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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023123350
(43)【公開日】2023-09-05
(54)【発明の名称】熱流スイッチング素子
(51)【国際特許分類】
   H10N 15/00 20230101AFI20230829BHJP
【FI】
H10N15/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022211161
(22)【出願日】2022-12-28
(31)【優先権主張番号】P 2022026390
(32)【優先日】2022-02-24
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000006264
【氏名又は名称】三菱マテリアル株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】592032636
【氏名又は名称】学校法人トヨタ学園
(74)【代理人】
【識別番号】100120396
【弁理士】
【氏名又は名称】杉浦 秀幸
(72)【発明者】
【氏名】藤田 利晃
(72)【発明者】
【氏名】松永 卓也
(72)【発明者】
【氏名】安達 真樹
(72)【発明者】
【氏名】竹内 恒博
(72)【発明者】
【氏名】丸地 智也
(57)【要約】
【課題】 熱伝導率の変化がより大きく、優れた熱応答性を有する熱流スイッチング素子を提供すること。
【解決手段】外部エネルギーにより温度変化する材料又は素子を含む温度変化体4と、温度変化体に接触して設けられ、温度変化によって相転移する相転移体5とを備え、相転移体が、サーモリフレクタンス法およびフラッシュ法の少なくとも一方で測定した熱伝導率において、相転移する際に相転移の前後のいずれの相よりも高い熱伝導率を有する。また、第1電極2と、第2電極3とを備え、温度変化体が、第1電極と第2電極との間に設けられ第1電極と第2電極との間で印加された電圧に応じて生じた電流により発熱する材料を含む電気抵抗体である。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
外部エネルギーにより温度変化する材料又は素子を含む温度変化体と、
前記温度変化体に接触して設けられ、温度変化によって相転移する相転移体とを備え、
前記相転移体が、サーモリフレクタンス法およびフラッシュ法の少なくとも一方で測定した熱伝導率において、前記相転移する際に前記相転移の前後のいずれの相よりも高い熱伝導率を有することを特徴とする熱流スイッチング素子。
【請求項2】
請求項1に記載の熱流スイッチング素子において、
前記相転移体が、化学式A2+δM(但し、AがAg,Cuの少なくとも1種であり、Mが、S,Se,Teの少なくとも1種である。)であることを特徴とする熱流スイッチング素子。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の熱流スイッチング素子において、
第1電極と、
第2電極とを備え、
前記温度変化体が、前記第1電極と前記第2電極との間に設けられ前記第1電極と前記第2電極との間で印加された電圧に応じて生じた電流により発熱する材料を含む電気抵抗体であることを特徴とする熱流スイッチング素子。
【請求項4】
請求項3に記載の熱流スイッチング素子において、
前記電気抵抗体が、電流によりジュール発熱する酸化ケイ素膜であることを特徴とする熱流スイッチング素子。
【請求項5】
請求項3に記載の熱流スイッチング素子において、
前記第1電極上に、前記電気抵抗体と前記相転移体とが積層された積層部が形成され、
前記積層部上に、前記第2電極が形成されていることを特徴とする熱流スイッチング素子。
【請求項6】
請求項5に記載の熱流スイッチング素子において、
前記積層部が、少なくとも複数の前記電気抵抗体を備えると共に前記電気抵抗体と前記相転移体とが交互に積層され、上下面がそれぞれ前記電気抵抗体であることを特徴とする熱流スイッチング素子。
【請求項7】
請求項5に記載の熱流スイッチング素子において、
前記積層部が、少なくとも複数の前記相転移体を備えると共に前記電気抵抗体と前記相転移体とが交互に積層され、上下面がそれぞれ前記相転移体であることを特徴とする熱流スイッチング素子。
【請求項8】
請求項3に記載の熱流スイッチング素子において、
前記相転移体上に前記電気抵抗体が形成され、
前記電気抵抗体上に前記第1電極と前記第2電極とが互いに間隔を空けて形成されていることを特徴とする熱流スイッチング素子。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、バイアス電圧で熱伝導を能動的に制御可能な熱流スイッチング素子に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、熱伝導率を変化させる熱スイッチとして、例えば特許文献1には、第1の電極と、第2の電極と、第1の電極と第2の電極との間に配置された転移体とを含む、転移体は、エネルギーを印加することによって電子相転移する材料を含み、転移体へのエネルギーの印加によって、第1の電極と第2の電極との間の熱伝導度が変化する熱スイッチ素子が記載されている。
また、この引用文献1では、転移体への熱エネルギーを印加する方法として、転移体と電極との間に、電流が流れることで発熱する抵抗体を発熱体として配置することが記載されている。
【0003】
さらに、引用文献1では、電子相転移する材料が、式Aで示される組成を有する酸化物を含む(上記式において、Aは、アルカリ金属、アルカリ土類金属、Sc、Yおよび希土類元素から選ばれる少なくとも1種の元素であり、Dは、IIIa族、IVa族、Va族、VIa族、VIIa族、VIII族およびIb族から選ばれる少なくとも1種の遷移元素であり、Oは酸素であり、x、yおよびzは正の数である。)と記載され、具体的に、多くの酸化物が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第3701302号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記従来の技術には、以下の課題が残されている。
すなわち、特許文献1に記載の技術では、転移体の材料として、多くの酸化物が例示されているが、これら材料では熱伝導率の変化が小さいため、熱伝導率のより大きな変化量が得られる熱流スイッチング素子が要望されている。
【0006】
本発明は、前述の課題に鑑みてなされたもので、熱伝導率の変化がより大きく、優れた熱応答性を有する熱流スイッチング素子を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、前記課題を解決するために以下の構成を採用した。すなわち、第1の発明に係る熱流スイッチング素子は、外部エネルギーにより温度変化する材料又は素子を含む温度変化体と、前記温度変化体に接触して設けられ、温度変化によって相転移する相転移体とを備え、前記相転移体が、サーモリフレクタンス法およびフラッシュ法の少なくとも一方で測定した熱伝導率において、前記相転移する際に前記相転移の前後のいずれの相よりも高い熱伝導率を有することを特徴とする。
【0008】
この熱流スイッチング素子では、外部エネルギーにより温度変化する材料又は素子を含む温度変化体と、温度変化体に接触して設けられ、温度変化によって相転移する相転移体とを備え、相転移体が、サーモリフレクタンス法およびフラッシュ法の少なくとも一方で測定した熱伝導率において、相転移する際に相転移の前後のいずれの相よりも高い熱伝導率を有するので、温度変化体の温度変化によって、相転移体の熱伝導率を調整することができ、本素子を介して熱流を制御可能となる。
特に、熱伝導率が異なる相へ相転移する温度に制御することで、相転移体が相転移前後の相よりも高い熱伝導率となり、熱伝導率の大きな変化量を得ることができる。すなわち、温度変化体を相転移体に対するヒーター又はクーラーとして機能させると共に、熱伝導率が異なる相へ相転移する際に熱伝導率のピークを有する相転移体を用いることで、相転移体の熱伝導率を大きく変化させて熱流を制御することができる。
なお、上記の熱伝導率とは、サーモリフレクタンス法およびフラッシュ法の少なくとも一方で測定した熱伝導率であって、いずれかの測定方法で測定した熱伝導率でピークを有すればよい。例えば、相転移体が薄膜である場合は、サーモリフレクタンス法で測定してもよく、同じ組成のバルク体を作成しそのバルク体をフラッシュ法で測定してもよい。また、相転移体がバルク体の場合は、そのバルク体をフラッシュ法で測定してもよい。更に、サーモリフレクタンス法は時間領域サーモリフレクタンス法でもよく、周波数領域サーモリフレクタンス法でもよい。また、フラッシュ法は、レーザーフラッシュ法でもよく、キセノンランプフラッシュ法でもよい。
なお、相転移体の厚みによって、いずれの測定方法が適しているかは異なるが、その境界厚みはおおよそ10μmから100μm程度である。また、その境界厚みは相転移体の組成によって異なる。
ここで、本願における「熱伝導率のピークを有する」とは、相転移する際の熱伝導率が、相転移の前後のいずれの相の近傍温度(相転移温度に対しておおよそ-20℃~-10℃と、+10℃~+20℃との平均)での熱伝導率よりも高い熱伝導率を有することを示す。
【0009】
第2の発明に係る熱流スイッチング素子は、第1の発明において、前記相転移体が、化学式A2+δM(但し、AがAg,Cuの少なくとも1種であり、Mが、S,Se,Teの少なくとも1種である。)であることを特徴とする。
すなわち、この熱流スイッチング素子では、相転移体が、化学式A2+δM(但し、AがAg,Cuの少なくとも1種であり、Mが、S,Se,Teの少なくとも1種である。)であるので、化学式A2+δMが、熱伝導率が異なる相へ相転移する際に熱伝導率のピークを有する材料であり、熱伝導率の大きな変化量を得ることができる。
【0010】
第3の発明に係る熱流スイッチング素子は、第1又は第2の発明において、第1電極と、第2電極とを備え、前記温度変化体が、前記第1電極と前記第2電極との間に設けられ前記第1電極と前記第2電極との間で印加された電圧に応じて生じた電流により発熱する材料を含む電気抵抗体であることを特徴とする。
この熱流スイッチング素子では、温度変化体が、第1電極と第2電極との間に設けられ第1電極と第2電極との間で印加された電圧に応じて生じた電流により発熱する材料を含む電気抵抗体であるので、印加電圧に応じて生じた電流により発熱した電気抵抗体の熱によって、相転移体の熱伝導率を調整することができる。
特に、電圧印加によるジュール発熱によって電気抵抗体を相転移体に対するヒーターとして機能させると共に、熱伝導率が異なる相へ相転移する際に熱伝導率のピークを有する相転移体を用いることで、相転移体の熱伝導率を大きく変化させて熱流を制御することができる。
【0011】
第4の発明に係る熱流スイッチング素子は、第3の発明において、前記電気抵抗体が、電流によりジュール発熱する酸化ケイ素膜であることを特徴とする。
すなわち、この熱流スイッチング素子では、電気抵抗体が、電流によりジュール発熱する酸化ケイ素(シリカ、酸化シリコン、Si-O)膜であるので、酸化ケイ素膜が、電圧印加しても電流が全く流れない電気的絶縁膜でなく、電圧印加の際にリーク電流でジュール発熱する高電気抵抗膜であり、高電気抵抗体材料として容易に成膜することができる。
【0012】
第5の発明に係る熱流スイッチング素子は、第4又は第5の発明において、前記第1電極上に、前記電気抵抗体と前記相転移体とが積層された積層部が形成され、前記積層部上に、前記第2電極が形成されていることを特徴とする。
すなわち、この熱流スイッチング素子では、第1電極上に、電気抵抗体と相転移体とが積層された積層部が形成され、積層部上に、第2電極が形成されているので、第1電極と第2電極とに挟まれた積層部に電圧を印加して電流を流すことで、電気抵抗体を発熱させ、電気抵抗体に積層されている相転移体の熱伝導率を効率的に変化させることができる。
【0013】
第6の発明に係る熱流スイッチング素子は、第5の発明において、前記積層部が、少なくとも複数の前記電気抵抗体を備えると共に前記電気抵抗体と前記相転移体とが交互に積層され、上下面がそれぞれ前記電気抵抗体であることを特徴とする。
すなわち、この熱流スイッチング素子では、積層部が、少なくとも複数の電気抵抗体を備えると共に電気抵抗体と相転移体とが交互に積層され、上下面がそれぞれ電気抵抗体であるので、複数の電気抵抗体が同時に発熱すると共にこれらの熱が上下から素早く相転移体に伝わることで、高い熱応答性が得られる。
【0014】
第7の発明に係る熱流スイッチング素子は、第5の発明において、前記積層部が、少なくとも複数の前記相転移体を備えると共に前記電気抵抗体と前記相転移体とが交互に積層され、上下面がそれぞれ前記相転移体であることを特徴とする。
すなわち、この熱流スイッチング素子では、積層部が、少なくとも複数の相転移体を備えると共に抵抗体と相転移体とが交互に積層され、上下面がそれぞれ相転移体であるので、複数の相転移体に電気抵抗体からの熱が素早く伝わることで、高い熱応答性が得られる。
【0015】
第8の発明に係る熱流スイッチング素子は、第3又は第4の発明において、前記相転移体上に前記電気抵抗体が形成され、前記電気抵抗体上に前記第1電極と前記第2電極とが互いに間隔を空けて形成されていることを特徴とする。
すなわち、この熱流スイッチング素子では、相転移体上に電気抵抗体が形成され、電気抵抗体上に第1電極と第2電極とが互いに間隔を空けて形成されているので、第1電極と第2電極とが電気抵抗体上の同一面内に配置されることで、より薄い素子を構成することができる。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、以下の効果を奏する。
すなわち、本発明に係る熱流スイッチング素子によれば、外部エネルギーにより温度変化する材料又は素子を含む温度変化体と、温度変化体に接触して設けられ、温度変化によって相転移する相転移体とを備え、相転移体が、相転移する際に相転移の前後のいずれの相よりも高い熱伝導率を有するので、熱伝導率が異なる相へ相転移する温度に制御することで、相転移体が相転移前後の相よりも高い熱伝導率となり、熱伝導率の大きな変化量を得ることができき、相転移体の熱伝導率を大きく変化させて熱流を制御することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】本発明に係る熱流スイッチング素子の第1実施形態を示す断面図である。
図2】第1実施形態において、レーザーフラッシュ法にて測定された相転移体の材料「Ag2+δSe1-x」の温度に対する熱伝導率の変化を示すグラフである。
図3】第1実施形態において、レーザーフラッシュ法にて測定された相転移体の材料「Ag2+δTe1-x」の温度に対する熱伝導率の変化を示すグラフである。
図4】第1実施形態において、レーザーフラッシュ法にて測定された相転移体の材料「Ag2+δSeTe1-x」の温度に対する熱伝導率の変化を示すグラフである。
図5】第1実施形態において、レーザーフラッシュ法にて測定された相転移体の材料「(AgCu1-y2+δSe1-x」の温度に対する熱伝導率の変化を示すグラフである。
図6】本発明に係る熱流スイッチング素子の第2実施形態を示す断面図である。
図7】本発明に係る熱流スイッチング素子の第3実施形態を示す断面図である。
図8】本発明に係る熱流スイッチング素子の第4実施形態を示す断面図である。
図9】本発明に係る実施例において、実施例1(a),実施例2(b)及び実施例3(c)のX線回折実験の結果を示すグラフである。
図10】本発明に係る実施例1において、時間領域サーモリフレクタンス法(TDTR法)による熱浸透率測定時の表面温度の時間依存性を示すグラフである。
図11】本発明に係る実施例2において、時間領域サーモリフレクタンス法(TDTR法)による測定された熱浸透率の経過時間依存性を示すグラフである。
図12】本発明に係る実施例2において、時間領域サーモリフレクタンス法(TDTR法)による測定された熱伝導率変化率の経過時間依存性を示すグラフである。
図13】本発明に係る実施例2において、0V,40V,50V印加した際の、時間領域サーモリフレクタンス法(TDTR法)による熱浸透率測定時の表面温度の時間依存性を示すグラフである。
図14】本発明に係る実施例3において、0V,40V,52V印加した際の、時間領域サーモリフレクタンス法(TDTR法)による熱浸透率測定時の表面温度の時間依存性を示すグラフである。
図15】本発明に係る実施例4において、時間領域サーモリフレクタンス法(TDTR法)による測定された熱浸透率(a),熱伝導率の変化率(b),素子の温度(c),リーク電流量(d),印加電圧量(e)の経過時間依存性を示すグラフである。
図16】本発明に係る実施例4において、時間領域サーモリフレクタンス法(TDTR法)による測定された熱浸透率と素子の温度との関係を示すグラフである。
図17】本発明に係る実施例4において、時間領域サーモリフレクタンス法(TDTR法)による測定された熱伝導率変化率と素子の温度との関係を示すグラフである。
図18】本発明に係る実施例において、実施例5(a)及び実施例6(b)のX線回折実験の結果を示すグラフである。
図19】本発明に係る実施例6において、時間領域サーモリフレクタンス法(TDTR法)による熱浸透率測定時の表面温度の時間依存性を示すグラフである。
図20】本発明に係る実施例5において、時間領域サーモリフレクタンス法(TDTR法)による測定された熱浸透率(a),熱伝導率の変化率(b),素子の温度(c),リーク電流量(d),印加電圧量(e)の経過時間依存性を示すグラフである。
図21】本発明に係る実施例6において、時間領域サーモリフレクタンス法(TDTR法)による測定された熱浸透率(a),熱伝導率の変化率(b),素子の温度(c),リーク電流量(d),印加電圧量(e)の経過時間依存性を示すグラフである。
図22】本発明に係る実施例5において、時間領域サーモリフレクタンス法(TDTR法)による測定された熱浸透率と素子の温度との関係を示すグラフである。
図23】本発明に係る実施例5において、時間領域サーモリフレクタンス法(TDTR法)による測定された熱伝導率変化率と素子の温度との関係を示すグラフである。
図24】本発明に係る実施例6において、時間領域サーモリフレクタンス法(TDTR法)による測定された熱浸透率と素子の温度との関係を示すグラフである。
図25】本発明に係る実施例6において、時間領域サーモリフレクタンス法(TDTR法)による測定された熱伝導率変化率と素子の温度との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明に係る熱流スイッチング素子における第1実施形態を、図1から図3を参照しながら説明する。なお、以下の説明に用いる図面では、各部を認識可能又は認識容易な大きさとするために必要に応じて縮尺を適宜変更している。
【0019】
本実施形態の熱流スイッチング素子1は、図1に示すように、外部エネルギーにより温度変化する材料又は素子を含む温度変化体4と、温度変化体4に接触して設けられ、温度変化によって相転移する相転移体5とを備えている。
上記相転移体5は、相転移する際に相転移の前後のいずれの相よりも高い熱伝導率を有している材料で形成されている。
また、本実施形態の熱流スイッチング素子1は、第1電極2と、第2電極3とを備え、温度変化体4が、第1電極2と第2電極3との間に設けられ第1電極2と第2電極3との間で印加された電圧に応じて生じた電流により発熱する材料を含む電気抵抗体である。
【0020】
相転移体5は、相転移体が、化学式A2+δM(但し、AがAg,Cuの少なくとも1種であり、Mが、S,Se,Teの少なくとも1種である。)である。例えば、相転移体5は、化学式Ag2+δM(但し、Mが、S,Se,Teの少なくとも1種である。)である。
なお、このA2+δMは、温度変化により相転移する組成であれば、δの範囲が-0.5≦δ≦+0.5で、2:1のA元素:M元素の元素比にずれがあってもよい。具体的には、A元素がAgのみで構成されるAg2+δMは、δが-0.05~+0.02の範囲にて、相転移を示すことが知られている。
上記温度変化体4は、例えば微小電流が流れる高電気抵抗体であって、電流によりジュール発熱する酸化ケイ素膜(シリカ、酸化シリコン、Si-O)である。酸化ケイ素は、ケイ素の酸化物である。なお、微小電流が流れる高電気抵抗体であれば、温度変化体4として、他に酸化ハフニウム(ハフニア)膜、窒化ケイ素膜等を採用しても構わない。
【0021】
温度変化体(電気抵抗体)4の電気抵抗値は、相転移体5の電気抵抗値よりも100倍大きいことが好ましい。すなわち、「ジュール発熱量=I(電流値)×R(電気抵抗値)×通電時間」であり、高い電気抵抗値をもつ温度変化体4は、単位時間あたりの消費電力(=I(電流値)×R(電気抵抗値)=I(電流値)×V(電圧値))が大きくなるため、発熱の効果がより明確に得られる。
また、これらの温度変化体4の膜厚は、薄いほど熱抵抗値が下がるため、温度変化体4の微小なジュール発熱効果により、効率よく相転移体5に熱を伝えることができる。すなわち、印加された電圧に応じて熱伝導のピークを示す相転移温度近傍の温度へ温度調整させることが容易となり、相転移体5の熱伝導変化による熱流変化の効果をより増大させることができる。
【0022】
本実施形態では、第1電極2上に、層状の温度変化体4と層状の相転移体5とが積層された積層部6が形成され、積層部6上に、第2電極3が形成されている。
上記第1電極2は、例えばp型のシリコン基板等の導電性基板等が採用される。
また、上記第2電極3は、例えばMo,Al等の金属で形成される。
上記第1電極2及び第2電極3には、外部電源Vが接続され、電圧が印加される。
【0023】
上記温度変化体4及び相転移体5の成膜方法は、スパッタリング法、分子線蒸着法(MBD法)、原子層堆積法(ALD法)、化学蒸着法(CVD法)、化学溶液堆積法(CSD法)、ゾルゲル法等、各種成膜手法が採用される。なお、半導体等の結晶成長に使われている手法の一つとして知られている分子線エピタキシー法(MBE法)は、分子線蒸着法(MBD法)の技術に含まれる。
上記相転移体5としては、化学式A2+δM(但し、AがAg,Cuの少なくとも1種であり、Mが、S,Se,Teの少なくとも1種である。)が採用されるが、組成に応じて相転移する温度が異なると共にその前後の相の熱伝導率も異なる。この化学式A2+δM(但し、AがAg,Cuの少なくとも1種であり、Mが、S,Se,Teの少なくとも1種である。)について、高い結晶性の薄膜を得るには、主に、分子線蒸着法(MBD法)が採用される。
【0024】
図2、3、4,5に、A2+δM(但し、AがAg,Cuの少なくとも1種であり、Mが、S,Se,Teの少なくとも1種である。)の熱伝導率の温度依存性を示す。レーザーフラッシュ法により、各温度にて、A2+δMのバルク体の熱伝導率を評価した。
図2には、レーザーフラッシュ法により測定された「Ag2+δSe1-x」の熱伝導率の温度依存性が示されている。具体的な組成として、「Ag0.2Se0.8」「Ag0.4Se0.6」「Ag0.5Se0.5」「Ag0.6Se0.4」「Ag0.8Se0.2」「AgS」の熱伝導率の温度特性が例示されている。図2から分かるように、相転移温度以下の低温相に比べて相転移温度以上の高温相では熱伝導率が高くなっている。
【0025】
図3には、レーザーフラッシュ法により測定された「Ag2+δTe1-x」の熱伝導率の温度依存性が示されている。具体的な組成として、「AgTe」「Ag0.05Te0.95」「Ag0.1Te0.9」「Ag0.15Te0.85」の熱伝導率の温度特性が例示されている。図3から分かるように、相転移温度以下の低温相に比べて相転移温度以上の高温相では熱伝導率が低くなっている。
【0026】
図4には、レーザーフラッシュ法により測定された「Ag2+δSeTe1-x」の熱伝導率の温度依存性が示されている。具体的な組成として、「AgSe」「AgSe0.8Te0.2」「AgSe0.5Te0.5」「AgSe0.4Te0.6」「AgSe0.2Te0.8」の熱伝導率の温度特性が例示されている。図4から分かるように、相転移温度以下の低温相に比べて相転移温度以上の高温相では熱伝導率が低くなっている。
【0027】
図5には、レーザーフラッシュ法により測定された「(AgCu1-y2+δSe1-x」の熱伝導率の温度依存性が示されている。具体的な組成として、「AgCuSe」「AgCuS0.1Se0.8」「Ag1.05CuS0.1Se0.9」「Ag1.08CuS0.1Se0.9」「Ag1.13CuS0.1Se0.9」「CuSe」の熱伝導率の温度特性が例示されている。図5から分かるように、CuSe以外の組成のデータについては、相転移温度以下の低温相に比べて相転移温度以上の高温相では熱伝導率が低くなっている。Agを含まない、CuSeについては、相転移温度以下の低温相に比べて相転移温度以上の高温相では熱伝導率が高くなっている。
【0028】
これらの相転移体5の材料は、いずれも相転移する際の温度で、相転移前後の相よりも高い熱伝導率を示している。すなわち、相転移する際の温度で、熱伝導率の急激な上昇によるピークが観察される。ここで、「熱伝導率のピーク」とは、相転移する際の熱伝導率が、相転移の前後のいずれの相よりも高い熱伝導率を有することを示す。
なお、図2図5に示すレーザーフラッシュ法により測定された熱伝導率の温度依存性のデータおいて、相転移温度近傍の温度域で熱伝導率のピークが検出されていないものがあるが、レーザーフラッシュ法を用いた熱伝導率評価装置の測定精度に由来するものであり、実際には熱伝導率が急激に高くなるピークが存在する。
なお、レーザーフラッシュ法では、熱拡散率と比熱とを個別に測定し、熱拡散率と比熱と密度との測定結果を用いて、熱伝導率を算出する。熱拡散率と比熱との測定はともに、試料の両端に温度勾配(温度差)をつけて計測する手法をとられる。このとき、測定時の温度差が熱拡散率もしくは比熱のピークの温度幅よりも大きい場合、相転移体の熱拡散率もしくは比熱のピークを観測することが困難となる。以上の理由より、レーザーフラッシュ法にて、相転移体の熱伝導率のピークを観測することが困難となる場合があるので、測定時の温度差が熱拡散率もしくは比熱のピークの温度幅よりも小さいことが望ましい。
すなわち、これらの相転移体5の材料は、相転移する際に相転移の前後のいずれの相よりも高い熱伝導率を有する。
【0029】
このように本実施形態の熱流スイッチング素子1では、外部エネルギーにより発熱若しくは冷却する材料又は素子を含む温度変化体4と、温度変化体4に接触して設けられ、温度変化によって相転移する相転移体5とを備え、相転移体5が、サーモリフレクタンス法およびレーザーフラッシュ法の少なくとも一方で測定した熱伝導率において、相転移する際に相転移の前後のいずれの相よりも高い熱伝導率を有するので、温度変化体4の温度変化によって、相転移体5の熱伝導率を調整することができ、本素子を介して熱流を制御可能となる。
【0030】
特に、熱伝導率が異なる相へ相転移する温度に制御することで、相転移体5が相転移前後の相よりも高い熱伝導率となり、熱伝導率の大きな変化量を得ることができる。すなわち、温度変化体4を相転移体5に対するヒーター又はクーラーとして機能させると共に、熱伝導率が異なる相へ相転移する際に熱伝導率のピークを有する相転移体5を用いることで、相転移体5の熱伝導率を大きく変化させて熱流を制御することができる。
【0031】
本実施形態では、温度変化体4が、第1電極2と第2電極3との間に設けられ第1電極2と第2電極3との間で印加された電圧に応じて生じた電流により発熱する材料を含む電気抵抗体であるので、印加電圧に応じて生じた電流により発熱した電気抵抗体(温度変化体4)の熱によって、相転移体5の熱伝導率を調整することができる。
特に、電圧印加によるジュール発熱によって電気抵抗体(温度変化体4)を相転移体5に対するヒーターとして機能させると共に、熱伝導率が異なる相へ相転移する際に熱伝導率のピークを有する相転移体5を用いることで、相転移体5の熱伝導率を大きく変化させて熱流を制御することができる。
【0032】
また、相転移体5が、化学式A2+δM(但し、AがAg,Cuの少なくとも1種であり、Mが、S,Se,Teの少なくとも1種である。)であるので、化学式A2+δMが、熱伝導率が異なる相へ相転移する際に熱伝導率のピークを有する材料であり、熱伝導率の大きな変化量を得ることができる。
また、温度変化体4が、電流によりジュール発熱する酸化ケイ素膜であるので、酸化ケイ素膜が、電圧印加しても電流が全く流れない電気的絶縁膜でなく、電圧印加の際にリーク電流でジュール発熱する高電気抵抗膜であり、高抵抗材料として容易に成膜することができる。
【0033】
さらに、第1電極2上に、温度変化体4と相転移体5とが積層された積層部6が形成され、積層部6上に、第2電極3が形成されているので、第1電極2と第2電極3とに挟まれた積層部6に電圧を印加して電流を流すことで、温度変化体4を発熱させ、温度変化体4に積層されている相転移体5の熱伝導率を効率的に変化させることができる。
【0034】
次に、本発明に係る熱流スイッチング素子の第2~第4実施形態について、図6から図8を参照して以下に説明する。なお、以下の各実施形態の説明において、上記実施形態において説明した同一の構成要素には同一の符号を付し、その説明は省略する。
【0035】
第2実施形態と第1実施形態との異なる点は、第1実施形態では、第1電極2上に温度変化体4と相転移体5とを1層ずつ積層した積層部6を採用しているのに対し、第2実施形態の熱流スイッチング素子21では、図6に示すように、積層部26が、少なくとも複数の温度変化体(電気抵抗体)4を備えると共に温度変化体4と相転移体5とが交互に積層され、上下面がそれぞれ温度変化体4である点である。
【0036】
すなわち、第2実施形態では、第1電極2上に、温度変化体4,相転移体5,温度変化体4の順で積層された積層部26が形成されている。
このように第2実施形態の熱流スイッチング素子21では、積層部6が、少なくとも複数の温度変化体4を備えると共に温度変化体4と相転移体5とが交互に積層され、上下面がそれぞれ温度変化体4であるので、複数の温度変化体4が同時に発熱すると共にこれらの熱が上下から素早く相転移体5に伝わることで、高い熱応答性が得られる。
【0037】
次に、第3実施形態と第2実施形態との異なる点は、第2実施形態では、積層部26の上下面がそれぞれ温度変化体4であるのに対し、第3実施形態の熱流スイッチング素子31では、図7に示すように、積層部36が、少なくとも複数の相転移体5を備えると共に温度変化体(電気抵抗体)4と相転移体5とが交互に積層され、上下面がそれぞれ相転移体5である点である。
【0038】
すなわち、第3実施形態では、第1電極2上に、相転移体5,温度変化体4,相転移体5,の順で積層された積層部36が形成されている。
このように第3実施形態の熱流スイッチング素子31では、積層部36が、少なくとも複数の相転移体5を備えると共に温度変化体4と相転移体5とが交互に積層され、上下面がそれぞれ相転移体5であるので、複数の相転移体5に電気抵抗体である温度変化体4からの熱が素早く伝わることで、高い熱応答性が得られる。
【0039】
次に、第4実施形態と第1実施形態との異なる点は、第1実施形態では、積層部6の下面に第1電極2が形成されていると共に積層部6の上面に第2電極3が形成されているのに対し、第4実施形態の熱流スイッチング素子41では、図8に示すように、相転移体5上に温度変化体(電気抵抗体)4が形成され、温度変化体4上に第1電極2と第2電極3とが互いに間隔を空けて形成されている点である。
【0040】
すなわち、第4実施形態では、層状の相転移体5上に層状の温度変化体4が積層され、温度変化体4上面に第1電極2と第2電極3とがMo等でパターン形成されている。
なお、絶縁性基板の上に熱流スイッチング素子41を作製してもよい。
このように第4実施形態の熱流スイッチング素子41では、相転移体5上に温度変化体4が形成され、温度変化体4上に第1電極2と第2電極3とが互いに間隔を空けて形成されているので、第1電極2と第2電極3とが温度変化体4上の同一面内に配置されることで、より薄い素子を構成することができる。
【実施例0041】
本発明の熱流スイッチング素子の実施例について、その評価方法を以下に示す。
本実施例では、バルクの熱伝導率を測定する際は、レーザーフラッシュ法を用い、薄膜の熱伝導率を測定する際は、パルス光加熱サーモリフレクタンス法を採用する。パルス光加熱サーモリフレクタンス法には、周波数領域サーモリフレクタンス法(FDTR法、Frequency-Domain Thermoreflectance)と時間領域サーモリフレクタンス法(TDTR法、Time-Domain Thermoreflectance)とがあるが、本実施例では熱伝導率の測定方法として、時間領域サーモリフレクタンス法(TDTR法)を採用している。
レーザーフラッシュ法においては、熱拡散率と比熱を測定し、熱伝導率を算出する。時間領域サーモリフレクタンス法においては、表面加熱/測温(FF)方式にて熱浸透率を測定する。
レーザーフラッシュ法において、バルクの熱伝導率の温度依存性の実験した際、相転移温度近傍にて、個別に比熱のピークもしくは熱拡散率のピークが観測された際も、熱伝導率のピークが観測されたとみなす。また、時間領域サーモリフレクタンス法において、薄膜の熱伝導率の温度依存性の実験した際、熱浸透率のピークが観測された際も、熱伝導率のピークが観測されたとみなす。すなわち、本発明における、「熱伝導率のピークを有する」とは、比熱,熱拡散率,熱浸透率のいずれかのピークが観測された際も、一義的に熱伝導率のピークが観測されたとみなす。
なお、熱伝導率のピークを有する材料は、相転移の際、比熱のピークを有する材料が好ましく、特に、相転移時のエントロピー変化が大きい相変態を示す材料が好ましい。
熱伝導率の測定方法は、例えば基板上に形成された薄膜試料をパルスレーザーで瞬間的に加熱し、薄膜内部への熱拡散による表面温度の低下速度あるいは表面温度の上昇速度を測定することにより、薄膜の膜厚方向の熱拡散率又は熱浸透率を求める方法であるTDTR法により行う。なお、上記TDTR法のうち、熱拡散率を直接測定する方法(裏面加熱/表面測温(RF)方式)では、パルスレーザーが透過可能な透明基板を用いる必要があるため、透明基板でない場合は、熱浸透率を測定し、熱伝導率に換算する方式である表面加熱/測温(FF)方式で熱伝導率を測定する。なお、この測定には、金属膜が必要であり、Mo,Al等が採用される。
【0042】
本発明の実施例では、TDTR法にて、表面加熱/測温(FF)方式で熱浸透率を測定している。ピコサーム社NanoTR装置を用いて、TDTR法のFF方式にて熱浸透率を測定した。ゼロバイアスでの測定は、室温で行った。本発明の実施例では、第1電極と第2電極との間に、電圧を印加し、電流を流しながら、熱浸透率の測定を実施した。また、片方の電極に熱電対を接続し、熱流スイッチング素子の温度を計測しながら、熱浸透率を測定することも試みた。電圧が印加する時間を計測し、時間経過における熱浸透率の変化を調査した。
上記TDTR法(FF法)による測定は、Mo膜側から、パルスレーザーで瞬間的に素子を加熱し、薄膜内部への熱拡散による表面温度の低下速度を測定することで、薄膜の熱浸透率が計測される。この熱浸透率が大きい、すなわち熱伝導率が大きいと熱の伝わり方が大きくなり、温度の低下する時間が速くなる。
【0043】
熱伝導率は、以下の式により熱拡散率または熱浸透率から計算される。
熱伝導率k=(熱拡散率α)×体積熱容量
=(熱拡散率α)×(比熱×密度)
熱伝導率k=(熱浸透率b)/体積熱容量
=(熱浸透率b)/(比熱×密度)
したがって、例えば、電圧印加後の熱伝導率の変化率Δkは、以下の式にて評価される。
Δk=k(V)/k(0)-1
Δk=α(V)/α(0)-1
Δk=b(V)/b(0)-1
k(V):電圧印加時の熱伝導率(W/mK)
k(0):電圧印加なしの熱伝導率(W/mK)
α(V):電圧印加時の熱拡散率(m/s)
α(0):電圧印加なしの熱拡散率(m/s)
b(V):電圧印加時の熱浸透率(Ws0.5/mK)
b(0):電圧印加なしの熱浸透率(Ws0.5/mK)
すなわち、本実施例においては、薄膜の電圧印加後の熱伝導率の変化率Δkは、電圧印加前後で体積熱容量が変化しないことを仮定し、TDTR法(FF法)により測定された熱浸透率の値のみを用いて評価している。
【0044】
以下の材料を用いて、電極基板上に、高電気抵抗体層(温度変化体)、相転移体層及び電極層を積層して本発明の実施例とし、TDTR法(FF法)により、その熱伝導度の変化について測定した。
本発明の実施例1~5は、相転移体はAg-S-Seであり、高電気抵抗体はSi-O(酸化ケイ素)である。本発明の実施例6は、相転移体はAg-S-Teであり、高電気抵抗体はSi-O(酸化ケイ素)である。Ag-S-Se膜及びAg-S-Te膜は、分子線蒸着法(MBD法)により成膜されている。Si-O膜は、SiOターゲットを用いて、スパッタ法にて成膜されている。なお、X線回折実験により、Ag-S-Se膜及びAg-S-Te膜は結晶性材料であり、Si-O膜は、非晶質であることを確認している。
電気抵抗(比抵抗)の測定を実施し、Si-O膜の電気抵抗率が、実施例1~6のAg-S-Se膜又はAg-S-Te膜の電気抵抗率よりも、100倍以上大きいことを確認した。本実施例では、Si-O膜(温度変化体4)とAg-S-Se膜又はAg-S-Te膜(相転移体5)との膜厚が異なるものの、Si-O膜の電気抵抗値が、実施例1~6のAg-S-Se膜又はAg-S-Te膜の電気抵抗値よりも、100倍以上大きいことを確認した。すなわち、このSi-O膜は、微小電流が流れる高電気抵抗体であり、さらに膜厚が薄く、熱抵抗値が小さいので、Si-O膜の微小なジュール発熱効果により、効率よくAg-S-Se膜又はAg-S-Te膜(相転移体5)に熱を伝えることができる。
図9の(a)(b)(c)及び図18の(a)は、それぞれ、Ag0.6Se0.4,Ag0.45Se0.55,Ag0.5Se0.5,Ag0.10Se0.90の薄膜X線回折実験の結果を示す。Cu管球を用いて、入射角を0度とし、2θ=20~100度の範囲で2θ-θ測定(一般的な対称測定)を実施した結果、MBD法で作製したAg0.6Se0.4,Ag0.45Se0.55,Ag0.5Se0.5,Ag0.10Se0.90は、高い結晶性を有する単相膜であることを確認した。なお、Si基板上に成膜されているので、33度近傍にSi基板由来の回折ピークが検出されている(表面SEM-EDX等の組成分析により、上記Ag-S-Se膜にSiが含まれていないことを確認している。)。また、入射角を1度とした薄膜X線回折(視斜角入射X線回折)も実施し、上記Ag-S-Se膜が単相膜であることを確認している。
【0045】
Ag1-xSe系では、相転移温度以下の室温近傍の低温相において、x≦0.6では、AgS(単斜晶、空間群P21/c)と同じ結晶構造を有し、x≧0.7では、AgSe(斜方晶、空間群P212121)と同じ結晶構造を有する(0.6<x<0.7の組成域では、成膜条件により、混相もしくは異なる結晶構造をとる。)。
Ag0.6Se0.4,Ag0.45Se0.55,Ag0.5Se0.5は、AgSと同じ結晶構造をとり、Ag0.10Se0.90はAgSeと同じ結晶構造をとることを確認している。なお、相転移温度以上の高温相の結晶構造は、Ag1-xSeは全てのx組成域(0.0≦x≦1.0)において、立方晶、空間群Im-3mを示す。
図18の(b)は、Ag0.95Te0.05の薄膜X線回折実験の結果を示す。測定条件は上記と同様である。
Ag-S-Te膜が単相膜であることを確認している(表面SEM-EDX等の組成分析により、上記Ag-S-Te膜にSiが含まれていないことを確認している。)。
Ag0.95Te0.05の結晶構造は、AgSと同じ結晶構造をとる。
以下に実施例として示すAg-S-Se膜又はAg-S-Te膜の全ては結晶性材料であり、ゼロバイアス(外部電圧が印加されていない状態)では、室温で1W/mK未満の非常に低い熱伝導性を示す材料である。
【0046】
「実施例1」
実施例1の熱流スイッチング素子の構造は以下の通りである。
電極基板:P型半導体のSi基板(厚さ0.5mm)
高電気抵抗体層(温度変化体):Si-O(厚さ50nm)
相転移体層:Ag0.6Se0.4(厚さ150nm)
電極層:Mo(厚さ100nm)
なお、相転移体層のAg0.6Se0.4の、室温での熱伝導率は、0.33W/mKを示す。また、相転移温度は、70℃程度であり、図2のレーザーフラッシュ法により測定された熱伝導率の温度依存性からわかるように、室温の熱伝導率は、相転移温度以上の高温相の熱伝導率よりも低い値を示す。
【0047】
TDTR法(FF法)により測定された実施例1の熱流スイッチの評価結果を、表1に示す。
実施例1では、ゼロバイアス(外部電圧が印加されていない状態)での熱浸透率が1000Ws0.5/mK未満であると共に、電圧印加後の熱伝導率の上昇率が大きくなっていることがわかる。40V以上の電圧を印加すると、1mA以上の電流が流れており、ジュール発熱しており、素子の温度が上昇していることが確認された。60V程度の電圧を印加し、高電気抵抗体がさらに発熱すると、素子の温度が相転移温度近傍の温度まで上昇し、熱浸透率(熱伝導率)が最大値をとるようになる。すなわち、高電気抵抗体のSi-Oが、リーク電流により発熱し、相転移体のAg0.6Se0.4の温度が、熱伝導のピークを示す相転移温度近傍の温度まで上昇したことが、熱流スイッチングの起源と考えられる。
【0048】
【表1】
【0049】
なお、図10は、TDTR法(FF法)により熱浸透率が測定された際の、表面温度の時間依存性を示すものであり、縦軸の表面温度は、パルスレーザーで加熱したときの最大温度にて規格化(最大1)されている。なお、縦軸の表記は、サーモリフレクタンス信号とも呼ばれる。これら測定の結果、上記実施例1にて、印加する電圧を上げて、リークする電流が多くなる程、熱浸透率が高くなると共に、電圧印加後の熱伝導率の上昇率も高くなることが確認された。すなわち、図10の結果より、電圧印加しリーク電流が大きい時の方が、表面温度の低下スピードが速く、電圧が印加されていない時と比べて、熱浸透率が大きく、すなわち熱伝導率が大きくなっていることがわかる。なお、試験後の素子のX線回折実験を実施し、Ag0.6Se0.4の結晶性の変化は検出されていない。
【0050】
「実施例2」
次に、実施例2の熱流スイッチング素子の構造は以下の通りである。
電極基板:P型半導体のSi基板(厚さ0.5mm)
高電気抵抗体層(温度変化体):Si-O(厚さ50nm)
相転移体層:Ag0.45Se0.55(厚さ150nm)
電極層:Mo(厚さ100nm)
なお、相転移体層のAg0.45Se0.55の、室温での熱伝導率は、0.33W/mKを示す。電圧を0V,40V,50Vとステップ的に変化させて、Si-Oに流れるリーク電流量及び発熱量を制御しながら、TDTR法(FF法)により熱浸透率の測定を実施した。実施例2においても、ゼロバイアスでの熱浸透率に比べ、電圧印加後の熱浸透率が大きく変化している振る舞いが観測されている。
【0051】
図11および図12は、TDTR法(FF法)により測定された熱浸透率と熱伝導率変化率の経過時間依存性を示す。また、表2は、ある特定の経過時間における結果が示されている。実施例2においても、ゼロバイアス(外部電圧が印加されていない状態)での熱浸透率が1000Ws0.5/mK未満である。40V,50V印加している間のリーク電流値は、それぞれ、0.22A,0.26Aとなっており、時間経過に対して、殆ど変わらず、一定の値をとる。40V電圧印加すると、熱浸透率がやや低下する振る舞いが観測された。50V印加すると、発熱量が増加し、熱伝導率のピークを示す相転移温度近傍まで温度上昇し、熱浸透率が1000Ws0.5/mKを超えて急増し、700%程度の非常に大きな熱伝導率の変化が観測された。50V電圧印加後、0Vもしくは40V印加に戻すと、元の0Vもしくは40Vの熱浸透率を示し、再び、50V印加すると、1回目と同様に700%程度の熱伝導率の増加が確認された。すなわち、TDTR法(FF法)による測定により、熱流スイッチの繰り返し特性、サイクル特性が確認された。
なお、試験後の素子のX線回折実験を実施し、Ag0.45Se0.55の結晶性の変化は検出されていない。
【0052】
【表2】
【0053】
なお、0Vよりも40Vの方が、熱浸透率が低くなり、0V⇔50Vよりも、40V⇔50Vの方が、大きな熱流スイッチ特性が得られる。
図13は、0V,40V,50V印加した際の、時間領域サーモリフレクタンス法(TDTR法)により熱浸透率が測定された際の、表面温度の時間依存性を示す。50V印加した時の方が、表面温度の低下スピードが速く、熱浸透率が大きく、すなわち熱伝導率が大きくなっていることがわかる。この表面温度の時間依存性は、サイクル試験(電圧変化を繰り返し実施)しても、同様なプロファイルを示すことを確認している。
【0054】
「実施例3,4,5、6」
次に、実施例3,4の熱流スイッチング素子の構造は以下の通りである。
電極基板:P型半導体のSi基板(厚さ0.5mm)
高電気抵抗体層(温度変化体):Si-O(厚さ50nm)
相転移体層:Ag0.5Se0.5(厚さ130nm)
電極層:Mo(厚さ100nm)
また、実施例5、6の熱流スイッチング素子の構造は相転移体層が以下の通りであり、他の構成は実施例3,4と同じである。
実施例5の相転移体層:Ag0.10Se0.90(厚さ100nm)
実施例6の相転移体層:Ag0.95Te0.05(厚さ100nm)
【0055】
実施例3,4は、同様の組成であるが、Si-Oの作製した時期が異なり、Si-Oの電気抵抗率が異なるため、リーク電流による発熱量が異なる。なお、相転移体層のAg0.5Se0.5の、室温での熱伝導率は、0.32W/mKを示す。実施例3,4においても、TDTR法(FF法)による測定により、ゼロバイアスでの熱浸透率に比べ、電圧印加後の熱浸透率が大きく変化している振る舞いが観測されている。
実施例3においても、TDTR法(FF法)により、実施例2と同様なサイクル特性が確認された。この素子は、0Vでは、熱浸透率が、803Ws0.5/mK程度の値を示す。40~41V電圧印加すると、電流が0.14~0.16A流れ、熱浸透率は、666~706Ws0.5/mK程度の値を示す。
【0056】
50~52V電圧印加すると、電流が0.21~0.23A流れ、熱浸透率は、1200Ws0.5/mK以上の値を示すようになる。電圧印加量を40~41V⇔50~52Vと交互に変えて、発熱量を変えたサイクル特性実験を、8回実施した。
図14は、0V,40V,52V印加した際の、実施例3のTDTR法(FF法)により熱浸透率を測定した際の表面温度の時間依存性を示す。40V,52Vは2サイクル目の測定結果である。52V印加した時の方が、表面温度の低下スピードが速く、熱浸透率が大きく、すなわち熱伝導率が大きくなっていることがわかる。また、8サイクルとも、40~41Vの全てのデータ、及び、50~52Vの全てのデータは、図の表面温度の時間依存性は同様なプロファイルを示し、再現性に優れた熱伝導率のサイクル特性を実験的に確認している。なお、試験後の素子のX線回折実験を実施し、Ag0.5Se0.5の結晶性の変化は検出されていない。
また、図19は、0V,49V印加した際の、実施例6のTDTR法(FF法)により熱浸透率を測定した際の表面温度の時間依存性を示す。49V印加した時の方が、表面温度の低下スピードが速く、熱浸透率が大きく、すなわち熱伝導率が大きくなっていることがわかる。すなわち、Ag-S-Te膜においても、Ag-S-Se膜の実施例と同様に、TDTR法(FF法)による測定により、ゼロバイアスでの熱浸透率に比べ、電圧印加後の熱浸透率が大きく変化している振る舞いが観測されている。
【0057】
実施例4においては、熱電対をSi基板(電極)へ設置し、素子の温度をモニターしながら、TDTR法(FF法)により熱流スイッチ特性を評価した。熱電対の先端部を介して電流がリークしないよう、Si-O膜と熱電対の先端部とが接触していないことを確認した後、測定を実施している。
図15図20図21は、実施例4,5,6の熱浸透率(a),熱伝導率の変化率(b),素子の温度(c),リーク電流量(d),印加電圧量(e)の経過時間依存性を示す。これらは、電圧を徐々に増加させ、リーク電流による発熱量を徐々に増加させ、素子の温度を徐々に増加させながら、TDTR法(FF法)により熱浸透率を測定した。実施例4,5,6においても、ゼロバイアスでの熱浸透率に比べ、電圧印加後の熱浸透率が大きく変化している振る舞いが観測されている。
【0058】
図16図17及び図22図25には、実施例4,5,6において、横軸を素子の温度としたときの、TDTR法(FF法)により測定された熱浸透率と素子の温度との関係、および、熱伝導率変化率と素子の温度との関係をプロットした図を示す。その結果、相転移温度近傍の温度にて、図2及び図3で示したレーザーフラッシュ法で測定されたバルクの熱伝導率のピークと似た振舞を観測した。時間領域サーモリフレクタンス法(TDTR法)にて、レーザーフラッシュ法と同様に、相転移体の相転移温度近傍の温度域で熱伝導率のピークが観測されたと考える。すなわち、高電気抵抗体のSi-O膜が発熱し、相転移体のAg-S-Se膜又はAg-S-Te膜が、熱伝導のピークを示す相転移温度近傍の温度まで温度上昇したことが、大きな熱流スイッチング特性(大きな熱伝導率の変化)の起源と考えられる。実際に、相転移温度を超えた温度域にて、熱浸透率(熱伝導率)は、ピークよりも小さい値を取っている。図2及び図3にAg-S-Se系又はAg-S-Te系の熱伝導率の温度依存性のデータが示されているが、相転移温度以下の低温相に比べて相転移温度以上の高温相では熱伝導率が高くなっている振る舞いも再現されている。
【0059】
なお、図16及び図17よりわかるように、TDTR法(FF法)により測定された熱浸透率および熱伝導率の変化率が正のピークを示す温度よりもやや低い温度で、熱浸透率および熱伝導率の変化率が負のブロードピークを示し、熱浸透率および熱伝導率の変化率が最低値を示す温度領域がある。同様な振る舞いは、実施例2でも確認されている。(0Vよりも40Vの方が、TDTR法(FF法)により測定された熱伝導率が低くなり、0V⇔50Vよりも、40V⇔50Vの方が、大きな熱流スイッチ特性が得られる。)これら結果は、リーク電流による発熱量を微調整し、熱伝導率が負のブロードピークを示す領域と、熱伝導率が正の急峻なピークを示す領域とを、精密制御することで、大きな熱流スイッチ性能が得られることを示唆している。
また、上記実施例1~5からも分かるように、Ag-S-Se系の相転移体層では、低温相と高温相とで結晶相が異なっているが、どちらの結晶相も相転移する際に相転移の前後のいずれの相よりも高い熱伝導率を有する特徴を有している。すなわち、相転移体層のSe組成比が0.90の実施例5と、Se組成比≦0.6の実施例1~4とでは、室温近傍の低温相の結晶構造が異なるものの、相転移温度近傍の温度にて、熱浸透率(熱伝導率)のピークを有している。
【0060】
なお、本発明の技術範囲は上記各実施形態及び実施例に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲において種々の変更を加えることが可能である。
【0061】
上記各実施形態では、温度変化体として、第1電極と第2電極との間で印加された電圧に応じて生じた電流により発熱する材料を含む電気抵抗体を採用したが、ペルチェ素子や固体熱量効果材料(電気熱量効果材料、磁気熱量効果材料)等の電磁気的な外部エネルギーにより冷却する材料や素子を含む電磁気冷却体を採用しても構わない。
なお、温度変化体として、電気抵抗体と電磁気冷却体とを組み合わせて採用しても構わない。すなわち、相転移温度よりも高温で熱伝導率が小さくなるAg-S-Teのような材料の相転移体では、電気抵抗体により高温域で動作させ、また、電磁気冷却体により相転移体の温度を下げて、熱伝導率を大きくさせることも可能になる。
【符号の説明】
【0062】
1,21,31,41…熱流スイッチング素子、2…第1電極、3…第2電極、4…温度変化体(電気抵抗体)、5…相転移体、6,26,36…積層部
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
図18
図19
図20
図21
図22
図23
図24
図25