。
【請求項3】
前記Si及び前記Moの含有量が、
Si:0.1~0.6質量%、
Mo:0.3~0.7質量%、
である、請求項1に記載のアルミニウム合金材。
【請求項4】
前記Si及び前記Moの含有量が、
Si:0.35~0.8質量%、
Mo:0.05~0.55質量%、
である、請求項1に記載のアルミニウム合金材。
【請求項5】
請求項1又は2に記載アルミニウム合金材の製造方法であって、前記合金組成からなる溶湯の溶解調整、鋳造、均質化処理、熱間加工、溶体化処理、焼入れ、時効処理をこの順に行うアルミニウム合金材の製造方法。