IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 田中 めぐみの特許一覧 ▶ 田中 経丸の特許一覧

特開2023-123785乳幼児用飲食品、乳幼児の腸内環境の改善方法、及び乳幼児の免疫力の増強方法
<>
  • 特開-乳幼児用飲食品、乳幼児の腸内環境の改善方法、及び乳幼児の免疫力の増強方法 図1
  • 特開-乳幼児用飲食品、乳幼児の腸内環境の改善方法、及び乳幼児の免疫力の増強方法 図2
  • 特開-乳幼児用飲食品、乳幼児の腸内環境の改善方法、及び乳幼児の免疫力の増強方法 図3
  • 特開-乳幼児用飲食品、乳幼児の腸内環境の改善方法、及び乳幼児の免疫力の増強方法 図4
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023123785
(43)【公開日】2023-09-05
(54)【発明の名称】乳幼児用飲食品、乳幼児の腸内環境の改善方法、及び乳幼児の免疫力の増強方法
(51)【国際特許分類】
   A23L 33/15 20160101AFI20230829BHJP
   A23L 33/10 20160101ALI20230829BHJP
   A23C 9/158 20060101ALI20230829BHJP
   A61K 31/706 20060101ALN20230829BHJP
【FI】
A23L33/15
A23L33/10
A23C9/158
A61K31/706
【審査請求】有
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023109306
(22)【出願日】2023-07-03
(62)【分割の表示】P 2020572231の分割
【原出願日】2020-02-07
(31)【優先権主張番号】P 2019022222
(32)【優先日】2019-02-12
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】516211374
【氏名又は名称】田中 めぐみ
(71)【出願人】
【識別番号】516211385
【氏名又は名称】田中 経丸
(74)【代理人】
【識別番号】100108143
【弁理士】
【氏名又は名称】嶋崎 英一郎
(72)【発明者】
【氏名】田中 めぐみ
(72)【発明者】
【氏名】田中 経丸
(57)【要約】      (修正有)
【課題】乳幼児の腸内環境を改善し、免疫力を増強させることが可能な乳幼児用飲食品等を提供する。
【解決手段】有効量のニコチンアミドモノヌクレオチドを含む乳幼児用飲食品。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
有効量のニコチンアミドモノヌクレオチドを含むことを特徴とする、免疫力増強用の乳幼児用飲食品。
【請求項2】
前記免疫力増強が、免疫グロブリンMの産生促進によること、又はCD8陽性T細胞の産生促進によることである、請求項1に記載の免疫力増強用の乳幼児用飲食品。
【請求項3】
前記乳幼児が乳児である、請求項1又は2に記載の免疫力増強用の乳幼児用飲食品。
【請求項4】
ニコチンアミドモノヌクレオチド量換算で、乳幼児一人1日当たり、0.2~220mgの範囲で提供される量のニコチンアミドモノヌクレオチドを含む、請求項1~3のいずれか1項に記載の免疫力増強用の乳幼児用飲食品。
【請求項5】
前記乳幼児用飲食品が育児用粉乳である、請求項1~4のいずれか1項に記載の免疫力増強用の乳幼児用飲食品。
【請求項6】
請求項1~5のいずれか1項に記載の乳幼児用飲食品を摂取させる工程があることを特徴とする、乳幼児の免疫力増強方法(人間を治療する方法を除く)。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、乳幼児用飲食品、乳幼児の腸内環境の改善方法、及び乳幼児の免疫力の増強方法に関する。
【背景技術】
【0002】
育児用粉乳(以下、単に「粉乳」ということがある。)は、何らかの理由で母乳が出ない又は不足ぎみの場合、母親が感染症に罹患していたり、医薬品を使用していたりする場合、母乳を与えるのが苦痛・面倒である場合などに、母乳の代替として利用される栄養補助食品である。乳児にとっては母乳が乳児の成長や発達に必要な主たる栄養源であることを考えれば、粉乳は健全な乳児の発育に対して最も重要な役割を果たす食品であることが理解される。そのため、粉乳には、母乳と同様に乳児の成長に必要な栄養を十分に含んでいることが本来的に要求されており、そこで粉乳メーカーはかかる要求に応えるべく、粉乳の組成を母乳の組成になるべく近づけることを目標として研究開発を行っている。その結果、現在、我が国で生産されている粉乳は、含まれる栄養成分が非常に充実したものとなっており、粉乳メーカーより各種の高品質の粉乳が製品化されている。そして、このような粉乳製品の品質の漸進的向上に相まって、粉乳に対する需要は世界的に伸びており、粉乳の世界市場は、今後高い年平均成長率で拡大していくことが見込まれている。なお、「調製粉乳」とは、我が国の乳及び乳製品の成分規格等に関する省令によれば、「生乳、牛乳若しくは特別牛乳又はこれらを原料として製造した食品を加工し、又は主要原料とし、これに乳幼児に必要な栄養素を加え粉末状にしたもの」と定義されている。
【0003】
ところで、母乳は、乳児の成長や発達に必要な栄養源として機能するだけでなく、免疫や精神発達等の点においても様々な機能を果たしており、これらの機能は母乳中に含まれる各種成分によって発現されている。この点について具体的にいうと、母乳には乳児が健康に発育するために必要な、糖質、蛋白質、脂質等のエネルギー源や栄養素が含まれるとともに、乳児を下痢や他の感染症から守るために、免疫グロブリン、補体、ラクトフェリン、リゾチーム等の様々な感染防御因子が含まれている。これらの感染防御因子は、乳児が感染症に罹患することを防御する上で有効に作用している。
【0004】
これに対して、母乳の代替として利用される粉乳はその栄養成分は充実しているものの、感染防御等に関与する生理活性成分の点では必ずしも充実しているとはいえない。例えば母体で生成された抗体は母乳にしか含まれていないため、完全に母乳に代替することはできない。そのためか、粉乳で育った乳児は、母親からの免疫を受け継がないので病気になりやすいことが一部で指摘されている。また、乳児期、特に新生児期は一種の免疫不全状態にあるとされており、そのために感染症に罹患しやすいといわれている。
【0005】
このような問題に対処するため、感染防御機能を強化した粉乳が生産されている。この粉乳には母乳に含まれる感染防御因子として知られている成分、例えばシアル酸、ラクトフェリン、ガングリオシド等の成分が配合されており、生体防御機構である感染防御機能が強化されている。母乳中に含まれるシアル酸は、オリゴ糖、糖脂質、糖蛋白質を構成する糖鎖に含まれている。糖蛋白質であるラクトフェリンは、その糖鎖の末端にシアル酸を含む。糖脂質であるガングリオシドは、脂肪酸とスフィンゴシンからなるセラミドに、グルコース、ガラクトース、N―アセチルガラクトサミン、N―アセチルグルコサミン及びシアル酸が結合した構造を有している。ウイルスや細菌等の病原体の感染は、一般に粘膜の上皮細胞に存在するシアル酸を含む糖鎖に結合することから始まり、例えば病原性大腸菌やコレラ菌の病原体が産生する毒素も消化管上皮細胞のシアル酸含有糖鎖に結合して下痢や炎症を引き起こすとされている。こうした感染の機構を勘案するならば、母乳中のシアル酸含有成分は、乳児の口腔、咽頭、消化管で病原体が上皮細胞に付着する前にそれら病原体と結合してその活性を失わせることにより、外部からの感染を防御していると考えられる。
【0006】
従来、感染防御機能を付与した粉乳の具体例としては、例えば、特許文献1には、牛乳由来のシアル酸結合タンパク質をプロテアーゼ処理して得られるシアル酸結合ペプチドを感染防御成分として配合してなる感染防御機能を付与した育児用粉乳が開示されている。
【0007】
また、特許文献2には、人乳及び牛乳ガングリオシドが、病原性微生物やウイルスの腸粘膜細胞への付着を阻止する活性を有するとの知見を基にして創作された粉乳、すなわち、一般式(NANA)n-Gal-Glc-セラミド(ただし、式中NANAはN-アセチルノイラミン酸、Galはガラクトース、Glcはグルコース、nは1又は2の整数を示す)で表されるガングリオシドを0.5mg重量%以上添加して成る粉乳が開示されている。
【0008】
一方、腸内には免疫機能があり、危険な病原菌は排除されるが、免疫により許容されている腸内細菌が棲息する。腸内で活動する腸内細菌は、善玉菌、悪玉菌、日和見菌に大別され、善玉菌にはビフィズス菌、乳酸菌、腸球菌など、悪玉菌にはウェルシュ菌、黄色ブドウ球菌、大腸菌(有毒株)など、そして日和見菌にはバクテロイデス、大腸菌(無毒株)、連鎖球菌などが含まれる。善玉菌は腸管内を酸性にし、消化管の免疫力増強、ビタミンの産生、コレステロール低下などの健康維持に関与している。他方、悪玉菌は蠕動運動を低下させ、腸管内をアルカリ性にし、毒性のアンモニアやアミン、硫化水素などの有害物質や発がん性物質を産生し、免疫力の低下などの身体に有害な作用があるとされる。日和見菌は通常ほとんど影響はないが、善玉菌か悪玉菌が優勢な方に加担する性質がある。これらの菌はお互いにバランスを保ちながら共生しているが、加齢、ストレス、感染、食生活、抗生物質の使用などにより菌の構成が変化する。
【0009】
ところで、母乳で育った乳児の消化管内は善玉菌であるビフィズス菌が優勢な細菌叢であり、病原菌の増殖を抑え、健全な乳児の発育に大きく貢献している。しかしながら、粉乳で育った乳児は、母乳で育った乳児よりも、腸内のビフィズス菌がはるかに少なく、悪玉菌といわれる大腸菌の数が10倍以上多く検出されることが少なくないことが報告されている。こうした腸内フローラのバランスの悪化は、母乳にビフィズス菌の繁殖を促すビフィズス増殖因子が含まれているのに対し、粉乳にはそうした因子が含まれていないことが理由の1つとして挙げられている。そこで、乳児の腸内環境を改善させるために、ビフィズス増殖因子として知られているガラクトオリゴ糖(ラクトースにβ―ガラクトシダーゼを作用させて得られる2~6糖のオリゴ糖)、ラクチュロース、ラフィノース等を粉乳に配合することが行われている。
【0010】
例えば特許文献3には、腸内菌叢を占めるビフィズス菌の発育を促進させることを目的として、ラクチュロ-ス、フラクトオリゴ糖及びガラクトオリゴ糖からなる群より選択される1種又は2種以上のオリゴ糖、ラフィノ-ス、並びに粉乳用の成分からなる配合物が開示されている。
【0011】
乳幼児は、腸管病原菌感染に対して感染しやすい(感受性が高い)ことが知られているが、従来これは免疫系が未成熟であることがその要因と考えられていた。しかし近年、この免疫系の発達や腸管病原菌に対する感染防御に腸内フローラが重要な役割を果たしていることが次第に明らかになってきた。腸内フローラは生後3年の間に変化して、大人型の腸内フローラへと成熟していくことが知られている。そして、乳幼児は腸管病原菌感染に対して高い感受性を示すが、この乳幼児の腸管病原菌感染に対する高い感受性は、腸内フローラが未成熟なことに起因することが判明している。したがって、特に乳幼児に対しては、腸内フローラの未成熟さを補うことができる成分を粉乳をはじめとする乳幼児用飲食品に配合することが望まれる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特許第2514375号公報
【特許文献2】特公平6-85684号公報
【特許文献3】特開平10-175867号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
前述したように、従来の粉乳で育った乳児は、母乳で育った乳児と比べると、腸内フローラにおける善玉菌であるビフィズス菌等と悪玉菌である大腸菌等とのバランスが乱れるために、腸内環境が悪化していたり、免疫力が十分でないために感染症に罹患しやすかったりする場合が多くなる傾向にある。そのため、腸内環境改善能、免疫賦活能(感染防御機能)を強化した乳幼児用飲食品の開発が待たれている。
【0014】
そこで、本発明は、乳幼児の腸内環境を改善し、免疫力を増強させることが可能な乳幼児用飲食品、乳幼児の腸内環境の改善方法、及び乳幼児の免疫力の増強方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者は、上記課題を解決するため鋭意研究した結果、補酵素NAD(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド)の生合成に関与する中間代謝物であるニコチンアミドモノヌクレオチドが優れた、乳児の腸内環境の改善効果及び免疫力の増強効果(感染症防止効果)を発揮できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0016】
本発明は、以下に示すものである。
[1]有効量のニコチンアミドモノヌクレオチドを含むことを特徴とする乳幼児用飲食品。
[2]腸内環境の改善に用いられる、前記[1]に記載の乳幼児用飲食品。
[3]免疫力の増強に用いられる、前記[1]又は[2]に記載の乳幼児用飲食品。
[4]前記乳幼児が幼児である、前記[1]~[3]のいずれかに記載の乳幼児用飲食品。
[5]ニコチンアミドモノヌクレオチド量換算で、乳児一人1日当たり、0.2~220mgの範囲で提供される量のニコチンアミドモノヌクレオチドを含む、前記[1]~[4]のいずれかに記載の乳幼児用飲食品。
[6]前記乳幼児用飲食品は、育児用粉乳である、前記[1]~[5]のいずれかに記載の乳幼児用飲食品。
[7]腸内環境が悪化している乳児に、前記[1]~[6]のいずれかに記載の乳幼児用飲食品を摂取させる工程があることを特徴とする、乳児の腸内環境の改善方法。
[8]免疫力の低い乳児に、前記[1]~[6]のいずれかに記載の乳幼児用飲食品を乳児に摂取させる工程があることを特徴とする、乳児の免疫力の増強方法。
[9]前記乳幼児用飲食品の摂取量が、該飲食品に含まれるニコチンアミドモノヌクレオチド量換算で、乳幼児一人1日当たり、0.2~220mgの範囲となる量である、前記[7]又は[8]に記載の方法。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、乳幼児の腸内環境の改善し、免疫力を増強することが可能であり、安全性に優れた乳幼児用飲食品が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】ナイアシン(ニコチンアミドとニコチン酸の総称)に関与する代謝経路を示す説明図である。
図2】実施例1の結果を示すグラフ図である。
図3】実施例2の結果を示すグラフ図である。
図4】実施例3の結果を示すグラフ図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明に係る乳幼児用飲食品は、通常の栄養成分に加えて、ニコチンアミドモノヌクレオチドを生理活性成分として配合したものであり、それによって乳幼児の腸内環境の改善し、免疫力を高めることにより、病原菌やウイルスによって引き起こされる感染症を防御する生理活性を強化した乳幼児用飲食品である。本発明において、「乳幼児の腸内環境の改善」とは、乳幼児の腸内細菌中における善玉菌であるビフィズス菌や乳酸菌の菌数の割合が増加して、善玉菌優勢の腸内フローラが形成されていることをいう。ここで、「腸内フローラ」とは、腸内に棲息している多種多様な微生物の群集であると定義される。善玉菌の割合が増加していくと、相対的に悪玉菌の影響力が低下し、善玉菌が優勢な状態となることで腸内フローラの良好なバランスが保たれて腸内環境が良好となり、そうなると悪玉菌が乳幼児の健康を害するような活発な働きはできなくなり、結果的に乳幼児の健康状態が高まることになる。また、外部の敵から身を守る免疫システムを担うのは白血球の一種のリンパ球であり、これは小腸や大腸に最も多く、この免疫システムは腸管免疫と呼ばれているが、腸内フローラの良好なバランスが崩れると、腸管免疫の働きが低下するので、口内炎、カゼなどの感染症を発症しやすくなる。すなわち、腸内フローラの良好なバランスが保たれることで腸管免疫の働きが正常に行われるようになり、高い免疫力が発揮されることになる。
【0020】
一般に、生後1か月間の乳児の腸内フローラの形成過程は、まずブドウ球菌、大腸菌、ビフィズス菌のいずれかが最優勢菌である腸内フローラ構成となり、次いでビフィズス菌優勢の腸内フローラ構成に移行するとされる。その移行時期には個人差が認められるが、多くの乳児の腸管内では、ビフィズス菌が最優勢菌となる腸内フローラが形成される。一例を挙げると、ビフィズス菌は生後3日を過ぎたあたりから徐々に増え始め、4~7日目には糞便1グラムあたり100~1000億個に達し、母乳栄養児では腸内細菌の95%以上を占めるようになり、同時に大腸菌や腸球菌の数は減少してビフィズス菌の100分の1程度に抑えられていく。
【0021】
一方、従来の一般的な粉乳を与えた栄養児の一例では、生後6日目でもなお大腸菌群が最優勢であり、生後1か月でビフィズス菌が優位になるものの、母乳栄養児の圧倒的なビフィズス菌優位の腸内フローラに比べるとその割合は低くなることがある。最近の研究により、乳児期内の腸内フローラ構成が成長後の個体の生理機能に大きな影響を及ぼすことが明らかとなっている。
【0022】
本発明において、腸内環境の改善、免疫力の増強をもたらす生理活性成分としてニコチンアミドモノヌクレオチドを配合することにより本発明の効果が得られる詳細な理由は現在検討中であるが、1つの考えられる理由としては以下のようなものである。すなわち、ニコチンアミドモノヌクレオチドが善玉菌のビフィズス菌や乳酸菌の増殖を促す物質として働き、ビフィズス菌や乳酸菌を選択的に増加させる作用があるため、その結果、腸内フローラ構成が善玉菌優位のフローラとなる。そして、善玉菌が増加することで、その代謝産物である乳酸や酢酸などの有機物が生成され、乳酸や酢酸の生成が増えると腸内は酸性になり、アルカリ性の環境を好む大腸菌やウェルシュ菌などの悪玉菌の増殖が抑制されることになる。その結果、善玉菌優位の健康な腸内環境を得ることができ腸内環境が改善されることになる。善玉菌の割合を増やしていくと、相対的に悪玉菌の影響力が低下し、善玉菌が優勢な状態となることで、腸内フローラの良好なバランスが保たれ、そうなると悪玉菌が幼児の健康を害するような活発な働きはできなくなり、結果的に幼児の免疫力が高まることになる。また、増加した乳酸菌やその菌体成分が、腸管免疫の舞台である小腸の上皮細胞にある腸管免疫の自然免疫のレセプターを刺激し、この刺激により病原菌の増殖を抑える多数のサイトカインが生成され、抗菌物質が分泌されることで、外部から侵入してきた病原菌やウイルスの感染を初期段階で防ぐことで生体防御作用、免疫賦活作用がもたらされることも理由として考えられる。またニコチンアミドモノヌクレオチドに免疫細胞の一つであるリンパ球の増殖や免疫グロブリン産生の促進作用があることも考えられる。小腸は免疫細胞や末梢血管が集中している臓器であるため、腸内環境が整うと生体防御機能、疾病防御機能が高まり、健康に良い影響をもたらすことになる。なお乳酸菌は小腸の役割である栄養素の消化吸収が適切に行われるように腸内環境を整える働きがある。
【0023】
ニコチンアミドモノヌクレオチド(化学式:C1115P)は、ヒトを含む多くの生物の体内で作られる、下記の構造式[化1]で表される化合物である。一般にNMN(Nicotinamide mononucleotide)と呼ばれており、補酵素NADの生合成に関与する中間代謝物として知られている。
【0024】
【化1】
【0025】
本発明に係る乳幼児用飲食品に配合されるニコチンアミドモノヌクレオチドは、生体内では、肝臓組織によるNAD代謝経路、すなわち、キヌレニン経路を経てキノリン酸からニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NAD)の合成に関与する経路において産生されている。この点について、図1を参照して具体的に説明する。図1はビタミンBとして知られるナイアシン(ニコチンアミドとニコチン酸の総称)に関与する代謝経路を示す説明図である。食事から摂取したニコチン酸は肝臓に取り込まれ、ニコチンアミドに変換され、ニコチンアミドは血流を介して全身に供給される。各細胞は血液中からニコチンアミドを取り込み、NAD、NADPに変換して利用する。ニコチンアミドはトリプトファンからも生合成される。
【0026】
図1に示すように、生体内においては、トリプトファンを出発物質とした場合、トリプトファンはトリプトファン代謝経路であるキヌレニン経路を経てキノリン酸(QA)に変換され、さらにニコチン酸モノヌクレオチド(NaMN)となる。他方、ニコチン酸(Na)を出発物質とした場合、ニコチン酸は直接NaMNに変換される。NaMNはその後、ニコチン酸アデニンジヌクレオチド(NaAD)を経て、NADサイクルによってNAD、ニコチンアミド(NaM)、ニコチンアミドモノヌクレオチドと相互に変換される。ニコチンアミド(NaM)は、ニコチンアミドホスホリボシルトランスフェラーゼ(NAMPT)によってニコチンアミドモノヌクレオチドに変換され、次いでニコチンアミドモノヌクレオチドがニコチンアミドモノヌクレオチドアデニルトランスフェラーゼ(NMNAT)により変換されてNADが生成される。なお、NAD中間代謝産物であるニコチンアミドリボシド(NR)からもニコチンアミドモノヌクレオチドが産生される。
【0027】
ニコチンアミドモノヌクレオチドには光学異性体としてα体、β体の2種類が存在しているが、本発明ではβ体が使用される。ニコチンアミドモノヌクレオチドは、例えば、ニコチンアミドとリボースからニコチンアミドリボシドを合成し(Bioorg. Med. Chem. Lett., 12, 1135-1137 (2002) 参照)、次いで、リボース部分の5位水酸基のリン酸化する(Chem. Comm., 1999, 729-730参照)ことにより得ることができる。具体的には、例えば、まず、ニコチンアミドとL-リボーステトラアセテートとを、無水アセトニトリルに溶解し、窒素気流下、トリメチルシリルトリフルオロスルホン酸を過剰量添加後、室温にて撹拌し、メタノールを添加して反応を停止させた上記反応液を、活性炭を充填したカラムに付し、蒸留水で洗浄後、メタノールで溶出して生成物を回収する。次いで、この生成物のL-リボース部分の5位水酸基のリン酸化反応を行うために、上記生成物をトリメトキシリン酸に溶解し、氷冷下、オキシ塩化リンを滴下し、窒素気流下で撹拌し、水酸化ナトリウム水溶液を添加して中和させ、反応を停止させた上記反応液に、冷アセトニトリル-エーテル溶液を添加する。その後、下層(水相)を陰イオン交換樹脂に通して反応物を回収し、さらに陽イオン交換樹脂で精製することにより、純度の高いニコチンアミドモノヌクレオチドを回収することができる。また、ニコチンアミドモノヌクレオチドはオリエンタル酵母工業社、邦泰生物工程社から市販されており、それらの市販品を購入して使用することができる。
【0028】
前記ニコチンアミドモノヌクレオチドは不純物の含有量が少ない精製物、特にはその純度は90%以上が好ましく、95%以上がさらに好ましい。前記純度が90%未満であると、異臭が発生したり、あるいは、ニコチンアミドモノヌクレオチドの作用が減弱されて本発明の効果が十分に得られなくなる恐れがある。
【0029】
前述したようにニコチンアミドモノヌクレオチドの純度は90%以上が好ましいが、その純度(質量比)は無水換算で100%からニコチンアミドモノヌクレオチド以外の不純物を除いた値として定義される。したがって、ニコチンアミドモノヌクレオチドの純度は、式:ニコチンアミドモノヌクレオチドの純度(%)=100-ニコチンアミドモノヌクレオチド以外の不純物(%)により求めることができる。ここで、該不純物としては、図1に示したような、NAD代謝経路に関与するニコチンアミドモノヌクレオチドを除く代謝物、特に、ニコチンアミド、及びニコチンアミドアデニンジヌクレオチドが挙げられる。本発明で使用されるニコチンアミドモノヌクレオチド中にNAD代謝経路に関与する上記代謝物のような夾雑物が存在すると、ニコチンアミドモノヌクレオチドの生体細胞内への取り込みが減少したりするなどして、結果的に本発明の効果が減弱される恐れがある。なお、NAD代謝経路に関与する上記不純物の定量は、乾燥されたニコチンアミドモノヌクレオチド粉末の試験溶液をHPLC装置に注入し、得られたクロマトグラフのピーク面積を求め、標準試料を用いた絶対検量線法にて行う(縦軸:ピーク面積、横軸:濃度)。微量物質の場合は、ピーク高を用いると精度よく定量できるので、用いる装置の特性に応じて適宜選択する。なお、分離された物質の特定は保持時間により行う。
【0030】
本発明に係る乳幼児用飲食品は、その各飲食品についての通常の摂取量を摂取した場合に、生理活性成分であるニコチンアミドモノヌクレオチドが本発明の効果を発揮しうる量、すなわち請求項1で規定している「有効量」が配合されている乳幼児用飲食品である。また、本発明に係る乳幼児用飲食品は、乳幼児の腸内フローラの改善作用、免疫機能の促進作用を有する生理活性成分であるニコチンアミドモノヌクレオチドを日常生活で摂取される乳幼児用飲食品に配合することにより、前記作用に基づく機能を併せ持つ乳幼児用飲食品である。「乳幼児用飲食品」は、乳児及び幼児のための飲食品を広く含む概念であり、食品の種類については特に限定されず、その形態については固体状、半固体状、液体状のいずれのものでもよい。具体的には、育児用粉乳、液体ミルク、ベビーフード、ベビー飲料、ベビーデザート、ベビーふりかけ、乳幼児向け菓子(パン、ガム、キャンディー、飴、クッキー、グミ、ビスケット、ケーキ、チョコレート、和菓子、ゼリー等)、乳製品(ヨーグルト、チーズ、牛乳、バター等)、アイスクリーム、クリーム、ジャム、栄養食品、服薬補助ゼリー等が挙げられる。これらの乳幼児用飲食品のうち、本発明の効果の必要性、有用性の高さの観点から見ると育児用粉乳が特に好ましい。幼児の腸内環境は不安定であり免疫システムも未成熟であり、かつ、育児用粉乳は幼児にとって栄養源を含む最も重要な飲食品だからである。育児用粉乳には、乳児用調製粉乳、フォローアップミルク、低出生体重児用ミルクのほかに、特殊ミルク、無乳糖乳、ミルクアレルギー用ミルク及びその他の乳児の人工哺育に用いる粉乳類が含まれる。前記液体ミルクは、乳児が母乳の代わりとして飲むことができるように、栄養成分が調整された液体状のミルクのことをいう。また前記ベビーフードとは、乳児の発育に伴い、栄養補給を行うとともに、順次一般食品に適応させることを目的として製造された食品のことをいう。該ベビーフードには、肉類、穀類、野菜、果物、無機質等をペースト状にして缶詰、びん詰、パックにしたものや、これらの粉末状、顆粒状、フレーク状、固形状の乾燥物にお湯や水を加えてペースト状にして食べるものなどがある。前記ベビー飲料とは、乳児の水分補給、栄養補給及び離乳を補助する目的で製造された食品のことをいう。ここで、「乳幼児」とは、乳児と幼児を合わせた概念である。「乳児」とは、母乳やミルクから栄養を摂り、歩き出すまでの時期にある生後1年くらいまでの小児をいう。「幼児」とは、自分の足で歩き、母乳やミルク以外の食事から栄養を摂れる時期にある生後1~6年くらいまでの小児をいう。
【0031】
本発明に係る乳幼児用飲食品において、ニコチンアミドモノヌクレオチドの配合量は、有効量、すなわち、その各飲食品についての通常の摂取量を摂取した場合に、生理活性成分であるニコチンアミドモノヌクレオチドが本発明の効果を発揮しうる量であればよく、各飲食品について、飲食品の味に与える影響(ニコチンアミドモノヌクレオチドは酸味がある)、摂取量、コスト等も考慮して適宜決定すればよい。
【0032】
前記乳幼児用飲食品において、ニコチンアミドモノヌクレオチド以外の成分組成は特に限定されず、各飲食品の種類等に応じて、各飲食品の公知の成分が適宜配合される。例えば育児用粉乳の場合、一般的には熱量60~70kcal/100ml、蛋白質1.8~3.0g/100kcal、炭水化物9.0~14.0g/100kcal、脂質4.4~6.0g/100kcalの成分組成となっており、その他の成分として、各種ビタミン、ミネラル、プレバイオティック作用をもつ各種オリゴ糖、感染防御因子として、ラクトフェリン、ガングリオシド、シアル酸等が配合される。
【0033】
出生直後から離乳期は腸内細菌の成立にとって重要な時期であり、この間に住み着いた腸内細菌が様々な過程を経て各個人の腸内フローラが形成される。前述したように、乳児期内の腸内フローラ構成が成長後の個体の生理機能に大きな影響を及ぼし、幼児の腸内環境は不安定であり免疫システムも未成熟であることを踏まえると、本発明に係る乳幼児用飲食品は、特に乳児に対して有用性が高いといえる。
【0034】
本発明の好ましい態様によれば、腸内環境の改善に用いられる乳幼児用飲食品が提供される。また、免疫力の増強、感染症の防御に用いられる乳幼児用飲食品が提供される。
【0035】
本発明に係る乳幼児用飲食品を摂取する場合、その摂取量は、乳幼児の年齢(月齢)、性別、腸内フローラの状態、食品形態・種類、摂取時間等を考慮して適宜決定できる。しかしながら、本発明の効果を有効に得るためには、該摂取量は通常ニコチンアミドモノヌクレオチド量換算で、乳幼児一人1日当たり、0.2~220mgとなる量であり、特に1~220mgが好ましい。0.2mgよりも少ないと、本発明の効果が十分に得られなくなる恐れがあり、一方、220mgより多くしても得られる効果は特に変わらず、経済的に不利になる。したがって、本発明に係る乳幼児用飲食品は、ニコチンアミドモノヌクレオチド量換算で、乳幼児一人1日当たり、0.2~220mg、特に1~220mgの範囲で提供される量のニコチンアミドモノヌクレオチドを含むことが好ましい。乳児に摂取させる場合は、該摂取量は幼児よりも少なくなり、通常、ニコチンアミドモノヌクレオチド量換算で、乳児一人1日当たり、0.2~120mgとなる量であり、特に1~120mgが好ましい。なお、ここで規定した摂取量は1日1~数回の摂取単位に分割して摂取することができる。
【0036】
本発明に係る乳幼児用飲食品の摂取期間は特に限定されず、効果を見ながら適宜判断すればよいが、腸内フローラの状況は固定されたものでなく、絶えず変化しうるものであることを考えれば、一時的に短期間摂取するのではなく、連続的に継続して長期間摂取することが好ましい。本発明に係る乳幼児用飲食品の摂取を中断することにより、悪玉菌が増加して腸内フローラのバランスが好ましくない方向に崩れる恐れがある。なお本発明に係る乳幼児用飲食品は継続して摂取しても安全性に問題はない。
【0037】
本発明に係る乳幼児用飲食品は、乳幼児用飲食品にニコチンアミドモノヌクレオチドを添加したものであり、各乳幼児用飲食品の通常の製造方法に従って製造される。ニコチンアミドモノヌクレオチドは市場に流通しており、商業的に入手することができる(オリエンタル酵母工業社、邦泰生物工程社)。ニコチンアミドモノヌクレオチドについては、近年、ニコチンアミドモノヌクレオチドの品質管理体制及び量産体制が確立されている。
【0038】
また、本発明は、腸内環境が悪化している乳幼児に本発明に係る乳幼児用飲食品を摂取させる工程があることを特徴とする、乳幼児の腸内環境の改善方法である。本方法において、乳幼児に摂取させる前記乳幼児用飲食品の量は適宜決定すればよいが、ニコチンアミドモノヌクレオチド量換算で、乳児一人1日当たり、前述した量となる乳幼児用飲食品量とするのが望ましい。また、本方法には、他の腸内環境を改善するための他の工程、例えば、ビフィズス増殖因子として知られているガラクトオリゴ糖、ラクチュロース、ラフィノース等を摂取させる工程を追加することができ、そうすることにより、さらに本発明の効果の増強が期待しうる。本発明に係る乳幼児用飲食品を摂取させる期間については前述したとおりである。
【0039】
また、本発明は、免疫力の低い乳幼児に本発明に係る乳幼児用飲食品を摂取させる工程があることを特徴とする、乳幼児の免疫力の増強方法である。本方法において、乳幼児に摂取させる前記乳幼児用飲食品の量は前述と同様である。また、本方法には、他の免疫力(感染防止力)を増強するための他の工程、例えば、感染防御因子として知られている成分、例えば、シアル酸、ラクトフェリン、ガングリオシド等の成分を摂取させる工程を追加することができ、そうすることにより、さらに本発明の効果の増強が期待しうる。本発明に係る乳幼児用飲食品を摂取させる期間については前述したとおりである。
【実施例0040】
次に実施例を挙げて本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0041】
実施例1.免疫グロブリンM(IgM)産生促進効果の評価
細菌やウイルスに感染したときに最初にB細胞から作られる抗体であるIgMについて、ニコチンアミドモノヌクレオチドを含む乳幼児用飲食品の摂取による血液中のIgM濃度の変化を確認するため、1.8~6.5歳の男女の幼児を対象に試験を行った。23人の幼児を2群に分け、一方の群(11人)には粉ミルク単独を、他方の群(12人)にはニコチンアミドモノヌクレオチドを添加した粉ミルク(化合物(+))を、1日1回午前中に、約30日間にわたり毎日継続して授乳させ、授乳前と約30日間の授乳後において、それぞれの群における血液中のIgM濃度(mg/dl)を測定し、その平均値を求めた(授乳前の血液中のIgM濃度が120mg/dl未満の被験者は除く)。なお、ニコチンアミドモノヌクレオチドを添加した粉ミルクを授乳させた群においては、ニコチンアミドモノヌクレオチドを1日あたり100mg含む粉ミルクを授乳させた。結果を図2に示す。図2に示すように、ニコチンアミドモノヌクレオチドを添加した粉ミルクを授乳させた群は、粉ミルク単独の群に比べて授乳前から授乳後にかけてIgM濃度がより多く上昇した。この結果から、本発明の乳幼児用飲食品が血液中のIgM濃度を増加させるうえで有効であることがわかった。
【0042】
実施例2.免疫グロブリンA(IgA)産生促進効果の評価
細菌やウイルスの感染予防に役立ち、抗原特異性が低く、全身の粘膜部分で主体的に働くIgAについて、ニコチンアミドモノヌクレオチドを含む乳幼児用飲食品の摂取による血液中のIgA濃度の変化を確認するため、実施例1と同様の方法、条件にて試験を行い、それぞれの群における血液中のIgA濃度(mg/dl)を測定し、その平均値を求めた。結果を図3に示す。図3に示すように、ニコチンアミドモノヌクレオチドを添加した粉ミルクを授乳させた群は、粉ミルク単独の群に比べて授乳前から授乳後にかけてIgA濃度がより多く上昇した。この結果から、本発明の乳幼児用飲食品が血液中のIgA濃度を増加させるうえで有効であることがわかった。
【0043】
実施例3.CD8陽性T細胞産生促進効果の評価
CD8陽性T細胞は、病原微生物、特にウイルス排除に中心的な役割を果たすことが知られているが、ニコチンアミドモノヌクレオチドを含む乳幼児用飲食品の摂取による血液中のCD8陽性T細胞数の変化を確認するため、実施例1と同様の方法、条件にて試験を行い、それぞれの群における血液中のCD8陽性T細胞数(cell/μl)を測定し、その平均値を求めた(授乳前の血液中のCD8陽性T細胞数が被験者の年齢に対応する基準範囲外の被験者は除く)。結果を図4に示す。図4に示すように、ニコチンアミドモノヌクレオチドを添加した粉ミルクを授乳させた群は、粉ミルク単独の群に比べて授乳前から授乳後にかけてCD8陽性T細胞数がより多く上昇した。この結果から、本発明の乳幼児用飲食品がCD8陽性T細胞を誘導して血液中のCD8陽性T細胞数を増加させるうえで有効であることがわかった。
図1
図2
図3
図4